「R」と一致するもの

interview with Jacques Greene & Nosaj Thing (Verses GT) - ele-king

 こういう音楽には抗えない。フロアで聴いたら最高に気持ちいいだろうダンス・チューンがもつ恍惚感。部屋で落ち着いて耳を傾けたい繊細なエレクトロニカの音響性。それらがみごとに共存しているのがヴァーシーズ・GTのファースト・アルバムだ。
 かたや〈Lucky Me〉をホームにハウス・トラックを投下しつづけてきたプロデューサー。かたやLAビート・シーン出身、陰影に富んだテクスチャーを探求してきたアーティスト。ジャック・グリーンとノサッジ・シングによるコラボレイション・アルバム第一作は、それぞれ異なる道を歩んできたエレクトロニック・ミュージシャン同士のいい部分が絶妙なあんばいで溶けあっている。
 正直に告白すると、初めて聴いたときは上モノのシンセがジャック・グリーンで、少しこもったような音の響きがノサッジ・シング、ビートのパターンはふたりの協議によるものだろうと想像していた。じっさいは、自分のやりそうなことを相手がやったり、逆に相手のやりそうなことを自分がやったりしていたそうなので、下記で語られているように、そんなに簡単には切りわけられないプロセスを経ているのだろう。
 個人的に耳を奪われたのはUKガラージ~ダブステップのビートが躍動するいくつかの曲たちだ。00年代後半、まさにそうした音楽がいちばん力をもっていた時代にキャリアをスタートさせた彼らではあるが、不思議なことに “Unknown” や “Found” といった曲からは懐古趣味よりもむしろ現代性のほうが感じられる。ひとつの突出したビートが流行るのではなく、過去のさまざまなスタイルが入り乱れるパンデミック以降のダンス・シーンの動きに、彼らもまた呼応しているということなのかもしれない。
 幸運なことにわれわれは、そんなふたりの晴れ姿を11月、〈MUTEK〉のプログラムで体験することができる。ギグにそなえ、まずはこのアルバムを聴きこんでおこうではないか。

じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。(ノサッジ・シング)

ジャック・グリーンさんは現在モントリオール在住で、ノサッジ・シングさんがLA在住……で合っていますか?

ジャック・グリーン(Jacques Greene、以下JG):ああ、ぼくはモントリオール。

ノサッジ・シング(Nosaj Thing、以下NT):ぼくはもともとLAなんだけどいまは東京に住んでるんだ。

強力なコラボレイションですので、まずはそもそもおふたりがいつ、どこで出会い、どういう流れでこのプロジェクトをはじめることになったのか、経緯を教えてください。ノサッジ・シングさんの2022年作が〈LuckyMe〉から出たのがきっかけですか?

NT:いや、最初に会ったのは2009年なんだ。その前から、シックストゥー(Sixtoo)という名前で活動している共通の友人がいて、彼をサポートしてライヴのオープニングをやったのが、たしか2007年か2008年くらいかな。その彼が、「いつかモントリオールでショーをやろう」と言ってくれて、2009年に、フィル[訳注:ジャック・グリーンの本名]と一緒にモントリオールで、ルニスとマシーンドラムと一緒にパーティでプレイしたんだ。

JG:ぼくたちは互いの音楽が好きだったし、友だちとして仲よくしていて、似たようなシーンにいたんだけど、音楽をいっしょにつくりはじめたのはたぶん2018年か2019年くらいで、かなりカジュアルな感じだったと思う。その時点では、基本的にはただの友だちという感じで、ロサンゼルスにぼくが行ったときに、フォーを一緒に食べたり(笑)、車でちょっと出かけたりして、なんとなくしゃべったり遊んだりしていた。何年かそんな感じが続いていて、ロサンゼルスに1日余裕があるときなんかは、「ジェイソン[*訳注:ノサッジ・シングの本名]、飯でも食べに行って、ビートでもつくる?」みたいな感じで連絡していた。
 でも、ちゃんとしたプロジェクトをやろうとか、そういう話ではなかったんだ。ロサンゼルスって、ジェイソンみたいにいろんなひととコラボレイションするのが自然なカルチャーだと思うんだけど、ぼくはこれまでずっとひとりで作業するスタイルだった。でもパンデミックのあとくらいから、「だれかといっしょにおなじ空間で音楽をつくりたい」という思いが強くなっていた。そこから、ちょっと曲をつくってみる感じだったのが、「もう少しちゃんとしたかたちにしてみようか」という流れになった。

互いにグラフィック作品や映画をシェアしたり、彼のスタジオでもぼくのスタジオでも、開いた本のページを撮影してリファレンスとして使ったりしていた。(ノサッジ・シング)

おふたりは2010年前後に、かたやUKの〈Night Slugs〉から、かたやLAビート・シーンから登場してきたわけですが、そのころから互いの音楽は聴いたり意識したりしていたのでしょうか。

NT:たしか初めて彼のことを知ったのは、モントリオールで会う1年か2年くらい前だったと思う。そのときは彼がまだべつの名前でやっていたころだった。当時、ぼくはロサンゼルスにいたけど、モントリオールでもしっかりしたシーンができあがっていたから、ちゃんとチェックしていた。

JG:もちろん意識していたよ。そして、こうやって今回のような形で一緒にやれるのが面白いと思う。そもそもぼくたちのいたシーンは、たとえばハドソン・モホークからフライング・ロータス、あるいはジェイムズ・ブレイクに至るまで、みんなほかのジャンルやシーンからなにかをとりいれるという感覚がすごく自然にあったと思う。ノサッジ・シングの音楽にも、たとえばテンポはゆっくりの曲が多いけれど、ダンス・ミュージック──たとえばモーリッツ・フォン・オズワルドのような影響を感じる瞬間があって、ドラムマシンや独特な音色がヒップホップの枠を超えて、明らかにエレクトロニック寄りの質感になっているところがあると思う。
 逆にぼくはジャック・グリーンというプロジェクトをはじめたときから、ダンス・ミュージックに現代的なR&Bの要素を強くとりいれていた。「もしティンバランドがテクノをつくったら?」みたいなイメージで、そっち側からの音をどんどん引用していたんだ。そうやって互いがべつのシーンやジャンルを横断して、混ざり合っていくような化学反応が、いまの自分たちの音をつくっていると思う。

ジャック・グリーンさんのコメントで「このプロジェクトは50/50の関係」とありましたが、制作はどのように進められたのでしょうか? 直接会って作業することが大事だったそうですが。

JG:「50/50の関係」と言ったのは、たんに作業の分量が半分ずつというよりは、互いがすべての決定にちゃんと意見を出しあって、最終的な判断もいっしょにしていく、という意味なんだ。じっさい、曲づくりのなかで「だれがどこを何パーセントやった」なんていうのは、まったく気にしていなかった。どの曲もまずふたりで直接会って、おなじ場所でスタートさせていたから。どのスタジオにいても、ぼくたちはそれぞれのラップトップを同時に立ちあげて、そこにいくつかの機材を組みあわせて使っていた。つまり、「バンドとして」ラップトップ・ミュージックをつくろうとしていたんだ。最初は、たとえばジェイソンがハイハットやパーカッションのグルーヴをつくっていて、ぼくはキーボードでコードを探していたりして、そのあとジェイソンがべつの機材に移ったり……そういうふうに、互いが自然と呼応しながら進めていくような感じだった。リモートでファイルをやりとりしながら音楽をつくるやり方もあって、じっさいそうやって仕上げた曲もたくさんあるんだけど、そのやり方だと、ときどきこんな問題が起こる──だれかからファイルを受けとって、「これを送り返すからには、もっと大きく変えないと」「ちゃんと手を入れたと思ってもらえるようにしないと」などと思って、無理にべつの方向にもっていってしまう。でも、曲がほんとうに必要としているのはそういうことじゃない場合もある。むしろ、「このアイディアいいな。ちょっとした工夫を加えればさらに面白くなるかも」というくらいで充分だったりする。今回のやり方では、そういう意味でも余計なエゴが入らなかったと思う。

NT:フィルが言ったとおりで、今回の作品のほとんどは直接顔を合わせて作曲を進めていった。共同作業をするうえで、それはほんとうにたいせつなことだと思う。いっしょに音楽をつくる、アートをつくるということは、互いと深く会話するということだから。相手と対話したり、自分自身と対話したりすることなんだ。だからおなじ空間にいることが自分たちにとっては不可欠だったと思うし、じっさいにおなじ場所でいっしょに作業していると、学びのスピードもぜんぜんちがうんだ。

今回のコラボレイションの過程で、相手が出してきたアイディアやサウンドで、いちばん予想外で驚いたものはなんでしたか?

JG:「すごく意外だった」というよりは、その結果がかなり予想外だったという感じなんだけど、今回のアルバムから出した最新シングル “Ground” という曲が、まさにそういう体験だった。あの曲の制作でとても面白いと思ったのは、ふたりの役割が入れかわったような瞬間があったことなんだ。ジェイソンのラップトップには、すごくきれいに録音されたヴォーカル素材が入っていて、それを彼がその場でライヴ的にチョップしたり、ループさせたりしながら自由に加工していた。そのまわりにぼくがスペクトラルで幽玄的なコードを重ねていったんだけど、互いにことばを交わすこともなく、自然とそうなっていった。ぼくの耳には、ジェイソンがまるで自分がやりそうなことをしていて、逆にぼくがジェイソンっぽいことをしているように感じられて、まさに役割が逆転していたんだ(笑)。さらに面白かったのは、ジェイソンのヴォーカルのチョップの仕方で、通常のループみたいに繰り返すんじゃなくて、つねに進化しつづけていくようなアプローチだったこと。ぱっと聴くとループしているように感じるけど、じつはずっと変化している。それがほんとうにすばらしくて、「なんだこれ、最高じゃないか!」って思ったよ。

NT:ぼくがフィルと作業していて面白かったのは、互いに交代で作業することが多かったところかな。たとえばぼくがメインのラップトップで録音していて、フィルがキーボードやドラムマシンを触っていたり、その逆だったり。ふだんひとりで録音しているときは、自分が「これは残したい」と思う部分に自然と手が伸びるんだけど、フィルと一緒にやっていると「えっ、それを残すの?」と驚かされることが多くて、そこがとても新鮮だった。
 以前『Continua』の制作を手伝ってくれた友人にもおなじようなことを言われたことがあるんだ。「ジェイソンが “なにをやろうとしてるか” を探っている途中の過程で出てくる音が、いちばん面白いんだよ」って。つまりシンセで音色を探したり、まだ意図的に演奏していない状態で出てくる「未完成の音」にこそ魅力があるということ。今回フィルと作業していて、その感覚がすごくよくわかった。

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「踊れる」ような瞬間も、「クラブ向けの武器」というより、どちらかといえば「過去のダンスフロアの亡霊たち」が漂っているような(笑)、そういう回想的でやや距離のある感覚があると思う。(ジャック・グリーン)

おふたりそれぞれにとって、このヴァーシーズGTというプロジェクトと、自身のソロ活動とでいちばん異なっている点を教えてください。

JG:ぼくにとっては、精神面のアプローチがそのまま音楽的な結果につながっていると思う。自分のソロ作品には、どこか落ち着きのないエネルギーとか、レイヤーの多さがあって、それはたぶん、ひとりで作業していると「もうひとつなにか加えないと」って無意識に思ってしまうからなんだと思う。たとえばひとつメロディを書いて、「これだけだと物足りないかもしれない」と感じて、さらにカウンターメロディを重ねたりして、結果として曲が複雑になりすぎてしまうことがある。それは、ちょっとした不安や自信のなさから来ている部分もあると思う。その点、ジェイソン──ノサッジ・シングはミニマリズムの美学を持っているし、ふたりで作業することで「ひとつひとつの音にちゃんと居場所を与える」という意識がすごく強くなった。「リスナーがその瞬間になにを聴いているか」が明確になるように、音を詰めこみすぎないように意識していたんだ。結果的に、ミニマルでありながらもひとつひとつの音に自信を持ってスペースを与えるような音楽になったと思う。そういうことは自分のソロ作品ではあまりできていないことでもあるし、このプロジェクトの大きな魅力になっていると思っている。

