『子どもたちの階級闘争』(みすず書房)に『いまモリッシーを聴くということ』(ele-king books)にと、最近大忙しのブレイディみかこですが、ここにきて幻のデビュー作『花の命はノー・フューチャー』が文庫化されました。「DELUXE EDITION」とのことで、書き下ろしや未収録原稿など、200ページもの大幅増補版となっています(紙の『ele-king』の連載からも一部収録)。過去の原稿の多くには新たに「後日談」が書き加えられており、昔の自分の原稿に突っ込んでいる現在のブレイディさんとの対比を楽しむことも。さらに解説はアナキズム研究者の栗原康、推薦文は小説家の佐藤亜紀と、豪華な面子が脇を固めています。ブレイディ・フィーバー、きていますね。この機会に、彼女の原点に触れておきましょう。
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ニック・ハキムの名前を初めて目にしたのは、2014年の秋に発表されたジャイルス・ピーターソンのコンピ『ブラウンズウッド・バブラーズ 11』でだった。このシリーズはまだ無名に近いアーティストやブレイク前の注目株を発掘していくことでも定評が高いのだが、ここではムーンチャイルド、ゴー・ゴー・ペンギン、アル・ドブソン・ジュニア、フォテイ、ジェイムズ・ティルマンなどの作品とともに、ニック・ハキムの“アイ・ドント・ノウ”という曲が収録された。ギターの弾き語りやピアノをバックに切々と歌うインディ・フォーク調のこの曲は、同年夏に発表されたEP「ホエア・ウィル・ウィ・ゴー」の第2集からピックアップされた。自主制作となるこのEP第1集と第2集は、彼の実質的なデビュー作品となるもので、後にカップリングされてアルバム形式でもリリースされている。
ワシントンDC生まれで、その後ブルックリンに引っ越し活動をおこなうニック・ハキムは、マルチ・インストゥルメンタリスト、プロデューサー、シンガー・ソングライターと多彩な顔を持つ。白人だがブラック・ミュージックからの影響も強く、マーヴィン・ゲイ、カーティス・メイフィールド、マッドリブ、MFドゥームなどを聴いてきた。一方では、両親の影響で南米のフォークに親しみ(両親は南米系の血筋のようだ)、兄の影響でザ・クラッシュから地元ワシントンDCのフガジやバッド・ブレインズなどパンクにも触れてきた。そうした中から自身の音楽性を育んで、ボストンのバークリー音楽院に進んで本格的に作曲や音楽制作を学び、在学中に前述の「ホエア・ウィル・ウィ・ゴー」をひとりでコツコツと制作していった。卒業後にブルックリンに出てきてからは、同じ白人の女性シンガー・ソングライターのエミリー・キングと一緒にツアーをおこなうなど、ソウルとフォークの中間に位置するようなアーティストと言える。そして、ブルックリンに出てきて書き溜めた楽曲をもとに、正式なデビュー・アルバムとなる本作『グリーン・ツインズ』を完成させた。
ニック自身は『グリーン・ツインズ』について、「RZAがポーティスヘッドのアルバムをプロデュースしてたら、どんなサウンドになっていただろうかと想像したかったんだ。フィル・スペクターとアル・グリーンの“バック・アップ・トレイン”、RZAとアウトキャストのドラムのプログラミングをエンジニアリングのテクニックで実験したんだ。あとはザ・インプレッション、ジョン・レノン、ウータン、マッドリブ、スクリーミング・ジェイ・ホーキンスをたくさん聴いたよ」と述べている。それに加えて個人的にはシュギー・オーティス、ロバート・ワイアット、ルイス・テイラー、初期のデヴィッド・ボウイなどを彷彿とさせる曲が並んでいるなと感じた。リズム・ボックスによるローファイ・サウンドの“ローラー・スケーツ”は、スライ・ストーンからシュギー・オーティスへと繋がるようなラインで、“ベット・シー・ルックス・ライク・ユー”はカーティスのザ・インプレッションズのようなスウィート・ソウル風。フォーキーなサウンドの中にサイケデリック感を湛えた表題曲の“グリーン・ツインズ”や“カフド”は、ロバート・ワイアットやシド・バレット、『スペース・オディティ』の頃のデヴィッド・ボウイを思い起こさせる。ドゥー・ワップからカーティスの影響を感じさせるファルセット気味で歌いながら、ときにボウイがやっていたようなバリトンの低音も聴かせる。あと、セールス・ノートではマイ・ブラッディ・ヴァレンタインのことも引き合いに出されていたのだが、“TYAF”にそうした要素があるとともに、この曲にはニックが幼い頃に聴いたパンクの影響もあるだろう。“ゾーズ・デイズ”はマーヴィン・ゲイ的なソウル・マナーに基づくが、アブストラクトでサイケな味付けがルイス・テイラー的と言えよう。“ザ・ウォント”や“JP”など切々と訴えかける曲は、ジョン・レノンやロバート・ワイアットのようなアーティストと同じ匂いを感じさせる。
EPデビュー時からつきあいのあるアンドリュー・サルロが共同プロデュースをするほか、本作もほぼニックひとりで作曲・演奏・制作・録音をおこなっている。ミックスはサルロがおこなっており、ざっくりとラグドなローファイ・サウンドが基調だが、ビートはずっしりと重みのあるものとしている。ジャジーなサックスをフィーチャーした“ミス・チュー”のダウナー感覚、「RZAがポーティスヘッドのアルバムをプロデュースしてたら」という言葉を思わせる“ファーミスプリーズ”で、そうしたサルロのミックスが生かされている。「RZAとアウトキャストのドラムのプログラミングをエンジニアリングのテクニックで実験したんだ」というのは、“JP”のような曲を指すのだろうか。そして、シューゲイズの手法によるサイケデリックな音響効果が全面に張り巡らされているため、“ベット・シー・ルックス・ライク・ユー”や“ニーディー・ビーズ”のように甘い曲でも、幻覚のような肌触りを感じさせる。グロテスクなジャケットで損している感の『グリーン・ツインズ』だが、ニック・ハキムのシンガー・ソングライターとしての技量と、絶妙な音響効果や録音・編集作業が結びつき、2017年の男性アーティストの作品としてはサンファの『プロセス』と並ぶ傑作が生まれた。
特集:コーネリアスのすべて
著者:天井潤之介、磯部涼、宇野維正、小川充、小野島大、河村祐介、北沢夏音、デンシノオト、野田努、畠中実、マーティン・ロバーツ、松村正人、三田格、矢野利裕、ほか
その生い立ちから初めてザ・スミスを聴いた夜、小沢健二との出会い、フリッパーズ・ギター解散からコーネリアスへ、そして『ファンタズマ』から新作『Mellow Waves』へ、その半生を語る超ロング・インタヴュー。初めて公開する幼少期の家族写真、中高時代など、貴重な写真も多数掲載な……、11年ぶりの新作『Mellow Waves』をリリースするコーネリアスを大特集!
