「F」と一致するもの

Bianca Scout - ele-king

 ロンドンの音楽家、サウンド・アーティスト、ダンサー、振付師ビアンカ・スカウトの最新アルバム『Pattern Damage』が、マンチェスターのエクスペリメンタル・ミュージック・レーベルの〈sferic〉からリリースされた。
 内容はといえば薄明かりの世界で繰り広げられるインダストリアル・アンビエントなトラックをバックしたシンガーによるエクスペリメンタル・ミュージックといった趣の作品であった。とても不思議な音楽世界で、とても美しい音響世界である。あえて単純化して言えば声と弦楽と電子音による「インダストリアル・アンビエント・オペラ」だろうか。

 ビアンカ・スカウトは、2016年ごろから音源を発表し、ストリートでのダンス・パフォーマンスを行うなど、多面的な活動を展開してきた才人である。
 昨年2023年は、マーティン・レイド(Martyn Reid)とのエレクトロ・ポップ・ユニットMarina Zispin『Life And Death - The Five Chandeliers Of The Funereal』、教会でレコーディングされたというソロ前作『The Heart Of The Anchoress』などをリリースしている。その妖艶なサウンドは、ほかのエクスペリメンタル・ミュージックにはない魅力を放っていて、特に『The Heart Of The Anchoress』はエクスペリメンタル・ミュージック界隈で(密かに)話題になっていたように記憶している。
 そして本年リリースの本作『Pattern Damage』は、『The Heart Of The Anchoress』を超える、まさに集大成、そして新境地ともいえるアルバムであった。ダークかつ夢幻的な世界観を基調にしつつ、ノイズ、モダン・クラシカル、歌曲、アンビエントが交錯し、まるで幻想的な舞台劇を観る(聴く)ような音世界が展開されていたのだ。さまざまな音の要素が交錯するエクレクティックな作風だが、単なるカオスではなく、揺るぎない美意識/意志によって統一されている点が重要だ。いわば明確な審美眼を持ったアーティストによる「総合芸術」と称したいほどの音楽作品なのである。
 昨今のアンビエント/エクスペリメンタル・ミュージック・シーンは、そのスタイルを突き詰め、音響を磨き上げるように「音楽の純化」を希求するものが多いように感じられるのだが、ビアンカ・スカウトの音にはジャンルや音楽を軽やかに越境していくようなエクレクティックな魅力がある。ミカ・レヴィのシネマティックな音楽、OPNの音響世界、ローレル・ヘイローのアンビエント・サウンド、クラインのクラシカル/エクスペリメンタルな音世界などにも共鳴するようなアルバムであった。

 アルバムは全12曲で計40分。それぞれの曲は電子音楽、クラシカル、ポップ、アンビエントなどなどいくつもの音楽形式へと変化していく。そもそも1曲の中にも複数の音楽要素が存在しているのだ。
 1曲目“Intro”は文字通りアルバムの入り口となるトラックだが、グリッチ・ノイズのような音が鳴り始め、次第に、ピアノや電子音が高速に早送り(もしきは巻き戻し)するように流れ始める。失われた記憶にアクセスするかのように、アルバムは開幕する。
 ふたたびノイズへと戻り、2曲目“Forest Spirit”が始まる。この曲ではノイズとシルキーなアンビエンスの交錯によるエクスペリメンタル/アンビエントな祈りの歌のような楽曲を展開する。3曲目“Midnight ”はクラシカルなピアノの旋律から始まり、そこに歌唱がのる。ミニマルであり幽玄なトラックだ。続く4曲目“Interlude”では声が旋律からハーモニーのように変化していく。微かな低音が不穏なアクセントを演出する。5曲目“Chances”では何層もの声が折り重なりながらも、どこかアンビエントR&Bとでもいうようなムードを醸し出す曲。ドラムンベース的なビートが断続的に鳴り響くのも面白い。
 6曲目“Desert”は、どこかMarina Zispin的ともいえるインダストリアル・ポップだが「feat. Marina Zispin」らしい。ここでくっきりとしたビートの曲を挿入してくるのは、なかなか面白い演出である。あきらかにアルバム全体のムードからすると異質なのだが、この曲がアルバムのほぼ真ん中に置かれることで、アンビエント/エクスペリメンタルだけに止まらない広い音楽性を表現しているように思えた。
 7曲目“Lead Us”以降はアルバムの後半だ。“Lead Us”ではサンプリングされたと思えるストリングスがループしつつも、その上に、さらにストルングスの旋律がレイヤーされ、モダン・クラシカルなアンビエントを展開する。アルバム後半はこの“Lead Us”のサウンドとムードが基調となって展開する。
 8曲目“When My Heart Is Lonely (Monks Orchard) ”は、前曲の弦楽の音からシームレスにつながるような曲調のボーカル曲だ。9曲目“Passage”はまるで教会の音楽のような声楽曲だが、サンプリングされた音のずれや編集によって独自の音響空間が生まれている。
 10曲目“Almost Nothing”はアルバム前半のアンビエントR&Bのようなヴォーカル曲とアルバム後半のモダン・クラシカル+声楽のムードが一体化したような曲である。アルバム中の集大成のような楽曲といえるかもしれない。11曲目“I Don't Sleep”は薄明かりの光のようなアンビエンスと可憐なボーカルが交錯する曲だ。どこか子守唄ような曲にも感じたが、曲名は「I Don't Sleep」。アルバム最終曲にして12曲目“Anon's Song”は、7曲目“Lead Us”を思わせるストリングスのループによるアンビエント曲である。まるで深い催眠へと誘うようなサウンドが麗しい。
 
 改めて全曲を聴き終わると、つくづく不思議な世界観のアルバムだと感じ入ってしまった。音楽の形式に意図的でありながら、その形式が内側から溶けていくような音楽とでもいうべきか。リズムにも声にも明確に身体性が宿っていながら、しかしこの世のものとは思えない幻想性も放ってもいる。境界線の無化、融解とでもいうべきか。
 アートワークのモノクロームのダンサーのように過去でも未来でもない廃墟で聴く音響劇、もしくはオペラのようであった。もしかするとこのアルバムの「世界」は遠い未来の出来事で、冒頭の“Intro”での音楽のコラージュは過去の記憶にアクセスしている様子なのかもしれないとも。いやむろんこれは妄想=空想に過ぎない。だが想像力を刺激されるアルバム=音楽作品であることに違いはない。その「謎」の感覚を得るために、私は何度も何度も繰り返しこの夢幻的な「インダストリアル・アンビエント・オペラ」(勝手に名付けた)を聴くことになるだろう。そう、この不可思議なアルバムが放つ音楽、音響の魅力はどこまでも深いのだから……。

E-JIMAと訪れたブリストル記 2024 - ele-king

 この度10年ぶりにイギリス、ブリストルへ行くこととなり、ある日野田努さんから「よかったらレポート書いてください~」とメッセージを頂いたという経緯から、こうして書かせていただいている。

 まずは自己紹介から。かつて下北沢にディスクショップZEROという、ブリストルの音楽を中心に、ベース・ミュージック、REBEL MUSICを扱っていた一種独特なごちゃついたレコード店があったことはまだ皆さんの記憶にあるだろうか? 私はその店主・E-JIMA(飯島直樹)の妻であります。
 彼が亡くなったのは2020年2月12日。体調を崩し入院してから、わずか2週間ちょっとで逝ってしまった。飯島が入院したという知らせは、たちまちブリストルにも伝わっていた。数多くのミュージシャン、DJたちから心配と応援のメッセージが届き、ほぼ同時に、治療費サポートのため、ドネーション用のアルバム制作プロジェクトが日本とイギリスで立ち上がった。本人が存命中に聴くことができなかったのは残念ではあったけれど、最終的に64曲(!)も収録され、Bandcampからリリースされたアルバム『Bristol x Tokyo』は、その年のDUB STEP AWARDのベスト3にも輝いた。
 パンデミックで行動が制限される直前だったので、彼の葬儀が挙行できたのは不幸中の幸いだった。当日、スミス&マイティ/モア・ロッカーズのロブ・スミスがまさかブリストルから東京まで、その日のために駆けつけてくれるというサプライズもあったし、本当に大勢の方々に見送っていただくことができた。
 飯島の遺骨はお墓に納めたのとは別に、位牌替わりに自宅に分骨して、さらにもうひとつ、ブリストルに散骨したいと思い、小さなジャムの瓶に分けて持っていた。ブリストルへの散骨は本人の希望があったわけではないが、生前は、いつ渡英してくれてもいいよ、と話していたので、あまりにも無念だろうと、無意識にそうすべきものとして小瓶を用意していた。本当はすぐにブリストルへ行き、サポートしてくれたアーティストのみんなに感謝を伝えたかったけれど、ロックダウンや子どもたちの受験などが重なり、なかなか渡英することができずにもどかしい日々を過ごしていた。

 あれから4年、ようやくその時はやってきた。今年のこのタイミングしかない! と思い切って一人で渡英することにした。散骨に関しては前もってロブに相談すると、いずれも思い出のある三か所ほど候補を挙げて、それぞれどういう理由で選び、また決定したかの経緯まで丁寧に写真付きのメールを送ってくれた。最終的に決まったのはブリストルの中心部から車で15分ほどの川沿いにあるちょっとした庭園のような場所で、ロブが彼を連れて行ったことがあり、きっと気に入ってくれると思う、と。
 そして4月末の日曜日の午後、その場所で偲ぶ会を開き散骨した。様々な背景や経緯で知り合った、およそ40人が集まってくれた。ブリストルとつながる最初のきっかけとなったムーンフラワーズのメンバー、そのファミリー、雑誌の取材やレコード買い付けで知り合ったレーベル・アーティストの人たち、ロブ(・スミス)がコネクションを広げてくれたドラム&ベース~ダブ人脈、BS0で来日し我が家に泊まったDJたちが一同に会し、ブリストルの様々なコミュニティの人や文化の日本との橋渡しをしてきた彼の存在・役割を改めて実感することとなった。散骨の際には、改めてロブが彼の功績をスピーチしてくれるという場面もあった。事前に聞いていなかったので驚いたが、本当にありがたかった。朝から雨交じりだった曇天も、散骨の瞬間には太陽が現れるという、とってもマジカルなひと時となった。これだけの人に見守られてブリストルの地に帰ることができて、E-JIMAも喜んでくれているのではないだろうか? と4年越しにやっと実現できた散骨で、わたしもようやくすっきりとしたのだった。(※なお、日本での川の散骨は、川が生活用水であるため、民法で罰せられる場合もある)


