「Nothing」と一致するもの

音楽が聴けなくなる日 - ele-king

 ぎょっとするタイトルだ。音楽が聴けなくなる日。それはストリーミングなる形態がはらんでいる大きな問題のひとつで、グローバル企業なりレコード会社なりがひとたび「これは消す」と判断してしまえば、あるいはその運営主体が消滅してしまえば、ぼくたちは音楽を聴くことができなくなる。2019年3月13日のあの日、フィジカル盤を持っておくことの重要性に気づいたひとは少なくなかったのではないだろうか。
 社会学者の宮台真司、永田夏希、音楽研究家のかがりはるきによる共著『音楽が聴けなくなる日』は、ピエール瀧の逮捕後に起こったソニーによる電気グルーヴ作品の出荷停止や在庫回収、配信停止に触発されて書かれた本で、その背景や経緯を知るのみならず、「自粛」の奇妙さ・不気味さに気づくためのヒントに満ちあふれている。

 いちばん読みやすいのはかがりによる第二章「歴史と証言から振り返る「自粛」」だ。アーティストがパクられたときにその作品などを「自粛」する慣習がいつからはじまったのか、時系列で確認できるようになっている。興味深いのは、起点のひとつが89年の BUCK-TICK に設定され、もうひとつの起点が99年のマッキーに置かれているところ。ご存じのように、89年は昭和天皇が「崩御」した年であり、99年は平成天皇の即位10周年を祝う式典が催された年だ。電グル騒動が発生した2019年もまさに代替わりの年にあたるわけで、「自粛」運動が天皇制とリンクしている可能性をあぶりだしたことは、本書の慧眼のひとつと言える。
 その電グル騒動を具体的に追ったのが永田による第一章「音楽が聴けなくなった日」だ。「自粛」運動がとくにポリシーにもとづいて為されたものではないこと、たんに機械的に前例を踏襲しただけのものであること、すなわち思考停止の結果であること、たちの悪い「ことなかれ主義」であることが、社会学の知見を用いつつ丁寧に解き明かされていく。暴力的にまとめてしまえば、ようするにみんな他者の目線を気にしすぎでしょうよ、という話だ。そしてそれこそがいまの日本社会ないしは「(液状化した)近代」(バウマン)の性格でもあるだろう、と。
 この章でひとつだけ気になったのが、何度かエクスキューズ的に挿入される「法令を守るのは当たり前のこと」という記述だ。そう書いてしまうと、法令で決まっていることはなんでもかんでも正しいとみなす、現代日本社会のそれこそ「ことなかれ主義」を追認してしまうことになりかねないのではないかしら、とちょっと心配になったのだけれど、その伏線は第三章でしっかり回収されることになる。

 先日 Zoomgals のMVへの出演で話題をさらった宮台真司、彼による第三章「アートこそが社会の基本だ」こそ本書の核を為している。法なんてものは統治の必要から制定されているにすぎず、したがって「仕方なく」しぶしぶ従うものであり、間違っても道徳などではない。それに、人間や人間が生み出す芸術や表現はもっと大きなもので、法なんかにはとうていおさまりきらない──ゆえに、悪影響があるとか犯罪者だからといった理由で作品を封印する措置に、合理性は1ミリもない、という話。
 と、これまた強引にまとめてしまったが、やはり宮台節──論理展開とそのスピード感──それじたいも、この章の醍醐味だろう。たとえば、作者と作品の関係性について。「作者と作品は別物」というのはよく言われることだけれど、その根拠を彼は、人間が必ずしも主体ではない点にもとめている。表現とは「降りかかってくる」ものであって主体がつくったものではない、ゆえにその主体に貼られたラベルは作品と関係がない──というロジックで、まさしくこれはシュルレアリスムの「オートマティスム」からロラン・バルトの「プンクトゥム」まで、数々の文学的思考によって実践されてきたことだ。
 浩瀚な知識と卓越した整理──なんて書くと凡庸なコピーみたくなっちゃうけど、じっさい電グルを出発点に、1万年以上まえの人間の営みまで参照されるからおそろしい。『負債論』にせよ『サピエンス全史』にせよ、ここ10年ほど巨視的な観点から現在の状況をとらえ返す書物が目立つが、宮台もまたその流れに乗っているとも言える。ミクロに考えることに慣れすぎてしまうと見えてこないものは、たしかにある。

 正直、彼の天皇主義者的な部分や安倍支持・トランプ支持にはまったく賛同できない。でも、彼が「このクソみたいな社会を変えたい」と本気で思っていることは間違いない。端的に、情熱がある。彼のことをなんとなくのイメージで毛嫌いしているひとはかなり多いと思われるが、しかし宮台はシニカルでもなければニヒルでもない。ストレートに、かなりアツい人間なのだ。地に足がついているというか、研究室で仮説を組み上げるのではなく(いやそれもやってるんだろうけど)、「そんなことまで?」と驚くほど多くの地道な作業を積み重ね、クソに抗おうと奮闘している(電グル騒動にいちはやく反応したのもそうだし、Zoomgals のMVへの出演だってその一例かもしれない)。そしてなにより彼は、その思考を一般に向けて開こうとしている。頭がいいだけの連中ならいくらでもいる。だが閉じないひとはそう多くない。そういう意味で彼は、かつて主流ではなかったテクノを一般の人びとへと開いた電気グルーヴと、共振しているとも言えるだろう。
 音楽が聴けなくなる日──彼のような存在がいるかぎり、あるいはあなたがそのような知的営みに手を伸ばすかぎり、けっしてそんな日は訪れないのかもしれない。

