「PAN」と一致するもの

interview with Masato Matsumura - ele-king

 前衛音楽という言葉を用いることにはどこか抵抗感があった。理由は二つある。一つ目は狭義の「前衛音楽」に関するものだ。そこでは結果の確定できない音楽を指す「実験音楽」と対比されるものとして、音の結果をどこまでも管理する西洋芸術音楽の理性の結晶のようなものとして「前衛音楽」は使われていた。そこに仄見えているある種の思い上がりとも言える優越心に嫌悪感があった。それに進取の精神に富んだ音楽実践であったとしても、必ずしも西洋芸術音楽の文脈に基づいているわけではない。にもかかわらず「前衛音楽」と名指した途端に、こうした理性的表現を追求する西洋由来の価値観に従うことになる。それは音の具体的実践を捉え損ね、ただひたすら権威におもねることになるだろう。そして二つ目は広義の「前衛音楽」に関わるものだ。より一般的に言って、「前衛音楽」とは「難解」「高尚」「奇妙」「異常」などとされる音楽の総称を指している。ここで「前衛音楽」はもはや実質を欠いた記号と化していて、そのラベルが嫌悪の対象に安易に貼られることもあれば──そこには「正統なるこちらの音楽」を安定的に維持しようとする欲望があるのだろうが──、その裏返しとして、この記号に吸い寄せられて個人的嗜好を満たす者もいるだろう。パブロフの犬のように反射的に拒むのも浸かるのもそれとしては構わないのだが、記号へと還元された言葉は内容を欠いて空虚であり、それは当の音楽の実際を示し得ない。どちらの意味においても「前衛音楽」には近寄りがたいところがあった。

 『Tokion』『STUDIO VOICE』にて編集長を務め、各所で尖鋭的な音楽について執筆してきた松村正人による待望の単著『前衛音楽入門』は、こうした「前衛音楽」の意味をあらためて問い直し、その歴史を辿り直していく。むろん本書はまずもって万人に向けて開かれた入門書であり、前衛音楽なるものを知るきっかけとしても、あるいは教科書として学ぶためにも活用し得るだろう。しかし20世紀の前衛を眺めることは単なる懐古趣味ではなく、その核たる部分では、使い古された「前衛音楽」という言葉をもう一度肯定的に捉え返し、これからの時代へと差し向けるように読者を誘っていく。本書では軍隊用語から転用された音楽用語としての「前衛」を、20世紀音楽に特有のモダニズムの一つの系譜として描き出していくものの、見られるようにそこには実験音楽もミニマル・ミュージックもポストモダン・ミュージックも含み込まれている。考えてみれば「形式の絶えざる更新」は必ずしも理性による支配を必要としないのだ。そしてそこから出て来た「前衛」の意味合いは、西洋的眼差しの優越心でも単純化された記号でもない、音のごく楽しげな触れ合いと厳しさを兼ね備えたダイナミズムとして立ち現れることだろう。本書を通して「前衛音楽」という言葉が蘇るのだとしたら、著者の松村にはどのような執筆の背景や目論見があったのだろうか。「前衛」の定義から現状認識、あるいはモダニズムについて、先達の音楽批評家たちについて、そしてなによりも「前衛音楽」の音の悦びについて、語っていただいた。

前衛音楽とは何か

けれどもケージに対する批判も一方からはあるわけですよ。ルイジ・ノーノのように「そこまでいったら音楽じゃないんじゃない?」みたいにいうひとたちも一方にはいた。

これまで現代音楽を中心に書かれた概説書や広義のポピュラー音楽を対象としたもの、あるいはカタログやディスクガイドのような本はあったものの、20世紀全体を前衛音楽というテーマで辿り直した入門書というのは、ありそうでなかったのではないかと思います。どのような経緯で入門書という体裁になったのかといったところからお話いただけますか。

松村:最初は前衛的な音楽、実験的な音楽、それこそポピュラー音楽全般をふくめて、思いつくままに書き進めていきました。私は音楽について書くときに、なるべく対象を作り出した人物はもちろん、時代や政治や文化の状況をふまえたいと考えているのね。だから最初はいろいろなものを織り込んで、しかもメインの事象が登場するまでの前提の部分、『前衛音楽入門』だったら、前衛音楽というものが登場する前提みたいなものから書き起こして、当時の文学や宗教や社会情勢をふまえて書きすすめると、話がぜんぜんはじまらないということに、ある日ふと気づいたの(笑)。200枚書いたのに本題のとば口にも到達していないではないか、この調子だといつ終わるか見当もつかないと。それで編集を担当した野田さんに相談したら、「入門の体裁で、わかりやすく書くのがよいのではないか」と言われて、ああなるほどと。入門書というのは、いわゆる功なり名を遂げた方が書くことで説得力をもつものだと思うのだけど、簡便に語る構えをとれば、迂遠になりがちな私でも論を進められるのではないかということです。そう考えて、うちの書棚をみてみると、伊福部昭の『音楽入門』という本があって、あとがきに「以上、私は不要なことに饒舌にわたり、必要なことを簡略に、あるいはまた全然触れませんでした」の一節があったのを思い出したんです。この名著にして、そのようなことをいうのは、大作曲家一流の韜晦や含羞もあるかもしれないですが「入門とはこういうことかもしれない」とも思ったんですね。カフカの「掟の門」じゃないけど、読者ひとりひとりにそれぞれの門があるにちがいない。著者の役割はとくに聴くことが最終目的である音楽という分野においては門前に誘うことであろう、そう考えたのでした。

『前衛音楽入門』は入門書であり、同時に20世紀音楽の一つの系譜を描いた歴史書でもありますよね。

松村:仮にも入門書であるならば、前後関係ははっきりしていたほうがいい。そうなると歴史を辿る必要があるなと思ったんですね。以前細田くんと話したとき、20世紀の音楽についての本があると便利じゃないかといったら、そんなのダサいですよ、若い子は前世紀なんて気にしませんよ、といわれ打ちのめされたのだけど、私はやっぱりモダニズムが好きなんですよ。ダダとかシュルレアリズムとかロシア・アヴァンギャルドとかバウハウスとか近代文学とか。YouTubeにアップされている昔の歌謡曲の映像についたコメントによく、この時代に生まれたかったってのがあるじゃない。それをいったら、私だって1920年代の東欧で青春を送りたかったよと思うもんね。でも、それをノスタルジーで語るとたんにないものねだりになっちゃうから、そのときそこにあって、いまはもう喪われたと思われているものも、歴史を辿り直すと、21世紀の現在もちがうかたちで見出されるのではないかということですよね。

なぜタイトルに前衛音楽という言葉を付したんでしょうか。

松村:当初は『モダーン・ミュージック』というタイトルを考えていて、それは近代の音楽という意味と、かつて明大前にあったレコード店の名前のダブルミーニングのつもりだったのだけど、羊頭狗肉になりはしまいかと思って止めました。それに近代=モダニズムだと読者もイメージが結びづらいかもしれない。あくまで音楽の本であって、とりあげる対象がアヴァンギャルドな音楽であれば、前衛の呼び名はあるかもしれない。あとがきでも書きましたが、「前衛」という言葉は微妙な位置づけだとも思うんですね。アヴァンギャルドというレコード店の棚の仕切りにはあったとしても「前衛」とは謳わない。要するに死語なんですよ。画数多いしね。わがことをふりかえっても、昔は前衛的な音楽が好きですと合コンでいっていたのがあるときを境にぴったり言わなくなった。その一方で、現代音楽、実験的やエクスペリメンタルという用語は誰もが普通に使っている。オルタナティヴでもいいですけど、それらと前衛とのちがいはなんなのか。そのような言葉の曖昧さの裏には、時代ごとの音楽の形式の変遷と、それにたいする見方のようなものがあるはずで、前衛の語はその原点として働くのではないか。そこから考えると、みなさんがいま聴いているエクスペリメンタルな音楽の実相がより鮮明になるのではないか、目論見としてはそういうのはあったけどね。

本書での前衛音楽の定義を教えてください。

松村:本でも何度か言及していますが、ジョン・ケージは『サイレンス』のなかで、結果が予測できない音楽が実験音楽だといっているじゃない。スコア(譜面)が音楽の見取り図だとすると、見取り図があっても結果がわからない音楽。最終的に実験音楽は見取り図そのものも偶然や演奏家にゆだねたりするんだけど、そこから考えると前衛音楽はどれだけすごい見取り図を描けるかの競い合いなんじゃなかったかな。形式の新しい領域を探すというか、誰も手をつけていない場所に新しい領土を開拓するというか。今回一番難しかったのが、その線引きをどうするかということだったの。マイケル・ナイマンも『実験音楽』で、前衛と実験の区別を慎重しているのだけど、「ケージとその後」が副題のあの本からももう何十年も経っていて、ケージやナイマンの定義はすくなくとも一般的にはぼんやりしてしまったのはあると思う。それは開拓すべき領土ももはや存在しないということかもしれないし、レコードという記録媒体ができたからかもしれない。

取り上げる音楽家や作品はどのように選んでいったんですか?

松村:それこそ最初の見取り図は壮大なものだったよ(笑)。日本や、海外も西ヨーロッパやアメリカ以外の作曲家とか、サウンド・アートやパフォーマンス・アートとか。ノイズや日本のロックについても書こうと思っていたけど、それらの分野には専門の方がおられて、先駆的な本もいっぱいあるじゃない。川崎(弘二)さんや畠中(実)さんだってそうだし、金子智太郎さんの研究もすばらしいと思う。そして書物は特定の形式を掘りさげるにはすごく便利な形式だけど、一方で言葉は羅列的にしか語れない。私は歴史が好きで、学生だったころ、日本史や世界史の教科書をくりかえし読んだのだけど、歴史の出来事で最大の発見ってヨーロッパで宗教改革が起こっていたとき、日本は南北朝時代だったとか、横軸のつながりだったの。「そのころ一方~」の感覚といえばいいのかな。出来事が世界中で散発しているのに想像をいたく刺激される。本だとそれは順番に書かないといけないのだけど、たとえばケージがこう考えていたとき、シュトックハウゼンはこう考えていた、大西洋のこちら側である作品が評判をとっていたとき、反対側ではどういう動きがあった――と書くと、読んでいる時間が巻き戻ったり、重なり合ったりする。一歩すすんで二歩さがる目線には探求的な視点とはちがう風景が映るかもしれない。ひとつの事象を掘りさげるより広がりを描きたいというのがまずあって、でもあまりに広げすぎると分量の問題もあるから、コンパクトにまとまる範囲でということで、このかたちになったの。

コンパクトとはいえ、数多くの音楽家や作品が登場しますよね。100年の歴史を膨大な音盤を聴き返しながら辿っていくという作業もあったかと思われます。

松村:前衛音楽って聴きやすい音楽じゃないじゃない? ブーレーズの全集を頭からお尻まで通して聴いてごらんなさい、しおしおになりますよ。

松村さんにも前衛音楽は聴きづらいという感覚があるんですね。

松村:いや聴きづらいというのとはちょっとちがう。人間が集中して聴けるのは限度があるということだよ。でもたしかにBGMにはなりにくいもんね。三田(格)さんが仕事場に来たとき、松村くんはいつもピキンとかガシュとかいう音をかけているけど、きみは楽しいのかと訊かれたことがあるもん。

「聴きづらさ」というのは、時代の先をいっていたという側面もあるじゃないですか。同時代の人には受け入れ難かったけど、いまとなってはすんなり聴けてしまうという。第1章に出てくるエリック・サティとかクロード・ドビュッシーっていうのは、当時は不協和音だったかもしれませんが、いまとなってはイージー・リスニングと括られたりもしますよね。けれども第2章以降には、いまの耳で聴いてもハードな音楽が数多く出てきます。

松村:アルノルト・シェーンベルク以降だよね。新ウィーン楽派の十二音技法は調性を否定したから必然的に聴きづらい聴感になるのだと思う。調性や自然というのも『前衛音楽入門』のテーマのひとつでした。自然に対する人工は近代の特徴で、調性から逃れようとする意志が前衛を決定づけて、その逃走/闘争の歩みがシェーンベルク以降に明確に始まっていく。すると鋭い印象の音楽になっていく。歴史を辿って聴くとそのことはとりわけわかりやすい。

本書の執筆を通して、前衛音楽というものに対する考え方や捉え方は変わりましたか?

松村:いまシェーンベルクは聴きづらいっていう話になったけど、リズムはそうでもないよね。リズムはものすごくわかりやすい。それがもっと時代を降っていって、オリヴィエ・メシアンあたりになるとリズムも入り組んでくる。さらに降ってカールハインツ・シュトックハウゼンとかピエール・ブーレーズのあたりになると、もっと細かいパラメーターで音楽はどんどん複雑になっていく。一口に前衛音楽といっても、あるいは現代音楽とひとしなみにとらえただけではわからないダイナミックな変化があの時代には起こっていたことに、あらためて気づいたのは収穫でした。それって、特定の対象を押さえるだけだとみえにくいポイントだとも思うの。前衛って先行する音楽のある部分を革(あらた)める、っていうことを突き詰めていくわけじゃないですか。それをたんに進歩史観でとらえるとエリーティズムやアカデミズムに陥ってしまうけど、20世紀前半の音楽家たちの試みが、実験音楽の時代を経て、最終的にポピュラー音楽やクラブ・ミュージック、おそらくは私たちがいま聴いている音楽にも流れ込んでいる、その運動もふくめて、私は前衛的だと思う。

クラバーのための前衛音楽

現在のテクノやアンビエントと形容される音楽の多くは、ミュジーク・コンクレートやミニマル・ミュージックの成果を当たり前に取り入れていますよね。それらがもともといつ頃から出てきたのだろうとか、最初はどういう意図で用いられていたのだろうとか、そういうことを知る楽しみも本書にはあると思います。

松村:いまの音楽にも先人の努力の痕跡というのはなにかしら絶対にありますから、無意識にせよね。クラブ・ミュージックやエレクトロニック・ミュージックから遡行して20世紀の前衛を聴いていくのはけっこう発見があると思いますよ。

「シュトックハウゼンに聴かせるべきはエイフェックス・ツインではなくオウテカだった」という一節も出てきます。

松村:オウテカはテクノロジーを対象化することに長けていると思う。ソフトウェアを更新していって、その力量を引き出しながら彼らの音楽に落とし込むじゃない。おそらくその作業は最初感覚的なものであっても、スタイルやロジックにおとしこまれるのだと思うんですよ。でもエイフェックス・ツインは本能が表現に直結している。

実験的でハードコアな印象もあるいわゆる音響派が、テクノ、ハウス、ヒップホップなどのクラブ・ミュージックをその前提として含み込んでいる、と指摘されていた箇所も印象的でした。

松村:デイヴィッド・トゥープ的といいますか、彼みたいな音楽の聴き方が大きかったと思うんですよ。トゥープの本で『音の海(Ocean of Sound)』ってあるじゃない。あの本はアンビエントが中心だけど、サウンド・アートから実験音楽、ロック、ジャズ、レゲエまでおよそ考えつく音楽をとりあげているのだけど、一方で彼は『ラップ・アタック』というヒップホップの本も書いている。文学やアートへの広範な知見もあって、ビザールでストレンジな表現にも目端が利き、自分でも音楽をやっているわけじゃない。あの博覧強記と横断性は90年代という時代を象徴していた。トゥープが代表する価値観は彼も寄稿していた雑誌の『The Wire』的なものでもあって、前後関係はさておき、それらがクラブ・ミュージックにアヴァンギャルドを接続したのではないかということです。たしか2001年だったと思うのだけど、岸野(雄一)さんにご協力いただいて『Studio Voice』という雑誌で「日本の作曲家」という特集を組んだとき、外からみた日本の音楽への視線という切り口で、日本の音楽家の作品を15枚ずつ選んでレヴューするというコーナーの原稿をジム(・オルーク)さんに書いてもらったことがあったのね。原稿は『別冊ele-king』の「ジム・オルーク完全読本」に転載したので読まれた方もおられるかもしれないけど、同じ主旨でトゥープさんにも原稿を依頼していたんですよ。ふたりのセレクトはおおまかにいえば傾向は同じで、武満徹とか細野さんのように重複するミュージシャンもいたのだけど、同じ音楽家の作品でも、ジムさんは武満徹は『コロナ』で細野さんは『コチンの月』をあげ、トゥープさんは映画音楽集と『トロピカル・ダンディ』をあげたことが、トゥープさんのポピュラー音楽よりの志向をあらわしていて、それがクラブ・ミュージックとアヴァンギャルドを接続したという論拠なんだけど、わかりづらいか(笑)。他方ではね、これも「別冊ele-king」でポストロックと音響派を特集したとき、いろいろな方にご寄稿いただいたなかで、著者ごとに音響派の定義というか、来歴の捉え方がちがうと思ったのもある。大谷(能生)さんと虹釜(太郎)さんの史観はべつのものだし、『前衛音楽入門』の第9章でもふれましたが、佐々木(敦)さんの定義からして、私はむしろその行間を読むべきものだと思う。

[[SplitPage]]

録音と自然について

私はやっぱりモダニズムが好きなんですよ。ダダとかシュルレアリズムとかロシア・アヴァンギャルドとかバウハウスとか近代文学とか。YouTubeにアップされている昔の歌謡曲の映像についたコメントによく、この時代に生まれたかったってのがあるじゃない。それをいったら、私だって1920年代の東欧で青春を送りたかったよと思うもんね。

20世紀のある種の音楽史を描くに当たって、参考にした書物などはありましたか?