NAOKIを偲ぶ会にて。ロブ・スミスが弔辞を述べてくれた。

 すっかり前置きが長くなってしまったけど、そんなわけで10年ぶりのブリストルへ。噂には聞いていたけど、ブレグジットとCOVIDの影響で物価が跳ね上がり、ロンドンからの移住者も多く、家賃は高騰している。街は以前よりきれいになっていて、マンション(ブロックと呼んでいた)やショッピングモール、カフェやレストランも続々と新設されていた。その影響は、気に入っていたかわいい雑貨屋さんやレコード店などのインディペンデントなお店にも及んでいる。軒並み閉店してしまい、みんなオンラインショップに移行してしまったようだ。アンダーグラウンドのミュージシャンにとっては住みにくい街になってしまい、その結果、ブリストルより物価が低いさらに西、サマセットやウェールズに移り住む人たちが増えたという。

  • 偲ぶ会にて、大勢の人たちがメッセージを寄せてくれた。
  • 偲ぶ会にて、大勢の人たちがメッセージを寄せてくれた。

 ブリストル滞在期間中(4/25~5/1)、ふたつのイベントに行った。ひとつはBS0でも来日プレイしたDUBKASMのストライダが企画する「Teachings In Dub」。その日(4/26)はAba Shantiがゲストだった。会場はキャパシティ600人程度のトリニティーセンター。約200年前に教会として建築された歴史的な建造物でありながら、とんでもない爆音で会場中をブリブリ震わせているというのが、まず日本では考えられないことかなと思う。会場は70代と思える老齢の女性から20代の若者まで世代、性別、人種の関係なく、誰もが楽しめる場となっていた。昔から変わらないスタイルで1曲1曲ダブをかけて、スピーチして。イベントのタイトル通り、ダブ・カルチャーを次世代に脈々と伝えていく役割を果たしている。
 同行してくれたロブは、Aba Shantiのセットに相当感動したらしく、20代の頃トリニティで初めてジャー・シャカを体験した時のことを思い出したと感慨深く語っていた。「ジャー・シャカのサウンドシステムで初めて視界がブルブルと揺れちゃってよく見えないという体験をしたのだけど、それは実際、音の振動で眼球が震えているせいだよ」、と当時の友人に言われたそうだ。

  • Trinity Centreにて。ニュー・ルーツのディジェイ、アバシャンティ。
  • CGもGIFもなく、ただサウンドのみでオーディエンスを上げていく。

 その翌日(4/27)には、世界最貧国のひとつと言われているアフリカ・マラウイを支援しているブリストルの団体「Temwa」の20周年記念チャリティー・イベントにも足を運んだ。会場はセントラル・ウェアハウスという、キャパシティ1700人程度の街の中心部にできた大箱。(7/6にはPinch主催でSubloadedの20周年記念イベントが予定されていて、とんでもないメンツがラインナップされている)この会場で、フルサイクル/レプラゼントのDJ KRUSTとDJ DIEが出演するというので行ってみた。まず、そういった社会支援団体がローカルなクラブ・ミュージックのアーティスト/DJを巻き込んで大きなイベントを開くこと自体、やはり、理解度が高いというか、音楽カルチャーが社会に根付いているのだと実感する。この日は他にも、BBCでレギュラーDJしているFun lovin criminalsのヒューイ・モーガンや、ベテラン女性D&B DJ のDAZEEなども出演した。
 元倉庫だった会場には、DJルームがメインのほかにふたつあった。外にはマーケットも出ていて、昼の2時から夜12時まで、ちょっとしたフェスのようなイベントだ。さらに驚いたのが、大きな犬を連れてKRUSTと喋っている元マッシヴ・アタックのMushroomがいたこと! 飯島が入院した時には直接メッセージもくれた彼だけど、相変わらずの優しい落ち着いたトーンで、でもどことなく浮世離れしたオーラを放っていた。とはいえ、彼にインスタのアカウントを聞かれたのでQRを差し出したら、「俺の携帯これだから」、とちーっちゃい古びた折り畳みの携帯を見せてくるようなお茶目な人です。
 Mushroomとの交流は、1998年12月に行われた“マッシヴ・オブ・ブリストル”というDJツアーで来日したとき、同行したモア・ロッカーズのピーター・Dに紹介してもらったことがきっかけだ。その後もお忍びで来日した際に何度か会ったり、ブリストルに行ったときにお宅訪問したりしたのだけど、遠い昔のことで記憶がおぼろげ(笑)。
 私がこのイベントで一番楽しんだのは、大トリのKRUSTとDIEのB2Bの前に突然若いHip Hopクルーが現れたときのこと。見るからにまだ初々しい若い男の子がラップを披露して、後ろにはDIEやKRUSTたちが保護者のように笑顔で応援している。「もっと前に出ろ」とか声援を送っていて、彼らが若手タレントにこの大舞台でプレイするチャンスを与えているんだとわかった。そういうフルサイクルのメンバーたちも、その昔はスミス&マイティのスタジオや機材を借りて音楽を作りはじめたという歴史があるわけで、そうやっていまもまた若者を支援する文化や機会があるということを目の当たりにできて、感無量になっちゃったよね。
 イベント終了後、楽屋に通してもらった時に例の若者ラッパーに声をかけてみると、彼はデビューしたての21歳で、〈ハイパーダブ〉からリリースしたあのジョーカーの弟君だったことが判明! 彼の名はORTISJBROWN。イベントの数日後、ジョーカーのインスタストーリーに弟の誕生日を祝う大量の写真が投稿されていて兄弟愛を感じた!

  • ジョーカーの弟、若干21才のORTISJBROWN。
  • 続いて、ダイとクラストのB2B。

 滞在期間中は2つのスタジオ訪問も。ひとつはライダー・シャフィークと2019年に来日したベース・ミュージック・クリエイターのサム・ビンガ。彼のスタジオは元銀行だった建物の地下ってこともあって、重厚な金庫仕様で分厚いドアに守られている。この前の週には韓国、日本でのDJプレイもあり、7月のアウトルックフェスにも出演が決定。今年はアメリカでの活動も精力的に予定しているそうで、ますますの活躍が期待される。スタジオ近所にあるシンセ屋さん(Elevator Sound)にも連れて行ってもらったけど、超マニアックなお店だし、高級そうだし、売れているのかは謎。

  • パイナップル・レコード、サム・ビンガのスタジオ。
  • スタジオ近くの機材屋「ELEVATOR SOUND」。たくさんのシンセサイザーやミキサー、エフェクターなどが売られている。

  DUBKASMのスタジオにも行ってきた。2012年、スタジオが出来立ての時にも訪問しているので今回で2回目。ただし今回は、スタジオに入るなり目に飛び込んできたのがE-JIMAの写真だった。それは、彼らが作ったオリジナルカレンダーの1ページだった。来日時に我が家で撮った写真が使われていて、彼が亡くなってからずっとこのページを壁にかけてくれているそうだ。そして、数々の名曲を生んできたスタジオでは、これからリリース予定のビッグチューンも特別に聴かせてもらうことができた。


ダブカズムのスタジオにて。左がベン、右がストライダ。後方の壁には飯島直樹の写真をデザインしたカレンダーが。

 みんなが気になっている最近のブリストル・アンダーグラウンドシーンでは何が盛り上がっているのか? リサーチしたところ、ブリストル南東部郊外にあるブリスリントン(Brislington)を拠点に活動しているGreen King Cutsクルーだという情報を得た。彼らが運営しているサウンドシステムのハコ、「Green Works」が評判高く、いま盛り上がっているようだ。
 そんなわけで現在のブリストルは以前より住みにくくなってはいるものの、音楽シーンは変わらず地域に根付いている。世代、人種横断でサポーティヴな環境があるってことがわかった。

  • ブリストル市内のパブ、STAR & GARTER。
  • 店内の壁には、ブリストルにちなんだアーティスト写真が額装され、飾られている。
  • ジュークボックスにはなんと、飯島直樹選曲のCDもあり。
  • 「ワイルド・バンチ」コーナーもあり。

 最後に、そもそもどうしてここまでブリストルとの強力なコネクションができたのか? だけど、気づいたらこうなっていた。としか言えない。E-JIMAの純粋にブリストルの人と音楽が「好き」な気持ちと、オタク心と、DIY精神かな? と思う。彼はお金儲けするような経営者気質ではなかったけど、人と違った面白いことを考え付くアイデア・マンであり、後先考えず実行できる人で、あらゆるチャネルを作ってきた。フリーマガジン、レコードショップ、レーベル・オーナー、イベント企画、音楽ライター、DJ。それらを通じていつの間にか築き上げてきたのだと思う。
 本当の始まりは、彼がムーンフラワーズのファンクで、そのサイケデリックな音楽に惹かれて、まだ携帯もインターネットもなかった時代に作っていたフリーマガジン「GRASSROOTS」のため、1993年、FAX取材を申し込んだことがきっかけだった。そこからブリストルに会いに行くことになり、94年には日本ツアーを企画することになった。
 また、93年には江古田にて、E-JIMA はZEROをオープンさせている。ムーンフラワーズ以外にも、マッシヴ・アタックやスミス&マイティなど、好きなミュージシャンが偶然にも同じブリストルに集中していた。それから、ほぼ毎年レコードの買い付け、雑誌の取材、新婚旅行とブリストルに行くことになった。地元の新聞や雑誌に珍しいやつがいると紹介され、ブリストルに行けばみんなが声をかけてくれるし、日本にくればZEROに遊びに来てくれる。そうこうしているうちに信頼関係ができたのかな、と思う。
 残念ながらE-JIMAは志半ばでこの世を去ってしまったわけだけど、彼が築いてきたブリストルとのコネクションが絶えるわけではなく、BS0をはじめとする彼の想いを受け継ぐ次世代もいる。そこから、きっとまた新しい動きが生まれるのではないかと期待している。

