「AY」と一致するもの

水谷:まずこの写真を見てください。これ91年の『The Source』っていう雑誌なんですけど、この年のヒップホップのチャートなのですが。

山崎:1位はNWA。大々的に取り上げられていますね。

水谷:歴史的にはこの4位のパブリック・エナミーはどうかなと思いますが、PEやNWAはすでに大スターで別世界なので置いといて。2位がブランド・ヌビアン。3位がATCQの『Low End Theory』。5位がデ・ラ・ソウル。で、6位にメイン・ソースの『Breaking Atoms』なんですけど。

山崎:6位に『Breaking Atoms』って当時の日本の状況からしたらこれはものすごく評価が高いですね。7位のゲトー・ボーイズ、これも日本ではあまり聞かなかった気がします。

水谷:ゲトー・ボーイズは本国アメリカでは当時から評価が高いです。リリックがいいんですよ。日本人ではわからない部分ですが、それでこの評価がついていると思います。このアルバムに入ってる「Mind Plays Trick On Me」はクラシックですね。

山崎:僕はこの頃はレアグルーヴ一色でヒップホップを全然聴いてなかったので、当時の状況はあまりわからないですが、ナイス・アンド・スムースはオザケンがらみで人気があったとか、そんな事しか記憶ないです。『Low End Theory』とかはもちろん後から聴きましたけど。

水谷:今回は『Breaking Atoms』のサンプリングの芸術性について語らせていただきたいのですが、この写真の中で比べてみると、デ・ラ・ソウルはアルバム通してかなりの楽曲数をサンプリングで贅沢につかっているので、カラフルな仕上がりになっている。Mighty Ryedersの「Evil Vibrations」使いで有名な、「A Roller Skating Jam Named "Saturdays"」もここに収録されています。ATCQの『Low End Theory』はセンスの良いサンプリングとそもそものレコーディング状況がめちゃくちゃ良くて音質が良いという印象。1曲目のロン・カーターのベース演奏がとても評価されてましたね。ギャングスターはジャズ・サンプリングで、DJプレミアはまだネクスト・レベルに行っていない頃。サイプレス・ヒルのこれは名盤ですね。この後ロックな方向にいくのですが、このアルバムはネタの使い方がよくていいですよ。

山崎:当時この並びに『Breaking Atoms』が入ってくるってちょっと驚きですね。今ではその良さは広まっていますが。アメリカでは最初から高評価だったんですね。

水谷:そうですね。当時は『Breaking Atoms』は渋いというか、派手さはあまり感じなかったので僕もそうでもなかったのですが、でも今あらためて振り返ってみると、このアルバム、サンプリングですごいことをやっているんですね。

山崎:確かに聴いてみると複雑な作りをしているというか、同時代の主流だったネタ一発ではないですよね。

水谷:今回は細かなところまで分析しつつ、『Breaking Atoms』におけるメイン・ソースの偉業を伝えられればと思います。またVGAのYouTubeチャンネル、MOMOYAMA RADIOでは『MAIN SOURCE SAMPLING 90% ORIGINAL PEACH MOUNTAIN MIX』と題して、メイン・ソースのサンプリング素材のみで作ったMIXも公開中です。ぜひ聴きながらご一読ください。

□Snake Eyes

水谷:冒頭を飾るこの曲の始まりのネタはIke Turner and The Kings of Rhythm の「Getting Nasty」。

山崎:この始まり方は(良い意味で)渋いですね。

水谷:デ・ラ・ソウルはどちらかというと「Evil Vibrations」がわかりやすい例ですけれど、洗練されたサウンドを上手く使いますが、メイン・ソースは60年代後半のソウル/ファンク系をよく使いますね。泥臭い楽曲というか。当時は僕も高校生なので、どうしてもお洒落で派手なデ・ラ・ソウルを優先して聴いていましたね。

山崎:でもラージ・プロフェッサー(メイン・ソースの主要メンバー)もまだ十代後半か、二十歳そこそこ。このセンスは日本人からするとそうとう大人っぽい。

水谷:このイントロを経てJohnnie Taylorの「Watermelon Man」からJesse Andersonの「Mighty Mighty」へと展開する。どちらも60年代の楽曲です。

山崎:渋いサンプリング・センスですが1曲目にふさわしいテンション高めの楽曲に仕上げているところが素晴らしいですね。

□Just Hangin' Out

水谷:メインのネタになっているのはSister Nancyの「Bam Bam」なのですが、これもまたメイン・ソースの特徴ですね。レゲエ・ネタをよく使います。ラージ・プロフェッサー以外の2人のメンバー、K-CutとSir Scratchは兄弟なんですが、ジャマイカ系のカナダ出身なんです。

山崎:エディー・グラントを親族に持つらしいですよね。

水谷:メイン・ソースというとラージ・プロフェッサーばかりが目立っていますが、K-CutとSir Scratch(の兄弟)もいい仕事してたんだと思います。メイン・ソースの音には彼らのエッセンスも大きく反映されている。
そしてそこに重ねてくるもう一つのネタが、Vanessa Kendrickの「"90%" of Me Is You」です。

この曲はグウェン・マクレエのヴァージョンがヒットして有名ですが、このVanessa Kendrickの方がオリジナルなんです。このレコード、ノーザン・ソウル人気曲でもあるんで800USD以上で落札されたりもする激レア盤なのですが、91年でグウェン・マクレエじゃなくてこっちを使っているって相当すごいですよ。

山崎:グウェン・マクレエよりもこっちのバージョンの方が内容もいいですね。でも普通なら市場に数の多いグウェン・マクレエを使いそうですが。

水谷:この曲が入っているグウェン・マクレエのアルバムにはもう一つネタものとして有名な曲もあるので、グウェンの「"90%" of Me Is You」はネタとしては定番なのですが、他とは違うことをやってやろうというラージ・プロフェッサーの気概が感じられるチョイスです。

□Looking At The Front Door

水谷:これもまたメイン・ソースの重要な楽曲です。

山崎:これはドナルド・バードの人気曲「Think Twice」ネタですね。

水谷:ATCQ も『People's Instinctive Travels And The Paths Of Rhythm』(1990年)収録の「Footprints」で同じ曲の同フレーズをサンプリングしていますが、厳密に言うと使っている場所は全然違う箇所です。ATCQではフレーズそのままなのに対してこちらはThe Pazant Brothers and The Beaufort Expressの「Chick A Boom」を重ねて使っているあたり、メイン・ソースの方が一歩先に行っている感じがします。「Looking At The Front Door」のシングル・カットは1990年と、この二つはほぼ同時期のリリースなのでどっちが真似したとかはないかと思いますが。

山崎:「Footprints」はStevie Wonderの「Sir Duke」のイントロで始まって「Think Twice」に繋がっているので今聴くと大味に感じてしまいますね。

水谷:メイン・ソースはコーラスというか歌ネタの重ね方がうまいんですよ。普通なら別曲のメロディを重ねるって音と音がバッティングしてうまくいかないと思うんですけどね。相当な技量と努力を感じますね。

山崎:イントロもDetroit Emeralds の「You're Getting a Little Too Smart」を使っていてかっこいい。ビートのセレクトのセンスも抜群です。

水谷:イントロから曲に入る箇所でKen Lazarusの「So Good Together」の声を使用していてそこもハマっている。これもレゲエですね。で、このネタは次に繋がるんです。

□Large Professor

山崎:次の曲はその名も「Large Professor」です。

水谷:この曲のトラックのメインで使われているネタ、以前はわからなかったんですよ。でも好きな曲だったので、この軽快なカッティング・ギターの原曲はなんなんだろうってずっと思っていました。で、その後、判明したんですけど、これも先ほどのKen Lazarusの「So Good Together」なんです。

山崎:調べてみたらこの曲はカナダのモントリオール出身のシンガー・ソングライター、アンディ・キムのヒット曲のカバーなんですね。レゲエ・シーンでもほぼ知られていない、こんな超マイナーな楽曲を91年にチョイスしているなんて驚きです。

水谷:カナダといえばK-CutとSir Scratchもカナダ出身なので、そこでつながってきますね。

山崎:この流れからCharles Wright & The Watts 103rd St Rhythm Bandの曲を経て、The Mohawksの「The Champ」に繋がる流れもスムースですね。The Mohawksはジャマイカ系イギリス人バンドなので、ここでもレゲエ要素が入っている。しかもお決まりのブレイクではない、オルガン部分を使っています。

水谷:ジャマイカ系カナダ人ならではの知識とラージ・プロフェッサーのセンスがあわさったからこそこの曲はできたんだと思います。奇跡の楽曲ですね。

□Just A Friendly Game Of Baseball

水谷:これはLou Donaldsonの「Pot Belly」使いですね。この曲はUltimate Breaks & Beats25th(1991)にも入っています。

山崎:この曲はDivine StylerのIt's a Black Thing(1989)やATCQの「Can I Kick It?」(1990)のB面に入っているシングル曲、「If the Papes Come」(1990)でも使われている定番曲ですね。メイン・ソースもこれはほぼそのまま使用していますが、途中でJBや9th Creation に加えてElephant's Memoryというサイケロックバンドの楽曲「Mongoose」を差し込んでくるあたりのセンスは素晴らしいです。

□Scratch & Kut

山崎:この曲はちょっと珍しい感じですね。ドラムマシン的なビートにその名の通りスクラッチとカットインがメインのインスト曲です。K-CutとSir Scratch、二人のスクラッチもかっこいいですね。

水谷:この曲はタイトルも二人の名前ですし、兄弟がメインなのではないでしょうか。
ザ・サイエンスが幻のセカンドとして、兄弟だけになってしまったサードの『Fuck What You Think』はラージ・プロフェッサー脱退という事実が先行しての低評価ですが、意外と良いネタをサンプリングしているんですよ。そのチョイスは本『Breaking Atoms』でもうかがい知れますし、やはり3人揃っていいバランスなんですね。

山崎:ここまででざっとではありますが、A面の楽曲を解析しました。B面の話は次回ということで。

水谷:B面には「Live At The Barbeque」もありますから。

山崎:これもネタ定番のBob James「Nautilus」を革新的な使い方しているので詳しく分析しつつ、ザ・サイエンスについても触れながらアナライズしていきましょう。


Main Source / Breaking Atoms
https://anywherestore.p-vine.jp/en/search?q=main+source


MAIN SOURCE / THE SCIENCE Limited Test Pressing
https://vga.p-vine.jp/exclusive/vga-5012/

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 世界を飛び回る、異端の電子音楽家、われらがNHKコーヘイの新作がまたしてもリリースされる。今度はパウウェルのレーベルから。以下、レーベルの資料より。
 これは現在のためのアルバムだ。なんとも残酷な世界だが、『ホワット・ユー・ノウ』は純粋な楽観主義だけを扱っている。 実際、現在の地政学的情勢を考えると、この音楽のあまりの高揚感に戸惑う人もいる。かつて坂本龍一は彼の音楽についてこう語った。「この人は、私にはよく理解できない世界観を持っている.....」
 アルバムのトラックは、コーヘイ・マツナガの研ぎ澄まされたシンセサイザーによって、やる気を起こさせ、元気を与えてくれるだろう。 1時間以内に気分が良くなるか、さもなければお金を返せだ!(いや、そんなことはないはず)

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What You Know [DIAG064]

Diagonal Records

https://nhkyxkoyxen.bandcamp.com/album/what-you-know-diag064

仙人掌 & S-kaine - ele-king

 ソロMONJU、〈DOGEAR RECORDS〉の一員として東京を中心に活動を続けているラッパー、仙人掌。その新作は、大阪の若きラッパー/ビートメイカー、S-kaine との共作アルバムだ。『82_01』というタイトルにあらわれているように、82年生まれと01年生まれによるこのタッグは、地域のみならず世代も超えたコラボとなっている。
 配信ではすでに聴くことができるが、1曲追加収録曲のあるCD盤は11月20日にリリースとのこと。チェックしておきましょう。

11/20 (MON) より全国CDショップにて販売開始予定

82年生まれ、東京のHIPHOPをリードするMC・仙人掌の久々のまとまったリリースは、01年生まれ、大阪は西成で育った次世代のHIPHOPを担うMC/ビートメイカー・S-kaineとガッツリ組んだジョイント作、その名も『82_01』だ。場所も世代も越えて絡み合う二頭の龍が耳元で火を噴けば、彼らが見つめた街の景色、フロアで踊る友達や仲間の姿......痛みや救いの混じり合った、たくさんの夜の記憶がすぐさま鮮明に立ち上がる。とりわけ目を見張るのは、仙人掌とS-kaineの両者が刺激し合い、それぞれのラップに新たなフィーリングを宿らせていることだ。成熟した仙人掌のラップはより深く街の声に呼応して軽快に躍動し、若きS-kaineは自身の存在をHIPHOP史へとさらに色濃く書き記すようにドープな夜を鋭くライムしている。そう、『82_01』は彼らが夜の街へ繰り出し、繋がり、お互いのこれまでに触れて、それぞれが自らを更新したことの証明なのだ。そうして生まれた、このみずみずしく強靭なグルーヴは、再生するたびに強度を増して、あなたの身体に染み付いた夜の痕跡を、何度でも明日の希望へと書き換えていくだろう。ここにある可能性を、その耳でたしかめて欲しい。

Title : 82_01
Artist : 仙人掌 & S-kaine
Release Date : 2023/11/20 (MON)
Format : CD
Price:¥2.500- (税別)

■Track List

01. STEEL ATTITUDE Prod By ENDRUN
02. SWITCH ON Prod By ENDRUN
03. BIRDS (feat. CHAKRA) Prod By GWOP SULLIVAN
04. STRANGE LENS Prod By LAF
05. 残党2023 (feat. MC Spirytus) Prod By Juda
06. UNDER THE MOON Prod By DJ GQ
07. RETURN TRIP (feat. SEDY NEZZ) Prod By Juda
08. WISH Prod By Juda
09. OUR MUSIC Prod By Juda
10. 82_01 TO CONTINUE Prod By Juda

All Produced By 82_01
Track 3,4 Cuts By DJ K-FLASH
Mix&Mastered By TAKANOME
Design&Layout By SPECDEE
Photo By CAYO IMAEDA
Recorded By J.Studio Tokyo,BMJ Studio Fukuoka,WMI Studio Osaka,103LAB.

