「Nothing」と一致するもの

Madlib - ele-king

 さまざまな名義でソロ活動からコラボレーションなど精力的に活動するマッドリブだが、昨年から今年にかけても実に多忙である。昨年はここ数年のパートナー的なフレディ・ギブズとの共作があり、カリーム・リギンズと組んだジャハリ・マッサンバ・ユニットも先日紹介したばかりだが、早くも次の新作が届けられた。今回はソロ名義ではあるが、実質的にはフォー・テットことキーラン・ヘブデンとのコラボである。片やUSのアンダーグラウンド・ヒップホップ界のカリスマ、片やUKのエレクトロニック・ミュージック界の鬼才と、一見するとあまり繋がりが見えないふたりであるが、そもそもふたりはそうしたジャンルにとらわれないアーティストであり、これまでもボーダーレスな活動をしてきたので、こうしてコラボをおこなうことは自然なこと、いや、むしろ遅かったくらいかもしれない。

 彼らがキャリアにおいて頭角を表わしてきた時期はほぼ同じで、同世代のアーティストと言える。ふたりの直接的な関係がはじまったのは、マッドリブがMFドゥームと組んだマッドヴィランのリミックスをフォー・テットが手掛けたことによる。このリミックス集は2005年にリリースされたのだが、フォー・テットにとってはテクノやダブステップなどにいく前のエレクトロニカ~フォークトロニカ期にあたるもので、一方マッドリブは前年にブロークンビーツのDJレルズをやるなど脱ヒップホップ化が進んでいた。ライフワークのビート・コンダクターをはじめて、より広範囲な音楽を素材としたビート・サイエンティストぶりに拍車が掛かっていた時期でもある。またフォー・テットはこの年にジャズ・ドラマーのスティーヴ・リードのアルバムにエレクトロニクスで参加し、その後両者のコラボによってジャズとエレクトロニクスの融合の新たな1ページを刻むことになる。そうした意味でマッドリブとフォー・テットにとって、この2005年は転機の年だったのである。
 ちなみに、フォー・テットが2003年に〈ドミノ〉からリリースしたミックスCDではマッドヴィランをかけているのだが、同じくJ・ディラプレフューズ73などヒップホップやIDM系の音も結構入れていた。ほかの収録作品はジム・オルークからドン・チェリーにミルフォード・グレイヴズスティーヴ・ライヒにモートン・サボトニック、ジミ・ヘンやフリートウッド・マックにアフロディテス・チャイルドと、まさにボーダーレスなフォー・テットの面目躍如たるものだ。

 今回のコラボはマッドリブが主宰する〈マッドリブ・インヴェイジョン〉からのリリースで、マッドリブが作曲をおこない、フォー・テットがエディットおよびアレンジを担当している。また〈ナウ・アゲイン〉のイーゴンも全面的に協力しているとのこと(彼は〈マッドリブ・インヴェイジョン〉の運営もヘルプしている)。数年来に渡って秘密裏に制作されたとのことだが、『サウンド・アンセスターズ』というタイトルは彼らの音楽の祖先、すなわち影響を受けたルーツ的な音楽を示していると考えられる。ということで、両者の共通項からするとジャズがテーマになっているのかなと思ったのだが、ジャズはもちろんソウルやファンクなどさまざまな音楽を参照したものとなっている。
 たとえば “ロード・オブ・ザ・ロンリー・ワンズ” は1960年代のフィラデルフィアのソウル・コーラス・グループのジ・エシックス(後のラヴ・コミッティー)の “ロスト・イン・ア・ロンリー・ワールド” を元にしている。ネタの掘り起こしはマッドリブらしいのだが、スウィート・ソウルの原曲がソフト・ロックというかサイケデリック・ソウル調のナンバーへと変貌しているのは、フォー・テットのミキシングによるところも大きいだろう。タイ・ファンクに通じるソフト・サイケな雰囲気は、イーゴンが関わる諸作と同じテイストだ。

 ネタ選びやサンプリング・センス的な部分では、マッドヴィランのアルバム『マッドヴィレイニー』(2004年)に通じる作品と言えるだろう。『マッドヴィレイニー』はビル・エヴァンスからマザーズ、ジョージ・クリントン、スティーヴ・ライヒと、実にさまざまなジャンルの音楽をサンプリングしていたのだが、その中でもブラジルのオスマール・ミリト&カルテット・フォルマをサンプリングした “レイド” が実に秀逸だった。“ロード・オブ・ザ・ロンリー・ワンズ”はそれに近いサンプリング・センスを感じさる。
 ほかのサンプリング例では “ダートノック” はヤング・マーブル・ジャイアンツの “サーチング・フォー・ミスター・ライト” を使っていて、やはりマッドリブはほかのアーティストとはセンスが違うというところを見せつける。元ネタは不明だが、“ラティーノ・ネグロ” はスパニッシュかフラメンコが原曲のようである。また古い音源ばかりではなく、“ワン・フォー・クアルタベー” では現在のブラジルのアヴァン・ポップ・バンドのクアルタベーを参照するなど、古今東西のあらゆる音がマッドリブとフォー・テットによって加工されている。

 そして、故J・ディラに捧げられた “トゥー・フォー・2 - フォー・ディラ”。ふたりと交流のあったJ・ディラへのオマージュが綴られると共に、アルバム全体としてはリリースの直前に急逝してしまったMFドゥームへの追悼の念を感じずにはいられない。

Goat Girl - ele-king

 ゴート・ガールのセカンド・アルバムは、2021年初頭のクライマックスのひとつだろう。本作がリリースされた1月から2月にかけてのおよそ1ヶ月ものあいだ、ぼくは三田格とともに『テクノ・ディフィニティヴ』改造版のため、ほぼ毎日、1日8時間以上、エレクトロニック・ミュージックを片っ端から耳に流し込んでは文章を書きまくっていたので(それはそれで充実した日々だったけれど)、ほかの音楽を聴く時間などなかったし、ましてや新譜などエレクトロニックでなければ後回しである。で、『テクノ・ディフィニティヴ』が終わったと思ったらここ1ヶ月は、またしても三田格とともに別冊のフィッシュマンズ号のために取材をしたり調べたり、ほぼ毎日、1日8時間以上はフィッシュマンズを聴いている……わけではないので、いまようやくゴート・ガールまで追いついたという。ふぅ、いまようやく、彼女たちの新作『On All Fours』が素晴らしい出来であることを知ったのであった。

