「TT」と一致するもの

Kendrick Lamar - ele-king

アメリカンドリームに慎重ながらも楽観的:ケンドリック・ラマーの『GNX 』(2024年)

 昨年の秋、ケンドリック・ラマーのサプライズ・リリース『GNX』は、カリフォルニア出身のラッパーがヒップホップ界の勝者であることを決定づけた。このアルバムは、ラップというジャンル自体について語り、同時に、この情熱的で重要な作品についても多くを物語っている。

 日本でも、ラップの起源やその文化はほとんど神話となって広く知られている。人種的、経済的に疎外された人びとが楽曲をリミックスし、パフォーマンスを通じてコミュニティを形成し、アメリカの都市の裏通り——ブロンクスからシカゴ、ロサンゼルスからマイアミなどなど——から、ときに社会への怒りも表現した。しかしながら、ヒップホップがアメリカ(そして世界中)で主流文化となるにつれ、このジャンルの枠組みやルールは変容している。かつては協力関係やコミュニティを基盤としていたものが、いつしか競争と個人主義を中心とするものになったのだ。

 ある意味ヒップホップの進化は、いわゆる「アメリカンドリーム」というパラドックスを象徴している。この「アメリカンドリーム」もまた、「アメリカでは努力さえすれば何でも達成できる」と約束するという、世界中で知られるほぼ神話的な概念である。だが、実際のところそれはどうだろうか? アメリカでは、資本主義が民主主義と混同されることがしばしばある。この「自由の国」では「お金で投票している」と言われているが、まさに先日の、ドナルド・トランプがイーロン・マスク、ジェフ・ベゾス、マーク・ザッカーバーグといった火星行きの取り巻きを従えて1月20日に大統領に就任した時点で、私たち99%の人びとはこれらの億万長者を打倒するための民主的な力を十分には持っていなかったことが明らかになった。

 アメリカでは、金は「何を成し遂げられるか」という点で価値を持つと考えられる一方で、それ自体が目的になっている。一部の人びとにとっては、金で買えるものよりも、どれだけの額を蓄えられるかのほうが重要なのだ。このことが、なぜラップ文化が主流の商業商品として地位やお金への執着に取りつかれているのかを説明しているように思える。それは、カニエ・ウェストが“The Good Life”で「人生でいちばん大切なものは無料のものだ」と主張していたのにもかかわらず、“I Am A God”では「早くクロワッサンを持ってこい」と怒鳴るようになった理由でもあり、また、ジェイ・Zが「俺はビジネスマンじゃない、ビジネスそのものだ」とラップしたことにもつながるだろう。

 しかし、『GNX』では──ドレイクやその「ロリータ・コンプレックス」に向けた一連のディス・トラック、さらにはP・ディディの醜悪な性的スキャンダルを経て──ケンドリックはラップを使ってこのジャンルが象徴するものへの反旗を翻している。彼はライヴァルたちを、ラップの純粋性を損ねる敵として位置づけ、このアルバムを通じてジャンルの喪失を嘆きつつも祝福し、あるいはその回復を求めているのだ。冒頭の“Wacced Out Murals”という曲において、このメッセージをすぐさま打ち出されている。ここでケンドリックは「みんな怪しい」と宣言し、リル・ウェインやスヌープ・ドッグ(「古臭いフロウ」と批判)など一部のラッパーを名指しで非難する一方で、ドレイクに対してはより間接的に、しかしアルバム全体を通して繰り返し批判を展開している。

 『GNX』には、「White Lives Matter」以前のカニエを思わせる感覚が随所に見られるように思う。まだ彼がプラットフォームをポジティヴな目的で使おうとしていた頃の話だ(『Graduation』の“Everything I Am”で、カニエはこう宣言している——「普通ならこんなことラップしないだろうけど、俺にはこれを裏付ける事実がある/去年だけでシカゴでは600以上の棺桶が必要だった/殺しなんてくだらないクソだ」)。ほかにも、アルバム全体を通じて、キリスト教的な救済のテーマが強く感じられるほか、“Man at the Garden”という楽曲では自分自身への賛辞(「俺にはすべての価値がある」)と、母親への感謝(「そうさ、彼女にはすべての価値がある」)という、カニエ風のオマージュさえも垣間見える。
 しかし、ケンドリックとカニエ、さらには他の現代ラッパーとの違いは、ケンドリックが名声と権力の誘惑に負けなかった点にある。彼はいまもなお、自分の地位を使って「より良いもの」を求めるメッセージを伝え続けている。アルバムの白眉ともいえる“Reincarnated”では、エゴと謙虚さ、そして権力や金銭の誘惑との間で揺れる古典的な葛藤を、驚くほど正直に探求している。ケンドリックは、自らを過去の偉大な黒人の系譜に位置づけ、「俺の人生を捧げて調和のなかで生きることを誓う/多くの人びとは苦しみ、思いは閉じ込められている/そんな敵を俺が作り出してしまったことを恥じている/さあ、いまいる場所を喜び合おう/悪魔の物語を書き直し、俺たちの力を取り戻すために、生まれ変わった」と宣言しているのだ。

 音楽的に見ると、『GNX』は華麗でありながら簡素という二面性を持ち合わせている。これは、成功の頂点に立つ人生の豊かさと孤独感、そして大きな力を持つことに伴う孤立した責任を見事に捉えているように思える。不規則なリズムやケンドリック特有のキャラクターになりきる能力に乗せられて、アルバムの音楽的印象を際立たせるのが、全編を通じて織り込まれた、無名の歌手によるマリアッチのヴォーカルだ。このメキシコ音楽が、ドナルド・トランプが2期目の大統領職に就いてから1週間足らずの状況ではとくに心に響く。その間に、トランプは大量の不法移民を国外追放する計画を公表し、メキシコ湾を「アメリカ湾」に改名することを示唆した。
 とはいえ、こうした歌詞の内容を超えて、『GNX』は包括性へのラヴレターと言えるだろう。これは個人ではなくコミュニティを、個人主義ではなく協力関係を慎ましく祝福する作品なのだ。アメリカは夢見る者たちの国であり、異なる文化の断片がひとつの全体として結集するという実験でもある。ここでは物事は複雑で混沌とし、騒々しく、押しつけがましく、何ひとつ予定通りには進まない。ときには暴力的なこともある。そして、フルタイムで働いても請求書の支払いに苦労し、漫画に出てくるような悪党たちに支配されている政治現状では、「アメリカンドリーム」は悪い冗談でしかない。

 ケンドリックの『GNX』は、慎重ながらも楽観的な祈りのように感じられる。たしかに状況は最悪だ。が、そう、だからこそいまは、正直になって過去の過ちから学び、アメリカのみならずこの世界をより良い場所にするため、私たちに与えられた力を何であれ使うべきときなのだ。

Cautiously Optimistic for the American Dream: Kendrick Lamar’s GNX (2024)

Last fall, Kendrick Lamar’s surprise release GNX cemented the California-based rapper as the winner of the hip-hop game — which says as much about the genre of rap itself as it does about this blistering, important album.

Even in Japan, rap’s origins are so well-known as to be almost mythical: the racially and socio-economically disenfranchised remixing songs, creating communities through performance, and raging against the machine in the back alleys of America’s inner cities — from the Bronx to Chicago to LA. But as hip-hop went mainstream in the US (and around the globe), the parameters of the genre — and the rules of its game — morphed from a foundation of collaboration and community to one of competition and individualism.

