「Not Waving」と一致するもの

Lankum - ele-king

 こいつはすさまじい。先週10月30日、ダブリンのフォーク・バンド、ランクムがザ・スペシャルズ1981年のラスト・シングル “Ghost Town” のカヴァーを公開しているのだが、これが鬼気迫る1曲に仕上がっている。失業や廃墟化する都市、暴動などを背景にした原曲もじゅうぶんダークだったけれど、ランクムはそれをさらに尖鋭化、「これが現代世界の真実だ」といわんばかりに、原曲以上に闇に満ちたアレンジを施している(MVも原曲を意識)。必聴です。

 2025年11月4日、200万人を超える有権者が、民主社会主義者ゾーハラン・マムダニをニューヨーク市の新市長に選出した。
 街の空気は歓喜に満ちていた。深夜を過ぎても人びとの歓声が響き、ブルックリンの自室からさえ聞こえたほどだ。おそらく、それはマムダニが多くの人にとって「消極的選択」ではなく、理想的な候補だったからだろう。
 じっさい彼の主な対立候補は、腐敗し、女癖が悪く、性的加害者でもあるアンドリュー・クオモだった。彼はCOVID政策によって1万5千人もの高齢者を死に追いやった人物である。クオモは「SAY NO TO ZO(ゾーにノーを)」という露骨なスローガンを掲げ、無所属として出馬した。言うまでもなく、この失墜した元州知事は9%の大差で敗れ、共和党の牙城であるスタテン島でのみ辛うじて過半数を得ただけだった。
 だが、そもそもなぜ共和党員たち──ドナルド・トランプ本人を含めて──は、じっさいの共和党候補(第三の奇策候補、カーティス・スリワ)を批判し、三代にわたってニューヨーク州民主党政治に深く関わってきた「無所属」候補クオモに投票するよう呼びかけたのだろうか?1
 ニューヨーク市において、民主党と共和党のあいだの従来の党派の境界線が正式に崩壊しつつあるいま、真の政治的分断が明らかになっている——それは、富裕層の利益を守る金権政治に深く根ざした候補者たち(クオモやトランプのような)と、労働者階級を守るためにアメリカの政治的体制そのものを真剣に脅かす候補者たち(マムダーニ、そして言うまでもなく2016年の大統領選におけるバーニー・サンダースのような)との対立である。

 多くのアメリカ人は、民主主義と資本主義を混同している。制限なく富を追求できることこそが民主社会における自由の証だと信じているのだ──たとえ自分たちの生活がつつましいものであっても。
 私はかつて父にこの混同を問いただしたことを覚えている。私はこう説明した。資本主義は必然的に独占に行き着く。独占は「選択」という民主主義の根本理念を狭めてしまうのだと。父は笑い、心を開いたようで、ただ一言こう返した。「A+だな」
 アメリカの政治もまた同じように独占されている。「よりマシな悪を選ぶ」というお決まりの構図だけでなく、共和党と民主党がじつは同じ企業支配のコインの表裏に過ぎない、というあまりに明白な現実によってもそれは表れている。両党は献金者やロビイストの利益を守り、その結果、アメリカ国民の大多数が犠牲になっている。
 たとえば、アンドリュー・クオモの選挙資金の多くは億万長者のスーパーPACから供給されていた。一方、マムダニの選挙運動は、彼のために戸別訪問を行った10万人以上の草の根ボランティア集団によって支えられていた。
 さらに、マムダニの掲げた「私たちが住める都市(A City We Can Afford)」というメッセージは、ニューヨークが直面するもっとも差し迫った問題──すなわち、800万人の住民のうち200万人が貧困ライン以下で暮らし、ワンルームアパートの平均家賃が月4,000ドル(約61万6千円)に達しているという「手の届かない都市」の危機──をまさに突いていた。これはまさしく「アフォーダビリティ・クライシス(生活費危機)」である。
 金持ちへの課税、保育の無償化、無料のバス運行──こうしたマムダニの主要な公約は、本来であれば「急進的」と見なされるべきではない(なぜなら、これらの施策は他の多くの国々ではすでに実現しているものだからだ)。
 だが、資本主義と民主主義をいまだに同一視し、「トリクルダウン経済」の約束にすがる多くのアメリカ人にとっては、マムダニの構想は「成功者への罰」のように映るかもしれない。じっさい、「悪しき政府が勤勉な民間市民の財産を奪う」という観念こそ、アメリカに長らく根づいてきた社会主義への恐怖の中核をなしている。
 選挙後、保守系メディアはすでに「富裕層のニューヨーカーたちはマムダニの課税案を避けるために街を脱出し、結果的に西洋世界の金融首都は壊滅的な経済的打撃を受けるだろう」と騒ぎ立てている。
 しかしマムダニ自身が人気番組『ザ・デイリー・ショー』の司会者でありコメディアンでもあるジョン・スチュワートに説明したところによれば、彼の意図はきわめて穏当だ。年収100万ドル以上の人たちに対してわずか2%の増税をおこない、法人税率を11.6%に引き上げるだけだという。そして彼は冗談めかしてこう指摘した──その税率は「社会主義共和国ニュージャージー(お隣の州)」とまったく同じだ、と。
 母の言葉を借りれば──「分かち合えない成功に、いったい何の意味があるの?」
 それに、あの億万長者たちは自分たちの労働者のおかげで金持ちになったんじゃないの?

