これは意表を突かれた。クラシックの殿堂〈ドイツ・グラムフォン〉からイーノ・ブラザーズによるコラボレイト・アルバム。兄は言わずと知れたアンビエント・ミュージックの提唱者で現実派。弟は兄が敷いた路線にのりながらも、どちらかといえばニュー・エイジに傾いた資質を持ち、ララージやビル・ニルソンと共にチャンネル・ライト・ヴェッセル(Channel Light Vessel)としても活動していた夢想派タイプである(オリエンタル調のCLVはヴォーカルにドリーム・アカデミーのケイト・ジョンを加えていた)。しかも2010年代のアンビエント・ミュージックは大雑把にいってインターネット・カルチャーを背景にシェアを伸ばしたヴェイパーウェイヴ〜ニュー・エイジの流れと、ブライアン・イーノがバックボーンとするミュジーク・コンクレート〜モダン・クラシカルの刷新へとシーンは二極化し、いずれもテンションを衰えさせることなく拮抗関係を持続した上で、兄と弟は手を組んだことになる(2017年に〈パン〉からリリースされたコンピレイション『Mono No Aware』もニュー・エイジとミュジーク・コンクレートの共存や融合を模索する試みだった。2010年代のアンビエントにはさらにシューゲイザー〜ドリーム・ポップも重要なファクターをなしているものの、複雑になるのでここでは省略)。
ブライアン・イーノとロジャー・イーノが共同作業に従事するのは、これが初めてではなく、1983年にリリースされた『Apollo』はすでにブライアン・イーノ・ウイズ・ダニエル・ラノワ・アンド・ロジャー・イーノという共作名義となっていたし、その後も『Thursday Afternoon』 (85)から2000年代初頭の諸作まで2人は途切れることなく様々なかたちで共作を続けている。80年代であればブライアン・イーノの作品にロジャー・イーノが参加し、2000年前後ではこれが逆の立場になっているという違いがあるくらいだろうか。 『Mixing Colours』は2005年から取り掛かった作品だそうで、どの辺りで集中的に作業を進めたかはわからないけれど、2015年には久々にブライアン・イーノ名義の『My Squelchy』にロジャー・イーノがイディオフォンという打楽器でOMD風の穏やかなシンセ–ポップSome Words”に参加している(ちなみに『Apollo 』は昨年、新たに11曲を追加した「Extended Edition」がリリースされている──デヴィッド・リンチ監督『デューン』に提供された“Prophecy Theme”は未収録)。
『Mixing Colours』は名義が「ロジャー・イーノ&ブライアン・イーノ」という順番になっている通り、前半はとくにロジャー・イーノの文脈を柱としている。「ロジャー・イーノの文脈」とはピアノ主体のニュー・エイジであり、ブライアン・イーノが「あの手の音楽を聴くと、誰かを殴りたい気分にさせられる」と批判するスタイルで(本誌19号のインタビュー参照)、実をいうと僕もチャンネル・ライト・ヴェッセル以降、ロジャー・イーノのソロ作はキツいと感じ、2010年代以降の作品はさきほど、このレビューを書くためにまとめて聴いたばかり。そして、誰かを殴りたいとまでは思わなかったものの、卑弥呼のマグマエネルギーが吹き出しかけ……いや。ロジャー・イーノは2010年代後半になるとジ・オーブのメンバーに加わり、『COW / Chill Out, World!』(いつもの感じ)、『No Sounds Are Out Of Bounds』(これは傑作だと思う)、『Abolition Of The Royal Familia』(これは前作の出がらしだと思う)でピアノやトランペットを演奏し、現在はすでに脱退している。音楽的なスタイルは懐古的ながらもジ・オーブとして充実の演奏を聴かせた時期だったこともあり、ロジャー・イーノへのフィードバックもそれなりに期待させるものがあったかかわらず、ここ数年の彼のソロ・アルバムは代わり映えしないどころか、あまりにスノッブなそれに終始し、悪くすれば「太田胃散、いいクスリです」のCM音楽と同じに聞こえてしまう(あれはショパンか)。しかし、ブライアン・イーノはさすが、である。『Mixing Colours』は「ロジャー・イーノの文脈」を無視することなく、それらの発展形をなし、必要なだけの抑制がブライアン・イーノによって持ち込まれている。