■contents
小山田圭吾ロング・インタヴュー(北沢夏音/野田努/松村正人)
『Mellow Waves』クロス・レヴュー(松村正人、野田努、宇野維正)
対談:小山田圭吾×坂本慎太郎「求め合う音と言葉」
INTERVIEWS
瀧見憲司「狂えるスタイルとコーネリアスの関係」
辻川幸一郎「音楽に感応する映像」
中村勇吾「ロジックを絵筆にカタチをつくる」
宇川直宏「ハイテクノロジー・ブルース~90年代以降の映像と音楽の実験史」
イアン・F・マーティン「クール・ジャパンとウィアード・ジャパン」
本田ゆか「コーネリアスのユニバーサルランゲージ」
SK8THING「併走する感覚」
高橋幸宏「もしかしたら売れるかもしれない」
コラム
三田格「乾いた孤独 The90's and Cornelius」
松村正人「キュレート・オア・エディット」
畠中実「音響作家小山田圭吾」
マーティン・ロバーツ「メロウどころじゃない 『ファンタズマ』以降のコーネリアス」
ジョシュ・マデル「コーネリアスのアザー・ミュージック」
コーネリアス ディスク・ガイド
天井潤之介/磯部涼/宇野維正/小川充/小野島大/河村祐介/杉原環樹/デンシノオト/野田努/松原裕海/松村正人/村尾泰郎/矢野利裕/吉田雅史/与田太郎/吉本秀純
BIOGRAPHY
小山田圭吾略年譜
2002年、ジェイムズ・スティンソン=ドレクシアは死んだ。その深海から発せられる「信号」のようなマシン・ソウルなデトロイト・テクノ/エレクトロ・サウンドは生きながらにして神話的・伝説的であったわけだが(エイフェックス・ツインも彼に称賛の声を贈る)、2002年というまだ世界が完全にインターネット化(=可視化)する直前に亡くなったことで、彼は本当に「伝説」になり「神話」になった。 じじつ、ジ・アザー・ピープル・プレイスやジャック・ピープルズ名義など、彼の「遺産」を発掘するかのように、リイシューや未発表トラックのプロジェクトは現在でも続いている。彼の死は中断ではなく、継続としてある。
では、ジェイムズ・スティンソンの死以降の世界、つまりは、このどうしようもないほど荒廃した時代を生きる者たちは、どうサヴァイヴしていくべきか。ジェイムズ・スティンソン=ドレクシアによる深海の信号のごとき狂気のエレクトロニック・サウンドは永遠不滅だが、しかし彼が生きていた時代より世界はさらに「荒廃」してしまった。深海からの信号も、世界のノイズによって掻き消されてしまいそうにもなるだろう。となれば、その十字架を新しい神話として解放しなければならない。
ジェイムズ・スティンソンとともにドレクシアとして活動をしてきたジェラルド・ドナルドは神話の十字架を十二分すぎるほど背負っているはず。じじつ、彼のユニット、ドップラーエフェクトはデトロイト・テクノの「神話」の継承者ではあり、開放者でもある。
本作は、そのドップラーエフェクト、10年ぶりの新作だ。リリースはベルリンの〈レジャー・システム〉。アルバムとしては、2002年の『リニア・アクセラレーター』(〈インターナショナル・ディージェイ・ ジゴロ・レコード〉)、2007年の『カラビ・ヤウ・スペース』(〈リフレックス〉)に次いで3作目になる。10年ぶりのアルバムとはいえ2013年以降は〈レジャー・システム〉から継続的にEPをリリースしており、2014年には同レーベルからあのオブジェクトとのスプリットEP『ヒプナゴギア』を出し話題を呼んだ。まさに新作への機は熟していたといえよう(現在のメンバーは、女性エレクトロ・アーティスト、ミカエラ・トゥ=ニャン・ バーテル)。
それにしても、やはり、この新作には驚かされた。まさかビートレスな作風でアルバムを1枚制作するとは(2013年にリリースされたヴィソニア(Visonia)との共作『Die Reisen』にその傾向はあったものの、である)……。
しかしこれまた不思議なのだが、ビートレスになったことでデトロイト・テクノ的な感覚がより全面化したようにも思えた。なぜだろうか。むろん、ビートレスとはいってもベースはあり、シーケンスとベースが絡み合うことで独自の律動と身体性はある。だが、それより重要なことがあるのだ。
そう、あの湿った、そしてクリアな、シンセ・パッドの音色である。あの錆びた工業地帯に滴る冷たい雨のような電子音である。それは未来への夢想と、相反する憂鬱で湿ったブルース感覚であり、シンセサイザーによる感情の表出だ。同時に本作には感情をメタに再構築していくような数学者のような知性も感じる。レーベルからは「反復プロセスとしての数学的成長や低下にアプローチしており、それぞれのデータインプットは全体モデルに対して個別に考慮されている」という謎めいた一文もアナウンスされているほどだ。
そう、ジェラルド・ドナルドは、明らかに世界の「荒廃」を意識しているのではないか。「反復プロセスとしての数学的成長や低下にアプローチ」しているのだから。それゆえ本作の音楽/音響は、まるで荒廃した地上に降る雨のように鳴り響いている。「雨」とは、メッセージであり、現象であり、音楽である。深海から発せられる「信号」から、地上に降り注ぐ「雨」へ。「雨」は世界も濡らすが、その冷たい質感は世界のありようを変えてしまうだろう。つまりは音楽のように。もしくは世界への救済のように。じじつ、2曲め“Von Neumann Probe”には、まるで讃美歌のような澄んだ声が鳴っているではないか。
ジェラルド・ドナルドは彼のやり方で、ドレクシア(とデトロイト・テクノ)を継続し受け継いでいるのだろうか。荒廃した世界に、音楽/音響という雨を降らすことによって。それもまたマシン・ブルースのひとつの方法だ。むろん、それは相当にハードなことではあるのだが……。
![]() Formation Look At The Powerful People Warner Bros. / ホステス |
いま、ロンドンでインディ・ロック・バンドをやることのリアリティとは何だろうか。デビュー・アルバムを放ったばかりのフォーメーションに訊きたかったのは、ある意味でこれに尽きると言っていい。グライム全盛と伝えられるいまのロンドンにあって、バンドを選択することはけっして簡単ではないのではないか。しかもフォーメーションは、移民の子であるリットソン兄弟の双子が中心になっているのを筆頭として人種的な構成は多様で、その身にまとったタトゥーとストリート・ファッションからは今風の行儀のいいおぼっちゃんバンドという印象を受けない。彼らはストリートを知っているようだし、一見何かに逆らっているように見える。では何に?
