「TT」と一致するもの

Onoe Caponoe - ele-king

 まずジャケットのアートワークに目がいってしまうのがロンドンのラッパー、オノエ・カポノエ(Onoe Caponoe)。前作も日本語(サーフまたはダイ)を大胆に使ったデザインだったが、新作もまたでかでかと「見えざる戦争」と小学生が書いたような字で描かれている。ヴェイぺーウェイヴではない。いわばラメルジー系で、UKでは一定の評価のあるヒップホップ・レーベル〈ハイ・フォーカス〉所属、かの地のブーンバップ・スタイル(ディラのようにサンプラーでビートをいじりまくるスタイル)を代表するひとりでもあったりする。ブーンバップならではの酩酊感を深く追求し、実験した彼のデビュー・アルバムは、『ダークサイド・オブ・ザ・ムーン』への回答という評価までモノにしているわけだが、同アルバム収録の“Disappearing Jakob”(Cortexの曲をサンプリング)が英国スモーカーたちのアンセムになったかどうかまでは定かでない。

 そのジャケットのアートワークはラメルジーっぽくもボアダムスっぽくもあり、要するにこの音楽に大いなるサイケデリックが否応なく横たわっていると。ちなみに彼が公言している影響は、ジミ・ヘンドリックス、ブラック・サバス、パンク・ロック、サン・ラー、モブ・ディープ、そしてなによりももっとも大きくファンカデリック……と、ファンクの精神をもったドープなMCであることもたしかだ。

 プロデューサー陣は彼自身を含め、前作と同じメンツのようだが、あしからずぼくには彼らの素性を知らない。また、ブーンバップ・スタイルと書いたものの、新作では音楽性が拡張され、打ち込みの曲もあるし、“Wild In The Streets”のような曲にはジャングルの要素も入っている。ことグライムからの影響は確実で、ちょっと詰め込みすぎに思われるかもしれないが、これがUKヒップホップの面白さだ。蛍光色とB級ホラー趣味に不安を感じる人もいるだろうが、アルバムにはメリハリがあり、コミカルで、少々病的だが魅力的フローとサーヴィス精神にあふれている。17曲もあるというのに飽きさせない。ジャジーな曲もあれば、トラップやGファンクもあり、悪意に満ちたノイズもあり……基本的には眉間に皺を寄せて聴く類の音楽ではないのだろう。ぶっ飛ぶしかねぇと言わんばかりに、ふざけているし面白がっている、が、しかしこれもまたある種のアフロフューチャリズムなのだ。

 ジョージ・クリントン気取りも伊達ではなく、彼のユニークな点はその実験精神にもある。どんどん逸脱するラップや音楽性は、アンダーワールドの想像力の証だろう。また、オノエの代表曲にはロンドンを「自殺者の街だ」と言い切った“‘Suicide City”なる曲があって、PVには暴動の場面が挿入されているが、その熱情は彼の道化たマスクの内側に秘められたものだとぼくは邪推する。リトル・シムズロイル・カーナー、スロータイ、デイヴなど、日本でも注目されつつあるUKヒップホップにおける珍客以上の何かがある……かもしれない。
 実際、かつてはUKのオッド・フューチャーとも評されたことがあったようで、いまならダニー・ブラウンへのロンドンからの回答という説明のほうがわかりやすいかもしれないが、いずれにせよ、先述してきたように『見えざる戦争』は典型的なラップ・アルバムではない。そのことがオノエ・カポノエに関しては明らかにポジティヴに働いているし、ときおり知性も感じさせる彼のなかなかの狂人ぶり(宇宙開発)は、気がくさくさする今日、少しは気晴らしになるかもです。

D Smoke - ele-king

 昨年10月、Netflix にて配信されて話題を大きな呼んだラッパー・オーディション番組『Rhythm + Flow』にて見事、チャンピオンとなった D Smoke。LA・イングルウッドにて育ち、同番組出演時には地元の高校でスペイン語と音楽の先生を務めていたという彼は、同番組で終始圧倒的とも言える存在感を示し、コンテスト中に一部リリックを忘れるというミスを犯しても、審査員のひとりである T.I. に「最高のパフォーマンス」と言わしめるほどの実力の違いを見せた。特に最終回であるエピソード10にて披露した、Sounwave プロデュースによるオリジナル曲 “Last Supper” のパフォーマンスは非常に素晴らしい出来で、自らピアノを弾きながらラップする冒頭の部分から、ダンサーを交えたパワフルな後半のステージの流れまで全てが完璧であった。アーティストとしてのアティチュードや醸し出す雰囲気なども含めて、同じLAのゲットー出身である Kendrick Lamar と重なる部分もあるのだが、審査員からも高く評価されていた流暢なスペイン語を交えたバイリンガルでのラップなども彼の大きな魅力のひとつになっており、オリジナリティの高さは疑いようがない。ちなみに、番組中では伏せられていたが、Kendrick Lamar と同じ〈TDE〉の所属アーティストであるシンガーの SiR が彼の実弟であり、実兄もまた本名の Davion Farris 名義で2013年にメジャー・デビューを果たしている。そして、D Smoke 本人も20代前半のときに Jaheim のシングル「Never」(2007年リリース)のプロデュースを手がけるなど、実は10年以上に亘って音楽業界に携わっていたことが後に明らかになっている。現在、33歳という D Smoke であるが、『Rhythm + Flow』で掴んだ名声(と賞金25万ドル)を糧に、彼がこれまで積み重ねた経験とキャリアがこのファースト・アルバム『Black Habits』に込められている。