[仙人掌 & S-kaine プロフィール]

東京を中心に活動するMONJU / DOGEAR RECORDSの一員であるラッパーの仙人掌と、大阪の次世代を担う気鋭のラッパー/ビートメイカーのS-kaine。
82年生まれと01年生まれという場所も世代をも超えて、HIPHOPという共通言語のみで繋がり生まれたスペシャルジョイント。

Coucou Chloe & Meth Math - ele-king

 音楽を中心としたプラットフォーム〈AVYSS〉が立ち上げから5周年を迎え、11月18日(金)の深夜に渋谷WWW Xにて「AVYSS X」を開催。今回はロンドンよりクク・クロエ(Coucou Chloe)、メキシコよりメス・マス(Meth Math)が来日する。国内からはAVYSSに所縁のあるアーティストを中心に30名以上が集結。5年間をそれほど総括せずに、現在と少しの未来を噛み締めたり見据えたりしつつ、出来る範囲で未知のもの(X)に向き合いたい気持ちを込めたアニヴァーサリー・パーティ。

 クク・クロエは、フランス出身でロンドン拠点に活動するシンガー/プロデューサー/ダーク・ロマンティック・アイコン。以前はセガ・ボデガとのユニットY1640としても活動し、セガ・ボデガやシャイガールとともにレーベル〈NUXXE〉を立ち上げたひとり。近年ではレディ・ガガのリミックスを手掛け、コブラ(COBRAH)やアースイーターと共作もおこなっている。

COUCOU CHLOE – DRIFT (Official Video)

 メス・マスはメキシコ・ソノラ州の州都エルモシージョ出身、パンクとレイヴのシーンで育った音楽家。その音楽性は「ラテン・ミュージックのインディ悪魔解体」「デモニック・ネオペレオ」などと呼ばれ、ウィッチ・ハウス以降のモードとラテン・ミュージックがユニークなバランスで溶け合う。これまでにセガ・ボデガ、Dinamarca、マシーン・ガールなどとコラボレーションを果たした。現在デビュー・アルバムの制作が進行中とのこと。

Meth Math - Mantis (Official Video)

 また、AVYSS Xのフライヤーヴィジュアルを反映したゲーム「X散歩」が公開。Windowsのみ対応。〈みんなのきもち〉のKazuma Watanabeが手掛けたヴィジュアルをもとに、JACKSON kakiがゲームプログラムと映像を制作。BGMとして流れる音楽を〈AVYSS〉ファウンダーの音楽家・CVN(ex. Jesse Ruins)が手掛けた。

 当日は会場内でAVYSS X記念Tシャツを販売。ホワイトとブラックの2色展開(サイズ:L/XL)。イベントのメイン・ヴィジュアルを発展させたデザインは、引き続き〈みんなのきもち〉のKazuma Watanabeが手掛けている。さらに入場者には先着でAVYSS X蓄光ステッカーをエントランスで配布(なくなり次第終了)。

 なお、XフロアでのDJとVJの組み合わせを含めたフロア分けやタイムテーブルはAVYSSのSNSにて後日発表される。

イベント詳細

公演タイトル AVYSS X -5th Anniversary-
日時 11月18日(土)
会場 WWW X + 4F https://www-shibuya.jp/
OPEN 23:30

TICKET https://t.livepocket.jp/e/20231118wwwx
ADV: ¥4,000+1d

Live
COUCOU CHLOE
Meth Math
+
BBBBBBB feat. aeoxve, 徳利(video)
CVN feat. DAFTY RORN, Milky, π
cyber milkちゃん
Emma Aibara
skeleton538
UNIT KAI
Yoyou

Shot Live

lllllilbesh ramkooo!!!!
safmusic
Saren

DJ
cityofbrokendolls
divine oracle (Yurushite Nyan×in the pool)
Lily Fury
みんなのきもち
music fm
noripi and seaketa
okadada
Shine of Ugly Jewel
SxC Loser (NordOst×YONEDA)
tomodachi100
Uztama

VJ
fantaneruran
不吉霊二
JACKSON kaki
naka renya

Video
Kenji

POP-UP
MOTHER

FOOD
駒澤零
投擲 food team(anymo, atri, kappa, munéo, Ranz Jigoku, 鬼車, 水母娘娘, 星山星子)

(A-Z)

Staging : yoh
Photo shoot : マ
Staff : yoen
Flyer : Kazuma Watanabe
Direction : CVN

Over 20 only・Photo ID required
20歳未満入場不可・要顔写真付ID
公演詳細はこちら

Road Trip To 全感覚祭 - ele-king

 GEZANが主宰するレーベル〈十三月〉による野外イヴェント、「Road Trip To 全感覚祭」が急遽開催されることになった。これまで「全感覚祭」は入場フリーの投げ銭制という独自のアイディアで運営されてきたフェスだが、パンデミックをはさみ、あらためて「Road Trip To 全感覚祭」としてひさびさに敢行される。
 会場は川崎のちどり公園。今回はチケット制で、明日8日より発売開始。GEZANのほか渋さ知らズ、ゆるふわギャング、踊ってばかりの国などなど、出演者30組も発表されている。マヒトゥ・ザ・ピーポーによるメッセージとともに、下記からご確認ください。

GEZAN主宰レーベル・十三月が主催する野外イベント『Road Trip To 全感覚祭』、開催地詳細や出演者30組を発表! (※マヒトゥ・ザ・ピーポーよりコメントあり)

GEZAN主宰レーベル・十三月が11月18日(土)深夜に開催する野外イベント『Road Trip To 全感覚祭』の現時点での詳細が明らかになった。今回発表されたのはライブアクト15組、展示やマーケットなどで参加する作家/アーティスト16組の計31組で、更なる追加発表も予定されているとのこと。

【全感覚祭】は十三月が “面白さの価値は自分で決めてほしい” というコンセプトで入場フリーの投げ銭制で開催してきた野外フェス。2019年以来、コロナ禍を経て久々となる今回は『Road Trip To 全感覚祭』と題しての緊急開催。
開催地は全感覚祭では初となる川崎・ちどり公園。20時オープン21時スタート、全感覚祭ならではの濃厚ラインナップが明け方まで展開される。

また今回は投げ銭ではなく、金額別のチケット制となることも併せて発表された。チケット金額については先着順で来場者が選べる形となっている。
来場予定の方は特設サイトに掲載されている『Road Trip To 全感覚祭』に向けてのマヒトゥ・ザ・ピーポーからのステートメント、そして注意事項を熟読の上で明日、11月8日(水)21時からPeatixにて販売されるチケットを申し込んでほしい。

――

Road Trip To 全感覚祭

act :
GEZAN
渋さ知らズ
ゆるふわギャング
踊ってばかりの国
切腹ピストルズ
moreru
鎮座DOPENESS
Glans
やっほー
KOPY
abos
penisboys
高倉健
YELLOWUHURU
THE GUAYS
and more…

artist :
STANG
飯田団紅
Masahiro Yoshimoto
Teji
高橋盾(UNDERCOVER)
harune.h
とんだ林蘭
前田流星
ソノダノア
北山雅和
YUICHIRO TAMAKI
佐藤円
NAZE
蝉丸
名越啓介
池野詩織

2023.11.18 saturday midnight
Chidori Park, Kawasaki
open/start 20:00/21:00

Ticket : Peatix 【 https://zenkankakusai2023.peatix.com
A : ¥3,000 / B : ¥5,000 / C : ¥7,000
11/8 wed. 21:00 ON SALE

※18歳未満のお客様は保護者様同伴の上ご来場ください。保護者様がいらっしゃらない18歳未満のお客様の入場はお断りいたします。
※23時~4時の間は18歳未満のお客様は会場内に滞在出来ませんので必ずご退場お願いいたします。
※会場受付にてIDチェックを行います。顔写真付き身分証明書をご持参ください。
※チケットを複数枚ご購入される方は、ご入場時必ずチケット分の人数が揃った状態でご入場ください。

info : zenkankaku@gmail.com

ビジュアルとアーティストと作家の第一弾を公開しました。
2023/11/18、Road trip to 全感覚祭を川崎ちどり公園で20:00から日の出にかけて開催します。期間の限られた中でチーム一丸、火ついた矢のごとく駆け抜けています。
来場する方は下にある注意事項やステートメントを必ず読んでからエントリーお願いします。

会場のキャパは2000人になります。この人数以上は来場できません。
販売方法はPeatixで¥3000¥5000¥7000のチケットを11/8(水) 21:00より販売します。チケット枠にはそれぞれ限りがある購入制で当日はこれにプラス、投げ銭を募集し、2000円以上で全感覚手ぬぐいを手に入れられます。
今日までに事前投げ銭やTシャツなどサポートしてくれた方、本当にありがとう。できることできないこと、たくさんの気持ちがありますが今祭はもちろん、このRoad tripを来年の全感覚祭につなげていきます。

駐車場は使用できないので車は原則禁止です。渋谷駅からJR川崎駅まで約30分、川崎駅よりタクシー 約10分、バスで約20分でこれるアクセスのいい場所になります。都内からタクシーでも8000円くらいでこれるので、相乗りしてくるのも推奨です。

アーティストの告知してから10日前後で本番という興行目線をぶっちぎった開催で、人が集まるのか、集まったとて予算がはまるのか、無事走り切れるのか、億万の不安はありますが全集中力を総動員していい時間をたぐりよせる。
会場で必要な資材やは準備がギリギリなのもあってコストがあがってしまった。とにかく背伸びせずに今やれることの全力をやる。

祭りをはじめると当たり前のことなんて何一つないんだと実感する。ステージ一つ、音響一つ、ゴミ箱一つ、演者や裏方の気持ち一つ、何一つ当たり前のことなんてないのだと気づく。
出演してくれる演者も二つ返事でのってきてくれたアーティストばかりで、同調ではなく同時代を並走する気概に心あおられる。

11/18 レーザーで祭壇をつくろうと思ってる。先日出演したfrueでも色んな人とたくさんOLAibiの話をした。祭りでそんな風に話すことは健全だと思う。距離が近かった人も遠い人もいるだろうけど、音楽を生きてきた人はピュアな意識を世界に溶かしてきたのだから、友達とお客さんも境界もないし、さよならのためじゃない花をそなえたい。きっと笑ってくれると思うんだな。

ルールはルールで、それ以上にその場所その瞬間で想像力と思いやりが交錯するところをイメージしています。
2023年、終わりに向かっていく今、わたしたちがやり残したこと、Road Trip To 全感覚祭よろしくお願いします。

(マヒトゥ・ザ・ピーポー)

CS + Kreme, Kassem Mosse, livwutang & YPY - ele-king

 今年精力的にパーティを開催してきたファッション・ブランドの〈C.E〉。その2023年最後のパーティの内容が発表されている。〈The Trilogy Tapes〉から作品をリリースするメルボルンのCS + Kremeは今回が初来日。
今年充実のアルバムを送り出したカッセム・モッセ。さらにそこに〈C.E〉のパーティには初出演となるlivwutangYPYの2組が加わる。全4組中3組がライヴでの出演とのことで、新しい試みに満ちた〈C.E〉のパーティを堪能しよう。会場はおなじみの表参道VENTです。

[11月27日追記]
 新たに追加出演者が発表されました。ロンドンをベースに活動するDJのCõvcoが登場。また、会場のみ限定で販売されるTシャツについても告知されています。


ブライアン・イーノ - ele-king

 グラム・ロック、アート・ポップ、エレクトロニック・ミュージック、前衛、アンビエント等、いくつもの領域にリーチし「万能ポリマス」ぶりを誇ってきたブライアン・イーノにも死角がある。ライヴ・パフォーマンスだ。

