「P」と一致するもの

interview with Bing & Ruth - ele-king


 00年代後半~10年代のいわゆるモダン・クラシカルの勃興は、マックス・リヒターやニルス・フラームといった才能を第一線へと押し上げることになったが、NYのピアニスト、デヴィッド・ムーアもまたその流れに連なる音楽家である。彼を中心とした不定形ユニットのビング・アンド・ルースは、ライヒなどのミニマル・ミュージックやアンビエントのエキスを独自に吸収し、〈RVNG〉からの前々作『Tomorrow Was the Golden Age』(14)や〈4AD〉移籍作となった前作『No Home Of The Mind』(17)で高い評価を獲得、モダン・クラシカルの枠を越えその存在が知られるようになる(ムーアはその間、イーノが絶賛していたポート・セイント・ウィロウのアルバムにも参加している)。


 お得意のミニマリズムは3年ぶりのアルバム『Species』でも相変わらず健在ではあるものの、その最大の特徴はやはり、全面的に使用されているコンボ・オルガンだろう。つつましくもきらびやかなその音色はどこか教会的なムードを醸し出し、楽曲たちは反復と変化の過程のなかである種の祈りに似た様相を呈していく。ムーア本人は新作について「ゴスペルのアルバム」であり、「神の存在を感じる」とまで語っているが、とはいえけっして宗教色が濃厚なわけではなく、それこそ瓶に挿された一輪の花のごとく、ちょこっと部屋の彩りを変えるような、カジュアルな側面も持ち合わせている。大音量で再生して教会にいる気分を味わってみるもよし、かすかな音量で家事のBGMにするもよし、いろんな楽しみ方のできる、まさに「家聴き」にぴったりのアルバムだ。

 新作での変化や制作のこだわりについて、中心人物のデヴィッド・ムーアに話をうかがった。




ライヒが大好きだし、ドビュッシーも大好き。彼らの音楽が影響を与えたことは間違いない。でもそれらの影響はすべてひとつのシチューになったんだよ(笑)。スプーンですくってみるまでなにができてるかはわからない。


あなたの音楽は「モダン・クラシカル」に分類されることが多いと思いますが、音楽大学などでクラシカル音楽の専門教育は受けていたのでしょうか? 独学?


デヴィッド・ムーア(David Moore、以下DM):ぼくはクラシカル音楽の専門教育を受けて、その後、ジャズと即興の専門教育を受けて、音楽学校にも通っていたよ。

「モダン・クラシカル」や「ネオ・クラシカル」ということばが定着してからだいぶ経ちますが(日本では「ポスト・クラシカル」という言い方もあります)、それらは矛盾をはらんだことばでもあります。自身の作品がそのようなことばで括られることについてはどう思いますか?

DM:うーん、あまり好きではないね。じぶんの作品をことばで括られるのは誰も好まないと思うな。それでわかりやすくなるのなら、ぼくは気にしないけど、ぼくはじぶんがつくっている音楽をある特定の種類の音楽として認識していないからね。あるカテゴリーに入れるとしたら実験音楽だと思うけど、そのことばさえぼくはあまり好きじゃない。じぶんの音楽をカテゴライズしたり、他人にじぶんの音楽をカテゴライズされるようになると、型にはめられた感じがしていろいろと複雑になってしまうから、ぼくはしないようにしている。

前作『No Home Of The Mind』で〈RVNG〉から〈4AD〉へ移籍しましたね。それまで〈4AD〉にはどんな印象を抱いていました?

DM:アーティストなら誰でも所属したいと思う、夢のようなレーベルだよ。ぼくにとっても夢だった。〈4AD〉が過去30年から40年にかけてリリースしてきた作品を見れば一目瞭然だ。〈4AD〉がリリースしてきた一連のアーティストや作品を見ても、ほかに拮抗できるレーベルは思いつかない。〈4AD〉は奇妙な音楽をリリースすることに恐れを感じていなくて、その音楽が結果的に大成功したりするし、まあまあ成功したり、成功しなかったりする。でもそれをリリースしたという事実が大事なんだ。ビッグなアーティストの音楽もリリースしていて、そういうグライムスザ・ナショナルディアハンターといったアーティストたちも非常に興味深くてユニークなアーティストたちだ。〈4AD〉にはそういう特徴が一貫として感じられる。

自身の作品が〈4AD〉から出ることについてはどう思いますか?

DM:とても光栄だよ。そして向上心を掻き立てられる。じぶんを限界まで追い詰めてつくったものでないとダメなんだという気持ちになる。ぼくは彼らと仕事をしていて、彼らはぼくと仕事をしている。そこには共通の想いがあって、ある方向性に感銘を受けているからだ。方向性とは先に進んでいるものであり、停滞はできないものなんだ。ぼくは〈4AD〉のスタート地点と〈4AD〉が向かっている方向が好きだし、〈4AD〉はぼくのスタート地点とぼくが向かっている方向が好きだと思うからそこに共感がある。

前作『No Home Of The Mind』は高い評価を得ましたが、それによって状況に変化はありましたか?

DM:変わらなかったね(笑)。ぼくの人生は、時間が経つにつれて変化するという理由から変化したし、新しいものをつくったという理由から変化したけれど、生活の質にかんしてはそんなに大きな変化はなかった。でもぼくは意識的にそういう影響されるようなものからじぶんを隔離しているんだよ。レヴューはあまり読まないし、SNSの投稿も読まないし、コメントも見ない。じぶんの音楽に対する反応にはなるべく関わらないようにしている。ぼくの役割は音楽をつくることで、その音楽をつくり終えたら、次につくる音楽のことを考えたい。ぼくがつくり終えたものに対してのほかのひとの考えは気にしていない。

ミニマル・ミュージックの手法を追求するのはなぜでしょう? それはあなたにとってどのように特別なのでしょうか?

DM:ミニマル・ミュージックというものがなんなのか、ぼくにはもうわからなくなってしまった。人びとが従来ミニマリストの音楽として定義してきたものに、じぶんの音楽が入っているとは思わない。これはまたジャンルについての話になってしまうけれど、ぼくはジャンルについては詳しく話せないんだよ。じぶんの音楽が、ある特定のジャンルや派に属しているとは思っていないからね。誰かのサークルに入りたいと思っているわけでもない。ぼくはじぶんがつくりたいと思う音楽やじぶんが聴きたいと思う音楽をつくろうとしているだけなんだ。それをなんと呼びたいのかはほかのひとに任せるよ(笑)。

あなたにとって、もっとも偉大なミニマル・ミュージックの音楽家は?

DM:偉大ということばを可能な限り定量化するとすれば、やはりジョン・ケージだろうね。


不思議な感覚だったよ。周辺で見る車は、ぼくが生涯をかけて働いても買えないようなものばかりだったし。とても不思議で非現実的な環境だった。そこでぼくは美しいほどの孤独を感じたんだ。とても美しい孤独だった。


あなたの作品はミニマル・ミュージックであると同時に、どこか印象派を思わせるところもあります。具体的なものや人間の感情、社会などよりも、漠然とした風景や雰囲気を喚起することを意識していますか?

DM:伝えておきたいたいせつなことがあって、それは、ぼくはじぶんのやっていることや、その理由について、ぼくはあまり深く考えていないということ。じぶんのやっていることについて考えれば考えるほど、その動機を疑ってしまって良くない方向に行ってしまうこともある。だからぼくは、「この要素を入れて、印象派の要素を入れて、ミニマルの要素を入れて、スティーヴ・ライヒの要素を入れて、ドビュッシーのパーツを入れて……」というようなアプローチはしていない。ぼくはスティーヴ・ライヒが大好きだし、若いころは彼の音楽をよく聴いていた。ドビュッシーも大好きでいまでもいつも聴いている。彼らの音楽がぼくの作曲の仕方に影響を与えたことは間違いない。でもそれらの影響はすべてひとつのシチューになったんだよ(笑)。スプーンですくってみるまでなにができてるかはわからない。とにかく、じぶんのやっていることにそこまで深く考えていないんだ。ほかのひとがそう思ってくれるのは嬉しいけれど、実際はずっと単純なことなんだ。

「家具の音楽」や「アンビエント」のアイディアについてはどう思いますか? あなたの音楽は、しっかりと聴き込まれることが前提でしょうか?

DM:アンビエントの音楽のなかには好きなものもあるよ。じぶんの音楽の機能というものについて考えるのはとてもたいせつなことだと思っている。それは作曲の過程というよりも、録音とミキシングの過程でとくに表現されるものだ。音が部屋に色彩を加えたり、アルバムをかけることで、その部屋の雰囲気が変わったりするのは素敵なことだと思う。ぼく自身、アルバムをわずかな音量でかけて流すという音楽の使い方も楽しんでいる。作曲しているときや、録音とミキシングをしているときにぼくが意識していることは、ヘッドフォンで音を大音量にしてかけても、音量を絞ってべつのことをしながら──たとえば、朝食をつくりながら──聴いていても効果的だと感じられる音にしようとすることなんだ。アーティストなら、リスナーはじぶんの音楽を聴くときはそれ以外のことをしないで、じぶんのアートをフルに体験するべきだと言いたくなるかもしれないけれど、人びとには毎日の生活があるしそうはいかない。だから音楽の形式として、ぼくはさまざまな機能的シナリオを持つアルバムをつくるのは好きだと言えるね。 

これまではピアノが主役でしたが、今回(ファルフィッサの)コンボ・オルガンにフォーカスしたのはなぜ?

DM:コンボ・オルガンにフォーカスしたのは、べつにこれをやろうとじぶんで決断したことではないんだ。ぼくはずっとファルフィッサ・オルガンを弾いていて、次第にオルガンを弾く時間のほうがピアノを弾く時間より多くなっていった。そしてついにはピアノをいっさい弾かなくなり、オルガンしか弾かないようになっていた。振り返って考えてみると、オルガンには持続音があり、ピアノにはそれがないとか、オルガンは音量が一定でピアノはそうでないとか、オルガンはライヴに持ち運ぶことができるけどピアノはできない、など、思いつく理由は芸術面でも実用面でもあるけれど、先にじぶんが決断したことではなくて、自然な流れでそうなった。じぶんが明確に求めていたものにフィットしたのがファルフィッサ・オルガンだったということなんだ。

今回コンボ・オルガンを使用するにあたって苦労したこと、または気をつけたことはなんでしょう?

DM:このオルガンはとても壊れやすくてね。いま、ぼくは2台所有しているけれど、どちらも50年以上前のものだ。初めてのファルフィッサを買ったとき、それはまったく使えないものだった。まったく音が出なかったんだよ(笑)。だからつねにショップに持っていって、直してもらったり、じぶんでも直し方を習ったりするんだけど、はんだのやり方もろくにできないぼくがオルガンを直すなんて、とうてい無理な話なんだ(笑)。だからツアーのときに、もしオルガンが壊れたらどうしようかと悩んでいたんだ。そうしたらコロナが広まって結局ツアーもすべて中止になってしまった。だからまだ解決していない問題なんだよ。

NYからカリフォルニアのポイント・デュムに一時的に移住したそうですね。街や環境には、どのようなちがいがありましたか? 土地柄は、制作する音楽に影響を与えると思いますか?