Theo Parrish - ele-king

 セオ・パリッシュが6年ぶりにアルバムをリリースした。6年という月日は随分と待たせたなと思うかもしれないが、個人的にはあまりそう待った感覚はしなかった。前作『American Intelligence』もなかなかの衝撃的な内容だったし、何より曲数も多かったのもあって……消化するのにかなり時間がかかった記憶がある。
 14年以降は自身が追求していたライヴ・バンド「The Unit」のプロジェクトも一段落したが、拠点であるデトロイトのアーティストをフィーチャーした「Gentrified Love」シリーズで彼のミュージシャンやプロデューサーとのいわゆる「コラボレーション熱」がより一層加速しているように思えたし、レーベルも個人のリリースよりも後輩や仲間のリリースが目立った印象だ。ジオロジー「Moon Circuitry」やバイロン・ジ・アクエリアス「High Life EP」は彼らのキャリア出世作になったし、UKのベテラン、ディーゴ&カイディ、そしてシカゴの同胞スペクターのアルバムも手がける姿を見ると、自身が先陣を切ってシーンの成長を後押ししているような動きも感じられるくらいだった。

 さて、満を辞してリリースされたアルバム『Wuddaji』。とにかく目を引くのはこの不思議なアートワークだろう。何か等高線のようなものが切り貼りされたアートワークはセオ・パリッシュ自身がコラージュしたもの。LPの中に1枚のインサートが入っておりアートワークについても脚注があるのだが、どうやら「Idlewild(アイドルワイルド)」という地図を用いているのだ。
 脚注の中でこの場所はデトロイトから北西部に300キロほど、シカゴからは北東に450キロほど離れたミシガン湖に近い避暑地のような場所で、1912年以降「アフリカ系アメリカ人(African Americans)」の憩いの場として親しまれ、自然観察やスポーツ・レジャーだけでなく、アレサ・フランクリンやフォー・トップスらがライヴを行なったとも記されている。1964年にアメリカで起きた「公民権運動」の影響で一時利用が禁止される時期があったなどしたが、先祖代々この場所での思い出や記憶を語り継ぐ事で第五、第六世代になった家族たちが現在もこの地でヴァケーションを楽しんでいると綴られている。
 おそらくインサートに記されたアイドルワイルドはまさしくハウス・ミュージックのメタファー(比喩表現)だと推測できる。多くの「アフリカ系アメリカ人」にとって精神的、肉体的な癒しの存在であったり、そこで行なわれてきた様々なクリエイション、そして世代を超えても忘れ去られることなく脈々と紡がれる文脈も非常にシンパシーを感じるところがある。「歴史」とは? 「伝承」とは? 過去から現在まで続くストーリーをセオ・パリッシュ自身はこのアルバムを通してとても丁寧に伝えている。

 アルバム全9曲(E1. “Who Knew Kung Fu” はアナログのみ)を通して基本的に全曲「四つ打ち」をベースとした5分から10分のストイックで全く隙のないロング・トラックがびっしりと並んでいる。アートワークのコンセプトに引っ張られてか少し開放的でオーガニックな雰囲気を随所に感じつつも、相変わらずのセオ・パリッシュ節が随所で炸裂している。
 エレクトリック・ピアノの美しい旋律と共に淡々とトラックが進むA1. “Hambone Cappuccino”にはじまり、アルバムに先駆けて先行でリリースされたB. “This Is For You” ではアルバム唯一のヴォーカル・トラックとしてデトロイトのソウル・シンガー、モーリサ・ローズが力強くもどこか妖艶に歌い上げている。

 タイトル・トラックにもなっているC1. “Wuddaji” では激しいリズム・セッションを披露したかと思えば、続くC2. “Hennyweed Buckdance” ではジャジーなギターリフのようなサウンドがアルバムの音楽性をグッと高めているなど、どの曲も非常にミニマルで渋さもありつつも、サンプリング主体のトラックメイクから本格的なバンド制作や数多くのプロデューサーとのコラボレーションを経て進化~深化したセオ・パリッシュがプロデューサーとして新たなステージに到達した証拠だろう。

 アナログから、CD、カセットテープ、ストリーミングまで全てのフォーマットで積極的にリスナーに届ける気概も含め、アルバム全体のコンセプトやパッケージングまでディテールに拘っている部分はさすがの完成度。ハウスの偉大な先生が2020年に見せてくれた「プライド」に背筋がピンと伸びる。

Common - ele-king

 4年前、2016年のアメリカ大統領選挙直前に通算11枚目となるアルバム『Black America Again』を発表した Common だが、今回の選挙でも投票の4日前に本作『A Beautiful Revolution (Pt 1)』をリリースした。本作はアルバムではなくEP、あるいはミニ・アルバムという位置付けのようであるが、『Black America Again』および昨年(2019年)リリースのアルバム『Let Love』と同じく Karriem Riggins がメイン・プロデューサーを務めており、さらに Common、Karriem Riggins とのスーパーユニット=August Greene の一員でもある Robert Glasper も参加するなど、ここ数年の Common 作品と同じ流れにある。ヒップホップとジャズを軸にしながら、優れたミュージシャンたちと共に高い音楽性を実現すると同時に、人種差別など様々な社会的な問題に対して自らの姿勢を表明し、そして聞く人々を励まし、気持ちを鼓舞する。

 アルバムの核となっているのが先行シングルでもある “Say Peace” だ。エッジの効いたアフロビートのトラックに乗った Common と Black Thought によるマイクリレーが凄まじい格好良さで、平和を勝ち取るための彼らの「美しき革命」がポエティックな表現によって綴られている。Common 自ら「黒いダライ・ラマ」をラップしているように、彼らの戦い方はあくまでも平和的な姿勢が貫かれていて、それは女性シンガー、PJ(Paris Jones)のコーラスにある「Say peace, we don't really want no trouble」という一節にも表れている。その一方で Capleton、Super Cat、Shabba Ranks といったレゲエ・アーティストの声がスクラッチで挿入されるパートは実に戦闘的でもあり、アフロビートの本質が強く引き出された一曲となっている。

