「KING」と一致するもの

interview with Nate Chinen - ele-king

 「現段階で、こう言うことはできる。すなわち、我々がジャズと呼ぶ音楽は、様々な状況下において勢いを見出し続けている、と」──アメリカのジャズ批評家ネイト・チネンは著書『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』の後書きにそう書き記している。

 あらためて言うまでもなく、ジャズは21世紀以降、とりわけテン年代を通じて活況を呈し、新たな時代を築き上げてきた。ロバート・グラスパー『Black Radio』(2012)やエスペランサ・スポルディング『Radio Music Society』(同)のグラミー賞受賞、『The Epic』(2015)を引っ提げたカマシ・ワシントンの登場、あるいは高度な複雑性を操るヴィジェイ・アイヤーや圧倒的な個性を放つメアリー・ハルヴァーソンの活躍、等々。ジャズといえば輝かしき黄金時代──1950年代から60年代にかけて──ばかり繰り返しスポットが当てられてきた旧来の状況に対し、チネンは現在進行形のジャズを過去の眼差しから解き放とうとする。それはしかし歴史から切り離すことではない。むしろジャズの現在地を正しく測量するために、彼は何度も過去へと遡る。21世紀のジャズがいかに歴史と繋がりを持つのか、豊富な知識と膨大な取材を元手にしつつ、そのコンテキストを丁寧に辿り直している。変わりゆくジャズがジャズである所以を鮮やかに解き明かす。

『変わりゆくものを奏でる』は画期的な一冊である。いまのジャズを考える上で最低限踏まえておくべき事柄が一通り網羅されている。全12章からなる本書では、一方に特定のミュージシャンを主人公に据えた章──ブラッド・メルドー(第2章)、スティーヴ・コールマン(第4章)、ジェイソン・モラン(第6章)、ヴィジェイ・アイヤー(第8章)、エスペランサ・スポルディング(第10章)、メアリー・ハルヴァーソン(第12章)──があり、他方に特定のテーマが設けられた章がある。後者で取り上げられるのは、保守的なアップタウンと対抗勢力としてのダウンタウン・シーン(第3章)、ウェイン・ショーターらが打ち出した新たな年長者像(第5章)、ジャズと教育ないしアカデミズムについて(第7章)、ヒップホップ~R&Bとのクロスオーヴァー(第9章)、ジャズのグローバル化/グローカル化(第11章)といったテーマである。

 第1章はやや異色だ。カマシ・ワシントンについての記述がベースにはある。しかし彼を主人公とするというより、反復されるジャズの死と救済の物語を検証するためにカマシが要請されたとも読める。実際、第1章ではカマシと対比を成すようにウィントン・マルサリスの物語が綴られる。なぜ人々がジャズの救世主を求めるのかを立体的に描いている。そしてウィントンをどう捉えるかという問題は本書の全体を通じて基層を流れていく──たとえば第3章ではアップタウンの体制側として、ジャズ・アット・リンカーン・センター(JALC)の芸術監督を務める彼がジョン・ゾーンやデイヴ・ダグラスと比較される。章を跨いで問題意識が連関していくのは本書の特徴の一つだろう。JALCはジャズの文化的地位の向上に資したが、それと並行して体制機関によるジャズ・スタディーズの受け入れがあった、という話が第7章には出てくる。あるいは──バンド内で女性がただ一人だった場合に「視線の交わし合いひとつとっても楽ではない(……)たとえば誰かに目線を返す必要のある場面でも、それが相手をそそるものと受け取られないように気をつける」(333頁)というエスペランサ・スポルディングの懸念は、メアリー・ハルヴァーソンが音楽大学の夏期講座でジャズ・ギタリストではなく「ああ、フォーク・シンガーね」と軽くあしらわれた(386頁)という経験と問題の根を同じくしている。『変わりゆくものを奏でる』は、21世紀のジャズの見取り図を示すと同時に、より広く音楽的問題、さらには社会的/政治的な問題へと思考を導いていく。その意味で単に音楽書というに留まらない人文書となっている。

 著者のネイト・チネンはハワイ・ホノルル出身。もともとジャズ・ドラマーの経歴もあったものの、1996年からジャズ批評家として活動を始め、2003年にジョージ・ウィーンの自伝を共著『Myself Among Others: A Life in Music』として上梓している──といったユニークな来歴や彼の批評観については前後編に分かれた以下のインタヴューをぜひ参照してほしい。『変わりゆくものを奏でる』の原著刊行から7年、ジャズの動向にも様々な変化が訪れた。この度のインタヴューでは、書籍の内容に加え、原著刊行後のジャズの新たな動きを補完する話も語っていただいた。本書はいままさにあらためて読まれるべき段階にきているように思う。なぜなら自由、平等、多様性といったアメリカ的価値観が、すなわちジャズをめぐる状況が、大きく揺さぶられ始めているからだ。わたしたちはそして本書を日本におけるジャズ言説との共通点と差異を見定めながら読み進めることもできるだろう。ジャズの未来について、ネイト・チネンは「私の思いはふたつの異なる軌道を進んでいる」と述べるが──まずは彼のジャズ批評家としてのバックグラウンドからじっくりと話を伺った。

子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。

まずはあなたの批評家としてのバックグラウンドについて教えてください。どんな家庭で育ち、何歳頃から意識的に音楽を掘り下げて聴くようになりましたか?

ネイト・チネン(Nate Chinen、以下NC):そうですね、この取材の文脈から言って、それは特別な質問です。というのも私の両親はどちらも歌手、エンターテイナーだったんです。父はじつは日本でもキャリアがあって、テディ・タナカという名義で歌っていました。まだとても若かった頃、たぶんまだ高校時代に、東京に行ってレコーディングしたことがあり、その歌、“ここに幸あり(Here is Happiness)” は大ヒットしました。彼はいわゆるフランク・シナトラ型の、ビッグ・バンドをバックに歌う歌手でしたが、実際シナトラが東京で初来日公演(1962年4月20&21日)をおこなった際に、ステージで紹介役を務めたこともあったんですよ。ともあれ──父はハワイ生まれで、祖父は沖縄出身の移民一世でした。で、父はハワイ/日本で歌手としてキャリアをスタートさせ、母と共にTHE TOKYO PLAYMATESというグループを結成しました。このグループはアメリカ合衆国全土/カナダをツアーで回ったこともありましたが、それは私が生まれる以前の話です。で、両親はホノルルに戻り、そこでまた別のグループ、Teddy & Nancy Tanakaとして活動しました。つまり私は、そのグループのごくごく幼いメンバーとして育った、と(笑)。
 ですから本当に、小さい頃の最初の記憶と言えば、ステージで一緒に歌う両親の姿、そしてふたりの小さな子どもとしてステージに上げられたことなんです。というわけで、私にとっての音楽との出会いもそれを通じてでしたね。でも、それだけではなく、ミュージシャンになることにもとても興味がありました。子どもの頃からずっとドラムに惹かれていたので、実際勉強しましたし、演奏も始めた。そこからあっという間に、ジャズに相当真剣にのめり込みました。というのも、ジャズ・ドラミングはじつに挑戦のしがいがあったし、魅惑的で、とにかく惚れ込んだ。というわけで私がジャズに対して抱いた興味は、そもそもはミュージシャンだったことから発していましたね。とまあ、これが「短いヴァージョン」の私のバックグラウンドです(笑)。

(笑)。

NC:でも、身の周りにつねに音楽があふれていました。それに、あなたもたぶんご存じでしょうが、ハワイは非常に音楽的な土地でもあります。それこそ、空気の中に音楽が漂っているというか。

はい。「チネン」というお名前からして、おそらく日本にルーツがある方だろうと思っていましたが、ご祖父が沖縄出身だったんですね。

NC:そうです。私の日本語のミドル・ネームはタカヒロ。父の名前はタカシです。

ということはあなたの場合、音楽に最初に触れたきっかけはレコード=録音音源よりも、むしろライヴ音楽だった、と言えそうですね。日本の場合、ジャズにしろロックにしろ、海外の音楽はまずレコード/音源で触れるケースが多いわけですが、ご両親がシンガーだったあなたはライヴ・パフォーマンスで音楽に触れる環境にあった、と。

NC:そうですね、その点はずっと興味深いと思ってきました。かつ、そこはもしかしたら、音楽批評家としての自分が他の面々と少し違う点のひとつかもしれません。というのも、批評家でじつに多いのは──多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。で、私からすれば……いやもちろん、私もレコードは大好きですし、収集もしています。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

多くの批評家が、レコード収集家から始めるわけです(笑)。けれども最もディープな、自分を形成してくれた音楽体験と言ったらやはり、どこかの空間で音楽がリアルタイムで演奏されている、それになります。

批評家としてキャリアをスタートさせたのはいつ頃でしょうか?

NC:まず、フィラデルフィアの大学に進学したんです。いま、こうしてまたフィラデルフィアに暮らしていますけれども(笑)。

ああ、そうなんですね。

NC:で、知り合ったジャズ・ミュージシャンの誰もからこう言われたんです、「君がやるべきなのは……」──というのは、私はずっと文章を書くことも好きだったんです。つねに好奇心があり、文章を読み、書くのが好きだった。そして知人のミュージシャンの誰もが、「君はよく考えた方がいいよ……」──だから、「音楽校に進学しない方がいい」と彼らは言っていたんですね(苦笑)。つまり、わざわざ音楽院に入らなくたってミュージシャンでいられるんだから、と。それでも、本当に素晴らしいジャズ・シーンのある都市に向かうのはプラスになるとのことで、実際そうでした。フィラデルフィアに移ったところ、フィラデルフィアのミュージシャンは非常に協力的だった。彼らはとても厳しくて、くだらないナンセンスは一切受けつけませんが(苦笑)、こちらがスキルと正しい姿勢、謙虚さを備えていることさえ示せばがっちり受け入れてくれる。で、私はペンシルヴェニア大学で詩を専攻していましたが、クラブでしょっちゅう音楽をプレイしていた。だからある意味、ふたつの人生を送っていたようなものでしたね。学生/ライターであり、かつミュージシャンでもあった、と。
 そしてある夏、『Philadelphia City Paper』という、無料のオルタナティヴな都市圏週刊新聞でインターンを経験したんです。あの当時はインターネットの黎明期でしたから、ああいったフリー・ペーパーは誰もが手に取ったもので、特にアート関連の記事はよく読まれたんです。で、インターンシップに採用されてニュース室に行ったところ、じつに活気に満ちた職場で、すぐに「ああ、ここで何かやれそうだ」と気づいたんです。文芸欄音楽部門の編集者もとても励ましてくれて、それでレコード評を書き始め、続いてアーティストへの取材、そしてフィーチャー記事も担当するようになって。そうやって、音楽への愛情、音楽への理解、そして言葉に対する愛情がとてもうまくフィットすることに気づいた。そんなふうに執筆活動を始めたわけですが、やればやるほど、自分は……あのコミュニティの一部になっていったというか。程なくして、ミュージシャン勢も私のことを批評家と看做してくれるようになりました。

はい。

NC:そうやってしばらく経って、編集者から「本紙の常任ジャズ批評家になって欲しい」と声をかけられて。当時私はまだ学部生でしたが、「はい。自分に適任だと思います」と答えた。で、そこからでしたね、本格的に学び始めたのは。ギャリー・ギディンス、ナット・ヘントフらの著作や記事を片っ端から読みました。それだけ、非常に強い責任感を感じたからです。「本気でこれを追求するのなら、自分にはしっかり準備を整えておく必要がある」と思った。

先達の伝統を引き継ぐ、というか。

NC:そうです。で、カレッジ卒業後にニューヨークに移り、そこから本格的にキャリアが始まっていった感じでしたね。ニューヨークに移ってはじめのうちはちゃんとした職もなく、バイトでなんとかしのいでいましたが(苦笑)、いくらも経たないうちにジョージ・ウィーン(※1954年にニューポート・ジャズ・フェスティヴァルを開催し、59年にニューポート・フォーク・フェスティヴァルもスタートさせたプロモーター/フェス企画者。2021年沒)に出会ったんです。彼はちょうど自伝を書こうとしていたところで、それにふさわしい共同執筆者が見つからずに困っていた。私は当時22歳で──

お若かったんですね!