DM:ぼくはニューヨーク・シティからしばらく離れる必要性を感じていた。以前にもカリフォルニア南部には行ったことがあって、楽しい時間を過ごせたから良い場所だと思っていた。ロサンゼルスだと友だちがたくさんいるから、簡単に気が紛れてしまう。マリブのポイント・デュムで家を貸している友人がいて、マリブは超高級住宅地なんだが、家の借り手がつかずに、その家は解体される予定だったんだけど、それが延期になっていた。そんな理由からぼくたちが家を借りられることになった。すばらしかったよ。ビーチに近くて、天気もちょうど良くて、ぼくはそこでランニングに本格的にはまった。近所にはマシュー・マコノヒーやボブ・ディランが住んでいて、まったく不思議な感覚だったよ。その周辺で見る車は、ぼくが生涯をかけて働いても買えないようなものばかりだったし。とても不思議で非現実的な環境だった。そこでぼくは美しいほどの孤独を感じたんだ。とても美しい孤独だった。それはたしかにぼくの作曲に影響を与えた。孤独とはネガティヴな意味合いがあるけれど、ぼくの場合はちがった。一緒に家を借りた友人たちは母屋に住んでいて、ぼくは小さなバンガローのほうに住んでいて、彼らは不在のときも多かった。近隣の住民は誰も知らなかったし、みんなぼくとはちがう税率区分のひとたちだった。だからとてもひとりぼっちな感じがして、じぶんの想いをすべて音楽に注入することができた。

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新作は、テキサスの砂漠と農園のすぐそばのスタジオでレコーディングされたのですよね。ほとんどひとがいなそうですが、そのスタジオを選んだ理由は?

DM:このスタジオを選んだ理由はいくつかあって、ひとつ目はとても実用的な理由で、予算内でスタジオが使えて、食事の施設もあって、スタジオに24時間アクセス可能だったという点。それはとてもたいせつな点だった。予算内で好きなときにスタジオが使えて、ぼくたちが宿泊できる施設があり、食事もできて、そういう心配をする必要がなく音楽に集中することができた。そして、実際にスタジオに行ったときに思ったのは、ぼくがいままで訪れたなかでもっとも魅惑的な場所のひとつだったということ。このアルバムがこういうサウンドになったのはこのスタジオの影響だ。ぼくたちの作業に多くのインスピレイションを与えてくれる場所だった。ぼくたちはスタジオに1週間滞在していたけれど、また機会があったらぜひそこでレコーディングしたいと思う。

曲名に意味は込められているのでしょうか? “I Had No Dream” や “Blood Harmony” などは深読みしたくなる題です。

DM:意味は込められているよ。それが狙いだからね。でもぼくはできるだけ物事の意味合いを、受けとる側の解釈に任せられるだけの余裕を与えたいと思っている。ぼくがタイトルを決めるときは、そのフレーズの響きが好きだったり、そのフレーズから連想するものが好きだったり、じぶんのマインドがそのフレーズから曲に繋がっていく過程が好きだったりという理由から決めている。“I Had No Dream” という曲はべつに、「夢がなかった」という意味ではなくて(笑)、聴き手が曲に入るための手助けをしているフレーズに過ぎない。曲に入る手助けはしているけれど、どこに入れという指示まではしていない。それが良いタイトルだとぼくは思っている。良いタイトルは、リスナーを引き込むけれど、そのときにリスナーがどの状態から入ってくるのかは問わない。リスナーを決まった扉に連れていくのではなく、その扉は各リスナーにあって、扉の入り方もリスナーの自由だ。


このアルバムはゴスペルのアルバムなんだ。ぼくにとってこのアルバムは神の存在を感じるということだった。ぼくは教会にも行かないし、聖書も読まないから、べつに信仰が厚いわけではないんだ。そういう意味での神ではなくて、各自にとっての神という意味でその存在を感じたということ。


アルバムのタイトルは『Species(種)』ですが、全体のテーマがあるとすれば、それはどのようなものなのでしょう?

DM:はじめに言っておきたいのは、アルバムがどういう意味だとか、どういうものであるべき、という話はあまりしたくないんだ。なぜなら、結局のところ、それはリスナーそれぞれによってちがうから。歌詞があるアルバムで特定のことについて歌っているのであれば、「これはぼくが大好きだった靴をなくしたときの話だ」などと答えられるかもしれないけれど(笑)、インストゥルメンタルの音楽ではそうはいかない。でも個人的な意見から言うと、このアルバムはゴスペルのアルバムなんだ。ぼくにとってこのアルバムは神の存在を感じるということだった。ぼくは教会にも行かないし、聖書も読まないから、べつに信仰が厚いわけではないんだ。そういう意味での神ではなくて、各自にとっての神という意味でその存在を感じたということ。それは個人的で深い体験だった。ぼくはそれまで何年もその存在に気づかないで生きてきたから。このアルバムによって、ぼくは神の存在に近づけたし、アルバムを制作する過程はぼくにとって非常にパワフルな過程だった。だからぼくにとってこれはゴズペルのアルバムなんだ。でもほかのひとにとっては、ディナーをつくっているときにかけるきれいな音楽かもしれない。それはなんでもいいんだ。そのひとの解釈がなんであれ、それはすばらしい。

NYには坂本龍一がいます。以前、彼がレストランのために編んだプレイリストにあなたの曲が選ばれていましたが、彼と会ったことはありますか?

DM:会ったことはないけど、ぜひ会ってみたいと思う。

ここ数年のアーティストで、共感できる音楽家は誰ですか?

DM:最初に思い浮かんだのは、スタージル・シンプソンだね。日本で有名かどうかは知らないけれど、彼はとてもすばらしいミュージシャンだよ。彼がリリースした作品も好きだけれど、ぼくがとくに好きなのは彼の観点や視点、それから歌詞の書き方やインタヴューの答え方なんだ。とても強い存在感のあるひとで、親和性を感じる。彼のほうがぼくよりも有名だし、状況はちがうけれど、彼が話すのを聞くと、彼のことを知っているような気になるんだ(笑)。音楽業界という世界に身を置きながらも、なんとか本来のじぶんというものを保とうとしている。彼のそういうところはぼくにとって大きなインスピレイションとなってきた。音楽的には彼の音楽とぼくの音楽はまったくちがうものだけれど、哲学や理念にかんしてはとても共感できるひとだと思う。それからフィオナ・アップルの新しいアルバムにもいますごくはまっている。最近出たアルバムでよく聴いているよ。あとは数週間前だったかな──もう時間の感覚がわからなくなってしまった──に出たラン・ザ・ジュエルズのアルバムもよく聴いている。新しい音楽もけっこう聴いているよ。

世界じゅうが新型コロナウイルスによりたいへんなことになりました。しばらくライヴはできず、音楽は家で聴くことが主流になりそうですが、本作は家で聴くのにも適した作品だと思います。どういったシチュエーションで聴いてほしいですか? あるいは、本作のどんな部分に注目して聴いてほしいですか?

DM:なるべく1秒くらいは注目しないで聴いてみるのが良いと思う(笑)。さっきも話したけれど、それはリスナーが好きな方法で聴いてくれたら良いと思う。ぼくが個人的に好きな聴き方は、リラックスした状態でヘッドフォンで大音量でかけるという聴き方や、公園を散歩しているときにヘッドフォンで聴いたり、低音量でリピートで家のなかでかけるという聴き方など。リスナーが引き込まれる瞬間があるなら、それが良い聴き方なんだと思う。このアルバムにはいろんな聴き方があるけれど、最終的にそれを決めるのはリスナー各自だ。

ライヴが可能になるのが1年後か2年後かはまだわからない状況ですが、パンデミックが収束し、外でプレイできるようになったとき、まずどのようなライヴをしてみたいですか?

DM:日本でライヴをしたいね(笑)。ぼくは日本に行ったことがないんだけど、日本でライヴをやった友人たちの多くが日本の観客のすばらしさや日本人のホスピタリティの高さをいつもぼくに伝えてくれる。だから日本にすごく行ってみたいんだ。日本に行ってライヴをやったり、取材の質問に答えたりして、ぼくの音楽を広めてくれるひとたちの手助けをしたい。どんな環境でライヴをやりたいかというと、大音量であることはたしかだ。今後、どのような形でライヴをするのが可能になっていくかはわからないけれど、ぼくのライヴは暗くて大音量のなか、強烈な体験にしたいと思っている。そしてそのあいだや、その上やその下にあるすべての要素、いろいろなものが含まれているライヴにしたいと思っているけど、まだ先のことは誰にもわからない。もう誰もなにもわからない! ぼくはもう二度とライヴができないかもしれない。いまはとても困惑した状況だからね。

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interview with Laraaji - ele-king


Laraaji
Sun Piano

All Saints/ビート

Ambient

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 一昨年の圧倒的な来日公演も記憶に新しいララージ。エレクトリック・ツィターを駆使した幻惑的なサウンドは近年のニュー・エイジ・リヴァイヴァルにも大きな影響を与えてきたわけだが、今回の新作ではなんとツィターは一切使われていない。『Sun Piano』なるタイトルどおり、生ピアノだけを演奏した作品なのだ。でも、心配ご無用。天上から降り注ぐ光のようなイメージはそのままに、あのララージ的世界をさらに拡張したものになっている。ここでは、新作の内容のみでなく、ピアノとツィター、ピアノと自身の関係についても詳しく語ってもらった。

ピアノというのは、非常に肉体的な打楽器だ。肉体的に、リズミカルに自己表現する楽器。ハーモニーと音色で表現する楽器。さまざまな楽器のなかでも、触れ合うのが純粋に楽しいと思う楽器なんだ。

元々ピアノを勉強していたあなたが、今回ソロ・ピアノのアルバム『Sun Piano』を発表したのはとても納得のいくことですが、同時に、これだけピアノ演奏が達者なあなたが、なぜこれまで一度もピアノ作品を作らなかったのか、改めて不思議に感じました。まずは、このアルバム制作の背景、経緯を教えてください。