 『Rhythm + Flow』最終回の配信翌日にEP「Inglewood High」を発表した D Smoke であるが、タイトルにもある彼が務めていた高校での教師としての経験が反映されたこのEPと比べて、本作はより広い視点で描かれており、本人曰く「自らの家族の経験を通じたストーリー」がテーマになっているという。その証拠にアルバム冒頭の “Morning Prayer” での家族の会話であったり、あるいは曲間での刑務所に服役中の父親からの電話に母親が応答する場面など、彼の実体験と思われる描写が随所に見られる。一方で、『Black Habits』(=黒人の習慣)というタイトルが示す通り、本作で描かれているストーリーは家族という枠だけに留まらず、地元であるイングルウッドを含む、アフロ・アメリカン全体のヒストリーにも繋がっている。先行シングルとなった “No Commas” では、アフロ・アメリカンとしての不幸な宿命に対するある種の怒りが、ハードなウェストコースト・サウンドに乗せて強烈に放たれているが、そういったネガティヴな感情だけではなく、タイトル・チューンである “Black Habits I” などで表現されているように、そこにはアフロ・アメリカンとしての誇りと強いプライドがアルバム全体を覆っている。加えて、前述したスペイン語によるラップも本作にはスパイスとして効果的に盛り込まれ、知的なリリシストという彼の側面をより際立たせることにも成功している。

 アルバムのカバーは彼の幼少時代の家族写真だと思われるが、このうち父親以外の3名が本作に参加しており、これもまたアルバムのテーマに則している。母親である Jacki Gouche は『Rhythm + Flow』でも語られていたように Michael Jackson や Tina Turner のバックコーラスとしてのキャリアがあり、ゲスト参加した “Black Habits I” のフックでもしっかりと実力の高さを示している。タイトル通りの浮揚感漂う “Fly” での実兄 Davion Farris とのコンビネーションも見事であるが、やはり注目は SiR をフィーチャした2曲だ。オルガンのメロディが神々しい “Closer to God” も面白いが、個人的には〈TDE〉関連の作品にも多数関わっている J.LBS がプロデュースを手がけた “Lights On” に強く惹かれており、“The Look Of Love” のフレーズが絶妙に引用されたトラックに D Smoke の英語とスペイン語によるメロディアスなラップ、さらに SiR のコーラスも見事にハマって、ダンサブルでありながら、実に深く染み入る曲に仕上がっている。加えて、大物ゲストとして Jill Scott が参加した “Sunkissed Child” も Battlecat の手がけるウェストコースト・ヒップホップど真ん中なトラックも含めて最高に素晴らしいのだが、『Rhythm + Flow』にも審査員のひとりとして参加していた Snoop Dogg をフィーチャした “Gaspar Yanga” はさらにそれを上回る。日本人も含めてこれまでも複数のアーティストが使用してきたブルガリア民謡のサンプリングが実にインパクト大なこの曲であるが、Snoop Dogg、D Smoke それぞれがそのトラックを見事に乗りこなして、強烈なセッションを繰り広げる様は圧巻だ。

 ちなみに Spotify の再生回数などを見る限り、おそらく本作は期待していたほどの結果は残せていないと思われる。それは教師というキャリアを持つ彼ならではの真面目な部分がある種のマイナスに作用しているのかもしれないし、あるいは一部で言われているような Kendrick Lamar との類似性が足を引っ張っているかもしれない。とはいえ、その壁を超えるポテンシャルを D Smoke は確実に備えており、彼のさらなる魅力を次作でも披露してくれることを期待したい。

Gil Scott-Heron - ele-king

 「黒いボブ・ディラン」「闘う詩人」などの異名を持ち、1970年のデビュー・アルバム以来、一貫して社会や政治に対する痛烈なメッセージを乗せた歌を歌い続けてきたギル・スコット・ヘロン。2010年にリリースされた『アイム・ニュー・ヒア』は、彼が2011年5月27日に亡くなる前の遺作であり、晩年の残された力を振り絞り(2008年に彼はHIV陽性であることを告知している)、往年の輝きを最後に放ったアルバムである。リリース元の〈XLレコーディングス〉は、ギルに敬意を表す意味も含めてこの『アイム・ニュー・ヒア』をリサイクルしてきた。ジェイミー・エックスエックスが録音素材を使ってリコンストラクトした2011年の『ウィ・アー・ニュー・ヒア』(結果的にこのアルバムがリリースされた数か月後にギルは亡くなっている)、『アイム・ニュー・ヒア』と同時期に録音された未発表作品集の『ナッシング・ニュー』(2014年)と、ことあるごとにギル・スコット・ヘロンにまつわる作品をリリースしている。そして、『アイム・ニュー・ヒア』のリリース10周年となる企画が本作『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』である。

 『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』も『ウィ・アー・ニュー・ヒア』同様に『アイム・ニュー・ヒア』のリミックス/リコンストラクト・アルバムで、手掛けるのはジャズ・ドラマーのマカヤ・マクレイヴンである。マカヤはミュージシャンでありながらビート・プログラミングやサウンド・メイクも行うプロデューサーであり、『ハイリー・レア』(2017年)のように生演奏やライヴ録音にDJミックスを交えて編集するようなアルバムを作ってきた。〈XLレコーディングス〉の総帥のリチャード・ラッセルはこの『ハイリー・レア』を聴き、マカヤの才能に惚れ込んで『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』の制作を依頼したそうだ。今回のレコーディングはシカゴにあるマカヤのホーム・スタジオでおこなわれ、ギル・スコット・ヘロンのヴォーカル・パートや元々の演奏などのテープ素材をもとに、サンプリングやエレクトロニック処理と自身によるインプロヴィゼイションを交えて再構築していった。