 はぁ……悲しいことに、「富裕層の1%よりも労働者階級を優先する政治家」という発想は、現実にはいまもなお“急進的”な逸脱と見なされている──おそらくだからこそ、マムダニの構想は、(もちろんそのマスメディアは例によってあのうるさい億万長者たちの所有物なのだが)「せいぜい実現不可能な夢」「最悪の場合は危険思想」としてこき下ろされているのだ……。
 いや、そこに「古典的な人種差別」も加えておこう。
 率直に言って、イスラム教徒の移民が、政教分離の理念をほとんど忘れ去ったこの国で(マムダニがどの神を信仰していようと、そんなことどうでもいいはずだ)市長の座を勝ち取ったことを、私たちは祝うべきだ。
 しかもここは、自由の女神像を擁する都市なのだ。

 さて、ここで私は白状しよう。私は政治との関係に複雑な思いを抱いている。
 というのも、私がこれまで出会ったなかでもっとも不寛容な人びとの一部は、進歩主義者たちだった──これは誇張ではない。ほんの数か月前のことだ。私は敬愛する進歩派の友人に、97歳になる私の大叔母の話を嬉々として語った。彼女は生涯を通じて共和党支持者だったのだが、「トランプはアメリカに起こった最悪の出来事だ」と宣言したのだ。私は興奮していたし、これは良い兆候だと考えた。アメリカ(および資本主義社会全体)を蝕む問題が、もはや単純に「共和党」対「民主党」という二分法では整理できなくなっている証だと思ったのだ。だが、友人の反応はこうだった。「ふうん。でも彼女がそのほかの人生で共和党に投票し続けたなら、別に希望は感じないけどね」
 また別の「超」進歩派の(元)友人にはこう言われたこともある。
 「白人であるあなたは、奴隷制に対してカルマ的責任を負っているのよ。」
 ……それって、「進歩的」というよりも「懲罰的」じゃない?
 私はまた、進歩派の政策がしばしば、学歴的にも経済的にも恵まれた人びとの閉じた共鳴空間のなかで構想され、理論上は「正しいこと」を目指していても、現実的な実行への配慮が欠けているのではないか、とも恐れている。たとえば「警察予算を削減せよ(Defund the Police)」運動は、アメリカの都市部に住む有色人種のあいだで驚くほど物議を醸した。なぜなら、十分な社会改革が伴わないまま警察の役割を縮小すれば、犯罪が増加するのではという不安があったからだ。
 そして2023年の『ニューヨーク・タイムズ』によれば、まさにその懸念は現実となった(注目すべきは、マムダニ自身も選挙が近づくにつれて警察批判をやや穏健なトーンへと修正した点だ)。
 さらに言えば、マムダニは移民ではあるが、彼自身こう語っている──映画監督と大学教授の両親に支えられ、裕福で一流の教育を受けて育った、と。
 だから、正直に言おう。貧困ライン以下で育った私としては、「一生セーフティ・ネットのなかにいた裕福な子どもが労働者階級を代表する」と自任することに、どこか懐疑的で、あるいは反感すら覚える部分もある。
  だが、いっぽうで──少なくとも誰かが、ニューヨーク(そしてアメリカ)における富と権力の不均衡に真正面から取り組もうとしている。そのこと自体は、称賛すべきことではないだろうか。私自身の境遇はさておき、もっと大きな部分で、私はこの政治家を誇りに思っている。その名はゾーハラン・マムダニだ。
 ……いや、カーティス・スリワも、少しだけ。
 二人の候補はすべての点で意見が一致していたわけではないが、どちらの選挙運動も生活費の高騰を中心課題とし、どちらもドナルド・トランプから攻撃を受け、そしてどちらも「ホームレス問題など、地域社会の課題を警察が過剰に負担している」という認識で一致していた。
 ただし、スリワは「警察官を増やすことが解決策だ」と考えているのに対し、マムダニは彼の最良の政策だと私が思う構想を掲げている──すなわち、「行動的健康緊急支援課(Behavioral Health Emergency Assistance Response Division)」を新設し、精神衛生の危機に対処する専門チームを配置することで、十分な訓練を受けていない警察の負担を軽減するという計画だ。政策上の違いはあれど、この“昔ながらの共和党員”と“民主社会主義者”は、ニューヨークが直面する主要な問題について──とくに「いわゆる穏健派」アンドリュー・クオモへの共通の嫌悪──で一致している。