ララージ:ピアノは私の人生のなかで、重要な位置を占めている楽器だからね。人生の薬のようなものさ。ピアノは常に私の表現の軸にある楽器だが、これまで私は主にエレクトリック・サウンドの実験を進めてきた。そんななかで、近年のアルバムのレコーディングを見てきていたプロデューサーのマシュー・ジョーンズ(Matthew Jones)に言われたんだ。「そろそろピアノでソロ・アルバムを作る頃だろう」って。それが、この新作を作ることにした理由さ。自分のなかで、その助言がとてもしっくりときた。ピアノはずっと好きだったから、時が来たんだね。私の中で、このタイミングでピアノ・アルバムを作るというのはとても自然なことだったんだ。これまでほとんど弾いたことのなかったグランドピアノを使ったりもして、そういう部分でも純粋に楽しかった。ピアノの前に座って、弾くことを素直に楽しむ時間が幸せだったよ。作業にとりかかり始めたのは2018年の頭で、その年の12月に録音を開始した。

ピアノだけのアルバム制作に際し、なにか戸惑ったり難しかったことはありますか。

ララージ:ピアノだからといって、難しいということはなかったよ。だた、物理的な面で大変だったことがひとつあって……レコーディング途中で、エンジニアのジェフ・ジーグラー(Jeff Zeigler)が拠点を移したんだ。スタジオを引っ越したのさ。それで、ミキシングが途中で止まるなど、作業が遅々と滞ってしまったのが大変だったね。あとは、コロナ・ウイルスの関係でスケジュールの変更もいろいろとあったし。それ以外にはとくに問題はなかった。

カート・ヴァイルやメアリー・ラティモアなどとの仕事で知られるジェフ・ジーグラーが録音/ミキシング・エンジニアを担当した経緯は? また、録音に際し、ジェフとはどのような対話がありましたか。

ララージ:ジェフとは、ダラス・アシッド(Dallas Acid)とのコラボレーションの際に知り合った。ニューヨークのブルックリンでね。2年前にLaraaji/Arji Oceananda/Dallas Acid 名義のコラボ・アルバム『Arrive Without Leaving』を出した時のことだ。ジェフ・ジーグラーとダラス・アシッドと私を繋げてくれたのは、『Arrive Without Leaving』でエグゼクティヴ・プロデューサーを務めたクリント・ニューサム(Clint Newsome)だ。私とジーグラーは初対面の日から2日間、一緒にスタジオで過ごした。彼は今、私のライヴの際にもシステム・エンジニアを務めてくれている。サウンドのクオリティにこだわる人で、仕事をする上でとても頼もしいよ。レコーディング中に彼と話したことは…そうだな……「どうしたら椅子がきしむ音を消せるか」ということと、「今日のランチはどこにするか」ということぐらいかな(笑)。真面目な話、私たちは、感情の面で偏りが出ないようには気をつけていた。穏やかな面と、攻撃的な面とのバランスをちゃんと持っている作品にしたかったんだ。

自宅ではこれまでもずっとピアノを弾いてきたのですか。

ララージ:毎日弾くよ。夜はいつもイヤホンを付けて弾いている。ピアノというのは、非常に肉体的な打楽器だ。肉体的に、リズミカルに自己表現する楽器。ハーモニーと音色で表現する楽器。さまざまな楽器のなかでも、触れ合うのが純粋に楽しいと思う楽器なんだ。音程もたくさんあって、強弱も幅広くつけられるから。

若い頃は、大学でクラシック・ピアノを学びつつ、趣味でジャズ・ピアノを弾いていたと一昨年の日本での取材時に言ってましたが、いま自宅で好んで弾くのはたとえばどういう音楽ですか。

ララージ:自宅では、即興演奏しかやらないんだよ。だから、いつも新しい曲を弾いているんだ。ジャズのような、エネルギッシュなものをフリー・フォームで弾いたりはするが、楽譜を見てクラシックの曲を弾いたりは、もうしないね。即興が楽しすぎて、それどころではないから(笑)。

伝承曲“シェナンドー(Shenandoah)"以外の『Sun Piano』収録曲もすべて即興なんですか。

ララージ:うん、すべて即興だよ。楽譜は書かない。まずはテーマとなるハーモニーを見つける。そしてそのテーマに従って、肉付けの部分の作曲を即興で進めていくんだ。

作品全体がイノセンスな輝きに満ちていますが、本作を作る際、あなたの頭のなかにはどのようなイメージ(情景)がありましたか。

ララージ:ある時は、深呼吸を頭のなかで想像する。そうすると穏やかな、リラックスできる曲になる。ある時は、楽しく踊る脚を想像する。そうすると踊り出したくなるような曲になる。そしてある時は、雲の上の高いところでダンスをする、天使や妖精みたいな、想像上の生き物を想像する。それが、君が言ったような「イノセンスな輝き」につながっているのかもしれないね。

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太陽は、自然界のなかでも私がとくに好きな存在だ。自らのエネルギーを放出して、世界を明るく照らす。私はそんな太陽からインスピレーションをもらって、自分の芸術を表現している。活気とエネルギーがあって、光を分け与えられるようなものとしてね。このアルバムを『Sun Piano』というタイトルにしたのも、それが理由だ。


Laraaji
Sun Piano

All Saints/ビート

Ambient

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伝承曲“シェナンドー"には何か特別な思い入れや想い出があるのでしょうか。

ララージ:これはアメリカン・フォークのなかでもとくにお気に入りの曲なんだ。そこから着想を得てグランドピアノで即興をするのも面白いかなと思ってね。実は、これまでも長いこと“シェナンドー"をベースにしていろいろと即興をしていたんだよ。それをたまたまこの新作に入れてみようかなという気になってね。今回は大きな教会のグランドピアノで演奏したから、反響で自分らしい音が聴こえるんだ。そういう、自己満足のようなものだね。一度やってみたかったっていう。大学で合唱の時にこの曲を歌ったり、アメリカに実際にあるシェナンドーという場所に行ったことがあったりと、いろんな思い出のある曲なんだよ。

長年ツィターを演奏してきたことは今作でのピアノ演奏にも何らかの影響を与えているはずだと思いますが、もしそうだとしたら、具体的にはどのような影響でしょうか。

ララージ:私がツィターを使いはじめたのは1974年だ。ツィターはむきだしのミニチュア・ピアノのようなものだが、ピアノではできないことができる。ハンマーを使って演奏することもできるし、ピアノよりもメロディーの幅が広がるんだ。だから、ツィターでの実験を通して発見したことを逆にピアノでできないかなと模索することなんかがあるし、そこからさらに新たな発見に出会うこともある。私がツィターと初めて出会ったのは、当時お金が必要で、ギターを売ろうと思って訪れた楽器の質屋だった。ブルックリンのね。でもお金に替えるかわりに、そこにあったツィターと交換してしまった。神に導かれるようだった。そんな出会からこの楽器をいじり始め、いろいろと面白い音を見つけ、それを人前で披露できるまでになった。きっと運命だろうね。

ヨーロッパ近代社会や思想と結びついた平均律(equal temperament)ピアノの音は、雲や虹のようなあなたの世界とは相容れないのでは……などと想像しがちですが、あなたのなかでは何の違和感もありませんでしたか。

ララージ:これまでずっとツィターで音楽的な実験を続けてきて、今回はそれを活かしたいと思ったんだ。長い間使ってきたツィターだから、これまでの経験を活かしてあげないとと思ってね。私にとっては、まずはそこが重要だった。ただ、今回のアルバムのようにピアノを使
うとなった時に、例えばピアノを違う周波数に調律して弾くのは違和感があるよね。たとえば純正律とか。そもそもピアノとツィターでは奏でられる旋律にも違いがあるし。純正な音程ではない平均律は、音色としてはいわゆる不協和音をはらんでいるが、一方でそれは、他楽器との調和に役立つ。つまりここでは、ツィターで培ってきた旋律の構成手法を活かすための平均律なんだ。

本作は3部作の第1弾であり、次作は『Moon Piano』だとすでにアナウンスされています。『Sun Piano』と『Moon Piano』の違いや関係について説明してください。

ララージ:『Sun Piano』は明るく、楽しく、燦然と輝く、アグレッシヴなリズムを奏でるアルバムだ。これから出る他の2枚に比べ、オープンなんだ。『Moon Piano』はより女性的で、柔らかく、内省的で、そして静か。この2作品に関しては、同じ即興セッションのなかから生まれた。使ったピアノも同じだが、感情の世界の別の面が表現されている。穏やかな面と、攻撃的な面とね。そして3枚目は『Through Illumines Eyes』というタイトルだ。そのアルバムでは、エレクトリック・ツィターとピアノを同時に演奏している。感情の面では、とても明るく、燦々と輝いており、まぶしいくらいだ。イメージとしては、グランドピアノとエレクトリック・ツィターの間だね。ピアノとツィターを、自分で同時に演奏しているから。私はピアノを両手で弾きながら、途中からピアノを伴奏にして右手でツィターを弾くこともできるし、ツィターのループをかけながらピアノを重ね
ることもできる。ドラマーみたいな感じだね。

あなたは常に時代の空気を意識してきたと以前語ってくれましたが、今回のソロ・ピアノ作品はいまの時代とどのように共振すると考えていますか。

ララージ:太陽は、自然界のなかでも私がとくに好きな存在だ。自らのエネルギーを放出して、世界を明るく照らす。私はそんな太陽からインスピレーションをもらって、自分の芸術を表現している。活気とエネルギーがあって、光を分け与えられるようなものとしてね。このアルバムを『Sun Piano』というタイトルにしたのも、それが理由だ。音楽を聴くことで、聴き手はそこに平穏を見つけられると思う。落ち着くことができる。それは、静かな曲だけではなくて、元気な曲にも言えることだと思っているんだ。いまの世のなかで起こっていることを考えて、不安で気持ちがざわざわしている時にでも、音楽を聴けば自分のなかにバランスを見つけることができる。今回の3部作を聴くことで、一旦落ち着いて、リラックスし、状況を客観的に観察し、そしてもう一度平穏を取り戻せるような感情の世界に自分を導いてくれれたらと思っている。

このアルバム制作を通し、ピアノという楽器に関して新たに発見したこと、気づいたことはありましたか。

ララージ:今回は教会で演奏したんだが、音の反響があるから、これまで聴こえていなかった音が聴こえた。ピアノの音の奥深さと、ハーモニーの広がりを感じたよ。グランドピアノ自身が奏でる豊かな音色が聴こえてきた。それから、ピアノの椅子が鳴らすキーキーという音にもリスペクトを払うようにしようと気づけた(笑)。ピアノに没頭しているときに鳴る音だからね。ジェフ・ジーグラーとのレコーディングがあったからこそ、これまで気づいていなかったピアノの音を発見できたというのもあるね。

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Beyoncé - ele-king

 2016年、スーパーボウルでのショウや “Formation” のMV、アルバム『Lemonade』などでブラックパンサー党や BLM への共感をあらわにし、現在のムーヴメントの口火を切ったとも言えるビヨンセ。昨年は映画『ライオン・キング』にインスパイアされたアルバム『The Lion King: The Gift』をリリースしているが、その収録曲 “My Power” ではなんとダーバンのDJラグを迎えゴムに挑戦するなど、どメジャーの世界にありながら果敢な試みをつづけている(ちなみにDJラグはほぼ同時期に、オーケーザープとの共作「Steam Rooms EP」を〈Hyperdub〉よりリリース)。
 そんな彼女が7月31日、ヴィジュアル・アルバム『Black Is King』を公開することが明らかになった。ビヨンセみずからが脚本・監督を務めた映像作品で、ディズニー・プラスにて世界同時配信される。黒人の経験がテーマになっているそうなので、まさに今日にふさわしい作品になっていることだろう。要チェックです。