 にしても……バンドというものは、こうして成長するのか。本作3曲目に“Jazz (In The Supermarket)”という曲がある。喩えるなら、この曲はザ・クラッシュの『サンディニスタ!』やザ・レインコーツのセカンドのなかに入っていたとしても不自然ではない、そう言えるほどの舌打ちしたくなるような格好いい雑食性がある。レゲエ風のリズムも個人的にかなりツボで、本文を書いているたったいま現在かなり空腹であることから、ロンドン郊外のあまり高級ではないエスニック・レストラン街が夜霧の向こうに見えてくるようだ。
 ふざけている場合ではない。『On All Fours』はメランコリックで、雑多で、不機嫌で暗い顔をしている人たちをひそかに讃えながら、不安の波が打ち寄せる空しい夜の甘い甘いサウンドトラックとなる。“P.T.S. Tea”のトランペットといい、“Once Again”のベースラインといい、“A-Men”のドラムマシンといい、そしてアルバム全体を浮遊し漂泊するシンセサイザーやギターの音色といい、ゴート・ガールはポストパンク流の格好の付け方をよくわかっている。ちなみに1曲目の曲名は“ペスト”、歌詞は読んでいない、ぼくはまだ音だけに集中している段階なんだけれど、本作がパンデミックの状況にリンクしていることは確実だろうし、メンバーの深刻な病も無関係でないだろう。
 しかし『On All Fours』には、そうした不吉なムードを払いのける強さもある。ザ・フォールの前座を務めたという経歴は伊達ではなかったし、憂鬱で冷たくて、しかし13曲すべてにそれぞれ固有のアイデアがあって、それらすべての曲がキャッチーでもあるこのアルバムは、ものごとがどうにもうまくいかない愛すべき人たちのなかで何度も反復されるだろう。フィッシュマンズのことを考えている最中に聴いても、あまり違和感がない。

REGGAE definitive - ele-king

全世界の音楽ファン必読のディスクガイドが登場!

スカ、ロックステディ、レゲエ、ルーツ、ダブ、ダンスホール

60年以上もの歴史のなかから
選りすぐりの1000枚以上を掲載
初心者からマニアまで必読のレゲエ案内

A5判・オールカラー・304ページ

Contents

Preface

●Chapter 01 The Ska era (1960-1965)

Column No.1 サウンド・システムのオリジン

●Chapter 02 The Rock Steady era (1966-1968)

Column No.2 1968 最初のレゲエ

●Chapter 03 The Early Reggae era (1969-1972)

Column No.3 DJというヴォーカル・スタイル
Column No.4 ルーツ・ロック・レゲエ、バビロン、Fire pon Rome

●Chapter 04 The Roots Rock Reggae era (1973-1979)

Column No.5 スライ&ロビーとルーツ・ラディクス、ロッカーズからダンスホールへ

●Chapter 05 The Early Dancehall era (1980-1984)

Column No.6 ダンスホールの時代
Column No.7 サイエンティストの漫画ダブ

●Chapter 06 The Digital Dancehall era (1985-1992)

Column No.8 My favorite riddims.
Column No.9 レゲエと聖書とホモセクシュアル

●Chapter 07 The Neo Roots era (1993-1999)

●Chapter 08 The Modern + Hybrid era (2000-2009)

Column No.10 大麻問題

●Chapter 09 Reggae Revival era (2010-2020)

Column No.11 Reggae Revivalというコンセプト

Index

[著者]

鈴木孝弥
ライター、翻訳家。訳書『レゲエ・アンバサダーズ 現代のロッカーズ──進化するルーツ・ロック・レゲエ』、『セルジュ・ゲンズブール バンド・デシネで読むその人生と音楽と女たち』、『ボリス・ヴィアンのジャズ入門』ほか。レゲエ・ディスクガイド関係の監修では『ルーツ・ロック・レゲエ 』や『定本 リー “スクラッチ” ペリー』など。『ミュージック・マガジン』のマンスリー・レゲエ・アルバム・レヴューを15年務めている。

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Style Wars - ele-king

 1970年代にニューヨーク・ブロンクスにて誕生したと言われるヒップホップ・カルチャー。その黎明期を描く貴重な映像作品として長年にわたって高く評価されているのが『Wild Style』と、そして今回初めて日本で劇場上映される『Style Wars』だ。当時、ニューヨークにて実際に活動していた本物のグラフィティライターやラッパー、DJ、Bボーイ(ダンサー)が出演しながらも、ドラマ仕立てで作られた『Wild Style』に対して、『Style Wars』は完全なドキュメンタリーであり、作品としての方向性は多少異なる。しかし、1980年代初頭のニューヨークにおけるヒップホップシーンの生々しい姿をダイレクトに捉えたという意味で、『Wild Style』と『Style Wars』は共に重要な作品であるのは疑いようがない。

 二つの作品に共通する重要な点の一つが、ヒップホップの3大要素であるラップ、ブレイキン、グラフィティを扱っているところだろう(注:『Wild Style』はさらにもう一つの要素=DJにもフォーカスを当てている)。実際、この3つの要素はたまたま偶然、同時代に存在していたにすぎず、特にグラフィティに関しては当事者である(一部の)グラフィティライターがヒップホップとの関連性を否定する発言を行なっていたりもしている。しかし、『Wild Style』と『Style Wars』によって、ヒップホップの定義が視覚的にも明確に示されたことは、その後、ヒップホップカルチャーが世界的に広がっていく一つのきっかけにもなっており、いまでは音楽シーンやアートシーン、さらにファッションシーンなど、さまざまな分野にヒップホップカルチャーは多大な影響を与えている。

 1980~83年に製作された『Style Wars』だが、三大要素の中でも最も強くスポットを当てているのが「グラフィティ」だ。『Style Wars』の発起人とも言える存在であり、プロデューサーとしてこの作品に関わっているフォトグラファーのHenry Chalfantは、実際に70年代初期からニューヨークのグラフィティシーンの盛り上がりを目にし、グラフィティ作品の撮影などを通じて様々なグラフィティライターたち繋がっていった。映画の撮影開始時にはすでに40代になっていた白人男性であるHenry Chalfantが、通常であれば決して素顔を明かすことのない10代~20代前半のグラフィティライターたちと深い関係を築いたことは驚くべきことだろう。その結果、有名無名含めて実に様々なグラフィティライターが本作に出演しており、さらに今では伝説として語り継がれている、グラフィティライターの交流の場「ライターズ・ベンチ」など貴重な映像が多数盛り込まれている。
 とはいえ、『Style Wars』は決してグラフィティの格好良さのみにフォーカスした作品ではない。ニューヨークの一般市民やグラフィティライター自身の家族にもグラフィティというカルチャーが理解されなかったり、大きな社会問題として行政側がグラフィティに対して否定的なメッセージを発している部分などもしっかり描かれている。実際、ニューヨークのグラフィティの最初のピークは70年代であり、本作の撮影が行なわれた80年代前半はシーンにとっても過渡期であった。ニューヨーク市交通局がグラフィティを排除するために様々な施策を行なったり、あるいは一部のグラフィティライターが表現の場をギャラリーに移していく様子など、その変化の兆しも本作ではしっかりと捉えている。

