「P」と一致するもの

interview with Yui Togashi (downt) - ele-king

 ステージ上で速く複雑なピッキングでギターを弾きまくり、ときに叫びにも近い感情的な歌を聴かせるギタリスト/ヴォーカリストと、壇上から降りたあと、注意深く耳を傾けないと聞きとれないほどの小さな声で話す富樫ユイとの間には、とても不思議なギャップがある。

 2021年に結成されたdowntは、富樫と河合崇晶(ベース)、Tener Ken Robert(ドラムス)とのトリオで、富樫のソングライティングを中心に、作品をつくることに重きを置いて、東京で活動している。これまでにミニ・アルバム『downt』(2021年)、EP「SAKANA e.p.」(2022年)、シングル「III」を発表し、日本のインディ・ロックの紹介にも力を入れているUKの〈ドッグ・ナイツ・プロダクションズ〉からコンピレーション・アルバム『Anthology』(2022年)がリリースされたこともある。2022年にはFUJI ROCK FESTIVALのROOKIE A GO-GOにも出演し……と、活動歴はまだ3年だが、実績を着実に積み上げてきている。いま注目のバンド、と特に今年は何度も紹介されたことだろう。

 3人がここにきてつくりあげたファースト・アルバム『Underlight & Aftertime』が、バンドの歩みを振り返りつつ(“111511” や “mizu ni naru”、“AM4:50” と、初期の重要曲の再録が含まれている)、これまでにない新しいアプローチでバンド・アンサンブルを深化させていることは、過去の作品と聴き比べたらよくわかる。変わったこと、変わらないこと。エモやオルタナティヴ・ロックの蓄積の反響と、この国特有のロックの複雑性や質感の反映。

 ただ、そういう外在的で分析的な視点がどうでもよくなってくるほどに、このアルバムは内在的で、暗く塞がった、けれども心地よい孤独感に満たされている。それは、孤高というのとはだいぶちがう。冷めていて、刺々しさがありながらも、自問自答の精神世界に深く導かれるような、そして聴き手に直接語りかけてくるような、「氷の炎」とでも言うべき、突き放した親密さというか。どん詰まりに行きあたったものの、解決の糸口を見つけたかと思ったら、また元の場所に戻っていくような、ものさびしいストーリーテリングが、アルバムを構成している。その表現の芯に富樫の歌や詞やギターがあるのは、疑いようがない。では、そのさらに奥の背景にあるものとは?

 アルバムのリリースからしばらく経っておこなったこのインタヴューでは、過去に様々な場で語られてきたことを繋ぎあわせながら、富樫のライフ・ストーリー、downtというバンドを結成するまでのことから現在のありようまでを聞いた。音楽の話というよりも、内面を掘りさげたものになったが、それもこのバンドの音楽を知るうえでは意味のあることだと思う。

最初は「何がいいんじゃ?」って感じでまったくわからなくて、何十周も聴いたんです。期間を空けたら、なんか逆に聴きたくなってきちゃったんですよね。マイナー・スレットを、特に。

中国でのライヴが目前ですね(取材は2024年4月15日におこなった)。

富樫ユイ(以下、YT):海外に行くこと自体が初めてなのでドキドキですね。downtの企画をやると「飛行機で来ました」と伝えてくださる中国や韓国からのお客さんがいて、「はー!」ってびっくりします。bilibili(中国の動画サイト)に上げる動画も反応がよかったりします。

そういえば、3月22日のリリース・ライヴに行ったとき、中国人のファンがすぐそばで見ていました。『Underlight & Aftertime』がリリースされて1か月以上経ちましたが、反応はいかがですか?

YT:想像していた反応とはちがったかもしれないですね。制作中はオーディエンスやリスナーの反応は考えないようにしているんですけど、新しいアプローチで曲をつくったので、「私たち以外の人が聴くとどう感じるのだろう」と思ったりはしました。昔から知ってくれている人やバンドの友だちからは「ソリッドになったね」とか、そういう意見が多かったですし。実際リリースされると、嬉しい反応が多かったかもしれないです。自分が思ってたよりは……。

このアルバムからdowntを知る人のほうが多いのでは、とも思います。

YT:そうですね。初めて出した『downt』は自己紹介みたいなものだったので。今まで私たちのことを知らなかった人たちにも聴いてもらえたら、ひとつの起点やなにかのきっかけになったらうれしいです。

今回のインタヴューは富樫さんのパーソナルな話を中心に聞きたいと思います。生まれは札幌だそうですが、どんな場所でしたか? 都心部だったのか、郊外や田舎のほうだったのかなど。

YT:都心部だったと思います。夏は過ごしやすくて、冬は雪が降っても暖かったです。気温が氷点下になっても、なぜかあったかいんですよ。除雪機が雪を道路の脇にばっと積んで、その雪がかまくらみたいになって風が遮られるので。

musitのインタヴュー(https://musit.net/interview/downt-underlight-n-aftertime)では、子どもの頃は勉強が好きになれず、絵を描くのが好きだったとおっしゃっていました。富樫さんが描く、ゆるキャラっぽいグッズのイラストと関係しているのかな? と思ったのですが。

YT:グッズはメンバーの要望や意見を組み合わせて、自分なりに「こんな感じかな?」と模索しながらつくっているので、ゆるキャラっぽいのが多くなっているような……。絵を描くのは好きで、根詰めてずっと制作していて「あ~……」ってなってくると、気分転換で描いたりします。私は漫画が好きで、昔は漫画家になりたかったんです。

そうなんですか!? それは意外ですね。

YT:ちっちゃい頃の話なんですけど、『ちゃお』や『りぼん』の後ろの方に「新人漫画家募集!」というのが載っていたので、Gペンを買ってもらって自分の作品を描いて応募したりしていました。

本格的ですね。描いていたのは少女漫画ですか?

YT:そうです。でも、当時はホラーやサスペンスにハマっていて、私もそういう少しグロテスクなものを描いていたみたいで……(汗)。
 漫画を描いて、「できた!」って母親に見せたら、母の顔が真っ青になったのを覚えています。「あんた、大丈夫?」って心配されて、すごく悲しかったんですよ。そんな風に言われるなんて思っていなかったから。それで漫画を描くのをやめちゃった記憶があります。

当時憧れていた作家や好きだった作品はなんでしたか?

YT:『満月をさがして』という種村有菜さんの作品がすごく好きで、サイン会に行ってサインしてもらったこともあります。

その頃のご自身と現在の富樫さんは繋がっていると思いますか?

YT:う~ん……。ひとつのことをひとりでずっとやる、みたいなところは繋がっているかもしれないです。

家にいるのが好き、という点は今も一貫していますか?

YT:昔からですね。友だちと遊ぶのが得意じゃなかったんです。友だちはいたんですけど、ひとりで遊ぶ方が楽しくて。それはどうしてかっていうと、自由にできたから。人に合わせるのが苦手だったんでしょうね。自分でつくったルールのなかで遊ぶのが好きで。公園で好きだった遊びが、砂を研磨することだったんです。

どういうことですか(笑)?

YT:滑り台の上の方にこうやって何度も砂を投げると、砂が滑り台を転がって研磨されてめちゃくちゃ綺麗になるんです。そういう遊びをひとりでひたすらやっていました(笑)。

孤独な反復で何かを磨いていく行為は絵を描くことやギターの練習にも繋がっていそうですね。

YT:高校時代は友だちから「ユイ、このあと一緒に遊ぼうよ」って誘われても、「ごめん、家帰るわ」って断ってしまっていたことが多かったです。ひとりで音楽を聴いたり、家でギターを弾いているほうが楽しかったんですよね。そのうちに、気がついたら誘われなくなってました。

子どもの頃はピアノを習っていたんですよね?

YT:3歳から中学に上がるまでやっていました。ただ先生が厳しすぎて「行きたくない!」と親に泣きついてやめました。ピアノが楽しいというよりも、先生が怖いという印象の方が強くなってしまって。でもピアノはいまも好きで、寝る前はクラシック・ピアノを流しながら寝ることが多いです。

ところで、「春が嫌い」と以前おっしゃっていましたが、たしかにdowntの音楽に春夏感はないですよね。圧倒的に秋冬感が強い。

YT:春は嫌いなんですけど……たぶん好きなんでしょうね、きっと。嫌よ嫌よも好きのうち、みたいな。嫌いだけど春にしか感じられないことがあって、それを感じていたい。
 夏は好きです、嫌いだけど。どんな季節が好きなんだよって思われそうですけど、たぶん全部の季節が嫌いで。

あと、富樫さんがインタヴューなどでよく使う言葉に、「冷たい」というのがありますよね。「冷たいものが好き」とか。「冷たさ」は富樫さんの表現における核のひとつだと思うんです。

YT:私が言う「冷たさ」は「寒さ」とかじゃなくて、キラキラしたものにも必ずある棘や冷たい空気感みたいなもの、というか。それは人との会話に感じるときもあるし。冷たいけど嫌な感じじゃなくて、すごく悲しくて美しいもの。そういうところに身を置きたくなるというか、そういうのが心地よいですね。

「冷たいものの美しさ」というのは、downtの音楽の一側面を言い表していますね。先日、よく晴れた日曜日の昼下がりに外を歩きながら『Underlight & Aftertime』を聴いていたら、陽気や暖かい空気に全然合わなかったんです(笑)。ただ、夜の暗さやひんやりとした空気にはすごく合う。

YT:それはよく言われます。「夜っぽい」って。夜は好きですね。

夜更かしするタイプですか?

YT:しますね。私はまとまった睡眠時間はあまりとらなくて、起きたり寝たりを繰り返しているので、就寝時間も決まっていないんですね。夜になると目がすごく冴えてくるんです。幼少期は家庭が厳しかったので「早寝早起きしなさい」と言われていたんですけど、そういうのから解放されて自由になってから、こういう生活のほうが合うなって思いました。なので、子どもの頃はずっとしんどかったと思います。

ものすごい喪失感があったんです。それを埋めるために……必死で埋めたくて埋めたくて、がむしゃらに音楽をやりはじめたのかもしれません。ここにいたらダメだ、私は自分の力で自分を変えなきゃいけないって。

話は変わりますが、富樫さんが「バンド」というものを知ったのは中学時代、ELLEGARDENをすすめられたことだとおっしゃっていましたね。あと仲のよかった先輩が学園祭でバンドをやっていたとか。

YT:そうです。中学でバンドの演奏を初めて生で見て、バンドという概念を知って。スピッツの “魔法の言葉” をやっていて、「これって演奏できるんだ! バンドってすごい!」と思いました。

でも「ドラムは家で練習できない」、「ベースは力がいるから女の子には無理」と言われて、ギターを弾くことになったという。

YT:ギターは最終選択肢だったんです。初心者セットを買ってもらって弾きはじめました。

厳格なご家庭だったのにギターを買ってもらえたんですね。

YT:私も不思議でした。音楽は親が昔できなかったことだったみたいで、「私がやれないのはかわいそうだ」、「同じ気持ちにさせたくない」ってことでギターを買ってあげた、という話は親から聞いたことがあります。

ギターの練習はコピーからはじめたのでしょうか?

YT:そうです。兄がドラムをやっていたのでバンド・スコアを見せてもらって。

何のバンド・スコアでしたか?

YT:ハイスタ(Hi-STANDARD)とかマスドレ(MASS OF THE FERMENTING DREGS)とかエルレ(ELLEGARDEN)とか。すごく好きだったのは東京事変の長岡亮介さんです。でも、長岡さんのギターってめっちゃむずいじゃないですか。当然うまく弾けないんですけど、弾けないながらもひたすら練習していました。まず、コード弾きしていたところから単音弾きができるようになるには山をひとつ越えなきゃいけないので、練習しては挫折しての繰り返しでしたね。高校時代はバンドを組んでいたわけでもなく学園祭でたまにちょっと弾いてみるだけで、あとはひたすらひとりで練習して楽しんでいました。

昨年、「III」のリリース前に『ele-king vol.31』でインタヴューさせていただいたとき、先輩から「これを弾け」と言われてジェフ・ベックなどを練習した、とおっしゃっていましたよね。

YT:ジェフ・ベックじゃなくてレッド・ツェッペリンですね。高校に軽音部がなかったので、大学では絶対に音楽サークルに入りたいと思って。大学で入ったサークルに70、80年代のロックが好きな先輩が集まっていたんです。「ギターをやりたいです」って言ったら、「お前はまずこれを弾け」ってまったく聴いたことがなかったレッド・ツェッペリンとかキング・クリムゾンを耳コピさせられて。画質が酷いYouTube動画で運指を見ながら練習していたんですけど、挫折しました……。キング・クリムゾンの音楽は大好きなんですけど、自分では弾けないし別に弾きたくないなって。

当時、富樫さんが好きだったギタリストはどなたですか?

