「S」と一致するもの

interview with bar italia - ele-king

 つい最近まで我々は彼らの名前すら知らなかったのに、どうしてこんなにも彼らに魅せられたのだろうか。

 ロンドンで最注目のバンドのひとつであるバー・イタリアは2020年にディーン・ブラント主宰のレーベル〈WORLD MUSIC〉からリリースし、顔も明かさぬまま世界中のコアな音楽ファンにリーチした。ザ・パステルズ、プリファブ・スプラウト、ジョン・ケイル、サイキック・TVなどをサンプリングし、オルタナティヴ・ロックを未知の領域に引き摺り込むディーン・ブラントとバー・イタリアのようなバンドとのクロスオーヴァーは必然と言えるだろう。数年間インタヴューや露出を限りなく避けたプロモーション(と言えるのか?)が成功したかはともかく、世界の片隅にいる私やあなたの心を掴んだはずだ。もちろん早耳なレコード・レーベルもここぞと跳び付いたに違いない。〈Matador Records〉から1年に2枚というハイペースでアルバムをリリース。両作とも素晴らしいが〈Matador〉からのファースト・アルバム『Tracy Denim』は図抜けた傑作。特異な温度感と脳の危ないところに効きそうな婀娜なサウンドが2010年と2020年代を繋ぐ。

 初アジアだった先日のライヴは本人たちも満足した様子だった。はじまる前から客席もかなりの緊張感でオーディエンスの心配と期待が伺えた。あのサウンドなら客が不安になるのも無理はない、僕も演奏にはそこまで期待していなかったが、その心配は杞憂だった。アルバムよりはるかにロックで前傾姿勢な演奏だが、照明演出全くなしなので淡々と進んでいるようにも感じられる──だが熱気は確実にどんどん上昇するというじつに不思議な体験だった。背中のガバッと開いたウェストコートでステージを妖艶に廻るニーナ・クリスタンテはじめ、3人の立ち姿はこの上なくアイコニックだった。

私は上の階に住んでて、ふたりはすでにダブル・ヴァーゴをやっていた。私もソロをやっていたけど誰かと一緒にプレイしたくて、私から誘った。(ニーナ・クリスタンテ)

ツアーはタイトそうですが日本は楽しめてますか?

ジェズミ・タリック・フェフミ(以下JTF):日本に来られてすごくラッキーだし、ツアーの中でもいい時間になっているよ。

アジアは初めて?

JTF:ライヴするのは初めてだね。

ニーナ・クリスタンテ(以下NC):私は一回だけ日本に来たことがある! 母が働いていたの。

『Tracy Denim』のリリースからツアーがかなり忙しそうですが、共演したバンドやフェスなどで面白いアーティストやライヴを見ましたか?

JTF:コーチェラで見たラナ・デル・レイだね! あのレヴェルのショーは流石に衝撃を受けたよ。狂気の沙汰だったね(笑)。

NC:プリマヴェーラでシェラックを見たね。R.I.P. スティーヴ(・アルビニ)。

ラナ・デル・レイのような大規模なショーもやりたい?

JTF:予算があればぜひやりたいね(笑)。

NC:ワイヤーで釣られながらギターを弾くふたりが見たいね(笑)。タイラー・ザ・クリエイターとかノー・ダウトも同じステージで見たけどセットが全く変わって違う三つの演劇のように変わってて面白かった。

JTF:フェニックスも見たね。僕の中のティーンが喜んでたよ(笑)。

昨日のライヴ(5月29日@渋谷WWWX)では照明を使わないスタイルがクールでした。どういう意図があったのでしょうか?

サム・フェントン(以下SF):服をよく見て欲しかったんだよ、僕らめちゃオシャレだからね(笑)。赤いライトとかでビカビカ照らされると色がわからなくなるだろ(笑)。

NC:それはサムの意見ね(笑)。私はただかっこいいから好き。

サムとジェズミは同じVictory AmpとOrangeのキャビネットを使っていますが理由は? ボードにも同じエフェクターが見えました。

JTF:Victoryはいいアンプだからね。レーベルが予算をつけてくれたからネットでめっちゃ探したよ。サムもよく使うね?

SF:うん、どこでも手に入るしね。Orangeもいいし。

NC:ふたりのペダルボードはギグをするにつれどんどん変わるの。

去年のツアーとドラマーが変わって、ライヴがパワフルになっていて驚きました。どういう経緯で?

JTF:前のドラマーのGuillemはもともと友だちでいいドラマーだったんだけど、彼のバンド(Eterna)のリリースがあったりで忙しくなったんだ。

NC:彼ができなくなってドラマーのオーディションをしたんだけど、3人の意見が一致するのに時間はかからなかったね。リアムはすごくパワフルなドラマーだけど “Nurse!”(『 Tracey Denim』収録)や “glory hunter”(『The Twits』収録)の繊細なタッチも叩けてダイナミクスもしっかりしてるし、ドラミングの中にメロディがあるから彼はとてもわたしたちに合ってると思う。

自分の中の悪魔が出てきたような感じだった。こき使われることに慣れきった人生と向き合って、認めてくれない世界に対して自分を証明するような作業なわけだし。(サム・フェントン)

3人の出会いやバンド初期について聞かせてください。

NC:私は上の階に住んでて、ふたりはすでにダブル・ヴァーゴをやっていた。私もソロをやっていたけど誰かと一緒にプレイしたくて、私から誘った。とりあえずトライしてみることになって、たぶん2回目くらいでうまくいったから、コロナでそんなにやることもなかったし、降りるだけだからしばらくつづけることにしたんだ。

すぐに手応えは感じましたか?

JTF:一緒にやるのは楽しかったけど、あんまりシリアスには考えてなかったかな。すぐに「アジア・ツアーができる!」とはならなかったね(笑)。

NC:お試しでやってた感じだったけど、かなりの時間を一緒に過ごしたよね。2020年の夏に『Quarrel』を作ってたときも、ヴィデオを見たりフットボールを見にいったり。

初期2作と『Tracy Denim』『The Twists』それぞれの制作、レコーディング環境に変化は?

SF:『Tracy Denim』のときに初めてスタジオを使うチャンスが来たんだ。いくつかのレーベルからサインしないかって打診が来ていて、その中のひとつのレーベルがスタジオに入ってレコーディングしないかって言ってきたんだ。でも契約云々の話はされてなかったから、本当にサインできるのかわからない状態だった。でもレコーディングはとても楽しかったよ。ロンドンに新しくできたスタジオで、面白い機材もたくさんあって。スタジオに入って書きはじめて2、3週間でできた曲からアルバムにしたんだ。すごくいい機会を貰えたから『Tracy Denim』を作ったときは刺激と期待に満ちていた感じだね。
作業が終わる頃〈Matador〉とサインして、すぐに『The Twist』の制作に入ったんだ。レコード・レーベルとサインしてギグの反応や露出も増えて、ある程度のことが起こりそうな予感があった。だから個人的には、『The Twist』にかけて気分が大きく違ったと思う。レコーディングの環境もあるだろうけどこのバンドが本当に実現するんだという責任感のようなものを感じるようになったことが大きいと思う。自分の中の悪魔が出てきたような感じだった。こき使われることに慣れきった人生と向き合って、認めてくれない世界に対して自分を証明するような作業なわけだし。みんなが同意するかわからないけど、たくさんの闇がこのアルバムに入ってると思う。ある種、僕らのやってきたことの象徴的なアルバムだね。

JTF:同感だね。『Tracy~』は楽観的で、『The Twist』には当時感じていた恐怖とかが含まれてる。

NC:『Tracy Denim』はちょっと章立てっぽいっていうか。10日スタジオにいて2週間休んで、また10日スタジオっていうスケジュールだったけど、『The Twist』はひと月で書いて、それを曲にするのにまた数週間って感じだったから、かなり密度が高かったね。

『Quarrel』『bedhead』はストリングスなどが入った曲もありましたが、『Tracy Denim』からはサウンドや楽器がまとまった印象です。〈Matador〉からのリリースやレコーディング環境のアップグレード、ライヴのことを考えてのことでしょうか? それとも自然に?

一同:全部だね(笑)。

JTF:最初は機材もなかったし何ができるかもよくわかってなかったから(笑)。

SF:皮肉みたいなものだよね(笑)。ファーストはジェズミの小さい部屋で限られた機材で録ったから逆にスケールは大きくて、機材を潤沢に使えるようになってきたらバンドのサウンドを良くしようみたいな(笑)。ギグのことも考えたね。

僕はバー・イタリアのドラムがすごく好きなのですが、メンバーの中にドラマーがいません。打ち込みや音色の選定などドラム・ワークはどうやっていますか?

NC:彼ら(サム/ジェズミ)はドラマーだよ!

SF&JTF:違うよ(笑)。

SF:ワンショットとかパーツは録るけど、訓練されたドラマーじゃないからね。

JTF:『Tracy Denim』と『The Twist』では前のドラマーのGuillemがレコーディングでは叩いてくれたんだ。

SF:ドラム・スタイルは気に入ってるんだけど、僕らだと叩けないフィルとかがあるからとても助かってるよ。

NC:彼らはとてもドラムに関してこだわりがあるから、誰かをスタジオに呼んで即興で叩かせたりはしない。私も彼らのドラミングに対する考えはとても好き。

“Nurse!” のドラム・ワークも特徴的でした。

SF:きちんとしたスタジオといいドラム・マイクで録音するのは初めてだったから大興奮でいろんな音を録ったよ! ライドのカップを音を止めながら叩いたんだ。

初期二作は打ち込みやドラムマシンで?

SF:何曲かでは、ジェズミが持ってたひどいドラムマシンも使った(笑)。

NC:“Skylinny”(『Quarrel』収録)で使ったけど特徴的なサウンドでよかったね。

『Tracy Tracy Denim』は楽観的で、『The Twist』には当時感じていた恐怖とかが含まれてる。(ジェズミ・タリック・フェフミ)

サムとジェズミはダブル・ヴァーゴを、ニーナはソロ活動もされていますが、バー・イタリアとの制作環境や意識の違いについて教えてください。

SF:適当にやってるわけじゃないから勘違いして欲しくないけど、バー・イタリアではやろうともしないようなことをやってるね。もっとカジュアルで冒涜的な、あるいは良くわからない方向に向かっていく感じで。

JTF:遊び場みたいに気の向くままできるしね。ニーナは?

NC:ギターは少しのあいだ習ってて、ピアノはちょっとはできるけど、私はほとんど楽器は演奏しない。最初に作った曲はたしかピアノだったけど、いまはギターサンプルとかを使うからパソコンとずっと睨めっこ。あんまり使い方わかってないんだけど(笑)。
あとはミュージシャンとコラボすることが多いね。知り合いのミュージシャンに来てもらって、考えてることを重ね合わせたり。詩はたくさん書くから、ヴァーカル・ワークに専念することが多いかも。ソロのときの録音からリリースまでのアジリティはとても大事にしていて、正式なバンドだと何ヶ月も待たなきゃいけないところが、ソロなら明日リリースと思えば誰にも文句言わせずにそうできるところが好きね。妥協しなくていいところも。でも、バー・イタリアが私の関わった中で一番だと思ってる!

最後に、原体験的なアルバムを一枚ずつ教えてください。

JTF:インターポールの『Turn On The Bright Lights』だね。他のどのアルバムより聴いたと思うよ。

SF:13歳くらいの頃、母親が安いレコード・プレーヤーを買ってくれたんだ。くれたときに母親が泣きながら、初めてレコードを聴いたときのことを話してくれて、そのときは自分の若い頃と僕を重ねてるんだろうと思ってあんまり響かなかったんだけどね。でも一年後くらいに古いニール・ヤングのレコードもくれたんだ。たしか『Harvest』だったと思うけど、あのアルバムは僕を形作るアルバムのひとつだね。

NC:私は、若い頃によく聴いていたので思い出すのはニルヴァーナの『Nevermind』!