ヘヴィなベースラインと裏拍を意識したドラミング、そこに乗っかってくるカウベルやコンガといったパーカッション、そして多彩な音色によるシンセの色づけを個性とするフォーメーションの音は、ヒップホップやファンクから影響を受けたエクレクティックなダンス・ロックだ。それは「分断」がキーワードとして取り沙汰される現在のUK(と、世界)に懸命に逆らっているようにも見える……。
が、じつは、その折衷性はザ・クラッシュの時代から連綿と続いてきたUKバンドの伝統でもあり、「らしさ」でもある。またその上で、サウンドの複雑さに比してあくまでストレートにキャッチーなメロディで開放感を謳歌するフォーメーションは、何かに無理矢理逆らうのではなく、自分たち「らしさ」を自然に伸び伸びと放っていることがよく聴けば理解できる。持っている個性を生かすためには、本来多様なジャンルの受け皿となり得るロック・バンドがフィットしたということなのだろう。そうした衒いのなさが彼らの魅力であり、そのことがよく伝わってくる取材であった。
多くのロンドンっ子たちが口にするように、若くて金のない連中にとってかの街はますます住みにくくなっているようだ。移民であればなおさらだろう。だが、フォーメーションはそのことを嘆いたりわめいたりするのにエネルギーを使わず、ダンサブルで情熱的な音を鳴らしながら隔たりなく他者と繋がろうとする。その屈託のない前向きさこそが、フォーメーションのグルーヴの源である。
怒りから生まれるポジティヴなエネルギーってあると思うんだ。壁にパンチする代わりに僕たちは音楽をやってるんだ(笑)。 (マット)
■東京の街はもう見ましたか?
マット・リットソン:ああ、昨日着いて、原宿と新宿を見たよ。
■ロンドンと東京とどんなところがいちばん違うと思いますか?
ウィル・リットソン:たくさんありすぎるよ!
マット:規模がロンドンよりとにかく大きいよね。
ウィル:東京はひとが親切だし、安心感のある街だと思うよ。
■ロンドンのミュージシャンに話を訊くと、いまはとにかくジェントリフィケーションの問題がキツいと話してくれることが多いんですね。何もかも高くなっていて、若者が暮らしにくいと。あなたたちもバンドをやっている上で苦労を感じますか?
ウィル:うん、すごく感じるね。
■音楽をやるのも厳しい?
ウィル:演奏するための楽器がまず買えないんだよね。寄付をもらうこともできるんだけど、申請して認めてもらうためにはきちんとした書類を提出しないといけないし、審査が厳しい。若いうちはキャリアもまだないから、それをもらうのは大変だね。
マット:音楽を作ったり演奏したりする場所もないしね。
■バイオを見るとガレージで演奏していたと書いてあるのですが、そういう環境も影響していますか?
ウィル:ああ、そうだね。母親のガレージで演奏していたよ。
マット:リハーサル・スタジオに通ってたんだけど、お金が払えなくてね。
ウィル:まあでも、ジェントリフィケーションだけじゃなくて、金がないっていうのは誰にでもあることなんだけどね(笑)。
■なるほど。おふたりは音楽的な家庭で育ったのですか?
マット:親がミュージシャンだったってわけではないんだけど、父親がレコード・コレクターだったからね。
ウィル:あと母親も音楽好きで、僕たちに音楽を習わせようとクワイアに入れたりしていたね。
自分もそうだし、友だちや家族もそうなんだけど、みんなタトゥーが好きで同じ模様を入れてたりするから、その繋がりという意味でタトゥーをフィーチャーしたんだ。 (ウィル)
■いまイギリスでは社会的階層によって聴く音楽が分離しているという話も聞くのですが、あなたたちもそんな風に感じることはありますか?
ウィル:そんなことはないんじゃないかな。
マット:以前はあったかもしれないけど、いまはそんなことないと思うよ。
■ワーキング・クラスや貧しい若者たちがいまロンドンで聴いている音楽は圧倒的にグライムだって話も聞くんですけど、そんなこともないんでしょうかね?
マット:うん、そうだね。グライムの作り手はやっぱり貧しいところから出てきていると思うけど、聴き手はワーキング・クラスやアンダークラスに限られているわけじゃないと思う。
■いっぽうで、バンド音楽はどうでしょう?
マット:バンドもそうだと思う。
ウィル:つまり、どの階級のひとが作ったかは問題じゃなくて、いまみんなが気にしているのは、その音楽が正直であるかどうかなんだよね。グライムにしてもインディ・バンドにしてもメジャーなポップスにしても、自分たちが作りたい音楽を作っているかが重要で。そうじゃなくて、何か決まったものになろうとしている音楽にはみんな惹かれないからね。グライムは作り手の真実が感じられるから、強いコネクションを感じるリスナーが多いんじゃないかな。
■では、フォーメーションのリスナーも特定の階層や人種に限られていないのでしょうか?
ウィル:そうだね!
■なるほど。では話題を変えて、“ラヴ”のヴィデオを見るとタトゥー文化がフィーチャーされていますよね。
ウィル:そうだね。
■これはどういった意図によるものなのでしょうか?
ウィル:タトゥーってイギリスではワイルドなイメージがあると思うんだけど、“ラヴ”のヴィデオでは自分たちの周りのひとたちとの繋がりや愛を表現しているんだよ。自分もそうだし、友だちや家族もそうなんだけど、みんなタトゥーが好きで同じ模様を入れてたりするから、その繋がりという意味でタトゥーをフィーチャーしたんだ。
■ちなみにあのヴィデオでは本当に入れてるんですよね?
ウィル&マット:そうだよ! (と言って腕のタトゥーを見せてくれる)
■ほんとだ(笑)。クール! たとえば僕もタトゥー文化に憧れはあるんですけど、日本ではまだまだ反社会的なものだというレッテルを貼られることも多いんですよ。反抗的なイメージをタトゥーに持たせたかったっていうことはないですか?
ウィル:そんなことはないよ。イギリスでは日本よりもタトゥーが受け入れられていると思うし、みんな普通に入れてるからね。
■ただタトゥーのことは置いておいても、フォーメーションのイメージって反抗的なところがあるとは思うんですよね。
ウィル:うーん、わからないけれど、それはイメージ戦略というよりは音楽から来ているものだと思うんだよね。アグレッシヴだったりダークだったり……そういうものが力になってる。自分たちがワルだとか犯罪者だとかって言いたいわけではなくて(笑)、音楽を通じて反抗を表現しているのかもしれない。
■なるほど。フォーメーションって言葉もいいと思うんですよ。奇しくも去年ビヨンセが“フォーメーション”という曲でとても評価されましたけど、いま、連帯というイメージを持っている言葉なのかなと。あなたたちはフォーメーションという言葉にどんな意味を込めましたか?