 今では全車両がグラフィティで埋め尽くされた地下鉄が、ニューヨークの街中を走る姿を見ることはまず不可能だろう。80年代初期のそんな貴重な映像を見るだけでも本作を鑑賞する意味があるが、グラフィティというカルチャーの陽と陰の対比も感じながら、ぜひ『Style Wars』を観て欲しい。

interview with Bibio - ele-king

二重のノスタルジアが存在する。ひとつ目は、ぼくが当時その曲をとおして呼び起こしたかったオリジナルのノスタルジア。そしてもうひとつは、自分がその曲をつくっていたときを思い出すノスタルジア。

 ギターでこんなに独特の音楽を生み出すことができるのか──当時のリスナーはきっと、そう驚いたに違いない。本人の弁を借りて言えば、「エレクトロニック・ミュージックがどんどん完璧になっていっていたあの当時は、すごく新鮮に」感じた、と。
 2006年に〈Mush〉から送り出されたビビオのセカンド・アルバム『Hand Cranked』が、このたびデラックス・エディションとなって蘇った。おなじく〈Mush〉からリリースされた記念すべきファースト『Fi』(2005年)のリイシュー(2015年)に続く復刻だ。
 1997年に設立されたLAの〈Mush〉は、クラウデッドや(のちに〈Lex〉へと移ることになる)ブーム・ビップなどの、いわゆるアンダーグラウンド・ヒップホップをリリースしていたレーベルである。まだヒップホップのビートをとりいれてはいなかった初期ビビオの作品が、そのようなレーベルから出ていたという事実はなかなかに興味深い。
 当時の彼はまた、みずからの歌声をほとんど披露していない。“Overgrown” に顕著なように、ライヒから影響を受けたギター・フレーズの反復と、何度も録音を重ねることによって得られるロウファイなテクスチャーのみで勝負に挑んでいる。シンプルではあるが、だからこそそれは今日まで続く彼の音楽の、根幹を成す要素となりえたのだろう。変わるものもあれば、変わらないものもある、と。
 二重のノスタルジア──彼はそう表現している。15年前に思い出していた過去と、15年前に過去を思い出していたというその過去。『Hand Cranked』が奏でる特異なギター・サウンドは、折り重なる時間の迷宮へとわたしたちを誘う。まだまだ続く長い道のりで、ちょっと休憩をとりながら、これまでの来し方を振り返るように。

あのロウファイさは、ある意味ああなる以外の道はなかったんだ。自分が持っている機材の魅力に焦点を当てるということ。それを悟ったとき、ビビオという名前が生まれた。

今回のリイシューにあたり『Hand Cranked』を聴き返してみて、当時は気づいていなかった、新しい発見はありましたか?

B:いや、そんなにないよ。自分のトラックは時間をかけてしっかりと聴き込んでいるから、曲のことは徹底的に理解してるんだ。古い作品だと、いま聴き返したときに、少しほかの人がつくったように聴こえることはあるかもしれない。そういう曲からは、魅力的でもあり同時に痛烈でもある自分の若さを感じるね。

2006年から15年が経ちました。当時10歳の子どもはいま25歳です。あなたご自身はこの15年でどんなところが変わったと思いますか?

B:いろいろな意味で、ぼくは変わってないと思う。でもミュージシャン、そしてアーティストとしてはもっと自信がついた。それに、その自信がぼくをもっと進化させ、成長させてくれていると思う。いまは音楽的に自分がやりたいことを前よりも心地よくできているし、なにをすべきとか、どんなアーティストになるべきとか、そういうことを気にしなくなった。多様性を生み出せば生み出すほど、安心感が生まれる。ぼくの音楽を聴いてサポートしてくれているみんなにはもちろん感謝しているけれど、まずは自分自身のために音楽をつくっているということはつねに頭のなかに置いておかなければならないんだ。

『Hand Cranked』には、当時のあなたの私的な思い出が込められていたそうですね。そのとき思い浮かべていた「パーソナル・ノスタルジア」と、そこから15年を経て、いま聴き返して蘇る「パーソナル・ノスタルジア」との間に、差はありますか?

B:ぼくの初期の作品には、いまでは二重のノスタルジアが存在する。ひとつ目は、ぼくが当時その曲をとおして呼び起こしたかったオリジナルのノスタルジア。そしてもうひとつは、自分がその曲をつくっていたときを思い出すノスタルジア。ある意味、この第二波のノスタルジアは、ぼくのなかで大きな存在になっている。20代半ばのぼくを思い出させてくれるんだ。

その「パーソナル・ノスタルジア‐個人の経験」を共有することは意図していないと思いますが、話せるかぎりでそれは具体的にどのような体験だったのでしょう?

B:うーん、ことばで説明するのは難しいな。自分にとってパーソナルな経験だった特定の事柄をいくつか挙げることはできるけど、音楽の力というものは、ひとりひとりそれぞれに、そのひとにとっていちばん良い方法で作用するものだとぼくは感じている。だから、ぼくがことばで説明するより、音楽のほうがそれをうまくできるんじゃないかな。

長い年月が経つと、たいせつなこともじょじょに記憶が薄れていきます。「いつまでも覚えていること、しっかり思い出せること」と、「忘れていくこと、変化していくこと」とでは、どちらが重要だと思いますか?

B:写真や映像がどんどんぼやけ、鮮明さがなくなり、色あせ、暗くなっていくように、記憶というものは時とともに小さくなっていく。「ノスタルジア」のなににハマってしまうかって、それはそれが持つほろ苦さかな。回想するには美しいんだけれども、痛みがあってこそ、そのノスタルジアが成り立っている。もう戻ることはできないと理解しながら、幸せな時期、とくに幼少期なんかを思い出すと、その思い出に内在する悲しみが付いてくるんだ。ノスタルジアを呼び起こすのには、音の質感やレコーディング技術もたいせつだけれど、メロディックでハーモニックな内容もかなり重要になってくる。悲しみと幸福感、そしてその間に存在するすべての感情、これらの感情が提示するニュアンスや陰影の混ざり合いをプレイすることは、激しく恋しがるというフィーリングを喚起させる上でとても重要な部分なんだ。

この『Hand Cranked』や『Fi』の時期に、シンプルなギターの反復を多用していたのはライヒからの影響だったのでしょうか?