 今年に入って、20数年ぶりに拙著『ブラック・マシン・ミュージック』を読み返す機会があった。近い将来文庫化されるというので、加筆修正のためではあったが、20年以上前に自分の書いたものを読むというのはなかなかの重苦だった。その痛みに身悶えしながら、書き足りていないと思ったのは、デトロイト・テクノにおけるプリンスの影響の箇所である。本のなかではエレクトリファイン・モジョのところで少しばかり触れているが、あまりに少しばかりだ。デトロイトにおけるプリンスの人気はすさまじく、言うなれば、70年代のブラック・デトロイトのエースがPファンクだとしたら80年代のその座はミネアポリス出身のプリンスだった。取材するのが困難だった80年代の人気絶頂期にプリンスが快くインタヴューに応じたのがエレクトリファイン・モジョのラジオ・ショーだった。『サイン・オブ・ザ・タイムズ』の前年には、彼の誕生パーティをデトロイトで開いたほどだ。これはこれで文化現象としていろんな深読みができるトピックだが、当時の原稿では、その程度の事実しか書いていない。
 デトロイト・テクノ第一世代は70年代後半に思春期を送っているので、最初の影響という点では圧倒的にPファンクだ。が、カール・クレイグやムーディーマンといったその下の世代になるとその影響は明らかになってくる。クレイグの初期作のエロティシズムおよびキュアーを愛したニューウェイヴ趣味もさることながら、ムーディーマンにいたっては(モジョのインタヴューまでサンプリングしているし)彼の身なりからも影響はあからさまだ。

 80年代の『ダーティ・マインド』から『ラヴセクシー』までのプリンスがあらゆる位相において、いま聴き直しても発見があるほどすばらしかったことは言うまでもない。ここでは、彼のディスコ/白人ニューウェイヴ趣味、そして、いまでは“先駆的だった”と各方面から評価されている露骨なクィア・センス(あるいは、レーガンの80年代に“If I was Your Girlfriend”を歌うこと)に着目したい。なにしろ、シカゴの野球場で大量のディスコのレコードが爆破されてから1年後の『ダーティ・マインド』なのだ。「ディスコとして知られる恐ろしい音楽病を根絶するための戦争」のピークのまだその翌年の話である、ブリーフ一丁でアルバムの1曲目からディスコ・ビート。80年代、「黒人らしくない」という批判(参照:ネルソン・ジョージ『リズム&ブルースの死』の最終章およびプリンス “コントラヴァーシー” の歌詞)を浴びていたプリンスは、ストレートなソウルやファンクをやらなかった、のではない。そもそもソウルやファンクには時代のモードこそあれ、スタイルは流動性にあることをこの黒人イノヴェイターは時間をかけて証明し、21世紀へと続く未来を切り拓いたのだった(例:ジャネル・モネイとフランク・オーシャン)。

グラムこそパンクである、歴史的にもコンセプトにおいても。
──マーク・フィッシャー

 にしても……である。彼とザ・レヴォリューションはハードコアだった。数年前に映画『サマー・オブ・ソウル』に登場する全盛期のスライ&ザ・ファミリー・ストーンの、黒人女性も白人女性もメンバーにした圧倒的なステージを見ると、ああなるほど、ザ・レヴォリューションの原型はここにあるのかと思ったものだが、ディスコもセクシャリティの攻撃的な発露は当然のことまだない。よく言われるように、ロックの性表現は、基本男根的で、男性優位のそれだった。対してディスコのエロティシズムは両性具有的、ないしは女性的だった(例:グレイス・ジョーンズの“I Need a Man”)。もちろんなかには、マッチョを強調したゲイ・ディスコもあったが(例:ヴィレッジ・ピープル)、「本物の男になれ」という時代にあっては、ディスコは野球場で爆破されるまでのなかば国民的な敵意を生んだというわけだ。

 Pファンクがディスコの時代にディスコを非難しながらディスコをやった話はよく知られている。彼らの数あるクレイジーな傑作のなかのひとつ、『Funkentelechy Vs. The Placebo Syndrome』(1977)がそれだ。その前年、Pファンカーたちは、ファンカデリックの“Undisco Kidd”(『Tales Of Kidd Funkadelic』収録)という曲においてディスコの性的な光景をコミカルに風刺した。「一面的なファンクや一面的なディスコは好きじゃない」とジョージ・クリントは言っているが、逆に言えば、一面的でなければ彼はディスコもやった。その最初の成果が消費主義社会を批判したくだんのアルバムに収録の、ヒット曲“Flash Light”だった。そして、そう、続いては、お馴染みの“One Nation Under a Groove”(1978)が待っている。これはファンク神秘主義と政治性が結合した励ましのディスコ・ソングであり、音楽的に見てもプリンスのディスコ・ビートがもうすぐ聞こえてきそうだ。
 ディスコは、(ロックもそうだったが、ロック以上に)黒人音楽のリズムを応用している。パーカッシヴな特質をより発展させ、簡素化しわかりやすくしているが、活かしているのだ。しかしながら映画『サタデー・ナイト・フィーバー』がヒットする1977年には、それは音楽産業にとって都合の良いブームとなった(参照:トム・ウルフ『そしてみんな軽くなった』)。庶民からの音楽ではなく、プロデューサー主導型の、庶民に供給され売りつけられる音楽となった。また、性的表現も、おおよそ男性目線のポルノグラフィーと化したことは、当時のレコード・ジャケットを見ても察せられよう。〈スタジオ54〉に代表されるセレブ趣味/金儲け主義が強調されたこと、その恍惚が個人主義の産物であったことは、さらにまた文化的見地からの批判を集めている。Pファンクが反論したのもこうした点だった。“One Nation Under a Groove”は、セレブ趣味の選民性から排除された人たちに呼びかけ、著述家でDJでもあるクリス・ニーズによれば「ディスコ本来の団結力をPファンクの桶のなかで再構築した」曲だった。
 ここでデトロイト・テクノのファンのためにもうひとつ、ホアン・アトキンスに影響を与えた曲を挙げておく。ヒップホップのファンにはお馴染みの1979年の“Knee Deep”だ。“Flash Light”、“One Nation Under a Groove”、そして“Knee Deep”、これをぼくはPファンク流ディスコ三部作と呼んでいるが、当初この原稿で書きたかったのは、さらにもう1曲のPファンク流ディスコのクラシック、1978年の“Aqua Boogie”のことだった。ふぅ。やっと本題だ。
 
 “Aqua Boogie”——“A Psychoalphadiscobetabioaquadoloop(サイコアルファディスコベータバイオアクアドゥループ)”なる副題が付いたこの曲も、人気曲のひとつで、そしてデトロイト・テクノのファンなら、ドレクシアの“アクアバーン(Aquabahn)”が、この曲とクラフトワークの“アウトバーン”との語呂合わせであることに気がつくだろう。「水」はいまなら、資本主義社会すなわち「うじ虫(magott)」が生きづらい社会というメタファーとして解釈できる。さすればおのずと、ドレクシア神話の意味もより複層化されるというもの、だ。そう、“Aqua Boogie”を擁する『Motor Booty Affair』は、Pファンクによる水中SF作品なのだ。

水は嫌いだ、俺を行かせてくれ、下ろしてくれ
ひゃぁぁあ、あんたら濡れてるじゃん! 溺れてたまるか

 梅雨の季節にも相応しく思えるこの曲は、いつものように脳天気を装いながらも、メッセージはじつにシリアスで、謎めいてもいる。「ああ、息が詰まりそうだ」とわめき立てる“Aqua Boogie”には、ジョージ・クリントならではのキラーなフレーズがある。「With the rhythm it takes to dance to what we have to live through. You can dance underwater and not get wet」(俺らが生き延びるべく踊るために必要なリズムをもってすれば、水のなかで踊っても濡れない)。ジョージ・クリントンはつまり、どんなに苦しい生活でも、苦しさに支配されないリズムがあると言っている。それなら水のなかでも踊っても濡れない。


 Pファンクを聴いてつくづく感服するのは……、まあ、しかもこの時期は、ブーツィー、バーニー、ジェローム・ブレイリー、フレッド・ウェズレーにメイシオ・パーカーらJ.B.難民たち、デビー・ライトやジャネット・ワシントン、マッドボーン・クーパー、ジュニー・モリソン、故ゲイリー・シャイダー……燦々と輝く黄金のメンバーが揃っているのでどの楽曲もたいてい魅力的なのだが、文化的なすごさを考えるに、ジョージ・クリントンの表現力の、白い社会(およびそれに憧れる日本)からは見えない奥深い面白さにはあらためて、ほんとうに舌を巻く。その昔デリック・メイが「それを俺たちは哲学として聴いた」と言ったのは、決して誇張ではない。政治的なメッセージを、高級化したリベラル層ではなく街の与太者たちに伝えるには、高度なストリート用語と黒人英語を駆使し、笑えるくらいの言い表しでなければならない。そのためには「ウジ虫」の目を通して宇宙を語り、タイトなブリーフどころか大きなオムツをはいて演奏することも必要だった。

どうせ社会の片隅に追いやられるのであれば、片隅の言葉で話せばいいじゃないか。
——イアン・ペンマン

 息もつけないほど苦しい時代のなかで生きていることを、あらためて説明するまでもないだろう。この私めは、先日、ベス・ギボンズのレヴューでうかつにも「小池vs蓮舫」で都知事選が面白くなったなどと軽口を叩いてしまったことを、公約を見てつくづく後悔している次第だ。「ウジ虫」の目を通して言えば、まったく面白くない! だから面白いことを考えよう。Pファンカーたちのことを考えてPファンクのレコードを聴こう。彼らのたくさんある狂った名曲のひとつに、“Give up the Funk (Tear the Roof off the Sucker)”がある。直訳すると「ファンクなんて止めちまえ(その建物の屋根を引っ剥がせ)」、意訳すれば「ファンクをよこせしやがれ(屋根を剥がすほど騒いでパーティしよう)」。Give up the Funk=Give us the Funk。「おまえがファンクを諦めてくれたらそのファンクは俺のもの(だからおまえはファンクを諦められない)」。この共有感覚はハウス・ミュージックの定義を言葉で表現したチャック・ロバーツの“In the Beginning (There was Jack)”を彷彿させる。「君のハウスは俺のハウス、だからこれは俺らのハウス」。しかもPファンクのリズムは、UKポスト・パンク(例:ザ・ポップ・グループ)へと伝染し、“One Nation Under a Groove”を経て人種的ステレオタイプを超越するプリンスの、たとえば “Let's Go Crazy”のような曲へと連なっているのであった。
 
 ジョージ・クリントは自伝『ファンクはつらいよ』のなかで、80年代に「最高に格好良かったのはプリンスだ」と言っている。「彼の曲をじっくり聴いてみると、俺たちがファンカデリックでやっていたことを、ロックやニューウェイヴでアップデートしていることがわかった」
 エレクトリファイン・モジョの耳は間違っていなかった。デトロイトがプリンスを愛し、プリンスもデトロイトを「第二の故郷」と呼ぶほど愛したのも、音楽的にも、社会的にも文化的にもなるべくしてなったことだった。それはそれで美しい話だが、問題なのはいま我々が水のなかにいるってことだ。だから、たとえ水のなかでも濡れない、そんなリズムを見つけよう。そして願わくば、永遠の課題である、我らの新しい片隅の言葉を。

※本稿を書くに当たって、Pファンクを愛するふたりのアフリカ系アメリカ人の友人、ニール・オリヴィエラとデ・ジラの助けがあったことを追記しておく。


Koshiro Hino + Shotaro Ikeda - ele-king

 昨年はバンドgoatの復活で注目を集めた音楽家、日野浩志郎が新たな試みをスタートさせる。詩人・池田昇太郎と組んだ、音と声の表現を探求するプロジェクトだ。3年がかりになるそうで、初年度にあたる今年は、大阪・名村造船所跡地のクリエイティブセンター大阪にて、新作公演「歌と逆に。歌に。」が発表される。
 テーマは戦前から活動していた大阪のアナキスト詩人、小野十三郎。かつて彼の見た街や道をめぐりつつ、彼がもとめた「新たな抒情」を独自に解釈した音楽公演になるとのこと。メンバーにはKAKUHANの中川裕貴、パーカッショニストの谷口かんな、goatの田上敦巳などこれまで日野と共演してきた面々に加え、朗読に坂井遥香、音楽家の白丸たくトが加わる。
 公演は8月16日(金)から18日(日)の4回。日野と池田による新しいチャレンジに注目しましょう。

新作音楽公演「歌と逆に。歌に。」
2024年8月16日〜18日、クリエイティブセンター大阪にて4公演開催。
音楽家・日野浩志郎と詩人・池田昇太郎による、
音と声の表現を探る、3カ年プロジェクトがスタート。

詩人・小野十三郎の書く「大阪」を巡り、
音と声による「歌」の可能性を探る

大阪を拠点とし、既存の奏法に捉われず音楽の新たな可能性を追求し続けてきた音楽家・日野浩志郎と詩人・池田昇太郎による、音と声の表現を探る3カ年プロジェクト「歌と逆に。歌に。」。
初年度は、大阪・名村造船所跡地のクリエイティブセンター大阪にて、新作公演を発表する。

本プロジェクトにおいて重要なテーマとなるのが、1903年に大阪で生まれ、戦前から戦後にかけて大阪の風景や土地の人々を眼差してきた詩人・小野十三郎だ。1936年〜52年、小野が大阪の重工業地帯を取材し、1953年に刊行された詩集『大阪』と、彼の詩論の柱である「歌と逆に。歌に。」を手がかりに、同詩集で描かれた地域や地名をフィールドワークとして辿る。

