「Noton」と一致するもの

スワンズ/Swans - ele-king

 私は島崎藤村『破戒』の丑松のように机に手をついて告白したい気持ちに駆られている。
 わかっていなかったのだ。
 「新生スワンズ」なる文句を書きつけたのも一度や二度ではなかった。私自身、そのことばを納得して書いていたつもりだったし、あろうことか前回の二十数年ぶりの再来日公演を観てまでそんなことをいっていた気もするが、マイケル・ジラがスワンズのめざす音がどんなものか、今回のライヴを観るまでたぶん腑におちていなかった。情報はときに目を曇らせる。曇るといえば、ジラは前回のインタヴューで新作『To Be Kind』を「音の雲」に喩えていた。時々刻々変化する音の態様をジラは雲と呼び、私はその意味を忖度しながらも、まるで土手に寝転んだ父親が息子に空を指して、「ほらご覧、あの雲スワンズみたいだね」というように、ある種の形状を指してスワンズだと、つまり変化よりは不動性が主眼だった。ノーウェイヴ、インダストリアルないしはオルタナティヴの大立て者たるかつてのスワンズの陰々滅々たる音像の残像にひっぱられていたわけだが、それさえ本来は反復のもたらす変化をさしていたというのに。不思議である。もっとも当時といまでは反復の質はちがう。鈍重さはそのままに、ジャンクからロックへ鈍重の原料が変わった。ロックのコンボ・スタイルにペダル・スチール、ハンマー・ダルシマーやヴァイオリンといった各種小物を加えた編成の合奏からは濁りは濾過され音響はクリーンになりその分音量は倍加した、しかし耳を聾する音の壁ではない。舞台上のオレンジ・アンプの壁からPAを経由してO-EAST場内をみたす音はそれはそれはたいそうでかく、バースペースでグラスを傾けて小粋な会話を楽しむどころではなかった。しかしながら音の壁というより粗い目に織りあげた膜を幾重にも重ねたようにブ厚いそれの通気性は高い。この感じは前回公演にはなかった。いや私が気づかなかっただけなのかもしれない。前回と会場がちがったからハタと膝を打った。収容人数もちがえば(前回は400人の限定だった)天上も高い分、音の粗密がわかりやすい。もちろんエンジニアの腕にもよるのだろう。スワンズが『To Be Kind』以降、数枚のライヴ盤を出しているのはジラはスワンズのライヴ音響にひとつの完成をみた、と考えたのは『To Be Kind』所収の「A Little God In My Hands」のようなリズム隊とギター群がユニゾンしない曲のときで、ベースとドラムの刻む硬質のリフにつづき、ジラが悩ましげにワンコーラス歌い終えるとギター、ペダル・スチール、パーカッションがいっせいに雪崩れこむ。音は膨れあがり、場内を埋めつくしたお客さんの間を浸していくのだけれども、耳の焦点を変えながら音の階層を降りていくと、轟音の底でさきほどのリフレインが定期的に脈打つのがわかる。音が迫り来る。しかしほとんど解放的である。まったく自由である。しかしこれはフリージャズやフリーミュージックといったときの音楽の自由ではない。かつてケージがブランカの音楽に嗅ぎとった(といわれる)ファシズムの匂い、それを構造への意思と読み換えれば、ロックの形式を崩さないスワンズはブランカの側に立つ(歴史的にも音楽的にも)がしかし、一拍ごと一音ごとにたちあがる音はその前の音とまったくちがい新しい。ケージをアナーキーとみなすとき、そこに不確定の動態の謂いをこめているのだとしたらブランカのそれもまた静的な動態であり、逆に記号化し流通するアナーキーにこそダイナミズムは宿らない。ケージやベイリーは注意深くそれを回避し、ジラは彼らと同じ場所へ逆方向からにじりよる。建築の美を「凍った音楽」になぞらえることは音楽の反復不可能性の美を捨象しているがゆえに音楽は構造のみに収斂するものではない。

 むくつけき野郎どもが六人、舞台中央でうごめくさまは存分に威容だった。「荒野の六人」というよりペキンパー的な視角的要素ともあいまって、ノイズの配分はむかしよりすくないのにますます野卑に音はなってくる。むろんむかしのほうがもっとノイジーだった。アーバンでもあった、というと異論はあるだろうが、『Swans Are Dead』(1998年)で一度死ぬ前のスワンズが都市の喧噪を体現していたように、いまの彼らの体現するものを米国の広大な非都市部、もっといえばそれは自然だといってみるとそれは新生スワンズをスピリチュアルだといっているようにみえるかもしれないがそうではない。なにせジラは以前のインタヴューで新生スワンズの宗教性について訊ねた私の質問を言下に否定した――が、2010年以降の『My Father Will Guide Me Up A Rope To The Sky』や『The Seer』それに〈Young God〉なるレーベル名にいたるまで宗教性は微塵もないとでもいうのだろうか。もちろんインタヴューですべてをさらけださなければならない法はないし、それはとてもナイーヴなことだ。ジラは誤解を招くのをおそれたのかもしれないが、百歩譲ってそこには宗教的ニュアンスはないとしてもそれはあたかもコーマック・マッカーシーが『越境』でカラマーゾフの大審問官を借り受け、メキシコの辺境の教会に隠遁した人物に語らせたような不在のなにかに対する否定/神学ではあっただろう。そう考えると舞台の上の六人はペキンパーより『ブラッド・メリディアン』のインディアンの頭皮狩り隊のほうが似つかわしい。そしてマッカーシーが国境の南を失われたアメリカというより架空の無法地帯とみなしつづけたように、ジラはアメリカーナにルーツではなくアナーキーをみていた。それはノスタルジーとは無縁の世界であり、彼はデベンドラ・バンハートやアクロン/ファミリーの背後にすでにその光景をみていたのかもしれない。と思い、舞台中央のジラに目を向けると、ギターをさげたまま彼は両手をあげ、音を操るように手首をくねらせる。奄美で六調と呼ばれ沖縄ではカチャーシーというフリースタイル・ダンスの手の動きとよく似た動きである。それによくみるとジラは私の島の実家の裏に住むオバさんにどことなく似ている。ジラの身ぶりにしたがい音は巨大化する。そしてさらにうねりを増す。もし私に息子がいようものなら、渋谷円山町に突如湧きあがった目にはみえない音の雲を指してこういっていたことだろう。
 「ほらご覧、あれがスワンズだよ」(了)

Clap! Clap! - ele-king

北中正和
Feb 5, 2015

 このアルバムは笑い声やざわめきとウォーター・ドラムと思われるサウンドで幕を開ける。ウォーター・ドラムはアフリカで女性や子供たちが水仕事の息抜きや遊びで水を手ですくったり、叩いたりしてまるで太鼓のようなリズムを作り出すものだ。そのウォーター・ドラムらしき音にやがて、おだやかな年配の女声の歌のくりかえしが加わり、40秒あたりから合成されたリズムやシンセサイザーのアンビエントな音にバトンタッチされていく。

 説明不要かもしれないが、Clap! Clap! は、イタリアのジャズ・ミュージシャンアのクリスティアーノ・クリスチが、エキゾチックなエレクトロニック音楽をやるときのアーティスト名だ。彼はDigi G’Alessio名義でダブステップ的な作品も発表しており、この名前を見たら、イタリアの人気歌手Gigi D’Alessioを思い浮かべてにんまりする人もいるだろう。架空の島「ターイ・ベッバ」の神話世界へと聞き手を誘うこのアルバムのコンセプトも、そんな遊び心を感じさせる。音楽の骨格は、さまざまなリズムのエレクトロニックなダンス・ミュージックだが、そこに民俗音楽的な要素(主にアフリカの音楽)が巧みに組み合わせられている。