松村:それぞれのパートでいろいろな本を参照しましたけど、全体の構想や構造を立てるにあたって参考にした本はあんまりなかったかなあ。それよりもユヴァル・ノア・ハラリの『ホモ・デウス』とか、ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』とか、ビッグ・ヒストリーみたいなものは意識したかもしれない。歴史とかある程度の厚みのある時間を対象にするという意味でね。でも音楽で歴史を溯るのってむずかしいと思うんですよ。ポール・グリフィスの『文化のなかの西洋音楽史』のように、発祥まで溯ると、音楽は壁画にも遺物にもならないわけだから、語るにあたっては空想にちかくなってしまう。その空想は類型的になりがちで、論証も反論もできない。もちろんそうするしかないにしても、私なぞがいうまでもない。だったら、ネウマ譜の時代からはじめればいいともいえるけれども、それを語る言葉を私はもっていない。もちろん記録がないとダメってことでもなくて、西洋音楽に限定する必要もないのだけど、いまの音楽の状況を考えても、いろんな読者と語り合える点でもそっちのほうがいいかなと思った。クラシック音楽みたいな学校で教える音楽には畏怖も抵抗もあったけど、ロックやジャズやそのほかもろもろの勝手のわかった音楽を語るのも自分が成長しない気がした。たしか保坂(和志)さんがいっていたと思うのだけど、なにかを書くのは、書く前と後で書くひとが変化するためでもあると、私もそう思うから、だったら、それまで聴いてきていても、あまり書く機会のなかった「古典的な現代音楽」って言い方も妙だけれども、そのような音楽をちゃんと聴き直して考えてみたいと思った。話はかわるけど、ポピュラー音楽の批評って、どうしてもロックンロールの発生を起点にしがちで、音楽はそれ以前から連綿とつづいてきたはずなのに、その前と途絶しがちだと思うんですよ。日本の近代のはじまりを明治時代に置いたときに、江戸以前が歴史にくりこまれて不動になってしまうように。20世紀の、ことに前半はポピュラー音楽の読者には遠い過去で、逆にクラシック音楽の愛好家には現代音楽の時代なわけで、両方をつなげて、生き生きと描けたらおもしろいんじゃないかという考え方です。話を戻すと、参考にした本については、音楽の書き手にはそれぞれの分野にすごいひとがいて、参考にした文献は無数にあって、きっと誰かが同じことをいっていると思ったけど、現代音楽もジャズもロックもクラブ・ミュージックも同じ目の高さでみるという意味では、特定の書物を参考にしたというよりそれらのあいだを考えていた気がする。

19世紀と20世紀の大きなちがいの一つに録音というファクターがありますよね。『前衛音楽入門』の序ではミシェル・レリスによる録音装置の描写が引用されています。

松村:そのレリスのくだりはたまたまね、積んでいた本が崩れて付箋がついた箇所を開いて引いただけなのだけど、原稿を書いていると、そういうことがよくあるじゃない。それを読んで、ジョイスの『ユリシーズ』にもたしか蓄音機で音を録音するくだりがあったことを思い出して、20世紀前半に録音再生装置っていうものが記録媒体としてかかわりはじめたときの人々の驚きを再確認したんだけど、それってカセットでもハードディスクでもTikTokでも同じだと思うんですよ。私にとっても録音再生装置の驚きというものはあって。中学生の頃にカセットデッキを親から買ってもらって、ラジオとか喋り声とかを録って遊んだりすると、再生するともとの音とまったくちがう響きになるのがわかる。それは記録すること以上のなにかをもたらすわけです。そうした驚きが音楽そのものにフィードバックしていくのが電子音楽でありミュジーク・コンクレートだと思った。録音の面白さみたいなものは私自身も実感として感じていたから、電子音楽やミュジーク・コンクレートの作曲家の内面を考えてみたらすごく親近感をおぼえた。録音再生装置が紡いできた音楽史というものがあり、近代の芸術ときりはなせないなら、音楽の歴史と録音物の歴史みたいなものをなるべく往還しながら考えていく、というのはごく自然にやってました。

レリスの描写の面白い点は、録音再生装置の描写であるとともに、録音メディアというものが透明な存在ではないということを捉えた文章でもあるところだと思います。つまり再生に伴うノイズだとか、再生することの得体の知れなさが描写されているんですよね。それは自明なものや前提条件にあるもの、いわば自然と化したものに対する自覚を促してくれるんですが、そうした自然なるものから距離を見出していく運動というのが、前衛音楽の歴史でもあるわけですよね。

松村:おっしゃるとおり。

これはたまたま私がいまティモシー・モートンの『自然なきエコロジー』について書いていたからかもしれませんが、『前衛音楽入門』では「自然」が一つのキーワードになっていると思いました。それはドビュッシーによる「自然の音楽はわれわれをすっぽりと包み込んでいます」という言葉から始まり、アドルノの「第二の自然」というルカーチを借用した音楽の捉え方や、あるいは「不自然な即興」という章題にもつながっています。

松村:自然という言葉はふたつの捉え方があると思うんですよね。ひとつは自然=環境というようなものの見方。あらかじめ備わっている、疑うべくもないもの、そういう自然なものに対して懐疑的になるのがやっぱり前衛音楽の勘所だと思った。あらかじめ与えられたものごとに対して「本当にそうかな?」って考える行為。アドルノの「第二の自然」っていう言い方はすごく上手いもんだなと思っていて。音楽って人工物じゃないですか。でも人工物なのに、たとえば調性のようなものは神の摂理みたいに考えられている部分がある。平均律も機能和声もきわめて人工的なものだけど、誰もが当たり前のように思っていて、21世紀のいま、そのことは19世紀より支配的になっている。Jポップをもちだすのはどうかとも思うけど、流行りの音楽を聴くと、メロディの洪水につかれるんですよ。ティモシー・モートンのその本は私は読んでないけど、音楽をひとつの環境とすると、前衛的な人工性より無垢な原初主義に軍配をあげるのは旧来のエコロジー観といえるかもね。問題はそこでいう自然に道徳的なニュアンスがあることで、同時にそれは音楽のルールというものにもつながるのだけど、その外に踏み出したのが前衛音楽であり、即興も既存のルールをのりこえようとする点では不自然だったと思うんですよ。で、自然のふたつ目の意味は言葉そのままの自然、ジョン・ケージ的な非音楽の世界。音楽的には不自然な音そのものの広がりみたいなもの。そういう、何重かの意味が重なっている「自然」っていう言葉は、たしかにすごく象徴的だなとは思います。

音楽批評の先達たち

それをたんに進歩史観でとらえるとエリーティズムやアカデミズムに陥ってしまうけど、20世紀前半の音楽家たちの試みが、実験音楽の時代を経て、最終的にポピュラー音楽やクラブ・ミュージック、おそらくは私たちがいま聴いている音楽にも流れ込んでいる、その運動もふくめて、私は前衛的だと思う。

『前衛音楽入門』のもう一つの特徴として、教科書的な体裁をしているんですが、事実説明的な文章ではまったくないんですよね。パフォーマティヴで物語的というか。文体の強さとも言い換えられるかもしれませんが。

松村:野田さんには難読漢字ばかりで、おまえは小林秀雄かって注意されたんだけど(笑)、私、小林秀雄に入れ込んだことないんだよなあ。まあでも、自分の文章はよくわかりません。文体が強くても弱くても、精一杯書いているとしかいえないのだけど、表現にかまけるのは止めようと思ってきたかもしれない。ひとつには、雑誌編集者をやっていたある日、ポエティックな文章は書き飽きたと思ったから。音楽でそんなことをやると夜郎自大な感想文になっちゃうじゃん。この夜郎自大という四字熟語も注意されてしまうかもしれないけれども、習い性としてお許しいただくとして、表現よりも文の構造と展開が散文の勘所だとは思っているところはあるかも。そのほうが読んでいて、いろいろ考えられると思うんですよ。

そうした点が本書を教科書から音楽批評へと押し上げていると思うのですが、松村さんにとって重要な音楽批評家の先達というのはいらっしゃいますか?

松村:そりゃもうみんなすごいなあって思ってますよ(笑)。90年代末から2000年代初頭にかけては、仕事の関係もあって、三田さんや野田さんの原稿からはいろんなことを学んだし、湯浅(学)さんや佐々木(敦)さんは学生のころから読んでいたし、竹田賢一さんや岸野さんから原稿が届いたときはうれしかったし、松山(晋也)さんは編集者としてもみならっていました。ひとまわり上の世代の書いてきたことを受けて、私は原稿を書きはじめたし、彼らの音楽の聴き方や考え方からは多大な影響を受けてきました。その一方で、文章を書くという点では、私はele-kingでこんな古めかしい音楽と関係のないことをいうのはどうかと思うけど、第二次世界大戦に強迫観念的な執着があって、その手の文献を読み漁ってきたのね。それを入り口に、小島信夫とか島尾敏雄とか庄野潤三とか、第三の新人の本はだいたい読んだけど、あの世代でいちばん好きなのは古山高麗雄かも。編集者だし。

若い頃に読んで価値観を揺さぶられた音楽書とかはないんですか?

松村:あ、そうだ、秋田昌美さんの文章は好きだった。『前衛音楽入門』を書くにあたっても、『ノイズ・ウォー』を読み直しました。あれ絶版なんだよね。もったない。秋山邦晴さんの『エリック・サティ覚え書』が再版になったのはよかった。高橋悠治さんの本はどれをとっても閃きがある。武満徹の本もふくめて、私は音楽をやることと書くことが結びついているひとの文章に惹かれるのかもしれない。でも私の若いころは、音楽の文章というと本にまとまっているのより雑誌に載っているのを読むのがずっと多かったと思いますよ。

『前衛音楽入門』では間章の引用もありますが。

松村:間章の本は私が学生のころは手に入りにくかったからね。妄想が広がって、じっさいの文章はその妄想をも上回るものだったんだけど、私にはちょっと濃密すぎたかな。彼が言及するレコードや、たまに引用するモーリス・ブランショなんかは私も好きなんだけど。

間章と犬猿の仲とも言える平岡正明はどうですか?

松村:平岡正明は、そうだね、私は先に湯浅さんの文章を読んでたんですよね。ふたりはまったくべつの書き方だけど、言い切ることでひとつの世界をたちあげるところに通じるものがあるんじゃないかな。おふたりとも、対象にたいする濃度というか熱量のようなものをもっていて、平岡さんはそこに向かう向かい方が直線的だけど、湯浅さんは面的な気がする。抽象的な印象論ですけどね。直線的な語り方は説話的だけど、面的だと散文的になると私は思っていて、自分には後者のほうがしっくりくる……というか、細田くんはなんでそんな答えにくいことばっか訊くの。

これからの前衛音楽のために

だって嫌いなものを好きになることってあるじゃないですか。そういうふうに考えたら、音楽の聴き方って生理的体験だけではない、ということがわかったのが20世紀だなとも思った。前提にあるものや後に続くものを含めて聴き比べてみたら何か発見もあるだろうし、前衛音楽に対するバイアスも緩むにちがいない。そもそも私、『前衛音楽入門』でとりあげた音楽はどれもキャッチーだと思ってるんだけどね(笑)。

面的で散文的な向かい方というのは重要だと思います。それは開放感と言い換えられるかもしれません。たとえば前衛音楽に開放感をもたらすにはどうすればいいと思いますか。裾野を広げていくというか。この前タワーレコード新宿店の10階に行ったら、ニューエイジコーナーがすべて星野源コーナーになっていたんですよ。時代もジャンルも多種多様な音楽で埋め尽くされていたニューエイジコーナーが、星野源というたった一人のアーティストに駆逐されてしまったように感じて、たいへん寂しい思いをしました。

松村:それは……!? そうなったんだ。あそこよかったんですけどね。現代音楽系の新譜もけっこうとりそろえていて、しかも人がいなくてゆったりみられるからよく行ってたんですけどね。

人がいないんじゃないですか(笑)。これは私の意見ですが、閉塞感の一つの原因として、前衛音楽という言葉が記号化して、「ああ、前衛音楽ね、興味ないや」と見向きもしない人と、「おお、前衛音楽か、聞いてみよう」と飛びつく人に二極化してしまっていることがあるような気がするんです。それは実験音楽とかフリー・ジャズといった言葉も同じように扱われていると思いますが、ともあれ、嫌いだろうが好きだろうが彼ら/彼女らにとって内実はどうだってよいわけですよね。この短絡的な思考が閉塞感を呼び込んでいるのではないかと思います。

松村:やれ難解だとか複雑だとか高尚だとか、そういった短絡化は前衛音楽にはこれまでもあったけど、前衛がひとの口の端にのぼらなくなってから、記号そのものが空洞化したきらいはあるよね。情報化の煽りを喰って、細田くんがいったような状況になっているのだとしたら、その状況は閉塞的というよりもっとのっぺりしたものだと思うのね。ポストモダンを云々するのはわかった気になるからイヤなんだけど、細分化をくりかえして記号がどんどん細かく、軽くなっていく一方で、行き着くところまでいって、揺り戻しが来ているのがいまで、いろんなレーベルから過去の音源も含めて、前衛音楽や実験音楽のレコードが再発されているじゃない。刷られている数はたいしたことはなくても、一定の枚数をうけとるリスナーはいるということですよ。そこで本を書くことの意味はなんだろうと考えてみると、たとえばカタログだと記号の数になっちゃうけど、一冊の本を書き上げていくっていうことは、それがなにがしかの時間の幅を持ったものになっていくことではないかなと思ったんですよね。たとえば『前衛音楽入門』を雑誌の特集としてやることはできると思うわけ。でもそうすると風景があんまり変わらないような気がするんですよね。それは自分が雑誌をずっとやってきたからかもしれませんが、そういう歴史や時間の幅を表現するにはある程度の分量を書かないとダメだろうと思った。そこには当然、余白とか余剰とか、語られていないことがあるわけですよ。そういう幅のなかで前衛音楽という言葉を使っているのであれば、記号の伝わり方がまた変わってくるとも思う。ディスクガイドではないわけで、パラパラと眺めてわかるものではない。著者が「これが前衛だ」というものをどう捉えているのかというのは読まないとわからない。読むとそこには「そうじゃないもの」が行間に入っていることもわかる。そうすれば記号化を緩めることもできるんじゃないか。前衛音楽の外側から滲んでくるものがあったら、少し広がるんじゃないか。それは単なる好き嫌いじゃないですよね。レヴィ=ストロースの『神話論理』っていう全四巻の本があるんですが、その第一巻の『生のものと火を通したもの』の序章では音楽について書いているんですよ。そこでレヴィ=ストロースは音楽を生理に根差しているっていうふうに書く。生理的体験、要するに好き嫌いだと。でも私はそうなのかなって疑問に思うところもあった。だって嫌いなものを好きになることってあるじゃないですか。そういうふうに考えたら、音楽の聴き方って生理的体験だけではない、ということがわかったのが20世紀だなとも思った。前提にあるものや後に続くものを含めて聴き比べてみたら何か発見もあるだろうし、前衛音楽に対するバイアスも緩むにちがいない。そもそも私、『前衛音楽入門』でとりあげた音楽はどれもキャッチーだと思ってるんだけどね(笑)。

それは好き嫌いとは別に、前衛音楽を聴くことの楽しさがあるということでしょうか?

松村:そうです。でも聴くことの楽しさだけじゃなくて、考えることの楽しさもある。そして考えることの楽しさは聴くことの楽しさを損なわないとも私は思うんですよ。聴くことの楽しさと考えて発見することの楽しさって、ちょっとズレがあるじゃないですか。なぜこれがおもしろいんだろう、気に留まるのだろう、っていうことにたいする気づきって、ちょっと遅れてやってくるわけじゃない。それがやっぱりこういう音楽を聴くときのいちばんおもしろいところだと思うんですよね。テキストを読んで作曲家の意図や作品の構造を知ったときの、目から鱗が落ちる感じっていうかね。聴いただけじゃわからなかったとしても、ライナーノーツとかを読んで、意図や構造を知ってからあらためて反復したときに出会う聴くことの楽しさは絶対あると思う。そう考えると前衛音楽は録音物に親和的な音楽だったともいえる。反復聴取に耐え得るから。聴いて、よくわからなくて、それでも聴いて、やっぱりわからなくて、読んで、なんとなく納得して、発見するっていうのかな。そういう意味ではまさしく20世紀的な芸術のあり方ですよね。それってすごくお得じゃないですか(笑)。

他方で音楽の前衛を原理的に推し進めるならば、ゆくゆくは音楽という概念も崩壊させていくことにもなるように思います。しかし『前衛音楽入門』ではあくまでも音楽が取り扱われていますよね。そこには音楽とあえて言い得るものは何かという問題があると思うんですが、松村さんとしてはどのように考えていますか。

松村:また答えにくい質問を(笑)。前衛音楽も当初は音楽そのものの制度や構造を含めて問うていた。「音楽は果たして音楽なのか」という考えがはっきりと出てくるのはケージ以降ですよね。とりわけケージの主著『サイレンス』が邦訳された90年代になると、ケージ礼賛みたいな雰囲気が蔓延していた。けれどもケージに対する批判も一方からはあるわけですよ。ルイジ・ノーノのように「そこまでいったら音楽じゃないんじゃない?」みたいにいうひとたちも一方にはいた。即興音楽でもそうじゃない。楽器に触れるか触れないかが即興だ、みたいなことにまでいくと、果たしてそれでいいのかっていう考え方が出てくる。そのようなせめぎ合いの歴史はどこまでいっても調停することはないんじゃないかな。ケージに対してノーノが否を突きつけて、ブーレーズも最終的には強烈な批判を加えていったように。それら両陣営がせめぎ合っている状態。私自身は態度としてはどちらに肩入れしたいわけでもないし、実験的なものよりも前衛的なものがよいとはいわないし、その逆もまたしかりですよ。その蠕動する部分に音楽の原理があるのだと思う。その状態はとどまらないだろうし、固定されて不動だと思っていた歴史にその解を求めようとしたって、どこからどのようにふりかえるかによって、答えはちがってくる。それらをもとに、聴いたこともない新しい前衛音楽が現れてくるかもしれない。テクノロジーや人間観みたいなものとも、それは関係してくるかもしれない。その意味で、音楽は終わったわけではないし、終わるわけがないのであって、『前衛音楽入門』に登場する20世紀の音楽家たちの問題提起は21世紀にも届いてきますよ、きっと。

