「S」と一致するもの

Thundercat - ele-king

 『Drunk』をリミックスしたから『Drank』……気が利いているのか、いないのか。ジャケの色彩はRPGで言うところの毒の沼のようになっております。サンダーキャットが今年発表した話題作『Drunk』のチョップド&スクリュード版、こちらすでに夏に公開されていたものですが、このたび正式にCDとしてリリースされることになりました。あなめでたや。発売は年明け後の2月2日。ドラッギーなパープルの沼に飛び込んで、ダメージ食らっちゃいましょう。

THUNDERCAT
年間チャートにも多数ランクイン!
2017年を代表する名盤『DRUNK』の
チョップド&スクリュード版『DRANK』が緊急オフィシャル・リリース決定!

ケンドリック・ラマー、ファレル・ウィリアムス、フライング・ロータス、マイケル・マクドナルド、ケニー・ロギンス、ウィズ・カリファ、カマシ・ワシントンら超豪華アーティストが参加し、続々と公開されている国内外の年間チャートでも上位にランクインしている最新アルバム『Drunk』の大ヒット、来日ツアー全日程ソールドアウト、フジロックでもフィールド・オブ・ヘヴンのヘッドライナーを務めるなど、2017年の音楽シーンを象徴する存在と言っても過言ではない活躍を見せたサンダーキャットから、今年最後のサプライズ! アルバム・リリースから半年後となる8月に公開されていた“チョップド&スクリュード版”『Drank』が来年2月2日(金)にまさかのオフィシャルCD化決定!

本作には、スクリュー職人、オージー・ロン・シー(OG Ron C)と、彼が率いるチョップスターズの一員であるDJキャンドルスティックが手がけた“Chopnotslop Remix”と名付けられたリミックス群を収録。チョップド&スクリュードとは、90年代にヒューストンのヒップホップシーンで生まれた独特のリミックス手法で、そのサウンドのファンだったというドレイクの2011年作品『Take Care』を、オージー・ロン・シーが“チョップド&スクリュード”リミックスして以降、再び活況を迎えているカルチャーであり、今年も様々な名盤がチョップド&スクリュード化された他、映画『ムーンライト』のサウンドトラックで、チョップド&スクリュードの手法が取り入れられ、チョップスターズもチョップド&スクリュード版『Purple Moonlight』をリリースしたことも話題となった。

DJキャンドルスティックは、『Drunk』のリミックスについて、海外メディアの取材に対し、「クリエイティヴな音楽をスローダウンさせることで、型破りなアイディアを生み出し、チョップド&スクリュードのジャンルを拡張させたいんだ。サンダーキャットの『Drank』はそのゴールにまさにうってつけの作品だった」とコメントしている。

サンダーキャットの大ヒット・アルバム『Drunk』のチョップド&スクリュード版『Drank』は、2月2日(金)にリリース! 計24曲のリミックスが収録され、小林雅明氏による解説書が封入される。オリジナル盤に続いてレア化必至の初回限定生産盤はスリーヴケース付。

label: BEAT RECORDS / BRAINFEEDER
artist: Thundercat
title: Drank
release date: 2018/02/02 FRI ON SALE

国内初回生産盤:スリーヴケース付
歌詞対訳/解説書封入
BRC-568 ¥1,800+税

beatink: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=9232
amazon: https://amzn.asia/0p60dyl
Tower Records: https://bit.ly/2BFlAF7


label: BEAT RECORDS / BRAINFEEDER
artist: Thundercat
title: Drunk
release date: NOW ON SALE

国内盤特典:
ボーナストラック追加収録/歌詞対訳/解説書封入
BRC-542 ¥2,200+税

beatkart: https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=2757
amazon: https://amzn.asia/aYsKnhw
Tower Records: https://bit.ly/2iYSAPT
HMV: https://bit.ly/2j8vVvH
iTunes: https://apple.co/2ki6RUY

Prettybwoy - ele-king

 これまで、ハウイー・リー(Howie Lee)やスウィムフル(Swimful)のほか、ツーシン (Tzusing)のリミックスなど、アジアの個性的なエレクトロニック・アーティストをリリースしてきた中国・上海のレーベル〈サブカルト(SVBKVLT)〉。その〈サブカルト〉から、東京のプロデューサー・プリティボーイによるEP「ジェネティクス(Genetics)」がリリースされた。長年UKガラージのDJとして東京を拠点に活動し、レギュラー開催されているダブステップ・パーティ《バック・トゥ・チル》にも出演してきた彼は、昨年フランスのレーベル、〈ポーラー(POLAAR)〉からデビュー、〈サブカルト〉からはEP「ソリスティス」をリリースし、リリースに合わせて上海・深圳を巡る中国ツアーを成功させた。

 ポリフォニックなシンセベースで壮大に幕をあける“ヒグス”は、生な質感のドラムとクリック音のようなパーカッションの組み合わせ、グリッチの掛かったディレイなど、アイディアに溢れた1曲だ。続く“シャドウ・リディム”は、彼のアイコニックな幻影的なシンセに、サンプリング・ヴォイスの組み合わせがトライバルなタッチを加えている。ドロップで差し込まれる低いベースには、ダブステップが発展させてきたローエンドの音響的な進化が表れている。先行トラックとして公開された“ジェネティック・ダンス”は、印象的な木琴のような音色と日本的な可愛らしさを感じさせるメロディ、そしてグライムで使われるようなスクエアベースと有機的に絡んでいく珠玉の1曲。メロディがグラデーションのように少しずつ様相を変えながら、反復していくということが、本作のテーマである「遺伝子」のイメージと重なる。パーカッションとキックにアルペジオを効かせた、“フットステップ・フライング”は、キックの連打とピアノ系のシンセでトランシーな一面を覗かせている。“アウトロ・ハロー”は、クラシックな2ステップ・グライムのリズムを、生音のドラムでアレンジした1曲。ひとつの音色にエフェクトを効かせる展開やピアノのリフに、乾いたポップさがあり素晴らしい。リミックスに収録されているのは、〈フェイド・トゥ・マインド(Fade to Mind)〉所属のアメリカのプロデューサー、マサコーラマン(Massacooramaan)による“シャドウ・リディム”のリミックス。原曲の鳥の鳴き声のようなサンプルを残しながら、削ぎ落としてシンプルに、そしてより鋭くソリッドに再構築している。

 ワン・ニューワン(*)が手がけたアートワークもプリティボーイの音にぴったりだ。ピアノ・シンセのまばゆい音色使いは、カラフルで美しく、幻影的な彼のアートと重なる。写っているのは、奇妙な色のヒゲが生えたミュータント化した大根のようだ。「大根」というアジアらしいモチーフに、遺伝子改良され、奇妙に接合されたような物体。同じ比喩を使えば、グライムやガラージ・ミュージックの枠に、自らのメロディックで自由な感性を接合し、ダンス・ミュージックを新たなレベルで拡張している。

(*) ワン・ニューワンのユニークなアートはTumblrからもチェックできる。
Wang Newone Tumblr - https://wangnewone.tumblr.com/

interview with YOSHIDAYOHEIGROUP - ele-king


吉田ヨウヘイgroup
ar

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Indie Rock

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 聡明さで名高い編集部小林氏から「YYGの原稿どうですか?」とメールが届いた。はて、私はヤング・マーブル・ジャイアンツの原稿などたのまれていたであろうかと小首をかしげたが略称の綴りがちがう。「来週レコ発なのでそこにまにあうようにアップしたいです」とも書いてある。ああなるほど、YYGとは吉田ヨウヘイgroupのことね、とピンときたが、どうもYYGと聞くとフェラ・クティの「J.J.D.」が頭のなかでながれだすからいけない。「ようこそ、カラクタ共和国へ」フェラの口上とざわめき、パーカッションの乱打とポリっていくリズム――それらはむろん本稿とは関係ない。とはいえ完全に明後日の方向ではないのかもしれない。YYGこと吉田ヨウヘイgroupは前にも増してグルーヴィになった。以下の原稿をお読みいただければおわかりのとおり、本人はあまり自覚していないようだが、ヴォーカルとコーラス、ギターと鍵盤、ベースとドラム、シャープな各パートが集約する音の像の輪郭はより明確になった。アレンジに耳を転じると、2017年のサウンド・プロダクションをみわたしたエレクトロニックなニュアンスを端々にのぞかせながらホーンを巧みにちりばめたアンサンブルは吉田ヨウヘイgroupらしさを忘れない。指先とギターとアタッチメントで何重もの音の層を織りなすギターは肌理細やかな楽曲に多様性をもたらし、“ブールヴァード”や“新世界”や“ユー・エフ・オー”やそのほかもろもろにつづく新たな代表曲の誕生を予感する、吉田ヨウヘイgroupの道のりはけっして平坦だったわけではなく、4枚目の新作『ar』まではさまざまな紆余曲折があった。2015年6月リリースの『paradise lost, it begins』以後におとずれた活動休止と8ヶ月後の再開。バンドは生き物だが、休眠中の彼らになにがあり、動き出したあとは以前とどうちがうのか。吉田ヨウヘイと西田修大にその顛末と『ar』にいたる過程を問うロング・インタヴュー。
 諸般の事情でレコ発にはまにあいませんでしたが、彼らの演奏をみる機会が今後減ることはないだろう。吉田ヨウヘイgroupはいま心身ともに充実している。
 すごいぞ吉田ヨウヘイgroup、ようこそニューYYGワールドへ。

 

次のアルバムはめちゃくちゃいいものにしなければいけないという覚悟が自分たちのなかにあったので、そこに向き合っていたあいだに、いまの自分たちだとこれは達成できる気がしないぞ、ということになったんですよね。 (西田)

メンバーにがんばれといっていいものなのか迷う機会も増えてきていたんです。俺らはがんばろうと思っているけど、そういうことをするのに迷いが生じてきた。 (吉田)

去年の暮れ『別冊ele-king』でアート・リンゼイの原稿を依頼したときがちょうどライヴ活動を再開したころでしたよね。

吉田:ライヴの直前に原稿をお渡しして、そのあと観にきていただきましたね。

率直なところ、活動を休止した事情はなんだったんですか。

西田:結果論なのかもしれないけど、自分は休んだことも休んでからの状態もそんなにネガティヴには思っていないんです。2015年に『paradise lost, it begins』をつくって、あのアルバムはみんなで合宿するくらいけっこう根を詰めてつくったんですが、そのあとの10月にO-EASTでワンマンライヴがあって、そこまではなんとかムリしても駆け抜けようという感じだったんですね。

O-EASTも私拝見しました。

西田:『paradise lost~』という自分たちのなかでのいちばんの力作をつくったけど、FUJI ROCKに出たかったけど出られなかったり、届かないところがあったり、ほかのバンドに対して自分たちのほうが絶対にイケたという確信を得られていなかったところもあって、そのぶん迷いがあって、迷いがあるから余計にがんばっていたんですね。迷いをふりきるためにもとにかくいいものをつくらなきゃならないという状態がO-EASTまでつづいて、次をみなければならないという話になって、まためっちゃがんばったんですよ。根を詰めに詰めて(笑)。

それが2015年?

西田:休む前だから2015から2016年にかけてですね。ですごいやっていて、そうなるとこう(両手で視界を狭めるポーズ)なるからできないこととかみえないことが自分たちのなかに増えてきて、しかもそれが一朝一夕に解決するようなことではなかったんです。次のアルバムはめちゃくちゃいいものにしなければいけないという覚悟が自分たちのなかにあったので、そこに向き合っていたあいだに、いまの自分たちだとこれは達成できる気がしないぞ、ということになったんですよね。一回考え直さなきゃいけないんじゃないか、このままだと全員どんどん疲弊してしまうんじゃないかという状態になったんです。俺の認識としてはそんな感じですね。

吉田:フルートの若菜ちゃんが辞めちゃったというのがひとつのきっかけではあるんですが、メンバーにがんばれといっていいものなのか迷う機会も増えてきていたんです。俺らはがんばろうと思っているけど、そういうことをするのに迷いが生じてきた。最初はなんの迷いもなくがんばれといっていたんですが、それをどうしようかなと思いつつ、メンバーも僕と西田も迷ってつかれてきちゃっているなと思ったときメンバーが辞めてしまって。全体が疲弊しているといえる状況があるなら休んだほうがいいんじゃないかという認識だったと思います、当時は。

西田:うんうん。

メンバーのあいだに温度差があった?

