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蜂工場

蜂工場

イアン・バンクス(著) 野村芳夫(訳)

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高島鈴   Mar 25,2019 UP

 イアン・バンクス『蜂工場』は、スコットランドのある島で父親とともに暮らす16歳の少年・フランクの一人称によって展開される小説だ。物語は精神病院に入院している異母兄・エリックが脱走したらしいという一報で幕を開ける。エリックは入院前、子どもに毛虫や蛆を食べさせようとしたり犬を燃やしたりと種々の「狂気」を実行し、島ではその名を知らない者がないほどであった。フランクは潜伏中のエリックから電話を受ける。「殺してやる!」 話は相変わらず通じないが、エリックはどこにいるのかを口にしない狡猾さを保持している。おいおい兄ちゃん、勘弁してくれや。フランクは我が家を目指しているらしいエリックを警戒し、フランクなりの捜索と哨戒を開始する──。
 フランクはエリックを「狂気」、自身を「正気」に属する存在として位置づけているが、読者はすぐにフランクの行動こそ「狂気」的だと気がつく。フランクは自らが殺した生き物の首を柱に吊るして〈生贄の柱〉を作成し、野うさぎを巣ごと爆殺する。しかも弟を含む三人の子どもを殺し、いずれも事故として処理されるように振舞ってその目的を達成しているのである。自らの行動を語るフランクは淡々としている。フランクの認識でいえばそれが当たり前だからだ。
 帯に「驚愕の結末」とあるように、本作最大の秘密は最終章で明らかにされる形になっているが、私はこの秘密はむしろデザートのようなもので、メインディッシュはフランクが送る日常そのものであるように思えてならない。スコットランドの海岸沿い、砂丘と平原のある景色のなかで、フランクは「普通やってはいけない残虐な行動」を取りながらも、商店のおじいさんと語らい、親友のジェイミーとゲームをして遊び、お手伝いさんに挨拶をし、父親とともに食卓を囲み、エリックからかかってくる意味不明で攻撃的な電話に丁寧に応答する。裏でやばいことをしているやつが何食わぬ顔で暮らしている恐怖と見ることも確かに可能なのだが、もう一歩フランクに近づいて考えてみると、フランクはフランクなりに環境に適応しようとしていたこともまた確かなのだ。
 「異常」を「正常」な立場から見る、という姿勢は、この作品に向き合うためにはあまりにも冷笑的すぎる。今作の結末を不穏なものの前哨と認識するのも一つの読みだろうが、明かされた秘密の衝撃に比して思いのほか冷静にエリックの心配をしているフランクの様子をみると、私にはフランクの生活はこの先もたいして変化しないような気すらしてくるのだ。

 「こんなことするなんて悪意があるかよほどイヤイヤやっているか、どっちかでしょう」
 頼まれた家事が雑だったり達成できていなかったりしたときに、母からよくこう言われてきた。私の認識では「そのどちらでもなく、できる限り努力をしてやったつもりだがこういう結果になる」(たとえば鍋の存在を認識できずに洗い忘れるなど)と主張しているのだが、これが理解してもらえた試しは今のところない。私は全てを漠然とした景色として眺めているふしがあって、そこから物をオブジェクトとして個別に切り出して認識するのがとても苦手だ。それゆえに「景色」と誤認された物をいっさい忘れて作業を進めてしまうことが頻繁にある。私の認識のなかではこれで完璧に終えたと思っていても、母からすればまったくもってだらしなくて中途半端な仕事でしかなく、その認識の差ゆえに私は叱られる。
 程度の差こそあれ、フランクの行動もこれに近いものがあると思う。タイトルの「蜂工場」は、フランクが作った呪術装置のことだ。ゴミ捨て場から拾ってきた巨大な時計盤をもとに、一つの数字につき一つずつ回廊を用意してある。回廊には一度落ちると二度と出てこられず、進んだ先にはそれぞれにさまざまなやり方で蜂を殺す仕掛けがある。フランクはそこに生きた蜂を放ち、蜂がどの回廊に落ちてどのように死ぬかを観測するのだ。その結果をフランクは予言として受け取り、行動の参考にする。
 確かに奇妙だ。そして〈蜂工場〉の作成過程をはじめとするフランクの暴力は、めまいがするほどあっけなく、「幼稚園で習わなかったのか」的道徳にことごとく反する形で表出する。「動物を殺したらかわいそうでしょ!」「子どもを殺すのは絶対ダメでしょ!」と思う。もちろんそこは許されない、許されないのだが、しかしフランクにとって〈蜂工場〉の予言は、私が外出のために天気予報を確認するのと同じで、エリックの行方を捜すためには至極当たり前の行動なのである。二人の男児のあとに一人の女児を殺したのは、統計的な均等を求めたがゆえのものなのである(フランクのように「片方を叩いたらもう片方も叩かずにいられない」癖を持つ人を、私は複数人知っている)。やばいしまずいし許されないだろお前ちょっとやめとけよと思うのだが、フランクは本気でエリックとエリックによって侵犯されかねない己の日常の心配をしているがゆえに動物を殺すのだ。
 最終章で明かされる秘密は、フランクが暴力に強烈に惹きつけられる理由に直結している。秘密を受け入れたフランクは、理屈っぽく、かつ性急に、自分の行動について説明し始める。自己弁護のようでもあり、告解のようでもあり、虚脱した人間の遺書のようでもある。ここでフランクは新しいステージに登るが、決して過去のフランクが死んだわけではないこともわかる。
 フランクはこの先暴力を捨てるのか? どうにもそうとは思えない。暴力なしに生きられない人というのはどうしてもいる。だったら何してもいいのかというともちろん絶対にそうではないのだが(くどいようだが繰り返させてもらった)、フランクのこともエリックのことも、自分を「正気」ゾーンに置いた上で「狂気」として切り離すようなことはしたくない。やってはならないことをする人もまた人だ。その人なりの認知に従って生きている。誰かの存在そのものについて許す/許さないの問いを発生させるのは間違っている。ただフランクがフランクとして生きてそこにいることを否定しないがゆえに、私は『蜂工場』がとても愛しい。

高島鈴