James Blake - ele-king

 きみはもう聴いたか? 去る1月中旬、唐突に新作をリリースし一気に賛否両論を巻き起こしたジェイムス・ブレイクだけれど、このたびその新作『Assume Form』の日本盤が発売される運びとなった。いや、これは素直に喜ばしいニュースでしょう。なぜって、ボーナス・トラックはもちろん、歌詞対訳も封入されるんだから!
 もともとダブステップのシーンから頭角を現した彼は、大胆に歌へと舵を切り大きな成功をおさめた後も積極的にアンダーグラウンドとの接点を保ってきた。たとえば一昨年はジェイ・Zやケンドリック・ラマーをプロデュースする一方で盟友マウント・キンビーと共作したり、自身の新曲もドロップした昨年はOPNの問題作『Age Of』に貢献する一方でトラヴィス・スコットの話題作『Astroworld』に参加したりと、メインストリームとアンダーグラウンドのあいだに橋を架けるような活動を続けている。そのトラヴィス・スコットとマウント・キンビーが同居する今回の新作も、そのような往来の賜物と言えるだろう。
 ではそのニュー・アルバムではいったいどんなことが歌われているのか? 昨年は歌詞にかんするツイートも話題になった彼だけに、現在の彼がどのような言葉を紡いでいるのかは大いに気になるところである。日本盤の発売は2月27日。

“形式”を凌駕する“音”の未来形──。
James Blake New album “Assume Form”

ジェイムス・ブレイク『アシューム・フォーム』
2019.02.27発売
UICP-1192 ¥2,700 (税込)
【日本盤ボーナス・トラック2曲収録】

深遠なるエレクトロ・サウンドで世界の頂点に立つ
現代音楽界の至宝、ジェイムス・ブレイク。
意欲的なゲストを迎え新境地へ到達した
孤高の4thアルバム。

2011年の1stアルバム『ジェイムス・ブレイク』で衝撃のデビューを飾り、2013年の2nd『オーヴァーグロウン』で第56回グラミー賞(2014年)の最優秀新人賞にノミネートされるなど、ジャンルを超越した深遠なるエレクトロ・サウンドで全世界を席巻したジェイムス・ブレイク。現代音楽界における孤高の天才とも称される彼が、2016年の3rd『ザ・カラー・イン・エニシング』以来約3年ぶりとなる待望の4thアルバム『アシューム・フォーム』を1/17にリリースしました。トラヴィス・スコット、メトロ・ブーミン、アンドレ3000といった今まで以上に意欲的なゲストを迎えたこの作品、ネット上では“早くも2019年の最重要作品が登場した!”という声も聞かれるなど、さらに進化した独自の音世界が絶賛されている。日本盤CDは、2017年以降にデジタル・リリースされた2曲のシングル「ヴィンセント」「イフ・ザ・カー・ビサイド・ユー・ムーヴス・アヘッド」をボーナス・トラックとして世界初CD収録したファンには嬉しい内容で2月27日にリリース。この2月から3月にかけては全米ツアー、4月にはロンドンやマンチェスターでの公演が発表されているジェイムス・ブレイク、2016年以来の来日にも期待が高まります!

【豪華ゲスト参加】
●トラヴィス・スコット ●アンドレ3000 ●メトロ・ブーミン 他

■ALBUM
ジェイムス・ブレイク『アシューム・フォーム』
James Blake / Assume Form
2019.02.27発売

UICP-1192 ¥2,700 (税込)
【日本盤ボーナス・トラック2曲収録】
配信のみでリリースされたシングル2曲を世界初CD収録!
「イフ・ザ・カー・ビサイド・ユー・ムーヴス・アヘッド」(2018年)
「ヴィンセント」(2017年/ドン・マクリーンのカヴァー)

【収録曲】
01. Assume Form
  アシューム・フォーム
02. Mile High feat. Metro Boomin, Travis Scott
  マイル・ハイ feat. メトロ・ブーミン、トラヴィス・スコット 【リード曲】
03. Tell Them feat. Metro Boomin, Moses Sumney
  テル・ゼム feat. メトロ・ブーミン、モーゼス・サムニー
04. Into The Red
  イントゥ・ザ・レッド
05. Barefoot In The Park feat. Rosalía
  ベアフット・イン・ザ・パーク feat. ロザリア
06. Can't Believe The Way We Flow
  キャント・ビリーヴ・ザ・ウェイ・ウィ・フロー
07. Are You In Love?
  アー・ユー・イン・ラヴ?
08. Where's The Catch? feat. Andre 3000
  ホエアズ・ザ・キャッチ? feat. アンドレ3000
09. I'll Come Too
  アイル・カム・トゥー
10. Power On
  パワー・オン
11. Don't Miss It
  ドント・ミス・イット
12. Lullaby For My Insomniac
  ララバイ・フォー・マイ・インソムニアック
13. Vincent*
  ヴィンセント*
14. If The Car Beside You Moves Ahead*
  イフ・ザ・カー・ビサイド・ユー・ムーヴス・アヘッド*
*: Bonus Tracks for Japan Only (日本盤ボーナス・トラック)


■バイオグラフィー
James Blake (ジェイムス・ブレイク)
2011年の1stアルバム『ジェイムス・ブレイク』で衝撃のデビューを飾り、2013年の2nd『オーヴァーグロウン』で第56回グラミー賞(2014年)の最優秀新人賞にノミネートされるなど、ジャンルを超越した深遠なるエレクトロ・サウンドで全世界を席巻したジェイムス・ブレイク。現代音楽界における孤高の天才が2016年の3rd『ザ・カラー・イン・エニシング』以来3年ぶりに発表した待望の新作は、意欲的なゲストを迎えた2019年の最重要作品と呼び声高い作品である。

■LINKS
◎日本公式ページ 
https://www.universal-music.co.jp/james-blake/
◎海外公式ページ 
https://www.jamesblakemusic.com/
◎海外公式instagram
https://www.instagram.com/jamesblake/
◎海外公式twitter
https://twitter.com/jamesblake/
◎海外公式Facebook
https://www.facebook.com/jamesblakemusic/
◎海外公式YouTube
https://www.youtube.com/user/jamesblakeproduction/

interview with Simon Halliday - ele-king

 メンバーのひとりは一時期スージー&ザ・バンシーズに関わり、アダム・アンド・ジ・アンツやサイキックTVへと合流し、その後マスやザ・ウルフガング・プレス、そしてレネゲイド・サウンドウェイヴにも発展する1980年のRema-Remaをはじめ、初期バウハウス、レーベル創始者が率いるディス・モータル・コイル、デッド・カン・ダンス、コクトー・ツインズ……同じ匂いを発しながらも際だった個が揃っていたオリジナル〈4AD〉に強固なレーベル・イメージがあったことは、当時を知らずとも想像がつくだろう。それはポストパンク期におけるゴシックの代表格でありインダストリアルであり、ペイガニズムであり、モノトーンの美学であり、耽美主義であり、ないしはノイズやエクスペリメンタル・ロックなどにカテゴライズされる、笑顔や太陽がもっとも似つかわしくない音楽だった。(〈ブラッケスト・エヴァー・ブラック〉や〈モダン・ラヴ〉のようなレーベルは、オリジナル〈4AD〉の現代解釈ともいえる)
 UKのインディ・ロック全盛時代のはじまりに誕生した〈4AD〉は、〈ファクトリー〉や〈ラフトレード〉や〈ミュート〉のように、日本においてもレーベル自体のファンが多くいたし、黒いシャツに黒いロングコートを着て前髪が長ければ、それはまあほぼ〈4AD〉のファンでしょうという時代があった。いまはもうみんないい歳になっているけれど。
 オリジナル〈4AD〉の創始者は、アイヴォ・ワッツ=ラッセルというカリスマ性のある人物で、ディス・モータル・コイルなるプロジェクトをオーガナイズして音楽作品も出していたほどのレーベルの顔役だった。ワッツ=ラッセルはしかし、90年代末にレーベルを去っている。それでも〈4AD〉は、しばらくのあいだワッツ=ラッセル時代の〈4AD〉イメージから脱却できずいたようだが、2008年にもともとは〈WARP〉のスタッフだったサイモン・ハリデイが社長に就任すると、レーベルはようやく古い衣を脱ぎ捨てて、新生〈4AD〉が始動した。
 まあ、それでもその残照はディアハンターの『Halcyon Digest』(2010)には確実にあったと思うし……、グライムス『Visions』(2012)のアートワークも〈4AD〉っぽいよなぁと思ってしまうのは年老いたモノの悪いクセだろう。でもね、UKガラージから来たゾンビーの『With Love』(2013)なんていかにも〈4AD〉だった。が、そのいっぽうで、チューン・ヤーズはパワフルで温かい音楽なわけだし、オルダス・ハーディングはエモーショナルだし、U.S.ガールズはポップだし、グライムスの音楽はエレクトロニックでキャッチーだ。アーティストは世代交代したし、新生〈4AD〉がいま活気づいているのはここ数年のカタログを見れば一目瞭然なのである。
 去る1月後半にレーベルのショーケース・ライヴのために来日した新生〈4AD〉の社長、サイモン・ハリデイに話を訊いた。

本当は〈ワープ〉にいるときにディアハンターと契約したかったんだけど、やらせてもらえなかったんです。彼らと仕事をしはじめる何年か前からずっと様子を伺っていました。そのあと〈ワープ〉を辞職して〈4AD〉にいったタイミングで彼らと契約をしました。

1992年から長いあいだ〈ワープ〉に勤めていたんですよね?

サイモン:そうです。10〜11年ほど〈ワープ〉で働きました。なので、私はふたつの良いレーベルで働いたことになります(笑)。

〈ワープ〉で働きはじめたきっかけは?

サイモン:レーベル・マネージャーと友人であったということもあって、〈ワープ〉で働きました。で、90年代ずっと〈ワープ〉にいたんですけど、じょじょにアメリカのマーケットでもいい状況になっていったんですね。それで私がアメリカに行くことになって、で、フライング・ロータス、バトルズ、グリズリー・ベアなどといったアメリカのアーティストと契約を結んだんですよ。

へー、なるほど。どうして音楽業界で働きたいと思ったのですか?

サイモン:仕事という感じがしなかったんです。趣味という感じ。働いている感じがしないので、趣味を仕事にするほうがやっぱりいいなと。もうひとつの趣味がフットボールで、それを仕事にすることはできないけど、音楽ならできるなと思いました(笑)。当時ナイトクラブで踊ってばかりいて、もし音楽業界で働けば仕事としてナイトクラブにも行けるなと思いました(笑)。だから音楽を仕事にすることは自然でした。

〈ワープ〉に初期から携わっていたということは小さな地方のレーベルがどんどん大きくなっていく、成長していく過程をまさに現場で見ていたということで、これはあなたにとって大きな経験だと思います。いま〈4AD〉で働くうえでそのときの経験はどのように生かされていますか?

サイモン:〈ワープ〉での経験と〈4AD〉とはまた全然違いますね。なぜかというと、〈4AD〉は自分が入ったときすでにビックなレーベルだったので、成長というよりは、維持をするということのほうが大事だったんです。〈4AD〉も下降気味のときはありましたが、自分が〈4AD〉に入ったときは良いときだったのですごくラッキーでした。なので、ボン・イヴェールディアハンターと契約したときすぐに成功することができたんです。自分にとってやりやすい環境でした。簡単に成功することができたんです。

すこし話が前後しますが、長年携わってきた〈ワープ〉をなぜやめて、なぜ〈4AD〉に入ることになったのですか?

サイモン:〈ワープ〉のオーナーと自分とのあいだに少し意見の食い違いがでてきて、彼が契約したいバンドと自分が契約したいアーティストが少し違ってきたんです。だからそのときに〈ワープ〉を去ろうと思いました。ボスと対立するということはよくあることですよね。他にもいろいろ道があるわけですが、その他のことに挑戦することで成長もできると思うんです。自分はそれによって成長したと思います。他の誰かがノーといっても、自分の決断に100%の責任を持ちたい。チームで働くことにおいてとても大事なのは、自分はチームの二番手ではなくて、チームを導く存在になりたいということだと思っています。

〈4AD〉に移ったのは2008年ですか?

サイモン:2007年です。

ディアハンターと契約したのもあなたですか?

サイモン:本当は〈ワープ〉にいるときにディアハンターと契約したかったんだけど、やらせてもらえなかったんです。彼らと仕事をしはじめる何年も前からずっと様子を伺っていました。そのあと〈ワープ〉を辞職して、自分が〈4AD〉にいったタイミングで彼らと契約をしました。

たしかにあなたが〈4AD〉に携わってから、〈4AD〉のカタログの間口がザ・ナショナルや、チューン・ヤーズなどなど、すごく広がったし、活気づいたと思います。オリジナルの〈4AD〉はゴシックのイメージがあまりにも強いレーベルでしたが、〈4AD〉の更新させるというのはあなたにとって大変なことでしたか?

サイモン:そんなことないよ。たしかに〈4AD〉は80年代のイメ―ジがすごく強くてアイコニックだったと思います。でも、〈4AD〉はコクトー・ツインズだけじゃなく、ピクシーズだっているんです。とはいえ、たしかに80年代の〈4AD〉はコクトー・ツインズ的なイメージのほうが強かったと思います。しかし90年代に入ってからこのイメージは消えました。そもそも音楽はその10年で大きく変化しましたから。そして〈4AD〉はその時代の大きな変化を受け入れなかったからだと私は思っています。
レーベルはビジネスと音楽の両方のバランスをとることが大事です。これはとても難しいことです。私が〈4AD〉に入った10年前、〈4AD〉は80年代のアイコニックではなく、多様性のあるモダンな若者のレーベルになろうとしていました。それは私にとってラッキーなことでした。もしそのときの〈4AD〉が絶頂期だったらそうはいかなかっただろうし、維持し続けるのは難しかったと思います。低迷期だったからこそ変化させることができたと思っています。
それと、〈4AD〉の人たちも良い音楽のテイストをもっているんです。みんな趣味が良い。だから私たちは良い音楽を取り上げて、成長することができたと思います。とても素晴らしいことでしたね。私が決断をしたとき、みんなが賛成してくれる。素晴らしいことです。チームで決断をするというのはすごく難しい、しかし、チームみんなで決めるべきことというのはたしかにあるんです。それにはふたりの人がいることが必要です。たとえば実験し挑戦する人と決断する人、チェックする人と決断する人みたいな感じです。チェックがうまくいくと、バランスが良くなって仕事が良くなる。ひとりで決断するほうが良い結果をだせるという人もいるけれど、私はチームでベストなアイデアをピッキングするほうが良い結果が生まれると思っています。〈ワープ〉では私とスティーブが一緒に決断をしようとするときは、お互いの意見を言い合っていました。これと同じことが〈4AD〉でもできているんです。

[[SplitPage]]

〈4AD〉の場合は、ビッグにしてくれるものやビックにしようとしているものを世界中に探している。だからあなたのおっしゃるとおり。アンダーグラウンド・ミュージックを幅広いオーディエンスに届けようとしている。でも完全にポップにはならない。だからビック・インディペンデント・ミュージックと呼んでいるんです。ビック・インディ(笑)。

〈ワープ〉はエレクトロニック・ミュージックとクラブ・カルチャーがバックグラウンドにあってアイデンティティがすごくわかりやすいレーベルですよね。オリジナルの〈4AD〉には確固たるアイデンティティがあったと思います。では、現在の〈4AD〉にとってのアイデンティティというものを、あなたはどのようにお考えでしょうか?

サイモン:先ほども言いましたが、〈4AD〉には80年代にはゴシックのイメージがありましよね。〈ワープ〉には、エレクトロニックでもっと賢い音楽というイメージがあると思います。シンプルなハウスではなくて、複雑で知的なダンス・ミュージック。家で聴けるエレクトロという感じです。それに対して、いまの〈4AD〉にはアイデンティティというか、なにか固有のイメージというものはないかもしれません。多様性があって幅が広すぎるんです。〈4AD〉には、グライムスピュリティ・リングもいますから。
いまの時代、音楽ファンは音楽を幅広く聴くようになっています。とくに若い人たち、10代の人たちはプレイリストでポップ、ヒップホップ、R&B、ギター、いろんな音楽をどこでも聴いているわけですよ。だから多くの契約をすることは多様性を持つひとつの方法であり、敢えてイメージを持たないことにつながるんです。ひとつの音楽にイメージを持つことは簡単だけど多様性をじつげんするのは難しいと思います。

ちょうど〈クランキー〉みたいなレーベルがやっていることと、メインストリームとの懸け橋みたいなポジションに〈4AD〉はいるのかなと思います。要するにアンダーグラウンドで、マニアックな音楽を作っている人たちのなかにもポテンシャルを持っている人たちがいて、それをもう少しポップフィードに近づけるということを意識されているんじゃないですか?

サイモン:そう、まさにおっしゃるとおりだと思います。ビック・インディだと自分では思っているんですけど。〈クランキー〉みたいなアンダーグラウンドのレーベルはもまったく素晴らしいですよね。ゴッドスピード・ユー・ブラック・エンペラーとか、スターズ・オブ・ザ・リッドとかディアハンターとか。ディアハンターももともとは〈クランキー〉なんですよ。あのレーベルは素晴らしいテイストを持っていると思います。

あとはティム・ヘッカーもそうですね。〈クランキー〉で出していて〈4AD〉からもリリースした。

サイモン:そうそう。〈クランキー〉は彼らの選択によってシンプルでスモールにやっています。〈4AD〉の場合は、ビッグにしてくれるものやビックにしようとしているものを世界中に探している。だからあなたのおっしゃるとおり。アンダーグラウンド・ミュージックを幅広いオーディエンスに届けようとしている。でも完全にポップにはならない。だからビック・インディペンデント・ミュージックと呼んでいるんです。ビック・インディ(笑)。

先ほどのあなたの話で、〈ワープ〉時代にアメリカ働かれていたとおっしゃっていましたが、やはりイギリスのインディ・シーンとアメリカのインディ・シーンとは違いますか?