ウィル:それはビヨンセのヴィデオと同じだよ。僕たちもフォーメーションという言葉に連帯という意味を持たせたかった。ただ、あの曲で僕たちはインターネット上では埋もれてしまったんだけどね(笑)。
■(笑)ちなみにそのビヨンセやケンドリック・ラマーは、政治的な態度としてもアメリカで評価されていますが、共感するところはありますか?
マット:グレイトだよ。ケンドリック・ラマーは素晴らしいよね。70年代のヒップホップは、政治や世のなかのことに触れながら自分が思うことをまっすぐに伝えようとする意志があったけど、そのあと扱うトピックがつまらないものになっていった傾向があると思うんだよね。いまそれが戻ってきて、まさに彼らがやっていると思うんだよ。
ウィル:そうだね。ヒップホップは自分たちのあり方を提示してきた音楽だけど、彼らはいまそれをやってるよ。
■ただいっぽうで、若い音楽リスナーがそういったUSのヒップホップやR&Bばかり聴いて、イギリス発の音楽をあまり聴かないという風にも聞くんですけど、そういった実感はあまりないですか?
ウィル:そうは感じないかな。僕はいま28歳なんだけど、自分たちの世代は分け隔てなくいろいろな音楽を聴いてるひとが多いと思うよ。イギリスではアデルやゴリラズが世界的に成功しているし、みんなそのことを誇りに思っているんだ。僕たちはたくさんの音楽の良いミックスを聴いているんだよ。
■なるほど。ただゴリラズにしても、世界の音楽を貪欲に取り入れていますよね。フォーメーションもUSのヒップホップやアフリカの音楽など、たくさんの音楽から影響を受けていますが、そんななかでも、自分たちはイギリスのバンドだとアイデンティファイしているのでしょうか?
マット:強く意識はしているわけではないかな。
ウィル:そこが重要だとは思っていないんだ。
マット:僕たちは世界中のオーディエンスと繋がりを持ちたいからね。
■意識してユニヴァーサルなものを目指している?
ウィル:いや、と言うより、どこの音楽を取り入れるかよりも、自分たちのパーソナルな部分を取り入れるほうが僕たちにとっては重要なんだ。そうなると自然とロンドンの文化や歴史はにじみ出てくるとは思う。自分たちの家族の歴史だとかね。
■なるほど。では、ロンドンの文化のどういったところにもっとも繋がりを感じますか?
ウィル:音楽のヴァラエティそのものだね。
マット:ロンドンはマルチ・カルチュラルな街だから、そこがいちばん僕たちの音楽に反映されていると思う。
■いまおっしゃったように、フォーメーションの音楽にはたくさんの要素が入っていますよね。楽器の数も多い。なぜ4分間のポップ・ソングのなかにたくさんのものを入れるのでしょうか?
マット:自分たちが聴いてきた音楽っていうのは本当に多様で、そのぶんたくさん選択肢があるんだよ。それを詰め込むしかなかったんだ(笑)。
ウィル:やりすぎて複雑になりすぎているところもあるかもしれないけど……ファースト・アルバムだし、とにかくいろんなことにトライしたかった。エキサイティングなものにしたかったしね。
■なかでも、とくにパーカッションが目立っているのがフォーメーションの特徴ですよね。よくカウベルが挙げられますけど、それだけじゃなくてタンバリンやコンガも効果的に使われてますね。パーカッションはフォーメーションの音楽にとってどのような意味を持つのでしょうか?
ウィル:パーカッションはものすごく大事なんだ。ドラムで基本的なグルーヴを作っていくんだけど、タンバリンやコンガでアクセントをつけていくようにしていて。というのは、パーカッションっていうのは昔から触れてきたから、もはや自分たちの一部なんだよ。僕たちには使う必要があるし、そういった側面を出していくことは僕たちにとってすごく重要なことなんだ。
■ディスコやハウスからの影響もありますか?
ウィル:いや、僕にとってはアフリカ音楽やオーケストラ音楽からの影響が強いんだ。僕の好きなドラマーがクラーベとアフリカ音楽の関連性についての本を書いているんだけど、それもすごく読んだしね。
■そうなんですか。アフリカ音楽とはとくにどういったところにコネクションを感じますか?
ウィル:僕たちの家族がガーナ出身なんだ。
■ああ、なるほど。ルーツという意味が大きいんですね。
ウィル:そうなんだよ。
■パーカッションが目立つこともあって、ファーメーションの音楽はリズムとベースが中心でとてもダンサブルですが、なぜダンス・ミュージックであることが重要だったのでしょう?
マット:みんなの身体を動かしたいからだよ。そうやってオーディエンスの反応を見るのはすごく楽しいことだし、みんなが楽しんでいる姿を見るのは嬉しいね。
■やっぱりライヴはみんな踊りまくるって感じですか?
ウィル:その通りだよ(笑)。
■あと、ギターがなくてシンセが中心にあるのもバンドとしてユニークですが、どうしてシンセだったのですか?
ウィル:バンド・メンバーにギターを弾けるやつがいなかったから……。そこはシンプルな理由なんだ(笑)。
■ははは。ただ、それにしてもシンセの音色がすごく前に出てるなと思うのですが、シンセのどういうところが好きですか?
マット:シンセはあらゆるサウンドを作ることができるからね。ギターってやっぱりギター・サウンドになっちゃうから――
ウィル:ペダル使えばいろいろできるじゃん。
マット:そうなんだけど、シンセはスケールが全然違うよ。いろいろな音色を出せるのが魅力なんだ。
■シンセ・サウンドという意味で、誰かからの影響はありますか?
ウィル:(即答で)ナイン・インチ・ネイルズ。
■ああ、なるほど。
ウィル:あとはYMOだね。
マット:YMOはいいね。
■おお、本当にいろいろな音楽から影響を受けているんですね。
どんな理由であっても誰に対しても、繋がりを感じられないことが僕はすごく嫌なんだ。誰かと繋がりを持つということがすごく大事だと思っているから (ウィル)
■ではまた話題を少し変えて、(ザ・ストリーツの)マイク・スキナーが監督した“パワフル・ピープル”のヴィデオについて訊きたいのですが。あれはどういう経緯でできたものなんでしょうか?
マット:レーベルのひとと彼が友だちだったんだ。マイクがミュージック・ヴィデオを撮りたくていろんなレーベルにアプローチしていたらしいんだけど、自分たちもちょうどヴィデオが必要で、たまたまそのタイミングが合ったんだよね。それでレーベルが繋いでくれたんだ。
■ヴィデオを撮る前は、あなたたちにとってマイク・スキナーってどういう存在でしたか?
