「MAN ON MAN」と一致するもの

interview with doooo - ele-king

doooo ”Pain feat. 仙人掌”


doooo
PANIC

Pヴァイン

Hip Hop

Amazon Tower HMV

 「あのビデオに出てる高津のレゲエバーで飲んでるの?」そんな話題からゆっくりとインタヴューははじまった。ちなみにその店は台風で少し壊れたりもしたらしい。CREATIVE DRUG STOREに所属。昨年、ファースト・シングル「STREET VIEW feat. BIM & OMSB」をリリースしたdoooo。1年と少しの時間を経てファースト・アルバム『PANIC』は噂のMPCと共に世に公開された。dooooというアーティスト、そしてその音楽を知ることは「PANIC」という言葉の新しい意味を知ること。陽気な狂気の渦巻く世界へようこそ。


これは、普通に聴いた人をパニックにおとしいれたいという理由で。曲作ってる時に、作ってる自分もパニックになってしまったり。自分が「どうしようみたい」になったりもしたんで(笑)。自分もパニックになってるし、聴いてる人もパニックになって楽しんで欲しい。

doooo 君は出身は盛岡ですよね?

doooo ( 以下D ) : そうです。22まで盛岡にいて、大学卒業してこっちに来ました。

盛岡から出てすぐにいま住んでる川崎辺りに引っ越してきた感じですか?

D:はい。

それでCREATIVE DRUG STOREのメンバーと知り合っていく?

D:そうですね。最初にDJ のMIX をサウンドクラウドにあげてたんですけど、僕とBIMの共通の知り合いが気に入ってくれて、それでBIMにも彼が聞かせて気に入ってくれて。そこからですね。BIMと僕と家が500mくらいしか離れてなくて、それで、僕が「うちに遊びに来る?」って。BIMもフットワーク軽いからすぐに遊びに来て。デモを作ってるからビートを聴かせて欲しいという話をして、その時にMPCに入ってた曲がTHE OTOGIBANASHI`Sのファーストに入ってる“KEMURI”って曲ですね。

それで気がつけば一緒にやってるような感じ?今までにトラックを提供してるのはTHE OTOGIBANASHI’Sが多い?

D:圧倒的ですね。

ん。他のアーティストの作品への参加って何があります?

D:ほとんどないです。KANDYTOWNのRYOHUくんもラップしてたりするグループ、Aun Beatzのリミックスくらいですね。リリースされてるの。僕、インストで完結するビートがばっか作ってて。岩手時代それしか作ってない。リミックスを最初に作り出して、そこからオリジナルで作りたいって思うようになって、そういういいタイミングでBIMとかにも出会って作るようになった。そのときは本当に知り合いのラッパーがCREATIVE周りしかいなかったんですよ。インストの曲はたくさん作ってますね。

トラックメイクは盛岡のときからしてたんですね。

D:はい。曲も作ってましたけど、活動はDJばっかって感じですかね。

どういうDJっていう聞き方もなんか趣き無いですけど(笑)、どういうDJをしてたんですか? それと最近はビートライヴ以外のDJってしてますか?

D:最近はDJしてますけど、回数減りましたね。DJのときはソウルとかディスコからテクノとか、それこそ色々かけてます。盛岡がレコードが色んな種類あるんで。イベントも何でもかかるイベントばかりだったんで、自然にそうなりました。そのなかで、もちろんヒップホップかけるんですけどね。とにかく好きなものをなんでもかけるDJが多かったですね。

盛岡のときに制作したビートで発表してるものってありますか?

D:THE OTOGIBANASHI'Sの1stに入っている曲で“Froth On Beer”って曲があるんですけど、それが岩手で作ったビートですね。

DJはいつからはじめたんですか?

D:19ですね。高校出た時から始めました。

きっかけは?

D:兄ちゃんがいるんですけど、兄ちゃんが僕が13歳の時にターンテーブルを買って。ずっとICE CUBEが流れてたんですけど。ICE CUBEの“YOU CAN DO IT”だけずーっと(笑) 。それでかっけーってなって。その時まで知らなかったんですけど、それでかっこいいなってなりまして。俺もやりたいってずっと思っていて、高校出てターンテーブルを買って始めました。

ターンテーブルを買う前にレコードは買ってましたか?

D:レコードはたまに買ってて、ほとんどCDでしたね。ほとんどTSUTAYAでしたね。TSUTAYAで借りまくってました。

TSUTAYAで借りまくってた時代、俺もあります。渋谷のTSUTAYAって入れて欲しい作品リクエスト出来たんですよ。

D:僕いまでも渋谷のTSUTAYA結構行くんですよ。

音楽の聴き方の話なんですけど、自分の場合は、買うもの以外はストリーミングで聴く感じになってきてるんですよね。持っていたいもの以外はデータでもいらないやとか思ってきてしまっていて。

D:あー。僕はDJでかける用に借りてるのがほとんどなんで。レコードしか持っていないものであったりとか、昔持っていたけどどっかいってしまったものとかそういう作品を借りることがほとんどです。借り直してるものが多いですね。タイトルが揃ってるので、レコードで探すのが難しいものもあったりするじゃ無いですか。例えば和物のJAZZとか。そういうのも借りてますね。

なるほど。そう考えるとレンタルCDって確かに便利ですね。


 気づくとレンタルCDについて考える良い機会に恵まれてしまった。dooooはフットワークが軽く色々なとことに行くイメージの人物だ。目に見える選択肢の中から自由に選んで楽しむ。そんなイメージが浮かぶ。


今回のアルバムの話をさせてください。1曲目に収録されている“STREET VIEW”ですが、これはアルバムのなかでは一番最初に作った曲になるんですか?

D:1年前の夏ですね。そもそもが僕、最初に作る曲はG FUNKが作りたいってずっと思っていて。この曲のビデオ作って、レコード出したときに、どうせならアルバムを作りたいと思って。だからこの曲が軸になってますね。他にもやりたいことがたくさんあったなかで最初に作った曲で、その制作があってやりたいことを全部やろうって思うようになりました。

doooo "Street View feat. BIM,OMSB & DEEQUITE"

“STREET VIEW”でゲスト参加しているBIM、OMSBはどのように決めたの?

D:オムス君はこういうビートにすごく映えるラップをするイメージがあって最初に頼みました。どうせやるなら、もう1人はテイストの違うラッパーに頼みたくて、攻撃的じゃないラップがいいかなと思って、BIMに。意外なんだけど、バッチリハマるイメージあってそれ通りに出来ました。

そこからアルバムの制作で色々とゲストも参加してますが、イメージは?

D:全体のイメージは、本当に好きなこと全部やってやろうと思うって。ビートメイカーですけど、DJとしての自分も出してやろうって思って。自分の全部入ってるものにしたくて。

色んなゾーンが散りばめられていて流れもあって、濃いけど聴きやすいアルバムだと感じました。

D:やりたい曲を作りつつ。DJとしての自分も出したかったので曲順はすごくこだわりました。フューチャリング陣もこういうアーティストが自分は好きなんだぜっていうのも見せてくて。

HUNGERはやっぱり東北地方で元々つながりがあったんですか? この曲すごく印象に残りますよね。

D:HUNGERさんは僕がすごく好きで。ライヴとかに行きまくって追っかけて、向こうも「また来たんだ」みたいな感じで(笑)、それで参加してもらいました。

MONY HORSEの参加はすごく意外な気がしました。

D:MONY君も大好きだったのですが元々は面識が無くて、JUNKMANさんが繋げてくれて(JUNKMANは青森出身) 。MONY君のいままでの曲も聴いていて、それで、自分のビートでやったら面白いかなと思って頼みました。

うん。面白いですね。そして、このアルバムはゲストが出てくるたびに、新鮮な面白さを感じます。

D:それはプロデューサーとしては嬉しい意見ですね。

過度に尖った音作りにはしてないように感じます。

D:そうですね。普段のライヴ用の音源は攻撃的なものを作っちゃったりするんですけど、アルバムは長く聞いて欲しかったのでそこは気をつけてますね。あとはTSUBOIさん( ILLICIT TSUBOI ) がうまくバランスを整えてくれてますね。

曲順はどのように決めたんですか?

D:最初にやりたい曲をだーっと作って、ある程度揃った時に選んでいきました。最初から全体の構想があったというよりは出来た曲を並べて作っていった感じです。

アルバムの曲にもありますけどdoooo君は酒のイメージがあります。

D:最初に、仙人掌と会ったときにすごく飲んでしまって、その印象ですよね。今回参加してもらった曲でもその話がリリックに出てきていて嬉しかったです。

個人的にも、そのエピソード仙人掌から聞いてたので、あのリリックは凄く面白かったです。ビールのなくなり方がおかしいっていう。俺もたまに言われるんですけどね。スタジオに買ってきたビール全部飲んでしまったりとか。ちなみに酒って作業の時のみますか?

D:そうですね。飲むとめちゃくちゃはかどりますね。

没頭できる感じですよね?文章書くとき夜中に酒ずっと飲んでることあります(笑)。

D:昼間っから酒飲むことありますね。本当、24時間近く飲み続けることとか。

家で?

D:はい。

どれくらい家にストックしてますか?

D:いま、家にASAHIの350が20本くらいありますね。

それ凄いね。

D:困らないくらいの量が。

前に仙人掌とERAとCREATIVEのメンバーと飲んだことがあって、そのときはdooo君いなかったんだけど、その後、仙人掌のツアーで会って、いまがあるのってなんか面白いですね。

D:そういうリンク、岩手で見てて憧れてたんで嬉しいですね。

こういうリンクを繋げていけたら面白いですよね。

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 仙人掌のアルバム『VOICE』のリリースに伴いおこなわれた「BACK 2 MAC TOUR」の東北場所の盛岡MAD DISCOで、dooooというアーティストに初めて出会った。凄まじいテンションでの最高なビートライヴと、ファニーな人柄がとても印象的だった。その後、聴かせてもらったビートはdooooという人間そのものを感じた。

機材巡りが好きで、ハードオフ行って使い方わからないけど面白そうな機材を買ったり。レコード8円 ~ 108円で売ってるんですけど、そういうの買うのが好きですね。それみんなで聞いたりとか。それこそ、仙人掌君とのPVにも出てくるんですけど、赤白の線差すのが両方にあるだけの箱。使い方はわかりません。


doooo
PANIC

Pヴァイン

Hip Hop

Amazon Tower HMV

アルバム作ってみて、次にやってみたいこととかって生まれました?

D:もう次のを作りたいです。いまある曲のなかでも続きを勝手に考えてるものがあるし。それはAru-2とモンキー君とやってるビートメーカーだけで作った曲があるんだけど、そこにもっと色んな人に参加してもらって、ビートメーカーのマイクリレーみたいなものを作ってみたい。ビートだけで成立するビートメーカーって意外にいない気がしていて。そういうビートメーカーを集めて曲やったら面白いなと思っていて。

それ面白そう。ぜひ聴きたいです。

D:スピードは遅いですけどやってきたいです。

ビートメーカーの作る音源でなかなか再現難しいと思うんですよ。ゲストが入ると。そこでどういう風にライヴをやりたいとかってありますか?この音源を聴いてdoooo君を知った人は、この音源のイメージを持ってdoooo君のライヴに来ると思うんです。

D:ライヴのときは、自分という人間を見て欲しいという形で。一番好きなものはDOPEな感じというか、ぶっ飛んでる感を凝縮したくて、それがアルバムなんですけど。和物で気持ちい良いミックスも作ってるんで、そういうこともやってるんだよっていうのも知って欲しいし、とにかく色んな自分を見に来て欲しいですね。

アルバム・タイトルの『PANIC』を決めた理由は?

D:これは、普通に聴いた人をパニックにおとしいれたいという理由で。曲作ってる時に、作ってる自分もパニックになってしまったり。自分が「どうしようみたい」になったりもしたんで(笑)。自分もパニックになってるし、聴いてる人もパニックになって楽しんで欲しい。

いいパニックですよね。遊園地みたいな、色々あるけどパニック。

D:CREATIVE DRUG STOREで活動してるので、聴いてる人がヒップホップのファンが多いと思うんですが、ヒップホップ以外の音楽も入れて作ったと思ってます。こういう音楽もあるんだよっていう、驚きを与えられたらなって。上から目線みたいな意見になっちゃってるかもしれないですけど、そんな気持ちで作りました。

たしかにいままでとテイストがかなり違いますもんね。そして作品のなかでも変わっていく。

D:今回の作品は、参加してもらう人によって変えたのもあるので、それはあるかもしれません。それもDJとしての自分を見て欲しいっていうのがあって、このラッパーならこのビートが合うなとか。ビート決まった後に、展開を変えたりして。そいういのでまた変わるってったかもしれない。

アルバムはれくらいの期間で作ったビート?

D:制作期間は1年半くらいですかね。それぞれの長さはバラバラですね、1曲1週間かかったのもあれば、1日でできたものもありますし。

この作品がリリースされたことによってdoooo君の謎が解き明かされますね。

D:それは嬉しいですね。

OMSBとかdoooo君は狂ってるっていつも嬉しそうに言ってますね。

D:オムスくんとは人肉MPCの事とか楽しく話せて嬉しいです。

このMPCライヴで使って欲しいですけどね。

D:渋谷音楽祭で飾ったときもみんなめっちゃ写真で撮ってくれて嬉しかったです。本当に気持ち悪いんで、笑っていない人も多くて。写真だと洒落た感じだけど、(といってdooooのinstagramにある全体像の動画を見せる)この端の部分いつか触って欲しいんですけど。気持ち悪いんですよ。端っこが。何回もやり直して作ってもらいました。

総制作費は……?

D:結構お金はかけました(笑)。だから触ってほしくて。一番長く使ってたのがMPC 2000XLなんですけど、だから。僕っぽさも出したくて、マッド・サイエンティスト感を。で、人肉にして。仙人掌さんとのビデオでHEIYUUの肉にして。

トラックメーカーのアルバムのジャケットって機材が出てるもの多いけど、これは新しいですよね。そうだ、ホラー映画ってどういうのが好きですか?

D:生々しいというか、ヒューマン・ドラマというか。『オールナイトロング』っていう映画があるんですけど。かなりトラウマ系ですね。上手に人を嫌な気持ちにさせる。女の子がアキレス健を切られる描写とかがすごく上手いというか。

俺、日本のホラー苦手なんですよ。やな気分になるやつ。ホラーとかそういうの以外でライフワーク的に好きなもの何があります?

D:コミックですね。曲作るきっかけも漫画とか映画とか音楽以外のものが多い。こういうの作りたいっていう。

そう思う時って頭の中に曲の設計図があるんですか?

D:最初は感覚でこういう。日野日出志の「日野日出志の地獄変」って漫画を読んだときに、漫画の世界観、地獄絵図みたいな曲を作りたいって思って、その段階ではあまり考えてないんですけど、音を入れていくなかでヒップホップにしようとか、まあ、感覚ですね。

日野日出志。苦手だったけど、ここ1年くらいで結構はまってきて。

D:おどろおどろしい絵いいですよね。

おどろおどろしいけどファニーですよね。

D:おどろおどろしいだけじゃなくて、そういうさじ加減が良いんですよね。ただただ気持ち悪いんじゃなくて、ちょっとファニーさもあるのに惹かれるんですよね。それこそ、曲も、怖いなかにファニーな感じ。仙人掌の曲でもそういうのも意識していて。

たしかにそうですね。リリックも含めてそういう印象がある。

D:怖そうなテンションのわりに、面白いですよね。そして、なんというか、僕のことをわかりやすく言ってくれて。めっちゃ嬉しかったです。

ラッパーがトラックメーカーを紹介してる構成も面白いと思う。

D:アルバムの曲で僕のことをここまで歌ってるのこの曲だけですね。

この曲でdoooo君のことはわかりますよね。酒の情報とか余計な情報はあるけど。それありきでdooo君を見ると面白い気がします。

D : 笑。


 まだ発表できない予定の話を聞いて、テープを一度止めて。気がつくと機材の話をしてた。ジャンクというよりは何かの塊というような。なんだか禍々しい話。でもdooooとの会話には禍々しさよりも、なんだかファンシーなイメージ。


D:機材巡りが好きで、ハードオフ行って使い方わからないけど面白そうな機材を買ったり。レコード8円 ~ 108円で売ってるんですけど、そういうの買うのが好きですね。それみんなで聞いたりとか。それこそ、仙人掌君とのPVにも出てくるんですけど、赤白の線差すのが両方にあるだけの箱。使い方はわかりません。

それはいくらだったの?

D:108円でしたね。形がかっこいいから買いました。いまも何かわからないですね

アルバムでそういう面白い機材制作に使ったものあります?

D:ありますね。ノイズとかそういう音が出るだけですけど。本当に気づかれないくらいのノイズだけなるシンセの音をサンプリングしていじって入れてますね。

dooo君が制作するコクピットはどうなってるの?