 ライヴ活動を完全に回避してきたわけではないが、近年では2009&10年開催の芸術祭向けプログラム「This is Pure Scenius!」、21年にアクロポリスで弟ロジャーと初コンサートと、散発的なのは確かだ。ワークシャイ(仕事嫌い)ならぬツアーシャイ? その意味でも、ロキシー・ミュージックを脱退しソロに転じて50年後に、イーノが「Ships across Europe」と題してヴェニス、ベルリン、パリ、ユトレヒト、ロンドンを初めてツアーすることになったニュースは世界の音楽ファンを驚かせた。

 ヴェネツィア・ビエンナーレで特別功労賞を受賞したイーノは、同ビエンナーレ音楽部門向けのプログラム制作を依頼された。結果生まれたクリスチャン・ヤルヴィ指揮バルト海フィルハーモニーとの共演作『Ships』を、フェニーチェ劇場でのプレミア後、欧州数カ所のコンサート・ホールで披露。2016年のアルバム『The Ship』篇、そして過去の作品からセレクトされた「歌もの/ヴォイスもの」篇から成る二部構成だ。ゲストとして、イーノ組常連リオ・エイブラムス(G)とピーター・チルヴァース(Keys)、そして声楽家/作曲家メラニー・パッペンハイムと俳優ピーター・セラフィノヴィッチ(朗読)も参加した。

 開演前からスモークがうっすら漂う会場内。後方にキーボード、ドラム他の演奏台がひな壇式に組まれただけのシンプルなステージだ。着席しても、イーノの重い腰を上げさせたのは何か? なぜ「今」実現したのか?と素朴な疑問が頭をよぎる。その疑問は、ヤルヴィとバルト海フィルを実際に体験して氷解した。イーノ自身、『The Ship』のライヴ版を構想していく中で浮かんだ「スコアではなくハートから演奏する、若くフレッシュな演奏家を」という要望を彼らはすべて満たしていた、と述べているが(しかも「海」が名前に付くので「船」とも語呂がいいのが決め手だったらしい)、このオケがあってこそ実現可能なパフォーマンスだった。

 客電が落ち、数秒の沈黙の後、フルートの響きがかすかに流れてくる。フルート奏者を先頭に両袖からオーケストラのメンバーがひとり、またひとり……と暗いステージに足を踏み入れ、徐々に増すアンビエンスの中に霧笛を思わせるホーンが寂しげにうなる。ドローンやかすれる弦が生むノイズは「綺麗ではないアンビエント」で、『The Ship』のモチーフのひとつであるタイタニック号の夜間航行の雰囲気。ヴァイオリン他の手持ち楽器を担当するミュージシャンは演奏しながらステージを淡々と歩き回り、その光景は雑踏のようでもあり、幽霊の群れのようでもあり、集団労働の場のようでもある。全員、黒地に様々な色の大きな丸を染め抜いたTシャツ&黒ズボン姿。ひな壇の上の、シンセ他のハードウェアが囲む中央ブースにイーノが立った。

 バルト海沿岸10国(ヤルヴィの出身国エストニアも含む)の音楽家育成のため2008年に設立されたユース・オーケストラを母体とするバルト海フィル(32名)は見たところ20〜30代。ハープやチェロといった大型楽器奏者以外は椅子を使わず譜面台もなしで、リード/弦/金管勢は曲の展開に合わせて持ち場を変え、観客に背を向けたり床に座ったり、コーラスを添える。バスティルとの共演はオーソドックスなスタイルで演奏しているが、今晩の彼らは「バックの楽団」ではなく文字通り「パフォーマー」だ。

 それ以上に目を奪うのがヤルヴィの指揮ぶり。「熱血指導」と形容される彼のスタイルは、クラシック音楽ファンの間ではつとに知られているらしい。一応ステージ前方中央がポジションとはいえ、団員の中に分け入って面前で細かく指示を出し、歩き回り、跳ね、グルーヴにノり、歌い、フレームドラムを叩き、満面の笑顔で観客を煽る――イーノはヤルヴィを「船長」と呼び、かつ「この人はトチ狂ってる!(笑)」と紹介していたが、ここまで「全身を使ってコンダクト」する指揮者にはお目にかかったことがない。ジャズやヒップホップを吸収した室内楽アンサンブルから始まり、スティーヴ・ライシュからマックス・リヒターまで多彩な共演を果たす等、20世紀の重鎮(旧世代)と彼らに影響されたコンポーザー(新世代)を橋渡しする意欲的なこの御仁(作曲家でもある)は、なるほど複数のモードとジャンルが混じった本パフォーマンスのキャプテンにふさわしい。

 ゆえにこの型破りなコンサートをデイヴィッド・バーンの『American Utopia』と比較する声があったのも、ある程度は理解できた。しかし『Ships』は『〜Utopia』のようにガチに振付けされたミュージカルではなく、ストーリー性も「提示」というより「喚起」だ。それは、刻々とモーフしていく音像と抽象的なヴォーカリゼイション――『The Ship』で歌われる/朗読されるのは、第一次世界大戦時の歌やタイタニック号沈没報告書等をアルゴリズムを用いて変換・生成した言葉だ――というコンポジションの性質が大きい。

 20分以上にわたるダーク・アンビエントなタイトル組曲“The Ship”は、冒頭のさざめきがいつしか群青の海に姿を変え、ピンスポットに浮かび上がったイーノが歌い始める。ハーモナイザーで加工しているものの、ロシア正教会聖歌風の歌唱が深々と響く。アルバム版はシンセが基調だが、オケの生音で聴くと立体的な隆起性や重力がそこに加わる。『The Ship』は元々オーディオ・インスタレーションとして創案され、多種多様なスピーカーやチャンネルが用いられた。イーノは「スピーカー群をオーケストラ楽器の一群のように捉える」と語っていたが、このパフォーマンスはその発想を逆転させたものと言える。演奏者が移動し、向きを変え、しゃがんでいた状態から立ち上がるにつれ、サウンドの遠近・高低・バランスも微妙に変化。「動き回るオケ」というのは一見ギミックぽいが、それは『The Ship』を生演奏で体験するための必然だった。

 雅楽的なパーカッションに同期して照明が明滅し、女性と男性のミステリアスなささやき――テープではなく、リアルタイムで加工されてはいただろうが、ブレスやマイクとの距離等々で声の響き方を見事にコントロールしている――が入り混じる。すれ違う記憶、もどかしさ。クリス・マルケルの映画を思わせる瞑想的なムードの中、最後は「Wave, after wave / after wave…」のリフレインが引き潮のように残った。

 続く“Fickle Sun”組曲は、コントラストを強調しドラマ性を高めた演奏だった。“Fickle Sun 1”で、チェロやヴィオラが敷く不気味なドローンの上をイーノの達観した「And on the day the work is done…」の声が流れる。縁の下の力持ち的存在だった管楽器が威力を発揮し出し、弦の刻む重音とねじられうめくヴォーカルも緊迫感を煽る。暗かった舞台をオレンジの照明が煌々と照らし、吹き荒れるスモーク――クレッシェンドの迫力はさながら『地獄の黙示録』の爆撃場面(いや、この楽曲のモチーフを思えば『西部戦線異状なし』か)で、うなり、振動する大音圧が皮膚にじかに感じられる。ドゥームメタルのライヴに近い聴体験だったが、決して耳に負担ではないのはライヴ音響担当者の功績だ。ほんと、とんでもなく良いサウンドだった。

 業火が吹き荒れた後に、「All the boys are falling down…」と歌い始めるイーノ。このパートはマニピュレートしない地声で、無防備なぶん哀感が増す。古い宗教歌や民謡を彷彿させるハーモニーがせりあがり、「テ・テ・テ・テ・テ…」と一音をループする女声が精霊のように飛び交う異界に落ち、舞台は暗転した。しばし間を置き、頭上から黄金色の照明がハープに注がれ、その雅びなメロディとコントラバスのかすかなタッチを伴い、セラフィノヴィッチが美声で朗読を披露。短歌にしろソネットにしろ、詩とは本来こうして「耳で聴く」ものだったのを思い起こす。声は楽器だ。

 ムードが落ち着いたところで舞台全体に少しずつ照明が復活し、フルートの調べに導かれる形でヴァイオリン奏者9名もステージに戻ってくる。デリケートな潮のごとく満ちていく音の海の中から、紛うことなきルー・リードのあのコード感覚が浮上してくる。それだけで筆者は不覚にも涙してしまったが、甘くも芯は太い声でイーノの歌いあげる「And now I'm set free / To find a new illusion」にどうしようもなく情感が高まり、涙腺の堰は決壊。ステージ上の全員が初めて一斉に観客に顔を向け、照らされた観客席と一体となった。「私は自由になった/また新たな幻影(物語)を見つけるために」のフレーズのイーノ解釈は、歴史という名の「物語の累積」から解放され、自分自身で新たな物語を見つける自由を得た歓びだ。未来に希望を捧げるフィナーレ。

 この貴重な機会を無駄にするわけにはいかないとばかりに、「じゃあ、あと何曲かやるよ」と第二部がスタート。「50年近く前に書いた曲だ」のMCに場内にさざめきが走り、照明が緑/青/紫にスイッチしのどかな鳥の歌声と川のせせらぎが響き出す――名曲“By This River”だ。至福。ピアノのパートをハープが紡いだことで、アルカイックとモダンが混ざり合った不思議に根元的で透徹した原曲の味わいに素朴でメルヘンな響きが増している。ピアニッシモな美とメランコリーで内側から輝く素晴らしい演奏だった。

 続いて、最新作『Foreverandevernomore』から“Who Gives a Thought”。「誰が蛍のことを気にかけるだろう」という問いかけから始まる歌詞は、川のテーマ続きで納得だ。ディテールに富んだサウンドでアンビエントなサウンドスケープが構築されており、オケの繊細な演奏を堪能。ヤルヴィが振り始めたシェイカーにのってドラムがリズムを刻み、リオ・エイブラムスが軽やかなフレーズを吹き流す。「まさか、“Spinning Away”!?(だったら嬉し過ぎる!)」――と一瞬思ったが、ソロ・コンサートなのでやはりそんなことはなく、(これまたレアなイーノのヴォーカル・アルバム)『Another Day on Earth』収録の“And Then So Clear”。

 この晩初めて一般的な意味での「グルーヴ」が広がり、前列にじーっと座っていた高校生くらいの少年が嬉しそうに身体を揺らし始める。プロセスされたヴォーカルは『Age of』期のOPNを思わせる響きだったが、イーノらしいリリカルでポジなメロディと歌詞の朝焼けのイメージ、バラ色の照明に包まれ、ステージ上の38名が作り出す「歌」――文字通り全員が合唱し、「演奏」していないプレイヤーも楽器のボディを軽く叩きパーカッション部に貢献していた――はあまりに温かく、「アァァァ〜ッ」の最後のコーラスはゴスペル合唱団を思わせるグロリアスさ。これが普通のコンサートだったら、観客も立ち上がり歌に参加していたことだろう。

 スタンディング・オベイションと鳴り止まないアンコールの喝采を受け、パフォーマーがステージに戻ってくる。ヴィオラとチェロのリズミカルなリフがズン・ズン……と拍動し始めムードは一転、不穏に。マリンバも加わりスティーヴ・ライシュ的なミニマリズムが形成され、パッペンハイムの朗誦がダークなサウンド・ポエトリーを編んでいく。演奏後、この“Bone Bomb”(『Another Day on Earth』収録)の背景についてイーノは以下のように語った:

「新聞を読んでいて、自爆テロ犯になることを決意したパレスチナ人少女と、その逆の立場にいるイスラエル人医師の談話、その両方に出くわした。医師いわく自爆テロ犯の骨片は一種の散弾になり、被害・負傷は悲惨さを増す。一方、少女は自分が役に立つにはそれ以外にない、と考えている。実に悲しいことだ。曲を書いた当時(※第二次インティファーダ期)、私は『この紛争はなんとか解決するだろう』と思っていたが、もちろんそれは甘い考えだった」
「過去12日ほどの間に戦火は激化し、パレスチナ人の子供は4千人近く、おそらくイスラエル人もそれくらい命を落としている。にも関わらず英政府は、イスラエル支援のために軍艦を送り込んでいる。とにかく――停戦しようじゃないか! 今夜のマーチャンダイズ販売の収益はチャリティ団体『Medical Aid for Palestinians』に寄付されます。皆さんもぜひ、停戦を求める次回のデモ(※イギリスでは10月14日以来毎土曜に行進がおこなわれている)に参加ください。それが無理でも、寄付をしてください」

 このツアーの始まる少し前に、パレスチナ・イスラエルの即時停戦を訴えるアート・コミュニティからの公開書状にイーノは署名している。しかしこの真摯な人道的呼びかけに対し、満場一致の大喝采……とはいかず、客席の反応がやや及び腰だったのは軽いショックだった。イーノのファンであるような左派〜リベラル勢の間ですら、パレスチナ・イスラエル戦争に対するスタンスを表明することは一種のタブー、触れられたくない腫れ物なのか、と(もちろん、「純粋に音楽を聴くために来たのであって、政治に関する説教は要らん」と感じる観客がいても当然だが)。ちなみに前労働党党首のジェレミー・コービンも観に来ていたが、彼は「一般市民の犠牲に対する批判」としてパレスチナ支援を表明したことで反ユダヤ主義の疑惑をかけられ、党員資格を一時停止されたことがある。それくらい歴史的・政治的・感情的に複雑に入り組んだ問題であり、分断でささくれたこの時代、おいそれとクチバシを突っ込まない方が無難な「火中の栗」なわけだが、公なプラットフォームを持つ者としての責任を放棄せず、自らの信念をはっきり打ち出したイーノに筆者は感動した。

