Home > Reviews > Album Reviews > Onoe Caponoe- Invisible War (見えざる戦争)
まずジャケットのアートワークに目がいってしまうのがロンドンのラッパー、オノエ・カポノエ(Onoe Caponoe)。前作も日本語(サーフまたはダイ)を大胆に使ったデザインだったが、新作もまたでかでかと「見えざる戦争」と小学生が書いたような字で描かれている。ヴェイぺーウェイヴではない。いわばラメルジー系で、UKでは一定の評価のあるヒップホップ・レーベル〈ハイ・フォーカス〉所属、かの地のブーンバップ・スタイル(ディラのようにサンプラーでビートをいじりまくるスタイル)を代表するひとりでもあったりする。ブーンバップならではの酩酊感を深く追求し、実験した彼のデビュー・アルバムは、『ダークサイド・オブ・ザ・ムーン』への回答という評価までモノにしているわけだが、同アルバム収録の“Disappearing Jakob”(Cortexの曲をサンプリング)が英国スモーカーたちのアンセムになったかどうかまでは定かでない。
そのジャケットのアートワークはラメルジーっぽくもボアダムスっぽくもあり、要するにこの音楽に大いなるサイケデリックが否応なく横たわっていると。ちなみに彼が公言している影響は、ジミ・ヘンドリックス、ブラック・サバス、パンク・ロック、サン・ラー、モブ・ディープ、そしてなによりももっとも大きくファンカデリック……と、ファンクの精神をもったドープなMCであることもたしかだ。
プロデューサー陣は彼自身を含め、前作と同じメンツのようだが、あしからずぼくには彼らの素性を知らない。また、ブーンバップ・スタイルと書いたものの、新作では音楽性が拡張され、打ち込みの曲もあるし、“Wild In The Streets”のような曲にはジャングルの要素も入っている。ことグライムからの影響は確実で、ちょっと詰め込みすぎに思われるかもしれないが、これがUKヒップホップの面白さだ。蛍光色とB級ホラー趣味に不安を感じる人もいるだろうが、アルバムにはメリハリがあり、コミカルで、少々病的だが魅力的フローとサーヴィス精神にあふれている。17曲もあるというのに飽きさせない。ジャジーな曲もあれば、トラップやGファンクもあり、悪意に満ちたノイズもあり……基本的には眉間に皺を寄せて聴く類の音楽ではないのだろう。ぶっ飛ぶしかねぇと言わんばかりに、ふざけているし面白がっている、が、しかしこれもまたある種のアフロフューチャリズムなのだ。
ジョージ・クリントン気取りも伊達ではなく、彼のユニークな点はその実験精神にもある。どんどん逸脱するラップや音楽性は、アンダーワールドの想像力の証だろう。また、オノエの代表曲にはロンドンを「自殺者の街だ」と言い切った“‘Suicide City”なる曲があって、PVには暴動の場面が挿入されているが、その熱情は彼の道化たマスクの内側に秘められたものだとぼくは邪推する。リトル・シムズ、ロイル・カーナー、スロータイ、デイヴなど、日本でも注目されつつあるUKヒップホップにおける珍客以上の何かがある……かもしれない。
実際、かつてはUKのオッド・フューチャーとも評されたことがあったようで、いまならダニー・ブラウンへのロンドンからの回答という説明のほうがわかりやすいかもしれないが、いずれにせよ、先述してきたように『見えざる戦争』は典型的なラップ・アルバムではない。そのことがオノエ・カポノエに関しては明らかにポジティヴに働いているし、ときおり知性も感じさせる彼のなかなかの狂人ぶり(宇宙開発)は、気がくさくさする今日、少しは気晴らしになるかもです。
野田努