Home > Interviews > interview with Hiatus Kaiyote (Paul Bender) - 〈ブレインフィーダー〉からリリースされるメルボルン発ネオソウル・バンド
「誰もが大きな試練を乗り越えてきた。これを作り上げるために、僕らは泥の中を突っ走ってきたような気がする。そしてこの勇敢(valiant)で誇らかな感覚が、嵐の中から穏やかな海に流れ出した。サウンドの響きと感情の奥行きに誇りを感じる。この辛い毎日に、人々にちょっとした安らぎを届けることができたらと思う」
──ポール・ベンダー(アルバム・インフォメーションより)
ハイエイタス・カイヨーテが6年ぶりにアルバムを引っさげて帰ってきた。あのパンク・ロックっぽいアートワークでネオ・ソウルなヴァイブスを奏でる前作『Choose Your Weapon』はギャップも含めかなりのインパクトがあったし、ジャズやソウル、ロックやポップスなどの絶妙なバランスを縫ったサウンドとヴォーカルのネイ・パームが放つ独特の雰囲気と歌が、ジャンルの垣根を超えた日本のオーディエンスにもバッチリ支持されている証拠だろう。
新作『Mood Valiant』はなんとブラジリアン・サウンドの「生ける伝説」とも言えるアルトゥーロ・ヴェロカイとのコラボレーションが実現。そして引き続き飛ぶ鳥を落としまくっている〈ブレインフィーダー〉からのリリースということで、僕らの期待をいい意味で裏切ってくれたと思う。しかしながらアルバム・リリースまでの道のりは決して順風満帆ではなく、メルボルンの4人組バンドはここ6年間で様々な出来事に直面してきたのである。世界中を飛び回るハードなツアー・スケジュール、過去に母親を同じ病で亡くしたヴォーカル、ネイ・パームの病気が発覚、そして誰もが予想だにしなかったコロナ禍を乗り越えて……。
個性的なサウンドが彼らを反映するように、「ユニーク」な時間を大事に制作に取り組んだそう。「“Mood Valiant” というふたつの単語は、“二重性”、“双対性” を表現した言葉なんだ。“ポジティヴ” と “ネガティヴ”、“陰” と “陽”。物事や人間には全てはふたつの面があるからね」と語ってくれたポール・ベンダーは、数多くのネガティヴなシチュエーションを忍耐強く乗り越えたポジティヴなアンサーを僕らに届けてくれた。
〈Brainfeeder〉とすでにけっこう繋がっていたんだ。だから、僕たちにとっては自然の流れだったし、まあそうなるだろうねって感じだった。
■アルバム制作に6年かかったと伺いました。前作『Choose Your Weapon』がリリースされてほぼすぐのタイミングだと思いますが、そのときからすでに次のアルバムを作ろうと思っていましたか? それとも、ライヴやツアー、新しい曲の制作の過程で自然な流れになったのでしょうか?
PB:『Choose Your Weapon』のツアーのあとは少し休んだんだ。けっこうツアーがハード・スケジュールだったから、ちょっと休みたくてね。皆でスタジオに集まるまでには時間は多少かかったけど、アルバムのなかには、その前からずっと存在していて今回のアルバムで使うことにしたアイディアや曲なんかもある。そういった昔のアイディアと新しくできあがったもので新作は成り立っているから、ピンポイントでいつアルバム作りをスタートさせたかを断定するのは難しいんだ。僕たちの場合、いつも自然の流れに任せているから、何がきっかけだったかを考えるのは毎回難しいんだよね(笑)。ハイエイタスのアルバムってのは作るのが本当に難しい。メンバーそれぞれのこだわりが強いから、それを全て落とし込むとすごく複雑になる。だから時間がかかるんだ。
■アルバムのタイトル『Mood Valiant』にはどんな思いやコンセプトが込められていますか?
PB:ネイ(・パーム)の母親が、ネイが子どものときに白と黒のヴァリアント(クライスラーの車)を持っていて、その日のムードによってその2台を乗り分けていたんだ。学校にネイを迎えにくるとき、もし母親が黒いヴァリアントに乗っていたら、その日は母親に逆らわない方がいいという意味だった(笑)。同じ車でも、ムードによって変わる。つまり、同じ人、物でも様々な情緒状態を持っていて、様々な面があるということ。“Mood Valiant” というふたつの単語は、“二重性”、“双対性” を表現した言葉なんだ。“ポジティヴ” と “ネガティヴ”、“陰” と “陽”。物事や人間には全てふたつの面があるからね。
■インタヴューの前に曲それぞれの解説を読ませていただきました。ネイ・パームの作詞や曲に対するアプローチが本当に独創的だなと感じました。ユニークなサウンドを作るためにバンドとして心がけていることはありますか?
PB:メンバーの誰かがユニークなアイディアを持ってきて、最初からそのアイディアを元にユニークなサウンドを作りはじめるときもあるし、シンプルなサウンドができあがってから、そのなかで何かユニークなことをしようとするときもある。でも僕らの場合、4人それぞれが異なるアイディアを持ってくるから、それを組み合わせる時点ですでに十分ユニークなものが自然にできあがることが多いと思う。セッション・ミュージシャンたちのなかには、直感を大事にするミュージシャンも多い。でも僕たちは、もしシンプルなものができあがったら、それをもう少し追求して、掘り起こしていくタイプなんだ。
■例えば他のバンドのメンバーがネイの歌詞に何かリクエストや書き換えをお願いしたりすることもあるんでしょうか?
PB:いや、それはないな。僕たちはメンバーそれぞれの役割を尊重しているから、お互いにあまりリクエストをすることはない。まあときどきはあるけど。ネイが歌詞を書いたら、それがその曲の歌詞ということは決まってる(笑)。それは彼女の仕事だから、僕らは立ち入らない(笑)。
■“Get Sun” がリリースされたときアルトゥール・ヴェロカイとのコラボレーションは正直驚きました。彼との出会いのキッカケを教えてください。
PB:アイディアを出したのはネイなんだ。曲ができあがったとき、ネイがその案を出したら、全体の意見としては「それが実現したら最高! でもまあ無理だろうな」っていう感じだった(笑)。そこでマネージメントに連絡をとってもらったんだ。いきさつはそれだけ(笑)。僕らがただ彼の音楽の大ファンで、アプローチしたのさ。彼だったらパーフェクトだと思ってね。彼が乗り気になってくれるかはわからなかったけど、人生一度きりだし(笑)。ダメもとで頼んでみるしかないと思って連絡したんだ。そしてブラジルへ行く1週間ほど前にメールをもらって、そこに短く「この曲にはすでにかなりの種類の楽器が使われているようだし、これ以上何をすればいいのか考えあぐねている。健闘を祈る」と書いてあって。実際彼からは事前に何も送られてこず、初めて彼が書いたものを聴いたのは実際にリオのスタジオに行ったときだったんだ。アルバムがほぼできあがりそうなギリギリのタイミングだったのに、そこからさらにアルバムがぐんと進化したんだ。あのセッションで、シングル級の作品が新たに生まれたんだよ。
質問・文:Midori Aoyama(2021年6月24日)
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