NT:先ほども触れたことだけど、自分にとってソロ制作とは「自分自身との対話」なんだ。毎回の作品をとおして、自分が次になにを目指すべきか、どこに進むべきかを探っている。最近ずっと考えているのは「大きく方向転換すること(Hard left)」なんだけど、自分のなかで「これはこれまでとはちがう」と思えるようなサウンドを見つけたい、そういう挑戦をつねにしていたいと思っている。ただ、フィルとのコラボレイションでは、そこがまったく異なっていて、いちばん面白かったのはじつは、スタジオの外で交わした会話のほうだったかもしれない。そういったやりとりが “突破口” になっていて、その後スタジオに入ると、もうことばを交わさなくても音が自然と出てくる。フィルが言っていたみたいに、“フロー状態” に入れていたと思う。それにたんに音楽的な刺激を与えあうだけじゃなくて、視覚的な面──たとえば互いにグラフィック作品や映画をシェアしたり、彼のスタジオでもぼくのスタジオでも、開いた本のページを撮影してリファレンスとして使ったりしていた。共通のメモもつくっていて、そこには気になったことばやフレーズをどんどん記録していって、曲のタイトルもそういうやりとりのなかから自然に決まっていった。まさに「リサーチを一緒にしていた」という感じだったね。

こうしたふたりのコラボレイションの場合は、ふたりの息がぴったりうまく合って一体化するような瞬間も、逆に、それぞれの個性を押し殺さず、自分を主張する場面も、どちらもたいせつなのではないかと想像します。もしこのアルバムを「友」と「敵(対立)」の要素に分けるとしたら、それぞれ何パーセントくらいだと思いますか?

JG:面白い質問だね。たぶん、さっき言った「50/50」の意味が、まさにそういうことなんだと思う。あるとき制作中に、ジェイソンが東京にいたから物理的に離れていたときがあって、彼からなにかトラックの変更案みたいなものが送られてきたことがあったんだ。それを聴いたとき、最初は反射的に「いや、そこはちがうんじゃないか」って思ってしまった。でも、すぐに返信する前に、もう何回かちゃんと聴きなおしてみたら、「ああ、これはジャック・グリーンじゃなくて、ノサッジ・シングとしての方向性なんだな」って気づいたんだ。だったら、それでいいんじゃないかって思った。アルバム全体が自分ひとりのヴィジョンだけで進んでいるわけじゃなくて、ふたりのものなんだから、「これは彼のパートなんだ」って素直に認めることができた。だから、いわゆる「対立」というより、自分のなかでの葛藤というか、「自分だったらこうはしない」という気持ちとの向きあいがあったんだと思う。でも、そもそもそれこそがコラボレイションの醍醐味でもあるはずで、ぜんぶ自分のやりたいとおりにしてしまったら、それはひとりでやってるのと変わらないからね(笑)。その一方で、完璧に流れに乗ってつくれた曲もいくつかあって、たとえば “Unknown” とか “Found” とか “Intention” みたいな、ループが多めで内省的なトラックたちは、ほとんど一気に一回のセッションでつくりあげたものなんだ。そのあとは少し整えただけで、最初から最後まで疑いなく進められた。そういうのは完全に “フローステート” だったと思う。でも、他の曲ではやっぱり「対立」とまでは言わないけど、互いに、自分だったら選ばない方向に相手が舵を切る瞬間があって、そこにどうスペースを譲りあうか、という内面的なやりとりがあったと思う。

NT:そうだね、自分はそういうふうに考えたことはなかったけど……でも、コロナ禍がはじまってからは、自分にとって大きな転換点だった。フィルも言ってくれていたけど、ぼくはLAでセッション・ワークやほかのひととのコラボレイションを増やすようになって、プロデューサーとしても、聴く側としてもすごく成長できたと思っている。たとえば、とても尊敬しているプロデューサーのデイヴ・シーテック(Dave Sitek)というひとがいるんだけど、彼はいつも、機材の使い方を細かく教えたりはせずに、ただ「これセットしてあるから、自由にやってみて」というスタンスなんだ。ぼくもそれとおなじようなアプローチを心がけていて、たとえば、自分のスタジオに Pulsar や Perkons というドラムマシンを置いてあるんだけど、ぼくはそれをセットするだけで、自由にフィルに使ってもらいたい。フィルがそれを触ると、自分では絶対に思いつかないような音が生まれたりするから。彼なら絶対に自分なりのやり方でいいものを出してくれるという信頼があるから、安心して任せられる。そういう「セットして、あとはなにが出てくるか見てみよう」っていう瞬間が、いちばん面白くて、いちばん予想外で、興奮する時間だったりするんだ。

この作品は音楽という領域を超えたものであり、今後どう展開していくか、自分自身とても楽しみにしているんだ。これはまだほんのはじまりにすぎないからね。(ノサッジ・シング)

個人的には “Unknown” や “Found” といったUKガラージ~ダブステップのビートの曲がとくに印象に残ります。00年代終わりころに登場してきたおふたりは、いまこのビートと向きあってみてどういう感慨を抱きましたか? なつかしさ? 新鮮さ?

JG:自分としては「新鮮さ」のほうが強かったと思う。2009年にそのまま出せたような曲をつくろうという意識は、正直まったくなかった。あの時代のサウンドには、たしかに安心感というか、落ち着く場所みたいな側面もあるんだけど、それ以上に「いまこのかたちでなにか新しいことができないか」というインスピレイションを感じていた。レトロなものをつくるつもりはいっさいなかったし、あの形式のなかで、いまの自分たちなりの表現を探すということを意識していたと思う。

NT:ぼくも具体的に「あの時代」みたいなことは考えてなかったと思う。当時の作品を聴き返したり、特定のリファレンスを意識したりということも、とくになかった。むしろ、ああいうリズムは自然に出てきたものだったんだと思う。意識というより、身体から自然に出てきたビートだったという感じかな(笑)。

このアルバムには明確にダンスのビートがありつつも、きめ細やかに練りあげられたテクスチャーや音響のおかげで、どこか遠くからダンスフロアを眺めているような感覚もあります。ここには、15年くらいキャリアを重ねてきた現在のおふたりの気分が反映されているのでしょうか?

JG:まさにそうだと思う。すごく美しくて的確な表現だね。ぼくはいまでもクラブに足を運ぶようにはしていて、じっさいちゃんと音に入りこんで楽しんでいる。むかしより頻度は減ったかもしれないけど、それでもダンスフロアに身を投じて、音楽ファンとしての感覚を保ちつづけるというのは、すごく大事なことだと思う。ただ、このアルバムにかんして言えば、いわゆる「フロア向けのレコード」ではないと思っている。もちろんダンスの文脈は含まれているし、DJの耳にも響くとは思うけど、それは「クラブで使えるツール」というよりも、たとえばギグの帰り道に車のなかで聴くような、そういうシーンに寄り添う作品なんじゃないかと思っているんだ。じっさい、今回のアルバムの大部分はロサンゼルスのジェイソンのスタジオで制作したんだけど、ロサンゼルスは完全に「車の街(車社会)」なんだよね。ぼくも滞在中はレンタカーで移動していて、日中はスタジオで作業して、夜になると宿に戻るために運転するんだけど、そのドライヴで、その日につくった曲をMP3で書きだして、深夜11時半くらいの静かな道を走りながら聴くと、「ああ、この音楽はこういうふうに響くんだ」って、しっくりくる瞬間があるんだ。このアルバムに収録されている「踊れる」ような瞬間も、「クラブ向けの武器(club weapons)」というより、どちらかといえば「過去のダンスフロアの亡霊たち(ghosts of dance floor in the past)」が漂っているような(笑)、そういう回想的でやや距離のある感覚があると思う。

NT:たしかに曲によってはダンス・レコードとして機能する瞬間もあると思う。でも、最初から「クラブのための作品」としてイメージしていたわけではなかったんだ。ダンス的な要素もある一方で、アンビエントな要素や、テンポを落とした、ほとんど「歌」に近いような構成のトラックもあって、曲としての構造をもったものも多いし、自分のなかでは、どちらかというと映画みたいに流れていく作品──ひとつの映像作品のように聞こえるような構成を思い描いていた。それから、今回のプロジェクトでは、ザヴィエル・テラやテレンス・テイとのコラボレイションも大きな要素で、テレンスはクリエイティヴ・ディレクションを、ザヴィエルはミュージック・ヴィデオの演出やフォトグラフィを担当してくれている。だから、この作品は音楽という領域を超えたものであり、今後どう展開していくか、自分自身とても楽しみにしているんだ。これはまだほんのはじまりにすぎないからね。

この作品には、「現実世界と向き合うこと」や「他者とのつながり」というテーマが、自然と流れている。(ジャック・グリーン)

今回、最初に発表されたふたりの共作2曲、“Too Close” と “RB3” をアルバムに収録しなかったのは、ダンス・ミュージックのカルチャーにおいてシングルとアルバムはべつもの、との考えにもとづいてでしょうか?

JG:いや、そういう考えにもとづいていたわけではないかな。“Too Close” と “RB3” は、自分たちがいっしょに作業するなかで、それぞれちがった方向性の極にある曲のように感じていて、言ってみれば「設計図」みたいな役割を果たしていたというか……。いや、「設計図」というと未完成みたいに聞こえるかもしれないけど、どちらもちゃんと完成された曲だと思っているし、誇りに思っている。ただ、あの2曲は「自分たちのコラボレイションとは、どういうものだろう?」というのを探っていた時期のものなんだと思う。“Too Close” は、ぼくたちがいっしょに音楽をつくりはじめて数年経ったくらいのころにできたもので、スタジオで一気に仕上がった最初の曲のひとつだった。「これはいけるかも」と直感的に感じたし、ふたりにとって最初にリリースするのにふさわしいトラックだったんだ。でもそれは、どちらか一方の世界というより、ぼくの音とノサッジ・シングの音がそのまま並んでいて、それぞれの「色」がはっきりと分かれていた気がする。そこが面白さでもあったんだけどね。それにたいして “RB3” は、まったくべつの感触があった。「ジャック・グリーンっぽい音+ノサッジ・シングっぽい音」ではなく、ふたりが混ざりあって、まったく新しいなにかが生まれはじめている感じがあった。そこからさらに一歩踏み込んで、その流れを押し進めた結果、アルバムに収録された曲たちができていった。今回アルバムを「Verses GT」という名前で出したのも、それがたんなるフィーチャリングや連名コラボレイションではなく、ひとつのユニットとしての表現になっているからで、だからこそ収録する曲もそこにしっかり合うものだけにしたかったんだ。じっさい、アルバムのためにたくさんの曲を書いたし、今後出すかもしれない曲もあれば、出さないままのものもあると思う。でもこのアルバムに収めた10曲については、余分なものを削ぎ落として、ひとつの物語としてまとまるようにした。ちょうどアナログ盤のA面とB面に5曲ずつ収められる構成で、しっかりセレクションをして完成させた作品なんだ。

ロンドン、LA、モントリオール、パリ、東京の5か所でじっさいにふたりで会ってレコーディングしたのですよね。それぞれの都市の雰囲気から影響は受けましたか? たとえばパリのモーターベース・スタジオは少し特別だったのではないでしょうか。

JG:それぞれの街からは間違いなく影響を受けたと思う。さっきも話したけど、ロサンゼルスでは、街の「車社会」という環境自体が、自分の音楽のつくり方に直に影響していたし。
 モーターベース・スタジオはほんとうにすばらしかった。朝から新しいトラックをいくつかレコーディングして、午後には、ほぼ完成していた2~3曲を仕上げる作業に集中できたんだけど、その「最後の5%」というのがじつはいちばん難しい部分だったりするんだよ。でも、あの空間にいることで「ぼくたちはプロとして音楽をつくっているんだ」という感覚がもてて(笑)、スタジオの部屋から受けとったエネルギーを曲に還元するみたいな相互作用があったと思う。結果としてたんなる音の仕上げ以上に、曲に魂みたいなものが加わった感覚があったし、気持ちの面でもすごく熱くなれた気がする。あと、ロンドンでは、前日にUKでやったDJセットに直接インスパイアされて、そのまま1曲を仕上げたんだ。あの街の空気も、しっかり音に入っていたと思う。

通訳:ジェイソンさんは印象的だった土地はありましたか?