 それって、すごいことだ。

 マムダニの当選によって、「左」と「右」を分ける線は、これまでになく刺激的な形でぼやけはじめている。新しいニューヨークの夜明けにあたって、私はマムダニが、自らの歴史的勝利を正当に導いた理想を現実のものにしてくれることを願っている。また、進歩派が、これから拡大していく「二項対立を超えた政治的基盤」と真摯に結びつく機会を大切にしてほしい。
 そして──民主社会主義者として史上初めてニューヨーク市長に選ばれ、かつ前例のない草の根運動で勝利したこの人物が、「富豪支配は避けられない運命ではない」という事実を、他の民主主義国家にも示してくれることを願っている。

¹ トランプの公式な支持声明によれば:「私は、成功の実績を持つ民主党員が勝つ方がはるかに望ましい。あなたが個人的にアンドリュー・クオモを好きであろうとなかろうと、他に選択肢はない。彼に投票し、素晴らしい仕事をしてくれることを願うべきだ。彼にはそれができる。マムダニにはできない」


Bridging the Political Divide: On Zohran Mamdani Winning New York’s Mayoral Election


by Jillian Marshall, PhD

On November 4th, 2025, over two million voters elected Zohran Mamdani — a Democratic Socialist — as the new mayor of the New York.
The mood in the city was ebullient: I heard people cheering well past midnight, even from inside my Brooklyn apartment. Perhaps this is because Mamdani was many people’s ideal choice, rather than the mere “lesser of two evils.” Indeed, his primary opposition — the corrupt, philandering sexual predator Andrew Cuomo, who sent fifteen thousand seniors to their deaths with his covid policies — ran as an Independent, and with the explicit campaign slogan of “SAY NO TO ZO.” Needless to say, the disgraced former governor lost by a hefty 9% margin, and only gained a majority of votes in Staten Island: New York’s Republican stronghold.
But why did Republicans, including Donald Trump himself, denounce an actual Republican (the wild card third candidate of Curtis Sliwa), and urge people to vote for an “Independent” candidate who’s actually steeped in three generations of Democratic New York State politics?1
With the traditional party lines between Democrats and Republicans in New York City officially crumbling, the real political divide is revealed: candidates entrenched in the plutocracy who protect the interests of the rich (like Cuomo and Trump), and those who seriously threaten the American political establishment to protect the working class (like Mamdani— and Bernie Sanders before him in the 2016 presidential election, for that matter).
Many Americans confuse democracy with capitalism, believing that the ability to pursue wealth without restriction represents the freedom afforded by a democratic society— even if they themselves live modest lifestyles. I remember challenging my father on this conflation. I explained that capitalism inevitably leads to monopoly, which limits the principles of “choice” on which democratic ideals hinge. He laughed and, with his mind successfully opened, said just one thing in response: “A+.”
American politics are similarly monopolized, as expressed not only with the “lesser of two evils” conundrum, but also with the increasingly obvious truth that the Republican and Democratic parties are two sides of the same corporate coin that protect donor and lobbyist interests, at the (literal) expense of the American majority. For instance, Andrew Cuomo’s campaign received much of its funding from billionaire super PACS, while Mamdani’s campaign was defined by its grassroots troupe over 100,000 volunteers who canvassed on his behalf. What’s more, Mamdani’s message of making this “A City We Can Afford” addresses arguably the most pressing issue facing New York: two of its eight million residents live in poverty, and the average rent for a one bedroom apartment is $4000 (about 616,000 JPY) a month. This is nothing short of an
1 As per Trump’s official endorsement: “I would much rather see a Democrat, who has had a Record of Success, WIN. Whether you personally like Andrew Cuomo or not, you really have no choice. You must vote for him, and hope he does a fantastic job. He is capable of it, Mamdani is not.”