 『アイム・ニュー・ヒア』はリチャード・ラッセルのプロデュースによって、アブストラクトなダブやダブステップ的なトラックを持つものとなっており、ギル・スコット・ヘロンにとって異色作であると共に、新たなチャレンジをしたアルバムでもあった。一方、『ウィ・アー・ニュー・ヒア』ではジェイミー・エックスエックスが、あくまで素材としてそれらを用いることにより、ダンス・トラックとしての軽やかさを持つポスト・ダブステップ~エレクトロニック・サウンドへと導いていた。確かにジェイミーの試みはフレッシュで面白いものであったが、しかしながらギルの言葉が持つ毒気や生々しさ、怒りや重みといったものは薄れてしまっており、ギル・スコット・ヘロンとしてのアルバムとして見た場合に果たしてどうなのかな、という作品でもあった。リミックスやリコンストラクトの場合、サウンドを作り変えたり更新する面白みは出せても、元のアーティストの精神性や世界観にまでなかなか立ち入っていけないものだが、今回のマカヤ・マクレイヴンの場合は、むしろギル・スコット・ヘロンの精神性を軸にリコンストラクトした作品のように感じる。ビートにヴォーカル・サンプルを乗せるのではなく、言葉に合わせたビートを作り出していくというやり方をしているように感じるのだ。それはマカヤがギルと同じジャズを演奏するドラマーであり、ジェイミーとは違うブラック・アメリカンの言語を持つからだろう。

 都市生活での暗部を歌った “ニューヨーク・イズ・キリング・ミー” は、アフリカン・リズムを用いたブードゥー的な演奏で、まるで生前のギルがキップ・ハンラハンと共演したかのようなダークでアンダーグラウンドなジャズとなっている。ジャズ・ファンクの “ピープル・オブ・ザ・ライト” は、ある意味でギル本人よりもギル・スコット・ヘロンらしい曲ではないだろうか。ヘヴィーなベースのリフでヒプノティックに進行していく “ザ・クラッチ” は、ギルとマカヤの両者の共通項となるゲットー・サウンドを浮かび上がらせる。フルートとギルのポエトリー・リーディングを交互にシンクロさせた “ホエア・ディッド・ザ・ナイト・ゴー” のミステリアスさは、あくまでギルの言葉を主体に作っているからこそ生み出せるものである。“ミー・アンド・ザ・デヴィル” (もともとはブルース・ギタリストのロバート・ジョンソンの “ミー・アンド・ザ・デヴィル・ブルース” のカヴァー)のジミ・ヘンドリックスにようにささくれたギター・リフは、原曲が持つ悪魔伝説の逸話とアフロ・アメリカンの置かれた荒廃した状況に繋がる。そして “アイル・テイク・ケア・オブ・ユー” はマカヤからギルへのレクイエム的な1曲となっている。


ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ - ele-king

 けだるいギターのループが耳から離れない。メランコリックでビター・スゥイートなメロディ。「開場 Opening」と題された主題はアレンジを変えて何度も繰り返される(「穿過黑暗的漫長旅途 貳 Long Day's Journey Into Night (II)」)。人には必ず思い出せないことがある。そして、思い出せないことの集積によって押しつぶされていく人もいる。ギターのループは催眠術のようであり、自分にはコントロールできない領域があると何度も言い聞かせられているかのよう。映画の始まりはまるで精神分析の始まりである。ホアン・ジェ演じるルオ・ホンウはベッドに仰向けになって横たわっている。父の死をきっかけに彼は故郷に還ろうと起き上がるものの、もしかすると彼は最後までベッドから一歩も動かずに記憶の断片を遡行していただけなのかもしれない。それこそこの作品はストーリーが中心にあるというより自由連想のようにしてシークエンスが連なり、12年ぶりに戻った故郷で昔の「女に会う」という目的がいつしか本当になっていく。映画の前半は努力すれば意識化できる記憶。いわゆるフロイトの「前意識」を本人に都合のいいストーリーとして組み立て直し、捏造記憶にすり替えているだけなのかもしれない。話が展開しているのに同じメロディが繰り返されることによって元の場所に引き戻されたように感じるのはそのせいではないだろうか。「女に会う」前も「会っている」時もルオ・ホンウは常に憂鬱げで、心に揺れが感じられず、感情の主体はどこかほかにあるとでもいうように。唐突に差し挟まれるナレーション(独白)では「映画と記憶の違いは、映画は常にニセモノで、記憶は真実と嘘のミックスだということ」だと告げられる。

 他の映画監督の名前を上げることはあまりしたくないのだけれど、水浸しの部屋や錆びた鉄の塀、あるいはテーブルの振動でコップが落ちるシークエンスなど『ノスタルジア』(83)から借りたイメージが表面的には横溢するにもかかわらず、タルコフスキーが権力や制度疲労を暗喩として作品に忍ばせていたのとは違い、全体を覆っているのはむしろデヴィッド・リンチの「思わせぶり」に近いものがある。ヒッチコックなどを過剰に引用したデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督『アンダー・ザ・シルバーレイク』(18)と同じく、伏線を撒き散らしてどれも回収せず、主人公があたかも「ストーリーの牢獄」から抜け出していくように行動する展開は誰よりもデヴィッド・リンチに通じ、毒々しい色使いや見世物文化を前景化する姿勢にもそれは感じられる。このところ「based on a true story(この話は事実に基づく)」というクレジットが作品の品質を保証するキャッチフレーズのように多発されていることに対して反発を感じる映画の作り手が現れてもおかしくはない状況にあったことを思うと、『ロングデイズ・ジャーニー』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』がデヴィッド・リンチを召喚することになんの疑問もないわけだけれど(つーか、本人が『ツイン・ピークス』でカムバックしたばかりでした)。そして、何よりも『ロングデイズ・ジャーニー』がデヴィッド・リンチを想起させるのは音楽の使い方である。映画自体にリズム感がなく、映像とまったく関係がない音楽を流すことでそれなりに長いシーンを持続させてきたデヴィッド・リンチの手法はまさにMTV時代の申し子といえ、異様なほどのミスマッチを恐れない『ロングデイズ・ジャーニー』にも音楽に対する過信は増幅して感じられる。リン・チャンとポイント・スーによる多幸感あふれるドローン(「監獄訴說 Confession from Prison」)が延々と流れる刑務所での面会シーンは特に異様で、印象深かった。

