Home > Reviews > Album Reviews > Africa Express- Africa Express Presents...Terry …
日本のファンは運がよかった。複数の動画投稿サイトで観るFKAツィッグスのステージは、スマホかなにかで撮った映像だということを差し引いても、何か特別なものには感じられなかった。むしろ“ウォーター・ミー”や“アワーズ”といった曲をライヴで再現できるのかなと僕は危惧していたぐらいである。しかし、彼女はブリッツ・アワード(イギリスのレコード大賞)に向けてショーの完成度を飛躍的に高めていた。これは、前日に行われたインタヴューで基本的にニコリともしなかったFKAツィッグスが、ほんの数回、笑顔を見せた話題のひとつである。2人のダンサーを配備した彼女のパフォーマンスは気迫に満ち、それ以前とは何もかもが違っていた。日本公演が行われたのはその4日後である。現時点で彼女の頂点ともいえる完成度が、日本ではフル・ステージで展開されたことは間違いない。最後から2番めに歌われた“トゥー・ウィークス”が1週間たってもまだ頭の中で牛のよだれのように波打っている。
レコーディングされたマテリアルからもっとも掛け離れて聞こえたのは、そして、“ハイド”だった。最初は歌詞に沿ってエロティックなヴィデオがつくられた同曲は、後に、サウンドに合わせてメキシコのトゥルムで撮影し直されている。その意味がステージを観て、本当によくわかった。レコーディングされたもので聴くと、この曲はギターが前面に出ていて、いまひとつドラムに集中できない。これがリキッド・ルームのライヴでは(前から10列めの左よりにいたせいなのか)、ドラムがこちらに向かって叩きつけられるように響きっぱなしだった。非常にトランス効果を持ったドラミングである。通称『EP2』でもアルバムでも、ここまでエスニックなパーカッションがフィーチャーされた曲はない。“ハイド”のライヴ・ヴァージョンをもう一度、体験したい。ほかにも忘れがたい場面は多々あったけれど、家に戻って繰り返し“ハイド”を聴いても、この曲だけは時間が経つにつれ、ライヴ・ヴァージョンが遠のいていく気がした。
……と、目の前に『イン・C マリ』の文字があった。御茶ノ水のディスクユニオン・ジャズ館でワールド・ミュージックのコーナーを眺め倒し、もう帰ろうかと思ったときだった。デイモン・アルバーンがDRCミュージックやロケット・ジュース&ムーンとは別にはじめたアフリカ音楽のプロジェクトである。タイトル通り、フランスが軍事介入し、いまや泥沼状態と化しているマリの現地ミュージシャンとさまざまな民族楽器を使ってテリー・ライリーの『イン・C』50周年を祝った企画盤である。ラ・モンテ・ヤングを除けば、ミニマル・ミュージックの嚆矢だったとされる『イン・C』は本人も何度もリメイクし、現代音楽のみならず、アシッド・マザーズ・テンプルによるサイケデリック・ロック・ヴァージョンもつくられるなど汎用性の高いコンポジションといえる。それが、しかし、ここまでと思うほどアフリカ音楽にフィットし、エスニックなヴァージョンに生まれ変わるとは思わなかった。同傾向の感触を残す展開ではシャンハイ・フィルム・オーケストラのヴァージョン(『アンビエント・ディフィニティヴ』P.46)があり、ここでミックスに名前を貸しているブライアン・イーノも技術面で参加。昨年末、タイヨンダイ・ブラクストンやマシーンドラムなど22組とのコラボレイション・アルバム『21アゲイン』をリリースしたマウス・オン・マーズからアンディ・トマがミックス(とカリンバの演奏)に当たっている。
オリジナルの『イン・C』にはないサウダージ感とでもいうのか。中盤からの展開が非常によく、楽譜的には忠実にやっているんだろうけれど、コラやデルタ・ハープといった民族楽器の音色がひたすらトランス感を強めていく。そして、清々しくも物悲しく演奏は41分弱で閉じられる(デーモン・アルバーンはメロディカとヴォーカル)。「ハイド」のライヴ・ヴァージョンによって火がつけられたものがここでは部分的に満たされたような気が。ちなみに先々週ぐらいにアップしたケイトリン・アウレリア・スミスもテリー・ライリーにインスパイアされた作品でデビューを果たしており、2013年にやたらとスティーヴ・ライヒの名前が挙がった気運とはまたちがったムードが来てるのかなとも思ったり。
三田格