吉田:難しいのはみんなそれぞれが音楽にしっかり強くやる気があって、ただぼくや西田のやる気とメンバーのそれには方向の違いみたいなのも感じたりして、でも僕自身も自分たちのやる気の出し方が正しいとは思えなくなっていたところもありました。こうがんばるのが本来のがんばる姿でしょといったりするのはムリがあるという気にもなっていたということですね。

ある種の閉塞感ですね。

吉田:そうですね。ほぼ全員のメンバーに、仮に自分たちとバンドやるのをやめても音楽をつづけるだろうなという感覚もしっかりあったし、その場合それががんばっていないとは全然言えない、ただの押しつけだなと感じていたというのもあります。

西田くんの話を総合するとバンドの理想像に到達するには各人のボトムアップが必要だということですか。

西田:完全にそうです。

ひとつの結論が出ていったん休止することになったあいだおふたりはなにを目標にしていたんですか。

西田:俺はバンドを休止するとき、自分のなかでもいろんなことをすごく考えたんですけど、いまに較べると迷いがすごく多かったです。それに気づけていないところがある一方で、自覚している課題もけっこうあった。みんなで楽しく自然にやればいいものができるんだよというのを俺は大正解だけど大間違いだとも思っていたんです。そのとおりだけどそれを音楽のなかでやるとき、絶対にできなきゃいけないことがでてきたり、根性出さなきゃいけない場面が出てきたり、逆に根性を出そうとするあまりできないことが出てきたりすると思っていました。そこらへんがすごいグチャグチャになっていて、それを整理したいとは思っていました。

西田くんっぽいね(笑)。

西田:(笑)。音楽をどのようにやるのが自分とバンドにとって最良なのかということですね。音楽にどういうふうに向き合うのかということを考えていました。

ことギターに限定していうと自分もスキルアップしなきゃいけないし、ということですか。

西田:それはずっと思っていました。ギターをスキルアップしなきゃいけないという悩みはいまのほうがポジティブに強いですけどね。

吉田くんはどうですか。

吉田:休止に入った直後に思ったんですが、自分の作曲がメンバーのプレイヤビリティを活かすようにつくっていた意識があったんですが、それはほんとうにそうなのかと考えました。打ち込みでいいならプレイヤビリティのシバリがなくなるじゃないですか。そのときにつくるものはちがうのかとか、自分がほんとうにつくりたいものがあるとして、いままで作った曲はそれに適合していたのか、それとも制限がかかっていたのか、どっちなんだろうとか考えました。ほんとうにいい曲を書けるようになりたいという話を(西田と)いちばんしていたので、自分がほんとうにいい曲を書けるようになりたいと思っていた気がします。

西田:ひととどういうふうにやっていくかというのは、休んでいるあいだふたりとも考えていたんですよ。俺たちにとってずっと大きな悩みだったから。

吉田:そうだね。

とりあえずの結論というかこういうふうにやっていこうというのが出たのがいつくらいで、どういう方向性をとると決めたんですか。

吉田:ふたりでは休止中も一緒にやってもいたんですが、10ヶ月ぐらいして吉田ヨウヘイgroupをもう一回やりたいなとなったときに、どういうふうにひとを誘うかというのにあらためて悩みました。もう一回やろうというのは、昔の曲をやろうとか、この延長線上でもっといいものをつくりたいよねという話が自分たちのなかで高まったので、ぼくももう一回やろうと思ったんですけど、前に思っていたメンバーとの関係だったり、どういうふうにバンドをやっていけばいいのかという悩みには答えが出ていなかったので、とりあえずベースとドラムはサポートで、やっているうちにかたちを見つけようとなりました。心の通い合いのようなものがあったほうがいいのかどうかもわからなくなっていたんです。すごく巧くて一回でやってくれるひとがベストなのか、そうじゃなくて融通の利くひとがベストなのか、どっちもあるひとじゃなきゃダメなのか、それにあてはまるひとがいてもそのひとがやってくれるのかもわかっていなかったんです。これはついこないだまで相談していたことでもあるんですよ。だから悩みつつスタートしたんです。

それで4人で再スタートすることになった。でもベースとドラムがいないのはバンドにとっては大きな変化ですよね。

吉田:今後かかわってもらう人との関係をどうするべきかには不安がありましたが、こと演奏に対しては、どういう演奏をしてほしい、どれくらいの水準であってほしいという理想のイメージはすでにあったんで新しい試みにわくわくしてもいました。

そのころはのちに『ar』につながる音楽の青写真はあったんですか。

吉田:なかったよね(と西田氏に)。

西田:あったけどなかったというか。俺はとにかく“ブールヴァード”とか“ユー・エフ・オー”とかやりたかったんです。吉田ヨウヘイgroupの曲は自分のなかではずっとやっていかなきゃならない曲、そうだよね吉田さん? とふたりで話してがまんできなくなって再開したんですよ。いろんな作り方があるけど結局、自分たちが目指していたもののつづきを見なきゃいけないよねということだったんです。それでメンバーに全員声をかけてひとりひとりと話し合って、いまのメンバーがのこって、じゃあどうしようかとなったときに、サポートのひとを呼んだらどうかとか、4人だからこそできるサウンドがあるかもしれないとなったり、それを一個一個悩みながら進めることだけを目標に再開したので『ar』のイメージはないままスタートしたのが実情です。

ダープロのリーダーのデイヴ・ロングストレスは今回のアルバムでソロみたいになって、生バンドでもなくなり女声コーラスもなくなり、自分の好きだった要素はごっそり抜けたはずなんですけど、あれ? いままでよりいいんじゃない、という衝撃があったんです。 (吉田)

アルバム制作に本腰をいれはじめたのはいつですか。

吉田:断言するのは難しいのですが、アルバムにはいっている“分からなくなる前に”は休止前にできていて、体制も決まっていないので音源をつくるのはきついから一曲だけデモを録ってそれをYouTubeに公開するのを、2016年9月に再開だったから、2016年の内にやろうと目標を立てました。

そういえば“分からなくなる前に”のソロ裏のコード進行はデートコース(現dCprG)の「ミラー・ボールズ」を参照した?

吉田:ああデートコースもそうですね! あのとき考えてたのはスライでした。

元ネタのほうだったんですね。『フレッシュ』の――

吉田:“イフ・ユー・ウォント・ミー・ステイ”です。

“分からなくなる前に”ができたら数珠つなぎに曲ができた?

吉田:それまでの3ヶ月ぐらいのあいだにフランク・オーシャンが話題になっているのを耳にしたりダーティ・プロジェクターズの今年出たアルバムのMVを見たりして、いままでとちがう音楽が出てきたんだなと思っていたときだったので、“分からなくなる前に”のデモを録り終えた2017年の1月あたりにそのへんをとりいれるべきか否か、自分たちで煮詰めていくところからはじまりました。

西田:あの時期毎晩のようにその話していたよね。

ダーティ・プロジェクターズは吉田くんの座右のバンドだもんね。

吉田:そうですね。ただダープロのリーダーのデイヴ・ロングストレスは今回のアルバムでソロみたいになって、生バンドでもなくなり女声コーラスもなくなり、自分の好きだった要素はごっそり抜けたはずなんですけど、あれ? いままでよりいいんじゃない、という衝撃があったんです。ドラムの音やプロダクションに感動したんですけど、吉田ヨウヘイgroupのいままでやってきたことの延長線上にこの凝り方は存在していないとも思いました。自分たちはこれまでも、これはいいけどべつにやらなくてもいいよね、というものはあっさり切り捨ててやりたい音楽に邁進してきたところもあったのでどうしようと悩みました。できないけど感動しちゃって、これやったほうがいいのかって。

そもそもやりたかったですか。

吉田:あれがやれないと自分たちのこともいいとは思えないんじゃないかと、そのときは考えたんです。凝った音像にじっさいに感動したわけだから、こういうものをつくれないと自分たちがいいアルバムをつくったとは思えなくなるだろうなと考えて、そういうことができるように成長しなくちゃいけないんじゃないかということですね。

西田:俺が思うのは、そうはいっても、吉田さんはやりたくないことがあまりないひとなんですよ。そこは気が合うんですけど、バンド・サウンドかそうじゃないかということにかかわらず、こういうのは俺たちはやんなくていいよというのがあまりなくて、決める基準としてはすごく乱暴な言い方をするとそのときいちばんいいとなっていることをやりたい。それを自分たちのフォーマットにどうあてはめるかというのをずっとやってきたつもりだったんですけど、今回は「これがいい」と思ったときに、自分たちのとったことのないプロセスがいちばん多い状態だったんですよ。

で、どうしたの?

吉田:西田くんがパソコンを買いました(笑)。

西田:そうなんですよ(笑)。

カタチからはいる派だ(笑)。

西田:その前にオーディオインターフェイスも買ってシステム自体をごっそり変えました。

それまでバンドのなかでPCを使うようなことあった?

西田:使っていないですし、なんならいまも使ってないっス。カオス・パッドをギターに通したことはありましたけど、システムごとごっそり変えないとムリじゃないという話を吉田さんにしていて、ようはギターを弾くような感覚でラップトップをあつかえないと(これからはダメなんじゃないと)。

吉田:サードのときの反省としてぼくはけっこうミックスも担当していたのでポストプロダクションのことも考えていたんですが、イメージの音があってシンセサイザーでできるだろうと思っていてもけっこうできなかったんですよね。シンセサイザーは自分のなかでは根性があればけっこういけるとイメージしてとりくんでみたんですけど。

根性をみせるポイントはどこ(笑)?

吉田:たとえばアルペジエイターに憧れてシンセサイザーを手に入れてそれに模した音はがんばればできると思ったんですが、すごい時間がかかるし、それにあんまり良くもならなかったんですよ(笑)。逆にギターやドラムの演奏とか、バンドにかかわるものだとしっかり時間をかければうまくいくので。だから音色をつくるのは難しいというか、(音楽をつくる)インターフェイスがちがうと難しいんだね、という話はよくしました(笑)。
 ダーティ・プロジェクターズを聴いて、(ああいった)ミックスとかキックの音づくりはパソコンをナチュラルに使えるようにならないとできないとなったときにふたりでPCをもちよって一緒に曲をつくるというのを週何回やるというバンド練みたいなことをやったこともあります。当時は新しい音源のリズムトラックをどうするかも決まっていなくて、定期的にはバンドの練習をしてなかったからそれにあたることをPCでやればできるようになんじゃないかって(笑)、曲もできていいんじゃないのとなったんです……けど。

その曲ってなに?

吉田&西田:“トーラス”です。

成果はあったということじゃないですか。

吉田:そうですね、でき上がったときは興奮して、しばらくしてからだめだったなぁってなったりしたけど。

西田:インタヴューのなかで、そういえばそうだったと気づくことが多いんですけど、いままでは「あれはやってみたけどちがった」と思っていたじゃない。

吉田:そう思ってた。

西田:でもいま話してみて(PCでの作業を)やったことがでかいのかなとも思った。

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“トーラス”をつくってわかったのは、あれは打ち込みでできた曲だけど生演奏でもいけるかもということだったんですね。 (吉田)

俺は吉田さんに打ち込みの適性がないとは思わないけど、その期間でベストを尽くそうとなったら生演奏しかなかったんですよ。 (西田)


吉田ヨウヘイgroup
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Pヴァイン

Indie Rock

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話は変わるけど、タイヨンダイは私のダチなんだけど。

西田:かっけえ(笑)!

吉田:ほんとうのダチはそういう言い方しなさそうですけど(笑)。

そうだよね(笑)。タイヨンダイはダーティ・プロジェクターズの新作にも参加していますが、彼も同じようなことをいっていましたよ。アナログシンセもギターも遊びのような手仕事の感覚だと。

吉田:ぼくらもがんばればそうなるのは感覚的にはわかっていて、ただ自分たちはギターについては一緒にいなくても練習するけど、どうしても打ち込みはひとりでは進まなかったんです。ひとりでやるのを目指したんですけど、会ってるときしかやらなかった(笑)。次作への課題ですね。でも時期がきたらやれる感覚もあります。

西田:目指していたのはフィジカルな状態だったんですけどね。悩めなかったんですよ、ギターのようには。わからなさすぎるものは悩めない(笑)。でもなにかをつくるには悩めなきゃいけないよね、とも思っていたから――といいながら、逆にいうと悩んで、悩んだままほかに楽しいことができたのかもしれない。

たとえば?

西田:ギターを弾くのがただ楽しいとかですよ(笑)。

それ以降はふつうの作り方に戻っていったんですか。

吉田:“トーラス”ができた段階でメンバーのクロちゃんがやっているTAMTAMが『EASYTRAVELERS mixtape』を出したんですね。TAMTAMの新譜はばっちりエンジニアの方に録ってもらっていて、聴いたら、“トーラス”とはキックの音のレベルがちがって、どっちがかっこいいかと100人に訊いたら100人ともTAMTAMのほうだというような音の質だったんですよ。ぼくはサンプルライブラリーからすごくかっこいいキックの音やスネアの音を選んで組み合わせれば自然と全体もかっこよくなるだろうと思っていたのにTAMTAMを聴いたら彼らの音のほうがかっこよかった。俺らはギターの音だったら録音した次の日改めて聴いて、あれ、かっこよくないぞと思うことはあんまりないんですが、打ち込みに対しては判断する力がまだないんだなとそのタイミングでわかってきたというか。逆にいままでに自分たちが得意だとも思っていなかったドラムやギターの音色にたいする判断のほうが点数高いんだなとわかったときがあって、そこでちょっと変えようということになったんですね。

そこで判断したんですね。

吉田:もっと慣れれば、この音を打ち込んだら全体がこうなるとわかるところまでくると思うんですけど、どれだけ時間がかかるかわからなかったので。“トーラス”をつくってわかったのは、あれは打ち込みでできた曲だけど生演奏でもいけるかもということだったんですね。TAMTAMのアルバムにも自分たちが打ち込みに求めていた質感もあったので、だったら生演奏が得意だからそっちをがんばろうと路線変更して一気につくりだしました。

のこりの曲は短い期間でつくったんですか。

吉田:アルバムのなかでは西田は“piece 2”も書いているんですが、感覚的には西田が平行して2、3曲書いてくれた感じで、自分が“トーラス”と“分からなくなる前に”、“フォーチュン”とかができていたから7曲か8曲書いた感じなんですけど、1ヶ月半で4曲ずつみたいな感じだったかな。

西田:吉田さんは後半にかけて尻上がりでした。今回は悩みながら決めずに進めたから、俺思ったのはさ、アルバムは今年絶対出したかったじゃん。

吉田:うん。

納期を設定していた?

西田:納期というより今年絶対音源出してそれをいいものにしたいという思いですね。俺は吉田さんに打ち込みの適性がないとは思わないけど、その期間でベストを尽くそうとなったら生演奏しかなかったんですよ。方向性を決めていくなかでやりたいことが出てきて、作曲にかんしてはどんどん尻上がりになったイメージです。制作が進むにつれ、やりたいことが明確になってきた。吉田さんが後半につくった曲については最初からブラッシュアップされていた気がします。

吉田:レコーディングが2回にわかれていて、リズム隊の録音は6月と8月でしたが、2曲宅録で10曲レコーディングしたイメージなんですよ。“piece 1”と“piece 2”は家でリアンプしたほぼ宅録なんですが、のこり10曲で5曲ずつ録音した感じで、6月に録音してそこで軽くミックスしてもらったんですけど、ドラムが完璧にイメージどおりの音になったんです。この音なら曲いっぱいできるなと思って自分のなかで加速がついた気がします。

ドラムの音が決まるとアルバムが像を結びますからね。

吉田:そうですね。

『ar』のドラムの音はこれまでよりちかいですね。

吉田:いままではほんとうにジム・オルークが理想だったので3メートルぐらいの距離で聴いているドラムの音が好きだったんです。それが50センチの音にしなきゃいけないと思って。生演奏でありながらドラムの音がちかいというイメージもTAMTAMのアルバムでついてはいたものの、自分たちにできるのかは半信半疑だったのが、録音を経てじっさいにできたのでこの音だったらこういう曲がかけるぞと一気にわかってきたところがあります。6月まではちょっと余裕があったのでそれほどハイペースではなかったんですが、6月のあと8月までに4、5曲書かなきゃいけないと決まっていたのでそこからハイペースだったよね。

西田:そうだね。後半は迷いもなかったからね。だけど最初から迷いなかったらつまらないアルバムになっていたかもしれない、と俺は思っていて、6月のレックのときにこれだったらできるとなってからは早かったんですが、悩んでいたのは“トーラス”がいちばんなんですよね。演るときにまた悩むんだけど、どちらが好きかといわれると両方好きだから、今回のアルバムには両方はいったんじゃないなかと思います。『ar』はだから、濃淡があると思いますよ。

期間が短いと演奏を詰めていく時間は足りなかったんじゃないですか。

吉田:それはサポートを含めてみんなが頑張って埋めてくれました。西田もいろんなひとに呼ばれてスタジオワークをこなしてお金をもらうようなこともあって、「1ヶ月練習して録音するのは、バンドだと短く感じるかもしれないけど演奏者としては短くはないんじゃないかな」と、教えてくれたのも大きかったです。

最初に話題にした、個々をどれくらいブラッシュアップするかという課題をクリアしていたということですね。

吉田:そうですね。

西田:それに加えて思うのは、短い期間でできた曲はデモの時点で演奏者がどういうことをすればいいのかわかるような音源だったんですよね。吉田さんのなかに明確なイメージがある感じがした。

それは西田くんだからじゃない?