NC:(笑)はい、本当に青二才で、仕事面では取り立てて何もやっていなかった。だからこそ、ジョージがあの本(『Myself Among Others: A Life in Music』2003年)を執筆する作業の補佐に本当に打ち込むことができた。そんなわけで、我々はじつに密に仕事しましたし、本が仕上がるまでに3年近くかかりました。ですから彼は私にとってとても重要な指導者であり、一種の父親的存在だった、そう言っていいと思います。

「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。

なるほど。音楽について書き始めた時、他ジャンルについて書くことがあったとしても「ジャズ専門家」の立場から書いていたのでしょうか、それとも特にジャズ専門とせずにジャズ以外の音楽についても幅広く書いていたのでしょうか?

NC:ジャズ批評専門でしたね。というのも、そこは正直言って……私が働いてきた組織のどこでも、ロックやポップのクリティックはすでに存在していたので(苦笑)。

(笑)あなた自身のニッチを見つけたわけですね。

NC:そうです。だから私は「ジャズの人」だった。それは『Philadelphia City Paper』でも、ニューヨークに移ってから書き始めた『The Village Voice』紙でもそうでした。けれども『The New York Times』紙で働き始めたところで、そこに素敵な広がりが訪れました。あれは2005年のことで、2017年まで同紙で執筆しましたが、『NYT』にはじつに素晴らしい伝統があるんです。というのも、同紙では「ポップ批評家(ポップ・クリティックス)」と呼ばれる面々が数人いるだけで、それはつまり、また独自の領域を備えている「クラシック音楽批評家」とは別物である、と。当時の『NYT』ポップ批評主幹で、現在もその役職にあるジョン・パレーレス、彼には本当に──前任のジョン・ロックウェルやその他の面々と同様に、「我々は何でも取り上げ、書く」という感覚があった。ただし、クラシック音楽は総じて除いて。クラシック界には分離主義が存在しますからね。けれどもジョン・パレーレスは本当に……あらゆる類いの音楽に通じていて、信頼できる意見を持たなければならない、その意味で我々の規範だったというか。その意識はベン・ラトリフにも引き継がれましたし、私がポップ批評チームに加わったときも、その恩恵に浴せたわけです。ですから本当に楽しかったし、素晴らしい経験を積めました。もちろん主にジャズについて書いていましたが、それ以外のあらゆるジャンルも網羅させてもらった。ジェイ・Zのコンサート評も書いたし、ビヨンセのレヴューも書き、カントリーやフォーク・ミュージックについて書いたこともあり……という具合で、もう何でもあり。あれは本当に素晴らしい経験でした。で、現在も他ジャンルの音楽について書きますが、ジャズはやはり、私にとってのホームベースですね。

批評家の果たす役割で最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説すること。

あなたが影響を受けた批評家や思想家、書籍などについて教えてください。

NC:そうですね、ジャズ関連の文献で最初に読んだもののひとつと言えば、やはりレコードのライナーノーツですよね? で、そこから書籍に進んでいく、という。ですから先ほども名前の出たナット・ヘントフやアイラ・ギトラーのライナーノーツの数々は、私にとって最初の影響の一部でしょう。でも、アクティヴな影響と言えば、私がジャズについて書き始めたのは90年代半ば頃のことで──ですから部分的にはその時間軸のせいで、やはりギャリー・ギディンス以上に大きな存在はいませんでした。彼は『Village Voice』でじつに素晴らしい仕事をしていましたし、私がニューヨークに移ったちょうどその頃に、彼の『Visions of Jazz: the First Century』(1998)も出版された。実際、私が『Voice』で書き始めた頃、ギャリーはもう『Voice』から引退していましたが、彼をランチに誘ったことがあるんです。あれは本当に素敵なランチでしたし、彼は非常に励ましてくれて、だからこう、「松明を受け取った」フィーリングを感じて最高でした。で、ギャリーのおかげで……彼はじつに鋭いリスナーであり、ジャズの歴史家で、本当に優れたライターでもある。ですから彼は、つねに尊敬してきた存在です。
 でも、それに続いて受けたまた別の影響として──私がこの仕事を始めたのは、アカデミックな世界でのジャズ研究が本当に盛んになり始めた時期とも重なっていました。ですので、学者によるとても興味深い論文を読めるようになったのも、本当に役に立ったと思います。ブレント・へイズ・エドワーズ、ファラー・ジャズミン・グリフィンといった面々はもちろんですし……ダフニー・A・ブルックスみたいな人もいますね。彼女はジャズについてはあまり書きませんが、書かせると本当に素晴らしい。だからそういった学術研究も、ジャズにとって非常にプラスになってきたと思います。そして、インターネットによる民主化のおかげで我々はいまや、じつに多くのミュージシャンの文章も読める。しかも彼らは、非常に筆が立つ。というわけで私は「自分もこの大規模な対話の一部だ」という感覚が大好きです。とても活気のある時期ですし、たとえ──ジャーナリズムの経済モデルは非常に困難になっていても、優れたアイデアがたくさん存在しています。

あなたが考える批評の役割について教えてください。2019年の『Jerry Jazz Musician』誌のインタヴュー(https://www.jerryjazzmusician.com/interview-with-nate-chinen-author-of-playing-changes-jazz-for-the-new-century/)では「私の仕事内容は “gatekeeper” から “guide” に変わった」とおっしゃっていましたね。

NC:そこは、テクノロジーと多く関わっていると思います。そして、我々が音楽およびジャーナリズムと結ぶ関係性とも。というのも我々の世代は予算の都合で、たとえば「ひと月に買えるアルバムは2、3枚」という時期があったのを憶えているわけですよね(苦笑)? レコード店に行き、視聴用ヘッドフォンをかけてアルバムを少し聴いてみて購入するか決める、という。で、あの頃の批評家は何でも聴ける立場にいたわけで、だからこそ何らかの方向性を示してもらうために、彼らの専門家としての意見が我々にも本当に必要だった。「誰それの新作が出たけど、買うべきか? 批評家の意見はあんまり良くないから、今回はスルーしよう」みたいな感じで。ですから本当に、かつては「ゲートキーパー(門番)としての批評家」という感覚があったんですね。つまり、そこには消費者ガイド的な側面があった。
 そして現在という時代において、我々は制約がほぼゼロに近い形で音楽を聴くことができる。好みのストリーミング・サーヴィスを使えば、わざわざ購入するまでもなく、とりあえず作品を「聞く」ことはできるわけです。となると、「では批評家の有用性とは何か?」という話になりますし、一部のリスナーやミュージシャンの中には「もはや我々に批評家は必要ない」という意見もありますが、私はその意見には大いに反対です。いかなるアート形態も、堅固で力強い批評を本当に必要とし、かつそれに頼っていると思います。批評家の果たす役割というのは、「これを買え/あれは買うな」「これは良い/あれは良くない」云々の作品の価値判断だけではありません。というか実際、その面は批評家の仕事の中で最もつまらない部分だと私は思います。最も興味深い部分は、関連づけですね。物事を文脈に据えた上で、その歴史的な繫がりや社会・政治的な次元を解説することによって……ですから、聴き手はもちろん好きなものを何でも聴けますが、もしかしたら、私にはより良く聴くことのお手伝いをできるかもしれない。あるいは、あなたが作品をよりディープに聴く助けになるかもしれません。というわけで、批評の役割はより不定形というか……ある意味、過去に較べて威力や影響力は劣るでしょう。ただし、もっとフレンドリーではありますよね(笑)?

はい。

NC:で、思うにそれは、門戸を開けて機会を生み出したんじゃないでしょうか。で、私はそのチャレンジを大いに歓迎しました。ですから──そうですね、こういう言い方をしましょう。私は確かに、『NYT』で執筆した12年ほどの時間をエンジョイしました。自分の言いたいことはほぼ何でも、きっと誰かに読んでもらえるのがわかっている、そういう確固としたプラットフォームを持てるのは良いものですからね(笑)。けれども私はある意味、そういうプラットフォームの支えを取っ払っても、誰かが書き、発言することにはそれ自体で説得力を持つ必要があるという考え方を歓迎したというか。それは結びつきを生み出さなくてはいけないんです。ですから、私からすればそれはとにかく、批評をやっている我々誰もにとって初心に返らせてくれるよすが、動機というんでしょうかね。あの炎を、音楽に対する情熱を持ち込まなくてはならない、みたいな。で、幸いなことにそれは、私にはごく自然に感じられるものだった(笑)。ですからその面は試練ではありませんでした。それでも、音楽ジャーナリスト/批評家、そしてミュージシャンにとっても、経済モデルが非常に厳しいのは確かです。

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ものすごく魅了されたんです。カマシ・ワシントンはなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。

ここからは『変わりゆくものを奏でる(Playing Changes)』について聞かせてください。第1章はカマシ・ワシントンの話から綴られています。そこにはカマシが21世紀のジャズを代表する「救世主」だから、というだけではない理由があると思います。なぜ、カマシ・ワシントンから始めることにしたのでしょうか?

NC:はい、あれには間違いなく根拠があります。ただし、ひとつ指摘しておきたいんですが、序章はセシル・マクロリン・サルヴァントの話で始まるんですけどね(笑)!

(笑)確かに。

NC:でも実際……あの本をどう始めればいいか、かなり迷って苦労しました。どうしてかというと、本で掘り下げたいアイデアが何かは承知していたんです。つまり、「我々はいかにしてこの現在地点に至ったか」──今日におけるジャズの理解へと繫がった、その状況・土壌はどんなものだったか、について。そして、我々とジャズ史およびジャズ文化との関係の進化をたどりたかったですし、ウィントン・マルサリスと彼の掲げたジャズに関するイデオロギーの盛り上がりについても書きたいことがありました。ところが苦戦した点は、21世紀のジャズについてのお話を、一気に1970~80年代まで遡ってスタートさせたくはないというジレンマで。それでは話があべこべでわかりにくくなるな、と感じました。
 というわけで、「さて、どうしたものか?」とさんざん迷いました。そんなところに、カマシが「結びつきを生む」という意味で素晴らしいチャンスを提示してくれたわけです。というのも、私があの本を執筆していた時期、2016年に、彼の台頭ぶりは爆発的で、誰の目にも明らかでしたから。そうは言いつつ、私は彼に関してはまだ若干の懐疑心がありましたし、ジャズ界における最も進んだテナー・サクソフォン奏者だとは思っていなかった。ですから彼は、「これこそ、いまのジャズにおける最も重要な『声』です」と、私自身が推薦するような人ではなかったということです。ところが、ものすごく魅了されたんです──「なぜ、『彼』なんだろう?」と。彼はなぜこんなに人気があるんだろう? 一体何が起きたのか? なぜジャズ文化は、彼のような人物の出現をこんなにも待ちわびるようになったのか? と。


「カマシ・ワシントンの登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない」
photo by Vincent Haycock