小野十三郎という詩人の作品に向き合うということは彼の生きた時代とその社会、彼の生まれた街、育った街、住んだ街、通った道、生活、彼の思想、友人や影響を受けた詩人を訪れることでもある。本作ではそうした街や道、風景を巡りながら、詩集『大阪』にて描かれる北加賀屋を舞台に、小野が試み、希求した「新たな抒情」を感受し、独自に解釈し、編み直し、それを音楽公演という時間と空間の中に試みる。

公演情報
新作音楽公演|「歌と逆に。歌に。」
日程:2024年8月16日(金)〜18日(日)
公演日時:
 ①8月16日(金)19:30-
 ②8月17日(土)14:30-
 ③8月17日(土)19:30-
 ④8月18日(日)14:30-
 ※開場は各開演の30分前を予定
会場:クリエイティブセンター大阪内 Black Chamber https://namura.cc/
料金:一般=4,000円、U25=3,000円、当日=5,000円
チケット取扱い:ZAIKOイベントページにて

関連イベント|オープンスタジオ
公演を前に、作品制作の現場を間近でご覧いただけます。
当日はリハーサルだけではなく、クリエーションやリサーチの進捗共有なども行う予定です。
日時:2024年7月7日(日)14:00-17:00
会場:音ビル(大阪府大阪市住之江区北加賀屋5-5-1)
料金:500円(要申込・途中入退場自由)
申込:Googleフォームにて

クレジット
作曲:日野浩志郎
詩・構成:池田昇太郎
出演:池田昇太郎、坂井遥香、白丸たくト、田上敦巳、谷口かんな、中川裕貴、日野浩志郎
舞台監督:小林勇陽
音響:西川文章
照明:中山奈美
美術:LOYALTY FLOWERS
宣伝美術:大槻智央
宣伝写真:Katja Stuke & Oliver Sieber
宣伝・記録編集:永江大
記録映像:Nishi Junnosuke
記録写真:井上嘉和、Richard James Dunn
制作:伴朱音

主催:株式会社鳥友会、日野浩志郎
共催:一般財団法人 おおさか創造千島財団「KCVセレクション」
助成:大阪市助成事業、全国税理士共栄会
協力:大阪文学学校、エル・ライブラリー
問合:utagyaku@gmail.com

コメント
日野浩志郎(作曲)|制作にあたって共同制作者へ向けたメッセージ

発端となったのは大阪北加賀屋を拠点とする「おおさか創造千島財団」から2年連続のシリーズ公演を提案されたことでした。声をテーマにした音楽公演を以前から模索していたのもあり、大阪で山本製菓というギャラリーを運営していた詩人の池田昇太郎くんに声をかけたところ、大阪の詩人である小野十三郎に焦点を当てた公演を行うのはどうかと提案してくれました。
 小野十三郎は戦前から活動を行ってきた詩人であり、アナーキズムに傾倒した詩集の出版等を経て、「短歌的抒情の否定」、つまり短歌(57577)の形式や感情的な表現を否定するという主張を行った詩人です。中でも1939年に出版された小野の代表的詩集「大阪」を読んでいると、詩の構造や感情的な表現へのカウンター/嫌悪感のようなものを感じると同時に、「硫酸」、「マグネシウム」、「ドブ」、「葦(植物のあし)」、のような冷たく虚無を感じる荒廃した言葉が際立ち、ポストパンクを聴いてるようなソリッドさに何度もゾクっとさせられました。詩集の中で大阪の様々な地名や川等が登場しますが、今回の会場である名村造船所周辺を含む工場地帯は詩集の中でも重要な場所であることが分かります。
 公演内容についてはこれからのクリエーションによって定めていきますが、現状では小野の代表的詩集「大阪」(1939)を中心に置き、小野の詩を読み取りながら音楽と昇太郎くんのテキストを制作していきます。一般化された短歌のような形式の否定というのは詩だけに留まらず、音楽に対しても同様に言及されているところがあり、音楽的常識に則ったものや直接感情的に訴えるような音楽は制作しない予定です。詩と音楽に対する関わり方も難しく、音楽を聴かせる為の詩でも、詩を聴かせるためのBGMでもない、必然的で詩と関係性の強い音楽を作ることが目標であると思っています。
 このプロジェクトは一旦3年を計画しています。最初の2年は大阪で公演を行った後、公演に関する音源作品と出版物をEU拠点の音楽レーベルから発売、そして3年目には海外公演を行うという目標で進めています。
 制作を始めてまだ間もないですが、取り上げた題材の強大さと責任の大きさを感じています。「詩と音楽」ということだけでも難しいですが、天邪鬼で尖った小野の美学に沿うには単にかっこいい表現というだけでは許してくれそうもありません。主に自分と昇太郎くんが表現の方向性の舵を切って進めていく予定ですが、各々でも小野の詩や思想に触れて解像度を上げてもらえると心強いです。どうぞよろしくお願いいたします。

2024.2.15 日野浩志郎

池田昇太郎(詩・構成)|小野十三郎という詩人と向き合うこと

小野十三郎という詩人の詩と詩論に向き合うことは彼の生きた時代とその社会、彼の生まれた街、育った街、住んだ街、通った道、生活、彼の思想、友人や影響を受けた詩人を訪れることでもある。
 翻って、それは私たちの生きる時代とその社会、私たちの生まれた街、育った街、住む街、通る道、生活、私たちの思想、つまり私たち自身を訪れることでもある。
その上で、詩集「大阪」を通して小野が試み、希求した「新たな抒情」を感受し、独自に解釈し、編み直し、それを音楽公演という時間と空間の中で再構成することを試みる。

 本作のタイトル「歌と逆に。歌に。」は小野十三郎の詩論の一節に基づくものだが、公演に用いたテキストでは、小野の詩や詩論を引用することを最低限にし、書き下ろしとすることにした。そのようにするしかなかった諸般の事情もあったが、詩人の遺した言葉から感銘を受けるに留まるのではなく、新たに言葉を紡ごうとする意義を問い直す必要があった。

 1936年から52年という時代の中で強固な意志を持って書き記された詩篇を読み解き、自らの創作言語にしていくことは並大抵ではなく、仮にあらゆる必然がそこにあったとしても、容易いことではない。
 小野の見つめた、ある時代の大阪。その時代のその街と風景以上に普遍的な目。土地から切り離された人々が、もう一度土地と結ばれるためではなく、その断絶の上で、大きな力に抗い続ける個としてあること。このアスファルトの下に流れる水が、流れ出る場所、浸み出す場所、それを吸って育つ葦、そして枯れる葦。その繰り返し。その見えない流れを捉えること。

2024.6.17 池田昇太郎

photo: Katja Stuke & Oliver Sieber

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プロフィール|出演者

photo: Dai Fujimura

日野浩志郎 / Koshiro Hino
音楽家、作曲家。1985年生まれ、島根県出身。現在は大阪を拠点に活動。メロディ楽器も打楽器として使い、複数拍子を組み合わせた作曲などをバンド編成で試みる「goat」や、そのノイズ/ハードコア的解釈のバンド「bonanzas」、電子音楽ソロプロジェクト「YPY」等を行っており、そのアウトプットの方向性はダンスミュージックや前衛的コラージュ/ノイズと多岐に渡る。これまでの主な作曲作品は、クラシック楽器や 電子音を融合させたハイブリッドオーケストラ「Virginal Variations」(2016)、多数のスピーカーや移動する演奏者を混じえた全身聴覚ライブ「GEIST(ガイスト)」(2018-)の他、サウンドアーティストFUJI|||||||||||TAと共に作曲・演奏した作品「INTERDIFFUSION A tribute to Yoshi Wada」(2021-)、古舘健や藤田正嘉らと共に作曲した「Phase Transition」(2023)、等。佐渡を拠点に活動する太鼓芸能集団 鼓童とは2019年以降コラボレーションを重ねており、中でも延べ1ヶ月に及ぶ佐渡島での滞在制作で映像化した音楽映画「戦慄せしめよ/Shiver」(2021、監督 豊田利晃)では全編の作曲を日野が担当し、その演奏を鼓童が行った。音楽家・演出家のカジワラトシオと舞踊家・振付家の東野祥子によって設立されたANTIBODIES Collectiveに所属する他、振付師Cindy Van Acker「Without References」、映画「The Invisible Fighit」(2024年公開、監督Rainer Sarnet)等の音楽制作を行う。

(C) tramminhduc

池田昇太郎 / Shotaro Ikeda
1991年大阪生まれ。詩人。詩的営為としての場の運営と並行して、特定の土地や出来事の痕跡、遺構から過去と現在を結ぶ営みの集積をリサーチ、フィールドワークし、それらを基にテクストやパフォーマンスを用いて作品を制作、あるいはプロジェクトを行なっている。廃屋を展覧会場として開くことの意味を視線と身体の運動からアプローチしたインスタレーション「さらされることのあらわれ」(奈良・町家の芸術祭はならぁと2021)、一見するとただの空き地である元市民農園を参加者と共に清掃しながら、その痕跡を辿り、かつての様子を無線越しに語るパフォーマンス「Only the Persiomon knows」(PARADE#25、2019)西成区天下茶屋にて元おかき工場の経過を廻るスペース⇆プロジェクト「山本製菓」(2015~)、「骨董と詩学 蛇韻律」(2019~)他。

坂井遥香 / Haruka Sakai
2014年野外劇で知られる大阪の劇団維新派に入団し、2017年解散までの作品に出演。2018年岩手県陸前高田市で滞在制作された映画『二重のまち/交代地のうたを編む』(監督:小森はるか+瀬尾夏美)に参加。近年の出演作に孤独の練習『Lost & Found』(音ビル, 2020)、許家維+張碩尹+鄭先喻『浪のしたにも都のさぶらふぞ』(YCAM)、梅田哲也『入船 23』、『梅田哲也展 wait this is my favorite part 待ってここ好きなとこなんだ』(ワタリウム美術館)など。場所や土地と関わりを持ちながらつくる作品に縁・興味がある。

白丸たくト / Takuto Shiromaru
音楽家。1992年生まれ。兵庫県出身。茨城県大洗町在住。実感のなさや決して当事者にはなれない事柄を、社会・歴史・その土地に生きる人々との関わりから音楽を始めとする様々なメディアを用いて翻訳し、それらを読み解くための痕跡として制作を続けている。「詩人の声をうたに訳す」をコンセプトに行う弾き語り(2016〜)や、ラッパー達と都市を再考するプロジェクト「FREESTYLUS」(2021〜)等。

田上敦巳 / Atsumi Tagami
1985年生まれ。広島県出身。音楽家日野浩志郎を中心に結成されたリズムアンサンブル「goat」のベースを担当。バンド以外に不定形電子音ユニット「black root(s) crew」のメンバーとして黒いオパールと共に不定期に活動。2011年~2018年まで「BOREDOMS」のサポートを行う他、2022年からはダンサー東野洋子とカジワラトシオによるパフォーマンスグループ「ANTIBODIES Collective」に参加。

谷口かんな / Kanna Taniguchi
京都市立京都堀川音楽高校、京都市立芸術大学の打楽器科を卒業。在学時はライブパフォーマンスグループに所属し、美術家、パフォーマー等と共演、即興演奏の経験を積む。卒業後はフリーランスの音楽家として室内楽を中心に活動。卒業後も継続して他分野との即興演奏に取り組んでいる。これまでに、東京フィルハーモニー交響楽団、京都室内合奏団と共演。近年はヴィブラフォンでの演奏に最も力を入れており、2023年11月にヴィブラフォンソロを中心とした初のソロリサイタル「vib.」を京都芸術センターで開催。

中川裕貴 / Yuki Nakagawa
1986年生まれ。三重/京都在住の音楽家。チェロを独学で学び、そこから独自の作曲、演奏活動を行う。人間の「声」に最も近いとも言われる「チェロ」という楽器を使用しながら、同時にチェロを打楽器のように使用する特殊奏法や自作の弓を使用した演奏を行う。音楽以外の表現形式との交流も長く、様々な団体やアーティストへの音楽提供や共同パフォーマンスを継続して行っている。2022年からは音楽家・日野浩志郎とのDUOプロジェクト「KAKUHAN」がスタート。令和6年度京都市芸術文化特別奨励者。

Taylor Deupree - ele-king

 米国・NYで電子音響〜アンビエント・レーベル〈12k〉を主宰し、自らも静謐なサウンドスケープを展開するアンビエント・ミュージックを作り出している1971年生まれの電子音楽家テイラー・デュプリー。坂本龍一との共演でも知られる彼は、90年代から現代に至るまで、エレクトロニクス・ミュージックからグリッチを活用した電子音響作品、そして静謐なアンビエント/ドローンなどに作風を変化させつつも、すぐれた電子音楽作品を世に送り出してきたサウンド・アーティストである。その音はまさに「透明・静謐」という言葉がぴったりとくるものばかりだ。「もっとも静かなニューヨーカー」と呼ばれたことは伊達ではない音楽性といえよう。