YT:大学時代は赤い公園の津野米咲さんが大好きでした。長岡亮介さんっぽさを感じたんですけど、米咲さんのインタヴューを読んだら「長岡さんが好き」と書いてあって、「やっぱり」って。それでもっと好きになりました。ふたりに共通しているのは、ギターをピアノみたいに弾くじゃないですか。そこがすごく好きで。自分がやりたいことのひとつですね。downtではあまりできていませんが、そういうギターを弾けたらいいなと思っています。

『Underlight & Aftertime』では、複雑なフレーズを速いパッセージで弾くプレイが以前よりも減っていて、コード・ストロークやシンプルなリフ、ゆっくりとしたアルペジオなどが中心ですよね。

YT:今回はバンド・サウンドを目指したんです。「自分はなんでバンドをやっているんだろう? バンドで何がしたいんだろう?」ってすごく考えて。いままでは自分が弾きたいフレーズとかを優先していたんですけど、今回はアンサンブルにより重点を置きました。ノリや曲の山場、各楽器の絡み方、曲の全体像をより高い場所から見るように考えてつくったので、余計なことはしないようにしました。

トリオならではの演奏を活かして、アンサンブルを塊にした?

YT:まさにそうです。音が重なってできる塊。ひとりで音楽をしていない意味はそこにあると思っていて。バンドでやれること、バンドをやる意味ってなんだろう? と考えて、そういう方向へシフトしていきました。

その一方で、「こういうかっこいいフレーズを弾きまくりたい!」というもうひとりの富樫さんもいたのでは?

YT:たしかに、曲のオケやデモをつくっていると、無意味なギターを弾きだす自分もたくさんいましたね。でも今回の制作では以前よりもさらに、この曲においてこのギターは、この音は本当にいるのか? ということをずっと考えていたので。ただ、これを弾きたいんだっていう気持ちというかマインド的なものは、なくしちゃいけないと思ってます。

「聴く音楽が変わった」ともおっしゃっていましたよね。

YT:聴く音楽というか、音楽の聴き方が変わったかなと思います。きっかけはD.C.ハードコアで、それは「好き」とかとはまたちがった感覚で。個人的には初めてこんな気持ちになったかな。

ベーシストの河合さんが好きなジャンルですよね。

YT:そのあたりは、河合さんがすごく好きで。制作をするにあたってまずコミュニケーションができないと、鳴らした音に対しての会話もできないと思って。最初は「何がいいんじゃ?」って感じでまったくわからなくて、何十周も聴いたんです。その後また、自分の好きな曲を聴いたりして期間を空けたら、なんか逆に聴きたくなってきちゃったんですよね。マイナー・スレットを、特に。「この気持ち、何だろう? これってバンド・サウンド? もしかしてアンサンブル?」みたいな感じで未だに解明できていないんですけど、それから音楽の聴き方が変わった感じがします。視野を広げて曲の全体像をひとまとまりとして上から見下ろせるようになったかもしれません。

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あんまり家庭環境がよくなかったんですよね。たぶんずっとさみしかったんだと思います。そこがはじまりで。その頃から他人に対する違和感とか、どこまでいってもわかりあえないとか、自分は何もできないんだって無力感が。友だちを失ったことをきっかけに、もうこれは自分を一回死なせるしかない、と思って。

話は戻りますが、札幌から京都に移られたのはいつ頃でしたか?

YT:高校卒業後です。札幌にいた頃の私は、ロボットみたいだった。京都に来てからは、肌馴染みがすごくよかったです。何もしなくてもスッと浸透してきて。とても心地よい場所です。

大学卒業後は就職して働いていらっしゃって、ご自身でバンドをやらずに友人の演奏を見たり聴いたりしていたそうですね。

YT:そうです。オリジナル曲をやるってすごい、ハードルが高いな、自分なんか……ってずーっと思っていました。恥ずかしい、自分の曲なんて他人に聴かせられないって。自信がなかったんですね。なので、オリジナルをやっている人たちが羨ましかったです。それとは裏腹に、(小声で)「私、たぶんもっといい曲が書けるんじゃかな~……」って思ったりもしていました(笑)。ただそう考えるだけで、「形にすること自体がすごいんだ」とか、自分のなかでいろんな思いが対立していて。

ただ、表現欲求のようなものが溜まっていたということですよね。

YT:たぶんそうですね。昔からそうで。中学の同級生がみんなすごく勉強していて、自分も勉強させられていたけど、一番になるのは絶対に無理だったんです。それでいつも劣等感を覚えていて、「何だったら勝てるんだろう? 勝ちたい」とずっと思っていて。負けず嫌いなのかも。なので、自分は表現……かっこよく言っちゃえば「芸術」みたいなののほうが得意かもしれない、とは思ってました。

苦しかったですか?

YT:いや、苦しさはなかったですね。もやもやはしていました。芸術をうんとやれる環境に身を置いてみたかった自分もいたけれど、どうしてもそれを口に出せなかったです。もやもやがずっとあって、あることをきっかけに「もういいや。誰に何を思われてもいい」と自分で決めたときの決意はすごかったです。

『MUSICA』2024年4月号でのインタヴューでそのあたりのことを深いところまでお話しされていましたが、人間関係のトラブルで友人を失って苦しみから抜けだせなくなった、とおっしゃっていましたね。それも同じ頃ですか?

YT:まさにそのタイミングでした。ものすごい喪失感があったんです。それを埋めるために……必死で埋めたくて埋めたくて、がむしゃらに音楽をやりはじめたのかもしれません。ここにいたらダメだ、私は自分の力で自分を変えなきゃいけないってそのときに強く思って。誰も私のことを知らない場所と状態ではじめてみようって。

自作曲のデモ作りもそのタイミングではじめたんですか?

YT:急にやりはじめました。“111511” が初めてつくった曲で、そこからすべてがはじまりました。打ち込みもやったことなかったけど、なんとなく感覚でやってみて。すごい意味のわからないフィルとか、めっちゃ入ってましたし(笑)。

『Underlight & Aftertime』はその “111511” や “mizu ni naru” のような初期の曲が中盤から後半にかけて置かれていて、構成にストーリーが感じられました。

YT:そうですね。アルバムという作品をつくるなかで、流れは大事かなと思っています。意味は後づけかもしれないけど、直感的にこの流れがいいなと。

富樫さんがメンバーを募集してバンドを組んだ際の動機に、「作品づくりをしたい」というのがあったそうですね。その起点が、downtの作品にはよく表れていると思います。インタールードを複数入れることで、構成されたひとまとまりの作品をつくろうという意志が強く感じられるんです。

YT:私――私だけじゃなくメンバーもそうかもですけど、シングルってあんまり聴かないかもしれないです。
 一曲を聴いただけじゃ感じられないもの、アルバムを通して聴いたときにだけ感じられるものが絶対にあると思うので。「SAKANA e.p.」もですけど、聴いてそういうものを感じられるところまで作品を持っていきたいと思っています。

「ライヴで大きな音を出したい」ではなく「作品をつくりたい」という気持ちが根っこにあることが、富樫さんとdowntの魅力に繋がっていると思うんです。

YT:人前に立つのが得意ではないかな……。
 バンドをはじめる前は特にそうで、いまだにライヴがそんなに好きじゃなくて慣れないんですけど。根本的につねに不安と手を繋いでいてしまっているんですよね。だからこそなのか、作品として形になったものを残してみたいという思い入れが強かったんじゃないかなと思います。ライヴはやらなくていいかなっていう気持ちもあったし。
 でも、最近はライヴをするのも楽しくなってきたかもしれない。気のせいかもしれない。

また話を戻しますが、富樫さんが決意をして京都から東京に出てきたことは、人生をリセットしたことに近いと思うんです。その決断はご自身にとってよかったと思いますか?

YT:すごくよかったと思います。私たぶん、あのときに一回死んでるんですよね。いまもう一度生き直そうとしているので、生き直せてよかったと思います。こうなるって未来はまったく予測していなかったし、「大丈夫かな? 急に死ぬかな?」って思っています。

結成からまだ3年なので、バンドの成長や拡大がハイ・ペースではありますよね。

YT:なので、つねにギリギリで生きています。踏み出してよかったです。ずっと踏み出せなかったので、怖くて怖くて。あのとき、踏み出した自分を「よくやりました」ってほめてあげたいです。まあ、あのときの自分はもう死んでるんですけど。

過去の富樫さんを葬る以前、いちばん嫌だったことって何でしたか?

YT:……幼少期まで戻ってしまうと、あんまり家庭環境がよくなかったんですよね。父と母の関係とか、母がずっと働きづめだったとか。それで、たぶんずっとさみしかったんだと思います。でもそれを母にも言えない、兄もいたけど言えなかった。恥ずかしかったんです。そこがはじまりで。その頃から他人に対する違和感とか、どこまでいってもわかりあえないとか、そういう思いがありました。自分は何もできないんだって無力感がすごくあったんです。友だちを失ったことをきっかけに、もうこれは自分を一回死なせるしかない、と思って。あんな行動力は、たぶんもう出せないと思います。っていうぐらい、そのときのエネルギーはすごかったです。「生前」はそんな感じでした。

音楽をやることでその違和感、無力感、喪失感に抗っている?

YT:きっと元に戻らないことには気づいて。それが音楽をやることによってちょっと楽になれた部分はありました。空いた穴のなかには黒くて重たい錘があって。その重さと等しいくらい外に向かおうとするエネルギーは持っているんですけど、そこからはみ出ることはなくて、円の縁をずっとぐるぐる回っているような感じ。どこに行きつくわけでもないから、抗っているのとはちがうかもしれない。エネルギーを保持してバランスを取り続けるものが音楽なのかもしれないです。

前に何かがあってそれを掴もうとしているんじゃなくて、後ろにある美しさみたいなのを引っ張り出そうとしている気がします。アルバムのタイトルもそうで、日が昇って沈んでを繰り返しているような。

「リスナーやオーディエンスの反応は気にしないで制作している」とおっしゃっていましたが、今回これまででいちばん大きな規模で作品をリリースして、ご自身の作品が他人に聴かれていることについてはどう感じていますか?

YT:「誰かのために」を目的にしているわけではないけれど、作品を聴いてもらえるのは、もちろん嬉しいです。一方で恥ずかしかったり、そこに踏みこむのがまだ怖い自分もいると思います。自分が納得できる音源をつくりたいと思っていますが、制約があったり、リミッターがかかっちゃったり、100%のものが出せているかというとちがうかもしれない。自分がそれに納得できていない部分もあるけど、誰かが聴いてくれて「よかった」って言ってくれたり、いろんな意見を聞いたりすると、「これはこれでよかったのかな」、「やってよかったのかな」と思えたりもします。自分のなかに閉じ込め続けていると息ができなくなってしまいそうになるから。少し換気できるかな。

先日のライヴで共演された穂ノ佳さんも、downtのファンなんですよね。

YT:穂ノ佳が「好きです」って話しかけてくれて、そこからの縁です。私も穂ノ佳の音源を聴いて「好き!」ってすぐに感じました。トキメキを覚えています。だから、そういうアーティストと一緒にライヴができて嬉しかったし、とてもしあわせでした。やっている音楽は全然ちがうかもしれないですけど、第六感的なものが動いていたような気はしました……。

過去の富樫さんを葬って東京でゼロからリスタートし、バンドをはじめて、その穂ノ佳さんや、くだらない1日のような仲間も増えたと思います。ご自身にとって急激な変化だったのではないでしょうか?

YT:ライヴハウスに行けば知っている人がいっぱいいるし、「これってどこまでが友だちなの?」って最初は思っちゃいました。人との関わりがものすごい勢いで増えていくことを一度に処理しきれない自分がいて――昔の性格を引きずっているんだと思うんですけど。急激な変化に追いつけなかった自分がいて、いまも追いつけているわけじゃないし、不器用な部分がいっぱいあるんです。変化が激しくなって、それに追いつこうとすればするほど、より家にひきこもりたがる自分がいて。でも最近はそんなこともなく、人ともっと話そうと思ったりしています。それこそ、昔はほぼありえなかったけど自分から誘ってみる、とか。

ただ、このアルバムを聴いていても思うのですが、孤独感や閉塞感は富樫さんやdowntの表現に通底してあると思うんですよ。それこそが作家性や個性でもあるのですが。

YT:ちっちゃいときからそうなんだと思います。怖いものを排除したがるというか、シャッターを下ろしちゃう性格なので。好奇心はあるけど傷つきたくないから触れられなくて、「傷つくぐらいだったら」とシャッターを下ろしてしまう。そういう性格を形成してきちゃったので、たぶんそれは変わらない。自分はそこで止まっちゃってるんです。ずっとさみしいですし。ずっとさみしいのに、そこに帰っていく自分がいる。

その部分が創作のモチベーションやベースになっていると思いますか?