D:台所に機材とかレコードとかの物置があるんですけど、ガラクタが積んであるみたいな。そこに人肉MPCもあるんですけど。

それおぞましいですね(笑)。メカ的なのも好きですよね!? ギーガー好きだよね?

D:ギーガー!! 重厚感がありますね。

ギーガーもえぐさありますよね。バイオメカ。

D:いかついですよね。ゴツい。エイリアンもそうなんですけど重厚感があるものに影響を受けてて、そういう。

金属音とか?

D:影響を受けてますね。

バイオMPC。

 dooooの作り出す空間はやはりどこか歪んでるような気がする、だけれど心地よい、遊んでいて心地よいような空間だ。余計なものがたくさんあるけど、それで遊べる。説明とか書いてない。その感覚って音楽のひとつの魅力なんじゃないかなって思った。そんな感覚を持って『PANIC』を楽しくパニックしてください。ちょっとまだ公開しちゃいけないinfoが多かったのですが、今後もdooooのまわりは楽しそうだ。

D:ゲストを呼んだリリース・ライヴをいくつか考えていて。全員呼んだパーティもやりたいと思ってます。来年またアルバムからビデオを公開する予定です。

doooo 『PANIC』 Teaser

(了)

King Krule - ele-king

 2004年イギリス。ザ・ストリーツは、『A Grand Don't Come For Free』のラスト“Empty Cans”で次のような言葉を紡いだ。

この先はつらい日々が始まる でもこうなるはずじゃなかった季節は終わった だからこれが本当の始まりなんだ

 2004年のイギリスといえば、当時のトニー・ブレア首相による“第三の道”路線への不満が目立つようになった頃だ。サッチャーによって固定化されてしまった格差社会を是正することができず、多くの庶民が絶望感を抱いた。その結果、ブレア率いる労働党は、2005年5月の総選挙で議席数を大きく減らした。2007年にブレアが降りた首相の座を引き継いだゴードン・ブラウンもたいした仕事はできず、2010年には保守党に政権を奪われてしまう。その保守党政権も、緊縮政策によって庶民を苦しめている。この苦しみを抱える人々は、ジェレミー・コービンを労働党党首の座に押し上げる原動力となり、いまもなお続く草の根の戦いに欠かせない存在だ。
 ブレア時代の憂鬱にかすかな光をもたらしたザ・ストリーツだが、哀しいことに〈こうなるはずじゃなかった季節〉は終わらなかった。たとえばケイト・テンペストは『Everybody Down』で、高騰する都市部の家賃に苦しみながらも生きる殺伐とした若者を描いた。パークはグレアム・グリーンの小説と同名の『The Power And The Glory』を発表し、インダストリアル・テクノという形で怒りを滲ませた。2017年になっても、ラット・ボーイロイル・カーナーデクラン・マッケンナ、インヘヴンなど、イギリスからは怒りと哀しみを纏った者のアルバムが次々と生まれている。繰りかえすが、〈こうなるはずじゃなかった季節〉は終わらなかった。むしろひどくなってしまった。ここ数年のイギリスで生まれた音楽を聴いていても、それは明らかだ。

 キング・クルールことアーチー・マーシャルもまた、2013年のデビュー・アルバム『6 Feet Beneath The Moon』で、イギリスに漂う不穏な空気を嗅ぎとっていた。〈前向きになれそうもないとき/僕は口をつぐむ/君が地獄を通り抜けようとするとき/君はひたすら進みつづけるのだから〉と歌われる“Easy Easy”など、どうしようもできないという諦念を包み隠さず吐露してみせた。明確な政治的主張はないものの、そこには当時の現状に対する絶望感を見いだせる。
 リリースから4年近く経ったいま聴いても、このアルバムには惹かれる。当時19歳と思えないあまりにも渋い歌声と老練さは、新世代のアンファンテリブルと呼ぶに相応しい才気を漂わせていた。ジャズやブルースの要素が顕著なサウンド、ダブからの強い影響を感じさせるプロダクション、おまけにポスト・ダブステップといったエレクトロニック・ミュージックとの共振も見られる内容に、多くの人が驚嘆したものだ。

 そんなキング・クルールのセカンド・アルバム『The Ooz』も、前作同様多くの驚嘆が寄せられるだろう。本作の基調であるジャズ、ブルース、ダブといった要素はこれまで通りだが、なかでもダブの要素がより前面に出ているのが興味深い。これはおそらく、2015年にアーチー・マーシャル名義で発表した『A New Place 2 Drown』の影響だ。この作品は、実兄・ジャックと共同制作したアート・ブックのサウンドトラックで、ダビーなサウンドスケープを特徴としている。そうした『A New Place 2 Drown』の欠片は本作の重要なピースと言っていい。

 重厚な音を聴かせるバンド・アンサンブルも本作の魅力だ。マーシャルもさまざまな楽器をこなしているが、多くのゲスト・ミュージシャンに演奏を任せることで、以前よりも複雑でグルーヴィーなサウンドを鳴らしている。この側面が明確に表れるのは、“Dum Surfer”と“Emergency Blimp”だ。特に後者は、ジョイ・ディヴィジョンを想起させるささくれ立ったポスト・パンクに仕上がっていて、これまでのマーシャルとは異なる姿を楽しめる。こうした姿は本作の至るところでうかがえるもので、そういう意味で本作はマーシャル流のポスト・パンク・アルバムと言っても過言ではない。強いて言えばマキシマム・ジョイのサウンドを連想させるが、ポスト・ダブステップ以降のモダンな感性があることをふまえれば、マーシャルも参加したマウント・キンビーの『Love What Survives』を引き合いに出したほうがしっくりくる。このアルバムも、マウント・キンビーなりのポスト・パンクを示した作品だからだ。

 歌詞は相変わらずで、諦念を滲ませた陰鬱な言葉が並んでいる。だがそれ以上に際立つのは、醜悪な現実を見つめるよう促す姿勢だ。〈まだ知らない世界に目を向けろ〉と歌われる“Half Man Half Shark”などは、その姿勢を象徴する曲だろう。〈誰かいないのか? いっしょになれるのか?〉と問いかける表題曲も、気にかけてもらえない者たちの孤独と怒りの残滓を漂わせる。酔いどれ爺さんが管を巻いているようにも聞こえる本作だが、注意深く耳を傾けると、鋭い批評性が節々で顔を覗かせてるのに気づく。もちろんこの批評性の矛先は、マーシャルが住むイギリスと思われる。しかし本作の言葉はイギリス以外にも届く。特定の人たちにしかわからない固有名詞は登場せず、自身が見ている風景と気持ちに焦点を当てているからだ。〈手と手を取り合うのさえ難しくさせている この国では〉(“Half Man Half Shark”)という一節なんて、日本そのものじゃないかと思ってしまった。

Andrés Japan Tour 2017 - ele-king

 日本だとみんなJディラ、Jディラっていうんだけど、デトロイトだとスラム・ヴィレッジなんだよね。それだけスラム・ヴィレッジという存在がでかかってことなんだろうけど、DJ Dezとしてその楽曲制作やツアーDJとしても関わり、また、Andrés(アンドレス)としてムーディーマン率いるMahogani Music所属する男、アンドレスが通算4枚目となるアルバム『Andrés Ⅳ』のリリースを間近に控え、来日が決定! 
 日本各地のフライヤーとともに紹介しましょー。

■ツアー日程

Andrés Japan Tour 2017

11.22(水) 東京 @Contact
11.24(金) 岡山 @YEBISU YA PRO
11.25(土) 小倉 @HIVE
11.26(日) 大阪 @SOCORE FACTORY
12.1(金) 金沢 @MANIER
12.2(土) 名古屋 @Club Mago

■Andrés (aka DJ DEZ / Mahogani Music, LA VIDA) from Detroit
Andrés(アンドレス)は、Moodymann主宰のレーベル、KDJ Recordsから1997年デビュー。
ムーディーマン率いるMahogani Musicに所属し、マホガニー・ミュージックからアルバム『Andrés』(2003年)、『Andrés Ⅱ 』(2009年)、『Andrés Ⅲ』(2011年) を発表している。DJ Dezという名前でも活動し、デトロイトのHip Hopチーム、Slum Villageのアルバム『Trinity』や『Dirty District』ではスクラッチを担当し、Slum VillageのツアーDJとしても活動歴あり。Underground Resistance傘下のレーベル、Hipnotechからも作品を発表しており、その才能は今だ未知数である。
2012年、 Andrés自身のレーベル、LA VIDAを始動。レーベル第1弾リリース『New For U』は、Resident Advisor Top 50 tracks of 2012の第1位に選ばれた。
2014年、DJ Butterとのアルバム、DJ Dez & DJ Butter‎ 『A Piece Of The Action』をリリース。
パーカッショニストである父、Humberto ”Nengue” Hernandezからアフロキューバンリズムを継承し、Moodymann Live Bandツアーに参加したり、Erykah Baduの “Didn’t Cha Know”(produced by Jay Dilla)ではパーカッションで参加している。
Red Bull Radioにてマンスリーレギュラー『Andrés presents New For U』を2017年10月からスタート。
通算4枚目となるアルバム『Andrés Ⅳ』のリリースを間近に控えたAndrésの来日が決定!

■ツアー詳細
Andrés Japan Tour 2017


11.22(水) 東京 @Contact

Studio: - Soultry -
Andrés (aka DJ DEZ | Mahogani Music | LA VIDA | Detroit)
DJ Kensei
DJ MAS aka SENJU-FRESH! (EDMATIC)

Contact: -Soul Matters-
Guest: KZA (FORCE OF NATURE)
Shima, JINI, kent niszw, kurozumi

OPEN 22:00 BEFORE 11PM ¥1000 UNDER 23 ¥2000 GH S MEMBER ¥2500 W/F ¥3000 DOOR ¥3500

Info: Contact https://www.contacttokyo.com
東京都渋谷区道玄坂2-10-12 新大宗ビル4号館B2F TEL 03-6427-8107
You must be 20 and over with ID.

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11.24(金) 岡山 @YEBISU YA PRO
- Supported by BANANA SKIT -

Guest DJ: Andrés

Support DJ: DJ JUN, TETSUO, TANSHO, Duty.sf, KODAI, DJ YORK (ETERNITY)

BANANA GALS: AIMI, MAIKA, MOMOKA, ASUKA

Open 22:00
ADV 3000yen DOOR 4000yen ※ドリンク代別途要
L-code 61430

Info: Yebisu Ya Pro https://yebisuyapro.jp

岡山市北区中山下1丁目10番30号 福武ジョリービルB2F TEL 086-222-1015

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11.25(土) 小倉 @HIVE
- Wonder X Wonder -

Special Guest: Andrés

Special Unit: DIRTY FINGERS MUSIC MACHINE

Wonder DJ’s: MAMORU (POUR), KENTA (MONTAGE)

Flyer Designed by. 描生 @byouki_artworks.jp

Open 22:00
ADV. 3000yen
With Flyer 3500yen
Door 4000yen

Info: HIVE https://djbarhivekokura.tumblr.com
北九州市小倉北区古船場町2-10 ターウィンビル205

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11.26(日) 大阪 @SOCORE FACTORY
Andrés Japan Tour 2017 in Osaka - AHB Production & HOOFIT present -

Special Guest DJ: Andrés

Guest DJ: DJ TOSHIBO (KOKURA Pro.)

DJs:
KAZIKIYO (HOOFIT/ROOT DOWN)
QUESTA (HOOFIT/BMS)
KJ
MAMORU (ROOT DOWN)

VJ: catchpulse

FOOD & COFFEE: COFFEEBIKE EDENICO, INC & SONS

Open 17:00 - Close 24:00
ADV : 2500yen with 1Drink
ADM : 3000yen with 1Drink

Info: SOCORE FACTORY https://socorefactory.com
大阪市西区南堀江2-13-26 TEL 06-6567-9852

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12.1(金) 金沢 @MANIER
- new town feat Andrés -

GUEST DJ: Andrés

DJ: Yoshimitsu, PPTV, RINA, J-ONE, PANDY

BEAT LIVE: highwest collective

Open 21:00
with Flyer 30000yen (No Drink)
Door 3500yen (No Drink)

Info: MANIER https://www.manier.co.jp
金沢市片町1-6-10 ブラザービル4F TEL 076-263-3913
Mail:manier[@]mairo.com

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12.2(土) 名古屋 @Club Mago
- audi. feat Andrés -

Guest DJ: Andrés
DJ: SONIC WEAPON. JAGUAR P.
LIGHTING: KATOKEN.

Open 21:00
ADV 2500yen
Door 3000yen

Info: Club Mago https://club-mago.co.jp
名古屋市中区新栄2-1-9 雲竜フレックスビル西館B2F TEL 052-243-1818

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Flying Lotus - ele-king

 きました。今年はアンダーソン・パークとのコラボを仄めかしたり、あるいは『KUSO』や『ブレードランナー ブラックアウト 2022』といった映像関連の仕事で話題を振りまいてきたフライング・ロータスが、去る11月2日、ついに自身の新曲をMVとともに公開しました。ああ、このビート感……まぎれもなくフライローです。ヴィデオの監督はウィンストン・ハッキング。これは、いよいよ新たなアルバムのリリースが近づいている、と考えていいのでしょうか。続報を待ちましょう。

[11月13日追記]
 2年ぶりとなるMV“Post Requisite”を公開したばかりのフライング・ロータスですが、去る11月10日に新たなショート・フィルム「Skinflick」が公開されました。

https://www.nowness.com/series/define-beauty/skinflick-flying-lotus

 これはアート/カルチャー・メディア『NOWNESS』の企画「Define Beauty」のための作品で、フライロー自身が監督を務めています(使用されている楽曲も彼によるもの)。内容は、フライローの長編デビュー作となった映画『KUSO』に出演していた友人、“バブル”ボブ・ヘスリップ("Bubble" Bob Heslip)に捧げるものとなっており、神経線維腫症(1型)による皮膚神経線維腫を抱えたボブの美しさにフォーカスしたものだそうです。

FLYING LOTUS
新曲“POST REQUISITE”をミュージック・ヴィデオとともに公開!

今年7月に、3Dを駆使した新たなオーディオ・ヴィジュアル・ライヴをFYFフェスティヴァルで披露し、今週から全米ツアーがスタートするフライング・ロータスが、新曲“Post Requisite”をミュージック・ヴィデオとともに公開! フライング・ロータスにとって、2年ぶりの新作ミュージック・ヴィデオとなる。

Flying Lotus - Post Requisite
https://s.warp.net/PostRequisite

監督/アニメーション/操作:Winston Hacking
ストップ・モーション・アニメーション:Jeremy Murphy
追加コラージュ:Andrew Zukerman
プロデューサー:Flying Lotus, Eddie Alcazar
制作会社:Brainfeeder Films

この3Dツアーには「Red Bull Music Academy Festival Los Angeles」の一環として開催され、サンダーキャットも参加するハリウッド・フォーエヴァー・セメタリーでの公演や、ソランジュとアール・スウェットシャツも出演するバークリー公演も含まれる。

2017年はフライング・ロータスにとって、特に映像面において飛躍的な1年となっている。自作の長編デビュー映画『KUSO』が、サンダンス映画祭で初上演されたほか、日本でも公開を迎えた話題の映画『ブレードランナー2049』と、前作『ブレードランナー』の間を繋ぐストーリーとして、渡辺信一郎が監督した短編アニメーション『ブレードランナー ブラックアウト 2022』の音楽を担当したことも大きな話題となった。

Flying Lotus - Kuso (Official Trailer)
https://youtu.be/PDRYASntddo

「ブレードランナー ブラックアウト 2022」
https://youtu.be/MKFREpMeao0

音楽はもちろん、映像面でも進化を続けるフライング・ロータスから今後も目が離せない!