affordability crisis.
Taxing the rich, offering universal childcare, and providing free bus services — among Mamdani’s biggest promises — shouldn’t be considered radical proposals (especially when such amenities exist in many other countries). Yet for the many Americans who still equate capitalism with democracy (and cling to the promises of “trickle down economics”), Mamdani’s ideas may seem like punishing the successful. In fact, the notion that an evil government will steal hard- working private citizens’ riches defines the US’s long-standing fear of socialism. Post-election, conservative media outlets are already claiming that wealthy New Yorkers will flee the city to avoid Mamdani’s proposed tax hikes, which they predict will economically devastate the financial capital of the Western World. But as Mamdani explained to Jon Stewart — a comedian news anchor who hosts a popular program called The Daily Show — he only wants to raise taxes 2% for people making over a million dollars a year, and raise the corporate tax rate to 11.6%— which, he jokingly points out, is identical to those in “the socialist republic of New Jersey,” New York’s neighboring state.
To quote my mother: what’s success if you can’t share it? And didn’t those billionaires get rich off their workers?
Sigh... the sad truth is that it IS a radical departure for a politician to prioritize the working class above the 1%— and maybe that’s why media outlets (owned by those pesky billionaires, naturally) are smearing Mamdani’s vision as unattainable at best, and dangerous at worst ... well, alongside the media’s ol’ fashioned racism. Full stop: we should celebrate that a Muslim immigrant won the mayoral seat in a country that’s all but forgotten about the separation of church and state (who cares what God Mamdani worships?), and in a city home to the Statue of Liberty.
Now, I’ll admit that I have a complicated relationship with politics. I’ve found progressives to be some of the most intolerant people I’ve ever met— and that’s not an exaggeration. Just a few months ago, I shared with a dear progressive friend of mine how proud I was that my 97 year- old, lifelong Republican great aunt declared Trump the worst thing to ever happen to America. I was excited, and considered this a positive sign that the issues plaguing the US (and capitalistic societies more generally) are no longer neatly divided into “Republican” and “Democrat”. But my friend simply remarked, “Well, since she voted Republican for the rest of her life, I’m not exactly encouraged.” Another time, an ultra-progressive (former) friend told me that, as a white person, I’m “karmically responsible for slavery.”
This is more punitive than progressive, no?
I also fear that progressive policies, so often conceived in an echo chamber of the academically and socioeconomically privileged, strive to do the right thing in theory, but have limited regard with practice. The Defund the Police movement, for example, was surprisingly controversial amongst people of color in American cities because of the fear that crime would spike without adequate social reform to take policing’s place— and according to the New York Times in 2023, that’s exactly what happened (worth noting is Mamdani adopted a more moderate critique of police closer to the election). And while Mamdani is an immigrant, he openly admits that, with

supportive filmmaker/professor parents, he was raised with money and access to first-class education. So, I won’t lie: as someone who grew up below the poverty line, a part of me is skeptical or even resentful of a rich kid with a life-long safety net taking it upon himself to represent the working class.
But on the other hand... at least someone’s committed to taking on the imbalance of wealth and power in New York (and the US) in a meaningful, direct, way. My personal background aside, an even bigger part of me proudly recognizes that politician as Zohran Mamdani.
Well, him and Curtis Sliwa, in a weird way. While the two candidates didn’t see eye-to-eye on everything, both centered their campaigns around the cost of living, both were attacked by Donald Trump, and both agree that police are overburdened with tackling homelessness and other community issues. But whereas Sliwa believes that more police are the solution, Mamdani plans to implement what I think is his best policy: creating a Behavioral Health Emergency Assistance Response Division to address mental health crises and take the burden off woefully unequipped police officers. Their policy differences aside, the old school Republican and the Democratic Socialist agree on key issues facing New York — starting with their mutual disdain for the so-called “moderate” Andrew Cuomo.
And that is amazing.
With Mamdani’s election, the lines between Left and Right are beginning to blur in an exciting new way. In the dawn of a new New York City, I hope Mamdani can bring to life the visions that rightfully earned him his historic win. I also hope that progressives embrace opportunities to connect with a growing, post-binary political base— regardless of what, hopefully, are increasingly irrelevant party lines. And I hope that the incumbent Democratic Socialist mayor of New York City, who won with his unprecedented grassroots campaign, inspires other democracies that plutocracy need not be inevitable.

『マザーシップ・コネクション』50周年記念号
Pファンク研究の第一人者、河地依子監修による永久保存版

パーラメント/ファンカデリックのほぼ全ディスクをはじめ、メンバーのソロ作品もほとんど網羅。総数200枚近くのPファンクの宇宙を大紹介!

ジョージ・クリントンの貴重なインタヴューも2本再録

執筆:河地依子、春日正信、新田晋平、野田努、二木信、ニール・オリヴィエラ、小林拓音
写真:石田昌隆、ほか

菊判/224ページ

刊行に寄せて

目次

【ディスクガイド・ヒストリーほか】
文:河地依子・新田晋平・春日正信・野田努・二木信・小林拓音

Chapter 1 前史 1955~
Chapter 2 ファンカデリック始動 1970~
Chapter 3 黄金時代 1974~
Chapter 4 ジョージのソロ活動 1981~
Chapter 5 Pファンクの復活 1989~
Chapter 6 再評価の波 1996~
Chapter 7 新世代との融合 2009~
Chapter 8 主要メンバーたちのソロ活動

【コラム】
楽しいPファンク(河地依子)
Pファンクとデトロイト・テクノ、あるいはメタ化されたファンク(野田努)
ヒップホップ世代に継承されるPファンク(二木信)
ジョージの自宅訪問記(河地依子)
Pファンクが解放したもの、身をもって変革したこと(ニール・オリヴィエラ)

【インタヴュー】
ジョージ・クリントン 1992(河地依子)
ジョージ・クリントン 1994(河地依子)

人物紹介(河地依子)