 たとえば3曲目ではギター中心のイントロに続いて、アフリカの親指ピアノの演奏や、地域不明の子供たちのコーラスが出てくる。男性のターイ・ベッバ語?のハナモゲラな語りも入る。この曲のリズムのいくつかのパートはアフリカかどこかの太鼓を参照したのだろう。13曲目のイントロのコーラスと太鼓はアフリカ風で、太鼓はナイジェリアのジュジュのビートの強弱を裏返したのだろう。しかしエレクトロニックな音の部分は複雑なリズム・チェンジをくりかえし、メイシオ・パーカーばりのサックスの断片がフィーチャーされる。16曲目や17曲目で聞こえるのは西アフリカの木琴バラフォンか、それともインドネシアのアンクルンやガムランを模しているのか……。

 目立つ例をいくつかあげたが、このアルバムでの民俗音楽的な要素の引用は、デイヴィッド・バーンやデーモン・アルバーンほどきまじめではなく、50年代のエキゾチカやハリウッド映画ほどフェイク感を強調しているわけでもない。過去のトライバル系の作品とくらべても、宙ぶらりんなおとぼけ感がこの人の個性だろう。いずれにせよここからアフリカ各地のハウス/エレクトロ系の音楽までは皮ひとつのちがいである。

北中正和

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高橋勇人
Feb 4, 2015

 「eclectic」という英単語を、『リーダーズ英和辞典 第3版』で引くと、「(多種な分野から)取捨選択する;折衷主義の, 折衷的な」という字義が出てくる。クラップ!クラップ!のディスコグス上のプロフィールを読んでいて、自分がつまずいた英単語は何を隠そうこの「eclectic」だ。「electric」ではない。今作『タイ・ベッバ』は間違いなく折衷的ダンス・ミュージックだろう。マイ・パンダ・シャル・フライの『トロピカル』と並び、非西洋の領域が産み出したリズムと都市の電子音楽の混入が産み出した2014年の音を彩る一例だ(かたやイタリアから、もう一方はスリランカ出身のロンドナーの手による作品ということにも一応留意)。

 もちろん、これまでにも多くのプロデューサーたちがワールド・ミュージック的なリズムや音色を取り入れてきた例は山ほどあり、『タイ・ベッバ』のリリースもとである〈ブラック・エイカー〉周辺のダブステップ、もしくはベース系のミュージシャンはその実験に早い段階から着手してきた。〈プラネットμ〉からリリースされたピンチの初期の名作“カッワーリー”は、トライバル・リズムをダブステップに持ち込むことによってスーフィーの神秘を体現しているという。それが2006年。以降、トライバルとダブステップの親和性は高まり、TMSVやキラワット、ガンツといったプロデューサーたちの黒魔術的なグルーヴへと結実していく。2012年にはマーラがキューバへ赴き現地のミュージシャンたちとセッションの末、『マーラ・イン・キューバ』がジャイルス・ピーターソンの〈ブロンズウッド〉から誕生……と、こうしてシーンを振り返ってみると、2000年代初期にUKで生まれた音楽がいかに初期段階から継続的に想像力を国境の外へ外へと向けていたかがわかる。

 というわけで、『タイ・ベッバ』における楽園を音で巡る旅自体は決してベース界隈にとって真新しいものというわけではなく、その旅の仕方こそが2014年にとっては画期的だった。冒頭の“ザ・ホーリー・ケイヴ”で浮かぶ水辺で遊ぶ子供たちのイメージのあと続くキック・リズムはフットワークのそれであり、中盤の“コンカラー”ではハーフステップ、ときにダンスホールなどなど。肝心のベースも単音で突き進むこともあれば、ウォブルだってする。この作品がソロで作られた事実を疑いたくなるほどの展開と越境具合だ。

 数え切れないほどのエスニックなサンプルとビートが飛び交う一方で、それらの最終的な受け皿となっているダンス・ミュージックの形式も相応にずば抜けて柔軟なものになっている。というかむしろ、複数の後者を折衷させる手腕に脱帽してしまった。ここに立ち現れる「ワールド・ミュージック」の意味する範囲は文字通り地球そのものだと言えるだろう。これほどまでの広がりが形式主義に陥りがちなベース・シーンで起こったことが何よりも事件だ。ジャケットが持つエスニック・ムードに惑わされてはいけない。これはリズムとジャンルをつなぐトリッキーなアルバムである。

高橋勇人

Africa Express - ele-king

 日本のファンは運がよかった。複数の動画投稿サイトで観るFKAツィッグスのステージは、スマホかなにかで撮った映像だということを差し引いても、何か特別なものには感じられなかった。むしろ“ウォーター・ミー”や“アワーズ”といった曲をライヴで再現できるのかなと僕は危惧していたぐらいである。しかし、彼女はブリッツ・アワード(イギリスのレコード大賞)に向けてショーの完成度を飛躍的に高めていた。これは、前日に行われたインタヴューで基本的にニコリともしなかったFKAツィッグスが、ほんの数回、笑顔を見せた話題のひとつである。2人のダンサーを配備した彼女のパフォーマンスは気迫に満ち、それ以前とは何もかもが違っていた。日本公演が行われたのはその4日後である。現時点で彼女の頂点ともいえる完成度が、日本ではフル・ステージで展開されたことは間違いない。最後から2番めに歌われた“トゥー・ウィークス”が1週間たってもまだ頭の中で牛のよだれのように波打っている。

 レコーディングされたマテリアルからもっとも掛け離れて聞こえたのは、そして、“ハイド”だった。最初は歌詞に沿ってエロティックなヴィデオがつくられた同曲は、後に、サウンドに合わせてメキシコのトゥルムで撮影し直されている。その意味がステージを観て、本当によくわかった。レコーディングされたもので聴くと、この曲はギターが前面に出ていて、いまひとつドラムに集中できない。これがリキッド・ルームのライヴでは(前から10列めの左よりにいたせいなのか)、ドラムがこちらに向かって叩きつけられるように響きっぱなしだった。非常にトランス効果を持ったドラミングである。通称『EP2』でもアルバムでも、ここまでエスニックなパーカッションがフィーチャーされた曲はない。“ハイド”のライヴ・ヴァージョンをもう一度、体験したい。ほかにも忘れがたい場面は多々あったけれど、家に戻って繰り返し“ハイド”を聴いても、この曲だけは時間が経つにつれ、ライヴ・ヴァージョンが遠のいていく気がした。

 ……と、目の前に『イン・C マリ』の文字があった。御茶ノ水のディスクユニオン・ジャズ館でワールド・ミュージックのコーナーを眺め倒し、もう帰ろうかと思ったときだった。デイモン・アルバーンがDRCミュージックやロケット・ジュース&ムーンとは別にはじめたアフリカ音楽のプロジェクトである。タイトル通り、フランスが軍事介入し、いまや泥沼状態と化しているマリの現地ミュージシャンとさまざまな民族楽器を使ってテリー・ライリーの『イン・C』50周年を祝った企画盤である。ラ・モンテ・ヤングを除けば、ミニマル・ミュージックの嚆矢だったとされる『イン・C』は本人も何度もリメイクし、現代音楽のみならず、アシッド・マザーズ・テンプルによるサイケデリック・ロック・ヴァージョンもつくられるなど汎用性の高いコンポジションといえる。それが、しかし、ここまでと思うほどアフリカ音楽にフィットし、エスニックなヴァージョンに生まれ変わるとは思わなかった。同傾向の感触を残す展開ではシャンハイ・フィルム・オーケストラのヴァージョン(『アンビエント・ディフィニティヴ』P.46)があり、ここでミックスに名前を貸しているブライアン・イーノも技術面で参加。昨年末、タイヨンダイ・ブラクストンやマシーンドラムなど22組とのコラボレイション・アルバム『21アゲイン』をリリースしたマウス・オン・マーズからアンディ・トマがミックス(とカリンバの演奏)に当たっている。

 オリジナルの『イン・C』にはないサウダージ感とでもいうのか。中盤からの展開が非常によく、楽譜的には忠実にやっているんだろうけれど、コラやデルタ・ハープといった民族楽器の音色がひたすらトランス感を強めていく。そして、清々しくも物悲しく演奏は41分弱で閉じられる(デーモン・アルバーンはメロディカとヴォーカル)。「ハイド」のライヴ・ヴァージョンによって火がつけられたものがここでは部分的に満たされたような気が。ちなみに先々週ぐらいにアップしたケイトリン・アウレリア・スミスもテリー・ライリーにインスパイアされた作品でデビューを果たしており、2013年にやたらとスティーヴ・ライヒの名前が挙がった気運とはまたちがったムードが来てるのかなとも思ったり。

