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1970年代にニューヨーク・ブロンクスにて誕生したと言われるヒップホップ・カルチャー。その黎明期を描く貴重な映像作品として長年にわたって高く評価されているのが『Wild Style』と、そして今回初めて日本で劇場上映される『Style Wars』だ。当時、ニューヨークにて実際に活動していた本物のグラフィティライターやラッパー、DJ、Bボーイ(ダンサー)が出演しながらも、ドラマ仕立てで作られた『Wild Style』に対して、『Style Wars』は完全なドキュメンタリーであり、作品としての方向性は多少異なる。しかし、1980年代初頭のニューヨークにおけるヒップホップシーンの生々しい姿をダイレクトに捉えたという意味で、『Wild Style』と『Style Wars』は共に重要な作品であるのは疑いようがない。
二つの作品に共通する重要な点の一つが、ヒップホップの3大要素であるラップ、ブレイキン、グラフィティを扱っているところだろう(注:『Wild Style』はさらにもう一つの要素=DJにもフォーカスを当てている)。実際、この3つの要素はたまたま偶然、同時代に存在していたにすぎず、特にグラフィティに関しては当事者である(一部の)グラフィティライターがヒップホップとの関連性を否定する発言を行なっていたりもしている。しかし、『Wild Style』と『Style Wars』によって、ヒップホップの定義が視覚的にも明確に示されたことは、その後、ヒップホップカルチャーが世界的に広がっていく一つのきっかけにもなっており、いまでは音楽シーンやアートシーン、さらにファッションシーンなど、さまざまな分野にヒップホップカルチャーは多大な影響を与えている。
1980~83年に製作された『Style Wars』だが、三大要素の中でも最も強くスポットを当てているのが「グラフィティ」だ。『Style Wars』の発起人とも言える存在であり、プロデューサーとしてこの作品に関わっているフォトグラファーのHenry Chalfantは、実際に70年代初期からニューヨークのグラフィティシーンの盛り上がりを目にし、グラフィティ作品の撮影などを通じて様々なグラフィティライターたち繋がっていった。映画の撮影開始時にはすでに40代になっていた白人男性であるHenry Chalfantが、通常であれば決して素顔を明かすことのない10代~20代前半のグラフィティライターたちと深い関係を築いたことは驚くべきことだろう。その結果、有名無名含めて実に様々なグラフィティライターが本作に出演しており、さらに今では伝説として語り継がれている、グラフィティライターの交流の場「ライターズ・ベンチ」など貴重な映像が多数盛り込まれている。
とはいえ、『Style Wars』は決してグラフィティの格好良さのみにフォーカスした作品ではない。ニューヨークの一般市民やグラフィティライター自身の家族にもグラフィティというカルチャーが理解されなかったり、大きな社会問題として行政側がグラフィティに対して否定的なメッセージを発している部分などもしっかり描かれている。実際、ニューヨークのグラフィティの最初のピークは70年代であり、本作の撮影が行なわれた80年代前半はシーンにとっても過渡期であった。ニューヨーク市交通局がグラフィティを排除するために様々な施策を行なったり、あるいは一部のグラフィティライターが表現の場をギャラリーに移していく様子など、その変化の兆しも本作ではしっかりと捉えている。
今では全車両がグラフィティで埋め尽くされた地下鉄が、ニューヨークの街中を走る姿を見ることはまず不可能だろう。80年代初期のそんな貴重な映像を見るだけでも本作を鑑賞する意味があるが、グラフィティというカルチャーの陽と陰の対比も感じながら、ぜひ『Style Wars』を観て欲しい。
大前至