 ルオ・ホンウが再会を果たす女、ワン・チーウェンには山口百恵という役名が当初は考えられていたらしい。ワン・チーウェンを演じるタン・ウェイは、そして、アン・リー監督『ラスト、コーション』(07)でデビューした際、あまりにもセックス・シーンが多く、しかも日本軍のスパイという役柄だったせいで中国では批判の的となり、以後の作品も放送禁止や出演シーンがカットされるなど波乱含みのスタートを切った女優である(彼女を起用したことについて後悔しているというアン・リー監督とハリウッド進出に当たって性器を露出する役だった菊地凛子は対談をしたことがあるそうです)。タン・ウェイはその後、香港の市民権を取得するなど、それなりに時間をかけて復活を果たしたものの、言ってみれば名前ばかりが有名な女優といえ、虚構に足を取られた人生がそのまま『ロングデイズ・ジャーニー』における「ヤクザから逃げられない女」という設定に重ねられている。ルオ・ホンウがワン・チーウェンを自由にしようとするトライアルと絶望感の上塗りがイメージの洪水を呼び起こす中盤はかなり見応えがあり、象徴を読み解きたい人たちの議論が尽きないパートにもなっている。また、日本軍のスパイ役を汚点とせず、ケータイの着メロなどで中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」が流れるなど、もしかするとビー・ガン監督は中国で「精日(=精神日本人)」と呼ばれるタイプの人なのだろうか。「精日」というのは単純な「日本かぶれ」から「反政府的」とされる傾向まで解釈に幅のある言葉で、どのあたりということは簡単に言えないけれど。

『ロングデイズ・ジャーニー』の白眉と言われるのは後半である。チェン・ヨンゾン演じるヤクザの親分を撃ち殺すために映画館に入ったルオ・ホンウがサングラスをかけるタイミングで観客はあらかじめ3Dメガネをかけるように指示されている。ここからの64分はワン・カットで撮影されていて、『トゥモロー・ワールド』(06)に始まり、『アバター』(09)や最近では『バードマン』(14)に『1917 命をかけた伝令』(19)といった流行りと同じ手法を用いることで「意識の流れ」を追跡してみたということになるのだろう。ここでは前半にあったような話の整合性はまったくなくなってしまう。流れや脈絡といったことはあっても論理や法則といったことからはどんどん離れていく。僕の解釈ではここからは「前意識」から「無意識」に分け入り、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でいえば「世界の終り」の章だけを凝縮したようなものになっている(『ロングデイズ・ジャーニー』の中国原題は『地球最後の夜』)。実際、観客が3Dメガネをかけるとルオ・ホンウは洞窟の中にすとんと落ちている。そして、少年と卓球をしなければそこから出られないという条件を押し付けられ、以後も境界線を意識させるエピソードが繰り返される。前半には曲がりなりにも行動に目的のあったルオ・ホンウは「閉じ込められて脱出する」というパターンを反復してから(以下、ネタバレ)一気に夜空へと飛び上がり、いわば虚構による虚構の解放が試みられる。ルオ・ホンウが一緒に空を飛ぶカイチンはタン・ウェイが二役を演じている女性で、いかにも身分を変えてヤクザから逃げられたかのようでもあるし、着地地点で開かれている歌謡ショーはヤクザの親分のカラオケと対をなしていると見做すことで、音楽と権力の結びつきが解かれたかのようにも感じられるけれど、すべてがどうとでも解釈できることであり、そもそも解釈の必要さえないのかもしれない。そして、この映画は現実には戻ってこない。

『ロングデイズ・ジャーニー』の原型となる『凱里ブルース』も追って4月18日から公開予定。


『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』WEB限定版予告編

Joy Orbison, Beatrice Dillon & Will Bankhead - ele-king

 きたきたきたー! ファッション・ブランドの C.E がまたもやってくれます。彼らが仕掛ける2020年最初のパーティは〈Hinge Finger〉および〈The Trilogy Tapes〉との共催で、両レーベルからおなじみジョイ・オービソンとウィル・バンクヘッドが出演、さらに、先月〈PAN〉よりすばらしいアルバム『Workaround』をリリースしたばかりのビアトリス・ディロンが加わります。前売りチケットは出血大サーヴィスの1500円。これは行かない理由がありません。4月10日は VENT に集合。

C.E、〈Hinge Finger〉、〈The Trilogy Tapes〉共催によるパーティが VENT で開催に。Joy Orbison、Beatrice Dillon、Will Bankhead が出演

C.E (シーイー)による2020年度初となるパーティが、2020年4月10日金曜日に表参道の VENT を会場に、Joy Orbison (ジョイ・オービソン)、Beatrice Dillon (ビアトリス・ディロン)、Will Bankhead (ウィル・バンクヘッド)の3名をゲストに迎え開催となります。

洋服ブランド C.E が〈Hinge Finger〉(ヒンジ・フィンガー)、〈The Trilogy Tapes〉(ザ・トリロジー・テープス)の2レーベルと共催する本パーティのラインナップは、音楽プロデューサーDJ、英国の音楽レーベル〈Hinge Finger〉主宰の Joy Orbison、今年2月に初のソロアルバムをベルリン拠点の音楽レーベル〈PAN〉(パン)よりリリースしたばかりの Beatrice Dillon、そして Joy Orbison と共同で音楽レーベル〈Hinge Finger〉、個人として〈The Trilogy Tapes〉を運営する Will Bankhead の3名です。