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Zohran Mamdani - ele-king

 11月4日におこなわれたニューヨーク市長選で民主党の候補ゾーラン・マムダニが当選確実、との知らせが飛びこんできた。ムスリームとして初のNY市長が誕生する。
 マムダニはウガンダの、音楽ファンにとっては〈Nyege Nyege〉でなじみ深いカンパラの出身で、インド系の34歳。社会主義者として知られ、富裕層への増税、家賃値上げ凍結、公営バス無料化などをうったえているが、政界進出前にはヒップホップ・ミュージシャンとして活動していたこともあって、Young Cardamom名義でウガンダのラッパーHABとEPをリリース、それこそ《Nyege Nyege Festival》への出演経験もあったりする。
 なぜいまマムダニが重要なのかについては、『別冊ele-king アメリカ』のいくつかの記事でも触れられているので、これを機にぜひチェックしてみてください。


Kieran Hebden + William Tyler - ele-king

 今日、フォー・テットをひとつの輪郭で捉えることは、もはや難しい。同名義で作品を提供し続けてはいるが、いまや名義も多彩で、パーカッションズ、KH、さらには00110100 01010100や⣎⡇ꉺლ༽இ•̛)ྀ◞ ༎ຶ ༽ৣৢ؞ৢ؞ؖ ꉺლなる意味不明な名義も。一方でコラボも旺盛だ。出自たるクラブ/ダンス方面では言わずもがな、スピリチュアル・ジャズのドラマー、スティーヴ・リード、ヒップホップではマッドリブと驚きの共作も果たした。
 そんな縦横無尽に活発なキーラン・ヘブデンがその本名で送るのは、ラムチョップ、シルヴァー・ジューズの元メンバーとしても知られるフォーク・ギタリスト、ウィリアム・タイラーとのコラボレーション。生まれた国は違えどふたりが共有するノスタルジックな記憶──父親が愛聴していた80年代USのカントリーやフォークに囲まれた幼少期に触発された今作は、ふたりの記憶と技巧が交差した作品に仕上がっている。エレクトロニック・ミュージシャンとフォーク・ギタリストのコラボだが、これはいわゆる “フォークトロニカ” ではない。

 タイトルにある「41 Longfield Street」はヘブデンが幼少期を過ごしたイギリスの住所で、タイラーの出自たるアメリカのナッシュヴィルとはずいぶん距離がある。さらにいえば、父がその地で活躍したソングライターであり、その伝統を基調としつつ先鋭的なアメリカーナを追求するタイラーと、他方、UKポスト・ロックからはじまり、その地のクラブ/ダンス文化の文脈にいるヘブデンでは、その音楽的な歩みもまったく異なるものにみえる。しかし、一見は共通点を見出しにくいふたりが出会い意気投合し、ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーフェネスなどの共通言語を見出しながら、やがて先述した意外な共通の記憶にいき当たる。それは先行して〈Psychic Hotline〉からの「Darkness, Darkness / No Services」としてお目見えし、続編たる今作へとつながった。

 幕開け、ライル・ラヴェット “If I Had a Boat” の11分長のインスト・カヴァーでは、かすかに燻る歪んだサウンドが立ち上がり、タイラーの繊細なフィンガー・ピッキングのアルペジオがはっきり現れると、やがてヘブデンによる電子音楽の世界へシフトする。暗がりに陽光が射すまでの移ろいを描くかのような美しい曲だ。
 このカントリーのカヴァー、また、断章で挟まれる古いラジオの周波数を探るかのような音などは、ふたりが共有する音楽的ルーツの追体験をリスナーに促すかのようで、極めて懐古主義的な作品にも感じられる。しかし他方、対面セッションを設けタイラーの即興的なギター演奏を録音すると、それらを素材に、ほぼ2年に及ぶ丹念なプロダクション作業が施されたという。“When It Rains” のようにアメリカーナの香りを色濃く残しつつ、電子的な空間処理でほのかに揺らぎを与える曲もあれば、“Spider Ballad” のようにヘブデンらしい四つ打ちが明らかに響く、クラブ耳に嬉しい佳曲もある。今作において最も耳を傾けるべきは、過去を掘り起こし、その記憶をなぞらえる郷愁的な側面ではなく、互いの遠い記憶の交差点を確かめ合いながらも、まったく別の大陸で生まれた異なる創造性がせめぎ合い、混じり合い、ひとつのサウンドへみごとに昇華したところだ。クローザーの “Secret City” は間違いなくベスト・トラック。ヘブデンによるエレクトロニックな音の壁に覆われ、やがてタイラーの紡ぐギターが霧をかき分けるかのごとく浮かび上がってゆくさまは本当に美しく、圧倒的で涙すら誘う。