 「この曲を、パレスチナ・イスラエル紛争の犠牲者への一種の鎮魂歌に作り替えました」の言葉に続き、“Making Gardens Out Of Silence”。原曲は寂寥たるアンビエント・ピースだが、コオロギの鳴き声をイントロにサウンドがゆったり膨らんでいき、ヴォコーダー等で処理されたヴォイスの切れ端が織り込まれながら、やがてコズミックな聖歌に発展。宇宙へ――この感覚は、最後に披露された“There Were Bells”の悠久な響きにも流れていた。鳥の声のフィールドレコーディング(空)から始まり、現在のイーノが誇るディープな歌声がおごそかに(地に)降り積もっていく。「Never mind, my love / Let’s wait for the dove」――実に悲痛なメロディは、おそらくこの晩もっともエモーティヴな歌唱で客席に落ちてきた。ミラーボール調の照明はさながら光の祭典で、激しく隆起するサウンドもアナザー・ワールドに向かっていくが、イーノの歌は地に足を着けていた。

 まさに「乗り切った」と言いたい熱演。喝采の中、改めての挨拶でヤルヴィが「皆さん、ブライアン・イーノです!」と紹介し、ライヴ音響エンジニア(3名)&照明スタッフの秀逸な仕事にも謝辞が送られ、熱いねぎらいの喝采が起こる。楽団員、ゲスト・パフォーマーら、全員がステージ前列に並び、そろってお辞儀――これはロック・コンサートでは「お約束」の図式だが、中央のイーノがぼーっと突っ立ったままだったのが印象的だった(ヤルヴィに促され、「あ、そうだっけ!」とばかりに、慌ててお辞儀に参加していた)。ベテランでありながら、この人はどこまでも「素人」だ。

 その微笑ましい姿と、三世代――イーノを最年長に、中年(ヤルヴィ他)、青年(オケ)――が達成感いっぱいの笑顔を浮かべる光景を見ていて、イーノの語った音楽システムの「ヒエラルキー」を思い出した。彼は伝統的な西洋クラシック音楽のオーケストラ構造を、神を頂点に、その声を耳にし記譜した作曲家とそれを指揮するコンダクターが上部に、その下に演奏家が位置し、またそれら演奏家の中でも第一奏者から副奏者までいる……というトップダウン型のピラミッドになぞらえた。対してアフリカ音楽では、実はもっとも大事な基盤を成しているのは単純なビートを淡々と鳴らし続けるいわばヒラの演奏家だ。

 この形容は「音楽はそもそもその成り立ちからして政治的」という話の中で出て来たものだったが、後者の例が民主主義モデルのそれであるのは言うまでもない。この晩の演奏にしても、ポップ〜ロック系コンサートであればヴォーカルが担うフォーカル・ポイントは固定せず、歌う場面でたまにスポットライトが当たる以外はイーノも終始後方に潜んでいた。先述したように、「歌い手」ではない指揮者やオケのメンバーも合唱していた。有機生命体のように全パートが関わり合い、シナプスで連携し、その場の状況に自らの意志・判断でリアクションする集団。それはまさに一隻の大きな船だった。

 アンビエント曲をオケに翻案していく過程で、クラシック音楽界では耳慣れないような、抽象的なリクエストも飛んだことだろう。だが、ヤルヴィとバルト海フィルは「楽譜に書かれた通りの指定を忠実に遂行する」クラシックの伝統に縛られない若さ、そして生き生き自己主張しながらも全体像に貢献するポジなエネルギーで、イーノのアイディアを具現化したと思う。キャリア初期に、イーノはポーツマス・シンフォニアやスクラッチ・オーケストラといった、素人も参加OKの実験的な楽団に加わったことがあった。以降、アートの大海をひとりでボートを漕いで進むことが多かったとはいえ(エゴ云々ではなく、次々生まれるアイディアを形にするのにはその方が速いからだろう)、コラボレーションから生まれるシナジーは常に大事にしてきた。遂に理想的なオケと出会った彼は、75歳にしてこの初体験に果敢に挑んだ。その衰えないチャレンジ精神、サウンドとビジュアルに対する尽きせぬ好奇心、そして過去数年より顕著になっている活動家としての面をひとつにまとめて提示してみせた、まさに「イーノのナウ」が凝縮された素晴らしいコンサートだった。


SET LIST

The Ship
Fickle Sun 1
Fickle Sun 2 - The Hour Is Thin
Fickle Sun 3 - I’m Set Free

By This River
Who Gives a Thought
And Then So Clear
_________________

Bone Bomb
Making Gardens Out Of Silence
There Were Bells

フィッシュマンズ - ele-king

 少し落ち着いてきた。3日前にフィッシュマンズのツアー〝LONG SEASON 2023〟を観に行き、かなりコーフンして、人格などが変わり、しゃべり散らかしたあげく家に帰るまでがフィッシュマンズのライヴだと思っていたのに6時間寝て起きてもまだ同じで、昨日は取材の準備をしなければいけなかったのに何も頭に入らず、気がつくとフィッシュマンズを聴いているし、先ほど取材先から帰ってきてようやく地に足が着いてきた。おお、地面よ、そこにあったのか(『空中キャンプ』かよ)。あれから3日も経っているなんて信じられない。時の流れはほんともウソもつきすぎる。

 フィッシュマンズのライヴはルーティンにならない。佐藤伸治がいないライヴに行くか行かないかでいちいち悩むので、好きなバンドのライヴだから機械的に足を運ぶという感じにはならないから。ただ、「いちいち悩む」こともルーティン化してきたきらいはあるので、悩むことも込みでライヴに行っているとも言えるし、それはそれで機械的と言われれば反論はできない。悩む。あれこれ考える。一から考え直す。結論はない。毎年のように発見があり、どんどん上書きされていく。とはいえ、前回は忙しくて行かれなかったので、それほど考えずに今年はすぐに結論が出た。

 会場は超満員。男の方が多いだろうか。ぎっしりと人が詰めかけたZepp DiverCityを見て昔の野音にはポツポツと空席があったことを思い出す。金がないウッドマンがどうしても観たいというので事務所に頼み込んでムーグさんと3人でザ・KLFの話をしながら観ていたことがある。僕らの周囲には少し空席があり、こんなにすごいライヴなのにもったいないなーと思っていた。フィッシュマンズの出す音が空席にぶち当たってどこかに跳ね返っていく。ウッドマンは僕とムーグさんのよもやま話には加わらず、無言でフィッシュマンズを受けとめていた。7年前に彼が急死したという知らせを聞いて、巨漢の彼には野音の席が少し小さかったことを思い出した。

 この日のフィッシュマンズは茂木欣一、柏原譲、HAKASE-SUNの〝オリジナル・スリー(佐野ディレクターの命名)〟と、ダーツ関口、木暮晋也に加えて原田郁子も正式メンバーとしてクレジットされている。この6人が実にだらだらと登場してくる。どこにも緊張感が漂っていない。これだけ大きな会場なのになんの演出もなく、低いテンションでスタートするというのは明らかに自信の表れである。そして、その通り、“A Piece Of Future”であっという間に彼らの世界へオーディエンスを連れ去ってしまう。瞬時にしてやられてしまった感じ。そして、木暮晋也がヘンな節と声にエフェクトをつけて順にメンバーを紹介していく。いつものようでいつものようではない。煽られまくって僕も叫んでいる。

 ブレイクが入って次の曲に変わったのかと思ったら、まだ“A Piece Of Future”が続いている。このまま30分ぐらい演奏し続けて“LONG SEASON”と2曲で終わったらまた伝説じゃんと思ったけれど、さすがにそれはなかった。続けて“MAGIC LOVE”。急にテンポが上がったせいか、なんとなく勢いをつけ損ねたように感じるもすぐに立て直し、そつなく終わらせて“BABY BLUE”へ。これもまだエンジンがかかりきらず、演奏は及第点。この曲はもう少し疲れた頃に聴きたかった。やはりフィッシュマンズには陶酔させきって欲しいし、“MAGIC LOVE”の余韻にはちょっと合わない感じもあった。とはいえ、会場全体の揺れは早くもハンパない。客席が波のように揺れていた新宿リキッドルームの眺めが蘇る。踊りに没頭して周りが見えなくなればなるほど“BABY BLUE”の歌詞は突き刺さる。「今日が終わっても 明日がきて」というのは毎日が同じことの繰り返しで先に進む感覚がなく、その虚しさから生きることにはなにひとつ「意味なんかない」と思うほど自分自身の存在に価値が見出せない。そして「長くはかなく 日々は続く」と、「いま・ここ」に没頭(=実存主義)できないことに「泣きそう」になっている状態だと受け取れる。この感覚は“すばらしくてNICE CHOICE”の「そっと運命に出会い 運命に笑う」という現実の肯定と対になっていて、“幸せ者”の「みんなが夢中になって 暮らしていれば」感じられる気持ちだと作者はわかっているから“ナイトクルージング”で他者との出会いが実存的不安を解消してくれることを期待して「窓はあけておくんだ」と準備していることと結びつく。無に等しいと感じる個人が世界とかかわろうとすることをサルトルはアンガージュマンと呼び、60年代の若者はこれを政治参加の合言葉としたけれど、「60年代に生まれたかった」と話していた佐藤伸治はあくまでも主体的に「目的は何もしないでいること」とアンガージュマンを社会と切り離す方向で動機づけ、90年代に特有のアティチュードを模索した。いってみれば社会を前提としないアンガージュマンであり、「無に等しいと感じる個人」にとって、その価値は時間が流れる限り肯定と否定の感覚を繰り返さざるを得ない堂々巡りのようなものになる。泣いて笑って、泣いて笑って。何度も何度も何度も。遺伝子の乗り物ではなく、人間であるということはそういうことだから「止まっちまいたい」と思うのは自然な感情である。大脳を発達させ、感情豊かになったことの代償だと思うしかない。今日もきっとSNSは感情の不発弾であふれている。

 続いて“バックビートにのっかって”。バックビートというのは日本人にはほとんど演奏できないとされている洋楽の演奏技術。業界には「バックビートおじさん」というのがあちこちにいて「日本人には無理だ、日本人には無理だ」と連呼する習慣があり、バックビートを演奏できるなどと公言しようものならあちこちから「出来てない!」というヤジが飛んでくるにもかかわらず、それに「のっかって」と歌ってしまうのだからフィッシュマンズも挑戦的である。そして、佐藤伸治がフィッシュマンズのリズム隊にどれだけ信頼を置いていたかということがよくわかる曲名ともいえる。バックビートは4拍目から入って2拍目と4拍目を強調する「4入りの2・4」が基本とされ、これを茂木欣一はレコーディング・ヴァージョンでは3拍目にスネアを入れ、ライヴでは逆に3拍目を抜いたり、1拍目と3拍目では手数を増やすという叩き方だったのが、この日はシンプルに3拍目しか叩いていなかった(←最後が面白い)。また、“バックビートにのっかって”の♪あ~~~あ~あ~あ~~、という生暖かいスキャットが僕は大好きで、これとL・L・クール・J“Mama Said Knock You Out”の冷めきった♪あ~あ~あ~あ、と、戸川純“蛹化の女”の追いつめられた♪あ~あ、あ~あ、が僕の3大「あ~」です。次点でピンク・レディとT・レックス。きゃりーぱみゅぱみゅは入りません。

 続く“Smilin’Days Summer Holiday”でもドライヴ感は持続している。ベースがぐいぐいと渦を巻いて文句なしの流れをつくり出す。これも茂木欣一のドラムは『若いながらも歴史あり』では1拍目と3拍目で手数を増やし、『男達の別れ』では2拍目と4拍目を強調して重く沈み込ませるという叩き方だったのが、この日は“バックビートにのっかって”と同じく3拍目だけを強調していたと記憶。「あの外人みたいな髪型できっと同じことを考えてるぜ~」は何回聴いても笑うなー。佐藤伸治のいたフィッシュマンズにあって現在のフィッシュマンズにないのは、あの突拍子もない言語センスを駆使したMCなんだよな。急に雑誌名を連呼したり、「安いク○リ、やってんじゃないの?」とか。あればかりはもう無理なんだよな。続いて“いかれたBaby”へ。J~ポップからメタルまで幅広くカヴァーされた曲を本家の演奏で聴くという、かつてはなかった興奮を感じるも、韓国のアジアン・グロウによるシューゲイザー風のカヴァーが耳慣れてしまい、本家にしてはちょっと物足りなく感じてしまった。この曲と“SUNNY BLUE”は典型的なマンチェスター・ビートで、フリッパーズ・ギターと共に日本のロックが「聴くロック」から「踊れるロック」に変わった瞬間を刻印していることはとても重要なこと。ele-kingも最初はそこに反応したのに、なんでテクノと結びつけたように言われるのかわけわからん。ちなみに中国では“BABY BLUE”の方が人気で、Vログなどで無数にフィーチャーされ、フレックルズが2コーラス目を中国語で歌っているのがとても可愛い