ウィル:もう大ファンだったよ。
マット:もともと大好きだったけど、仕事をいっしょにしてからこんなにも賢いひとなんだって気づいたんだ。
ウィル:ひとに対しての知識がすごくあったのが印象的だったな。
マット:ヴィデオを撮る前に何度か電話でアイデアを話したんだけど、彼の声もすごくユニークなんだよね。ザ・ストリーツのラップを聴いてるような気分だったよ(笑)。
■それはいいですね(笑)。彼とヴィデオについてどういったことを話し合ったのでしょうか?
マット:インディ・バンドのためのグライムのヴィデオを作ろうというのがコンセプトだったんだ。
■ああ、なるほど。
マット:ただグライム・アーティストをコピーするんじゃなくて、グライム風にバイクに乗った連中を撮るっていうか――
ウィル:本当に即興的にバンドの姿やモーターバイクを撮って。そこで自然に起きることに任せたんだけど、それがすごく楽しかったよ。あんまり計画的なものではなかったんだよ。
■ちなみになんですが、ザ・ストリーツのアルバムではやっぱりファーストがフェイヴァリットですか?
ウィル:うん、やっぱり『オリジナル・パイレーツ・マテルアル』だね。本当にユニークで、最初に“ハズ・イット・カム・トゥ・ディス?”を聴いたときはラジオが壊れたと思ったよ(笑)。ディジー・ラスカルもそうだけど、他のラップとは全然違ったよね。
■ほんとそうですね。“パワフル・ピープル”というのも強い言葉ですが、歌詞にある「マイ・パワフル・ピープル」というのは誰のことを指しているのでしょうか?
ウィル:自分が繋がりを感じられるすべてのひとのことを指してるんだ。どんな理由であっても誰に対しても、繋がりを感じられないことが僕はすごく嫌なんだ。誰かと繋がりを持つということがすごく大事だと思っているから、そんな意味を込めて「マイ・パワフル・ピープル」と呼びかけているんだよ。

■なるほど。フォーメーションの音楽には怒りはあるのでしょうか?
マット:あるね。怒りから生まれるポジティヴなエネルギーってあると思うんだ。壁にパンチする代わりに僕たちは音楽をやってるんだ(笑)。たとえばリーズですごくいいショウができたことがあるんだけど、ショウの前は何もかもうまくいってなかったんだよね。プラグインやら何やらがちゃんとできなくて、開始も遅れてみんなイライラしながらステージに立ったんだけど、その苛立ちがうまく機能してベストなショウができたんだよ。そういうエネルギーは僕たちの曲にあると思う。
■曲のなかでは、何に対する怒りが込められているのでしょうか?
マット:いや、音楽に関しては怒りと同じエネルギーがあるというだけで、何か特定のものに怒っているわけではないんだ。
■なるほど、わかりました。では、フォーメーションの音楽からはストリートで生きるという態度を感じるのですが、いっぽうで、現在のインターネット・カルチャーについてはどんな風に感じていますか?
ウィル:あんまりいいとは思えないよね。いろんなひとが繋がれるという意味では便利なんだけど。たとえばフェイスブックなんかでも、みんなが自由にできるのはいいことなはずなのにかえって争ってるんだよね。フェミニズム対アンチ・フェミニズムとかね。僕はそういうところはどうかと思うな。
■フォーメーションってあんまりフェイスブックが似合わない感じしますもんね(笑)。
ウィル:そうだね(笑)。
マット:僕はソーシャル・メディアも嫌いじゃないよ(笑)。どう使うかなんだよね。
ウィル:まあ、地球の裏側のひととも話せるしね。使い方を間違えなければすごく機能するものではあるんだけどね。
■その通りですね。では時間なので最後の質問なのですが、バンドの現在の最大の野望を教えてください。
マット:日本に戻ってくることだね。
(一同笑)
マット:あとはやっぱりセカンド・アルバムだね。今年にはもう出したいと思ってるんだ。
■おお。どんなセカンドが理想ですか?
ウィル:ファーストとまったく違うものだね!
ZONE UNKNOWN List
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Vatican Shadow - Rubbish Of The Flood Waters - Ostgut Ton 104 Berlin TECHNOの牙城BERGHAINが運営する〈Ostgut Ton〉からVatican Shadowがリリースする時代になりましたよ皆さん。混迷を究める現代社会においてVatican ShadowことDominick Fernowは様々な名義を使いながらアメリカの動向を告発するような長ったらしい曲名を付けてきました。今作に収録された3曲のタイトルは“They Deserve Death(奴らは死に値する)”、“Rubbish Of The Flood Waters(洪水による廃棄物)”、“Weapons Inspection(兵器の点検)”。今の日本にも当てはまりますね。“Rubbish Of The Flood Waters”は少し変わったタイミングでスネアが入るものの、4つですんなり割り切れる構成になっていますが、“Weapons Inspection”は7小節に一度だけスネアが入ったり、途中から3拍フレーズが入ってきたりと地味にタイム感を狂わせてくる仕掛けが施されていてさすがだなと思わせてくれます。They Deserve DeathはノンビートBPM80の陰鬱なメロディアストラックで、BERGHAINでプレイする時にはこの曲に後述するTobias.のトラックをLONG MIXして始めたい。 |
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Tobias. - Eyes In The Center - Ostgut Ton LP25 好奇心、探究心、共に旺盛で自らのスタジオNon Standard Studiosを持ち、最近はRicardo Villalobosとのコラボレーションに熱心なMax LoderbauerとのNSIとしても活動、自らマスタリングも手がける職人肌でBerlin TECHNO勢の中でも異彩を放つTobias.。先行してリリースされた12”「Helium Sessions」のB sideは2曲とも最近のHOROやHidden Hawaiiにインスパイアされたと思しきDrum’n’Bass BPMのトラックで、そういう曲がアルバムではさらに増えるのではないかと期待していましたが、今作ではFootworkインスパイアな“Autopoiesis”のみがBPM80を記録するに止まっています。しかしながらバラエティに富んだ曲調、ユニークな音使い、今作も期待を裏切らないハイクオリティーな逸品となっております。 |
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SUMS - SUMS - Berlin Atonal Recordings 004 もうひとつBerlinから。よりexperimentalな音楽の探究を続けるfestival 〈Berlin Atonal〉がリリースするvinylシリーズ4番。詳細不明アーティストによる3曲入り。Raimeを少し朗々とした感じと言えばいいだろうか、それでも陰鬱には違いないがあそこまでの絶望的感覚とは違って、どこかに希望の光も射しています。特にA2の“Matha”は。B sideの“Nomads”は33rpmが正しそうですが、45rpmでも切れ味が増してかっこいいです。 |