 そのテイラー・デュプリーが2002年にリリースしたエレクトロニカ史上に残る『Stil.』を、弦楽器などのアコースティック楽器で再構築/リアライズしたアルバムが本作『Sti.ll』だ。そのアイデアも素敵だが、音の方も美麗というほかない見事な作品である。同時に、グリッチ以降の「00年代エレクトロニカ」の本質が、音のレイヤーと浮遊感、その反復にあったことも改めて教えれくれる音楽であった。00年代の電子音響空間が、新たな方法論と楽器(音色)と編曲によって生まれ変わったとでもいうべきだろうか。
 プロデュースと編曲を担当としたのはジョセフ・ブランシフォート(Joseph Branciforte)。1985年生まれの彼はグラミー賞受賞のレコーディング・エンジニアでもあり、セオ・ブレックマンとの共演作でも知られるミュージシャンでもある。ジョセフ・ブランシフォートは、本作でもエディット、ミックスも担当しているほか、1曲目、2曲目ではヴィブラフォンやラップハープなどの演奏にも参加。マスタリングはテイラー・デュプリー本人が手がけた。
 本作『Sti.ll』において、ジョセフ・ブランシフォートとテイラー・デュプリーはオリジナルにある「音の層」を楽器の演奏による「再演」を試みている。ふたりは、過度に「音楽的」にならないように(ポスト・クラシカル化しないように)、過度に「音響化」しないように(現代音楽的にならないように)、細心の注意をはらって楽曲を再構築する。

 アルバムには全4曲が収録されている。オリジナル『Stil.』と同じ曲数・構成だ。曲名も同じで、それぞれ担当する楽器名が記載されている点も注目である。では具体的にはどのように変化=アレンジメントされたのだろうか。一言で言えば電子音の「トーン」を楽器で「演奏」しているのである。1曲目 “Snow/Sand (For Clarinets, Vibraphone, Cello & Percussion)” を聴いてみるとよくわかる。オリジナル『Stil.』の1曲目 “Snow-Sand” は、高音域の電子音響のレイヤーによって成立している楽曲だが、『Sti.ll』ではチェロやクラリネット、ヴィブラフォンによって中音域をメインとしたサウンドスケープを形成している。そしてオリジナルにあった「持続音の周期」をミニマルな旋律に変換しているのである。ちなみにデュプリーはスネアドラムや紙の音、ベルなどを担当している。
 2曲目 “Recur (For Guitar, Cello, Double Bass, Flute, Lap Harp, & Percussion)” は、ギター、チェロ、ダブルベース、フルート、ラップハープとパーカッションのアンサンブルとなっている。アルバム中、もっとも大きな編成の曲だ。とはいえ楽曲・編曲に大袈裟さはまるでない。むしろ原曲の静謐な複雑さ=電子音響をアコースティック楽器で再現するために必要な楽器数といえる。デュプリーはグロッケンシュピールとラップハープを担当。
 3曲目 “Temper (For Clarinets & Shaker)” では、クラリネットとシェイカーによる演奏。ここからアルバムはややドローン色が強くなる(オリジナルもそう)。だがここでも原曲の電子音響を楽器で見事に再演していく。グリッチをシェイカーで表現するのは微笑ましくも可愛らしいアイデアだ。
 この3曲の差異を聴き比べると、『Sti.ll』がいかにして『Stil.』をリアライズしようとしていたのかわかってくる。要するにさまざまな小さな粒子のような電子音の折り重なりであるエレクトロニカの「レイヤー」を、アコースティック楽器の「アンサンブル」によって再現しようとしているのである。静謐な器楽曲へと変化させたというべきか。この試みはとても意欲的だと思う。現代音楽的に音の持続音やトーンをストイックに追い詰めるのではなく、ミニマルな旋律の折り重なりによってエレクトロニカを再演する試みなのだから。
 レイヤーからアンサンブルへ? いやというよりは「レイヤー/アンサンブル」の音楽とでもいうべきかもしれない。異なる層に鳴る電子音響の生成(00年代エレクトロニカ)に対して、音のレイヤー構造を守りつつ、それを楽器演奏で再現することで、音と音が互いに反応しつつも音楽の大きな輪を作り出すアンサンブルも構築しているのである。
 つまりテイラー・デュプリーが自らのエレクトロニカをアコースティック楽器による音楽作品として作り直した理由は、音のレイヤーとアンサンブルの境界線を溶かすことにあったのではないかと思うのだ。いちばん原曲に近いのはドローン主体の4曲目 “Stil. (For Vibraphone & Bass Drum)” だが、音の持っているトーンはまったく異質であることからもそれはわかる。

 全曲、柔らかい音色の弦楽などのアコースティック楽器が一定周期でループし、音楽を奏でている。そこにいくつかの楽器がさらに折り重なる。やがてエレクトロニカとクラシカルの境界線が揺らぎ、無化するだろう。その音のさまを聴き込んでいくと、どこかバロック音楽にも接近しているように感じられた。その意味では同じくバロック音楽的なアンビエントであったタシ・ワダの『What Is Not Strange?』とどこか雰囲気が近いようにも思えた(特に「似ている」というわけではない。音が醸し出す雰囲気が共通しているとでもいうべきか)。
 このように書き連ねると、いささか難解な音楽に感じるかもしれないが、実際に聴いてみるとわかるように、まったく難解な音楽ではない。それどころか誰が聴いても心身に効く、心地よい音楽なのである。エモーショナルでもあり、夢のような音楽であり、心を鎮静する音楽である。
 何かと気忙しい現代を生きる音楽聴取者によって、自身の感覚を、心身をチューニングするように長く聴き込んでいけるアルバムではないかと思う。エレクトロニカから器楽曲へ。その変化はいわば普遍的な音楽の希求であったのだ。

Theo Parrish - ele-king

 続々と20周年記念イベントが決定しているLIQUIDROOMから、またも嬉しいお知らせだ。8月2日(金)、セオ・パリッシュが登場、オープン・トゥ・ラストのロング・セットを披露する。昨年もすばらしいDJを体験させてくれたデトロイトのレジェンドだけれど、今回は10年前にパーティを実現できなかったLIQUIDROOMでの開催ということもあり、熱い想いのこもったパフォーマンスになるにちがいない。詳細は下記より。

[2024年7月9日追記]
 セオ・パリッシュ、名古屋での公演も決定しました。8月4日(日)16~23時@CLUB MAGO。こちらも詳しくは以下をご確認ください。

セオ・パリッシュLIQUIDROOMに降臨!
オープンからラストまでのAll Night LongセットでLIQUIDROOMの20周年を祝う。

LIQUIDROOM 20th ANNIVERSARY
-Theo Parrish All Night Long-

2024.08.02 friday midnight
LIQUIDROOM
open/start 24:00
TICKETS:¥6,000(1drink order別) / door¥7,000(1drink order別)
PRE-ORDER e+ 6/21(fri) 20:00~ 6/30(sun)23:59  7.6(sat)10:00~ ON SALE!
https://eplus.jp/sf/detail/4128980001-P0030001

セオ・パリッシュが、リキッドルーム20周年でプレイする理由。

セオ・パリッシュが音楽家としてのキャリアを開始した1996年から、もうすぐ30年。デトロイトのから発表したデビューEP『Baby Steps』では、ドナルド・バードなどをサンプリングした「Early Bird」など、ソウルフルなハウスミュージックを聴かせてくれた。しかし、1997年に自身のレーベル設立後から、独自性を発揮していく。イーブンキックといったダンスミュージックの骨格を残しながらも、まずは徹底的に楽曲から装飾を省き、テンポは概ねBPM110くらいにピッチダウン。「JB’s Edit」などに至っては、サンプリングしたホーンのフレーズの音が、意図的に割られている。常識外れな楽曲の数々に驚かされたものだった。しかし、楽曲の中心はドラムのシンコペーションとファンキーなベースラインが織りなす反復したリズムであったため、大きなサウンドシステムのクラブでプレイされることで威力を発揮。世界中で人気を獲得することになった。から発表された革新的なブラックミュージックの数々は、現在でも世界中のDJやプロデューサー、ビートメイカーへ大きな影響を与えている。また、今年スタートしたばかりのでは、王道キラーチューンをリエディット。キャッチーなフレーズを活かしながら、快楽的なフレーズを徹底的に反復させる。ここではで得た手法を使い、過去の楽曲を新しく蘇らせている。
伝統と革新。ディープなとアッパーなの楽曲は、一聴すると表裏一体のように感じるが、聴き込むほどに双方がマルチバースのように存在していることがわかる。2022年には再びアンビエント要素も包括し、実験性の高い『Cornbread & Cowrie Shells For Bertha』を。そして翌年にはシンガーのモーリサ・ローズの歌を全面にフィチャーした『Free Myself』(2023年)を発表。伝統と革新を行き来する創作が、30年近くも続けているのだ。
 DJプレイに関しても、筆者は作品に近い感想を持っている。黎明期のハウスミュージックに影響を受けた『Sketches』(2010年)発表時の来日パーティで、ダンスホールレゲエや80’sヒップホップがプレイされた。アルバムのイメージとはかけ離れているため、混乱した記憶がある。しかし、プレイに身を委ねてみると、プレイされている黎明期のダンスミュージックならでのラフで太いリズムが、『Sketches』のコンセプトに近いものだと理解することができた。
こう書いてみると、ある意味でセオ・パリッシュは、ファンの期待を裏切るDJに感じるかもしれない。しかし、本当のところは誠実で、ファン思いの人物である。2014年、リキッドルーム10周年記念パーティにて、バンドと共にステージへ立つ予定であったが、メンバーの都合でキャンセルになってしまった。観客の一人として、よくあるトラブルと承知した一方、リキッドルームのホームページには、公演中止のアナウンスと共に、セオ本人による丁寧な謝辞が掲載された。ファンへのお詫びと同時に、本人の無念さも記された真摯な文面は、今もはっきりと記憶に残っている。 
2014年から10年。リキッドルーム20周年記念のパーティで、セオ・パリッシュがオープンからラストまで単独でDJプレイをする。数々の歴史が詰まった会場で、一体どんなプレイを聴かせてくれるのか。新しい伝説の夜が、生まれそうな気がしてならない。

Sound Signature Web 
Sound Signature Instagram

2024.08.04 (Sun) 名古屋 @CLUB MAGO

DJ: Theo Parrish

Open 16:00 – Close 23:00
Advanced Ticket / Door 6,000yen (ドリンク別途)
https://club-mago.zaiko.io/item/365230

Info: Club Mago http://club-mago.co.jp
〒460-0007 名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F Tel 052-243-1818

ele-king vol.33 - ele-king

特集:日本が聴き逃した日本の音楽と出会うこと
第2特集:「和モノ」グレート・ディギング

高田みどり、本邦初ロング・インタヴュー
灰野敬二、Phew、畠山地平、蓮沼執太、角銅真実、BBBBBBB、ほか

CD時代のニューエイジ30選、ロンドンのリイシュー・レーベル〈Time Capsule〉、菊地雅章のアンビエント・アプローチ、日本のジャズ、ほか

菊判/160ページ

目次

特集:日本が聴き逃した日本の音楽と出会うこと

居心地のよい洞窟を求めて──高田みどり、インタヴュー(取材:高橋智子/写真:細倉真弓)

column この世のクズ(ジェイムズ・ハッドフィールド/江口理恵訳)
日本の音楽との出会い1 フュー、インタヴュー (取材:野田努/写真:細倉真弓)
column 日本の前衛音楽 誰のものでもない「私」による音楽 (高橋智子)
角銅真実と蓮沼執太が語る、日本の音楽の開拓者たち――武満徹から灰野敬二、細野晴臣、坂本龍一、吉村弘まで (取材:小林拓音/写真:小原泰広)
日本の音楽との出会い2 畠山地平、インタヴュー (取材:野田努)
column 日本独特のアンダーグラウンドにおける、コンピレーション・アルバムが語るもの (イアン・F・マーティン/江口理恵訳)
column Aubeの『Cardiac Strain』は過酷な日々のなかで私の心を癒す北極星だった (緊那羅:デジ・ラ/野田努訳)
column ジャズ・ピアニスト、菊地雅章の知られざるアンビエント作品群──共演者・菊地雅晃が語るその「情感」 (原雅明)
column 豊かだから音楽が栄えたのではなく、豊かさの予感として音楽が鳴っていた──80年代日本再訪、YMOからディップ・イン・ザ・プールまで (三田格)