YT:ベースにはなっていますね、確実に。埋まらないものをずっと埋めようとしているというか。モチベーションは季節を感じつづけることです。

アルバムの構成の話を先ほどしましたが、“mizu ni naru” や “111511” のような初期の曲が中盤から後半にかけて配置されている流れは、バンドのスタート地点に戻っていくように感じられるんです。新しい曲が前半にあるのですが、そこから富樫さんが生き直しをはじめた古い曲がある場所にだんだん戻っていく構成というか。

YT:たぶん、前に何かがあってそれを掴もうとしているんじゃなくて、後ろにある美しさみたいなのを引っ張り出そうとしている気がします。アルバムのタイトルもそうで、日が昇って沈んでを繰り返しているような。
 私はずっとそこにいたいんでしょうね。“13月” という曲もそうで、ずっと居心地のよい場所にいたい、それが続けばいいなって思ってる。身体で感じる時間軸のなかでは不可能なものでも、空想をできるだけ輪郭のあるものに再現することによって可能になるというか。たぶん、そういう居場所を自分でつくりあげようとしているのかもしれないです。そこからちょっとはみ出るとき、前に進もうとするときもあるけど、結局元に戻っていくんだなって。

まさにループしている作品だと思いました。前半の方が暗くて後半の方が明るく感じられるので、夜明けに向かっていくんだけど、冒頭の暗闇にまた戻っていくループ感があります。

YT:ちょっと明るくなりかけるんだけど、やっぱり暗いとこが好きなんじゃない? みたいな。元いた場所に引っ張られていく感じですね。

そういえば、「笑うのが苦手だったけど、バンドを始めてから笑うようになった」ともおっしゃっていましたよね。

YT:昔はほんとに笑えませんでした。誰かを見て、「何が面白くてこの人は笑っているんだろう?」とか考えたり――以前の自分が本当に怖いんですけど(笑)。いまはみんなに笑っていてほしいし、自分も笑いたいし、みんなが笑顔になる話を聞くのが好きです。以前と比べてすごく明るくなったと思います。「大丈夫?」って心配されるぐらい暗かったし、子どもの頃は変な漫画を描いていたし……。音楽をはじめて、ほんとに変わりました。いまは楽しいです。

ギアがローに突然変わってめちゃくちゃ暗い方にいく、そういう表現に向かう可能性もありますか?

YT:全然あります。つねにそうやってもがきながら生きているので。

闇落ちしたdowntの音楽も聴いてみたいですね(笑)。本日はありがとうございました。

 

interview with Keiji Haino - ele-king

 灰野敬二さん(以下、敬称略)の伝記本執筆のためにおこなってきたインタヴューの中から、編集前の素の対話を公開するシリーズの3回目。今回は、灰野の初の電子音楽作品『天乃川』についての回想。『天乃川』は宇川直宏が主宰するインディ・レーベル〈Mom'n'DaD〉から93年にリリースされたソロ・アルバムだが、実際に録音されたのは73年だった。流行とは無関係のあの特異な作品がどのようにして作られたのか、そして制作から20年の時を経て世に出るまでの経緯について、語ってもらった。

宇川くんの〈Mom'n'DaD〉から出た『天乃川』は73年のライヴ音源ですよね。


『天乃川』

灰野敬二(以下、灰野):ロスト・アラーフがまだぎりぎり続いていた頃、京都でやったソロ・ライヴの記録だね。機材を全部一人で持って行って大変だった。昔は両方の手でそれぞれ20キロずつの荷物を現場まで持っていってたからね。ある時なんか、右の肩にサックスをかけ、背中にチェロを背負い、旧式の重いテープ・エコーなどエフェクター類とギターを手に持って移動したこともあった。

京都でやった経緯は?

灰野:確か、ダムハウス(本シリーズ第1回で紹介)で知り合った後、何度か連絡を取り合っていた人からのお誘いだったと思う。当時はジャズやブルースにどっぷりだっけど、エレクトロニクスに対する興味も強まっており、どうせだったらそれでやってみようと思ったんだ。

音を聴いただけではわからないんですが、どういう機材を使ったんですか?

灰野:実は、メインの楽器は生のアップライトピアノなの。ものすごく速い演奏をしているし、しかもディレイをかなり深くかけているから、ちょっと聴いただけではわからないと思うけど、よーく聴くと、ちゃんとピアノの音が聴こえるはずだよ。で、そのピアノの音を電子的に変調させている。ピアノの中に仕込んだ1本のマイクでは、ファズ、ファズワウ、エコー・チェンバーをかけて音をループ状にして出し、もう1本のマイクではエレクトリック・ハーモニック社のシーケンサー・アナライザーを使ってピッチを変化させた。あと、電子オルガンの基盤部分を発信機として使っているし、ヴォイスとコブラの笛(プーンギ)とリズム・マシーンの音も重ねている。
 コブラの笛からはダブル・リード付きの管が2本出ているんだけど、その1本のリードは自分でリードを削って音色を変えていた。リズム・マシーンは、昔のすごくシンプルというかチープなやつね。それのシンバルのボタンをガムテープで固定して、ずっと高速でオンにしたままでテープ・エコーをかけている。
 エレクトリック・ハーモニック社のシーケンサー・アナライザーは当時、ロスト・アラーフにちょっとだけ在籍していたベイシストに教えてもらったもので、画期的な機材だった。今中古で買うと、かなりするんじゃないかな。コントロールするのが難しいから、使っている人は当時もほとんどいなかったけど、ゴングの初期のアルバムなどでは使われてるよ。


『天乃川』

かなり手のこんだパフォーマンスだったんですね。

灰野:うん、自宅でかなり時間をかけて準備して、ライヴに臨んだからね。だんだん思い出してきた……マイクは少なくとも3本あったはず。歌っている時、なぜか足も使っていた。身体全部でやった記憶がある。もしかしたら、リズム・マシーンのガムテープがはがれないように、ずっと足で押さえつけていたのかもしれない。だから、すごくカッコ悪い体勢で演奏していたと思う。あの頃、エレクトロニクスにもっと本格的に取り組んでいたらミキサーを買ってたと思うけど、まだそこまでは行ってなかったし、なにしろ高価で、個人で宅録に使えるような手頃なものはまだなかった。だから今でも残念なんだけど、エコーのかかっていない楽器もあったんだ。もしミキサーを使って、エフェクターを全部かませていたら、音色も統一できただろうに。でも反対に、音色がばらついていたから、妙に生々しい音になったんだとも思うけどね。

非常に独創的なサウンドですよね。これが73年のソロ・ライヴの音だとは思えない。今聴いても、刺激的です。

灰野:オーレン・アンバーチも、「一体どうやってあのサウンドは作ったんだ。うちで出したい」と言って、2016年にはLPで再発してくれた。

その時のお客はどれくらいいたんですか?

灰野:10人もいなかったと思う。その企画した友達が集客してくれたから、きっと大半が彼の知り合いだったんじゃないかな。


『天乃川』で使用した電子オルガンの基盤部分

そもそもなぜ、エレクトロニクスへの興味が強まったんでしょう。何かきっかけがあったんですか? 

灰野:それはよく憶えていないんだけど…たぶん楽器屋のセールで安い機材を買ったことだったんじゃないかな。リズム・ボックスとか。

レコードは? タンジェリン・ドリームなどジャーマン・ロックとか。

灰野:その可能性もあるね。3作目の『Zeit』(72年)とか4作目『Atem』(73年) あたりは聴いていたし。あるいはシュトックハウゼンなどの現代音楽系の電子音楽とか。当時からロックだろうが現代音楽だろうが、自分の知らないものは区別なく関心を持って聴いていたからね。キーボードを入手したのは、テリー・ライリーがきっかけだった気もするな。BYG盤のGerm, Terry Riley, Pierre Mariétan『Keyboard Study 2 / Initiative 1 (+ Systèmes)』(70年) ね。当時、テリー・ライリーのアルバムで日本で手軽に入手できるのはあれしかなかった。もっとも、あのアルバムからは特に影響は受けなかったし、あまり興味もなかったけどね。

未発表音源をまとめた4枚組ボックス『魂の純愛』(95年)にも、70年代の宅録エレクトロニクス作品が収録されてましたよね。

灰野:そう、あの音源の方が『天乃川』よりも半年ぐらい前なんだ。だから、あれが俺の電子音楽の原点だね。『魂の純愛』に入っているエレクトロニクス作品を作った時は、入力レヴェルが大きすぎた上に、エフェクター類をむちゃくちゃぶち込んじゃったのでテープ・レコーダーが壊れたんだった。当時はレッド・ゾーンなんて知ったこっちゃなかったし。自宅で多重録音をやり始めたのは、そのちょっと前だったから、72年頃かな。『魂の純愛』には、クラリネットとヴァイオリンの多重録音曲も入っているし。あの頃は、発信機やテレコでどういうことができるのか、いろいろ実験していた。


『魂の純愛』

そのテープ・レコーダーというのは、カセット?

灰野:いや、もちろん家庭用のオープン・リール・レコーダーだよ。録音した音をスピーカーから流しながら、演奏を重ねていく。途中でテープ走行がおかしくなったりテープがよじれたりすると止めて、ピンチローラーを洗浄したりと、かなり大変な作業だった。だから逆に、今のエレクトロニクス機材は嫌いなんだよ。苦労しないで、簡単に音を作れるから。とは言っても、テープの切り貼りまではやらなかったけどね。あの頃もし、ロック・バンドはやーめた、となってたら本格的にエレクトロニクス音楽やっていたかもしれないね。

カセット・テープのマルチ・トラック・レコーダーを手軽に買えるようになったのは70年代末期でしたよね。

灰野:そうだね。その頃、俺も買って1年ぐらい使ってたけど、レヴェル調整とかがすごくストレスなので、すぐに使うのを止めた。ああいう作業は、俺にとってはロックじゃないし、何よりも、あの安易さが嫌だった。

『天乃川』のソロ・ライヴも、オープン・リール・レコーダーで録音したんですか?

灰野:いや、カセットだよ。70年代の半ばに一度、そのカセットを間章さんに預けたことがあった。彼がヨーロッパに行くので、何かチャンスがあるかもしれないと思って。で、彼がロンドンのヴァージン・レコード本社に行った時、たまたまクラウス・シュルツェに会ったので、そのカセットを彼に聴かせたら、ものすごく関心を持ったそうだ。彼曰く「青ざめていた」と(笑)。でも間さんはなにしろ話を盛る人だったし、ヨーロッパ滞在中にそのカセットを紛失しちゃったんだ。だから、俺の怒りをなだめるためにそんなお世辞を言ったのかもしれない。

当時は間章さんとかなり親密なつきあいだったんですよね。

灰野:そうだね。73~74年は俺はヨガに熱心で、人と会うことはほとんどなかった。それこそ、よく会っていたのは間さんぐらいだった。彼との会話は面白かったからね。月に1~2回は会っていたんじゃないかな。いつも渋谷の名曲喫茶「らんぶる」で。そういう時に、これを誰かに聴いてほしいと言って『天乃川』のカセットを渡したんだったと思う。

では、結局93年に〈Mom'n'DaD〉から『天乃川』を出す時は、音源はどこから調達したんですか?

灰野:紆余曲折あってね……間さんが無くしたと思っていたカセットは、ちょっと後に、カバンの底にあったと言って返してくれたんだけど、その後、今度は俺がフランスで盗まれたんだ。92年5月末から7月頭にかけてヨーロッパでライヴ・ツアーをやり、フランスではクリストフ・シャルルが仕切ってくれた。ヨーロッパでも関係者に聴かせたいと思って、俺はそのカセットを持って行ってたんだけど、それが入った荷物をニースで盗まれたの。8個あった荷物を全部。警察にも届けたけど、窃盗集団の仕業なので、もう出てこないと言われた。現金とパスポートだけは身につけていたから帰国できたんだけど。
 だから、その時点でマスター音源のカセットは永遠に消えたわけ。でも、その10年ほど前に、ピナコテカで1stソロ・アルバム『わたしだけ?』を作る時、ピナコテカの佐藤隆史くんが『天乃川』のカセット音源をオープン・リールにダビングしてくれたんだよ。ピナコテカから出すアルバムの候補として、最初に俺が『天乃川』を提案していたから。そのテープを佐藤くんがちゃんと保管してくれていたから、〈Mom'n'DaD〉で出せたの。

〈Mom'n'DaD〉の宇川くんには、灰野さんからアプロウチしたんですか?

灰野:いや、〈Mom'n'DaD〉からハナタラシ(92年) やマジカル・パワー・マコ(93年) が出た少し後、突然彼が「ファンです」と会いに来た。そして「灰野さん、何か出しましょうよ」と。始めは、ロスト・アラーフの〈幻野祭〉での完全版を出そうと思ったんだけど、当時俺の手元にあった〈幻野祭〉のライヴ音源は状態がイマイチで、迫力に欠けた。で、この音源のことを思い出して彼に聴かせたら「これです!」と一発で気に入った。

『天乃川』というタイトルは宇川くんがつけたんですか?

灰野:あれは作った当時から俺がつけていたものだよ。真っ暗な中にキラキラしたものが流れている感じがするから。面白いことに天の川って宇宙の川で、宇川も宇宙の川なんだよね。偶然だけど。そういう意味でも〈Mom'n'DaD〉にふさわしい。

間さんに渡し、ピナコテカの佐藤さんにも提案し、宇川くんにも聴かせたということは、灰野さん自身、この音源には20年間ずっと強い愛着があったわけですよね?