Robert Aiki Aubrey Lowe - ele-king

 インテリア・デザイナー/彫刻家であり、音響彫刻作家でもあるハリー・ベルトイア(Harry Bertoia)。彼は1970年代に巨大な金属のオブジェによって生成される「金属の擦れ」の音響/残響による「Sonambient」という音響作品を11作品ほど遺している。近年、そんなベルトイアの音楽/音響の再評価が続く。
 まず昨年、2016年に〈インポータント・レコード(Important Records)〉から10枚組という音響モノリスのようなボックス・セット『Complete Sonambient Collection』がリリースされた。同年、先のボックス・セットを補完するように1971年と1973年に録音された『Clear Sounds/Perfetta』も発売。くわえて2016年には彼の功績をふりかえるエキシヴィジョン「Atmosphere for Enjoyment」もニューヨーク・アートミュージアムで開催されている。さらには2017年にリリースされた坂本龍一のニュー・アルバム『async』においても、ベルトイアの音響彫刻がもちいられるなど多方面から彼の音響空間の現代性が証明されつつある。響きの「現前性」と、マテリアルな「モノ性」と、「非同期の」融解といった点からか。
 デムダイク・ステアが運営するレーベル〈DDS〉からリリースされたロバート・アイキ・オーブリー・ロウ(Robert Aiki Aubrey Lowe)『Levitation Praxis Pt. 4』もまた、そんなハリー・ベルトイアのサウンドを現代に蘇生する試みのひとつだ。『Levitation Praxis Pt. 4』は、さきに書いたエキシヴィジョン「Atmosphere for Enjoyment」にて、ロバート・ロウによるベルトイアの「Sonambient」彫刻を用いておこなわれた「演奏」の記録である。アルバムにはA面とB面で長尺1曲ずつ収録しているのだが、「Sonambient」彫刻とロバート・ロウの特徴的なヴォイス/音響が溶けあい、まさにベルトイアのサウンドを継承するようなサウンドスケープを実現している。マスタリングを手掛けたのは名匠マット・コルトン(Matt Colton)。

 ここでロバート・アイキ・オーブリー・ロウについて述べておきたい。1975年生まれの彼はもともと〈サザン・レコード(Southern Records)〉から2000年代初頭にリリースされていた90デイ・メン(90 Day Men)のベース/ヴォーカルであった。ドゥーム/ストーナー・バンドOMに参加していたことでもしられる(2012年には〈ドラッグ・シティ(Drag City)〉からリリースされたアルバム『Advaitic Songs』に参加し、特徴的なヴォイス/ヴォーカル・スタイルを披露している)。
 電子音響作家としてはライカンズ(Lichens)名義で2005年に〈クランキー(Kranky)〉からアルバム『The Psychic Nature Of Being』を発表。この時点で今に至る電子音とヴォイスによるドローン的サウンドの基本形はすでに完成していた。2007年には同〈クランキー〉からアルバム『Omns』をリリース。00年代後半から10年代初頭にかけては自主レーベルや〈Biesentales Records〉、〈Morc Records〉などからアルバムを発表する。
 一方、ロバート・アイキ・オーブリー・ロウ名義では、2010年に〈スリル・ジョッキー(Thrill Jockey)〉から出たローズ・ラザール(Rose Lazar)との共作『Eclipses』をリリースし、声やドローンの要素を基底にしつつ、リズミックなエクスペリメンタル・テクノを展開。そして2012年には傑作『Timon Irnok Manta』を〈タイプ(Type)〉から発表した。2015年には伝説的なニューエイジ・シンセストとして近年再評価も著しいアリエル・カルマ(Ariel Kalma)との共作『We Know Each Other Somehow』を、〈リヴィング・インターナショナル〉(Rvng Intl.)からリリースし、現行ニューエイジ・リヴァイヴァル・シーンにも接近し話題をよんだ。
 また、2015年にはポスト・クラシカル(現在では映画音楽の大家とでもいうべきか)のヨハン・ヨハンソン(Jóhann Jóhannsson)の『End Of Summer』〈Sonic Pieces〉に Hildur Guðnadóttirと共に参加した。ちなみにヨハンソンが音楽を手掛けたドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『メッセージ』にロバート・ロウはヴォイスで参加している。映画を観た方なら、だれもがつよい印象をのこしているはずの、あの音響の「声」だ。そのせいか映画体験後に『Levitation Praxis Pt. 4』を聴くとまるで『メッセージ』のサウンドのような錯覚をおぼえてしまうから不思議である(ちなみに『メッセージ』は、現代的SF映画であるのみならず、優れた「音響映画」でもある)。
 以上、ドゥーム、電子音響、ニューエイジ、ポスト・クラシカルなどジャンルを超えていくロバート・アイキ・オーブリー・ロウのアーティストとしての歩みは、ひとことでは掴みきれない独特の遊動性・浮遊性がある。そこに私などは安住を拒否するボヘミアン的な彷徨性を感じてしまう。なにかひとつのイメージを拒否し続けるような歩み、とでもいうべきか。

 そんなロバート・アイキ・オーブリー・ロウが、本年2017年にリリースしたもうひとつのアルバムが『Two Orb Reel』である。このアルバムもまた同時期にリリースされた『Levitation Praxis Pt. 4』とは異なるサウンドを展開する。『Timon Irnok Manta』的なエクスペリメンタル・テクノの雰囲気を一掃されているし、あえていえばアリエル・カルマとの『We Know Each Other Somehow』の系譜にあるニューエイジ/コスミックなシンセ音楽の系譜にあるアルバムといえるが、瞑想性がもたらすトリッピーな感覚は希薄である。どちらかといえば冷めた作風で彼のシンセストの側面を展開する電子音楽の室内楽・小品集(全14曲にして39分)といった趣なのだ。『Levitation Praxis Pt. 4』がすばらしいのは大前提としてもこれはこれで悪くない。
 オリエンタルにして人工的な旋律が魅力的な1曲め“Yawneb Pt.1”からして奇妙な作品世界にひきこまれる。2曲め“The Crystal World”以降は、飛びはねるようなチープなシンセ・サウンドの短い尺のトラックが展開し、6曲め“The Dead Past”のような心ここにあらずの夢の中の夢のようなシンセ・アンビエントへと至る。B面1曲め“Nabta Playa”以降は、テリー・ライリー的なミニマリズムをシンセ音楽に置きかえたようなトラックが続くのだが、同時にYMO結成直前に発表された『コチンの月』(あのジム・オルークも愛聴盤・名盤に掲げている傑作シンセ・アルバム)の頃の細野晴臣を思わせもする。

 『Levitation Praxis Pt. 4』と『Two Orb Reel』。この二作は、ロバート・アイキ・オーブリー・ロウという才能ゆたかな音楽家が抱えこんでいるふたつの側面(サウンド・アーティストとシンセスト)を満喫できるアルバムである。それは「実験」と「ポップ」の両極が進行している電子音楽/エクスペリメンタル・ミュージックの「現在」を体現してもいるといえよう。

interview with Cosey Fanni Tutti - ele-king

TGとは音楽以下であり、音楽以上でもあった。
──ドリュー・ダニエル


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 彼らが、『異邦人』において母の死にさえも“感じる”ことのできないムルソーの内面に関心を寄せたかどうかはわからない。が、『ハドソン川の奇跡』で乗客を救う勇敢な機長でないことはたしかだろうし、既存の秩序に従って生きることを拒んだこともたしかだ。
 サイモン・レイノルズが指摘しているように、ノイズ/インダストリアルの始祖は、60年代のサイケデリック出身者だった。若い頃のジェネシス・P・オリッジは絵に描いたようなフラワー・チルドレンだ。で、だから、それがどこをどうしてどうすると、70年代半ばには、残忍なノイズにまみれながら妊婦の腹を切り裂き赤子の頭を掴み出すような、つまりハンパなく胸くそ悪い曲をやることになるのか。ロンドンのど真ん中の美術館で、ヌード写真と使用済みのタンポンの展覧会をやることになるのか……。
 マトモスのドリュー・ダニエルが言う通りかもしれない。いわく「近年では現実のほうがTGである。なにせ日本では、サラリーマンが女子高生の使用済みの下着を買っているのだから」
 スロッビング・グリッスル(TG)とは、じつはこの社会がTG以上にTGであることを教える。TGとは倒錯であり、音楽という表現がどれほど自由であるかを実践する。かつては“文明の破壊者”とまで騒がれた彼らだが、こんにち日本のインターネットは『D.o.A.』で題材にした小児性愛をゆうに超えている。病的なのはどっちだよという話だが、TGは、当時としては、音楽性にせよ、サブジェクトにせよ、ありとあらゆるタブーを蹂躙しながら展開する、まさに自ら言うところの「ポスト・サイケデリック・トラッシュ」だった。そのゴミ箱には、アウシュビッツからフルクサス、音響兵器からオカルト、俗悪ホラーから文学、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドからマーティン・デニーまで、ありとあらゆるものが放り込まれた。パンクと同じようにスキャンダラスでセンセーショナルなバンドだったが、TGにはパンク・ロックの“青春物語”は微塵もない。
 サディスティックな彼らに、はじめは多くのリスナーが恐怖を覚えたかもしれないが、TGにはユーモアもあった。時間が経ったいまとなっては、テクノ史における重要バンドという位置づけもできるだろう。70年代半ば以降に出てきたバンドで、いち早くイタロ・ディスコを取り入れたのも、TGだった。
 が、しかし、インダストリアルとか、テクノとか、前衛とか、実験とか、あるいはアートとか、型にはまらないのがTGだった。陳腐であり、崇高でもあった。そして初期のヴェルヴェッツにニコがいたように、TGにはコージー・ファニ・トゥッティがいた。まあ、静的なニコとは正反対の、かなり挑発的で、それこそ今日のネット社会が証明するように、人間の覗き見願望を暴き立てるかのような、ラディカルなパフォーマーではあったが。
 
 この度、スロッビング・グリッスルのデビュー40周年を記念して、1977年のファースト・アルバム『セカンド・アニュアル・リポート』、サッチャー政権誕生の1979年にリリースされた『20ジャズ・ファンク・グレイツ』、そして2004年のベスト盤『The Taste of TG』の計3枚が〈ミュート〉によってリイシューされた。初期の2枚にはライヴなどのボーナス音源が付いて2CD仕様、ベスト盤にはあらたな追加収録曲もある。近年のエレクトロニック・ミュージックの潮流としてあるノイズ/インダストリアルと呼ばれる音楽がどこから来たのかを知るにはこのうえない良い機会だ。古いファンにとっても、久しぶりに聴くと新しい発見が待っているだろう。個人的には、たとえば、政治思想にはかぶれなかった彼らが、“コンヴィンシング・ピープル”のような(アンチ・サッチャー・ソングとしか思えない)ポリティカルな曲を歌っていたことは興味深いことのひとつだった。

 取材を引き受けてくれたコージー・ファニ・トゥッティは、今年、自伝『アート・セックス・ミュージック』を上梓した。いま現在はロンドンのギャラリーで彼女の個展が開かれてもいる。ジェネシス・P・オリッジが病に伏していることもあるのだろうが、今年はUKのメディアでずいぶんと彼女の記事を見た。ここ数年は音楽の方面でも、主にカーター・トッティとしての活動と平行しながら、ファクトリー・フロアのニック・ボイドとの共作、ガゼル・ツインのアルバムへの参加するなど、新世代との交流も目立っている。
 ヌードモデル時代の話からCOUMトランスミッション時代、そしてTGからフェミニズムについても語ってくれた2万5千字。はじめに出てくる個展の話は、それを観ていない日本のファンには伝わりづらいところがあるかもしれないが(しかもそれはおそらく、このお上品な日本では、決して展示できない作品ばかりであるようだ)、削るには惜しく、しばしお付き合いいただければ、彼女の表現に対する考え方は明らかになるだろう。このロング・インタヴュー記事が、全盛期にはなかば神格化され、彼らのアイロニーにも関わらず、ちまたに多くの信者やアンチ権威の権威という矛盾を生んでいたTGを、いまあらためて理解するための助けになることを願いたい。

Cosey Fanni Tutti

わたしたち4人は、全員それぞれユーモアのセンスを備えた、そういう連中だった。全員がアイロニーを祝福していたし、人びとをまごつかせもしたかった。わたしたちは全員、マーティン・デニーに入れ込んでいた。わたしたちはTGを「インダストリアル・ミュージックの最初の形」として定めるつもりもなかった。

ちょうど今年の5月にイアン・ブレイディ(※1965年の猟奇的なムーアズ殺人事件の犯人。5人の少年少女が暴行の末に殺害された)が他界しました。この事件を題材にした曲は、ジョニー・ロットンとシド・ヴィシャスが抜けたセックス・ピストルズ残党にもありますが、ザ・スミスの“サーファー・リトル・チルドレン”が有名です。

コージー:ええ。

しかし、おそらくもっとも最初にそのおぞましい事件を扱った曲といえば、あなたがたによって1975年に演奏された“ヴェリー・フレンドリー”ですよね? 彼の死に何か思うところはありましたか?

コージー:……別にどうとも思わなかった、正直言って(まったく興味なし、という無表情な口調)。

そ、そうですか(苦笑)。

コージー:ほんと、わたしにはこれといった反応は浮かばなかった。あれは過去の話、あの時期の事件だったわけで。だから……あの事件が起きて騒動になっていた頃、わたしたち自身はまだほんの子供だった、みたいな(※コージーは1952年生まれ)。だから別に……まあ、報道番組で取り上げられたりしてはいたけれども、そう、わたしたちがあの事件を曲に取り上げたのは、あのおぞましい事件が実は、本来のあるべき形で(司法、世相、メディア他で)取り組まれてこなかったじゃないか、その点に人びとの関心を向けたかったから、という。かつ、ああした事件がどれだけ簡単に起きてしまうものか、そこにも注意を喚起したかった。そうやって、人びとはもっとああいう要素に警戒すべきだろう、と言いたかったわけ。

はい。

コージー:で……実はそれって、いままさに起きていることなわけよね? いま現在の風潮を考えると。

ええ、たしかにそうだと思います(※いまちょうど、ハーヴェイ・ワインスタイン疑惑もイギリスでは大きく報じられていて、次々に名乗りをあげる女性たちに応援の声が集まっています。また、ここ数年はジミー•サヴィル事件はもちろん、英北部ロクデールで1960年代に起きた幼児虐待リングの捜査といった洗い直し捜査の報道が折に触れて起きています)。

コージー:そう。だから、ああいう事柄が明るみになることはとても重要なのよ。

では、あなたご自身はああした事件、ムーアズ殺人事件やヨークシャー・リッパー事件が起きていた60〜70年代のイギリスの雰囲気に個人的に影響されたことはなかったのでしょうか?

コージー:その質問、どういう意味? 意図がよくがわからないんだけど?

思うに、60〜70年代にイギリスで育った人のなかには(※ここで坂本が連想したのは「レッド・ライディング四部作」他で知られる作家デイヴィッド・ピースです)ああした連続殺人鬼/大量殺人事件──それはまあ、アメリカ型の銃乱射殺人ではないですが──から心理面で影響を受けた人がいるようで。たとえば当時はまだ若い女性だったあなたが「外に出かけるのが怖い」といった恐れを抱いたことはなかったのかな? と。

コージー:それはまあ、当然の話、誰もが(あの頃は)そんな風に恐れていたわよ。とくに、若い女性だったらそう。わたしたちの世代の女性は若いうちにああいう事件のことを知らされたわけだし、たしかにわたしたちみんなが恐れを抱いていた。親たちは娘/息子の動向に気を配り、帰ってくるべき時間に子供が戻ってきたかどうか? 云々に注意していた。それもあったけれど……あの事件みたいな性質のものがマスコミに取り上げられ報道されたことって、実はそれまででも初だったんじゃないか? と思っていて。だから、当時としてはあれは「新しい何か」だった、と。

なるほど。

コージー:そうね、で……いま現在、誰もがこうした問題の数々にちゃんと取り組もうとしていると思っていて。そうやって、(隠すのではなく)問題を表沙汰にしようとしている。それは良いことだ、自分にはそう思えるわね。

さて、あなたがCarter Tutti Voidとしてアルバムを出した頃からさらにまた勢力的に活動されている印象を抱いていたのですが、今年は、〈ミュート〉 と再ライセンスをしました。

コージー:そうね。

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わたしたちは人間のなかにある暗部、よりダークな状態について歌っていた。で、それは愛について歌うのと同じくらい重要なことなのよ。というのも、そうした暗部を抑圧すればするほど、状況はますます悪化していくわけで。


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今回は3枚のアルバムが再リリースされますが、 あなたは今年の夏前には自伝『Art Sex Music』を発表しましたし、ロンドンで個展も開催されます。あなたにとって“話すとき”であり、TGやCOUMトランスミッションズについて振り返るときでもあると、それは何を意味するのでしょうか?

コージー:んー、自分としてはそういう風に捉えていないし、いわゆるTGのレガシーを「振り返ろうとする」行為だった、とは思わない……だから、ああやって見返してみたところで、その時点でやっと過去が自分に訪れた、自分のものになったというか。過去について自分で語ることができるようになった、それだけのことじゃないかしら? 
 というのも、それがTGであれ、あるいはそれ以外のプロジェクトであれ、わたしたちがこれまでにやってきたことが去ってしまった、それらが自分たちにとって完全な「過去」になってしまったことは一度としてなかったし。というわけで、わたしとしては何も、過去の遺物めいた「歴史」から何かを掘り起こそうとしているわけではないし、要するにあれらは過去ではなく、常に私の身近に存在してきたものだ、と。

なるほど。でも、「いまこそ『自分の側のストーリー』を語る時期だ」という、そういう思いはあったのではないでしょうか?