NT:東京でのレコーディングが、ちょっと大変だったけどワクワクする状況だったね。たしか、タイソンの曲(“Angels”)を最終的に仕上げたのが恵比寿のNOAHスタジオだったんだ。知ってるかい? 都内にいくつもあるよね。あのときは小さな部屋を予約して、そこで絶対に曲を完成させなきゃいけなかった。ぼく自身NOAHに入るのはあれが初めてだったんだけど、なんか面白かったな。これはまたべつの日の話なんだけど、夜、ちょうどフィルが東京に到着した当日にアルバムの最終盤を納品しなくちゃいけないことに気づいたんだ。だから、フィルは空港からぼくの家に直行するハメになった。ぼくたちはたしか「あと1~2日くらい余裕がある」と思いこんでたんだけど、時差の影響もあって、よくよく確認してみたら「えっ、提出期限、今夜じゃん」ってなって(笑)。

JG:ぼくはちょうど成田空港に着いたところで、スマホ見たらレーベルからのメッセージが入っていたから、すぐジェイソンに「やばい、今夜0時(東京時間)までにマスターをエンジニアに送らないといけない」って連絡したんだ。午後4時くらいのことだよ。

NT:でもそのときぼくは、引っ越したばっかりだったからネットがまだ通っていなかったんだ。だからスマホをラップトップにテザリングしたんだけど、通信が不安定だから、窓際にスマホを置いて、なんとかアップロードして提出した。まさに任務って感じだったよ(笑)。
 でも、ちゃんと間に合ったし、あれはあれで最高だった。で、そのあと……なにしたんだっけ? たしか、ちょっとした打ち上げみたいなことをしたんだよね?

JG:そう、鯖の味噌煮を食べにいったよ。あと12時半くらいに、近所のドンキに行って、ちょっといい日本酒を1本買って、乾杯した(笑)。

NT:あれは楽しかったな。いまでもはっきり覚えてるよ。

ヴォーカル入りの3曲の歌詞については、ゲスト・ヴォーカルの3人それぞれに任せたのでしょうか? なにかディレクションはしましたか?

JG:基本的には、それぞれのヴォーカリストに自由に任せたよ。こちらから具体的なことばや歌詞を渡すようなことはしなかったけど、アルバム全体のムードについては、ある程度こちらの考えを共有するようにはしていた。とくにクーチカとは、そのあたりの意識をしっかり合わせた感じだった。アルバム全体がいわゆるコンセプト・アルバムというわけではないけれど、この作品には、「現実世界と向き合うこと」や「他者とのつながり」というテーマが、自然と流れている。自分たちがどう生きていくか──そういう問いにたいする姿勢というか、日常のなかにあるものや、他者をちゃんと見つめ、感謝するというような、ある種の選びとる感覚があるんだ。だからクーチカには「デジタルに覆われたいまの世界のなかで、リアルなだれかとつながりたい」という感覚を伝えた。彼女はそこから「だれかと永遠にいっしょにいたいという気持ち」みたいな方向に展開してくれて、その感情を歌詞に落としこんでくれたんだ。
 ジョージ・ライリーのケースはちょっと逆で、歌詞が録音されたあとにじっくり話す機会があって、「あの歌詞にはどういう意味があるの?」と尋ねたら、彼女はすごく素敵なインスピレイション源を共有してくれた。ちょうどそのとき彼女はベル・フックスの本を読んでいたり、「聖テレジアの法悦」という有名な大理石彫刻をじっさいに観に行った直後だったらしい。「聖テレジアの法悦」は、布が風に舞うような質感で、聖テレジアが恍惚の表情を浮かべている作品だよ。彼女の歌詞は、そういう本やアートとの出会いを通じて生まれたものだったんだ。

ちょうどそのとき彼女はベル・フックスの本を読んでいたり、「聖テレジアの法悦」という有名な大理石彫刻をじっさいに観に行った直後だったらしい。(ジャック・グリーン)

今回のアルバムでいちばん気に入っている曲とその理由を、おふたりそれぞれ教えてください。

NT:1曲だけ? 何曲かあげたいんだけど。気に入っている曲は変わったりするけど、やっぱり “Found” は特別な1曲だと思う。あの曲はたしか、ほぼ完成するまで20分もかかっていなかったんじゃないかな。ふたりとも完全に集中していて、めちゃくちゃテンションが上がっていた。フィルも言っていたけど、トラックをつくっているあいだは互いにほとんど話さなかったんだよ。でも気づいたらループではなくて、いつの間にか1曲丸ごとできていて……時間の感覚が完全になくなっていた。あのときの興奮はいまでもおぼえてるよ。鳥肌が立って、ゾクッとした。最高の瞬間だった。もうひとつはタイソンの曲(“Angels”)かな。しばらく聴いていなかったんだけど、さっきあらためて聴いたら「うわ、これ自分たちでつくったんだよな」って、あらためて感動した。すごく美しいトラックだと思う。

JG:たしかに “Found” は特別な1曲だよね。まさに “フローステート” で生まれた曲で、制作中もほんとうに気持ちがよかった。完成したトラックとしても気に入ってるし、なにより聴くたびに「ああ、音楽ってこういうふうにつくれるんだな」って思える。もちろんジェイソンとのコラボレイションという文脈でも面白い曲なんだけど、それ以上に音楽をつくるという行為そのものが純粋に楽しくて、この曲にはその感覚がそのまま残っている気がする。音楽活動を長くやっていると「もっと楽になるだろう」と思う一方で、逆に難しくなることもある。「もう言いたいことは言いきったんじゃないか」とか、「リスナーは自分になにを求めてるんだろう」とか、「どれくらい売らなきゃいけないんだろう」とか、頭のなかがそういう思考でいっぱいになってしまうことがあるんだよね。今回のアルバムの多くは、そういったものにたいする “アンチ” でもあるんだけど、“Found” はとくに、そうした雑念を完全に振り払って、ただ「音をつくる」という純粋な喜びだけがある。だからこそ、とても満たされる曲なんだ。
 それからもう1曲、アルバムの最後に入っている “Vision and Television” も個人的にすごく気に入ってるんだ。パリのモーターベース・スタジオで録ったんだけど、大量の機材があるスタジオで、あそこに入った瞬間、「あ、CS-70がある!」と感動した。スタジオのエンジニアもすごく親切で、「使ってみる?」ってすぐにセッティングしてくれた。CS-70 は昔のシンセで、とてもレアな機材なんだけど、MIDI もついていないから、ジェイソンが直接手で弾いて音を探っていくしかなかった。ぼくはちょっとエンジニア的な役回りで、録音をはじめた。ジェイソンがいくつかコードを弾いていくうちに、すごくシンプルで、でもはかなくて、浮遊感のある響きが見つかって、ふたりで「あ、これだ」って思った。あの曲は2分ちょっとのアンビエント的な小品だけど、聴くたびに自分の意識が少しだけ変わるような、不思議な力を持っているんだ。

11月の MUTEK で来日されますね。最後に、当日の意気込みと、ファンへのメッセージをお願いします。

JG:今回の MUTEK は、ぼくたちふたりにとって特別なショウになると思っているよ。MUTEK はもともとモントリオール発祥のフェスティヴァルで、そこはぼくが生まれ育った場所でもあるからね。去年、モントリオールで MUTEK の25周年が開催されたんだけど、そのときにぼくとジェイソンで初めてのライヴをやったんだ。あれがぼくたちの初ステージだった。そして今年は MUTEK JAPAN の10周年にあたる年で、しかもぼくたちにとって今回のツアーの最終公演になる。だから、できるだけリハーサルを重ねて、万全の状態で臨みたいと思っているよ。このプロジェクトの美しい締めくくりになるような、そんなステージにしたい。ぼくにとっての「出発点」であるモントリオールと、いまジェイソンが住んでいる「現在地」である東京が、MUTEK という文脈のなかでつながるというのはすごく象徴的だと思う。そういう意味でも、このステージが実現するのはほんとうに感慨深いし、最後のショウとしての熱量をしっかり詰めこめたらと思ってる。ほんとうに楽しみにしてるよ!

Nobukazu Takemura - ele-king

 竹村延和のニュー・アルバム、『意味のたま(knot of meanings)』が9月26日に〈Thrill Jockey〉からリリースされる。オリジナル・アルバムとしては2014年の『Zeitraum』以来、じつに11年半ぶりとなる(〈Thrill Jockey〉からは22年ぶり)。これまで録りためていた膨大な楽曲群から竹村本人が厳選した曲で構成されており、作曲からプログラミング、演奏、レコーディング、編集まで、すべて竹村がひとりでおこなっているという(ゲスト・ヴォーカリストとして日本人シンガーの doro も参加)。日本盤にはボーナス・トラックが追加され、歌詞を掲載したブックレットも同梱される。
 なお先行配信中の “深海の虹 パート2(deep sea's rainbow part2)” は、もともとは短編アニメ「深海の虹」(鋤柄真希子監督、スキマキ・アニメーション制作、2019年)のサウンドトラックとして制作されたもので、アルバムにはエディットされたヴァージョンが収録される。長年にわたり「Child’s View(子どもの視点)」から創作活動をつづけてきた彼の、最新の成果を堪能したい。

竹村延和(Nobukazu Takemura)
『意味のたま』(knot of meanings)

企画番号:THRILL-JP 62 / HEADZ 271(原盤番号:Thrill 639)

価格(CD):2,300円+税(定価:2,530円)
発売日:2025年9月26日(金) ※ 全世界同時発売
フォーマット:CD / Digital
バーコード:4582561406072

01. 明滅する火花(an ephemeral radiant) 4:19
02. サヴォナローラのまなざし(savonarola's insight) 3:40
03. 眼球生物(ocular creature) 319
04. ネリと森のはなし(neri)  4:06
05. 残像と予兆(afterglow apprehension) 4:04
06. ガルフ(the gulf) 4:17
07. 覆われた文法(veiled grammar) 3:38
08. 模倣の渦(evade the swirling mimicry) 4:34
09. 未規定の生物(the elusive beings) 5:02
10. ラダー・オブ・ミーニング(ladder of meaning) 3:03
11. 鉄の階梯(iron staircase) 4:16
12. シーピング・ルミナス(luminous seeping through the crevices)  3:15
13. インスケイプ(inscape) 4:45
14. 憧憬と霞(a subdued longing and gentle ache) 3:34
15. べスリア(in bethulia) 3:44
16. 深海の虹 パート1(deep sea's rainbow part1) 2:26
17.      パート2(          part2) 3:42
18.      パート3(          part3) 4:09
19. 東の十字路(Kreuzung im Osten) 5:57

total time:76:59

※ track 19…日本盤のみのボーナス・トラック

Shin Sasakubo & Fabiano Do Nascimento - ele-king

 昨年コラボ・アルバムを発表した気鋭のふたり、秩父出身のギタリスト=笹久保伸と、ブラジルのギタリスト=ファビアーノ・ド・ナシメントのコンビによる公演が10月31日に開催される。会場は南青山のBAROOM。アルバム制作を経てふたりはいったいどんな音を響かせるのか──。また、笹久保は10月19日、11月4日、11月8日にも公演を予定。詳しくは下記よりご確認ください。