 〈NTS〉のプログラム「Hearts of Age」では、まるで今作の “エクステンデッド・ヴァージョン” とでも言いたくなる、2時間に及ぶミックスが公開されている。今作の音を散りばめつつ、カヴァーしたライル・ラヴェットの原曲、ヘブデン自身の四つ打ち、あるいはタイラーの好むフォーク、フィールド・レコーディングなどが並べられる。なるほど、確かにそこにはノスタルジーが横たわっている。しかし、単なる焼き回しではない。共有する記憶を慈しみながらも、その繊細な指使いがアンビエントの気配にまで触れるタイラーのギター演奏を軸に、ヘブデンが長年培ってきた電子音楽の技巧を重ね、かくも美しいサウンドとして結実した。それは過去を手がかりに、まだ見ぬ景色を描こうとする試みかのようだ。


¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U - ele-king

 2026年にはコーチェラ・フェスティヴァルへの出演も決定し、いまや世界からもっとも注目される日本人DJとなった¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U(行松陽介)。インターネット上でのヴァイラルによってプレイ・スタイルへのイメージは変化したかもしれないが、その本質が実験的でエッジーな音楽を求めつづける生粋の好事家であることに変わりはない。

 そんな¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uがかつてのホームであった大阪を拠点に主催していたパーティ・シリーズ〈Zone Unknown〉が、渋谷・WWWの15周年公演シリーズとして開催。これまでイキノックスやKamixloなどアヴァンギャルドなアーティストたちを招聘したのち、活動の変化にともない一時休止。今年ベルリンにて再始動した同シリーズが、初の東京編としてデイ・タイムで開催される。

 出演者にはUKよりマーク・フェルライアン・トレイナー親子を招聘し、ローカル・アクトとして盟友YPY(日野浩志郎)、京都のエクスペリメンタル・セレクターAkaneが出演。ライトニング演出は現代美術とクラブ・カルチャーを行き来するデュオ・MESが担当。メインストリームとアンダーグラウンドの両極に立つ彼の、いまの真意に触れられる一夜となるか。

Congo Natty - ele-king

 ジャングルのパイオニア、レベルMCことコンゴ・ナッティがひさびさに来日を果たす。コンゴ・ナッティとしての活動30周年を記念するツアーで、大阪が12月5日、東京が6日と8日の2公演。重要人物の希少な来日公演、これは目撃しておきたい。

liquidroom presents -UTANO MAYAKASHI - ele-king

 これはぜひとも見ておきたい組み合わせだ。かたや踊ってばかりの国の下津光史。かたや2022年に結成、今後より大きな舞台に立つことになるだろう4人組インディ・ロック・バンド、tocago(トーカゴ)のヴォーカル/ギター、沖ちづる。ともにギター1本で勝負するツーマンが開催される。12月14日(日)、場所はTime Out Cafe & Diner。歌がもつ力を堪能したい。

liquidroom presents
-UTANO MAYAKASHI-

下津光史(踊ってばかりの国)
沖ちづる(tocago)

2025年12月14日(日) Time Out Cafe & Diner
開場18:00 開演 19:00
チケット:前売¥5000 + 1ドリンクオーダー
 e+先着先行販売:2025年10月31日(金)20:00~11月30日(日)
一般発売:2025年2025年12月6日(土)10:00~

問い合わせ:https://www.timeoutcafe.jp

詩は時に妖となり、ひとの心を惑わせる。
「utanomayakashi(詩ノ妖)」──それは、詩と歌が交わるときに生まれる不可思議な響きを示す名。

12月14日(土)、恵比寿リキッドルーム2F「Time Out Cafe & Diner」で、二人の歌い手が出会う。

下津光史*踊ってばかりの国
ギター一本で言葉と旋律を丁寧に重ねる。まっすぐな言葉が、聴く者の胸奥に響く。

沖ちづる*Tocago
痛みや優しさを抱き起こし、
日常の片隅の思いを拾い上げ、詩を歌う。

「詩の妖」が舞う夜。
言葉と旋律が交差し、心を震わせる確かな余韻が生まれるだろう。

森田康平(TETRO)

Xexa - ele-king

 シェシャは〈プリンシペ〉異色の存在であるか?

 という問いに対して、YESの理由を見つける方が一見、容易いだろう。
 アフリカ系移民たちが多く暮らすリスボン郊外において独自に進化・発展したクラブ・サウンドを特長とし、クドゥーロやキゾンバを創作起点とするDJが多いこのポルトガルのレーベルの中で、彼女は自身の音楽をアンビエント、そしてアフロ・フューチャリズムと定義する。そして彼女は〈プリンシペ〉が契約した2人目の女性アーティストでもある(ちなみに1人目はすでにその地位を確立しているニディア。厳密に言えば、ナイアガラも女性メンバーを含んでいるが)。FL Studioで独自に楽曲制作を始めた点に関しては他のDJ達同様だが、リスボンで宝飾加工を学んだ後、ロンドンのギルドホール音楽演劇学校でアート・プロダクションを専攻していたアカデミックな経歴も、彼女の独自性を強めている。