なるほど。

NC:そこから、私はウィントンのことを考えるようになりました。というのも、メディアの心酔ぶりといい、一般層での人気といい……実際、突如として誰もがその人のことを知るようになったわけですよね? ですから私は、このふたりの人物はある意味よく似ているが、ただしその在り方はとても違う、ということに気づいた。アーティストとしては、まったく別の人たちですからね。そこからこのアイデア、誰かがヒーローあるいは救世主として台頭していくときというのは、まさしく、そのカルチャーが特定の価値を求めてどよめいているからだ、という発想に繫がりました。それが、「1980年代初期にウィントンが登場したとき、ジャズはリスペクトを得ようと本当に必死だった。そして2010年代半ばにカマシが登場した時点までに、すでにリスペクトを獲得していたジャズが求めていたのは今日性だった」という、私の概念化へと発展していったわけです。その変化が、私にふたつの存在を関連づけさせてくれた。あるジャズ・ミュージシャンが一種のポピュラー・アイコンとなった、そんな驚異的なカマシの物語があり、一方で、その1、2世代前にもそれと同じことをやった人物がいた。そして両者のストーリーはこんなふうに結びついています、と述べたわけです。そうして私にとって一種、あの第1章は、主流文化──アメリカ文化とグローバル文化の双方──におけるジャズの足場は不安定で変動的なものである、というアイデアを探究する試みになっていきました。ですからあの章は、解かなくてはいけないパズルでしたね。
 で、あの章の終わりで、私がカマシに対していくらかの疑念を呈しているのは読めばわかると思います。それでも、いまでも思っています──これは可笑しいんですが、あの章を書いていたとき、NBAファイナルを観ていたんです。あのシーズンは本当に素晴らしくて、マイアミ・ヒートとクリーヴランド・キャヴァリアーズ戦もあり、レブロン・ジェームズがキャヴァリアーズをチャンピオンシップにまで率いて、ステフ(ステフィン)・カリーも活躍し、とにかくすごかった。で、試合を観ながら、「これは歴史的な場面な気がする」と考えていた。そこで気づきましたね、音楽的であれ何であれ、彼がどれだけ後世に残る貢献を果たしたかという意味でミュージシャン/アーティストとしてのカマシをどう見るにしても、彼の登場が歴史的な瞬間だったことは否定しようがない、と。彼の、そして『The Epic』の出現によって起きたことは、じつに驚異的です。ですから、私もそういうふうに考えるようになったんです。それは動かしがたい事実であり、実際に起きたことだったし、自分はそれを記録しているんだ、と。

リポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。

『Playing Changes』というタイトルに込めた意味について教えてください。ジャズ用語がもとになっていますが、その背景にはリロイ・ジョーンズ(アミリ・バラカ)の「The Changing Same」も考慮されていると感じました。

NC:その通りです。特に、うち1章のタイトル(※第9章/Changing Sames)は、あのエッセイへのトリビュートになっています。で……先ほど、私がどんなふうに批評の世界に入っていったかの話がありましたが、これは純粋に偶然だったとはいえ、『Philadelphia City Paper』でのリポーターとしての初仕事は、ニューアークのアミリ・バラカの自宅訪問だったんですよ。というのも、私がプロフィール記事を書いていたミュージシャンがたまたま同地でギグをやることになっていて。そんなわけで私はそのミュージシャンと共に車で向かい、ニュージャージー・ターンパイクを越え、バラカ宅に着き、アミリ・バラカに対面した、と。それが、自分にとってのリポーターとしての初仕事でした(笑)。

(笑)いきなり、重い任務ですね。

NC:(苦笑)。彼の著作は、私にとってずっと、非常に大きな意味を持ってきました。彼はじつに重要な詩人であり、クリティックでしたからね。ともあれ──この本のタイトルをどうしようかと考えていたとき、真っ先に浮かんだのは「ジャズ」という単語を含めたくなかった、という思いです。「ジャズ」を含めるとしても副題だな、と。色々な含みのあるタイトルにしたかった。そんなわけで、「この本のテーマは何だろう?」と考えていたときに頭に浮かんだのは「進化(evolution)」、「推移(transition)」といった言葉で、それを端的に言い表す言葉といえばやはり「change」ですよね。つまり、ジャズは変化したし、それに対する我々の考え方も、人々の演奏の仕方も変化してきた、と。それにもちろん、質問にあったように、ミュージシャンは音楽のコード構造や和音面での輪郭をなぞっていく際に「play changes」という用語を使います。そんなわけで、そのアイデアがひらめいたとき、「これだ!」と思いました。ずばりそれとは言わずに、ほのめかすタイトルだな、と。

第11章「The Crossroads」では、ジャズのグローバル化/グローカル化、自らの伝統をたどり直すミュージシャンの試みについて詳述されています。アメリカでも自らのルーツを探求することで作品を制作するミュージシャンが増えている印象がありますが、こうした動向は近年、どのような意味を持っていると思いますか?

NC:ひとつ言えるのは、そうした動向は非常に個人的(individual)なものだ、ということに気づかされた点です。とあるカルチャーからやって来たアーティストの何人かは、それらの要素を自らのジャズの実践に組み込むことにとても強く駆り立てられている。また一方で、そこにまったく頓着しない連中もいるわけです(苦笑)。その点は、自分にはとても興味深い。ですからあの章は最終的に、ふたつの勢力についての物語になっているんですね。ひとつは、現代のジャズにおける多文化的な次元からの影響。もうひとつは、ジャズのグローバル規模での伝達。つまり、これまであまりジャズ文化が確立してこなかった、そういった地への伝播についてですね。

本の例で言えば、中国がそれに当たりますね。

NC:はい。で、これはたまにヨーロッパのミュージシャンやフェスティヴァルのプロモーター、批評家から寄せられる意見なんですが、「あなたはこの本の中で、ヨーロッパのジャズについてあまり言及していませんね」と。

ああ、なるほど。

NC:それは日本のジャズについても同じだと思います。ですがその理由は単純で、なぜなら私はこの本で、証言者になりたかったからです。だから自分が感じたのは、「ヨーロッパにおけるジャズの歴史はもう、本当に巨大だな!」と。歴史のスパンという意味でも50~60年以上にわたりますし、ですから自分のようにアメリカ東海岸の視点から眺める人間にはかなわないくらい、はるかに深く理解している人々が他にいるだろう、と。

(笑)謙遜なさらず。

NC:いや、でも本当ですよ。日本におけるジャズの物語についても、同じように思いました。というのも日本では本当に驚くくらい、昔からジャズは大いに受け入れられてきました。カルチャーもしっかり存在しているし、だから自分がそこに入り込んで「わかったようなふりをする」のは、返ってあだになるだろうと思った。書くとしたら、とても長い時間がかかるでしょう。ですが、いつか、やってみたいと思っているんですけどね(笑)。本当にぜひ、やってみたい。
ですが、本で触れた中国のジャズ・シーンについては──まず、北京を訪問する機会が訪れたのがありましたし、実際、あの地のジャズはまだ発展中のストーリーなんですね。ですから私にも、「ジャズがある地に根付き、発展していくこんな例があります」と自信を持って伝えることができる、そういう手応えがありました。で、現地で中国ジャズの第1~第2世代のミュージシャンたちの話を聞くことができましたし、あれはとても魅力的なチャンスでした。でも、もしもリソースと時間があったら、それ以外の地域もぜひ深く探ってみたいです。ぜひやってみたいですし、もしかしたら今後の本でやれるかもしれません。

※後編は近日公開予定。

Seefeel - ele-king

 またその話かよ! ってなるかもしれないんだが……シーフィールのセカンド・アルバムにして〈WARP〉からの最初のアルバムとなった『Succour』(1995年)に関しては、当時の同レーベルの日本での発売権を持っていたソニーがその年出したリリースでもっとも売り上げが低かった1枚だったらしいよとele-king編集長の野田努に言われたことが、当時本作のライナーノーツを担当した僕にとっては未だにトラウマとなっていることはまあ僕以外には関係のない話かもしれない。が、当時のテクノ・シーンに興味を持っていたリスナーなら、このアルバムは話題になる! と確信を持って長文のライナーノーツをしたためた僕の気持ちをわかってくれるじゃないだろうか。そう、ステレオラブやPJハーヴェイを産んだUKインディ・レーベル、〈Too Pure〉から1993年にデビューしたシーフィールは、未だアルバムをリリースしていない時点ですでにかのエイフェックス・ツインとの交流を持っていたのだから。
 「リミックスを頼まれる曲の大半はクソみたいなもの」などと発言して、ほとんど原曲を使わず、まんま自作になってるんじゃないかと思わせるようなリミックスすら堂々と発表したりしていたエイフェックス・ツインがシーフィールとのダブルネームで1993年7月に〈Too Pure〉からリリースしたシングル「Time to Find Me」——原曲はシーフィールのデビュー・シングル「More Like Space EP」(1993年3月)に収録——では、曲の良さを損ねることなくAFX Fast MixとAFX Slow Mixというふたつのリミックス(ちなみにこれはこのシングルより数ヶ月先に発表されたニュー・オーダーのシングル「Regret」の、Sabres of Paradiseによるふたつの——Sabres Fast 'N' ThrobとSabres Slow 'N' Lo——リミックスと呼応しているようにも感じる)を披瀝していたことがおおいに注目を集めたのを今でもよく覚えている。じっさいこのコラボレーションはその後、エイフェックス・ツインからのラヴコールによって彼が共同運営するレーベルRephlexからのリリースとなったシーフィールのサード・アルバム『(Ch-Vox) 』に結実する。
 この「Time to Find Me」のリミックス盤、そして「Plainsong EP」の2枚の12インチと、それを1枚にしたCD「Pure, Impure」が同時に発売され(1993年7月)、これを受けて同年10月に満を持して発売されたのがファースト・アルバム『Quique』である。
 アルバムにはデビュー・シングルの曲はひとつも収録されず、続く2枚のシングルからも「Plainsong」のみが選ばれ、リミックスされた「Time to Find Me」も含まれなかったこのファースト・アルバムはしかしむしろ好意的に受け入れられ、同時にライヴ・アクトとしても人気を集めた彼らはわかりやすい例えで言えば「マイ・ブラッディ・ヴァレンタインとエイフェックス・ツインを繋ぐ」ものとしてその存在感を強めたし、アルバム発売後のツアーの一環としておこなわれたコクトー・ツインズとのヨーロッパ・ツアーは、シーフィールの名をいっそう高みへと押し上げるのに十分な役割を果たしたのだった。
 こうして舞台が完全に整ったと言える時期に、彼らは電子音楽の牙城とも言えるシェフィールドの名門レーベル、〈WARP〉への移籍を発表。WARPには盟友、エイフェックス・ツインも、のちにシーフィールのリミックスを手がけることになるオウテカもいた。〈WARP〉初のギタリストを擁するロックバンド!と喧伝されたシーフィールは1994年4月にWARPからの初プロダクトとしてシングル「Starethrough EP」を発表。ここに収録された「Spangle」は、その翌月に発売されたWARPのリスニング・テクノ・コンピレーション『Artificial Intelligence 2』に、オウテカやエイフェックス・ツイン(Polygon Window名義)とともに収録され、彼らの代表曲のひとつとなった。9月には続くシングル「Fracture / Tied」をリリースし、そして翌1995年3月にはセカンド・アルバム『Succour』が日の目を見る。

 シーフィールはデビュー当時からことほどさようにいつもなにかしら話題があり、注目されていたのである。なのに、日本では売れなかった。壊滅的に、と言ってもいいほどに。
 だが、今になって振り返れば……たとえばエイフェックス・ツイン。テクノ好きを中心としたファンベースは確かにあった。けれど、今では名作として語られる『Selected Ambient Works Vol. II』(1994年3月)ですら、リアルタイムで国内盤は発売されていない。エイフェックス・ツインのアルバムが本国と同時に発売されたのは「Girl / Boy Song」で注目された『Richard D. James Album』(1996年)からなのだ。『Vol. II』は、初出から5年を経てようやく1999年に国内盤化された。オウテカだって似たようなものだし、初期のシーフィールをエンジニア的側面から支えてきた盟友マーク・ヴァン・ホーエン(Locust名義も)に至ってはもっと未知の存在にすぎなかっただろう。だから、彼らの名前でこのシーフィールというバンドを知る人はかなりいるはず……というのはかなり甘い期待だったと認めざるを得ない。まあ、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインだってあの時代はまだそれほど人口に膾炙する存在とは言えなかった。
 加えて『Succour』期の彼らが、加工されているとはいえまだギターやヴォーカルの肌理が温かみを保っていた〈Too Pure〉時代よりもよりアブストラクトで鉱物的な音響工作を推し進めていたことも要因としてある。〈WARP〉が契約した初のギター・バンドってどんなの? と思って聴いてみた人にしてみたら、これってどこがロック? ギターはどこ? となるのはある意味当然かもしれない。入口としてはちょっと敷居が高かったのだろうか。
 だから、そういう人が先に『Quique』期の彼らを耳にしていたら、もしかしたらこの『Succour』の日本での受容はもう少し変わっていたのかもしれないと、今にして思うのである。