 Black Thought 以外にも、デトロイトの詩人 Jessica Care Moore など、多数のゲスト・アーティストが参加している。たとえば Lenny Kravitz が参加した “A Riot In My Mind” は、ロックの要素が強いこの曲のテイストに Lenny Kravitz のコーラスが見事にマッチしている。さらにインパクトが強いのが、Stevie Wonder が参加した “Courageous” だろう。タイトルが示す通り、「勇気とは何か?」ということを問うこの曲であるが、最初のヴァースで「It's like a lyric by Stevie Wonder」という一節を挟んだ上で、曲の最後の最後で Stevie Wonder の吹くハーモニカが登場するという構成が実に見事で、ハーモニカを手にした Stevie Wonder の姿が見えてくるような生々しく美しいメロディに心打たれる。

 『A Beautiful Revolution (Pt 1)』というタイトルから察するに、本作はシリーズとして今後も続いていく可能性が高いが、この「美しき革命」という言葉は今現在の Common が行なっている表現活動そのものとも非常にマッチするし、本作の示す方向性を見事に表している。Common による「美しき革命」がアメリカ社会はもちろんのこと、音楽シーンに対しても少なからず影響を与えることを期待したい。

Pole - ele-king

 ポールことステファン・ベトケ、5年ぶりとなるニュー・アルバムが届きました。これが絶妙な作品です。フワフワと消えては浮かぶウワモノ、淡々と進むのっぺりしたリズム隊。音響感覚にしても、ダブのミニマリズムをさらに突き進めたような、各音の配置が緻密に配慮された、どこまでも淡い存在感。アルバム1枚を再生すると、一筋の空気がゆっくりと流れていく様、それを音楽化したような、実体がなさそうな、幽霊のようなサウンドが通り抜けていきます。しかし、それでいて「鳴っている」存在感はそこにある、という、なんとも絶妙な塩梅でじわりと魅力を放ち、スルメのように……いやスルメのような濃厚な「味」や「香り」があるわけではないのですが、モヤモヤと霧が立ちこめるラスト・トラック “Fading” まで、自己主張の強すぎないそのサウンドが通り過ぎる様を幾度となく確かめたくなる。そんなアルバムとなっています。

 ポール、前作からこの5年の間のディスコグラフィーとしては、クラウトロックの奇才、故コンラッド・シュニッツラーのリ “コン” ストラクト・プロジェクト『Con-Struct』に2017年に参加というのがありました(本作と連続性を感じさせる作品で、コンラッド・シュニッツラーのミニマリズムからの本作への影響はあるかも)。こちらはエレクトロニカ~サウンド・アート系のアーティストがそれぞれアルバム1枚分リコンストラクト作品をリリースするプロジェクトでありました。またもうひとつの動きとしては、ダブ・エレクトロニカの金字塔にして、自身の初期連作『1~3』のリマスタリング再・再発をリリースしています。

 さて、ご存じのように、彼の本業というか、その出自はマスタリング・エンジニア。本作も彼のそんな出自とそこからくるアーティストのスタンスが結実した作品と言えるでしょう。

 現在も大量の作品にマスタリング・エンジニアとしてクレジットされています。もともとはベーシック・チャンネルが設立した〈ダブプレート&マスタリング〉というカッティング/マスタリング・スタジオの技師としてキャリアをスタートさせ、2000年代に入ると独立、ヤン・イェリネックとともにレーベル〈~スケープ〉を、そして自身のマスタリング・スタジオも設立しました。レーベルではバーント・フリードマンやデッドビートらの作品もリリースし、自身の作品も含めて、エレクトロニカ世代におけるベーシック・チャンネル・フォロワーというかエレクトロニック・ダブのひとつの領域を形成します。初期三部作に代表されるそのサウンドはもちろんですが、そのエンジニアとしての「腕」も、シーンに大きな影響を与えたというのは間違いない事実でしょう。それらの音楽性の肝となる、むっちりとした低音再生やエレクトロニカ特有の高い解像度の音像を、最適に製品として成立させるというところで、彼のマスタリング・エンジニアとしての才覚は少なからずシーン形成に一役買ったのではないでしょうか。

 そして彼のサウンドとして思い出すのはやはり初期三部作のグリッジ・ノイズを効果的に使った音響的発明でしょう。特に『3』で顕在化した技法ですが、それまでリスニングにおいて邪魔者でしかなかったレコ―ドのクラックル・ノイズを、微細な電子音のグリッジ・ノイズに置き換えて、その音響効果を音楽的要素として聴かせてしまったということです。その手法は、その後、それを再現するプラグインが作られたり、さまざまなアーティストも表現として援用するにいたりました。有名なところではマーク・フィッシャーがその著作でも言及したベリアルザ・ケアテイカーの作品あたりでしょうか。この手法は、その名義の由来になった4ポール・フィルターが発するノイズ、そこから着想を経たという話になっていますが、デトロイトのプレス工場〈NSC〉でプレスされていた、少々粗めの盤面を持った初期プレスのベーシック・チャンルの作品を再生したときの感覚をふと思い出すサウンドでもあります。