 サントメ・プリンシペ出身の両親の元、リスボンのキンタ・ドス・モショス地区(〈プリンシペ〉の象徴的存在、DJマルフォックスをはじめ多くの所属DJたちが暮らす場所だ)で育ったシェシャが、初作『Vibrações de Prata』から2年を経てリリースしたのがこの『Kissom』である。「Kiss+Som(ポルトガル語で「音」の意)」という言葉遊び以外に、彼女が人からよく尋ねられる「この音楽はなに(“Que som é este?”)」という質問にも由来するという。活動当初彼女はその問いに対して、エレクトロ・ミュージック以上の明確な答えを持っていなかったが、2022年半ばにアフロ・フューチャリズムという概念に出会ったこと、そしてロンドンでの生活を通してナイジェリアや南アフリカなどポルトガルにはない他のアフリカ系ディアスポラに出会ったことが、自身のアイデンティティ、ひいては創作に大きく影響をもたらしているようだ。

 そういった経験を経てか今作では、前作もしくはそれ以前の活動で生まれたアイディアを、シェシャ自身がより確信を持って具現化している印象。リズムの存在感が高まったことで全体的にサウンドの奥行きがぐっと増しており、本人の声の使い方にも変化が見られる。前作にも “Silver” や “Assim” など自身のヴォーカルに多重エフェクトをかけたトラックはあったが、今作では “Txê” やタイトル・トラック “Kissom” など、ヴォーカルがより自然にメロディやリズムにサウンドスケープの一要素として組み込まれている。実際、本人も Rimas & Batidas へのインタヴューで、ロンドンでロレイン・ジェイムスのパフォーマンスを観て「声をリズムに使っていいんだ? 自分の声をサンプルとして使っていいんだ?」と気付きを得た、と語っている。

 そしてアルバムの前半のハイライト、「わたしの心は激しく恋に落ちている」のフレーズで始まる、ロマンティックな “Kizomba 003”。先行シングルでもあるこの曲は、タイトル通りリーンにまとめられたキゾンバで、恋愛関係の間で揺れ動く感情の波の表現が美しい、ヒプノティックな曲だ。そして歌詞を聴き進めると、これが女性から女性に向けられた恋の歌であることがわかる(「素敵な娘/甘美な褐色の肌/でもそんなことはもう知ってるでしょ」)。一般的にキゾンバは男性から女性に向けた曲が多いため、女性による女性のための曲を作ることで、キゾンバを社会的な視点から解体したかった──とは同上のインタヴューでの彼女の発言。こういったあらゆる側面で本質を捉えようとする姿勢からも、理論と実践の両面から表現活動にアプローチする彼女の作品は、極めて思考的かつ意識的な自己規範によって結実したものだといえるだろう。

 以前、DJマルフォックスにインタヴューしたことがある。「プリンシペ・ファミリーに加入するためには何が必要か?」という質問に対する彼の答えは以下の通りであった。
「音楽、人間性、そして魂。そいつの作る音楽に魂がこもっているかどうか、だね。それが何よりも一番大事。音楽を作って、作って、作り続けること」
 彼の言う「音楽を作り続ける」とは SoundCloud に音源をアップロードすることや、クラブでDJすることに留まらない。彼が「ゲットーを美術館に持ち込む」をスローガンに欧州各地の美術館で行っているインスタレーションは、昨年シェシャがグルベンキアン美術館で開催していた20世紀初頭のリスボンにおける黒人女性をテーマにした展(“SÍNCOPES”)とも重なる。彼女が自身を「多領域で活動するアーティスト(Multidisciplinary Artist)」と称し、コンフォート・ゾーンに留まることをよしとせず、創作活動全般において模索と思考を続ける姿勢も、〈プリンシペ〉の本質的なフィロソフィーや、レーベルとしての道筋とも同じ流れに属するものだろう。『Kissom』は〈プリンシペ〉を代表するディスコグラフィーに必ず入る、そしてアンビエントとアフロ・フューチャリズムを語る上で欠かせない一枚になるはずだ。2025年重要作。

M. Sage - ele-king

 電子音楽家エム・セイジ(M. Sage)の新作『Tender / Wading』を再生した瞬間、空気が不意に変わる。音が部屋に広がるというより、空間そのものが静かに揺らぐようだ。
 〈RVNG Intl.〉からリリースされた本作は、ノイズでもビートでもなく、もっと微細な「振動」をとらえた電子音楽といえる。
 たとえば、部屋の湿度や温度までもが変わっていくような、繊細な空気の動き。生楽器、環境音、電子音が優雅に混ざり合い、生成する。そのアンビエント作品としての完成度は極めて高い。

 タイトルの「tender(優しさ)」と「wading(浅瀬を歩くこと)」という言葉の通り、この音楽には、聴くことと触れることのあいだにある微かな「揺らぎ」が宿っている。電子音が「冷たさ」ではなく「ぬくもり」として立ち上がる。エム・セイジはその逆説の中で、聴覚と身体の境界をなぞるように音を紡いでいく。電子音楽でここまで風のような柔らかさを感じさせる作品は、そう多くない。まさに「エレクトロニック・オーガニック」という表現がぴったりなアルバムだ。