ビヨンセが脚本・監督・製作総指揮を務めたビジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』が7月31日(金)よりディズニープラスにて世界同時プレミア配信決定

グラミー賞24度受賞の世界的スーパースターのビヨンセが脚本・監督・製作総指揮を務めたビジュアル・アルバム『ブラック・イズ・キング』が、2020年7月31日(金)よりディズニー公式動画配信サービス「Disney+ (ディズニープラス)」にて世界同時プレミア配信されることが決定しました。映画『ライオン・キング』(2019年)の全米公開から1周年を記念し、2020年7月31日(金)より世界同時配信、国内では同日16:00より配信されます。

ビヨンセは昨年、自身がナラ役の声優を務めた映画『ライオン・キング』のインスパイア―ド・アルバム『ライオン・キング:ザ・ギフト』をリリースしました。映画へのトリビュートとアフリカン・ミュージックへの敬意を称えた “アフリカへのラヴ・レター” を意味したものになり、ジェイZ、ファレル・ウィリアムス、チャイルディッシュ・ガンビーノ、ケンドリック・ラマー等、彼女と親交のあるアーティストや、アフリカン・アーティストが参加しました。

『ブラック・イズ・キング』は、その『ライオン・キング:ザ・ギフト』の音楽をベースに、アルバムに関わったアーティストたちやスペシャルゲストも参加し、黒人の体験を世界に届ける、まさに伝記と呼べる長編作品です。本来の自分自身を追い求める現代の若者たちに、『ライオン・キング』の教えをビヨンセが伝えるもので、まさに多種多様なキャストとスタッフたちの絆によって1年の歳月をかけて製作されました。

代々続いてきた黒人たちの伝統を、ある若き王が経験する裏切り、愛、自らのアイデンティティに満ちた驚きの旅の物語を通して、名誉あるものとして描きます。彼は先祖の導きにより運命と向き合い、父の教えや愛に育まれた子供時代のおかげで、故郷に帰り王座を取り戻すのに必要な資質を身につけていきます。

なお、本作は、世界同時配信のために、歌唱シーンでは英語音声のみとなり、歌の間のセリフ部分のみ日本語字幕が付きます。詳細は決定次第、ディズニープラス公式サイト等にてご案内させていただきます。

ディズニープラス 公式サイトはこちら

【リリース情報】

ビヨンセ | Beyoncé
『ライオン・キング:ザ・ギフト | The Lion King:The Gift』
配信中(2019年7月19日)
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Theo Parrish - ele-king

 やはり動いていた。かつて9・11にもすぐに応答していたセオ・パリッシュだけれど、ジョージ・フロイド事件を受け、『We are All Georgeous Monsterss』と題したスポークン・ワード作品を6月に発表している。警察の暴力や、新型コロナウイルスの黒人における影響の大きさを背景にした、全6パートにもおよぶ長大な構成で、ブルーズやジャズ、ソウルなど、本人の曲も含めたさまざまなトラックをバックに、いろんな人物の語りが挿入されていく(作家ジェイムズ・ボールドウィンと詩人ニッキ・ジョヴァンニの会話も含まれる模様)。英語がわからないとたいへんだが、考えるヒントになることは間違いない(『RA』にレヴューあり)。

フェイス・イット デボラ・ハリー自伝 - ele-king

ブロンディのカリスマシンガーが波乱万丈の人生を綴る、未発表写真満載の決定的自伝!

70年代のニューヨーク・パンク・シーンから現れ、瞬くまにスターダムを駆け上がったブロンディ。バンドの顔であり、ロックする女性のパイオニアの一人でもあったカリスマシンガーが綴る決定的自伝。

養女として育った幼少期、ニューヨーク・ドールズやラモーンズといったシーンの仲間たち、大スターとしての狂騒の日──性暴力や破産などの障害も乗り越え、いまも活動する姿が飾らない言葉で生き生きと描かれる。

目次

序文(クリス・シュタイン)
一 愛ゆえの子供
二 可愛い娘ちゃん、天使みたいだね
三 カチリ、カチリ
客席照明
四 影に歌えば
五 生まれつきパンク
六 危機一髪
幕間
七 発射と着地点
八 マザー・カブリニと電熱器の火事
九 伴奏部
十 〈ヴォーグ〉のせいにしましょ
いないいないばあ
十一 レスリングと未開の地
十二 完璧な味
十三 日々の習慣
愛情の証
十四 妄執/欲動
十五 拇指対向性
写真とその他のイラスト類に関するクレジット
謝辞

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Miley Cyprus - ele-king

 マイリー・サイラス(Miley Cyrus)だと思って聴きはじめたら違った。よく見るとマイリー・サイプラス(Miley Cyprus)だった。「P」がひと文字多い。ジャケット・デザインもちゃんと見ると知的だし、マイリー・サイラスのわけがなかった。いや、マリー・サイラスもミシガン州の水道問題を告発した活動家をヴィデオに登場させたり、フェミニズムや人種問題に対する発言もかなりしっかりしている。それどころか素っ裸にペニスのおもちゃだけをつけた格好でライヴをやったり(客も全員、全裸)、フレーミング・リップスと“Lucy In The Sky With Diamonds”を録音したり、インスタグラムには野原で小便をしている自撮りをアップしたりと(女性です。念のため)、とてもディズニー・スターだったとは思えない活動の限りを尽くし、ひと昔前だったらどう考えてもアンダーグラウンドな存在だったはずで、カニエ・ウエストのようにいちいち騒がれないのが不思議なほどではあるのだけれど。しかし、マイリー・サイ「プ」ラスのそれは芸能界のそれではなく、V/Vmだとかハイプ・ウイリアムスと同じカテゴリーのもので、ポップ・アートそのものに対する批評性が内包されているタイプ。で、もしかしたら、本当にリーランド・カービーやディーン・ブラントが新たな変名を繰り出したのではないかと疑って調べてみたのだけれど、7月7日現在、何ひとつわからなかった。〈ピース・アタック〉という(ソニック・ユースの曲名からとったらしきネーミングの)レーベルはこれまでにカイル・ミノーグ(Kyle Minogue)だとかマッド・ドンナ(Mad Donna)といったふざけた名義のアルバムを乱発し、マス・コンフュージョンを画策する一方、今年の初めにはザ・ウィドウ(The Widow)による素晴らしいアルバムを世に送り出すなどグラウンド・デザインはちゃんとしたレーベル……だと思う(シンセポップを乱数表でこじらせたようなザ・ウィドウは不協和音の玉手箱のようで、短いながらもなかなかインパクトがあった)。

 厳かなパイプ・オルガンの演奏にリズムボックスを組み合わせた“Weasle(イタチ)”で『Telephone Banking』は幕を開ける。そのままオーケストレイションが加わり、“Danger in the East”でさらに重厚な演奏が続く。オルゴールやハープシコードを思わせる可愛らしい音を多用した前作『Space Pervert(宇宙の変態)』とはかなり趣が異なった導入部。“Luxembourg Lane”から少し雰囲気が変わり、静かだけれども油断のできない日常というのか、微妙な不気味さを讃えながら“Rene”ではその違和感が増していく。映画『MIB』のように周囲の人びとがみな宇宙人に思えてくる曲というか。さらにSFちっくな“Night Walk”へ。ここで初めて明確なビートが刻まれる。危険と美、あるいは恐れや魅惑といった正反対の概念が同時に聞き手を包みこんでくる。いつも見慣れていた景色がどんどん違って見えはじめ、続く“Hecque”ではその歩みに確信を持ちはじめる。なんというか、音楽に誘導されて次から次へと自由連想が働いてしまう。これこそ架空の映画音楽だろう。イメージ喚起力がとてつもない。実際にはブレイクビートと管楽器による控えめな不協和音が鳴っているだけなんだけれど……。“Checker”は優しげな響き、タイトル曲では導入の雰囲気に戻って世界を不安が覆い尽くす。これに「銀行の電話サーヴィス」というタイトルをつけるのはどういう意図があるんだろう。ゆったりと間をあけて刻まれるシンバルやハンドクラップ音が不安を倍増させる。そのまま“On the Line”でしつこく同じムードを厚塗りし、一転して虚無感を際立たせた“Beautiful Music ”ですべては終わる。この展開があまりにスピリチュアルで、この感覚を味わうためにすべてがあったと思うほど全体の構成はよくできている。曲を並べるとはこのことだなというか。ドローンのようにモノトーンの持続や徹底的に刺激から遠ざけることによって感覚を麻痺させ、いわゆる瞑想状態にもっていくこととは異なっている。あくまでも音楽による「物語」であり、言葉はないけれど、ロジカルな面白さなのである。トリップでもないし、不安や虚無を甘美なタッチで聴かせるという意味ではザ・ケアテイカー『A Stairway To The Stars」(02)にも匹敵するものがあるかも知れない。星の階段をのぼって壮大に昇天してしまうのが『A Stairway To The Stars」だとしたら『Telephone Banking』は世界の風景が一変し、どこかに放り出されるような経験といえ、世界は逃げ出すところではなく、見方を変えるものになっているという変化も感じさせる。“Danger in the East”というタイトルには東方の三博士が見え隠れし、虚無を美ととらえる感覚には禅のようなニューエイジも含まれるだろう。そこはしかし、稲垣足穂やエドガー・アラン・ポーを思考の補助線として、なんとかして俗流にまみれず、この瞬間だけでもスノッブとは切り離されていたい(そんなもの、いまはいくらでもあるし)。