西田:俺はもちろんそうだけど、曲自体がこういう演奏が理想だというのは楽器をがんばってやろうとしているひとならわかるものだったと思いますよ。“chance”という曲とか、「拡がった現実」はアレンジを悩んだけど、Bメロのパートとか、どういうふうにしたらいいのか明確でしたよ。その期間でできた曲で苦労したのは“1DK”だけでした。

“1DK”はなぜ苦労したの?

西田:ふつうに演奏が難しかったからです。テクニック的に難しかったから苦労したけど、それ以外そうでもなかったのは吉田さんがいうとおり信頼できていたのと曲自体が演奏に要請しているものがはっきりあったからなんですよね。

たとえば西田くんがほかの現場に行くときは、どのような演奏が理想かわかりづらいこともあるでしょ。

西田:それはありますね。

そういうときはどうする?

西田:うーん。困りますね(笑)。

そのあげくどうするの?

西田:がんばりますよ(笑)。でも俺は吉田ヨウヘイgroupの音楽については理解するべきだし、その自負もあるんですけど、『ar』について思うのは、くりかえしになりますが、デモの時点でどういうことをすべきかわかる曲が多かったんですよ。曲が「こういう演奏をしてほしいーよー」みたいな(笑)。それでできた曲はある意味全部フィジカルな仕上がりだと思います。それ以前の時期の“トーラス”や“サースティ”もフィジカルだとは思うんですけど、もうちょっとちがう質感だと思う。レコーディングの1ヶ月間を短く感じなかったのは曲がそういった感じだったからだと思います。

フィジカリティという感じだと『ar』はグルーヴを強調した曲が多い気がしました。

吉田:それはほかの方にもいわれましたけど、自分は正直わからないです(笑)。自分のイメージはグルーヴにかんしては以前とおなじくらいのものがみえていたはずで、再現度のちがいが大きいかもしれない。

さっきいったドラムの音色も相まってグルーヴ感をより感じるのかもしれない。

吉田:それはそうかもしれないです。いままでのドラムが3メートルぐらい離れて、オフマイク気味にベースやギターと一体に聞こえる感覚をめざしていたんですけど、ドラムが50センチのちかさになるとそれぞれが屹立して聞こえるのかもしれない、ポリスみたいに(笑)。各パートがそれぞれ前に出て、聴いているひとのなかで合わさるような音の作り方ですね。

次のアルバムどうするって話になったとき、ぼくがグラウンド・ゼロの『革命京劇』みたいにしたい、といったんですよ。 (吉田)

リズムにかんしていえば、西田くんのギターがこれまではメトロノミックに全体を引っ張る役割があったと思うんです。そういところから『ar』では西田くんのギターに自由なスペースが増えている気がしました。

吉田:それは完全にそうです。思っているとおりです。

演奏の個人的な聴かせどころはどこですか。

西田:難しいですね(笑)。全部です(笑)。

これ『ギター・マガジン』の取材じゃないよ(笑)。

西田:(笑)。いや全部なんですよ、ほんとうに。全部なんですけど、苦労せず自然に、自分のいままでやってきたことをやっと出せたぜ、この曲つくってくれてありがとうと思えたのは“Do you know what I mean? ”です。この曲がないとそのプレイができないんですよ。

それって冒頭のカッティングのところ?

西田:あとフレーズの組み方とか。

ああー。

西田:でも苦労してなくはないや(笑)。ヴォイシングにかんしてはめっちゃ苦労していて、今年受けた影響を出したかったし、考えてやった感じです。リズムにかんしては吉田さんが昔からこういうのかっこいいよねって進めてくれたのを超参考にしました。マサカーのフレッド・フリスとか。

ああー。

西田:そのカッティングをずっと曲で使いたかったけど、そういう曲がなかったのでそれをやっと曲で聴いてもらえますよ、どうですか、というのが“Do you know~”ですね。

フリスなんだ、これ。

西田:そうです完全に。それと石若駿くんと一緒にやっている影響が超でかくて、彼が教えてくれたヴォイシングをバンドの曲に取り入れたかった。新しいのと前からやりたかったのの両方がはいっているという意味では“Do You know~”だし“フォーチュン」もめちゃくちゃ気に入っているし“トーラス”のギターにかんしては苦労しました。“トーラス”については全部苦労したんですけど(笑)。

吉田:この一年西田くんはジャズ界隈のひとと仲良くなったんですよ。

ジャズ界隈のひととやるのはどう? 彼ら演奏が上手ですよね。

西田:すくなくとも自分がかかわっているミュージシャンは全員信じられないくらいすごいです。

シュンとしたことあった?

西田:俺は音楽、ギターをつづけられないんじゃないかと思ったことは何度もあります。いまも常にある。でもそういうのがあったからよかったんですよ。彼らと演奏するのになにができるとなると、こっちでやってきたことも極めていかなきゃいけないじゃないですか。そうなったとき、俺はバンドやってきているぞとか、ここにかんしてはけっこう考えてきたぞというのをみつけるきっかけにもなっていて、凹まされることもあるけど単純に教えてもらうことも多いですよ。

西田くんは“piece 2”も作曲していますね。この曲のアルペジオはなにで弾いているの?

西田:ウクレレです。“piece 2”はさっきいったみたいにシンセサイザーの使い方が自分たちは長けていないけどそういうふうにしたいとなったときに吉田さんに相談して、もしかしたらラップスティールだったらそういった感じになるかも、となってラップスティールを入れたんですけど、なにかものたりなくて、なにかを足したかったんですけどぜんぜん思いつかなくて吉田さんと話していたら、ラップスティールなんだからいっそウクレレでどう、といわれたんです。

ハワイつながりだ。

吉田:西田くんの家にラップスティールとウクレレがあったんです(笑)。

高木ブーさんみたいですね(笑)。

西田:ちょうどユニオンで『ブルーハワイ』ってレコードを100円で買って聴いていたのもあって(笑)、これなしだよね、というテンションで相談したら、いや意外と合うぞといわれてやってみたら合ったんですよ(笑)。

“piece 1” “piece 2”という小品もあり、『ar』は構成がすばらしいです。曲順はすんなり決まりましたか。

吉田:ぼくは忘れていてメンバーが2回ぐらいいってくれてうれしかったのが、去年メンバーと飲んでいて、次のアルバムどうするって話になったとき、ぼくがグラウンド・ゼロの『革命京劇』みたいにしたい、といったんですよ。

取材に立ち会った編集部小林:おー(と突然声をあげる)。

吉田:“Crossing Frankfurt Four Times”とか“Red Mao Book By Sony”とか、短い曲と普通の尺の曲が混在してるのがすっごいかっこいいじゃないですか、1分半~2分ぐらいの曲がいっぱいあるアルバムって。それだったらアルバムつくる負荷も低いと思ったんです。

それ大友さんに失礼じゃない! グラウンド・ゼロは制作の負荷が低いって吉田くんがいっていたって大友さんにいっちゃうよ(笑)。

吉田:(かぶりをふりながら)ちがいます、ちがいます。

西田:(とりなすように)ながれが意識できるということです。

吉田:(狼狽しながら)俺がつくると歌ものの4~5分ぐらいの曲がはいるので、6曲は4~5分台の曲、それと1分半の曲を6曲みたいなイメージのアルバムをつくりたかったということです。そのときは西田はまだ作曲していなかったけど、1分半の曲だったら力を発揮してくれるんじゃないかなというイメージがそのときあって、6曲ぐらいなら現実感もあると思ったんです。

なるほど。

吉田:それでアイデアのひとつとして『革命京劇』みたいにしたいといっていて、ただ結構間があったんで自分ではすっかり忘れていたんですけど、5月ぐらいに西田もクロちゃんも、『革命京劇』みたいにしたいんだったらこれはこうなんじゃないですか、といってくれたことがあって、ああそういったな、と思い出しました。アルバムの“シアン”や“chance”は“piece 3” “piece 4”でもいいかと最初思っていたんですよ。

たしかに尺は短いですね。

吉田:“Do you know~”も“トーラス”をつくったあとにふと思いついて2時間ぐらいで書いたんです。なので最初はこういうインタールードをつくりたいんだよね、ということで1分半の曲のつもりで書いて、それが気に入って倍くらいになったので別のインタールードつくらなきゃと思っていました。そもそも1分半ぐらいの曲を量産しようという気があったんです。

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ARはことばとして使われなくなるんだろうと思っていたんですよ。だからレトロフューチャー的な、廃れていくけど昔あった概念というニュアンスもちょっとこめていたんですね。 (吉田)


吉田ヨウヘイgroup
ar

Pヴァイン

Indie Rock

Amazon Tower HMV iTunes

そのようなアルバムの題名を『ar』にした理由はなんですか。そういえば、そのころライヴ会場で偶然会ったよね。

吉田:ジェフ・パーカーのコットン・クラブでのライヴです。

西田:あれがたしか7月だったから。タイトルを付けたのは9月ですね。

じゃあそのあとくらいですね。

西田:タイトルはもともと短い単語にしたいとは思っていたんですよ。とくに明確な理由があるわけではなくふわっとした気分だったんですが、それまでのタイトルが長かったのもあって短い字面でいいのないかなという話をしているなかで期限が迫って、わりと最初の段階で決まった気がします。吉田さんは悩んだと思いますけど。

吉田:そうだよ! さらっと見せたけど割と考えたよ!

西田:(笑)。最初にみたときにこれはいいと思いましたよ。

なぜ『ar』なんですか。

西田:SFっぽくしたくて、ここ1年ぐらいの気になる音楽には、ダープロなんかもそうだけどSF近未来感があるなと思っていて、AR(Augmented Reality=拡張現実)ということばは情報が映像にかさなる感じじゃないですか。それと、音楽を聴きながら歩いているときになんとなく情報量が付加される感じがちかいと思ったことがあったんです。みているものに色彩や情報を与えるのは、音楽はもとからそうだったんじゃないかなという考えをかさねて、「AR」ということばには両方の要件が備わっていると思ったんです。

そのことばは最新のテクノロジーとセットですが、テクノロジーの進歩について吉田くんは肯定的ですか。

吉田:その点で俺勘違いしていて、ARってなくなるんだと思っていたんですよ。以前は「VR(Virtual Reality=仮想現実)/AR」って書かれていたのに、ここ2年くらいPSVRとか、VRがらみの商品ばかりみるようになっていたので、ARはことばとして使われなくなるんだろうと思っていたんですよ。だからレトロフューチャー的な、廃れていくけど昔あった概念というニュアンスもちょっとこめていたんですね。そうしたらARの新機種をよくみるようになって、ARのほうが難しい技術で今後出てくるとわかってちょっとあてがはずれました。

西田:でもARってことばは吉田さんっぽいですよ。俺にとって吉田さんは機械に強いというか、理知的でコンセプトを立てるひとのイメージがあるんですよね。でも一方でARってエモーショナルに受け止めようと思えばいくらでもそうできることばで、吉田さんがレトロフューチャー感っていっていたのはそういうのとも関係あると思うんですよ。吉田さんの歌詞とかもほんとうにそういった感じだと思うんですよ。表現するのは人懐こかったり感覚的なことだったり、いったらエモいといわれるようなことかもしれないけど、表現するにあたってはそれだけじゃないんですよね。

歌詞の面では女性陣おふたりが作詞をしていますが、すごく吉田ヨウヘイgroupっぽい歌詞だと思いました。吉田くん以上に吉田くんっぽい気すらします。

吉田:ふたりには曲を書くから歌詞を書いてくれとお願いしたんですけど、俺は自分っぽくとか制約を与えると書けないと思ったので、なにも要求しなかったんですけど、結果的にふたりは吉田ヨウヘイgroupでやるならぼくの詞に寄せたほうがいいと思ったらしく、自分のなかでの通じるところを出そうと思いながら書いたみたいです。

まったく助言せず?

吉田:ぼくは自分で歌詞を書いたあと西田にみてもらうんですけど、ここは意味がわからない、どうとればいいのか、ということで直しがはいったりするんですね。それとおなじことは彼女らにもしてもらおうとは思っていて、書いた歌詞の筋が、だれにもわかるのは難しいですけど、ある程度わかる人が多いようにはしてくれとお願いして、ふたりとも二、三回やりとりした感じでした。

意図したとおりだった?