灰野:もちろん。自信作だったし、思い入れも強かった。俺は元々、レコードを作ることは好きじゃなかった。音楽は一瞬で消えるものだと言いながらもレコードを作るってのは矛盾していると思っていたから。でも、あれ(『天乃川』)だったらいいんじゃないかという気持ちが最初からあった。あと、『天乃川』があったからこそ最初の『わたしだけ?』も納得いくまで時間をかけて完成させられたのかもしれない。実際、『わたしだけ?』はジャケット写真の件で写真家の佐藤ジンさんと揉めにもめて、リリースも1年近く延び、もうやめようかなという状況にもなったしね。そういう時にも、『天乃川』が心の支えになっていたんだよ。

そういう自信作だったにもかかわらず、エレクトロニクスでの作業は、その後長いこと途絶えましたね。

灰野:ある意味、『天乃川』はフィニッシュだったんだよ。自分の中でのエレクトロニク・ミュージックとしては。近年、俺はエア・シンセを使っているけど、あれは形態の違うデジタル・サウンドだしね。センサーを使って音を出すなんて70年代当時は考えもしなかった。テルミンもオンド・マルトノも、ものすごく高価だったし。当時もしそういう楽器が手軽に入手できていたら、真っ先にやっていたかもしれないね。
 あと、『天乃川』の後エレクトロニクスを使わなくなった背景には、ヤニス・クセナキスの存在があるの。70年代に彼の電子音楽作品をいろいろ聴いて、電子音楽はもうこれでいいんじゃない? という思いが強まった。特に『ペルセポリス』は圧巻だよね。ついでに言うと、72年にEL&Pの初来日公演を観てがっかりしたこともちょっと関係あるかな。その時、キース・エマーソンはすごく高価で巨大なシンセサイザーを使っていたんだけど、そのシンセから出てくるのはピョ~ンピョ~ンみたいな、俺にとってはつまらない音ばかりで、あきれちゃったんだよね。


『わたしだけ?』
米Black Editions からの2017年再発LP

Adrian Sherwood presents Dub Sessions 2024 - ele-king

   ダブはいまや、立派にひとつのジャンルであり、それ自体が膨張する宇宙だ。近々、エレキングからはダブの創始者キング・タビーのミステリアスな人生に迫った世界初の評伝(鈴木孝弥訳)、そして、われらテクノ世代以降の、もっと広い意味でのダブのガイド本(河村祐介監修)の2冊を出すということで、ダブね、素晴らしい、大好き、いつ聴いてもほんとに最高。いや、ほんとに、これほどどんな時代に聴いてもナイスな音楽はない。家のなかでダブに浸っていたいときもあるしさ……そういうわけで、ここへ来て朗報です。最強のメンツを揃えて、シャーウッド主催のダブ・ナイト「DUB SESSIONS」が2024年も開かれる。今年は名古屋も加わり、9/12(木)梅田CLUB QUATTRO、9/13(金)名古屋ReNY limited、9/14(土)渋谷O-EASTの3公演が開催。マッシヴ・アタックの諸作でお馴染みの、エレキング的には王様のレゲエ・シンガー、ホレス・アンディと、そしてポスト・パンク時代にもっとも重要な影響を残した、これまた先駆的なダブ・バンド、クリエイション・レベルのライヴ、こんな豪華なメンツ、この先いつ見られるかわかりません。さらにシャーウッドによるDJセットも堪能できると。「あのね、お父さん/お母さんはね、あの夜、ホレス・アンディとクリエイション・レベルのライヴに行ってストーンしたんだよ」と、将来こどもに自慢できます。行詳細は下記より。

濃厚ダブセッションを再び!
ホレス・アンディ、クリエイション・レベルを擁し、
ON-U Sound DUB SESSIONS 2024開催決定!

ADRIAN SHERWOOD PRESENTS
DUB SESSIONS 2024

featuring
HORACE ANDY - live mixed by ADRIAN SHERWOOD
CREATION REBEL - live dub mixed by ADRIAN SHERWOOD
ADRIAN SHERWOOD (DJ SET)
and more

OSAKA - 09.12(THU) Umeda CLUB QUATTRO
NAGOYA - 09.13(FRI) ReNY limited
TOKYO - 09.14(SAT) O-EAST

OPEN/START 18:00 前売:8,500円(税込 / 別途1ドリンク代 / オールスタンディング) ※未就学児童入場不可

UKダブの総帥エイドリアン・シャーウッドが今年も帰って来る! 昨年アフリカン・ヘッド・チャージと共に来日し、GEZANを迎え、東京~大阪でDUB SESSION2023を開催、その直後にはDJとして札幌、岡山、新宿を回り、日本各地でDUB旋風を巻き起こしたのも記憶に新しい。しかも今回は、伝説的レゲエシンガー、ホレス・アンディと、そして更に自身のレーベル〈ON-U Sound〉の出発点とも言える伝説的バンド、クリエイション・レベルと共に日本にやって来るのだ!!

ジャマイカン・シンガーの至宝として燦然とその歴史にその名を残すホレス・アンディ。90年代以降のマッシブ・アタックにおけるボーカリストとしての特筆すべき活動も経て、レゲエ・クラシックのみならず数多くの名曲を生み出してきた伝説そのものといっていい存在だ。2022年には〈ON-U Sound〉から『Midnight Rocker』とそのダブ・アルバム『Midnight Scorchers』をリリースし、レゲエ・アルバムとしては近年まれにみる高評価を得た。

そして、クルーシャル・トニー(G)、エスキモー・フォックス(Ds)、ランキン・マグー(Perc)の3名の初期メンバーを含むクリエーション・レベル。昨年40年振りに届けられたアルバム『Hostile Environment』は、DJ Mag、The Quietus、The Wire、その他多くのメディアによって、2023年を代表する一枚として賞賛された。今年に入ると〈On-U〉の前身となるレーベル〈Hitrun〉や〈4D Rhythms〉からリリースされたアルバムを含む計5アルバムがCDとヴァイナルで再発。マニアックなファンのみならず若い音楽ファンにも70年代後期~80年代初頭の斬新なDUBの衝撃波を伝えた。

今回のジャパンツアーでは、クリエイション・レベルはバンド5人に加え3人のホーン隊の編成でライブを行い、更にはホレス・アンディがクリエイション・レベル+ホーン隊をバックに自身のセットを行いミラクル・ヴォイスを披露する。そしてライブDUBミックスは、もちろんエイドリアン・シャーウッド。更に更にエイドリアンが自身のDJセットも行いDUBを炸裂させることも忘れてはいけない。何たる奇跡の夜!こんな体験、見逃す手はない!
【TICKETS チケット詳細】
前売¥8,500(税込/別途1ドリンク代 /オールスタンディング) ※整理番号付 ※未就学児童入場不可

先行発売:
★BEATINK主催者WEB先行:5/10(fri)10:00 → [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]

★イープラス・プレイガイド最速先行受付:5/11(sat)10:00~5/15(wed)23:59
 → [https://eplus.jp/dubsessions2024/]

[東京] イープラス・プレオーダー、LAWSONプレリクエスト:5/16~5/19
[大阪] イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ 、LAWSONプレリクエスト:5/16(木)10:00-5/20(月)23:59
QUATTRO web先行:5/18(土)12:00-5/20(月)23:59
[名古屋] イープラス・プレオーダー、ぴあプレリザーブ、LAWSONプレリクエスト:5/16(木)12:00-5/20(月)23:59

一般発売:5月25日(土)10:00~

[東京]
イープラス [https://eplus.jp/dubsessions2024/]
LAWSON TICKET (L:72365) [https://l-tike.com/dubsessions2024/]
BEATINK [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]
INFO: BEATINK www.beatink.com

[大阪]
イープラス [https://eplus.jp/dubsessions2024/]
チケットぴあ (P:270-870) [https://w.pia.jp/t/dubsessions2024/]、LAWSON TICKET (L:53380) [https://l-tike.com/dubsessions2024/]
BEATINK [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]
INFO: SMASH WEST 06-6535-5569 [https://smash-jpn.com/]

[名古屋]
イープラス [https://eplus.jp/dubsessions2024/]
チケットぴあ (P:270-951) [https://w.pia.jp/t/dubsessions2024/]、LAWSON TICKET (L:43138) [https://l-tike.com/dubsessions2024/]
BEATINK [https://beatink.zaiko.io/e/dubsessions2024]
INFO: JAILHOUSE 052-936-6041 www.jailhouse.jp
------------------------------------------
INFO: WWW.BEATINK.COM

label: On-U Sound / Beat Records
artist: Horace Andy
title: Midnight Rocker

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12365

TRACKLISTING:
01. This Must Be Hell
02. Easy Money
03. Safe From Harm
04. Watch Over Them
05. Materialist
06. Today Is Right Here
07. Try Love
08. Rock To Sleep
09. Careful
10. Mr Bassie
11. My Guiding Star (Bonus Track)

label: On-U Sound / Beat Records
artist: Horace Andy
title: Midnight Scorchers

BEATINK.COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=12905

TRACKLISTING
01. Come After Midnight
02. Midnight Scorcher
03. Away With The Gun And Knife
04. Dirty Money Business
05. Sleepy’s Night Cap
06. Feverish
07. Ain’t No Love In The Heart Of The City
08. Dub Guidance
09. More Bassy
10. Hell And Back
11. Carefully (Bonus Track)

label: On-U Sound
artist: Creation Rebel
title: Hostile Environment

BEATINK>COM:
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13571

TRACKLISTING
01. Swiftly (The Right One)
02. Stonebridge Warrior
03. Under Pressure
04. That’s More Like It
05. Jubilee Clock
06. This Thinking Feeling
07. Whatever It Takes
08. Salutation Gardens
09. Crown Hill Road
10. The Peoples’ Sound (Tribute To Daddy Vego)
11. Off The Spectrum *CD Bonus Track

interview with Sofia Kourtesis - ele-king

 パンデミックを乗り越えて Outlier(アウトライアー)がようやく日本にやってくる。2020年4月に日本での初開催が予定されていたものの入国制限により中止となってしまったため、今回が本邦初である。ボノボ自身は、2022年フジロック、2023年東京大阪 2 days で来日しているが、通常の予測範囲からずれた測定値を示す「外れ値」をタイトルにいただくパーティでの登場に期待せずにはいられない。日本初の Outlier に登場するのはボノボに加えて、初来日となるケリー・リー・オーウェンス、そして今回インタヴューをする機会を得られたソフィア・コルテシス。
 各メディアから絶賛されたアルバム『Madres』が素晴らしい作品であったことに異論はないだろうが、かくいう筆者も紙版『ele-king』2023年間ベスト企画のハウス編でセレクトした。DJコーツェやアクセル・ボーマンといったプロデューサーたちがおこなってきたメランコリックでサイケデリックなハウスやテクノを受け取りながら、独自のエッセンスで捉え直したハウス・アルバムだと思う(インタヴュー中でも触れられているが、DJコーツェが彼女のヒーローだそう)。
 自身のルーツである南米ペルーの民族音楽や大衆音楽からの影響、政治的なスタンスを音楽に持ち込む姿勢、そして、彼女の家族に起きたとても困難な状況とそこからの回復といった様々な要素が『Madres』のなかに収められていることも重要なポイントだ。
 父との死別と母の罹患、絶望的な大病と奇跡のような名医との出会い、手術の成功という喜び。『Madres』がダンス・ミュージックの機能性を高いレヴェルで保ちながら、刹那的エモーショナルとは異なる、複雑で豊かな感情が音色やメロディから伝わってくるのはそういった幾層ものレイヤーが彼女自身に備わっているからかもしれない。
 このインタヴューでは、ボノボやケリー・リー・オーウェンス、Outlier をどのように捉えているか、また DJやパーティについての考え方、そしてアルバムの成功とそれに伴った環境の変化などについて質問をおこなった。

ボノボは私のヒーロー! Outlier では彼のキュレーターのスキルがすごくユニークで、ラインナップには私が大好きなアーティスト勢がいつも揃っている。

アルバム『Madres』が成功を収めたことでDJスケジュールが忙しくなったりなど、環境の変化はありますか?

ソフィア・コルテシス(Sofia Kourtesis、以下SK):ええ。ライヴ本数が増えて、世界中を旅するようになり、ライヴ会場が以前より大きくなった。いちばん嬉しいのは、アーティスト活動と並行してやっていた仕事を辞めたこと! いまはラッキーなことに、私の音楽パートナーでもあるボーイフレンドと音楽制作に専念することができて嬉しい。家族との時間を持てるようにもなって、本当に良かった。

辞めた仕事はクラブ・ブッキングの仕事ですか?

SK:うん。ドイツにあるクラブでブッキング担当をしていた。自分が好きなバンドをブッキングできて楽しかったけど、深い時間までの仕事だから、かなりハードな仕事でね。だから、デビュー後は徐々にそのブッキング仕事は減らしていって。

これまであなたがパフォーマンスをおこなった国や都市、パーティやフェスなど印象に残っているものがあれば教えて下さい。

SK:グラストンベリー・フェスティヴァルでのライヴ・セットは、いつも最高ね。私はギリシャ人とペルー人のハーフなんだけど、グラストンベリーに出演した初のペルー人だった! バルセロナで開催されたプリマヴェーラ(Primavera)では皆がシンガロングしてくれて、ホント楽しかった! それから、ベルリンのクラブ、ベルクハイン(Berghain)でのパーティは、これまでプレイしたなかでベスト・ショウのひとつだった。

ボノボのDJや彼がキュレートする Outlier、ケリー・リー・オーウェンスなど出演者についてどのようなイメージを持っていますか?