第二特集:「和モノ」グレート・ディギング

CD時代のニューエイジ・ディスクガイド30──掘り起こされる90年代日本の「これからの名作」 (門脇綱生)
時を超える松﨑裕子のニューエイジ音楽──世界初CD化&LPでも再発されるレア盤『螺鈿の箱』の魅力について (デンシノオト)
菅谷昌弘が紡ぐ祈りのポスト・ミニマル・ミュージック――『Kankyō Ongaku』で注目を集めた作曲家の軌跡 (門脇綱生)
60~80年代、海外に進出した日本のジャズ・ミュージシャンたち (小川充)
〈イースト・ウィンド〉設立50周年──和ジャズが世界水準にあることを証明したレーベル (小川充)
いま気になっている和ジャズ──富樫雅彦『スピリチュアル・ネイチャー』を聴く (増村和彦)
「レコード好きにとって美味しいものでありたいんです」──ロンドンでリイシュー・レーベルを営むケイ鈴木に話を訊く (取材:野田努)
続・和レアリック (松本章太郎)

「灰野敬二」が生まれるまで──灰野敬二 インタヴュー抜粋シリーズ 第4回 (文・写真:松山晋也)
ブライアン・イーノとホルガー・シューカイの共演ライヴがいま蘇る──90年代のイーノ、あるいは彼にとっての作品の価値とは (野田努×小林拓音)
VINYL GOES AROUND PRESENTS そこにレコードがあるから 第4回 コンピレーションの監修と『VINYL GOES AROUND PRESSING』始動!! (水谷聡男×山崎真央)

プロフィール

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
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TSUTAYAオンライン
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
disk union
紀伊國屋書店
e-hon
Honya Club

P-VINE OFFICIAL SHOP
SPECIAL DELIVERY

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
有隣堂
くまざわ書店
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

interview with Hiatus Kaiyote (Simon Marvin & Perrin Moss) - ele-king

 オーストラリアのメルボルンから飛び出したハイエイタス・カイヨーテ。2011年に結成された彼らは、ネイ・パーム(ヴォーカル、ギター)、ポール・ベンダー(ベース)、サイモン・マーヴィン(キーボード)、ペリン・モス(ドラムス)という個性的で優れた才能を持つミュージシャンからなる4人組バンドで、2012年のデビュー・アルバム『Tawk Tomahawk』以降、つねにエネルギッシュな話題を振りまいてきた。デビュー当時はネオ・ソウルやR&Bの文脈からスポットが当てられ、フューチャー・ソウル・バンドといった形容が為されてきた彼らだが、その音楽的な振り幅は我々の予想の斜め上を行くもので、ジャズやヒップホップ、ファンクなどからオペラやアフリカ音楽をはじめとした世界の民族音楽など、さまざまな要素から成り立っている。そうしたどのジャンルにも縛られない自由さを持ち、複雑で先の読めない楽曲展開とそれを可能にする演奏技術や高度な音楽性を有し、まさにスーパー・バンドと呼ぶにふさわしい存在へと成長していった。ライヴでの圧倒的なパフォーマンスにも定評があり、世界中のさまざまなフェスで人気アクトとして引っ張りだこだ。

 これまでグラミー賞に3度もノミネートされてきたハイエイタス・カイヨーテだが、アルバム・リリースは多くなく、『Tawk Tomahawk』と『Choose Your Weapon』(2015年)、『Mood Valiant』(2021年)と3作のみだ。ツアーやライヴに長期的なスケジュールを割き、メンバーはハイエイタス・カイヨーテ以外にもいろいろなプロジェクトや活動をおこなっていて、なかなかアルバム制作の時間が取れないということもあるが、彼らのアルバムはそれぞれ内容と密度、完成度が非常に高いため、簡単に作れるものではない。『Mood Valiant』からは〈ブレインフィーダー〉に所属し、フライング・ロータスやPファンクなどが持つハイパーな世界観にもリンクしはじめた彼らが、待望のニュー・アルバム『Love Heart Cheat Code』を完成させた。アルバム・ジャケットはこれまでのイメージから一新したもので、作品内容も新たなハイエイタス・カイヨーテの一面を見せる場面ありと、彼らの新しいスタートを印象づける『Love Heart Cheat Code』について、ペリン・モスとサイモン・マーヴィンに語ってもらった。

いちばんわかりやすい変化としては、外部のプロデューサー兼エンジニアのマリオ・カルダート・ジュニアと一緒に仕事をしたことだね。すごく良い経験だったし、興味深かったよ。(マーヴィン)

ニュー・アルバムの『Love Heart Cheat Code』がリリースとなります。前作『Mood Valiant』から3年ぶりのアルバムですが、セカンド・アルバムの『Choose Your Weapon』から6年も空いた『Mood Valiant』に対し、今回は比較的短いインターバルになったとはいえ、それでもいろいろあった3年間だったと思います。『Love Heart Cheat Code』について、どのような準備を進めてきたのですか?

ペリン・モス(以下、PM):『Choose Your Weapon』はすごく壮大で、たくさんの曲を詰め込んだアルバムだったからね。それでも何曲か余っていて、すべてをレコーディングしたわけではなかったんだけど、なるべくたくさんの曲を1枚のレコードに詰め込みたいという感じで作ったんだ。その次の『Mood Valiant』はまた一から曲作りをするために、長い時間を掛けて作り上げたアルバムだったね。あのアルバムを制作していた時期は世界中でいろいろな出来事が起こっていたし、僕たち個人個人にとってもさまざまな変化を経験した時期だった。だから、『Choose Your Weapon』とは全く違ったものを作りたいということになって……レイヤーを分厚く重ねていくような制作方法ではなくて、スタジオでプレイしたサウンドそのものにもっとフォーカスするような、スタジオという箱にきっちりと収まるような、そんなアルバムを作りたいと考えたんだよね。自分たちが気持ち良いと思える音を出して、レイヤーを重ねるようなプロダクションを加えたり加工したりせずに、それをそのまま出すような。もちろん、『Choose Your Weapon』のサウンド自体はかなり生っぽい感じだったけど、それを自分たちが気持ち良いと思えるところまで重ねていったんだよね。『Mood Valiant』はそこまで手を加えていないんだ。もっとサウンドそのものにフォーカスしてレコーディングした感じ。その経験が僕たちにとても多くのことを学ばせてくれたと思う。それに、そのときに収録しなかった曲がたくさん残っていたから、それを今回のアルバムに入れようということになっていたしね。『Mood Valiant』以降、未発表曲のカタログが充実していたのもあって状況的には良かったと思うよ。そういった曲のストックがあったから、レコーディング自体も前回の方法を引き継いでいくことになった感じだった。だから、『Mood Valiant』の次のアルバムはより短いスパンでリリースできる気がしていたし、実際に『Mood Valiant』を制作しているときからすでに、『Love Heart Cheat Code』の曲作りがはじまっていたとも言えるね。でも、そこから実際に制作に入ろうという時期に世界の全ての活動が2年もの間ストップしてしまって、それに巻き込まれる形で中断を余儀なくされてしまっていたんだ。

サイモン・マーヴィン(以下、SM):そうだね。『Mood Valiant』でライヴ・レコーディングした曲は、外部のスタジオで外部のエンジニアに助けてもらいながら録音したものだけど、今回はほとんどの曲を自分たちのスタジオでレコーディングしたんだ。“Cinnamon Temple” 以外はすべて自分たちのスタジオで録ったんじゃなかったかな。

PM:そうだね。“Cinnamon Temple” だけが唯一別のスタジオでレコーディングした曲だね。この曲は『Mood Valiant』のレコーディングを開始するよりも前に制作したものだからね。

SM:そうそう、早い時期にできた曲だよね。

PM:当初は『Choose Your Weapon』に収録しようと考えていたくらいだから。

SM:『Mood Valiant』に入れようという案も出ていたよね。とにかく、僕たちのレコーディングのプロセスは流動的というか。まずは自分たちでエンジニアを担当して曲作りをしてから、外部のエンジニアを招いて一緒に仕事をすることで、学ぶところも多かったし。新しいことをいろいろとやってみて、ときにはそれがうまく機能することもあるし、そうでないときもある。そうやっていろいろ試してみるのが僕たちのやり方なんだ。

ネイ・パームは『Love Heart Cheat Code』について、いままでのハイエイタス・カイヨーテに特徴的だった複雑な曲構成から、今回はよりシンプルな曲作りを意識したというような内容のコメントを残しています。これについて、いかがですか?

PM:それに関しては彼女の真意とは思えないというか、ちょっと曲解されてしまった気がするんだよね。このアルバムは実際に複雑な要素もたくさんあって、それが少し隠されているというか……隠されているというより、よりあからさまではない、なめらかな感じで表現されていると思うんだよね。複雑さがよりスムーズなものだった、とでも言うのかな。僕も改めて『Choose Your Weapon』やほかの過去の作品と今作を較べて振り返ってみたんだよ。『Choose Your Weapon』が今作に対してより複雑に聞こえるのは、特にプロダクションの面において自分たちで個々に制作をしたことも大きかったと思うんだ。その時期にどんなふうに作品作りをしていたのか、それを改めて認識できたのは面白かったけどね。そのときから比べると、今作はよりヒップホップの影響が強く出ているし、あえてバランスを欠くことでインパクトを与えるような作り方もしている。その上で、すべてがよりスムーズというか、なめらかになっていると思うんだ。聴いていてひっかかるような、不穏な要素は以前よりも控え目で、周波数的にも全てのレイヤーが粒立たない作りになっている。複雑な要素は多々あるけれど、ひとつひとつのレイヤーは意識して聴かなければわからないほどスムーズになっていると思うんだよね。

SM:そのとおりだね。それに、曲にもよるんじゃないかな。“How To Meet Yourself” では、たしか僕は一切オーヴァーダブを使わなかった気がするよ。

PM:そうだね。僕は少しだけサンプルを使ったけど、それも絶妙な感じでね。

SM:そうそう、刈り取って休耕地みたいな余白を設けることにしたんだよね。まあこれはひとつの例だけど、この曲に関してはよりシンプルなアプローチを採用したんだ。でも、ほかの曲はもっと深い作りになっているよ。とても真剣に、一生懸命作ったアルバムだからね。だから、ネイの発言に関しては少し引用違いだったんじゃないかと思うよ。

たとえばビートルズはソーシャル・メディアに出て行って、ファンに向かって話をしたり、自分たちの作品のプロモーションをすることはなかったんだからさ。(モス)

わかりました。“How To Meet Yourself” の話が出ましたが、この曲には中国の胡弓のような弦の音色が登場します。実際に胡弓を使っていたりするのですか? ハイエイタス・カイヨーテの場合、こうした民族楽器などを用いることもあると思うのですが。

PM:あの曲に使われているのはフレロという楽器だよ。

SM:テイラー・クロフォードという、メルボルン在住のすごく才能のあるミュージシャンがいるんだけど、彼は自分で楽器を発明して、それをフレロと名付けたんだ。フレロはフレットを取り付けたチェロみたいなもので、彼はフレロを自作するだけじゃなくて、本当に上手に演奏するんだ。それで、彼にこの曲でフレロを弾いて貰ったんだよ。僕たちのとても親しい友人なんだ。

なるほど。参加ミュージシャンはいま仰ったテイラー・クロフォードのほかに、トム・マーティン、ニコデモスなど、地元メルボルンのアーティストたちです。これまでもハイエイタス・カイヨーテ以外のプロジェクトやバンドなどで一緒にやってきたこともある人たちですが、どんな人たちなのか紹介してもらえますか?

SM:もちろん。トム・マーティンはギタリストで、プットバックスというほかのバンドで一緒にやっているメンバーだよ。彼は本当に才能のあるギタリストで、素晴らしいミュージシャンだから、ハイエイタスがはじまって以来、ずっと一緒に仕事をしてきたんだ。ニコデモスは僕たちの親しい友人だけど、コラボレーションするのは今回が初めてなんじゃないかな。彼自身も素晴らしいミュージシャンだよ。ハープ奏者のメリーナ・ファン・ルーウェンは、去年メルボルンでやったオーケストラとのパフォーマンスのときに一緒にステージに立ってくれた人だよ。あとは誰が参加してたっけ……思い出せない(笑)。

PM:君の友だちのヴァイオリンは?

SM:ああ、そうそう。フィル・ヒーリーは僕のすごく古い友だちで、何曲かでヴァイオリンを弾いてくれたんだ。このアルバムで、メルボルンのミュージシャン軍団と一緒にやれたのはすごく楽しかったよ。

PM:間違いないね。

では、今回の曲作りはどのようにおこなっていますか? いままでのようにメンバーのアイデアを広げたり、いくつかのアイデアを組み合わせたり、ブラッシュアップしたりという具合なのでしょうか? また、制作過程においていままでと何か変化があったりした部分はありますか?