 こうした音響的な「ノイズ」を、テクニカルな解釈と再現をもって、ひとつの音楽性として成立させてしまう姿勢、そのあたりはエンジニアならではという感じもします。というか、彼のアーティストとしてのスタイル、根本がそのあたりにあるのではないかと。直系のベーシック・チャンネル・フォロワーでありながら、本家の「謎」と「神秘」すらまとった孤高のサウンドを、エンジニアとして、その技術力でもって解明(もしくはソフトウェアの進化で代替)し、表現として外に開いた存在という印象もあります。技術の民主化というと大げさですがその後大量に発生するベーチャン・フォロアーに道を開いたアーティストという側面は間違いなくあるかと思います。ちょっと話はそれましたが、とにかく彼のアーティストとしての表現に、エンジニアとしての姿勢がかかせないということは確かではないでしょうか。

 さて、前置きが長くなりましたが、本作『Fading』は、彼のそんなエンジニア的で、ある音響的要素をアートとして昇華させる姿勢がモロに現れたサウンドではないかと思います。ちなみにプレス資料を引用したとおぼしきレコード店のコメントによれば、本作は彼の母君が煩った認知症、記憶を失いいく、その状況に着想を得て作った作品らしいのですが、それが強固にサウンドのコンセプトになっているわけではないそうです。本作のスタイルは強い表現をすれば、簡素なテクノやダウンテンポのスタイルといったところでしょう。そこにフォーマティヴなミニマル・ダブ的な要素はすでにほとんどありません。音は淡泊なのに視聴後に「なにかがあった、はず」と強烈な印象が残ります。「アレはなんだったのか」という感覚。ある種の不安感がふと好奇心になって、感情をくすぐる音楽という感じでしょうか。それ自体の印象のないことが印象的でもある。だからこそ、再度聴いてしまう、そういうアルバムです。それはあえてさまざまな要素をより簡素に、よりミニマルな要素にしても音楽として成立する、そんなエンジニアリングの方法がとられている、それが本作の肝なのでしょう。

 例えば前作『Wald』はリズム・パターンも多彩だったりで、まだどこか「音楽的要素で楽しませてやろう」というリッチな感覚があります。が、本作はそうではありません。また、いままでの作品にあったレゲエ的なベースラインのミニマルな動きと低音の音響的快楽という要素もほとんど本作では使われていない印象があります。ベースラインと言えば、例えば3曲目 “Erinnerung”、4曲目 “Traum”、もしくは7曲目 “Nebelkrähe” あたりで聴けますが、どこかグルーヴを放棄したような、ただその存在を示すだけのような朴訥した表情の音がブーンと「鳴っている」だけ、パーカッションも「鳴っている」だけで、とにかく全体的にサウンドのマナーは平坦な感覚が支配しています。2曲目の “Tangente” あたりが、それでもレゲエ的なミニマルなベースラインを宿していますが、むしろ全体としてはその重心の低さに異質さすら感じます。とはいえ、不思議なことに、アルバム全体にはどこかレゲエ~ダブの存在感は亡霊のように取り憑いていて、これまた聴き返してしまう余韻を生む「謎」の要素とも言えます(とこかコニー・プランクとクラスター、メビウスによるストレンジ・レゲエの名盤『Rastakraut Pasta』を想起させもします)。

 思えば初期の『3』は、グリッジ・ノイズを援用し、ミニマル・ダブの亡霊とでも言えそうな、実体を取り除いた、残り香だけの音楽を「聴かす」ことに成功しました。ある意味でエンジニア的な手法の追求による音楽的な価値観の転倒がおこなわれました。本作では、その姿勢がより精密になり、さらに進むことによって「聴かす」ことを可能にしているのではないでしょうか。もはや彼にとってミニマル・ダブのクリシェはおろか、ちょっとしたフックとなるリフも本作では必要ないといった感覚すらあります。彼のエンジニアリングが高次元に結実し、音響の「塩梅」によって、その淡い音楽性を成り立たせている絶妙なサウンド、それが本作の魅力ではないでしょうか。この「なにもなさ」の成立には裏があるのです。

Tokyo Dub Attack 2020 - ele-king

 毎年年末になるとやって来る〈Tokyo Dub Attack 〉。今年も開催するとのことです。ただし、ホント、マジな話、いまのコロナの感染状況を鑑みるに、くれぐれも油断は禁物です。最高のダブを全身で浴びたい方は充分過ぎる感染予防をしたうえで、かならずルールを守ってお楽しみください。場所は恵比寿ガーデンルーム。入場者数は150人限定。なお、ご自宅で楽しみたい方のために有料配信もあるので、そちらもご検討下さいね。

2020/12/30 (水)
Open 16:00-21:00
*配信は18:00-21:00

Tokyo Dub Attack 2020
At 恵比寿 The Garden Room

-Line ups-
Scorcher Hi Fi with Soundsystem
Riddim Chango Showcase with eastaudio Soundystem
(Bim One Production, Night Scoops (Dub Kazman & Element) from Osaka

CHARGE :
Adv 3,500yen / Door 4,000yen (共にドリンク代別) / LIVE STREAMING (有料配信) 1,500yen
※再入場不可
※小学生以上有料/未就学児童無料(保護者同伴の場合に限る)
※本公演は、内閣官房新型コロナウイルス感染症対策推進室のガイドラインに従って収容人数を50%以下(150名)として開催いたします。

-TICKET-
>>一般販売 : 12/5(SAT) on sale
ローソン 0570-084-003 [L] 70842
e+ https://eplus.jp

>>LIVE STREAMING (有料配信)
Tokyo Dub Attack 電子チケット(ZAIKO)https://tokyodubattck.zaiko.io/e/TDA2020