ワワフラミンゴ『ホーン』 - ele-king

 観客の誰が予想しえただろうか、あれだけ立派でそこそこお金もかかっているであろう舞台美術を、劇中でまったく使わないということを。


(写真)佐藤拓央

 ワワフラミンゴはつねに予想を上回る(いや、いい意味で下回るというか、まるで伏線のような雰囲気だったのにびっくりするぐらいなにもないことがある)展開と、四コマ漫画を実際に生身で無理矢理やってみましたというような気の抜けたギャグで、観客を揺さぶってきた演劇団体だ。といっても「じゃあ漫画でやればいいじゃん」というタイプの表現ではけっしてなく、以前の公演では「全力で走っているのに異様に足が遅い人」という、漫画で見たらフツーにしか思えないのに生身の肉体でやるとこんなにも大変で面白いのか……というギャグを発明していたが、その発明は今回「話してる最中で前振りもなく止まる人」というかたちで受け継がれていたように思う。しかし大切なのは、今回の『ホーン』ではそういった次の展開が予想できないという程度にとどまらず、作品の構造そのものにおいてわたしたちを大きく裏切ってくれたことだ。

 もともとは野外で行われたブックフェアの出し物として発表された、天候に恵まれず一日だけしか上演の行われなかった短編作品。それを長編へとヴァージョンアップして劇場で公演するにあたっては、誰もがその構造に合わせてある程度の変更を余儀なくされるものだろうと考える。だが、ちがった。ワワフラミンゴはそのときの状況をできるかぎりそのまま再現するという手段を選んだのである。つまり、ブックフェアの際にそこにあった野外用の出張書店やそこにあった建物を、なるべくそのままのかたちで舞台美術として劇場内に設置し、野外でのパフォーマンスを劇場内で行っても齟齬をきたさないようにする、という選択肢を取ったのである。すると、そこには異様な光景が展開することになる。上演時間60分のあいだに舞台美術に一歩たりとも役者が踏み込まないという、これまでみたこともない事態である。体験していないひとにこのおかしみを伝えるのは難しいが、半ばを過ぎたあたりから「まだ使わないの?」「もう終わっちゃうよ?」という呆れにも似た心配が、やがてくすくす笑いへと変質していく。これには、やられた、と膝を打った。ブックフェアで、野外の本屋でお客さんが本を読んでいたりワークショップを行っていたりする場所に、俳優が出入りすることはたしかに御法度であろう。けれども、ここは紛うことなき室内であり、きちんと客席もしつらえられており、壮麗な舞台美術は俳優を待ち望んでいるかのように舞台の中央で客入れのときからずっと佇んでいるのだ。
 もちろん長編にするにあたって若干の変更は加えられたのであろうが、律儀にも取っ組み合いをするシーンで巧妙に舞台美術を避けていったのには失笑と爆笑の混ざったような笑いを思わず漏らしてしまったものだ。アフタートークにおいて、ゲストの前田司郎は「まさか舞台中央の椅子に座りもしないとは思わなかった」と驚いていたが、まったく同意見である。使わないものを置いておくという単純な発想を、これまでなぜ一度も持てなかったのだろうか?


(写真)佐藤拓央

 ワワフラミンゴの短編作品は、これまでも数回観ているのだが、『ホーン』のような長編作品には、ワワフラミンゴの脚本家である鳥山フキの、「放置することにためらいがない」という新たな側面を見出すことができる。通常であれば、物語の伏線というものは回収されるものとして登場する。しかし、ワワフラミンゴの作品においては、物語に不必要なとても短いシーンが、きわめて自然に織り込まれているのである。かといって一発ギャグの寄せ集めではけっしてない。いずれかのセリフはなぜか伏線になる。そこに法則性を見出すのは難しい。巨大な輪切りのパインは出落ちかと思ったら何度も何度もしつこく登場してきたし、唐突なタイミングで“魔笛”が数回歌われる。そうかと思えば舞台美術の真上から落ちてきたみかんは(そう、俳優が触れもしない『ホーン』において、ここが劇中で唯一舞台美術が使われるシーンだったのだ)、ただ単に大量に落ちてきただけでラストシーンまで放置されたままだ。ラストシーンを華々しくみせるために大量の紙ふぶきを仕込んでおくというのならば理解できるが、物語に何のかかわりもないのに大量のみかんが仕込んであるとなると、大げさに言ってしまえば、想像を絶している。何が繰り返され、何が放置されたままになるのかがまったく予想できないというところに、ワワフラミンゴ特有のスリリングが存在している。

 アフタートークにおいて鳥山フキは「ストーリーが嫌」と控えめに口にしていた。ストーリーを否定した演劇というのであれば、これまでにもポスト・ドラマ演劇の長い歴史があるが、たぶんそういうことではないのだろう。そういった何かに対するアンチテーゼとしてではなく、どちらかというと「好きなものをなるべくわけへだてなく、ルールも設けずにかき集めてみました」というような、ごちゃまぜのユートピア、という印象がある。ワワフラミンゴの世界には外敵がいない。なにをいっても許される、という空気が漂っている。あの世界の住民になれたなら、どれだけストレスなく生きていけるのだろうといつも思う。もしワワフラミンゴを知らない友人に紹介するのだとしたら、現代演劇の最前線がここにあります、という勧めかたよりも、仕事で疲れてるならとりあえずワワフラミンゴ行けば? と言いたい。僕はここまで悩みを一瞬で吹き飛ばしてくれる演劇を知らない。


Baobabによる縦横無尽のパフォーマンス


 〈多摩1キロフェス〉は、他に類をみない、めずらしい特徴を有したイヴェントだといえるだろう。その最大の魅力は、音楽も演劇も明確には区分されず、自然なかたちで同時に楽しめるようなプログラムにある。パルテノン多摩、パルテノン大通り、多摩中央公園1キロのエリアで、同時多発的に展開されてゆくパフォーマンス。たったひとつのパフォーマンスのみを目当てに、目を血走らせて駆けつけたりするにはあまりにももったいない。大階段を上りきって後ろを振り返ってみれば、大階段で演奏するミュージシャンの音楽に合わせて踊り狂うひとびと、路上ステージのパフォーマンスをかぶりついてみているひとびと、複数のパフォーマンスを遠巻きに眺めているひとびと、1キロ圏内の興奮も安堵も喝采も、すべて一望俯瞰できるはずだ。意図的に仕組まれた、未知との遭遇が起こりやすい空間が広がっているのである。ここではとくに2日めのパフォーマンスに焦点をあててみたい。

 大階段ステージは動ける範囲が巨大なぶん、あちこちに分散してしまうとすべてのパフォーマンスを目で追うことが困難になり、かといって一か所に集中してしまうと全体的に小ぢんまりとした印象を観客に与えてしまう、というなかなかに腕を試される試練の場所だったが、そのなかでダンスカンパニー〈Baobab〉の披露したパフォーマンスは考え抜かれていた。それぞれのパフォーマンスが精密に連携しており、たとえ距離が離れていたとしてもある種の波や渦として全体の動きを捉えられるため、つねにダイナミックな状態を維持していたのは驚嘆に値する。そしてとにかく動きが速い。各々の身体能力が高いのはもちろんだが、とくに〈Baobab〉主宰の北尾亘はほとんど肉食獣が獲物に食らいつくときのような、こちらが恐怖を覚えるほどの俊敏さをみせ、縦横無尽に大階段の上から下までを行き来していた。