吉田:最初に“フォーチュン”の歌詞が届いたときにぼくに寄せようとして書いているのは分かりました。“フォーチュン”ってタイトルはちょっとかわい過ぎるかなと最初は思ったんですけど、割とすぐに慣れて、これはこれですごくいいなと思うようになりました。

私はまったく違和感なかったけどね。最初は音源だけを聴いたから、クロさんが歌っているのはわかったけど歌詞は吉田くんが書いているのだろうと思いましたから。

吉田:それはうれしいですね。

西田:歌詞にかぎらず、バンドのすべてをコントロールするのはムリだと思うんですよ。ドラムのチューニングとかベースの弦のどのポジションでEを弾くかなんて、なかなかこっちで全部は決め切れないけど、みんな吉田ヨウヘイgroupのなかでならどうすべきかということを今回やってくれているんですよね。いままでに較べたらそういった部分がすごく多いし、レックを二回にわけて、最初にできあがった音がよかったから、それでいいんじゃないといって後半に臨めたのもよかったですね。そのぶん余白みたいなものをのこした状態になったところもあって、それまでだと俺たちも細部にこだわっていたのが、もっとなにかいいものを足せないかなとか、ミックスや自分たちのプレイに集中したから単純にはいっているものが増えていると思います。

 といいのこして所用のため西田修大はギターを担いで颯爽と去っていった。12月に予定するレコ発(12月20日渋谷WWW X)をはじめ、たてこんでいる予定にそなえ、ふたりはスタジオでの練習帰りに取材に応じてくれていたのである。のこされた吉田ヨウヘイはもっていたギターを全部下取りに出して購入したご自慢のギブソン335への愛を蕩々と述べる。取材はすでに終了しているが、四方山話はひきもきらない。サブカルチャーに耽溺した人間にとって音盤コレクションや本棚がいかに聖域だったか、メタルのドラマーは凄く好きな人が多い訳ではないが、そのなかでミスター・ビッグのパット・トーピーは図抜けていた、いやあれはハードロックだから、でも彼はインペリテリにいたからメタルですよ、やっぱりいちばんかっこいいのはロリンズ・バンドみたいなバンドですよね、いややっぱりハイナー・ゲッベルスだよ、そもそもぼくは中学のときアルバート・キングの『ブルース・パワー』がほしくて近所のCD屋に毎日通い詰めたら哀れんだお店の方にPヴァインのカタログをいただいたんです、それなら私は――というテッペンまわった居酒屋さながら蜿蜒とくりひろげた会話から吉田ヨウヘイの歌詞への考え方を抜粋して以下に記す。

ぼくはあんまり強いこと言ったりDVなんて絶対できないけど、すぐ怒ったりしそうなやつのほうがモテるみたいな矛盾は日常生活でも映画とか見てても感じたり。そういうなんというか描きにくい曖昧なとこを描きだそうとしてみたらうまくいったことがあって。 (吉田)

私は吉田くんの歌詞には独特の不安定さがあって好きなんですが、歌詞を自己分析されたことはありますか。

吉田:音楽の音符とかリズムに対しては分析的な視点が自然と出てくるんですけど、たとえば映画だとカメラアングルとかカット割りとかまったくわからないんですよ。プロットがどうだとか。楽しむためでも、ロジカルな視点がいっさいはいってこなくて、ただ受け入れて、よかった、よくなかったで終わっちゃうんですよ。歌詞も自分のなかではずっとそうで、なんとなくいい、わるいくらいしかなくて、つみあげていけるものがないから、外から学ぶことができないんです。そうすると歌詞については自分の手法を洗練させるしかなくて、ことばにするに足るものと考えたとき、それに値するのは不安定さだったりするんです。ぼくの思っている不安定さって、日常会話で「俺こんなことを思っているんだよ」、って繰り返しいっちゃったら嫌われるヤツというか。曲という1年に一度ぐらいのアルバムの発表のタイミングにしか外に出ないことばで、音源というかたちでプレゼンテーションするなら出していいかなと思うんです。たまにしか出さないなら光るもの、そういったマテリアルがあると思っていて、自分はほんとうは話したいけど遠慮していることを歌詞というかたちで掬うとうまくいくなとある時期から思いはじめたんです。

ある時期っていつ?

吉田:このバンドをはじめてからです。三十になるちょっと前にはじめたんですけど、それぐらいからです。西田に「もうちょっと歌詞に起伏があったほうがいいんじゃないか」といわれていて。だから起伏を起こすときに自分がとれる手法として不安定さを象徴する場面をおりこんでいくとうまくいくなと思うようになりました。

題材は日常にありますか。

吉田:たとえば“chance”なら知り合いの女性がイギリス人と結婚して、もとの姓名の間にイギリス人のミドルネームが入ったんです。名前がおんなじまま、英語のミドルネームが追加されるって凄いな、どういう心境の変化なんだろう、と思ったことがあって。“chance”の歌詞は、それをディテールにして、鬱屈しているのを外国人と結婚して名前をマイナーチェンジして心機一転する、みたいなイメージで書きました。

吉田くんは、日本語で書く制約は世代的にも感じないですよね、きっと。

吉田:でも聴いたひとから字余りがあると指摘されたことはありますよ。

それもいいところだと思うけどね。

吉田:自分では制約は感じていなかったんですけど問題を指摘されることはあったので、今回はちょっと意識して、西田にも相談して大丈夫なんじゃないといわれたので許容できる範囲におさまっているといいなと思うんですけど。

字余り感もさほど気にしていなかったと。

吉田:ユーミンのメロディも英語で歌うとああいうメロディにはならないと思うんです。言語感覚から出てくるメロディは絶対あると思っていて、ユーミンっぽいメロディや細野さんの『HOSONO HOUSE』のときのメロディなんかは日本語でないと生まれないメロディで、そっちのほうに憧れているところがあるので日本語の制約は感じていないです。

作詞家で憧れているひとはいないんですか。というか、さっきの話だと作詞というものを分析することはないということか。

吉田:松山猛さん、松本隆さんは大好きです。自分も「一張羅の涙」みたいなことばを本当は書きたいんです。なにを言っているかよく分からなかったり、用法は正しくないけど素敵でイメージの広がりがあることば。それをやるには、本来その名詞を形容しない形容詞を前にもってきてハッとさせるという手法があるのは理解しているんです。でもそれには語彙が必要で、自分は語彙を身につけようと生きてきたのにぜんぜん身につかなかったんです。

編集の仕事もやったことあるんだから語彙はあるでしょう?

吉田:(苦笑)。語彙の部分で大事だったのは例えば「行く」ということばを使うときにあまり多用しないで同じ意味の別の言葉に書き換えるとか、そういったことだったんですよ。ふつうのひとが使わないことばは逆に使っちゃいけなかったんです。日常的なことばでスノッブじゃないように書くのが大事なので、それに慣れた自分にはそういった淡々としたことを書くほうが向いていました。

淡々としたことばの使い方でも、でも私が読むとおもしろいことばづかいを吉田くんはすると思うんですよね。たとえば、「動く」を「動き」にするように動詞を名詞化するのは語彙があると「律動」とかそういった難しいことばになっちゃうんだけど、そうしないことで動詞と名詞が二重化してことばの世界が厚みを増すというかね。

吉田:豊富な語彙を諦めてからは、逆に自分の歌詞の世界だと難しいことばが出てくると浮いちゃうので、そういったことばは使わないようにはしているんですよね。

たとえば微熱少年がいるなら平熱の淡々とした風景のよさもあると思うんですよ。

吉田:歌詞については、『ar』では書いたあとの感覚が前とはちがっていたんです。3枚目まではあえてほとんどの曲をラヴソングにするようにしていたんです。というのも、歌詞に起伏をつけるには女の子を主人公にしたラヴソングだとやりやすいと気づいたんです。ぼくはあんまり強いこと言ったりDVなんて絶対できないけど、すぐ怒ったりしそうなやつのほうがモテるみたいな矛盾は日常生活でも映画とか見てても感じたり。そういうなんというか描きにくい曖昧なとこを描きだそうとしてみたらうまくいったことがあって。

そういうことあるのかな、あるのかもねえ。

吉田:一回自分を完全に離れるからお話が作りやすいのかもしれなくて。身勝手なひとを好きになってしまうというような起伏の作り方だと歌詞がまわっていくなと思っていて、前回まではそれをモデルケースに書いていたんですけど、今回それをいつのまにか忘れていたのか、危ない場面を書こうとしなくても詞としての危なさが勝手にはいるように書けるようになっていた感じがして。

最初にいった不安定さを嗅ぎつける能力が恋愛にかぎらなくなったんじゃないかな。

吉田:感覚的にはそうですね。

セカイ系という言い方はかなり前の流行り言葉で、オタク的な文脈で使われることが多いけど、吉田くんの歌詞にはそれと似た空間性があると思いました。なにかが起こるかもしれない不安定さを皮膜一枚向こうに感じているような。

吉田:セカイ系って全体感ではなく一対一の関係が大事になってしまうということですか。

一体一の関係の背景があるという意味では全体感というより遠近感でしょうね。

吉田:ぼくは会話に没入したいんだけど周辺視野のことが気になってしまう、その場面のイメージはめちゃくちゃ強いですね。

おそらくそうだろうね。そうしてふとした所作の意味を考えてしまう。

吉田:喫茶店で大きな声で別れ話をするのはイヤみたいなのがあるかもしれません(笑)。ほんとはそんなこと考えずに相手の話に集中しないといけないはずなのに、周りがなぜか見えてしまう、みたいな(笑)。そういうのが詞の原動力になっているかもしれないです(笑)。

私はそんなとき、超越者の審判がくだされたと感じますが、それはさておき、吉田さんの歌詞では作中人物がよく後悔しますよね。夜考えていたことが朝起きると色褪せて思えるような感じ。

吉田:レイモンド・カーヴァーが好きなんですよね。予想よりわるいことが起きてそのまま終わるような話が多いじゃないですか。ぼくは自分の歌詞についてはできるだけハッピーエンドで終わらせようと思ってますけど。レイモンド・カーヴァーですごい好きな話が、夫婦喧嘩してる時に冷蔵庫が壊れて、冷凍したものとかがどんどん溶けてきちゃって、もういろいろ最悪っていう。

ほかに作家で好きなひとはいますか。

吉田:ヴォネガットです。ぼくは小説も分析的に読めなくて、どうして文学があるとか、ぜんぜんわからなかったんですが、ヴォネガットの『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』を読んだときに、いろいろやって最後子ども全員育てるじゃないですか。おそらくテーマは「ひとにはやさしくしよう」っていう凄いシンプルなことなのに、それをそのままいってもだれも聞いてくれない、でもこういうことがあるからやさしくしなくちゃいけないんだよいうメッセージを伝える。「ひとにはやさしくしよう」という一行のことを人の胸に響くように伝えるためにディテールがいろいろ必要で、それがこの小説なんだと感じたんですよね。歌詞でもその形式に則ることにしています。この歌詞のいいたいことはこれ、もちろん具体的に言い切れることじゃない場合もありますよ、でもそのうえで、これをいうにはそれが説得力をもつ文脈をつくらないと伝わらないと思い、それにはディテールへの共感がいるという観点からつくっています。“1DK”だったら一緒に暮らしてしあわせだったのが、あるきっかけでキツくなってきてそれをなんとかしたいというストーリーを設定していて、それに説得力をもたせるには、ふたりの喧嘩を描くのではなくて、家に行ったら仲がわるいのがまるわかりじゃんという状況を書くほうが共感度高いと思って。村上春樹を読んでいるときに思ったんですが、村上春樹の読者は小説のなかで起こっていることが、「これは自分にしかわからないことを書いてくれている」と思っている気がするんです。ただ、実際は100万部とか売れるわけだから、そう考えているひとが100万人いる。自分にしかわからないようにみえる表現というのがあって、歌詞を書くときはできるだけそういうものにしたいな、と思っています。

たとえばフィッシュマンズなんかはそうだったと思うんです。大勢いるんだけど舞台の上の佐藤伸治と一対一で向き合うようなありかたは、不特定の他者との共感が主流になるとなかなかなりたたない。最後に吉田くんのなかにロックシーンだけじゃなく日本の音楽の現状に対して思うことはありますか。

吉田:ぼくはほんとうに不満を感じないほうですね。ぼくの場合、本来才能に恵まれているのに世に出られなかったわけじゃなくて、二十歳ぐらいのときの音楽を聴くとじっさいにクオリティが低いんですよ。ふつうにクオリティが低くてライヴハウスで怒られていた(笑)。三十でようやくインディーズで出せるようになって。自分の実力と聴くひとの数が印象のなかではほとんど乖離していないんですよ(笑)。(了)

Mica Levi - ele-king

 いくつものサウンド・エレメントが接続・編集・加工されるミュジーク・コンクレート的な手法を援用しながら、「シネマティック=映画的」な感覚/情感の音楽/音響作品を構築する。2017年のエクスペリメンタル・ミュージックにおいて、そのような映画的なムードを感じさせる作品(アルバム/EP)がいくつもあった。
 それらは皆、音響的には複雑で、多層的で、ときにノイジーですらあっても、しかし聴感上は静謐だった。たとえば坂本龍一の新作『async』における「非同期」の概念とも交錯する。音、音楽、微細なノイズ、楽音などが、まるで映画のシークエンスのように、それぞれが別の層に、イマジネティヴに展開されているのである。
 そもそもミュジーク・コンクレート的な技法を援用することは(サンプリング全盛期の90年代コラージュとの差異だろう)、ヴェイパーウェイヴ~ワンオートリックス・ポイント・ネヴァー以降、トレンドになっていたし、2010年代のフィールドレコーディング・ブームなども、この「シネマティック=映画的」へと繋がる潮流ともいえるだろう。

 しかし違う点もある。いくかの作品において極めてSF的/終末論的なムードが展開されていたのだ。これは2010年代的なインダストリアル/テクノなどのダークなムードを継承した結果といえよう。「世界の終わり以降の世界」へ。これはドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の映画『ブレードランナー2049』と共通するムードでもある。
 映画『ブレードランナー2049』は、『ブレードランナー』のように巨大な虚構世界から消えることのない大きな影響を受けた「子どもたち」(その影響を受けた作家、作品、無数のエピゴーネン、その観客のことだ。そう、われわれは「セカンド・チルドレン」「サード・チルドレン」なのだ)が、しかし、自分たちすべては「その本当の子」ではないという悲しみの映画である。そこにおいて人間/レプリカントの差異は無化してしまう点がポイントだ。主人公「K」もわれわれも正当な「子=続編」になりえないのだ。根拠は最初から剥奪されている。
 根拠を消失したヒトは衰退している。安易な快楽を注入し、遺伝子改良食品で生き延びる。未来都市を濡らす雨はヒトの涙のようだし、降り続ける雪は彼らのヒトの哀しみの結晶である。「涙」も枯れ果てた世界には乾いた砂塵が舞うだろう。そう、『ブレードランナー2049』は、巨大な歴史(文明と文化と科学)以降を生きる「ヒト」たちの「根拠なき生」の哀しみを、映像と音響の力を余すことなく使いながら、まるで約3時間の詩のように構成した映画なのである。