  • ブリストル市内のフレンドリー・レコードの入口には、マーク・スチュワートのおそらく等身大のステンシルが。
  • 市内のスケートボードパーク。ここではグラフィティも自由に描いて良し。

Iglooghost - ele-king

 音楽っていうのはつまり、サウンドをもって頭を吹っ飛ばしてくれないとね。こちらの思考速度(自慢ではないが、かなり遅い)よりも素速く、サウンドというサウンドが想像力の奥深くに潜り込み、暴れ、戦慄を与え、ぞくぞくさせる。これだよ、これ。こんにちのUKにおけるZ世代の電子音楽家としては、まあ、もっともインパクトのあるひとりに挙げられるであろうイグルーゴーストの新作は、この老いぼれた人間の身体さえも動かしてしまう。いいよなぁ。若いっていい。ぼくは昨年のロレイン・ジェイムスのアルバムを愛するひとりだが、彼女の作品における最新ジャングルはイグルーのこのアルバムにも通じている。1曲目から2曲目の“New Species”への展開を聴いただけで、余裕でぶっ飛ぶことができる。

 ここで少しばかりイグルーについての説明を。●アイルランド生まれ、イングランド南西部のドーセット州シャフツベリー出身。●10代にして注目された早熟のミュージシャン。●イグルー名義で活動する以前は、2010年代半ばのLAビート・シーンで注目された奇矯なヒップホップ、Miloのプロデューサー。●幼少期はポケモンに夢中で、アニメやJ・ポップからの影響もあり(が、そればかりでは音楽が陳腐になるとも言っている。わかってるじゃん)。とはいえ、きゃりーぱみゅぱみゅ好きでもある彼の作風は、一時期の欧米では「kimokawaii(キモカワイイ)」などと形容された。●フライローのギグの最中、自分のデモ音源を渡すほどのファンだった彼は〈ブレインフィーダー〉と契約し、2016年から2019年のあいだに1枚のアルバムと数枚のシングルを出している。●その音楽性は幅広く、グリッチ・ホップ、IDM、トラップ、グライム、ジャングル、ブレイクコア、アンビエント、いろいろなもののハイブリッド。●わかりやすく喩えるなら、フライロー×AFX。もしくはダブステップ時代のAFX。●ときに彼はマキシマリズム系のアーティスト、ハドソン・モホーク、スクリレックス、ソフィーらと同じ部類に括られる。●影響源にヒップホップがあるのはたしかだが、イグルーは、21世紀に顕著な大衆娯楽におけるオブセッショナルな「リアリティ」支配からの脱走者(「リアル」なる概念に関しては、『K-PUNK──自分の武器を持て』をひとつの見解として参照)。●デジタル時代のエレクトロニック・ミュージックの創造性を追求する青年。●往年の仲間には同郷のカイ・ウィストン、バービーらがいるが、今作に参加しているのは、スウェーデンのグライム・プロデューサー、Oli XL 。テキサスのIDM系プロデューサー、sv1&Djh。●今作のリリース元は、グラスゴーの〈LuckyMe〉。

 たしかに〈LuckyMe〉っぽい。まあ、それはそれでいいのだが、問題は、新作にはイグルーのトレードマークたる「カワイイ」がない……どころか、これまでの、なかば童話めいた妖しさもないことだ。「カワイイ」からも、ドリーミーな夢(どうか『Lei Line Eon』を聴いて)からも、幼稚園児たちが騒々しく走り回るピンクの遊園地からも、アヒルの機関銃ビートの運動会からも、テクニカラーの液晶画面からも離陸し、ハードに、ダークに、砂埃と悪天候にまみれ腐食した異界に着陸している。恍惚めいて美しく、ときにゴージャスな、つまり、マキシマリズムなどと呼ばれた彼のサウンドは、あわよくばUKドリルにもリーチしそうな、刺々しさを備えたものへと変容している。本人の説明によれば本作は、「イギリスの奇妙な海辺の——終わりのない嵐に見舞われ奇妙な異世界の原始的なゴミが海岸に流れ着いた、ならず者のクズ変人しか住んでいない——町にある、錆びだらけで水浸しのスクワットに住んでいたときに作ったアルバムだ」。「ぼくは地元で湧き上がっている音楽シーンに参加しようとしている。そこは、大嵐のせいで、他の地域から完全に隔離されている。しかも彼らは僕のことをあまり好きではない。でもなんとなく入り込んで、ぼくはようやくこのアルバムを作った。海のゴミ、違法な文字放送、下水道に潜む先史時代の三葉虫の天使についての曲をね」

 この興味深い物語(ファンタジー)は、彼の前史を思えばより興味深くなる。マキシマリズムについて、スマホ時代の情報過多の反映などという無粋なことは言うまい。若い世代がその上の世代にない、むしろ上の世代が嫌悪しそうな過剰な装飾性を持つことは、サブカルチャーの歴史においては健全な更新行為と言える。が、しかしね、こうした文化的対立が、なにかのきっかけで、どこかで交わってきたときにこそラディカルな大きなうねりが生まれうるのというのも事実……ではある。イグルーの作品を聴いてぼくが感服するのは、彼がデジタル時代だからこそ可能なクラブ・サウンドの開発に挑戦し続けていることにある。それはもう、まずは世代的に、AFXやスクエアプッシャーにはできないことをやっているわけだ。今回のダーク・ファンタジーを通じて見えるうす汚れたフリー・パーティは、ある意味ファンの期待を裏切っているのかもしれないが、彼の前にはいま無法者たちの新しい世界が広がっている。たとえそれが腐敗した世界であっても、ここは自由で、前を向いているという、なんとも暗示的な物語の創出と言えやしないだろうか。いいよなぁ。複雑に、過剰に、高速に分裂し、衝突を繰り返しギザギザに推進しながら、むしろ情報過多によって疲弊させられたイマジネーションに生気を与える。いつものように。いわば電子の暴れ馬、アルバム最後の“Geo Sprite Exo”。めちゃかっこいい。

Schoolboy Q - ele-king

「ギャングスター・ラップは社会の写し鏡だ……(中略)その地元や社会で何が起こっているかを映し出すカメラなのさ」
(テック・ナイン/『ギャングスター・ラップの歴史 スクーリー・Dからケンドリック・ラマーまで』ソーレン・ベイカー著/塚田桂子訳・解説 DU BOOKS)

 現代のように現実が複雑化すれば、とうぜんその現実の写し鏡とされる音楽も複雑化してしかるべきである。そうあってほしい。けれども、ポップ産業は単純化をも好む。それによって利益を生む。
 世のなかは、複雑化した現実を、手元にあるそれなりにリベラルな価値観や美意識、あるいは政治意識で都合よく腑分けして単純化した表現や解説にあふれている。もしくは政治的、思想的、民族的なステレオタイプの、政治的正しさに基づいた相対化をこころみる“反体制風体制プロパカンダ”の映画やドラマなどのエンタメの洪水である。
 私たちはそれらのエンタメ産業にのみこまれながら、まるで自分の意識が更新されて賢くなった気になって溜飲を下げている。まったくの欺瞞だ。それが資本主義社会におけるポップ・カルチャー受容というものだ、そんなに目くじらを立てることじゃないと開き直ってしまえば、話はそれまでだが。

 ただし、冒頭に引用した、「ラップはゲトーのCNN」(チャック・D)と同様の社会反映論のラップ解釈の文句そのものも使い古されてはいる。だから、それが当事者の弁だったとしても、私はこの引用の書き出しにためらいがないわけではない(テック・ナインに罪はない)。
 ラップだってずいぶんと脚色した“リアル”を売り出してきたし、ゲトー・リアリズムへの過剰な幻想は弊害にもなり得る。いや、より正確に書けば、ゲトーやフッドの過酷な物語やある種の暴力性を政治的正しさへの逆張りとして、自分のロジックのためにロマンティックにとらえてしまうことへの警戒心がある。これは猜疑心の強い自分の話だが、その手の陳腐な二項対立もまた巷にあふれている。
 しかし、である。それでも、誕生から35年以上を経たギャングスタ・ラップという資本主義の鬼っ子であるヒップホップのサブジャンルの優れた作品には、私の知るかぎり、日米問わず、さかしらな欺瞞を暴き出そうとする知性(ストリート・ワイズ)と蛮勇があるものだ(舐達麻を思い出してみてもいい)。
 LAのサウス・セントラルで育った、1986年生まれのスクールボーイ・Qの6枚めのアルバムは、そういった意味において、最新のすばらしいギャングスタ・ラップである。

 ケンドリック・ラマーの盟友でもある彼は、フッドやアメリカ社会を生きることで抱くさまざまな感情またそれらの表出のあり方の、多義的かつ微妙なニュアンスを、多彩なサンプリングや引用による映画的な構成や洒落の効いたサウンドで音楽化したヒップホップ・アルバムを作り上げた。
 ギル・スコット=ヘロンやザ・ワッツ・プロフェッツ、日本のシンガーソングライターの長谷川きよし、あるいはジョン・コルトレーンやヒップホップ世代にもお馴染みのギタリスト、デヴィッド・T・ウォーカーの楽曲(PUNPEEも使っていた曲だ)などのサンプリングは聴き手を楽しませてくれる。
 本国のアメリカでも高い評価を受けていて、3枚めの『Oxymoron』(2014)と4枚めの『Blank Face』(2016)でグラミーの最優秀ラップ・アルバム賞に2度ノミネートされたラッパーのキャリア史上の最高傑作という声もある。

 そんな本作には数多くのプロデューサーやライターが関わっている。なかでも、マッドリブが立ち上げたレーベルのライブラリー・ミュージック・シリーズからアルバムを出したプロデューサー/アレンジャー、マリオ・ルシアーノ、トップ・ドッグ・エンターテインメント(TDE)のプロデューサー・チーム、デジ+フォニックスの一員、テイ・ビースト、ロック・ネイションのJ.LBSの3人がキーパーソンではないか。
 あまりにもスウィートでソウルフルであるために、逆説的に不吉な予感を演出する挿入歌や劇伴をおもわせる“Funny Guy”(たとえば、あまりにショッキングな描写に賛否両論を呼んだ、背筋も凍てつく人種主義ホラーのドラマ『ゼム』を連想する。舞台はLAのコンプトン)からラッパーのリコ・ナスティを客演に迎え、Nワードとポップという単語を交互に連発する攻撃的なその名も“Pop”、そしてジュリアス・ブロッキントンの牧歌的なサイケ・ソウルをもちいた前半から一転、プロジェクト・パットの曲を引用したダーティ・サウスめいた中盤になだれこむ“THank God 4 Me”へ。
 このめくるめく冒頭の3曲を聴いて、本作が現実の複雑さに向きあったうえでその複雑さを楽曲構造そのものに変換しようと試みた、一筋縄ではいかないユニークかつ挑戦的な作品ではないかと感じたのだ。

