Home > Reviews > Album Reviews > Xexa- Vibrações De Prata
ファッション・デザインのイヴァン・フンガ・ガルシアやヴィジュアル・デザインのアナ・カルヴァーリョと組んで “gnration” などの音楽を担当してきたゼクサに〈Principe〉がアンビエント・アルバムをオファー。ロック・ダウン中に制作されたミックス・テープ『Calendário Sonoro(サウンド・カレンダー)』やロンドンのギルドホール音楽演劇学校で学んでいた時期に作曲された “Clarinet Mood” など9曲が(英語でいうと)『シルヴァー・ヴァイブレーション』と題されたデビュー・アルバムにまとめられた。リスボンで育ったゼクサは〈Principe〉の存在は知っていたけれど、それほど詳しく知っていたわけでなく、レーベルの規模や影響力を契約してからじょじょに理解していったという。ポルトガルのカルチャー・サイト「A CABINE」でダニエル・デュケの質問に答えて彼女は「最初は信じられなかった。私は人に助けてもらったことがなく、なんでも自分でやりたいと思っていたけれど、仲間というものがいることを知った」というようなことを話している。
〈Principe〉がアンビエント・アルバムをリリースするというのは確かに目先が変わる。『Vibrações De Prata』を評して「〈Principe〉が投げたカーヴ」という表現も目には止まった。レーベル的にはブリープ・テクノからスタートした〈Warp〉が〈Artificial Intelligence〉を打ち出した時期に等しいのかなとも思う。ナイアガラのようにミュジーク・コンクレートやアンビエントに隣接した作品を出していたプロデューサーも〈Principe〉には在籍しているので驚くような飛躍ではないし、ゼクサ自身がアフロフューチャリズムを標榜しているので(「私にとってアフロフューチャリズムとは新しいアフリカまたはディアスポラの物語を創造することで構成されている」)、アンゴラ起源のクゥドロを世界に広めたレーベルとしては、とくに姿勢を変えたとも思えない。むしろ〈Principe〉がこの春にリリースしたDJダニフォックス『ANSIEDADE』や、アルゼンチンのサンタ・フエゴ『Umacaribe Hi-Res』など、クゥドロやクンビアがこのところ悲しい響きを過剰に運んでくるようになったことと考え合わせると、アフリカや南米のリズムに漠然と陽気な感性を求めるのも無意識にポスト・コロニアリズムを発動しているようなもので、ゼクサのような方向性を模索する方が合理的なのかもしれない。先のインタビューで「荒廃する世界で自分の音楽はどんな位置を占めているか」と訊かれ、「傲慢に聞こえるかもしれないけれど、私の音楽が慰めになることを願っています」と彼女は答える。「増大する社会的疎外と同調性という疫病を打破する手助けをしたい」と。
“Libelula” は2台のシンセサイザーでトンボの羽の振動音を再現したもの。これにパーカッションを足すなどした “Nha Dêdê” や打楽器の比重を増した “Fragmented Breath” 。 “Assim” はエコーとリバーヴを多用し、同じ声のサンプリングに異なるエフェクトをかけて何度も繰り返し、 “Silver” でも声の加工がメイン。どれもぼんやりとしたイメージをドライに響かせるという共通項を持ち、そのような処理の仕方はやはりイーノを思わせる。様々なアフリカ音楽をコラージュした “Sisters Dancing” から “Prendes Nh'alma” は一転して子守唄のようなヴォーカル・ドローン。この曲は短くてすぐに終わっちゃうのが残念。 “SectionAudio” は坂本龍一みたいな破調のピアノに優雅なストリングス。ベルグハインやいろんなフェスでライヴ演奏もやるらしく、しかし、全体にクラブ・カルチャーの雰囲気はあまり感じない。アナログ盤のBサイド全体を占める “Clarinet Mood” は自分では吹けないというクラリネットの音を素材に不条理とファニーがせめぎ合うアブストラクな展開。これがなかなかに聞き応えがある。
音楽理論を学んでも、それを自分のなかで発展させ、最終的にその外に出なければ学問は無価値だと彼女はいう。音楽学校で学んだ通りのことをやる気は一切ないとも。先のインタヴューを読んでいると新しいことをやることにかなりな執着があり、途中からはまるでジェフ・ミルズのインタヴューを読んでいるようだった。ゼクサが生まれたのはアフリカ大陸からは少し離れたサントメ・プリンシペ民主共和国という島で、15世紀にポルトガル人が上陸した時は無人島だったらしい(後に奴隷貿易の中継基地となり、1975年に黒人国家として独立。民主化したのは90年代)。この島の伝統が彼女の音楽にも強く影響しているらしい(具体的にはよくわからない)。でも、どちらかというと、彼女が18歳まで住んでいたリスボンで学んでいたという宝石や金細工という繊細な手作業が「催眠的」と評される彼女の独特な音づくりに多大な影響を与えているのではないだろうか(……しかし、年末はやたらと人に会うので、家に帰って聴くアンビエントが静かで本当にいいな~)。
三田格