ワワフラミンゴ。子どもたちの食いつきが異様にいい。

 野外であることをほとんど気にせずに普段通りのパフォーマンスを路上ステージで行うことによって、不動の安定感をみせつけた好例がワワフラミンゴ『多摩/簡単』だろう。「ふりかけで手をふくのはやめてよ。ハンカチ持ってないの?」などといった、予想の斜め上をいくコミカルでキャッチーなセリフの数々は、最初から野外パフォーマンスをじっくりみるために訪れた観客はもちろんのこと、ただ買い物に来ただけの親子連れさえ続々と立ち止まらせ(とくに子どもたちの食いつきが異様にいい)、終わる頃には小さめのスペースは大勢の観客に取り囲まれていた。アコーディオンをどんなときでもつねに携帯している謎のキャラクターがベートーベンを演奏するたびに、登場人物全員が悲しそうな顔をし、ヴィヴァルディを演奏するたびに、登場人物全員が嬉しそうな顔をし、それがえんえんと不規則なタイミングで繰り返される、といった、何をやっているか説明がなくても一目瞭然で理解できるパフォーマンスが多かったのも、結果的には道行く人々をできるかぎり立ち止まらせることに貢献していた。


水上ステージの柿喰う客

 パフォーマンスのなかで、唯一水上ステージで行われた柿喰う客『たまらんファウスト』は圧巻だった。あまりといえばあまりに有名な世界文学『ファウスト』を大胆に換骨奪胎。ガリ勉女子高生がこれまでの人生に嫌気がさし、悪魔に魂を売って8年前の過去へと遡り、小学生中学生高校生、同級生から先輩後輩、わけへだてなく捕まえて、ひたすらにHしまくる気の狂った生涯を送っているうちに、誰の子どもかわからない子どもを我が身に宿して絶望するまで、その過程をスピーディーにたどっていく、悪意にまみれながらもなぜか爽快感にみちあふれた作品であった。主役を務める玉置玲央と、まわりを取り囲む市民アンサンブル、それぞれのセリフはシーンごとにきっぱりと区分されているわけではない。玉置の煽るセリフの隙間にアンサンブルの掛け声が欠かさず入り込めば、あっというまに客席は最高潮の高揚を迎える。その逆のパターンもある。玉置の呼び声に応じてアンサンブルが一斉にいままでの流れを断ち切る一言を放てば、それこそ水を打ったように場は静まり返り、あたりには木々のこすれあうかすかな音しか残らない。その光景はまさにファウスト、天に昇ったかと思えば次の瞬間には奈落の底に真っ逆さま、観客は悪魔の導く道へと知らず知らずのうちに入り込み、気がつけば奥深くで両足に茨が絡んでおり、もう元へは戻れなくなっているのだ。

 クロージング・イヴェント、DE DE MOUSE×ホナガヨウコ『魅惑の星屑ダンスパーティ』は思いのほか奇天烈なものであった。ダンスパーティというのは要するに盆踊りのことであり、タイトルのイメージに反して、浴衣姿のDE DE MOUSE、もとい、ででまうす(提灯に太字でそう書かれていた)が汗水たらしながら和太鼓を力いっぱい叩いており、その横でホナガヨウコが「パ」「ル」「テ」「ノン」「多摩」それぞれの文字に似せた振り付けをさくさくと指導、星空の下、鳴り渡るDE DE MOUSEの楽曲に合わせて、観客一同大きな輪になって盆踊りまくるのである。まさかDE DE MOUSEのキラキラしたエレクトロニカと和太鼓の音との相性が抜群に良いとはこれまで考えたこともなかった。惜しむらくは、観客にアート系の人間はよく見受けられるけれども、多摩の住民の姿が少なかったことだ。〈多摩1キロフェス〉はまだはじまって間もないイヴェントだが、ゆくゆくは地元住民の愛する祭のひとつとなってほしい。

毛玉 - ele-king

 おおらかなメロディに、朴訥とした歌声。揺らめく光のような演奏に、緻密で繊細なサウンド・プロダクション。これぞまさにテン年代型のポップ・ミュージック/バンド・サウンドである。もしくは2010年代のサイケデリック・サウンドである。そう、毛玉のファースト・アルバム『新しい生活』のことだ。

 毛玉は黒澤勇人が2012年に結成したバンドである。メンバーは黒澤勇人(ヴォーカルとギター)、井上俊太郎(ベース)、露木達也(ドラムス)、上野翔(ギター)、落合四郎(キーボード)。いわゆる「うたもの」バンドと(ひとまずは)言える(むろん彼らはそんなカテゴライズなど無関係だ)。2012年に『毛玉EP』、2013年に『バイパスEP』を配信オンリーでリリースした。
 黒澤はもともと実験/即興音楽シーンで個性的な演奏していた音楽家だったが、いま、こうして歌い出した(もしくは、歌っていた?)。しかし、あらゆる音楽には必然しかないのだから、彼にも必然性があったのだろうし、ゆえに毛玉も生まれたのだろう。音楽を奏でるには/歌うには、確固たる理由がある。むろん、その理由の本質は、音楽を作る人にしかわからないものだが、そこに強固な偶然と必然があることは聴き手にも確実に伝わってくる。すべては音楽の中に、回答はあるのだから。つまりは聴けばわかる。
 本アルバムは、佐々木敦主宰の〈ヘッズ/ウェザー〉からリリースされた。CDの帯で90年代の「シカゴ音響派」について触れられているが、たしかにジム・オルーク『ユリイカ』を想起させる。表面上の音楽性の類似ではない。両者とも「即興と実験」を経由した音楽家に生まれる「歌うこと/音楽を奏でること」の必然性がある点だ。ここにおいて音楽は形式を超えて、「トーン」において繋がっていくことが証明されている。

 個人的なベスト・トラックは10分52秒にもおよぶ5曲め冬眠”だ。耳鳴りのような無機質な持続音に、ドラムの一打、また一打、そこに柔らかな音色のギターがフレーズを奏で、黒澤が訥々と歌いはじめる。「あの人が森の中で春を待つ」と。そのミニマルなアンサンブルは、やがてピンクフロイドのようなサイケデリック・アンサンブルへと展開していく。
 6曲め“春風”の疾走感も堪らない。そして7曲め=ラスト曲“しあわせの魔法”にいたっては涙するしかない。曲が終わり堪らず冒頭の“花粉症”へとリピートしてしまう。すると街中のフィールド・レコーディング音にギターが優しく鳴りはじめ、リズムとベースがバウンスする。左チャンネルの謎のリズム音。黒澤の歌声がクセになる。フォーキーな曲に聴こえつつも、曲構成はトリッキーで、リズムはファンキーですらある。そしてやはり左チャンネルの謎の音。まさに「新しい生活」がはじまるような曲。完璧な1曲めと最高のラスト曲に挟まれたアルバムは大抵、傑作なのだ。
 そして全曲、とにかく音がいい。いわゆる高音質ではなく、説得力のある音。とくにエレクトリック・ギターの音が本当に素晴らしい。覚醒と陶酔が同時に巻き起こる。マスタリングを手掛けたのは、宇波拓である。

 また一聴すれば、本作もまた「はっぴいえんど以降のニッポンの音楽」(佐々木敦『ニッポンの音楽』)の系譜とでもいうべき、「リスナー型音楽」の最前衛(普通の顔をしながら!)に佇んでいることがわかるはずだ。ロックからサイケ、プログレからレコメン、即興から音響派まで、さまざまな音楽の要素が見事に(微かに)、「うたもの」という音楽フォームの中に圧縮されている。2曲め“バイパス”でほんの一瞬、小さく鳴る「ピッ」という音を聞き逃してはならない。
 つまり、このアルバムが『ニッポンの音楽』の著者でもある佐々木敦のレーベルからリリースされたことにも強い必然性がある。この幸福な出会いを「しあわせの魔法」と呼ばず何と呼ぼうか。

 そして加藤遊と加藤りまによる兄妹ユニット、ファミリーベイシックのファースト・アルバム『ア・フォルス・ダウン・アンド・ポスチュマス・ノートライアティ』も必然性に導かれた音楽といえよう。
ファミリーベイシックは2007年に結成され、音響作家アスナ主宰の〈aotoao〉の『UMUリミックス』や『カシオトーン・コンピレーションVol.5』に参加する。本作のリリースは畠山地平主宰の〈ホワイト・パディ・マウンテン〉からで、マスタリングも当然、畠山地平が手掛けている。ジャケットのデザインはアスナ。ジャケット絵は天本健一である。