 いみじくも、Qにインタヴューした『ローリング・ストーン』のライター、Mankaprr Contehは本作を「エッジの効いた成熟したアートハウス・ラップ」と評した。
 じっさい“青い唇”というタイトルからして風刺が効いている。その定義を、Qは「ショックを受ける。言葉を失う。恥ずかしくなる」という言葉で端的に説明している。もちろん青は、彼がかつて所属していたギャングのクリップスのカラーでもある。
 このタイトルについてインタヴュアーの彼女がさらに問うと、ゴルフにのめりこみ、CMにも抜擢されたQは次のような苦々しい体験を具体例として挙げている。「ゴルフのコマーシャルをやっていて、『よお、グリルを入れろよ』って言われるんだ。アジア人に『箸を持ってこい』とか言ったらどうなる? わかるだろ? 『グリルを入れろ。ちゃんと黒くしろ』ってことだ。何だと?」
 「ユーモア自体がどこから来るか、その秘密の源泉は喜びではなく悲しみである」とは、アメリカのポップ・カルチャーの歴史を描いた大著『ヒップ』の著者、ジョン・リーランドの言葉だが、Qがラップで巧みに表現する辛辣なアイロニーや毒気のあるユーモアは、アメリカで黒人として生きることで直面せざるを得ない、あまりにも理不尽ではらわたも煮えくり返る、恐怖を伴った体験が源泉にあることは想像に難くない。

 言うまでもなく、フッドでの経験も表現の源泉だ。Qは、本作の自身のベストの曲として、ピアノとストリングスと語りかけるようなフロウが織り成すムーディーなジャズ・ポエトリー風の“Blueslides”を挙げている。この曲にかんしては、故・マック・ミラーのデビュー・アルバム『Blue Slide Park』に因んだ、ミラーに捧げた曲という解釈も広まっているが、本人は前述したインタヴューではっきりと強く否定している。
 「マック・ミラーを利用したくない(ミラーはピッツバーグ出身だが、LAに住んでいた)」「ドラッグで4人の仲間を失ったから、彼ら全員について話したんだ。 “仲間を失った”というのは、“仲間たちを失った ”というのとは響きが違う」、そう述べている。
 さらに、この曲では、「俺たちは利益をひとびとと分けあう」と仲間との助けあいを歌う一方で、「俺はたくさんのひとびとを助けてきたが、ヤツらはそんな俺のことを当然だととらえた」と、成功とそのことで仲間とのあいだに生まれる摩擦といったキレイゴトだけではすまされないフッドの実情を、勇気をもって伝えている。こうしたフッドとリプリゼント(代弁)の緊張関係の率直な表明は、ある意味では“フッド神話”の解体と聴くこともできる。

 他にもユニークな曲がある。たとえば、強烈なキック、通り過ぎるサイレン、ガラスの割れる音、そしてタイトルが暗示するように、警察=Pigへの抵抗を荒々しく示す“Pig Feet”、TDEのラッパー、アブ・ソウルをむかえ、公民権運動やブラック・パワーを背景に黒人の誇り、抵抗、社会的平等を力強くうったえたザ・ワッツ・プロフェッツのポエトリー“Dem Ni**ers Ain't Playing”(1971)を冒頭で引用し、ビートはフリースタイル・フェローシップのラッパー、P.E.A.C.E.がドラムンベースに接近したころの楽曲を彷彿とさせる“Foux”。
 そして、Qとフレディ・ギブスがジョン・コルトレーンのあまりにも美しい“NAIMA”のフレーズと併走しながらラップする“Ohio”が最高だ。20代前半の私が4ヒーローのリミックスでコルトレーンのこの名曲を知り、あの美しい叙情に得も言われぬ感動をおぼえ、出会ったことのなかった自分のなかのナイーヴさや傷つきやすさを発見したように、この曲のサンプリングを通して、この崇高なジャズに強く感化される人がいるであろうことを想像すると羨ましく思う。

 『BLUE LIPS』は現実の複雑さを単純化せずに音楽化しようとしたと感じられるし、その点では、難解ではないものの、わかりやすくもない。しかし、だからこそ誠実で、実験的で、何よりかっこいいヒップホップ・アルバムだ。残念ながら、LAのフッドに縁などなく、英語にも堪能ではない私にとって、Qの高度なアイロニーとラップ、ストリート・ワイズの理解には限界がある。
 それでも、彼がラップと音で伝えようとする、ドラッグと仲間たち(homeboys)の死、成功と裏切り、厳しい労働倫理の追求、その一方で酒やドラッグに溺れる怠惰、または退廃と快楽と自己啓発、富と貧困──そうした複雑にからみあったのっぴきならない諸問題は、幸か不幸か、若いころにアメリカのラップを聴いていたときより切実に感じることができてしまうのだ。

Pet Shop Boys - ele-king

 この数年、ペット・ショップ・ボーイズ(以下PSB)の存在の大きさを噛みしめることが多い。タイトルからしてPSBの初期の名曲を引用し、ロンドンのエイズ禍の時代におけるクィア・コミュニティの苦境を描いたドラマ『IT’S A SIN』(2021)では当時青春を送ったゲイたちが共有できるポップスとして象徴的に使われていたし、アンドリュー・ヘイ監督作で山田太一の小説を原作とした映画『異人たち』(2023)においても、1980年代のゲイ・ミュージシャンによるシンセ・ポップがいかにクローゼットのティーンエイジャーのゲイの心を慰めるものだったかを示すものとして引かれていたように思う。それは80年代、「わたしたち」が何者かを確認し合うための合言葉のようなものだったと。だから、デビュー40周年のベスト・ヒッツ・ツアーの模様を収めたライヴ映画『ペット・ショップ・ボーイズ・ドリームワールド THE GREATEST HITS LIVE AT THE ROYAL ARENA COPENHAGEN』を観ていると、観客席で笑いながら歌い踊る大勢の中高年ゲイが映し出されていて、僕は涙せずにいられなかった。みんな、いろんな時代を乗り越えてここに集まったんだね……と。
 そのライヴ映画のなかで、ニール・テナントが“Domino Dancing”(1988年リリース)を「昔、友人と(ゲームの)ドミノをプレイしたときに着想を得た曲だよ」とだけ紹介していて、おや、と思った。50代のゲイの先輩から、「この曲はエイズでゲイがどんどん死んでいくことを、ドミノ倒しのダンスに暗喩したものなんだよ」と聞いたことがあったからだ。調べてみても諸説あって真偽のほどはわからないのだが、あの時代、多くのゲイ・ポップスが逃れようもなくHIV/エイズ、そして死と結びついたものとして受け取られていたことはたしかだ。PSBは当時ゲイであることを公言はせずに、様々なゲイネスを彼らのシンセ・ポップに織り交ぜていた。だから2024年にPSBのグレイテスト・ヒッツを聴くということは、ゲイ・ヒストリーを回顧することでもある。
 あるいは映画『異人たち』は、主人公のゲイの中年が死んだ両親の幽霊に再会するという物語なのだが、そこでは幼い頃にできなかった両親へのカミングアウトを「やり直す」ことが重要なものとして描かれる。母親は80年代で価値観が止まっているために典型的な偏見をはじめはぶつけてしまうのだが、彼女なりにゆっくりと息子のセクシュアリティを受容していき、その後、PSBの“Always on My Mind”(1972年リリース、もとはソウル歌手グウェン・マクレエの楽曲)を口ずさむ場面がある。彼女はそれをゲイのミュージシャンによる歌だと知っていただろうか? PSBのポップスはポップスであるがゆえに、価値観に拠らず多くのひとが口ずさめるものだったのだ。

 『Nonetheless』はPSBにとって15枚目のオリジナル・アルバムであり、前作まで続いていたスチュアート・プライスのプロデュースがジェームズ・フォードに変わったというのはあるが、根本的には何も変わっていないPSB印のシンセ・ポップ作だ。フワフワしたテナントの歌が乗るダンス・ポップがあり、華麗なストリングスが飾るセンチメンタルなバラッドがあり、相変わらずダンスと魅力的な男の子について歌っている。自分が70歳近くなってダンスと男の子のことを考えているか想像できないのだが、それはテナント個人の情動というよりPSBのポップスの型として守られているようなところがある。今回のアルバムはゴージャスなオーケストラが入ったキャッチーなダンス・ナンバー“Loneliness”のような曲と、メランコリックなシンセ・バラッド“A New Bohemia”のような曲のバランスがいいというのがもっぱらの評判だが、それは「新作」でもベスト・ヒッツのようなことをしているとも取れる。思い切り80年代風のシンセ・ファンクに彼ららしい甘ったるいメロディが乗る“Bullet for Narcissus”は懐かしくて笑ってしまう。
 ただ、80年代のゲイ・カルチャーのように、決死の覚悟で暗示せねばならないものはもうあまり存在しないだろう。だからPSBは先駆者として歴史を提示している。テナントのグラム時代の青春を回顧する“New London Boy”で彼は“West End Girls”(1985年リリース)風の無機質なラップで「スキンヘッズがからかい、カマ野郎と言うだろう」とラップする。それは彼個人の記憶であり、しかし彼だけのものではない。ゲイ・ヒストリーの一部なのだ。テナントはこの曲のはじめ、「ぼくは誰だろう?/ぼくはどうなるのだろう?/秘密を明かすために、どこかに行かなければならないのは知ってる/ここから出ていかないといけなくなるまで、長くはかからないだろう/そしてぼく自身が考え出した人生を生きるんだ/まあ、すでにかなり奇妙(クィア)だけどね」とフワフワ歌う。僕はやっぱり少し泣いてしまう。
 つねにどこか切なさや憂鬱を抱えたPSBのダンス・ポップがいまどきのクィアの若者たちに響くかどうかは僕にはわからないが、時代が変わり人権的な価値観が前進したとしても、それぞれの個人が抱えるものはそれほど変わらないのかもしれない、とも思う。アンドリュー・ヘイは本作の楽曲のミュージック・ヴィデオを監督したという。そうして世代を超えて続いていくものがあるのだ。『Nonetheless』はそして、ときにはオスカー・ワイルドの時代にまで遡りながら、わたしたちがいつでも帰ることができる場所としてのポップスをいまも用意するのである。