In a sense, hip-hop’s evolution represents the paradox of the so-called “American Dream”: another near mythical concept known around the world which promises that you can achieve anything in the USA, so long as you work hard enough. In actuality, though, capitalism is conflated with democracy in America. Here in the “Land of the Free,” we’re told that we “vote with our dollar”— although since Donald Trump was sworn in as president on January 20th with his Mars-bound henchmen of Elon Musk, Jeff Bezos, and Mark Zuckerberg in tow, it’s clear that we 99% didn’t have enough democratic capital to to overthrow the billionaires...

In America, then, money might be coveted for what it can do for us, but often ends up becoming the goal in and of itself. To some people, what money can buy you isn’t as important as how much money you can accumulate. I can’t help but think that this is why rap culture, as a mainstream commodity, is so status and money-obsessed. It explains why Kanye West went from reminding us that the best things in life are free on “The Good Life” to barking at people to hurry up with his damned croissant on “I Am A God.” It’s why Jay-Z rapped, “I’m not a businessman, I’m a business, man.”

But on GNX — fresh off a series diss tracks aimed at Drake and his Lolita- complex, and the hideous sex scandal surrounding P. Diddy — Kendrick uses rap to fight against what this musical genre has come to represent. He frames his rivals as opponents of rap’s integrity, which the album both mourns and celebrates— perhaps even demands. He wastes no time establishing this message, either. On the opening track of “wacced out murals”, Kendrick declares that “everybody questionable,” and calls out some rappers explicitly (like Lil Wayne and Snoop Dog, the latter with his “old-ass flows”), and others — specifically Drake — more implicitly, and repeatedly throughout the entire album.

Aspects of GNX have a distinct feel of pre-White Lives Matter Kanye, when he tried to use his platform for positivity (“I know people wouldn’t usually rap this,” Kanye pronounces on Graduation’s “Everything I Am,” “But I got the facts to back this / Just last year, Chicago had over six hundred caskets / Man, killing’s some wack shit”). There’s strong themes of Christian redemption throughout the album as well, and even a decidedly Kanye-esque homage to both himself (“I deserve it all”) and his mother (“Yeah, SHE deserves it all”) with “Man at the Garden.” The difference, though, between

Kendrick and Kanye— and other rappers of our time— is that Kendrick didn’t fall prey to the siren song of fame and power. He continues to use his status to preach for something better. Perhaps the crown jewel of the album, “Reincarnated” investigates the age-old struggle between ego and humility, and the temptation of power and money, with stunning honesty. Inserting himself into a lineage of Black greats before him, Kendrick promises: “I vow my life to just to live one in harmony now/ You crushed a lot of people keeping their thoughts in captivity/ And I’m ashamed that I ever created that enemy/ Then let’s rejoice where we at / I rewrote the devil’s story just to take our power back, reincarnated.”

Musically, GNX is at once ornate and spare, which captures the lush loneliness of life at the top, and the isolating responsibility that comes with great power. Against some off-kilter rhythms and Kendrick’s signature ability to get into character, though, GNX’s musical stamp might be the Mariachi vocals from a previously unknown singer woven throughout the album. This Mexican music is especially haunting in Donald Trump’s second presidency, which less than a week in promises to deport undocumented people en-mass, and rename the Gulf of Mexico the Gulf of America. Beyond its lyrics, then, GNX is a love-letter to inclusion: a solemn celebration of community over individual, and collaboration over individualism.

America is a nation of dreamers, and is an experiment in separate cultural pieces coming together as a whole. It’s complicated and messy here. It’s loud, it’s in-your-face, nothing runs on time. Sometimes it’s violent. And while the American Dream may seem like a bad joke as people struggle to pay bills working full-time jobs, and while our politics are overrun by comic book-levels of villainy, I dare say that Kendrick’s GNX is a cautiously optimistic prayer. Yes, this is the shit show we’re in, but now is the time to get honest, learn from our mistakes, and use whatever power we may to make something better— in America and beyond.

Brian Eno & Peter Chilvers - ele-king

 先日、観るたびに内容が変わるドキュメンタリー『ENO』の公開が話題となったブライアン・イーノ。映画にまで「ジェネレイティヴ=自動生成」を導入するその徹底ぶりには脱帽させられるけれど、彼が長年にわたり探求してきたそのアイディアのひとつの到達点が、ピーター・チルヴァースとともに開発した2008年のiOS用アプリ「Bloom」だった。
 基調音と最低限の音素材が流れるなか、ユーザーが画面をタップするとそれに応じて新たにサウンドが加えられていくというインタラクティヴなそれは、2018年にARインスタレーション「Bloom: Open Space」へと発展、同年には10周年記念ヴァージョン「Bloom: 10 Worlds」も発売されている。
 その「Bloom」をスタジオ作品として再構築したのが、去る1月31日に配信開始となった『Bloom: Living World』だ(ちなみに、ややこしいが、同作を5分34病の長さにエディットした曲が “Bloom: Small World” で、ようは先行シングルみたいなものだろう、こちらはすでに昨年10月、Amazon Music Originalsでリリースされていて、今回その他のサーヴィスでも解禁されることになった)。
 まあようするに、二度とおなじ体験ができないサウンドをひとつのかたちに固定した『Bloom: Living World』は、イーノの新しいアンビエント・アルバムとして楽しむこともできますよ、と。いまのところYouTube、Spotify、Apple Music、Amazon Musicなどのサーヴィスで試聴可能、ぜひお試しあれ。

Bloom: Living World (Video Edit)

Bloom: Recorded 4th June 2024

BRIAN ENO

ブライアン・イーノとピーター・チルヴァースが開発したジェネレーティブ・ミュージック・プレーヤー「Bloom」がスタジオ作品『Bloom: Living World』としてすべてのデジタル音楽サービスで配信スタート!

ジェネレイティヴ・ミュージックとアンビエント・ミュージックのパイオニアであるブライアン・イーノは、スマートフォンが新しく登場した時にスマートフォン・アプリがもたらす可能性を即座に見抜いた。2008年、彼はソフトウェア開発者のピーター・チルヴァースと共に、あらゆるスマートデバイスで楽しめるジェネレイティブ・ビジュアル・ミュージック・アプリ「Bloom」を開発。様々な受賞歴もあるこのアプリは、イーノのオリジナルの音楽とビジュアルを活用し、ユーザーは画面をタップするだけで精巧なパターンやメロディーを探求することができる。

発表から16年経っても新鮮さと関連性を保ち続けているアプリはそう多くない。長年にわたり映画やテレビで使用され、新機能が追加されながら進化し、2018年には10周年を記念した拡張版「Bloom: 10 Worlds」が誕生。そして同年には、アムステルダムのThe TransformatorhuisでBloom: Open Spaceが開催された。このインスタレーションは、イーノにとって初となる拡張現実(AR)を用いた試みで、ホロレンズを使用しその場でのジェネレイティブな音楽体験ができるものであった。

