ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. R.I.P. Shane MacGowan 追悼:シェイン・マガウアン
  2. Voodoo Club ——ロックンロールの夢よふたたび、暴動クラブ登場
  3. interview with Kazufumi Kodama どうしようもない「悲しみ」というものが、ずっとあるんですよ | こだま和文、『COVER曲集 ♪ともしび♪』について語る
  4. interview with Waajeed デトロイト・ハイテック・ジャズの思い出  | ──元スラム・ヴィレッジのプロデューサー、ワジード来日インタヴュー
  5. 蓮沼執太 - unpeople | Shuta Hasunuma
  6. DETROIT LOVE TOKYO ──カール・クレイグ、ムーディーマン、DJホログラフィックが集う夢の一夜
  7. シェイン 世界が愛する厄介者のうた -
  8. Galen & Paul - Can We Do Tomorrow Another Day? | ポール・シムノン、ギャレン・エアーズ
  9. interview with Shinya Tsukamoto 「戦争が終わっても、ぜんぜん戦争は終わってないと思っていた人たちがたくさんいたことがわかったんですね」 | ──新作『ほかげ』をめぐる、塚本晋也インタヴュー
  10. Oneohtrix Point Never - Again
  11. 『壊れゆく世界の哲学 フィリップ・K・ディック論』 - ダヴィッド・ラプジャード 著  堀千晶 訳
  12. Columns 11月のジャズ Jazz in November 2023
  13. Sleaford Mods ——スリーフォード・モッズがあの“ウェスト・エンド・ガールズ”をカヴァー
  14. Slowdive - everything is alive | スロウダイヴ
  15. interview with Evian Christ 新世代トランスの真打ち登場  | エヴィアン・クライスト、インタヴュー
  16. yeule - softscars | ユール
  17. 時代を進めたメイン・ソースのサンプリング・ワーク
  18. Columns ノエル・ギャラガー問題 (そして彼が優れている理由)
  19. Columns 10月のジャズ Jazz in October 2023
  20. SPECIAL REQUEST ——スペシャル・リクエストがザ・KLFのカヴァー集を発表

Home >  Reviews >  Album Reviews > Byron The Aquarius- Ambrosia

Byron The Aquarius

Deep HouseSpiritual Jazz House

Byron The Aquarius

Ambrosia

Axis

MIDORI AOYAMA   Dec 17,2020 UP

 ハウス・ミュージックが好きで、かつデトロイトやシカゴのサウンドが大好物という人であれば、「バイロン・ジ・アクエリアス」という名前を知らない人はそろそろいないだろう。それを裏付けるだけの豊富なリリース量が彼には備わっており、ここ4~5年のプロダクションで彼の実力や才能は随分と浸透したように感じられる。J・ディラやATQCを敬愛し、自身もヒップホップやビートメイカー界隈からキャリアをスタート。オンラーやフライング・ロータスとのコラボレーションを経て、バイロン自身が師と仰ぐ NDATL のボス、カイ・アルセのスタジオでキーボーディスト兼プロデューサーとして活躍。セオ・パリッシュの〈Sound Signature〉からリリースした彼の出世作「High Life EP」を皮切りに、現在までほぼ休むことなくリリースが続いている。上記の偉大な先人に加えて、デトロイト新世代枠のカイル・ホールや〈Apron Records〉のスティーヴ・ジュリアン(aka ファンキンイーヴン)ら同世代のアーティストとも積極的に活動し、いわゆるディープハウス界隈でのリリースはほぼ制覇しているように見えていただけに、ジェフ・ミルズとの邂逅はサプライズというよりも、ある種バイロン自身が実直にリリースを積み上げたキャリアへの「ご褒美」的なリリースに近い気がする。

 これは推測でしかないが、おそらくバイロンの存在は以前からジェフの目にも止まっていたのだろう。ただし、ジェフ本人の理想としているプロダクションに彼の音楽性やスキル、その他アーティストやミュージシャンとの関係性など含め全てが出揃うのを虎視眈々と待っていたようにも感じるし、ゆえに今回のアルバム『Ambrosia』はまさに「機が熟した」と言えるような内容に仕上がっている。それを裏付けるようにドラムマシーンやコンピューターでの「打ち込み」がメインの過去作とはうって変わって、ジャズやフュージョン、ラテンの要素を取り入れ、楽曲の方向性や角度が広く、高くなっている点が大きい。収録曲の大半がアトランタの Patchwerk Studios にて収録されたセッション・アルバムになっており、参加ミュージシャンも豪華。ジョージ・デュークやロバート・グラスパーなどともセッションの経験があるドラマーのリル・ジョン・ロバーツを筆頭に、今後様々なジャンルのリリースで名前を見かけそうな予感のする気鋭のミュージシャンが揃っている。レーベルのネーム・ヴァリューを気にせずに集めたような等身大のバンド編成も長くローカルで活動している彼らしいやり方に思える。

 スタジオ・アルバムといえどやはりバイロンらしさは十二分に表現されており、1曲目の “New Beginning” から得意のピアノ・ソロとラシーダ・アリのフルートが絶妙に混ざった疾走感のあるトラックで始まる。アルバム・リード曲になっている “Edgewood Ave” はエレクトロニックなシンセをアクセントにしながら現行のUKジャズにも橋渡しできるような見事なフュージョン/ジャズに仕上がっており、ラテン・フレーヴァーを取り入れた “Space & Time (Jam Session)” はヒップホップやハウスを守備範囲にしていたバイロンの新たな境地を垣間見れることができる。僕自身、ハウス/クロスオーヴァー界隈の視点からこの作品を見ているだけに、よりエレクトロニックなサウンドがメインになっている〈AXIS〉のファンからすればこの作品がどう映っているのか気になるところではあるが、いままでのバイロンのプロダクションとミュージシャンシップがジェフ・ミルズの太鼓判を経てさらなる高いレベルへと押し上げられたのは間違いない。

 とはいえ、まだまだ山の五合目といった感じで、連日連夜止まることなく作品作りに明け暮れている姿を彼の Instagram から垣間見ることができる。今後テクノなり、ジャズなり、彼の音楽がどのように旅をしていくのか非常に興味深いし、古代ギリシャ語で「不死」を意味するタイトルを持ったアルバムは彼自身にとってのキャリアのマイルストーンに選ばれる1枚になったに違いない。


MIDORI AOYAMA