全レゲエ・ファン必読

全世界に影響を与えた彼は、
いったいどんな人物で、
どんな人生を歩んだのか、
ダブ・マスターの謎に包まれた生涯が
いま明らかになる……

*未公開写真多数

キング・タビーはラスタではなかった。彼はマリファナも吸わなかった。ジャマイカから一歩も外に出ず、人生の大半をキングストンの狭い域内で送った。そんな彼の人生は、主要なふたつの “共鳴箱” を介して地球の果てにまで “エコー” のように反響している。そのふたつとは、キングストンのウォーターハウス地区と、サウンド・システムの文化的叙事詩だ。彼のジャマイカ人としてのメンタリティが、彼のエスプリを、芸術を、プロジェクトを形作った。ダブはローカルな囃子であり、それが最終的に全世界を揺るがすことになったのだ。(本書より)

四六判/480頁+別丁24頁

目次

イントロダクション

第1章 ゼイ・コール・イット・マーダー(1989)
第2章 ウォーターハウス
第3章 シャーロック・クレセント
第4章 たっぷりのダブ(ダブ・ガロァ)
第5章 《MCI》とビッグ・ノブ
第6章 タブスとフライヤーズ(1973-1975)
第7章 アリーナに死す(1975)
第8章 キング&プリンスィーズ
第9章 ディジタル・テンポ(1984-1989)
第10章 レコードの送り溝(リード・アウト・スパイラル)

ダブワイズ・セレクション
訳者あとがき

ティボー・エレンガルト(Thibault Ehrengardt)
フランスのレゲエ専門誌『ナッティ・ドレッド』の元編集長。現在は〈DREAD Editions〉の代表。ジャマイカには25回ほど訪れており、レゲエとジャマイカに関する本も数冊執筆している。

鈴木孝弥(すずき・こうや)
1966年生まれ。音楽ライター、翻訳家(仏・英)。主な著書・監著書に『REGGAE definitive』(Pヴァイン、2021年)、ディスク・ガイド&クロニクル・シリーズ『ルーツ・ロック・レゲエ』(シンコー・ミュージック、2002/2004年)、『定本リー “スクラッチ” ペリー』(リットーミュージック、2005年)など。翻訳書にボリス・ヴィアン『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』(シンコー・ミュージック、2009年)、フランソワ・ダンベルトン『セルジュ・ゲンズブール バンド・デシネで読むその人生と女たち』(DU BOOKS、2016年)、パノニカ・ドゥ・コーニグズウォーター『ジャズ・ミュージシャン3つの願い』(スペースシャワーネットワーク、2009年)、アレクサンドル・グロンドー『レゲエ・アンバサダーズ 現代のロッカーズ』(DU BOOKS、2017年)、ステファン・ジェルクン『超プロテスト・ミュージック・ガイド』(Pヴァイン、2018年)、ジョン・F・スウェッド『宇宙こそ帰る場所――新訳サン・ラー伝』ほか多数。

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interview with I.JORDAN - ele-king

クラブ・ミュージックは労働者階級から生まれたものだから、そういう街にいたことが自分に影響を与えているんだと思う。

 ハウスかと思えばテクノへ、テクノかと思えばトランスへ、トランスかと思えばハーフ・テンポのビートへ、あるいはジャングル~ハードコア、ガラージ、フットワーク、ポップスへ。紙一重でグルーヴを保持しつつもDJセットのなかで絶えずジャンルを横断するようなプレイングはクラブ・ミュージックのスタンダード・スタイルとすら言い切れる。特定のジャンルやスタイルへと身を捧ぐ美学も依然としてクラブ・カルチャーに欠かせない重要な要素のひとつだけれど、私たちの普段のリスニング態度というのはもっと気ままに、さまざまなサウンドやビートをコラージュするようなものであることは間違いないし、その自由さをクラブに持ち込むということはごく自然な動きでもあるだろう。

 そして、多くの若い人びとがクラブ・ミュージックを横断的に聴く、ということを強く意識したのはコロナ禍の、あのクラブの扉に鍵がかかってしまった時期のことではないだろうか? ホーム・リスニングを強いられた時代を経て、私たちは配信プログラムやウェブ上のDJミックス、動画コンテンツ、あるいはストリーミング・サーヴィスに星の数ほど広がるプレイリストの数々を絶えず渡り歩いてきた。その蓄積はけっして無意味なものではなかったし、むしろダンス・ミュージック受容の可能性を拡張したのではないか、とも考えられる。そんな感覚を(時代の要請とは無関係に)持ち合わせているアーティストたちに、いま光が当たりはじめている気配がする。

 今回インタヴューをおこなった〈Ninja Tune〉所属のアイ・ジョーダンもそのひとりだろう。北イングランドの郊外、労働者の街ドンカスターで生まれ育ち、現在はロンドンを拠点とするノンバイナリーのアーティストだ。階級差別と静かに闘いつつ、物心がつくころから変わらないピュアな音楽愛をもとに多彩なジャンルを横断するプレイヤーで、約10年にわたるアンダーグラウンドでのDJ活動を経て、2019年以降〈Local Action〉からシングルをリリース、2020年にはヒット曲 “For You” を送り出している。のちにコラボするフレッド・アゲイン同様、パンデミック時代が生んだプロデューサーと言えるだろう。その後〈Ninja Tune〉と契約、21年の “Watch Out!” であらためてその存在感を見せつけたアイ・ジョーダンの、ファースト・アルバムがついに完成した。現在流行のトランシーな感覚を維持しつつも、さまざまなスタイルに挑むこの新星にUKダンス・ミュージックの現在地を訊く。

音楽業界には労働者階級の人はあまりいないから、成功するために自分の訛りをなるべく消すように努めてきたけど、歳を重ねたいまは自分がどこから来たのかってことにプライドを持てるようになったし、出自への感謝も湧いてきたんだ。

いまはロンドンが拠点なんですよね。育ったドンカスターという街はどんなところですか?

IJ:ドンカスターが日本でよく知られてないのは、そんなに素敵なところじゃないからかな(笑)。基本的には労働者階級の街で、わたしが好きな音楽のシーンはなかった。だから16歳のときにドンカスターを出たんだけど、あそこは自分にインスピレーションを与えてくれる場所でもあったんだ。クラブ・ミュージックは労働者階級から生まれたものだから、そういう街にいたことが自分に影響を与えているんだと思う。ドンカスターはベースラインが生まれたシェフィールドとそう遠くないしね。ドンカスター・ウェアハウスっていうヴェニューがあるんだけど、そこは90年代初頭のUKレイヴやハードコア・テクノのパーティにとって重要な場所だった。

労働者階級であるということは、音楽をやるうえでもご自身にとって大きいですか?

IJ:そうだね。イギリスっていうのはすごく階級意識の高い国で、たとえば自分にはヨークシャーや北イングランドあたりの訛りがあるんだけど、そうした要素から、その人の階級をすぐに判断されてしまうような風土があって。わたしは、そういったものと闘ってきたところもあるかな。音楽業界には労働者階級の人はあまりいないから、成功するために自分の訛りをなるべく消すように努めてきたけど、歳を重ねたいまは自分がどこから来たのかってことにプライドを持てるようになったし、出自への感謝も湧いてきたんだ。ただ、自分は労働者階級のダンス・ミュージックをつくっているし、そうしたものに影響を受けてはいるんだけど、やっぱり音楽をつくるにはお金も練習するための時間も必要で、でも労働者階級だとそうした余裕は持てない。実際、自分の家族のなかでドンカスターを出たのはわたしだけだしね。もちろん、音楽の道に進んでいったのも。

最初に音楽を聴くようになったのはいつごろで、どういうものに惹かれていましたか?

IJ:人生をとおしてずっと音楽に影響を受けつづけてるよ。最初にギターを手にしたのが3歳ぐらいのころで、母がジョージ・マイケルやプリンス、フィル・コリンズ、シンプリー・レッドとか、そういう音楽を聴いていたから影響を受けたかな。10歳のころには本格的にギターを練習するようになって、そのときはロックに夢中だった。16歳ごろから徐々にダンス・ミュージックに興味を持つようになって、トランスやミニストリー・オブ・サウンド、イビザ的なサウンドを聴くようになったんだ。そのあともっとハードな音を求めてペンデュラムやハッピー・ハードコア、ドラムンベースなんかを聴くようになった20歳ごろからDJをはじめて、テクノ、ハウス、ドラムンベース、ガラージ、そういったものをプレイするようになっていった。

ノスタルジアというか、郷愁のようなものをトランスに感じとっている人が多いんじゃないかな。

あなたの音楽の特徴のひとつに、トランシーな感覚があります。いまトランスが流行しているのはなぜだと思いますか?

IJ:UKだけじゃなく、いまヨーロッパ全体でトランス・ミュージックが流行っていると思う。とくに90年代から00年代初頭のサウンド、ユーロ・ダンスのようなトランスがね。わたしもその時期の音楽には影響を受けていて、デビューEPの「DNT STP MY LV」にもトランスを入れてる。トランスの浮遊感や多幸感に触れる体験が好きだから、自分もつくってるんだ。そして、いまはトランスと同時にテクノ・エディットしたものがブームになっていて、たとえば自分もつくった曲を違うヴァージョンでテクノ・エディットにしたりしてる。全体的にノスタルジアというか、郷愁のようなものをトランスに感じとっている人が多いんじゃないかな。

現在トランスを受容している層はおそらくリアルタイム世代ではないですよね。

IJ:当時流行ってたトランスは聴いてたよ。7歳ぐらいのころに(笑)。労働者階級の住む街、とくに北イングランドだと、子どものころからダンス・ミュージックに触れる機会がすごく多いんだ。昔は中古のトランスのコンピレーション・アルバムなんかが簡単に、安く手に入りやすかったし、海賊盤もたくさん売ってたから。

UKではいまやはりレイヴも勢いがあるのでしょうか。

IJ:レイヴやクラブはすごく流行っていると思う。というか、それらはイギリスの一部だから、流行りつづけていると言ったほうがいいかな。とくにコロナ以降はこういったものをみんなすごくありがたがっていると思うし。

スクウォット式のレイヴもいまだ根強い?