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Robert Aiki Aubrey Lowe - Kulthan - Latency Recordings 011 続いてお隣のFranceから。地味渋優良レーベル〈Latency〉がまたしても絶妙なアーティストをセレクト。Robertらしい呪術的にうねりまくるロングトラックが両面に1曲ずつ収録されています。特にfuchsia色のA sideが私のお気に入りです。頭おかしくなりそう。最良の部類に入るトリップミュージック。 |
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Félicia Atkinson - Hand In Hand - Shelter Press 081 もうひとつFranceから。いつもジャケットからインナーまでデザインが素晴らしく、ひとつひとつをアート・オブジェ作品として発表し続ける〈Shelter Press〉。今回のレーベル主催者Féliciaによる2LPは、1枚は白、もう1枚は緑の美しいカラー・ヴァイナル。マスタリングはHelmut Erler。〈Editions Mego〉のPeter RehbergによるINA-GRM音源の発掘プロジェクト〈Recollection GRM〉も素晴らしいリリースが続いていますが、Franceのお国柄なのか、INA-GRMの精神を引き継いでいると思われるのが現行の〈Shelter Press〉。Féliciaの作品においては詩も重要な要素に違いありません。幸い今作は英語詩が多いのですが、それでもまだ私の英語力ではほとんど理解できないので、音を中心に、と言っても詠まれる詩も音なので当然耳に入ってきますが、聴き進める事になります。繊細なNOISEや美しいメロディーが織り込まれてゆく上で、ささやくように、時に変調された声で、詩が詠まれ、探究と洗練が同時に深まって行くような、musique concrète発祥の地における現在の果実。LYRICS INSPIRATIONとしてANIMALS(PINK FLOYDの1stの事と思われる)、PHILIP K. DICK、J.G. BALLARDと記されているので、もっと英語を勉強して詩も理解できるようになりたい。本ももっと読みたい。ラストトラックの“No Fear But Anticipation”の美しさは白眉で、感動的。クレジットの最後に記された、HAND IN HAND, TOWARDS THE DARKNESS(手を取り合って、闇へ向かって行く)が、現代の世相を表している。その闇の先に射すであろう光を目指して。 |
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Various Artists - SEMANTICA 2006-2016 - SEMANTICA 10.IX さらにお隣のスペインから、〈SEMANTICA〉の10周年を記念した12”シリーズの9枚目。Polar Inertiaは12:30うねり続けるロングトラック。SvrecaとNeelの共作はシンプルな4つ打ちの上をゆっくりと時間をかけてノイジーな上音がうねっていく。そしてSvrecaのMIX『For Your Eyes Only』に収録された“Sway”以来、再びDJ NOBUがSEMANTICAに。16分に分解された音たちがうねりながらその上に気持ち悪くて気持ち良い発信音のような音がミヨ~~んと絡んできて最高です。TECHNOを説明する言葉は乏しくなってしまいますが、全トラック間違いなしのクオリティーです。 |
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Helm - World In Action - The Trilogy Tapes 055 海を渡ってEnglandへ。Helm × TTT。最近また興味深いリリースが増えてきたTTT。A1. “Blue Scene”は阿部薫かと思うような速いパッセージのブロウで幕を開け、フェイドアウト。ラジカセの再生ボタンを押すような音がして管楽器の緩やかな旋律がループし始める。その上で冒頭のパッセージがループしたりパンしたりと様々なヴァリエーションで挿入されながらヒートアップしていく。バックではBPM100でリズムがキープされているのでDJでも使いやすい。A2. “Candy”はBPM70/140のビートが現れては消えていく。そのビートが無いと拍を見失ってしまうような、音はかっこいいが奇妙なビートが続く。B1. “World In Action”はHelmにしては珍しく強烈にビートが主張しているトラックで、かっこいい。B2. “After Dark”はHelmらしい様々なディテールが何層にも折り重なっていき、複雑なハーモニーを生み出すドローン・トラック。クラブで爆音で聴きたい。きっと何かが見える。 |
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Kara-Lis Coverdale - Grafts - Boomkat Editions 12X1204 もうひとつ、何かが見えそうなものをEnglandから。過去にTim Heckerとコラボレイトしたり、Mexicoの〈Umor Rex〉から作品をリリースしたりしている彼女が、マンチェスターのレコード・ショップ〈Boomkat〉のレーベルから。12” 12枚で完結するというこのシリーズ、次の作品がどんなものになるのか全く予想がつかないラインナップで非常に興味深い。今回の作品はとても穏やかで、優しい音色に包まれます。コンピューター処理された声だけを使って構成された彼女の2014年の作品『A 480』での技法を発展させたという3つのパートからなる“Grafts(接ぎ木)”。今回は対位法を使って様々な楽音が絡み合い、豊かな音場を形成。夕暮れ時の草原か、海辺で聴きたい。溶けそう。 |
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Jlin - Black Origami - Planet Mu 376 大西洋を渡ってシカゴから。レーベルはヨーロッパだけど。遂にJlinの新作が登場。驚いた事にWilliam Basinski、Holly Herndonとのコラボレーショントラックも収録。彼女の登場は様々な方面に衝撃を与えたようですね。Fawkes(先ごろ〈Halcyon Veil〉から作品をリリースした)とは〈Planet Mu〉20周年コンピでも共演。今回も参加しています。1stアルバム『Dark Energy』が強烈だったのでそれほどの目新しさは無いのですが、総じて音の粒立ち、抜け、伸び、などのサウンド・クオリティが向上しているような気がします。とにかくJUKEでDJするのはすごく楽しいので、かっこいいレパートリーが増えるのが僕は一番嬉しい。JUKE / FOOTWORKというフォーマットがこれからどうなっていくのか、とても楽しみです。 |