笹久保 伸&ファビアーノ・ド・ナシメント公演
2025年10月31日(金)
南青山BAROOM
開場18:30
開演19:30

前売¥6,000
当日¥6,500
(要ドリンクオーダー)
予約:
https://baroom.tokyo/events/b46d9a5ffd

日本でも人気の高いブラジリアン・ギタリストのファビアーノ・ド・ナシメントと、南米音楽を中心に世界各地とリンクする、秩父出身ギタリストの笹久保 伸。
昨年のBAROOMでの共演後にレコーディングを開始し、アルバム『Harmônicos』を生み出した。

アルバム制作を経た2人の音楽の交差を、是非ご堪能ください。

Fabiano Do Nascimento|ファビアーノ・ド・ナシメント
リオデジャネイロ生まれ、ロサンゼルス、東京を拠点とするギタリスト、作曲家、編曲家、プロデューサー。ブラジルの伝統に深く根ざしたコンテンポラリーなアーティストであり、アフロサンバやショーロといったブラジルの伝統音楽、ブラジリアン・ジャズやボサノヴァはもとより、LAのジャズやエレクトロニック・ミュージック、アンビエント、ビート・ミュージックなど現在進行形のサウンドも咀嚼した、ファビアーノ独自の音楽性の探求は、リリースを重ねる毎に高い評価を受けている。ライヴにおいても、卓越した演奏技術と、実験的かつ繊細なサウンドで観客を魅了している。

Shin Sasakubo|笹久保 伸
秩父出身のギタリスト。2004年から2008年にかけてペルーに在住し、アンデスの農村で音楽採集調査をしながら演奏活動をおこなう。
ギタリストとしてイタリア、ギリシャ、ブルガリア、キューバ、アルゼンチン、チリ、ボリビア、ペルーでソロ公演。
2025年現在までに43作のアルバムをリリース。

AFTER THE SHOW
BAR SPACE MUSIC SELECTOR:Masaaki Hara 原 雅明

笹久保伸「Echo Botánico」
秩父のギタリスト笹久保伸の通算44作目となるアルバム「Echo Botánico」(植物的響き)
が2025年11月にLPでリリースされる。
2010年代以降笹久保伸は秩父で民俗・文化人類学的な調査を独自におこない、秩父の環境問題などにフォーカスしながら音楽を作り続けてきた。
その過程で芸術や表現といったものに根本的な疑問を抱くようになり表現を捨て記録者というスタンスから制作を続けてきた。
今作は秩父の山や秩父札所の奥の院や不思議な湧水が出る川に籠って弾き続ける中でインスパイアされ生まれた音楽が収録されている。
自然・景色・光・鳥や虫や土や植物への同期や俯瞰を繰り返し、秩父巡礼的な、あるいは秩父幻想音楽として。

一般公式発売日:2025年11月2日
クラファン支援者特典発売日:2025年10月25日
Chichibu 021.
レーベル:Chichibu Label
定価4400円(税込)

ライブ情報

Shin Sasakubo
Echo Botánico
Vol.44 New Album Release Live 2025

2025年10月19日 秩父
秩父札所32番・法性寺・観音堂にて特別奉納演奏
※20名限定
埼玉県秩父郡小鹿野町般若2661
開演:16:00 (演奏は約1時間ほどを予定)
料金:3000円
予約:sasakubox@gmail.com

2025年11月4日 東京
Vol.44 Newアルバム発売記念ライブ
会場:晴れたら空に豆まいて(代官山)
開場18:30
開演19:30
料金 3500円/4000円
(要ドリンクオーダー)
予約:03-5456-8880(晴れ豆)
sasakubox@gmail.com

2025年11月8日 秩父
Newアルバム発売記念「新作レコード・リスニングパーティー」
会場:Esquina 
秩父市熊木町15-2 KMGビル 2F
選曲:原雅明、TETONE、メガネとネイビーと白、Chihiro
時間:17:00
料金:3000円(要ドリンクオーダー)
予約:esquina.kmg@gmail.com (エスキーナ)
sasakubox@gmail.com (笹久保伸)

Peterparker69 - ele-king

あれがあーでこーだったね ‘22に問う どうしたらいいって ──“Hey Phone (feat. Yojiro Noda)”

 2022年ごろの日々に改めて問いたいことは僕にもたくさんある。気づいたらあれから3年以上が経ってしまったし、その間に見るものすべてが目まぐるしく移り変わっていった。JeterとY ohtrixpointneverによるデュオ・Peterparker69が “Hey Phone (feat. Yojiro Noda)” で「どうしたらいい?」と問いかけた3年ほど前の景色は、たとえば以下の動画でアーカイヴされているような、青々しさに満ちたパンデミック渦中の出来事だろうと思う。

 Peterparker69も拠点としていたコレクティヴ〈CHAVURL〉主催のプロム・パーティー〈chavprom2016〉、2022年6月9日。自分もDJとして見切れているこの動画をいま振り返ると、直視しきれない気恥ずかしさこそあれど、たしかに「どうしたらいい?」とつい訊ねてみたくなるポジティヴなエネルギーに満ちていると感じる。このように「隔離への反発」という形で自然発生した、未完成で荒々しく初期衝動的なムーヴメントは一枚岩ではなかったからこそ暫定的に「ハイパーポップ」という箱に振り分けられ、そのまま発展を遂げていった。

 あれから3年。満を持してリリースされたPeterparker69の1stアルバム『yo,』には、タイトル通りラフな挨拶のような軽快さを伴う10曲が収録されている。内容への期待は高まりハードルは上がる一方だったが、彼らはそうした圧にも「yo,」と軽やかに答えてみせた。

 いわゆる「ハイパー」的なムーヴメントを草創期より観測し続けている音楽ライター・namahoge氏によるFNMNLでのインタヴュー記事では、EP「deadpool」のリリースから本作に至るまでの約2年半の変遷について言及されている。文中ではヨーロッパ・ツアーを経て体感した、街全体でレイヴやダンスという概念を自然と共有するような空気感に当てられたことを機とするモードの変化を経た上で原点回帰に至ったことなどが明かされており、gabby start、Tennyson、トゥ・シェルといった若いアーティストたちのラフな態度に背中を押されたことなども語られている。一貫して自然体のままスケールしていくことを目指しているように見える彼らでも、やはり一度は壁に突き当たっていたのだろう(ここ数年、合間合間にふたりと顔を合わせる機会は何度もあったけれど、そうした葛藤までは汲み取れなかった)。

 そんなバック・ストーリーとともにアルバムを聴いてみると、まずTr.1 “music” の視界が一気に開けるような展開にハッとさせられる。ピッチ・ベンドされたJeterのヴォーカル、エレクトロニカ的な質感のハイハットやスネアといったリズム・パーツなどに基づく音像は、2020年代の新しいポップスの雛形のように思える。同曲はアルバムの入口にふさわしい雰囲気を漂わせているが、後に続く “Omatcha”、“skyskysky (feat.Tennyson)” などの楽曲と接続されている感覚は薄い。「アルバム=シームレスな表現」というなんとなくの固定観念は意図的に崩されており、ミックステープ的ともいえるしプレイリストやサジェスト的な雰囲気も感じさせる。

 Tr.4 “Hey Phone (feat.野田洋次郎)” は、Peterparker69が2022年の初作 “Flight To Mumbai” に続き生み出した新たなアンセムと断言してもいいはずだ。前述のインタヴューでも言及されているように、意図せず出来上がった王道のJ-POP的な構成が光る。余談だけれど、この曲をDJでかけている様子をInstagramのストーリーズでシェアするたびに、この手の音楽を聴いていないであろう古い友人たちから「これ、なんて曲?」と訊かれる。そんなことはいままで一切なかったから、やはりこの曲には形容できないマジックを感じてしまう。MVのグロテスクさに面食らった人も少なくないだろうけれど、いい曲はいい曲だ。2020年代のこうしたキッチュな毒気はメインストリームやお茶の間にも確実に回ってきている。

 歌詞の切なさが気になるフューチャー・ガラージ調の “cu”、共作相手のトゥ・シェルがリリース間際にどさくさ紛れでダニエル・ロパティン本人を(Peterparker69自身も知らずのうちに)参加させたという “Magic Power”、UKの盟友・Rosierを迎えたメロディック・ラップの “Monkey See”、未来のゴスペルのような質感のコーラスが光る “new year, still here”、昨年シングル・カットされていた “@location” と続き、最後は真意をなかなか見せないPeterparker69が斜め上の角度から本音を垣間見せた? ようなバラード “love it” でサッと身を引くように終わりを迎える。

 本作『yo,』は全体を通してガラージのリズム・ワークを巧みに分解するようなリズム感が印象的で、これはビートメイカーを担うY ohtrixpointneverのシグネチャー的なサウンドと言える。が、それに対してヴォーカルを担うJeterは、自身の声にさまざまな角度からピッチ・ベンドなどの加工を施し、歌声を「ちょうどいい」サンプル・パックのように扱っている。Peterparker69は単なるラッパーとプロデューサーの関係ではなく、お互いが気の合う部分を都度融合させ、一部は一心同体、その他大半は個であるという、付かず離れずな独特のバランスで成立しているユニットなのだろう。サウンド的にはジャム・シティ『Jam City Presents EFM』などを彷彿とさせる雰囲気もあるけれど、クラブ/レイヴに一時接近したかと思えばサッと身を引いてポップスに軸足を戻すという動きは、クラブ・カルチャーの中心地で育ったジャム・シティにはない、彼ら固有の無国籍な感性から発生しているように思える。

 サウンド・デザインについ興味を惹かれがちだが、本作の魅力はリリックにもある。相変わらず飄々としながらも、そこには葛藤を経て立ち返ったポジティヴさがありありと描写されていて、Jeterによるマンブル・ラップ的なヴォーカルはサブリミナルのように聴き手をエンパワメントしてくれる。

このlifeへ 僕はたいてい変さ、このlifeへ 雑になってごめん、 ──“new year, still here”

あの疾走感とかテンション いつか消えてしまうのか、question
てな思いを、括弧で囲う ──“cu”

 と、歌詞をしっかり眺めなければ伝わってこないこうしたメッセージは、等身大でもファンタジックでもなく、個人的な体験に依存せず、私たちが暮らしを続けるなかで出会うさまざまな出来事へと置換できる。そういえば、本作『yo,』はCD盤が全国展開されている。案外、レコード屋でCDを手にとって、家で歌詞カードを眺めながらじっくり聴き入るのもいいかもしれない。そう考えている間に、彼らはワールド・ツアーへと出掛けてしまった。きっとこの体験を機に、また斜め上から新しいポップスの形を提示してくれるだろうと期待している──また、何年かは待つことになるかもしれないけれど。

Jeff Mills - ele-king

 いまや伝説となった30年前、1995年10月28日、新宿リキッドルームにおけるジェフ・ミルズのDJ。それをライヴ録音したミックスCD『Live at the Liquid Room, Tokyo』はピッチフォークで「比類なき、テクノのバイブル」として10点評価されたように、ミックスCDのマスターピースとして広く知られている。
 2025年11月15日、ミニマル30周期における「Live at Liquid Room」ふたたび。大阪ではDJ NOBUが共演。

「3時間に及ぶプレイで起こったことは、
僕たち全員が想像していたものを遥かに超えていた。
それは単にテクノ・カルチャーの礎を築く以上に、
おそらく史上最高のDJセットだったかもしれない」
——ジェフ・ミルズ