B:そのとおり。“Electric Counterpoint” を1998年に聴いたのとおなじ年に、初めてサンプラーを手にいれたんだ。小さくてベーシックなマシーンだった。コンピューターや Portastudio は持っていなかったから、ぼくはその小さなサンプラーを使ってサウンドのレイヤーをつくっていたんだ。そのやり方だとかなり制限があって、クオリティはロウファイで、できあがるものはかなり制限のかかったポリフォニー(多声音楽)になる。だから、ぼくはその制約と付きあいながら作業しなければならなかった。そして、ぼくにはサンプルをバックアップする術もなかったんだ。そういうわけで、一度つくられた曲はカセットかMDに録音され、新しいサンプルの容量をつくるために、そのメモリは削除されなければならなかった。“Electric Counterpoint” にインスパイアされたギター・ピースをつくりたかったけど、設備がじゅうぶんでなかったためにあのロウファイ・サウンドが生まれ、そしてカセットを使っていたこともあり、結果的に曲が「Camberwick Green」や「Trumpton」、「Bagpuss」のような70年代や80年代のイギリスの教育番組のオープニング・テーマみたいなサウンドになったんだ(編註:前二者は60年代にBBC1で、後者は70年代にBBC2で放送されていた子ども向けのテレビ番組。たしかに驚くほどビビオを想起させるサウンドなので、興味のある方はご検索を)。

シンプルなギター・コードの反復は、それ自体を聴かせるためのみならず、あなた特有のロウファイな音色や音響を際立たせるために用いられているようにも聞こえますが、いかがでしょう?

B:ぼくは、使われている材料が正しければ、「簡潔さ」というものは独自の魅力を持つものだと思う。当時のぼくは、洗練されたサウンドをつくる機材を持っていなかった。だから、あのロウファイさは、ある意味ああなる以外の道はなかったんだ。意識したことは、よりプロフェッショナルなサウンドをつくろうとすることよりも、自分が持っている機材の魅力に焦点を当てるということ。それを悟ったとき、ビビオ(Bibio)という名前が生まれた。そのときまでに、ぼくは『Hand Cranked』の作業をはじめていて、その時点ではコンピューターと Logic を持っていたけど、初期のころに使っていた技術や機材はぼくにとってとてもたいせつな存在で、個人的発見のように感じていた。だから、ぼくはそれらを使い続けたんだ。じつは(2019年作『Ribbons』収録の)“Curls” や “It’s Your Bones” でも、『Fi』や『Hand Cranked』とおなじサンプラーを使ったんだよ。すごくユニークだと思うから、すべてのアルバムでおなじFXペダルのいくつかをずっと使い続けているんだ。

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ループは手で操作され、不完全であったということ。でも、ぼくはそれが魅力的だと思ったし、エレクトロニック・ミュージックがどんどん完璧になっていっていたあの当時は、すごく新鮮にも感じた。

このアルバムのなかだと “Black Country Blue” が、テープ音によってつくられたミニマルなアート作品のようで異色に感じました。これはどのようにしてつくられたトラックなのでしょう?

B:『Hand Cranked』で何度も使ったテクニックのひとつは、レコーディングしたものをカセットに移し、それをまたコンピューターに戻して、それをカセットに戻して、そしてまたそれをコンピューターに戻し、またそれをカセットに……という繰り返し。それを繰り返せば繰り返すほど、よりロウファイになっていったんだ。

「フォークトロニカ」ということばは、『Hand Cranked』をあらわすのにふさわしいと思いますか?

B:いや、ぼくは「フォークトロニカ」ということばが好きじゃない。この作品はエレクトロニック・アルバムではないと思う。もちろんエレクトロニックなデヴァイスを使ってはいるけど、そういう意味ではビートルズだって使ってるよね。

あなたを〈Mush〉に紹介したのはボーズ・オブ・カナダのマーカス・オーエンです。なぜ彼はあなたのことを、クラウデッドなどのリリースで知られるアンダーグラウンド・ヒップホップのレーベルに推薦したのだと思いますか?

B:当時ぼくは彼と連絡をとっていて、彼がぼくの音楽を気に入ってくれていたんだ。で、ぼくが「だれにデモを送っていいものかわからない」と彼に話したら、彼がいくつかアメリカのレーベルを勧めてくれた。で、〈Mush〉が興味を持ってくれて、プロモーションのためにマーカスからなにか一言もらえないかとぼくに尋ねてきた。そしたら彼が親切に承諾してくれて、ちょっとした文章を書いてくれたんだ。

あなたにとってボーズ・オブ・カナダはどういう存在だったのでしょう?

B:1999年にぼくが彼らの音楽と出会ったころは、すごく大きな存在だった。もちろんあのノスタルジックな要素もすごくパワフルだけど、彼らの音楽には隠された参照と意味がある。それが、リスナーの「もっと深くこの音楽を探りたい」という気持ちを駆り立てるんだ。もうひとつ好きだったのは、テープのようなハイファイのギアを使ってサウンドを加工しながら、昔っぽいダメージがかったサウンドをつくる技術。それに、彼らはよく、一度しか姿を見せない小さな要素を曲のなかに加えていた。あれは、彼らの音楽をより中毒的にしている要素のひとつだと思うね。

2004年、あなたと契約したことを伝える〈Mush〉の文章では、「もしボーズ・オブ・カナダがインクレディブル・ストリング・バンドや初期ティラノザウルス・レックスをプロデュースしたら」と表現されています。それについて、いまどう思いますか?

B:うーん、それはぼく自身が書いたものではないと思う。ぼくはそういった描写があまり好きではないから。でもまあ、変わってるっていう意味ではありがたく思うかな。

“Ffwrnais” とはウェールズの村で、あなたにとってとてもたいせつな場所だそうですね。“Marram” の鳥の鳴き声もそこに近い砂丘で採ったとか。あなたにとってウェールズとはどのような地域なのでしょうか?

B:ぼくが田舎に魅了された大きなきっかけはウェールズ。ウェールズには、小さな子どものころからずっと通い続けているんだ。とくに中部と西部。子どものころは、ウェールズの田舎で時間を過ごすのが大好きでいつも楽しみにしていた。空気は新鮮だし、芝は青いし、あのカントリーには、あそこでしか得られないヴァイブがある。いくつか似たヴァイブをもった場所に行ったことはあるよ。日本にもそんな場所がある。でも、ウェールズにはあの場所独特のユニークな個性があるんだ。個人的にはとくに渓谷や森のなか、渓流の側なんかにいるのが大好きだね。ああいった場所は、活気と自然のサウンドに満ちているから。ウェールズは湿地だから、ランドスケープが青々としていて、渓谷や森ではコケと地衣類をたくさん見ることができるんだ。あと、ヒツジの鳴き声はウェールズならではのサウンド。朝になると、キャンピングカーのなかで、モリバトやクロウタドリ(blackbird)のさえずり、ヒツジの鳴き声、川が流れる音を聴き、湿った芝生の匂いを感じながら目が覚める。それらは全部ぼくにとってマジカルなもので、すぐさま魂を元気にしてくれるんだ。ファーニス(Ffwrnais)は滝がある小さな村で、友だちと何度かキャンプをしにいって、すばらしい時間を過ごした。あのエリアを参照したトラックタイトルはほかにもある。“Dyfi”(ダビ)もそのひとつで、アイルランド海に続く谷を流れるメインの川の名前なんだ。エイニオン川(river Einion)はクーム・エイニオン(Cwm Einion)を流れる小さな川で、ファーニスの滝をとおりすぎて流れていき、ダビ川(river Dyfi)につながっている。アラスニス・ビーチ(Ynyslas beach)も近くにあって、砂丘、金色の砂、マーラム(植物)が広がるビーチで、春や夏には、砂丘の上で鳴くヒバリのさえずりが聞こえるんだ。

このころはまだヒップホップのビートはとりいれていませんが、『Hand Cranked』の時点でJ・ディラMFドゥームマッドリブの音楽にはもう出会っていたのですか?