 MCを挟んで客電が落ちると暗闇からアカペラで“頼りない天使”が聞こえてくる。ゲスト・ヴォーカルのUAがいつの間にかステージに立っていた。細い声の佐藤に寄せるより、思いっきり太い声で歌うUAはまったく違う魅力を感じさせる。いつも1人に向かって語りかけてくる佐藤に対して「不思議」という言葉が届く範囲が広がったように感じられ、単純に声量があるというだけで存在の儚さよりもこの曲が持つ慈愛の面が引き出されるということかもしれない。茂木のドラムがこの曲だけ2拍目にスネアを入れていたと聞こえたんだけど、僕の聞き違いだろうか。続いて“すばらしくてNICE CHOICE”。これは09年の「FISHMANS:UA」でもやっていたけれど、歌詞がUAには合わないというか、茂木のMCでもUAは生命力にあふれているとかなんとか話していた通り(手術して5日後にフェスでドラムを叩いていた茂木には言われたくないという気もしたけれど)、パワーがありすぎて、ぜんぜん「やられそう」じゃないのがどうもひっかかる。タナトスからエロスに引き返してくるところが“すばらしくてNICE CHOICE”の感動的なところなので、UAの歌い方だと強すぎて境界線上をさまよう立体感に乏しくなってしまうのである。これならいっそフォーク調で聴かせるUAの“甘い運命”を柏原譲のねっとりとしたベース・サウンドで聴いてみたかった。UAはしかし、絶好調だったのでしょう。曲が終わるとギャグが止まらず、お台場のガンダムをネタにしたり、モンキーダンス(?)を踊り始めたりと、いわゆるひとつの「大阪のおばちゃん」状態が止まらない。昨年末に細野晴臣のラジオ番組に出て、母の旧姓が平だから「タイラー・スウィフトです」と言って笑い転げていたそのまんまが続いていて。

 この流れにさりげなくハナレグミも加わり……いや、ほんとにさりげなく加わって“WALKING IN THE RHYTHM”へ。それまでの雰囲気とあまりに落差がありすぎて、かえってストンと曲に落ちることができた。スライとピンク・フロイドを合体させているにもかかわらず決然とした曲調を崩さず、フリーク・アウトの予感だけで持たせてしまうというのか、この曲が最も90年代と変わらない印象を残したかも。90年代のライヴ・アレンジは破茶滅茶過ぎて、この日はまだ遊びきれてない感じもあったりと、いや、つくづく佐藤伸治はお化けでしたよね。生きていたらリー・ペリーみたいになっていたのかな。UAがヒゲダンスを踊りながらステージから消え、ハナレグミがメイン・ヴォーカルの“夜の想い”へ。前の日になんとなく1曲だけ聴いたのがこの曲だったので、アイスクリームのあたりが出た気分。ZAKさんが「あれが『空中キャンプ』の始まりだった」というだけあって何かが始まろうとしている感じがじわじわと伝わり、“WALKING IN THE RHYTHM”の「歌うように歩きたい」から「I WALK」へとテーマが続いたのもよかった。フィッシュマンズは前期に昼間の景色を歌った曲が多く(“土曜の夜”は小嶋謙介作)、後期は夜の景色が増えるので、ここがひとつの分水嶺だったといえる。そして、次の曲が実際に「『空中キャンプ』の始まり」となる“ナイトクルージング”。“夜の想い”の「誰もが調子のいい夢」が“幸せ者”に受け継がれ、「いいことあるかい?」が“ナイトクルージング”の「いい声聞こえそうさ」につながっていく。ハナレグミの鼻声は甘えのようなニュアンスもありつつ、内面に踏み込ませないという拒絶の感触も微妙に混じっていて、「窓はあけておくんだよ」のところでもうひとつ切実なニュアンスを伴わない気がしてしまう。佐藤伸治も歌い方を変えたというのだから“ナイトクルージング”を歌う人はもっと努力しナイト。この曲はそんなに簡単な曲ではないと思う。

 “ナイトクルージング”の余韻もなく、すぐにプププーとベースが高音で鳴り、“LONG SEASON”が始まる。ツアー名で謳っているのだからやることはわかっているのに、なんか不意打ちだった。自分がいた場所のせいなのか、この日はHAKASE-SUNのキーボードが全部半音ズレているように聞こえ、“LONG SEASON”も最初はキーボードもベースもズレているように感じる。一緒に見ていた映画監督の朝倉加葉子はわざとやっていると言ってるんだけど、ほんとかなー。フィッシュマンズならやりかねないと彼女は言うんだけど、ズレて聞こえていたのが僕だけではなかったことは確か。ヴォーカルが入ったところで全部がピタッと合い、曲調が一気に加速する。ZAKさんによれば“LONG SEASON”をミックスしていた時にイメージしていたのはカン“Future Days”だったそうで、ヴォーカル・パートから演奏パートに移るあたりはなるほどなあと思えた。『空中キャンプ』のレコーディングを始める前、佐藤伸治はよくムーグさんの家でクラウトロックを聴いていたそうで(だからジャケットに「NEU」の文字)、もしかすると「UP & DOWN」という歌詞もハルモニアに由来するのかなとか。そして、茂木欣一のドラム・ソロがとんでもなかった。照明のせいもあって、なんだか幻影師アイゼンハイムみたいに見え、ピアノのループが鳴り続けているので実際には時々ブレイクを挟んでいるのだけれど、延々と続くドラム・ソロが様々な景色を描き出し、ドラムだけを聴いているという印象ではなかった。しかも、そのままメンバーが戻ってきて一気にピッチを上げたスピードコアに変容。一度だけペイヴメントとの対バンで聞いたパンク・ヴァージョンかと思ったけれど、ライヴが終わってから確認できたのは、あれはモール・グラブへのアンサーだったということ。昨年12月にメルボルンで行われたモール・グラブのDJでオープニングに“LONG SEASON”が使われたのはいいんだけれど、それは彼らがエディットしたヴァージョンで、とんでもなく回転数を早めたものになっていたのである。これを聞いたマネージャーの植田さんが最初に言った言葉が忘れられなくて、彼女の反応は「この手があったか!」というもの。「なんてことするんだ」とか「これじゃ曲が台無し」ではなく、現在のフィッシュマンズを現在進行形で捉えていなければ、とっさにこの表現は出てこなかっただろう。これに関してはアンサーを返そうとするフィッシュマンズもすごいけれど、植田マネージャーも大したものです。おかげで過去最高に長い〝LONG SEASON〟を聴くことができました。ここまでヒット曲大会だったステージは記憶の片隅に眠っていた“FUTURE”でエンディングを迎える。〝A Piece Of Future〟で始めたから〝FUTURE〟なのかなとは思うけれど、大騒ぎの締めくくりに、何もかもが夢だったかのような感触を運んでくる“FUTURE”というのはあまりにも絶妙。2年前にドミューンで川辺ヒロシが“LONG SEASON”の後に“むらさきの空から”をかけたのもグッときたけれど、今回の流れもとてもよかった。

 そして、アンコール。メンバーが出てくるまで手拍子が途切れなかった。こういうことは昔はなかった気がするけれど、自分でも手拍子がやめられないし、フィッシュマンズがかつてのフィッシュマンズとは違うなら自分だってすっかり変わってしまったのだなと自覚する。フィッシュマンズを聴いてこんなに楽しく騒いでいる自分になるとは想像もしなかったし、そう思うと現在のフィッシュマンズを否定し続ける佐藤伸治至上主義者には絶対にいなくならないで欲しいと思う。皮肉でいっているのではなく、「止まっちまいたい」という感情に強く共感したことは確かだし、自分のなかにもそれが少しでも残っていると思いたいから。

 再び客電が落ちて真っ暗になり、誰かが“POKKA POKKA”を歌い出す。「心の揺れを静めるために静かな顔をするんだ」~と、その日初めて聞く声。ライトがつくとGEZANのマヒトゥ・ザ・ピーポーだった。神宮外苑前で樹木伐採に反対する人たちがミニ・フェスをやった時(PAはZAK)と同じく全身真っ赤な衣装で、カズレーザーみたいだと思っていると、どんどんマヒトゥのヴォーカルに引き込まれる。人の曲を歌って「自分のものにする」という言い方があるけれど、歌詞はまったく同じなのに佐藤とは異なるマヒトゥなりの苦悩があるように聞こえたというか。「だれかにだけやさしけりゃいい」というのは佐藤伸治が当時、観ていたTVドラマ『ロングバケーション』で木村拓哉が言うセリフで、マヒトゥが歌うと佐藤とは人との距離感がまったく違うように感じられ、そもそも佐藤伸治はどうしてこの曲をつくろうと思ったのかと考え始めてしまう。続いて“Weather Report”。そろそろ疲れて終わりが近いという時にこの曲というのはオーディエンスには酷な気がする。ここから、さあ、踊るぜというモードになって、次で終わりというのは何か間違ってるだろー。茂木欣一も「じゃあ、朝までやるか!」と自分で言ってたじゃないか。そんな気分になる曲だし、この曲はもっと早い方が全体に勢いがついていいと思うんだけど。心のなかでそう叫んでもUAやハナレグミもまた出てきて、いかにも大団円といった雰囲気になり、あとはよく覚えていない。朝までやるといったのに「最後です」と前言をひるがえして、あと一曲やるというので“ひこうき”だろうと思ったら、“ひこうき”だった。一度でいいから“シーフードレストラン”で終わって欲しい(ウソ)。

 3時間半のステージが終了し、快く疲れて弛緩していると視界にグレッグ・オールマンが入ってきた。よく見ると髪を伸ばしまくった佐野ディレクターである。「今日の譲はすごかった」と佐野さんは柏原譲のテクニックが『若いながらも歴史あり』の頃に戻ったとコーフンしている。そうかもしれない。ベース・ソロがなかったことが不思議なくらい柏原譲は柏原譲だった。予想通り、会場には外国人の数も増えていて、ベースが技を見せると「ファンタスティック!」という声が飛んでいた。佐野ディレクターはそして、今回のツアーTシャツ「FISH IS WATCHING YOU」を着ていた。またしても「A」がない。そして、そのことについて話をしていて僕は「I’M FISH」は「I’M A FISH」の間違いだとずっと思っていたのだけれど、これはムーグさんがわざとやったのだということを初めて知った。「魚」ではなく一種の抽象概念(=something fishy)だと。ちなみに「FISH」はスラングで「ムショ帰り」とか「キリスト」という意味もあったりするのであんまり外国では着ない方がいいかもしれません。「抽象概念としての魚があなたを見ている」というのは、しかし、ちょっと怖くないですか。「魔物が落ちてくる」よりはいいのかな。

Slowdive - ele-king

 スロウダイヴの音は、いつも現実から微かに、かつ決定的に浮遊している。サイケデリックなサウンドでもあるのだが、もっとヨーロッパ的とでもいうような、ロマンティックかつ幻想的ともいえるムードがある。そもそもシューゲイザー的なフィードバック・ノイズの奔流は、切り裂くような攻撃的なものはなくて、「この世から逃避するために、われわれの知覚を幻想的な領域へと連れ去ってくれる」ものだ。甘く、刹那で、しかし永遠を希求する音楽とでもいうべきかもしれない。

 そしてスロウダイヴは、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインやライドなどのシューゲイザー・オリジンのなかでもとくに耽美的であり幻想的なムードを放っているバンドである。音楽における幻想性はときに不思議な影響力と普遍性を持つ。それゆえ彼らの影響力は多岐にわたっている。シューゲイザー界隈に留まらず、エレクトロニカ、ドリーム・ポップ、ヘヴィ・ロックのアーティストやリスナーからジャンルを超えてリスペクトを捧げられている。たとえば2003年という早い時期にドイツのエレクトロニカ・レーベル〈モール・ミュージック〉からトリビュート・アルバム『BLUE SKIED AN' CLEAR-morr music compilation』がリリースされているほどである。
 また今年リリースされた米国のニュージャージーのシューゲイザー・バンド、スロウ・サルヴェイション(Slow Salvation)『Here We Lie』(大傑作です)、米国のニューヨークのパトリック・J・スミスによるドリーム・ポップ・ユニット、ア・ビーコン・スクール(A Beacon School)『yoyo』、イタリアのシューゲイザー/ドリーム・ポップのバンド、グレイジィヘイズ(Glazyhaze)『Just Fade Away』などもスロウダイヴの影響を強く受けているように思う。スロウ・サルヴェイション『Here We Lie』は、スロウダイヴのサイモン・スコットがマスタリングを手がけているのだ。