 この『Quique』のRedux(戻ってきた、よみがえったの意)版は、オリジナル『Quique』の拡大版としてシングル曲や未発表曲が加えられて〈Too Pure〉から2007年にリリースされたものである。この拡大版を作るために集ったメンバーは、これを機に活動休止状態になっていたバンドを再始動する意思を固め、それは2011年の4作目となるセルフ・タイトルのアルバムへと結実する。しかしそのいっぽうで彼らの生みの親とも言えるレーベル、〈Too Pure〉はこの拡大版をリリースした翌年に事実上消滅した(それゆえ、今回取り上げた本作は現在の原盤権を持つBeggars Arkiveからのリイシュー盤である。内容は2007年版と変わらないが、あらたにリマスターが施されている)。そういう意味ではこのアルバムは、〈Too Pure〉の「白鳥の歌」でもある。『Quique』は、この2時間におよぶ拡大版でいっそう際立って甘美な音楽を披瀝する。この甘美さは、WARP期以降の彼らからはいくぶん失われた。もちろんそのかわりに彼らが獲得した精緻な彫刻めいたアーキテクチャもまた魅力的であることは間違いないし、2024年にリリースされた最新の2部作も素晴らしい作品であったから、この先の彼らのあらたな展開はやはり楽しみではあるのだが、しかしときにはこの白昼夢のような世界にどっぷりと浸かりたくなることもあるのだ。

Jane Remover - ele-king

 「過剰」「極度」といったニュアンスで捉えればよいのだろうか、ともかくパンデミック前夜に幕を開けた、いわゆる「ハイパーポップ」とされる新たなムーヴメントは、隔離の時代を終えたいまもたしかな存在感を発揮しつづけている。

 その一端を担う2003年生まれのアメリカ人アーティスト、ジェーン・リムーヴァーが最新作『Revengeseekerz』を4月4日に(ポスト・ハイパー的ムーヴメントの一端を担うレーベル)〈deadAir〉よりリリース。

 パンデミック期には「leroy」名義で過剰にマキシマイズされ、多量のサンプル・ソースで構成されたサウンドデザインを特徴とするマイクロジャンル「ダリアコア」(ハイパーフリップとも)の提唱者として世界中のキッズを熱狂させつつ、本名義ではインディ・ロックやエモとEDM、デジコア──ハイパーポップのなかでもよりヒップホップに近接したサブジャンル──をミキサーにかけたような作品を次々と披露するなど、ハイパー以降のシーンにおいて特異な才能を発揮しつづけている。

 そんな彼女(*ジェーンはトランス女性であることをカミングアウトしている)の新作には、デトロイトのラッパー・ダニー・ブラウンが参加するなどのサプライズも。実験的でマキシマイズされた作風はそのままに、ラップでもポップでもない未知の地平に向けて日々邁進しつづけているようだ。

 ともかく、2020年代以降に水面下で起きている新しい動向についての興味の有無は別として、まずはぜひ一聴を。耳馴染みがなくとも、案外好みに合うかもしれません。

Artist: Jane Remover
Title: Revengeseekerz
Label: deadAir
Format: Digital
Release Date: 2025.04.04

Tracklist:
1. TWICE REMOVED
2. Psychoboost ft danny brown
3. Star people
4. Experimental Skin
5. angels in camo
6. Dreamflasher
7. TURN UP OR DIE
8. Dancing with your eyes closed
9. Fadeoutz
10. Professional Vengeance
11. Dark night castle
12. JRJRJR

https://janeremover.bandcamp.com/album/revengeseekerz
https://stem.ffm.to/revengeseekerz

Bruce Springsteen - ele-king

 この度、ブルース・スプリングスティーンの通称「失われたアルバム」がリリースされることになった。アナログでは9枚組、CDとしては7枚組のセットで発売されるこのコレクションは、1983年から2018年のあいだに録音された7枚のフル・アルバム(計82曲)を網羅しているという。
 これらのアルバムは、いちどは録音されたものの最終的にリリースされることがなかった作品で、その多くは90年代に制作された音源になる。スプリングスティーンはパンデミック中にこれら「失われたアルバム」を見直し、「失われた90年代」というこれまでの見解を払拭するためにリリースを決意したと明かしているが、まあなんといっても注目は、あの暗い傑作『ネブラスカ』と『ボーン・イン・ザ・USA』のあいだの試行錯誤が記録された『LA Garage Sessions '83』を筆頭に、1993年の『Streets Of Philadelphia Sessions』、E ストリート・バンドをフィーチャーしたカントリー ・アルバム『Somewhere North Of Nashville』あたりだろうけれど、木津毅のようなコア・ファンには、2019 年のアルバム『Western Stars』への架け橋であった『Twilight Hour』や映画のサウンドトラックとして制作された『Faithless』も聴きたかったに違いない。なにせこれらは当初、アルバム作品として録音されていたものなのだ。(つまり、たんなる未発表の寄せ集めではない)
 ちなみにこのボックスのなかで、アルバムとして考えられていなかった唯一の作品は『Perfect World』だとスプリングスティーンは明かしている。
 『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』は6月27日にソニーよりリリース。また、ボックスから20曲を抜粋したハイライト集『ロスト・アンド・ファウンド:セレクションズ・フロム・ザ・ロスト・アルバムズ』(1CD/2LP)も同時リリースされる。

 今年2025年はBorn To Run 50周年。そして4月には初来日公演から40周年(初日は1985年4月10日代々木オリンピック・プール)を迎えるブルース・スプリングスティーン。その記念すべき年に、遂に1998年に発表された未発表曲集『トラックス』の第二弾が発売されることが決定した。



 6月27日に発売となる『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』には、1983年から2018年までの35年間で、制作されながらもこれまで世に出ることはなかった「完全未発表アルバム」7枚を収録。“失われたアルバム”7枚には全83曲(82曲の未発表トラック+アルバム未収録ヴァージョン1曲)が収められ、それぞれのアルバムごとに特色あるパッケージングが施されている。アーカイヴからのレアな写真、エッセイストのエリック・フラニガンによる“失われたアルバム”各タイトルについてのライナーノーツ、そしてスプリングスティーン本人自らこのプロジェクトの紹介を収録した、100ページにも及ぶ「布装豪華ハードカバー本」とともに、マスターテープを模した超豪華ボックスに収納。内容もパッケージも前代未聞の歴史的コレクターズ・アイテムとなる。超豪華ボックス・セットはファースト・プレスのみ。日本盤は輸入盤国内仕様で2000セット限定。日本版ブックレットには五十嵐正氏によるハードカバー本の完全翻訳と日本版ライナーノーツ、そして三浦久による全曲対訳と訳者ノートを収録。「失われたアルバム」を紐解く充実した内容になる。

https://brucespringsteen.lnk.to/TLATrailerPR

「やりたい時にはいつでも自宅で録音できる環境のおかげで、幅広い様々な音楽的方向性に入り込めた」とスプリングスティーンが説明する「完全未発表アルバム」7枚の内容は、『ネブラスカ』と『ボーン・イン・ザ・U.S.A.』を繋ぐ重要なリンクとしてローファイ・サウンドを探求した『LAガレージ・セッションズ’83』、グラミー賞、アカデミー賞を受賞、ドラム・ループやシンセサイザーのサウンドに挑戦した『ストリーツ・オブ・フィラデルフィア・セッションズ』、未完の映画のサウンドトラック作品『フェイスレス』、ペダル・スティールを擁する小編成のカントリー・バンド編成の『サムウェア・ノース・オブ・ナッシュヴィル』、国境の物語を豊かに織りなす『イニョー』、オーケストラ主導の20世紀半ばのフィルム・ノワールを彷彿させる『トワイライト・アワーズ』、アリーナにおあつらえ向きなEストリート・テイスト満載の『パーフェクト・ワールド』。この7枚のアルバムは、その音楽の世界を広げてきたスプリングスティーンのキャリアの年表に豊かな章を書き入れ、今まで知られていなかった側面や、ジャンルを超えた多才ぶりも魅せつけてくれる。

 ボックスからの第一弾シングルは「レイン・イン・ザ・リヴァー」。“失われたアルバム”の中の7枚目『パーフェクト・ワールド』に収録されている。
 https://brucespringsteen.lnk.to/RITRPR
 
 スプリングスティーンはアルバムの主題は何かということによって曲を選択していくため、彼自身が気に入っている曲も含め、リリースされずじまいの曲がアルバム何枚分も存在していると言われてきたが、今回遂にその全貌が明らかになる。なぜこの曲が世に出ていなかったのか?と不思議なくらいのクォリティの高い楽曲が詰め込まれ、通常のアーティストの未発表集のようなものとは一線を画す、彼が辿ってきた道をもう一度別の道で辿る、歴史的な作品集といえるだろう。『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』は限定7枚組CDボックス(日本は2000セット限定)、9枚組LPボックス(輸入盤のみ)、デジタル版の各フォーマットで発売される。

 また、未発表ボックス・セットから選りすぐりの20曲を収録したハイライト盤『ロスト・アンド・ファウンド:セレクションズ・フロム・ザ・ロスト・アルバムズ』は1CD(日本盤は高品質BSCD2)、2LP(輸入盤のみ)で同じく6月27日に発売となる。

 『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』は、プロデューサーのジョン・ランダウ監修のもと、プロデューサーのロン・アニエッロとエンジニアのロブ・レブレーと共に、スプリングスティーンがニュージャージー州のスリル・ヒル・レコーディング(自宅スタジオ)にて編集した。

ブルース・スプリングスティーン
『トラックスII:ザ・ロスト・アルバムズ』
Bruce Springsteen / Tracks II : The Lost Albums

2025年6月27日 (金)発売予定 【2000セット限定】
完全生産限定盤 輸入盤国内仕様(詳細な日本版ブックレット付) 
SICP-31767〜73(7CD超豪華ボックス・セット) 税込:¥35,750 (税抜:¥32,500)
ブルース・スプリングスティーン本人とエリック・フラナガンによるライナーノーツ/布装豪華ハードカバー本封入/英文ブックレット翻訳&日本版ライナーノーツ:五十嵐正/対訳&訳者ノート:三浦久
(*9LP BOX:輸入盤で発売)

<収録曲>
DISC1 : 『LA Garage Sessions ’83/LAガレージ・セッションズ‘83』 
1. Follow That Dream/フォロー・ザット・ドリーム
2. Don’t Back Down On Our Love/ドント・バック・ダウン・オン・アワー・ラヴ
3. Little Girl Like You/リトル・ガール・ライク・ユー
4. Johnny Bye Bye/ジョニー・バイ・バイ
5. Sugarland/シュガーランド
6. Seven Tears/セヴン・ティアーズ
7. Fugitive’s Dream/フュージティヴズ・ドリーム
8. Black Mountain Ballad/ブラック・マウンテン・バラード
9. Jim Deer/ジム・ディアー
10. County Fair/カウンティ・フェア
11. My Hometown/マイ・ホームタウン
12. One Love/ワン・ラヴ
13. Don’t Back Down/ドント・バック・ダウン
14. Richfield Whistle/リッチフィールド・ホイッスル
15. The Klansman/ザ・クランズマン
16. Unsatisfied Heart/アンサティスファイド・ハート
17. Shut Out The Light/シャット・アウト・ザ・ライト
18. Fugitive’s Dream (Ballad)/フュージティヴズ・ドリーム(バラード)