【東京公演】
日時:11月15日(土) Open 23:30 Start 24:00 Close 05:00
会場:LIQUIDROOM https://www.liquidroom.net
東京都渋谷区東3-16-6
出演者:Jeff Mills
上映:Jeff Mills - Live at Liquid Room
料金:¥7,000 + 1ドリンクオーダー
前売り:https://eplus.jp/sf/detail/4398840001-P0030001
pre-order:2025年9月14日(日)10:00 - 9月28日(日)23:59
一般発売:2025年10月4日(土) 10:00~
※ご入場の際、ドリンクチャージとして700円頂きます。
※本公演は深夜公演につき20歳未満の方のご入場はお断り致します。本人及び年齢確認のため、ご入場時に顔写真付きの身分証明書(免許書/パスポート/住民基本台帳カード/マイナンバーカード/在留カード/特別永住者証明書/社員証/学生証)をご提示いただきます。ご提示いただけない場合はいかなる理由でもご入場いただけませんのであらかじめご了承ください。

☆ Jeff Mills Live at Liquid Room 30周年エキシビション
11月13日(木)~11月15日(土)
30周年を記念した展示と物販イベントをLIQUIDROOM2階KATAにて開催予定
*詳細は後日発表

<Jeff Mills - Live at Liquid Room 30 Year Anniversary トレーラー>

INFO:https://www.liquidroom.net

30年周期の気高き夜のために──「Live at Liquid Room」に捧ぐ

 もう夜の10時も過ぎた。行こう。ぼくは渋谷駅から山手線に乗って新宿駅を降りた。東口から地上に出て、新宿リキッドルームへと急いだ。1995年10月28日、その夜がとんでもないことになるのは、あらかじめわかっていた。ジェフ・ミルズのDJを初めて聴いたのは、1994年のまだ夏が来る前のことだった。場所はブリクストンのVOXというヴェニューで、LOSTというパーティだった。セカンド・ルームではジミー・コーティとアレックス・パターソンがアンビエントを流していたが、そこには誰もいなかった。すべてのオーディエンスはデトロイトからやって来たDJで踊るため、フロアにいるのだ。フロア、スピーカーの上、それから夜が明ける頃には天上にぶら下がっている人もいた。ぼくがそこで体験したのは、娯楽としてのDJでも、アートとしてのDJでもなかった。精神的(ルビ:スピリチュアル)なジェットコースター、脳みそが吹っ飛ぶ認識の破局と再生――あれは、そのくらいの言葉で言わないと気が済まないのだ。精神の地殻変動をうながし、そして事実、ほとんどのオーディエンスの意識のなかにまで侵入するDJをぼくはそのときはじめて聴いた。

 新宿リキッドルームでもそうだった。不朽の名ミックスCDとなった『Live at Liquid Room, Tokyo』をいま聴いても、あのときの感覚を思い出すことができる。ミルズ自身のトラック、シカゴのゲットー・ハウス、ヨーロッパのミニマル、こうしたものを使って繰り広げられるテクノが臨界点を目指す。未来の美学へようこそ。あれから30年、ふたたび「Live at Liquid Room」が実現することが、いまは嬉しくてたまらない。(野田努)


1995年、デトロイト・テクノの巨匠Jeff Millsが新宿リキッドルームで行った圧巻のDJプレイがミックスCD「Jeff Mills - Live at Liquid Room, Tokyo」として1996年に発表された。
今回、テクノのミックスCDとして金字塔となったその時のDJセットを収めたフィルムが発見され、新たに撮り下ろしたインタビューも交えた映像作品が本邦初公開となる。ターンテーブル2台を用いたオール・ヴァイナルでの高速セットは必見。ハードコア~ミニマル期の伝説的なプレイを堪能できる貴重な機会となる。
イベントから30周年を記念して、東京、大阪のみならず、ロンドン、香港、パリ、アムステルダム、ベルリン、ダブリンなどの都市を巡るワールドツアーが開催される。ここ日本では特別に、Jeff Millsが今ではプレイしていないアナログとオープンリールを使用した当時のセットを披露する。
伝説のミックスCD「Live at Liquid Room」の再発と30周年エキシビションの同時開催も決定。
さらに大阪公演では、自身が主宰するアンダーグラウンドパーティFUTURE TERRORから活躍の場を世界に広げるDJ NobuがJeff Millsとの日本初共演を果たす。

【大阪公演】
日時:11月14日(金)Open 22:00 Close 05:00
会場:JOULE https://club-joule.com/ja/
大阪府大阪市中央区西心斎橋2丁目11-7南炭屋町ビル
出演者:Jeff Mills, DJ Nobu, DJ Compufunk
上映:Jeff Mills - Live at Liquid Room
Food:tamutamucafe
料金:¥6,000(当日)/ ¥5,000(前売り)/ ¥3,000(23歳以下)
前売り:*準備中
※20歳未満の方のご入場はお断り致します。
年齢確認のため、顔写真付きの公的身分証明書をご持参ください。

主催:Axis Records / LIQUIDROOM / JOULE

Jeff Mills

1963年アメリカ、デトロイト市生まれ。
現在のエレクトロニック・ミュージックの原点ともいえるジャンル“デトロイト・テクノ”のパイオニア的存在。
マイアミとパリを拠点に1992年に自ら設立したレコードレーベル<Axis(アクシス)>を中心に数多くの作品を発表。またDJとして年間100回近いイベントを世界中で行っている。
ジェフ・ミルズの代表曲のひとつである「The Bells」は、アナログレコードで発表された作品にも関わらず、これまで世界で50万枚以上のセールスを記録するテクノ・ミュージックの記念碑的作品となっている。

エレクトロニック・ミュージック・シーンのリーダーでありながら、クラシックやジャズなど様々なジャンルの音楽界に革新を起こす存在としても世界の注目を浴びている。2005年初演、ミルズの代表曲をクラシック化したオーケストラ作品Blue Potentialを始め、日本人で初めてスペースシャトルに宇宙飛行士として搭乗した、日本科学未来館元館長の毛利衛氏との対話から生まれた作品「Where Light Ends」や、ミルズがクラシック用に書き下ろした作品「Planets」が日本でも公演されている。音楽のみならず近代アートのコラボレーションも積極的に行っており、パリ、ポンピドゥーセンターやルーブル美術館内でのアートインスタレーション、シネマイベントなど数多く手掛けている。
最近では、アフロビートの先駆者、トニー・アレンとの共演から始まったインプロビゼーションプロジェクトのTomorrow Comes The Harvest はキーボード、タブラ、フルートなど多彩なミュージシャンとともに精力的に全世界をツアー中である。
このような活動が評価され、2017年にはフランス政府よりオフィシエの称号を元フランス文化大臣のジャック・ ラングより授与された。
またコロナ禍中には、若手テクノアーチスト発掘支援のためThe Escape Velocity (エスケープ・ベロシティ)というデジタル配信レーベルを設立。60作品をリリースし、若手アーチストにコミュニケーションと発表の場を与えるのに貢献した。

www.axisrecords.com
https://twitter.com/JeffMillsJapan
https://www.facebook.com/JeffMills
https://www.instagram.com/jeff_mills_official/
https://linktr.ee/jeffmills

CD、カセットテープ情報

【CD】
国内仕様盤(日本語ライナーノーツ付き)数量限定
発売日:2025/11/14
価格:税抜価格 3,000円(税込価格3,300円)
販売店舗:U/M/A/A Store他一部店舗
特典:後日発表
予約リンク:*準備中
発売元:ユーマ株式会社

 アンビエント・ジャズのアンビエントもジャズも、どうにも曖昧な括りに思える。聞き流しても積極的に聴いてもいいというブライアン・イーノのアンビエントの意図にどれほど沿ったものなのか、ジャズとは一体どんな時代のどんなスタイルのジャズを指しているのか、と考え出すときりがない。それでも、アンビエントのようなスペースのあるジャズや、ジャズを感じさせる響きを加えたアンビエントというものを何となくイメージはできる。それは、ジャズ・ロックやアフロ・ジャズ、スピリチュアル・ジャズ、あるいは室内楽ジャズ(チェンバー・ジャズ)という名称が、さほど厳密な定義があるわけではないがリスナーにもある程度の共通認識を持たれているのと同じだろう。ただ、アンビエント・ジャズは比較的に最近目につくようになってきたので、イメージがまだ定まり切れていないように思う。
 例えば、ニューヨークと東京のブルーノートで単独公演を行ない、ニューポート・ジャズ・フェスティヴァルをはじめとしたフェスでもメインアクトとして出演したアンドレ3000のライヴ・パフォーマンスと、そのきっかけとなったアルバム『New Blue Sun』は、アンビエント・ジャズに括られるだろう。ギタリストのネイト・マーセロー、ドラマーのディアントニ・パークス、キーボーディストでアリス・コルトレーンのアシュラムで育ったスーリヤ・ボトファシーナらのバンド・メンバーの出自や編成からもそう捉えられる。ところが、このメンバーを集め、プロデューサー、パーカッショニストとしても関わっているカルロス・ニーニョに言わせると、アンビエントではないということになる。イーノのアンビエントは具体的なもの、つまり環境のために作られたが、自分たちの音楽はもっと背後に広がりがある意図を持っていると言うのだ。
 また、彼がマーセロー、サックス奏者のジョシュ・ジョンソンと組んで〈ブルーノート・レコード〉からデビューしたオープンネス・トリオも同様の意図を持った音楽だが、こちらはさらに多様な文脈がある。西海岸のジャズ・コミュニティーの精神的な支柱だったピアニストのホレス・タプスコットが率いたパン・アフリカン・ピープルズ・アーケストラや、ヴェーダ聖典を学ぶ求道者に向けてオルガンやシンセサイザーを演奏したアリス・コルトレーンから、ニューエイジのパイオニアであるヤソス、アンビエントやニューエイジとして響くフルートを吹いた先駆者のポール・ホーン、そしてサム・ゲンデルやシャバカ・ハッチングスにまで至る、ニーニョが築いてきた音楽的な関係性がアルバム『Openness Trio』の背景にはある。このアルバムを〈ブルーノート〉は「アンビエント・ジャズの新たな世界を拓いた注目作」として、「ニーニョの活動はスピリチュアル・ジャズと自由形式の即興演奏の狭間に位置し、ニューエイジ的アンビエンスを新たに再構築するものである」と解説している。結局のところ、現在ではアンビエントとニューエイジの音楽的フォルムに大きな差異は認められない。あるとすれば、文脈の違いをどの程度意識するかだが、それもリスナーの解釈に委ねられるところが大きい。
 イーノが精力的にアンビエントを制作していた70年代末から80年代初頭にかけて、ニューエイジという括りは、過剰な精神主義と安易な癒やしの効果をアピールする音楽としてアンビエント側からは忌み嫌われていて、イーノやジョン・ハッセルたちも極力そのイメージから離れようとした。だが、ニーニョがヤソスと親交を深めて再評価を進め、ニューエイジ・リヴァイヴァルなるものも起こり、ニューエイジのイメージも随分と変化した。イーノと『Ambient 3: Day of Radiance』を作ったララージも、ニューエイジのパイオニアの一人となった。また、当初は公共空間などで流れるために作られた日本の環境音楽も、いまでは個人の聴取空間に作用する音楽として享受されている。だから、多少乱暴でも、ニューエイジや環境音楽も含めて広義のアンビエントとして、ここでは話を進める。
 こうして、強いリズムやメロディを持たず、解決しないコード進行のループと空間系のエフェクトによって漂い続ける音楽が、広義のアンビエントの漠然としたイメージを持って拡散していった。それは、R&Bやヒップホップのプロダクションにも浸透していったわけだが、ジャズにも結びついてアンビエント・ジャズとなったのかというと、話はそれほど単純ではない。そもそもジャズの中にアンビエントの萌芽というものが潜んでいたと思うからだ。それは、ビ・バップという、モダン・ジャズの強力で絶対的な音楽体系から逃れるように始まっている。
 ビ・バップを乗り越えるようにモード・ジャズ以降のジャズの歩みは進んだが、特に70年代のフリー・ジャズやフリー・インプロヴィゼーション、あるいはフュージョンの陰に隠れるように、広義のアンビエントと言える表現はジャズの周縁に淡々と存在し続けてきた。例えば、ファラオ・サンダースドン・チェリー、マリオン・ブラウン、富樫雅彦らが遺したいくつかの音源や、〈ECMレコード〉のサウンドはわかりやすい例だが、そうした広義のアンビエントが他でもないマイルス・デイヴィスの60年代にまずはあることを辿ってみたのが、『アンビエント/ジャズ』だ。