IJ:いまでもフリー・パーティやスクウォット・レイヴはけっこうあるよ。とくに夏場は野外でおこなわれるものが多くて、たとえばロンドンのハックニー・マーシーズって公園だと、昼も夜もそういったパーティをやってるかな。

あなたが躍進していったのはコロナ禍のタイミングでしたが、トランスやレイヴといったカルチャーが盛り上がるようになったのは、やはりパンデミックの影響だと思いますか?

IJ:そうだと思う。パンデミックがあったことで音楽の聴き方や音楽への向き合い方が人びとの間で大きく変わっていったと思うけど、パンデミックが終わって友だちと一緒にクラブで音楽を聴けるようになったことを祝うムードはすごく大きくなったと思う。同時に、ダンス・ミュージックというものが違った方向でも聴かれるようになったと思ってる。クラブが閉鎖されているからこそ、その枠を飛び越えるようなダンス・ミュージックの新たな可能性をロックダウンが示してくれたんじゃないかな。

ちょうどパンデミックの起こった2020年に、あなたの代表曲ともいえる “For You” がリリースされました。2023年の現時点から振り返ってみたとき、どういう印象を抱きますか?

IJ:3年経って、この曲のことを考えることはよくあるけど、いまクラブではプレイしてないかな。今回の東京や上海は初めてプレイする場所だったから今回はかけたけどね(註:取材は昨年12月、来日公演のタイミングでおこなわれた)。3年間で自分は大きく成長できたと思うし、そのなかでこの曲はたくさんプレイしてきたから。いまは “For You” のことを誇りに思っているよ。

当時流行ってたトランスは聴いてたよ。7歳ぐらいのころに(笑)。労働者階級の住む街、とくに北イングランドだと、子どものころからダンス・ミュージックに触れる機会がすごく多いんだ。

〈Local Action〉のあと、〈Ninja Tune〉と契約に至った経緯を教えてください。

IJ:“For You” をリリースしたあとオファーをもらって、2枚のEPと1枚のアルバムを出すという内容の契約を結んだんだ。〈Ninja Tune〉はすごくいいレーベルで、できれば条件を達成したあとも契約を更新していきたいなと思ってるよ。

移籍した2021年にEP「Watch Out!」をリリースしていますが、それまで以上にハードコアなブレイクビーツが披露されている印象を受けました。

IJ:いや、そういうわけではなくて、わたしはハードコアなサウンドをずっとつくりつづけているつもりなんだ。「Watch Out!」には2曲ぐらいハードコアが入っているけど、ディスコ・エディットのハウス・トラックがあったりするし。ハードコア・テクノは自分の一部だから、その時期はとくに熱中してつくってたかな。いまは少し変わってきてて、テクノやトランスを中心につくるようになった。アーティストとして、いろんなプロダクションにアプローチしていきたい気持ちが強くて、たとえばアルバムはテクノやトランスもあるし、ガラージや実験的な要素も含まれている。なるべく多くのジャンルを横断的につくっていきたいと思ってる。

ふだんの制作において、なにかコンセプトを考えたうえでつくることはありますか?

IJ:EPや曲単体にかんしては内省的で自分自身を見つめ直すようなものが多いんだけど、明確なコンセプトはないかな。ただ、やっぱりアルバムを制作するとなると客観的な視点やコンセプトが必要になってくるから、ある程度ぼんやりとは考えている。

現在制作中のアルバムはどのような内容になっているのか、教えてください。

IJ:このアルバムは、自分の人生のなかでいちばん重要なプロジェクトで、誇りに思える大切な作品になった。わたしの尊敬するアーティストや友人たちともたくさんコラボレーションしていて、UKのクラブ・ミュージックをベースにエクスペリメンタルやハウス、トランス、ドンク、ガラージのような多彩な方向性を持つ音楽が混ざりあった内容で。それぞれ違ったセッティングや環境でも楽しんで聴いてもらえるアルバムだと思うよ。

Sisso - ele-king

 ロシアのウクライナ侵攻を一貫して支持しているチェチェン共和国は先月、子どもたちの未来のために音楽のテンポに制限を加え、BPM80以下もしくは116以上の音楽を取締りの対象にすると発表した。イスラム教というのは突拍子もなくて何を制限するのか予想もつかないけれど、どうしてまたそんなことを思いついちゃうのかなあ。ロック=西洋とか、ゲイに厳しい風土なのでディスコやハウスを規制したいというのはわかるとして、BPM80以下というのはダブとかスクリュードにも政府が脅威を感じたということなのか。だとしたらそれはそれでスゴい気もするし、BPM80~116というとほとんどのヒップホップはOKなので、チェチェンの未来はヒップホップ一色になっていくのかなとか。いずれにしろこれでチェチェンの子どもたちは〝フィガロの結婚〟や〝ナイトクルージング〟は聞けないことになり(クイーン〝We Will Rock You〟はぎりセーフ)、ましてやタンザニアのシンゲリである。2010年代後半にインド洋に面したダルエスサラーム州キノンドーニで火がつき、タンザニア全土で人気となったシンゲリはBPM170なら遅いほうで、ウィキペディアによると200から300がアヴェレージだとされている。300だと半分でとっても116以下にはならないし、そもそも「半分でとってます」と言っても警察には通じないだろうし……それ以前に警察官たちはBPMを理解できるのか? 逮捕する時はストップウォッチで測りながら?

 ウガンダの〈Nyege Nyege Tapes〉がタンザニアのシンゲリをまとめて紹介した『Sounds Of Sisso』が早くも7年前。シンゲリは当初からBPMの早さが話題で、伝統的なンゴマや外国の影響を受けたタアラブと呼ばれる祭りの音楽から派生し、ジュークやフットワークとも同時代性を感じさせる音楽へと発展する(伝統的な祭りとの結びつきが強いせいか、同じくウィキによると男は高速ラップで女はコーラスとジェンダーが分かれる傾向があるらしい)。『Sounds Of Sisso』はそれなりの話題を呼んだものの、同作がつくられたスタジオの所有主であり、中心人物の1人と目されるシッソことモハメド・ハムザ・アリーが翌19年にリリースしたソロ・アルバム『Mateso』は一本調子であまりいい出来とは言えず、シンゲリにフラップコアと呼ばれるフレンチ・ブレイクコアを掛け合わせたジェイ・ミッタの方が(14歳のMCを起用していたこともあって)僕の仲間うちでは面白がられていた。シッソとジェイ・ミッタは同じ年、さらにベルリンからエラースミス、グラスゴーからザ・モダーン・インスティチュート(=ゴールデン・ティーチャー)を迎え入れて共作アルバムをリリースし、翌20年にライアン・トレイナーが同地で受けた刺激を『File Under UK Metaplasm』にまとめたり、『Sounds Of Sisso』の続編で〈Pamoja Records〉の音源を集めた『Sounds of Pamoja』やDJトラヴェラといった若手の台頭が相次ぐものの、折からのパンデミックに出鼻をくじかれたか、同じクラブ系ミニマルでもベースに重きを置いた南アのゴムに較べるとそれほど大きく裾野を広げた印象はない。強いていえばタンザニア内でさらにBPMを早め、ハードコア化していくことになる。

 そして『Mateso』から5年。シッソは大きな成長を遂げていた。音楽性がまずは格段に豊かとなり、曲の構成だけでなく一本調子だったアルバム全体の構成も複雑になって、質素どころか実にゴージャスな『Singeli Ya Maajabu』の完成である。シンゲリといえば高速ラップだけれど、前作同様ここでもMCは入れず、躁状態のパーカッシヴ・サウンドをメインとしたインストゥルメンタル・アルバムに仕上げられている。オープニングはオルガンを連打し、テリー・ライリーがタコ踊りを踊っているような高速トロピカルの〝Kivinje〟。続く〝Kazi Ipo〟もパッセージの早いパーカッションに対して様々なスピードで挟まれるSEが幾重にもレイヤーされ、リズム以外に追いかける要素が多いことがとても楽しいBPM186。部分的には〝ウイリアムテル序曲〟などを思わせるため、DFCクラシックのレックス名義〝Guglielmo Tell〟なんか思い出したりして(つーか、これでもBPM155なのね)。前作の『Mateso』でもシャンガーンを思い出す場面は何回かあったけれど、〝Chuma〟はまさにマルカム・マクラーレンなどが遠くに聞こえ、アルバム全体にその感触は広がっている。〝Uhondo〟は比較的過去のハードコアに回帰したようなモノリズム調で、涼しい鉦の音から始まる〝Kiboko〟は一転してコノノ Nº1などのヘヴィな早回しヴァージョン。そう、00年代初頭にアフリカのオルタナティヴ・サウンドと呼ばれたコノノNº1やスタッフ・ベンダ・ビリリに比べてシンゲリはおそろしいほどヘヴィで、ベースは入ってないのにボトムの重量感がまったく違うところは明確に時代の差といえる。どこか食品まつりに通じる〝Timua〟からインタールードとして奇妙な女性コーラスをメインにした〝Mangwale〟が挿入されるあたり、リズムで押せ押せだった前作からは考えられない構成の妙で(笑)、ポリリズムを強調した〝Rusha〟はリズムがまさにごった煮で気がつくとリズムの迷子になりかける(こういう曲は5年か10年後にもう一度聴くのが楽しみです)。TGにシンゲリをやらせたらこうなるかなと思う〝Jimwage〟から水の音をループさせたり、エレクトロアコースティックを無理やりダンスフロアに引っ張り出したような〝Mizuka〟。メリハリを効かせた〝Jimwage〟に対してミニマルに徹した〝Njopeka〟はヤン富田を高速ブレイクビーツ化したようなもので、このあたりがアルバムのクライマックスをなしている。DJトラヴェラのレイヴ趣味にアンサーを返した〝Shida〟はとにかくウネウネとシンセがくねり、冒頭の〝Kivinje〟や〝Kazi Ipo〟に戻った〝Zakwao〟と、最後まで高速で突っ走る〝Ganzi〟で「見たことのない景色」は幕を閉じていく。シンゲリがどうというより、シッソがスゴいですよ、これは。僕はレコード・レビューの文章に「進化」というワードを使ったことがないけれど、これは確実に「深化」だといいたい。とはいえ、いまはBPM80以下の音楽が聴きたいかも……