 新型コロナウイルスが終息した武漢からライアン・ブランクリーによるアンビエント・ミュージックにもニューエイジとの綱渡りは感じられる。各曲のタイトルには時間を澱ませる表現がいくつか見られ、エンディングは近過去を表す“2017”で結ばれる。元々、武漢は地方都市として発展途上にあり、人口も北京や上海を抜きかねない勢いを示し、それまでは上海や北京に出て働くことが若者の主要な選択肢となっていたものの、この2~3年は武漢にとどまり、地方都市で働くことがクールになりかけていた刹那、新型コロナウイルスに襲われるというタイミングでもあった。「逆行」「一時停止した未来」「低速度進行」といったタイトルには急速に変わりつつある武漢に対する違和感がストレートに醸し出され、後ろ向きの情緒にはやはりニューエイジ特有の甘さが滲み出ている。ただ、これまで北京や上海、あるいは杭州の一部だけが目立っていた中国からの音楽発信に武漢も加わったという意味でスロット・キャニオンズが『Sketches』を送り出してきた意味は大きい。しかも、ザ・フィールドのようなアンビエント寄りのシューゲイザーだとか、その逆でもなく、アンビエントとシューゲイザーの割合がほぼ拮抗的に配分された音楽性にも見るべきものは多く、大陸的なおおらかさをあてどなく探求する姿勢も意外とレアだろう。一方で“An Ode To”のしめやかさや“Future Paused”の抑制と穏やかさは『Music For Films』(76)や『Apollo』(83)のブライアン・イーノを思わせ、“A Seagull’s Flight”もとても美しい。ステイホームを余儀なくされ、終わりのない孤独感と限られた機材のみでつくるしかなかったという制約が吉と出たのかもしれない(マスタリングは〈ホーム・ノーマル〉のイアン・ホーグッド)。「スロット・キャニオン」というのは峡谷の狭間のことで、ダニー・ボイル監督が『127時間』で題材にしたアレ。先も見えず、身動きもできない。コロナ禍を表現する時に、そんな巨大な比喩が出てくるところも中国ならではか。

John Carroll Kirby - ele-king

 早耳たちのあいだで話題となっているジョン・キャロル・カービー、ブラッド・オレンジ『Freetown Sound』(16)やソランジュ『When I Get Home』(19)にも参加していたこのLAのキイボーディストが、なんと〈Stones Throw〉より新作をリリースする。日本盤はハイレゾ対応のMQA-CD仕様とのことなので、嬉しさ倍増だ。クールで落ち着いたジャズのムードを心行くまで堪能しよう。

John Carroll Kirby
MY GARDEN

ノラ・ジョーンズ、ソランジュやフランク・オーシャン、シャバズ・パレセズともコラボレ ーションする大注目の伴盤奏者、ジョン・キャロル・カービーによる、名門〈Stones Throw〉からのファースト・ソロ・アルバム!! ジャズ、R&B、ソウル、アンビエントまで 取り込み、レコーディングにプロデュース、作曲の全てを自身で行なっている。ボーナストラックを加え、CDリリース!!

Official Release HP: https://www.ringstokyo.com/johncarrollkirby

冒頭の “Blueberry Beads” をまずは聴いてみてほしい。日本のジャズ・ベーシスト、鈴木良雄が80年代に作ったアンビエント・ジャズから多大なるインスピレーションを得て、カービーはキーボードを弾いている。謎めいていて、さまざまな記憶を弄るジョン・キャロル・カービーの音楽のエッセンスが、この曲に詰まっている。カービーの音楽は、LAジャズの遺産からソランジュやフランク・オーシャンのアンビエントにまで接続する。そして、反転させた美しい世界を描きだす。 (原 雅明 rings プロデューサー)

アーティスト : JOHN CAROLL KIRBY (ジョン・キャロル・カービー)
タイトル : My Garden (マイ・ガーデン)
発売日 : 2020/9/23
価格 : 2,600円+税
レーベル/品番 : rings・stones throw (RINC67)
フォーマット : CD (ハイレゾMQACD対応フォーマット)

Tracklist :
01. Blueberry Beads
02. By The Sea
03. Night Croc
04. Arroyo Seco
05. Son Of Pucabufeo
06. San Nicolas Island
07. Humid Mood
08. Lay You Down
09. Wind
10. Lazzara (Bonus Track)

amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/B08C5CJT4W/

Sun Araw - ele-king

 これはめでたい。ユーモラスな電子音と独特のパーカッション、ギター、ヴォーカルが織り成すポリリズミックな宇宙ファンク・サウンド、2020年のベストな作品のひとつ、LAのキャメロン・スタローンズことサン・アロウによる最新作がめでたく日本盤化。7月15日に発売される。歌詞・対訳も封入されるので、要チェックです。

現代最高のサイケデリック・サウンド・クリエイター、キャメロン・スタローンズ=サン・アロウ最新アルバム、その名も『ロック経典』。途方もない恍惚感と酩酊感に満ちあふれた、中毒性たっぷりの経典。危険すぎる!

SUN ARAW 『ROCK SUTRA』
サン・アロウ/ロック・スートラ
PCD-25301
定価:¥2,500+税
Release Date: 2020.07.15
●米 Sun Ark / Drag City 原盤
●解説/歌詞・対訳付

TRACKLIST
1. ROOMBOE (9:29)
2. 78 SUTRA (10:59)
3. CATALINA BREEZE (7:41)
4. ARRAMBE (12:12)

CAMERON STALLONES: MIDI-GUITAR, SYNTHESIZERS, VOCALS
JON LELAND: V-DRUMS, PERCUSSION, CONGAS
MARC RIORDAN: SYNTHESIZERS
ALL RECORDED LIVE-TO-MIDI AT SUN ARK STUDIOS

CAN の名盤とさえ言える未発表曲集『Unlimited Edition』とサン・アロウの『ロック経典』を交互に聴いているのだが、1974年と2020年の作品は時空を越えて繋がっていることが確認できる。──野田努(ele-king)

ジャマイカの伝説的ヴォーカル・グループ、コンゴスとの共演盤や、ニューヨークのこれまた伝説的パーカッション奏者/電子音楽家、ララージとの共演盤も話題となった、カリフォルニア州ロングビーチを拠点とする現代最高のサイケデリック・サウンド・クリエイター、キャメロン・スタローンズ=サン・アロウによる最新スペース・ロック・アルバム。バンドとの生演奏をMIDIで録音したはじめてのアルバムで、これまでになくポリリズミックな展開がじつに刺激的だ。“Arrambe” では、CAN やホルガー・シューカイのアフリカ音楽解釈を彷彿させる。ファンクとロック、ダブの間を行き来する、エクスペリメンタルでありつつもどこかユーモラスな極上のトリップ・ミュージック。傑作。

interview with COM.A - ele-king

 いまの日本の音楽に決定的に欠けているのは、ようするに、パンクのマインドである。といってもそれは、たんに反抗的なポーズをとればいいということではなくて、多くのひとがスルーするだろう些細な矛盾や欺瞞に気づいたり、疑問を抱いたりできるかどうかということだ。コロナ騒ぎを筆頭に、2020年もこの半年だけでじつにさまざまな問題が発生しているわけだが、13年ぶりにリリースされたコーマのアルバムを聴いていると、そう強く思わざるをえない。

 80年代にメタルの洗礼を受け、90年代に〈Warp〉や〈Rephlex〉などのエレクトロニック・ミュージックを怒濤のごとく浴びて育ったコーマは、(ROM=PARI を経由しつつ)00年にUKの〈FatCat〉からデビューを飾っている。エイフェックス・ツインやオウテカの撒いた種が極東の地で見事に花開いた、その幸福な一例と言えるだろう。
 00年代のエレクトロニカは、一方で音響の洗練をつうじて「ただ気持ちいいだけ」の亜流も多く生み落としたが、他方コーマはというと、童心と悪意を正しく手なずけ、キッド606周辺とも共振しつつ、ユーモラスかつ獰猛なブレイクビーツで当時のシーンをかき乱していたように思う。そんなスタンスを持つIDMのアーティストは、今日においてもやはりなかなか見当たらない。
 であるがゆえに、まさにこのタイミングで彼が帰ってきたことは素直に喜ばしいことだと思う。みずからファースト・アルバムの『Dream and Hope』をおちょくった新作『Fuck Dream and Kill Hope』は、パンデミックやBLMで激しく時代が動いている現在だからこそ、強烈にわれわれの思考を揺さぶってくる(制作期間は3~4年に及ぶので、完全に偶然の一致なのだけど、この “引き” もまたコーマの才能かもしれない)。
 サウンド面で大いに成熟を聴かせながら、しかしけっしてパンクの精神を失わないIDMの異端児が、幼少期に受けた衝撃から親になった現在までを語りつくす。

なにをやっても結局ぜんぶ巨大なやつらの手のなかで踊らされてるだけじゃん、っていう気持ち……それに対するファックの気持ちはずっとあるよね。

緊急事態宣言中はどう過ごしていました?

コーマ:もちろんずっと家にいました。アルバムを出した後は、すぐまた新しい曲を、もっと暴力的な感じのをつくってましたね(笑)。あとは子どもと遊んだり。子どもたちがずっと家にいるから大変で。むかしから自宅勤務だけど、子どもがやっと幼稚園や小学校へ行くようになったと思ったら、またずっと家にいる状態になってしまった。

制作部屋はあるんですか?

コーマ:あります、ベッドルームが。レコード、CD、機材でごちゃごちゃになってるけど(笑)。友達とズーム飲み会をしたことがあったんだけど、「中学生の部屋みたい」って言われたくらいで(笑)。小学校のときに買ったカセットテープがいまだに置いてあったり。30年以上持っていることになる(笑)。ほとんどメタルのカセットテープで、ホワイトスネイク、ダンジグ、リヴィング・カラーとか。

ヘヴィメタルはいまでもよく聴く?

コーマ:メインでよく聴くわけではないけど、勝手に(ストリーミングの)おすすめに出てくるというか……

つまり聴いているということですね(笑)。

コーマ:ハハハ。ユーチューブとかでね。

懐かしくなって聴いてしまうというより、いまでもそもそもそういう音楽が好き?

コーマ:メタルに限らず、パンク、ソフトロック、プログレとかも好きなんだけど、やっぱりバンドが好きなのかなと思う。染みついちゃってるというか。小3か小4のときに、兄貴がメタリカの『Ride The Lightning』のカセットテープを借りてきたんです。それまでずっとエレクトーンをやっていたんだけど、ディズニーとか、70年代の映画音楽とかね。親の趣味みたいなやつ。レイ・パーカー・ジュニアがやった『ゴーストバスターズ』のファンクな曲とかは好きだったけど。初めてメタリカを聴いたときのことはいまでもよく覚えていて。完全に電撃が走ったという感じ。みんな一度はそういう経験があるよね。稲妻で撃たれたような感じというか。『Ride The lightning』はジャケに文字通り、思いっきり稲妻が出てて(笑)。スラッシュメタルやクロスオーヴァー・スラッシュが、いわゆるユース・カルチャーへの最初の入口だった。当時はアメリカに住んでいたので、日本から『BURRN!』をとりよせてたな。
中1になるとナパーム・デスが出てきて、中3くらいのときにミック・ハリスというナパーム・デスのドラマーと、ジョン・ゾーン&ビル・ラズウェルがペインキラーというバンドをやっていて、それもすっごい衝撃だった。『BURRN!』では2点とかだったんだけど(笑)、完全にギターだと思っていた音がサックスの音で。そこからミック・ハリスはダークなアンビエントをはじめたりして、「なんでナパーム・デスをやっていたひとがこういうのをやっているんだろう?」みたいな。そこからノイズ、フリー・ジャズ、インダストリアル、アンビエントに広がっていった。それで18歳のときに、エイフェックス・ツインの『Selected Ambient Works 85-92』に出会うことになる。人生でいちばん多感な時期のピークだよね(笑)。

なるほど、もうそれなりに音楽の知識がある歳になってエイフェックスに出会ったわけですね。

コーマ:もうこっちとしては評論家気どりなわけ(笑)。でもやっぱり初めて『Selected Ambient Works 85-92』を聴いたときはめちゃめちゃもっていかれたね。人生観を変えられた。

もっていかれたポイントはどのへんでした?