 21世紀のジャズに本格的に焦点を当てた書籍として注目された『変わりゆくものを奏でる』の著者であるジャズ評論家のネイト・チネンは、アンビエント・ジャズのような音楽を担う存在をソフト・ラディカルズと命名している(https://thegig.substack.com/p/year-of-the-soft-radicals)。それは、原著の『Playing Changes』が出版された2018年にはまだ顕著ではなかったが、この数年で無視できないほど顕在化したと彼は見なしている。ソフト・ラディカルズの中心は、サックスから尺八に転向したシャバカと、「フルートの伝道師」であるアンドレだ。彼らは「意図的に焦点をぼかしたマイクロジャンル」に属していると、チネンは定義する。
「このジャンルは、即興音楽に新たに触れる多くのリスナーの間で、並外れた人気を誇っている(熱心なジャズ・ファンの多くにとって、これらのアーティストは全く印象に残らないだろう)。適切な言葉が見つからないので、私はこれらのアーティストを “ソフト・ラディカルズ” と呼ぶことにする。彼らのアートにおいて育まれる作為と革命的な意図の独特のバランスにちなんで」
 ここまで名前が挙がったアーティストの他に、アフロ・ブラジリアンのピアニスト、アマーロ・フレイタスや、トロンボーン奏者のカリア・ヴァンデヴァーやアンディ・クラウゼンも、アンビエントのソロ・アルバムを作ったとしてソフト・ラディカルズの流れに組み入れている。チネンは自分がかつてはアウトキャストの音楽にどっぷりとはまっていた過去を明かし、ヒップホップ・スターだったアンドレがフルートの演奏に新たな情熱を見い出していることを褒め称える。しかし、その上で、自分には「控えめな雰囲気で演奏するために作られた音楽に、なかなか熱狂できないという個人的な葛藤がある」と素直に吐露する。
 おそらく、これはジャズのリスナーがアンビエント・ジャズにまず感じる、偽らざる心境だろう。そして、「ソフト・ラディカルズの中でも最も多忙なカタリスト(触発者)と言えるカルロス・ニーニョは、真摯な熱狂と陽気な不条理さの間で、微妙なバランスを保っている」とチネンは慎重な言い回しをしているが、ニーニョの時にあっけらかんとラヴ&ピースを語るような無邪気とも捉えられかねないスタンスは、特にシリアスなジャズのリスナーを警戒させる。それに対して、無邪気さを感じさせないソフト・ラディカルズとして、モジュラー・シンセとハープでアリス・コルトレーンとの知的な繋がりを聴かせるナラ・シネフロや、カーナティック音楽の伝統に根ざしながらヴィジェイ・アイヤーやイマニュエル・ウィルキンスの現代ジャズとも繋がるガナヴィアの表現をチネンは高く評価する。そして、こう結論付ける。
「おそらく私は本能的に、緻密に描かれた野心に惹かれるのだろう。あるいは、ガラスのような表面の下に、あらゆる古代の生命と信仰が蠢いているという考えに惹かれるのかもしれない」
 これは、広義のアンビエントがジャズの陰に追いやられてきた理由のように聞こえる。そして、アンドレよりも、ジャズの文脈を持つシャバカをチネンが安心して聴ける理由でもあるだろう。だが、ニーニョが自らを(変化を促すカタリストではなく)共に作るコミュニケーターと呼ぶ資質から、アンドレやシャバカが多くのインスピレーションを得てきた事実もある。アーティスト=プレイヤーの純粋な表現だけに集約できない音楽がアンビエントであり、ソフト・ラディカルズの音楽もその領域にあることは顧みられるべきだ。『Openness Trio』のアルバム・ジャケットには以下の記載がある。
「“Openness” は、ここで起こっていることを表す理想的な言葉であり描写だ。耳を傾けること、没入的な感情、深いコミュニケーション、発見、信頼、探求、そして今この瞬間に立ち会い、私たちがどこにいるのか、どこに向かっているのか、どこから来たのかを共有すること——これらすべてが、私たちの音楽がこのような形で生まれることを可能にする」
 開放性や寛容さ、透明性を意味するオープンネスという言葉を神秘主義的ではなくシンプルに捉えて、ウェイン・ショーターに師事したジョシュ・ジョンソンのジャズの文脈も知っていれば、ここにも「緻密に描かれた野心」はあるとわかる。もちろん、チネンはソフト・ラディカルズの属するマイクロジャンルにおいて対立を煽っているわけでは決してない。ただ、ソフト・ラディカルズと呼ぼうが、アンビエント・ジャズと呼ぼうが、マイクロジャンルとして了解した時点で、一瞬でもオープンだったジャズの扉は閉まってしまうのだ。そして、これはジャズとして聴ける、これは聴けないという選別がまた繰り返されることになる。その選別から逃れる自由を、〈ECM〉という特異なレーベルが多様なジャンルに向き合ってきた膨大なディスコグラフィーは教えてくれる。

 『アンビエント/ジャズ』は、こうした意味で、ジャズとアンビエントの間を揺れ動いてきた音楽の系譜を取り上げた本である。マイルスにその始まりを見て、揺れ動いたままの曖昧さを許容することをイーノに見い出したのだ。

アンビエント/ジャズ マイルス・デイヴィスとブライアン・イーノから始まる音の系譜
原 雅明(著)
四六判変型/並製/352ページ
ISBN:978-4-910511-96-2
本体2,400円+税
2025年9月12日発売
https://www.ele-king.net/books/011900/

刊行記念イベント開催
・9/23@WPU Shinjuku
https://dublab.jp/show/listening-event-jazz-ambient-25-9-23/
・10/13@野口晴哉記念音楽室
https://www.instagram.com/p/DNuNh1VYozv/?img_index=1

interview with Kassa Overall - ele-king

 ジャズとヒップホップの出逢い──こう言ってしまえば簡単だが、これまでの両者の融合や邂逅や衝突とはまったく次元が異るような作品だ。グラミー賞にノミネートされ、ドリス・デューク・アーティスト賞も受賞しているカッサ・オーヴァーオールのニュー・アルバム『CREAM』のことである。これまでもジャズにヒップホップの要素を落としこんできた彼だが、新作では、1枚まるごとヒップホップ・アーティストのカヴァー集となっている。レコーディングはすべて一発録りで、ビギーことノトーリアス・B.I.G.、ウータン・クラン、ドクター・ドレー、ア・トライブ・コールド・クエスト、アウトキャストらの曲がジャズに生まれ変わっているのだ。
 彼の発言を読むとよく分かるのが、遡れば、ジャズとヒップホップは共通の祖先を持っているということ。そして、それらをこじゃれたジャジー・ヒップホップでも、Nujabeseを筆頭とするような系譜とも違う仕方で共存させることができるのだ、ということである。本作は、ジャズをサンプリングしたヒップホップでもないし、ヒップホップのループ感を持ち込んだジャズというわけでもない。ラッパーをフィーチャーしているわけでもないし、耳馴染みが良いスムース・ジャズとも決定的に違う。
 カッサは、例えばビギーのリズムはビバップを代表するマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている、と言う。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるのだ、と主張する。なるほど、マックス・ローチがハイチのリズム・マスター=チローロに師事したのは有名な話だ。逝去したラッパーのECDはアフロ・キューバンやラテンのリズムをトラックに使用していたが、チャーリー・パーカーと並ぶビバップの立役者であるディジー・ガレスピーは早くからアフロ・キューバン・ジャズに取り組んでいた。理論的にはカッサのいうことはもっともである。
 だが、理屈でねじ伏せられるからと言って、それが実践にまで及ぶとは限らない。だからこそ、その理屈・理論を実際に作品を通してカッサは証明したかったのではないだろうか。そして、見事に結果を出してみせた。『CREAM』はコラージュやエディットを大胆に施していた前作から一転、編集もオーヴァーダブも一切なしのアルバムに仕上がっている。ジャズ黄金期の空気とヒップホップが染みついた身体から繰り出される未踏のサウンドは、両者の未来を明るく照らし出すだろう。

たんに「ヒップホップとジャズが融合した」アルバムにはしたくなかった。「ヒップホップとジャズの融合」って若干ダサい感じになることがあるからね……中級ホテルのエレベーターで流れている、有名曲のインスト・カヴァー的な(笑)。

アルバム、素晴らしかったです。いま、あなたと同じことをやっているミュージシャンやアルバムは思いつきません。誰かいると思いますか? いたら教えて下さい。

カッサ・オーヴァーオール(Kassa Overall、以下KO):ありがとう! じつは、この新作のライナーノーツを執筆したダン・チャーナスとも同じ話をしたんだよね。ダンはJ・ディラの伝記『Dilla Time: The Life and Afterlife of J Dilla, the Hip-Hop Producer Who Reinvented Rhythm』の著者。「きみが今回やったようなことをすでに実現していたアルバムって他にある?」って聞かれて、正直なところ思い浮かばなかった。たとえば、ジャズをサンプリングしたヒップホップ作品だとか、ヒップホップのようなジャズ作品はある。ヒップホップのブーンバップが聴こえたり、同じコード進行の繰り返しがあったり、ラッパーをフィーチャーしていたり。でも、(『CREAM』のようなアルバムは)他に思い浮かばないなぁ……。俺としては、このアルバムをたんに「ヒップホップとジャズが融合した」アルバムにはしたくなかった。「ヒップホップとジャズの融合」って若干ダサい感じになることがあるからね……中級ホテルのエレベーターで流れている、有名曲のインスト・カヴァー的な(笑)。

アルバムのコンセプトやテーマ、タイトルの由来について教えてください。

KO:仲間たちと一緒に考え、俺たちの活動の本質が伝わるようなタイトルを100個くらい書き出したよ。新作では90年代にも60年代にも戻れるし、一周して未来にも行けるような、「音楽のタイム・トラベル」的なアルバムを目指した。だから、その時空を超えて旅するような概念を表したアルバム・タイトル案をたくさん考えたけど、これが難しくてね。そして、あるとき「CREAM(クリーム)って、抽象的でいいかも?」と思いついた。ウータン・クランの90年代的な要素(=収録曲 “C.R.E.A.M”)も掛けているけど、「cream」っていう言葉自体が、俺たちの目指す60年代の〈ブルーノート〉レコード的なサウンドの質感を表している気がして。それに、「クリーム」って固体ではなく、流動的だよね。その、クリーミーな感じが音楽的にピッタリだと思ったんだ。言葉では説明しづらいけど、たとえ理由がわからなくても聞き心地の良いタイトルのひとつだね。
 このアルバムを制作したきっかけは、グラミー賞公式ホームページのGrammy.com用にグラミー賞にノミネートされた曲から1曲選び、自分たちらしくカヴァーする動画製作を依頼されたことだった。(ディガブル・プラネッツの)“Cool Like Dat” でもよかったけど、最終的には(スヌープ・ドッグ&ファレルの)“Drop It Like It’s Hot” で制作したんだ。これがきっかけで、新しいコードを見つけたり、リズムをチョップアップ(切り刻んだり)して、新たな音楽的要素を足していく試みがマジで楽しくてね(笑)。その後ツアーに出ることになり、試しにステージで演奏したところ、会場が狂ったように沸いた(笑)。オーディエンスに大好評だったからさらに何曲か追加して、ライヴで3~4曲カヴァーするようになると、どこで買えるかよく訊かれるようになった。「(商品として)そもそも存在しないから、買えないよ」と答えていたけどね(笑)。観客から何度も聞かれるってことは、ある種の「チート・コード[編注:PCゲームなどにおける、制作者が意図していない裏技]」みたいなものだよね。新作をオーディエンスが気に入ってくれるかは未知数だけど、レコーディング前に実際にステージ上で演奏できれば、観客側の反応はわかるから。

あなたは『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』の頃から、ジャズのパフォーマンスとヒップホップのプロダクションが合体したアルバムを作っていました。本作はこの路線を突き詰め、アップグレードした結果と言えるのでしょうか? それとも、もっと根本的な変化/進化があったと思いますか?