「考えるひと」のためのワークウエア - ele-king

 パンク、モッズ、グラムにパンク、エスニックなヒッピールックやグランジのドレスダウン――ことほどさようにファッションは音楽とわかちがたい、というより文化そのものなのに、ここ最近はお買い得か転売できるかばかり気にして文化もへったくれもあったものではない。そのようにお嘆きの向きには ele-king books 創設当初から現在にいたるまで多くの書籍のアートディレクションを手がけてきた渡辺光子が新たにたちあげた SUBTROPISC がおすすめです。
 日本語で「亜熱帯」を意味する「SUBTROPICS」はグラフィックウェア~グッズを中心とするごくごく小さな服飾レーベルで、熱帯と温帯の緩衝地帯に由来するブランド名のとおり、マイノリティやオルタナティヴといった社会における外縁的な存在に多くの示唆を受けながら、ユニセックスなデザインをとおして着るひとたちのあいだに連帯を生み出すことを狙いとしています。
 ボディはヘヴィデューティな着回しにもこたえる United Athle を採用するなど、グラフィックのみならず服作りにも繊細なこだわりをみせる「SUBTROPICS」のウェアは、労働者と資本家とを問わず、バケットハットの流行を報じるネットニュースに、すわギタリストのバケットヘッドがリヴァイヴァルしたものかやといろめきたった壮年と、バケットヘッドのデビュー当時、コーネリアスがそんなような帽子をかぶっていた(当時はサファリハットいってました)ことさえ遠い歴史のひとコマにすぎない若者とを問わず、着る楽しさをとおし、ともに考えるよろこびをもたらします。
 最新作は「I can't stand it anymore」トートバッグ。アナログ・レコードもゆうゆう収まる大ぶりなつくりで手にされた方の「もうがまんできない」気持ちを代弁します。
 詳細は以下でご確認ください。

https://subtropics.stores.jp/



アイキャントスタンディットトートバッグ

貧困や女性、子どもへの暴力などにたいし「I can't stand it anymore(もうがまんできない)」と訴えるトートバッグ。売上の10%が特定非営利活動法人性暴力救援センター・東京(SARCサーク東京)に寄付されます。

アンプロダクティヴスウェット
「UNPRODUCTIVE(非生産的)」のロゴと空集合を反転したマークをプリントしたスウェット。

テクノクラートビッグシルエットポケット付Tシャツ
前面に「TECHNOCRAT(技術官僚)」、背面には「KARTELL(談合)」、袖にマン・レイの1921年の作品「GIFT」をプリントしたビッグシルエットTシャツ。


 日本ではKダブ・シャインによるブラック・ライヴズ・マター批判が話題になったけれど、アメリカでBLM批判の急先鋒といえばキャンディス・オーウェンズである。最初は若い黒人の思想家がドナルド・トランプを称揚していると話題になり、TVでも事あるごとに取り上げられるようになった。2年前にカニエ・ウエストがツイッターで彼女の思想を持ち上げたことで一気に注目の的となり、その直後に2人は急接近したようで、黒人が奴隷になったのは自らにもそう望んだ面があったからだとか、カニエ・ウエストの言動が以前よりもオルタナ右翼に近づいたのは彼女の影響によるところ大だったと考えられる。この秋の大統領選では「Brexit」の「R」を「L」に変えると「民主党からの離脱」を意味する「Blexit」という単語になり、民主党批判のキャンペーンにこのスローガンを使っていたオーウェンズが「ロゴをデザインしてくれたのはカニエ・ウエスト」だと吹聴していたところ、自分はデザイナーを紹介しただけだとカニエ・ウエストが抗議し、オーウェンズがブログで謝罪するという展開もあった。ちなみに選挙以前からオーウェンズが攻撃し続けたのは早くからバイデン支持を表明していたカーディ・Bで、オーウェンズは「あなたはバイデンやサンダースに利用されているだけだ」と執拗にカーディ・Bをバカ扱いし、SNS上で口汚く罵り合うこともしばしとなる。なお、カーディ・Bはトランプ支持者に自宅の住所を公開されて火をつけると脅されたため、犯人を特定したところ10代の若者が容疑者として浮かび上がったため、やるせない気持ちになったと述懐している。

 キャンディス・オーウェンズは最初からオルタナ右翼だったわけではないという。25歳で立ち上げたマーケティングの会社ではむしろ「共和党の狂気」とかドナルド・トランプのペニスのサイズがどうとかいったような記事まで書いていたとも。これがゲーマーとフェミニズムが対立して殺害予告や爆破予告の嵐となった「ゲーマーゲート論争」に巻き込まれて、個人情報をネットに晒され、窮地に陥った時にオルタナ右翼に救われ「一夜にして保守派になった」のだという。「リべラルは実際にはレイシストなんだと悟った。リベラルはネットを荒らしてドヤ顔をしたいだけ(=trolls)なんだと」。オーウェンズだけでなく、ゲーマーゲートの多くがこの論争を境にオルタナ右翼になったと言われている。女性のゲームプログラマーによる枕営業の有無が発端となって14年から16年にかけて大きな社会問題となった「ゲーマーゲート論争」はプログラマーの回想録を元に現在、映画化も検討されているそうで、業界の癒着やフェミニズムなど多くの議論が交わされたなか、やはり焦点のひとつとして浮かび上がるのがポリティカル・コレクトネスである。ネット・リンチに発展してしまうこともあるPCに対して、オーウェンズはここで強く否定的な感情を抱き、「攻撃対象を探しては潰しにかかるリベラル」という図式を固定させたのである。