SK:ボノボは私のヒーロー! 初めて会ったのはオーストラリアで開催されたフェスだったかな。音楽スタイルが似ていることもあり、それ以降何度か同じステージでプレイすることが増えた。人間的にも素晴らしいし、彼のライヴ・セットに参加することもあって。逆に、ボノボが私のステージに参加することもある。
 Outlier では彼のキュレーターのスキルがすごくユニークで、ラインナップには私が大好きなアーティスト勢がいつも揃っている。前回の Outlier では、DJコーツェが参加していて、彼も私にとってはヒーロー的存在! ケリー・リー・オーウェンスも大好きなDJだから、間違いなく楽しい夜になるはず!

インターネット上で確認できるあなたのプレイを聴きました。新しくなるにつれて、スタイルが変化していっていると感じました。また、ミックスのなかでフックが毎回仕込まれているのも印象的です。野暮な質問なのですが、今回の Outlier ではどのようなパフォーマンスをおこなうか考えがあったりしますか?

SK:日本は勤勉な人が多くて、街のペースが速いから……ベース音を効かせた、テンポの速い、エネルギッシュなセットになる予定。それから、私の新曲を披露するから楽しみにしててね!

辞めてしまったとはいえ、ブッカーの経験も豊かだと思いますが、自身でイベントやパーティをはじめることに興味はありますか? また、共演してみたいアーティストがいれば教えて下さい。

SK:ぜひやってみたいけど、いまのところ企画する予定はナシ。というのも、今夏に新作を発表予定で、現在は自分の作品制作の方に専念しているから。でも、今年の年末にロンドンのフォノックス(Phonox)で初のレジデンシーが決定していて。共演してみたいのは、エルッカ(Elkka)。彼女のDJスタイルは私と似ているから、またぜひバック・トゥ・バックで組んでみたい。

ベース音を効かせた、テンポの速い、エネルギッシュなセットになる予定。それから、私の新曲を披露するから楽しみにしててね!

アルバム『Madres』について質問をさせてください。タイトル曲である “Madres” をはじめ、全体にポジティヴさや優しさのようなものを感じました。本作をつくることで、セルフケアをおこなう意図もあったのでしょうか?

SK:そうね。いつもメンタル面には気を使っている。『Madres』の曲作りで自分の気持ちを表現する上でときどき迷うことがあったから、精神的に不安になったときはセラピストの所に通っていた。自分のメンタル・ヘルス面に気を配ることはとても大切。

あなたの曲はどれもメロディが印象的ですが、ビートについても興味深く感じました。楽曲を作る際のドラムやベースラインに対する考え方があれば教えていただけますか?

SK:それは、曲の雰囲気による。たとえば、メロウな曲のときはあえてベルリン・テクノやハウス寄りにしないこともある。 曲の雰囲気によって、はじまりから終わりまでの楽曲展開を決めていくから。

アルバム制作時にカリブーフォー・テットに相談したそうですが、彼らはどのようなアドヴァイスをしたのでしょうか?

SK:いいバラードを50%、エネルギッシュなクラブ・バンガーを50%制作することを教えてくれた。私もそのとおりだと思うし、重要な点ね。

そのアドヴァイスは、カリブーとフォー・テットふたりとも?

SK:うん。ふたりともとても協力的で、アーティストが自分の能力を信じるようにモチヴェーションを上げてくれる。前進できるように、いつも励ましてくれるよ。

ホモフォビアに対しての抗議活動のフィールド・レコーディング、マヌ・チャオをフィーチャーした “Estación Esperanza” など、アクティヴィストとしてのあなたも作品で表現されています。戦争や紛争など、現在の世界における困難な問題について、あなたの意見はどのようなものでしょうか?

SK:活動を通して学んだ最も重要なことのひとつは、独りよがりの人が多いこと。だから、教育が非常に重要ね。特に、私たちより前の世代は、心を開いて、自分とは異なる考え方を学ぶべきだと思う。恐怖心や宗教は、ときとして最悪の敵のようになり得るから。きちんと学び、恐れを捨てて、よりオープンで、他者を理解する優しさを持つべきだと思う。いま、紛争の酷い状況を見ても、考え方が昔に逆戻りしていて、恐ろしい。正しいことを見つけ、すべてを止めようとするために、もっとオープンに話し合い、各自が学んでいく「変化」が必要ね。いま起きていることは、一歩前進するどころか後退していて……、クレイジーだと思う。

最後の質問です。今後のリリース作品や予定など教えていただけますか?

SK:2週間後に(今夏リリースの)新作が完成予定。タイトルはまだ決まっていないけど、ほぼ完成した。コミュニティへの恩返しのようなもので、音楽を中心に私たちを結びつける愛が題材。懸命に戦っている若い世代……各自が置かれたコミュニティで勇敢に立ち向かうヒーローたちに贈るアルバム。いいアルバムになると自負しているよ。

音楽的にはバラードが50%、クラブ・バンガーが50%という割合ですか? その他、今後の予定は?

SK:うん、そのとおり。今後の予定としては、日本での Outlier 出演後にグラストンベリー、プリマヴェーラやロスキレ(Roskilde)などのフェスが予定されている。

今日は、ありがとうございました。新作を聴くこと、あなたのプレイで踊ることを楽しみにしています。

SK:こちらこそ、どうもありがとう! 初来日は2009年か2010年あたりだったと思うけど、それ以降2013年までは毎年日本へ行ってて。大好きな国だから、久しぶりに日本の皆に会えるのが待ちきれない!

BONOBO主催のクラブイベント
『OUTLIER (アウトライアー)』
いよいよ来週に迫る

●気になるタイムテーブルを発表!
●当日券情報発表!
●会場限定グッズのデザイン公開!
本日よりオンライン受注受付もスタート!

アーティスト/プロデューサーとしてグラミー賞に7度ノミネートされるなど、絶大なる人気を獲得しているボノボが主宰する世界的クラブイベント、OUTLIER(アウトライアー)。主宰BONOBO(ボノボ)に加え、海外からはいずれも初来日となるKELLY LEE OWENS(ケリー・リー・オーウェンス)、SOFIA KOURTESIS(ソフィア・コルテシス)が参戦。さらに真鍋大度、食品まつり a.k.a foodman、TRAKS BOYS、SEIHO、KATIMI AI、FRANKIE $など、エキサイティングなラインナップが集結。さらにはグラフィックデザイナー/アートディレクター、YOSHIROTTENが本公演の為に特別な映像作品を制作し参加することも決定している。

会場はO-EAST~DUO~東間屋とエリアを拡張し、豪華ラインナップを配し複数ステージ同時進行で開催される他、ナチュラルワインをメインに取り扱うNEWVALLEYが厳選したナチュラルワインとおつまみを、季節の野菜を使ったフードケータリングで人気のTORATOMICANが提供するヘルシーで美味しいバインミーサンドなどを、東間屋では気の利いたお酒も味わえる。またNEWVALLEYは朝方に人気の自家焙煎コーヒーとモーニングメニューも提供する。音楽、アート、フード&ドリンクまで、とにかく朝まで楽しめるオールナイト・パーティーとなる。

イベント開催がいよいよ来週に迫り、気になるタイムテーブルとフロアマップ、会場限定Tシャツ、当日券情報を発表! Tシャツは日本限定のデザインとなり2色展開となる。本日よりBEATINKオフィシャルサイトにて、オンライン受注受付もスタート(締切は5月26日)。


https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14085


https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14086

BONOBO PRESENTS
OUTLIER

FEATURING:
BONOBO (DJ SET)
KELLY LEE OWENS (DJ SET)
SOFIA KOURTESIS (DJ SET)
DAITO MANABE
食品まつり a.k.a FOODMAN
FRANKIE $
KATIMI AI
SEIHO
TRAKS BOYS
YOSHIROTTEN (Video Art)

VJs (at DUO):
Kazufumi Shibuya, Sogen Handa,
Yuma Matsuoka, Yuta Okuyama, 91u5

FOOD&DRINK:
NEWVALLEY (Natural wine & Food)
TORATOMICAN (Food)

公演日:2024年5月18日(土)
会場:O-EAST + DUO + AZUMAYA
OPEN/START:21:00 (オールナイト公演)
前売:¥7,200(税込)
当日券:¥8,000 (21:00より販売)
※整理番号無し
※入場時に別途1ドリンク代 ¥700
※20歳未満入場不可。入場時にIDチェック有り。必ず写真付き身分証をご持参ください。

INFO: BEATINK [ www.beatink.com] / info@beatink.com
主催・企画制作:BEATINK / SHIBUYA TELEVISION

[TICKETS]
●イープラス [ https://eplus.jp/outlier/]
●ローソンチケット[ https://l-tike.com/outlier/]
●BEATINK [ https://beatink.zaiko.io/e/outliertokyo/]

店頭販売:
●HMV record shop 渋谷
●Lighthouse Records
●ディスクユニオン渋谷クラブミュージックショップ
●ディスクユニオン下北沢クラブミュージックショップ
●ディスクユニオン新宿ソウル・ダンスミュージックショップ

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OUTLIERキャンペーン
OUTLIERの日本初上陸を記念して、4月26日より出演者の人気タイトルを対象にしたキャンペーンの開催中! 期間中にキャンペーン開催店舗にて対象商品を購入すると先着特典として『OUTLIER』ステッカーをプレゼント! ロンドンの大型会場Drumshedsにて開催された『OUTLIER』ロンドン公演にて販売されたOUTLIER Tシャツが発売が購入できる。


【Tシャツ取扱い店舗】
タワーレコード渋谷店 / HMV record shop渋谷店 / ディスクユニオン渋谷クラブミュージックショップ
上記店補ではOUTLIERトートやポスターなどが当たる店頭抽選も実施中!

【キャンペーン詳細】
キャンぺーン開催店舗にて対象商品をご購入いただくと先着で特典ステッカーをプレゼント!
キャンペーン詳細はこちら↓
BEATINK.COM / BONOBO PRESENTS OUTLIER TOKYO
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=13934

Overmono - ele-king

 それぞれテセラ、トラスとして10年以上前から活動してきたエド&トム・ラッセル兄弟によるエレクトロニック・ダンス・ユニット、オーヴァーモノ。昨年ついにファースト・アルバム『Good Lies』を送り出し、フジへの出演も話題になった彼らだけれど、いよいよ単独公演が開催されることになった。10月16日@梅田 CLUB QUATTRO、10月18日@渋谷 Spotify O-EASTの2公演──まだ少し先の話とはいえ、秋の目玉イベントになりそうなこの公演、いまから期待を膨らませておきましょう。

 レコード店〈LOS APSON?〉の開店30周年記念イベントが開催されることになった。その第一弾はラテン・シンガー、YOSHIRO広石と、横浜のプロデューサー LUVRAW(鶴岡龍)によるスプリット7インチのリリース・パーティで、7月3日、渋谷WWWにて開催。双方のライヴに加え、DJには画家の五木田智央、COMPUMA、店主ヤマベケイジ、そして思い出野郎Aチームのサモハンキンポーを、PAには内田直之を迎える。夏本番の直前、濃い時間を楽しみましょう。

イマジネーション武闘派なセレクトレコードショップ〈ロスアプソン〉の開店30周年記念イベント第一弾!
YOSHIRO広石と鶴岡龍 a.k.a. LUVRAWの競演ライブに、五木田智央×COMPUMA×ヤマベケイジの闘魂DJパーティー「GOLD DAMAGE」をフィーチャーして、遂にゴング鳴る!!!

2022年の秋にLOS APSON?とMAD LOVE RecordsのWネームでマジカル瞬間的に世に送り出した、YOSHIRO広石『それぞれの存在~Minority Pride』とLUVRAW『ANATATO』のスプリット7インチEPのリリースパーティーを、LOS APSON?の開店30周年記念イベントのひとつとして、渋谷WWWにて開催いたします!!!

御年84歳になられる、世界を驚かせた伝説の日本人ラテン歌手YOSHIRO広石と、当店の2018年間ベストでも第1位に選出済みのLOVEヴァイブ策士LUVRAWこと鶴岡龍の、それぞれのスペシャルバンドライブをメインに、画家である五木田智央、DJや音楽制作等で精力的に活動を続けるCOMPUMA、そしてLOS APSON?店主・ヤマベケイジの三人のゴルダメコアメンバーに、思い出野郎Aチームのメンバーであり、MAD LOVE Recordsの運営と、YOSHIRO広石の自伝本を刊行した焚書舎も主宰するサモハンキンポーをゲストDJとして投入して、久しぶりの復活となる「GOLD DAMAGE」をフィーチャーし、更にPA担当に内田直之を迎えて心地良い音場を作って頂き、LOVE♥桃源郷を目指します!?