コージー:まあだから、とにかく……わたしがああして自伝を書いたのは、別に「自伝を出す頃合いはいつがいいだろう?」みたいに腰を据えて考えながら、そうやって書いたものではなかった、という。むしろあの本は、活動を続けていくなかで、ほとんどもう、おのずから浮上してきた、みたいなものだったわけだし。
 というのも、わたしが音楽、あるいは自分のアート作品をつくるときというのは、それがわたしの人生を語っているから、そこに自分の人生が含まれているから、なのよね。だから、そうしたものがわたしの人生軌道の中に訪れる、入り込んでくるということだし、そうやってあの本も生じた、というわけ。ハル・シティ・オブ・カルチャー(※コージーの生まれ故郷の街ハルは2017年の英文化都市に選ばれ、1年と通じ様々なカルチャー・イヴェントをホストしている。その一環として2〜3月にかけて「COUM TRANSMISSIONS」という展示がハンバー・ストリート・ギャラリーで開催された)にしても、あのイヴェントが決まった際にあちらから何かやってくれないかと依頼が来て、そこでわたしはあの展示作品を提出することにした、と。COUM(クーム)は基本的に、ハルではじまったものだっだから。

はい。

コージー:それで……そう、あれをやってみたところ、突如として人びとの興味が集まった、と。だから、あの展示をやって良かったと思っている。あの展示では、COUM関連の遺物/思い出の品からCOUM活動の背景にあったセオリーetcまで、あらゆるものを実際に提示することができたから。その意味では回顧っぽく思えるかもしれないけれど、自伝に関しては、もうあの展示に取り組む以前の段階から執筆を開始していたんだしね。

なるほど。

コージー:それに、あれらの後にまた別の新たな仕事もはじまっているわけで。だから要するに、わたしは何も、ただ単に過去を引っ張り出してきてそれらをプレゼンしているだけで、アーティストとしてのわたしにいま新たに何も起きてはいない、そういう状態ではない、という。あれらの作品制作を通じて、そこからまた新たな作品が出てきているわけだから。

なるほど。いまロンドンのCabinet Galleryで開催中のあなたの個展に行きまして、どの作品も興味深かったのですが、とくに「Harmonic COUMaction」という短編映画が良かったんですね。

コージー:なるほど。

あれは非常にサイケデリックな映像で、あなたのつくったサウンド・インスタレーションと合わさるとクラクラしてくる感じでしたが、と同時に作品冒頭は「これは過去の回顧がテーマの作品なのかな?」と思ったんです。というのも、あなたのご両親の若い頃の写真から始まり、子供〜少女時代の写真やCOUMパフォーマンスの模様なども縫い合わされていて。

コージー:ええ。

ところが作品の最後で、それらのレトロなイメージや風景がいまのそれと混ざり合い、現在のあなたのポートレートに収束していく。それを観ていて、ああした何もかも、様々な変容があなたのなかに流れこんでいき、そしてそれらが「あなたがいまいるポイント」、2017年現在のコージーを作り出しているんだな、と納得がいった、というか。

コージー:そう、その通りね。あの作品に使ったサウンドにしても、過去の音源と今のものから集めてきたものだし。だからとにかく、ひととおり円が一周して閉じた、みたいなものだったわね。あの自伝にしても、そういうこと。わたしがどんな風に生まれ、そしてそのわたしがいまどんな場所にいるのかを描いている、と。
 だから、受け手をまずそもそものはじまりの地点まで連れていき、その時点から現在に至るまでの時間の中で起きたあらゆることを見せているわけ。で、そうよね、私はいまもまだこうしてちゃんと立っている、という。

ちなみに、こうした長い活動を通じて、過去のあなたは多くの人間から誤解されてきた、という思いはありますか? 

コージー:まったく自分でも見当がつかない。自分としては別に気に留めてもいないし。

なるほど。いや、あなたにはある種の評判がつきまとってきたわけで、人によってはあなたを「TGの裸の女性メンバー」とだけ理解しているかもしれない。ところが、たとえばあの個展を観に行けば、あなたが長い間にわたって──と言っても、何も「考え抜いて巧妙にアートのキャリアを続けてきた」とは思いませんけども、ご自分のアートをつくり続けてきた人だ、というのがよくわかると思うんですよね。

コージー:ええ。

で、こうしてお話を聞いていると、あなたに何がしかの「苦い思い」みたいなものがあった、とは思えないのですが──それでも人びとに長らく誤解されてきた、ここで誤解を解いておきたい、といった感覚もあったのかな? と感じたんですが。

コージー:フム……だからまあ、さっきも言ったように、わたし自身のなかにそういう思いは一切ない、ということよね。わたしは活動を続けながら作品をクリエイトしているだけであって、別に他人からの承認や賛同なんかが欲しくてクリエイトしているわけではないから。わたしは、自分を相手に作品をつくっているだけ。だから、わたしのつくる作品、音楽であれヴィジュアル作品……あるいはアートや写真であれ、それらの何もかもが「自分という人間」なのよね。というわけで、わたしは自分自身を作品としてプレゼンしている、それだけのことだ、と。

はい。

コージー:だから、わたしは自分のアートを日用品/モノとしてだったり、あるいは壁に掛けて装飾に使える芸術としてつくっているわけではない、と。それはわたしが自分の人生を通じて体験してきたカルチャーのなかから生まれる、わたし自身の声明文なのよ。

なるほど。でも、70年代、あるいは80年代のあなたにとっては、アートを通じてそうやってご自分を表現するのは難しかったのでは? とも思います。また個展の話に戻りますが、あそこで展示されたヌード写真作品や雑誌コラージュを観ていて、「うわぁ、彼女は文字通り、極限の形で自分自身を〝露出〟していたんだな!」と驚かされたんです。で、あの年代の自分にああいうことができただろうか? と考えてみて、「とてもじゃないけど無理、そんな勇気は自分にはない」と感じずにいられなかったんですよね。それも、あんな時代に。

コージー:あなたは、いま何歳なのかしら?

47歳です。

コージー:ああ、なるほどね。

それに、わたしは日本生まれですし、英米に較べて保守的な考え方の人間であることは間違いないんですけど……。

コージー:ええ、ええ、あなたがそうした思いを抱くのはなぜか、そこはわたしにもわかるわよ。だから、それは別にわたしとしても気にならないから大丈夫。ただ……とにかくこう(苦笑まじりに軽く吐息をついて)……だからまあ、自分はどうしてこういうあり方の人間になったのか? それを自分で説明するのはわたしにも無理だ、と。とにかく、自分はとても自由思考の持ち主で、スピリット面でも非常に解放されている、としか言いようがない。で、わたしはたまたま、そうしたあり方や姿勢が大いに讃えられていた時代、60年代や70年代に育った人間だ、という。
 というわけで、そうよね、それはもちろん日本や、あるいはそれ以外の世界中の色んな国とは、非常に違う状況だったでしょうし。でもわたしたちはみんな、どういう形であれ、自分たちがそのなかで生きているカルチャーに対して反応していくことになるんだと思う。

はい。

コージー:だから……ある意味では、自分はラッキーだったのかもしれないわよね? ただ、わたしは自分には勇気がある、勇敢だとか、そんな風に捉えることはまったくなくてね。とにかくこれがわたしという人間なんだし、自分のやろうと思ったことをやっていくだけ。だから、それ以外に自分の生きようはない、ということね。

The Quietusのラジオをちょっと聴いたんですが、あなたは10代のとき、60年代にヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジミ・ヘンドリックス、あるいはレナード・コーエンやスモール・フェイセズ(いちばん意外な選曲でした) まで好きだったことを告白しています。 若き日のChristine Newby(※コージーの本名)とはいったいどんな女性だったのでしょうか? 選曲を見ると、すごく60年代を満喫した感じにも見えるのですが。ある意味では60年代のオプティミスティックな空気を存分に吸い込んだ少女が、どこをどうするとCOUMトランスミッションズへと変容するのでしょうか?

コージー:そうは言っても、わたしが60年代当時に聴いていた音楽、たとえばいま話に出たヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジミ・ヘンドリックスにしても、あの頃はやはりかなり「破戒者」だったわけじゃない?

ええ。

コージー:まあ、たぶんいまの人びとがあの頃の音楽を振り返ってみたら、ああした音楽は現在の耳にはそれほど実験的なものには響かないのかもしれない。ただ、あの当時は非常に実験的に聞こえた音楽だったわけ。少なくとも、わたしの両親はああいう類いの音楽は絶対に聴かなかったでしょうし(苦笑)。

はい、はい(笑)。

コージー:(笑)でしょう? だから、そうした音楽を聴くことで、ある意味インスパイアされるというのか、「自分でも色んな物事を探ってみよう」と思わされるわけで。そうやって、自分の知らなかった別のライフスタイルだったり、これまでとは違う自己表現の仕方を見つけようとし始める、という。で、それによって、多くの人びとの精神のドアが開いたわけよね。

それは、ある意味現実からの逃避でもあったんでしょうか? あなたが当時いた現実の世界やライフスタイルとは別の世界を作り出すこと、それが音楽なりアート制作なりを始める大きなきっかけになった、ということでもありますか?

コージー:いいえ、わたしは別に自分のリアリティから逃げてなんかいなかったわ。そうではなく、自分の現実を祝福していたから。ただ、それが自分以外の他の人びとの現実とはかなり違っていただけ。で、わたしはその事実を喜んで受け止めたんだし、いかなる形であれ、その自分の現実を修正しよう、変えたりしようとはしなかった。というのも、そんなことをしたら自分が自分ではない感覚になってしまったでしょうし。

そういえば、これまた個展の話に戻ってしまうのですが、一瞬脱線させてください:「Harmonic COUMaction」の映像には70年代におこなわれたCOUMのストリート・パフォーマンス写真が使われていますが、あの中に何度も出てくる、金色の長い象の鼻のようなものを付けたキャラクター(※一種、インド宗教の図像めいた見た目で、そのキャラがスーパーマーケットのカートに乗って通りを練り歩く光景がコラージュされる)、あれは何なんですか? 

コージー:ああ、あれはCOUMのつくり出したキャラクターのひとつで、「Alien Brain」っていう名前(※「The World Premier of Alien Brain」パフォーマンスは1972年にハルでおこなわれた)。

ああ、そうなんですね。

コージー:で、あのコスチューム、あれは誰が着ても構わなかった。

(笑)。

コージー:だから、誰でもあのキャラになれたわけ(笑)。コスチュームの下にいるのが誰なのか、それはどうでもよかったし、とにかく「Alien Brain」というものがああやってあの場に「存在する」というのが大事だった、という。そう、あれはそういうキャラクターだった。

なるほど。あれは神の創造物/イコンみたいなものなのかな? と、観ていて感じましたが。

コージー:あれは……第二次大戦時のガス・マスクを使ってつくったコスチュームだったわ。で、そこに金銅色の塗料をスプレーしたもの、という。

じゃあ、ああいったパフォーマンスに使用した小道具は、あなたたちのお手製だったんですね?

コージー:ええ、わたしたちは……っていうか、わたしは昔はよく……あれは、どういう場所だったのかしらねぇ? 要するに、古道具屋だとか、廃品処理場/ゴミ捨て場みたいなところにしょっちゅう足を運んでは(笑)──

(笑)。

コージー:(笑)というか、タダで何かが手に入る場所ならどこにでも行ったし、それだとか不要品バザー/がらくた市といった、開催時間の終わり頃に行くと閉店前の値下げが始まって、格安で色んなものを買える場に繰り出して。で、あの当時はさっき言ったような第二次大戦時の名残りの品だったり、ヴィクトリア朝時代の衣類や……アール・デコ時代の服だったり、とにかく色んな類いの心を惹かれるオブジェなんかをそういう場所で手に入れることができたのよね。いまのように、そうした物品が(「ヴィンテージ」「アンティーク」として)トレンディになり、高価になる前の話だけれども。

でも、あのストリート・パフォーマンスの模様を捉えた写真を観ていてとても印象に残ったのが、パフォーマンスを見守っている通りすがりの人びとがマジで困惑していて──

コージー:ええ、そうよね。

「いったい何だろう、これは??」と、どう受け身をとっていいかわからない表情を浮かべていたことでした。で、そのギャップを眺めていて、あのとんでもないパフォーマンスをストリートでやっていた当時のあなたたちは、どんなことを考えていたんだろう?と思わずにいられなかったんですが。

コージー:だから、あそこで興味深かったのは、わたしたしが実際にアートを街路に持ち込んだ、ということだったのよね。そうやって、わたしたちはアートや色彩を(ギャラリーや美術館のなかではなく)人びとのいるストリートに引っ張り出した、と。だから、もしも通行人たちがあのパフォーマンスに自分も参加したいと思えば、わたしたちのなかに混じることも可能だったわけ。そう、あれは要はそういうことだったのよね。だから、「自分たちのアートをいつかギャラリーに展示してもらおう」だとか、そういう思惑や大掛かりなプランがあってわたしたちはああいうパフォーマンスをやっていたわけじゃない、という。
 ただ、それはどんな類いのムーヴメントにも当てはまる話でもあって、その当時ではなくて、もっとずっと後になってから評価され、その運動のあるべき場所だったり、理解される時代を見つけていくものなのよね。だから、もっと後になって、人びとがそうした過去のムーヴメントを探し当てていき、それを分析し、その上でそれに見合う場所/文脈だったり、その運動はどこにどんな影響を与えたのか? といった面が発見されていく、という。

はい。

コージー:ただ、それでも、そうしたアクション(行動)だったり、様々な物事が起きることを可能にする触媒の役割を果たすもの、それはやっぱり、はじまりの段階では必要なわけよね。たとえばジミ・ヘンドリックスであったり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのような存在が。彼らは、自分たちの生きる世界や生を探究していき、自分たちは自らをどんな風に表現したいのか? を探っていった、その意味では似たような存在だったし、それはまた、わたしたちがやっていたのと同じことでもある。で、そうするうちに他の人びとのなかにそういうことを理解してくれる者が出てくるし、彼らのような面々がまた、同じことを彼らなりの手法で受け継いでいくのよ。

なるほど。

コージー:だから、それはスロッビング・グリッスルでも、あるいはクリス・アンド・コージーでも同じことだったわけ。わたしたちがああしてつくった音楽が他の人びとから認知/理解されて、で、それがまた、彼らの手によってまた違う場所へ、別の方向へと引っ張られていくのよね。

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それがTGであれ、あるいはそれ以外のプロジェクトであれ、わたしたちがこれまでにやってきたことが去ってしまった、それらが自分たちにとって完全な「過去」になってしまったことは一度としてなかったし。


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後に“ヴェリー・フレンドリー”や“スラグ・ベイト” が生まれるような土壌は、60年代末から70年代初頭のロンドンにはあったのでしょうか? 
それとも、COUMトランスミッションズやTGのみが突然変異だったのでしょうか?

コージー:まあ、わたしたちはラヴ・ソングは歌わなかったわよね。

(笑)。「ラヴ&ピース」はTGの味ではなかった、と。

コージー:とにかく、わたしたちは人間のなかにある暗部、よりダークな状態について歌っていた。で、それは愛について歌うのと同じくらい重要なことなのよ。というのも、そうした暗部を抑圧すればするほど、状況はますます悪化していくわけで。それに、かつての70年代イギリスというのは、とにかくダークだったしね。数々の政治的な変動が起きたし、人びとは貧困に苦しんでいて、ストライキも多かった。だから、とてもハードな時期だったわね、あの、60年代終わりの頃から70年代に入っていく、あの頃は非常にハードだった……で、わたしたちはとにかく、自分たちの日常で、そして他の誰もの日常で起きている様々な物事に注意を向けようとしていた、それだけのこと。

あの頃のバンドあるいはアート集団なりで、当時のあなたたちからしても共感できた、同じようなことをやっていてシンパシーを抱けた、そういう人びとは他にいましたか?

コージー:それはまあ、わたしたちが自分のレーベルを通じてレコードを発表することにした、そういう人たちのことよね。そういう人びとには共感を抱いたし、他にも活動を通じて出会った面々がいた……ただ、そうは言ってもそれはごくごく少数の、小さなサークルではあったんだけどね。正直、そう。

ええ。

コージー:だから、パンクも当時起きていたわけだけれども、パンク勢とわたしたちとは、非常に性質の違うものだったから。というのも、パンクというのは……あれはこう、なんだかんだ言ったってメインストリーム音楽の一端に属するもので、「レコード契約をモノにしよう、売ろう」云々の思惑が混じる、そういう類いのものだった、というか。わたしたちのやろうとしていたのは、そういうことではなかったし。

でも、そのパンクの側は、きっと75年、76年あたりのTGの作品や活動ぶりから何らかのインスピレーションを受け取っていたんじゃないでしょうか?

コージー:いいえ、それはないわね。彼らはわたしたちとは別物だったし、彼らの進んでいた方向とわたしたちのそれとは接したことがない、お互いまったく別の道筋をたどっていた。というのも、彼らのやっていたのは要はロックンロールだったんだし、わたしたちがやっていたのはロックンロールとは完全に無縁な何か、だったから。

ヌード・モデルやストリッパーはぶっちゃけ生活のためにやったのでしょうか? それとも芸術的野心があってのことなのですか?