DISC2 : 『Streets of Philadelphia Sessions/ストリーツ・オブ・フィラデルフィア・セッションズ』
1. Blind Spot/ブラインド・スポット
2. Maybe I Don’t Know You/メイビー・アイ・ドント・ノウ・ユー
3. Something In The Well /サムシング・イン・ザ・ウェル
4. Waiting On The End Of The World/ウェイティング・オン・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド
5. The Little Things/ザ・リトル・シングズ
6. We Fell Down/ウィー・フェル・ダウン
7. One Beautiful Morning/ワン・ビューティフル・モーニング
8. Between Heaven and Earth/ビトウィーン・ヘヴン・アンド・アース
9. Secret Garden /シークレット・ガーデン
10. The Farewell Party/ザ・フェアウェル・パーティ

DISC3 : 『Faithless/フェイスレス』
1. The Desert (Instrumental)/ザ・デザート(インストゥルメンタル)
2. Where You Goin’, Where You From/ウェア・ユー・ゴーイン、ウェア・ユー・フロム
3. Faithless/フェイスレス
4. All God’s Children/オール・ゴッズ・チルドレン
5. A Prayer By The River (Instrumental)/ア・プレイヤー・バイ・ザ・リヴァー(インストゥルメンタル)
6. God Sent You/ゴッド・セント・ユー
7. Goin’ To California/ゴーイン・トゥ・カリフォルニア
8. The Western Sea (Instrumental)/ザ・ウェスタン・シー(インストゥルメンタル)
9. My Master’s Hand/マイ・マスターズ・ハンド
10. Let Me Ride/レット・ミー・ライド
11. My Master’s Hand (Theme)/マイ・マスターズ・ハンド(テーマ)

DISC4 : 『Somewhere North of Nashville/サムウェア・ノース・オブ・ナッシュヴィル』
1. Repo Man/リーポ・マン
2. Tiger Rose/タイガー・ローズ
3. Poor Side of Town/プア・サイド・オブ・タウン
4. Delivery Man/デリバリー・マン
5. Under A Big Sky/アンダー・ア・ビッグ・スカイ
6. Detail Man/ディテール・マン
7. Silver Mountain/シルバー・マウンテン
8. Janey Don’t You Lose Heart/ジェイニー・ドント・ユー・ルーズ・ハート
9. You’re Gonna Miss Me When I’m Gone/ユア・ゴナ・ミス・ミー・ウェン・アイム・ゴーン
10. Stand On It/スタンド・オン・イット
11. Blue Highway/ブルー・ハイウェイ
12. Somewhere North of Nashville/サムウェア・ノース・オブ・ナッシュヴィル

DISC5 : 『Inyo/イニョー』
1. Inyo/イニョー
2. Indian Town/インディアン・タウン
3. Adelita/アデリータ
4. The Aztec Dance/ジ・アズテック・ダンス
5. The Lost Charro/ザ・ロスト・チャロ
6. Our Lady of Monroe/アワー・レディー・オブ・モンロー
7. El Jardinero (Upon the Death of Ramona)/エル・ハルディネロ(アポン・ザ・デス・オブ・ラモーナ)
8. One False Move/ワン・フォルス・ムーヴ
9. Ciudad Juarez /シウダー・フアレス
10. When I Build My Beautiful House/ウェン・アイ・ビルド・マイ・ビューティフル・ハウス

DISC6 : 『Twilight Hours/トワイライト・アワーズ』
1. Sunday Love/サンデー・ラヴ
2. Late in the Evening/レイト・イン・ジ・イヴニング
3. Two of Us/トゥー・オブ・アス
4. Lonely Town/ロンリー・タウン
5. September Kisses/セプテンバー・キッシズ
6. Twilight Hours /トワイライト・アワーズ
7. I’ll Stand By You/アイル・スタンド・バイ・ユー
8. High Sierra/ハイ・シエラ
9. Sunliner/サンライナー
10. Another You/アナザー・ユー
11. Dinner at Eight/ディナー・アット・エイト
12. Follow The Sun/フォロー・ザ・サン

DISC7 : 『Perfect World/パーフェクト・ワールド』
1. I’m Not Sleeping/アイム・ノット・スリーピング
2. Idiot’s Delight/イディオッツ・ディライト
3. Another Thin Line/アナザー・シン・ライン
4. The Great Depression/ザ・グレイト・ディプレッション
5. Blind Man/ブラインド・マン
6. Rain In The River/レイン・イン・ザ・リヴァー
7. If I Could Only Be Your Lover/イフ・アイ・クッド・オンリー・ビー・ユア・ラヴァー
8. Cutting Knife/カッティング・ナイフ
9. You Lifted Me Up/ユー・リフテッド・ミー・アップ
10. Perfect World/パーフェクト・ワールド

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前代未聞の未発表超豪華ボックスから選りすぐったハイライト盤
ブルース・スプリングスティーン 『ロスト・アンド・ファウンド:セレクションズ・フロム・ザ・ロスト・アルバムズ』
Bruce Springsteen / Lost and Found: Selections From The Lost Albums
2025年6月27日 (金)発売予定
通常盤(日本プレスBSCD2) SICP-31774 税込:¥2,860 (税抜:¥2,600)
(2LP:輸入盤で発売)

<収録曲>
1 Follow That Dream/フォロー・ザット・ドリーム
2 Seven Tears/セヴン・ティアーズ
3 Unsatisfied Heart/アンサティスファイド・ハート
4 Blind Spot/ブラインド・スポット
5 Something In The Well/サムシング・イン・ザ・ウォール
6 Waiting On The End Of The World/ウェイティング・オン・ジ・エンド・オブ・ザ・ワールド
7 Faithless/フェイスレス
8 God Sent You/ゴッド・セント・ユー
9 Repo Man/リーポ・マン
10 Detail Man/ディテール・マン
11 You’re Gonna Miss Me When I’m Gone/ユア・ゴナ・ミス・ミー・ウェン・アイム・ゴーン
12 The Lost Charro/ザ・ロスト・チャロ
13 Inyo/イニョー
14 Adelita/アデリータ
15 Sunday Love/サンデー・ラヴ
16 High Sierra/ハイ・シエラ
17 Sunliner/サンライナー
18 I’m Not Sleeping/アイム・ノット・スリーピング
19 Rain in the River/レイン・イン・ザ・リヴァー
20 You Lifted Me Up/ユー・リフテッド・ミー・アップ

Jefre Cantu-Ledesma - ele-king

 米国テキサス出身のジェフリー・キャントゥ=レデスマのことを知ったのは、2006年に〈Spekk〉からリリースされたジ・エルプス(The Alps)の『Jewelt Galaxies / Spirit Shambles』だったと思う。その後、同じく日本のレーベル〈Spekk〉から2007年にリリースされた、彼のソロ作『The Garden Of Forking Paths』も聴いた。両作とも、プリミティヴなアヴァン・フォークをエクスペリメンタル化したようなサウンドスケープが印象的で、当時は繰り返し聴いたものだった。00年代初頭から中盤にかけて、密かに(?)フリー・フォーク・ブームがあったと思うのだが、その系譜にある音楽として聴いていたように思う。ただ、『The Garden Of Forking Paths』には「時」が浮遊するようなアンビエンスが生成されており、今聴くと、現在の彼に通じる瞑想的な音響感覚がすでにあったことに気づかされる。

 決定的だったのは、2010年に英国の〈Type〉からリリースされた『Love Is a Stream』である。シューゲイザー風味のアンビエント/ドローンとでも言うべきか。当時はティム・ヘッカーの音に惹かれていた時期だったので、とてもはまり、CDを何度も繰り返し聴いた記憶がある。シューゲイザーといっても、マイ・ブラッディ・バレンタインというよりは、スコット・コルツのlovesliescrushing『Bloweyelashwish』(1993)や、Astrobrite『Whitenoise Superstar』(2007)の系譜にあるアンビエント・シューゲイザーといった趣で、自分の好みにぴったりの音だった。

 今思えば『Love Is a Stream』は、シューゲイズ的要素というよりも、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの音楽が持つ「浮遊感覚」「幻想感覚」「瞑想感覚」が見事に表現された作品だったことが重要だった。そもそも、シューゲイズの肝はノイズではなく、これらの感覚にあるとも言える。その意味でも、彼の音楽はシューゲイザーというジャンルに対して非常にクリティカルな存在だったと思う。あの時代のアンビエント/ドローンがどこから生まれ、何を参照していたかを考えるうえでも示唆的な作品である。

 米国ニューヨークのインディ・レーベル〈Mexican Summer〉からリリースされた新作である本作『Gift Songs』では、彼の「瞑想感覚」が全面的に展開された傑作に仕上がっている。ただし、音の質感や形式はこれまでと大きく変化している。ひとことで言えば、アコースティックなのだ。どこかジム・オルークと石橋英子、山本達久によるカフカ鼾と共に聴きたくなるような、ピアノとドラムのミニマルな演奏と、透明なドローン/アンビエントが一体化したアンサンブルとサウンドが展開されている。

 『Gift Songs』の音は、フランスの〈Shelter Press〉からリリースされたフェリシア・アトキンソンとのコラボレーション作の影響から生まれたのではないかと想像する。だが同時に、近年、禅僧やホスピスの職員としても活動しているジェフリー・キャントゥ=レデスマの死生観が、色濃く反映されたアルバムでもあるのだろう。だからこそ、ソロ・アルバムなのだと思う。また、どうやら彼が移住したニューヨーク州北部・ハドソン渓谷での自然体験も、この作品に大きな影響を与えているらしい。自然と精神、ミニマルとドローン、生と死──さまざまな境界線を越境しつつ、どこか無化されてしまうような瞑想的なアルバム、それが本作である。その意味で、ジェフリー・キャントゥ=レデスマの(現時点での)集大成といえる作品であろう。

 アルバムには、20分ほどの長尺曲“The Milky Sea”、三部構成の組曲“Gift Song”、アンビエント/ドローンの“River That Flows Two Ways”の計5曲が収録されている。参加ミュージシャンは、ピアノとアレンジを担当したオメル・シェメシュ、ベースおよびミックスを担当したジョセフ・ワイズ、チェロのクラリス・ジェンセン、ドラムとパーカッションのブッカー・スタードラムら。ジェフリー・キャントゥ=レデスマ自身も、ギターやシンセサイザー、パーカッションなどを担当している。

 “The Milky Sea”では、オメル・シェメシュのピアノを基調に、ミニマルなアンサンブルが展開される。硬質な響きと、心に落ち着きをもたらす瞑想的な感覚が同居した、素晴らしい楽曲/演奏だ。ジャズ的な感覚とアンビエント的な感覚が見事に融合し、聴き手の心を浄化するような透明な響きが生まれている。約20分に及ぶ長尺であり、『Gift Songs』のオープナーにして中核を担う楽曲といえる。

 続く“Gift Song I”、“Gift Song II”、“Gift Song III”という3曲は、「Gift Song 組曲」とでも呼ぶべき構成で、“The Milky Sea”よりもさらに静謐なサウンドが展開される。アナログではここからがB面となり、心身をより深く沈静させていく構成になっているのかもしれない。ここでもオメル・シェメシュのピアノは透明な音色で音楽のトーンを支えており、特に“Gift Song III”のピアノは実に瀟洒だ。クラシカルな響きとジャズ的な揺れの間を行き来するような音の揺らぎが美しい。

 アルバム最終曲“River That Flows Two Ways”では、アンビエント/ドローンが展開される。ここでは、すべての音が消失した後の世界のような、それでいて奇妙な安らぎに満ちた音が持続する。すべての音が溶け合った黄泉のサウンドスケープとでも言うべきか。アルバムのアートワークに描かれた青い花のような、天国的な音である。

 本作『Gift Songs』は、聴き手の心を静かに浄化してくれるような、瞑想的な音楽である。心を汚すような出来事ばかりが起きる今この時代において、奇跡的ともいえる純粋な善意に満ちた音世界が、ここにはある。私はジェフリー・キャントゥ=レデスマがこれほどの音世界に至った経緯や、彼の人生について詳しくは知らない。だが、音を聴けば、彼が人生──すなわち生と死──に常に向き合いながら生きていることが伝わってくる。確かに音は音だ。だが、その音を発する人の人生観は、音の隅々にまで鳴り響いているように感じる。その意味で、『Gift Songs』に満ちている「善性」への希求は、これまでの彼の人生そのものなのかもしれない。