コーマ:音色もそうだし、メロディもそう。ファンタジー感もそうかな。ツイストされたファンタジー感というか。わかりやすいファンタジーではなくて、明らかに世間から切り離された感じというか。空想世界の広がり方。それにすごくいい感じのリヴァーブがかかっている。あれはいまだにコピーしようと思っても絶対につくれない音。

ぼくは完全に後追いですけど、初めて聴いたとき、あの音の悪さにはびっくりしましたね。でもそれが個性になっている。メロディラインを真似するひとはいるけど、あの感じはいまだにだれも出せていないと思う。

コーマ:それが電子音楽の不思議なところというか。やっぱり魔法がかかっているんだろうなと思う。それはエイフェックスに限らずだけど、魔法のかかった感じはあるもんね。

エイフェックスのベスト3はなんですか?

コーマ:やっぱり90年代のやつかな。『Selected Ambient Works 85–92』、とくに “Xtal” が1位とすると、2位が『Richard D. James Album』、3位が『...I Care Because You Do』かな。『Drukqs』以降はそんなにという感じ。

エイフェックスと出会って、じぶんでも音楽をやりたいと思った?

コーマ:いや、メタリカを初めて聴いた9歳のときに、俺は絶対に音楽で飯を食いたいと強く思ってね。俺の一生の仕事は音楽だと決めていた。ただ、『BURRN!』を読んでいると、ジャパメタもいろいろ出てくるんだけど、レザータイツに長髪っていうのが正直ぜんぜんかっこよく見えなかったのね(笑)。アメリカにいたからだと思うけど、東洋人がかっこつけようとしているのを見て、かなりキビしいなと。アジア人差別もあったからね。ブラック・ミュージックもそうだけど、東洋人が触れてはいけない部分がある感じがしたというか、それで電子音楽に行ったというのもある。

電子音楽にはある種の匿名性がありますもんね。記名性が比較的薄いというか。

コーマ:〈Skam〉のひととかがインタヴューのときに顔を隠したりしてたのにはすごい惚れた。日本人でも、グランジのちょい前の時期のスラッシュメタルのバンドにアウトレイジというのがいて。それは、初めて日本人でめちゃめちゃかっこいいと思った。 ファッションもちょっとスケーターっぽくて、いわゆるシンフォニックなメタルの格好ではなく、短パンにTシャツでアンスラックスみたいな。80年代にスケーターとスラッシュメタルがくっついて、スラッシャー文化が生まれてきていた。それがかっこいいなと思っているときに、アウトレイジが出てきた。でもそれ以外は、当時は、コンプレックスみたいなものがあって。たぶんアメリカにいたからだと思うけど、東洋人は白人と黒人には 、パワー勝負では勝てねえなという感覚があった。
でも、エイフェックスが出てきて、ケン・イシイさんが〈R&S〉と契約したのもそのころだけど、テクノを聴くようになったら、808とか909とか、ローランドにせよコルグにせよ、ヒップホップもハウスも機材がほとんど日本製じゃんということに気づいて、これは日本人はもっと誇りに思っていいことだと。そうして電子音楽にのめりこんでいった。
エイフェックスと出会うまえに、佐々木敦さんが UNKNOWNMIX というパーティをやっていて、それが高校生のころかな、四谷の P3 というハコでは山塚(アイ)さんと大友(良英)さんが一緒にやっていたり、そういうのを観にいっていた。あれはいまだに忘れられないね。もうこの世界しかないなって。それまでずっと体育会系で柔道をやったり、アメフトをやったりしたけど、一気に引きこもりになった。「引きこもり」というのもちょっと変かな、「アッパー系引きこもり」というか(笑)。打ち込みをはじめたのは94~95年ころだけど、そのあたりからネットも本格的になっていくでしょ。そのITムーヴメントとエイフェックス・ツインの両方が大きかった。あとオウテカもそうだね。〈Warp〉、〈Rephlex〉、〈Ninja Tune〉。それが18とか、19のころ。

羨ましいなあ。そのころのインターネットって希望に満ちていたと思うんですよね。

コーマ:当時パイレーツ系のホットラインというアプリがあって。そこにいろいろリリース前のプロモオンリーのMP3が置いてあったりして。そんななかでボーズ・オブ・カナダを見つけて、もうぶっ飛んで。CD、アナログが出たらすぐに買って。それが21歳くらいかな。多感な時期だね。ダムタイプとかがアカデミックなことをやっているのも好きだったけど、俺としては、あんまり小難しいことは言わないで、単純にネットのはじまりとかソフトウェアの発達をみんなで楽しもうよというか、「変な音ができたぜ、どうだおもしれーだろ」みたいな感覚で曲をつくっていた。そこがキッド606に共感できた部分。

キッド606とはいまでも連絡を取り合います?

コーマ:うん。近況を話したりするし、今回もアルバムを送った。

ROM=PARI のファーストが99年ですよね。

コーマ:でもつくっていたのは97年ころからなんだよね。ちなみに一応、俺は ROM=PARI のメンバーではないんだよ。コラボレイターという扱いで。

ROM=PARI はジョセフ(・ナッシング)さんの名義ということですか?

コーマ:そうそう(笑)。じつは ROM=PARI と同時期に、暗黒舞踏の音楽もつくってたんだよ。サンプラー買いたてくらいのころで、ノイズ・アンビエントみたいなサウンドだった。 BOX東中野(現ポレポレ東中野)というところがあって、90年代終わりごろって世紀末だったし、文化的にも退廃したものが多かった。そこで暗黒舞踏のひとと出会って、音楽をやらせてもらっていた。そんなふうに、じつは ROM=PARI のまえに背伸びしていた時期がある。あと、その少しまえには本名の “AGE” 名義でカセットテープもつくっていて、クララというノイズ系のレコード屋に卸したりとか。高3のときかな。当時ディスクユニオンに Hellchild や SxOxB とかのデスメタル系のひとたちがすごいカセットテープを置いていて、じぶんも〈パリペキン〉とかにテープを持っていってた。それで、ROM=PARI をやることになったあとも、ソロでもやっていこうと思って、3ヶ月に1枚くらいのペースでアルバムをつくっていた。合計4枚つくったかな。それを海外に送ってた。でも、ふつうにCD-Rを送っても絶対に聴いてもらえないと思ったから、バカでかいアクリル板を買ってきて、わざとアナログくらいのサイズに梱包して送って。目立つように(笑)。しかも、CD-Rをボルトとネジでとめてたから、工具を使ってそれを外さないと聴けないっていう(笑)。そしたら〈FatCat〉が返事をくれて。そこからキャリアがはじまった。

〈FatCat〉に反応してもらえたときはどんな気持ちでした?

コーマ:正直、受験に受かったときよりも嬉しかったよね(笑)。100倍くらい嬉しかった(笑)。連絡してくれた日が俺の誕生日だったから、めっちゃ嬉しくて(笑)。

タイミングによっては、〈FatCat〉がシガー・ロスを発掘するのよりもまえじゃないですか?

コーマ:まさにちょうどそのころ。シガー・ロスのサンプル盤を送ってきてくれた。嬉しかったな。

ポジティヴになった部分もあるけど、それまでのじぶんを構成していたネガティヴな性質も変わらない。楽観と悲観が、気持ち悪い感じで一緒になって今回のこのタイトルができたんじゃないかなと思う。

電子音楽に行くまえ、バンドは組まなかったんですか?

コーマ:バンドはもちろんやってた。高校生のときはふつうにザ・クラッシュとかビースティのコピー・バンドをやってた。5つくらいかけもちしてた時期もある。ジョン・ゾーンのコブラがすごく好きで。あと、〈Recommended〉ってレーベルがあって、佐々木敦さんがそれを啓蒙するイベントをやっていて、そこに遊びにいったときにSMをやっているひとたちがいて、仲良くなって。それで一軒家を借りきってSMのパーティみたいなのをやったり。ちょうど俺もサイキックTVとかスロッビング・グリッスルを聴きはじめたころだったから、ザ・テンプル・オブ・サイキック・ユースの儀式みたいなのやつは、じぶんたちでもやってみたいという(笑)。

ちなみに、〈Skam〉の面々ともお知り合いですよね。どのような経緯で知り合ったのでしょう?

コーマ:じつは〈FatCat〉にデモを送ったときに、〈Skam〉にも送ったんだけど、そのときは返事は来なかったんだよ。でも、〈Skam〉がやっていた海賊ラジオで、俺の音楽を流してくれていたみたいで。いまのコロナのタイミングでこういうこと言っていいのかわからないけど、当時は音楽でウイルスをばら撒いてやる、という気持ちだったんだよね。でもいまとなってはそんな夢も希望も崩れ(笑)。

まさに今回のアルバム・タイトルが『Fuck Dream and Kill Hope』ですね。

コーマ:これは……ひとつには、架空のカルトの経典みたいなイメージがあった。むかしからなぜかカルトに惹かれるところがあって。小学生のときに『ムー』を定期購読していたから、それも関係しているかもしれない。あと90年代はオウムの麻原の存在も大きかったけど、信者たちの修行の様子、とりわけヘッドギアがすごくインパクトがあって、なんともいえない恐怖とシュールさを感じた。00年代にはキリスト教原理主義者の狂い方に興味を持っていた時期もあって。
あと、ロスチャイルドとかロックフェラーとか、巨大な連中に牛耳られているんなら、なにをしても意味ねえじゃん、と思っちゃうところも今回のタイトルには入っているかな。「生きていてもしょうがなくね?」とまで言うとスーサイダルな感じになるけど(笑)、アイロニーはある。『ハンニバル』でも、とんでもない金持ちが世界を動かしていたし、キューブリックの『アイズ ワイド シャット』やリンチの『マルホランド・ドライブ』もそうだよね。そんなことを考えていると、なんか生きていることがばからしくなってきちゃう。なにをやっても結局ぜんぶ巨大なやつらの手のなかで踊らされてるだけじゃん、っていう気持ち……それに対するファックの気持ちはずっとあるよね。もちろん、陰謀論をがっつり信じているわけじゃなくて、エンターテインメントとして触れているんだけど。

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じぶんで気づいてほしい。たとえば、フェスとかに子どもを連れていく親がいるじゃない。俺はあれにはけっこう反対で。そういう遊びは子ども自身に見つけてもらいたいんだよね。

直接的には、ファースト・アルバム(『Dream And Hope』)を揶揄しているわけですよね?