コージー:あれはとにかく、わたしが自分のアートのために、自分自身に課したプロジェクトだったわ。で……そうね、受け取ったモデル料等々はたしかに役に立ったし、いくつかのプロジェクトの資金、COUM作品に使うアート素材の購入だとかに充てたこともあった。それとか、家賃光熱費etcの一部になったり。だけど、ああした仕事と同時に、わたしは普通の9時5時仕事の職にだって就いたわけだし、そうでもしないと食べていけなかった。それくらい、当時は悪戦苦闘していたから。だから、モデル仕事やストリッパー云々は、まず何よりも第一に、自分のアート・プロジェクトのためにやっていたことだった、と。
 それもあったし、第二の要素として、モデル/ストリップ業は定期的な仕事ではなかったし、だからどうがんばっても一定の収入をもたらす職業、生活を支えるだけの収入源にはなりっこなかった。というのも、ヌード・モデルにしたってオーディションを受けなくちゃいけないし、そこで「彼女はこの仕事には不向き、不採用」なんて結果になることだってあるわけで。だから、誰かが「そうだ、自分は裸体モデルになろう!」と思い立ったとしても、その意志だけで募集側がすぐ「それは素晴らしい! じゃあ彼女にこの仕事をあげることにしよう」と反応して「月―金の毎週5日勤務で、○年間あなたを採用します」なんて話にはなりっこない、と。彼らは目的にマッチした特定の体型、特定のタイプの女性を見つけようとしていたんだし。だからあの手の仕事というのは、とてもじゃないけれど、週給/月給単位で自分に生活費をもたらしてくれるような、そういう「安定した職」としてやっていたことではなかった、という。それはどうしたって無理な話。それに、いまと較べてどうなのか? は自分にもわからないけれど、とくにお給料の良い仕事というわけでもなかったしね、当時は。

ああ、そうだったんですか。

コージー:仕事の内容そのものはいまと同じように複雑だったけれども、でも、別に割のいい仕事ではなかったし。

いや、当時のあなたはかなりこう、派手でバーレスクめいたこともやっていたわけで、だから結構お金をもらえていたのかな?と感じたんですが、そういうわけではなかった、と。

コージー:いいえ、まったくそういうものではなかったわ(笑)。

あなたがセックスやセクシャリティといったサブジェクトを扱うようになった経緯について教えて下さい。

コージー:それはまあ、以前のわたしは、コラージュ作品をたくさんやっていたからなのね。そうした作品で、自分のヌード写真が掲載されたセックス雑誌を使ってコラージュをやっていたわけ(※個展でも、アメリカ80年代の『Partner』というハード系ポルノ雑誌に掲載された彼女のヌード・グラビアとインタヴュー記事を用いたコラージュ作が展示されていた)。あそこからだったわね、本格的にセックス/セクシャリティが題材になっていったのは。だから自分でも「よし、これなら自分にも続けられる」と思った、というか。少なくとも自分はあれらのイメージの背後にあるストーリーを理解しているし、ああしたイメージを生み出す経験が実際どういうものかも知っているわけだから。
 それに、さっきあなたが言っていたことと少し似ているけれども、「自分をオープンにしてさらけ出す」、ということなのよね。だから、少なくとも自分が実際に体験したことではない限り、その題材を扱うことに意味はないんじゃないか、わたしはそう思っていて。

ええ。

コージー:で……ただ、自分は嘘はごめんだ、というのか。嘘ではなく真実を、とにかく自分の作品のなかには真実の要素が含まれていなくてはならない、と。それに正直な話、もしもわたしが他の人間のやった仕事──その人間が裸になって撮影されたグラビア写真であれ、何であれ──他者の仕事を使って自分のコラージュ作品をつくろうとするのなら、やっぱり自分はそこで、彼らに対してのリスペクトの念を持ちたいと思う。彼らがどこからやって来て、これまでにどんな体験をくぐってここに至った人なのか、そうした面をちゃんと知りたい。
 それに、ヌード写真というのは、当時は興味をそそられる、魅惑的な対象でもあったわけで。というのも、いまのようにインターネットのどこにでも裸体やポルノが氾濫している、そういう時代ではなかったし、そもそもインターネットすら存在しなかったわけで。ああいう雑誌を手に入れるには、裏ルート、セックス・ショップの奥の秘密の部屋に行くしかなかった。だから、あそこにはある種のミステリーも関わっていたし、わたしはそこに興味をそそられもした。

性産業は犯罪組織とも繫がりがあったわけで、若い女性として、男性の前で裸になる弱い存在として、ああいう世界に入る危険性が怖くはなかったんでしょうか?

コージー:ええ。ただ、あれくらい若い頃だと、逆にそういった面をそこまで深く考えないものでしょう? だから、ああいう年代の人間は「自分はいつまでもこの調子でいける」なんて風に(苦笑)、怖いもの知らずでいられるわけで。けれどもまあ、本当に「これはまずい、ここに来なければよかった」と感じるようなシチュエーションに陥ったら、とにかくその状況をなんとかして切り抜けて、その場から立ち去って自分の安全を確保しようとするんでしょうし。

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たとえばジミ・ヘンドリックスであったり、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドのような存在が。彼らは、自分たちの生きる世界や生を探究していき、自分たちは自らをどんな風に表現したいのか? を探っていった、その意味では似たような存在だったし、それはまた、わたしたちがやっていたのと同じことでもある。


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なるほど。あなたの個展を観てわたしが強く感じたことのひとつに、あなたのグラビアやヌード写真の「強さ」があったんですよね。たしかにあなたはものすごくご自分をさらしていましたが、『プレイボーイ』あたりの好むベビードール・ドレス姿やバニー・ガールといった子供っぽく可愛らしいイメージとはまったく違う。あなたがあの写真を自分でコントロールしているのがわかったし、単なる「セックスのオブジェ」ではないんだな、と。

コージー:そうやって、ある女の子は「オブジェ」という風に映るけれどもそうは映らない女の子もいる、というのは、やっぱりそれぞれのキャラクターの違いゆえだと思うけれど? わたしは、まあ……とにかくこう、何と言ったらいいかしら……そうね、わたしはいつだってとても強い人間だった、それだけ。

(笑)。

コージー:(笑)。どうしてかと言えば、とにかく、わたしが大きくなった頃、わたしが育った時代ゆえなのよね。それもあったし、自分の家庭環境も。わたしは中流ではなくワーキング・クラス出身で、貧しい公団暮らしだった。ああいう環境では、居場所を確保するために闘わなくてはいけなかったのよね。というわけで、わたしはこう、ちょっとばかり厄介で胡散臭くなりかねない、そういったシチュエーションに対処するのに若いうちから慣らされてきたのよ。
 それもあったし……わたしのなかには、非常に強固な「自分はどういう人間か」という概念が備わっていた。いつだってそうだったし、それはわたし自身の存在のなかにあった。だから、自分がどんな場所にいたとしても、それは「わたし自身」がその場にいたいと思うから(=他者に強制されたわけではなく)そこにいたんだ、と。

ああ、はい。

コージー:だから、それはわたし自身の選択、自ら「そこにいたい」と選んだからこそわたしはあそこにいた。だから、もしもそういう場に行くことにして、そこで困った事態に巻き込まれる羽目になったとしても、それだってやっぱり、「わたしの選択」の結果だった、という。たとえ、その場にいた人びとは、本来わたしに対してそうした困った振る舞いをすべきではなかった、としてもね。

でも、あなたのアートにはフルクサスからの影響もあると思うのですが、しかしあなたは小野洋子ほどピースな出方をしていませんよね。もっと挑発的だったし、もっとフェティッシュで、オブセッシヴでした。なにがあなたをラジカルな方向に向かわせたのでしょうか? 

コージー:そうねぇ……それはきっと、とにかくわたしがそういう人間だから、ということに尽きると思う。だから、大半の人間たちが直面しているリアリティ、現実とコネクトしたい、そういう人間なのよね、わたしは。それは、人間はどんな風に日々の生に対処していくか? ということ。だから、どうやってリアリティに取り組んでいくか……その現実から逃避するのではなくて──たとえば、ヨガだったり、瞑想に逃げ込むのではなくて。もっとも、わたしは別に、ヨガ/瞑想を敵視しているわけではないし、ああいうのがあっても構わないんだけれども。

ええ。

コージー:ただ、わたしが取り組みたいと思うのは、「人間」そのもの、それがどんな風に現実と関わっているのか、そして同じ人間同士の間でどんな関係を結んでいるのか、そこなのよね。というのも、結局は、わたしたちってそういう存在なわけでしょう? わたしたちは他の人間とコミュニケートしなくてはいけないんだし。だから、自らを他から隔離してしまい、そこで浮かんできた何らかのセオリーを「芸術作品」として提示することではない、と。そうではなくて、わたしのアートというのはわたしの実人生についてのもの、そういうことね。で、願わくは、それが受け手の心を動かして人びとがそれについて対話をはじめるに足るような、そういうアートであってくれればいいな、と。わたしだってかつて、アートに触れて同じように反応したわけだし。

しかしそうやってリアリティを相手にすることは、人間の醜い部分に接することでもありますよね?

コージー:そりゃもちろん。だからTGはああいうことをやったわけでしょう? 要するに、ラヴ・ソングの数々、愛ってなんて素敵なんだろうとか、天国にいるみたい云々、そういう歌があるのはもちろん大いに結構。ただ、わたしたちは実際、様々な物事に直面しながら日々を生きるしかないんだし、そこには心のなかで感じる苦悩をはじめ色んなものが含まれている。どうしてかと言えば、人間というのはそういう生き物だから、なのよね。わたしたちにはとんでもなく悲惨な行為をおこなってしまえる素質も備わっているんだし、だからこそ、そうしたおこないを繰り返させてはいけない、と。

わかります。ただ……現実には悲惨な事件は繰り返されていますよね。

コージー:ええ、それはわたしも承知している。だから、ついこの間もこんな話をしたんだけど、TGがやった〝The World Is a War Film〟という曲(『Heathen Earth』収録)……いまの時代ほど、あの曲がぴったりハマる時期はなかったんじゃないか、と(苦笑)。

たしかに。

コージー:ほんとうに、そう。あれは、あの曲をやった当時(1980年発表)を描いたものだったというのにね。だから……そういうことよね。でも、かといって、すっかりお手上げと座り込んでしまい、他の連中に世界を彼らの好きに支配させるがままにしてはおけないわけで。そのせいで、こういうシチュエーションに陥ってしまうことになるわけだから。

で、ああいう行為の背後には、男性的な価値観の抑圧に対するカウンターがあったかと思いますが、あなたは自分をフェミニスト的だと思いますか?

コージー:(吹き出して笑いはじめる)クククッ! みんな、いつもそれをわたしに質問してくるのよねぇ……。クックックックッ……。

(笑)失礼しました。

コージー:(笑)いえいえ、いいのよ、別に訊いてくれても構わないから!

日本ではとくにそう感じますが、女性が自らを「わたしはフェミニスト」と称するのには、まだかなり抵抗がある気がします。その言葉そのものから連想される様々なイメージもあるわけで。それにまあ、あなたはある意味、そうしたタームを超越した人のようにも思えるのですが、いかがでしょう、ご自分をフェミニストだと思いますか?

コージー:わたしは、自分のことを他のみんなと同じ人類の一員だ、そう思ってる。

(笑)「コージー」という個人だ、と。

コージー:そう。わたしはコージーなんだし、それはあなただって同じで、あなたはあなた。だから、その人間が「女性」として定義されてしまうという事実、それはとにかく、わたしとしては却下、願い下げだ、と。そうやって性で定義されるべきではない、そう思う。そうは言っても文化のなかにおいてそういう考え方は存在するわけだし、それは間違っている。で……この間、たまたまツィッターを通じて、ニムコ・アリ(※Nimco Aliはソマリア人の女性運動家。FGM撤廃を始めとする女性の権利・教育活動で知られる)という女性の引用に出くわしたのね。そこで彼女は、いま話しているようなことをみごとに要約した発言をしていて、それは「わたしたち女性は『人間』なのであって、ただ単に『姉妹』あるいは『母親』といった風に、男性の側にとってだけ意味のある存在ではない」といったことだったのね(※彼女が10月25日に残したツィート原文は「Like I said. We women are humans. Not someone’s something. We are autonomous just like men. So respect us because of that.」)。

なるほど。

コージー:だから、「フェミニズム」もそういうことなのよね。そのタームを使うことで、あなたは即「女性(フェミニン)」というカテゴリーに分類されてしまうことにもなるわけで。それはすなわち、「男性(マスキュリン)」に対しての別の何か、「アザー」ということになってしまうわけでしょう? だから、いま出した彼女の発言は、まさに真実だな、そう思う。わたしたちは人間なのであって、そのセクシュアリティ、あるいはジェンダーによって定義されるべきではない、と。そうじゃない?

はい。

コージー:それに、フェミニズムというのは、単語としてはある意味ちょっと違うんじゃないか? と。だから、もちろんわたしもあの言葉がどこから生まれたかは理解しているし、フェミニズムが何をやろうとしているのか、そこは分かっているのよ。それに、あの言葉以外にあの運動を的確に表現できる、そういう言葉はわたしにだって浮かばないし。ただ、さっき話した彼女の発言は、あの言葉について感じる「どこか違う」という思い、そこに対して図星だったな、と。

伝説の1976年10月の「プロステューション」ショーは、 よくよくセックス・ ピストルズのビル・グランディ事件と同じぐらいにスキャンダルな出来事でもあったと記述されていますが、 あれをやった当時のTGはどんな気持ちだったのでしょうか? 世界を挑発するわけですから、よほど強い気持ちがあってのことだと思います。

コージー:まあ、わたしたちはあのショウを展示して……あれはそもそも、わたしたちがそれまでやってきたアートの回顧という意味合いの企画だったのね。というのも、あの時点でCOUMは終わりつつあったし、あれ以降で予定されていたCOUMとしての活動はアメリカでのショウ数本を残すのみだった、と。というわけでTG、スロッビング・グリッスルは、わたしたちにとって新しいプロジェクトだったわけ。だから、マスコミからああやって「けしからん、立腹である」と反応されたことで、ある意味、自分たちが本当にやろうとしていたことの邪魔になってしまったな、と(※「Prostithution」をめぐり、公共芸術基金の使途について英国会で議論になった。ニコラス・フェアバーン故議員がCOUMを「文明の破壊者」と批判したのは有名だが、2014年には同議員の幼児愛好・虐待歴が暴露された)。というわけで、とにかく思い出すのは、あのときの自分が「あー、迷惑な話、うざったいな」と感じていたことだったわね。

(笑)。

コージー:わたしとしてはただ、さっさとスロッビング・グリッスルに取り組みはじめたい、そう思っていたから。それこそ、当時のわたしにとっては自分が新しくハマっている、エキサイティングなプロジェクトだったんだし。COUMの残滓、たとえばモデルをやるとか人びとの頭の上でパフォーマンスするといったことはまだ若干残っていたけど、それだってその程度の話。わたしとしてはそれはもう「終わってしまったこと」だったし、あの時点のわたしは既にそこから去りつつあった。だから、「Prostitution」はCOUM Transmissionsの回顧展であり、それと同時に、COUMの活動を刻印し、かつスロッビング・グリッスルのはじまりを記す、そういう意図のもとにおこなわれたショウだった。アートの世界から離れて、サウンドの世界へと入っていく、そのはじまりということね。

雑誌で初めてTGの写真を見たときは、なんでこんなノイズ・バンドに美女がひとりいるのだろうと思いましたが、やはりヴェルヴェット・アンダーグラウンド&ニコというのがTGにとって大きな存在だったからなんでしょうか? 

コージー:フーン? まあ、自分ではそんな風に考えたことはなかったけれども。そうは言っても、わたしが若かった頃は、ニコをはじめとして、自力で自作音楽をやっている女性たちは他にもたくさんいたし。彼女たちはたしかに、あの当時はインスピレーションを与えてくれる存在だったわね。要するに、何も音楽は「バンドをやってる男連中」というのに限らない、と。
 と同時に、わたしは彼らの音楽外での活動ぶりにも興味があった。だから、いったんステージを離れたところで、彼らはとても興味深いオルタナティヴなライフスタイルを送っていたわけよね。だから、バンドとしてステージに立つだけではなく、彼らは日常の中でもオルタナティヴなことをやっていた、と。だからなんでしょうね、わたしの人生が、クリエイティヴな行為を中心にして回ってきたのは。

今回再発される3枚のうちの1枚、『セカンド・アニュアル・レポート』についてですが、 いまでもこれがTGのベストだというファンは多いかと思います。

コージー:ええ。

たしかに“スラグ・ベイト”や“マゴット・デス”のような曲は、今日言われるノイズ/ インダストリアルの出発点のような曲ですし、そのおぞましく残忍で血みどろの歌詞もいわゆるTGのパブリック・イメージにもなっているかもしれません。いま聴いてもパワフルな曲ですが、あなた個人はあのアルバムを現在はどのように評価しているのでしょう?