Colloboh - ele-king

 2作のEPをリリースしたのみながら、Beach Houseのサポート・アクトやSuzanne Cianiとの共演ライヴを果たすなど注目を集める逸材Colloboh。Leaving Records所属の彼の初の日本ツアーがこのGWにはじまる。
 CIRCUS Tokyo公演ではハイ・エナジーなアップビート・セットでDaisuke Tanabe、Sakura Tsurutaと共演、落合のSoup公演ではアンビエント寄りのセットでYosi Horikawa、Albino Soundと共演する。
 また、新宿のWPÜ SHINJUKUと京都のAce Hotel内のPIOPIKOでDJセットも披露。こうご期待。

COLLOBOH JAPAN TOUR 2025

5/2 (Fri) @CIRCUS TOKYO (LIVE: UPBEAT SET)
w/ Daisuke Tanabe, Sakura Tsuruta
5/3 (Sat) @WPÜ SHINJUKU (DJ SET)
5/4 (Sun) @OCHIAI SOUP (LIVE: AMBIENT SET)
w/ Yosi Horikawa, Albino Sound
5/5 (Mon) @KYOTO PIOPIKO (DJ SET)


Colloboh

 ナイジェリアで生まれ、メリーランド州ボルチモアを経て現在はLAを拠点に活動するエクスペリメンタル・プロデューサー/コンポーザーで、過去数年間、ジャンルを超えたモジュラー・シンセの妙技を培ってきた。独学でシンセシスを学んだCollobohのDIYレコーディング日記(Instagramにアーカイブされている)は、すぐに熱心なオンライン・フォロワーを集め、最終的にLeaving Recordsの創設者Matthewdavidの目に留まった。彼はすぐに当時26歳だったCollobohを、Leavingの月例ショーケース「Listen to Music Outside In The Daylight Under a Tree」でのパフォーマンスに起用。そして2021年、Collobohはボルチモアからロサンゼルスに移住し、フルタイムで音楽に専念し、すぐにこの街の活気あるエクスペリメンタル・シーンに定着した。同年リリースしたデビューEP『Entity Relation』がIDM〜エレクトロニカ的な要素も垣間見せるクラブ・ビートに真っ向から取り組んだのに対し、2023年のセカンドEP『Saana Sahel』では、新進気鋭の作曲家の野望の広さを示す作品となった。EPのタイトル「Saana Sahel」は、Collobohの純粋な想像力の地、つまり緑豊かな海岸線と広大な砂漠に広がる手つかずのユートピアを指している。荘厳な「Acid Sunrise」(フィリップ・グラスを想起させる)で始まるこのEPは、この地域の多様な環境とムードをマッピングする一種の地図帳のような役割を果たしている。そして実に多彩で、この6曲には、恍惚としたジャズのフリークアウト、サンバのシャッフル、神秘的なゲスト・オーカル、そしてドビュッシーやガブリエル・フォーレの挿入が散りばめられた実に幅広いサウンドをみせている。
 EPを2作リリースしたのみながら、Beach Houseのサポート・アクトやSuzanne Cianiとの共演ライヴを果たすなど、注目の逸材。
https://www.instagram.com/colloboh/

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka - ele-king

 アンビエント作家、畠山地平とジャズ・ドラマー、石若駿による共作『Magnificent Little Dudues』は昨年の注目すべきコラボレーションのひとつだった。「Vol.1」と「Vol.2」に分けられて発表されていた、その「Vol.2」のほうがついにフィジカル化される。CDは4月23日、LPは5月7日に発売。また、4月24日には新宿ピットインでリリース記念ライヴが開催、特別ゲストとして角銅真実も出演するという。これは駆けつけるしかない。

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka
Magnificent Little Dudues Vol.2

フィジカル・アルバム発売決定!

アンビエント/ドローン・ミュージシャンChihei Hatakeyama(畠山地平)とジャズ・ドラマーの石若駿とのコラボレーション・アルバムの第二弾『Magnificent Little Dudes Vol.2』のフィジカルCD/LPがついに発売される。リリース翌日となる4月24日(木)には新宿ピットインにて"リリース記念Live"の開催も決定した。

昨年10月にデジタルのみで先行リリースとなった『Magnificent Little Dudes Vol.2』。4月23日(水)にCDが、5月7日(水)にLPが、いずれもボーナス・コンテンツとして3曲のリミックスを追加収録してリリースされる。また、そのリミックス3曲を収録したデジタルEP『Magnificent Little Dudes (The Remixes)』も4月25日(金)に配信リリースとなる。

今回、リミックスを手がけたChihei Hatakeyamaから次のコメントが届いた。
「元々のミックスはレコーディング現場の雰囲気を強く再現したものだった。それはとても良かった。レコーディングから時間が経過すると、他の可能性に気付く時がある。今回もある日違うミックスを作ったら面白いんじゃないかと思った。以前はドローン・サウンドの海に沈んだドラムという感じだったが、今回はより空間を作り、音と音の間の空気感を大事にした」。

なお、4月24日(木)の新宿ピットイン公演会場では来場者限定に一足先に『Magnificent Little Dudes Vol.2』のLPを販売するので、ぜひお見逃しなく!

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka(畠山地平&石若駿)
Magnificent Little Dudes Vol.2(マグニィフィセント・リトル・デューズ・ヴォリューム 2)
発売日:CD:4/23(水) / LP:5/7(水)
レーベル:Gearbox Records
品番:CD: GB1595CD / 2LP (140g盤): GB1595
※日本特別仕様盤特典:日本先行発売、帯付き

<トラックリスト>
(CD)
1. M3 (feat. Cecilia Bignall)
2. M2
3. M5
4. M6
5. M1_Space Age Mix
6. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix
7. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix

(LP)
Side-A
1. M3 (feat. Cecilia Bignall)
2. M1_Space Age Mix

Side-B
2. M2
3. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix

Side-C
1. M5

Side-D
1. M6
2. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix

<クレジット>
Chihei Hatakeyama: electric guitar and sound effects
Shun Ishiwaka: drums and percussion, piano on ‘M6’
Cecilia Bignall: Cello on ‘M3’
Hatis Noit: voice on ‘M4_Future Days Mix’

Composed by Chihei Hatakeyama and Shun Ishiwaka
‘M3’ composed by Chihei Hatakeyama, Shun Ishiwaka and Cecilia Bignall
‘M4_Future Days Mix' Composed by Chihei Hatakeyama, Shun Ishiwaka and Hatis Noit

Produced by Darrel Sheinman

Recorded at Aobadai Studio
Engineered by Masato Hara

‘M3’, ‘M2’, ‘M5’ mixed by Caspar Sutton-Jones
‘M6’, ‘M1_Space Age Mix’, ‘M4_Future Days Mix’, ‘M3_Unreliable Angel Mix’ mixed by Chihei Hatakeyama
Mastered by Caspar Sutton-Jones

EP『Magnificent Little Dudes (The Remixes)』4/25(金)配信スタート!
<トラックリスト>
1. M1_Space Age Mix
2. M4 (feat. Hatis Noit)_Future Days Mix
3. M3 (feat. Cecilia Bignall)_Unreliable Angel Mix
https://bfan.link/magniificent-little-dudes

アルバム『Magnificent Little Dudes Vol.2』配信中!
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-02


●ライヴ情報

『Magnificent Little Dudes vol.2』 リリース記念Live
2025年4月24日(木)
Open19:00 / Start19:30
前売り:¥3,850税込 ¥3,500+税(1DRINK付)
当日:¥4,400税込 ¥4,000+税(1DRINK付)
出演:畠山地平(G)石若 駿(Ds)スペシャルゲスト:角銅真実
http://pit-inn.com/artist_live_info/250424hatake/

※『Magnificent Little Dudes Vol.2』のLPを会場にて先行販売予定!!
Magnificent Little Dudues Vol.1発売中!

<トラックリスト>
(CD)
1. M0
2. M1.1
3. M1.2
4. M4 (feat. Hatis Noit)
5. M7

(LP)
Side-A

1. M0

Side-B

1. M1.1

Side-C
1. M1.2

Side-D
1. M4 (feat. Hatis Noit)
2. M7

Chihei Hatakeyama & Shun Ishiwaka(畠山地平&石若駿)
Magnificent Little Dudes Vol.1(マグニィフィセント・リトル・デューズ・ヴォリューム 1)
発売日:発売中!
レーベル:Gearbox Records
品番:CD: GB1594CD / 2LP: GB1594

※日本特別仕様盤特典:日本先行発売、帯付き

『Magnificent Little Dudes Vol.1』配信中:
https://bfan.link/magnificent-little-dudes-volume-01


バイオグラフィー

<Chihei Hatakeyama / 畠山地平>

Photo Credit: Makoto Ebi

2006年に前衛音楽専門レーベルとして定評のあるアメリカのより、ファースト・アルバムをリリース。以後、オーストラリア、ルクセンブルク、イギリス、日本など、国内外のレーベルから現在にいたるまで多数の作品を発表している。デジタルとアナログの機材を駆使したサウンドが構築する、美しいアンビエント・ドローン作品を特徴としており、主に海外での人気が高く、Spotifyの2017年「海外で最も再生された国内アーティスト」ではトップ10にランクインした。2021年4月、イギリス

<Shun Ishiwaka / 石若駿>

Photo Credit: Makoto Ebi

1992年北海道生まれ。東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校打楽器専攻を経て、同大学を卒業。卒業時にアカンサス音楽賞、同声会賞を受賞。2006年、日野皓正special quintetのメンバーとして札幌にてライヴを行なう。2012年、アニメ『坂道のアポロン』 の川渕千太郎役ドラム演奏、モーションを担当。2015年には初のリーダー作となるアルバム「Cleanup」を発表した。また同世代の仲間である小西遼、小田朋美らとCRCK/LCKSも結成。さらに2016年からは「うた」をテーマにしたプロジェクト「Songbook」も始動させている。近年はゲスト・ミュージシャンとしても評価が高く、くるりやKID FRESINOなど幅広いジャンルの作品やライヴに参加している。2019年には新たなプロジェクトAnswer To Rememberをスタートさせた。2023年公開の劇場アニメ『BLUE GIANT』では、登場人物の玉田俊二が作中で担当するドラムパートの実演奏を手がけた。2024年5月、日本を代表するアンビエント/ドローン·ミュージシャン、畠山地平とのコラボレーション作品『Magnificent Little Dudes Vol.1』をリリース。その後同作のVol.2も発売した。

Stereolab - ele-king

 ステレオラブ——日本では、ちょっとおしゃれで、ちょっとクラウトロックで、寺山修司を引用したり、なんとなくモンドなバンドだと勘違いされ続けたこのマルクス主義者擁するバンドが、15年ぶりのスタジオLP『Instant Holograms On Metal Film』の詳細を発表した。
 コロナがなければ2020年に日本でもライヴを披露していたはずのこのバンドは、2021年と2022年には、レア音源や未発表音源を収録したコンピレーション・アルバム2枚をリリースしている。
 この出鱈目な時代、ステレオラブが何をやっているのか、楽しみです!
 