KO:今回は、これまでとは正反対のアプローチを取った。つまり、ヒップホップ楽曲を起点にアレンジを加え、編集もオーヴァーダブも一切ナシのジャズ・アルバムを制作したんだ。スタジオにミュージシャン全員が集まり、一発録りする手法でね。素材としてヒップホップの曲を使用したけど、ルディ・ヴァン・ゲルダーやマイルス・デイヴィス、アーマッド・ジャマル、ユセフ・ラティーフらを研究し、そのエネルギーに呼応する作品を目指したんだ。

ヒップホップが存在しない世界を俺は知らない。それが社会に深く根付いた時代のはじまりを、俺は生まれたときから体感し、完全に自分の音楽だと感じてきた。

ジャズとヒップホップを組み合わせるのは、ジャンルの折衷であると同時に、ジェネレーションを超える掛け算でもありますよね。ジャズとの出逢い、ヒップホップとの出逢い、それぞれの音楽から初めに受けたインパクトがどのようなもので、いまの自分にどのような影響を与えたのか教えてください。

KO:実家のリヴィング・ルームでレコード・プレーヤーから流れていた音楽に遡るね。俺がかろうじて自分でレコードをかけられるようになったばかりの幼少の頃、(マイルス・デイヴィスの)『Kind of Blue』を聴いたことをいまでも覚えている。ヒップホップより前に、最初に聴いたのは両親のレコード・コレクション……例えば、ボブ・ディランやジミ・ヘンドリックス、それからボブ・マーリーなどのレゲエものだった。幼い頃からボブ・マーリーの歌詞は歌えたね。それから、うちの母が東洋思想に傾倒していたから、タブラ作品や瞑想(メディテーション)用の音楽も聴いていた。
 ヒップホップものとの出会いは、DJジャジー・ジェフ&ザ・フレッシュ・プリンスの『Rock the House』(87年)。ウィル・スミスは、テレビ番組(=『The Fresh Prince of Bel Air』)に出演する前、そして俳優として大ブレイクを果たすまで(の80年代後半頃)は、ヒップホップ界で確固たる地位を築き、ある種の尊敬を集めていた。いまではあの知名度ゆえに嘲笑の的になりがちだけど、俳優として大ブレイクする前は大好きなラッパーのひとりだった。とくに幼少の頃は、他のヒップホップものより聴きやすかったし。他には、パブリック・エネミーの “Fight the Power” やDJクイックを聴いていた。4歳上のうちの兄貴が大ファンだったDJクイックのアルバムを88年頃に父にせがんだのを覚えているよ。俺は82年10月生まれだから、当時は5、6歳だった。DJクイックの作品を聴いていい年齢じゃないよな(苦笑)。アルバムのオープニング・ナンバーのタイトルが “Sweet Black Pxxxx” で[編注:同曲収録のアルバムは『Quik Is the Name』で、1991年のリリース]、テープには(未成年者には相応しくない作品を保護者に伝える)「Parental Advisory」のロゴが入っていたしね(笑)。兄貴に渡す前にうちの親父がテープを通して聴き、俺たちを呼んでこう言ったんだ。「このアルバム、聴いたよ。正直、お前たちに渡すべきじゃないし、子どもが聴くような内容じゃないね。でも、父さんは芸術と自由な表現を信じている。このテープは渡すけど、これはあくまで “芸術作品” ってことを理解してくれ。DJクイックが表現しているのは彼の現実で、オマエたちも真似しろってことじゃない。これはあくまで芸術としての作品。誰でも自分を表現する権利はあるんだ」
 ジャズとヒップホップから受けた影響に関しては、本が一冊書けるくらいだね。まず、ヒップホップについて話そう。俺が誕生した82年の時点でヒップホップは世界を席巻していた。つまり、ヒップホップが存在しない世界を俺は知らない。それが社会に深く根付いた時代のはじまりを、俺は生まれたときから体感し、完全に自分の音楽だと感じてきた。俺がヒップホップを「自分のもの」としているワケじゃないけど、自分はヒップホップを体現しているように感じていた。ヒップホップを嫌ったり、笑い草(ジョーク)にしている奴は、俺のことを笑い草(ジョーク)として扱っているのと同じ。それほど俺にとってヒップホップは重要な存在。ヒップホップを聴いて育った俺は、ヒップホップにある種の正義感のようなものを感じていた。なぜなら、その題材の多くを見ると、疑問の余地のある見解や意見、決断や行動といった複雑な内容が数多く含まれてたから。俺にとって、ヒップホップとは、「順応したり、沈黙することを求めてくるこの世界で必死に生き延びようとする人間の姿を表現している」とつねに感じてきた。ヒップホップの「破壊的」な要素には、ある種の正義感があった。そこには神聖な要素が宿っているように思えたんだ。
 そして今日、それこそが「クリエイティヴィティ(創造性)の美」だと俺は理解している。クリエイティヴィティを単純に「絶対的にポジティヴなクリエイティヴィティ(創造性)のみがいいもので、ネガティヴな作品はすべて悪い」とふたつに分けてしまったら、結局そこで辿り着くのは題材がひとつ(=神様)に絞られるゴスペル音楽のようなものしか残らない。ひとつの題材以外は「間違い」になると、それはマインド・コントロールの領域に陥るようなもので、非常に危険かもしれない。だから、俺はクリエイティヴィティこそが強力だと理解していると同時に、それが当然とは思わないようにしている。というのも、俺の口から発せられる言葉や自分が表現する作品やエネルギーには力があることを知っているから。俺としては、自分自身と他者を正しい方向へ導くためにクリエイティヴィティを使うことに努めている。
 だから、ジャズとヒップホップは俺にとっては同じものなんだ。このふたつは生まれた時代が違うだけで、根底にある精神は同じ。今年の初めの一ヶ月間、俺は皆に「スピリット(精気、精神)が戻ってくる!」って言い続けた。この「スピリット(精気、精神)」っていうのは……ジョン・コルトレーンや2パック、ニーナ・シモン、アリス・コルトレーンといったアーティスト勢を鼓舞したエネルギーのこと。いまこそ、あのエネルギーが戻ってきて、新たな何かを生み出すときがやってきた! と感じているんだ。

1曲のなかに込められた情報量がとても多く、非常に多彩だと感じましたが、これは意図的でしょうか? ジャズもカリプソもクレツマーもボサノヴァの要素もある。こんなアルバム、聴いたことがない!

KO:ありがとう。意図的な部分はいくつかあるね。たとえば、最初のレコーディング・セッションで演奏したア・トライブ・コールド・クエストの “Check the Rhime” でヒップホップのビートを刻んだけど、あの曲以外では、ヒップホップのビートではあえて演奏しないように心がけた。このアルバムにヒップホップのビートが見当たらないのは、原曲がそもそもヒップホップものだから、根本的に(ヒップホップ以外の)別の領域へ辿り着くことを目指したんだ。ヒップホップのビートなんてグルーヴを乗せていけば自動的にカッコよくなるから、簡単すぎるだろ(笑)? 俺としては「もう少しアブストラクトな感じ(=抽象的)にして、リスナーには注意深く聴いて欲しい」と思って。グルーヴに関しては、ただ自分がこれまで受けてきた音楽的インスピレーションから生まれただけ。ひとりの音楽ファンとしての感覚から「ああ、あれを思い出すな!」だとか「これにこれを足したらすごくカッコよくなるかも!」っていうふうにインスピレーションが湧いてくる。そういったアイディアが浮かんだら、いろいろ試してみたんだ。

以前は一度できた曲をライヴで披露してみて、機能しなかったらそこをまた改善したりすることをやっていましたよね。つまり、曲を作る過程でパフォーマンスしていたと思いますが、その方法は今回もやっているのですか? いずれにせよ、その理由も教えてください。

KO:うん。今回もやった。この手法は大好きだけど、楽曲によって違う形で生まれるから全曲ライヴで披露したわけじゃないよ。ライヴ・パフォーマンスから生まれた曲もあれば、スタジオでできあがった曲もある。曲次第だね。今回、ライヴで披露していた楽曲の3、4曲がスタジオに入った途端に驚くほどスムーズかつ簡単にできあがったから、そこからさらに6曲も書いた。スタジオ・レコーディングは2回に分けておこなった。
 だから、ライヴでの観客も音楽制作の過程の一部だね。自分の頭のなかで楽曲案があっても、それを他の誰かと共有したとき、初めてその楽曲案を体験できる気がする。たとえば、それが文章表現の場合でも、自分の考えを世の中に……あるいはたったひとりの相手に発信したときでも、自分の口から出た言葉を聞いた相手の顔を見たとき、相手の反応やエネルギーが伝わってくるよね。観客の前で演奏することは後々役に立つことがあるから、自分の考えに固執しすぎちゃいけない。しっかり(観客の反応にも)注意を払わなきゃいけないよね。

ビギーのリズムはマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるんだ。

資料にもあるので、繰り返しになって申し訳ないのですが、ジャズとヒップホップの共通点と相違点を、両方のジャンルにも疎い人に分かりやすく説明するとどうなるでしょうか?

KO:重要なのは、ビートの取り方に関してより「流動的な」タイミングを受け入れることだろうね。もし厳密に固定され……例えば4つ打ちの「ドン・ドン・ドン・ドン」といったリズムが好きなら、難しいかもしれない。あからさまじゃないかもしれないけど、注意深く何度も聴き続けると、リズムの一貫性が聞こえはじめると思う。それは、高層ビルを見る感じではなく、風に揺れる木を見るような感覚だよ。
 「ジャズ」に関して言えば、聴き続けると、次々と新たな発見があり、一生聴き続けられるレコードもある。人生が深まるにつれ、そのアルバムを体験する能力も成長するからね。こういったアルバムは普遍的で時代を超越しているから、赤ん坊からティーンネイジャー、大人、そして老人までのあらゆる層にも訴える何かがある。時代を超えた不滅の栄養素が1枚の作品にたくさん詰まっている。もし複雑に感じても、聴き続ければやがて何かが聞こえはじめるんだ。

共通点についてはいかがでしょうか?

KO:ニック・ペイトン(=トランペット奏者のニコラス・ペイトン)はジャズとヒップホップの共通点について「アフリカン・リズムのDNA」と説明していたね。とくにヒップホップとジャズを注意深く聴くと、それがわかると思う。いまのヒップホップには様々な種類があるけど、たとえばブーンバップについて話すなら……たとえばDJプレミア、ドクター・ドレ、ピート・ロックといったプロデューサーたちが手がけたヒップホップの場合、同じ「リズム言語」が使われている。ちなみに、ラキムはジョン・コルトレーンからフレージングを学んだと語っているね。それから、偉大なサックス奏者のドナルド・ハリソンは、ビギーがマックス・ローチのドラミングに触発されたらしいと話していた。ビギーのリズムはマックス・ローチのドラム・ソロから生まれ、そのドラム・ソロ自体は西アフリカのドラム・オーケストラにおけるジャンベ奏者のリズムを源としている。つまり西アフリカからラッパーに至る一貫した流れがあるんだ。彼らは同じ役割を果たす同一の「リズム言語」を扱っていて、この一貫した流れは極めて明確。ただ、「ジャズ」と呼ばれる黒人音楽には、和声や特定のリズム要素においてやや複雑さが加わる場合が多い。でも、ヒップホップにも複雑さは存在し、ジャズにも簡潔さは存在するから、楽曲によりけりで一律には言えないんだよね。

ヒップホップとジャズの相違点は?