サイモン:じつはあまり違いは感じていません。アメリカのインディもイギリスのインディも達成したい目標というものは同じです。文化や音楽が違えど、ドイツでもオーストラリアでも日本でもアメリカでもイギリスでもファンはみんな一緒なんです。良いテイストをもっていて、本当に音楽が好きで、音楽を聴きたいという。なので、あんまり違いは感じませんでした。
でもアメリカにオフィスをもっていたことで、アメリカのバンドというのがより心地良く、他国という感じがせずに契約できたということはすごくよかったですね。90年代に入ってからイギリスの音楽というのは、悪くなったというとあれですが、アンダーグラウンドが低迷していったと思います。オアシスもそうですが、スピリチュアライズドもだんだんポップになってしまった。ものすごくビックになってしまったんです。アンダーグラウンドというものが存在しなくなっていったと思います。しかしアメリカでは、同じ時期に30万枚とかどんなにレコードが売れたとしてもインディにいることができたんです。ポップのラジオでかからなくてもインディのちゃんとしたシーンというものがあって、アンダーグラウンドというものがすごく盛り上がっていたと思います。そのころのイギリス(のシー)はアメリカと違って迷っていたと思いますね。
とはいえ、やがてイギリスのアンダーグラウンドからはグライムなんかがでてきて、以来、変化していますよね。しかし最近では、アメリカのヒップホップがどんどん侵略してきて、若いひとたちはR&Bとかラッパーに憧れています。なので、今後アメリカとイギリスのアンダーグラウンド・シーンというものがどうなっていくのかを私も見守っていきたいと思っているんです。

[[SplitPage]]

たとえば、チューン・ヤーズのときは、チューン・ヤーズを聴くまではどんな音楽か想像できなかったように。探し求めているようなオリジナリティというのは、たとえるなら頭のなかに浮かぶ電球玉のようなものだと思います。「ああ! 新しいね!」みたいなね。

いろいろやってますが、根幹には〈4AD〉はロックというか、ギター・ポップにこだわっているところもあるのかなという気もしますが、いかがでしょうか?

サイモン:それは違います。ただ自由に、ほとんどの場合アーティストを探すときは、オリジナリティを求めています。たとえば、チューン・ヤーズのときは、チューン・ヤーズを聴くまではどんな音楽か想像できなかったように。探し求めているようなオリジナリティというのは、たとえるなら頭のなかに浮かぶ電球玉のようなものだと思います。「ああ! 新しいね!」みたいなね。グライムスやピュリティ・リングもそうです。グライムスのデモは静かなギター調でした。サウンドはマッシヴ・アタックみただし、スピリチュアライズドみたいでもありましたね。

なるほど。オリジナルという点では、ゾンビーU.S. ガールズギャング・ギャング・ダンスもたしかにそうですねぇ。これからグライムス、ベイルートの新作がでて、今月はディアハンターがでたので、せっかくなのでそれぞれに関してあなたのコメントをください。

サイモン:ディアハンターの新しいアルバム『Why Hasn't Everything Already Disappeared?』は大好きです。ライヴ演奏もより良い新しいサウンドになっています。

あなたは彼らを最初に契約したと言いましたが、どこにいちばん惹かれたのですか?

サイモン:彼らのもっていたフィーリングです。ロック、サイケデリックのミクスチャー。彼らの音楽は、コクトー・ツインズとかスピリチュアライズドとか、自分が大好きなものを思いおこさせたんです。似ているサウンドではないのに、なぜかそれが混ざりあっているような気にさせる。

わかります。ディアハンターって、アメリカのバンドですが、UKインディっぽい感じがありますよね。UKの80年代のインディ・ロック・バンド、エコー&ザ・バニーメンみたいでもあります。

サイモン:私もその名前をだすべきでした(笑)! エコー&ザ・バニーメンは自分が若いときに大好きだったバンドでした。本当にそうですね。当時、ディアハンターが脚光を浴びたとき(※2008年ぐらい)、イギリスのバンドは、そういうサウンドを作っていませんでした。ディアハンターがそういうサウンドを作って、ブリティッシュ・バンドもふたたびそのような音を作るようになったんです。

おもしろいですよね。UKのバンドがかつてやっていたことをいまUSのバンドのほうが受け継いでいるような。

サイモン:アメリカとイギリスでしょっちゅうアイデアを交換しているようなことはあります。ハウスとテクノが良い例だと思いますね。86、87年はアメリアのシカゴとデトロイト、UKで、UKがハウスとテクノをやりだして、それがアメリカに戻ってそれぞれが変化しました。同じように、イギリスのバンドにとってもディアハンターは重要だったんです。

グライムスのアルバムに関してはどうですか?

サイモン:まだ完成していないんだけど、音楽的で、プログレッシヴで、曲が長いです(笑)いまのところ私が聴いた曲はあまりダンス的ではありませんでした。マッシヴ・アタックのセカンド・アルバムみたいな感じでしたね。8分から9分くらいのトラックで、スピリチュアライズドみたいな雰囲気もありました。ほかにハウスっぽい曲もありましたよ。とにかくバラエティーがありますね。彼女はやってくれるますよ(笑)!

どういう方向に行くのか、気になりますね。

サイモン:わからないですね。彼女でさえもわかっていない(笑)。

あとはベイルートもでましたよね。ベイルートも素晴らしいバンドです。

サイモン:シングルはすごく良い調子です。年齢を重ねるにつれて良いシングルの書き方というのがわかってきていると思います。あのシングルはみんながとても好きですね。

最後に〈4AD〉の野心というか、今後の目標としているものがあれば教えてください。

サイモン:目標は良い音楽をリリースし続けて、良いアルバムを作るということだけです。これからの10年はオリジナリティがあるレコードをリリースし続けて、ミュージシャンをより上の段階へと上げていくことです。チームとなって彼らを手助けし、音楽を取り上げ、音楽をよりビックにし、ミュージシャンをプロフェッショナルにする。音楽を作るだけで生活ができるようにです。
しかし、現実的な野心はいくつものオリジナリティがある素晴らしい音楽をリリースするだけ。「野心はそれだけ?」と思われてしまうかもだけど、そうなんです(笑)。純粋でありつづければ、すべてはどんどん良くなっていくと思います。良い音楽をリリースし続けていくこと、それがすべてです。いま自分たちが何をしているのかかわからなくても、数年後に振り返ったときには「ああ、よかったな」と思えるでしょう。

今晩(4ADナイト)DJをやりますね。どんな曲をかけるんですか?

サイモン:幅広い音楽をかけます。催眠的な音楽です。オウテカとか、コクトー・ツインズ、エイフェックス・ツイン、アリエル・ピンク、ジェイムズ・ブラウン……有名な曲ではない曲をかけます。シングルにはなっていない曲です。あとはハウスをいくつか……たとえばムーディーマンとか。ムーディーマンはいいですよね。大好きなんです。ただし私は、あんまり良いDJじゃないですけど……。でもテイストだけはいいので(笑)。

Bibio - ele-king

 2017年の暮れに美しいアンビエント・アルバムを送り出し、昨年はその続編となるEPを届けてくれたビビオが、突如新曲を発表しました。再生ボタンを押すと……あのギターリフです。ビビオです。と思いきやヴァイオリン。なんでも昨年弾きはじめたんだとか。アルバムごとにいろんなスタイルにチャレンジする彼のことだから、また何か考えていることがあるのかもしれませんね。そして前作とは関係のない新曲が公開されたってことは、ニュー・アルバムがリリースされる日も近い? 続報を待ちましょう。

Bibio

聴く者の記憶や、心に浮かぶ情景に寄り添う心温まるサウンドで支持を集めるビビオが新曲“Curls”をリリース!

『A Mineral Love』(2016年)ではグラミー賞アーティストのゴティエと共演をし、サカナクションの山口一郎やボーズ・オブ・カナダなどを筆頭に、国内外のアーティストから賞賛を集めるビビオ。聴く者の記憶や、心に浮かぶ情景に寄り添う心温まるサウンドで、幅広い音楽ファンから支持を集める彼が、新曲“Curls”を突如リリース!

https://www.youtube.com/watch?v=Vx9_FIIH-UM

僕の多くの歌やインストゥルメンタルの楽曲と同様に、この曲はギターのリフから始まる。そこから、去年始めたマンダリンとヴァイオリンで演奏した主旋律に繋がる。歌詞については、一見すると関係なく見えるけど、実は結びついている人生の小さな物事──異なる記憶の断片やこの目で観測したこと、そして空想──がインスピレーションになっている。ここ数年のことを振り返ってみると、自分にとって大切なもののいくつかは、日常の小さな観察や体験だと気づいた。木に染み付いた雨の匂いだったり、外から部屋に入ってきた人の髪の毛が持ち込んでくる新鮮な空気だったり。そういう瞬間は喜びに満ちているし、とても意義深いものだったりもする。人生がどんなものかってことや、生きることの意味、もしくは意味すら超えた何かだってことに気づかせてくれる。それはまた、歌詞を乗せた曲よりも、言葉を持たない曲の方が多くを語りかけてくれることに気づかせてくれる。そういう日々の瞬間が、生まれ持った資質や、野心的に物事を達成することよりも重要だったり、記憶に残ることもある。それは太古まで遡っても存在することだし、個人の心の中の世界を超えたものなんだ。こういった意識っていうのは恐らく何千年も昔から体験されてきたことなんだろうと思う。新鮮な空気以外にも世の中には素晴らしいものがたくさんあって、そういった存在を目の当たりにしたとき、人は幸せを感じることができる。だからこそ、日々の小さな物事が自分の心に響くし、それらを曲の中で歌うことは意味のあることなんだ。 ──スティーヴン・ウィルキンソン(Bibio)

新曲“Curls”は各種サービスにて配信中!

label: WARP RECORDS
artist: Bibio
title: Curls

iTunes: https://apple.co/2SvA9mS
Apple Music: https://apple.co/2DY6AlR
Spotify: https://spoti.fi/2WSHUTo

interview with Phony Ppl - ele-king


Phony Ppl
mō'zā-ik.

300 Entertainment / Pヴァイン

SoulFunkHip Hop

Amazon Tower HMV iTunes

 現代の“What's Going On”──そう称されたのは2018年の優れたアルバムのひとつ、ジ・インターネットの『Hive Mind』で冒頭を飾る“Come Together”だった。かのLAのバンドは同曲で、われわれに衝突を強いてくるものについて歌っている。深刻な人種差別が続く合衆国の惨状は、いまなおアーティストたちを突き動かし続けているようだ。
 西海岸だけではない。東にもまたおなじ問題意識を共有するグループがいる。ブルックリンの新世代5人組ソウル・バンド、フォニー・ピープル。ジョーイ・バッドアスらの属するプロ・エラとともにビースト・コースト・ムーヴメントを盛り上げてきた彼らは、ジ・インターネットと同様、ことさらにポリティカルなバンドというわけではないけれど、彼らの新作『mō'zā-ik.』の最終曲“on everythinG iii love.”でもやはり、警察の暴力によって命を落としたアフリカ系たちのことが歌われている。
 おもしろいことにフォニー・ピープルの音楽は、言葉だけでなくそれを輝かせるサウンドのほうもまたマーヴィン・ゲイを想起させるところがある。ミーゴスの所属する〈300 Entertainment〉から発表された『mō'zā-ik.』にはマーヴィンやスティーヴィー・ワンダーといった70年代黄金期のソウル・ミュージックの真髄が見事に受け継がれているが、この殺伐とした現代、トラップのような音楽が猛威をふるういま、彼らはあえてかつての“古き良き”サウンドを信頼することで、改めてソウル・ミュージックのなんたるかを示そうとしているのかもしれない。
 では彼らにとってソウルとはいったいなんなのか? じっさいのところ彼らはどのような思いで『mō'zā-ik.』を作り上げたのか? ヴォーカルのエルビー、ギターのイライジャ、ベースのバリ、ドラムのマフュー、キイボードのエイシャ──大きな盛り上がりを見せた渋谷 WWW X での公演前日、バンド・メンバー全員が取材に応じてくれた。

人間が人生を歩むなかで経験するたとえばトラウマとか喪失感とか心の痛みとか失恋とか、あらゆる痛みを音楽として表現する。それがソウルだよ。

今回日本で『mō'zā-ik.』がCDリリースされますが、タイトルの綴りが特徴的ですよね。

エルビー(Elbee Thrie、ヴォーカル):音声記号(IPA)のとおりに書くとこうなるんだ。

そうしたのには何か特別な理由が?

エルビー:音声記号で書くとひとつひとつの文字にフォーカスできて、1文字ごとの意味が深くなると思ったんだよね。あと、ヴィジュアル面でもこっちのほうがきれいなんじゃないかなと。「モザイク(mosaic)」って本来は「c」で終わるんだけど、「k」にしている。発音記号だと子音が「k」の音だから、こういうスペルにしたんだ。グループ名の「Phony」も音声学(phonetics)と関連しているんだよね。サウンドを意味する「-phone」ともつうじるし。

曲名にはすべてピリオドがついていますよね。

エルビー:ピリオドは「この曲はここで終わっている」ということを示すために打っているんだ。それにも意味があるんだよ。

イニシャルでないところが大文字になっていたり。

イライジャ(Elijah Rawk、ギター):「G」はいつも大文字なんだ。

エルビー:子どものころ、ジュヴィナイルの“Ha”って曲がすごく大好きだったんだ。そのなかに、「ビッグ・Gならブロック・オン・ファイア(Big G, you got your block on fire)」という歌詞があってね。「ビッグ・G」だから、「G」は大文字。

では一人称の「I」が「iii」と三つになっているのは?

エルビー:ひとつの「I」のときと三つの「iii」のときがあるんだけど、ひとつの「I」はふつうの、「私はトイレに行きます」や「私はご飯を食べます」みたいな一人称なんだ。肉体的なものとしての自分を指すときはひとつの「I」。でも三つの「iii」は肉体的なものから離れて、もっとスピリチュアルな、精神的なものを表すときに使う。前世とか来世とかね。そういう自分の体を越えたものは三つにする。そこには肉体的なものも含まれてるんだけど、それを越えた自分まで含めて、ということだね。

先祖とか、そういうことではないんですよね。

エルビー:ノー。先祖ではなくて、自分が生まれるまえの前世とか、死んだあとの来世とか。それから、なぜいまここに自分がいるのかとか、そういう意味のときも三つ繋げてる。

そういったことを考えるようになったきっかけは?

エルビー:いまここにこうしてみんなが集まっているのは、ここに肉体があるということだけど……この考えは一日でできたものじゃなくて、人生を重ねるうちに認識していったアイディアなんだ。まだ自分のなかでもいろいろ問いかけている最中で……たとえば肉体はここにあるけど、魂みたいなものはもしかしたらべつのところにあるかもしれない。そういうことを人生を重ねていくなかで考えるようになったんだ。だからそういったことをテーマに歌詞を書いたりもしているよ。

サウンド面では、前作の『Yesterday's Tomorrow』の時点ですでに洗練されていましたけれど、新作の『mō'zā-ik.』はさらに洗練されているように感じました。

イライジャ:そういってもらえて嬉しいよ。

今回、音作りの面でもっとも意識したことはなんでしょう?

イライジャ:ファースト・アルバムを褒めてもらえてすごく嬉しいけど、じつはあれにはいろんなドラマがあって、さまざまなストレスや不安を抱えながら作ったアルバムだったんだ。あれは、それまでにあったものをぜんぶひとまとめにして出したものだから、その過程で辞めるメンバーもいたりして、「未来はどうなるんだろう」「自分たちはこれでいいのか」って、ものすごい不安を抱えながらリリースしたものだった。だから今回の『mō'zā-ik.』のほうがもっときちんとしていると思う。インフラも整っていたし、ツアーの回数も増えて、経験も積んで、メンバーも再調整されてね。あと、〈300 Entertainment〉と契約したこともすごく大きかった。システム化してもらえたからね。たとえば、あちこちでレコーディングするんじゃなくて、同じミキサーやエンジニアにやってもらえたりとかさ。1曲目の“Way Too Far”以外はどれも1年ぐらいかけて作った曲だから、すごく一貫性のあるアルバムなんだ。だから、今回のほうがより洗練されているっていうのはありえる話だね。

“somethinG about your love.”や“Move Her Mind.”といった曲にはロックからの影響が表れています。

イライジャ:子どもの頃からクラシック・ロックとかコンテンポラリー・ロックとか、ポップ・パンクを聴いて育ったからね。俺がこのバンドに貢献している部分があるとしたら、それはやっぱりロック的な要素だと思う。泥くさい音とか、汚い感じの音とか、「これ、ここには入らいないよね」みたいな音だから、メンバーのみんなはおもしろく思ってないかもしれないけど。だろ? エイシャ。

エイシャ(Aja Grant、キイボード):いや、俺もヤバい音は好きだよ!

イライジャ:そういうコントラストが生まれるからこそおもしろいと思っている。このバンドはすごく極端なものを持ってきてくれるんだ。3曲目の“somethinG about your love.”は最近書いた曲じゃなくて、前回のアルバムよりもまえに書いた曲なんだけど、時間をかけてどんどん前進していって、いまのような曲になった。8曲目の“Move Her Mind.”のほうはすごくアグレッシヴな、直球でパンチを食らうような曲で、スタートからいきなり迫力がある。“Move Her Mind.”は70年代のロックから影響を受けた曲なんだ。当時のロックはすごく多岐にわたる音楽性を持っていたと思う。R&Bやソウル出身のキイボーディストとかギタリストがいておもしろかったよね。そういうところから影響を受けて書いた曲なんだよ。で、スタジオで一気に録音した。エルビーの自宅の地下で、メンバーそれぞれが楽器を持って、一発録りしたんだ。

70年代のロックという話が出ましたが、アルバム全体としてはマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーのような、70年代のソウルの遺産が良いかたちで受け継がれていると感じました。トラップ全盛のいま、このようなスタイルのソウルをやろうと思ったのはなぜですか?