*なお、メンバーのレティシア・サディエールのインタヴューは紙エレキングの22号、および英語版はこちらです


Stereolab
Instant Holograms On Metal Film

DUOPHONIC UHF DISKS / WARP RECORDS
ビート

release date:2025.05.23.
https://www.beatink.com/products/detail.php?product_id=14904

Yumiko Morioka & Takashi Kokubo - ele-king

 「宮下智」名義でポップスを制作する傍らアンビエント~ニューエイジ作品を数々生み出してきたピアニスト・盛岡夕美子と、緊急地震速報のアラーム音など生活に溶け込むサウンドをいくつも手掛け、日本を代表する環境音楽家として知られる小久保隆のコラボレーション・アルバム『Gaiaphilia』のCD版が、日本のみの限定商品としてリリースされる。

 また、CD化に際してリリースパーティの開催もアナウンスされている。こちらは今週日曜日、4月13日にPOLARIS tokyoにて。Yumiko Morioka & Takashi Kokuboほか、フィンランドのOlli Aarniと上村洋一のコラボ・ライヴ(!)も。チケット・詳細はこちらから。

 近年では国外からの逆輸入的な評価を受け日の目を見ることとなったかつての日本のアンビエント~ニューエイジ。その先駆者にして代表的存在の作品を、この機会にCD──かつてもっともスタンダードな音楽の入れ物だった媒体──で手に入れてみましょう、せっかくだから。

ジャパニーズ・アンビエント/ニューエイジのリヴィング・レジェンド2人によるコラボレーション作

作曲家・ピアニスト、盛岡夕美子と環境音楽家、サウンドデザイナー、メディア・プロデューサー、小久保隆による共作作品。両者にとって新たな章を刻む本作は、日本の自然の永遠の美しさに根ざした、深く感情的で超越的な体験を聴き手へ提供する、日本環境音楽の新たな傑作。

近年再評価が著しい盛岡夕美子とコンスタントに作品をリリースしてきた小久保隆が、アンビエント・サウンドスケープの旅、『Gaiaphilia』でタッグを組んだ。盛岡の優美なピアノ曲と小久保の没入型フィールド・レコーディング、アトモスフェリックなシンセサイザーがシームレスに融合した作品。

このコラボレーションは、何十年にもわたって画期的な作品を生み出してきた、アンビエント・ミュージックとニューエイジ・ミュージックの分野の2人の先駆者が結集して生み出したものだ。2人は2023年に代官山の「晴れたら空に豆まいて」で開催されたコンサートで共演を果たしたことをきっかけに交流が生まれ、その後自然発生的にコラボレーションが始まった。
1987年のアルバム『余韻 (Resonance)』(Métron Recordsからアナログでリイシューされ各所で高い評価を得た)で名声を博した盛岡は、自身の内省的な演奏に小久保の鮮やかな環境テクスチャを融合させ、自然とメロディの対話を生み出している。

『余韻 (Resonance)』をリリースした後、盛岡は音楽界から身を引き、家族のためにアメリカに移住した。彼女の作品は長年ファンにひっそりと愛され、2020年に再発されて初めて広く認知されるようになった。7年前、壊滅的な山火事でカリフォルニアの自宅が焼け落ちたため、東京に戻り、ショコラティエに転身したが、近年はピアノへの情熱を再燃し、ライヴ演奏や新作のレコーディングを行っている。

小久保隆の伝説的なディスコグラフィーは30年以上にわたり、近年ではYouTubeのアルゴリズムや海賊版のアップロードを通じて広く評価され、数千万回再生されているが、彼はサウンド・デザインの仕事、特に日本の地震警報音やクレジットカード決済のジングルで最もよく知られており、彼の作品は日本社会に浸透している。

「地球への愛と懸念から、私たちは2人とも独自の感性と探究心を持っており、それを音楽を通して表現しています。」

共通の哲学的関心に基づいており、自然の回復力と調和に対する深い敬意を反映している。ガイア、母なる地球の再生、生命の相互関係というテーマが中心にあり、宇宙論、神聖幾何学、日本の神秘的なカタカムナの伝統からインスピレーションを得ており、このアルバムは自然界の繊細なバランスを音が映し出す瞑想的な空間にリスナーを誘っていく。

サウンドデザインの達人である小久保は、衝突試験用ダミーの頭の形をした自作のバイノーラル・マイクで録音した独特のフィールド・レコーディングでこのビジョンを高めている。ボルネオのジャングルから海の波の穏やかなリズムまで、小久保の地球規模の録音は、盛岡の内省的なピアノ曲を完璧に引き立てる没入感のあるサウンドスケープに変化させていく。

「タイトルのGaiaphilliaは、自然と生命への愛と尊敬を包含する新しい言葉です。この感情こそが、私たちが表現したいテーマです。」

山梨にある小久保のログハウス・スタジオ「スタジオイオン」で録音されたこのコラボレーションは、日本の自然の風景の永遠の美しさに根ざした、深く感動的で超越的な体験をリスナーに提供する。

artist: Yumiko Morioka & Takashi Kokubo
title: Gaiaphillia
label: PLANCHA / Métron Records
Cat#: ARTPL-236
format: CD
release Date: 2025.04.30 ※04.13のリリース・パーティーで先行発売

Track List:
1. Birds of Borneo
2. Gaiaphilia
3. Elegant Spiral
4. Ancient Beach
5. O-KA-GU-RA
6. Sanukite
7. Veil of the Night
8. Hibiki of Katakamuna

Composed and arranged by Yumiko Morioka & Takashi Kokubo
Piano and Keyboards by Yumiko Morioka
Synthesizers, Keyboards and field recordings by Takashi Kokubo
Voice by Takashi Kokubo (on Hibiki of Katakamuna)

Recorded and Mixed by Takashi Kokubo in STUDIO ION (Japan)
Artwork by VENTRAL IS GOLDEN
Supervisor by Jiro Yamada
Manufacturing by Brandon Hocura

Special thanks to SUSERI (The inspiration for ‘O-KA-GU-RA’)
Yuki Yama, Takaya Nakamura, Chiharu Ishida

interview with Black Country, New Road - ele-king

 クラシック音楽の教育を受けた者たちが、そのアイディアやスキルを援用してロックという音楽の枠組みを拡張すること。すなわち現代においてジェネシスやヴァン・ダー・グラフ・ジェネレイターのような「プログレッシヴ・ロック」を更新せんと果敢に挑戦する者たち、それこそがブラック・カントリー・ニュー・ロードである──さんざん使いまわされた「ポスト・パンク」なる形容を再召喚するよりも、そう整理したほうがBCNRの音楽はより多くのリスナーのもとへと、あるいは本来届くべきリスナーたちのもとへと羽ばたくことができるのではないか……これまで編集部ではたびたびそんな話が浮上していた。当人たちにそんな意識はまったくないようだが、彼らの3年ぶりのスタジオ・アルバム『Forever Howlong』も、そうした議論を裏づけるような意欲作に仕上がっている。
 プログ・ロック的感覚はチェンバロの音色が意表をつく冒頭 “Besties” やつづく “The Big Spin” など、おもにアルバム前半によくにじみ出ているが、制作中メンバーたちはシンガー・ソングライターものをよく聴いていたというチャーリー・ウェイン(ドラムス)の発言どおり、ヴォーカルを聴かせるタイプの曲が居並ぶアルバム後半にも、どこかオペラのような雰囲気は引き継がれている。
 ヴォーカルを務めるのがタイラー・ハイド(ギター)、ジョージア・エラリー(ヴァイオリン/マンドリン)、メイ・カーショウ(キーボード)の女性3人になった点は大きな変化だろう。その布石は、バンド創設メンバーのアイザック・ウッド脱退後に制作され、従来の彼らのイメージを刷新したライヴ盤『Live At Bush Hall』ですでに打たれていたわけだけれど、今回、同作で披露された曲たちがいっさい収録されていない点はじつに彼ららしい。とことん新曲にこだわること。とにかく前へと進むのがBCNRのやり方なのだ。
 今回もまた一歩、新たな領域へと踏み出したブラック・カントリー・ニュー・ロードから、ウェインとエラリーのふたりが取材に応じてくれた。12月の来日公演ではどんなパフォーマンスを披露してくれるのか、はやくも楽しみでならない。

わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。(ジョージア・エラリー)


向かって左から、ルーク・マーク(ギター)、タイラー・ハイド(ヴォーカル/ギター)、ルイス・エヴァンス(サックス/フルート/クラリネット)、メイ・カーショウ(ヴォーカル/ハープシコード/ピアノ)、そして今回取材に応じてくれたふたり、チャーリー・ウェイン(ドラムス)とジョージア・エラリー(ヴォーカル/マンドリン/ヴァイオリン)

2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』リリース以降、メンバーみなさんはそれぞれどのように過ごされていましたか? ツアーが多かったですか?

ジョージア・エラリー(Georgia Ellery、以下GE):長期間ツアーをしていたし、フェスティヴァルの出演もたくさんあった。とても楽しかった。それから新作の作曲もして、それをライヴで披露したりもした。その後は、このアルバムのレコーディングのために、自宅を3週間離れてみんなと一緒にいた。それも素敵な時間だった。

いま振り返ってみて2023年のライヴ盤『Live At Bush Hall』は、BCNR史においてどんな位置づけのアルバムだったと思いますか?

チャーリー・ウェイン(Charlie Wayne、以下CW):どう言えばいいのか難しいけど、たぶんあのときの自分たちをそのまま表してる作品だと思う。全体的にはちょっと奇妙な妥協の産物みたいなところもあったけど、それでもちゃんと意味があって、いい形でハマっていた感じがする。あの時期の自分たちを映したものっていうか。完全に意図されたクリエイティヴな作品っていうよりは、あの頃のバンドの姿をしっかり記録したドキュメントって感じかな。でも音楽的にもおもしろいところがいっぱいあるし、サウンドもおもしろい、聴き応えがある。こうやって形に残せてよかったって思う。

その2023年のライヴ盤ではいっさい過去の曲をやりませんでしたが、今回の新作『Forever Howlong』もそのライヴ盤で演奏されていた曲は収録されていません。過去を振り返らないことはあなたたちにとって、なぜ重要なのでしょうか。

GE:過去の作品を振り返って演奏するのは大事なことだと思う。でも、自分たちにとっても新鮮でワクワクするものにしたい。『Bush Hall』は短い期間でつくったとはいえ、本当に一生懸命取り組んだし、ツアーもたくさんやった。だから、スタジオに入ってもう一回同じ曲を録り直すのは、正直あまり楽しそうじゃないと思ってしまって(笑)。やっぱり楽しむことが大事で、曲をつくること、新しい音楽を生み出すことこそが、自分たちの得意なことだし、いちばん楽しいことだと思う。だから自然と新しい曲づくりに向かっちゃうんだと思う。

今回タイラー・ハイド、ジョージア・エラリー、メイ・カーショウの女性3氏がソングライティングとリード・ヴォーカルを担当することになったのは、昔ほどではないでしょうが、まだ残っているロックの男性中心主義への反発ですか?

GE:別にそういう意図があったわけじゃなくて、たんなる偶然だよ。今回はルイス(・エヴァンス/サックスやフルートを担当)が歌わないって決めたから、そういう形になっただけ。でも、もちろん業界にはそういうことがあるのは認識しているよ。

編集長からの質問ですが、優れた大衆音楽は往々にしてつくり手の人生を反映したものだといえます。もしそうだとして、あなたがたの音楽にはあなたがたのどんな人生が反映されていると思いますか?

CW:おもしろい質問だね。この質問はジョージアが答えた方がいいのかもしれない。

GE:そうね、歌詞はすごくわかりやすい例かな。わたしたちの日常がそのままアートに反映されていると思う。3人のメンバーそれぞれが歌詞を書いているから、視点も少しずつ違う。このアルバムでは、普段の生活のちょっとした出来事が音楽に落とし込まれていると思う。あとは、普段の生活ではなかなか言葉にしづらいような、すごく個人的な感情とかも詰まってるし。ロンドンやイギリスにいるという環境も、やっぱり無意識のうちに影響しているんじゃないかな。意識してるつもりはなくても、自然とそうなってる部分も多い気がする。

CW:そうだね、音楽的にも、長い間一緒に演奏してきたメンバーの関係性がそのまま反映されている気がする。このアルバムが進化して、前作と違うという点も、結局はそういう流れのなかで自然に起こったものなんだと思う。時間が経てば、新しいことに興味を持つし、それぞれが少しずつ変化しながらも同じグループの一員として音楽をつくりつづける。そういう、グループのなかにおける自分自身の変化を見つけたり、それを音楽として表現することが大事なのかもしれない。これまでやってきたこととつながりを感じつつも、自分たちにとって新鮮で楽しいものをつくることが、結局いちばん大切なんじゃないかって思う。

“Besties” はジョージア・エラリーさんがヴォーカルを務めるBCNRの初めての曲です。この曲をアルバムの冒頭に置いたのも、期待を裏切るため?