Joy Orbison は昨年19年の9月にデビュー10周年を迎えた、英国を拠点とする音楽プロデューサー、DJ、そして音楽レーベル〈Hinge Finger〉の主宰です。昨年19年には Joy O 名義で、〈Hinge Finger〉から「Slipping」を、〈Poly Kicks〉から「50 Locked Grooves」をリリースした他、Overmono (Truss&Tessela) とのユニット Joy Overmono として「Bromley / Still Moving」をリリースし、Off The Meds の楽曲のリミックス「Belter (Joy O Belly Mix)」をてがけました。

Beatrice Dillon は、UKはロンドンを拠点とするアーティスト、ミュージシャン、DJです。前述した〈The Trilogy Tapes〉や〈The Vinyl Factory〉、〈Where To Now?〉、〈Boomkat Editions〉などより楽曲をリリースするほか、Call Super や Kassem Mosse、Rupert Clervaux との共作、多種多様なアーティストの楽曲のリミックスも行っている。今年20年2月には、Kuljit Bhamra や Laurel Halo、Batu、Untold、Kadialy Kouyaté、Jonny Lam、Verity Susman、Lucy Railton, Petter Eldh、James Rand、Morgan Buckley らが参加し、マスタリングを Rashad Becker がてがけた、自身のキャリア初となるソロアルバム『Workaround』を〈PAN〉から発表しました。

Will Bankhead はダンスミュージックのファンだけでなく多くの音楽愛好家が信頼をおく英国の音楽レーベル〈The Trilogy Tapes〉の主宰で、前述した Hinge Finger の運営を Joy Orbison と共同でおこなっています。イギリスのインターネットラジオ局、NTSではマンスリープログラムを担当しています。

C.E, Hinge Finger, The Trilogy Tapes present

JOY ORBISON
BEATRICE DILLON
WILL BANKHEAD

開催日:2020年4月10日金曜日
開催時間:午後11時〜
開催場所:VENT (https://vent-tokyo.net/
当日料金:2,500円
前売り料金:1,500円 (https://jp.residentadvisor.net/events/1402254

※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。(Over 20's Only. Photo I.D. Required.)

Matsuo Ohno × 3RENSA - ele-king

 待ってました! 去る1月18日に決行された大野松雄と 3RENSA (メルツバウduennニャントラ)による公開ライヴ・レコーディングが、ついに音盤化を果たす。発売は4月29日。永久保存されることになった歴史的瞬間、驚異のコラボレイションを思うぞんぶん堪能すべし。

伝説的な音響デザイナー、大野松雄と、エクスペリメンタル・ユニット、3RENSA (Merzbow、duenn、Nyantora)による公開ライヴ・レコーディングをパッケージ化!

2019年2月16日、Nyantora と duenn によるアンビエント・イヴェント、Hardcore Ambience が恵比寿映像祭で「Another World」として実現。テレビ・アニメ『鉄腕アトム』の音楽の生みの親として知られる伝説的な音響デザイナー、大野松雄、エクスペリメンタル・ユニット、3RENSA (Merzbow、duenn、Nyantora)、写真家・金村修の最新映像とともに究極の視聴覚体験のトランスポジションとなるスペシャル上映とライヴを開催した。チケットはソールドアウト。その時のパフォーマンスをさらにアップデートする形で、“HARDCORE AMBIENCE presents 大野松雄×3RENSA_Space Echo_Public recording” と題し、大野松雄と 3RENSA の録音をパッケージングすることを目的とした公開ライヴ・レコーディングが、2020年1月18日にサウンド・デザイナーの金森祥之氏がプロデュースする天王洲アイルの KIWA にて行われた。その歴史的とも言えるレコーディングを音盤として永久保存する。スリリングでありながらもどこかユーモラスでもある極上の音響体験をお届けする。

[商品情報]
アーティスト:大野松雄 × 3RENSA
タイトル:space_echo by HardcoreAmbience
レーベル:Pヴァイン
商品番号:PCD-25293
フォーマット:CD
価格:定価:¥2,500+税
発売日:2020年4月29日(水)

収録曲
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大野松雄
1930年東京・神田生まれ。府立六中(現・都立新宿高校)を経て旧制富山高等学校(現・富山大学)中退。文学座、NHK東京放送効果団を経て、1953年フリーの音響マンとなり独立プロの映画などの録音・効果の仕事を開始。多くの映像作家の作品に関わる。同時にまだシンセサイザーがない時代に発振器とテープ・レコーダーを駆使し、エコー等さまざまなテープ編集技術を工夫して電子音や電子的加工音による「この世ならざる音」の探求へと向かう。
1963~66年テレビアニメ『鉄腕アトム』の音響デザイン。小杉武久がアシスタントとして参加。以後、自ら「音響デザイナー」を名乗る。
1968年以来、滋賀県の知的障害者施設で演劇活動に協力し、障害者と施設の記録映画を制作。つくばEXPO'85、未来の東北博覧会(1987)、アジア太平洋博覧会福岡(1989)等、大規模博覧会におけるパビリオンの空間音響システム・デザイナーとしても活躍。
1993年から2001年京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)講師。
アルバムに「大野松雄の音響世界」3タイトル(キングレコード)ほか。
2009年3月、「東京国際アニメフェア2009 第5回功労賞」受賞。
https://www.af-plan.com/oto

3RENSA
Merzbow、Duenn、Nyantora (ナカコー)によるバンド「3RENSA」。バンド名は2017 年にベルギーのサウンド・レーベル、〈Entr’acte〉よりリリースした初の共演盤アルバム『3RENSA』から由来。ノイズ、アンビエント、ドローン、エクスペリメンタル、ロックなど流体的なバンドの在り方を提示しています。

yukifurukawa - ele-king

 成熟したプロダクションになんとも色鮮やかな詩情──ギター/キイボード/ヴォーカルの古川悠木を中心に、ソロでも活動するコルネリ、サラダマイカル富岡製糸場グループのサラダらが集合した東京のバンド、その名も yukifurukawa が、4月1日にファースト・アルバム『金貨』をリリースする。どこかテニスコーツやマヘル・シャラル・ハシュ・バズを想起させつつも、よりクリアな音響がそっとやさしくリスナーの耳を包みこんでいく……まずは先行公開された “ハイキングコース” を聴いてみてほしい。これはチェックしておくべきでしょう。