B:彼らの音楽にはもう少し後で出会った。『Hand Cranked』の大半は2005年までに仕上がっていたんだけれど、『Fi』のほうが古かったから、先にそっちをリリースしたかったんだ。あと、当時のぼくはまだビートをつくることにじゅうぶんな自信を持っていなかった。そして、その少し後になってぼくはAKAIのサンプラーを買い、それからディラの影響が作品のなかに入ってくるようになったんだ。

また、このころはまだご自身ではほとんど歌っていません。このアルバムでは唯一 “Aberriw” にだけ歌が入っています。当時この曲だけヴォーカルを入れようと思ったのはなぜ?

B:当時のぼくは、シンガーとしてはものすごくシャイだった。どんなふうに歌いたいかもわかっていなかったし、ほかのひとたちに囲まれて歌うのも嫌だった。自信がつくまでに何年もかかったし、訓練を積む時間を必要だったんだ。いまはスタジオもあるし防音だから、だれかに聴かれてることを気にせずに、その部屋のなかで好きなだけ歌える。だから歌にもっと時間を注げるようになったし、シンガーとしてより自信もついたし、前よりもずっとうまく歌えるようになった。でも、オーディエンスに観られながらステージの上で歌うまでの自信がつく日が来るのは想像できないな。

今回ボーナスとして5曲が追加されます。なかでも “Cantaloup Carousel” は1999年の録音とのことで、あなたの原点といってもいいトラックのように思いますが、『Fi』収録のものとはだいぶヴァージョンが違いますよね。それぞれのヴァージョンにどういう狙いがあったか、教えてください。

B:“Cantaloup Carousel” ができたのは、ビビオという名前がつくよりも前のこと。大学の寮でレコーディングしたんだよ。なぜ『Fi』の別ヴァージョンをつくろうと思ったのかはわからない。じつは『Fi』のあのヴァージョンは、オリジナルとしてレコーディングで同時につくられたものなんだ。そのオリジナルをテープに録音して、それをスローダウンした。あのオリジナル・ヴァージョンはつねにぼくのお気に入り。だから、いまあの作品を世界にリリースすることができてすごく嬉しく思っているよ。

『Hand Cranked』は、ぜんまいじかけのおもちゃや回転木馬の模型など、手回しの装置がテーマだそうですね。それらは機械のようでもありますが、こちらでなにかをしないと動きませんし、いつか止まってしまいます。そういった「不完全さ」に惹かれるのはなぜでしょう?

B:あれはどちらかというと音楽がまずできあがって、それがそういった装置を思い出させ、そこに魅力を感じたんだ。ぼくが使用したサンプラーにシーケンサーはついてなかったし、サンプルを量子化する方法はなかった(たとえばタイミングを正すとか)。つまりそれは、ループは手で操作され、不完全であったということ。でも、ぼくはそれが魅力的だと思ったし、エレクトロニック・ミュージックがどんどん完璧になっていっていたあの当時は、すごく新鮮にも感じた。ループする不完全なギター・フェイズがぼくに手回しの装置を思い起こさせる理由は、スピードが不安定であることと、アコースティックのサウンドがぼくにはすごく木の質感を感じさせるから。だから、ヴィクトリア朝の木製の機械仕掛けのおもちゃのイメージが想像されるんだよね。

15年後、あなたはどんな音楽をつくっていると思いますか?

B:おっと! これは難しい質問だ。検討もつかないよ。そして、だからこそ昂奮する。15年前のぼくは、自分が〈Warp〉からさまざまなアルバムのコレクションをリリースすることになるなんて思ってもみなかった。自分が歌っているとも思っていなかったし、ミュージック・ヴィデオに出たり、ポップ・ソングをつくってるなんて想像もできなかった。だからぼくはただ、これからも川の流れに身を任せ続けるつもり。まだまだ掘りさげたいことがたくさんあるし、それがぼくの関心を保ち続ける。でもぼくは同時に、すでに学んだこと、すでにつくりだしたものをふたたび訪れることも好きなんだ。だから、『Fi』で使った技術や装置はいまだに使われているし、守られている秘密なんだよ。

tau contrib - ele-king

 電子のシャワーか。仮想空間に降り注ぐ光の雨か。電子音の欠片が粒子になって、透明な音の結晶としてリコンストラクションされていくかのごときエレクトロニック・サウンドか。不可思議なサイエンス・フィクションがもたらす電子的ノスタルジアの安らぎか。ここにあるのはまさに電子の精霊たちの饗宴、とでもいうべき清冽なサウンドスケープである。奇妙なオリジナリティに満ちた電子音響/アンビエントを聴いた。タウ・コントリブの『encode』(https://sferic.bandcamp.com/album/encode)のことである。
 リリースはロメオ・ポワティエ『Hotel Nota』、ジェイク・ミュアー『he hum of your veiled voice』などの優れたアンビエント作品のリリースで知られるマンチェスターのアンビエント・レーベル〈Sferic〉からだ。このレーベルからリリースされたこれらのアルバムは、どの作品も仮想空間をトラベルするような独特の没入感を誇るサウンドを有している。いわば「ネオ・アンビエント」とでもいうべき新時代の音響作品ばかりなのだ。『encode』もまた同様に2021年の「新しいアンビエント」を象徴するような聴きやすさと緻密さを併せ持った仮想空間アンビンエス・サウンドを構築していた。

 タウ・コントリブは、ライプツィヒ在住のアーティストである。彼は2019年にベルリンのレーベル〈Infinite Drift〉からオティリオ名義の『6402』(https://infinite-drift.bandcamp.com/album/6402)を2019年にリリースしているが、タウ・コントリブとしては今回の『encode』が初のリリースでもある。オティリオのときからすでに実現していた有機的に交錯する電子音のサウンドデザインは、『encode』ではよりいっそう研ぎ澄まされていたのである。
 アルバムには全7曲が収録されているが、全曲を通してサウンドが大きなウェイヴを描くように展開しており、じっくりと聴き込んでサウンドに没入していくと、心地良いノイズと電子音のシャワーが交錯し聴覚に浸透していくような感覚を覚えた。まるで電子音響を通じて自身の知覚が「エンコード」されていくようである。
 いわゆるアンビエント・ドローンのように一定の音に波が心地良く流れていくようなサウンドではない。『encode』の音たちは、まるでいくつもの音の生命が動き、飛び、弾け、交錯し、ひとつの音響空間を生成するような独特のものである。それはときに歪ですらあり、同時に透明な光の粒が輝くようなクリスタルなサウンドでもある。このような質感やコンポジションはほかのアンビエント作家には、近年あまりない。むしろフェネスやピーター・レーバーグ(ピタ)、フロリアン・ヘッカーなどの初期グリッチ/電子音響作家の系譜を継ぐもののようにも思えてくる(本作のマスタリングを手掛けたのがジュゼッペ・イエラシであることも見逃せない)。
 そのような00年代的なサウンド・アート的なサウンドに、10年代的なポストインターネット/ヴェイパー感覚と、20年代的なチルのムードが交錯しているところに『encode』の「新しさ」がある。この「新しさ」はASMR的な音の聴取が普通になった時代特有の「モード」でもあるように思えた。