コージー:わたし自身がどう評価するか? まあ……だから、これもさっきから話してきたことと同じだけれど、何かをやるわけよね? それは、先ほど話したCOUMのストリート・パフォーマンスでも、何でもいいんだけれども、人がそうやって色んなことをやるのは、その、何というか……「自己表現したい」というニーズがあるからなのよね。で、わたしたちが『セカンド・アニュアル・リポート』でやったのも、まさにそれだった。それに、実際の話、あのアルバムでのわたしたちは、自分たちからすればまだ存在しているとは思えない、聴いたことがない、そういうサウンドだけを追求することに決めたのね。自分たちの感じていたフィーリング、それを音にして表現してくれるサウンドが存在しない、当時はそう思っていたから。
 で、わたしたちのなかには、あの作品をつくることによって自分たちのキャリアがどうなるだろうかとか、将来的にあれがどんな影響をもたらすだろうか云々、そういった類いのアジェンダはまったく存在しなかった。わたしたちはただ、とにかく自分たちの感じていたことを求めていたんだし……だから、自分たちが当時考えていたことだったり、当時自分たちの生きていた世界の様子、あるいはそこで自分たちが抱いていたフィーリングを反映した、そういう何かを求めていた。だからあれは、新しいサウンドだったのよね。自分たちの考えを提示するための、あれはまったく新しいやり方だった。で……ある種、あのプロセスそのものが変成しながら発展していった、みたいなものでもあったのよね。あの作品が最終的に形になる、その過程が。というのも、1週間くらいで出来上がった、そういうプロジェクトではなかったし、それこそもう、かなりの時間をかけて取り組んでいったもので……そうね、実際、1年ちょっとくらいかかったんじゃないかしら? そもそもグループの名前からはじまったんだし、そのアイディアはまさにハル時代にまで遡る。「スロッビング・グリッスル」という、あの名前のね。 

(笑)。

コージー:ただ、そこから実際にグループとしてはじまるのには、まずスリージー(ピーター・クリストファーソン。2010年没)との出会いまで待つことになったし、それからやっぱり、とくにクリス(・カーター)との出会いが必要だったわけで。というのも、わたしたちが聴いてみたいと思っていた、そういうサウンドを生み出すだけのテクノロジー面での技量が彼にはあったから。というわけで、そうやってスロッビング・グリッスルは生まれていったし、そこから『セカンド・アニュアル・リポート』も「起こった」という。

なるほど。

コージー:だけどまあ、わたしたちは別に、「いまから40年経って、人びとが自分たちを思い出してくれるよすがになる」ような、そういうものをつくろうとして、あの作品に取り組んだわけではなかったんだけどね。

(苦笑)。

コージー:(笑)というか、売れるだろうとすら思っていなかった、自分たちとしては。

では、いま、あの作品に集まる評価や──まあ、それは世界全体で見ればごく少数の人間たちの間での話かもしれませんけど──は、驚きでもあります? 一部の人間のなかでは、あのアルバムは「古典のひとつ」と看做されているわけで。

コージー:ええ、そうよね。それはファンタスティックなことだわ。というのも、つくっていた当時のわたしたちにとっては、それは意図したことでも何でもなかったから。ある意味、(そうやって後世になって評価される方が)ずっと良いことなんじゃないかとわたしは思ってる。

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わたしは中流ではなくワーキング・クラス出身で、貧しい公団暮らしだった。ああいう環境では、居場所を確保するために闘わなくてはいけなかったのよね。というわけで、わたしはこう、ちょっとばかり厄介で胡散臭くなりかねない、そういったシチュエーションに対処するのに若いうちから慣らされてきたのよ。


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『セカンド・アニュアル・レポート』に次いで『D.o.A. 』も人気作ですよね。そして、『20ジャズ・ファンク・ グレイツ』へと続くわけですが、『20ジャズ・ファンク・グレイツ』は、エレクトロニック・ミュージックの未来への架け橋になった作品ですが、 それまでのTGが築いたノイズ/インダストリアルのパブリック・ イメージを混乱させるような作品です。

コージー:ええ。

で、あのアルバムのもくろみ、あれは何を意図したものだったのでしょうか? ドリュー・ダニエルの解釈のように、「自らのアイデンティティを自ら意識的に冒涜すること」、TGの周辺に生まれていたインダストリアル神話めいたものを自ら破壊するのが目的だったのでしょうか?

コージー:まあ……わたしたち4人は個人として、全員それぞれユーモアのセンスを備えた、そういう連中だったわけで。

(笑)はい。

コージー:全員がアイロニーを祝福していたし、だから、人びとをまごつかせもしたかった、と。わたしたちは実は全員、マーティン・デニーとかラウンジ・ミュージック系、いわゆる「エキゾチカ」に入れ込んでいてね。「エキゾチカ」というのは、彼(マーティン・デニー)の名作アルバムのひとつのタイトルでもあるけれど。

(笑)はい。

コージー:だから、「じゃあ、それも混ぜてみよう」とわたしたちは考えたのよね。だから、あれをやったのも要は、物事をやっていくための新たなやり方を発見していくということ、それに尽きる、と。わたしたちは確立したフォーミュラにはまってしまうこと、同じことをえんえんと繰り返すことに興味はなかったし、TGを「インダストリアル・ミュージックの最初の形」として定めるつもりもなかった。
 というのも、あれはそういうものではなかったから。インダストリアル・ミュージック、あるいはインダストリアル云々というのはライフスタイル。あれは、生活/人生に対するアプローチの方法だった。だから、このインタヴューのあいだ中わたしがずっと言ってきたように、それは「自分たちはどんな人間なのか」、「自分たちは何をやっているか」、そして「どんな風に自分を表現するか」ということなのよね。
 で、あの当時、『20ジャズ・ファンク・グレイツ』をつくったときのわたしたちというのは、「オーケイ、じゃあ、ああいうジャケットで出そう」と考えた。だから、ジャケットだけ見ればいかにも「ジャズ•ファンクの名曲20選」めいたアルバムなわけだけれども、実際あのレコードをターンテーブルに載せてみれば、それとは似ても似つかない音楽が入っている、と。だから、あれがわたしたちのユーモア感覚であり、アイロニーであり、当時のわたしたちがたまたまいたのがああいう場所だった、ということなのよね。

自らをジョークにしているような、あのジャケットは有名ですよね。一見すごくキュートで……

コージー:とても可愛らしいけど、あの写真が撮影されたのは有名な自殺スポット(※東サセックス州にあるビーチー岬)だし。だからまあ、現実生活のなかでは「何事も見た目通りとは限らない」、そういうことでしょ? だから、何かを糖衣にくるんで美味しそうに見せることはいくらだってできるけれども、いったんその表層の下をめくってみれば、そこではありとあらゆることが起きている。だからあれは、多くを引き出すためには、表だけ見て満足するのではなく深く掘り下げていく必要がある、そういうことだと思う。

はい。ただ、最近よく感じるのは、色んな物事が表面だけ/字義通りになっているんじゃないか、ということで。「ここには深い意味、隠された何かがあるのかもしれないぞ」と期待して表面を剥がしていっても、いざ中身を見てみると、実はそこには何もなかった、見た目の通りだった、というか。

コージー:それはだから、表層性をそのまま疑問なしに受け入れてしまうような、そういう人びとが集積してきた結果、といいうことじゃないかしら。

ああ、なるほど。

コージー:とは言っても、いつだって、常に表面だけだったわけだけれども。人びとが好むのは、綺麗だとか気持ちいいだとか、そういう「表面」ばかりだったから。

ええ。

コージー:音楽の聴き方にしてもそうで、人びとはライヴを観に外に繰り出して、お酒であれ、それ以外の何でもいいけれど、それらを飲み込んでさんざん酔っぱらい、楽しいひとときを過ごして、それが終わったら家に帰る、と。で、それと同じことを、彼らはまた次の週末にも繰り返していくわけよね。ただ、わたしはそういう人生はごめんだった。TGにしても同じことで、そんな風に人生を過ごすことに、わたしたちはまったく興味がなかった。だから、わたしたちが求めていたのは、人びとが人間として成長していくことだったし……そうやって彼らに、可能な限り彼らの人生をフル体験していってほしかった、というね。

なるほど。

コージー:だから、わたしたちは何も、「ぞっとするような、残酷な人間になりましょう」と提唱していたわけではなかったしね。そうではなくて、「人間や日常にあるひどい現実にちゃんと目を向けて、それを良いものに変えていこう」と。

でも、あの当時、あなたたちの音楽は「ひどいシロモノ」、「音楽ではない」みたいに形容されたこともあったわけですよね。そこは、辛くはなかったでしょうか?

コージー:いいえ、別に。だって、わたしたちは現実を提示していただけだったし。人間のありさまに備わった、もっとも残忍でひどい部分、その失敗をプレゼンしていただけの話であって。だから、やっているわたしたち自身がむかつかされる、ひどい人間だったわけではなかったでしょ? 多くの人びとにしても、それは同じこと。わたしたちは悲惨な出来事を歌ったかもしれないけれど、それは別に、わたしたち自身がやった行為ではなかったんだし。

有名な“ホット・オン・ザ・ヒールズ・オブ・ラヴ”のような曲は前作の“ユナイティッド”の延長かもしれませんが、イタロ・ハウスとTGとの関係をあらかめた明らかにするもので──

コージー:(苦笑)。

で、TGがイタロ・ディスコとリンクしたのは、 そのエロティシズムとミニマリズムゆえだと思うんです。

コージー:ああ、なるほどね。

で、アシッド・ハウス以降のダンス・ミュージックのシーン、ハウス、 テクノ、ミニマルで、あなたがとくにお気に入りのDJ/ プロデューサーがいたら教えて下さい。

コージー:とくにいないわね。というのも、わたしたちは……というか、わたしがTGでやっていた頃は、その手の音楽はまったくやっていなかったと思う。ただ、TGが終わった時点で、わたしとクリスとはTGとはかなり違う進路を採ったし、そこから何年かのあいだ、ふたりでそういうルートを進んでいった。だから、あの頃のわたしたちはトランス・ミュージックみたいなものもやったし、あるいはあなたがそう呼びたいのなら「テクノ」でも構わないけれども、その手の音楽はかなり初期の段階でやっていたのね。だから、その手の音楽がメインストリームになった頃までには、わたしとクリスはもうそこから去っていた、別の何かに向かっていたし、あまり気に留めていなかったわ。

あなたが個人的にもっとも好きなTGのアルバムはどれですか?

コージー:あー、参ったなぁ……どれだろう??

(笑)。

コージー:……そうね、たぶん、『D.o.A.』? 自分でもはっきり決められないけれども……。 

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だから、わたしたちは何も、「ぞっとするような、残酷な人間になりましょう」と提唱していたわけではなかったしね。そうではなくて、「人間や日常にあるひどい現実にちゃんと目を向けて、それを良いものに変えていこう」と。


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わかりました、質問を変えます。これまで長く活動してきていちばん辛かった時期はいつですか?

コージー:80年代半ばから後半にかけて、だったでしょうね。そう、あれはタフな時期だった。というのも、あの頃のわたしたちはものすごく貧乏だったし(苦笑)、わたしとクリスのふたりは一文無しで。その頃までにはわたしたちには子供も生まれていたし、その意味でもきつかった。

なるほど。

コージー:そうは言っても、それは経済的に困難だったという意味であって、子供が生まれたことそのものがきつかったわけではないけどね。息子は素晴らしい子供だったし……だから、(辛い時期だったと同時に)あれはわたしの人生でもっとも幸せな時期でもあった。というのも、わたしたちはロンドンから田舎(※ノーフォーク)に移って、とにかく自分たちのやりたいことを思った通りにやり、そうやって色んなことに取り組んでいたわけで。だから、あの時期でもっとも苦しかったのは、経済的な面においてだった、ということ。クリエイティヴな面に関して言えば、それが問題になったという経験は、わたしには一切なかったわ。どういうわけか、自分はそれらのクリエーションを生み出すことができてきたんだし。

はい。

コージー:それに、お金がないと、逆にクリエイティヴにもなる、何か自分でつくったりするでしょう? ありがたいことに、クリスは機材を自作できる人だし(笑)、だから彼は安物の機材を買ってきて彼なりに手を加えていったし、その結果として新しい響きのサウンドが出てきたり。だって、他に同じ機材を使っている人はいなかったわけだしね。だから、辛く貧乏な時期でも、そこにはまた良い面、ポジティヴな面も備わるものだ、と。

お話を聞いていると、あなたはこう、ネガティヴな状況のなかにあっても、そこで文句を言ってダラダラしているよりも、物事のポジな面を常に探していく、そういう人のように感じますね。

コージー:っていうか、そうするしかないから。でしょう?

Gazelle Twinのアルバムに参加したり、Nik Colk Voidと一緒にCarter Tutti Voidとしてアルバムを出したり、 下の世代との交流も見せていますが、彼女以外にもほかに共感する若い世代のミュージシャンがいたら男女問わずに教えて下さい。

コージー:あー、誰かしら? その質問って、ほんと苦手なのよね。

(笑)。

コージー:苦手。急にそう訊かれても、こっちはとっさに「この人」と思い浮かばないから。わたしはただ、他の人びとの音楽を聴いているだけだし……まあ、わたしたちはああやってGazelle Twinのリミックスを手がけたんだし、そうね、いまだったら彼女、ということになるかしら。彼女は素晴らしいなと思ってる。

Gazelle Twinのどんなところをあなたは評価しますか? 

コージー:彼女の音楽がジェンダーレスに感じられるところ、わたしはそこが好きね。だから彼女の音楽がとても好きなんだし、とても力強い音楽で。ええ、あれはとてもパワフルな音楽だし、内面の奥深いところから出てきたもので……だから、前情報なしに音楽だけ聴いたら、それをつくったのは男性、あるいは女性なのか、わたしには聞き分けられなかったでしょうね。

ここ何年かはCTIやChris & Coseyでの活動も最近はしていませんが、 あなた個人が活発的に見えます。あなた自身の活動で言うと、なにか新しいプロジェクトを考えているんでしょか?

コージー:ええ。というか、Chris&Coseyではなく、わたしたちはいまはCarter/Tutti名義で活動しているわけだし。そのCarter/Tutti名義で出したいちばん新しいアルバムはリミックスだったし、それにCarter Tutti Void作品にしても、あれは進行中のCarter/Tutti作品の一部であって……だから、プロジェクトを進めていくなかで、わたしたちは「他の誰かとコラボレーションをやろう」と思い立ったわけ。で、ニックとやってみたところ、それが上手くいってしまい、アルバムにまで発展した(苦笑)、と。だから、あれもまたとくに期待してやったことではなかったし、その意味で『セカンド・アニュアル・リポート』にちょっと似ているわね。思いもしないところから出てきた、という。

そうなんですね。

コージー:でも、それとは別に、Carter/Tuttiとしてのマテリアルはかなり別にしてキープしてある。わたしとクリスのふたりだけでつくってきた音源がね。ただ、わたしたちにはやらなくちゃならないプロジェクトが他にまだいくつかあるし、それらのC/T音源に取り組めるのはその後、ということになるでしょうね。できれば、来年には取りかかりたいと思っているけれども。

最後に、ぜひ日本でライヴやって欲しいです。

コージー:アハハハッ!

(笑)え? 日本はそんなに意外ですか?

コージー:(笑)だって、わたしにはあまりにも遠い国だから。

そんなぁ、たかが12時間のフライトですよ!

コージー:12時間? いや、わたしは心臓に持病があるから……

ああ、そうなんですか。それは残念です……

コージー:そうなのよ。だから、別に日本に行きたくない、というわけじゃないのよ。

うーん、でも、たとえばどこかの国で乗り換えて、フライト時間を分割するとか、無理ですかね?

コージー:そうやって、立ち寄った経由国で合間にホリデーも楽しんだり?(笑) 

(笑)。

コージー:でも、わからないわよね? もしかしたら実現するかもしれないんだし。

(了)

★TGのバックカタログが来年もリイシュー決定!