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I-LP-O IN DUB - Capital Dub Chapter 1 - Editions Mego 225 Mika Vainioの訃報と時を同じくして届けられたIlpo Vaisanenの新作。寡作の彼がこのタイミングでリリースとなったのも何かの因縁か。マルクスの『資本論 第1部』に影響されたと言われてもよくわからないが(恥ずかしながら読んでいない。これを機に読もう)、抑制されていながらも強靭で非凡なサウンドデザインは唯一無二。B2. “Grey Zone Economy”の低音は物凄い音が鳴ります。Pan Sonicはふたりともレゲエが大好きらしいけど、多分Ilpoの方がその愛情が深いような気がする。こんなふたりが一緒にやってたなんて、なんて奇跡的なユニットだったのだろうと思わざるをえない。もうPan Sonic再結成の望みは絶えてしまったけれど、Mikaはたくさんの素晴らしい作品を残してくれました。ありがとう。Rest in PEACE。ラスト・トラック“Grace Of Collapsing Unhealthy System”だけが特に異質で、いちばんMikaっぽいのが泣ける。 |
6月9日 金曜日 at Contact dB#2 Emptyset
https://www.facebook.com/events/644808495707744??ti=ia
6月22日 木曜日 at Stomp MixngRoom
6月24日 土曜日 at union Satellite
https://www.facebook.com/events/1548191905199158??ti=ia
6月30日 金曜日 at 上海 with Yves Tumor & Tzusing
7月8日 土曜日
at CIRCUS OSAKA with 呂布カルマ
at WWW Lounge Ramza"pessim"Release Party
https://www-shibuya.jp/sp/schedule/007855.php
「テクノ? 興味ない」って拒絶反応を起こすような人たちにもちゃんと聴いてほしくて。僕の作品で突破口を開くというか、「すごい難しそうだけど、めっちゃ“音楽”じゃん」と思ってほしい
![]() shotahirama Maybe Baby SIGNAL DADA |
グリッチの栄華は永続しない。最初に耳に飛び込んでくるノイズと電子音は、数分を経た後に銃弾のような打撃音に取って代わられる。時を同じくして極小のダブの断片が侵入を開始し、間歇的かつ着実にその勢力を拡大していく。だがその奇襲は看破され、やがてキャッチーな和音がその場を支配するだろう。ベースが勇ましく前方へと躍り出し露骨なレゲエの調べを奏ではじめると、とぅわん、とぅわん、とぅわん、と謎めいた音声が上方からその進撃を支援する。背後には微細なノイズの粒子たち。気がつけば場面はダンスフロアへと転換しており、力強いビートが衆客の踵を弾ませている。たまりかねたスネアが乱入を図った直後、まるで警官が立ち入りでもしたかのように唐突に沈黙が訪れる。
以上が、あなたの体験する物語である。時間にして15分。さまざまな音の断片が重ねられては引き剥がされ、シークエンスは次々と切り換えられていく。この15分を時間としてではなく空間として捉えるならば、それはほどよいサイズの無垢なキャンバスだと言えるだろう。その上にはじつに多様な「異物」――新聞や書類、イラスト、写真、布切れ、などなど――が貼り付けられている。コラージュである。
コラージュそれ自体はいまや驚くべき技法でもなんでもない。なにせ100年の歴史を持っているのだから、もはや伝統的な、由緒正しい術式であるとさえ言える。とはいえコラージュの際に用いられる素材が、それがもともと所属していた文脈から引き離され、本来の意味を剥奪されるということの効果に関しては、いまでもじゅうぶん見るべき点がある。一ヶ所に集められた断片たちは、配置されたり重ねられたりすることによってそれぞれ新たな意味を獲得し、それら断片によって埋め尽くされたキャンバスは無数の意味を増殖させていく。
shotahiramaの新作『Maybe Baby』では、その素材のひとつにダブが採用されている。このアルバムではダブがジャマイカやUKの文脈から切り離され、グリッチ/ノイズの前後左右に貼り付けられている。混沌としているようにも見えるが、『Maybe Baby』がおもしろいのは、その一見無秩序な空間をひとつの物語として成り立たせているところだ。コラージュやカットアップといった技法、あるいはグリッチやノイズといったジャンルはふつう、そういう物語性からもっとも遠いところにあるものであるはずだが、shotahiramaは巧みにそれらを両立させてみせる。そんなアクロバティックなことができてしまうのはきっと、彼の音楽的なルーツがロックにあり、そしていまでもそこに対する興味を失っていないからなんだと思う。
以下のインタヴューにおいて彼は、じつにさまざまなロック・バンドの名を挙げている。彼は、グリッチ/ノイズの頼もしき担い手となったいまでも、自らのロック趣味を隠そうとはしない。「昔は好きだったけど、いまはもう興味ないっすね」などと虚勢を張ることもない。素直にストロークスが好きだと言えるグリッチ/ノイズの作り手がいったいどれだけいるだろうか。「硬派な人たちと比べたら、ぜんぜんミュージック・ラヴァーだから」と彼は笑う。shotahiramaの心は、きれいだ。
歳を重ねたり、業界のなかで揉まれたり、レーベルを運営したりしながらも、彼がきれいなままであり続けられているのは、たぶん、彼が「ぼっち」だからなのだと思う。人はひとりであるとき、もっとも素直でいることができる。音楽のなかでもとりわけ尖鋭的な分野で活動を続けながら、その鋭さを失わずに精巧な物語まで紡いでみせることができるのは、きっとそういうきれいな「ぼっち」だけなのだ。
いいところだけギュッと集めたものを作りたいというか。普通だったらAメロ、Bメロみたいな展開になるところを、ぜんぶサビだけで作っちゃう。
■ヒラマさんのこのサウンドが生み出されるに至った背景を探るべく、音楽遍歴から伺っていきたいと思っているんですが、ダーティ・プロジェクターズがお好きとのことで、まずはその話から始めようかなと(笑)。
shotahirama(以下、SH):僕は以前、ディスク・ユニオンで働いていたんです。個人的にオルタナばかり聴いていた時期で、もう「ギターしか聴きたくない」みたいな状況のときにユニオンに入ったんですね。で、そのあたりのロックはユニオンでは「新ロック」って呼ばれていて。「古ロック」と「新ロック」というくくりがあったんです(笑)。80's以降のロックが「新ロック」。僕は2000年以降のロックがリアルタイムだったんで、当然そこが得意分野だったんですけど、ユニオンみたいなところで働いていたら、まわりには旧譜ばっかり並んでいて。90、80年代とどんどん掘り下げていくと、いま聴いているものもその時代あってのものだよな、という発見がたくさんあって。そういうサイクルだったんですよね。その頃にダーティ・プロジェクターズが出てきて。00年代半ばくらい? 今回の新作は新鮮ですよね。あの感じは、別に僕がノイズを聴いているからどうとか関係なしに、単純に音楽としてワクワクする。いまは純粋にああいうものも、年代とかジャンルとか関係なく聴いていますね。ノイズをやっているからノイズしか聴いてない、みたいなことはまったくなくて。硬派な人たちと比べたら、ぜんぜんミュージック・ラヴァーだから(笑)。
■なるほど(笑)。ディスク・ユニオンで働かれていたということは、そこに入る前からかなりの音楽好きだった、ということですよね?
SH:そうそう、音楽ファンで。学校行かずにレコ屋に行って買ってみたいな。
■いまおいくつなんですか? 僕は今年で33歳になるんですが。
SH:84年生まれですか? 僕は84年の1月生まれなんで、学年で言うと今年34歳の世代ですけど、まだ33歳ですね。
■同世代ですね。いつ頃から音楽に目覚めていったんでしょう? 小学生の頃からですか?