 エム・セイジは、本名をマシュー・セイジという。彼はコロラド州デンバーを拠点に活動する電子音楽家/音響作家である。アンビエント・ジャズ・カルテット Fuubutsushi(日本語で風物詩!)のメンバーであり、自身のレーベル〈Patient Sounds Intl.〉を主宰していた(現在はクローズしている)。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ホイットニー美術館、シカゴ美術館といった現代美術の現場でサウンドデザインやインスタレーションを手がけてきたことからも、彼の創作が「アートと生活」「音と空間」のあいだを探る実践であることがわかる。
 代表作『A Singular Continent』(2014)や『Paradise Crick』(2020)では、自然音や環境ノイズ、アコースティック楽器を繊細に取り込みながら、時間の流れをゆるやかに変えてしまうようなアンビエント・テクスチャーを提示してきた。そこからさらに進化した本作『Tender / Wading』は、「静けさ」と「場所の記憶」に深く根ざした作品として仕上がっていた。録音には1910年代製のアップライト・ピアノが使用されている。エレクトロニクスの透明な層と古いピアノの息づかいが重なり、音が「鳴る」というより「立ちのぼる」ような印象を残す。
 アルバム全体を通して、音の変化は微細で穏やか。じっくりと音に身を浸していると、時間の流れがゆるやかに変わっていくような感覚を覚えた。まずオープニングの “The Garden Spot” から2曲目 “Witch Grass” へと続く序盤では、生楽器と電子音が優雅に交錯し、本作のトーンを提示する。
 続く3曲目 “Chinook” ではアンビエントな音空間に管楽器のような響きが滲み、4曲目 “Wading the Plain” では軽やかなグリッチを導入部に、ピアノと管楽器のアンサンブルが展開している。環境音や電子音が重なり、いずれも「アンビエント・ジャズ」と呼ぶにふさわしい音世界を鳴らしている。“Chinook” にはどこか雅楽的なムードも漂い、短いながらも印象的な一曲だ。
 その流れを受けた5曲目 “Open Space Properties” は、アルバムのハイライトである。リズムが加わることで音の重心が増し、より濃密で深いアンビエンス生成されている。全8分40秒に及ぶ大曲で、本作を象徴する一曲だ。6曲目 “Telegraph Weed Waltz” では、鳥の鳴き声やゆったりした管楽器のフレーズ、ピアノの響きが夕暮れのような彩りを添えてくれる。7曲目 “Fracking Starlite” では霧のような電子音が空間を包み込み、夢と現実のあいだを漂うような静けさが訪れるだろう。
 そして8曲目 “Field House Deer (Mice)” からラスト “Tender of Land” にかけては、霞んだピアノの音が遠くから滲み出し、時間が溶けていくように流れていく。どこかフリップ&イーノを思わせる美しいサウンドスケープだ。
 
 以上、全9曲。どの曲もノスタルジアとオーガニックな感触が溶け合い、聴く空間そのものを静かに変化させていく。エム・セイジの音は、どこかへ連れ出すのではなく、いまいる場所を少しだけ変えてしまうのだ。
 本作は「牧歌的なフォーク・コズミッシェ」や「フロントレンジのための内省的なエレクトロ・アコースティック・バーン・ジャズ」とも評されている。要するに、自然と電子が呼吸を合わせるアンビエントであり、デジタルの冷たさと有機的な温度のあいだにある音楽なのだ。そこに漂うのは、祈りのような静けさ。そして「共鳴」への祈り。
 エム・セイジが「庭仕事とともにある音楽」と語るこの作品は、彼の創作哲学を象徴している。「庭」とは、自然と人間、偶然と秩序が交わる場所。そこに完璧なコントロールも、完全な自由もない。ただ絶えず変化し続ける生命のリズムがある。『Tender / Wading』の音もまた、そんな「生成のリズム」を体現していた。電子音は整然と並べられるのではなく、にじみ、かすみ、やがて消えていく。アルバム冒頭 “The Garden Spot” の、風の中で揺れるような音のレイヤー構成は、本作の哲学そのものを表しているものだ。

 デジタル技術によって音を完全に制御できる時代に、セイジはあえて壊れかけた音や余白を受け入れている。ピアノのペダルノイズ、風の音、環境音、それらが音楽を「出来事」として鳴り響く。彼の電子音楽は、正確な設計図よりも呼吸のような即興性に支えられているのだ。
 『Tender / Wading』を聴くとき、私たちは音を聴くというより、空気の動きを感じているのかもしれない。その電子音が風になるとき、そこに生まれるのは耳で聴く静けさではなく、身体で感じる沈黙だ。
 テクノロジーと自然の境界を溶かすこと。エム・セイジはこの作品で、アンビエント以降の電子音楽が進むべき新しい方向を静かに示した。秋の深まりとともに聴きたい一作である。

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