 さらに注目すべきは、そのような世界観/映像を表現するための音楽として、ドローン/ノイズ、アンビエント・サウンドが採用されていた点だ。『ブレードランナー2049』の音楽は当初、ヴィルヌーヴ監督と『ボーダーライン』『メッセージ』などの傑作でタッグを組み、素晴らしい音楽/音響世界を生み出したヨハン・ヨハンソンが手掛ける予定であった。が、しかしその後、ハンス・ジマーも音楽陣に加わったとアナウンスされ、結局、ヨハン・ヨハンソンは降板となり、ハンス・ジマーに一任されることになった。
 この変更には一抹の不安を抱いてしまったが、さすが現代ハリウッドの随一の音楽家の仕事である。完璧だ。この映画の音楽を、オウテカ以降の逸脱するテクノロジカル・ミュージックとしての2010年代的なエクスペリメンタル・ミュージックの潮流に組み込むことは決して不可能ではない。
 ゆえに私は『ブレードランナー2049』の世界観とムード、そして音楽/音響は、2017年の「シネマティックなエクスペリメンタル・サウンド」を考えるうえで重要なポイントと考えている。これらは同時代の作品なのだ。

 ミカチューことミカ・レヴィの新作『Delete Beach』も、そんな2017年的なムードを濃厚に持っているシネマティックな音響作品であった。もともとは日本人アニメーターが参加したノルウェイの短編SFアニメーションであり、本作はそのサウンドトラックである。
 短編SFアニメーション『Delete Beach』は、フィル・コリンズ監督と日本人アニメーター江口摩吏介による作品。制作には日本のSTUDIO 4℃も関わっているという。江口は1985年の杉井ギサブロー監督作品で、細野晴臣が音楽を手掛けた『銀河鉄道の夜』の作画監督を務めたベテラン・アニメーターだ。
 そしてミカ・レヴィにとっては『アンダー・ザ・スキン 種の捕獲』『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』に続く映画音楽の仕事となる。ハリウッド大作ともいえる前2作から日本アニメの「意匠」をまとった外国人による監督のアーティスティックな短編アニメという振れ幅が実に興味深い(ミカチューとしてインディペンデントな活動も展開するミカ・レヴィの魅力だろう)。リリースはデムダイク・ステアが主宰する〈DDS〉から。マスタリングは名匠マット・コルトンが手がけている。

 『Delete Beach』の作品世界の設定はSF/ディストピアなムードに満ちており、とても魅力的だ。舞台は「無炭素社会」になった地球の未来世界。そこにおいて「レミングス=バーナーズ」という反資本主義組織の活動に身を投じた少女が主人公である。「バーナーズ」は炭素由来の燃料が違法になった世界において、「オイルによって「スローバー」を描いてまわる」組織のこと。この「オイルの完全なムダ使い」がバーナーズからの欺瞞と搾取に満ちた世界へのメッセージらしい。本音源の中で彼女は語る。

私は飛ぼうとした。そして失敗した。地下組織の同志たちに合流して、時間と共にオイルになろうとしてた。海底のパラレルワードとも呼ばれる場所で。旅立って新しい元素として生まれ変わろうと思った。そのつもりだった。

 ミカ・レヴィによるこのサウンドトラックは、単に音楽を収録したものではなく、主人公である少女のモノローグが日本人声優によって語られ、そこにインダストリアル/ノイズなダーク・アンビエントな音響が映画の進行のように展開する音響作品となっている。
 ディストピアSFを思わせる世界観のダイアローグ/ナレーションとノイズ/インダストリアルなサウンドのマッチングが素晴らしく、聴いているだけで世界観の中に没入できる。インダストリアル/ノイズなサウンドにこのような方法論があったのかと驚いたほど。アニメ+ミュジーク・コンクレートだ。
 アルバムには日本語版“Delete Beach (Japanese)”に加えて、本編のサウンドから抜粋されたチェロの低音に電子音/ノイズを走らせるトラック“Interlude 1”、セリフを抜いた“Delete Beach (Instrumental)”、ミニマルで不穏な旋律と音響の“Interlude 2”、英語版“Delete Beach (English)”が収録されている。

 この『Delete Beach』は、ディストピア的な世界で存在の無根拠と生に引き裂かれる少女の存在と言葉を通じて、ポスト・インターネット社会・世界の不穏を想起させる極めてアクチュアルな作品に思えた(日本公開が待たれる)。

 そして、『Delete Beach』と同じくSF映画的なムードを放つアルバムが、謎に満ちたベルギーのサウンド・アーティストObsequiesのデビュー・アルバム『Organn』である。リリースは、〈Planet Mu〉傘下で、あのヴェックストのクエドが主宰する〈Knives〉。

 フランスの詩人ロートレアモンの詩「Les Chants de Maldoror」からインスピレーションを得たという本作は、電子ノイズ、そしてダーク・アンビエントの痕跡のような音楽的エレメントが、霞んだ空気感の中で交錯している。まるで21世紀初頭に復活したロマン主義者の深層心理の彷徨のように。レーベルからは「愛と二重性についての記録」とアナウンスされているが、電子ノイズ、アンビエント、インダストリアル、微かな楽器音などが、ときに複雑に、ときに細やかに、ときにノイジーに、ときにロマンティックに、しかし大胆に、繊細にコンポジションされていくことで、21世紀も都市生活者の実存的な不穏と不安を音響化していく。A4“Asthme”の掠れるような声と暴風のようなノイズの交錯は、孤独な魂の声にならない叫びのようにも思えた。その意味で2013年にリリースされたジェームス・レイランド・カーヴィーによるザ・ストレンジャーがアルバム『Watching Dead Empires in Decay』で展開した都市生活者の孤独な魂が憑依・継承したかのような作品だ。
 もしくは、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーの『ガーデン・オブ・デリート』以降の音響世界だろうか。『ガーデン・オブ・デリート』の音響空間は、バラバラに分断した世界を、ジャンクな音楽要素をコンクレートしていくことで、「引き裂かれた世界」を音響化/音楽化するようなムードがある。リリースから2年を経過した現在のエクスペリメンタル・ミュージックは、さらにディストピアな感覚を継承し、新たな音の結晶体として統合するかのような音響/音楽に変化を遂げているのだ(『ガーデン・オブ・デリート』がいかに重要なアルバムであったことか!)。

 そう、『Delete Beach』や『Organn』は、ダークな世界観のSF的ナラティヴによって、われわれ聴き手にロマンティックな哀しみ/悲しみの美学を生成し、人の荒んだ心を沈静化する力を持っている。これらの音楽/音響には、「終わりの世界以降の世界」を生きる「子」たちの悲哀があるのだ。『Delete Beach』と『Organn』が、映画『ブレードランナー2049』と同じ2017年にリリースされたことはやはり重要だ。かたやハリウッド大作、かたやインディペンデントの音響作品と、その規模も表現方法はまったく違いながらも、両極において同時代のムードが紛れもなく共有されているのである。優れた芸術作品は時代の無意識を反映してしまうものなのだ。

Kyle Dixon & Michael Stein - ele-king

 ほとんどのリスナーやメディアは、基本的に移り気だ。ある程度食い荒らしたら、次の“最先端とされるもの”に乗り換える。しかしこれは、人が欲望の生き物である以上致し方ないことでもある。筆者としても、より良いものを求める姿勢は大歓迎だし、進化と深化のためにも移り気という名の荒波は必要だ。この荒波があるからこそ、ブリアルの『Untrue』みたいに、リリースから10年経っても注目され、多くの人たちに影響をあたえる作品が生まれるのだから。
 そうした荒波を乗り越えつつあるのがシンセウェイヴだ……と言われても、日本でシンセウェイヴを知る人は少ないと思うので、少し説明を入れておこう。

 シンセウェイヴが盛りあがりを見せはじめたのは、2010年代前半のこと。〈Rosso Corsa〉〈Rad Rush〉〈New Retro Wave〉などのレーベルやその周辺のアーティストたちが旗頭となり、数多くの作品を発表してきた。こうした動きが大手メディアのプッシュではなく、『Synthetix.FM』や『Disco Unchained』といったブログが地道に魅力を伝えつづけたことで広がっていったのも、シンセウェイヴを語るうえでは欠かせない。先に書いたレーベルがバンドキャンプで作品を発表したら、すぐさま集結するサポーターも重要な存在だ。バンドキャンプには、SNSと連動したサポーター欄がある。たくさんのプロフィール写真が並ぶそこでは、ファンがコミュニティーを形成し、新たな音楽との出逢いを促してくれる。こうした草の根的な手法もシンセウェイヴの特徴だ。
 音楽的には、イタロ・ディスコ、ファンク、ハウスといった要素を掛け合わせたものが多い一方で、〈Minimal Wave〉のリリース作品を想起させるミニマル・シンセに近い音もあったりと、バラエティー豊かだ。ドラマ『ナイトライダー』シリーズあたりのレトロ・フューチャーな世界観を彷彿させるアート・ワークが多いのも特徴で、いわゆる80年代のポップ・カルチャーに多大な影響を受けている。

 ここまで書いてきたことからすると、音楽オタクに好まれるニッチなジャンルに思われるかもしれない。確かに、黎明期の頃はそうした側面も目立っていた。しかし、シンセウェイヴの代表的アーティストのひとりタイムコップ1983は、ベラ・ソーン主演の映画『ラストウィーク・オブ・サマー』で楽曲が使われるなど、意外と広く認知されている。さらに、ドナルド・トランプの有力な支持者として知られる白人至上主義者のリチャード・スペンサーが、シンセウェイヴを政治利用したことも記憶に新しい。この動きについて、『BuzzFeed』『The Guardian』『thump』といったメディアが取りあげたことからも、海外では少なくない注目を集めている音楽だとわかる。

 そんなシンセウェイヴが輩出したスターといえば、テキサス州オースティンを拠点に活動するシンセ・バンド、サヴァイヴである。メンバーは、アダム・ジョーンズ、カイル・ディクソン、マーク・ドゥニカ、マイケル・スタインの4人。彼らが脚光を浴びたキッカケは、2012年の作品『Survive』。トロピック・オブ・キャンサーのシングルも扱う〈Mannequin〉からリリースされたこのアルバムは、〈Blackest Ever Black〉や〈Modern Love〉など、当時勃興期を迎えていたポスト・インダストリアル・ミュージックの流れとも共振する妖艶なサウンドスケープが特徴ということもあり、早耳のリスナーたちに支持された。『Survive』以降も彼らは着実にキャリアを重ね、サヴァイヴ以外の課外活動も増えていった。なかでもアダム・ジョーンズは、サウザンド・フット・ホエール・クロウとして、『Cosmic Winds』という印象的な作品を残している。ニュー・エイジやクラウトロックなどの影響が滲むこのアルバムは、聴いていると脳みそが“うにゅ”ってなるほどのトリッピーな音像でリスナーを飛ばしてくれる。
 だが、それ以上に興味深い課外活動は、サヴァイヴの中心人物であるカイル・ディクソンとマイケル・スタインが手がけた、ネットフリックスのオリジナル・ドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』のサントラだ。2016年にシーズン1が配信されたこのドラマにふたりは、ダークな音像が映えるエレクトロニック・ミュージックを提供し、大きな注目を集めた。それを受けてふたりは、今年配信されたシーズン2でもサントラを担当している。

 そのシーズン2のサントラこそ、本作『Stranger Things 2 (a Netflix Original Series Soundtrack)』だ。シンセサイザーを基調にしたサウンドはサヴァイヴと変わらないが、ふたりなりにサントラという性質をふまえているのか、音数が非常に少ない。シンセ・アルペジオの微細な変化で曲に表情をつけていく手法が目立つ。サヴァイヴの作品では多々見られる、過剰なエフェクト使いがないのも特徴だ。音色を変化させるために、リヴァーブやディレイといったエフェクトを使う場面もあるが、それもシーズン1のサントラ以上に控え目。こうした方向性のおかげで、綿密なプロダクションやストイックなミニマリズムといった、サヴァイヴの作品で見られる要素がより深く楽しめる。強いて言えば、ワンオートリックス・ポイント・ネヴァーが手がけた映画『グッド・タイム』のサントラに近い方向性だが、このサントラではハイハットといったドラムの音が使われているのに対し、本作はそうした類の音は一切ない。ゆえにビートはなく、それがシンセサイザーを中心とした本作の多彩な音世界を際立たせることにも繋がっている。

 強烈な金属音が響きわたる“It's A Trap”を筆頭に、インダストリアル・ミュージックの要素が色濃いのも見逃せない。丁寧に磨き抜かれた電子音の中で、殺伐としたドライな音も顔を覗かせるのだ。そこに浮かびあがるスリルと不安は、『ストレンジャー・シングス 未知の世界』の重要な設定である向こう側の世界、つまりアップサイド・ダウンに住むモンスターの恐怖をサウンドで表現しているようにも感じられる。

 シーズン1のサントラと大きく異なる点としては、随所でオマージュ的なサウンドを見いだせることが挙げられる。たとえば、たおやかな雰囲気を漂わせる“On The Bus”の音色は、デヴィッド・ボウイの名盤『Low』に収められた“Warszawa”を彷彿させる。もちろん、そこからもっと遡り、タンジェリン・ドリームやクラフトワークの要素を見つけることも可能だ。他にも、どこか郷愁を抱かせる“Eulogy”ではウェンディ・カルロスの影がちらつくなど、本作はシンセサイザーの可能性を切り開いてきた先達の遺産が多々見られる。

 シンセウェイヴは、海外のサブカルチャーという括りで終わらせるにはもったいないほどの豊穣な音楽的背景を持つ。そう実感させてくれる本作を入口に、シンセウェイヴの深い森を彷徨うのも一興だ。

Jeff Mills - ele-king

 ジェフ・ミルズが音楽を担当したことで話題となった大森立嗣監督による映画、『光』。そのサウンドトラックCDが急遽発売されることとなった。このCD盤は、すでに配信でリリースされているヴァージョンよりも収録曲が多く、また映画本編未公開、未配信音源も含んだ内容となっている。詳細は下記より(映画『光』のレヴューはこちら)。

ジェフ・ミルズが音楽を担当した映画『光』のサウンドトラックCDが急遽発売決定。収録曲“Incoming”をフィーチャーした特別映像も公開!!

