ele-king Powerd by DOMMUNE

MOST READ

  1. Terry Riley - In C & A Rainbow In Curved Air | テリー・ライリー
  2. Columns ♯9:いろんなメディアのいろんな年間ベストから見えるもの
  3. VINYLVERSEって何?〜アプリの楽しみ⽅をご紹介①〜
  4. interview with Shuya Okino & Joe Armon-Jones ジャズはいまも私たちを魅了する──沖野修也とジョー・アーモン・ジョーンズ、大いに語り合う
  5. Whatever The Weather ──ロレイン・ジェイムズのアンビエント・プロジェクト、ワットエヴァー・ザ・ウェザーの2枚目が登場
  6. Africa Express - Africa Express Presents...Terry Riley's In C Mali  | アフリカ・エクスプレス、デーモン・アルバーン
  7. Doechii - Alligator Bites Never Heal | ドゥーチー
  8. ele-king vol.34 特集:テリー・ライリーの“In C”、そしてミニマリズムの冒険
  9. Kafka’s Ibiki ──ジム・オルーク、石橋英子、山本達久から成るカフカ鼾、新作リリース記念ライヴが開催
  10. MORE DEEP DIGGING “そこにレコードがあるから”
  11. Columns Talking about Mark Fisher’s K-Punk いまマーク・フィッシャーを読むことの重要性 | ──日本語版『K-PUNK』完結記念座談会
  12. interview with Iglooghost 「カワイイ」を越えて荒れ地を目指す | ——若き才人、イグルーゴーストへのインタヴュー
  13. P-VINE ──スマートフォン向けアプリ「VINYLVERSE」と次世代レコード「PHYGITAL VINYL」をリリース
  14. Tyler, The Creator - Chromakopia | タイラー、ザ・クリエイター
  15. 三田 格
  16. Columns ♯7:雨降りだから(プリンスと)Pファンクでも勉強しよう
  17. FRUE presents Fred Frith Live 2025 ——巨匠フレッド・フリス、8年ぶりの来日
  18. Columns 12月のジャズ Jazz in December 2024
  19. Terry Riley ——今年の7月、清水寺で演奏された永遠の名作『In C』の60 周年ヴァージョンが作品としてリリース
  20. 変わりゆくものを奏でる──21世紀のジャズ

Home >  Reviews >  Album Reviews > Fennesz- Agora

Fennesz

AmbientDroneExperimental

Fennesz

Agora

Touch/Pヴァイン

Amazon

野田努   Apr 09,2019 UP

 音楽──ことエレクトロニック・ミュージックを作ろうとするとき、まずは機材を揃えようとするのが多くのひとが考えることだろう。しかしながら音楽の面白さを決定するのは、機材の数や値段やレア度ではない。機材を揃えなければ良いエレクトロニック・ミュージックが作れないなんてことはないし、もしそうならそれは限られたひとたちだけのものになってしまう。オーストリア人のクリスチャン・フェネスは、90年代末、ただそこにあったものだけで音楽を作った。ギターとノートパソコン(そしてフィールド・レコーディング用のマイク)、これだけあれば,魅力的なノイズから官能的なエレクトロニクス、心揺さぶられる叙情だって描くことができるのだ。
 フェネスの長いキャリアにおいて、名作と言われるアルバムはすでに複数枚ある。ロマンティストとしての彼の資質が存分に注がれた2001年の『Endless Summer』、OPNの『リターナル』を名作というのであれば、その先駆といえる2008年の『Black Sea』、それからジム・オルークとピーター・レーベルクとの共作『The Magic Sound Of Fenn O'Berg』(1999)、坂本龍一との『AUN』(2012)──まずはこの4枚、近年の作品でいえば、2014年の『Becs』も面白かったし、同年にリリースされたマーラーをモチーフにした『Mahler Remix』も、はっきり言って、近年のモダン・クラシカルないしはテクノからクラシックへのアプローチという数多ある作品のなかではダントツだった。
 以上の6枚は、フェネス入門編。
 上記の6枚以上にも、フェネスにはいくつもの良い作品がある。ほこりっぽいダブステップの地下室からやって来たキング・ミダス・サウンドとの共作『Edition 1』(2015)も興味深い1枚だったし、多作でありながら、フェネスは毎回違うことをやりながらひとを惹きつける作品を出し続けているという希有なアーティストである。

 『アゴーラ』は、2014年の『Becs』および『Mahler Remix』以来の5年ぶりのソロ作品になる。制作前に、どんな理由からかはわらないが、フェネスはスタジオを失った。つまり新作は、スタジオを失ったフェネスにとっての最初のソロ・アルバムになる。
 始終ベッドルームで、しかもヘッドフォンで作業することは、決して望んだ環境ではないのだろう。が、それでもフェネスは、ギターとノートパソコン(そしてフィールド・レコーディング)という、ただそこにあるものだけで圧倒的な音響を創造している。
 それはおもにギターによるドローンで構成されている。1曲目の“In My Room”は、タイトルがこの作品の出発点を物語っている。スタジオではなく、自分のベッドルーム。それは窮屈かもしれないし、音響設備としても不充分だろう。だが、曲は閉所恐怖症でもなければ箱庭的でもない。あたかも壁をぶっ壊して、突き抜けていくように展開する。ギターによるドローンの重奏が、絶え間なくどんどん広がってく。続いては、フェネスの十八番である自然をモチーフにした“Rainfall(雨降り)”だ。ギターの周波数のレイヤーが波のように押し寄せ、絡み合い、うねっていく。やがて雫の音が聞こえ、そしてノイズ混じりのギターのコードストロークが霧のなかで重なる。
 “Agora”(広場)は、いわゆるウェイトレス的な曲だ。重さはなく、気体のような音響がうごめいているようだ。それは霊妙であり、不穏ではないが甘ったるくもない。なんとも奇妙な雰囲気を有している。そして最後の曲“We Trigger the Sun(我々が太陽を誘発する)”は、このアルバムにおいて唯一はっきりとしたメロディを持った美しい曲となっている。その美しさは、おそらく、フェネスのなかの夢見る力のようなものから生まれているのだろう。浜に打ち寄せる波の煌めきをミニマルな模様として捉えたアートワークもお見事。

野田努