 さて、前作から6年の歳月をかけてリリースされた『everything is alive』は、これまでのスロウダイヴのアルバムのなかでもとくに「純度」の高い仕上りであった。そう、つまり彼らならではの幻想的で浮遊感に満ちた「響き」が混じり気のないサウンドで実現されていたのだ(リリースは〈Dead Oceans〉から)。
 これはファースト・アルバムにして深い音像を実現している『Just for a Day』(1991)、ブライアン・イーノも参加している傑作セカンド・アルバム『Souvlaki』(1993)、音響派的なミニマルなサウンドへと至ったサード・アルバム『Pygmalion』(1995)などの90年代のアルバム、約22年ぶりの復帰作に、て彼らの新たな代表ともなった『Slowdive』(2017)などすべてのアルバムを通しての感想である。つまり彼らの「素」がもっともよく出ていた。

 『everything is alive』は、まるで澄んだ水を飲むように体に浸透していくようなアルバムである。音は濁りがなく、コンポジションはスムーズ。アンサンブルも磨き抜かれていた。だからといって簡素なアルバムというわけでもない。モジュラー・シンセを用いたミニマルな電子音や、ニール・ハルステッドやクリスチャン・セイヴィルのギターが繊細にレイヤーされたサウンド、レイチェル・ゴスウェルの透明なヴォーカルが楽曲を満たしていく音楽でもある。そこにサイモン・スコットのドラムが、まるで無重力を舞うようにビートを打ちつけるのだ。ニック・チャップリンのベースもまた同様である。まさに完璧なスロウダイヴ・アンサンブルと言えよう。

 『everything is alive』は全8曲が収録され、計42分という比較的コンパクトなアルバムである。その「適度さ」「丁度よさ」はまさにヴェテラン・バンドならではのバランス感覚であった。しかし同時に音のシャワーを浴びるように聴いていると、ふと迷路に迷い込んだような錯覚をするときもある。いっけん聴きやすい音だが、現実から浮遊する力は、これまでのアルバム以上だ。
 注目すべき曲は、やはり1曲目 “shanty” だろう。イントロはミニマルな電子音ではじまり、そこにギター、ヴォーカルが折り重なっていく。音が重なっても重くならず、どんどん浮遊感が増してくる。このアルバムはもともとモジュラー・シンセサイザーを用いたエレクトロニックな作風を目指してデモ制作がはじまったというが(結果的にはスロウダイヴ的な音に収斂していった)、その「名残り」はアルバム中の曲のそこかしこに聴きとるがことができる。とくに “shanty” は、イントロの電子音から、そのエレクトロニックなムードを聴きとることができる曲である。
 加えてポップなメロディが印象的な3曲目 “alife”、5曲目 “kisses”、8曲目 “the slab” もアルバムを代表するトラックである。ミニマムなアンサンブルとサイケデリックな浮遊感に満ちたサウンドが魅力的で、今後、彼らを代表する曲になるのではないか。個人的にはアンビエントなシンセサイザーが波のように重なり合う “andalucia plays” に惹かれた。どこか『Souvlaki』期を思わせるシンセの扱い方の曲であり、彼らのアンビエント感覚がよく伝わってくるサウンドであった。

 アルバムは、どうやらメンバーの家族の死が重要な要素になっているようだが、死の概念へと抽象的に引っ張られているわけではない。そのサウンドにはどこか「明るさ」すらあるのだから。
 こんな不思議なムードのバンド/サウンドは世界中どこにもいない。シューゲイザーの精神的オリジンともいえるコクトー・ツインズの遺伝子をマイブラ以上に濃厚に継承しているバンドといえる。本作『everything is alive』は、そんな彼ららしい現実から浮遊するような「幻想的な響き=アンビエンス」が余計なデコレーションなく、体現した稀有なアルバムなのである。

interview with Gazelle Twin - ele-king

 作曲家、プロデューサー、シンガーであるエリザベス・バーンホルツの別名として知られるガゼル・ツインの作品は、トランスフォーメイション(変化・変容)によって定義されてきた。2011年に『The Entire City』でデビューした際には、マックス・エルンストの鳥のような分身、ロプロップに触発された衣装でパフォーマンスを行った。2014年の『Unflesh』では、彼女の学校の運動着をモチーフにした衣装を身に着け、ナイロン・ストッキングを頭にかぶって顔を覆い、内臓をえぐるような(ホラーな)音楽を演奏した。これまででもっとも高い評価を得た2018年のアルバム『Pastoral』では、バーンホルツは、アディダスのトレーナーに野球帽をかぶり、ブレグジット派とリトル・イングランドの有害な遺産を標的にした邪悪なハーレクインに扮している。

 ニュー・アルバム『Black Dog』では、仮面ははずされたものの、彼女はまだ自分自身に戻ったわけではない。このアルバムでは、イギリス・ケント州にある農家を改造した家で過ごした幼少期に遡り、彼女を含む家族の何人かが遭遇した超自然的存在で、アルバム・タイトルとなった黒い犬が取り上げられている。一家は彼女が6歳の時に引っ越しをしたのだが、彼女のなかには漠然とした恐怖が残っており、一人目の子を出産した後にそれが余計に強くなっていた。そこで、彼女は古い記憶を掘り起こして幽霊話に没頭し、自分を悩ませているものの正体を解明しようとしたのだ。
 以前、バーンホルツはガゼル・ツインを操り人形に例えていたが、今回は自分自身を媒体として声をチャネリングさせている。アルバム中に撹拌された、薄気味悪いエレクトロニクスの響きは、時折不穏な静けさに中断され、聴く者を不安にし、時には不気味なサウンド・デザインと激しいヴォーカル・パフォーマンスの両面で、後期のスコット・ウォーカーを彷彿とさせる。完璧なハロウィーン向きのサウンドトラックともいえる。このアルバムは、ホラー映画『Nocturne』などの彼女の最近のスコアをリリースしているInvada Recordsからの初のソロ・アルバムとなっている。

だから子どもたちには、反抗心を植え付ける必要がある。学校では無理なら、家庭でね。

数日前に初めて『Black Dog』を聴いたのですが、ジェニファー・ケントの『The Babadook(ババドック 暗闇の魔物)』を思い出しました。この映画はご覧になりましたか?

GT:一度飛行機のなかで観たのだけど、もう一度観なくてはと思っています。自分が親になる前に観ていて、映画については微かな記憶があるだけ。いま観ると、また違ってみえると思う。

かなり不快に思われるかもしれませんね。ホラー的な要素がありながら、実生活での難しい子供の母親であることの痛みが混ざり合っていますから。見ているものが本当に超自然的なものなのか、あるいは母親の経験が明示されているのかがわからなくなります。

GT:この映画が公開され、自分が母親になってから、この映画について書かれたことをたくさん読みました。おそらくもう一度観たら、ショッキングだと思う。このレコードで出てきた表現のように。親にとっては間違いなく普遍的なものなのに、ほとんど語られることがないように思う。

その理由は、子どもを持つ経験をした人たちが、他の人が親になるのを怖がらせないようにするためでもあるのでしょうか?

GT:それもあるでしょう。そして、それは自分だけの唯一無二の経験だと思っていて、他の人が同じような経験をするとは想像したくないのかもしれない。そして、一定の人たちは、このことをどこかへ埋めて忘れてしまい、前に進みたい気持ちもあるのだと思います。女性が出産について語るときにも似ていて、あんなに痛くて大変な思いをするのは無理だと思いつつ、次の日には「ふむふむ。私はやり遂げた!」という感じ。でもときには、その経験があまりにも強烈で、無視できないこともある。想像以上に物事がひっくり返るような経験だから、みんながもっとそれについて語ればよいのにと思っている。それはすごく大きなトランスフォーメイションで、人間関係や、個人的な感覚や肉体的な感覚においてもそう。とても壮大で重大な出来事だから。これほど長い間、人間がそれを続けてきたことが信じられない! うまくいかないこともあるようだけど、それは起こり続けているしね。

幽霊や不吉なことに付きまとわれる性質には、ほとんど不安や憂鬱、そしてストレスがテンプレートのようにセットになっているのだと思う。物事には生理学的な繋がりがあって、幽霊のループでは、同じことを繰り返す幽霊と、同じ音を繰り返し出すことが繋がっているのではないかと感じる。

『Babadook』を思い浮かべたもうひとつの理由は、映画の結末を覚えていらっしゃるかわからないけれど、彼らを恐怖に陥れていた生物が、まるで手に負えないペットのように、地下室に住み着くことになってしまったからです。関係性が変わり、もはや恐怖の対象ではなく、共存することを学ぶようになった。あなたがアルバムで書いた黒い犬が、アルバムを通してヌメっと現れる存在であるところにも、共通点を感じました。

GT:そうね、それは魅力的な繋がりかもしれない。今晩、絶対に映画『Babadook』をもう一度観てみるわ(笑)。アルバムを制作する過程で、こういうものを観たり、接したりした微かな記憶を辿ったのだけど、当時は怖く感じていなかったことに気付いた。その奇妙さを思い出したのは歳をとってからで、兄弟や父と話して、彼らの同じような体験のヴァージョンを共有することで、これは奇妙で、変で、怖いことだと気がついたのです。このレコードでは、最初はごく大雑把に幽霊について書いたものだったのだけど、子ども時代から10代、大人、そして親に成長するまでの間に経験した不安や鬱との関係性と深くからみついたものになった。幼少期の記憶というのはずっと残っていて、ループされて止めることができないの。

ご兄弟やお父さんも経験したことだったのですね?

GT:たぶんね。いま、そのことを話そうとすると、兄弟はすごく積極的で真剣に語るから。彼にとっても多くのことが未解決なのだと思う。父の方は、いつもそのことを喜んで話してくれるんだけど、多くのことが、なんというか……ありがちだけど、時間がたつにつれて内容が変わっていくの。ストーリーが洗練されていったり、語り口も少し変化したり。でも、私と、特に兄弟が100%の確率で覚えているのは、それが小さな黒い犬だったということ。彼は犬がベッドの下で鳴いているのを聞いたというし、興味深いことに、犬を見たこと、匂いを嗅いだことも覚えているの。私が覚えているのはそれとはかなり違って、それはいつも、ただの影で、ベッドの横に存在する小さな頭部だった。父の話だと、夜中に犬が唸り声をあげたのを覚えていると。それはかなり怖いと思うけど(笑)。それらが、このアルバムのイメージの原動力になっているのはたしかね。でも同時に私のなかでも、それは、実存的で象徴的なものになった。幽霊や不吉なことに付きまとわれる性質には、ほとんど不安や憂鬱、そしてストレスがテンプレートのようにセットになっているのだと思う。物事には生理学的な繋がりがあって、幽霊のループでは、同じことを繰り返す幽霊と、同じ音を繰り返し出すことが繋がっているのではないかと感じる。このアルバムの制作時に、例えば何度もトラウマのような経験を思い返してしまうPTSDの仕組みと似ている部分が多くあることに気がついた。自分で助けを求めて行動を起こさなければ、そのサイクルを断ち切ることはできない。怪談も同じで、断ち切らなければならないループがあって、そのループは、トラウマになるような、精神的な苦痛をともなう経験によって引き起こされるのだと考えられる。ごめんなさい、話がゴチャゴチャになってしまった……。もう4杯もコーヒーを飲んでしまったわ。

いえいえ、全部いい話ですよ。Bandcampの『Black Dog』 のページには、このアルバムの制作期間が5年にわたったとありますが、かなり長い時間の作業だったのですね。

GT:そう、本当に長かったです。予想していたより長くかかってしまったけど、2年間は、COVIDで中断されてしまったし。COVIDよりも前に、もう一人子どもを産もうと決めていて、最初のロックダウン中にその子供が生まれた。これには良いこと、悪いことの両方があったけど、より時間をかけて考えを煮詰めることができたわ。このアルバムを作ろうと思ったのは、本当に瞬間的なことで、『Pastoral』ツアーの最終公演の会場が幽霊の出そうな場所で、一歩足を踏み入れると、瞬時に違和感と不快感に襲われた。そこに何か得体のしれないものがいるような。その場所に居るのが嫌で、ショウの間は本当に不安だった。でもその日、ショウの後に「次のアルバムは幽霊をテーマにして、自分はその霊媒になろう」と思いついた(笑)。複数の声を通す導管になるというのが2019年頃の計画だった。それ以降、その計画が頭にあって、超常現象や幽霊や祟りについての話や理論に浸っていた。ポッドキャストや映画、本などを通じて、本当に怖くなり、心が高ぶっていった。知人にもそれぞれの物語を語ってもらった。できるだけ多くのヴァージョンを集めたかったし、これまでに自分の超常現象について語ったことのない人たちの話も聞きたかったから。

このような探求プロセスを経た後、どのようにして音楽で表現するに至ったのですか?