三浦しをん原作・大森立嗣監督。井浦新、瑛太、長谷川京子、橋本マナミらが出演、“人間の心の底を描く過酷で濃厚なサスペンス・ドラマ”で、音楽をエレクトロニック・ミュージックのパイオニア、ジェフ・ミルズが担当していることでも話題を呼んでいる映画『光』。

この映画のサウンドトラック『AND THEN THERE WAS LIGHT (FILM SOUND TRACK)』のCDを12月22日に発売することを急遽決定致しました。

すでに先行配信されている10曲とは収録曲が一部異なり、さらに映画本編未公開、未配信音源も含めた全16曲を収録した充実の内容で、主演 井浦新のシルエットに映画の舞台、美浜島に生い茂る、うねる樹木がコラージュされたグラフィックが印象的なCDジャケットとなっています。

サントラ収録曲の中でもひと際強いインパクトを与える、ジェフ・ミルズの90年代のサウンドを思い起こさせるインダストリアルでハードな楽曲“Incoming”。映画の中でも一瞬にして世界を不穏な空気に包み込むこの楽曲と、映画の本編映像が融合した、特別映像が公開されているので、こちらもぜひチェックしてください。

ジェフ・ミ ルズの音楽と本編シーンを融合させた映画『光』特別映像
https://youtu.be/jq1AW-D5L-8


【CD情報】
JEFF MILLS 映画 『光』 サウンドトラック
『AND THEN THERE WAS LIGHT (FILM SOUND TRACK)』

2017.12.22リリース [日本先行発売]
品番:UMA-1103 定価¥2,500+税

収録曲 ※CDのみに収録
01. A Secret Sense
02. Islands From The Lost Sea ※
03. Raindrops Of Truth
04. Parallelism In Fate
05. The Revenge Of Being In Lust ※
06. The Bond Of Death ※
07. The Trail Of Secrets ※
08. Consequences ※
09. Danger From Abroad
10. The Little Ones ※
11. Landscapes
12. Trigger Happy Level ※
13. The Players Of Consequence
14. Lost Winners ※
15. The Hypnotist (Hikari Mix)
16. Incoming

JEFF MILLS 映画 『光』 サウンドトラック
『AND THEN THERE WAS LIGHT (FILM SOUND TRACK)』配信Ver.

収録曲
01. Incoming
02. A Secret Sense
03. Danger From Abroad
04. Parallelism In Fate
05. Landscapes
06. Arrangements of The Past
07. Trigger Happy Level
08. The Players Of Consequence
09. Raindrops Of Truth
10. The Hypnotist (Hikari Mix)

die ANGEL - ele-king

 エンジェルは、2016年に亡くなったミカ・ヴァイニオがメンバーであったフィンランドのエクスペリメンタル・ユニット、パン・ソニックのイルポ・ヴァイサネンと、シュナイダーTM名義でも知られるダーク・ドレッセルハウスによるユニットである。

 彼らは、まず2002年にファースト・アルバム『ANGEL』を〈BiP_HOp〉からリリースした。4年を置いた2006年、モダン・クラシカルの作曲家/チェロ奏者のヒルドゥル・グズナドッティルとの共作『In Transmediale』を、アクフェン、モノトンなどをリリースしていたモントリールの〈Oral〉から発表する。さらに2008年には〈Editions Mego〉より『Kalmukia』『Hedonism』を連続リリース、2009年には〈Important Records〉からストリングス・オブ・コンシャスネスとの共作『Strings Of Consciousness & ANGEL』を発表。2011年には〈Editions Mego〉から『26000』、2014年には同じく〈Editions Mego〉から『Terra Null.』と、コンスタントにアルバムを送り出してきた。中でも『Terra Null.』はプログレッシヴ・ノイズとでも形容したいほどのコンセプチュアルなアルバムに仕上がっており、その時点での彼らの最高傑作といえる仕上がりだった。
 また、2010年のパン・ソニック活動休止以降は、ミカ・ヴァイニオのソロ・アルバムやØ名義、イルポ・ヴァイサネンのI-LP-O In Dub名義での活動と共に、元パン・ソニックの音楽をわれわれリスナーが追うことができたプラットフォームでもあった(いや「元」であったのか分からないが)。

 そして前作から3年後の2017年、新作『Entropien I』が発表されたわけだが、2008年以降のお馴染みであった〈Editions Mego〉からのリリースではなく、ブラック・レイン&シャープノイズ、ミカ・ヴァイニオ&フランク・ヴィグロー、ジェシー・オズボーン・ランティエグリーシャ・リヒテンバーガーなどのリリースでマニアに知られる〈Cosmo Rhythmatic〉からの発売で、そのうえユニット名が「ダイ・エンジェル」と変更されていた。メンバーにオーレン・アンバーチが加わっているので、一種の新ユニットともいえなくもないが、リリース間隔から考えると明らかにエンジェルの新作にも思える。
 などと思っていると、どうやら本作には2017年に亡くなったミカ・ヴァイニオへの追悼アルバムという意味合いがあるという。とすると「死んだ天使」とはミカ・ヴァイニオのことだろうか。盟友イルポ・ヴァイサネンだからこそ言える追悼の言葉にも思える。

 とはいえ制作自体はミカ・ヴァイニオが亡くなる前から進められていたらしい。というのもアルバム・クレジットに、2015年12月から2016年1月にかけてイルポ・ヴァイサネンとダーク・ドレッセルハウスのリアルタイム・パフォーマンスがベルリン「Zone」で録音され、その後、2016年4月から5月にかけてイルポ・ヴァイサネンとオーレン・アンバーチよるオーバーダブが「Zone」で行われたと記されているからだ。
 この経緯を踏まえると、もともとは エンジェルの新作としてスタートしたとすべきではないかと思う。つまり2015年12月から2016年1月に エンジェルの新作としてベーシックとなる録音を取り終え、同年4月にオーレン・アンバーチを招いて録音が行われた。だが2017年のミカ・ヴァイニオの突然の死によって、彼らはユニット名を変更してでもアルバムに追悼の意を込めたのだろう(最終的な編集段階でサウンドに変更が加えられたのかもしれないが)。ちなみに編集とミックスはダーク・ドレッセルハウス、マスタリング/カッティングをマット・コルトンが手掛けており、前作以上に極上のノイズ・サウンドを満喫できるアルバムでもある。

 むろん、そのような憶測よりも、まずは「音」である。とにかく腐食した鋼鉄のごときノイズが圧倒的なのだ。本アルバムには全7曲が収録されているが、オーレン・アンバーチ特有のクラウト・ロック的なミニマル・ドラム(ハイハットの規則的な刻みだが)が聴けるのはA2“Terminen Kevät”のみであり、ほかのトラックはどれもダビーな音響処理のもと、強烈なヘビー・ノイズ・サウンドが展開されている。

 “Terminen Kevät”もミニマルなハットのむこうにさまざまなノイズ・サウンドが横溢しているし、A3“Kitka”ではグリッチに反復するリズムの上に、鋸のようなノイズ・サウンドが咆哮をあげている。いわば「グリッチ・メタル・ノイズ」とでも形容したい音なのだ(もしもパン・ソニックの新作があったとするなら、このような音になったのではないかと妄想すらしてしまったほど)。続くA4“Silvaticum”はスローなテンポと空間的な音響のなか、ダブ・ノイズ的なサウンドが展開するなど、ドープな緊張感に満ちたトラック。一転して、B1“Papyrus”では、反復する声を編集した高速ループの地響きのようなノイズ・サウンドがレイヤーされる。B2の“Entropia - North”、“Entropia - South”は組曲形式で展開するトラック。“Entropia - North”は15分に及ぶ長尺で、ダブ・ノイズ・サウンドが堪らない。そして終局近くで鳴り響く雷鳴のごときノイズ・サウンドは眩暈がするほど強烈。インダストリアルなノイズは近年飽和気味だが、このダイ・エンジェル『Entropien I』は、やはり流石の完成度である。ノイズ・サウンドが、その純度を保ったまま、新しい強度を、そのサウンドのレイヤーとコンポジションによって獲得しているのだ。
 私は本アルバムを聴いていると、ミカ・ヴァイニオがパン・ソニック以前にヤンネ・コスキ、タピオ・オンネラらと活動していたインダストリアル・ユニット、ガガーリン‐コンビナッティ(Gagarin-Kombinaatti)の鋼鉄/腐食のノイズを思い出してしまった(2015年に〈Sähkö〉傘下で、ジミ・テナーが主宰する 〈Puu〉から音源集『83-85』がリリースされたので、近年でも簡単に聴けるようになった)。いわばインダストリアル・ノイズの過去と現在が結びつくような感覚とでもいうべきか。

 それにしても「I」ということは「II」もあるのだろうか。とすれば彼らはどんな極上のノイズ・サウンドを聴かせてくれるのだろう。これほどのサウンドを聴いてしまうと、やはり次が気になってしまう。このネクストへの期待・希望を持たせてくれる点が重要だ。これで終わりではない(かもしれない)。まだ、次はある(かもしれない)。未来に尽きぬ希望を賭けること。ネクストへの意志。それこそが「天使」から「天使」への最高の応答のように思えてならない。

あめとかんむり - ele-king

 先日、友人に勧められて、あめとかんむりのアルバム『nou』を聴いた。あめとかんむりは、今年解散したアイドル・グループ、校庭カメラガールツヴァイのリーダーだったmolm'o'mol(もるも もる)のソロ・プロジェクト。これまで3枚のシングルを発表しており、本作がファースト・アルバムとなる。
 正直に告白すると、日本のポップ・ミュージックに触れるなかで彼女の存在を知り、作品も聴いてはいたが、強い興味を持つことはなかった。フリースタイル・ラップに挑む女子高生を描いた曽田正人の漫画『Change!』が『月刊少年マガジン』で始まり、フィーメイル・ラッパー限定のMCバトル『CINDERELLA MC BATTLE』が話題になるなど、日本で多くのフィーメイル・ラッパーが注目されている流れに位置するアーティストという程度の認識だった。本作を聴く気になったのも、女優・小宮一葉のラッパー名義であるfaela(ファエラ)の作品を扱う〈tapestok records〉からのリリースというのが主な動機だ。

 そのうえで言えば、本作は面白い点が多い。特に耳を引かれたのはトラックだ。“Hungry”という酩酊感たっぷりのアシッド・ハウスを提供したハラダ・カナコをはじめ、アクアリウムや外神田ディープスペース名義で〈Natural Sciences〉からリリース経験もあるdeejay 聖讃カリィ、去年AVV名義で発表した秀逸なロウ・ハウス「16 'til EP」も記憶に新しいマサユキ・クボ、そのEPにリミックスで参加したペーパークラフトといった、興味深い面々がトラックを担っている。全10曲中マサユキ・クボが5曲制作しているからか、全体的にはロウ・ハウスの要素が色濃い。〈L.I.E.S.〉〈Confused House〉〈Bio Rhythm〉あたりのレーベルに通じる生々しい質感をまとったビートが印象的なトラックが多く、クラブで流れても不思議じゃない音ばかりだ。
 そうした統一感を醸しつつ、“Lie Night”には〈1080p〉の登場以降多くなったドリーミーなベッドルーム・ハウスを彷彿させるサウンドがあり、“Ready”ではUKガラージど真ん中なビートを鳴らすなど、多彩さも忘れていない。そこにメランコリックな雰囲気を漂わせるキャッチーなメロディーも散りばめるなど、現在進行形のエレクトロニック・ミュージックと共振しつつ、親しみやすさも考えたバランスの良さが光る。

 molm'o'molのパフォーマンスも特筆したい。おやすみホログラムの八月ちゃんが参加した“With Out You”で見せる掛け合いも見事だし、“Wide”ではキレのいいラップと歌を使い分けるという芸当もこなしている。ヴァース/コーラス形式といったポップスの定番とは距離を置いた、DJ好みの機能的ダンス・ミュージックが揃うトラック群を乗りこなせることからも、彼女の高い順応性と表現力が窺い知れるというもの。
 元Especiaの脇田もなりによる『I Am Only』など、今年はアイドルがソロの表現者として飛躍した作品に出逢うことも多かったが、本作は間違いなくそのうちの1枚だ。

interview with Nick Dwyer (DITC) - ele-king

制限のあるなかで音楽を作らなければならなかったという点、いかに限られたテクノロジーのなかで境界線を押し広げていくか、という挑戦のようなところが魅力でもあった。


Various Artists
Diggin In The Carts

Hyperdub / ビート

Electronic8bitSoundtrack

Amazon Tower HMV iTunes

 たしかにデトロイト・テクノだ。デリック・メイも入っていれば、アンダーグラウンド・レジスタンスも入っている。『ベア・ナックル』シリーズ第1作のサウンドトラックを聴いてそう思った。スコアを担当した古代祐三は当時、西麻布のYELLOWでデトロイト・テクノを耳にし、そこで受けた影響をそのサントラに落とし込んだのだという。ときは1991年。URが「The Final Frontier」や「Riot EP」、「Punisher」といった初期の代表作を矢継ぎ早にリリースしていた頃である。当時のURの音源は『Revolution For Change』という編集盤に、また同時期のジェフ・ミルズやロバート・フッド、ドレクシアらのトラックは『Global Techno Power』というコンピレイションにまとめられているが、興味深いのは、それらをリリースした〈アルファ〉が『ベア・ナックル』のサントラを世に送り出したレーベルでもあったということだ。デトロイトのテクノと日本のゲーム・ミュージック――一見かけ離れているように見える両者の間に、そのような繋がりがあったことに驚く。
 でもそれはきっと偶然ではないのだろう。われわれがゲームをプレイするとき、そのBGMの作曲者やトラックメイカーに思いを馳せることは少ない。だが、それが音楽である以上必ず作り手が存在するわけで、となれば、その作り手がその時代の音楽からまったく影響を受けないと考えるほうが難しい。同時代の海外の音楽を貪欲に吸収し独自に消化していたからこそ、『ベア・ナックル』はその海外のリスナーたちの耳にまで届き、フライング・ロータスやハドソン・モホークといったいまをときめくプロデューサーたちの音楽的素養の一部となることができたのだと思う。

 このたび〈Hyperdub〉から届けられたコンピ『Diggin In The Carts』には、その古代祐三を含め、80年代後半から90年代前半にかけて制作されたさまざまなゲームの付随音楽が収められている。8ビットや16ビットで作られたそれらの楽曲は、たしかにレトロフューチャーな趣を感じさせるものでもあるのだけれど、そこはさすが〈Hyperdub〉、たんにノスタルジックだったりキャッチーだったりするトラックには目もくれない。もっともわかりやすいのは細井聡司“Mister Diviner”のライヒ的ミニマリズムだが、背後のノイズが耳をくすぐる蓮舎通治“Hidden Level”や、複雑に刻まれた上モノが躍動する吉田博昭“Kyoushin 'Lunatic Forest”、「これ本当にゲーム・ミュージック?」と疑いたくなるようなテクノ・サウンドを聴かせる新田忠弘“Metal Area”など、その選曲からはコンパイラーの強いこだわりを感じとることができる。藤田靖明“What Is Your Birthday?”なんて、「今年リリースされた新曲です」と言われたらそう信じ込んでしまいそうだ。
 ありそうでなかったこの斬新なコンピは、いったいどのような経緯で、どのような意図のもと編まれることになったのか? 3年前に公開された同名のドキュメンタリー・シリーズ『Diggin In The Carts』の監督であり、本盤の監修者でもあるニック・ドワイヤーに話を伺った。

 

機械のひとつひとつがそれぞれ性格の違う命を持っていて、それが泣いたり歌ったりして音を出しているというような感じがするんだよね。8ビット時代のそういった音に僕とコード9は魅力を感じていたんだ。

まずは、ニックさんの簡単なプロフィールを教えてください。

ニック・ドワイヤー(Nick Dwyer、以下ND):たくさん喋ってしまいそうだから、短くするね(笑)。僕はニュージーランド出身なんだけど、ずっと音楽に興味を持っていて、新しい音楽を発見することも大好きなんだ。14歳のときに自分のラジオのショウを持つようになって、15歳のときには音楽番組のTVプレゼンターをやるようになった。そのあとDJも少しやるようになったんだけど、『ナショナル・ジオグラフィック』のチャンネルでいろんな世界の音楽や文化を紹介するTVシリーズを手がけることになったんだよね。そのドキュメンタリーはニュージーランドの有名な曲をガーナやトリニダード・トバゴ、日本、ジャマイカなどに持っていって、現地のミュージシャンにカヴァーしてもらうという内容だったんだけど、それと同時に、その地域のアンダーグラウンド・ミュージックや文化を紹介するということもやっていた。それがいろんな音楽を深く知っていくきっかけになったんだ。日本に引っ越してきたのは3年前なんだけど、日本の素晴らしい文化をドキュメンタリーで伝えたいと思って、『DITC (Diggin In The Carts)』を始めたんだ。それから3年かかって、やっと今回のコンピレイションをリリースできることになって、ライヴ・ショウもやることになった、という流れだね。

なるほど。日本の文化を伝達しようと思ったときに、ゲーム音楽に着目したのはなぜですか?