オープニングからギリギリでイージー・リスニングと近接し、同じ音階でも楽器の種類を変えたり、ロジャー・イーノに特有のチープなコード感を活かしたまま『Music For Airports』(78)で試した音の奥行きやグラディエーションをつくり出すなどしてニュー・エイジにありがちなクリシェを避けていく。メロ・ドラマ調の“Celeste(空色)”やシューベルトにインスパイアされたというわりにやはりショパンのパロディに聞こえてしまう“Quicksilver(銀鼠色)”がこうして音響的に洗練されたモードへと移植されていく。イーノの言葉に即していえばニュー・エイジに欠けている「闇」を埋め込んだということになるのだろうか(同インタビュー)。また、”Obsidian(シャープな緑)”や“Desert Sand(ベージュ色)”と、曲名はすべて色の種類で統一され、いかにもニュー・エイジが好みそうなネーミングであると同時に(Colour=)人種を混合させるという含みも持たせたのかもしれない(ないかもしれない)。国内盤にはオリジナルの17曲目と18曲目の間に『Apollo』を思わせる“Puter(青灰色)”が追加され、レアな色ばかり全19色が取り揃えられた。
「ロジャー・イーノの文脈」では以上のような聞こえ方でいいのかもしれないけれど、『The Ship』(16)や『Reflection』(17)と続いてきた「ブライアン・イーノの文脈」に『Mixing Colours』を続けてみると、さかなクンでなくてもぎょっとする。ポップ・ミュージックの作法に則るか、さもなければ作曲のシステムそのものを考案することがブライアン・イーノのアイデンティティだと思っていれば、それはなおさらである。ブライアン・イーノに過大な期待を寄せるのではなく、ここでの彼はトリートメントに徹しているようだし、『Mixing Colours』では音響アレンジャーとしての手腕を聴くに止めるのが正解だろうと思う。エンディングに近づくにつれ、ピアノの音が残っていないほど変形され、そのことによってピアノがピアノ以上の存在感を醸し出すのは『Music For Airports』と同じく。とくにそのことは“Deep Saffron(サフラン色)”や“Cerulean Blue(セルリアン・ブルー)”に顕著で、もしかすると、このあたりはブライアン・イーノのソロ作なのかもしれない(?)。それこそ前半から続く下世話なメロディに慣れた耳が一気に浄化される思いがあり、ブライアン・イーノが主張してきた「無意識にプロセスを感じさせる」構成となっている。そして、最後の最後に納得の着地も用意されている。
〈ドイツ・グラムフォン〉も最近ではエルヴィス・コステロのオーケストラ作品やスティングの中世音楽までリリースしていて、そういった意味ではこれだけニュー・エイジ趣味が突出していても驚きはないし、レデリウスやマックス・リヒターもカタログに加えてきたことを思うとブライアン・イーノを逃す手はないという判断なのだろう。そして、ニュー・エイジとミュジーク・コンクレートが混ざり合うヴィジョンを示したことは『Mono No Aware』やフェリシア・アトキンソン&ジェフリー・キャントゥ=レデスマ『Limpid As The Solitudes』(18)以降のアンビエント・ミュージックにどんな影響を与えるのだろうか。
三田格
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ブライアン・イーノ、ミニ・インタヴュー
(協力:ビートインク)
以下のインタヴューは、6月24日刊行のエレキング臨時増刊号『コロナ時代の生き方』のために、5月6日ロンドン在住の坂本麻里子氏を介してノーフォーク在住のイーノに電話を通じておこなったもので、本作『Mixing Colours』についての話の抜粋になる。川のせせらぎや野鳥のさえずりが聞こえるのどかな村にいまはひとりで暮らしているそうで、5月15日に誕生日を迎えた際も、ひとりで迎えるつもりだとこの取材では語っている。クリスマスも誕生日も、ひとりで過ごすのが好きなのだといい、寂しくなったら自転車を漕いでロジャーの家に行って、彼の家族と会うのだそうだ。アンビエントの巨匠の素朴な日常である。
とはいえ、彼の日常で思考された言葉が人を動かすこともある。臨時増刊号『コロナ時代の生き方』は、じっさいのところイーノと経済学者ヤニス・ヴァルファキスとの対談があったから実現させようと思った企画なのだ。その対談のなかでイーノは、資本主義の限界とアートの意味について明解に話している。あらためて問う。なぜアートは必要なのか? そしてアートとは何なのか?