どなた様もお誘い合わせの上、このレアな機会をお楽しみ下さいませ。
(山辺圭司/LOS APSON?)

――
公演タイトル:
LOS APSON? 30TH ANNIVERSARY Presents YOSHIROとLUVRAW with GOLD DAMAGE
出演:
〈LIVE〉YOSHIRO広石/鶴岡龍
〈DJ〉五木田智央/COMPUMA/ヤマベケイジ/サモハンキンポー
〈PA〉内田直之
日時:2024年7月3日(水曜日)開場/開演 18:00
会場:WWW
前売券(2024年5月8日(水曜日)18:00発売):3,300円(税込・ドリンク代別)
前売券取扱箇所:イープラス< https://eplus.jp/losapson?/ >、LOS APSON?店頭
問い合わせ先:WWW 03-5458-7685

great area - ele-king

 類は友を呼び、謎が謎を引き寄せる。いくつかのヒントが表にあって、それが時に重なり時に離れて間にあるものを浮かび上がらせる。アウトプットに絡まる気配、そんな謎のフレーバーが音楽を面白くするのだ。我々はそれを求め、追いかけ常に未知なる何かに心を奪われている。そんなことをずっと繰り返している。
 かつてそんな存在の象徴であって今なおミステリアスな香りをふりまいている女性、ディーン・ブラント・アンド・インガ・コープランドのインガ・コープランド、現在ロリーナという名義で活動している彼女のレーベル〈Relaxin Records〉に所属するグレート・エリアもまさしくそんな存在だ。ディーン・ブラント周辺の音楽がリリースされる度に、もしやこれはディーン・ブラントの別名義なのではと疑ってかかってしまうように、最初にグレート・エリアの音楽を聞いた時にロリーナが始めた新しいプロジェクトなのではという考えが頭によぎった。打ち込まれた小さく広がる空間にメランコリックなシンセサイザーの音が鳴り、それを背にして生のベースが弾かれる。所在なくつぶやかれるヴォーカルはロリーナの鼻にかかったクセのある声とは少し違っていたが、そこに漂う空気は同じように素晴らしく、ひんやりとした生々しさが心をつかんで離さなかった。2022年の年末にリリースされたEP「Follow Your Nature」にどの程度ロリーナが関わっているのかはわからないが、彼女のレーベルからリリースされたそれは新たな謎と始まりを感じさせるものだった。

 その後グレート・エリアは23年にコンピレーションに収められた“Find Out Who Is Winning And Why” をリリースする。虚無感とやるせなさを表現したようなこの曲もまた素晴らしく次の展開が今か今かと待たれた。
 そうしてついに今年24年にデビューアルバム RR7『Light Decline』がリリースされたのだ(最初のアナウンスから1ヶ月も経たないうちのリリース、このスピード感もいかにもな感じだ)。アートワークはグレート・エリア、ミックスはローリナ・リラキシンというEPと同じ体制で作られたこのアルバムを聞いて感じるのはやはりその余白の素晴らしさだ。サンプリングで作られた土台と、弾かれるベースの間に広がる時間と空間、その重なりの中に生まれた隙間に打ちひしがれたちいさな虚無とかすかな希望が宿る。それは情報過多の現代から距離をとるようなものにも感じられるが、しかし同時に俗っぽさも併せ持っている。手の届かない高みにあるものではなく、手のひらからこぼれ落ちるような日常の、心の中の空白地帯、その小さな隙間をグレート・エリアは浮かび上がらせるのだ。
 タイトル・トラック “light decline"で始まるこのアルバムはサンプルに彩られミニマムにまとめられている。全ての曲は3分に満たず、2分台の曲が6つとそこに加わるには10秒ほど足らない曲が一つ、計7曲16分のアルバムはだが決して物足りなさを感じさせことはない。ここにはせき立てられるよなビートもなければ頭を殴りつけられるような刺激もない。存在するのは空気の色を映すようなサンプリングにシンセ、ゆるやかに進むベース、ドラムマシン、そして虚無と希望の間で揺れるロウソクのような彼女の声だ。淡々とそれでいてメロディアスで、その組み合わせが心を静かに揺らしていく。気にかけて手を伸ばした瞬間に消えていくような、暗い色をまとった鮮やかな魔法、儚さや美しさ、同じトーンで進んでいく曲たちはまるでどこか遠い場所で撮られた短編映画のシーンのように機能する。虚無感に包まれたブロードキャストのような “fun”、インガ・コープランドの気配を色濃く感じる ”the laws of physics” が重なり合うように繋がって一つのイメージが描き出されていく。シンセとベースで不安に揺れる”hazards”が頭の中に引きずり続けるような気配を残し、発掘された90年代のバンドのラフなデモ・テープのような”if you stop moving you don't exist, if you fall behind you're dead” がそこにまた違ったタッチを加えていく。そんな風にして狭い部屋に響くこの小さな音楽はしんみりと深い余韻を残すのだ。

 余談になるがこのアルバムのリリースがアナウンスされた時期にグレート・エリアはバー・イタリアのサポートで北米ツアーを一緒に回っていた。ディーン・ブラントの気配をまとったミステリアスなバー・イタリアとインガ・コープランドの雰囲気を感じさせる謎の存在グレート・エリアの組み合わせはいま、考えうる最高の組み合わせではないだろうか。それが実現されたツアーにおいてグレート・エリアはロンドンのヴィジュアル・アーティスト、ジョージー・ネッテルのプロジェクトではないかとまことしやかにささやかれ、僕らはそうして2010年の〈Upset The Rhythm〉、プラグというユニットに辿り着くのだ。そうやって謎が謎を呼び、少しずつ解き明かされ過去と未来が繋がっていく(もしかしたら文脈というのはこのようにでき上がっていくものなのかもしれない)。

 虚無と希望が同時に存在するグレート・エリアの音楽は結局、その余白に何を見出すかなのだろう。受け取り、考えることを委ねられた感覚こそがポップ・ミュージックとその周辺の文化の素晴らしさだと自分は思う(そうやって受け継がれ、数年経って答えが出る)。とにもかくにももの悲しく心を揺らす、グレート・エリアは最高だ。

Kavain Wayne Space & XT - ele-king

 ジャズが、ことにビバップと呼ばれる音楽が小綺麗な室内の舞台ではなく、ときには俗悪なナイトクラブの夜の営みにおいて、酔っぱらった客を満足させ、あるいは自らの欲望を満たすことで研磨されていったというなら、それがやがて即興へと、そしてたとえば欧州に渡りインプロヴィゼーションとして発展していったとき、ある種性的な衝動や名状しがたい欲望が隠蔽され、何か高尚なものの下位へとすり替えられていったというのは、いくらなんでも言い過ぎだ。むしろ率先して、ジャズの背後にあった猥雑さや悪徳から離れていったことで生まれた遺産の多くをすでに我々は知っている。

 しかしながらシカゴのフットワークの、その原点にある衝動、その爆発力に関してはどうだろうか。まずないことだが、進歩人諸氏は、90年代半ばの〈ダンス・マニア〉というレーベルから出ている12インチを気紛れで買ったりしないことだ。ゲットー・ハウス、その数年後にはジュークとも呼ばれるシカゴのアンダーグラウンド・ダンス・ミュージックは、不適切極まりのないエネルギーが充満している。「ち●●」や「●●こ」のオンパレードなのだから、これはもうけしからんです。とはいえ、もういちど考えるのもいいかもしれない。2010年代において、ローカルは消滅し、文化が減速したと言われながら、ほとんど唯一といってくらいに革新的と言われた音楽スタイルがどれほど猥雑なところから生まれたのかを。

 RPブーという、House-O-Maticsなるシカゴの伝説的ダンサー・チームの元メンバーにして、90年代末にはフットワークの青写真を作ったDJ/プロデューサーが、英国人ふたりのインプロヴァイザー、サックス奏者のシーモア・ライトとドラマーのポール・アボットと共演したライヴ音源(しかも最初のセッションは2018年だった)があると聞いて、警戒をもって接している人間がここにいることは、もう充分にご理解いただけたことだろう。もちろん嬉しさもある。それは、フットワークの可能性が広がっているかもしれないという期待、もうひとつは、たとえばハウス・ミュージックが発展していったうえで、AOR的な展開をしたときのつまらなさを知っている人間からすると、この組み合わせに興味をそそられるのもたしかだ。また、こんにちではインプロヴィゼーションと括られる音楽が、ともすれば鼻につくような、お高くとまった世界で完結しているとしたなら、これは良い薬だ。ぼくも一緒に恍惚となれるかもしれない。

 言うまでもないことだが、この演奏でキーになるのはRPブーだ。シカゴのフットワークのあのビートは音符だけで表現できるものではない。EQを深くかけた裏拍子のクラップ、スネア、ハーフタイムのリズム、そしてサンプリングの容赦ない反復——、あまりにも特徴的なこのダンス・ミュージックの魅力をシーモア・ライトとポール・アボットはある程度は尊重しながらも逸脱させ、その混沌を抽出し、破壊的な音楽へと舵を取ろうとしている。2曲目、とくにその後半からがまったく素晴らしい。もしこのメンバーのなかに政治的なアジテイターがいようものなら、ザ・ポップ・グループもしくはザ・マフィアのパンク・ファンク・ダブの更新版と呼びたいところだ。最近では、ジャズとエレクトロニック・ダンス・ミュージックとの共演に関してはコメット・イズ・カミングが評判だが、自分の好みで言えば、まったくもってRPブーたちのこれだ。作品化されたことに感謝したい。

Kamasi Washington - ele-king

 1960年代のジョン・コルトレーン、1970年代のファラオ・サンダースと、ジャズ・サックスの巨星たちの系譜を受け継ぐカマシ・ワシントン。もはや21世紀の最重要サックス奏者へと上り詰めた感のあるカマシは、2015年の『The Epic』で我々の前に鮮烈な印象を残し、2018年の『Heaven and Earth』で今後も朽ちることのない金字塔を打ち立てた。しかし、『Heaven and Earth』以降はしばらく作品が止まってしまう。もちろん音楽活動はおこなっていて、2020年にミシェル・オバマのドキュメンタリー映画『Becoming』のサントラを担当し、ロバート・グラスパー、テラス・マーティン、ナインス・ワンダーと組んだプロジェクトのディナー・パーティーで2枚のアルバムを作り、2021年にはメタリカのカヴァー・プロジェクトであるメタリカ・ブラックリストに参加して “My Friend of Misery” をカヴァーするなど、いろいろな試みをやっている。しかし、自身の作品やアルバムのリリースは止まってしまっていて、もちろん音楽活動そのものはずっと継続しているものの、気づけば『Heaven and Earth』から6年が経っている。

 この間にはコロナのパンデミックでいろいろな活動が制限される時期があり、自身の私生活での変化など、さまざまなこともあった。そうした私生活の変化のひとつに、パンデミックのさなかに娘が誕生したことがある。パンデミックの中で子育てをするという経験は、カマシにこれまでになかった視点をもたらし、新たなスタートを切るきっかけにもなった。そうして誕生したニュー・アルバムが『Fealess Movement』である。『Fealess Movement』というアルバム・タイトルは、パンデミックがもたらした世界的な混乱や恐怖と無関係ではないだろう。そうした恐怖に対して勇気をもって立ち向かうことを暗示するタイトルだ。「前に進むためには、手放すことを厭わないこと、恐れを知らないことを選択することが必要なんだ。恐怖にしがみついていたら、前に進むことはできないからね。自分の不安を全て捨て、動き、ただ音楽に身を任せる。アルバム・タイトルには、そういう意味が込められているんだ。アルバムのテーマは様々で、曲それぞれが意味を持っている。でも全体的には、これまでの作品よりももっと、身近な日常や自分の周りの人々とのつながりに焦点が当てられていると思う」

 『Heaven and Earth』は天と地になぞった社会における理想と現実の差異を映し出したもので、宇宙的なテーマと実存的な概念に基づく中で、人種差別の問題、世の中におけるさまざまな不平等なども投影されていた。一方で『Fearless Movement』は日常的なもの、すなわち地球上の生活を探求することに焦点を当てている。そうした日常のひとつに娘との生活がある。アルバム・ジャケットにも映っている幼女がその娘で、名前はアシャというそうだが、彼女が生まれたことによってカマシ自身も変化していった。「世界全体を見る視点が変わったんだ。彼女の視点から世界を見て、物事を考えるようになった。父親になり、大切な存在が出来たことで、僕を奥へ奥へと導き、自分を見つめ直させてくれた。彼女の視点から世界を見て、物事を考えるようになったんだ。例えば、僕があまり心配しないようなことでも彼女は心配するし、彼女が恐竜に興味を持ち始めた時は、僕も恐竜好きだったのを思い出させてくれた。そうやって、人生に新しい発見、新しい視点をもたらしてくれているのが娘の存在なんだ」。アルバム2曲目の “Asha The First” は、アシャがピアノをおもちゃのように遊びながら初めて弾いていたとき、そのメロディを元に書かれたものだ。