GT:おかしな話だけど、そのこととの繋がりを意識する前に、すでに多くの曲を作っていた気がします。アルバムの大半は、今年のはじめ頃に作ったの。音楽をわりと早く完成させることができたのは、それまでに大量の感情や思考を貯め込んでいて、今にも吹き出しそうだったから(笑)。その前年の夏に友人の家でサンプルをたくさん作っていた。Moog (Sound) Labという、基本的には可動式の素晴らしいアナログ・スタジオを使用する機会を得たの。全部ヴィンテージのMoogの機材で、さらにサリー大学のものだと思われるヴィンテージのVCS3もあって、光栄にも、夏の間、借りることができた。私の家にはそれを置く場所がなくて、友人の家に置かせてもらったというわけ。私は友人の家に行って奇妙な音を出して、音源を家に持ち帰り、コンピュータに入れるだけであまり触らなかった。そして、今年の初めにまたその作業を再開し、曲に編み込み始めた。音楽作りはとても幽玄なことだと思う(笑)。私にとって、完成するまでは、それが何の意味も持たないものに思えるし、私の脳がそうなっているのかわからないけれど、半分ぐらいはやったことを覚えてもいないの。ただ、何曲かは、レコーディングするのにかなりの苦痛が伴う作業だったことは覚えている。すべてが一気に出てきて、歌詞も溢れ出てくる。レコーディング中、私はとても感情的になり、自分を律する必要があった。それと同時に、溢れ出てくるものに驚いてもいた。「これは何? 私から溢れ出てくるこれは何なの?」と。

このアルバムについてあなたが言っていた、媒体としての役割についてですが、過去にあなたはガゼル・ツインをご自身のアイディアを表現する操り人形のようなものだと説明しました。表面的には、操り人形と媒体は似たような機能を持つものだと思えるのですが、あなたにとっては違いがあるのでしょうか?

GT:そうね、とても近いものだとは思います。たぶん、媒体という概念は、幽霊のルートを辿る以前から頭にあったことだと思う。ガゼル・ツインについては、何枚かアルバムを出したり、プロジェクトを進めたりするうちに、自分自身のキャラクターやヴァージョンが乗っとられるのを許容した自分を感じたのだけれど、でも実はそれとはまた何か違うものだったりする。過去2枚のアルバム『Pastoral』と『Unflesh』では、それらのキャラクターに独自の方法で命が吹き込まれたのです。ライヴ・パフォーマンスでは、私の体のなかで事前に計画したわけではない動きが生まれ、それがぴたりと合って、自分の体のなかを力強く流れているように感じました。まるで憑かれているような、ほとんど悪魔的な奇妙な出来事で、その体験が、まるで霊媒になって自分のなかに霊魂を流し込むようなことだと感じた。その時、幽霊のことを思いついて、そのふたつを掛け合わせてみたというのが本当のところかな。

11月には、このツアーが予定されていますよね。どのような内容になるのでしょう?
この音楽のレコーディングは苦痛の伴うものだったとお話されましたが、そのような経験を何度も繰り返すことになるのでしょうか。あるいは、繰り返すうちに楽になるのでしょうか?

GT:最終的には後者の方であってほしいです。ライヴについては、おそらくそれが理由で、これまででいちばんアンビヴァレントな気持ちになっています。まず、今回は仮面を伴わずに、自分をさらけだすことになるので。完全な自分自身であるとは言わないけれど、私という者の正体が見えやすいでしょう。音楽も、このレコードでは鼓動が高まるような激しく容赦のないビートは多くない。瞬間的にはそのような場面もあるけど、今回は大きく、感情的に歌いあげる部分や大きなコード・チェンジもあります。レコードを通じてムードが大きく変化する。これまでのライヴでは、容赦なく鼓動が高まるような、まるでワークアウトのような状態を、深く考えることなくできていましたが、今回はより多くの思考や、うまくペースを作ることも必要になる。正しいウォームアップが必須だし、自分の身の置き所を間違えないようにしないといけない。

そうそう、このアルバムであなたは本当に歌いあげていますよね。思いっきり!

GT:本当に、大きく歌い上げる場面が多いんです。ツアー中に風邪でもひいたら台無し。

そういう季節でもありますしね。

GT:そうなの。すでにCOVIDや胃腸炎などの悪夢へと向かう時期だし。ツアーに出るには最悪の時期だけど、なぜかいつもこの季節になってしまう。秋にアルバムを出し、寒くて皆が体調を崩しやすいときにツアーに出るという……。

長い間、インディーズで音楽をリリースしてきたガゼル・ツインのソロ・アルバムを、初めてレーベルからリリースする理由は何でしょうか?

GT:長年、私をサポートしてくれている〈Invada Records〉との継続的で本当に素晴らしい友情と関係を築くことができ、彼らが私にチャンスを与えてくれたからです。『Pastoral』の後、私はそれを喜んで受け入れました。それまでは、すべてのレコード発売のためにPRS基金(イギリスの新しい音楽と才能開発のための慈善資金提供団体)やその他から資金を調達し、関係者に報酬を支払い、作品を制作して世に送り出すまで、あらゆることをする必要があった。いずれはレーベルと契約したいという野心は常に持っていました。誰かと一緒に仕事をすることで、スケール感を大きくすることができるし。オファーされたとき、頭を悩ます必要はまったくなかった。私は物心ついた頃からポーティスヘッドの大ファンだったし、ジェフ・バロウが〈Invada Records〉と関係があることは知っていたから。私は彼に少しばかり恐れを抱いていたと同時に、いつかは出会えるかもしれないと密に期待していました。まだ会えてはいないけど、会えることを願っています。

まだ会えていないのですか。

GT:そうなんです。彼らはブリストルにいるし、ロックダウンやら、子どもたちの誕生やら色々なことがあったので、まだブリストルに挨拶しに行けていません。でも2月にブリストルでショウをやるので、その前には彼らに会えるといいいのだけど……。これまではすべてがリモートで行われていたし。皆信じられないほどのハードワーカーで、思いやりにあふれた人たち。長いお付き合いになるといいのだけど。いまこの時というのは、音楽業界にとって非常に厳しい時期で、Brexit(英国EU離脱)がそれをさらに悪化させている。彼らには、『ストレンジャー・シングス』のサウンドトラックのような大きなリリースもあるのに、それさえも利益を出すのが難しいと聞いて、とても憂鬱な気分になります! でも、彼らは仕事を続けていて、それを目の当たりにするのはすごく刺激的。彼らはその仕事を愛しているから、やらずにはいられない。そのような姿勢の人たちと仕事をするのは最高です。

多少、頑なで血の気の多いぐらいの方が、長い道程を歩めることもありますよね。

GT:その通り。粘り強く、できることをやり続ける。沈没しない限りは。タイタニック状態でない限り!

ただただ、希望の光が差し込むことを願うばかり。トーリー党はもう終わらせなければならない。彼らが一掃されなければ、おかしいと思う。そうでなければ、その時点で私は絶望してしまう。だからこそ、私はファンタジーの世界に引きこもるの(笑)。

『Pastoral』の話に戻りますが、これはBrexitの後、私が最初に聴いたアルバムのなかで、イギリスで起こった大きな分裂について、心の中を整理する方法を教えてくれたもののひとつでした。他の多くの人にとっても、同じように心に響いたようですね。

GT:そのようですね。なぜだかはわからないけれど……。まず、タイミングはよかったのだと思う。インディーズでのリリースで、少々PRSの資金提供は受けていたけど、広く流通させるつもりはなかった。でも、なぜか人びとの心に響いたようで、いくつか素晴らしいレヴューや書き込みがありました。ただ自分が田舎に引っ越したときの気分をレコードにしたつもりだったから、驚いたというのが本当のところ(笑)。イギリス人であること、突然そのアイデンティティについて少し疑問を感じてしまうこと。私は常に歴史に興味を抱いてきたけれど、歴史と宗教などがアイデンティティを形成し、それがイギリス人のアイデンティティにどのように使われてきたのか。私は親になったばかりだったので、少し変になりそうだった。そのことを心底バカにしたり、からかったりしたいと思っていた。少しパンクな態度をとろうと思った。本当に悔しかったし、腹立たしく感じていから!

それを発表して反響を得たいま、あなたはイギリスについてどのように感じていますか? 遠くから見ていると、どんどん悪化しているように見えるのですが。

GT:相当ひどい状況だと思う。私の知り合いでも億万長者でないほとんどの人は宮殿のなかでほんの数人によって決められたことのせいで、突然、ライフスタイルのダウングレイドを余儀なくされた。私は自分の正気を保つために、政治の話についての記事や、それにまつわる日々更新されていく負のループから距離をとる必要があった。私は自分の子どもたちの幼少期を、常に絶対的な落胆や鬱々とした感覚に覆われたものにはしたくない。でも、残念ながら彼らはすでにそれらの影響を受けているし、これからの彼らの人生にもかなり影響すると思う。腹立たしいのは、1980年代のトーリー党(保守党)の時代でさえ、私はもっと良い時間を過ごしていたということ。学校では、私に親切ではなかった数人を除けば、楽しく過ごせたし、良い教育、音楽教育を受けることができた。

(音楽教育は)いつも真っ先にカットされるものですよね?

GT:本当に信じられない!  トーリー党のイデオロギーのどこかに、アーティストたちが物のわかった人たちであることを知っていて(笑)、彼らの繁栄を許せば、自分たちの所にやってくるという認識があるのではないかと思う。それはあるんじゃないかな。だから子どもたちには、反抗心を植え付ける必要がある。学校では無理なら、家庭でね。

次の総選挙に期待。

GT:ただただ、希望の光が差し込むことを願うばかり。トーリー党はもう終わらせなければならない。彼らが一掃されなければ、おかしいと思う。そうでなければ、その時点で私は絶望してしまう。だからこそ、私はファンタジーの世界に引きこもるの(笑)。まったく異なる方向に興味を持つことの方が、よほど見返りがあるというものよ。ところで、あなたは日本のどのあたりに居るの?

東京です。

GT:ああ、そうなの! 本当にいつか東京に行ってみたいと思っているの。ショウをしにでも、旅行でもいいから。息子たちがスタジオ・ギブリの大ファンだし。私、正しく発音できてた? 「ギブリ」?「ジブリ」?

「ジブリ」ですね。

GT:なるほど。これでわかったわ!

いまは、ジブリ・パークもあるんですよ。映画に出てきた場所などが再現されていて、『となりのトトロ』の家に行ったりできる。

GT:ああ、それは子どもたちより私の方が興奮するかもしれない。今日も家を出るとすぐに「Hey Let’s Go」(「さんぽ」の歌詞〝あるこう〟の英語版)を口ずさんでいたぐらいだから。うちの子のひとりは、レインコートを着て、もうひとりは小さな虎のつなぎを着ていたのだけど、車のなかではこの曲をかけさせてくれず、かわりにヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュースの“パワー・オブ・ラヴ”をかけさせられたわ。

それは興味深いチョイスですね。

GT:彼らは『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が大好きだからね。とくに車のデロリアンが。実は、私が子どもの頃に好きだったものばかりなんだけど。

 

interview with Gazelle Twin

by James Hadfield

The work of Gazelle Twin – the alias of composer, producer and singer Elizabeth Bernholz – has been defined by transformation. When she debuted with “The Entire City” in 2011, she performed in a costume inspired by Max Ernst’s birdlike alter ego, Loplop. With 2014’s “Unflesh,” she donned an outfit based on her school PE kit and pulled a nylon stocking over her face while performing visceral body(-horror) music. 2018’s “Pastoral,” her most acclaimed album to date, found Benrholz she adopting the guise of a malevolent harlequin in Adidas trainers and baseball cap, as she took aim at Brexiteers and the toxic heritage of Little England.

On new album “Black Dog,” the masks are off, but she still isn’t quite herself. The album reaches back to the early years of her childhood, spent in a converted farmhouse in Kent, where she and some of her family had encounters with a supernatural presence – the black dog of the title. Although the family moved when she was six, an inchoate fear stayed with her, and grew stronger after the birth of her first child. So she started dredging up old memories and immersing herself in ghost stories, trying to understand what exactly was haunting her.

While Bernholz has previously compared Gazelle Twin to a puppet, this time she saw herself as a medium, channeling voices. The album’s churning, eldritch electronics, punctured by moments of uneasy calm, make for a disquieting listen, at times recalling late-period Scott Walker both in the uncanniness of the sound design and the intensity of the vocal performances. A perfect Halloween soundtrack, in other words. It’s her first solo album for Invada Records, which has also released some of her recent scores, including for the horror film “Nocturne.”

I listened to “Black Dog” for the first time a few days ago, without reading anything about it beforehand, and it was making me think of Jennifer Kent’s “The Badadook.” Have you seen the film?

I’ve seen it once, on a plane, and I really need to revisit it. I have a faint memory of what that film is, and I watched it before becoming a parent. I think it would be very different watching it now.

Yeah, it might be quite uncomfortable. The way it has this horror element, but then just mixed in with the real-life pains of being a mother to a very difficult child. It makes you question whether what you’re seeing is something genuinely supernatural, or if it’s this manifestation of what the mother is going through.

I’ve read a lot about it since it came out, and since I’ve become a parent. I think it’s going to be a bit mind-blowing if I watch it again, in terms of what has come out on this record – which is a universal thing, no doubt, for parents. It’s just rarely spoken about, I think.

Do you think that’s partly because people who've gone through the experience of having kids don't want to scare anyone off from becoming parents themselves?