SM:うん、変化はあったと思う。どのアルバムについても、全員が違うアプローチをしているからね。制作過程においていちばんわかりやすい変化としては、外部のプロデューサー兼エンジニアのマリオ・カルダート・ジュニアと一緒に仕事をしたことだね。すごく良い経験だったし、興味深かったよ。それに、このアルバムを早くリリースできたのは間違いなく彼がいたからだと思う。期間を決めて制作しなければいけなかったから、すごく一生懸命取り組んで、期間中に仕上げることに注力したからね。もちろん、みんなが聴いている完成版は僕たち自身で仕上げたものだけどね。レコーディング中に少し隙間を空けておいて、それを持ち帰ってレコーディングし直したりしたから。他のメンバーに訊いたら違う答えが返ってくるかもしれないけど、バンドを代表して言うと、そこがこれまでともっとも違う変化だと思う。これまでのアルバムほど手探りの感じはなかったかもしれない。というのも、どのアルバムに関しても最後の10パーセントは気が狂うような作業だったから。ミックスも自分たちでやるし、一緒にスタジオに入るのと同じくらい、別々のスタジオで作業したりもするしね。ときには脱線して、僕がパーカッションや変なサウンドを足したり、メロディアスなものを足したりする人もいれば、ポール・ベンダーが同じようにいろいろ付け足して、ネイがそこに入ってきて、ベンダーとハーモニーを奏でたりする。すごく細かいディテイルや磨き上げるためのアイデアがいろいろあって、最後の10パーセントで実験に実験を重ねて、金脈を探り当てようとする感じだよ。僕自身はセッションの中で、実際には聞こえないようなレイヤーをたくさん重ねて。レイヤーのアイデアはたくさんあるけど、もしかしたらその中のわずか3秒だけが、ひとつの部分で機能するかもしれないから、とにかく実験をしまくるんだ。今回ロサンゼルスでマリオと一緒にやったときは、そういうことは何ひとつしなかったよ。全曲の80パーセントはそこで仕上げたから。制作のプロセスはこれまでとは何もかも違っていたね。普段僕たちはその曲でどんなものを聴きたいか明確にわかっているから、録音ボタンを押して慌てて所定の位置に戻って演奏して、録音停止ボタンを押せばよかった。一方、誰かほかの人と一緒に制作するということは、自分がこれから何をやろうとしているのかを説明する必要があったんだ。そこにはコミュニケーションの壁が介在している。僕たちは長い間ずっと一緒にやってきたから、お互いの言語を理解していて特に説明する必要もなかったからね。でも、誰か他の人と一緒にやるのはすごく良い経験だったよ。少なくとも、僕たちに外部の人と共に制作することがどんなことなのか理解させてくれたから。それと、僕たちがいかにおかしなバンドで、いろいろなことをやっているけれど、いかにピンポイントなものを求めているのか、ってところに光を当ててくれたしね(笑)。

僕は自分たちの作品を素描画や絵画のように感じているし、「この作品の真意は?」と訊かれても、「わからない」としか言えないんだ。(モス)

それでは、その『Love Heart Cheat Code』全体のコンセプトやテーマをどのように表現しますか? 

PM:君が答える?

SM:えぇー。全体のコンセプトか……。

通訳:難しい質問だと思うんですけど。

SM:すごく難しいね(笑)。というのも、一曲一曲についてどんなテーマの曲にするかということに集中していたから。

PM:言ってみれば、このアルバムは曲の集合体という感じだからね。

SM:そうなんだよ。全体というよりも曲そのものという感じなんだ。でも、このアルバムを最初から最後まで通して聴いてみると、とても柔らかで明るくてポジティヴなエネルギーに溢れている感じがするんだよね。ほかのアルバムではそういう風に感じなかったけど、いくつかの曲には柔らかな手触りがあって、終わりに向かってかなりヘヴィなサウンドになっていくという。この数年間、そうしたサウンドからの影響ももう少し前面に出していくことを学んだんだ。でもまあ、全体を通して柔らかで優しい、ポジティヴな光に溢れたアルバムだと思うよ。表現するのがとても難しいけれどね。さっきも言ったけど、それぞれの曲によるからさ。スタジオではできる限りそれぞれの曲の作曲に敬意を払って制作したから、まとめるのはとても難しいね。

そうですよね。一方で、“Everything’s Beautiful” についてはYouTubeでポールとサイモンが制作過程を説明していますね。18分に渡ってかなり詳細に説明していますが、こうして内側を明かすのはかなり珍しいことではないかと思いますが、いかがですか?

PM:なぜ秘密を明かしたりしたんだ!(笑)。

SM:(笑)最近のテクノロジーのせいで、こうしたオンライン・コンテンツに駆り出されることが多くなってきてね。アーティストにもプレッシャーが掛かるようになってきたから、段々と慣れてはきたけれど。もちろん、そういうコンテンツで話すことが苦痛だとは言わないよ。曲の制作に関して、いくつかのポイントについて話をできるのはとても素晴らしことだと思うし。たとえば僕だったら、キーボードを使ってどんな部分をどんなふうに表現したのか聞いてみたいし、特定の楽器の周波数やシグナルのこととか、そうしたことについての理解を深めることができるのはすごく良いと思うから。どうやってあの重みのあるサウンドを実現したのか、それを知ることができるのは最高だよ。実際にそのアーティストと一緒にスタジオに入らなければ、そこまでの深い部分は知りようがないし、そんな機会は滅多にないからね。これは僕たちについても言えることで、僕たちは約15年も音楽をやってきて、言ってみれば古いバンドだよね。だからこそファンととても良い関係を築けてきたわけだし、僕たちの音楽を聴いてくれるオタクみたいな人たちもたくさんいる。そういう人たちに向けて、このレベルでの深い話をできるのはとてもありがたいことなんだ。

PM:クリエイティヴな人たちというのはとても興味深いよね。ファンの人たちが自分たちの聴いているアーティストとどういう形で繋がりたいのか、自分たちが聴いている音楽をどんなふうに分解してみたいのか。でも、アーティストというのは、音楽を作ることやステージでパフォーマンスを披露することには長けていても、ときとしてカメラに向かって自分のことを語るのに抵抗があったりもする。ある意味、とても怖いことだから(笑)。でも昨今では、そうしたことは多くのアーティストにとって当たり前のことにもなりつつあるよね。とはいえ、そういうことをアーティストに求めるのはまあ不自然なことかなぁと思うこともあるよ。これまでは、そんなことをする必要がなかったわけだから。もちろん、あちこちでインタヴューを受けるというのはこれまでもあったけど、たとえばビートルズはソーシャル・メディアに出て行って、ファンに向かって話をしたり、自分たちの作品のプロモーションをすることはなかったんだからさ。なかなかハードルの高いことだと思うけど、時代は変わっているからね。だから、アーティスト自身もそういう場所に行って話をすることに慣れていかなきゃいけない時代なんだよね。僕たちはまだそういうのにあまり慣れていなくて得意じゃないからさ、ファンにとっても僕たちにとってもまだ試行錯誤の段階という感じではあるよ。でも、けして悪いことじゃないと思うけどね。

SM:それは僕たちが歳を取ってるからだよ(笑)。

通訳:(笑)でも一ファンとしては、あの動画はとても興味深くて面白かったので、すべての曲について解説動画を出していただきたいと思いましたけど。

SM:ああ、それは良かった(笑)。ありがとう。

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気がついたら、自分自身でもその曲のはじまりとはまったく違った世界にいるわけで、それこそがバンドとしての美徳だと思うし、正しいことだと思うんだ。複雑なアルゴリズムであり、僕たちはできればその正解には辿り着きたくないとさえ思っているんだ。(マーヴィン)

ところで、“Make Friends” のように人間関係について描いた作品があります。一方、“How To Meet Yourself” は自己について掘り下げたと思われる作品で、そうした自他の意識が『Love Heart Cheat Code』にはさまざまな形で表現されているのではないかと類推しますが、いかがでしょう?

PM:その質問は僕たち向けではないな~、歌詞はネイが書いているからね。でも、わかる部分だけで話すね。先週ネイと一緒にインタヴューを受けたんだけど、そのときに彼女が言っていたことに合点がいったんだ。これまでの彼女は、どうやって言葉に落とし込めばいいかわからないものを抱いていたんだけど、いまの彼女は自分自身について以前よりもリラックスしていて、自分自身と向き合うことや、さまざまなことに対して心地良く感じているそうなんだ。前作は、ネイがこれまでに経験してきたよりパーソナルな事象を歌っていたから、歌詞には彼女が感じた痛みが色濃く投影されていた。彼女がいかにしてその痛みを克服する術を学んだかということもね。今作は、サイモンもそうだと思うけど、僕たちみんながそういうものをすくい上げて昇華させた感じになっていると思うんだ。バンド自体がより軽やかになっていったことで、歌詞自体もより軽やかになったとでも言うのかな。彼女自身も軽さや明るさを感じていたと思う。彼女の言葉を肩代わりするつもりも、彼女が言わんとしていたことを誤解したくもないんだけど……つまりはそういうことを言っていたんだじゃないかと思うよ。結局は、違うフェーズに入ったということなんじゃないかな。時期が違えば、歌詞は違うものに感じるだろうし、感傷的に感じる部分も違ってくるだろうから。このアルバムは、僕には感覚的にはちょっと『Choose Your Weapon』とか、『Tawk Tomahawk』に近い感じがするんだ。そうだね、ファースト・アルバムの『Tawk Tomahawk』により近い感じかな。どのアルバムも違ったテイストの曲が収録されているけど、全体を通してまとまりのある雰囲気に仕上がっていると思うんだ。でも、今作はその点においてファーストにより近くて。『Mood Valiant』はいろんなテイストの曲が1枚のレコードに収められているけど、全体を通してひとつのテイストにまとめることに重きを置いたレコードだった。一方、『Choose Your Weapon』はとにかく何でもかんでも詰め込んだ感じの作りになっている。今作との共通点を感じるよ。今作はとても短いアルバムになっているけど、その中にヘヴィなものがあったり、ソフトなものがあったり、すごく振り幅の大きい作品になっているからね。サウンド的には、どの曲も全部違う雰囲気になっていると思うんだ。まあ、ネイに成り代わって話をするのは気が引けるからさ。僕が言えるのはそんなところだね。

わかりました。歌詞の世界観については改めてネイに訊くチャンスを待つことにしますね。では、先ほど“Cinnamon Temple”の話が出ましたが、この曲のタイトルはなかなか変わっていますよね。これはどういった曲なのでしょう? ライヴなどでも昔から演奏していますね。

PM:うん、長いこと演奏しているね。

SM:なぜこのタイトルになったかというと……おそらく、アシッドが見せた幻影みたいなイメージなんじゃないかな。演奏しているときに、そういうイメージが頭の中に浮かんだんだ。ベンダーが強烈なリード・ラインを思いついて、それに突き動かされるようにひとつの楽曲として形づくられた曲なんだよね。最初はインストゥルメンタルだったんだけど、後からそこにネイが歌詞を乗せて完成した曲だね。まあ、説明するのが難しい曲ではあるよ。というのも、この曲はもう6年くらい必ずライヴのレパートリーに加えられてきたから、それこそかなりの回数に渡って演奏しているし。他に言うこともないくらい(笑)。

彼(ショスタコーヴィチ)は戦争に従軍したことがあるんだけど、そのときに頭に弾片を浴びたらしいんだ。戦争から戻って来たら、頭の中で無調性のメロディが聞こえるようになったらしいんだよ。頭を傾けるとメロディが聞こえていたという伝説なんだけど。(マーヴィン)

そうなんですね。では、“White Rabbit”はジェファーソン・エアプレーンのカヴァーですよね。アメリカ西海岸のサイケデリック・カルチャー時代の1966年に作られた古い曲で、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』と『鏡の国のアリス』をモチーフにしていて、映画やフィルム作品などでも用いられたり、いろいろなアーティストによってカヴァーされてきた名曲でもあるのですが、今回はどうしてカヴァーしたのですか? また、エアプレーンのリード・シンガーだったグレース・スリックが作詞・作曲をしているのですが、それに対してネイ・パームはどのようなイメージで臨んだのでしょうか?