interview with Anatole Muster - ele-king

 ジャズの世界でも最近はZ世代の活躍が目立ってきており、ドミ&JDベックのデビュー・アルバム『Not Tight』(2022年)はグラミー賞にもノミネートされた。若干22歳のアナトール・マイスターもそうしたZ世代のひとりだ。スイス出身で現在はロンドンを拠点に活動する彼は、ジャズの世界では珍しいアコーディオン奏者で、またプロデューサーとして自身でトラックや作品制作もおこなう。彼が影響を受けたハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、パット・メセニー・グループ、リターン・トゥ・フォーエヴァーなど1970年代から1980年代にかけてのエレクトリック・ジャズやフュージョンのマナー、そして現在暮らすロンドンのジャズ・シーンやトム・ミッシュedblなどから発せられる新しいUKサウンド、さらにUS西海岸のルイス・コールサンダーキャットキーファーなどのクロスオーヴァーなジャズが融合し、それを幼少期から親しんできたアコーディオンを交えて表現しているのがアナトール・マイスターのサウンドである。

 2020年にファーストEP「Outlook」でデビューし、エモーショナルなメロディやエレガントなタッチのプレイで高い評価を受けたアナトール・マイスターは、テニソン、キーファー、ルイス・コールといったアーティストたちとのコラボレーションも実現させ、スイスやブラジルでおこなわれたモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにも出演し、ロサンゼルスやロンドンでも公演を成功させるなど、現在注目のアーティストへとステップを上がっていった。そして、2024年4月に待望のファースト・アルバム『Wonderful Now』をリリース。ルイス・コールをはじめ、サンフランシスコのビートメイカー/ピアニストのテレマクス、SNSで爆発的な人気を誇る女性シンガーのジュリアナ・チャヘイド、南アフリカで絶大な支持を集めるポップ・バンドのビーテンバーグのM・フィールドといった多彩なゲストをフィーチャーし、エレクトリック・ジャズやフュージョンをベースに、ダンサブルなビートやハイパーなポップ・サウンドを取り入れた2024年の最新型ジャズ・アルバムとなっている。

僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

あなたのプロフィールから伺います。スイス生まれとのことですが、音楽とはどのように出会い、どんな音楽を聴いて育っていったのですか? 子どもの頃はバルカン民謡やアイルランド民謡、ジプシー音楽などを聴いていたと伺っているのですが、スイス特有の音楽も聴いていたのでしょうか?

アナトール・マスター(以下AM):ヨーロッパ各地の伝統的な民謡をたくさん聴いて育ったよ。他にもクラシックもよく聴いていた。僕の親はクラシックのミュージシャンであり、民謡も大好きだったんだ。他にはタンゴやボサノヴァとかかな。スイスの伝統民謡はあまり聴かなかったかも。理由はわからないけど、僕の周りにはあんまりスイスの民謡を聴いたり、演奏したりする人はいなかったんだよね。

ティーンエイジャーの頃に父親のレコード・コレクションを通じてジャズと出会い、ハービー・ハンコック、ジョージ・デューク、スパイロ・ジャイロ、カシオペアなどおもに1980年代のフュージョン系のサウンドを聴いていたそうですね。ほかにもアラン・ホールズワース、パット・メセニー、ライル・メイズなどが好きだったそうですが、こうしたジャズ/フュージョンのどのようなところに惹かれ、影響を受けるようになったのですか?

AM:父親の古いレコード・コレクションを見つける前は、YouTubeとかでフューチャー・ベースやチルホップのようなエレクトロニック・ミュージックにハマっていて、そこからの流れで同じくYouTubeでよりジャジーなアーティストであるリド、テニソン、メダシン、ロボタキ、トム・ミッシュ、ケイトラナダ、パーティ・パピルスとかを聴くようになったんだ。そこから偶然僕の父親のレコード・コレクションを見つけて、ハービー・ハンコックやジョージ・デュークのようなエレクトロニック・ジャズやフュージョンを自然と聴くようになったんだよね。似たような音楽をすでに聴いていたからスッと入ってきたよ。このときにはすでにエレクトロニックなビートメイクをしていたんだけど、ハービーとか1970年代、1980年代の音楽をより多く聴くようになって、それらから影響を受けてハーモニーやグルーヴを意識するようになった。だからいままで聴いたいろいろな音楽をミックスして自分の音楽にしているつもりだよ。

いま話に上がったテニソンはじめ、サム・ジェライトリー、ノウワーなど現在のエレクトリックなサウンドにも興味を持つようになったそうですが、たとえばハービー・ハンコックなどもそうしたサウンドの元祖と言えるところもあるので、ジャズとそうしたエレクトロニック・ミュージックはあなたの中で自然に結びついていったのでしょうか?

AM:とても自然に結びついたね。むしろ、僕はエレクトロニック・ミュージックの要素が入ってないジャズをあまり聴かないかも。

あなたが演奏するアコーディオンやバンドネオンは、アストル・ピアソラはじめアルゼンチン・タンゴの世界で有名で、またジプシー音楽やシャンソンなどでもよく用いられる楽器です。一方、ジャズの分野ではあまり使われない楽器で、アメリカ出身だがヨーロッパで人気を博したアート・ヴァンダムや、フランスのリシャール・ガリアーノなどが有名ではあるものの、プレイヤーは多くはありません。最近はポルトガルのジョアン・バラータスなど若い演奏家も出てきているようですが、あなたはなぜこの楽器を選んだのですか? おじさんの影響で8歳の頃から演奏していると聞きますが。

AM:僕が小さい頃にアコーディオンという楽器を選んだのは、僕のおじの音楽が大好きだったからだね。彼はアコーディオンの演奏家で、プロデューサーであり作曲家なんだ。10代のはじめまでアコーディオンの演奏を続けて、そこからエレクトロニック系統の音楽にハマっていって、最終的にジャズにたどり着いたんだ。僕がずっと演奏してきた楽器と、聴いてきた音楽が自然と結びついたプロダクションをやって、気づいたらジャズのアコーディオン・プレイヤーになっていたよ。

アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。

アコーディオン奏者として影響を受けたアーティスト、好きな作品などを教えてください。

AM:パーソナルに普段聴いている音楽で、アコーディオンが入ってる曲を探すのは結構大変なんだけど、ミシェル・ピポキーニャとメストリーニョの “Baião Chuvoso”、アドリアン・フェローとヴィンセント・ペイラーニの “Marie-Ael”、エディット・ピアフの “L’Accordéoniste”、ペタル・ラルチェフの “Krivo Horo”、アストル・ピアソラの “La Casita de Mis Vjejos” とかがお気に入り。アコーディオニストでいうと、ペタル・ラルチェフ、ヴィンセント・ペイラーニ、メストリーニョが大好きで、彼らはアコーディオンという楽器の可能性を大きく広げてくれたアーティストたちなんだ!

バーゼルの音楽学校でアコーディオン演奏を習うと同時に、作曲や音楽理論も学び、アコーディオンの即興演奏など技術も身につけていきます。そして、現在はロンドンのロイヤル・アカデミー音楽院でジャズを勉強中とのことですが、進学のためにロンドンへ移住したのですか? また、ロンドンに来てから音楽に対する取り組みや環境で変わったことはありますか?

AM:ロンドンに引っ越した一番の理由は活発的な音楽シーンがあるからだね。スイスに住んでいるときもロンドンのシーンで何が起きていたのかをチェックしていたよ。ここに引っ越してこれてハッピーだし、成果もたくさんあったね。たくさんの素晴らしい友人を作れたし、とても大事なコネクションも得ることができた。ロンドンのシーンと上手くやっていると思うよ。

2020年に初めてのEP「Outlook」を発表し、モントルー・ジャズ・フェスに出演したり、テニソン、キーファー、ルイス・コールなどさまざまなアーティストと共演するなど、プロのミュージシャンとして活動するようになったのもロンドンに来てからですか?

AM:「Outlook」でテニソンやキーファーとコラボしたときは、両方ともロックダウンしていた時期で、とにかくその時期は僕にとってクリエイティヴなことに熱中できる時期だった。多くのミュージシャンが僕と同じように家から出られずにいたから、普段以上にコラボレーションするには最適な時期だったと思う。だからこのアドヴァンテージを活かすことに決めて、多くのプロダクションをはじめたよ。 ルイス・コールと初めて会ったのは僕がロンドンに引っ越してきてからの話で、それから多くのヤバイことが起きていった。リオで開催された モントルー・ジャズ・フェスティヴァルに呼ばれたのもそのうちのひとつだね。

ロンドンにはジャズのシーンがあり、世界的にも注目を集めているわけですが、あなた自身はそこと交流を持っていますか?

AM:そうだね! 僕もロンドンのジャズ・シーンの一員として役に立てるように頑張っているよ。幸運なことに世界的に活躍しているミュージシャンと一緒にプレイできている。多くのジャム・セッションをおこなうことで、たくさんのミュージシャンと繋がりを持てるし、音楽的なアイデアの交換もできているよ。

どちらかと言えばクラシカルなイメージの強いアコーディオンという楽器を、ジャズの中でも新しい試みをおこなうフュージョンやエレクトリックなサウンドと結びつけるアイデアはどのように生まれてのですか? アコーディオンの伝統的な奏者とは明らかに異なることをやっているのですが。

AM:アイデアを思いついたというよりは、アコーディオンをプレイするのが好きであると同時に、ジャズ/フュージョンとエレクトロニック・ジャズが本当に好きっていう感情があり、それらが混ざりあっただけなんだ。他のことはできる気がしないし、これをやるしかなかったって感じかな。ラッキーだったのは、僕はプレイヤーとしてだけではなく、プロダクションにも関わっていたので、自分の好きなことをひとつのアイデアとしてまとめあげることができたって感じかな。

クラブ・ミュージックの世界では、2000年代にフランスからゴタン・プロジェクトが登場し、タンゴや古いジャズ、ラテン音楽やアコーディオン・サウンドとエレクトロニクスを融合したユニークなサウンドで注目を集めました。彼らはアストル・ピアソラやガトー・バルビエリなどもカヴァーしていたのですが、聴いたことはありますか?