ND:ニュージーランドに住んでいた7歳のときに、コモドール64というコンピュータを母が買ってくれて、それで初めてゲーム音楽に触れたんだよね。それまでの自分の人生で初めて――といってもまだ7年だったけど――ああいう音楽を聴いたんだけど、その音に衝撃を受けて興味を持つようになったんだ。兄のカセットテープを使ってそのゲームの音楽を録音して聴くくらい大好きだった。そのあと11歳のときに、兄が仕事で日本に行くことになった。兄は苗場で働いていたんだけど、ニュージーランドに戻ってくるときにスーパーファミコンを買ってきてくれたんだ。それが自分の人生を変えたね。メニュー画面が読めなかったから、ひらがなとカタカナを勉強した。それから学校でも日本語を勉強するようになった。あと、僕の家がホームステイをやっていたので、日本から子どもたちが泊まりに来ていたりしたんだけど、その子たちは世界のどの家庭にもスーパーファミコンのゲーム機があると思っていたのか、ゲーム(・ソフト)を持参していたんだよね(笑)。ニュージーランドにスーパーファミコンはなかったので、その子たちはラッキーなことに、ニュージーランドで唯一(スーパーファミコンを)持っている家に来たわけだ(笑)。みんな必ずロールプレイング・ゲームの『ファイナルファンタジー』や『ドラゴンクエスト』を持ってきていたから、そういうゲームに触れるきっかけができた。その音楽が美しくて、そこから興味を持つようになったんだよね。それが僕とゲーム音楽の出会い。

ニックさんはいまおいくつなんですか?

ND:37歳だよ。(日本語で)大丈夫? 大丈夫? ビックリした(笑)?

(笑)。では本当にゲーム直撃の世代なんですね。

ND:そうだね。ただ、もちろん『ファイナルファンタジーVI』や『クロノ・トリガー』、『ドラゴンクエストVI』なんかの音楽も大好きだったんだけど、僕はラジオやTVショウをやっていたし、レコード店で働いていたこともあって、ゲーム音楽に限らず日本の音楽全般に興味を持つようになったんだよね。ラジオでピチカート・ファイヴやユナイテッド・フューチャー・オーガニゼイション、キョウト・ジャズ・マッシヴ、ケン・イシイとかをかけるようになって、より日本の文化を好きになっていったんだ。いちばん大きかったのは、2010年に『ナショナル・ジオグラフィック』で東京に関する(ドキュメンタリーの)エピソードを作ったことだね。そのときに日本の歴史を調べて、田中宏和さんや下村陽子さんといった作曲家についても知ることになった。その頃には自分でも音楽を作るようになっていたから、年に1、2回日本へ行くときはクラブへ足を運ぶようにしていたんだけど、それと同じように秋葉原のスーパーポテトなんかのゲーム店でヴィンテージのゲームをディグして、それをニュージーランドに持ち帰ってサンプリングして、自分の音楽に使っていたんだ。それで、まだ日本から持ち出されていない名作がたくさんあることがわかったから、今回ドキュメンタリーを作る際に、そこにスポットライトを当てたいと思ったんだ。
 今回〈Hyperdub〉という素晴らしいエレクトロニック・ミュージックのレーベルからコンピレイションを出せることになってすごく光栄だったし、やるからにはしっかりやらなきゃいけないと思って、8ビットと16ビットの音楽はすべて聴いた。だからこそ時間がかかったね。

〈Hyperdub〉からリリースすることになったのはどういう経緯で?

ND:理由はいろいろあるけど、そのひとつに〈Hyperdub〉がエレクトロニック・ミュージックをちゃんと評価してリスペクトしているレーベルだから、というのがあるかな。コード9は新しいエレクトロニック・ミュージックのパイオニア的存在だしね。もうひとつの理由として、コード9が(『DITC』の)コンセプトをちゃんと理解してくれていたということもある。それは、このコンピレイションのコンセプトはノスタルジアではない、ということなんだよね。『マリオ』や『ソニック』、『ファイナルファンタジー』のような人気ゲームのグレイテスト・ヒッツを作るわけじゃなくて、やっぱりエレクトロニック・ミュージックとして日本のゲーム音楽の歴史のすべてを聴いて、そのなかから自分たちが新しいと思うものをコンピレイションとしてまとめたかったんだ。そのことをしっかり理解してくれていたのがコード9だった。
 あと、〈Hyperdub〉というレーベル自体が日本の文化に影響を受けているレーベルだということもあるね。たとえばデザインだったり、所属しているアーティストに日本のゲーム音楽から影響を受けている人が多かったり。彼らの音楽から日本のゲーム音楽の良い影響を聴き取ることができる、というのも理由のひとつだね。

たしかに、〈Hyperdub〉からはQuarta 330などチップチューンのアーティストのリリースもありますよね。

ND:そのとおり。(コード9の)“9 Samurai”のリミックスもそうだね。チップ時代の音楽のどこが好きかという点で、僕とコード9は共通していると思う。サウンド・パレットが大好きで、いい意味で安っぽい感じだったり、パチパチした音の質感だったり、ふたりともそういうキラキラした感じの音が好きなんだ。とくに8ビット時代の初期の頃。当時の音は、いまでは逆に未来的と感じられるような音だと思うんだけど、機械が自ら音を出しているような感じというか、機械のひとつひとつがそれぞれ性格の違う命を持っていて、それが泣いたり歌ったりして音を出しているというような感じがするんだよね。8ビット時代のそういった音に僕とコード9は魅力を感じていたんだ。

つまりリズムやメロディよりもテクスチャーに惹かれる、ということですか?

ND:魅力はたくさんあると思う。僕が魅力を感じている日本のゲーム音楽がなぜこんなにユニークなのかというと、やっぱりゲーム音楽のクリエイターたちがYMOや当時のジャパニーズ・フュージョン、カシオペアやT-SQUARE、あと久石譲さんの『風の谷のナウシカ』なんかで聴くことのできる暗い雰囲気の映画音楽とか、そういう音を聴いて影響を受けたからだと思うんだ。アメリカやイギリスではそういった音楽が存在しなかったので、彼ら(アメリカやイギリスのアーティスト)とは違うものを作ることができているんだよね。やっぱりそこがおもしろいところだと思う。チップ時代の音楽はパイオニアだと思うんだけど、制限のあるなかで音楽を作らなければならなかったという点、いかに限られたテクノロジーのなかで境界線を押し広げていくか、という挑戦のようなところが魅力でもあった。オーダーメイドのプログラムや性格の違うチップを使って、いかに他と違うものを作るかというところが素晴らしかった。でもCDの時代になってしまってからは制限がなくなってしまって、ゲーム音楽を作る人がふつうの音楽も作れるようになってしまった。それが悪いことだとは言わないけど、ちょっと魅力が失われてしまったように感じるね。それについては僕もコード9も同じように感じていた。このコンピレイションで何を見せたかったのかというと、日本の素晴らしいゲーム音楽というものを、日本から生まれたエレクトロニック・ミュージックとして提示したかった、ということだね。

欧米の方たちがこういった日本のゲーム音楽を聴くときは、やはり日本らしさやオリエンタルなものを感じとったりするのでしょうか?

ND:日本の70代後半から80年代前半や90年代の初めのバブルの頃って、すごくエキサイティングな音楽が生まれた時代だと思うんだよね。日本自体もおもしろかったし、その時代に素晴らしいシティ・ポップや、角松敏生さんや山下達郎さんのような素晴らしいアーティストがたくさん生まれていったと思うんだけど、日本は島国ということもあって、そういった音楽を国内だけで消化していったと思うんだよね。やっぱり言語の壁もあったと思うし。でも、いまになって海外の人がYMOを知ったり、ミニマル・ミュージックの高田みどりさんが60歳を超えたのにも拘らずアルバムをリリースして(註:リイシューのことと思われる)世界ツアーをやったり、『サルゲッチュ』で知られている寺田創一さんも80、90年代には素晴らしいハウス・ミュージックを作っているアーティストで、彼もいま世界ツアーをしていたりする。あと清水靖晃さんも最近作品をリリースしたばかりだし(註:こちらもリイシューのことと思われる)、いまになって初めて世界の人たちが日本の素晴らしい音楽を知り始めているところなんだよね。(そういった流れを)このコンピレイションからも感じることができると思う。
 それで、僕もスティーヴ(・グッドマン、コード9)も今回やりたかったことがあって。たとえばYMOが70年代の後半にリリースした音楽――とくにファースト・アルバムとセカンド・アルバムだね――は、チップを楽器として取り入れて新しいエレクトロニック・ミュージックを作り上げたと思うんだけど、その延長として、日本で作られたチップとシステムを使って、ゲーム音楽としてだけでなくエレクトロニック・ミュージックとして素晴らしいものを作った日本の文化というものを表現したかったんだよね。質問の答えになっているといいんだけど(笑)。

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「あれも知らないの? バカじゃないの?」って言われるのが想像できたんだ。だから「絶対にそうは言わせない」と思って、ファミコンやメガドライブ、PCエンジン、MSXなど、20万本のゲームの音楽を6ヶ月かけてすべて聴いたんだよね

先ほど「制限のあるなかで作られたところがおもしろい」という話が出ましたが、制限がなくなってしまってからのゲーム音楽にも興味深いと思えるものはありますか?

ND:魅力が失われてしまったとは言ったけど、もちろんそれですべての魅力が失われたとは思っていないよ。でもとくに最近のゲーム音楽というのは、クラシックやジャズ、ロックなんかだったりするから、いわゆる「ゲーム音楽」ではないんだよね。言い方は良くないけど、ロックならただの「ロック」という音楽になってしまっているというか。8ビット、16ビットの時代というのは、チップを使ったエレクトロニックな「ゲーム音楽」だったんだよね。そこがユニークだったと思う。今回のコンピレイションやヴィデオを作っていて、32ビットや64ビットのCD時代のセガ(サターン)やFM TOWNS、NINTENDO64やPlayStationの音楽にも触れてみたんだけど、そこから素晴らしい音楽を知ることもできた。いまのコンテンポラリーなゲーム音楽については、これからどんどんリサーチを進めて、その魅力に気づいていけたらいいなと思ってる。

最近だとスマートフォン向けのゲームもたくさん出ていますが、そのあたりも追っているんですか?

ND:ここ20年くらいは音楽のドキュメンタリーなどのためにたくさん旅行をしたりリサーチをしたりすることの繰り返しだったから、今回のプロジェクトのために日本のゲーム音楽を調べるようになったのは、ここ4、5年くらいの話なんだ。僕はゲーマーじゃないから、音楽のリサーチを通してどんどん詳しくなっていったんだよ。だからスーパーファミコンだとか、(旧)スクウェアや(旧)エニックスの時代のゲームのほうが影響は大きいね。僕に大きな影響を与えたゲーム機はスーパーファミコンと(初代)PlayStationなんだ。そこから「もっとゲーム音楽を掘り下げたい」と思ったので、ケータイ時代になってからのゲームのことはあまりよく知らないんだ。(いまは)リサーチがたいへんすぎてゲームをプレイするために時間を割けないので、いつかちゃんとプレイしてゲームを知ることができたらいいなと思う。(日本語で)電車に乗ったときは(スマートフォンのアプリで)漢字を勉強していますよ(笑)。

今回コンパイルした曲のゲームすべてをじっさいにプレイしている、というわけではない?


Various Artists
Diggin In The Carts

Hyperdub / ビート

Electronic8bitSoundtrack

Amazon Tower HMV iTunes

ND:すべてはプレイできていないな。でもリサーチはしたから、すべてのゲームに関して理解はしている。ゲーム音楽のファンたちって、とても熱い愛情を持っている人が多いから、そのファンたちに「あれも知らないの? バカじゃないの?」って言われるのが想像できたんだ。だから「絶対にそうは言わせない」と思って、ファミコンやメガドライブ、PCエンジン、MSXなど、20万本のゲームの音楽を6ヶ月かけてすべて聴いたんだよね(註:半年間不眠不休で、1時間あたり46タイトル分ものゲーム音楽を聴く計算になる)。そこからさらに300本のタイトルに絞って、コード9にプレゼンしたんだ。そのあとスティーヴと話し合いをして100本まで絞って、最終的には『グラディウス』、『アルカエスト』、『エイリアンソルジャー』などを含めた34タイトルになった。300本に絞った時点で、ここからさらに絞るためにはタイトルについてのすべてを知っておかねばならない、と思ったんだ。ちゃんと選ぶ基準を知っておかないといけないから、そこからはたくさんゲームをプレイしたし、その300本のゲームはすべて理解したよ。

すさまじいですね(笑)。

ND:(日本語で)ものすごく、たいへんだった(笑)。けど、大切だよね。

ヴィデオ・ゲーム・ミュージックは、たとえば映画のスコアのように、他の何かに付随する音楽なので、音が主役になってはいけないという側面があると思うんですが、その点についてはどうお考えですか?