PM:この曲はジャム・セッションの中から生まれたものだったよね。サイモンとベンダーの昔のスタジオで。

SM:スタジオにはアリスとかっていう名前のミキシング・デスクがあって、そこに小さな白いウサギが乗っていて。ベンダーが曲の土台のようなものを作っているときにデスクを見たら小さな白いウサギがいて、それでこの土台を基に “White Rabbit” の歌を乗せたんだ。それで、突然曲ができたという感じ。その土台を基に組み立てていったら、ひとつの曲に仕上がったんだ。

PM:この曲にハーモニー的なリファレンスは存在しないということだね。この曲は導入部分がすべてで、そこからすべてがはじまっているとでも言うのかな。風変わりなディストーションのサウンドがあって、ネイがそれに合わせて歌うことで、この曲が組み立てられていったという感じだから、ハーモニーの面から引用したわけじゃないというか。デモがあって、たまたまそれに合わせて “White Rabbit” を歌って、その骨組みを支える部分を作ったりしてひとつの曲になったんだ。すごくゆっくり、少しずつピースを足したり、手を入れたり放っておいたりしながら時間をかけて完成した曲なんだけど。でも突然曲として成立したから、じゃあこの曲もアルバムに入れようということになって。そこから僕がさらに少し何か足したりして、完成させたんだよ。で、いまのこの形になったというわけ。

SM:そうだね。形になりはじめたのは、ハーモニー的な部分にサビを入れた頃じゃなかったかな。なんというか、ドビュッシー的な進行というか、なんかプレイしているうちにそういう感じになっていって、バラバラだったものをひとつにまとめたら、「おぉ、なんかやっと全体像が見えてきたぞ」という。最初の頃は野性味溢れるというか非常に荒削りというか、それでいてすごく良い感じのもので、それが段々と曲としてのまとまりを見せて行ったんだよね。この曲はアルバムの中でも僕のお気に入りのひとつなんだ。普段僕たちがやっていることとはかなりかけ離れているけれどね。加算を重ねていくうちに最終的に形を成していったん曲なんだ。

仰ったように “Cinnamon Temple” はかなりヘヴィなギターがフィーチャーされ、いままでになくロックのイメージが強い楽曲です。また、同じく “White Rabbit” にもかなりハードコアで混沌としたフレーズがあります。出世曲の “Nakamarra” などはネオ・ソウル的でポップなイメージが強かったわけですが、それとはかなり異なるタイプの曲で、あなたたちのイメージを覆すものと言えます。どうしてこうしたタイプの曲を入れたのですか? 意図的にこうしたタイプの曲を入れたのでしょうか。

PM:そのとおりだよ。それが僕たちだから。僕たちは膨大な量のインスピレーションを本当にいろいろなところから得ているからね。言ってみれば僕たちの作品はアートだから、そこに過剰な意味合いを持たせるつもりはないよ。アートスクールではひとつの絵画を細かく分析しようとするけど、僕にしてみたら「ただこの色たちを組み合わせたかっただけなんだけどな」って感じ。だから、僕は自分たちの作品を素描画や絵画のように感じているし、「この作品の真意は?」と訊かれても、「わからない」としか言えないんだ。分析して翻訳できるようなものではないからね。音楽は主観的なものだから、これを聴いた人が好きに受け取ってくれたらいいし。

SM:そのとおりだね。聴き手が考えるよりも、もっとずっとシンプルなものだと思うよ。僕たちが好きかどうか、基本的にはその感覚だけでやっているから。

PM:それだね。僕たちは自分たちが好きではないものを取り入れたことは一度もないから。もちろん、メンバーのひとりがちょっと目立たない後方に回るようなことはあるけど、基本的にはみんなで一緒になって楽しんで作る感じだよ。それと、ハイエイタスにはもうひとつとても重要な要素があって、それがライヴでのパフォーマンスなんだ。ライヴで演奏すると最高の気分になれるのに、いざレコーディングするとライヴほどのエネルギーを感じなくなってしまう曲もあったりするけど、それでもずっとライヴでやってきた曲をレコーディングしてみんなに届けたいという思いもあるし。その逆もまたしかりでね。レコーディングしたものもとても良かったけど、ライヴで演奏してみたらレコーディングしたときには想像もしなかったほど良くなったりする曲もあるんだ。そのどちらもがお互いに良い作用をもたらすと思う。もしリリースする前に演奏したとすると、これからどんなふうにプロデュースして完成させればいいか、その方向性を示してくれることもある。一方で、最近ではリリース前に演奏することはしないようにもしているんだよね。興味深いいきさつではあるんだけど、ここのところはそういうことにしていて。レコーディングしたものをどんなふうに演奏するかすごく考えるし、僕たちにとってはまたレコーディングとは違った大きな挑戦だけど、すごく楽しいよ。バンドにとってとても重要な要素のひとつだし、そのことについて僕たちは本当に真剣に向き合っているんだ。レコードとパフォーマンスを同列に並べることは良いことだと思っているからね。それと同時に、それぞれを異なるものとしても扱っているんだ。実際のところ違う感覚もあるしね。ただ、その背後にある実際の思考というものは、残念ながらそれほど深い意味を持っていないんだよ。

SM:そうだね。僕たちはこれまで、好んでジャンルに縛られようと思ったことは一度もないからね。

PM:「どんな音楽をプレイしているんだ?」と訊かれても答えに窮するよね。すべてが僕たちのサウンドで、僕たちはあらゆるジャンルからいろいろなものを採り入れているんだ。それって本当に大事なことだと思うし、僕たち全員が音楽的に頑固……良い意味でとても頑固なんだ。個々それぞれが自分たちのアイデアを主張しつつも、バンドとしてひとつのまとまりあるサウンドを創ろうとしているんだよ。そうすることをお互いに許し合っている関係なんだ。僕がとある曲を思いついて作りはじめたとしても、最終的にでき上がったものは僕が自分の頭の中で聴いていたものとけして同じにはならない。必ず違ったものになる。それは誰にとっても同じで、僕たちがほかのメンバーに100パーセントのクリエイティヴな自由を与え合っているからなんだよ。もし僕が「これはさすがにやり過ぎじゃないか?」と感じたら、誰かが「オーケー、少し引き算をしよう」ってうまくまとめてくれる。「これはどう?」「こうしたらいいんじゃない?」って、僕のアイデアに寄り添うような案をいろいろ出して、当初のアイデアを最大限に活かしてくれる。どの曲についても、誰もが自分の意見をためらわずに言える環境だからこそ、でき上がった曲は伝えたいメッセージを届けることができるものになるんだ。

SM:それだけたくさんの声が入ってきて、もともとの作曲の道筋を変えてしまうんだから、ジャンルを定義するのはとても難しいよね。気がついたら、自分自身でもその曲のはじまりとはまったく違った世界にいるわけで、それこそがバンドとしての美徳だと思うし、正しいことだと思うんだ。複雑なアルゴリズムであり、僕たちはできればその正解には辿り着きたくないとさえ思っているんだ。

PM:そのとおりだよ。その瞬間こそが最大であり最高のものだと思う。『Choose Your Weapon』は僕たちにとっても重要な時期だった。僕たちはまだまだ一緒に曲作りをすることに慣れていなかったから、たとえばサイモンやベンダーが何かフレーズを弾いたとして、僕にはそれが彼らの聴いているものとは全く違ったものに聞こえていたんだ。そこで僕がすごくソリッドでハードなビートを刻んだら、意味がわからないという顔をするわけだよ。それで、「ああ、これは彼らが意図していたものじゃないんだな」って知ることになる。それで、慌てて「こんな感じかな? これだったらどうかな?」っていろいろやってみるんだけど、彼らは「いやいや、好きなように続けて。ただ好きなようにやってみればいいんだよ。後でどういうふうにまとめられるか考えるからさ」ってね。で、結局めちゃくちゃロッキンなサウンドの曲になったりして。最初にイメージしていたものとはまったく違うものになるわけだけど、みんなが同じ考え方をして、同じ方向に向かっていたらつまらないサウンドしか生まれないと思う。だからこそ、僕たちはお互いの背中を押し合って切磋琢磨しているんだ。ただ、僕たちはそれぞれ違う人間だけど、そこには絶対的なスピリットがあって、似通った感じ方や感性を共有していると思う。誰かを型にはめるようなことはしたくないけど、特に僕とネイは同じような感性を持っていると思うな。僕たちの作るものは、ちょっと荒削りというか。これは僕個人の意見に過ぎないけど、逆にサイモンとベンダーはなめらかな手触りに仕上げてくれるような気がする。スムーズに全体をまとめてくれて、すごく心地好いものにしてくれるんだ。ネイと僕は散らかったアイデアが四方八方から湧いてくる感じなんだけど、それをみんなは理解しようと努めてくれて、最終的にひとつの曲にきちんとまとめてくれるんだよね。そうだね。僕たちはただ、気持ち良いと思えるものを演っているだけなんだ。おかしな話だけど、とても素敵なことなんじゃないかと思ってるよ。

愛というものは容易に、人生における隠しコマンドになる可能性があるという受け取り方もあるかもね。愛があれば、その愛と共に人生を前進させることができる。そこから、その隠しコマンドが人生における成功や幸福をもたらしてくれるんだ。(モス)

よくわかりました。では、他の楽曲についても訊かせてください。“Dreamboat” には美しいオーケストレーションがフィーチャーされます。このアレンジは『Choose Your Weapon』で共演したミゲル・アットウッド・ファーガソン、もしくは『Mood Valiant』で共演したアルトゥール・ヴェロカイによるものですか?

SM:ええ……覚えてないな(笑)。

PM:(爆笑)僕も覚えてないよ。サイモンかベンダーが覚えてるはずだろ。

SM:いや。全部自分たちでやったんじゃないかな。最近は以前に比べてベンダーがチェロを弾くこともかなり増えたし、チェロをいろいろな部分に散りばめているんだ。素晴らしいトランペット奏者……とてもクリエイティヴな、ジミー・ボウマンというメルボルンのミュージシャンが参加してくれて、管楽器のセクションがとても充実したしね。僕はメロトロンやシンセを弾いて、ハープ奏者のメリーナに参加してもらって……というふうに、自分たちで素材を作ってそれをひとつにまとめた感じだね。もともとはオーケストラと一緒にライヴ演奏するためのアレンジがあったけど、このアルバムに向けて自分たちで全部やることにしたんだよね。

PM:この曲はもともとサイモンが書いた曲で、オーケストラ向けに作曲したものなんだ。オリジナルもすごくクールだけど、このアルバムに収録されているものほどグラマラスな感じではないというか……でも、オーケストラで演奏するのにぴったりのヴァージョンだったんだ。

SM:僕はこの曲がハイエイタスの曲になることは全然想定していなかったんだよ。よくあることなんだけどね。『Mood Valiant』の “Stone Or Lavender” にしてもそうだったよ。曲を書いた時点ではハイエイタスの曲になることは考えていなかったんだ。ただこの曲をプレイしたら、ネイが「それ何?」って興味を示して、次の日に歌詞を書いてきたんだよ(笑)。それで、「ああ、オーケー、これはハイエイタスの曲になるんだね」って。そういう面白いことがときどき起きるんだよね。でもすごく新鮮な感じだった。

他にも “Dimitri” や “BMO is Beautiful” などは注釈が必要な曲に思いますが、どんな曲ですか?

SM:たぶん合ってると思うけど、“Dimitri” はショスタコーヴィチについての曲だよね? 彼はロシアの作曲家でありピアニストである人物なんだけど、彼に関する伝説みたいな話があってね。彼は戦争に従軍したことがあるんだけど、そのときに頭に弾片を浴びたらしいんだ。戦争から戻って来たら、頭の中で無調性のメロディが聞こえるようになったらしいんだよ。頭を傾けるとメロディが聞こえていたという伝説なんだけど。この曲はベンダーが土台の部分を書いたから、全編を通してベース・コードが鳴っているんだけど、そこからベンダーとネイが曲に仕上げていったんだ。ネイは曲を書くのが本当に速くて。異常なくらいひとつの曲として成立させるのが速いんだよね。それが彼女の持つたくさんの才能のひとつでもあるんだけど。僕が知らないうちに素晴らしい “Dimitri” の基礎ができ上がっていたから、僕とペリンは自分たちのパートをそれに乗せれば良かったという感じだよ。この曲では僕がベースを弾いているんだけど、ペリンがコードのある楽器を弾きたがっていたから、そっちのパートをお願いして……「君にコードはお願いして、僕はベースを弾こうかな」ってね(笑)。まあそれはそれで良かったんだけど。

PM:(笑)次のアルバムでは、ドラムを叩きながら歌でも歌おうかな。

SM:一方、“BMO is Beautiful” では僕はベースを弾いていなくて、ベンダーがベースを弾いている曲だよ。この曲は次の “Everything’s Beautiful” へのイントロみたいな曲で、僕たちのお気に入りのアニメ・キャラクターがフィーチャーされているんだ。『Adventure Time』のビーモだよ。実はビーモ役の女優のニキ・ヤングがレコーディングに参加してくれて、とてもラッキーだったね。ちょっとキュートな間奏曲という感じで、楽しんで制作したよ。

“Longcat” についてはいかがでしょうか? ネットで話題になった日本の白い猫のことを指しているのですか?