GE:そうだね、ちょっと変わった選択だったからこそ、最初に持ってくるのはおもしろいかなと思った。ハープシコードのイントロがあって、それがアルバムのイントロみたいな役割を果たしてる感じがあるし、エネルギッシュにはじまるのもカッコいいなって思って。それに、そこから一気にノイズの壁が押し寄せる流れもいいなって。誰が言い出したのかは覚えてないけど、曲ができた時点で「これ、最初に持ってきたらいいんじゃない?」っていう話になっていたと思う。

出だしがチェンバロ(ハープシコード)で不意を突かれました。このアイディアはどんな経緯で生まれてきたのでしょう?

CW:最初はバンド・メンバー全員で一緒に演奏していたんだ。メイ(・カーショウ/キーボード担当)が作曲に使っているキーボードはいろんな音色を設定できるんだよ。それで、半分冗談、でも半分は本気みたいな感じで、ハープシコードの音を使うという、スタイル上の決断をしてみた。ぼくたちはよくそんなふうに作曲をしているんだよ。それでメイがハープシコードの音を弾いたら、それがみんなの琴線に触れたというか、ハハハ。アルバムの冒頭としても、ちょっと変わってておもしろい選択だったし。実際、他の曲でも似たようなことを取り入れてるんだよ。

メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。(チャーリー・ウェイン)

(エラリーさんに)BCNRでヴォーカルを務めるときは、ジョックストラップで歌うときと違いはありますか? 意識の差はありますか?

GE:エフェクトの効果を探求することが少なかったり、そのエフェクトの背後に自分があまり隠れられないことかな。それに、自分がBCNRの曲を書くときって、バンドのことを考えながら書いている。どんな楽器が使えるかとか、このメンバーはこういうパートやスタイルが好きそうだなとか、そういうのを意識しながらつくってる。そういう枠組のなかで制作するのもけっこう楽しいしね。

ちなみに前回の来日公演でもエラリーさんがヴォーカルを務める曲が披露されていましたが、それはまたべつの曲でしょうか? 覚えていますか?

GE:たぶんそうだと思う。“(Two) Horses” だったかな? “Goodbye” かな?

CW:“Goodbye” をちゃんとやる前だったと思う。

GE:じゃあ “(Two) Horse” だね。

CW:大阪で演奏ミスしたんだよね、あのとき。ちゃんと演奏したのはたぶん1回目か2回目だった気がする。

GE:あ、そうだ演奏が速くなっちゃって……でもテンポ戻したよね?

CW:ああ、戻ったよ。なんとか立て直したし。でもあのときはほんとに焦った!

通訳:お客さんはたぶん誰も気づいていなかったと思いますよ。

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クラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。ある種のツールなんだと思う。それを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、障害にはならない。(エラリー)

今回のアルバムを制作する過程で、メンバーがよく聴いていた音楽を教えてください。

CW:ぼくたちはいつでもいろいろな音楽を聴いているから、これまでつくってきた音楽もかなり幅広いものになっていると思う。それがバンドのおもしろさでもあるし、多少の共通点はあるけど、めちゃくちゃ被ってるわけでもないっていうか。メンバーの多くは60〜70年代のシンガー・ソングライター系の音楽に興味があったと思う。例えば……なんだろう、ヴァン・ダイク・パークスとか、ランディ・ニューマンとかジョニ・ミッチェルとか。でも同時に、ジョアンナ・ニューサムフィオナ・アップルみたいな現代のアーティストや、ウィルコみたいな90年代のオルタナ系の音楽もたくさん聴いていたね。

クラシック音楽の教育を受けたみなさんがポピュラー・ミュージックをやるときの苦労にはどのようなものがありますか?

GE:そうね、コードとか音を詰め込みすぎちゃうことはあるかも(笑)。でも、個人的には、それって結局ツールみたいなもので、使いたいときに使えばいいし、逆にぜんぶ忘れて直感をベースに作曲するのもアリだと思う。でもクラシック的な要素ってけっこうクールだとわたしは思っていて。特に “Besties” ではメイがリードする曲だから、クラシックっぽい雰囲気にしたかった。そういうのを彼女が好きなことを知っているから。そういう要素を入れることで、このバンドの新しい一面を出せるのもおもしろいし。だから結局、クラシック的なものもある種のツールなんだと思う。そのツールを必要に応じて自由に扱うことができるのなら、それは障害にはならないと思う。

今回の新作をつくるにあたり、あらかじめコンセプトやテーマのようなものはあったのでしょうか。

CW:いや、そういうのはなかったと思う。曲同士のつながりって、時間が経つにつれてだんだんはっきりしてきた感じがする。メンバーのソングライティングにそのつながりが反映されたりしていたから。今回のアルバムの歌詞は、ぼくが書いたものじゃないから、そこにかんしては深くコメントできない。でも、内部の人間でありながら少し外側から見てるような立場として、時間が経つにつれて曲のつながりがクリアになってきた。何かひとつの大きなコンセプトが全体をまとめているわけじゃなくても、自然とまとまりが生まれるっていうのはクールだと思うし、おもしろいと思う。3人の違う視点からつくられたものを、ひとつのアルバムとしてまとめるのは、なかなか難しいことだったけど、それ自体が曲づくりの一部としておもしろい要素になったんじゃないかな。結局のところ、このアルバムの全体的なテーマって、3人の視点の違いがひとつの 「世界」 をどうつくり上げるかってことなのかもしれない。そして、それはある意味包括的なものだと思う。つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。人生って、そういうふうに、大きなことも小さなことも含めて、誰もがそれぞれの視点から見ると、少しずつ異なるものになる。でも、人の人生は多くの方法で隣接もしている。そんな意味で人生とは、自分にとっても、他者にとっても、不明瞭で魅力的なものであり、ぼくたちはそれを自分に、そして他者に、ミニマルな方法やマキシマムな方法を使って説明しようとする。

プロデューサーがジェイムズ・フォードになった経緯を教えてください。

GE:ジェイムズ・フォードにプロデュースをお願いしたいね、とは前々からバンドで話していたんだけど、結局のところ、スタジオ入りする直前になって彼にお願いしようという話になった。そのときに、彼がパレスチナ支援のイベントでBCNRのライヴを観に来てくれて、そのときに意気投合した。わたしたちの音楽も気に入ってくれたみたいで、その後リハーサルにも来てくれた。その時点では、もう彼にプロデュースの依頼をしていたんだけど、結果的に最高の判断だったと思う。彼はほんとうに素晴らしくて、すべてをうまくまとめてくれたし、なにをどうすればいいか完璧に把握してた。時間管理もすごくうまくて、すごく楽しくて、スムーズな作業だったよ。しかも刺激を与えてくれる人だったし。わたしたちはみんな彼がアークティック・モンキーズとやっていた仕事が大好きだから、正直ちょっとミーハーな気分だった(笑)。彼にアルバムのことなどについていろいろ聞くことができて、夢みたいだった。ほんとうに安心して任せられたし、彼にお願いしてよかったって心から思ってる。

今回の収録曲でいちばん制作に苦労した曲はなんでしたか? また、どういう点でそうでしたか?

CW:たぶん “For The Cold Country” だったと思う。すごく苦戦した曲のひとつだったのは間違いないね。なんかしっくりこなくて、完成するまでに2年近くかかったんだ。どんなふうに流れるべきなのか、ずっとはっきりしなくて……。結局、自分としては、「ここで何か貢献しなきゃ」と思うのではなく、むしろ一歩、下がってみることが必要だと思った。スタジオに入るまで、あまり納得のいくものになっていなかったんだけど、そこでパートごとに音の空間をつくったり、曲をまとめるための別の要素を加えたりすることで、やっと形になった感じ。ライヴでもすごくクールな雰囲気になる曲だし、最終的にはいい仕上がりになったと思うけど、作曲中は本当に難しくて……。数年後にやっとスタジオでレコーディングすることができた時は達成感を感じたね。

通訳:ジョージアさんも同じ意見ですか?

GE:あの曲はたしかに大変だった。“Forever Howlong” も大変だったけど(笑)。

CW:そうだったね。

GE:“Forever Howlong” ではリコーダーを演奏したから。みんなで同時に吹くとなると、音を合わせるのがすごく大変だった。でも曲の構成にかんしては “For The Cold Country” には苦労した。曲を発展させる選択肢がたくさんありすぎたというのも理由のひとつだと思うけど?

CW:たしかにそうだね。

つまり、世界をどう見ているかということ。みんな世界の見方がちょっとずつ違うけど、それぞれが微妙に重なり合ってる。(ウェイン)

昨年ブラック・ミディ解散したことは、2010年代末から2020年代初頭にかけて盛り上がったUKインディ・ロックの、ひとつの転機のように思います。ここ数年のBCNRがメンバー構成や作風を変えたことも、それとリンクしているかもしれません。現在のUKのインディ・ロックの状況についてどのように見ていますか?

CW:イギリスのインディ・ロックは、正直言ってかなり順調だと思うよ。ブラック・ミディの解散にかんしては、解散したことを嘆くより、あんなバンドが存在していたことを喜ぶべきだと思う。彼らの音楽は、ファンにもぼくたちミュージシャンにもすごく影響を与えたし、彼らは、ぼくたちが若い頃に仲よくなった素晴らしい友だちでもある。当時のぼくたちは、音楽シーンというのがどんなものかを模索していた。バンドとして活動するのがどういうことか、またプロとしてやるのはどういうことかも含めて。だから、もちろんブラック・ミディが終わってしまったのは悲しいけど、音楽自体は素晴らしかったと思うし、メンバーは各自で音楽活動をつづけている。べつにだれかが死んだとか、音楽ができなくなったわけでもなくて、みんな音楽をつくりつづけているし、それが新しくておもしろい。ブラック・ミディとしての創造的な部分が尽きたのかもしれないけど、どんなことにも終わりはあるし、みんな自分たちのやりたいことをやりにいったんだと思う。だから、イギリスの音楽シーンは、全体的に順調に進んでると思う。新しいバンドは必ず出てくるし、新鮮なものはおもしろいからね。もしもうすでにブレイクしたバンドに頼りすぎてるなら、それは危ない兆しなのかもしれない。音楽シーンはそういう意味で冷酷なところがあるからね。BCNRはいまやってることも昔と同じくらいおもしろいと思うし、UKシーンにおいても新しい音楽はつねにいろいろなところから生まれつづけて、今後もきっとおもしろくなる。

GE:チャーリーが話したように、若いアーティストが次々と出てきてシーンが再生する感じ (rejuvenation)や、アーティストの入れ替わり立ち替わりが激しい感じは、イギリスの音楽シーン、とくにロンドンのシーンの魅力であり特徴であるかもしれない。もしかしたら、ロンドンならではのものかもしれないけど、そういう点が新鮮でワクワクさせてくれるし、ポジティヴな要素だと思う。

最後に、新作を聴くリスナーにメッセージをお願いします。

GE:みなさんがアルバムを楽しんでくれたら嬉しいです。じわじわとよさがわかってくる音楽だから一回以上聴いてね(笑)! わたしたちはすごく頑張ってこのアルバムを完成させました。ようやくこの世に送り出すことができて、みなさんに聴いてもらうことができてとても嬉しいです!

CW:今度日本に行ったときにみなさんにお会いできるのを楽しみにしています! ミュージシャンとして、日本はいつも最高の場所のひとつだと思うからです。いままでも、これからも応援してくれてありがとう。感謝しています!

通訳:質問は以上です。お時間をいただき、ありがとうございました!

GE&CW:ありがとう! またねー!

※ブラック・カントリー・ニュー・ロードの来日公演情報はこちらから。

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