ND:そのとおりだと思うよ。やっぱり、プレイヤーを疲れさせないループであることを意識して作られている音楽だとは思う。何時間遊んでも疲れないし、飽きない。レベルが上がったときとか死ぬときの音楽が当たり前のものだと飽きちゃうから、それを感じさせないように、(ゲームの)サポートとして作られているのがゲーム音楽の特徴だと思うね。

他方で、いわゆるエレクトロニック・ミュージックの多くは音が主役です。今回のコンピレイションには当然ゲームの要素はありませんので、本来脇役として作られたものを主役として聴かせることになります。つまり本作を編むにあたっては、リスニング・ミュージックとしての側面を意識したということですよね?

ND:そのとおりだよ。まさにそれは意識した部分なんだけど、ただゲームを楽しんでいるだけの若い頃って、その音楽を人が作っているということさえも意識していないと思うんだ。でも『DITC』のプロジェクトでは“ストーリー”をみんなに伝えたいと思っているんだ。(ゲーム音楽からは)フライング・ロータスサンダーキャットも影響を受けているし、ゲーム音楽というものがいかに影響力のある音楽であるかということを伝えたいんだよね。それはただのゲーム音楽ではなくて、チップというものを使った素晴らしいエレクトロニック・ミュージックでもあるという意味で、世界を超えた音楽として世に出したいという気持ちがあった。

ちょうどいま名前が挙がったのですが、『DITC』のドキュメンタリーにはフライング・ロータスやサンダーキャット、ファティマ・アル・ケイディリアイコニカなど、多くのエレクトロニックなミュージシャンが登場しますよね。彼らとはどのようにコンタクトを取っていったのでしょうか?

ND:たとえばフライング・ロータスとは2006年に会ったんだけど、ラジオやテレビで仕事をしていた関係で、彼らがニュージーランドに来るたびにインタヴューしたりしていたんだ。だから長年彼らを知っていたんだよ。彼らとは会うたびに音楽の話をしていたし、彼らがいかにゲーム音楽から影響を受けたかも知っていたんだ。

『ベア・ナックル』は1991年に発売されたんだけど、(コンポーザーの)古代祐三は西麻布のYELLOWでデトロイト・テクノを聴いて、その影響をゲームの音楽に反映させたんだ。

近年はデヴィッド・カナガハドソン・モホークなど、エレクトロニック・ミュージック畑のミュージシャンがゲーム音楽を手がける例も目立ちますが――

ND:最近『Diggin In The Carts』のショウをLAでやって、古代祐三さんや川島基宏さんに出てもらったんだけど、そこにハドソン・モホークが来てくれたんだよね。ハドソン・モホークは彼らの大ファンだったから。そういった日本の作曲家たちを世界に連れていけるのはとてもエキサイティングだよ! ごめん、質問がまだ途中だったね(笑)。

(笑)。ハドソン・モホークもおそらく幼い頃からゲームで遊んだりして、自然とゲーム音楽に触れていたと思うんですよね。

ND:そのとおりだよ! 彼は日本のゲーム音楽の大ファンなんだ! 日本ではあまり有名じゃないけど、セガの『ベア・ナックル』というゲームのサウンドトラックを古代祐三さんと川島基宏さんが手がけているんだよね。来週の金曜日(11月17日)に彼らがLIQUIDROOMでプレイするんだけど、そのときは25年前とまったく同じ音で『ベア・ナックル』の音楽をプレイしてもらう予定なんだ。そのサウンドトラックはハウスとテクノのイントロダクションになった作品でもあるんだけど、日本ではぜんぜん有名じゃないんだよね。でもフライング・ロータスやサンダーキャット、ハドソン・モホークたちはその作品のファンで、海外ではとても有名なんだ。『ベア・ナックル 怒りの鉄拳』(『ベア・ナックル』シリーズ第1作)は1991年に発売されたんだけど、(コンポーザーの古代祐三は)西麻布のYELLOWでデトロイト・テクノを聴いて、その影響をゲームの音楽に反映させたんだ。ハドソン・モホークにいちばん影響を与えたのがそのサウンドトラックで、フライング・ロータスとサンダーキャットにも大きな影響を与えているんだよ。だから(LAのショウは)川島さんももちろんハッピーだったけど、ハドソン・モホークのほうがそのショウを観ることができてもっとハッピーだったんだよね(笑)。

なるほど、そうだったんですね。そういったゲーム音楽で育ったエレクトロニック・ミュージシャンたちが、いまゲームの音楽を制作しているような状況についてはどう思いますか?

ND:とても素晴らしいし、エキサイティングなことだよね!

デトロイト・テクノの話が出ましたが、今回のコンピレイションには80年代後半から90年代前半までの音源が収められていて、その時期はちょうどデトロイト・テクノやアシッド・ハウスが出てきたり、レイヴ・カルチャーが盛り上がったり、あるいはアンビエント・テクノが生まれたりした時期ですよね。その同時代に日本でこのような音楽が生み出されていたことについてはどう思いますか?

ND:YMOやカシオペア、T-SQUAREから影響を受けたユニークなゲーム音楽がすごく日本で流行っている時代に、クラブ・シーンもすごくいいものだったんだよね。アンダーグラウンド・レジスタンスやドレクシア、デリック・メイらは未来を感じさせるベストな音楽を作ったわけだけど、シューティング・ゲームには未来の雰囲気を持った世界観が求められていたから、デトロイト・テクノから影響を受けて未来的なサウンドを作っていた人が多かったんだよね。当時のYELLOWなどのクラブでかかっていた音楽はEDMとは違って、本当に素晴らしいものが多かった。そういうベストな音楽に影響されて日本のコンポーザーたちはゲーム音楽を作っていたんだ。たとえば並木学さんは96年に発売されたシューティング・ゲーム『バトルガレッガ』の音楽を作っているけど、彼の音楽を聴けばそういったサウンドからすごく影響を受けているのがわかると思う。

本作のアートワークを手がけているのは、ケン・イシイやシステム7のMVで知られる森本晃司さんですが、彼に依頼することになった経緯を教えてください。

ND:僕は16歳のときにジャングルやドラムンベースのDJをやっていたんだけど、そのときにレコード店でケン・イシイのアルバムを見つけたんだ。その頃は音楽のテレビ番組をやっていたから、夜遅くのイギリスが稼働する時間まで起きておいて、レーベルに電話をしてその(“Extra”の)ヴィデオを送ってもらったんだ。そのヴィデオは毎回ショウで流すくらい大好きで、トラックとヴィジュアルがリンクしたパーフェクトな作品だと思う。彼の作品の特徴はそのダークな世界観だと思うんだけど、僕もコード9もその世界観が好きだった。今回のコンピレイションは「ゲーム音楽」としてよりも、「現在では失われた当時のエレクトロニック・ミュージック」として楽しんでもらいたかったんだけど、(森本さんは)その雰囲気と未来的な世界観が組み合わさったアートワークを見事にデザインしてくれた。ちなみに(11月17日の)ライヴ・ショウでは、森本さんの過去の作品をバック・ヴィジュアルとして観せながら、コード9がコンピレイションに収録されている楽曲をサンプリングして、みんなの前で新しい音楽を作る予定だよ。素晴らしいコラボレイションになるはず。ケン・イシイさんと森本さんも一緒にやる予定。

それでは最後に、「ゲーム音楽はこれまであまり聴いてこなかったけれど、今回のコンピレイションをきっかけに興味を持った」という人へ向けて、日本のゲーム音楽をどのようにディグすればいいのか、アドヴァイスをください。

ND:いっぱいあるからね(笑)。良くないものもたくさんあるんだよ(笑)。これは本当に! たくさんのバッド・ミュージックを聴いて、たくさんのクソゲーに出会ったよ(笑)。僕はラッキーなことに美しい音楽を見つけられたけど、僕のようなやり方ではやらないでほしいね(笑)。掘り進められないよ(笑)。いちばんはやっぱり、コンピレイションから入ることかな。僕は大量に聴いてそのなかから良いものを選んでいったので、それしかやり方がわからないんだけど、それは気の遠くなる作業だから(笑)。『DITC』のラジオ・ショウを聴いてもらうのもいいと思う。あと、素晴らしいサウンド・チームを抱えた会社があるんだよね。たとえばメガドライブだったら、トレジャーという会社が作っているゲームのサウンドトラックは素晴らしいし、PCエンジンだったらメサイヤ(MASAYA)というブランドが本当に素晴らしいサウンドトラックを出している。あとコナミでMSXのゲームのサウンドトラックを数多く制作したコナミ矩形波倶楽部というチームもある。僕がもっとも素晴らしいと思うのは斎藤学さんの作品だね。斎藤さんはPC-8801のゲームの音楽を多く手がけていたんだけど、22歳で亡くなってしまった。彼は87年から91年まで作曲活動をしていて、とても美しい楽曲を残している。彼の音楽にはノスタルジックな雰囲気があって、サウダージを感じるね。亡くならずにいまも生きていたら、日本でもっとも有名なアーティストのひとりになっていたと思う。彼の音楽は悲しくてメランコリックで、彼の生涯を知るとさらに音楽が重悲しく聴こえるようになるね。とても美しい音楽なんだけど、ちゃんと感情が入った音楽だとも思う。

編集後記(2017年12月15日) - ele-king

 昨日は午前は人間ドックで夜はドミューンというハードな1日だった。ドミューンでは、PHUTUREとして来日中のDJピエールとDJ EMMA君のトークの司会を務めさせてもらった。番組中では言い足りなかったことをここに書いておこうと思う。
 DJピエールとスパンキーとハーブ・Jの3人が結成したPHUTUREによる“アシッド・トラックス”およびDJピエールの発明したワイルド・ピッチ・スタイルの影響をもっとわかりやすく言うと、アンダーワールドから石野卓球、URからリッチー・ホウティンにまでおよんでいるということだ。まさに歴史を切り開いたと言える、そんな偉人と同じ場を共有できたこと自体が嬉しいのだが、昨晩DJピエールは本当に良いことを喋ってくれた。そのポイントをまとめてみる。
 当時(80年代半ば)のシカゴでは、他と違うことをやることが重要だった(ゆえに“アシッド・トラックス”は生まれた)。
 ロン・ハーディにミュージックボックス(クラブ)でプレイしてもらうのが最高に嬉しかった。
 イギリス人のジャーナリストがシカゴに取材に来るまで、自分たちの曲がヨーロッパで大ヒットしているなんてまったく知らなかった。たくさんのフォロワーを生んだことは名誉に思っている。
 ざっとこんなところだが、言葉の端々からは、80年代半ばのシカゴがいかにピュアなアンダーグラウンドとして成り立っていたかを伺い知ることができた。

 初期のシカゴのシーンでは、レコードがいくら売れてもレーベルはアーティストにギャラを払っていなかったという話は有名だが、そのことについて訊いても、自分の音楽をみんなに聴いてもらえるのがまずは嬉しかったから……と彼は答えた。金をもらうことは重要だけど、基本的にはいまでもその気持ちは変わらないよ、と。こうした言葉からも、DJピエールの謙虚な人柄が見て取れるだろう。まあ、なにせあのアシッド・ハウスの創始者ですから、ついついぶっ飛んだ人物だと妄想しがちですよね。しかし実物は、みんなをクレイジーにさせたあのワイルド・ピッチ・スタイルからは想像しにくい、シャイで物静かな人柄でした。
 というわけで、ぼくにとって感動的な夜だった。宇川君、EMMA君、渡辺亮君、ドミューンのスタッフの皆様、ありがとうございました。ホンモノのワイルド・ピッチ・スタイルで踊れて最高でした(笑)。
 最後にもうひとつ。彼らが発明した“アシッド・トラックス”がどれほどのインパクトであり、音楽のあり方を変革してしまったのかということは、すでにいろいろな論考があるのですが、来年は、そのもっともぶっ飛んだ解釈の本を一冊だそうと思っています。それはアフロ・フューチャリズムについての本です。どうぞお楽しみに。

 なんてことを書いていたところに、磯部涼の『ルポ川崎』が届いた。川崎といえば、今年は川崎フロンターレにちんちんにやられたことがいまも脳裏に焼き付いている。まあ、清水がJ1に復帰して、華麗なサッカーやってんなーと感心した相手が川崎と浦和だった。清水がJ2に落ちるまで、比較的簡単に行ける等々力競技場にはほぼ毎年行っているのだけれど、今年はDAZN観戦だったので、川崎の強さをより詳細にわたって見せつけられた。その川崎が劇的な逆転優勝を果たした同じ時間に清水がようやくの残留決定を果たし、「やった、残留だ!」などとその日は最高に浮かれていたのだが、一夜明けてちょっと冷静になってみれば、川崎がJ1に上がってきたその年から等々力に行っている人間として、ただただ「はぁ、差を付けられちゃったな~」と。
 とまれ。川崎フロンターレ優勝の年に磯部涼の『ルポ川崎』。これは何かあるだろう。1980年代のイングランド・リーグ時代、サッチャー政権に抵抗するもっとも強力な労働組合がいた街のチーム、リヴァプールが王者だった。同時にリヴァプールとは、あたかもフーリガニズムの象徴として世間から糾弾もされた。フットボール・チームの上昇には、その街のヴァイブレーションが少なからずリンクしているものだ。もっとも等々力競技場はクリーンに再開発されたエリアに立地しているし、この10年で新築のマンションも激増しているようにも思う。対して『ルポ川崎』は、そうした明るい川崎の裏側、取り残されたエリアにおけるラップやレイヴ・カルチャーなどを取材しながらその街の姿を描こうとするものだろう。それでもぼくは、自分なりのリスペクトを込めて、あの川崎フロンターレの超攻撃的サッカーの記憶を片隅に置きながら読んでみたいと思う。

※来週の19日(火曜日)、19:00~21:00、ドミューンにて、『ゲイ・カルチャーの未来へ』出版記念として、木津毅君が司会(&DJ)の田亀源一郎さんのトークがあります。ぼくと小林も出ます。ぜひ現場に来て下さい。よろしくお願いします。

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