我々が5月6日に取ることができた取材はその対談とは別の単独取材だった。音楽、とりわけインディ・ミュージックに関わる人にはぜひ読んでもらいたい内容なのだが、まずは彼の作品解説と香水の話をお楽しみください。(編集部)
■ロジャー・イーノとはこれまで何度も共同作業をしてきましたが、2人の名義で作品を発表するのは初めてです(ダニエル・ラノワを含めた3人による共同名義の『Apollo』から数えても37年ぶりです)。
BE:うん。
■なぜこのタイミングで2人の作品を出そうと思ったのですか?
BE:(苦笑)。
■やっと、ですよね。なぜいまになって連名作品なんだろう? と。
BE:(笑)ああ、たしかに可笑しいよねぇ……でもあれは本当に、かなり偶発的に生まれた作品でね。ロジャーはキーボードを使ったちょっとしたピースをあれこれとやっていて、たまにこちらにも作品をメールしてくれるんだ。そこで、「だったらMIDIファイルを送ってくれないか?」と伝えたところ、MIDIファイルを送ってくるようになって。そこから、わたしも考え始めて……だから、ロジャーは純粋にピアノだけで作っていたんだけれども、それらを聴いて思ったんだ、「というか、これはサウンド面でもっと面白いことをやれるピースだぞ」と。というわけで、わたしはピアノの音を自分でこしらえたサウンドに置き換える作業をやり始め、そこから更に、コンポジションそのものの形状にもちょっと手を加えるようになっていった。
■(苦笑)。
BE:「フム、このセクションは実に素敵な響きだな。じゃあ、この箇所を最後にリピートしたらどうだろう?」云々と考え始めたわけ。いやだから……正直、ただ楽しいからやっていたんだよ。別に「2人でアルバムを作ろう」なんて狙いはなかった。実際、この作業をやり始めたのは、かれこれ15年くらい前の話だしね(苦笑)。
■そうだったんですね。お腹の中で育つのに長くかかった作品だ、と。
BE いや、というか懐胎すらしていなかったというか。自分でも、ここから何かが生まれるだろうとは思っていなかった(笑)。
■(笑)。
BE:というわけで、正直なところ、これが形になったのはほんの1年半か、1年くらい前の話でね。あの頃に、わたしのマネージャー、たぶん君も知っているだろうけど……?
■はい。レイ・ハーン氏ですね。
BE:うんうん、で、あの頃、レイに「実は、ロジャーと一緒にやってきたインスト作品があるんだ。映画作家向けにプレゼンしてもらえないかな? きっと、いいサントラになると思うんだけど」と話していたんだ。で、そのためにいくつかの楽曲を、過去何年もの間に既に仕上げてあった楽曲をセットにまとめる作業をしていたところ、聴き返しているうちにハタと気づいたんだ、「これって実は、美しい1枚のアルバムになっているよな」と(笑)。あの段階で初めて考えはじめたんだよ、「おや? どうやら我々はアルバムを1枚作っていたようだぞ!?」と。というか、最初にそれを伝えた相手はロジャーだったな。で、彼にそう言ったら、返ってきたのは(ドライな口調で)「へえ。自分じゃそうは思わないけど。だろ?」というもので……(クククッと笑い出しながら)だから、当初の彼は、あれをアルバムだとすら考えていなかったっていう。
■(苦笑)。
BE:でも、その後彼も何回か聴き直して、「うん、これは本当にいい」と認めてくれてね。だからこのアルバムは実にこう、もっとも未計画な、まったく計算外なところから生まれた1枚、ということになる。
■『Mixing Colours』というタイトルの意味について教えていただければ幸いです。そもそも今回、色および自然現象をテーマにしたのはなぜでしょう?