 そうして生まれた音はいかなるものか。いわば「非反復的」な音の構成というものだ。この「非反復的」ともいえる電子音の蠢きは、反復音や持続音とは違う気持ち良さがある。例えば波の音は一定の反復ではないが、しかしその音には不思議な安らぎがある。『encode』から感じるサウンドも同様なのだ。例えば3曲め “thripSwarms” を聴いてほしい。サウンドの持続と接続が交錯することとで、非反復的な電子音の心地良さが生まれていることが分かってくるのではないか。大げさなたとえを許して頂ければ『encode』の音たちは、それぞれが自由に電子の海を泳ぐ生命体のようだ。まるで音の人工生命か、音による人工自然の生成か。
 タウ・コントリブの音響は、サウンド・アートだけでもなく、アンビエントだけでもなく、ドローンだけでもない。そうではなくそれら「すべて」が音響空間のなかで同時に自律し、生成していくような音なのだ。その音はとても清冽で美しい。まさにネオ・アンビエント/ネオ・アンビエンスである。

KID FRESINO - ele-king

 今年1月の頭にリリースされた KID FRESINO の2年ぶりとなるアルバム『20, Stop it.』。まだ年が明けて2ヶ月ほどしか経っていないが、間違いなく2021年の日本の音楽シーンを代表するアルバムであり、日本のヒップホップ・シーンの最先端かつ輝かしい未来というものを見せてくれる素晴らしい作品だ。

 2018年にリリースされた前作『ai qing』では、バンド編成を軸にトラックの制作をしながら、セルフ・プロデュース曲に加えて外部のプロデューサーも入り、ゲスト・アーティスト勢も含め、アルバム全体のディレクション/トータル・プロデュースという面でも素晴らしい才能を発揮した KID FRESINO。制作方法に関しては本作も前作と同じ流れの上にあるわけだが、約2年という月日の中でより研ぎ澄まされ、洗練されたサウンドへと発展している。ひと昔前はヒップホップとバンド・サウンド、あるいは他ジャンルとの融合というのは、あくまでもオルタナティヴなものであったり、完全には一体化しないズレみたいなものを楽しむ部分もあった。そんな時代と比べると、本作のようにここまでシームレスに混ざり合うのは驚きでもあるし、ジャンルの融合というものを意識することさえ野暮のように思える。これほどまでの完成度の高さは、ある意味、KID FRESINO 自身がひとつのジャンルとも言えなくもないが、そのバックボーンにはしっかりと “ヒップホップ” というものが存在している。しかもそれは最高級の “ヒップホップ” だ。

 先行シングル曲でもある “No Sun” や “Rondo” が本作の主軸となっているが、その一方でサウンドの面での振れ幅は非常に広い。その中でも最も激しく触れているのが1曲目の “Shit, V12” だろう。ロンドンを拠点に活動する object blue によるテクノとベース・ミュージックをミックスしたようなトラックの上に KID FRESINO がバイリンガルの高速ラップを乗せ、感覚的に発せられる彼のラップの絶対的な格好良さがストレートに伝わってくる。外部プロデューサーという意味では、前作から引き続き参加の Seiho が手がけた “lea Seydoux” のトラップやダブステップなど様々なテイストが入り混じったトラックに対する、KID FRESINO の乗りこなし方も実に見事だ。

 一方でこれらの曲とは全く異なる方向性で非常にエッジの効いているのが、バンド・サウンドが全面に出ている “Lungs” という曲で、ゲスト参加している Otagiri というラッパーの存在感は群を抜いている。彼のスタイルはラップというよりもポエトリーにも近いのだが、フロウや言語感覚が実に独特で、しかもバンド主体のトラックとも相性良く、KID FRESINO との掛け合いまで全てが完璧だ。ラッパーの参加曲としては Campanella をフィーチャしたトライバルなビートがめちゃくちゃ格好良い “Girl got a cute face” や “incident” (JAGGLA参加)、“dejavu” (BIM参加)といずれも素晴らしい出来なのだが、結局、“Lungs” を一番繰り返して聞いてしまっている。そんな中毒性がこの曲にはある。

 一方でシンガーをフィーチャした “Cats & Dogs” (カネコアヤノ参加)と “youth” (長谷川白紙参加)も本作の振れ幅の広さを象徴する曲だろう。フォーキーなテイストを持つ前者に、現代音楽とポップスを融合させたような後者と、それぞれテイストは全く異なるのだが、KID FRESINO のフィルターを通すことでそれぞれがひとつのアルバムの中で見事に溶け合っている。
 本作はヒップホップ以外のフィールドにいるリスナーにも間違いなく響く作品であるし、逆にヒップホップの中にいる人にも新たな刺激と気づきを与えてくれる作品に違いない。

Various - ele-king

 これまでに2刊が発売されている『ゲーム音楽ディスクガイド』発のリイシュー・シリーズから、待望の第二弾作品がリリースされた。
 ヴィンテージなゲーム音楽のサントラ盤というと、一般的には、いわゆる8bitの「ピコピコ」音が想像されるだろうが、本作『銀河伝承 オリジナル・サウンドトラック』はだいぶ趣を異にしている。冒頭からして生音のフルオケではじまり、ヴォーカル楽曲としてきちんと独立したポップス、手の込んだ多重録音スコア等、一聴して、実際のソフトに収録されていた音とは別に制作されたものだとわかる。かといって、筐体やソフトに収録された音源に追加演奏をレイヤーするという、いわゆる「アレンジ盤」の類とも違う。

 『銀河伝承』は、1986年11月、ファミリーコンピューターディスクシステム用ソフトとして発売された、縦スクロール型シューティングゲームだ。ソフト本体のほか、小説や関連資料を収録した副読本、音声ドラマは主題歌を収録したメディアミックス商品として、豪華化粧箱に入れられて発売された。このサウンドトラック盤もそれと連動した企画であり、音楽面からよりいっそう『銀河伝承』ワールドを味わうことのできる商品として、〈ビクター〉から単体でリリースされたものだ。
 制作を取り仕切ったのは、元博報堂でゲームソフト発売元のイマジニアスタッフ飯田祥一と、彼から音楽面のコーディネートを委託された S.V. Labo (スーパーマーケット業界大手ダイエー内映像・音楽制作部門)の菅原裕。単なるサントラ盤でない、メディアミックス企画ならではのオリジナルトラック集が模索され、多彩な才能が集結することになった。この時代、コミック作品やライトノベルを元にして、ヴォーカル曲を含むオリジナルトラックを「イメージ・アルバム」として発売する手法が隆盛していたが、いわば本作も、「ゲーム版のイメージ・アルバム」といえるかもしれない。