バリ(Bari Bass、ベース):もちろん、いまどういうものが流行っているかとか、トラップのような方向性は知っている。それはアルバムのレコーディング中も把握してた。でも、いま世の中で起きていることとは違うエネルギーをあえて持ってくることで、新しいこと、違うことに挑戦して、より多岐にわたる音楽を作ったほうがリスナーにチャレンジできるんじゃないかと思ったんだ。ただじつは、トラップから影響を受けて書いた曲も今回のアルバムには入っているんだよ。だから、トラップの領域も知っているけど、もっと違うものを作りたかったし、結果としてそれをうまく表現できたと思ってる。

エルビー:えーっと、バリが言ったこととは違う話になってしまうけど……バリはリスナーにチャレンジしたかったって言ったけど、必ずしもそういうわけじゃなくて、僕らがそれぞれ楽器を持つと、リスナーのことは意識しないで自然に、やりたいように演奏するから、すごくオーガニックになったんだ。

バリ:俺が言っていることと違ってくるからまずいって!

エイシャ:まあ、そういった細かいところまでは話さなかったよな。『mō'zā-ik.』に収録されている曲は何年もライヴで演奏してきたんだ。とくにニューヨークのブルーノートでね。レジデンシーをもらえたのはすごくラッキーだった。そこで演奏することによってレスポンスが得られたからね。「ここはもうちょっと変えよう」とか「これは引き算しよう」とか、ライヴで得られるものが大きかった。曲ってその時代のスナップショットみたいなものだから、俺たちの代表曲“Why iii Love The Moon”も、いま演奏しているものは、かつて演奏していたものとまた変わってくるよね。

ちょっと水を買いに近くの店まで行ってそのまま戻ってこられなかったりとか、家族が仕事へ行って「帰ってこないな」と思ったら突然殺されていて、今日が最後だったなんてこともありえる時代になってきている。

去年はXXXテンタシオンの殺害が大きな話題になりましたけれど、いまのヒップホップにはある種の過剰さ、「いっちゃうところまでいっちゃう」みたいな状況があるように思います。いまのヒップホップに問題があるとすれば、それはなんだと思いますか?

イライジャ:エゴじゃないかな。

マフュー(Matt "Maffyuu" Byas、ドラム):ドラッグも大きな問題じゃないかな。ドラッグを神格化するというか、そういうことをかっこいいことみたいに持ち上げるのは良くないと思う。

エイシャ:個人的にドクター・ドレーは好きなんだけど、でも、まるで水を飲むようにドラッグを自分たちの音楽と関連づけているヒップホップ・アーティストを見ていると、ヒップホップっていま若い世代にもっとも影響力があるから、すごく汚染しているな、ダメにしているな、って残念に思うね。

エルビー:いまのヒップホップが抱えている問題は、ずっとヒップホップのスターの座にいる人たち、スター級のアーティストたちが、それが永遠に続くと思って、ほかのアーティストにたいして失礼だったり「何を言ってもいい」みたいな、そういう風潮があることだね。ある日突然環境がガラッと変わることだってあるんだから、それはどうなのかなって。態度が失礼っていうのも問題のひとつだと思う。

今回のアルバムの最終曲“on everythinG iii love.”では、警察の暴力で命を落とした黒人のことが歌われていますね*。

エルビー: 最近は減るどころかずっと増えている。

マフュー:ここでは三つの「iii」を使っている。肉体から離れた、魂の話をしているからね。

エルビー:僕は基本的にテレビを観ないんだけど、たまにテレビをつけると毎回と言っていいほど、黒人が警察に射殺されただとか、少年が警察官に間違えて殺されただとか、そんなニュースばっかりでうんざりする。それはもちろん僕らの知らない人たちだけれど、でももしかしたら自分たちもちょっと水を買いに近くの店まで行ってそのまま戻ってこられなかったりとか、家族が仕事へ行って「帰ってこないな」と思ったら突然殺されていて、今日が最後だったなんてこともありえる時代になってきている。人種差別をするのはほんっとうにばかげたことだと思う。だから、自分たちでも何かを訴えたいと思ってこの曲を書いたんだ。自分たちはみずから選んでこういう肌で生まれてきたわけではないし、いや、もちろん黒人として生まれてきたことはものすごく誇りに思っているし、それは嬉しいことなんだけど、でもなんで肌の色でこうやって罰せられなくちゃいけないのか、って。

マフュー:撃った側の警察官は刑務所に入ることもなく、ちゃんと給料も支払われる。本来であれば僕たちを守るべき仕事に就いている人なのに、黒人の少年を殺したことで給料をもらえて、裁判があったら必ず勝ってしまう。ありえないなと思う。

* 取材後にエルビーが語ってくれた説明によれば、黒人の主人公が殺された事件の裁判に、本人の魂が現れる。その魂は天井から裁判を見守るが、その主人公を射殺した白人は結局無罪になる。判決にがっかりした主人公が「あぁ、俺は弔いの言葉さえかけてもらえなかった。それなら自分で自分を“安らかに眠れ(Rest In Peace)”と弔おう」とする内容(湯山)。

おばあちゃんの家へ行ったら、そこでおばあちゃんがソウルフードを作ってくれる、その音楽版みたいな感じかな。それがソウル・ミュージック。

あなたたちはジョーイ・バッドアスのプロ・エラと一緒にビースト・コースト・ムーヴメントを牽引していましたよね。ニューヨークのヒップホップだけが持つ特性はなんだと思いますか?

イライジャ:ニューヨークの音楽ってすごく変わってるんだ。一時期は見失っていた時期もあるけどね。いまはエイ・ブギー(A Boogie)とかシックスナイン(6ix9ine)とか、新しいアーティストがでてきた。ニューヨークのプロデューサーが集まるようなスタジオもできた。ニューヨークではいまプロ・エラは大きな存在だよね。お互い助け合って、ニューヨークの音楽を全体的に盛り上げることに貢献している。ヒップホップだけじゃなくて、もっと大きな意味でもね。ニューヨークはすごく幅が広くて多岐にわたる音楽を扱っているから、そこが魅力なんじゃないかな。ありえないぐらい表現力豊か、それがニューヨークの魅力だと思う。

同じくビースト・コースト運動をやっていたジ・アンダーアチーヴァーズはLAの〈Brainfeeder〉からもリリースしています。LAのシーンについてどう見ていますか?

イライジャ:フライング・ロータス!

マフュー:LAのヒップホップって、ケンドリック・ラマーとかブルーフェイスとかジ・インターネットとかがいるけど、ニューヨークと違って天気が良いから、太陽を浴びてすごく自由な感じだよね。もちろんダーティでヴァイオレントなものもあるけど、ダンス的な要素があったり楽しい音楽がある。タイラー・ザ・クリエイターとか。あとはすごく結束力があるよね。

「西のジ・インターネット、東のフォニー・ピープル」と言われることについてはどう思います?

イライジャ:会った瞬間から気の合う人たちだったよ。すごく良いエネルギーを感じるし、お互い助け合っている。応援し合っているよ。東西を行き来して自宅へ遊びに行ったりとか、すごく仲が良いんだ。あと黒人バンドということで、そういう意味でも応援しあっている。

バンドであることの良い点と悪い点はなんでしょう。

イライジャ:唯一悪い点があるとすれば、パーソナルな、プライヴェイトな計画がうまく立てられないことだね。ライヴがあるから、一週間前とかにならないと先のことがわからないし。たとえば最近母親の結婚式があったんだけど、ライヴの予定が入っちゃって。逆にバンドの良いところは、音楽的な面でお互い助け合えることだな。友人というよりは兄弟って感じ。たとえば曲を書いていてライターズ・ブロックにぶつかって、この先どうしようなんて思ったときも、誰かに相談すると会話から何か新しいものが生まれてくる。ひとりじゃないということが大きいね。

バリ:難しいのは、すごく民主的なバンドでみんなの意見を反映させているから、判断するプロセスが非常に難しいんだけど、ひとつ決まるとびしっと協力しあって、結束力が固いところは良い点かな。

メインストリームで成功することについてどう考えていますか? それを目標にすることもある?

イライジャ:そうだね、もちろんメインストリームを目指したいんだけど、バランスが重要だよね。そもそも自分はなぜ音楽をやっているのかっていうのを考えると、全員に気に入ってもらえるポップ・ソングを作るためにやっているわけではないから。

あなたたちにとって「ソウル」とはなんでしょう?

エルビー:ソウル・ミュージックというのは、歌詞の内容がわからなくても、たとえばポルトガル語だとか日本語だとか、英語だとわからなくても、言語がわからなくても、心ですごく感じるものなんだよね。

バリ:そもそも自分たちはフォニー・ピープルをブルックリンで、DIYスタイルで作ってきたわけだ。手作り感があったんだ。「ここブルックリンでソウルを作ろうぜ」っていう形からできあがってきた純粋なエネルギー、自分たちのなかにあるものをぜんぶ出しきったもの、それがソウルなんだ。リスナーにはそれを感じてほしい。

イライジャ:ソウル・ミュージックは、人間が人生を歩むなかで経験するたとえばトラウマとか喪失感とか心の痛みとか失恋とか、あらゆる痛みを音楽として表現する。それがソウルだよ。

マフュー:言葉にするのはとても難しいんだけど、子どものころからソウルを聴きながら育ってきたから、フィーリングがすごく伝わってくる。ソウルを聴くと身体が温かくなる。それがソウル・ミュージックだね。

エイシャ:みんながいろいろ言っちゃったからもう出つくしちゃったけど(笑)、ひとつ言えるのは、黒人の音楽であるということ。おばあちゃんの家へ行ったら、そこでおばあちゃんがソウルフードを作ってくれる、その音楽版みたいな感じかな。すごくノスタルジアを感じるもので、たとえばみんながソウルを聴きながら踊りだしたりね。それがソウル・ミュージック。自分の魂から何かを表現するときの音楽。まあ魂から表現するということは他のジャンルにも言えるけど、特に黒人音楽のソウル・ミュージックにかんしてはそれがすごくあると思うね。


マデイラディグ実験音楽フェスティヴァル - ele-king

「あんなに楽しいフェスは経験したことがなかった。だからフェスが嫌いなひとのために、自分でもやってみようと思ったんだ」

 ポルトガルのマデイラ島で開催されている、マデイラディグ実験音楽フェスティヴァルのオーガナイズ・リーダーであるマイケル・ローゼンは、大西洋を見晴らす崖に面したホテルのバーのバルコニーに座っている。雨と汗と泥にまみれた、よくあるフェスの体験からは数百マイルも隔たった雰囲気がそこにはある。というかその雰囲気は、ほかのどんな場所にも似ていないものだ。
 フェスの来場者の大半が滞在する小さな町ポンタ・ド・ソルは、高く深い谷の上に位置している。フェスの運営を取り仕切るメインとなる中継地点であるホテル、エスタラージェン・ダ・ポンタ・ド・ソルはとくに素晴らしく、まるで崖沿いを切りだしたようにして作られていて、海に沿った通りからはただ、崖の岩肌を上に向かってホテルへと至る、すっきりとした作りのコンクリート製のエレヴェーターだけが見えている。

 エスタラージェンでのアフター・パーティーや毎晩行われるライヴはあるが、フェスのメインとなるプログラムは、ホテルから車ですこし移動したところにあるアート・センターで行われる、午後の二つのショーのみである。

 ローゼンは次のように述べている。「毎日たくさんのパフォーマンスが行われるフェスが好きじゃないんだ。テントを張って、雨が降って、人混みに囲まれてっていうやつがね。僕らが借りている会場のキャパは200人くらいで、それがちょうどホテルが受けいれられる上限でもあるから、そのくらいが集客の上限なんだよ」

 フェスは金曜の夜、ポルトガルのサウンド・アーティスト、ルイ・P・アンドラーデ&アイレス[Rui P. Andrade & Aires]によるアンビエント・セットとともに開幕し、アナーキーで混沌としたフィンランドのデュオ、アムネジア・スキャナー[Amnesia Scanner]によるデス・ディスコがそれに続く。マデイラディグのプログラムはみな、多くの人が実験音楽と理解しているものの元にゆるやかに収まる音楽ばかりなわけだが、主催者側がはっきりと意図して普通とは異なったアプローチを見せているこの組みあわせ方によって、2組のアーティストのあいだにある違いが強調されることになっている。


アナ・ダ・シルヴァとフュー

 日曜日の夜は、不気味さや打楽器のような調子や、美しさや激しさのあいだで移り変わっていく自らの演奏から生みだされるループによって音楽を構築する、ポーランドのチェリスト、レジーナ[Resina]の演奏とともに始まる。彼女の演奏は、つねに変化するアニメーションによるコラージュや、戦争の映像、自然や文明や、コミュニケーションやテクノロジーといったものの相互の関係を映しだすヴィデオの上映を背景して行われる。コミュニケーションというテーマは、より遊び心に満ちたものとして、ただ一つのテーブル・ランプに照らしだされた多くの電子機材を前に演奏される、アナ・ダ・シルヴァ[Ana da Silva]とフュー[Phew]による、めまぐるしい展開によって方向感覚を狂わせるようなライヴのなかでも取りあげられている。参加したアーティストのなかで、フェスの開催日に到着したフューはもっとも遠くからやってきている人物だが、その一方でダ・シルヴァは、生まれ育った島に戻ってくるかたちとなっている。2人のアーティストのあいだにあるこのコントラストは、それぞれの言語を使い、ひとつひとつの言葉にたいし、ユニークかつときに不協和音的な解釈を与えている彼女たちのパフォーマンスそのもののなかにも、はっきりとその姿を見せているものだ。演奏のある地点で彼女たちは、曲間のおしゃべりの一部分を取りあげてループさせ、それをパフォーマンスのなかに組みこむことで、ライヴのもつ遊び心に満ちた親密な性格を強調している。

 ローゼンは、そうした彼女たちのライヴを生む根底にある自身の哲学を次のように説明している。「普通では一緒に見ることのないような二組のアーティストに同じ舞台に上がってもらうんだ。まったく異なっているように見えながら、だけど質の部分で繋がっているアーティストにね」

 こうしたアプローチは、ドイツのクラブ「キエツザロン」[Kiezsalon]で彼がオーガナイズしているイヴェントにも見られるもので、マデイラディグについて理解するためには、多少ベルリンのことについて触れておく必要がある。というのも、ローゼン以外のオーガナイザーだけではなく、オーディエンスの大半もその街からやってきているからだ。

 ローゼンはベルリンのシーンを退屈でバラバラなままの状態だと述べている。いわくそこには、すでに存在しているオーディエンスに媚びたありきたりなイヴェントばかりがあり、結果として、シーンやジャンルを分断する区別を強化することになっているのだという。オーストリアを拠点にしたスロバニアのミュージシャンであるマヤ・オソイニク[Maja Osojnik]もやはりこの点を繰りかえし、彼女が暮らしているウィーンも同じように、まれに土着的な「ヴィーナーリート」[Wienerlied]という民謡の一種がジャンルを横断した影響を見せているくらいで、パンクがあり実験的な音楽があるというかたちで、内部での音楽シーンの分断という状況にあると述べている。東京のインディーでアンダーグラウンドなシーンのなかに深くかかわっている人たちもきっと、すぐに同じような状況に思いあたることだろう。


マヤ・オソイニク

 マヤ・オソイニクは、パリを拠点としたカナダのミュージシャンであるエリック・シュノー[Eric Chenaux]による、キャプテン・ビーフハートの経由したニック・ドレイクといった雰囲気のジャズ・フォークの後に続いて、金曜日の夜の最後に出演した。シュノーの演奏が、いったん心地よく美しく伝統的な音楽的発想を取りあげ、それをさまざまなかたちで逸脱させていくことによって特徴づけられるものであるのにたいし、オソイニクの音楽は、不協和音の生みだすことを恐れることなくさまざまな要素を重ねていき、そのすべてが、彼女がときに「ディストピア的な日記」と呼ぶ、音によるひとつの物語をかたちづくるものにしている。全体の雰囲気や演奏に通底する低音やパルス音は、催眠的でインダストリアルな高まりを見せ、オソイニクのヴォーカルは、豊かな抑揚をもった中世の歌曲からポストパンクの熱を帯びた怒りまで、自在に変化していくものとなっている。


エリック・シュノー

 後に彼女と話したさいオソイニクは、同時代の音楽からの影響ももちろんあるが、古典的な音楽教育を受けてきのだという事実を明かしてくれた。一三〇〇年代にフランスのアヴィニオンに捕囚されていた教皇たちのためだけに作曲された、あまり知られていない音楽に興味があるのだと、興奮気味に彼女はいう。自身が受けてきた折衷的で渦を巻くような影響にかんして彼女は、次のように述べている。「いろんな音楽をアカデミックに学んでみた結果、そこには多くの並行性があることに気づいたんです。たしかに規則は違うし、アプローチも違う、根底にある美学も違っていますが、同じ鼓動が感じられるときがあるんです」

 シュノーとオソイニクが共有しているのは、二組のライヴがともにどこかで、人間は複雑で、つねに仲良く議論しているわけではないのだという事実を感じさせるものだという点にある。したがってオーディエンスにたいするメッセージは、オソイニクがいうとおり、「目を覚ますこと。受けとるだけでいるのをやめて、探すことをはじめること」にあるのだといえる。

 マデイラディグは、多くの点で伝統的な音楽フェスと異なるものとなっているわけだが、一方でそれは、参加する者たちのなかに普通とは異なる現実を創造するというその一点において、真の意味で伝統的なフェスティヴァルといえるものとなっている。フェスの初日の時点では、どこか気後れしたような初参加者と毎年参加しているヴェテランのあいだに目に見えるはっきりとした違いがあったが、フェスのオーガナイズの仕方によって、そこにはすぐに、その場にいる人間たちによる共同体の感覚が育まれることとなっていた。イベントの後の食事やエスタラージェン・ダ・ポンタ・ド・ソルでのアフター・パーティーは、交流の機会となり、毎回あるメイン会場への車での移動が、参加者をひとつにすることを促している。日中に辺りの自然のなかや最寄りの大きな町であるファンシャルへ旅することは二重の意味をもっていて、参加者がひとつのグループとして絆を深める機会となっていると同時に、イヴェントの会場でもあるホテルの盛りあがりからの息抜きとしても機能している。

