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Beatrice Dillon

Dub TechnoExperimentalGlobal Beat

Beatrice Dillon

Workaround

PAN

Bandcamp

三田格   Feb 17,2020 UP
E王

 モーゼは「パンのみに生きるにあらず」とおっしゃるけれど、〈パン〉がなければもはやエレクトロニック・ミュージックを聴くことで精神的な豊かさまで得ることは不可能に近い……とまでは言わないにしても、それほどにベルリンの〈パン〉は心や頭に届いてくる音楽を絶え間なく発信し続けている(ジョークがわからない人への注→小麦粉のパンとレーベル名をかけています)。昨年のスティーン・ジャンヴァンやアースイーターに続いて、2019年も春先にリリースされたヘルム『Chemical Flowers』がまずは素晴らしく、秋にリリースされたスティーヴ・ウォーマック(=ヒートシック)『Moi』も鼻歌交じりの実にとぼけた作風で、さらにビアトリス・ディロンによる実質的なファースト・アルバムが目を見張る出来であった。これまでのキャリアを考えると、レーベルはよりどりみどりだったはずだけれど、そうか、ディロンは〈パン〉を選んだか、と。ダンス・カルチャーと実験音楽を拮抗させ、どちらのジャンルにも刺激を与えているという意味ではこれ以上ない組み合わせだろう(ジョークがわかる人への注→パンがなければケークスで木津毅の連載を読めばいいのよ〜)。

 これまでルパート・クラヴォーと2作続けて制作したコラボレイト・アルバムはどちらかといえば実験的で、リズム・トラックでありながら着地点がダンスフロアのど真ん中ではなかった(テクノ・ジャズと評された「The Same River Twice」はある意味傑作)のに対し、〈ブームキャット〉や〈ヘッスル・オーディオ〉からのシングルではヒネりを効かせたクラブ・ミュージックと両輪を並び立たせてきた彼女がこれらを過不足なくフュージョンさせ、新しいステップを踏み出したものが『Workaround(回避策)』である。『回避策』というタイトルは、そのようにして二刀流で続けてきた試行錯誤の結果、彼女にとって避けられなかった問題をクリアーしたという意味にも受け取れるし、まるでブレクシット(ジットじゃないよシットだよ)に対してエクスキューズを放っているようにも推し測れる。いい意味で思わせぶりなタイトルである。ジェームズ・P・カーズの宗教研究だとかトマ・アブツヨリンデ・フォイクトの抽象画などに影響を受けたそうだから、もっと違う意味があるのかもしれないけれど(リンク先の絵を見ると、なるほどとは思う)。

 全体的にカリビアン・サウンドがモチーフとされ、それはまるで新種のウエイトレスのように再構成されていく。富裕層じゃなかった……浮遊感しかない感触はベンUFOとカップリングでリリースされたカセットのDJミックスやちょうど1年前に〈リヴェンジ・インターナショナル〉の15周年を記念してリリースされたミックステープ『RVNG Intl. At 15: Selects / Dissects』にも通じる内容で、『RVNG Intl. At 15』では同レーベルからの正式リリース(Selects)と未発表曲(Dissects)を素材としていたのに対し、『Workaround』の元ネタはFM音源やアコースティック楽器を使った生演奏だという。ブリティッシュ・バングラのパイオニアとされるクルジット・バムラのタブラやシンケインなどに客演するジョニー・ラムのギター、あるいは昨年、〈モダン・ラヴ〉から猛々しい雰囲気の『Paradise 94』をリリースしたルーシー・レイルトンによるチェロに〈ヘムロック・レコーディングス〉のオーナー、アントールドなどが加わり、‘Workaround Two’ではローレル・ヘイローが金属的なヴォーカルもちらりと披露している。

 タブラをフィーチャーした緩やかな導入から前半は琴を含む様々な弦楽器がいい味を出している。スウィング・ビートを縦横にシンコペートさせるのが本当に楽しいのだろう、“Workaround Four”ではリズムの抜き差しに多くのヴァリエーションをつくりだし、間が抜けてしまうギリギリのタイミングでタムがひらめいたり、忘れた頃にタブラがカツンと鳴る。“Strings Of Life”のビートレス・ヴァージョンをUKガラージにしたらこうなるかなあという感じで、民族楽器を多用しているわりにワールド・ミュージック然としたところはなく、そういう意味では『Mala In Cuba』(12)を実験的な面へと傾かせたというか(本人の意識ではマーク・エルネスタスの『Jeri-Jeri』(13)や〈ナーヴァス・ホライズン〉の新しいコンピレーションでカッコいいドラムを連発していたDJプリードらに負うところが大きいらしい)。“Workaround Eight”からスピード感が増し……と言いつつ、すべての曲はBPM150で統一されているらしく、音数が増えたということでしかないのだけれど、曲が進むにつれてどんどん気持ちが上向いていくのがいい(DJミックス的な構成というか)。明るいというわけではなく、むしろ暗いサウンドなのに2010年代を覆っていた陰鬱なムードとははっきりと隔たりがあり、岩盤浴でもしたようにさっぱりした気分になれるのが嬉しい。『RVNG Intl. At 15』もかなりリピートしたけれど、『Workaround』もしばらくはやめられそうにない〜。

 ちなみに彼女の本名はディオン・ウェンデルで、カッセ・モッセことガンナー・ウェンデルとはコラボ・シングルもリリースしていたりするけれど、この2人は兄妹とか何かそういうものなのだろうか。ビアトリスというのもゲームのキャラクター名なのか、ダンテの『神曲』に出てくるベアトリーチェに由来するのだろうか。はて。

三田格