 どちらに向かうかはともかく、オーウェンズが若くして才能を発揮した人物だということは疑いがない。それが黒人で女性だとなると、おそらくは黒人だから優遇されたんだろうとか(オーウェンズは「ブラック・カード」を使うという言い方をする)、女性だからチャンスをもらえたんだろうというやっかみに遭遇したことも多々あったに違いない。PCに対して息苦しい思いをしている人はたくさんいるだろうけれど、PCによって守られている人にも同じことはいえるということである。オーウェンズにとっては個人の才能に帰結することなのに、アファマーティヴ・アクションと呼ばれる優遇政策のおかげで現在の地位があると捉えられることは自分の才能を否定されるに等しく、アファマーティヴ・アクションをいとましく思うこともあったに違いない。そして、その優遇政策が何に由来するかというと、黒人は不当に扱われているという「考え方」であり、構造的な人種差別があるという「思い込み」だとオーウェンズは主張する。「そんなものはない。黒人は差別されていないし、私はやろうと思えば白人男性と同じことができる」とオーウェンズは繰り返し強調する。いわば民主党によって黒人たちは自虐史観に染められてしまい、何もできない人種だという考え方から抜け出られないだけだと。それがアイデンティティ・ポリティクスの正体だとオーウェンズは「見破った」。黒人のステロタイプな表現から逸脱したカニエ・ウエストが個人の能力を評価するという思想に共鳴したことも、だから、不思議ではないし、多少とでも社会性を持っていればマイケル・ジャクスンだって共鳴した可能性はある。プリンスやビヨンセはそうではなかった(『ブラック・パワー別冊』参照)。

 黒人は不当に差別されているという「間違った考え方」に基づくBLMは、だから、ただのテロ行為であり、「BLMは西欧社会を破壊する行為だ」とオーウェンズは続ける。BLMは初めから民主党が仕掛けた詐欺で、ジョージ・フロイドは黒人の悪しきカルチャーを象徴する人物だと彼女は断じて止まない。実は前述したカーディ・Bとは最初から言い争いになったわけではなく、保守系メディアで彼女が持つ番組に2500万円という破格のギャラで出演をオファーしたところ、「ジョージ・フロイドの死は当然だったとする人間とは口をききたくない」と一蹴され、先の論争がはじまったという流れだった。30代になると、オーウェンズの議論は結論ありきのものでしかなくなり、新たに起きている事象や事件から何かを読み解こうとするものではなくなっていく。最近ではアナ・ウィンターによって最高の男性モデルだと持ち上げられたハリー・スタイルズがデヴィッド・ボウイばりに中性的なファッションでヴォーグ誌に登場すると「男は男らしくしろ」とオーウェンズがツイートし、スタイルズはこれを無視、さらに過激なファッションで登場するなど、頭のいい人からは相手にもされなくなってきた。カニエ・ウエストがオーウェンズに共感の意をツイートした翌月、ドナルド・トランプも「キャンディス・オーウェンズはとても賢い思想家だ」とツイートし、大いに持ち上げていたのだけれど、「バイデンやサンダースに利用されているだけ」という彼女の言葉が固有名詞を入れ替えればブーメランとなって彼女の元に戻ってくるような気がするのは僕だけだろうか。


Various - ele-king

 ときに、人は生きるために踊ることがある。社会に変革をもたらすダンスを。反戦、反差別のメッセージを掲げ、巨大なスピーカーから流れるダンス・ミュージックと共に国家権力や法体制に対抗するサウンドデモは社会運動のひとつとして定着し、いまもなお世界各地でおこなわれている。日本も例外でなく、最近では Mars89、Mari Sakurai、篠田ミルといった東京のパーティー・シーンを率いるDJ陣を中心としたサウンドデモ・Protest Rave が都市部で定期的に開かれ、非道な法改正などに対抗すべく爆音のダンス・ミュージックで街全体を轟かし、人びとの意識を奮い立たせている。
 彼らの強烈なプレイは怒れる民衆の叫びにさも似たり。耳をつんざくサウンドが社会に示すのは、新たなる未来へ生きのびようと奮闘する我々のスタンスでもあるのだ。〈Live From Earth Klub〉と〈Never Sleep〉による共同コンピレーション・アルバム『United Ravers Against Fascism』は、まさにそういった反ファシズムを掲げるサウンドデモ的なスタンスで、ガバというダンス・ミュージックの未来を切り開く革命を起こそうとしているように思えた。

 ダンス・ミュージック・シーンの最先端を走るヨーロッパ発の二大コレクティヴが贈る本作は、HDMIRROR の “Burst Open” をはじめに、昨年渋谷WWWで開催されたネオレイヴパーティー・FREE RAVE にて来日公演をおこなった Von Bikräv が所属する Casual Gabberz の “F Le 17” と、けたたましくも華々しいトラックで幕を開ける。Merzbow 的なジャパノイズの影響を感じる Lizzitsky の淡々とした “Hd is off Anxiety Attack” に並ぶのは、TRANCEMAN2000 としても活動中の Falling Apart が繰り出すダークでアシッドな “Sex With God”。Skander による7分越えの “Paraphobia” のあとには、対照的に Powell の2分にも満たないエクスペリメンタルなショート・トラック “Z-Plane” がやってきて……と、ときおり変化球も飛んでくる現代的な進化系ガバ・サウンドがふんだんに詰め込まれている。

 メッセージ性の強い本作のコンセプトを象徴するのは、重厚な雰囲気を歪みに歪んだキックが切り刻む “Grande Raccordo Anulare” だろう。The Panacea と共にこのトラックを手がけた Gabber Eleganza ことアルベルト・ゲリーニは、2011年に tumblr で同名のアーカイヴ・プロジェクトを開設以降、コレクティヴとしての活動のほかガバのアーキヴィストとしても知られている。DJ、プロデューサーといった楽曲面以外にも、ZINEの出版やアパレルの販売、アート・キュレーションを手掛けたりと各方面でガバの魅力を発信する彼は、次のステップとして2019年にレーベル〈Never Sleep〉を立ち上げた。ガバの新しいプラットフォームとなる〈Never Sleep〉が目指すのは、古き良き時代を懐かしみ楽しむだけでなく、新世代のアーティストと共同しガバのカルチャーを新たに発展させてゆくこと。明確なヴィジョンを持ってガバの美学を追求する彼らは今回、ガバがオランダの労働者階級のユース・サブカルチャーからヨーロッパの中で突出したジャンルへと成長していった90年代において、ナショナリズムやファシズムなどの政治的イデオロギーにも結び付けられていたという複雑な歴史的背景を本作でアーカイヴすることで、今日のシーンに対してポスト・ガバ視点でのアプローチを仕掛けた。