 またマデイラ島は並外れて美しい島であると同時に、不思議なことにどこかで日本に似たところもある場所だといえる。通りに沿ってその島を旅していると、山がちな景色が必然的にトンネルのなかを多く通ることを強いてくるわけだが、気がつけばやがて古い通りに出て、島がその本当の姿を見せてくる。そこには雲を突きぬけ緑で覆われた、ぐっと力強く迫りだしている火山の多い地形があり、谷に沿って並ぶ家々や急な勾配に沿った畑があり、浅くコンクリートで舗装されれ、海まで続く川が見られる。海を見張らしながら、古い時代の商人たちが登った道のひとつを登っていたとき、ポルトガルの現地スタッフのひとりが、「この景色を見るためには、ここまで登ってこなきゃいけないんですよ」と述べていた。

 美しさを見いだすためには努力が必要だというこの発想は、風景についてだけではなく、音楽についても当てはまるものだろう。フェスの最終日は、カナダのアーティストであるジェシカ・モス[Jessica Moss]による繊細で複雑なヴァイオリンの演奏とともに始まる。彼女はマデイラディグに参加する多くのアーティスト同様、ループによってレイヤーを生みだし、自らの音楽のなかにテクスチャーとパターン(そしてパターン内部におけるパターン)を作りだしている。その後に続くのは、デンマークのデュオであるダミアン・ドゥブロヴニク[Damien Dubrovnik]によるハーシュ・ノイズの荒々しい音である。彼らはまるでモルモン教徒の制服のモデルのような出で立ちでステージに上がり、会場を音による恐怖で連打していく。


ダミアン・ドゥブロヴニク

 マデイラディグは間違いなく、オーディエンスにたいし、このフェスがステージ上で生みだそうとする美のために協力するように求めているのだといえるが、一般的にいって実験音楽にかんするイヴェントや、とくに遠方からの参加を前提とした特殊なフェスには、参加を阻む誤った種類の障害を設けてしまうという危険性が存在しているものである。すぐに思い当たることだが、日本で行われる同様のイベントは、全員ではないにしろ、多くの熱心なファンには厳しい金額が参加費として設定されているし、結果としてそのことが、音楽シーンの断片化を助長し、多くの地方都市における文化の空洞化に繋がることとなってしまっている。
 マデイラディグの参加費は目をみはるほど安い(チケットの料金は4日間で8000円ほどであり、ホテルの価格も納得のいく範囲に維持されている)。だがいずれにしてもそれは、もっぱら市場の情けによって生き残っているだけであるヨーロッパのアートを手助けしている、ファウンディング・モデルなしには機能しなかったものだといえるだろう。ローゼンはこうした状況を自覚したうえで、それでもやはり、難解で聞きなれないような音楽を集めるイヴェントは、可能なかぎりアクセスしやすいものではくてはならないという点にこだわる。

 「音楽にかかわりのないような人にも届いてほしいと思っているんだ」。「ホテルの予約間違い」でフェスを知り、結果として、いまでは毎年参加しているベルギーのカップルの話をしながら、ローゼンはそんなふうにいう。

 「文化を近づきやすいものにしたい。これは音楽だけじゃなく、文学でも哲学でも何でもそうであるべきだと思う。誰もが参加できるファンドによるフェス、政府から資金を引きだすフェスというかたちで、僕はそれを立証しているんだよ」

https://digitalinberlin.eu/program2018/

Madeiradig experimental music festival
November 30 (Fri) to December 3 (Mon)

by Ian F. Martin

“I've never been a fan of festivals, so I wanted to make one for people who don't like festivals.”

Michael Rosen, the lead organiser of the Madeiradig experimental music festival on the Portuguese island of Madeira, is sitting on the balcony of a hotel bar, situated on a cliffside overlooking the Atlantic Ocean. It feels a million miles from a typical festival experience, drenched in a cocktail of rain, sweat and mud. It feels a million miles from anywhere.

The village of Ponta do Sol, where most of the festival guests stay, nestles in the mouth of a tall, deep valley. The main organisational hub of the festival's activities, the hotel Estalagem da Ponta do Sol, is a particularly striking, looking almost as if it has been carved out of the cliffsides, visible from the road only by the thin, concrete elevator shaft that rises skywards out of the rock towards the hotel proper.

The main festival programme is limited to two shows an evening, held at an arts centre a short coach ride away, while the Estalagem hosts after-parties with DJs and live acts into the morning every night.

“I don't like festivals where there are lots of performances every day – all the tents, rain, crowds,” explains Rosen, “The capacity of the auditorium we use is about 200 people, which is also all the hotels in Ponta do Sol can accommodate, so that’s the audience limit.”

The opening Friday night of the festival opens with a spacious, ambient set by Portuguese sound artists Rui P. Andrade & Aires, which is followed by the anarchic, chaotic death disco of Finnish duo Amnesia Scanner. While Madeiradig’s programme all falls loosely under what most people would understand as experimental music, it’s clear through the choices of pairings that the organisers are keen to see different approaches rub up against each other.

Saturday night opens with Polish cellist Resina, whose music builds around loops that draw from her instrument sounds variously eerie, percussive, beautiful and harsh. Set against this are video projections featuring an ever-shifting collage of animations and images exploring subjects such as war and the relationship between nature, civilisation, communication and technology. The theme of communication recurs more playfully in the lively and disorientating set by Ana da Silva and Phew, performing behind masses of electronic equipment and lit intimately by a single table lamp. Of all the artists at the festival, Phew has travelled by far the furthest to be there, having arrived from Japan on the first day, while da Silva is revisiting the island where she was born. This contrast between the two performers informs the performance, with each member delivering their vocals in the other’s language, adding their own unique and sometimes dissonant takes on the words. At one point, they pick up and loop what seem to be snatches of inter-song backchat and integrate that into the performance, reiterating the playful and intimate nature of the set.

Rosen explains his philosophy as being based on, “Placing two artists on the same stage who you wouldn’t normally see together. Artists who are connected in terms of quality, but nonetheless quite different.”

It's an approach that he follows with the “Kiezsalon” events he organises in Berlin as well, and in understanding Madeiradig, we really need to talk a bit about Berlin, since that's where not only othe organisers but the vast majority of the audience come from.

Rosen describes the scene in Berlin as boring and fragmented, with events typically pandering to existing audiences, in the process reinforcing the divisions that separate scenes and genres. Austrian-based Slovenian musician Maja Osojnik echoes the point, saying that her adopted hometown of Vienna suffers from similar internal divisions in the music scene, with punk, experimental and the unique local “Wienerlied” folk style rarely interacting. Anyone who has spent much time immersed in the Tokyo indie and underground music scene will find their complaints immediately familiar.

Maya Osojnik closed Sunday night after the rhythmically dislocated Nick Drake-via-Captain Beefheart jazz-folk of Paris-based Canadian musician Eric Chenaux. While Chenaux’ set was characterised by the way he would take conventionally pretty or beautiful musical ideas and then investigate multiply ways of knocking them off centre, Osojni's music layers element over element, not shying away from dissonance, but bringing them all together in the service of a single sonic narrative – what she sometimes calles a “dystopic diary”. Tones, drones and pulses build up to a hypnotic, industrial crescendo, Osojnik’s vocals ranging from richly intoned, almost medieval sounding singing to haranguing postpunk rage.

Speaking to her later, she reveals that, despite her more contemporary influences, she was classically trained and she talks excitedly about her interest in obscure music composed only for the exiled popes of the French town of Avignon in the 1300s. She explains her music's eclectic swirl of influences, saying, “Studying all this music academically made me realise that there were many parallels. There are different rules, different approaches, different aesthetics, but you can find the same heartbeat.”

Where Chenaux and Osojnik are perhaps similar is that their sets both feel in some way like people having complex and not always friendly discussions with themselves. The challenge to the audience is, as Osojnik puts it, “To wake up. To stop receiving and start seeking.”

Despite the many ways Madeiradig diverges from a traditional music festival, one way it is a traditional festival in a very real sense is in the way it creates a kind of alternate reality around its attendees. On the first day, there is a visible division between the rather intimidated-looking first-timers and the veterans who return every year, but the way the festival is organised very quickly fosters a sense of community among those present. Post-event food and after-party entertainment at the Estalagem da Ponta do Sol give us opportunities to interact, while the ritual of the coach trip to the main venue regularly hustles everyone together. During the daytime, trips into the countryside and the main town of Funchal served the dual purpose of giving us chance to bond as a group and at the same time breaking us out of the hotel-venue bubble.

And it has to be said that Madeira is an extraordinarily beautiful island, but also one in some ways strangely reminiscent of Japan. Travelling around it by road, the mountainous landscape means that you spend a lot of your time in tunnels, but finally finding our way out onto the old roads, the island’s real form revealed itself, the volcanic topography thrusting aggressively skyward, piercing the clouds, swaddled in thick vegetation, houses clinging to valleysides and farmland carved out of steep slopes, shallow, concrete-lined rivers racing seaward. Hiking along one of the crumbling ancient merchants’ roads, overlooking the ocean, one of the local Portuguese staff remarked that, “To get this beauty, you have to work for it.”

The idea that to find beauty requires effort feels just as appropriate to music as it does to a landscape. The closing night of the festival opens with the fragile, fractal violin of Canadian artist Jessica Moss, who, like many artists at Madeiradig uses loops to build layers, textures and patterns (and patterns within patterns) in her music. She is followed by a raw blast of harsh noise, delivered by Danish duo Damien Dubrovnik, who stalk the stage like models from a Mormon menswear catalogue, pummeling the theatre with sonic terror.

While Madeiradig undoubtedly wants its audience to work for the beauty it gives a stage to, there is always a danger with experimental music events in general, and exotic “destination festivals” in particular, that they put up the wrong kinds of barriers to participation. It's easy to imagine a similar event in Japan being priced far out of the ability of any but the most dedicated fans to access, and that in turn feeds the fragmentation of the music scene and contributes to the cultural hollowing-out of much of rural Japan.

Madeiradig is remarkably cheap (a festival ticket costs about ¥8,000 for four days, and the hotels are also kept very reasonable) and I don't think it's unfair to say that it would never be able to function without the arts funding model that ensures European arts aren't left solely at the mercy of the market. Rosen is aware of this situation, and adamant that an event offering difficult or unusual music needs to be as accessible as possible.

“I want to reach people who have nothing to do with music,” he explains, recounting the story of a couple from Belgium who discovered the festival because of “a booking mistake” and ended up returning every year.

“I want to make culture accessible, and this should be true not just for music but also literature, philosophy, anything,” he continues, “I make a point that at a funded festival – one that’s getting money from the government – anyone should be able to go.”

愛とユーモアにまみれたエッセー集!

世界から見た日本、日本から見た世界、
その両方を往復する男=マシュー・チョジック。
世界の常識と日本の非常識、
その両方を知る男=マシュー・チョジック。
日テレ「世界まる見え!テレビ特捜部」でお馴染みの蝶ネクタイ男がつづる、
とっておきの21話。

湯船につかりながら、
あるいは電車のなかで、
あるいはベッドのなかで、
1日1話、3週間分のほっこりタイム!

この本を読み終えたら、あなたはたぶん、気を許せる友だちが一人増えた気になっているだろう。
──柴田元幸

多国籍な体験、知識を想像力で何倍にもして伝えるエッセイ! 優しさとはユーモアと知性と想像力だ。
──矢部太郎

どのページ開いても、マシューの可愛さバクハツ! マシューの不思議なキャラが炸裂!!
──園子温

残念ながら日本語はわからないんだけど、もしわかるならマシューの本を読みたいよ。世界を股にかける彼の、優しいカリスマ性を味わえるはずだからね!
──ニコラス・ケイジ

マシューの暖かさが、本の中でしっかり息づいている。そのことがとっても嬉しい!
──高城晶平(cero)


試し読みは ↓ こちらから
①「豆腐と涙とマリファナと」

②「スーパーヒーローのマント」

③「ベトナムのポタージュでカラオケをする」


【著者】
マシュー・チョジック(Matthew Chozick)
1980年アメリカ・コネチカット州生まれ。米・ハーバード大学修士課程、英・バーミンガム大学博士課程修了。2007年に来日。『世界まる見え!テレビ特捜部』(日テレ)、映画『獣道』、『英語で読む村上春樹』(NHKラジオ)等に出演。テンプル大学、千葉大学などで講師を務めるほか、アート関係の出版社 Awai Books を経営するなど幅広く活動。

まえがき

Part 1 海外での冒険の物語
ミス北千住
北京で一日警官
静電気とバナナ
アメリカの感謝祭
豆腐と涙とマリファナと
日本語を話すローマの剣闘士

Part 2 アメリカ生活の物語
スーパーヒーローのマント
ジューイッシュ・サンタがクッキーを食べにやってくる
無人島のパジャマパーティー
エジプト人みたいに歩く
祖母と祖父とのスロウダンス
『デュース・ビガロウ、激安ジゴロ!?』への実存的反応
友人ふたりとビーチで幽霊に出会う

Part 3 世界中の危険な物語
花にまつわる三つのトラウマ
九十九セントの強盗
ベトナムのポタージュでカラオケをする
サウナ、プリン体、秘密のタトゥー問題
ちびくろサンボ
死海でバレエ
バークレーで講演をした次の朝

ボーナストラック:猫の写真と言語の学習法

Addison Groove - ele-king

 ブリストルのアジソン・グルーヴは、ダブステップ~フットワークときて、そして最近では自身のレーベル〈Groove〉を拠点にハウスへと急接近している。UKガラージの要素も入った雑食的ハウスで、やっぱアジソン・グルーヴってなにやっても上手い。
 今回は、Trekkie Traxの一員でありながら、高崎を拠点に活動する若手DJ Ampsが仕切ってのツアーになる。3月上旬から3月末まで。UK最高のグルーヴを体験して欲しい!

Addison Groove Japan Tour 2019

■3/08(Fri) 群馬 at WOAL高崎〈replace〉
■3/09(Sat) 金沢 at BASE Kanazawa〈DUB ROUNGE〉
■3/15(Fri) 松本 at Sonic〈satisfaction〉
■3/16(Sat) 名古屋 at CLUB MAGO〈PURE_____〉
■3/17(Sun) 大阪 at CIRCUS
■3/23(Sat) 東京 at CIRCUS


■Addison Groove
Addison GrooveことAntony Williamsは、2006年にHeadhunterとしてダブステップ・シーンに現れ、SkreamやBengaで知られるTempaを中心に幾多のシングルをリリースし、シーンにおいて伝説的な地位を築いた。その後、2010年に突如、Addison Grooveという新名義でシングル「FOOTCRAB」をリリース、ジューク/フットワークを取り入れた斬新なサウンドはジャンルを超えたビッグチューンとなり、ダブステップDJだけでなく、Aphex TwinやSurgeon、Ricardo Villalobos、Mr.Scruffら、テクノやハウスの重鎮たちのレコード・バックにも収められ、新しいオーディエンスを獲得することになった。2013年にはジュークシーンの伝説であるDJ Rashadのアルバム「DOUBLE CUP」収録のトラック“Acid Bit"にてRashadとのコラボも実現、さらには先進的で独創性の高いアーティストにフォーカスするSonarSound Tokyo 2013、Red Bull Music Academy Tokyo 2014に出演を果たす。さらに2017年にはBS05AGからスタートした全国5都市を回るジャパンツアーを成功させた。そして再びの来日となる今回は2018年にDJ Hausが主催するDANCE TRAXから盟友Sam Bingaとリリースを行ない、テクノやハウスシーンを賑わせた直後であり、さらに磨きのかかった先鋭的なサウンドを日本各地で披露してくれるに違いない。

 しぶや花魁を拠点にローカルからワールドワイドまでクオリティーの高いアーティスト / DJを招き、毎週日曜日18:00~21:00にライヴ・ブロードキャストを行うTSUBAKI FM。昨年は京都八坂や加賀山代温泉などの出張放送の実績もあるラジオ局が、東京、京都、福岡、広島にて初のジャパンツアーを行う。
 ツアーでは京都を代表するJAZZ / CROSSOVERイベント〈Do it JAZZ!〉を主催し、現在は Gilles Petersonがスタートしたオンライン・ラジオステーション〈Worldwide FM〉の京都サテライト〈WW KYOTO〉のDJも務めるMasaki Tamura。
 アンダーグラウンドディスコを軸に長年に渡り茶澤音學館のクルーとしてSadar Baharの来日サポートを務め、毎週火曜日のAoyama Tunnelをレギュラーに都内を中心にDJとして活躍中のSouta Raw。
 そして東京ハウス・ミュージックシーンの人気パーティー / レーベル〈Eureka!〉を仕掛け、TSUBAKI FMの発起人でもあるMidori Aoyamaの3人を中心に、特定のジャンルに縛られない様々なジャンルを発信するTSUBAKI FMとリンクした「音」にこだわりのある4会場のローカル・アーティストがコラボレーション。
 現地でのライヴ配信とイベントが融合したツアーショーケースを1ヶ月通して開催する。

interview with Mark Stewart - ele-king

当時初めてマーク・スチュワート+マフィアでブリストルでライヴをやったことは、ブリストル・シーンが生まれるきっかけになった。このアルバムはバンクシーがいちばん好きなアルバムだし、ダディーGのお気に入りでもある。

 ただ生きるのに、なぜこうも金がかかるのだろう……。いや〜、きつい。だれにとってもこのきつい新自由主義しか生きる道はない、ひとびとにそう信じ込ませるリアリズムを分析し描いたのがマーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』という本で、その副題は「ほかに道はないのか?」だ。本当に、ほかに道はないのか? ぼくたちはこの終わりなき倦怠感のなかでじたばたするしかないのだろうか? 
 音楽ファンであるフィッシャーが、そうしたやっかいな資本主義リアリズムにおける外部の可能性について思考をめぐらせるとき、レイヴ・カルチャーやダブに行き着くのは納得のいく話ではあるけれど、それは過ぎ去った昔のことではないのかという声もあろう。が、「ほかの道」は意外なことに、いちど殺され死滅したものたちこそがしめすかもしれない。死者が無言であるとはかぎらないのである。