KO:すべてに当てはまる普遍的な答えはないけど、ヒップホップにおいて重要な要素のひとつは、ラッパーがうまくビートに乗れる一貫したリズム・ポケットがあること。一方、ジャズでは、非常に安定したリズムを保ちつつも、抽象的な領域に入り込み、曲のハーモニック・リズムそのものを体感する余地がある。ドラムはより旋律的な役割を担うラッパーに近い存在で、ベーシストは安定したリズムを保つ役割を担う。 ジャズを演奏する際、俺は「一貫したリズム」は好まない。というのも、俺が求めているのはフラクタル、つまり変容するタイミング(ビートの取り方)だから。現代のジャズ・ミュージシャンの多くはその概念すら理解していなかったりする。一貫していないリズムで演奏しはじめると、彼らは居心地悪そうだったりするね。

ジャンルとは暫定的なものであり絶対的なものではない、という信念のようなものが、過去のあなたの発言からはうかがえます。ジャンルが具材だとすると、それが原型をとどめないほどに溶解したスープのようなものを作りたかったのでしょうか?

KO:「溶解したスープ」というのは、スムージーのように「融合された」ものを連想するよね? 『Go Get Ice Cream and Listen to Jazz』、『Animals』、『I Think I'm Good』などの過去作品で俺が「融合」ではなく「コラージュ」という比喩を多用したのは理由がある。「コラージュ」はひとつひとつの存在したパーツを組み合わせることで新たな絵を生み出すから、俺の「コラージュ」はミネストローネ・スープのように具材の個性がそのまま残っているんだ。ひと口食べれば人参や豆、鶏肉、麺だとわかるように(笑)。でも、この新作のアプローチは少し異なる。コラージュというよりは、むしろ溶解したスープに近い。このジャズ・アルバムを制作するためにヒップホップ曲から借用した構成要素が、もはや原型をとどめていないからね。

とりあげた曲に何か基準はありますか? これらの曲に共通点があるとしたらなんでしょう?

KO:厳密な基準はないけど、自分の想い出やノスタルジアを呼び起こし、感情的なインスピレーションを与えてくれる楽曲を選んだ。だから、大半は子どもの頃に聴いていた曲や、初めて聴いたときや自分に与えた影響を覚えている曲ばかりだね。

“Someday My Prince Will Come” や “Take Five” といったジャズのスタンダード・ナンバーを素材としてとりあげた理由を教えてください。

KO:ヒップホップ曲を聴き、その曲にむしろ「絶対に合わないだろう」って質感を想像してジャズ・スタンダード曲を探したんだ。たとえばジュヴィナイルの “Back That Azz Up” はパーティ系クラブ・アンセムだから、「原曲とはまったく違う世界観の美しい曲に変えたらどうだろう」って考えた。そこで思いついたのが “Someday My Prince Will Come” のイントロだった。最初は笑える冗談みたいな感じで曲を作りはじめた。美しい愛のメロディが流れて聴いている人が、「ん……? これ、もしかしたら “Back That Azz Up”!?」って気づく瞬間が笑えると思ってさ(笑)!

カッサ・オーヴァーオール来日情報

2025 10.8 wed., 10.9 thu., 10.10 fri.
BLU NOTE TOKYO
[1st] Open5:00pm Start6:00pm [2nd] Open7:45pm Start8:30pm

メンバー:
カッサ・オーヴァーオール(ヴォーカル、ドラムス、エレクトロニクス)
ベンジ・アロンセ(コンガ、エレクトロニクス)
エミリオ・モデスト(サックス)
マット・ウォン(キーボード)
ジェレマイア・カラブ・エドワーズ(ベース)

https://www.bluenote.co.jp/jp/artists/kassa-overall/

STEREO RECORDS 20th Anniversary - ele-king

 魅力的なアルバム、『The Silhouette of Us』をリリースしたKotoko Tanakaがバンド・セットでライヴを披露する。ギターはRiki Hidaka(betcover!!)、ドラムは白根賢一(GREAT3 / TESTSET)。当日は、COMPUMAによるDJもあり。

日時:2025.10.10 (金)
開場:19:00 / 開演 19:30
会場:KATA(恵比寿リキッドルーム二階)
出演:LIVE:Kotoko Tanaka -Band set-/ DJ:COMPUMA
前売り/当日 ¥3.500 (+1drink order)
メール予約:info@stereo-records.com
主催 / 企画 / 制作 STEREO RECORDS
問い合わせ先:info@stereo-records.com / (082)-246-7983


Kotoko Tanaka
ソロ・セットとバンド・セットでの音楽活動を行うシンガーソングライター。アパレルブランドへの楽曲提供や歌唱、アルトサックスでのサポート活動も行っている(MirrorMoves、わ、など)。
2019年7インチシングル「The hole as a pond, the eyes from morning (池としての穴、朝より来たる目)」をリリース。2022年に五都市を周るミニツアーを敢行。2024年6月にフル・アルバム『The Silhouette of Us』を発表し同年12月にアナログ・レコードもリリース。バンド・セットにはアルバムでも演奏している、Gt. 日高理樹とDr. 白根賢一(GREAT3、TESTSET)が参加。

Water From Your Eyes - ele-king

 One Small Step、小さな一歩と名付けられた電子の水音(僕にはそれが電子の川のせせらぎのように聞こえる)からこのアルバムははじまる。ニューヨークのデュオ、ウォーター・フロム・ユア・アイズの新しいアルバムは壮大な叙事詩のような感覚と小さなベッドルームで描く空想の物語の感覚を同時に与えてくる。前作からさらに大きくギターに光を当て多彩なサウンドと組み合わせた最新作、そのなかで歌うレイチェル・ブラウンの声はネイト・エイモスの作りだすノイズの壁の向こうから聞こえてくるような曖昧さがある。だから聞き手である我々はカメラのピントを合わせるようにして、ヘッドフォンの間に存在する器官を用いチューニングを試みるのだ。そうすると曖昧だった世界が見えてくるような気がする。

 バンドを紹介する文章にはY2K以降のポップ・ソングの再構成、ニューメタルのバックビートというような言葉が並んでいる。繰り返しアルバムを聞いていると僕にはそうした部分にプラスしてこのデュオがベッドルームのプロデューサーとアンダーグラウンド・シーンのギター・バンドの間の存在に思えてくる。たとえばアルバムの7番目のトラック “Playing Classics” のかかっている隣の部屋にはニューヨークで刺激的なパーティ・ミュージックを生み出しているファッカーズがいるような気がするし、その奥にはサングラスをかけた The Dare の姿が見え隠れするといった具合に。あるいは “Born 2” のようなギターのノイズに包まれた曲でこのふたりはフィラデルフィアのシューゲイズ・バンド、ゼイ・アー・ガッティング・ア・ボディ・オブ・ウォーターやアトランタの Sword II(タイトル的にもインスピレーションのもとになったのではという思いがよぎる)のようなバンドと共演を重ねる存在に変身する。そのどちらの要素にしてもごく自然、そうであるのが当たり前というふうにアルバムのなか、あるいは曲のなかに存在するのだ。ジャンルを混ぜるという感覚は少し時代遅れになり、意識することが特異であるという時代になりつつある(「あえて」と強調することが意味になるような感じだ)。そんな中でこの音楽は、曖昧なままに拡張する。まるで何にもしていないかのように、当たり前のようにその先へ。自分にはそれがたまらなくクールな振る舞いに思えるのだ(より細かく言えば現在の WFYE は前作『Everyone's Crushed』のリワーク・アルバム『Crushed By Everyone』に名前を連ねた面々の流れの中にいるのだろう)。

 もちろんただ足すだけでは素晴らしい音楽は出てこない。この時代(Y2K以降のポップ・ソングとSNSの時代)において大切なのはおそらくどのタイミングで何が必要か、どんな分量が適切なのかを判断する感覚と編集能力で、WFYEはそれが抜群なのだ。音が抜かれ足され、せわしなさの一歩手前の感覚でドラマチックに次の展開へと移行する。様々な要素が存在するにもかかわらず曲はけっして長尺にならず、頭のなかで映画のワン・シーンがフラッシュバックするかのように強烈なイメージを植え付ける。スポークン・ワードのポスト・パンク・バンドが伝えるような物語ではない、短く曖昧なそれは、しかしだからこそ容易に他のイメージと結びつく。曲間を繋ぐ、ときには一曲のなかで他のイメージを結びつける役目を持っている電子音(それは “Spaceship” によく現れている)は次のイメージへと見事に結合し、そうしてあふれ出した水のように我々を川の流れのなかへといざなうのだ。

 この29分という収録時間にこのデュオのセンスが詰まっているといっても過言ではないだろう。10曲入りのアルバムとしては短いようにも思える収録時間で、この数字を眺めているとおおよそ満足できそうにないような気がするのだが、何度も聞くとこれがベストなのだと自然と思うようになっている。このボリュームと拡張するように劇的に広がる曲たちが、あれはなんだったのかと目覚めてから考える夢のような余韻を残す(だから我々はその感覚を掴もうともう一度その夢を見ようとする)。

 くっきりとした輪郭を持った曖昧な存在、ベッドルームのプロデューサーとアンダーグラウンドのギター・バンドの間を繋ぐようなウォーター・フロム・ユア・アイズはこの拡張の時代においてのセンスというものを表しているのかもしれない。いずれにしてもアルバムの最初から最後までこのデュオの美学が詰まっているのは間違いない。

Tortoise - ele-king

 去る6月、立川ステージガーデンで催された〈FESTIVAL FRUEZINHO 2025〉にて来日を果たし、みごとなパフォーマンスで観客をわかせたトータス。ひさびさのニュー・アルバム『Touch』が11月5日にリリースされることになった。オリジナル・アルバムとしては2016年の『The Catastrophist』以来、じつに9年ぶり。国内盤にはボーナス・トラックが収録されます。ヴェテランたちが到達した新たな境地に注目しよう。

Tortoise『Touch』
2025.11.5 CD Release

90年代からポストロックの代表格として活躍し、ジャンルを問わず多くのファンをもつインストゥルメンタルバンドのトータスから、9年ぶりの最新作が到着!進化を止めないトータスの2025年現在地を示した傑作が、ボーナストラックを加え国内盤CDでリリース。

シカゴを離れたメンバーもいるトータスが、ポートランドに集ってセッションを行うことから新しいアルバム作りは始まった。「作り終えて、一本の筋が通っていることに気づいた」、「過去の作品と確実に違う何かがある」とジョン・マッケンタイアは語る。その言葉がすべてを表している。トータスは再び、新たなインスピレーションを与える真に包含的な音楽を創出した。 (原 雅明 ringsプロデューサー)

日本限定カラーヴァイナルや限定店舗取扱いのTシャツ付きセットも発売決定!

【リリース情報】
アーティスト名:Tortoise
アルバム名:Touch
発売日:
CD、限定店舗取り扱いCD+T-shirt セット(2025年11月5日)
黒盤LP、日本限定カラー盤LP(2025年11月発売予定)
フォーマット:CD, CD & T-shirt set, LP, Digital
レーベル:rings / International Anthem

CD
品番:RINC140
JAN: 4988044133082
価格: ¥3,300(tax in)

CD & T-shirt set
品番:RIBS140, RIBM140, RIBL140, RIBX140
JAN: 4988044133761, 4988044133778, 4988044133785, 4988044133792
価格: ¥7,700(tax in)

レーベル:rings
オフィシャルURL: http://www.ringstokyo.com/?p=996
販売リンク: https://diskunion.net/indiealt/ct/news/article/0/133281

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