I think it is partly that. I think also, you know that it’s your experience, and unique, and you don’t want to presume that anyone else will necessarily have that same experience. I think also, there’s a certain degree of wanting to just bury it, and just move on. It’s kind of similar to how women talk about childbirth. You can’t believe that it’s possible to go through so much pain and effort, but then the next day you’re like: “Hmm! I've done it.” But sometimes, the experience can be so intense that you can’t really ignore it. I wish people did talk more about it, because it really does turn things upside down, in many ways – many more ways than I ever imagined it would. It’s a huge transformation that happens: in a relationship, but then in your own individual sense, and your physical sense. It’s just an epic, momentous thing. I can’t believe people have been doing it for so long! It doesn’t seem to work that well, sometimes, but it does keep happening.

I guess another reason I was thinking of “The Babadook” is because – I’m not sure if you remember the ending of the film, but this creature that’s been terrorising them, they end up with it living down in the basement, almost like an unruly pet. It’s like the relationship has changed, so it’s not this object of fear any more, but something that they're learning to coexist with. Reading what you’ve written about the black dog – which is this presence that looms throughout the album – it seemed like maybe there was some similarity there as well.

Yeah, that’s a really fascinating connection to make. I'm definitely going to go and watch “The Babadook” again tonight (laughs). Through the process of making the album, I went from these very faint memories of this sort of thing that I would see, and interact with – which I was never afraid of at the time. It was only through the bizarreness of remembering it when I was older, and then conversations with my brother and my dad about their version of it, that made me think: God, that’s creepy and weird, and scary. The record started out as something, very broadly, about ghosts, and became much more intertwined with my development from childhood into teenhood, into adulthood, into parenthood, and the connection with anxiety and depression. These memories of childhood just linger, and they stay with you – it's just like this loop that doesn’t stop, and I couldn't put it to bed.

So this is something that your brother and dad also experienced?

Well, supposedly. I mean, when I try to talk to them about it now, my brother’s very active and very serious about it. For him, a lot of it, I think, is unresolved too. I know that my dad was always really happy to talk about this stuff, but a lot of it’s kind of... you know, things change over time, the way people tell their story. The story gets refined, or the narrative slightly shifts. But from what I remember – and my brother absolutely, 100% remembers this – it was a small dog, a small black dog. He remembers hearing it under his bed, he remembers seeing it and smelling it – which is quite interesting. For me, it was very different: It was just a shadow, it was a small head that was by the bedside. My dad, I think, had a story about seeing it growling at him in the night, which is pretty terrifying (laughs). And obviously, that drives a lot of the imagery of the album. But also, it’s become something that's really quite symbolic to me, as an existential thing, really. I think there’s so much in the nature of ghosts and hauntings that is almost like a template for anxiety and depression, and stress. I feel like there’s connections in the physiology of things, the looping of ghosts – if you're talking about a ghost that does the same thing over and over again, or the same sounds. I became aware, when I was making this album, just how many similarities there are with how PTSD works, for example, and you’re reliving a traumatic moment, over and over again. You can’t break the cycle until you seek help and you do something about it, and it feels like ghost stories are the same. They’re this kind of loop that needs to be broken, somehow, and those loops are supposedly caused by these emotionally traumatic events. Sorry, I’m really, really waffling. I’ve had four coffees.

No, it’s all good. Looking at the Bandcamp page for “Black Dog,” it says you were working on the album over a five-year period. So it was quite a drawn-out process, right?

Yeah, really long. Longer than I really expected, but we had a couple of years’ interruption with COVID. I’d already decided before COVID that I was going to have one more child, and it just so happened that I had that child in the first lockdown – which was good and bad, really, but it gave me more time to just sort of stew. I made the decision to make the album, really, on a split-second moment – on the last show of the “Pastoral” tour, in fact, in what I felt was a haunted venue. I’d walked in and felt instantly different and weird. I just had that instant sense of, like: There’s something in this room. I really didn’t like being in there, and I was really anxious during that show. But that day, at the end of that show, I thought: I’m going to make the next album about ghosts, and I’m going to be a medium (laughs). I'm going to be like a conduit for multiple voices to come through – that was the plan, back in 2019. Then over that period of time, I kind of kept that in my head, and I just lived and breathed stories and theories about the supernatural, and about hauntings and ghosts. I was listening to podcasts, watching films, reading books – getting myself really scared and worked up. I was asking people I knew, as well, to send me their stories, because what I wanted was to have as many versions of paranormal events as I could, stuff from people that have never really spoken about it before.

When you’re going through all this process of exploration, how did you then go about expressing that in music?

Well, it’s funny, because I think I'd probably made a lot of the music before I’d clocked the connections. I think that the majority of the album was made this year, the beginning of this year. It came out quite quickly, and I think I’d just stored up so much of these feelings and thoughts that I was ready to blow (laughs). I’d made a lot of samples in my friend’s house the previous summer. I had the chance to use the Moog (Sound) Lab, which is a really amazing analogue studio, basically, that’s mobile. It’s all vintage Moog equipment – plus there was a vintage VCS3, which I believe belongs to the University of Surrey, that lent it to me for the summer. I was really privileged to have that, and my friend had to put it in their house, because I didn’t have space for it. I’d be going there and making these weird sounds, and then bringing them home and just putting them on my computer and not really touching them. But then I went back to it early this year, and started to kind of weave them into songs. Making music is a very ethereal thing, I think (laughs). For me, it doesn’t really seem to make any sense until it’s all done. I don’t remember even doing half of it – I don’t know if that’s just the way my brain is – but I do remember that quite a few of the songs were very wrenching to record. They would come out in one go, and the lyrics would just sort of pour out. I’d be very emotional during the process of recording, trying to sort of gather myself up, but also kind of surprised at what was coming out. It was like: What is this? What’s this thing flowing out of me?

With what you were saying about acting as a medium on this album: In the past, you've described Gazelle Twin as being like a puppet for your ideas. On the face of it, a puppet and a medium would both seem to serve a similar function, but what’s the distinction for you?

Yeah, I think it’s very close. I think the idea of the medium thing had already been in my head, before I’d gone down the ghost route. I’d actually thought of Gazelle Twin – you know, having come a few albums down the line, and a few projects down the line – I thought it’s like I'm allowing myself to be taken over by these characters, or these versions of myself, but they’re kind of something else. With the previous two albums, “Pastoral” and “Unflesh,” those characters came to life in their own, very unique ways. In the live performance of them, there would be movements that would just happen, in my body, that I didn’t plan, but they felt really right – like it was fully flowing through me, that energy. It’s almost like being possessed. It’s this almost demonic, strange event. So I had it in my head – I was thinking it’s like being a medium, and letting these spirits flow through me. Then I hit on the ghost thing, and I just put those two things together, really.

You're going to be taking this on tour in November. What’s that going to involve? You were just saying how wrenching it was to record some of these songs – do you think you’ll be having to go through that experience again and again, or will it perhaps become easier with repetition?

Well, I hope the latter, by the end. I am more ambivalent than ever about the live shows – for that reason, I think. Firstly, I don’t have the mask thing going on: I’m very much revealed. I wouldn't say I’m completely myself, but I’m very much visible. And with the music, there isn’t so much pounding, intense, unrelenting beats on this record. There are moments of that, but there’s a lot of moments of big, emotional singing – and chords, lots of big chord changes. There’s a lot of shifts in mood throughout the record. I think where I’ve previously been able to put on a live show that’s just relentless and pounding, and it’s kind of a workout situation – I can do it without thinking too much about it, and really go for it – this time it’s going to require a lot more thought, and a lot more pacing. I’m going to need to really warm up properly, and get myself in the right space and stuff.

Yeah, because you really belt it on this album. I mean, God!

There’s a lot of big singing, yeah. I’ll be buggered if I have a cold or anything throughout the tour.

Yeah, it’s that time of year as well, isn't it?

Yeah, exactly, I know. We’re already heading into the nightmare of COVID and stomach bugs and all that. It’s the worst time of year for me to ever be going out on the road, but it just happens that way every time. I always end up doing autumn records, and going and touring when it’s freezing, and everyone’s ill.

Having released all your music independently for such a long time, this is the first Gazelle Twin solo album that’s coming out on a label. What was the reason for that?

Just a sort of ongoing, really nice friendship and relationship with Invada Records, who had begun to support me over the years, and they just offered me that chance. I was all for it, after “Pastoral.” I’d gone through various stages of funding to release every record that I’d done; I had to have funding from the PRS Foundation and elsewhere to make that happen, to pay people, to get it made and get it out there. I’d always had the ambition to be signed, eventually, because it’s potentially a really nice thing to have – to work with somebody, and to be able to increase the scale of what you do. It was a no-brainer for me when they offered. For as long as I can remember, I was a huge Portishead fan, and I always knew that Geoff (Barrow) was associated with Invada Records. Whilst I was a bit terrified of him, I was secretly hoping that one day I might be able to meet him – I haven’t yet, actually, but I hope to.

Oh, have you not?

No, because they’re in Bristol, and since all this stuff’s been happening, it’s been lockdown and kids, so I’ve never been able to get back to Bristol to say hi or anything. But I’m doing a show in Bristol in February. Hopefully I’ll see them before then – but no, everything’s been remote so far. They all work so hard – I can’t believe how hard they work – and they really care. I hope it’s a longterm relationship. It just happens to be a really bad time for the music industry at the moment, where Brexit makes it even harder. Some of the records that they’ve released, like the “Stranger Things” soundtrack – these are huge, huge things. And to know that even that is hard to make a profit, or whatever, it’s so depressing! But they carry on doing it, which is more impressive, because they just love it so much. It’s all they know. I love working with people who have that attitude.

A bit of bloody-mindedness gets you a long way, sometimes.

Absolutely. Yeah, you’ve got to be persistent, and just carry on if you can. As long as things aren’t sinking. As long as you’re not in a Titanic situation!

Just going back to “Pastoral”: After Brexit, it was one of the first albums I’d heard that really gave me a way of, I guess, processing this great schism that had happened in the UK. It seems like it resonated with a lot of other people, too.

Yeah, I mean, I don’t know... well, I do know why. Firstly, I think just the timing was probably quite lucky. You know, it’s an independent release. I had a bit of PRS funding, but we hadn’t planned for it to get really widely distributed. But it did seem to chime with people, and there were a couple of really excellent reviews and write-ups about it. I was surprised, really, because I thought I’d just made a record about what it feels like to move to the countryside (laughs). And being English, and then suddenly facing that identity and questioning it a bit, and wondering. You know, I’ve always been interested in history as well – history and religion, and how these things make an identity, and how they’ve been used in English identity. But I was also a new parent, and going a bit crazy. Also, I felt like I really wanted to mock things. I really wanted to take the mickey a bit, and just have a little bit of a punk attitude towards it. I was really frustrated, really angry.

Having put that out and seen the response it got, I was wondering how you feel about England now? Because looking from afar, it seems like stuff just gets worse and worse.

It’s a bit of a shit show, I think. For most people I know who aren’t millionaires, they are suddenly having to downgrade their lifestyle because of decisions made by a few people in a palace. I have had to step away from reading all about political life, being connected to the eternal loop of misery that is generated on a day-to-day basis, just for my sanity. I don’t want my children’s early years to be constantly overshadowed by this sense of absolute dejection and gloom – but unfortunately, it’s affecting them, and is going to affect them for a lot of their lives. It makes me so mad that this stuff is even... you know, I had a better time in the 80s, and it was still a Tory government. I had an amazing time at school – apart from individuals who weren’t kind to me – but in terms of education, music education.

It's always the first thing that gets cut back, isn't it?

It begs belief, doesn’t it? I think, somewhere in the Tory ideology, they know that artists are enlightened (laughs) and they know that they’ll be coming for them if they’re allowed to flourish. That’s part of it, really. There’s that rebelliousness that needs to be instilled (in children) – if it’s not at school, then at home.

Roll on the next general election.

I hope that genuinely brings a glimmer of hope. I mean, the Tory party have to be finished. I’d find it ludicrous if they didn’t get wiped out. I’d be in despair at that point, I think. But I think this is why I retreat into a world of fantasy (laughs). It’s so much more rewarding, isn’t it, just to be interested in a completely other dimension. Whereabouts in Japan are you, by the way?

Tokyo.

Oh, wow. I really hope to come to Tokyo one day, whether for a show or just to visit. I’ve promised to bring my boys there one day, because they’re massive Studio Ghibli fans. Have I said that right? Is it “Gib-lee” or “Jib-lee”?

“Jib-lee."

Right. Now I know!

They have the Ghibli Park now, as well. They’ve recreated some of the locations from the films, so you can go to the house from “My Neighbour Totoro” and stuff like that.

Oh, I’d probably be more excited than my children. I was literally singing “Hey let’s go!” as we left the house this morning. My little one was in a raincoat and one in a little tiger suit. They didn’t let me put it on in the car – we had to listen to "The Power of Love" by Huey Lewis and the News instead.

That’s a curious choice.

Well, they love it because of “Back to the Future.” They love the car, the DeLorean. It’s all stuff that I loved, really, when I was a kid.

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