 1970年代なかばのリー・ペリーがジャマイカで繰り広げた音響実験は、UKに渡るとパンクを通過して、エイドリアン・シャーウッドによってさらに拡張された。そのクライマックスのひとつに数えられる1983年の『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カワディス』は、味気ない灰色の街の抑圧のなかにさえも「ほかにも道はあるだろう」と言っているようだ。バンクシーがこのアルバムを好きなのはなんとなくわかるような気がする。ここには抵抗とともに至福の王国(=エルサレム)も描かれている。熱狂的でもあるのだ。マッシヴ・アタックのダディーGがこれをいちばん好んでいる理由は明白だ。『ラーニング・トゥ〜』は、マーク・スチュワートの数あるアルバムのなかでもっともレゲエ寄りだからだろう。
 とはいうものの、ルーツ・レゲエ・バンド、クリエイション・レベルあるいはダブ・シンジケートのメンバーたち、そしてエイドリアン・シャーウッドといっしょに作り上げた『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カワディス』は、初期の〈On-U〉におけるダブの冒険が次のステージ(=オールドスクールのヒップホップ・ビート)へと進む手前の作品である。以下のインタヴューでマーク・スチュワート自らが言っているように、ザ・ポップ・グループのジャズ・ファンク路線からレゲエへとシフトするちょうどのその真っ直中を通過したあたりにドロップされている。なるほどそのサウンドは、たしかにのちのBurialにも繫がっている。

 マーク・スチュワートは読書家で、博識である。そしてその表現が頭でっかちにならないのは彼が本当にいろんな音楽を愛しているからで、たとえばこのインタヴューでいうと、それはスキンヘッドの話に垣間見れる。政治的な人間は、とかく右だ左だと分ける。しかしよく行くパブにはスキンヘッドもいる。自分と同じように、このきつい社会を生きている人間のひとりとして。だから意見はちがっても、マーク・スチュワートは彼らと対話する。そうした人間的な泥臭さは、音楽ならではのものである。

マーク・フィッシャーと同じくらいパンクでワクワクさせる理論を提唱したのがすでに他界したフランスの哲学者のジル・ドゥルーズで、彼に関する展示会を今年の終わりにゲントで企画しているんだ。ジャン・ボードリヤールやジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ。彼らの執筆は、それこそジョー・ストラマーが描く歌詞の世界と同じくらいクールだった。

こんにちは。今回は野田努さんというジャーナリストからの質問になります。これまで何度も取材を受けていると思いますが、よろしくとのことです。

マーク:俺からもよろしく伝えてくれ。日本には数人クールなジャーナリストがいるから顔を見たら誰かすぐにわかるだろう。

ありがとうございます。で、早速ですが、最初にまず、お元気ですか? 

マーク:元気にやっているよ。ありがとう。君の方はどうだ? 

はい、元気です。

マーク:お願いがひとつあるんだが、彼から質問されているって雰囲気を出す意味で、低い声で話してもらえるかな。

(笑)かなり無理がありますが、できる限り頑張ります。で、パリの黄色いベスト運動をどのように受け止めましたか? 

マーク:正直多忙過ぎて状況を詳しく把握できてないから答えるのは難しい。言えることは、同じベストの括りで違う内容の抗議運動が多発しているということだ。政治的な質問ばかりになるのかな。取材を受けると政治のことばかり聞かれるもんだから。

政治の質問ばかりではありません。

マーク:俺をマーガレット・サッチャーと勘違いしているのだろうか。

そんなことはありません。

マーク:それが俺からの答えだ。

フランスでは68年の5月革命以来のできごとだと解釈している向きもあるようです。だとしたら、その影響、余波はUKにもおよぶはずですが、じっさいのところいかがでしょうか?

マーク:どうだか。もしいま君と俺が地元のパブで話をしていたとしたら、一緒に(黄色いベスト運動について)グーグル検索してそれを元に話ができただろう。でも俺は限られた情報しか持ち合わせていない。フランスに住む友人も大勢いる。彼らからそれぞれ違う視点からの話は聞いている。町ごとに抗議内容が違うんだ(※UKではむしろ右派が黄色いベストを着て、EU離脱に向けてのデモ行動をしている)。
 フランスは元々抗議活動が盛んな国だ。農家でさえ地元の自治体に肥料を遺棄して抗議運動をするくらいなんだから、そういった抗議活動は伝統的に存在する。それがいま組織化されつつあるようだ。発端になったのはどうやら燃料費の増加か何かのようで、消費者による抗議デモのようだ。でも詳細は知らないからコメントは避けたい。

まあ、これがまた信じられないような話でね。まるで『レイダース失われたアーク』のようだったよ。エルサレムのソロモン王の神殿の地下を一生懸命掘って聖なる埋蔵品を発掘したテンプル騎士団そのものだ。

マーク・フィッシャーの『資本主義リアリズム』は読まれましたか?

マーク:もちろん読んだよ。マーク・フィッシャーは親しい友人でもあった。彼は何年もの間俺の音楽を応援し続けてくれた。ミドルセックス州から多くの理論家が出てきた時期があった。〈Hyperdub〉所属のKode9を含む、素晴らしく頭脳明晰な連中だ。urbanomics (都市経済学)についての考察だ。マークの提唱は、パリに住む俺のかつてのシチュアシオニストの友人たちを彷彿とさせる。それと記号学(semiotics)も。今回の再発に辺り、マークの志を継承するイタリアの理論家(※おそらくフェリックス・ガタリのこと)たち、Obsolete Capitalism(※ガタリを使った12インチをリリースしている!)と組んで、エッセイを書いてもらった。当然、マーク本人にエッセイを執筆して貰いたかったが、彼は自決してしまった……。
 マークの頭のなかは輝くダイヤのようだった。彼は音楽を愛した人でもあった。彼の葬儀では俺も弔辞を述べた。彼の兄弟にも声をかけてもらった。頭脳明晰な連中が俺の音楽から様々な思想を見出していることに俺自身が驚いている。(自分の作品に)そんなものが存在していたなんて俺自身も知らなかった。驚きでしかない。このアルバム(『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カワディス(Learning To Cope With Cowardice)』)がきっかけでインダストリアル・ミュージック、トリップホップが生まれたと言われるけど、何故なのか俺にはわからない。俺はいまでも無邪気に、子供のように、いまだに好き勝手実験を繰り返している。なぜかはわからないけど、柔軟な考えを持てば、周りも柔軟な考えを持つようになる、ということなんだろう。質問に戻ると、マークは素晴らしい。原稿を集めた本が再発されたようだ(※k-punk: The Collected and Unpublished Writings of Mark Fisher 2004-2016)。
 個人的には彼と同じくらいパンクでワクワクさせる理論を提唱したのがすでに他界したフランスの哲学者のジル・ドゥルーズで、彼に関する展示会を今年の終わりにゲントで企画している。ジャン・ボードリヤールやジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ……。彼らの執筆は、それこそジョー・ストラマーが描く歌詞の世界と同じくらいクールだった。本当に素晴らしい。人びとはもっと彼らのような人たちの書物を読むべきだ。俺にとってのきっかけはシチュアシオニストやダダイズムだった。俺はそういう原稿をハイパーテキストと呼んで魅力を感じているし、アイディアを拝借することもある。おっと、ここではそんなこと言っちゃだめだな。

なぜ上記の質問をしたかというと、〈ミュート〉から送られてきた資料に、マーク・フィッシャーが『ラーニング・トゥ〜』への讃辞を送っていたという旨が記されていたからです。じつは今月末、マーク・フィッシャーが『ラーニング・トゥ〜』について触れている原稿も収録した『Ghosts of My Life』の日本版『わが人生の幽霊たち』を刊行します。

マーク:彼は本も出すのか。

はい。

マーク:最大の敬意を送るよ。俺からも日本で出してもらいたい本があるかもしれない。ところで誰が翻訳をしているんだ?

翻訳者までは把握していないです。すみません。

マーク:ぜひ、同じ理論家の人に訳してもらいたいものだね。俺自身ボードリヤールやボードレールの訳書も多く読むからわかる。その筋の人にしかわからない行間の意味などがちゃんと汲み取れる人でないとなかなか訳すのは難しい。(※訳者の五井健太郎はシュルレリスム研究が専門)

わかりました、そのように伝えておきます。それでは、アルバムについて伺っていきたいのですが、言うまでもなく、『ラーニング・トゥ〜 』は、あのポストパンク時代においても、もっともインパクトの強い作品の1枚であることは、リアルタイムで聴いたこの質問者にはよくわかります。革命的なサウンドからアートワークにいたるまで、あなたのソロ・キャリアにおいてももっとも素晴らしい1枚に挙げられる作品だと思います。その名盤にヴァージョン違いをふくむとはいえ10曲もの未発表音源「The Lost Tapes」が残っていたことがまずは驚きでした。これはいったいどういうことなのか、あらためて説明をお願いします。

マーク:まあ、これがまた信じられないような話でね。まるで『レイダース失われたアーク』のようだったよ。エルサレムのソロモン王の神殿の地下を一生懸命掘って聖なる埋蔵品を発掘したテンプル騎士団そのものだ。今回のプロセスを説明するなら、超自然な考古学だ。『As The Veneer Of Democracy Starts To Fade』のアルバムでも同じことが起ころうとしている。発売から何年も経っているにも関わらず、再発を考えはじめた途端に、どこからともなく人が現れて、「こんな音源がありますけど」と言ってくるんだ。世にも不思議な物語さ。
当時、このアルバムを完成させてから数年経った後にロンドンのエイドリアン(・シャーウッド)の家を訪ねたとき、雨が降っていたんだけど、マスターテープを詰め込んだ箱が外に置いてあったんだ。で、「これどうするつもり?」と聞いたんだ。当時は経費節約のためにマスターテープをそのまま再利用することが多かったからね。例えばリー・ペリーなんかは同じテープを何度も何度も使っていたよ。前に録音したものの上から上書きしてしまうんだ。で、エイドリアンは「家に置き場所がなくてね」と答えたんだ。これは「荷物を減らせ」って奥さんから言われるようになる前の話だ。友だちはみんな持っているCDを処分されないように隠すのに必死だよ」。

日本でも「断捨離」って言うんですよ。

マーク:(笑)女性がハマるんだよね。君の旦那さんも気の毒に。

で、マスターテープの話の続きをお願いします。

マーク:そうそう。で、てっきりマスターテープはすべてなくなってしまったと思っていたんだ。でも、当時から俺はなんでもすべて録音していた。何をやるにもエンジニアに「これを1/4インチテープに録音しておいてくれ」とお願いしていた。というのもマルチ・ダブ、マルチ・テ-プの手法をとっていたから。俺がとったアプローチは、曲を構築する際に、違うテープから一番いい部分をつなぎ合わせたというもので、タイトル曲の“Learning To Cope With Cawardice”なんかは1曲だけで87のエディットがあった。細かいテープの切れ端を壁に全部貼り付けて、「ああでもない、こうでもない」と、まるでシュールレアリズムのモンタージュのようにつなぎ合わせていったんだ。
で、これらの元ネタになった音源、つまり、我々が切り刻んでしまう前のちゃんと楽曲の形をしていた音源が収められていたテープがあって、俺はてっきりそれもすべて処分されてしまったとものだと思っていた。それがいきなりだ。何年も活動していると世界中でコンサートに何度も来る客と親しくなるわけだけど、俺もエイドリアンも親しくしている医者で〈On-U〉の熱狂的ファンがいて、その人から「マーク、古いマスターテープを大量に修復したんだ」と連絡があった。だから「へえ、『ラーニング・トゥ〜』からは何かある?」と聞いたんだ。ちょうど〈Mute〉から再発の話をもらっていたから。そしたら「いくらでもあるから送るよ」と言ってくれたんだ。
というわけで、エイドリアンとふたりで彼のスタジオで修復された当時のマスターテープを全部聴き直す作業をした。なかには30分間ひたすらハイハットとスネアにいろんなエコーを試しに掛けているだけのテープもあった。ルー・リードの『メタル・マシン・ミュージック』ではないが、変わった音を出そうとしてね。俺とエイドリアンが聴く分には面白いけど、〈On-U〉以外の人間が聴いて面白いとは思わないような(笑)。
今回再発盤を出すにあたり、俺もエイドリアンも深く関わっていて、きちんとした物語を伝えたかった。掘り出した音源をラジオ番組のような形で公開することにしたんだ。「これは流石に退屈だろう」という部分だけを除いただけで、他は当時のものをそのまま残している。これらのマスターテープはどういうわけだかポルトガルに流れ着いて、それをオランダに住む俺の友人が、ポルトガルにいる持ち主とファンが集まるチャットで知り合って、オランダで修復作業をして我々に送ってくれたんだ。
他にも似たようなことがあった。アメリカに住むファンがThe Mafiaでのライヴ音源を送ってくれた。そうやって音源を大事に持っていてくれる人たちが世の中にはいるもんだ。
俺もかつてロキシー・ミュージックで同じことをやっていたけどね。我々がまだ子供だった頃、ロキシー・ミュージックのコンサートにカセット録音機をコートに隠して内緒で持ち込んだものだった。今回にしても、レコード会社の倉庫にあった単なるデモ・テープの寄せ集めにならなくて本当に良かったと思っている。
個人的にはいつだって未来のものを発信したいと思っているよ。過去の作品を再発をするのであれば、絶対にクールなインディ・レーベルから、自分たちがすべて監修をおこなう形でしかやりたくない。アートワークから使う紙の材質に至るまですべてに関わっている。実際俺とエイドリアンは今回の「The Lost Tapes」をまとめるのに、オリジナルのアルバムよりも多くの時間を費やしているんだ。

未発表音源の「The Lost Tapes」のクオリティも申し分のないものでした。これらの曲をお蔵入りにした理由は、当時のあなたとエイドリアンが求めていたサウンドには達していなかったからなんでしょうか?

マーク:いや。単に実験的なことがしたかったんだ。美しい曲を書いたら、まずはそれを壊すところからはじめるんだ。つまり、できた曲を録音して、そのテープを切り刻んで、風変わりなものにする。なぜなら、そうしたいと思ったから。それがこそが自分の表現方法だと思ったから。それだけだ。

“Conspirasy”のような曲にはジャズへのアプローチも見られますが、これなんかはシャバカ・ハッチングスをも彷彿させるというか。ほかにも“May I”にしても、とても実験的なサウンドですよね?

マーク:いまも昔もそう。いまも何時間分もの新しい楽曲の音源に囲まれている。さらには近所のスタジオの仲間が一緒に取り組んでいる新しい曲を10曲届けてくれたところだ。常日頃から楽曲を多く作っていて、そのなかから、そのときどきで選りすぐったものだけが作品として世に出る、ということだ。「作りたい」という衝動が絶え間なく押し寄せる。マーク・フィッシャーも同じだっただろう。彼も絶えず書き続けていた未発表の原稿が何箱もベルリンの自宅にあるだろう。創造を止めることはできない。いざ作品を出すときにはそれらから抽出して、ひとつの声明としてうまく組み合わせて形にいく。
よく質問されるんだけど、自分の制作プロセスを言葉で説明するのは難しい。でも、今度の「The Lost Tapes」も、ひとつの声明として満足しているね。いま考えると、当時マフィアとしての最初のコンサートとザ・ポップ・グループとしての最後のコンサートは同じ日に行われたんだよ。ちょうどそのころ、核軍縮キャンペーンに深く関わっていて、ロンドンで行われた核兵器に反対する大きなデモに参加したんだ。団体のトップに「音楽があった方がいい」と言われて、「ちょうどいい。自分もバンドをやっているし、友人のキリング・ジョークなんかにも声を掛けてみるよ」と言った。
そこで俺は古いプロテスト・ソングを歌いたかったんだ。集まった群衆の年長者たちも共感できるような曲を歌いたかった。トラファルガー広場に50万人も集まったんだよ。ライオンの像の内側がステージだった。で、アメリカでいうところの“ウィ・シャル・オーヴァーカム”のイギリス版となるプロテスト・ソングと言えば、ウィリアム・ブレイクによる“ジェルサレム(エルサレム)” (※1804年の作品でユートピアとしてのイギリスを歌っている愛国歌)だった。社会主義的アンセムだった。デモでどうしてもその曲を歌いたいと思った。でも当時のザ・ポップ・グループはフリー・ジャズっぽい方向性に行っていて、それに対して俺は“ジェルサレム” のレゲエ・ヴァージョンがやりたかったんだよ。だから、ザ・ポップ・グループが演奏した数時間後に俺はまたステージに戻って、そのときに一緒に演奏したのが、ジャマイカ生まれでイギリス育ちのラスタファリアのマフィアの連中だった。まったく同じ日にふたつのグループで入れ替わるようにライヴを行ったんだ。
あのときのデモに参加したことがきっかけで社会活動や抗議運動の精神が芽生えたし、いまでもそれは変わらない。今回の再発にあたっても、イギリスのあるチャリティーと手を組んでいるんだ。古い流し釣り漁船を何隻も改装して、水上の診療所に変貌させて、世界各地の戦地に送り込んで、地雷などで負傷を負った子供たちを治療する活動を支援している。

今回のリリースに際して、あらたに手を加えたのはどんなところでしょうか?

マーク:新たに手を加えた部分はない。

そうなんですね。

マーク:さっきも話したように、どの曲も10ヴァージョンほど録音して、それらをバラバラに切り刻んで、違うテイクを組み合わせて構築していくんだ。重ねて録りも多用している。だから「The Lost Tapes」に入っている曲にしても、“Conspirasy”のようなジャズっぽいものから、“Paranoia”、“Vision”といった曲はどれも、アルバムに収録する曲のために切り刻む前の元ネタ音源のようなものなんだ。“Jeruselum”はサウンド・エフェクトを乗せる前のプロトタイプのようなものだ。これらはすべて当時録音したものをそのまま収録している。劣化部分を修復したマスターテープを何時間分も聴き返して、これ、というものを選び出したんだ。もうあんな高音は出せないよ。

じっさいのところ、このアルバムはどのくらいの期間で制作されたものなのでしょう?