Bloom: Living Worldは「Bloom」をスタジオ作品として再構築し、1時間の録音に微妙な音のタッチを加えた楽曲。そして、Bloom: Small Worldは、この体験を5分34秒という簡潔な時間に凝縮している。2024年10月にAmazon Music Originalsとしてリリースされたこの作品は、最初の3ヶ月で1700万ストリーミングを突破し、2025年1月31日にはすべてのデジタル音楽サービスでリリースされる。

音楽に合わせて、同じくアプリから生成されたオリジナル・ビデオ編集が行われ、YouTubeの総再生回数は12万回を超えている。

Brian Eno & Peter Chilvers - Bloom: Recorded 4th June 2024
https://youtu.be/uwfudk4jftI

Brian Eno x Bloom - Bloom: Living World (Video Edit)
https://youtu.be/veLbUg6Uatc

各種リンク
https://linktr.ee/brianeno

ブライアン・イーノは、自身のクリエイティブな人生を描いた新作ドキュメンタリー映画「Eno」の中で、それぞれの楽曲を制作する際のアプローチについて、「新しい世界を創造すること」と考えていると説明している。Bloom: Living Worldでは、このアプローチがエレガントかつシンプルに表現されている。

Meitei - ele-king

 日本アンビエント界の人気者、冥丁の新着情報です。2023年にデジタル配信のみで発表されていた「室礼(しつらひ)」が〈KITCHEN. LABEL〉から12インチとしてリリースされます。“立春” “立夏” “立秋” “立冬” と二十四節気をテーマにした作品で、700枚限定の白のカラー・ヴァイナル、発売は3月7日です。
 またこれを記念し、京都と東京ではライヴも開催されます。3月8日(土)@京都文化博物館別館ホール、3月9日(日)表参道WALL&WALL、後者はなんとジム・オルーク石橋英子とのツーマン! 音源とライヴとでは表情が変わる冥丁、未見の方はこのチャンスにぜひ。

冥丁『室礼』(限定12インチ・ヴァイナル)
3/7(金)リリース

デジタル配信のみで発表していた、「二十四節気」をテーマにした冥丁のミニマル・ピアノ・アンビエント作品『室礼』が限定12インチ・ホワイト・ヴァイナルとしてKITCHEN. LABELよりリリース。日本古来の印象をモチーフにしたサウンドで脚光を浴びる音楽家・冥丁が、古の文化を現代に訳しその概念を届ける”WARA”のために制作した楽曲集。

発売日: 2025年3月7日(金)
アーティスト:冥丁
タイトル:室礼(読み仮名:しつらひ)
フォーマット: 国内流通盤12インチ
本体価格 : 4,400円(税込)
レーベル:KITCHEN. LABEL
流通 : p*dis / Inpartmaint Inc.
*限定700枚プレス
*カラーヴァイナル(ホワイト)
https://www.inpartmaint.com/site/41084/

冥丁 『室礼』 TOUR
3/8(土)京都・京都文化博物館 別館ホール
3/9(日)東京・WALL&WALL

MORE INFO : Inpartmaint Inc.
https://www.inpartmaint.com/site/41061/

失われつつある日本の情緒を再解釈し新たな音の領域を構築する広島在住のアーティスト冥丁が、日本の「二十四節気」をテーマにしたミニマル・アンビエント作品『室礼』の限定12インチ・ヴァイナルの発売を記念した国内ツアーを東京・京都の2都市で開催!

DESIGNED BY RICKS ANG (KITCHEN. LABEL)

【京都公演】
■日時:2025年3月8日(土)開場 17:30 / 開演 18:00
■会場:京都文化博物館 別館ホール(京都市中京区三条高倉)
■料金:前売 ¥5,000 / 当日 ¥5,500 (全席自由/税込)
■出演:冥丁
■チケット販売
LivePocket
https://t.livepocket.jp/e/20250308_meitei
■主催・お問い合わせ:night cruising
https://nightcruising.jp/
E-Mail: info@nightcruising.jp

Tel: 050-3631-2006(平日12:00-18:00)

【東京公演】
冥丁/ジム・オルークx石橋英子 -a part of ”室礼” Tour-
http://wallwall.tokyo/schedule/20250309_meitei_jimorourke_ishibashieiko/

■日時:2025年3月9日(日)開場 17:30 / 開演 18:30
■会場:WALL&WALL(東京都港区南青山3-18-19フェスタ表参道ビルB1)
■料金:
前売 ¥4,000 +1drink ¥700[販売期間:3/8 18:00まで]
当日 ¥5,000 +1drink ¥700[販売期間:3/9 17:30〜]
■出演:冥丁 / ジム・オルーク×石橋英子
■チケット販売
e+(イープラス)
https://eplus.jp/sf/detail/4258470001-P0030001
■主催・お問い合わせ:WALL&WALL
http://wallwall.tokyo/
E-MAIL : info@wallwall.tokyo
TEL:03-6438-9240

Yetsuby - ele-king

 韓国のエレクトロニック・デュオ・Salamandaの一員としても知られるDJ/プロデューサーのYetsuby(イェツビー)が、アルバム『4EVA』を3月26日にイギリスの〈Métron Records〉の新たな姉妹レーベル〈Pink Oyster Records〉よりリリースする。

 サラマンダ自体はベッドルーム的なサウンドスケープにもとづいたアンビエント~エレクトロニカに近接した作品をいくつかリリースしているが、メンバーのUman ThermaとYetsubyはそれぞれがDJとしてもソウルのクラブ・シーンを大いに盛り上げており、Umanはマシンドラムの韓国公演を、Yetsubyはエヴィアン・クライストの韓国公演をサポートするなど、ローカル・プレイヤーとしても支持を得ている(昨年11月にはAlbino SoundとRomy Matsたちによる〈解体新書〉へ、ふたりともDJセットで来日していました)。

 本作『4EVA』はレフトフィールド・ベースやブレイクビーツ、フットワーク、ジャングル、IDMといったジャンルを横断的に織り交ぜたコンテンポラリーなクラブ・ミュージックがヴァラエティ豊かに収録された内容となるようだ。先行シングルとして収録曲〝Aestheti-Q〟も先行公開中。

Teebs - ele-king

 〈Brainfeeder〉のティーブスが約12年ぶりとなる来日を発表している。2月21日(金)に渋谷・WWW Xにて開催されるイベント〈4D with Teebs + Yuma Kishi〉に出演。空間/映像表現にスポットを当てるイベントシリーズ「4D」の特別編として、みずから開発したAIを用いた表現をおこなう現代美術家・岸裕真とのコラボレーションとなるようだ。

 本公演はメイン・フロアの全出演者がオーディオ・ビジュアル・セットでのライヴを披露する特別な内容となり、日本からはDaisuke Tanabe + Reiji Saito、E.O.U + jvnpey、Friday Night Plans + Leo Iizukaが出演し、ヴェテランから新星までが出揃う形となる。また、WWW Xのサブ・フロアとしてしばしば開かれる4階フロアにもさらなる出演者の追加が予定されているとのこと。こちらは後日発表となる。

 前売チケットはすでに発売中。さらなる公演詳細については下記を参照いただきたい。

4D with Teebs + Yuma Kishi

2025/02/21 FRI 17:00 at WWW X
U23 ¥3,000 / ADV ¥3,800 / DOOR ¥4,300 (+1D)
TICKET: https://t.livepocket.jp/e/20250221wwwx