 本作は兄・加藤遊によって全曲の作曲・作詞・録音・ミックスが行われている。彼は90年代に渡英し、当時のインディ/オルタナシーンを体感してきたという。妹・加藤りまは90年代にネオアコ・ユニット、ストロオズのメンバーであった(彼女は、〈フラウ〉からソロ・アルバム『フェイントリー・リット』をリリースしたばかりだ。こちらも深い森を漂うようなフォーク・ミュージックで素晴らしい作品)。

 本作の1曲め“ザ・ラスト・ファイン・デイ・オブ・マイ・ライフ”を聴いたとき、私はレッド・クレイオラが1996年に〈ドラッグシティ〉からリリースした『ヘイゼル』、その1曲め“アイム・ソー・ブレイズ”を思い出した。メロウで、達観していて、でも奇妙で、しかしポップな、あの曲を。『ヘイゼル』はジム・オルーク、ジョン・マッケンタイア、デヴィッド・グラブスら(当時の)シカゴ音響派と呼ばれた音楽家が多数参加して作られたアルバムだ。ちょうどシカゴ音響派がポップ化していく時代でもあり、当時の空気をとてもよく表している作品である。つまりレッド・クレイオラのアルバムであると同時に、当時のシカゴ音響派コミュニティのアルバムでもあった。本作は不思議と『ヘイゼル』と似ている。そのメロウな雰囲気、ポップネス、そこはかとない奇妙さ、絶妙な捻くれ方、コミュニティ感覚さなどによって。アルバムを聴き進むにつれハイ・ラマズ『ハワイ』(1996)やステファン・プリナ 『プッシュ・カムス・トゥー・ラブ』(1999・本作もオルークやジョンマケ、サム・プレコップなどのシカゴ音響派勢参加。まさに傑作ポップ・アルバム)などの傑作アルバムも脳裏をよぎった。
 むろん、本作もまた過去を振り返るような作品ではない。90年代から受け継がれてきたポップ/アヴァンの遺伝子が、いまこの2010年代に熟成された(フレッシュさを失うことなく!)音楽として私たちの耳に届いたのだ。それがとても感動的なのである。音楽はつづいている。途切れることはないということ。6曲め“ サブリミナル・ジャクソン”の弾むリズム・ギターのカッティングやビートのように。

 2010年代から1990年代へ。それは過去への退行ではない。「継続が生み出す必然」だ。対称的な毛玉とファミリーベイシックだが、その継続と必然性によって共通している(余談だが2バンドともイギリス経由のアメリカ音楽を日本人として鳴らすという点では共通しているようにも感じられた)。
 2015年以降のポップ。それは90年代を継続し、00年代を超えて(これらのアルバムとともに?)はじまるだろう。私たちはいま、リ・スタートの場所に立っているのだ。

Letha Rodman Melchior - ele-king

 昨年秋に癌によって55歳の生涯を閉じた音楽家、リーザ・ロッドマン・メルシオ。晩年はとくにノイズ、アンビエント、ドローンと、アブストラクトなサウンド・アートを追求し、際立った作品を遺した。ベスト盤でも発掘音源のコンピレーションでもなく、前作『ハンドブック・フォー・モルタル(Handbook For Mortals)』(2013)に次ぐオリジナル作としてリリースされた本作『シマリング・ゴースト』は、その名のとおりきらきらと──グルーパーやジュリア・ホルターや、メデリン・マーキーにエラ・オーリンズなど、アンダーグラウンドの突端の強く瑞々しい才能たちとまるで違わぬ輝きを放っていて、驚きと悼みの念に打たれてしまう。
 
 過剰なコンプによって結界のように展開されるメルシオの音響世界には、なるほど人ならぬ影ばかりが息づく。先述のエラやグルーパーばかりではなくハウ・トゥ・ドレス・ウェルの初期のプロダクションにも近い。「ウィッチ」と呼ぶかどうかはともかく、“Metius Fabricius”や“Taurus Mountains”のように、一方に電子音楽の黎明期を彷彿させる曲がある一方で、昨今トレンドの諸ワードを当てはめたくなるその現役感は、彼女の年齢を考えずとも畏敬すべきものだ。闘病生活は2011年からつづいたというが、ソロ名義でのリリースはその少し前からはじまり(2008年にハンドメイドのカセット作品などをリリースしている)、ちょうど2000年代末からいまにいたるアンビエントやドローンのモードが浮かびかがっている。そもそもが柔軟な人なのか、計算があるのか天然なのかと判じることはできないが、とても自然にいまという時間を受け入れておられたのだろう。この作品に刻まれているのは、年輪や円熟ではなく、またその否定でもなく、まして回顧や悔恨などでもありえず、時間が生きて動いたり止まったりする、その所作、その音だ。そんなふうに感じられる。

 メルシオ自身はピアノに管にギター、テルミンなどなんでもこなすマルチ・インストゥルメンタリストだが、ハープについては、ハープ奏者のメアリー・ラティモア(Mary Lattimore)を招いている。ハープはピアノとともに、彼女の音のテクスチャーを場面場面で色づける変数として大きな役割を負うもので、これらが出てくると、とくに彼女の肉声を錯覚する。旋律やハーモニーを成すものとしても、それは彼女のなかの線的な感情──メッセージに近いものとして感覚される。死期を自覚する中で作品を生む、遺作になることがわかっていて作品を編むというのはどんな心持ちだろうか。そんなことは音に接する上では不要な情報で、むやみに劇的な解釈によって作品をゆがめるなという向きもあるだろうけれど、筆者が最終的に本作を購入したのは、ひとえにその想像のなかに愉しみと悦びとを得ようと思ったからだ。フィジカルで手に入れたい作品とそうでもないものとの差は、私にとって装丁や作品の格の問題というよりも、その他人に寄せる曖昧な空想をすこしでも確信し悦びにするための補助となる、遺物のようなものかどうかということかもしれない。趣味のいいことだとはいわない。けれど『シマリング・ゴースト』には、たしかに彼女のゴーストとしての感触と、彼女の未来としてのフィジカルを感じられた。

Panda Bear - ele-king

木津毅

 ここのところティム・バートンの過去作をまとめて見返していたせいか、パンダ・ベアの新作をバートン作品と切り離して聴くことができない。このアルバムを聴いていると、脳裏に『シザーハンズ』や『スウィーニー・トッド』のジョニー・デップが現れる……。いや、パンダ・ベアはゴスでもないし、ファンタジーに執着しているわけでもない。が、このアルバムは音のヴィジュアル志向とでも言おうか、とてもカラフルな色づけが施されている。子どもっぽい感性で独自の死生観に立ち向かって行ったらキッチュな世界が立ち上がっていた、という感じか。インナースリーヴで死神と対峙する彼、ノア・レノックスのイラストを見ていると、そこにはなにか、童話やファンタジーを基にした映画のようなイマジネーションが広がっているように感じる。タイトルがなんといっても秀逸で、脳内では反射的にこう日本語に変換される……『パンダさんクマさん しにがみにであう』。

 アニマル・コレクティヴ、ひいてはパンダ・ベアの足取りとは、21世紀におけるある少年(たち)の冒険譚だったのではないか。それは『トム・ソーヤーの冒険』的な腕白なものではなくて、もっとこう頼りなく、どこかしら控えめで、空想的な……自分を含める多くの人間が「逃避的な」と形容したそれである。だからこそ、インターネット時代のか弱いベッドルーム・ポッパーたちを繋ぎとめ、ディケイドの一大潮流を生み出したわけだが、本人(たち)はどこまでもマイペースに自分たちの遊び場を守ってきた。その遊びはアメリカという国においてはおよそ男性的だったりタフだったりする要素に欠けていたが、あまりにも本人たちが楽しそうだったため、みんな真似せずにはいられなかったのだ。
 冒険譚、といってもパンダ・ベアのソロ前作『トムボーイ』におけるテーマのひとつは父親になることで、そこで繰り広げられていたのは子どもっぽさや頼りなさを片方で抱えながらも大人になることへの試みであった。あらためて言うまでもなく父というモチーフはじつにアメリカ的なものだが、パンダ・ベアはそのステレオタイプに(おそらくは無意識的に)逆らっていた。強くたくましい父親にはなれない、けれどもなんとか声を出して、「僕を頼っていいんだよ」と告げること。わたしたちがパンダ・ベアのスウィートな長音に象られた歌を応援したくなるのは、自分の居場所をどうにか見つけるのに懸命な子どもがやがて年を取り、成長「してしまう」ことでどうにか外界に向かって行くドキュメントをそこに見出していたからではないか。