BE:まあ……実を言うと、各曲のタイトルとして単純に番号を振るのはどうか、という案を検討したこともあったんだよ。要するに、我々としてもあまり物語性の強い題名を曲に付けたくなかった。
■イメージを特定し過ぎるタイトルは避けたかった、と。
BE:ああ。だから、この手の音楽は、得てして“暗い秋の夕暮れ”みたいな曲名になりがちだよね?
■(笑)ええ。
BE:でも、あまりにかっちりしたイメージを付与したくなかったし、聴き手に定義してもらいたい。これらの色を使い、とにかく聴き手それぞれに自由に絵を描いてもらえたらいいな、そう思った。というわけで、今回のタイトル/テーマの色という点については……実は、ロンドンにある自分のフラットの一室の壁を塗っていたところだったんだ。で、色見本帳が手元にあった、と。
■(笑)。
BE:(笑)。その、色んな色彩の名称を眺めているうちに、「綺麗な名前だよなあ」と思い始めてしまってね。(苦笑)というわけで、うん、そこから来ているんだ。とにかく、あまり深読みしなくて済むネーミングにはこれがいいんじゃないか? というごく単純な発想が元になっている。
■パントンの色見本帳のようなものだ、と。
BE:うん、そういうこと。
■だからなんですね、あなたがたがこのアルバム向けに、音楽のイメージに基づいた聴き手による自主制作ヴィデオをウェブサイトを通じて募っているのは……。
BE:うん。
■あと、もうひとつ面白いなと思ったのは、『Mixing Colours』の曲目を眺めていたら、そのほとんどが香水の名前になりそうなタイトルだな、と感じたことで。
BE:(苦笑)ああ、うんうん!
■「これらの曲名にちなんだ香水を調香師に作ってもらったらいいかもしれない」なんて思ってしまいました。
BE:(笑)。
■(笑)「嗅ぐ」ヴァージョンのアルバム、ということで。
BE:というか、わたしの趣味は香水の調合なんだけれども。
■ああ、そうなんですか! それは知りませんでした。
BE:うん、そうなんだ。で……ほんと、君には我々の先を見越されたな。というのも、このレコードの2、3曲向けに香水を作ろうかという計画を自分でも立てていて。
■それは素敵ですね!
BE:だから、今から1年くらいの間に、その香水を作るつもりだ。
■非常に楽しみです。
BE:そういえば、知ってるかな? どのパヒューマーも、日本の香水会社で働いた経験があるってことを?
■へえ?
BE:どうしてかと言えば──わたし自身、かなりの数の調香師と知り合いだから知っているんだけれども──イギリスやフランス、アメリカの香水会社で働くとして、そこで彼らの作った香水は40ドルくらいの価格で販売される、と。ところが肝心な材料の原価は2ドル程度でね。それ以外のもろもろはすべて製品パッケージだのマーケティング費用に費やされている、と。でも日本の会社は、原価に5ドル支払うんだね。だから日本製香水は、通常、欧米の会社以上に質の高い原料を使っているわけ。だからなんだよ、調香師が日本の会社で働きたがるのは。とは言っても、これは20年前の話であって、いまでもそうなのかはさだかじゃないが。もしかしたら、その状況も今では変化しているのかもしれない。
■ともあれ、あなたの香水を嗅げる日を(笑)、楽しみに待とうと思います。
BE:(笑)うん、いつかやるつもりだ。その暁には、最初の1本を送る人たちのリストの中に君もちゃんと含むようにするから(笑)。
■ありがとうございます! というわけで、そろそろ終わりにしようします。またお話を聞けて本当に楽しかったです。どうぞ、お体には気をつけて。
BE:お互いにね。じゃあ、バイバイ!