LIVE A/V

Teebs [LA / Brainfeeder] + Yuma Kishi
Daisuke Tanabe + Reiji Saito
E.O.U + jvnpey
Friday Night Plans + Leo Iizuka
(+ 4F FLOOR TBA)

協賛: Cyran

Teebs [LA / Brainfeeder]

 長年にわたりTeebsは完璧なアーティストとしての地位を確立してきた。圧倒的なユニークなスタイルで、彼のアイデアは、エーテルの曇った隠された領域から、媒体を通してキャンバスにまっすぐ流れてくるようだ。プロデューサーとして、また画家としてのスキルを反映した彼のプロジェクトは、完璧な一貫性を持ち、人を彼の創り出す世界に深く引き込む。何層にも重なり、果てしなく瑞々しいTeebsの音楽は、超現実的な方法で心と体に語りかけ、最終的にはリラックスし、好奇心と戸惑いを同時に残す。My Hollow Drumコレクティブ、Dublab、Low End Theoryをルーツに持つTeebsは、ロサンゼルスの音楽界を代表する存在だ。Flying LotusのレーベルBrainfeederのレーベルメイトの協力のもと、彼は間違いなくLA内外から進化し続ける多くの新しいサウンドにインスピレーションを与えてきた。Brainfeederからの2枚のフル・アルバムと1枚のミニ・アルバム、DaedelusやJeremiah Jaeらとの複数のスプリット・アルバムやコラボレーションEP、My Hollow Drumからの2枚の限定CDなど、過去9年間にリリースされた作品には畏敬の念を抱かせている。また、ビートのパイオニアであるPrefuse 73と共にSons of Morningの片割れでもある。

 2010年に絶賛されたデビュー作「Ardour」に続き、Teebsは「Collections」(2011年)、「Estara」(2014年)、そして5年間の活動休止を経て2019年に最新アルバム「Anicca」をPanda Bear (Animal Collective)、Sudan Archives、Ringgo Ancheta aka MNDSGN, Miguel Atwood-Ferguson, Anna Wise等の多くの音楽仲間の協力を得てリリースしている。

https://www.instagram.com/teebs__

eat-girls - ele-king

 「それってたんにおまえの好みだろ」と言われてしまわないためにも、これからイート・ガールズがいかに素晴らしいかを説明しなければならない。自分で言うのもなんだが、ぼくはイート・ガールズをかなり気に入っている。そのアルバムは、以下のバンドが好きな人には必聴である。ザ・レインコーツのセカンド、ダブをやったときのザ・スリッツ、アント・サリー、ポカホーンテッド、スティル・ハウス・プランツ……ハルモニアやクラスター的なエレクトロニックなアプローチも見受けられるが、しかし上記のどれとも違っている。ただ、発売レーベルがドイツの〈ビューロー・B〉(クラスターなどのリリースで知られる)は偶然ではない。さあ、説明するぞ。

 イート・ガールズが良い理由、そのひとつはすぐに言える。『アレア・シレンツィオ』とは、優れたポスト・パンク再評価である。既述したザ・レインコーツのセカンド(1981年の『オディシェイプ』)は、コーラジュやダブを応用した当時としては実験作だった。ヴァース/コーラスというポップソングの慣習的な構造を解体したという点で、その後のポスト・パンクに多大な影響を与えた『アンノウン・プレジャー』や『メタル・ボックス』といったインパクトとは別のアプローチによってサウンドの冒険を具現化したアルバムである。いまでこそ評価されているが、リアルタイムでJDやPILと同じように大絶賛されたかと言えば違った。ザ・スリッツのよりダビーな作品は、エイドリアン・シャーウッドがリミックスした“マン・ネクスト・ドア”(1980)だが、これもまた両雄たちのような賛辞があったわけではない。この路線の同胞には、最初期のスクリッティ・ポリッティの“スカンク・ブロック・ボローニャ”(1978)がある。
 これらポスト・パンクにおけるミニマリズムとダブの密約めいた神秘的な音響工作は、当時のほんの一瞬のカルトに留まり、ザ・レインコーツもスクリッティ・ポリッティもそれを続けて発展させようとはしなかった。イート・ガールズは、1980年あたりのUKポスト・パンクがわずかに試み、忘れられたそうしたダブの応用(On-Uのインダストリアル路線でもジャマイカ路線でもない)を引っ張り出して、それがまだ拡張可能なスタイルであることを証明している。チープなドラムマシン、反復するベースライン、モノトニーなヴォーカリゼーション、冷たいギターという、言うなればポスト・パンクの常套手段を踏襲し、自分たちのサウンドを模索することは決して安易ではないが、それを具現化しているのがイート・ガールズのデビュー・アルバム『アレア・シレンツィオ』なのだ。

 ザ・レインコーツは方向転換したがうまくいかずバンドは消滅し、スクリッティ・ポリッティは態度を反転させ、その数年後にはコマーシャル路線へと突進した。これが意味することは、ポスト・パンクにおける音響実験が数年後、いかに袋小路に陥っていたかという話だ。サウンドを更新したことが新しいリスナーを増やすことには繋がるとは限らない。伝統的なヴァース/コーラス形式を好むリスナーがその当時も多かったことは、インディ・ロックの興隆やポール・ウェラーのような人の音楽が人気だったことを鑑みればあきらかだ。しかし、21世紀の現在、スティル・ハウス・プランツやイート・ガールズのようなバンドは、すでに終わったその頃の実験を完全に甦生させている。

 イート・ガールズは、フランスのリヨンで暮らすアリサとエミリで2021年に始動し、アルバムはマクサンスが加入した三人で制作された。スティル・ハウス・プランツよりもキャリアは短いが、本人たちいわく「昆虫学者の忍耐力をもって」ここに到達したそうだ。少なくとも「アシッド・トラックス」のように遊んでいたら偶然生まれたものではないことはたしかだ。そのサウンドはアトモスフェリックで抑揚がないとはいえソングライティングにはメロディがある。ここではエレクトロニックの要素も重要だが、三人いっしょに歌っている感じも良いし、ザ・レインコーツ直系とも言える飾り気のなさ、普段着なのも良い。無理してセクシャリティを見せつけることもないしがんばって人目をひくヴィジュアルをしたためることもない
 そして冒頭の “On A Crooked Swing” から全開の気怠さ……どんな競争や狂騒からも滑り落ちていくような感覚がたまらない。バンドはそれを没入感有するサウンドに仕立てているわけだが、 なかでも“Canine”という曲が白眉だ。「あなたが私に電話したので、私は恐くなって地下鉄のレールの上に落としてしまった/パンケーキが焼ける匂いのなかで愛し合ったのがまるで昨日のよう/いや、違う。私は誰も愛していない」
 英語で歌っている曲が多いが、スペイン語のパンク・ダンス・ソングで、マラリア!を彷彿させる “Para los Pies Cansados(疲れた足のために)” なんていう威勢の良い曲もある。
 アルバム名はイタリア語で、その意味は「静かなエリア」。ヤング・マーブル・ジャイアンツ風の静寂は、アルバムの多くに、こと“earthcore”なる曲に受け継がれている。それは眠たい目をこすりながらパジャマのまま世界を眺める不快感にも似ているが、“Trauschaft”なる曲の荒削りの疾走感でアルバムが締めくくられるとき、リスナーは自分の世界が少しだけ、でも確実に広がった気持ちを抱くだろう。

aya - ele-king

 aya——2021年年末のデビュー・アルバム『im hole』のインパクトがいまだに忘れられない人も多いでしょう。そこで、嬉しいニュース。待望のayaのセカンド・アルバム『hexed!』が出るのですが、これ、期待にじゅうぶんに応えている。2025年、動き出しています……