[3月24日追記]
 まもなくリリースされるアルバム『金貨』より、もう1曲 “サマー” が現在公開中です。とても軽快で元気のわいてくる曲ですね。なお、4月4日には SCOOL にてレコ初ライヴも予定されています。ヒップホップ・グループの E.S.V が共演。詳細はこちらから。

yukifurukawa
『金貨』
WEATHER 80 / HEADZ 245

「yukifurukawa」は古川悠木の曲を無為に演奏すべく2019年5月に活動を開始したが、コルネリ(Maher Shalal Hash Baz / のっぽのグーニーBad medicines)の加入をきっかけに、当初から参加するサラダ(サラダマイカル富岡製糸場グループ)と共に元々シンガーソングライターとしても活動している二人の曲も持ち寄ってライヴ演奏をしていくこととなった。その後、突き進む勢いで完成したのがこの『金貨』と題されたファースト・アルバムである。

『金貨』は古川悠木、サラダ、コルネリという、三人の作曲家によるそれぞれテイストの異なる楽曲が併存して収録されており(“ムーン” が唯一の共作曲)、ワクワクさせられたり、寂しさや諦めを感じたり、それでいてどこかに望みがあるかのような、さまざまな心象世界が描かれている。
古川悠木による丁寧なサウンド・プロダクション、ベース森田哲朗とドラム久間木達朗による渋く手堅いリズム隊の演奏、サラダとコルネリによる美しいコーラス・アレンジが全編に渡って施され、非常に効果的なアクセントになっており、さらに三人のカラーの違う個性的なヴォーカルが見事に調和することで新たな化学反応が起き、予想以上に熟達した作品となった。
ゲストとして、シンガーソングライターの mmm がエレキベースで参加しており(過去に一度、yukifurukawa のライブにサポートとして参加している)、素晴らしいグルーヴを醸し出している。

マスタリングは折坂悠太、入江陽、さとうもか、Taiko Super Kicks、TAMTAM、本日休演などの作品のエンジニアリングも行なっている中村公輔が担当。

フロント・カヴァーのドローイングは若き画家・森ひなたが描き下ろし、デザインはグラフィックデザイナーの浅田農が担当(彼が手掛けた、おさないひかり詩集『わたしの虹色の手足、わたしの虹色の楽器』は東京TDC賞 2020のブックデザイン部門に入選)し、yukifurukawa の世界観をより引き立たせるようなアルバム・ジャケットに仕上がっている

アーティスト:yukifurukawa
アルバム・タイトル:『金貨』
規格番号:WEATHER 80 / HEADZ 245
価格:[税抜価格 ¥2,000]+税
発売日:2020年4月1日(水)
レーベル:WEATHER / HEADZ

01. ハイキングコース
02. どこかの窓
03. 遡行不良
04. サマー
05. 海と犯人
06. 庭
07. 話したくない
08. 蟹の思い出
09. Les méchants
10. ムーン

yukifurukawa
古川悠木:ボーカル(M2,3,5,8,9)、ギター(M1,2,3,5,6,9,10)、ピアノ(M1,2,4,7,8)、オルガン(M3,4)、口笛(M3,5)
サラダ:ボーカル(M4,5,8,10)、ギター(M1,4)
コルネリ:ボーカル、ギター(M7,8)
森田哲朗:コントラバス(M1,2,5,6,8)
久間木達朗:ドラム(M1,2,4,5,6,8)

mmm:ベース(M4)

編曲:古川悠木
コーラスアレンジ:サラダ(M4,10)、コルネリ(M2,3,5,8,9,10)

録音:古川悠木、西村曜(StudioCrusoe)
ミックス:古川悠木
マスタリング:中村公輔
録音場所:StudioCrusoe、七針、柳瀬川、阿佐ヶ谷、天沼、池袋、高田馬場

絵:森ひなた
写真:梨乃
デザイン:浅田農

drøne - ele-king

 ドローン(drøne)は、マイク・ハーディング(Mike Harding)とマーク・ヴァン・ホーエン(Mark Van Hoen)によるエクスペリメンタル・サウンド・アート・ユニットである。今年頭、彼らの4作目のアルバム『The Stilling』がリリースされた。この特異な作品にについて語る前に、まず、ふたりのメンバーについての簡単な紹介からはじめたい。とてもスペシャルなユニットなのだ。

 マイク・ハーディングは英国のエクスペリメンタル・ミュージックの老舗〈touch〉の創設者である。彼はレーベル運営の傍、自身の音源をいくつかをリリースしている。1998年に、彼はフェネス、ハーディング、レーバーグ(Fennesz Harding Rehberg)『Dĩ-n』を〈Ash International〉からリリースした。20分ほどの音響作品だ。ちなみに〈Ash International〉は、マイク・ハーディングと音響作家のスキャナーことロビン・リンボー(Robin Rimbaud)が1993年に設立したレーベルである。
 2011年、〈touch〉から7インチ・レコードでマイク・ハーディング「Repaired/Replaced」をリリースした。ジョン・ヴォゼンクロフトによる美麗なアートワークによるこの作品は、短いながらも秀逸な環境録音作品である。さらに〈touch〉から2001年に発表されたコンピレーションアルバム『Ringtones』に MSCHarding 名義の楽曲を収録し、〈Cabinet〉から2001年にリリースされたコンピレーション・アルバム『Cabinet #3: Squall』に MSC Harding 名義で楽曲を提供している。