 ダンス・ミュージックのサブジャンルを鋭く捉えたサウンドでシーンのさらなる展望を描く〈Live From Earth Klub〉と手を取り合い、忌避しがたい過去を踏まえいまの時代にガバの再解釈に挑んだ〈Never Sleep〉一行。なかなかに先鋭的なトラックが全体を彩ったのち、参加アーティストの中では大ベテラン枠に位置する Ilsa Gold の “Autre Chien” で王道ともいえるオールドスクール・ガバから、最近 Bladee との共作をリリースした注目株のプロデューサー・Mechatok の “Powder” と、透き通ったアンビエントへとつながるラストの流れは、彼らがかつてのシーンと現在をつなぐ架け橋となる様をもアーカイヴ的に物語っているようにも聴こえる。この屈強で愛すべきダンス・ミュージック、ガバがこれからも生きながらえる明るい未来を目指す勇姿を。

New Project of Jeff Mills - ele-king

 先日リリースしたバイロン・ジ・アクエリアスも好評なアクシス。2020年は、ベネフィシアリーズをはじめ、ジェフ・ミルズのミルザート名義の「Every Dog Has Its Day」シリーズがいつの間にか「vol.13」までリリースされているほか、おそろしく積極的に他のアーティストの作品も毎月のようにリリースしている。コロナ禍において、かえってやる気がみなぎってしまっているようだ。ちなみに「Every Dog Has Its Day vol. 4」は今週までフリーダウンロードできる。
 さて、その休みなきジェフだが、年明け1月には彼の新プロジェクト、ザ・パラドックスのアルバム『Counter Active』がリリースされる。これは故トニー・アレンのバックも務めていたガイアナ移民としてフランスで暮らすピアニスト、ジャン・フィ・デイリー(Jean-Phi Dary)とのコラボレーションになる。アフロ・キューバンとコンパ(ハイチの音楽)からの影響のなかに、ジャズ、レゲエとファンクが融和されたデイリーの演奏の評価は高く、ピーター・ゲイブリルやパパ・ウェンバ(コンゴの歌手)、有名なドラマーのパコ・セリー(ザヴィヌル・シンジケート)らのバックも務めている。

「トニー・アレンとの『Tomorrow Comes The Harvest』でのコラボレーションの延長としてこの企画は生まれた」とジェフの弁。「演奏のセットアップ後にジャン・フィと僕で簡単なジャム・セッションをするのが通常で、実際の演奏ではトニー・アレンが加わって、そしてサウンドチェック時のグルーヴを発展させていく」、このセッションのなか楽曲は「数分のうちに完成した」という。
「そのアイディアをスタジオに持ち込みレコーディングしたのが今回のアルバム。1年をかけてパリ周辺の様々なスタジオで膨大な量の曲をレコーディングした」
「『カウンター・アクティヴ』はふたつのクリエイティヴな精神が妥協や制限なくぶつかり合った結果。音楽が我々の人となり、言いたいことを如実に表している。タイトルは目的を持って成し遂げることを意味している。ちなみに『カウンター・アクティヴ』は二部構成の第一部なんだ」
 まずはその一部を楽しみに待とう。

The Paradox
Counter Active

Axis / AX096

Track Titles:
A1. Super Solid
B1. The X Factor
B2. Residence
C1. Twilight
C2. Ultraviolet
D. Residence (Alternate version)

SAULT - ele-king

 SAULT(ソーともソールトとも呼ばれる)というアーティストの存在を知ったのは一年ほど前の2019年秋で、bandcamp でたまたま『7』というアルバムに出会ってからだった。SAULTはその数か月前に『5』も出していて、そちらもすぐに入手したのだが、それらは5枚目のアルバムでも7枚目のアルバムでもなくファースト・アルバムとセカンド・アルバムにあたり、何ともおかしなことになっていた。アーティストに関する情報は全くと言っていいくらい出回っておらず、というか意図的に情報を隠しているような印象を受けた。いまのネットやSNSが発達した世の中にあって時代と逆行するというか、逆にミステリアスな情報統制をしているようでもあり、とにかく彼らは一体何者なのだろうと興味が膨らんでいった。アーティスト情報がない分、余計な忖度もなしに音を聴いて良いか悪いかを判断することができ、その結果『5』も『7』もとにかくカッコいいというのが第一印象だった。ソウル、ファンク、ロック、パンク、ニューウェイヴ、アフロ、エスノなどがゴチャ混ぜになったようなサウンドで、ローファイでヘタウマで粗削りな魅力を放っている。ザ・スリッツ、ESG、トム・トム・クラブあたりに近いものを感じたが、曲によってはディスコやハウスなどダンス寄りのものもある。