 もうひとつ、『Fearless Movement』にこめられたキーワードにダンスがある。カマシ自身はこのアルバムを「ダンス・アルバム」と呼ぶ。実際に収録曲の “Prologue” のミュージック・ビデオには多数のダンサーたちをフィーチャーしているが、俗にいうダンス・ミュージックのアルバムということではなく、人びとの身体を動かすようなリズムを持った音楽が詰まったアルバムという意味だ。「叔母がダンサーだから、僕は子供の頃、叔母のダンス・スタジオによく行っていたんだ。その影響で、僕は表現力豊かで即興的な動きと音楽の強いコネクションを身近に見てきた。そのダンス・スタジオでは、皆がマッコイ・タイナーやジョン・コルトレーンのような音楽に合わせて踊っていたからね。だから、僕はずっと、もっと人々がそれにインスパイアされて身体を動かしたくなるような音楽を作りたいと思っていた。このアルバムのサウンドについて言葉で説明するのは難しいけれど、僕はとてもリズミカルなサウンドだと思っている。強いリズムに包まれるような、そんなサウンド。“Dream State” のようなフリー・フローの曲でさえ、リズムがたくさん盛り込まれているしね」。ダンス(舞踏)の源流を辿ると、収穫祭などで神への感謝を捧げたり、祈祷するといったころがある。ジャズという音楽はアフリカを起源とし、そのリズムにはそうした舞踏のためのものという側面もある。ジャズという音楽の舞踏という側面が、カマシの中から素直に発せられたアルバムということが言えるだろう。

 “Lesanu” という曲は2020年に亡くなったカマシの友人の名前で、そのトリビュート曲であると同時に、神への感謝の意が込められている。その友人はカマシにエチオピアの言語と聖書について教えてくれたそうで、曲の中の言葉はエチオピアの教会で使われるゲエズ語という言語で、聖歌集の一部を朗読している。古代では音楽や舞は神への捧げものであり、“Lesanu” もそうした信仰心から生まれた作品である。『The Epic』や『Heaven and Earth』でもそうした神聖なものをモチーフとした作品はあったが、『Fearless Movement』は日々の生活を通じて生まれる素直な感謝の念や感情に包まれていて、カマシの肉声に近いものが音となっている。「このアルバムは、さまざまなアイデアや、人生におけるさまざまな場所について言及している。その中でも、僕は “Lesanu” でアルバムをスタートさせたかった。なぜなら、この曲は人生に対する感謝の祈りのような曲だから。僕にとってこの曲の目的は、ただ「ありがとう」と言うことなんだ。神様、あるいは宇宙を初め、僕に今の道を与えてくれた全てへの感謝を表現した曲。僕は音楽が大好きだし、自分の人生のために音楽を作ることができていることが本当に嬉しい。その機会、そしてその機会を与えてくれている全てに僕は感謝しているんだ」。『Fearless Movement』は「ダンス・アルバム」であると同時に、「祈りのアルバム」でもある。

 アルバムにはサンダーキャット、テラス・マーティン、パトリース・クイン、ブランドン・コールマンら旧知の仲間のほか、アウトキャストのアンドレ・3000BJ・ザ・シカゴ・キッド、イングルウッドのD・スモーク、コースト・コントラのタジとラス・オースティンなど、ヒップホップやR&B系アーティストの参加が目につく。さまざまな声(アーティスト)によるさまざまな日常風景や世界を描くのが『Fearless Movement』である。「彼らはそれぞれ、異なる世界観をもたらしてくれた。僕は、それらを必要としていたんだ。例えばタジとラスは、すごく若いのに、彼らのスタイルは1990年代のヒップホップの黄金時代に繋がるものがある。僕はそれが大好きで、彼らのラップを聴いていると、僕がヒップホップを聴き始めた頃に戻ったような気分になるんだ」。
 ゲスト・アーティストそれぞれの個性を鑑み、そこに音楽的にしっくり嵌る楽曲で起用しており、単純にヒップホップ調やR&B調の楽曲を用意し、そこに無難に当て嵌めた起用とはなっていない。例えば “Dream State” にはアンドレ・3000が起用されているが、ラップではなくフルート演奏で参加している。昨年彼がリリースしたアルバム『New Blue Sun』のようなアンビエントやニュー・エイジ的な作品となっている。「僕は以前、アンドレ・3000のためにレコーディングしたことがあって、その時に彼が、何か自分にできることがあれば言ってくれ、と言ってくれたんだ。で、彼にもちろん参加してもらいたいと思ったけど、具体的に何をしてもらおうかはわからないまま数曲用意していたんだけど、彼がスタジオに来た時、フルートを持ってきてさ(笑)それを彼が吹き始めたんだけど、その瞬間、レコーディングした曲のことは忘れようと思った(笑)そのフルートを使って、一から新しい曲を作ろうと思ったんだ。だから、あの曲はそのフルートを使って即興で出来たものなんだよ。それに合わせて皆でプレイして、その瞬間で出来上がった曲なんだ」。ある意味、もっともジャズ的な即興音楽である。

 “Get Lit” にフィーチャーしたD・スモークに関しては、ラッパーでありながらも音楽的だから彼を起用したということだ。「“Get Lit” はすごく音楽的で、あの曲にラップが欲しいと思いつつも、その音楽的な部分を大事にしたかったんだ。D・スモークはピアノも弾くからその辺のセンスがあるし、ハーモニーをはじめ、ラップ以上のものをもたらしてくれた。あれはヴォーカル・パフォーマンスだったし、それはまさにあの曲が必要としていたものだったんだ」。そして、この曲にはP・ファンクの総帥であるジョージ・クリントンも参加する。近年はフライング・ロータスのフック・アップによって、ロサンゼルスの音楽シーンにおいて若い世代のファンからも身近な存在となってきているジョージ・クリントンではあるが、やはり伝説的な存在であることには変わりない。カマシにとっても今回の共演は念願が叶ったもので、カマシの音楽にファンカデリック的な世界観が見事に融合した作品となっている。「僕は、小さい頃からずっとジョージ・クリントンの大ファンなんだ。昔スヌープ・ドッグと一緒にプレイしていた頃に何度か会ったことがあって、その後も数回会う機会があったんだけど、話す機会はなかった。でも去年、彼が展覧会を開いたんだよ。僕の妹のアマニが画家で、今回のアルバムのジャケットに載っている絵を描いたのも彼女なんだけど、ジョージ・クリントンがアート・ショーをやると教えてくれてね。彼はヴィジュアル・アーティストでもあって、そっちの才能も本当に素晴らしいんだけど、そのショーで彼の作品を観て、僕は本当に驚いたし圧倒された。で、その時に、せっかくだから彼に話しかけてみて、やっと彼と話すことが出来たんだ。そして、“Get It” という彼にピッタリの曲があったから、思い切ってその曲で演奏してくれと頼んでみたら、なんと話に乗ってくれてさ。それですぐにスタジオを予約して、彼が来るのを指くわえて待ってきたら、本当に来てくれたんだ」

 『Fearless Movement』は日常的なものごとを描いていると前述したが、想像や空想もそうした日常から生まれるもので、宇宙的なモチーフの “Interstellar Peace” やSF的な “Computer Love” が非日常的な曲というわけではない。“Interstellar Peace” は盟友のブランドン・コールマンが作曲した楽曲で、日頃の彼との会話の中から広がっていった。「彼と僕は、二人とも宇宙やSFが大好きで、それについてよく話すんだ。偽りを見破り、本当の自分を見つけるためには、自分の身近にある目に見えるものを超えて、想像力を伸ばす必要がある。星間の安らぎや平穏、というのがこの曲のアイデアだった。自分の住んでいる地域、都市や国、あるいは惑星を越えた、普遍的なものを考えながら作ったのがこの曲なんだ」
 日常の中から普遍的な真理について思いを馳せた楽曲である。“Computer Love” は1980年代にクラフトワーク、ザップ、エジプシャン・ラヴァーの同名異曲があったが、カマシはこの中でザップをカヴァーしている。サップはジョージ・クリントンに見出されてPファンクの前座を務め、1980年にデビューした。ザップのリーダーであるロジャー・トラウトマンが “Computer Love” を作ったのは1985年のことだ。「ザップのこの曲を聴いた時に、この自分のヴァージョンが頭の中に聴こえたんだ。人と人とのつながりについて考えさせられたんだよ。ロジャーがこの曲を書いたのは、ある種の予言のような気がした。なぜなら、彼はあの曲で、人ではなくコンピューターを通して伝わる愛について語っているから。当時はそれが普通の状況ではなかったのに、今はそれが普通になっている。でも、現在のそのエネルギーは、彼が想像していたものとは違うんだ。コンピューターを通して、という部分は同じなんだけれど、エネルギーが違う。だから、あの歌を書きながら彼が見ていたものを、実際の今の世界のものにチューニングしたらどうなるんだろう、と思ったんだ。今、僕たちはテクノロジーによってもっと繋がることが出来ているけど、スクリーンを通してつながっていることで、実際の繋がりは薄くなっている。実際に会って繋がる、という繋がり方は減っているわけで。だから、人間らしさというものに関して考えたんだ。距離が縮まっていながら、同時に遠くもなっている。僕のヴァージョンでは、それについて描かれているんだ」。人と機械やAIの関係ではなく、現在における人間関係のあり方についての楽曲なのだ。

 『Heaven and Earth』は大がかりなオーケストレーションやコーラス隊がフィーチャーされ、ダイナミックでドラマ性に富むサウンドとなっていたが、『Fearless Movement』の楽器構成は比較的シンプルな小編成である。カマシの日常的な視点が、大がかりなものではなくコンパクトな編成、サウンドに繋がっているのだろう。「大抵の場合、僕はその曲に満足がいくまで色々と積み重ねていくような感じで曲を作っていく。そして、前回の時はそれが大きくなりオーケストレーションにつながっていったわけだけど、今回のアルバムは、曲があまりそれを必要としていなかったんだ。オーケストラ的な要素は、自分をどこか他の場所へと連れて行ってくれる。でも今回のアルバムは、その要素が要らなかった。その分、今回は他のアルバムよりもパーカッションやドラムが多いと思うね」。
 楽曲によって個々の楽器のソロが前面に出ているところもあるわけだが、特に耳につくのはロックやヘヴィ・メタル風のギター。ギターはサンダーキャットが弾く場合もあり、それ以外ではブランドン・コールマンがシンセを弾いてギター風の音色を出すこともあるそうだが、カマシ自身の “Prologue” でのサックスも、ある種ロック・コンサートにおけるギタリストのソロでの盛り上げに近いものを感じる。2021年にメタリカ・ブラックリストに参加したことも影響のひとつとなっているのだろう。「それがきっかけになったかまではわからないけど、今回はサックスでディストーションを使ったんだ。僕のアイデアで、エンジニアと一緒にいる時、なんかそれをやりたくなったんだよね。メタリカの影響も、意識まではしていないけどもしかしたらあるのかも。あのスタイルのサックスをやったのは、あの時が初めてだったから」

 この “Prologue” はアルバムの最終曲となっている。もともとはアルゼンチン・タンゴの巨匠として知られるバンドネオン奏者のアストル・ピアソラの曲だ(正式タイトルは “Prologue - Tango Apasionado”)。通常であればプロローグ(序章)はアルバムの冒頭に来るものだが、カマシは敢えてアルバムの最後にした。アルバムにある種の余韻を残すと同時に、このアルバムが何かの終わりではなく、始まりを示すものだということを暗示している。「今僕は娘がいるから、これからの世界がどんな世界であってほしい、という願望がより強くなった。多くの場合、何かの始まりは何かの終わりでもある。言い換えれば、何かが終わることで、新しい何かが始まるわけで、将来手に入れたい何かを掴むためには、今持っている何かを終え、手放す勇気が必要な時もある。僕にとってこの曲は、今あるものを手放して、次にやってくる新しい何かを掴む勇気を表現した曲なんだ」

酒井隆史(責任編集) - ele-king

 東北大震災が起きてしばらくした頃、なんとなく『十五少年漂流記』と『蝿の王』を読み返した。無人島に流れ着いた少年たちが権力をめぐって殺し合いに発展する後者と、基本的には仲良くやっていく前者という記憶があったので40年ぶりに読む『十五少年漂流記』はきれいごとにしか感じられないんじゃないかと予想しながら読み始めた。『蝿の王』は確かに印象は変わらず、『十五少年漂流記』はきれいごとどころか、仲間内に不協和音が生じたところで外敵が現れ、一気に団結が深まるという展開だったためにイスラムやロシアを敵視しなければ生き生きとしないアメリカを思い出し、攻撃性を内に向ける『蝿の王』と、外側に向ける『十五少年漂流記』という対比に印象が変わってしまった。1888年に書かれた『十五少年漂流記』は1871年に2ヶ月間だけ成立したパリ・コミューンの記憶を子ども向けの冒険小説にアレンジしたものなので、世界初の労働者自治政府やそれによって実現した社会民主主義政策の数々をフィクションにしたという側面もあり、労働運動にとっては貴重な文献の意味も持っているとはいえ、共同体のあり方として『十五少年漂流記』が構築したモデルは、少なくとも現在の世界にとってはあまり有益なものとはいえないのではないかという認識に改まったのである。