 オリジナル盤CDが、2021年現在、オークションやマケプレで40,000円を超えるプレミア値を叩き出している(本再発が発表される以前には10万円超えという例もあった!)ことからもわかるとおり、本アルバムは、ヴィンテージゲーム/ゲーム音楽のマニアにはかねてより名の知られた存在だったという。しかし、今回再発に至ったのは、もちろんそういった理由だけではない。ゲーム音楽を、単なるBGMとしてではなく「音楽的」視点で評価する、という『ゲーム音楽ディスクガイド』が掲げるスタンスの通り、「和レアリック」や「シティポップ」が浸透した今だからこそ正当に聴かれるべき、実に豊かな内容を持った作品なのだ。
 まず、その作家陣が凄い。ゲーム本編の音楽を手掛けた増子司をはじめ、宮本光雄、宮城純子といったジャズ~フュージョン系のミュージシャン、伊藤銀次、佐藤博、久保田麻琴(久保田真箏名義)、西平彰、Pecker といったロック~ポップス系のアーティストがこぞって参加し、作編曲に腕を奮っている。

 DJ的な目線から気になる曲をいくつかピックアップしよう。
 ②“ロマンティック・オデッセイ” は、ゲームソフト付属のカセットには荻野目洋子歌唱版として収録されていた伊藤銀次作編曲のトラックのリメイク。代打として歌唱を担当しているのは、和モノマニアならご存じ、広谷順子だ(オリジナル盤のクレジットでは匿名名義だったが、今回の再発にあたっての調査で発覚したらしい)。伊藤銀次らしいビートの聴いたポップスで、ゲートリヴァーブバリバリのスネアやシーケンサー使いなど、ザ・’86なムード。
 ③“伝説の唄” は久保田麻琴が作編曲を担当した、かなりベタに「インド風」を狙ったエスニック・ニューウェーヴ曲で、本作中でも最も今ウケしそうな曲のひとつだ。曲中でリフレインされる謎のコトバは、ゲーム世界において重要な役割を果たす祈りの文言より。歌唱クレジットは「ザ サラミ」という謎の表記になっているが、特徴的な声質からして、これはおそらく久保田麻琴のパートナー、サンディーによるヴォーカルではないか?
 ⑥“ファンタジー” も目玉曲だ。ここ数年で爆発的に再評価されたシティポップ・レジェンド、佐藤博による作編曲。ただただ極上のミディアムライトメロウなのだが、「あれ、どこかで聴いたことのあるメロディーだな」と思ったら、翌年佐藤のソロ・アルバム『フューチャー・ファイル』に収録されている同名曲のオリジナル版なのであった。ヴォーカルは、佐藤のソロ作にも作詞、コーラス参加していた音楽評論家の藤井美保。佐藤自身もヴォーカルに加わる。
 西平彰が手掛けた⑦“洞窟のテーマ” はいかにもイメージ・アルバム的なインスト曲。若干ミュンヘン・ディスコっぽくもあり、現在ならシンセウェーヴ的解釈でもリスニング可能か。宇多田ヒカル “Automatic” でのアレンジワークが最も知られているだろう西平彰は、沢田研二のバック・バンド「エキゾチックス」としても活動しており、そちらも和モノ的人気が高い。その上外部仕事にも面白いものが多く、なかなか掘りがいのある人物。
 ⑨“惑星のテーマ” は、ゲーム本編の音楽を手掛けた増子司が作曲で、本曲のメロディーも本編で使用されている。編曲は THE SQUARE の初期メンバーとしても知られるフュージョン系キーボーディスト、宮城純子が担当。バシンバシン打ち込まれるスネアが気持ちいいソリッドなブギーだ。ブリッジ部のコズミックな展開も素晴らしい。

 ゲームはもちろん、アニメやライトノベルなど、スピンオフ的に制作された当時の(主に)CDには、本作のように優れたものが少なくない。一部マニアやDJのおかげもあってだいぶディグが進んできたジャンルではあるが、こうやって入手困難だったものが優れたマスタリング/パッケージで再発売されることは実に喜ばしい。一方で、まだまだ「手つかず」の秘宝が眠っている気配もひしひしと感じる。レアグルーヴの先端は、今このあたりにある。

北欧に端を発し世界に広まったブラック・メタルというアンダーグラウンド音楽。その過激な音楽性に加え、悪魔崇拝に極右思想、さらには教会放火、殺人、テロといった犯罪行為に至り、衝撃を与えました。
いまやエクストリーム・メタルの一大勢力となったブラック・メタルの初期に起こった一連の出来事を丁寧に綴ったドキュメンタリー書籍が『ロード・オブ・カオス』です。
当事者であるミュージシャンに加え、オカルトや右翼思想の研究家、さらにはチャーチ・オブ・サタンの教祖アント・ラヴェイまで至る数多くの取材と、膨大な文献資料をもとに書き上げられた本書は大きな反響を呼び、映画化もされました。
その映画がついに日本で一般公開されるのに合わせ、かつて『ブラック・メタルの血塗られた歴史』として刊行されながらも長らく絶版となっていた本書をここに復刊します。

巻末には『プリミティヴ・ブラックメタル・ガイドブック』著者としても知られる田村直昭さんによる解説も追加収録。映画では描ききれなかったこのシーンの奥深さに触れられる一冊です。

目次

謝辞
新版の序
序 その闇の中へ
第一章 悪魔を憐れむ歌
第二章 デス・メタルの死とブラック・メタルの誕生
第三章 北の空を燃やす炎
第四章 デッド・ゾーンの騒乱(メイヘム)
第五章 ウェルカム・トゥ・ヘル
第六章 灰
第七章 死の沈黙
第八章 カウント・クヴィスリング
第九章 先祖返り―ヒーザン・ブラック・メタルの形而上学
第十章 サタニック・マジェスティーズ
第十一章 ゲルマンの激情
第十二章 混沌の王たち
第十三章 ラグナロク
附録
解説(田村直昭)
参考文献リスト/音源/脚注