 だとすれば『しにがみにであう』は、その続編である。音としては『トムボーイ』よりもアニコレの『センティピード・ヘルツ』との連続性を強くしていて、サンプリングを中心にしたという音作りはノイジーで、音々にそれぞれ強い個性が与えられている。“ミスター・ノア”のいかにもな無邪気なメロディ、“ボーイズ・ラテン”のトリッピーなヴォイスの左右からの応酬を盛り上げるのは、間違いなくそこにわらわらと集まってくる「変な音」の群れである。プロデューサーのソニック・ブームとのやり取りがよりこなれてきたのもあるだろうし、ダブにインスパイアされたという録音での実験が大いに生きている。いっぽうでパンダ・ベアのアンビエント志向を打ち出しているなかでの白眉は中盤、“トロピック・オブ・キャンサー”。甘い夢の調べが8割、その隙間に不穏さや不気味さが2割挿しこまれる、まさに優れた児童ファンタジーのようなドリーム・ポップだ。
 その「キャンサー=癌」が癌で死んだ父親のことを示しているのではないか、ということはすでに指摘されているが、僕はなおさらティム・バートンの『ビッグ・フィッシュ』を思い出さずにはいられない。父親の死という、時間を経ることで訪れる残酷な現実を前にしてファンタジーを持ち出さずにはいられなかったその映画と、“トロピック・オブ・キャンサー”の甘い響きはとても近いところにあるように感じるのだ。『PBMTGR』ではこれまでのパーソナルなモチーフをやや離れ、より普遍的なテーマをもった歌詞を目指したという。それでも“ミスター・ノア”などはじゅうぶんパーソナルだと思うが、たしかに抽象的な言葉が増していて、なるほど、さらにパンダ・ベアが外界に歩を進めたのだと見なすことができる。
 「お前はずっと中にいる/こんなにやさしく/眠っている幼い男の子のように」(“プリンシペ・レアル”)……そうだ、パンダ・ベアはもうその男の子がどこへも行かないことを知っている。だからあとは冒険に出てしまえばいい。たくさんの奇妙な音の登場人物たちを引き連れて、しにがみ=避けられない変化に会いに行く。このアルバムは胸がワクワクする前向きさに貫かれていて、少しばかりキッチュで、そしてどこまでもキュートだ。

木津毅

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野田努

 ホント、たんなる偶然だが、年末帰省したときに入った中古レコード店で見つけて、年明け最初に聴いたレコードがブライアン・ウィルソンの『スマイル』だった。あらためて「あー、つくづくこれってアニコレ……、いやいや、アニコレとはつくづくブライアン・ウィルソンなのだな」と思った。その少し前に初期の大滝詠一を聴いていたことが無意識のうちに自分をその衝動買いへと導いたのだろう。
 そう思えば、ブライアン・ウィルソンを起点に1970年代大瀧詠一とアニマル・コレクティヴは線でつなげることができる。いやいや、できない、いや、でき……まあ、どっちでもいいのだが、いろんな国のいろんな場所にいろんなリスナーいて、いろんな音楽を楽しんでいる現代を生きるアニコレには、良くも悪くも、何が何でもポップ・ソングを作らなきゃならないというプレッシャーも、オブセッションもない。歌を聴かせるというより、彼らは音響を聴かせようとしている。お気楽なものである。

 そして実際のところ、まったく、想像以上に、ずば抜けてお気楽だった。ぜひCDショップで現物を手にとって見て下さい、このアートワーク。黒や灰色やシックな色彩が主流の今日において、かつてのスペクトラムないしはボアダムスを彷彿させるような、目がくらむほどカラフルで発色の良いサイケデリック、時代のなかで浮いている妖しげな別世界への切符──それは見事に『パンダ・ベア・ミーツ・ザ・グリム・リーバー』を象徴している。ようこそ虹色の世界へ。
 もっともこの色彩豊かなオプティミズムは、今日のトレンドと言えない。そもそも彼らは、時代を読むどころか、もう、自分たちの好きなことを徹底的に追求している感じだ。
 また、ソニック・ブームとパンダ・ベアのミキシングのセンス、方向性、コンセプトは、キング・タビー的と言えない(橋元優歩のインタヴュー記事を参照)。タビーは骨組みだけ残すという意味で「レントゲン音楽」と呼ばれたほどの引き算音楽の創出者だ。あらたに音を加え、音に遊んでいる感覚は、むしろリー・ペリー的だ。ことパンダ・ベアは、ポップスとしての体をなすかなさないかのきわどいところにまでリヴァーブをかけるし、ドラッギー・サウンドでありながら歌のパートが多すぎる。

 ……などと書いているとケチをつけているようだが、違う。誤解しないで欲しい。『パンダ・ベア・ミーツ・ザ・グリム・リーバー』は予期せぬ、喜ばしい不意打ちのようなアルバムなのだ。パンダ・ベアとソニック・ブームの浮世離れしたサイケデリック・サウンドは、そんなものには興味はなくしつつある五十肩に悩む中年男もその気にさせるほどの、鮮やかな色味を帯びている。このアートワークのように。灰色の音楽ばかりを聴いていたベッドルームを明るく照らす。子供の笑い声のように、あまりにも明るすぎる。

 ソニック・ブームとの共同作業もよりスムーズになったのだろう。音響的な快楽において、『パンダ・ベア・ミーツ・ザ・グリム・リーバー』は前作以上にパワフルで、スリリングな作品になっている。2曲目の“ミスター・ノア”はハードにトリップするる“サージェント・ペパー~”だし、メロディアスな“クロスワーズ”や“セルフィッシュ・ジーン”、電子仕掛けのシド・バレットと言いたくなる“ボーイズ・ラテン”などなど、チャーミングで、強力な楽曲が並んでいる。悪戯めいた細かい効果音、ソニック・ブームのエンジニアリングも、大胆かつキャッチーでバランスが良い。
 最高の瞬間は、8曲目の“トロピック・オブ・キャンサー”だ。押し黙ってしまうほど美しい、彼にしか歌えないこのバラードを聴くためだけにアルバムを手にする価値はある。とくに初期の、ギターを弾いていた頃の彼が好きなオールドファンにはたまらない曲だが、もう1曲、注目すべきユニークな曲がある。クラシカルなピアノ・ループと電子ノイズが巧妙に交錯する10曲目の“ロンリー・ワンダラー”だ。10年前の陶酔的なチルアウト“ザ・ソフティスト・ヴォイス”が確実にアップデートされている。

 グルーヴィーなベースラインに導かれる“カム・トゥ・ユア・センシス”を聴けば、彼が2007年の『パーソン・ピッチ』のインナーに、ムーディーマンやロバート・フッドといったブラック・ハウス/テクノのプロデューサーの名前を記していたことを思い出す。クラブ・ミュージックからの影響は、“プリンシプル・リアル”のような曲にも表れている。
 アフリカ系のディアスポラは、よく辞書を欺く。与えられた言葉の意味を反転させる。マイケル・ジャクソンの「I'm bad」は「俺は不良」ではない。「俺はいけてる」と訳す。Pファンクの「give up the funk」は「ファンクを諦めろ」ではない。「ファンクは終わらない」というニュアンス。『パンダ・ベア・ミーツ・ザ・グリム・リーバー』は、どこをどう聴いても「死神」ではない。「こんにちわ。天使」だ。悪魔的なまでにアシッディではあるけれど、しかしやはりどうしようもなく、童話的だ。

