Home > Reviews > Album Reviews > Nubiyan Twist- Jungle Run
ここ数年来のサウス・ロンドンのジャズ・ミュージシャンたちの活躍により、UKジャズとエレクトロニックなクラブ・サウンドの結びつきも再び活性化しているようだ。こうした結びつきはかつてのアシッド・ジャズの頃からあり、その後ウェスト・ロンドンで起こったブロークンビーツ・ムーヴメントもジャズとクラブ・サウンドが交差していた。当時活躍していたディーゴやカイディ・テイタムなどは、このところの新作で再評価の気運を高めているが、ヘンリー・ウーやテンダーロニアスあたりは、そうしたブロークンビーツ・ムーヴメント時代の空気をいまに継承するアーティストである。そしてジョー・アーモン・ジョーンズとマックスウェル・オーウィンの『イディオム』、モーゼス・ボイドの『アブソリュート・ゼロ』など現在のエレクトロニック・ジャズの傑作が生まれ、シャバカ・ハッチングスの参加するザ・コメット・イズ・カミングの新作もさらにエレクトロニック度が増した印象だ。クラブ・サウンド的な要素の強いジャズ系アーティストとして、バンド/ミュージシャン的なスタンスではエズラ・コレクティヴ、ユナイテッド・ヴァイブレーションズ、エマネイティヴ、エクスパンションズなどがおり、DJ/プロデューサー的なスタンスではブルー・ラブ・ビーツ、ダーク・ハウス・ファミリー、K15、ベン・ホークなどがいる。そうした中でヌビヤン・ツイストは、バンド/ミュージシャン的なスタンス、DJ/プロデューサー的なスタンスの両方を兼ね備えたグループである。
ヌビヤン・ツイストは総勢10名ほどの大所帯バンドで、リーズで結成されて現在は拠点をロンドンに移して活動している。ギタリストのトム・エクセルがバンド・リーダー及びプロデューサーで、ベースやパーカッションなどほかの楽器からエレクトロニクスも扱う。アフリカ系のリード・シンガーのヌビヤ・ブランドンとアルト・サックスも兼ねたニック・リチャーズによるツイン・ヴォーカル、4名の分厚いホーン・セクション、キーボードやリズム・セクションというラインナップで、ステージによってDJも配する。音楽形態としてはジャズ、ソウル、ファンク、アフロビートが柱となり、リズム・セクションにブラジル系ミュージシャンがいることなどから、サンバ、アフロ・キューバン、ラテン、クンビア、レゲエ、ダブなどワールド・ミュージックの要素が色濃い。そうした生演奏にブロークンビーツ、ヒップホップ、グライム、ダブステップ、ベース・ミュージックを通過したエレクトロニクス・サウンドが融合されている、というのが大雑把なヌビヤン・ツイスト・サウンドである。こうしたクラブ・ジャズ系のバンドの中でもエレクトロニクスとの折衷度は極めて高く、またワールド・ミュージックの取り入れ方も群を抜いている。2015年に結成されてグループ名と同名のデビュー・アルバムをリリースし、ライヴ・アクトとしてもグラストンベリー、シャンバラ、ブームタウン、エディンバラなどUKの大型フェスを制覇し、2015年のメルトダウン・フェスではデヴィッド・バーンのキュレーションによってクイーン・エリザベス・ホールでパフォーマンスを披露している。その後2016年リリースのEP「サイレン・ソング」などを経て、この度〈ストラット〉と契約を結んでセカンド・アルバムの『ジャングル・ラン』を発表した。
〈ストラット〉はアフロをはじめワールド系のリリースやリイシューも多く、過去にアフロビートのオリジネイターのトニー・アレン、エチオピアン・ジャズの巨星のムラトゥ・アスタトゥケの作品をリリースしている。〈ストラット〉のコネクションを通じてだろうか、その両名が『ジャングル・ラン』にゲスト参加している。そのほかにアフロ、ラガマフィン、ダンスホール、ジャングルなどをフィールドとするガーナ出身のMC/シンガーの K.O.G. (クウェク・オブ・ガーナ)もフィーチャーされる。躍動感溢れるリズムに始まる“テル・イット・トゥ・ミー・スロウリー”は、アフロビートとブロークンビーツがミックスしたような曲調で、ニック・リチャーズがジョーダン・ラカイに近い歌声を披露する。後半のテナー・サックス・ソロはじめライヴ・バンドとしての魅力も一杯詰まっている。ニックは“ゴースツ”でもリード・ヴォーカルをとっていて、こちらもアフリカン・リズムとソウルフルなフィーリングに貫かれたUKクラブ・ジャズらしい折衷的な曲。アルバム・タイトル曲の“ジャングル・ラン”はダブステップ調のビートに始まり、エレクトロニック・サウンドとジャズやアフロの生音の融合がもっとも顕著な作品。そしてヌビヤン・ブランドンのソウルフルなヴォーカルが、バンドの大きな武器になっていることも印象づける。同系では“パーミッション”もあり、こちらのヌビヤンのヴォーカルはグライムやヒップホップを通過したものだ。
K.O.G. のヴォーカルをフィーチャーした“バサ・バサ”は、アルバムの中でもっとも土着的なアフリカ音楽色が強い。K.O.G. はアップテンポの“ゼイ・トーク”でもヴォーカルをとっていて、こちらはアフロとダンスホールとグライムがミックスされた彼ならではのスタイル。“ブラザー”はジャズとヒップホップの折衷的なスタイルで、ヌビヤのスポークン・ワード調のヴォーカルを含めてアシッド・ジャズの香りが漂う。“アディス・トゥ・ロンドン”はタイトルが示すようにムラトゥ・アスタトゥケがヴィブラフォンを演奏。アフリカ系ジャズの中でもミステリアスな色彩が強いエチオピアン・ジャズを咀嚼した演奏で、スペイシーなキーボードにムラトゥのヴィブラフォンがうまくマッチしている。ブラジリアン・ジャズにビート・ミュージックのエッセンスを隠し味とした“ボーダーズ”は、ブラジル系パーカッション奏者のピロ・アダミがヴォーカルをとる。カシンやドメニコ・ランセロッチなどブラジルの新世代ミュージシャンに通じる曲だ。“シュガー・ケイン”はベース・ミュージックとジャズの中間的な曲で、ヌビヤのヴォーカルはところどころでダビーな処理を施しているものの、歌声そのものはローラ・ムヴーラあたりと比較してもおかしくない。アフリカ音楽からブラジル音楽など多彩な側面を見せるアルバムだが、そのどれもが借り物ではない本格的なものを感じさせ、だからこそデヴィッド・バーンも彼らを認めたことがわかる。
小川充