 これが、しかし、デヴィッド・グレーバーの思想を紹介する『『万物の黎明』を読む』で再度、価値観が覆った。『蝿の王』か『十五少年漂流記』か、という問いがそもそも間違いで、グレーバーのそれにならっていえば、この比較は「無人島に流れ着いた少年たちが互いに協力しあって平和的に過ごすという物語がなぜ名作として残されていないのか」という問いに変貌する。いわば内乱を肯定する『蝿の王』も、外敵を設定して挙国一致でまとまる『十五少年漂流記』も攻撃性を担保しているという意味では同じで、少年たちが平和裡に過ごすだけでは名作にならない世界に自分たちは生きているという認識がもたらされる。誰もお花畑には興味がない。『けいおん!』などという平和ボケしたアニメは無人島に舞台を移せばすぐに暴力性が発動し、内であれ、外であれ、血が流れてこそ共同体といえるものになると。

 そうなるとむしろ気になるのは『蝿の王』が昔と印象は同じだったことである。核戦争の恐怖に怯えながら1954年に書かれた『蝿の王』は1963年(冷戦初期)と1990年(冷戦終結直後)に映画化され、『漂流教室』や『ドラゴンヘッド』といったマンガに意匠替えもされ、殺し合いこそないものの「追放」というルールに置き換えられた『サバイバー』や『アイム・ア・セレブリティ』(ジョン・ライドンが出ていたやつね)といったリアリティTVの爆発的人気を通して、むしろ過剰に既視感を煽られていたのではないかという気がしてくる。「いじめはなくならない」という言い方なども同じ効果を与えてきただろう。「無人島でなくても狭いエリアに少数の人間が閉じ込められばいつしか争いになる」ことが「自然状態」であるかのようなヴィジョンがそこかしこに撒き散らされ、国家や統治機構に相当するものが人々を管理していなければ悲劇的な結末に至るというストーリーが常に上書きされてきたというか。昨年、TBSで放送された『ペンディング・トレイン』は電車ごと未来にタイムスリップするというサヴァイヴァルもので、社会における自己効力感をメイン・テーマとしていたものの、物語の後半になるとやはりグループ同士の抗争という見せ場が用意されていた。そうした要素がないと視聴者は納得しないという判断があるのだろう。

 デヴィッド・グレーバー&デヴィッド・ウェングロウ『万物の黎明』に興味を持ったのは、同書に「自然状態はなかった」という記述があると耳にしたからだった。人類が社会をつくる以前の状態を哲学者たちは「自然状態」と名付け、現代のような文明社会とは様相が異なるといって区別してきた。『蝿の王』と『十五少年漂流記』を読み返してから、この10年ほど、そのように定義されてきた「自然状態」という言葉が頭のなかでぐるぐると回り出し、「格差社会」というキーワードがそれを追って並走し始めると、この世界は適者生存のサヴァイヴァル・フィールドにしか見えなくなってくる。それこそ『ハンガー・ゲーム』や『イカゲーム』など人為的に仕掛けられたサヴァイヴァル・ゲームとして戯画化する流れや、マンガなどのタイトルには現世を通り越して「転生」や「来世」といったキーワードがあふれ、ごく普通のTV番組を観ていても「生きる」ではなく「生き残る」というフレーズが当たり前に使われている。人類は「自然状態」から「社会状態」に進歩してきたのかと思っていたら、「社会状態」がもはや「自然状態」と同じになっている。働いても働いても手取りが増えないと悲観する労働者と外国人が自分の仕事を奪うと吼えたてる右翼。弱者に向かって「終わってる」と勝ち誇る富裕層がいるかと思えば、自ら「詰んだ」と肩を落とす低所得層もそこかしこ。ホッブスによって「万人の万人における闘争」と性格づけられた「自然状態」が骨格ごとむき出しになっているイメージである。もしも、自分が原始時代に生まれていたら狩猟採集に明け暮れなければならないのは仕方がないと思うけれど、いまは原始時代ではないから、どこかしらに「蓄え」というものがあるはずで、『蝿の王』のような世界観のなかを生きていかなければいけないとはどうしても思えない。仮に「自然状態」がホッブスの考えるように闘争的なものだったとしても、そこから遠ざかるだけの豊かさを獲得してきたのが人類であり、現代文明ではないかと思うので、余計に納得がいかなかった。そこに「自然状態はなかった」と言い出した人がいるという。興味を持つなと言われても無理じゃん。

『万物の黎明』にはしかし、「人類史を根本からくつがえす」という副題がついていて、なんというか陰謀論みたいで、ライヒスビュルガーの類だったらどうしようという不安がまとわりついていた。荒俣宏監修の『世界神秘学事典』だって言ってみれば「人類史を根本からくつがえす」本だったし、『天才バカボン』や種村季弘を読んでもひっくり返るし、スティーブン・ジェイ・グールドやV・S・ラマチャンドランもひっくり返っちゃって、なんだったら北山修やエマニュエル・トッドでもひっくり返りそうな僕としてはむしろ根本からくつがえさずに地道にこつこつと研究している方が新鮮だったりするぐらいで。とはいえ、「自然状態はなかった」ってどういうこと? と会う人ごとに訊ねていたら、誰からも答えは返ってこなかったのに、どこからともなく、というか、河出書房新社から『『万物の黎明』を読む』が送られてきた。河出書房新社は『サピエンス全史』で「人類史をくつがえ」したばかりなのに、またしても「人類史を根本からくつがえ」そうとしている。こちらの副題は「人類史と文明の新たなヴィジョン」である。う~ん、やっぱりライヒスビュルガーめいているなー。『万物の黎明』というタイトルも考えてみればニューエイジを思わせる。新興宗教が豪華なパンフレットに印字しそうなタイトルだし。悩む。読むべきか読まないべきか(そうだ、ChatGTPに訊いてみよう!) 。

 おそるおそる本書を読み始めると、序文に続く監修者へのインタヴューで「自然状態はなかった」というのは本書を評したヴァージニア・ヘファーナンの言葉だと書いてあった。とはいえ、本書にそのような類のことが書いてあることは間違いないらしい。人類の歴史は巨大なモニュメントを残したヒエラルキー型の国家を中心に書き残されてきたために、平等主義でやってきた社会はなかったことのようになってしまい、歴史家の視界にはまったく入っていなかったと。僕の記憶では2000年に日経サイエンスが訳出したJ・ブレッツシュナイダーの論文で、メソポタミア文明を構成する北部の遺跡を調べると富裕層と低所得層の家が隣り合わせて建てられていることがわかり、収入格差によって住む場所が分けられるようなことはなく、意外と民主主義的だったことが判明したとされていたけれど、そういった文明の数々は悪目立ちするモニュメントを建設することがなかったために、なかったことにされてきたのだという。ハコモノ行政の鬼だった秦の始皇帝のような人物がいた共同体ばかりが歴史を構成する要素となり、それらをつなぎ合わせていくと原始的な社会から現代の文明社会へと続く「進化」の道筋があるような気がしてしまい、ヨーロッパ文明のような進歩的世界以外はみな未開と位置づけられ、それに「自然状態」のレッテルを貼ってきたというようなことだという。『万物の黎明』では、そうではなく、巨大モニュメントを建設することなく、平等主義を続けていた社会の方がむしろ文明的だったのであり、数もそっちの方が多かったのではないかと主張する。ルソーは社会契約論を構築するために人類の起源は不平等だったとする「自然状態」をいわばフィクションとして立て、そうした考えがフランス革命の理論的支柱となっていくわけだけれど、そもそもそうした「不平等から平等」へと刷新されなければいけない社会を営んできたことが例外的なことであり、多くの共同体は人類の黎明期からもっと平等だったというフィクションを新たにぶつけてきたわけである。権威型の社会がさも人類には不可欠なものだったという印象操作が働いていたのが歴史というものであり、系譜学的にいうならば、そのように書かれることで有利になる人たちがいたんでしょうと。そして、そのような進歩史観が行き詰まりを見せる現在を逆照射し、ヒエラルキー型の統治システムを必要としないアナーキズムに光が当てられていく。

 そのように言われるとなんとなく思い出すことがある。2003年にイラク反戦をテーマにサウンド・デモをやった時、最初は誰が何をやるかを決めず、適当に始めたら参加者がそれぞれに得意なことをやりだして最後まで騒ぎまくるだけで面白かったのに、これが2回、3回と続けるうちに、なんとなく得意なことを担当制にしてしまったためか、効率は上がり、デモに集まる人数も倍々で増えていったにもかかわらず、どことなく義務とか責任が生じたようになってしまい、楽しむことよりもやり遂げること、サウンド・デモという場所を維持することに主催の関心が移らざるを得なくなっていった。大きくしなければできなかったこともあるし、警察の棋聖線を突破してデモ隊が雪崩を打つダイナミズムなどは人数が多いからこそ面白かったことではあるのだけれど、誰が言い出すでもなく、1年間でやめてしまったのは、僕は「維持」することに負荷を感じるようになったからだと思っている。場を共有するために犠牲を強いられる人が何人かいて、それがなければ成り立たないのであれば続ける必要はないという感覚が暗黙のうちにみんなに伝わったことで、次はなかったのではないかと。ヒエラルキー型の統治システムが構築されていれば、そのようなことはなく、こうした組織は持続するのかもしれない。それが西欧社会などの権威的な国家のあり方だと『万物の黎明』が主張するのであれば、自分としてはそれは実感として理解していたという気もしないではない。こうした経験を経たことで、それぞれが得意なことを担当にしてしまうということが官僚制の始まりなのかなと考えたこともしばしばで、バンドの寿命について考える時もそのことは当てはまる。逆にいえば、グレーバーが主張する平等主義の社会は無数にあったかもしれないけれど、どれもが長くは続かなかったことにはそれなりの理由があったのではないかと思えてくる。本書には「持続する社会という評価自体(中略)倒錯的なユートピアに過ぎない」(瀬川拓郎)という発言もあり、アイヌ社会の分析を経て縄文時代について考えた文脈からは必要なだけの説得力もあるので、このあたりは僕の理解力が追いついていないのかなとは思う。考古学という学問自体、何をどう解き明かそうとしているのか、その思考様式や何やらがよくわかっていないので、彼らが『万物の黎明』のどこに興奮し、どんな可能性を述べ立てているのかもうひとつ距離を感じてしまうのだけれど。

『『万物の黎明』を読む』にはまた、権威的統制国家の行く末について否定的な言葉が並べられる反面、世界中に存在したとされる反権威的平等主義の社会には女性差別があったのかなかったのかということにまったく言及がない。驚くほどそのことには関心が払われていない。災害地にボランティアなどが集まると「気がつくと水まわりは女がやっている」と言われるように、自然発生的な組織論だからこそ、そうした役割の固定は深刻だと思うので、グレーバーたちが「人間を、その発端から、想像力に富み、知的で、遊び心のある生き物として」捉えているのならば、なおさらそこはスルーして欲しくなかった。本書の後半は人類学、考古学、哲学の専門家がそれぞれの領域で『万物の黎明』に触発された興奮を語り、「人類史を根本からくつがえす」ことに意識が絞られるあまり専門的過ぎて女性差別よりも重大な問題が事細かに語られているという印象が強い。僕としては水たまりが気になって先へ進めなかったところも多々あるというか、「人類史と文明の新たなヴィジョン」に女性たちの未来は含まれているのかどうか、それこそ序文にはあらかじめ「あれがなかったりこれがなかったりするのはゆるしてもらいたい」と特大のエクスキューズが打ち込まれているものの、これに関してはそういった言い訳は用意して欲しくなかった。今後、『万物の黎明』に触発されて無数のアナーキストたちが反権威的平等主義の社会をつくったとしても、その時の平等は権力や経済的なことがほとんどで、依然として女性が差別されたままではあまりにも無力感が強くのしかかる。「万物」という範囲の設定がここでは裏目に出ている。

 もっと書きたいことはあるし、それだけ議論を触発する本ではある。本書は1人で考えるよりも対話が大事だと強調していた箇所が何箇所もある。となると、書きたいことを書ききってしまうのはよくないのだろう。ちなみに僕は学校の授業で刷り込まれた「万人の万人における闘争」という考え方にいまのいままでインパクトを感じ、現代について考える上で不可欠な要素になっていたことにここへきてようやく気がついた。ジョン・ロックが同じく「自然状態」を定義する時に人々はもう少し助け合う存在なのではないかとしていたことは忘れ去っていたにもかかわらず。デヴィッド・グレーバーもホッブスやルソーは批判しているみたいだけれど、ロックについてはとくに言及はしていないみたいで、そこのところはよく分からなかった。それとも引用されていないだけで、『万物の黎明』では取り上げられているのかな。うむ。やはり『万物の黎明』も読まないとダメだろうか。うむむ。悩む。読むべきか読まないべきか(もう一度、ChatGTPに訊いてみよう!) 。

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