野田努

موريس لوقا - ele-king

 文章は読めども姿は見えない忍者のようなブレイディみかこさんとは対照的に、盆暮れにはきちんと東京に舞い戻ってくる参勤交代のような山田蓉子を招いて、江戸お庭番衆のような保坂和志が新年会を開いてくれた(山田蓉子は紙版『ele-king』で「ハテナ・フランセ」を連載中。パリのテロ事件は彼女の家から15分の地点で起きたらしい)。保坂さんの新刊『朝露通信』を読んでいると、知りたくもないのに、山梨について異様に詳しくなってしまい、その知識の使いどころに困り果ててしまうというのに、その日も山梨についてさらに細かすぎるエピソードがテーブル狭しとあふれ出していた。そのなかにひとつ、気になることがあった。山梨は人口もそう多いわけではなく、いってみれば狭い場所に人が押し込められているようなイメージだったのに、少し離れた場所に行くと文化圏が変わってしまい、おそらくはいろんな場所や方向から来た複数の集団が共存してきた場所だというのである。全体を貫く山梨性というようなものも長い年月の間には醸成されてきた例もなくはないのだろうけれど、しかし、ベースにあるのは異質な集団が寄せ集まったサラダ・ボウル社会だと保坂さんの言葉は翻訳できる。僕は人種ジョークが好きで、ベルジャン・ウォークだのタイタニック・ジョークを愛してやまない。編集部にはなぜか石川県出身が数人いるために、ことあるごとに石川県について……(以下、安部政権下のため自粛)。ヘイト・スピーチが困るなーと思うのは、こうした人種ジョークが言いにくくなり、さまざまなローカルに対する関心が押さえつけられてしまうからである。べつに僕はベルギーや石川県が憎くてジョークを言いたいわけではない。むしろ、関心を持ったのである。『ヘタリア』を見て神聖ローマ帝国が頭から離れなくなってしまったように……(ちなみに保坂さんの家は閑静な住宅地にもかかわらず舛添都知事の家が近いため家の前をヘイト・スピーチの行列が通り過ぎていくらしい。そりゃあ、山梨県のことばっか書きたくもなるわな)。
 
 さて、本題。エレクトリック化が進むエジプトのダンス・ミュージック、シャービーからموريس لوقا(モーリス・ルーカ)によるデビュー・アルバム。といいたいところだけど、オープニングなどはかなりロック・ミュージックとのクロスオーヴァーが進み、ローカルどっぷりの仕上げにはなっていない。いわば、アフリカにいればボコ・ハラムに狙われ、ヨーロッパに行けばイスラム差別は免れないという場所に立っている。ダンス・ミュージックに飽きてきて、かといってワールド・ミュージックにあっさりと切り替わるでもない耳には、しかし、これが、じつに馴染みやすい。なんというか、ナイス・ミドルイースト。

 シャービーというのは、たいていの場合、ベリーダンスとセットだそうで、ということはジュークやニューオリンズ・バウンスと役割はいっしょで、実際、意味もなく腹踊りがしたくなるような音楽で主流は占められている。ここに、موريس لوقاはロック的な抒情を適度に持ち込みながら、エジプト文化を対象化し、その入り口に立たせてくれる。それ以上、先に進むと観光客は撃たれるというギリギリのところで引き返し、今度はもっと危険を冒してみよう、シャービーという音楽はほかにどんなものがあるのだろうという好奇心を刺激し、気がつくとDJサルディーニャやサダトなんかも聴いている。腹踊りは……(以下、安部政権下のため自粛)。


 クレジットを見て驚いた。ボコ・ハラムのメンバーがいたからではない。ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーの外郭団体、ランド・オブ・クッシュを率いたサム・シャラビの名前もクレジットされていたからである。シャラビがシャービーである。ランド・オブ・クッシュはゴッドスピード由来の重苦しい音楽性に支配され、僕には少しトゥー・マッチだったのに、なるほど、それが腹踊りの陽気さと中和され、それなりに楽しさを演出するようになったという聴き方もできるだろう。文明が衝突し、音楽を生んだのである。「歴史の終わり」とはフクヤマもバカを言ったものである。福島県と山梨県が衝突したような名前だというのに歴史を持ち出すとは、規模がちょっと大き過ぎたというか。それこそ山梨県にもできることがどうして世界にはできないのか。『朝露通信』を読んでいると……(以下、安部政権下のため自粛)。〈サブライム・フルクエンシーズ〉からアラン・ビショップもサックスで参加。
(協力・赤塚りえ子)

ウィリアム・ジンサー - ele-king

 ボブ・ディランやビートルズが音楽シーンにもたらした新たな衝撃というのはいろいろある。中でも、自作自演という価値観。これは大きかった。その辺を詳述し始めると大変な文章量になってしまうかもしれないので、ざっくりいきますが。

 今では誰もが当たり前のように思っている自作自演という方法論。もちろんそれ自体、けっして悪いことではなく。むしろ、それが定着したことで音楽はそれまで以上に自由な表現を獲得したわけで。大いに歓迎すべき変化ではあったのだけれど。ただ、そんな変化の中でぼくたちは大切な何かを見失いがちになってしまっているのではないか、と。そんなふうにふと思うことがあるのだ。
 それは、楽曲そのものの魅力。誰が歌っているのか、どんなアレンジが施されているのかなどとは関係なく、歌詞とメロディだけを聞いて、ああ、いい曲だなぁ…と、しみじみ思える感触。自作自演系のアーティストが赤裸々に私小説的な心情を吐露するパーソナルな表現ではなく、作詞作曲のプロフェッショナルが普遍的なテーマのもと、職人技を駆使して紡ぎ上げた豊潤で味わい深い表現、というか。そういう楽曲に近ごろあまり出会えなくなってしまった気がするのだ。淋しい。
 そして、ぼくは1930年代、40年代のアメリカン・ポピュラー・ヴォーカリストたちの歌声へと立ち返る。必要以上に自意識の強いフェイクをこれ見よがしに繰り出すこともなく、あえて原曲とイメージの違う奇をてらったアレンジを施すこともなく、コール・ポーター、アーヴィング・バーリン、ホーギー・カーマイケル、アイラ&ジョージ・ガーシュイン、リチャード・ロジャース&ロレンツ・ハート、ジョニー・マーサーといった名ソングライターたちが作り上げた名曲の深い歌詞と豊かなメロディをありのまま、淡々と歌い綴ってくれる、たとえば男性歌手でいえばビング・クロスビーやフランク・シナトラ、女性歌手であればルース・エッティングやドリス・デイなどの優しく気品のある歌声に接して淋しさをまぎらわすのだ。癒されるのだ。
 そんなぼくのような音楽ファンにとって、本当にうれしい手引き書となってくれそうな一冊がウィリアム・ジンサー著『イージー・トゥ・リメンバー~アメリカン・ポピュラー・ソングの黄金時代』だ。1922年、ニューヨーク生まれのノンフィクション・ライターである著者が、ここで愛情たっぷりに語っているのは20年代から50年代まで、ロックンロールという新種の若者音楽が本格的に世を席巻する前までのポピュラー音楽のこと。“本書は、わたしとアメリカン・ポピュラー・ソングとの生涯にわたるロマンスの物語である”。著者は冒頭でそう宣言し、主にブロードウェイやハリウッドを賑わしたミュージカル音楽、あるいは映画音楽への限りない愛を綴っていく。
 といっても、本書がスポットを当てているのはそれらを歌った歌手ではない。ここが最大のポイント。著者の眼差しは、そうした名曲群を紡ぎ上げたソングライターたち、あるいは楽曲そのものに注がれている。ソングライターたちのバイオグラフィ的な情報はもちろん、語感や響きも加味しながらの精緻な歌詞の解析、転調やコード進行を細かく描きながら叙情的に綴られる楽曲解説など、著者が提供する様々な切り口を通して当時の音楽に接し直してみると、すでに知り抜いていると思っていた無数のスタンダード・ナンバーでさえまた別の輝きを帯びて聞こえてくるのだ。なんだかうれしくなってしまう。