SM:ベンダーがベースのヘッドに小さなぬいぐるみをぶら下げてて、そこから取ったタイトルなんだ。多分日本で買ったもので細長い猫だから、きっとその日本の猫と同じものかもしれないね。

では、「Love Heart Cheat Code」というタイトルについてお訊きします。「Cheat Code」はゲーム用語の隠しコマンドのようですが、そうしたゲームとかメタバース的なものも関係しているのでしょうか?

PM:そのタイトルについての解釈は自由だよ。アルバムのタイトルとしても、曲のタイトルとしてもね。受け手に自由に解釈してもらえたらと思ってるんだ。ただ、愛というものは容易に、人生における隠しコマンドになる可能性があるという受け取り方もあるかもね。愛があれば、その愛と共に人生を前進させることができる。そこから、その隠しコマンドが人生における成功や幸福をもたらしてくれるんだ。もちろん、いろいろな解釈や見方があると思うけどね。もし君がゲーマーで、ゲーム的な受け取り方をするんだったらそれはそれで良いと思うし。人生の頂点に達することが何を意味するのか? そこまで掘り下げてもいいんだ。とにかく、解釈はいつだって自由なものなのさ。

わかりました。それでは、毎回個性的で面白いアートワークをフィーチャーしたアルバム・ジャケットで、それもまたハイエイタス・カイヨーテの魅力のひとつになっているのですが、今回のアートワークについて説明してもらえますか?

PM:ネイの友だちのアーティストだったよね? ラジニ・ペレラというアーティストが書いた絵画だけど、ある晩にこのアートワークを見せてもらって、僕たち全員がすごく深く共鳴した感じがしたよ。このアートワークをアルバム・ジャケットにしようと決めるのは、本当に簡単だった。以前の作品のときは、それこそジャケットを決めるのに本当に苦心したんだけど、今回はすごくスムーズに決まったね。とても良い作品だと思ったし、このアルバムにぴったりだと思ったよ。

SM:そうだね。完璧な作品だと思う。

では最後に、『Love Heart Cheat Code』についてリスナーへのメッセージをお願いします。

SM:このニュー・アルバムを聴いてくれる人たちが楽しんでくれることを心から願っているよ。このアルバムを作るのは本当に楽しかったし、11月に来日するときにはライヴで演奏できるのをとても楽しみにしているよ。2公演が予定されているんだけど、それまでにしっかり仕上げておくからね。日本公演は世界ツアーの最後の方だから、それまでにはかなりウォーミングアップされているはずだよ。

PM:めちゃくちゃ演奏がうまくなって、全部の曲を2倍速でプレイするかもね(笑)。

通訳:時間的には短いけれど、濃厚なショーになりそうですね(笑)。

PM:20分くらいのショーになったりして(笑)。

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John Cale - ele-king

 痛くて眠れないので睡眠薬を欲しいと医師に言った。就寝前にそれを飲んで、布団のうえに痛みをこらえながら横たわる。目を閉じてしばらくすると、薬が効いてレム睡眠状態に入った。身体は寝ているのだが、頭は働いている。悪いことばかりに思いがめぐる。目を閉じているのに、自分の人生の暗い側面が断片的に昔のフィルム映画のように見える。ジョン・ケイルのことを考えよう。
 ちょうどイアン・マーティンによるインタヴュー記事をポストしたばかりだった。ぼくもあのオンライン取材に立ち会った。ケイルはヴィデオ機能をオフにしていたので、黒い画面があって、彼の声だけが聞こえた。その声は、老境に入ったアーティストらしい深みのある声で、彼の話し言葉はじつに抑揚があり、ときに激しく、ときに枯れた声で、しかも大声で笑った。それはぼくに、丘の上の古城でひとり暮らしをしている老芸術家を思わせた。
 これはもちろん、一方的かつ身勝手な空想に過ぎないのだが、ついついぼくはジョン・ケイルをそうしたゴシック的な風景のなかにおいてしまう。ヴェルヴェッツのファーストには(じつに先駆的な)ゴシック的な要素があったし、彼はゴシック・ロックの先駆的作品、ニコの『The Marble Index』(もうひとりのゴシック・ロックの先祖、ジム・モリソン登場の1年後のアルバム)の共同制作者だし、彼のソロ作品『Fear』のジャケットからは『カリガリ博士』や『ノスフェラトゥ』めいた世界を連想してしまうのだった。まあ、もちろんそれらはまったくの別物なのだが、こうした自分の勝手な夢想は、ヴェルヴェッツにおけるケイルの陰鬱なヴィオラが耳にこびりついてしまったのがきっかけだ。遊び心あふれる新作を出したばかりの彼なら、許してくれるだろう。

 ジョン・ケイルの新作は、神経をすり減らすような前作『Mercy』における実験性とは打って変わって、彼流のポップ・ソング集である。ケイルがお茶目でユーモアのセンスを持つ人間であること、そして、18歳でピアノの神童となった彼が高度な専門教育を受けたヴィルトゥオーソであることはよく知られている。イーノの評伝『On Some Faraway Beach』にある回想によれば、「1日に7つの新聞を取り寄せ、テレビをつけ、電話をそばに置く」人間でもあったそうだ。ブレヒトやディラン・トマスを主題にする芸術家でありながらも、市民的な関心事に積極的なのだ。
 ケイルのこうした、陽の部分が今回のアルバムに広がっていることは、レーベルが用意した写真からもうかがえる。全曲メロディアスだ。モノクロームではない、カラフルで軽快な曲調。彼が言うように、作中に怒りが込められていることなど、曲をただ聴いている限りでは、ことに日本人リスナーにはわかろうはずもない。
 その曲からウェールズという土地のことまで連想することはないが、“Davies And Wales”は好きな曲のひとつだ。まるでこれは、ドリーム・ポップだと言いたくなる。続く“Calling You Out”もいい。ラウンジーなこの曲を聴いているとやさしい気持ちになれるからだ。人類への失望を主題に、機械でビートが刻まれる“Edge Of Reason”にしても、曲が進行するといつしか聖歌隊の歌のように思えてくる。“I’m Angry”という曲名の曲にしてもそうだ。怒りを歌っているというのに、あたかも切ないライヴ・ソングじゃないか。
 “How We See the Light”は今作のなかでもっとも愛される曲になるのだろうが、それに続く本人お気に入りの歌詞「右翼が図書館を焼き払っている」のある“Company Commander”は、滑らかな作中にあってとげとげしい残響を残している。ただし、彼のパンクな一面がもっとも格好良く表現されているのは“Shark-Shark”で間違いない。ここでのギザギザなギター演奏は、アルバムでもっともヴェルヴェッツに接近しているパートだ。“Funkball the Brewster”の静的な広がりも、「地獄に堕ちろと言っておくれ/全力でそうするよ」とひねくれた歌詞も、本作を特徴付けるポップと実験性という点においてすばらしい。

 アート・ロックというジャンル用語をたどると、ヴェルヴェッツや初期ロキシー・ミュージック、マジック・バンドらに行き着く。こうしたバンドには、その内部において異なるもの同士の衝突があった。ロックらしかぬものをロックに落とし込むのではなく、衝突によって生じた割れ目をぐいっと拡げてそこに新たなスペースをつくる。20世紀のそうした音楽をアート・ロックと呼んだのであれば、ロックはロック以上のものになろうとしているという当時の熱量を推し量ってわからなくはない。

 ケイルが前作と違ってほとんどひとりで作ったアルバム(そういう意味では今回のほうが“ソロ”と言える)の、サウンドの多彩さ、複雑さに焦点を当ててみる。心地よさと気色悪さを併走させている緻密なアレンジのなかにはサンプリングやノイズも含まれている。そしてこの老芸術家は怒っている。その感情をわからせないために、言葉とサウンドの微妙なニュアンスを駆使している。
 『POPtical Illusion』は安心させはしないことで安心させるアルバムだ。アルバムの題名はある種のギャグで、神経をすり減らすことはないし、陰鬱な要素はない。ぼくのなかの丘の上の古城の老芸術家が、クスクス笑いながら床一面に玩具を並べている。うまく眠れない夜にはちょうど良いのだ。

Aphex Twin - ele-king

 問答無用。昨年は趣向を凝らしたシングル「Blackbox Life Recorder 21f / in a room7 F760」でわれわれをわくわくさせてくれたエイフェックス・ツインだけれど、新たな朗報の到着だ。この3月に30周年を迎えた1994年の問題作にして名作『Selected Ambient Works Volume II』が新装版となって蘇ることになった。
 CD3枚組、LP4枚組に再編された同作には、これまでLPでしか聴けなかった “#19”、フィジカルではリリースされていなかった “th1 [evnslower]”、今回初の公式リリースとなる “Rhubarb Orc. 19.53 Rev” が追加音源として収録される。発売は10月4日。というわけで、稀代のアルバムをあらためていま大いに楽しもうではないか。

 ちなみにele-kig booksからは『Selected Ambient Works Volume II』の秘密をさぐる書籍『エイフェックス・ツイン、自分だけのチルアウト・ルーム』を刊行しています。ぜひそちらもチェックしてみてください。

エイフェックス・ツイン
〈WARP〉第一弾アルバムにして
音楽史に残るアンビエントの大名盤
『Selected Ambient Works Volume II』

30周年記念新装エクスパンデッド・エディション発売決定!
・日本限定3枚組CDボックスセット
・日本語帯付き4枚組LP
・Tシャツ付セット
予約受付スタート!

これまでLP盤のみでしか聴けなかったレア音源
「#19」公開!

エイフェックス・ツインことリチャード・D・ジェイムスが、1994年に若干22歳で発表した音楽史に残るアンビエントの大名盤『Selected Ambient Works Volume II』。エイフェックス・ツインにとっては〈WARP〉移籍後第一弾アルバムでもある記念碑的作品が、リリースから30周年を迎え、追加音源を加えた新装エクスパンデッド・エディションでリリースされることが発表された。

今回の30周年記念新装エクスパンデッド・エディションは、日本限定3枚組CDボックスセット、日本語帯付き4枚組LP、輸入盤3枚組CD、輸入盤4枚組LP、そしてTシャツ付セット(日本限定3枚組CDボックスセット/日本語帯付き4枚組LP)の形態でリリースされる。また、これまでLP盤のみでしか聴けなかった「#19」、初めてフィジカル・フォーマットでリリースされる「th1 [evnslower]」、今回初めて公式リリースされる「Rhubarb Orc. 19.53 Rev」が追加音源として収録される。また今回の発表に合わせて「#19」が公開された。

日本限定3枚組CDボックスセット

輸入盤3枚組CD

輸入盤4枚組LP

日本限定3枚組CDボックス+Tシャツセット

日本語帯付き4枚組LP+Tシャツセット

Aphex Twin - #19
https://youtu.be/iHzuygQd3do

新装盤となったエクスパンデッド・エディションのデザインは、オリジナルのアートワークを手がけ、エイフェックス・ツインの代名詞でもあるロゴもデザインしたポール・ニコルソンが担当している。

[3CD Tracklist』
CD01 - 1. #1
CD01 - 2. #2
CD01 - 3. #3
CD01 - 4. #4
CD01 - 5. #5
CD01 - 6. #6
CD01 - 7. #7
CD01 - 8. #8
CD01 - 9. #9

CD02 - 1. #10
CD02 - 2. #11
CD02 - 3. #12
CD02 - 4. Blue Calx
CD02 - 5. #14
CD02 - 6. #15
CD02 - 7. #16
CD02 - 8. #17
CD02 - 9. #18
CD02 - 10. #19 

CD03 - 1. #20
CD03 - 2. #21
CD03 - 3. #22
CD03 - 4. #23
CD03 - 5. #24
CD03 - 6. #25
CD03 - 7. th1 [evnslower]
CD03 - 8. Rhubarb Orc. 19.53 Rev

[4LP Tracklist]
A1. #1
A2. #2
A3. #3

B1. #4
B2. #5
B3. #6
B4. #7

C1. #8
C2. #9
C3. #10

D1. #11
D2. #12
D3. Blue Calx
D4. #14

E1. #15
E2. #16
E3. #17
E4. #18

F1. #19
F2. #20
F3. #21

G1. #22
G2. #23
G3. #24

H1. #25
H2. th1 [evnslower]
H3. Rhubarb Orc. 19.53 Rev

label: Warp Records
artist: Aphex Twin
title: Selected Ambient Works Volume II (Expanded Edition)
release: 2024.10.4

日本限定3枚組CDボックスセット:¥6,000+tax
日本語帯付き4枚組LP:¥10,400+tax
輸入盤3枚組CD:¥3,800+tax
輸入盤4枚組LP:¥10,000+tax
日本限定3枚組CDボックスセット+Tシャツ:¥11,000+tax
日本語帯付き4枚組LP+Tシャツ:¥15,200+tax
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14189

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