2018年1月26日
『D.o.A. The Third And Final Report』
『Heathen Earth』
『Part Two: Endless Not』

2018年4月27日
『Mission Of Dead Souls』
『Greatest Hits』
『Journey Through A Body』
『In The Shadow Of The Sun』

interview with Mount Kimbie - ele-king

 ケンドリック・ラマーは今年リリースした新作で、驚くべきことにU2をフィーチャーしている。さらに彼は来年、ジェイムス・ブレイクとともにヨーロッパを回るのだという。いまでも黒人たちの一部は心の底から白人たちを嫌っているという話も聞くが、どうやらケンドリックはそうではないらしい。彼の選択はたぶん、そういう対立を少しでも突き崩していこうという試みなのだろう。それがどこまで成功するのかはわからない。過度な期待はいつだって裏切られる。そう相場は決まっている。
 そんなケンドリックの果敢な試みに代表されるように、近年ブラックのサイドが積極的にホワイトのサイドへとアプローチしていく動きが目立っている。その起点となったのはおそらく去年のビヨンセのアルバムだろう。彼女はその力強く気高い作品で、ジャック・ホワイトやジェイムス・ブレイクといった白人のアーティストたちを積極的に起用した。その横断的なチャレンジは、エリオット・スミスやギャング・オブ・フォーをサンプリングしたフランク・オーシャンや、デイヴ・ロングストレスとの共作を試みたソランジュへと受け継がれることになる。そして今春、ついにジェイ・Zまでもが自身のアルバムにジェイムス・ブレイクを招待するに至った。そのトラックでブレイクとともにプロダクションを手掛けていたのが、マウント・キンビーの片割れ、ドミニク・メイカーである。つまり、引く手あまたのブレイクだけでなく、その盟友たるマウント・キンビーもまた、そのような越境ムーヴメントの一端をホワイトの側から支える存在になったということだ。
 そんな背景があったので、以下のインタヴューではドミニクにそういう昨今の傾向について尋ねているのだけれど、どうもうまく質問の意図が伝わらなかったようで、「近年はUSのメジャーとUKのアンダーグラウンドが結びついていっているよね」という話になってしまっている。こうして期待は裏切られるのである。


Mount Kimbie
Love What Survives

Warp / ビート

ElectronicKrautrockPost-Punk

Amazon Tower HMViTunes

 それはさておき、最初にマウント・キンビー4年ぶりのアルバムがリリースされると聞いたときは、それはもう胸が躍った。“We Go Home Together”や“Marilyn”といったトラックが公開される度に、勝手にイメージを膨らませては「今回はぐっとR&B~ソウルに寄った作品になるんじゃないか」「いや、彼ららしいダウンテンポなムードをより洗練させたものになるんじゃないか」などと予想を繰り返していた。そうして迎えた夏の終わり、いざ蓋を開けてみると――これがクラウトロックなのである。冒頭の“Four Years And One Day”からしてそうだ。完全にやられた。アルバム全体が、何やらパンキッシュなエナジーに満ち溢れている。いや、たしかにバンド・サウンドそれ自体は前作『Cold Spring Fault Less Youth』でも試みられていたけれど、それがここまで大胆に展開されるとは思いも寄らなかった。こうして期待は裏切られるのである。
 クラウトロックだけではない。マウント・キンビーの新作『Love What Survives』には、さまざまな音楽の断片がかき集められている。本作を聴き込めば聴き込むほど、それらの断片たちが要所要所で効果的な役割を果たしていることに気がつくだろう。そういえば本作をインスパイアした楽曲を集めたという彼らのプレイリストでは、ロックからアフリカ音楽まで多様な楽曲がセレクトされていたし、彼らがやっているNTSのラジオ番組には、ジェイムス・ブレイクやキング・クルールといったお馴染みの面子に加え、ウォーペイントケイトリン・アウレリア・スミスアクトレスからウム・サンガレ(!)まで、じつに興味深いアーティストたちがゲストとして招かれていた。つい先日も、アルバム収録曲の“You Look Certain (I'm Not So Sure)”をケリー・リー・オーウェンスがリミックスしたばかりである(彼女はマウント・キンビーの欧州ツアーのサポート・アクトにも抜擢されている)。そんな彼らのレンジの広さや音楽的探究心の断片を、クラウトロック~ポストパンクというムードのなかにさりげなく、だがこの上なく巧みに落とし込んでみせたのが、この『Love What Survives』というアルバムなのだ。

 10月9日、この取材の後に渋谷WWWXにておこなわれた彼らのライヴは、荒削りな部分が目立つ場面もあったものの、アルバム以上にエネルギッシュな熱を帯びており、まるで新人ロック・バンドのステージを観覧しているような気分になった(ファーストやセカンドの曲が新たに生まれ変わっている様もじつにスリリングだった)。いや、じっさい、4人編成という点において彼らは新人である。つまり……マウント・キンビーは今回のアルバムやパフォーマンスで、いわゆる「初期衝動」のようなものを演出しようとしているのではないか。そう考えると、なぜ彼らがこの新作に『Love What Survives』という意味深長なタイトルを与えたのか、その動機が浮かび上がってくる。「生き残るもの」とは要するに、かれらが最初に音楽を作り始めたときに抱いていた気持ちや勢い、刺戟のことだったのである。
 そんなわけで、「生き残るもの」というのはきっと政治的・社会的に虐げられている人びとを暗示しているのだろう、という小林の浅はかな先入観は見事に覆されることとなった。そして、ファースト・アルバム『Crooks & Lovers』のジャケに映っていたのはおそらくチャヴだろう、という編集部・野田の予想も外れてしまった。こうして期待は裏切られるのである。そんな素敵な裏切り者ふたりの言葉をお届けしよう。

 

よくわかっていないからこそ、そういう音楽のスペースのなかで、自分たちなりの解釈で何かをやってみるのもおもしろいんじゃないかと思ったんだ。 (カイ)

マウント・キンビーの音楽について、日本ではいまでも「ポスト・ダブステップ」という言葉が使われることがあるんですが、UKでもまだそう括られることはありますか?

カイ・カンポス(Kai Campos、以下カイ):いまその括りは死につつあるね(笑)。たしかに、僕らが初めてのアルバムを作った2010年当時、その言葉と一緒にその手の音楽がバーッと出てきて、ほんの短期間のうちにダブステップという音楽の概念がガラッと入れ替わった時期があったと思うんだけど、いまはだいぶ死に絶えてきているね。たぶんこのアルバムが出たあとには完全になくなるんじゃないかな(笑)。

これまでそう括られることにストレスは感じていましたか?

ドミニク・メイカー(Dominic Maker、以下ドム):いや、けっしてその呼び名に納得はしていなかったけど、とくに気にもしていなかったよ。とにかく自分たちの音楽がひとつの箱に収まりきらないようなものであってほしい、ジャンルの境界を跨いでいるようなものであってほしいという意識で音楽を作ってきたし、じっさいいろんなことをやっているから、それが「ポスト・ダブステップ」だろうがなんだろうが、ひとつの言葉で括ってしまうのは僕らの音楽にはふさわしくないんじゃないか、という思いはつねにあったね。

今回のアルバムからはクラウトロック~ジャーマン・ロックの影響を強く感じました。

カイ:たしかにいままでやっていたエレクトロニック系の音楽よりも、ちょっと前の時代のエレクトロニック・ミュージックに遡ったようなところはあるよね。クラウトロックやジャーマン系の音に聴こえるというのは僕らも認めるところだけれども、僕らはけっしてそのジャンルに詳しいというわけではないんだ。(クラウトロックを)ずっと聴いてきてよくわかっているからそれをいまやってみた、ということではないんだよ。逆に、よくわかっていないからこそ、そういう音楽のスペースのなかで、自分たちなりの解釈で何かをやってみるのもおもしろいんじゃないかと思ったんだ。「セミ・エレクトロニック・ミュージック」とでも言うのかな。過去を振り返って、リズムや楽器の編成といったところからアイデアを引っ張ってきて作ったのが今回のアルバムかな。

他方で本作からは80年代のポストパンク~ニューウェイヴの匂いも感じられます。そのあたりの音楽も参照されたのでしょうか?

カイ:その手の音楽はUKではかなり広く愛されていたから、僕らも自ずと踏んできてはいると思う。当時はブリティッシュ・ミュージックのなかでもおもしろい時代だったと思うし。ただ僕らの場合、たとえばスクリッティ・ポリッティとか、ああいったバンドは最近になって聴いているんだよね。あの頃の音楽が持っていた、とくにパンクのアティテュードに見られるようなポジティヴな要素を自分たちのアルバムの制作過程に持ち込んだというか、そういうことは今回あったような気がする。あと他にもこのアルバムには、自分たちの音のパレットが幅広くなればと思って、ソウルやディスコみたいなものも組み込んだつもりなんだ。だからいろんな音が聴こえてくると思う。でもけっして後ろばかり振り返っているわけではなくて、あくまで前に進もうとしている作品だと思っているよ。

昨年リリースされたパウウェルのアルバムはお聴きになりました?

ドム:聴いたと思う。バンドっぽいやつだよね? 僕は好きだったよ。聴いていて楽しかった。

エレクトロニック畑の人がパンキッシュなサウンドをやるという点で、今回のアルバムと繋がりがあるように思ったんですよね。

カイ:そりゃそうだろうね。だってこういう発想は僕らが思いついたものではないし、大きな流れのなかで、いろんな人が同時発生的にやってみたくなった時期なのかもしれないからね。


Photo by Masanori Naruse

じつを言うとキング・クルールとの曲の歌詞はいまだに意味がわかっていないんだ(笑)。まだ解読中だね(笑)。 (カイ)

今回のアルバムに影響を与えた楽曲のプレイリストが公開されていますが、そこではロバート・ワイアットやアーサー・ラッセル、スーサイドやソニック・ユース、ウィリアム・バシンスキからアフリカのバンドまで、かなり多様な楽曲がピックアップされていました。それらはおふたりが今回のアルバムを作っていく過程で発見していったものなのでしょうか?

ドム:あれはじつは、僕らはラジオ番組をやっていたんだけど、それ用のプレイリストという側面が大きいんだ。曲をかけるためにいろんなものをチェックして聴いていくなかで幅が広がっていったんだけど、その作業で見つけた曲もプレイリストに入っている。番組をやっていく過程でかなり大量の音楽を吸収して消化したんだ。それは今回のアルバムにも影響を与えていると思う。あと、番組に来てくれたゲストから教えてもらったものもあるね。僕らがリスペクトしている人が来てくれたんだけど、どんなふうに音楽を作っていくのか聞いていくなかでおもしろいものと出会ったりして、そういうこともすべてあのプレイリストには詰め込まれているんだよね。

カイ:そうやって考えるとおもしろいね。そういう流れがあってあのアルバムに至っている、ということがプレイリストからもわかるよね。

今回のアルバムには4組のゲストが招かれています。キング・クルールは前作にも参加していましたが、4曲目の“Marilyn”にフィーチャーされているミカチューはどのような経緯で参加することになったのでしょう?

カイ:ミカチューは、僕らふたりが音楽を作り始める前からファンだったんだ。知り合ったときに「いつか一緒にやろう」という話をしていたんだけど、それから2年くらい話が続いていて(笑)。今回いよいよ一緒にやる機会に恵まれたわけだけど、作ってみたらあっという間で、すごく相性がいいのかなと思える時間だったよ。だから、僕らにとってはようやく実現できたスペシャルなトラックなんだ。

その“Marilyn”はアルバムの他の曲と趣が異なっていますが、7曲目の“Poison”や、ジェイムス・ブレイクが参加している8曲目の“We Go Home Together”と11曲目の“How We Got By”の2曲も他の曲と雰囲気が異なっているように感じました。本作をこのような構成にしたのはなぜですか?

ドム:今回のアルバムは全体を通してすごくヴァラエティに富んでいると思う。いま挙げてくれた曲に限らず、個性的な曲ばかりが詰まっていると思うんだけど、それだけにアルバム全体の流れというか、全体で聴いたときの消化具合がうまくいくように、ということをすごく考えて曲順を決めたんだ。ミカチューとの曲もジェイムスとの曲もそうだけど、自分の頭のなかで曲順を組んでみたときに、“Marilyn”は突出しているという印象があって。(この曲は)アーサー・ラッセルの影響がすごく大きいと思うんだけど、とくにユニークな曲だからアルバム全体の流れのなかで活かしたいと考えたんだ。

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ジェイ・Zから「ジェイムス(・ブレイク)に歌ってほしい」というオファーがあったんだ。そのときちょうど僕がジェイムスが歌うことを想定して書いていた曲があって、それをやろうかってことになったから、僕も関わることになったんだよ。 (ドム)


Mount Kimbie
Love What Survives

Warp / ビート

ElectronicKrautrockPost-Punk

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春頃から少しずつアルバムの収録曲が公開されていきましたが、先行公開曲のセレクションに関しては何か意図があったのでしょうか? 公開された曲からぼんやりとアルバムのイメージを膨らませていたのですが、蓋を開けてみると想像していたのとはまったく違い、とてもパンキッシュで驚きました。

カイ:最初に何を公開するかみんなと話し合ったときに意見が一致したのは、ゲスト・ヴォーカルの入っている曲から公開するのが理に適っているんじゃないか、ってことだった。やっぱりヴォーカルが入っているというのはみんなに伝わりやすいだろうし、わかりやすいよね。それを聴いて「アルバムはどんな感じなんだろう」という期待感を煽る狙いで最初の2曲(“We Go Home Together”、“Marilyn”)を選んだんだ。でも、その2曲はみんなが消化するのにちょっと苦労する曲だったかもしれない。それをあらかじめ出しておいて、他の曲より先に聴いてもらうことによって、あとでアルバムを聴いたときに、その曲のあいだにあるどの曲もフィットしたものに聴こえるようになる、という枠組みを提示することができたかもしれないね。

ドム:ジェイムスの曲もミカの曲もそうだけど、僕らはしばらく鳴りを潜めていたから、タイトルのなかにそういう有名な人の名前(ビッグ・ネーム)が入っていることによって注目を集めることができるんじゃないか、という意図もあったね。

いまヴォーカル曲の話が出ましたが、今回のアルバムにはハードな生活を送っている人たちの登場する曲が多いように感じました。リリックに関して何かコンセプトやテーマのようなものはあったのでしょうか?

カイ:歌詞は、僕らと客演してくれたシンガーとで一緒になって作ったんだけど、基本的には彼らが伝えたいストーリーをそのまま語ってもらえればいいと思っていたんだ。だから僕らが影響を与えたというか、注文をつけたことがあるとすれば、「この曲にはこういうふうに(言葉を)乗せてほしい」という、歌い回しやフレージングに関することだね。「ここに乗せるためには音節はこうじゃないほうがいい」とか、そういう注文はしたけれど、歌詞の内容に関しては自由にやってもらったよ。だから、(それぞれの)曲のメッセージには一貫性がないんだ。でも、そういうふうにやってもらったほうが幅の広さという意味でいいレコードになるんじゃないかと思って。ただ、レコーディングの段階では僕らも完全には歌詞を咀嚼しきれていなくて、じつを言うとキング・クルールとの曲の歌詞はいまだに意味がわかっていないんだ(笑)。まだ解読中だね(笑)。でもライヴでやるときは、あくまでも僕らのものとして消化してやっているから、歌詞の内容もレコードよりももっとフォーカスした内容になっているんじゃないかな。

ドミニクさんはいまLAに住んでいるんですよね。

ドム:そうだね。

LAへ移住したのはなぜ?

ドム:ガールフレンドが向こうに住んでいたからだよ。(移住して)もう2年になるね。天気もいいし、楽しんでいるよ。

ということは、今回のアルバムの制作はカイさんとデータをやり取りする形で進めていったのでしょうか?

ドム:いや、行ったり来たりしながら作ったよ。(UKには)しょっちゅう行くから。ノルウェー航空とかの安い航空券を買ってね(笑)。

なるほど。ではおふたりはわりと頻繁に会われているんですね。

ドム:そうだね。メインのスタジオはロンドンにあるんだけど、レコーディングの終盤には感覚やリズムを取り戻したいと思ってライヴを始めたんだ。今度のバンド編成はわりかし新しいものだから、アルバムが出る前からライヴに打ち込みたくて、ロンドンでライヴ活動はしていたよ。そういう意味ではLAに住んでいるからどう、ということもないかな。

ドミニクさんはジェイムス・ブレイクと一緒に、今年出たジェイ・Zの新作『4:44』に参加しています(“MaNyfaCedGod”)。それはどういう経緯で実現したのですか?

ドム:そもそもはジェイ・Zから「ジェイムスに歌ってほしい」というオファーがあったんだ。そのときちょうど僕がジェイムスが歌うことを想定して書いていた曲があって、それをやろうかってことになったから、僕も関わることになったんだよ。結局2曲で参加する形になったけど、作り方が僕らの慣れているやり方とぜんぜん違っていて、でもそれだけ勉強になったね。いい経験だったよ。


Photo by Masanori Naruse

音楽を作るときの刺戟って僕らがファーストを作ったときと何も変わっていないんだよね。そういう気持ちや勢いが「Survive(生き残る)」ってことなんだ。 (カイ)

ジェイムス・ブレイクは昨年ビヨンセのアルバムに参加していました。また、昨年話題になったフランク・オーシャンのアルバムではエリオット・スミスやギャング・オブ・フォーなど、いわゆる白人の音楽がサンプリングされていて、今回のドミニクさんとジェイ・Zとのコラボもそうなのですが、最近ブラック・ミュージックのビッグなミュージシャンたちが積極的にホワイトの文化を取り入れていっている印象があります。10年前や20年前にはあまりなかったことだと思うのですが、そういう昨今の流れについてはどうお考えですか?