コーマ:もちろん、じぶん自身でファースト・アルバムをおちょくっているというのもある。「音ショボいなー」とか。でも愛はある。ファースト・アルバムって、ミュージシャンにとって特別なものだから。童貞感すごいなっていう(笑)。じつはタイトルは最初は、『dream of prostitute』にしようと思っていたの。「夢オチ」みたいにしようと考えて。でもその後『Fuck Dream~』のアイディアが浮かんで、そっちのほうがしっくりきて。「夢も希望もない」状態って、ある意味ではスタート地点に立つイメージもある。13年ぶりのアルバムなんて、またファースト・アルバムを出すようなもんだから、初心に戻った気持ちは強いね。

それはやっぱり、成長しているということではないでしょうか。

コーマ:成長かあ。あんまりじぶんでは成長している意識はないけどね。もちろん子どもができたからむりやりポジティヴになった部分もあるけど、それまでのじぶんを構成していたネガティヴな性質も変わらない。楽観と悲観が、気持ち悪い感じで一緒になって今回のこのタイトルができたんじゃないかなと思う。今回のタイトルは、見る人によってネガティヴにもポジティヴにも捉えられる。ファーストの『Dream And Hope』自体が皮肉だったけど、それをさらに皮肉ってるので、よりツイストされた次元を表現できたと思っている。

リリースのタイミングが見事にパンデミックと重なって、時代とリンクしちゃった感じもありますね。

コーマ:俺としてはニヤッと笑ってもらいたいと思ってこのタイトルをつけたんだけど、たまたま時代に合致しちゃったという。しかも、それが良いメッセージとしても悪いメッセージとしても、両方でとれるから。俺としては、これをストレートに受け取るひととは仲良くなれないな、という感じ。「夢も希望もねえ」ってどういうことだよ、って言われても、そもそも俺はファーストのときからそういう気持ちだったし。

なによりまずサウンド的に、すごく「成長」とか「成熟」を感じたんですよ。

コーマ:打ち込み自体もう25年くらいやっているから、じぶんのことは職人だと思っていて。「アーティスト様」みたいな感じではなく。単純に音職人。そういう意味では技術的には向上していると思う。一方で、若いときはちょっと無理してふざけてたかなとも思う。当時もアブストラクトな音楽はあって、みんなそういうシブい感じの音楽ばかりやっていて、こっちはスラップスティックな感じでいけばカウンターになるんじゃないかって思っていたんだよね。たとえばヴォイスのカットアップとか、こっちはふざけた感じのサンプリングでやってたのが良かったと思う。俺も兄貴も、かっこつけてると思われるのがいやだったから。早川義夫じゃないけど、等身大というか、「人間ってこういうもんじゃね?」っていう、あの素の感じをもっと出したかったというか。

なるほど。たとえば “Rife” はいわゆる泣き系の感じですが、最後はすごく変なことになって余韻を与えないし、“You know who you are” は落ち着いたピアノのなかに、やはり変な要素がいっぱい入ってくる。そこはもしかしたら、ストレートにやることの照れなのかなとも思ったんですが。

コーマ:とくに泣かせようという意識はなくて。今回のアルバムはまったく野心もなく、売れたいとかそういうのもまったくなくて、完全にあきらめの境地でつくっている。
俺は一回、2009年ころに挫折してるんだよ。『Coming Of Age』を2007年に出して、そのあとだね。ライヴをやっても客が0人とか、そういうことが続いて。めちゃくちゃ酒飲んで、破れかぶれになっていた。ライヴでぶっ倒れてわき腹を骨折したり、PAモニターにぶつかって前歯3本失ったり。なんかもう死にたかったんだよね。あるいは逆に全員死ね、というか。こういう精神状態がつづくともうダメだなという感じで。逆にひとに優しくされたら泣き出したり(笑)。まぁいろいろありすぎて、じぶんの音楽はどうでもいいやという気持ちになっていた。
それと、3年前に入院したことがあって。全身麻酔で気絶している状態で2週間くらい入院していた。そのとき、「死ぬってこういう感じなんだな」と思った。あれも衝撃的だった。もう子どももいたし、これから人生どうやって生きていけばいいんだろうって悩んで。そこで結局、音楽をつくるしかない、ほんとうにやりたいことをやるしかないって思った。でも制作系の仕事は忙しくて、子育てもあるから、1日フリーになる時間なんてほとんどない。じぶんの時間がとれるのが月に1日あるかどうかで、だから1曲つくるのに3ヶ月くらいかかる。そうすると年に3~4曲くらいが限度で。だから今回のアルバムは2015年ころから3、4年かけてつくってるんだけど、そういう意味では成熟はしていると思う。子育てしてるから、人生観は変わるよね。若いときにあった変な野心とか気負い、ウケ狙い、技術自慢みたいなことはしなくなったので、とてもリラックスしてつくってた。

子どもができてよかったことは?

コーマ:子どもはタイムマシーンだね。俺自身がタイムマシーンに乗って、ガキに戻った感じ。たとえば子どもが4歳だったら、俺も4歳の気持ちになれて、一緒に楽しめる。それこそエイフェックス・ツインの世界というか、ガキに戻れる感じはすごいし、心地いい。

ひとつひとつのことに新鮮に驚ける?

コーマ:そう。いまはもう子どももそこそこ大きくなって、大人びてきちゃっているけど。でもたとえば、子どもに対してウソもつかなきゃいけないわけじゃない? 親としては「モノを盗むな」と教えるけど、こっちはサンプリングとかするわけで(笑)。トラックメイカーの仕事って、そういうディレンマがあると思う。俺はあえて子どもに保守的というか、ひととして当たり前のことを教えているんだけど、いつかそれに反抗してもらいたいんだよね。非常識を知るには常識を知らないといけない。だからいまは常識を叩きこんでいる段階というか。心のなかでは非常識の楽しみも背徳感もよく知っているわけだけど(笑)、そういうのは親が教えるものじゃない。じぶんで気づいてほしい。たとえば、フェスとかに子どもを連れていく親がいるじゃない。俺はあれにはけっこう反対で。そういう遊びは子ども自身に見つけてもらいたいんだよね。あと、日本の同調圧力、とくに小学校の同調圧力ってすさまじいし、いまや親もそういう世代になっている。SNSもあるし、そういう同調圧力には巻き込まれてほしくないなとは思った。今回のアルバムの曲は、そういうディレンマのなかで生まれてる。

“Rife” の叙情性なんかは、以前のコーマさんからは出てこないものだろうと思ったんですよ。

コーマ:墨田区に引っ越してから、労働者や職人の多い酒場に行くようになって。それで東東京の酒場というか、飲み文化が渋谷や新宿とはぜんぜんちがうことに衝撃を受けて。一度、すごく印象的な出来事があってさ。朝方4時くらいになって、ずっと一緒に飲んでた肉屋のおじさんに「俺の名前覚えてる?」って訊かれて、答えられなかった。俺はその場にすごく馴染んでるつもりだったんだけど、馴染んでるつもりなだけで、結局無礼なんだよね。じぶんの至らなさを思い知ったというか、調子に乗っていたじぶんの人生を反省したというか。それが7、8年前くらい。今回のアルバムにとりかかるまえだね。そういう場所でいろんなことを学んだ。それは大きな成長だったかもしれない。

ホラーやスプラッター映画は好きでよく見るけど、どんなモンスターや幽霊よりも恐ろしくて、かつ魅力的なのは狂った人間、とくにカルトだと思うので、どうしてもそれがじぶんの音楽のテーマになる。

曲名に意味は込めていますか? いくつかは深読みしたくなるような曲名ですね。

コーマ:ちょっとはあるけど、基本は後づけだね。曲名つけるのはいちばんめんどくさい作業で。数字だけでもいいくらい(笑)。“Rife” は「流行して、広まって、いっぱいで、充満して、おびただしくて」って意味だけど、ネットによってありとあらゆる情報が世界じゅうに広がって、人類を疲弊させているというのがテーマだった。つくったのは2年前だけど、たまたま今回コロナと連動するようなタイトルになった。

“Liar's hand” は?

コーマ:諸星大二郎の「生命の木」というマンガがあるんだけど、ずっとその作品のテーマ音楽を作りたいと思っていて。“Liar's hand” をつくっているときはずっとその作品が頭のなかにあった。それと、世代的にオウム真理教が直撃だったから、新興宗教の欺瞞も入っている。それは他方で意味不明なことをやっているっていう魅力も感じるんだけど……『Coming Of Age』のころにキリスト教原理主義に興味を持ったことがあって。『ジーザス・キャンプ』っていうドキュメンタリー映画があって、みんな聖書を信じ込んで狂っていて、本気で世の中を聖書どおりに破滅させることを夢見ている人たちがいるんだなということを知って恐ろしくなった。ホラーやスプラッター映画は好きでよく見るけど、どんなモンスターや幽霊よりも恐ろしくて、かつ魅力的なのは狂った人間、とくにカルトだと思うので、どうしてもそれがじぶんの音楽のテーマになる。陰謀論にもつながるけど、それだけ狂った世界に生きているんだなっていうのがじつは『Coming Of Age』のテーマだった。“Liar's hand” はその延長線上にあるというか、そういうニセの救済みたいなものをテーマにした曲。抽象的だけどね。明確なメッセージではない。

“False Repentance” も「ニセの後悔」という意味で気になるタイトルです。それぞれちがう感情を表現しているような上モノとビートが同時に進行していくところは、おなじひとりの人間のなかにある、相反するなにかをあらわしているように聞こえました。

コーマ:これは、政治家や権力者、教祖がニセの懺悔をしているようなイメージだね。

なるほど。メロディの扱い方がすごく変わりましたよね。メロディアスさやキャッチーさ自体はむかしからありましたけど、その種類が変わったというか、旋律の動き方がちがうなと。以前はユーモラスで、あえてやっている感じがありましたけど、もっとハーモニーが意識されるようになったというか。

コーマ:たぶん若いころもやろうと思えばできたとは思うんだけど、いまはそういうことを素直にやれるようになって、しかも心地よく感じるようになったのかな。

とくに “Vanished Sprout” に成熟を感じましたね。

コーマ:これは完全に90年代のアンビエント・テクノ、とくにサン・エレクトリックを意識した曲。もっとダークだけどね。これまた陰謀論になっちゃうんだけど(笑)、ボヘミアン・グローブっていう、 歴代の大統領やエリートたちの集まる秘密クラブみたいなのがあって、アメリカの西海岸の森のなかで儀式をやってて。最後に生け贄を燃やすという。そこに司祭が出てきて、燃やしている最中にスピーチをする。そのなかに「Vanished」ということばが出てくるんだよ。それが、アルバム・タイトルにしてもいいなと思うくらいじぶんのなかですごくハマって。ネガティヴなことばだけど、曲はぜんぜんネガティヴじゃないし、そのギャップを表現したいというか。最初はそのスピーチをサンプリングしていたんだけど、あまりに直接的で説明的な気がしたからそれはやめた。あとで狙われたりするのは避けたいし(笑)。

ちなみに、三田さんのライナーノーツは、100点満点でいうと何点ですか?