 マーク・ヴァン・ホーエン(Mark Van Hoen)は、ポストロック・バンド~エレクロトロニック・ミュージックの草分け的存在シーフィールの初期メンバーで、ロカスト(Locust)やソロ名義でも活動するアーティストである。
 マーク・ヴァン・ホーエン名義では1995年に同じく元シーフィールのメンバーである ダレン・シーモア(Daren Seymour)と『Aurobindo: Involution』を〈Ash International〉から送り出した。2年後の1997年には〈touch〉から2枚組『The Last Flowers From The Darkness』をリリースする。翌1998年は〈R&S Records〉傘下のアンビエント・レーベル 〈Apollo〉から『Playing With Time』を発表し、2004年には英国〈Cargo Records〉傘下の〈Very Friendly〉から『The Warmth Inside You』を発表した。2010年代以降は「Boomkat」のオーナーでもある Shlom Sviri と〈Morr Music〉からリリースしたアルバムでも知られる Herrmann&Kleineの Thaddeus Herrmann が運営する〈City Centre Offices〉から『Where Is The Truth』をリリースした。2012年には〈Editions Mego〉から『The Revenant Diary』、2018年には〈touch〉から『Invisible Threads』を発表する。
 ロカスト名義でも、94年に〈Apollo〉から『Weathered Well』を発表して以降も活動を継続している。00年代以降も2001年に〈touch〉から『Wrong』、2013年に〈Editions Mego〉から『You’ll Be Safe Forever』、2014年に同レーベルから『After The Rain』を送り出す。2019年にはアンビエント作家の Min-Y-Llan = Martin Boulton 主宰〈Touched - Music For Macmillan Cancer Support〉から『The Plaintive』をデータ配信で発表した。

 そんな経験豊富なふたりによるドローンは、2016年に、カール・マイケル・フォン・オスウルフ(Carl Michael Von Hausswolff)の娘であり、アーティストとしても知られるアンナ・フォン・オスウルフ(Anna von Hausswolff)主宰のレーベル〈Pomperipossa Records〉から最初のアルバム『Reversing Into The Future』をリリースした。翌2017年には同レーベルから『A Perfect Blind』と自主リリースでCD作品『Mappa Mundi』を発表する。そして2020年、約3年の歳月を経て、〈Pomperipossa Records〉から新作『The Stilling』がリリースされたわけである。

 本作『The Stilling』もこれまでの作品同様に夢のような幻想的なサウンドスケープを形成しているが、より成熟した技法によって実験的な短編映画のようなサウンドへと変貌を遂げた。世界各国(なんと日本も)で録音された環境音が溶けるような1め “Mumming” から引き込まれる。環境録音とそのむこうに鳴るドローンの交錯は刺激的であり麗しくもある。そのサウンド空間は、けっして穏やかなだけではなく、ある種の不穏さや性急さがレイヤーされている点にも注目したい。続く2曲め “Influence Machines” も上空から世界の雑音を高速スキャンするような音響を展開する。音響と音楽の境界線を溶かすような3曲め “Vitula” は、アルバム中でも特に重要な曲だ。ヴァイオリンを、2019年に〈touch〉からアルバムをリリースしたばかりのザッカリー・ポール(Zachary Paul)が、チェロを前作『A Perfect Blind』や〈touch〉より発売されたサイモン・スコット(Simon Scott)の『Soundings』にも参加していたチャーリー・カンパーニャ(Charlie Campagna)が演奏している。人の息吹を折り重ねた4曲め “Sunder” では人のよりパーソナルな領域へと音響が接近する。そしてラスト3曲 “In The Eye”、“The Stilling”、“Hyper Sun (Including Every Day Comes And Goes)” では、環境音とドローンが高密度に交錯・融解し、まるで聴き手の耳と記憶に急速に浸透するようなサウンドスケープを展開する。次第に壮大な音響が生成されていくさまは、まさに圧巻というほかない。そのほかゲストとして Smegma の Nour Mobarak や Bana Haffar らも参加している。

 以上、全7曲、どのトラックも成層圏から地上、そしてヒトへと高速ズームアップするようなサウンドであった。そのうえまるで記憶が溶けていくような不思議なノスタルジアを放っている。彼らの最高傑作であるばかりでなく、近年のエクスペリメンタル/ドローン作品の中でも出色の出来といえよう。

Ben Watt - ele-king

 どうして彼の音楽はこうも美しいのだろう。1983年の『ノース・マリン・ドライヴ』でデビューし、その後のEBTGの全活動を経て、2014年発表の『ヘンドラ』から改めて本格的に自身のソロ名義の活動を本格化させたベン・ワットが、2016年の『フィーヴァー・ドリーム』に続いて今春リリースしたのが本作『ストーム・ダメージ』である。
 とはいえ今回は「嵐の被害」のタイトルからも明らかな通り、全体にやや重めの仕上がりとなっている。資料に拠ればベンは近年、相次いで異母兄姉らを亡くしたのだそうで、その経験が随所に影を落としていることは否めない。悲しみや苛立ちといった感情を、かなり私的な視点から掘り下げているトラックが目立つのだ。