ドム:ドレイクもジャマイカのアクセントを真似して歌ってみたり、グライムが好きで聴いていたりするから、そういう流れはたしかにあるよね。

カイ:カイラの“Do You Mind”(2008年)というUKファンキーの曲があって、むかしUKでビミョーに、ちょっとだけヒットした曲なんだけど、ドレイクの“One Dance”(2016年)ではそれをバックトラックに使っているんだ。もとの曲自体はUKでは大して注目されなかったんだけど、それがいまになってUSの超メインストリームの曲のなかで鳴っているというのはすごくおもしろいことだと思ったよ。そういうのって、(もとの曲に)興味を持ったR&B系のプロデューサーなんかが引っ張ってくるんだろうけど、たとえばビヨンセとかもそうで、メインストリームの人なのにオープンにいろんなものに興味を持ってそれらを取り入れたりしていて、彼女がやればそれに続く人が出てくるし、UKのアンダーグラウンドとUSのメインストリームのあいだにあった大きな壁が、ここ5年、10年くらいのあいだに崩れていっているという実感はあるね。

今作のタイトル『Love What Survives』は「生き残るものを愛せ」ということで、とても意味深長なのですが、これにはどのような思いが込められているのでしょう?

カイ:今回に限らず、レコードを作っているときに考えすぎてしまうのはよくないと思っているから、いつも感覚でいいと思うものを作っていくんだけど、いざどういうタイトルにするか考える際には、「何がモティヴェイションとなって自分たちはこれを作ったのか」ということを振り返るんだ。今回ふたりでこのアルバムを作りながら話していたのは、とにかく(これまでと)違うことをやりたいということや、変化が訪れたらそれをどんどん受け入れて前に進んでいこうということだった。そういう音楽を作るときの刺戟って僕らがファーストを作ったときと何も変わっていないんだよね。そういう気持ちや勢いが「Survive(生き残る)」ってことなんだ。新しいことをやったり、刺戟を絶やさないことで生き残っていくというか、自分たちのまわりにあるものを受け入れて、ケアをしながら大事に音楽を作っていくというか。そういう気持ちを可能にするには好奇心が必要だったり、変化に対するオープンな気持ちが必要だったり、あとは違うアプローチを恐れないということが必要だったりして、(『Love What Survives』は)そうやって生き残ってきたものを大事にするというような作り方に対する考えなんだ。でもこれは僕の解釈であって、聴いた人がどう解釈しても構わないんだけどね。

ドム:同感だね。

今回のアルバムはアートワークもユニークですが、被写体の彼は何をしているんでしょう?

ドム:いい質問だね(笑)。

カイ:本当は実際にアートワークを制作してくれたデザイナーのフランク(・レボン)に聞いてもらうのがいいんだけどね(笑)。フランクは今回のヴィデオもほぼすべて手がけることになっているんだ。このジャケットは彼が撮影してくれたものをもとにデザインしたものなんだけど、僕らと彼とではアルバムに対する見方がちょっと違っていて、だからこそおもしろいんだと思う。レコードにあのジャケットが付いたことによって、作品として僕らふたりのアイデア以上の存在になったんじゃないかなと思っている。けっこうインパクトは大きいよね(笑)。見た目もそうだし、フィーリング的にも。僕らだけの作品じゃなくなった気がして好きなんだ。まあ詳しいことはフランクに聞いて(笑)。彼はキャラクターになって何かをやるのが好きなんだ。

このジャケットを見て、ファースト・アルバムのジャケットを思い出したんですが――

カイ:フランクはファーストのアートワークを手がけたタイロン(・レボン)の弟なんだ。

へえ!

カイ:ファーストから今回のアルバムまでのあいだに僕らのなかですごくいろんなことが変わったんだけど、そこ(アートワーク)で繋がっているというのはおもしろいよね。

ファースト・アルバム『Crooks & Lovers』の被写体の女性は、いわゆるチャヴなのでしょうか?

ドム:あの女の子? ぜんぜんわからないな(笑)。

カイ:デザイナーに聞かないとわからないし、たぶんデザイナー本人もわかってないよ(笑)。

いまはこうして来日されて、ツアーの真っ最中だと思いますが、それが一段落ついたら何かやってみたいことはありますか?

カイ:ここ4年はけっこうおとなしくしていたから(笑)、いまは動きたくて、このツアーができるのが嬉しいよ。もうオフはいいや(笑)。

ドム:僕はこのあとホリデイで、フィリピンに行くんだ。日本ではカイとツアー・メンバーみんなで一緒に京都に行く予定だよ。そうやってちょっと休んで、また動き出したいね。


Moses Sumney - ele-king

 ある日、ジャスティス“Pleasure”のMVを観た。ダフト・パンクのヘルメットをデザインしたことでも知られるアレキサンドラ・コルテスによって制作されたそれは、“愛”という言語化が困難な感情をロマンティックに描いてる。互いを求めあい、気づかい、触れあうことを繰りかえすなかで愛情が最高値まで達し、最終的にはビッグバンが起こり新たな命を生みだす。言葉にするとなんて大仰なと我ながら思ってしまうが、そういうストーリーなのだからしょうがない。

 次に観たのは、カリフォルニア生まれのシンガー・ソングライター、モーゼス・サムニーによる“Lonely World”のMV。このMVは、サムニー自ら演じる男がとある惑星で人魚に出逢うところから始まる。最初は愛しあう素振りを見せる男と人魚だが、それは徐々に揉みあいへと変化し、最終的に2人は海の中に消えていくというのがおおまかなストーリーだ。筆者からするとそれは、愛が憎しみに変わっていく様を表現しているように感じられ、“Pleasure”のMVとは違う視点から“愛”を描いた作品に見えた。
 同時に思ったのは、ここ1~2年で“愛”、あるいはそれを育むための相互理解がテーマの表現が増えてきたことだった。たとえばフェニックスは、アルバム・タイトルで『Ti Amo(イタリア語で“愛してる”を意味する)』という言葉を掲げ、黒沢清監督は映画『散歩する侵略者』で愛が未来を変える可能性を示した。どうしてこのような表現が増えたのか?と考えると、反移民などを筆頭とした排斥的価値観が世界中で台頭している影響というありきたりな結論に至ってしまうが、アメリカではドナルド・トランプが大統領に選ばれ、オーストリアでは反難民を打ち出した中道右派の自由党が第1党になってしまった。こうした現実は、愛することや相互理解の意味を掘りさげた表現が増える理由としては十分すぎるだろう。

 なんてことが頭に過ぎったあと、サムニーのデビュー・アルバム『Aromanticism』を聴いてみた。ネットにアップしたジェイムス・ブレイク“Lindisfarne”のカヴァーがキッカケで知名度を高め、そのジェイムス・ブレイクやスフィアン・スティーヴンスのアメリカ・ツアーでオープニングを務めた男のアルバムだから、とても楽しみにしていた。
 端的に言うと、瞬く間に惹かれた。従来のフォークにくわえ、ソウル、R&B、ジャズ、ヒップホップといった要素がより濃くなったサウンドをバックに、中性的かつ甘美な歌声をサムニーが響かせる。2014年に発表したフリーEP「Mid-City Island」でも、ブラック・ミュージックに根ざした折衷的サウンドは見られたが、それが見事に深化していた。このことに驚いてクレジットを見ると、サンダーキャットやラシャーン・カーターといったジャズ界隈の注目株、さらにはミゲル・アトウッド・ファーガソンやキングのパリス・ストローザーというR&B/ソウル界隈のアーティストが名を連ねていた。これだけの手練れを従えていれば、そりゃあ深化するはずだと合点がいった。
 その深化をもっとも明確に示すのが、4曲目の“Quarrel”だ。サムニーの艶やかな歌声で幕を開けるこの曲は、ハープやアコースティック・ギターの静謐な音色を前面に出しているが、4:20あたりでジャマイア・ウィリアムスによるドラミングが突如始まり、スリリングな展開になる。このような挑戦的アレンジができるのも、着実に経験を重ねてきたサムニーの技量と、その技量に応えられるゲスト陣あってこそ。

 そうしたサウンドに乗せて紡がれる歌詞も面白い。“Don't Bother Calling”など、他者への目線を描いた歌もあるが、他者と交わることは決してないのだ。全編にわたって、愛することや他者と交わることの大切さは身に沁みてるのに、それをすることの難しさが横たわっている。そこに見いだせるのは、愛を知ること以上に、知ったうえで誰かにあたえることはとても難しいという事実。このような複雑さをサムニーは真摯に見つめている。
 とはいえ、そこから重苦しい雰囲気は伝わってこない。フェニックスのように前向きな気持ちで“Ti Amo(愛してる)”と叫ぶ姿はないが、複雑さを見つめることから始めるという意味では確かな一歩だからだ。そしてこの一歩は、サムニーと同じように愛することの難しさを考える人たちに寄りそう暖かみで満ちている。

 そんな本作は、“愛”を扱ってるという意味では立派なラヴ・ソング集とも言える。愛しあう喜びを歌ったものだけがラヴ・ソングではないのだ。

Nazoranai - ele-king

 灰野敬二、スティーヴン・オマリー(Stephen O’Malley)、オーレン・アンバーチ(Oren Ambarchi)らによるNazoranaiの新作が、トニー・コンラッド(Tony Conrad)やジョン・ギブソン(Jon Gibson)などのリイシューで知られる〈Superior Viaduct〉のサブレーベル〈W.25TH〉からリリースされた。〈W.25TH〉は、これまでブライアン・イーノ(Brian Eno)とのアンビエント・シリーズでも有名なララージ(Laraaji)が、サン・アロウ(Sun Araw)とコラボレーションを行った『Professional Sunflow』とウーマン(Woman)のパトリック・フレーゲル(Patrick Flegel)によるシンディ・リー(Cindy Lee)『Malenkost』などの個性的な2アルバムをリリースしている。そして、この『Beginning To Fall In Line Before Me, So Decorously, The Nature Of All That Must Be Transformed』はレーベル3枚目のアルバムなのである。まだリリース数は少ないが、レジェンドと現在性を交錯させるマニアックかつコアなレーベル・キュレーションが素晴らしい。
 ちなみにNazoranaiのこれまでのアルバムは、〈Editions Mego〉傘下でスティーヴン・オマリーが主宰する〈Ideologic Organ〉から『Nazoranai』(2012)、『The Most Painful Time Happens Only Once Has It Arrived Already... ? = 一番痛い時は一度だけそれは もう 訪れているのかな...』(2014)がリリースされていたが、〈Ideologic Organ〉以外のレーベルからアルバムをリリースするのは今回が初。収録されている音源は、2014年3月4日に東京のスーパー・デラックスで行われたライヴ録音の長尺2曲。曲名は即物的に“Part 1”、“Part 2”と名付けられており、アナログのA面とB面に収録されている。

 アルバムの音源を耳にしたリスナーは、その成熟と鋭さを併せ持った演奏/サウンドに驚くだろう。3人の演奏は、「3」という数字を拡張するかのように展開する。生成されていく漆黒の音響空間は、それぞれの演奏が、まったく別の層に存在しつつも、しかし繊細かつ大胆に、互いに互いの音の尖端に敏感に反応し、水のように変化し、濃厚な空気のような新しい音の層を生み出していく。
 闇の中の光のような灰野のギター、弦、ヴォイス、念仏のように呻くスティーヴン・オマリーのヘビーなベース、タイトでミニマルなリズムキープをベースにしつつも、その根底で音を崩しにかかるオーレン・アンバーチのドラム/パーカッションなど、どれもバンドとしてアンサンブルが極まっている。“Part 1”など、本年2017年に〈Ideologic Organ〉から発売されたザ・ネックス(The Necks)『Unfold』のサウンドを思わせる多層的ドローン/アンサンブルであり、この曲の録音自体は2014年ということに驚いてしまう。続く“Part 2”は、灰野の鋭くも柔らかいエレクトリック・ギターとヴォイスが、ふたりの演奏に、その都度、アタックを加えるように鳴り響く。サウンドを硬化させず、ノイジーであっても柔軟なアンサンブルを実現しているように聴こえた。
 このバンドは音の形式をただ「なぞっている」だけではないし、そんなことはもはや許されないのだろう。いや、そもそも即興を主体とする音楽、つまりは「ロック」においては、当然のことを当然のように灰野たちは実践しているだけなのかもしれない。いわば彼らは最後のロックの墓標を立てようとしているかのようなのだ。その意味で同時期に活動する灰野、ジム・オルーク(Jim O’Rourke)、オーレン・アンバーチのコラボレーション、不失者『光となづけよう』(2012)、『まぶしいいたずらな祈り』(2013)も同様に「最後のロック」といえよう。
 が、それでもなお新作『Beginning To Fall In Line Before Me, So Decorously, The Nature Of All That Must Be Transformed』のアンサンブルには、ほかにはない独特の、端正ともいえる「美しさ」が、まるで闇夜に光る花のように咲いているように思えてならない。これはいったいどういうことか。あまりに鋭く、美しく、そしてドープなのだ。私は、このアルバムにうごめいているサウンドの、アンサンブルの、ノイズの、響きの、音の、その崩れそうなほどに儚い美しさに惹かれてしまう。夢と現実の境界線を、その横溢する圧倒的な音の快楽/陶酔の中で、しかしその陶酔を冷めるように覚醒させる「鋭さ」が同時にあるように思えるからだ。
 音の複数性と、美の共存。このアルバムに横溢するノイズとアンサンブルは、最後のロックの墓標に飾られた、たった一輪の終わりの華のようだ。つまりは、とても官能的で、儚く、刺激的なのである。

廻転楕円体 - ele-king

 廻転楕円体は、2015年7月よりブレイクコアのトラックに音声創作ソフトウェアの「ONE(オネ)」を歌わせるコンセプトのもと、創作活動をはじめたアーティストだ。同年にブレイクコアなどを扱うネット・レーベル〈edsillforRecordings〉からEP「双頭の零」をリリースし、同楽曲がブレイクコア文化の発信・啓蒙をしているネット・レーベル〈OthermanRecords〉の「ブレイクコアイヤー2015」ベスト楽曲に選出されている。
 この“双頭の零”は、『初音ミク10周年――ボーカロイド音楽の深化と拡張』に掲載されている対談で語られているように、グランジと変拍子ブレイクコアを合わせ、人工音声をのせた斬新な作品だ。ブレイクコアは、サンプリング素材を細かく切り刻み再構築しためちゃくちゃな音楽、という印象を持つひとが多いだろう。しかしながら、廻転楕円体の作風はどこかスマートだ。壊されていてもその断片が整然としているようで、細部を見れば見るほどすべての音が意図をもってそこに配置されているような印象を受ける。アートのようだ、と言ってしまえばそれまでだが、より具体的に言えばフラクタル図形を見ているような感覚だ。

 フラクタル図形とは、簡単に言ってしまえば一部が全体と自己相似な構造を持っている図形だ。一般的な図形は複雑な形状でも極限まで拡大してしまえば滑らかな形状として観測されるが、フラクタル図形はどれだけ拡大しても同じように複雑な形状が現れる。その中でもより高度なものになると、螺旋や相似といった多様な図形要素で構成されるものもある。
 廻転楕円体の作品の一部分を拡大してみると、その前後で同じものが見られるかというと必ずしもそうではない。ブレイクコアのビートひとつとっても同じビートはなく、拡大する部分によって異なるものが見られる。作品を全体像から細部へと作り込んでいったのか、また細部から全体像を構築していったのかはわからないが、途方もない制作作業であったことは容易に想像できるだろう。
 “双頭の零”をはじめ、こうした作品が多数収録されているのが1stフル・アルバムである『奈落の虹』だ。創作言語と3次元フラクタル映像による“文字禍”や、サイケデリック系の細分化されたジャンルであるpsycoreとブレイクコアを合わせた“幻肢痛”、複雑なビートを追求しながらもはじめから終わりまで連続性が保たれている“白色矮星”、変拍子のビートが歌のメロディに寄り添う“劫の韻律”など、いずれの曲もビートの繊細さとメロディとの対比、そしてそれを邪魔しないONEによる歌・朗読がバランス良く配置されている。

 また、アートワークに関してもアナログとデジタルの技法で幾度も重ね合わせた緻密なデザインが施されており、端々に執念とも思えるような創作へのこだわりがうかがえる。自主制作だからこそ、ここまで徹底的に作り込むことができたのかもしれない。ブレイクコアの新たな世界を切り開くことができると言っても過言ではない傑作だ。

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