コーマ:ハハハ。点数か……点数は難しいな。√10000とかかな(笑)。

√10000って、100点ですよね(笑)。

コーマ:ははは。でもあれはちょっと涙出たよ。ほんとうによく見てきてくれたんだなって。ROM=PARI のころから数えるともう20年以上だよね。歴史からちゃんと書いてくれて。やぶれかぶれになっていたころ、じぶんの音楽なんてもうどうでもいいやってなってたときに、三田さんと三茶のツタヤで会ったんだよ。はっきり覚えてるな。でも、ダブステップを通ってないからノスタルジーを感じる、っていうところは間違いかな。そこだけ引いて99点(笑)。ダブステップは当然通ってるし、ひと通りその時代のものは聴いてたので。CM音楽でもブロステップみたいなのはたくさんやったし。いまさらダブステップはやりたくないなっていう。そういうのが入っていてもなんか恥ずかしいでしょ(笑)。まあでもこのアルバムはなんてジャンルかわからないな。じぶんでは定義できない。アンビエントとかIDMって言われたらそうかもしれないけど。

2010年代は、リアルタイムのものだと、どういう音楽をよく聴いていました?

コーマ:2009年ころはスクリレックス周辺をよく聴いていたかな。エクシジョンがやってる〈Rottun〉っていうレーベルがあって、音は重いんだけど、マインドはすごく軽くて、技術的にもすごいなと思った。シンセの使い方とかは注目して聴いていたな。それがEDM前夜くらい。10年代だとデス・グリップスダイ・アントワードとか。あとはディプロ、フライローの活躍かな。トゥナイトの “Higher Ground” も衝撃だったね。最近だとポーター・ロビンソン、ソフィー、スキー・マスク、ゴーストメイン、AxDxT とか好きかな。ポーター・ロビンソンの持っている、じぶんが絶対に追いつけないあの青春感というか甘酸っぱさは、俺の気持ち悪さというか、男子校感というか、童貞感では打ち勝てないと、ひしひしと感じる(笑)。

〈Maltine〉や〈TREKKIE TRAX〉っぽさも少し感じました。

コーマ:〈TREKKIE TRAX〉の matra magic がすごく好きだったな。

今回は、アートワークもがらりと路線が変わりましたよね。

コーマ:真壁(昂士)さんはすごい。びっくりした。

真壁さんのデザインは何点ですか?

コーマ:1億点でしょう(笑)。からだに切り刻みたいくらい(笑)。真壁さんはインディ感をすごくよくわかっていて、オーダーしたときはいろいろ言っちゃったけど、あえてシンプルにまとめてくれた。

ぼくはオウテカのアートワークを思い浮かべたんですが、テーマはあったんですか?

コーマ: 最初にデザインが上がってきたときに感じたのはフェイス・ノー・モアだった。オファーしたときは、カルトをテーマにしてほしいとお願いしていた。ホドロフスキーの『サンタ・サングレ』のイメージとか。中近東と日本をくっつけたような感じにしてほしいと。

宗教はあまり感じませんでしたよ。

コーマ:もちろん。ニセモノの宗教だからね。薄っぺらい宗教感というか。ユダヤの六芒星があるでしょ、たしかそれが仏教とも関係があったと思うんだけど、そのイメージを「COM.A」というアーティスト名でやってくれていて、すごくバランスもいい。最初に真壁さんのアートワークを見せてもらったときに、エセ宗教観、UKやヨーロッパのパンク~ニューウェイヴ、ノイズの感じが伝わってきた。

やっぱり、そういう陰謀論的なものや宗教的なものにインスパイアされるのは、幼いころアメリカで暮らしていたというのが大きい?

コーマ:うーん、もう日本に住んでから30年経っているけど、アイデンティティが定まらない感はある。どこに行っても外から見てしまう感じというか、部外者という感じというか。もちろん日本は大好きだし、良いところも悪いところも見てるけど、でもアメリカの良いところも悪いところも知っている。イギリスは、生まれたってだけだけど。アイデンティティがいまいち定まらない人生を歩んでいるなとは思う。

つねに異邦人ということですね。

コーマ:だから、ヒップホップのレペゼン文化とかを見るといいなぁと思いますね。

R.I.P.:エンニオ・モリコーネ - ele-king

 リカルド・ヴィラロボスと『Hubris Variation Parts 2 & 3』をリリースしたばかりのオーレン・アンバーチは「チャオ・マエストロ」とツイッターに短く投稿。イタリアの保健大臣も「アデュー・マエストロ」と投稿し、91歳で亡くなったエンニオ・モリコーネに別れを告げた。「マエストロ」というのはエンニオ・モリコーネの通称で、転倒による大腿骨骨折が原因の合併症と世界に伝えられる一方、現地の新聞には呼吸器疾患とも書かれているらしい。いずれにしろ去年もコンサートで舞台に立っていたというのだから健康に大きな問題はなかったようで、急逝は寝耳に水。イタリアの音楽界は大きな存在を失った。

 主に映画音楽の製作で知られるモリコーネは“続・夕陽のガンマン(The Good, the Bad, and the Ugly)”など1960年代に流行ったマカロニ・ウエスタンで名を挙げ、サイケデリック・ロックと同期したケレン味のあるギター・サウンドと情緒たっぷりのオーケストレーションが最大の特徴だった。“続・夕陽のガンマン”以外だと“荒野の用心棒”“ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ””アンタッチャブル”といったあたりが曲としてはすぐに思い浮かび、80年代後半にDJカルチャーがサンプリングという手法を取り入れるやそれらの曲の断片を聞かない日はなかったと思うほどDJたちはモリコーネをつぎはぎにしていた。ジ・オーブ”Little Fluffy Clouds”やビーツ・インターナショナル(ファットボーイ・スリム)“Dub Be Good to Me”をはじめ、ボム・ザ・ベース、コールドカット、トーマス・フェールマンズ・レディメイド、デプス・チャージ……。おかげで子どもの頃に軽く耳にしただけの原曲をフルで聴こうとLP盤を探し回る日々が続くことに(代表作以外がCD化されるのは2000年代後半から)。著作権法が改正されてサンプリングが違法(有料)となってからも、ディミトリ・フロム・パリ、デペッシュ・モード(のリミックス)、スーパー・ファーリー・アニマルズ、ピタ……とモリコーネの使用頻度は衰える気配がなく、最近ではフライング・ロータスが”Turtles”で”Piume Di Cristallo ”をサンプリング。さらにはヒップホップで、“Blueprint””So Ghetto””Can't Knock the Hustle”とジェイ~Zの代表曲は多くがモリコーネを元ネタとし、映画音楽を多用するRZAやウータン・クラン周辺でもモリコーネの引用は多い。モリコーネのメロディはわかりやすい疎外感を強調し、現代アメリカの寂寞とした無常感を引き出すのに最適だったということだろう。“続・夕陽のガンマン”はそれこそヴェンチャーズやイレイジャーにカヴァーされ、バスタ・ライムやディー・ライト、ヒカシューやスケプタに至るまでサンプリングされ続けた。

 モリコーネがイタリアのエスタブリッシュよりもアメリカやイギリスのアンダーグラウンドで生き延びたというのはさすがに言い過ぎだろうか。イタリアではモリコーネの存在感が霞んでしまった時期も実際にはあり、『ツイン・ピークス』の成功によってイタリアの映画音楽ではアンジェロ・バダラメンティの名声が高まり、ほとんどの人がそっちになびいてしまったのである。マイ・キャット・イズ・アン・エイリアンのマネージャーを務めていたラモーナ・ポンツィーニがトリノから日本に遊びに来た際、なぜかモリコーネの話になり、彼女が「イタリアの若い人は誰も知らないわ」と言ったのに驚いて、そんなバカなと返すと、名前を知ってるだけましと言いたそうな表情で「過去の人ですよ」と一蹴されてしまったこともある。確かに僕も『ミッション』や『ニューシネマ・パラダイス』といった80年代の作品を最後にモリコーネの作品は何も挙げられなかった。そして、久々にモリコーネの名前を聞いたのは2016年にクエンティン・タランティーノ監督『ヘイトフル・エイト』でモリコーネがアカデミー音楽賞を受賞した時だった。考えてみればわずか4年前である。『ヘイトフル・エイト』は低調だったタランティーノが久しぶりによくできた作品をつくったもので、「死んでしまうにはこの世界は甘美すぎる」というセリフがどこかモリコーネの音楽と合っていたことを思い出す。タランティーノはモリコーネの訃報を受けて「キング・イズ・デッド」とツイートした。

 ほとんどのメディアでは映画音楽家としての側面しか語られないけれど、モリコーネのキャリアはミュジーク・コンクレートやインプロヴァイゼイションなどの実験音楽にも遡ることができる。1966年から彼はグルッポ・ディ・ インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツア(Gruppo di Improvvisazione Nuova Consonanza)のメンバーとなり、近年はどれほどの参加率だったのかは知らないけれど、1968年に行われたパフォーマンスが2014年にようやく陽の目を見るなど、死ぬまで脱退は表明していない。さらにはデムダイク・ステアが2年前にグルッポ・ディ・ インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツアの音源からサンプリングしたデータをループさせるなどして『The Feed-Back Loop』として再構築し、イタリアの60年代と現在のイギリスが直線で結ばれていることを見事に証明してみせた。ここでもモリコーネがアンダーグラウンドで生き延びた感は否めない。グルッポ・ディ・ インプロヴィゼオ・ヌオーヴァ・コンソナンツアのデビュー・アルバムがラウンジ・ミュージックで知られるイタリアの<スキーマ>から再発されたのは2018年。野田努によればポップスにも優れた作品が多いそうで(これは僕は知らなかった)、その関係だと思えばそれほど奇妙な再発ルートではないのかもしれないけれど……(『アンビエント・ディフィニティヴ1958ー2013』を編集した時に、このアルバムをどれだけ探したことか)。

 最後に、僕が個人的に最も好きな曲はジョン・ブアマン監督『エクソシスト2』に提供された“Magic And Ecstasy”。スネークフィンガーのカヴァーでも知られる同曲はモリコーネのケレン味とドライヴ感が頂点に達したディスコ・ナンバーで、エイフェックス・ツインが復活させたブラック・デヴィル・ディスコ・クラブの原点ともいえる。洗練された悪趣味と無類のエンターテイメント性。音楽メディアでもほとんど触れられることのない70年代のエンニオ・モリコーネを聴いてくれ!

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