 以下、レーベル資料から

 『hexed!』は——ayaのセカンド・アルバムは依存の絶望と崩壊に真正面から向き合う。内面化された恐怖症や抑圧されたトラウマが、かつて2021年の『im hole』でロマンティックに描かれた廊下や“ゴールデンアワー”をさまよう。夜通しのアフター巡りやキー・バッグの輪の中に隠された白昼の悪夢。『hexed!』とは、ayaがその明かりを灯したときに起こるすべてのこ。。
 私たちは早朝からクラブに押し寄せ、最初のシングル「off to the ESSO」をリリースした。ラップの歌詞は、チューブラインやライフラインを包み込む弾力性のあるもので、蛇行するベースの揺れはドラッグ中毒者の欲望の道を切り開く。全盛期のHatebreedがKevin Martinのミキサーにかけられ、ハードダンスフロアへと召喚されたサークルピット。クィアな献身の甘やかな果実——「リンゴを半分に切って / 交互にかじりながら午後を過ごす」——はゆっくりと腐りゆく。互いの“sic(病)”を育みながら、自傷のサイクルに絡み合うカップル。“peach”はBDSMコアであり、マルキ・ド・サド装置としてのayaは、プログラムされた鞭で主人と奴隷の二元論を斜めに叩く。一方で彼女は痰を絡ませながら呟く“navel gazer”。鼻から漏れるephlegmera(痰とエフェメラ)、皮肉たっぷりのワードプレイ、そして過渡期以前の過去が、濃縮されたBASSの魔法釜のなかで煮えたぎる。
 “heat death”は静的/静止の黒ミサで、その熱狂的なパニック発作は崇高なものとの交わりを引き起こす。それは“hexed!”と“The Petard is my Hoister”においてフーガのようなノイズを伴いながらドローンの不協和音として響き渡る————まるでPortalやKralliceを生み出した虚無が吐き出したかのように。パルサーの爆発を呼び寄せ、重厚なブラスを打ち鳴らすayaは、暗黒の玉座にまたがっている。ガシャガシャと鳴る打楽器、錆びついた軋み、闇の中の囁き——“droplets”は、まるで95〜99年のSlipknotを息苦しいTotal Freedomのエディットに押し込めたようなものだ。敗血症を患ったIncubusが巣食うこのニューメタルの物語は、かゆみを伴い、煮えたぎり、膿み、息づいている。ayaが再訪するのはヨークシャーの村で迎えた悲しい11月、あの10代の記憶だ。
 反抗的なDeftonesのメロディが解放へと導く。それは、エンジェルダストの注射のように、彼女の“vaynes”から毒の泥を洗い流していく。引き裂かれる喉が叫ぶ“Time at the Bar”ではBABYMETAL的な「カワイイ」が交差する。(sl)ayaは、郊外の退屈な2.4人家族的均質性に呪いの乾杯を捧げながら、ジェットコースターのようなJoey Jordisonのドラムソロ、SOPHIEのウォータースライド、テク・ガバ・グラインドのドッジム(バンパーカー)の pileup、そしてトリルを響かせるArca-deゲームの中を駆け巡る。彼女は、捨て去られた自分の亡霊たちの首を掲げ、金属的すぎるブラストビート/ブレイクビートの左手の小道へと分岐する——

aya
hexed!

Hyperdub – March 28, 2025
HDBDLP069 – LP / Digital

FKA twigs - ele-king

 00年代前半、サウス・ロンドンから勃興したグライムは警察権力の介入を何度も受けていた。建前は暴力の取締りで、本当のところは人種差別が根底にあったとされている。同時期にシェフィールドではグライムと同じくUKガラージから派生したベースラインが同じ憂き目に合っていた。具体的にはベースラインの中心地だったクラブ、ザ・ニッチ(the Niche)が05年に強制捜査の末に閉鎖され、4年後に再オープンしたものの、19年には完全に閉鎖へと追い込まれている。グライムはパーティやイベントを行う際に主催者の個人情報をすべて警察に提出し、想定される客層の人種も報告しなければならなかったものが、09年までにはそのような規約が表面的には撤廃されると発表されただけで、実際には似たよう措置が続けられたため、「家で聞くグライム」が提唱されたり、USヒップホップと結びつくことで過剰にマッチョ化するなど音楽性に多大な混乱をきたしたのに対し、ベースラインは10年代に入るとハウスの比重を増した音楽として生き残りを図ったことで急速に退屈な音楽になってしまう。ペイルフェイスやビッグ・アング(Big Ang)が生み出した魅惑のチューンは08年を境に雲散霧消し、グライムのように粘りに粘ってナショナル・チャートに届く曲を生み出すどころか立ち消えとなってしまったのである(ちなみにグライムの騎手だったディジー・ラスカルがやはり08年にベースラインのリミックスを含む “Dance Wiv Me” をリリースしたことはちょっとした驚き)。

 流れを変えたのは05年に艶やかな “Rider / Random” というヒット・チューンを出したDJ Qが、ザ・ニッチのクローズする2年前に『Pure Bassline』と題してベースラインの新曲をまとめたミックスCDをリリースしたこと。どん底に落ちていたベースラインはここから徐々に息を吹き返し、21~22年にはパーリス『Soaked in Indigo Moonlight Can You Feel The Sun』、シャイガール『Nymph』、ヴィーガン(Vegyn)『Don't Follow Me Because I'm Lost Too!! 』と、ベースラインを少なからず取り入れたアルバムが立て続けに話題をさらう。さらにトゥー・シェルが同じ22年にビッグ・アング “Bassline Burn” を高速にしたような “Home” をリリースし、これがアンダーグラウンドで大注目を浴びる。あるいは独特の音楽性に落とし込んだクラップ!クラップ!『Liquid Portraits』やイオマック(Eomac)『Cracks』、ハードで高圧的なコード9 “The Jackpot” や誰よりも官能的で豊かな感性を覗かせたジョイ・オービソン “Pinky Ring” と一気にイノヴェーションが進み、昨年はスペシャル・リクエスト『Portal 1』にソウル・マス・トランジット・システムによる “Hectic” のベースライン・リミックスがフィーチャーされるなど他ジャンルへの侵入も止まらなくなっている(トゥー・シェルのデビュー・アルバムも昨年末にリリースされ、ダークな方向性をUKファンキーに示唆した)。