AM:このユニットは聴いたことなかったから、いま聴いてみたけど、めちゃくちゃ良いね! 似たような音楽を聴いたことがなかったよ! レコメンドありがとう!

普段の音楽制作はどのようにおこなっていますか? アコーディオン演奏はもちろんですが、あなた自身でビートメイクをしているのでしょうか?

AM:そうだね、僕は作曲、アレンジ、演奏、プロダクション、ミキシングまで全部ひと通り自分でやっているよ。コラボレーションのパートとマスタリングだけ他の人にお願いしている感じかな。僕のアルバムはラップトップで作ったんだ。マイクでヴォーカルを録音したり、MIDIのキーボードを使ったりはする。アコーディオンに関しては僕の持ってるアコーディオン・マイクを使っているね。ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ラップトップだけでなんでもできちゃう世の中に感謝しちゃうよ!

ファースト・アルバム『Wonderful Now』について伺います。あなたにとって初めての声明とも言えるこのアルバムですが、どのようなアイデアやコンセプトがあり、どのようにして生まれたのですか?

AM:『Wonderful Now』は僕の音楽のアイデンティティを探す旅を閉じ込めたものだね。幼い頃からエレクトロニック・ミュージックが好きで、それと同時にジャズ/フュージョンに強い繋がりを感じはじめた。ロンドンでジャズの勉強をはじめたとき、ジャズ/フュージョンがトレンド的なモノだとは全く感じていなかったので、孤独を感じていたし、ときには自分の音楽をどういう方向性で作りたいのか迷走してしまった時期もあって、そのときは音楽の楽しみ方すら忘れてしまっていたよ。だから自分のルーツに一度戻ってみて、昔よく聴いていたフューチャー・ベースやディープ・ハウスのような音楽を制作して、そうしたときに感じた興奮を取り戻したんだ。それでいつの間にかプレッシャーは消えて、また音楽を作ることが楽しめるようになった。それでいままで作ってきた音楽の中にゆっくりとジャズが僕の音楽性として染み渡っていき、新しい道を開いてくれたんだ。それが、新しさのある音楽に生まれ変わって『Wonderful Now』という誇らしい作品を作ることができたよ。さっきも言ったけど、ほとんど僕のラップトップの中で制作された作品だね。もちろん素晴らしいミュージシャンとのコラボレーションも混じっているけど。

ルイス・コールのほかは新進のミュージシャンが多く参加していて、サンフランシスコや南アフリカなど、世界各地に人脈が広がっています。SNSで話題になっているような人もいて、そうしたネットを通じて広がった人脈かなと思うのですが、どのようにしてゲスト・ミュージシャンを集めたのですか? また、身近なロンドンや出身地のスイスではなく、少し離れた場所の人たちとネットを介して繋がっているのがいまっぽいなという印象です。彼らとはデータのやりとりなどオン・ラインで音楽を制作したのですか?

AM:ほとんどのミュージシャンとはネット上で出会ったね! レオ・マイケル・バードは学校の友だちなんだけど、他のミュージシャンに関しては僕がInstagramやSpotifyで見つけた人なんだ。いまではほとんどの人と直接会って、仲良くなったよ。例えば、M・フィールドはここ2年間に最もSpotifyで聴いたアーティストのひとりで、彼にインスタのDMで僕がどれだけ彼の音楽が好きなのかを伝えて、「僕の曲で歌ってくれないかな?」とダメ元で連絡してみたら、返事が帰ってきてね! 彼もいまはロンドンに住んでるから、一緒に曲を作ったり、フリスビーをして遊んだり、ホット・チョコレート作って飲んだり、一緒にライヴで演奏するようになったね。遠くに住んでいるアーティストはだいたい自分のパートをデータで送ってきて、それを僕がミックスして形にしているよ。

ルイス・コールのノウワーとも共通するのですが、アルバム全体の印象としては非常にポップなサウンドになっていると思います。シンガーをフィーチャーしているのもノウアーと同様のアプローチですし、実際に今回のアルバムにも参加するルイス・コールからの影響が大きいのでしょうか? 彼と共演するサンダーキャットなども影響を与えているのかなとも思いますが。

AM:もちろん! ルイス・コールとノウワーからはいつも凄くインスパイアされてるよ。僕が音楽制作をスタートした頃から彼らの音楽が好きで、どうやったらあのようなサウンドを作れるか知りたかったくらいだ。サンダーキャットもずっとファンだね!

かつてのリターン・トゥ・フォーエヴァーのように、ジャズという音楽をロックやポップ・ミュージックとうまく融合し、新しい時代を切り開いていくようなアルバムになっていると思いますし、それはあなたが影響を受けたというハービー・ハンコックやジョージ・デュークなどにも共通するものです。あなた自身はあなたの音楽についてどこを目指していますか?

AM:僕の音楽的なゴールは、自分が駆け出しの頃に憧れていたようないまいちばん熱いシーンの中心にある音楽を作ることだね。

seekersinternational & juwanstockton - ele-king

彼らは暗闇に虹を残す ——マッシヴ・アタック“ブルー・ラインズ”

 ダブの面白さは、レイヴ・カルチャーと似ている。実際ぼくが行ったことのある、1993年、つまり再開発されるよりずっと以前の時代にブリクストンの倉庫でやった口コミのみのレイヴ会場のセカンド・ルームでは、中央に大きなピラミッドがあり(笑)、そしてキング・タビーやらルーツ的のダブがかかっていた(そしてピラミッドを囲んで何人かは瞑想していた)。この親和性は、ふたつの共通点からも理解できる。ひとつはこれらが基本的に都会の音楽であるということ、もうひとつは非言語的な音楽であるということ。さらにもうひとつ付け加えるなら、昔、ダディ・Gがサウンドシステム文化について語った次の言葉に集約されるだろう。「シンガーのような中心的存在は必要ないから、エゴイスティックな過剰な露出がない」
 カナダは、ブリティッシュ・コロンビア州のリッチモンドを拠点にするシーカーズインターナショナルは、この10年ものあいだコンスタントに作品を出し続けて、世界中のいたるところでファンを増やしている。いや、この言い方は正確ではない。正確には、ダブと呼ばれる音楽が世界中にそのファンを増やしているのだ。しかしなんで、なんでこの、夜とコンクリートの壁が似合う非言語的な(要するに、特別な言葉のメッセージのない)無言の音楽が人びとを誘うのか。現実逃避のためのシェルター? 
 ダブがアンビエントと決定的に違っているのは、あの大腸に響く、暴力的とも言える低音にある。体験談として言うが、ロンドンのジャー・シャカのサウンドシステムでは、そのすまさじい低音に気分が悪くなってぶっ倒れる人だっているほどで、だからダブとは無視できるような音楽ではなく、間違っても他の何かをしながら聴けるようなしろものではない。あれほど身体に響く音楽はないし、無害なイメージを絶え間なく再生産する一部のアンビエント/ニューエイジなどと違って、いくらそこから離れていたとしても、気がつけば夜の回路にアクセスし、その暗闇のなかでは何かが消失され、何かが生まれる。

 ダブは、その創始者キング・タビーの想像を遙かに超えたものとなって拡大していることが、シーカーズインターナショナルとジュワンストックトンの共作『キンツギソウルステッパーズ』を聴いているとまたしても感じられる。最新のダブをチェックしている音好きには言うまでもないことだが、ダブとは、いまや必ずしも引き算の音楽ではない。フィリピン系移民たちによるこのグループの音楽の背景には、Qバートのようなヒップホップのバトル系DJ(このシーンにもフィリピン系アメリカ人が大いに関わっていた)とベルリンのベーシック・チャンネル系のダブ・テクノがあり、この奇妙な組み合わせが彼らのユニークなサウンドの核にある。本作では、それをサウンド・コラージュの脈絡のない混乱をもって、さらにアップデートさせている。このアルバムを大きな音でかけていると、編集部小林が「ヴェイパーウェイヴですか?」と勘違いしていたが、近いのはダブルディー&スタンスキーの「レッスン1,2&3」のほうだ。80年代のサンプリング時代のヒップホップの支離滅裂だがビートに乗せてしまうあの遊び心、あのばかげた高揚感がここにはある。“Shinjuku Skanking”なる曲は、スタジオに『ファンタズマ』時代の小山田圭吾がいるのかと思わせるほど細切れのカットアップによるギザギザのグルーヴが展開されている。ラウンジーな“Mercury Rising”なんて曲もあるが、テーブルにグラスを置けないほど振動するこの音楽においてはカクテルパーティなどもってのほか。ぶっ飛びすぎているのだ。
 
 ダブは、ぼくにとっては、理論化されることを拒みながら膨張する宇宙だ。近年、ぼくが聴いたダブにおいてもっとも強烈だったのは、何度でも書くが、空しい10年代を予見したかのようなハイプ・ウィリアムスのライヴで、先日Casanova.S氏がレヴューしていたグレート・エリアの奇妙な(そして魅力的な)シンセ・ポップがそうであるように、いや、それ以上におそろしく空虚な何かだった。たいしてこちらシーカーズは、汚染された夜にさえもまだ楽しみはあると告げている。この素晴らしいダブ・アルバムは今年の春、日本の〈Riddim Chango〉からリリースされた。また、シーカーズは先日、Mars89との共作も発表しているが、そちらはより重たくダークで、テクノ寄りの音響に変換されている。機械を使って、スクラップだけで構成された音楽、言うなれば幽霊たちのコラージュが、いま東京で聴かれることを待っているこの事態に、ぼくたちは注意を払う必要があるだろう。

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