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あのこは貴族 - ele-king

 名前を伏せても思わせぶりなのでそのまま記すが、以前つとめていた雑誌の特集に箭内道彦さんにご登場いただき、取材のあとなんとなく雑談にながれた。そこで箭内さんがおっしゃっていたことで妙に印象にのこったのが、移動中につかまえたタクシーの運転手さんが、あなた東京のひとじゃないでしょ、と声をかけてきたこと。箭内さんの特徴的な風貌はごぞんじの方もすくなくないだろうが、バックミラー越しに一瞥をくれた運転手さんが断定したのは、東京のひとはあなたみたいな目立ち方は好まないんですよ、ということだったと思う。じっさい箭内さんは福島のご出身で、ちょうど10年前の東日本大震災以降は地元にまつわる活動もさかんだが、お話をうかがったのはそれより前なので、たとえメンがわれていたとしても故郷(くに)までしれるとも思えない。だのにきめつけるのは職業的な生理か接客業由来の千里眼かヘタなテッポウ流の当て推量か、いずれにせよそういいたくなるなにかがあった。

『あのこは貴族』の冒頭で門脇麦が演じる榛原華子がのりこんだタクシーの運転手は、あなた東京の方でしょ、と話しかける。ときは2016年1月、ホテルにむかう車中で、正月早々の東京でそんなとこにいくなんて東京のひと以外にありえないというのが運転手のみたてだった。はたして華子は東京の裕福な家庭に生まれた三姉妹の末っ子で、家族が顔をそろえる会食へ急いでいたのだった。2015年の『グッド・ストライプス』につづく岨手(そで)由貴子監督の2作目『あのこは貴族』はこの華子と、水原希子演ずる時岡美紀を並行的に描くなかで私たちの暮らしに目にみえないかたちで覆いかぶさるものを描き出そうとする。東京うまれの箱入り娘の華子にたいして、地方出身者の美紀は大学進学を期に上京する。ただしふたりは物語の中盤まで出会うことはない。不可視のものが両者を線引きするからである。それがタイトルの「貴族」の由来でもある階級的なものだというのがこの映画の基調をなしている。
 階級ときいて、この国にそのようなものがあるのかといぶかる方もおられるかもしれない。日本における階級は近代にいちど再編し敗戦と日本国憲法の法の下の平等により廃止になったが、ここでいう階級とは法とはむすびつかない。職業や収入がつくりあげた地位などを親から子へ継承する過程で自然発生的にあらわれる「家柄」のようなものといえばよいだろうか、この点では英国やインドをひきあいに私たちがしばしば述べる階級ともニュアンスがいささかことなる。はっきりとはみえないけれど、あっちとこっちをへだてている壁のようなもの。コロナ禍のずっと前から私たちのまわりにはアクリル板みたいなのがあってひとはそれに沿って生きてきた――のかもしれない、と監督の岨手由貴子はいいたがっているかにみえる。

 山内マリコの原作による物語は5章からなる。そこでは二項対立的な価値観が通奏低音のようにくりかえしあらわれてくる。階層の上と下、社会的な領域の内と外、東京と地方に男と女などなど、私たちの日々の生活にそのような区分や線引きがいかに根を張っているか、岨手由貴子は告発調とも無縁に描いていく。親のお膳立てに応えつづける上流階級のひとたちも、地元が世界のすべての地方のひとたちにも、彼女はひとしくまなざしをそそぎ、俳優たちは監督の狙いに自然体でこたえている。主人公ふたりのほかにも、華子の友人役の石橋静河、美紀と地元と大学が同じ女友だち役の山下リオの存在が物語に奥行きをもたらしている。彼女たちをふくめて、作中人物はひとしなみにひかえめで楚々としており、家柄や性別や居住地や経済状況がさだめる条件に、積極的と消極的とにかかわらず、結果的には忠実に生きようとする、生きてしまう。
 ある側面からみれば、これは未来という来たるべき時間にたいする期待の剥奪であり、階級を再生産する統治の技法である。作中でも、東京は住み分けされていて、ちがう階層のひととは出会わないようにできている、というようなセリフがある。そこでは社会階層は固定化し流動性はきわめて低い。下から上へ、階層の移行が成立しない社会は努力しても報われない社会であり、そのような空間は反動的に生得的なものへの没入がおこりうる。ポール・ウィリスの『ハマータウンの野郎ども』(ちくま学芸文庫)は英国の労働者階級の若者がなぜ、親と同じ仕事に就く傾向にあるのかを考えた社会学の古典だが、そこで取材を受けた労働者階級のある若者は学校教育を不要なもの、まどろっこしいもの、寄り道みたいなものだと述べる。世間の荒波にすこしでも早くふれるのが人生のなんたるかを知る近道だと彼は語るのだが、教育の猶予と選択肢を捨て去ることは他方では階級移行の可能性にみずからフタをすることにほかならない。『ハマータウン』は1977年の刊行だが、これは同じことは40年後の日本の地方でも地元志向の名のもとにくりかえされている。地方都市に生まれた美紀は進学という機会をテコに、生得的な共同体への懐疑なき没入からの離脱をこころみるが、家庭の経済的な事情で東京での学生生活の夢はついえてしまう。

 教育における階層化を論じるのは本稿の任ではないが、ひとことだけもうし述べれば、努力主義を内面化した果ての自助(自己責任)論は端的に欺瞞である。欺瞞のことばは未来をしぼませ、ひとを支配しようとする。生得的な属性はそのさい恰好の材料となり、ときに宿命を擬制するが、それらは偶然や宿命が本来的にそなえるあの複雑さを欠いている。せいぜいが占いレベル――であるにもかかわらず、固定化した社会通念がその価値観を内面化させるというこの無限ループ。むろん『あのこは貴族』に登場するだれひとりとしてこのような構図を俯瞰するものはない。彼らはあたりまえと思う暮らしをおくり、お見合いし、結婚し、ときに都合のいい女になり、家庭に入ったり仕事をしたりする。交錯することのないはずだった異なる階層のふたりの生がまじわるのも、高良健吾が演じる華子の夫幸一郎が美紀とも関係をもっていたからである。そのことに偶然勘づいた友人の仲介で華子と美紀ははじめて出会うが、ふたりは恋情のサヤあてをおこなうでも『黒い十人の女』さながら共謀して男をワナにかけることもない。物語における人物の相関関係は対立的なのがお約束だが美紀と華子はたがいに理解をしめし相手の領分にふみこもうとしない。ましてや「貴族」の表題から連想する革命的階級闘争(ということばを、私もひさしぶりに書きましたけれども)も出来しない。それぞれの問題をかかえそれぞれの暮らしにもどるのだが、出会いにより生まれた内面の揺れは、さざ波のように広がり、彼女と彼らが居るべき場所の外へほんのすこしふみだすときの背中を押す力にもなるだろう。そのかすかなうつろいを岨手由貴子はもうひとりの友だちのような距離感からていねいに掬いとっている。ロケーションや衣裳、小道具などの細部はそのさいのリアリティを担保し、渡邊琢磨のスコアは弦楽四重奏の形式に作中人物たちの関係性をおりこみ楽曲の構造で映画の主題を反復する、けっして大きくはないが、手仕事の巧みさとあたたかさの伝わる好ましい一作である。

映画『あのこは貴族』予告編


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