 FKAツイッグスことダリア・バーネットがコロナ禍にリリースしたミックステープ『Caprisongs』(22)は、こうした動きに反応し、あからさまに “Home” を意識した “Pamplemousse” をはじめ、多少のひねりを加えた “Jealousy” や “Darjeeling” でベースラインを取り入れ、これまでのスローな曲調とは異なったモードを展開。シンプルな構成でそれほど多くは音が重ねられていなかった『Caprisongs 』を青写真と捉えるなら、こうしたシフトをアルバムの半分近くまで増大させたものが新作の『Eusexua』で、これはストレートな発展形と捉えることができる。ベースラインに振り切った動機は映画『ザ・クロウ』の撮影のために訪れたプラハで経験したクラブの一夜が素晴らしかったからだと本人はコメントしているけれど、ベースラインに対する興味は『Caprisongs』ですでに始まっていたのであり、プラハでの一夜はこれを確信に変えたということなのだろう。バーネットのダンスはモダン・バレエに基づき、ここ数年、ヴォーグやヴァレンティノのショーで展開してきた体の動かし方を彼女自身が「体は芸術」だとする考え方に具体性を与えるものだったとしたら、プラハでの一夜はおそらくクラブでひたすらダンスに没頭することにあったのではないかと考えられる。最終的にMVに落とし込まれる段階では投影されることはないにしても、モダン・バレエにストリート・ダンスを組み合わせてきた彼女の価値観とは異なる体の動かし方に音楽性も影響を受けて、簡単にいえばいままではあり得なかったテンポに『Eusexua』は染まっているのである(『ザ・クロウ』のリメイク作はちなみに『ゴースト・イン・ザ・シェル(攻殻機動隊)』を撮ったルパート・サンダーズ監督の3作目で、FKAツイッグスがヒロイン役を務めたホラー映画)。

 オープニングからまるでトランスである。『Eusexua』にはアディショナル・プロデューサーとしてトゥー・シェルの名が5曲でクレジットされていてUKガラージのカラーを強めようという意図は明確だけれど、タイトル曲となるオープニングは筆頭プロデューサーとしてアースイーターが起用され、このところエシリアル(エーテル)と形容されることが増えた優美で幽玄な雰囲気を出すことに成功している。バス・ドラムの位置が少しだけずれているのでさすがにトランスとは同じではないものの、スロー・テンポで官能性を際立たせることが多かったバーネットがテンポを加速させてもこれまでと同様に官能性を導き出そうとする姿勢には一貫性というよりもはや業のようなものを感じてしまう。「私は空を飛んでいる、言葉にはできない、私もあなたも孤独ではない」と歌う “Eusexua” は多幸感を意味するEuphoriaにsexを混ぜ合わせた造語だそうで、マイアミの男性ストリッパーたちを描いた映画『マジック・マイク』にマイケル・ジャクソン “Thriller” を掛け合わせたようなMVは彼女の多幸感に対するイメージがそのまま投影されているようで、ちと怖い。

 前述した “Pamplemousse” は少しテンポを落としただけで “Room Of Fools” や “Perfect Stranger” にあっさりと生まれ変わっている。ベースとコーラスがアップテンポのまま同期し続けている感じはベースラインというよりもはやスピード・ガラージまで戻った感もあり、悪くいえば “Home” にバーネットのヴォーカルとブレイクを加えただけの前者にはトゥー・シェルを中心に元ブロウ・モンキーズのモーリス・デ・フリースも参加(デ・フリースはビヨークやU2でキーボードを弾き、ネリー・フーパーと組んでソング・ライターのチームとしても活躍)。後者のプロダクションにはリアーナとのロング・コラボレイターでUSヒップホップとの絡みも多いノルウェーのスターゲイトとカニエ・ウエストの人脈からオジヴォルタ(ojivolta)が参加している(ちなみに週刊誌的な話題としてはカニエ・ウエストとキム・カーダシアンの娘、ノース・ウエストが “Childlike Things” にヘンな日本語ヴォーカルで参加)。デビュー当初から凝りに凝ったプロダクションで攻めてきたバーネットが「あなたが何者でも構わない、気にしない」と簡単なことしか歌わない “Perfect Stranger” のようなシンプルな曲を乱発するわけもなく、 “Keep It, Hold It” では前半と後半で曲調が変わり、早くもベースラインをそのままでは扱わなくなっている。なんというのか、2ステップとアンビエントを交互に配しながらいきなりベースラインで走り出すというイビツな構成で、何回も聴くと慣れてくるけれど、最初はなかなか曲のイメージがつかめない不思議な曲である。それこそこの人は音楽をナラティヴなものとして捉えている時に力を発揮するタイプなのだなと強く思わせるものがあり、このままシンプルなガラージのアルバムをつくる方向には進まないだろうということを確信させる。 “Keep It, Hold It” にはアディショナル・プロデューサーとして『Magdalene』から引き続きニコラス・ジャーが参加。また、同曲はFKAツイッグスのバック・バンドでキーボードを担当するカリ・マローンではなく、なぜかケリー・モーランがピアノを弾いている。

 “Keep It, Hold It” のようなヒネリはやはりバーネットがアルカやOPN、最近だとレヤ(Leya)やメキシコのアヤ・アイルランドといったグロテスクな価値観を担ってきた存在だからこそ生じる表現なのだろう。グロテスクの向こうに美を見るというのが彼女の理想だとしても、『Eusexua』を飾るヴィジュアルやヴィデオにはやはりバッド・テイストが過多で、どこかホラーじみたものさえ漂っている。レイプされた女性たちが破れた衣装のままランウェイを歩くというファッション・ショーで一躍知名度を得たアレキサンダー・マックイーンが生きていたら必ずやコラボレーションが成立しただろうと思ってしまう彼女の美意識は、しかし、もしかしたら現在、シャイア・ラブーフのDVを告発して係争中の裁判からヒントを得ている可能性もなくはない。スピルバーグの秘蔵っ子として知られ、『ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男』ではマッケンロー役を見事に演じたラブーフはアルコール依存症で何度も社会的地位を失いかけ、ダコタ・アクセス・パイプラインの建設運動やトランプへの抗議活動で逮捕されたりと私生活があまりに波乱万丈であり、バーネットと数ヶ月の交際の間にもレイプや虐待があったとして1000万ドルの賠償請求を起こされている(2人のスケジュールがあまりに忙しすぎて一回も公判が開かれていないというニュースを読んでからもだいぶ時間が経っている)。バーネットの訴えにはラブーフから性病を移されたという項目もあり、『Eusexua』のダーティでナスティなヴィジュアルを見ていると、どうしてもそのことが頭をよぎってしまう。むしられたようにしか見えない髪型や奴隷のような出で立ち。支配と非支配の転倒や幸福への違和感。真意はわからないけれど、黒人奴隷を鞭打つ時にどこかSM的な快楽とダブらせて表現するなど政治的なテーマと性的な文脈をわざと混乱させて描くスティーヴ・マックイーンとは妙にイメージが重なり、ここ最近のイギリスが生んだ黒人の才能という意味でFKAツイッグスとスティーヴ・マックイーンには同時代的な感性が共通点として存在していることは間違いない。