 ニューヨークのマンハッタンに“ティン・パン・アレー”と呼ばれる地域があって。もともとはブロードウェイ28丁目付近。その後、ご存じタイムズ・スクエアのあたりに北上してきたのだが。そこには20世紀初頭から多くの音楽出版社や楽器店、楽譜店などが軒を並べていた。まだレコードという音楽メディアが一般に普及する前から、音楽を広めるための最大のメディアだった楽譜を売るために、“ソング・プラッガー”と呼ばれる連中が客相手に一日中、ビルの軒先で、あるいは接客用の小部屋で、ピアノを弾き、歌い、自分たちが扱っている楽曲をアピールしていた。その様子がガチャガチャとうるさかったことから、擬音を使って、“ガチャガチャうるさい地域=ティン・パン・アレー”と呼ばれるようになったわけだけれど。このエリアで、多くの素晴らしいソングライターたちが、次々と流れ作業的に新曲を作ってはレコード会社や映画、ミュージカルに売り渡していたころの活況を本書で追体験できる気がする。なんとも魅力的なタイムスリップだ。
 後ろ向き? いや、どうだろう。過去に眠る名曲たちとの新たな出会いだって、それが今の自分の耳に新鮮に響くのであれば間違いなく現役の音楽だ。いろいろな意味で閉塞感が漂う最近の音楽シーンの中でなんとなく迷いを感じている方がいらっしゃるようならば、試してみるのも悪くない一冊だと思う。なんたって、ボブ・ディランがフランク・シナトラのレパートリー10曲を真っ向からカヴァーした新作アルバムを出す時代なんだから。過去にだって、未来に負けないくらいたくさんの“未知のロマン”があるのだ。

Death Grips - ele-king

 超絶スキルやストイック極まる練習を絶対条件かつアイデンティティとするバンドに対しての僕のある種の拒絶反応は、言うなれば早々に技術的向上をあきらめたヘボ・ミュージシャンとしてのひがみでしかないのかもしれないし、過渡期のミュージシャンをディグりつづけるのも所詮貧乏症ゆえのB級グルメ的嗜好に過ぎないかもしれない。このような理由からか、ヘラ(Hella)やザック・ヒルの過去の偉業に自分はカスりもしなかった。そんな自分でも数年前のデス・グリップスの〈WWW〉での公演を観たときに何かが引っかかった。

 たとえばヴェイパーウェイヴ以降のPCミュージックを三次元に具現化できるのはおそらくこの世でデス・グリップスしかいないと思うし、ビット・クラッシャー/リデューサーがこれほどコンセプトにしっくりとリードに響くサウンドもない。なによりライヴでのザックの異常なまでの手数とMCライドのネカティヴ・パワーはある種の閉所恐怖症的な強迫観念のような禍々しい念を共有している。制作における性急過ぎる行動にもそれは顕著に表れている。

 ファンとメディアへの挑発と謎に満ちた行動もまたデスグリを楽しむための醍醐味であるので大雑把にこれまでの半生を追わせていただこう。
 2010年にカリフォルニア郊外の都市であるサクラメントで結成され、ローコスト・ハイクオリティで独創的なビデオ・クリップと現代的閉塞感を鋭利に具現化するエクスペリメンタル・ヒップホップ・サウンドで華々しくデビュー、2011年に初期音源に新曲を追加する形でフリー・ミックステープ『エックスミリタリー』を発表、2012年にはエピックとの契約を結びメジャー・アルバム『マニー・ストア』を発表、しかし同アルバムのレコ発ツアーを次作の制作のためドタキャン、ビョークのリミックスや新曲をリークさせながらレーベルとファンを激怒させ完成させた『ノー・ラヴ・ディープ・ウェブ』はリリース時期をめぐってエピックと揉め、ブチ切れたデスグリはザックのナニにタイトルを書きなぐったジャケでシェアファイルとしてバラ撒く(ちなみに初め墨入りのサムネイルを見たときはモノリスをモチーフにしたジャケかと思った)。エピックから反故にされる。2013年、ザックがスカイプ越しにプレイして〈SXSW〉のショウをおこなったり、〈ハーヴェスト〉の協力のもと、自身のレーベル〈サード・ワールド〉を立ち上げたりしながら非公式アルバム(彼らいわくこれは当時彼らが存在していた位置に過ぎない、とのこと)『ガヴァメント・プレーツ』を発表、同年〈ワープ〉との契約。2014年は珍しく宣言どおりにツアーを敢行し、ディスク1「ニガス・オン・ザ・ムーン」とディスク2「ジェニー・デス」の二部構成となる大作『ザ・パワーズ・ザット・B』のリリースを予告する……が、ナプキンに殴り書きされた解散宣言を突如発表する。そこにはこう記されていた。

 「われわれはいま最高である。よってわれわれは終わるのだ。デス・グリップスは公式に停止する。ライヴ、ツアーはすべてキャンセルだ。告知されていたダブルLPは後に予定通りにリリースされるだろう。デス・グリップスはつねにサウンド/ヴィジュアルを支点としたコンセプチュアル・アートの展示であり、“バンド”の概念を超えた存在である。われわれの信者よ、どうか伝説とさせてくれ」と。

 しかし、ツイッター上に現れたデスグリを名乗るアカウント(公式であるかは不明だが、来る「ジェニー・デス」からの先行プロモ・ヴィデオのスクリーン・ショットを公式発表の数ヶ月前にツイートするなどで噂となる)は、おれら解散してないし、ツアーもするし、等と謎のツイートを連発。

 そしてフル・レンス・サウンドトラックとだけの触込みで、デスグリ史上もっとも不気味で謎のインスト・アルバム『ファッション・ウィーク』が発表された。レガシー・ルーム、ファッション・ウィークと書かれた背景と椅子に対して妙にサイズ感のおかしな妙にエロいお姉ちゃん、じつは『マネー・ストア』のジャケのキテるイラストを手掛けた作者らしいのだが……“ランウェイ J”、“ランウェイ E”と続くタイトルのケツのアルファベットを繋げれば、「JENNY DEATH WHEN」──「ジェニー・デスはいつ?」となる。
 すでにYoutube上に8曲アップロードされている『ザ・パワーズ・ザット・B』のディスク1である「ニガス・オン・ザ・ムーン」はこれまでのデスグリを総括する最高傑作との呼び声も高い。ヴォーカル・サンプリングを多用したユニークなプロダクション、過剰なプロセシングを持ってアルバムのストーリー性を編むことに成功させたこの作品は、個人的にも前作の非公式アルバムである『ガヴァメント・プレート』での個々の曲の完成度の落差、とのコントラストもあり、非常に好印象である。

 さて、ディスク2の「ジェニー・デス」はいつ発表されるのよ? とウズいている多くのファンへ放り投げられたこの『ファッション・ウィーク』はタイトルが比喩するとおり、来る『ジェニー・デス』へのプロモーションと捉えたほうがいいだろう。作曲時期も不明であり、また同一シーケンスやビートをアルバム内で変容させて多用しているように聴こえる。何よりこれらのインストが逆説的に証明するのはデスグリにおいてMCライドのヴォーカルがその圧倒的にダークなリリックの内容だけでなく、いかにパンチーでパーカッシヴな、強烈なフックを内包しているかということを知らしめている。とはいえ、現在のビート/ベース・ミュージック・シーンの動向を敏感かつデスグリ的解釈で捉えていることは間違いないだろう。

 ニューヨークでのファッション・ウィークは例年、2月の2週めからはじまる。おそらく来月のそれが待望の『ジェニー・デス』の公開日であろうと多くのファンは噂している。しかしこれまでもメディアとファンを欺くことに至上の喜び(?)を見出してきたデスグリ。彼らが何喰わぬ顔で再びメディアの前で活動を披露しても何ら不思議ではないし(そもそもあの解散声明はいささか多用な意味を残し過ぎているではないか)、来月に何の音沙汰もないかもしれない。そんなことをあれこれ考えている僕はもちろん彼らの意のままなのだ。

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