 その後SAULTの実態がいろいろとわかってきたのだが、クレオパトラ・ニコリック、ディーン・ジョサイア・カヴァー(別名インフロー)、メリサ・ヤングから成るロンドンの3人組で、それぞれいろいろなミュージシャンの仕事をしてきたということだ。クレオパトラとディーンはラッパーのリトル・シムズの『グレイ・エリア』(2019年)で作曲を手掛け、その『グレイ・エリア』にも参加していたシンガー・ソングライターのマイケル・キワヌカとディーンは長らく一緒に仕事をしている。
 クレオパトラは最近クレオ・ソル名義でソロ・アルバムの『ローズ・イン・ザ・ダーク』を出しており、ネオ・ソウル~R&B路線のこのアルバムにはディーンも参加している。メリサはキッド・シスターやジェーン・ジュピター名義でも活動しており、もともとシカゴ出身のラッパー/シンガーでカニエ・ウェストと仕事をしていたこともある。2010年代後半にUKに移り住んできたようで、2019年にキッド・シスター名義で “ロング・ウェイ・バック” というシングルをリリースしている。
 このシングルは〈フォーエヴァー・リヴィング・オリジナルズ〉というレーベルがリリースしたのだが、ここがSAULTのアルバムはじめ、『グレイ・エリア』や『ローズ・イン・ザ・ダーク』など一連の作品をリリースしている。どのような経緯でグループが結成されたのかは不明だが、クレオパトラとディーンが共同で楽曲制作を行った『グレイ・アリア』がきっかけとなったのだろうか。実際に『グレイ・アリア』のサウンドとSAULTのサウンドには共通するところも見出せるし、またマイケル・キワヌカのブラック・フォークとアフロとゴスペル・ファンクとR&Bが混ざったようなところも、SAULTに受け継がれている。

 2020年になってSAULTは2枚のアルバムをリリースした。それぞれ『ブラック・イズ』『ライズ』というサブ・タイトルが付けられた『アンタイトルド(無題)』のアルバムである。両者は連作のようで、拳を握った手のジャケットの『ブラック・イズ』、祈りのように手を合わせたジャケットの『ライズ』という具合になっている。“ドント・シュート・ガンズ・ダウン” や “フリー” はじめ、“ブラック” というフレーズを随所に打ち出した楽曲タイトル、黒を基調としたアルバム・ジャケットに見られるように、2020年の初夏に広まったブラック・ライヴズ・マター運動に呼応したものである。ジャイルス・ピーターソン曰く、2020年版のマーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』だそうだ。そうした点で、『ブラック・イズ』と『ライズ』は2020年を象徴する作品となりそうだ。演奏にはメンバーのほかにリトル・シムズやマイケル・キワヌカの作品にも参加するピアニストのカディーム・クラークが参加し、『ブラック・イズ』にはマイケル・キワヌカもゲスト参加している。

 『ブラック・イズ』は “ストップ・デム” に見られるように、一段と強いビートや叫びのような歌が収められている。ブラック・ライヴズ・マター運動における怒りや憎しみが歌となったような曲で、一方 “ホワイ・ウィ・クライ・ホワイ・ウィ・ダイ” には悲しみの感情が溢れている。マイケル・キワヌカが参加した “ハード・ライフ” は、ディアンジェロの『ブラック・メサイア』に繋がるようなヘヴィーな曲だ。
 同じくキワヌカが歌う “バウ” はSAULTらしいローファイなアフロ・ファンクで、ドクター・ジョンで有名な “アイコ・アイコ” のようなヴードゥー風味を持つ。“アイコ・アイコ” は19世紀のマルディグラ・インディアンが発祥で、人種差別への抗議の意味を持つカーニヴァルやコスチューム、踊りと一緒に広まった歌だが、言ってみればブラック・ライヴズ・マターのルーツにあるような曲であり、そうした精神をSAULTが受け継いでいることがわかる。
 怒りや悲しみといったネガティヴな感情だけでなく、“エターナル・ライフ” ではメロウでスペイシーなサウンドによって永遠の命を表現する。“モンスターズ” はクルアンビンあたりにも通じるソフト・サイケ風味のジャズ・ファンクで、“ミラクルズ” や “プレイ・アップ・ステイ・アップ” は1960年代のドゥーワップやスウィート・ソウル風という具合に、レトロなテイストが随所に散りばめられているところもSAULTの持ち味のひとつである。

 『ライズ』はシンセ・ポップ調の “ストロング” など、時代的には1980年代のサウンドを下敷きにした部分が見られる。ブギー・タッチの “フィアレス” や “サン・シャイン” はジ・インターネットあたりに近いような曲で、全体的に『ライズ』はエレクトリックでダンサンブルなテイストが強くなっている。そうした象徴が “アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・ダンス” で、ダンスによって人種差別への抗議を行なっている。先ほどのマルディグラのカーニヴァルもそうだが、ダンスとは肌の色や人種などを超えた人間の営みであること、そうしたメッセージを伝えてくれる。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780 781 782 783 784 785 786 787 788 789 790 791 792 793 794 795 796 797 798 799 800 801 802 803 804 805 806 807 808 809 810 811 812 813 814 815 816 817 818 819 820 821 822 823 824 825 826 827 828 829 830 831 832 833 834 835 836 837 838 839 840 841 842 843 844 845 846 847 848 849 850 851 852 853 854 855 856 857 858 859 860 861 862 863 864 865 866 867 868 869 870 871 872 873 874 875 876 877 878 879 880 881 882 883 884 885 886 887 888 889 890 891 892 893 894 895 896 897 898 899 900 901 902 903 904 905 906 907 908 909 910 911 912 913 914 915 916 917 918 919 920 921 922 923 924 925 926 927 928 929 930 931 932 933 934 935 936 937 938 939 940 941 942 943 944 945 946 947 948 949 950 951 952 953 954 955 956 957 958 959 960 961 962 963 964 965 966 967 968 969 970 971 972 973 974 975 976 977 978 979 980 981 982 983 984 985 986 987 988 989 990 991 992 993 994 995 996 997 998 999 1000 1001 1002 1003 1004 1005 1006 1007 1008 1009 1010 1011 1012 1013 1014 1015 1016 1017 1018 1019 1020 1021 1022 1023 1024 1025 1026 1027 1028 1029 1030 1031 1032 1033 1034 1035 1036 1037