 『Caprisongs』からあらかた削ぎ落とされたヒップホップの要素をカヴァーするように『Eusexua』にはまた、イーノのアンビエントを思わせるのイントロの “24hr Dog” や、かつての “Water Me” を大袈裟にしたような “Sticky” など奇妙な変化球もそこかしこに挟まれ、大幅にベースラインを取り入れたアルバムという印象は持たせない。メジャーもアンダーグラウンドもない人選の嵐は続き、長い付き合いとなるメイン・プロデューサーのコアレスとビッグバンのG-ドラゴンが組んだ “Drums of Death” はなかでもかなり異色で……こういうのはなんていうのだろう……わからない……ので省略。オーケストレーションをふんだんに加えた “Striptease” 、カラフルなトリップ・ホップの “Girl Feels Good” 、カントリー・ソウルで締められる “Wanderlust” と、とにかく曲調は多岐に渡り、それでいて支離滅裂ではなく、むしろ統一感はありまくる。何よりも自分の美意識を優先した結果、自然とそうなったとしか思えないし、これまでやってきた音楽性とは正反対ともいえるベースラインを自分の感覚に引きずり込んでしまう力技はやはり大したものである。

Lambrini Girls - ele-king

 ランブリーニ・ガールズという、遊び心と反抗心、快楽とアイロニー、および現代英語圏の若者言葉のセンスが込められた名前(洗練されていない、大衆的で安物アルコールを飲んでいる少女たちといったニュアンスで、いかにも英国風のウィットがある)を名乗るブライトンのパンク・バンドのデビュー・アルバムが英国で話題になっている。最近の流れでいえばニュー・オーリンズのスペシャル・インタレスト、あるいはメルボルンのアミル・アンド・ザ・スニッファーズなんかのパーティのりにも似ている。怒っているが、楽しんでもいるのだ。この享楽性は、世のなかが暗くなると、とかく禁欲的になりがちな日本にはちょうどいいかもしれない。

 とくに目新しいトピックはないものの、ポジティヴなメッセージがアルバムを通底し、「えー、それ言っちゃうの」みたいな言い方や現代の若者スラングが多そうなので、歌詞がわかるとより楽しめるのだろうけれど、バンド(中心はヴォーカル兼ギターのフィービー・ラニーとベーシストのリリー・マシエラ)の気迫およびユーモアはサウンドだけでもじゅうぶんに伝わってくる。とにかくむちゃくちゃ威勢がいい。ライオット・ガールの影響を受けていることは言われなくてもわかるけれど、この、エクレクティックではない一本調子のサウンドがいまは新鮮に聴こえるから不思議だ。

 そしてアルバムを聴きながら、どういうわけかぼくはここで、1990年代の英国にオアシスというバンドがいたことを思い出した。彼らがすごかったことのひとつに、自分たちの主要な影響源をビートルズとピンク・フロイドの『ザ・ウォール』であると堂々と言ったことがある。あの当時の英国インディ・ロック・バンドは、プライマル・スクリームがいい例だが、音楽に詳しかった。ジョン・ライドンが音楽マニアでレゲエやクラウトロックの知識を持っていたように、ジョニー・マーには60年代ポップスの知識があった。トニー・ウィルソンいわく「なぜマンチェスターから良いバンドが出てくるのか知りたければ、彼らのレコード棚を見ればいい」
 この流れにオアシスというのは、いま考えると一周回って面白い。男らしさというか潔さというか、オアシスはポスト・パンクからのひとつの流れ、頭でっかちでナードなところを遮断した。彼らはビートルズの青盤/赤盤しか知らなかったという説もあって、実際にはストーン・ローゼズやセックス・ピストルズの影響も受けているからそれはさすがに都市伝説だろうが、それにしてもベタだ。そして、わずかそれだけの影響であれだけ良い曲を作れたのだから、やはり突出した才能があったのだろう。

 デジタル時代の英国のインディ・ロック・バンドたちは、じつに広く、20世紀の若者にはあり得なかったほど、いろんな過去の音楽をよくご存じだ。マニアックな音楽からメインストリームの音楽、ジャンルを問わず英米以外の音楽も分け隔てなくフラットに聴いている。もう、オアシスのようなバンドが出てくる可能性はだいぶ低いが、こんな状況だから、ぼくは一本調子のサウンドで押し切るバンドに対して奇妙な関心を抱くようになってしまったのである。(*)

 ずいぶんと話が脱線してしまったが、ランブリーニ・ガールズの『Who Let the Dogs Out(こいつらを連れてきたのは誰だ)』は、ひょっとしたら、オアシスのような男性的な男性バンドをおちょくってもいるようにも思われる。が、しかし日本人のぼくは、ここに同じような英国風「やったれ」感を感じてしまう。偏見かもしれないけれど、ぼくはその英国風「やったれ」感が好きなのだ。まあ、だからといって、それをサッカー場やパブなんかでビールを片手に壁を作る労働者階級の男たちを連想させるオアシス的世界のZ世代ヴァージョンとはさすがに言いません。まったくあの感じではない! スリーフォード・モッズのようにここには「泣き」はないし、ウィット重視で、爽快なまでに一本調子のサウンドで走り抜いている。とはいえ、曲のヴァリエーションのなかにエレクトロニックな要素も入っていて、ひょっとしたらこの先ダンス・ミュージックよりの展開を見せるかもしれない。現時点でもアゲアゲで、スピーディーで、パーティな感じ全開だし。

 まあ、なんにしてもトランプ政権が世界に与える文化的影響を思えば、このぐらいの先制パンチは必要だろうと、しかしねぇ……「抗議し、デモをやって、労働組合を結成しろ」とか「グレート・ブリテイン、マジにそう?」とか、「ケイト・モスが私の人生を台無しにした、クソ、炭水化物を食べさせろ」くらいならまだしも、「デカチン・エネルギー、デカチン・エネルギー、ねえ、私から離れてくれる?」「 上司が私をファックしたがっていることを無視して笑おう」──男らしさを罵倒し、富裕層に牙をむくランブリーニ・ガールズだが、たまに出てくるその下品な表現がSNSに散見される罵詈雑言とどこが違うのかぼくの英語力では判別つかない。過去に男性ロッカーが同じようなことをやってきてはいるが、しかしスラヴォイ・ジジェクが言うところの「猥褻なものが公の場に浸透」している現在。「礼儀正しさ」や「誠実さ」が却下され、勝利に酔った下品な笑いがこだまするこんにちにおける口汚い抵抗に、このおいぼれは一抹の危うさを覚えている。それでもいまは、パンク好きのひとりとして、この音楽にほとばしっているエネルギーに一票入れたいと思う。

(*)ちなみに、オアシス以前にパンク以降の若いバンドがその影響源として「ビートルズ」の名前を大々的に出したバンドはおそらくいない(テレヴィジョン・パーソナリティーズがアルバム名で使っているくらいじゃないかな)。みんなビートルズの偉大さは知っているけど、大き過ぎてそれを影響として言うのはちょっと違うかなと思っていたのだろう。


【2月4日追記】
2月1日、ロンドン中心部では「極右を止めろ(STOP THE FAR RIGHT)」デモに約5,000人が集まった。これは、同日おこなわれた「トミー・ロビンソン」(極右活動家)を支持するデモ(こともあろうか、ザ・クラッシュの“ロンドン・コーリング”が演奏されたらしい)に反対するためであり、LGBTおよび人種差別、そしてファシズムへの反対集会だった。ランブリーニ・ガールズは、この集会でスピーチした。