 たとえば、葬儀の場面を描いたと思しきM3“Retreat to Find”では、サビの部分で「すべてのしがらみから逃げ出し、もう一度きちんと死と向き合える場所を見つけるんだ」と歌われる。特にこのトラックでは、ベン・ワットらしからぬと形容するしかない、怒りや悲痛さといった要素がヴォーカルにおいてもあえて強調されていて、それが、やや鋭利に過ぎる音色のアコギのストロークプレイに乗せられてくる。自ずと想起されてくるのは荒涼という形容が相応しいような光景となる。
 開幕の“Balanced on Wire”は若者らへと向けられたメッセージとも読み取れるのだけれど、全編を貫いているのは切迫感か、あるいは焦燥とでも呼ぶべきものだ。「一瞬を生きろと人は言うが、時にその一瞬はあまりに儚く、あるいは時に間延びしている」「傷つけられたと思っているかも知れないけれど、そういう経験をしていない人間なんていないものだ」「不安を感じたことのない人間だって同じだ」こうした言葉が、規則的に過ぎるほどのピアノとダブルベースを前面に押し出したパターンの上で綴られていくのだ。終盤に向け、さながら終末の景色を描き出そうとでもするかのように押し出されてくるSEの中、細い鉄線の上で危ういバランスを取ろうとするヤジロベエにも似たイメージは、あたかも今のベン自身の心象風景にも思える。
 続く“Summer Ghost”もやはりマイナーコードを主調に展開される。異界と現世がふと重なる一瞬を切り取ったかのような歌詞を、高音のシンセサイザーによる揺らぐような白玉が巧妙に演出してみせる。その先は上の“Retreat to Find”を挟んで“Figures in the Landscape”へと続くのだが、こちらのトラックもまた、風の音しか聞こえて来ない寂寞とした一人きりの場面の描写で幕を開けている。そのまま「自分たちは景色の中の人形みたいなものだ」とまで断じられてしまえば、さすがに重苦しさに息が詰まりそうにもなる。

 けれどここに至って少しだけだがようやく上向きな要素が登場してくる。明らかにロックのリズムのサビに「またもう1日生きてゆくために、さあ手を打とう」と歌われるのだ。そしていよいよこちらとしても、本作は実はベン自身の、いわば回復のための手続きのようなものだったのかも知れないなと想像せざるを得なくなるのである。
 M5M6もともにやはり喪失感を基調としている。引き出しに残されていたナイフに、姿を消してしまった歌姫。選ばれたモチーフがそのまま曲を決定してしまった印象だ。それぞれの物語が具体的な誰かを想定して綴られているのだろうことは、たぶん間違ってはいないはずだ。甘い郷愁とまでは言わないけれど、それでもここまでくると、冒頭から響いていた棘々しさは多少ながら和らいでいる。

 そして次のトラックのタイトルに、僕らはほんの少しだけ、胸をなで下ろすことを許される。「夜に続く日の光」だ。ようやくここから先、メジャースケールを基本にしたメロディーなりコードワークなりが曲を支配していくようになってくる。手のひらの温もりやあるいは「時とともに変わらざるを得ない自分たちの姿」といった内容を肯定的に感じられるようになり始めたベンの姿が垣間見えるのだ。特にM9“You’ve Changed, I’ve Changed”はベン・ワットのバラードとして安心して聴ける仕上がりとなっている。

 ボーナストラック的にアルバムの掉尾を飾っているのが“Festival Song”だ。海辺での大規模ライブの光景を切り取ったこの曲は、モチーフとは裏腹に静謐さに満ちている。そしてこんな一節が登場する。
 「僕の歌うすべての歌が、ちゃんと真実として響きますように──」
 そしてこの言葉が実は、開幕の“Balanced on Wire”で切迫した声で歌われていた「心を開き、自分に忠実であることしかできない」というフレーズときっちり呼応していることに気づかされるのである。そして、きっとベンはだから、本作の全体をそういう作品として提示したかったのだろうなと考えさせられるのである。おそらくはこれが今の彼の、等身大の、嘘偽りのない姿なのだろうな、と。

 個人的には『ヘンドラ』所収の“Spring”や、あるいはEBTG時代の“25th December”といった辺りの、穏やかで優しいミッドテンポのバラードこそベン・ワットの真骨頂と思っているので、真っ向からのこちらの手触りを作り上げてくれているトラックが見つからなかったことは正直やや残念ではある。もっとも本人の公式コメントに拠れば、自身の感受性に忠実であるためには新しいアプローチが常に必要なのだという思いが根底にはあるらしい。繰り返し、あるいは焼き直しを慎重に回避した結果なのだろう。

 本作のサウンドは基本、ベン自身が〝フューチャー・レトロ・トリオ〟と呼ぶところのアップライトピアノにダブルベース、ドラムスといった編成に、各トラックの世界観に相応しい音色を加味する形で仕上げられている。そんなことを思い合わせれば4月の来日公演が一層楽しみにもなってくる。また、最後になったが、個人的には各曲のアプローチに随所で、ほんの少しだけではあるが、レナード・コーエンの後期の楽曲のタッチを思い出したことをつけ加えておこうと思う。あるいはこの先彼は、どこかでああいった立ち位置を目指していくのかも知れないなと、漠然とそんなことを想像しもした。

■来日公演予定

東京公演:2020年4月20日(火)恵比寿リキッドルーム 開場18:30 開演19:30
大阪公演:2020年4月21日(水)梅田シャングリラ   開場18:30 開演19:30

Norma Jean Bell - ele-king

 ビッグ・ニュースの到着だ。サックス奏者として70年代から活動をつづける一方、ムーディマンとともにデトロイト・ハウスを牽引してきたノーマ・ジーン・ベルが、2008年の「Do You Wanna Party ?」以来、12年ぶりに新作をリリースする。レーベルは彼女自身の主宰する〈Pandamonium〉。アリサ・フランクリンのヴォーカルをフィーチャーしたA面の “Got Me A Mann” も気になるが、B面のタイトルがフランス語なのは、かの地に暮らすブラック・ミュージック・ラヴァーたちへの目配せだろうか(彼女の代表作のひとつ「I'm The Baddest Bitch」はかつて〈F Communications〉がライセンス)。ともあれ、これは買い逃せない1枚なり。

artist: Norma Jean Bell
title: Got Me A Mann / Libre comme un oiseau
label: Pandamonium

tracklist:
A side: Got Me a Mann
B side: Libre comme un oiseau (Free as a Bird)

disk union

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