マーク:制作をどこからどこまでって考えるかにもよるけど。歌詞のアイディアの話をし出したら、例えば“Liberty City”なんかはタイトルのヒントになったのはマイアミ近郊の人種暴動が起きた町だった。ちょうど自分が当時住んでいたブリストルのセイント・ポールズでも同様に暴動(1980年)が起きていた。“The Paranoia of Power”はロンドンの地下に眠る秘密のシェルターについての本がヒントになった。アイディアはいつ何時どこからでも湧いてくるものだ。歌詞に関してはそれこそ9歳にまでさかのぼることだってある。その一方でレコーディングに関しては、かなり短時間で作った。その頃にはエイドリアンが〈On-U Sound〉でいろいろなクールな作品をすでに手がけていたから面白いミュージシャンたちが大勢溜まっていた。サックスのデッドリー・ヘッドリーはプリンス・ファー・ライと組んでいて、彼はもともと多くの素晴らしいホーン・プレイヤーを輩出しているジャマイカのAlpha Boys School出身だ。ザ・ポップ・グループのジョン・ボティングトンも何曲かにギターで参加してくれている。オリジナル・アルバムはじつは制作にあまり時間がかかっていないんだ。実際スタジオを使った日数で考えるとね。ただし、夜通しの作業だった。当時は深夜の方が料金が割安だったからね。

アルバム・タイトルにある「Cowardice(卑怯者)」はどのような意味で使われたのでしょうか? その意味を21世紀のいま再解釈するとどんな風になりますか?

マーク:基本的に俺は当時もいまも変わっていない。むしろより無邪気で子供のようになったくらいだ。当時と比べて多くを学んだ。再発は来週発売だけど、これまで話をした人からよく言われるのは、この作品の歌詞がいかにいまの時代にぴったり当てはまるか、ということだ。難民問題、暴動、パラノイヤ、はいまの時代も健在だ。俺はある時代に特化した歌詞は書かない。自分なりの意味付けはあるけどね。
 最近もザ・ポップ・グループの古い音源を掘り起こしていたんだけど、こういう古い作品をあらためて聴き返してみて面白いのは、──『ラーニング・トゥ〜』を作ったときに自分が何歳だったか忘れたけど、例えば22歳だったとして──、22歳の自分が年月を超えて語りかけてきて、アドヴァイスをくれている感覚になる。交霊会みたいな感じさ。俺はまだ死んでいないけど(笑)、上手く説明できないな。
 基本的に俺は説教師ではない。人に何かを説き勧めようとしているわけじゃない。俺がやっていることというのは、アイディアの断片を、ちょっとした情報や面白いサウンドとともに全部鍋に投げ入れてごった煮にして世に出すんだ。「俺は面白いと思って作りました」って感じでね。そこからまた誰か他の人が断片を組み取って何かを生み出すかもしれない。大きな壊れたジグソーパズルみたいになることがある。原理原則があるわけじゃない。もっと開けたものなんだ。道教にも「the path of the open hand」という教えがあるように。

数年後にはジーザス&メリー・チェインがレコーディングを行っていた。CRASSもいて、FUGAZIもいた。アメリカのハードコアの創成期だった。素晴らしかったよ。そこで出会ったジャマイカ生まれのミュージシャンたちとレコーディングしたことと、ザ・ポップ・グループで訪れたアメリカで耳にしたヒップホップからの影響がこのアルバムの礎になっている。

それにしても“Liberty City”は、ジェントリフィケーションによって高級化された世界の都市、ロンドン、NY、パリ、ベルリン、そして東京もそうですが、ネオリベラリズム支配によって灰色と化した都市においてはあまりにもハマリすぎの鎮魂歌として聴こえます。

マーク:当時何が起きていたかというと、ちょうどこのアルバムの曲作りをしていた頃、俺が生まれ育った街でいまでも頻繁に行くブリストルで、UKで初めて黒人居住区で暴動が起きたんだ。俺の母親が生まれ育った地域で、俺もレゲエ・クラブに良く通っていた。警察があるカフェを強制捜査しようとして、セイント・ポールズの街全体が暴徒化したんだ。ちょうどこのアルバムを作っていた頃だ。ちょうど同じ頃にテレビのニュースでマイアミで起きた暴動が報道されたのを見たんだ。そしたら、その町の名前がLiberty Cityだという。その名前をそのままタイトルに拝借させてもらった。これは当時のでも、いま起きていることでもない。これから起きるかもしれないことかもしれない。詩(Poetry)という言葉はあまり使いたくないけど、自由に解釈できる限定されないモチーフなんだ。それは、支配や洗脳という発想だ。カルト教団についての面白いドキュメンタリーを見てたんだけど、消費主義も同じで、消費主義が横行しているあまり、人びとは現実に目を向けないような仕組みになっているという発想。言葉で説明するのは難しい。だから俺は歌詞を書く。歌詞は音楽と組み合わさったときに大きな影響力を持つ。そういう発言をすると、まるでスティングになったような気分になる(笑)。
 今度マークの本を出すという話があったけど、いまのジェントリフィケーションの話にしても、俺は永遠の楽観主義者だ。俺の友人の多くは不満ばかりを口にする。俺はFacebookで世界中のアーティストや執筆家、活動家と繋がっている。なかには頭脳明晰なのに、「昔は良かった」というような愚痴ばかりこぼす連中もいて、たまにうんざりしてしまう。変化には新しい可能性がついてくるものだ。だから俺の哲学は、明日の世界に目を向けて、新しいテクノロジーや発明をすべて、自分たちのために使いこなすということだ。そうやって物事を自分流にアレンジして利用すればいい。何もせずに「最悪だ。お先真っ暗だ」と不平を言ってても何もはじまらない。諸刃の剣なんだ。インターネットにしても最初に考案したティム・バーナーズ=リーの当初の発想は非常に理想主義的だった。欲しい情報が自由に何でも得られる、と言う。それがいまではいろいろ規制しようと言う動きになっている。そのこと自体はこのアルバムとは関係ないかもしれないけど、そういった不都合なことは常にいろいろ起きるものなんだ。トランプ政権のことにしても何にしても文句ばかり言って、まったく行動を起こそうとしない友人たちには呆れるよ。it only takes for good people to do nothing for evil to prevail (善人が何もしないことが悪を蔓延らせる要因だ)という格言があって、いま、何が問題かというと、意識の高い人たちが、どちら側の思想だろうと、みんな文句う言うだけで、何もしてない。前向きな提案や、次の選挙に向けた準備をすればいい。
 俺は永遠に楽観主義だ。いまの世のなかにも素晴らしい理想を掲げた素晴らしい人材は多くいる。民主主義に則った選挙で誰かが当選したということであれば、それは文化を反映している。人びとの考えを変えるには、その文化、そして思想を広めることだ。パンクが起きるまで、小さい地方都市には何もなかった。でもいまではアート・センターやユース・センターができている。そういう地元レヴェルでは確実に積み上げられているんだ。

ちなみにあなたはインターネットやスマートフォンとどのように付き合っていますか?

マーク:テクノロジーは人びとを解放する、という概念を持っている。現代ではパンクもデジタル化が進んでる。インターネットが文明開化に拍車をかけている。いまではアフリカの砂漠の真んなかでヤギ使いが衛星電話を使って子供に助けを呼ぶことだってできる。世界は確実に変化している。最近他界した俺の父親はイカれた科学者だったのだが、研究開発の分野での進化発展は想像を超えるほど凄く先をいっていて、スマートフォンといった消費者向けの製品でさえ、AIやアルゴリズムといった技術は開発者たちでさえ全貌を把握しきれていない。我々が生活しているのはまだ中世かもしれないが、画面の向こう側の光ファイバーの先の世界はまるで違う。それらのゲートウェイを支配する人たちこそが世界を支配する人たちなんだ。
 支配の話は別にして、こういう技術を恐れるのではなく、積極的に利用するべきだと俺は思う。ティム・バーナーズ=リーは非常に理想主義的な意図でインターネットを発明した。『ラーニング・トゥ〜』の頃からすでに人びとは自由な電子の領域について話をした。報道の自由、検閲反対と言った議論はいつの時代もある。中世にも活版印刷の登場で同じことが起きた。いつでも対応できるように、新しい技術に関しても常にアンテナを張ってないといけないと思う。

あなたたちとCRASSのようなアナルコ・パンクとは当時どのような結びつきをされていたのでしょうか?

マーク:不思議な縁があって、いま元フガジのイアン・マッケイと組んで何かやろうとしているんだ。彼のことはすごく尊敬している。当時もだし、いまもそうだけど、俺が〈Mute〉と契約しているのには理由がある。自分たちのレーベルもある。ディストリビューションの政治から自分たちを切り離し、独立してDIYですべてやることで検閲に対抗することが、音楽そのものと同じくらい重要だった。インディ・レーベルという発想だ。〈ラフ・トレード〉、〈Mute〉、〈Soul Jazz〉、〈On-U Sound〉といったレーベルとは深い関わりがあった。つまりは、チャンネルを開けておくための手段だった。
 〈Mute〉のダニエル・ミラーがインディであることの重要性を語っている。君はマークの本を出すと言うが、日本でそんなことをしようとする出版社は他にそうそういないだろう。そういう人たちの存在が自由を支えているんだ。CRASSのディストリビューションにしてもCRASSのスタジオにしても、非常に開放的で社会主義的だった。そんな彼らの思想に敬意を持っていた。それと、その場に集まる人たちも魅力だった。数年後にはジーザス&メリー・チェインがレコーディングを行っていた。CRASSもいて、FUGAZIもいた。アメリカのハードコアの創成期だった。素晴らしかったよ。そこで出会ったジャマイカ生まれのミュージシャンたちとレコーディングしたことと、ザ・ポップ・グループで訪れたアメリカで耳にしたヒップホップからの影響がこのアルバムの礎になっている。彼らはみんな同志だった。いまでもそう。ペニー・ランボー(CRASSの創始者)は俺の大事な友人だ。

あなたから見て、『ラーニング・トゥ・コープ・ウィズ・カウアディス』においてもっとも重要な点はなんだと思いますか?

マーク:俺にとって意義深かったのは、ザ・ポップ・グループはまだ若くて、一緒に楽器を覚えて、誰の靴がいちばん尖っているかって言うようなパンクの影響が強かったのに対して、大のレゲエ好きだった自分が何度も聴いた作品で実際に弾いてるミュージシャンたちとプレイできたのが大きかった。プリンス・ファー・ライやジュニア・デルガードやリー・ペリーは俺にとっての英雄だ。そんな彼らの作品に参加していた大物ジャマイカ・ミュージシャンたちが俺を認めてくれたことが嬉しかった。ぶっ飛んだアイディアを抱えたまだ若造だった俺に。
 それからエイドリアン・シャーウッドの柔軟な姿勢が俺を成長させてくれた。お互い切磋琢磨して影響し合ってともに成長した。いまでもしょっちゅう仕事をしている。何かお互い感じ合うものがあるのだろう。なんだか涙ぐんできたよ(笑)。
 そこには魔法があった。過去を振り返ることは葬式までとっておけばいいと思っているから俺はしないんだけど、当時のセッションを思い起こすと、ひっくり返すと魔法が起きていた。「現実をひっくり返す」という発想で、何か「ここだ」って思ったときに「ひっくり返してみよう」と言うと、何かが起こるんだ。シャーマンに近いものがあった。音楽の世界にはもっとジャニス・ジョップリンやジム・モリソンのような別次元に行っちゃう人がもっと必要だ。パティ・スミスもそうだった。彼女と仕事をしたとき、別次元に行っていた。シャーマンのようにね。でも周りに支えてくれる人も必要だ。ビジネス面を見てくれる人、プロデューサー、ミュージシャンたち。彼らがいてくれるから安心して途方もないことができる。「何をやってるんだ」「こんなのはナンセンスだ」と言わない人たちだ。「精神病院に入れるぞ」とかね。

(笑)あなたは数年前はスリーフォード・モッズを誉めていますが、彼ら以降であなたが共感するアーティストはいますか?

マーク:イギリスにOctavianという素晴らしいラッパーがいる。彼は3、4年ホームレスだったんだけど、素晴らしい作品を次々と出している。あとは、ハンズというアーティストがいて。昔はゲットーテックと呼んでいたんだけど、マイアミ・ベースっていうのか、いま、ベース・ミュージックがまた面白い。あとブリストルも、いまでも自分の誇りだ。友人がバンクシーと仲が良くて彼についての本を書いたんだけど、当時初めてマーク・スチュワート+マフィアでブリストルでライヴをやったことは、ブリストル・シーンが生まれるきっかけになった。このアルバムはバンクシーがいちばん好きなアルバムだし、ダディーGのお気に入りでもある。
 いまのブリストル・シーンも、Giant SwanやKahn、Young Echo Collectiveといった若手が素晴らしい作品を出しているのがとても嬉しい。あの街の何かがそうさせるのだろう。いつの時代も刺激的だ。いま世界中で起きているポスト・パンク・リヴァイヴァルのお陰もあって、若手のアーティストが、我々が当時やっていたのと同じような実験を無邪気にやっている。フリー・ジャズやダブ・レゲエを、いまは機材もすごく進化していて、ブーティー・ベース・サウンドといったいまならでの音と融合させていて、当時我々がやっていたのと同じような精神で変形が生まれる。彼らにとって『ラーニング・トゥ〜』を聴くことは、例えば我々がサン・ラーを聴いてた感覚に近いのだろう。彼らの創造の泉の源泉になれることは嬉しい限りだ。

ブレグジットをめぐる議論が白熱していますが、いったいどうなのか誰にもわからないのが現状だと思いますが、あなたはどうなって欲しいと思っていますか?

マーク:ひと言で答えられるものではない。政治の話題を取り上げるのであれば、答えはマーク・フィッシャーの著書くらい長くなる覚悟が必要だ。問題は、みんなが本質を見失っていることだ。ニュースはこの話題をばかりを取り上げているが、肝心なことが議論されていない。本当に何が起きているのか、俺にもわからないし、誰にもわかっていない。しかも、今後の経済の動向を予測して金儲けをしている連中もいるそうだ。一体どうなっているんだか。俺自身は「◯◯反対」とか「△△反対」という明確な姿勢をとっていない。でも、みんながこれまでにない形で政治に関心を寄せていることは興味深い。
 もし受け入れられない意見に直面したとき、必要なのは対話だ。昔パブでつるんでいた頃を思い出すと、友人のなかにはスキンヘッドになって馬鹿げた活動をしはじめた奴らもいた。右翼で暴力的なこともした。でもブリストルは小さい街だからパブの数も限られている。彼らにしても、夜遊びに行く場所といったら、ブラック・ミュージックを流している店に来て踊るしかなかった。ただ無視するのではなく、対話が重要だ。俺は親戚ともちゃんと話をする。母方の家族は普通のワーキングクラスのブリストル人たちだ。みんな違う意見を持っている。それぞれが自分の考えを示して対話ができれば、その対話を通じて、彼らも自分も何かを学ぶことができる。そうやってコミュニティーはひとつになれるんだ。ただ反対するばかりで「それは間違っている。自分が正しい」としか言わないようだといつまでも溝は埋まらない。そして一般市民は自分たちの声を誰も聞いてくれない、と思ってしまう。
イギリスには根深い階級問題がある。俺がしばらく住んでいたドイツのベルリンにはあまり階級問題がなかった。日本もそうではないだろうか。工場で働く人たちも、それなりの賃金が与えられる。イギリスでは金持ちが労働者をクソみたいに扱う。これは中世の時代にまで遡る。一般労働者、さらには職人たちへのリスペクトがまったくない。いまは少しでも多く賃金を削り取ろうと必死だ。なぜか労働者を下に見ている。でも一概に労働者の方がいいとも限らない。ただ羨ましいと思っているかもしれない。事情はいろいろ入り組んでいる。最悪なのはスケープゴートを見つけ出して責任をすべてなすりつけることだ。それこそが本質を見失っている。
 人は目の前の現実に責任を取らないといけない。俺は敢えて結論を出さないように努めている。今朝のニュースだと、メイ首相は国会で通そうとした法案を棄却された。どうしてそういう話になったのかはわからない。保守党を支持する人たち、労働党を支持する人たちはそれぞれの言い分がある。他の角度からも見てみようと思って新聞の経済欄を見てみると、ポンドが上がっているんだ。市場に投資している人たちは、この混乱に乗じて儲けているんだ。マルコム・マクラーレンがかつての言っていたように「混乱は金になる」んだ。
例えば戦争なんかも、当初国民に伝えられていた理由とはまったく違う背景があったことを20年後に知る。今度のEU離脱の件も20年後に振り返ったときに、まったく違う力が動いていたって明らかになるかもしれない。それが良いとか、悪いとか言っているのではなく、それが現実だって話で、その現実をできるだけ把握して、参加することが大事なんだ。
なかなか面白い時代だと思う。新しい時代を切り開くチャンスであり、新しい取り組み方というのも生まれるだろう。過去ばかり振り返っていても駄目だ。なかには冷戦時代を「良い時代だったと」目を潤ませながら懐かしむ人がいる。理解に苦しむよ。最近書いた曲があって“Forever Now”という曲なんだけど、最低でも「いま」に目を向けて生きる。仏教徒の教えにもあるように。でもできるなら「未来」に目を向けて生きようよ。「未来」を我々の手で築くんだ。だって、「未来」はそこにあるのだから。ジョー・ストラマーの言葉にもある。「未来はまだ書かれていない」って。これが結びだ。

今日はありがとうございました。

マーク:ジャーナリストの彼に伝えてくれ。なかなか良い思想を持っていると。応援してくれてありがとう。マーク(フィッシャー)も感謝しているだろう。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291