パソコン音楽クラブ - ele-king

 大成功を収めた〈Boiler Room Tokyo〉の誇張されきった世界観については、別段良いとも悪いとも思わない。ただ、プラスの影響と懸念すべき点が表裏一体となって現行のクラブ・シーンに大きな刺激を与えているのは事実ではあると思う。そういうお客さんを毎週のように間近で観測しているし、それをきっかけにクラブに通いはじめたユースが徐々に別の分岐点に立ちはじめているような気配もする。でも、とりあえずは、語るべき言葉がスッと出てこないおとぎ話のようなクラブ像についてより、今昔どちらから生まれた物事にも等しくまっすぐ愛情を注ぐような、地に足のついた作品の話をしようと思う。

 パソコン音楽クラブは、かつては空想を抱えて逃避する先であり、いまは社会インフラそのものとなった(そして耐用年数を迎えはじめ荒れ果てている)インターネットから出発し、今年で結成10年を迎える電子音楽ユニット。彼らが昨年夏にリリースした5thアルバム『Love Flutter』は、結成当初から掲げてきた「DTMの新時代が到来する!」というポップなキャッチフレーズの残り香はそのままに、よりディープに身体性へと訴えかけるような気概を感じさせる、ダンス・ミュージックへ真正面から挑戦した意欲作だった。ただ、より硬質なサウンドを追い求める一方で、本作においても引き続きユニットの根底にあるポップ・センスは存分に発揮されてもいる。コロナ禍の真っ只中にリリースされたアンビエンスを感じさせる3rdアルバム『See-Voice』にて徹底的に内面と向き合った際にも薄皮一枚でポップス「でも」あることは保っていたし、終息直後のタイミングでリリースされた4thアルバム『FINE LINE』では一転して切なさすら感じさせる全力のポップ・センスを発揮していた。

 しかしながら、本作『Love Flutter』は上述したようなポップさを残しつつも、決して全面には押し出さず装飾として機能させることを徹底した仕上がりになっていることが特徴的だ。それはおそらく、パソコン音楽クラブが長きにわたる活動のなかで宅録的な音像の持つ繊細な温かみから、サウンドシステムで鳴らされることに耐えうる強固な音像へと接近していったこと、そしてなによりメンバー両名が30代を迎えて「大人になる」決意を固めたことが関係しているように思える。「キッチュなポップスから卒業」する必要はもちろん一切ないけれど、そこに終始するだけでは伝わるべきことも伝わらない、ということは、同年代の自分にも痛いほどわかる。だからこそ、強い共感をもって本作を聴き、いまの彼らのライヴを観て、DJセットにも積極的に組み込んでいる。これはある種、未来を見据えた決意表明のような作品でもあるのだろう。

 客演に参加したCwondo(No Buses)、柴田聡子tofubeats、MFS、Mei Takahashi(LAUSBUB)、Haruy、Le Makeupといったヴァラエティに富んだ面々が辣腕をふるったトラックでは、これまでのパソコン音楽クラブの辿った足跡と、その過程でひたすら研ぎ澄まされていった「J-POP/邦楽的なエッセンスを電子音楽に昇華する」という彼らの持ち味が両立しきっている。だから、これらをピックアップして一聴するだけでも、いままでのファンとこれからのリスナー双方を満足させる仕上がりであることは伝わるはずだ。

 ただ、本作『Love Flutter』の本懐は決してそこではない。制作において主に使用されたのは、いままでのパソコン音楽クラブのシグネチャー・サウンドであったローランド・SC-88Proに代表されるPCM音源モジュールではなく、ブックラやムーグのモジュラー・シンセサイザーであったという。モジュラー・シンセサイザーにはその性質上、使い手の想定外のサウンドが発生しうる。そうした偶発的に生じる揺らぎを、生の楽器の細かなチューニングの差異のように取り入れ、時には鍵盤を手弾きして、フィールド・レコーディング的なサンプリングも実践してみる、といったアプローチから、ダンサブル=身体的、といった短絡的な解釈にとどまらない「音楽的な身体性」を随所に散りばめることに成功している。それは、10年を通した活動のなかでパソコン音楽クラブが円熟期を迎えはじめていることの証左でもあるだろう。

 リファレンスとまではいかないものの、本作の制作過程でふたりがよく聴いていたのはオーヴァーモノフローティング・ポインツフレッド・アゲイン‥ボーズ・オブ・カナダといったアーティストだったという。そうした面々にも電子音的な「揺らぎ」という成分が作風を下支えする要素として共通しているし、そのようなサウンド・デザインに邦楽らしさを残しつつも漸近しているという点も興味深い。ごく個人的なハイライトは128BPMで徐々に視界が開けるような展開を見せるヒプノティックなハウス・トラックの “Fabric” で、アウトロのピアノがスッと消えてすぐにJ-POP的なスウィートな切なさを伴うメロディックなジャングル “Child Replay” (feat. 柴田聡子)へと繋がる展開の切り替わりも素晴らしい。ほかにも、客演陣が華やかさを発揮する楽曲の間にリヴァーブの効いたアンビエント・トラック “Observe” や、彼らには珍しく荒々しさも見え隠れするバウンシーなブレイクス・チューンの “Boredom”、プログレッシヴ・ハウスとトランス、UKベースの中間点を探る “Memory of the moment”、モジュラー・シンセシスのざらついた音像にフィールド・レコーディング的なサンプルが光るノンビートの “僥倖” といったインストが、インタールードとしてではなくポップスと並列的に散りばめられていることが、本作最大の魅力であり美点であるように思える。

 初期衝動的な楽しさのことは決して片時も忘れることなく、それでもその居心地の良さの外側に向かい、大局的な心情でこの先もずっと続いていく音楽家としての道を、ロールモデルを参照するのではなく、自分たちで引いていく気概とともに粛々と進んでいく。そんな決意を、肩の力を抜いたままに秘めているような作品なのかもしれないな、と本稿を書くことになったとき、改めて強く感じた。今後のライヴ・セットの指針になるようなものを作りたかった、といったことも昨年別の媒体で僕が実施したインタヴュー(https://avyss-magazine.com/2024/08/29/52983/)で彼らは明かしていて、ドラスティックな変化ではなくひとつずつ積み上げていくような、遠大な時間を要する進化と深化を目指そうとする姿勢も感じられる。アルバム・タイトルの「フラッター」とは、音響機器の回転ムラに起因する音の歪みといった意味から、ときめきやざわつきといった心の機微まで、広い意味が託されているとのこと。それはまさしく、パソコン音楽クラブが発足以来常に重要視してきた要素であるとも読み取れなくはない。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495 496 497 498 499 500 501 502 503 504 505 506 507 508 509 510 511 512 513 514 515 516 517 518 519 520 521 522 523 524 525 526 527 528 529 530 531 532 533 534 535 536 537 538 539 540 541 542 543 544 545 546 547 548 549 550 551 552 553 554 555 556 557 558 559 560 561 562 563 564 565 566 567 568 569 570 571 572 573 574 575 576 577 578 579 580 581 582 583 584 585 586 587 588 589 590 591 592 593 594 595 596 597 598 599 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709 710 711 712 713 714 715 716 717 718 719 720 721 722 723 724 725 726 727 728 729 730 731 732 733 734 735 736 737 738 739 740 741 742 743 744 745 746 747 748 749 750 751 752 753 754 755 756 757 758 759 760 761 762 763 764 765 766 767 768 769 770 771 772 773 774 775 776 777 778 779 780