SH:いや、ぜんぜんそんなことはなくて。遅咲きで、高校生くらいからですね。最初はオシャレというかファッションというか、そんなノリでしたね。モテたかったというか。
■音楽を聴いていたらカッコいいんじゃないか、と(笑)。
SH:そうそう。最初から洋楽で、「日本語とかちょっと無理!」みたいなスタンスで入っていきました(笑)。たぶんすごくチャラい入り方なんだけれども、ハマり込むとそれがすべてになっちゃうタイプなんですよね。
■高校生の頃はどういった音楽を聴いていたのですか?
SH:もうがっつりストロークス。それまではレッチリとかレイジとか、うるさくてラップが入ったミクスチャーがすごくはやっていて。「それがモテるんだったら、それ聴いてるわ」みたいなときに、突然美容師さんみたいな格好した人たちが、スッカスカの音で登場してきて、「え、ちょっと待って」ってなって。
■たしかに、スッカスカでしたよね。
(しばらく同世代トークで盛り上がる)
■そこからどのようにいまの音楽スタイルに至ったのかお聞きしたいですね。
SH:『snoozer』をめっちゃ読んでいたんです。タナソーさんの文章がぜんぶ正しいと思って読んでいて(笑)。あれを読んでいればその手のものはひととおり学べるし。YouTubeはまだなかったし、当時はネットにも疎かったんで、雑誌を読むしかなくて。あるいはCDショップに行って、ポップを見て買うっていう。あと、友だち。だから、いまの子たちに比べたらだいぶゆっくりだったんだろうな。一気に幅広く聴くなんてことはできなかったから。それで、こんなにCDとかレコードを買っちゃってるし、そういう店で働いちゃえってことで、20歳のときにディスク・ユニオンに入って。そしたら、いきなり初日から「音楽圧力」みたいなものを受けた(笑)。
■「おまえ、これも知らないのか」みたいな(笑)?
SH:そう。「なに聴いてんの?」って質問にちゃんと答えられない、あのはがゆい感じ(笑)。辛いんだって(笑)。それで「すげえ、俺の知らないことばっかじゃん」となって。で、たまたま仲良くしていた人がノイズ担当者だったんです。
■いきなりいちばん大変なところに(笑)。
SH:いちばん面倒くさいところに引っかかって(笑)。それで頑なにノイズとか電子音楽とか、悪趣味な感じのものをガンガン聴くようになってしまった。でも、隠れてリバティーンズの新譜を聴いたり(笑)。
■なるほど(笑)。そういう「隠れながら聴く」みたいなことは、グリッチ/ノイズをやっているいまでも継続しているんですね。
SH:そう。でも、いまは隠さず言えちゃう感じ。「多様化」みたいなことをわりかしポジティヴに受け入れられている状況なんで、そこはいいと思いますよ。ソランジュも、最近ビヨンセの妹だって知って興味を持って。小林さんのダーティのレヴューにも書いてあったから、なんなんだろうと思ったんですけど、あれは結局なんだったんですか?
「グシャッ」とか「チャキチャキ」っていう音を聴いて「あ、shotahiramaだ」というのをわかってもらえたら嬉しいですけどね。音色は共通項としてあります。たとえばギターが鳴って、「ああ、ジョニー・マーが弾いてるわ」とか、そういう感じ。
■去年の秋に出たソランジュのアルバムにデイヴ・ロングストレスが何曲かプロデュースで参加していたんです。たぶんそのときの作業でインスピレイションを得て、ダープロの新作はああいう感じになったんじゃないのかなと。
SH:なるほど。たしかにR&Bが土壌になっている。ロックじゃダメなんだよ、みたいなところですよね。もうテクノでもなくて、エレクトロニカでもありきたりになっちゃう。それでR&Bというのはすごくしっくりきましたね。ダーティ・プロジェクターズの音源を聴いて、たしかにそうだなと。
■そうなんですよね。逆にいまR&Bの側も、それこそソランジュがデイヴを招いたように、白人の音を入れて進化していこうとしていて。去年のビヨンセのアルバムもそうで、いい相互作用が起こっているのかなという感じはするんですよね。
SH:だから俺らの中学~高校の時代みたいに、本当はあれが好きなんだけど言えない、みたいな感じが、いまはたぶんなくて。「もっとあれもこれも聴きなよ」みたいな状況はすごくいいですよね。だから電子音楽/ノイズのようなジャンルも、もちろんある程度はお店やメディアが枠組みを作んなきゃいけないんでしょうけど、実際にはそのジャンル専門で追っかけてる人にだけ聴いてほしいわけじゃないし、ふだんはそういうものを聴いていない人でも「これはハマるかも」という人がいるかもしれない。
■ヒラマさんは自分の作品をどういう人たちに届けたいですか? たとえばOPNやアルカのファンだとか、あるいは〈Kompakt〉あたりのミニマルをずっと追っている人に聴いてほしいとか。
SH:音楽好きに聴いてほしいですね。たしかに使っている機材はコンピュータだし、最近はあまりハードを使わなくてソフトばっかりで仕上げているので、生楽器感というのは皆無なんですが、「テクノ? 興味ない」って拒絶反応を起こすような人たちにもちゃんと聴いてほしくて。僕の作品で突破口を開くというか、「すごい難しそうだけど、めっちゃ“音楽”じゃん」と思ってほしいというか。今回はダブとかレゲエっぽいパートも入れているんですが、それも「あれ、なにこれ?」みたいなワクワクを感じてほしくて。僕自身のイメージでは、今作は、ストイックでキレッキレでノイズが鳴っているだけの感じじゃない仕上がりになっていると思う。すごいポップなものを意識したつもりなんですよね。
■今回の“You Dub Me Crazy”は、最初はいわゆるノイズとIDMっぽい感じで始まって、2分50秒あたりから、「ダダダダダッ」という打撃音とともに、ダブの断片が入り込んできますよね。それも「はい、ここからダブです」みたいな感じではなくて、ちょっとずつ入ってくる。その後、その「ちょっと」の長さが少しずつ長くなっていって。
SH:「ダブといえばこうでしょ」っていうのを馬鹿正直にやってしまったら、それを本職にやっている人たちの作品と比べたときに、かなりクオリティの低いものになってしまうので。「あれもやりたいな。これもやりたいな」という自由な感じのなかで僕ができることをやるというか、このリズムのなかにダブやレゲエが混ざるのがおもしろい感じに聴こえたらいいなと思って。
■あのダブの断片はサンプリングですか?
SH:そうですね。あの作品でサンプリングしているのはそのダブのパートと、後半の声っぽい音とかギターっぽい音が入っている部分ですね。僕は昔サンプラーだけで作っていたんで、あのコラージュ感がめっちゃ好きで、得意なんですよ。ネタは腐るほどあるし。それこそレコードが大好きだったから、いくらでも探し出せるんです。それが嫌だった時期もあったけど、今回は心境の変化というか、なんでもやっちゃえという。
■6分10秒あたりからまたちょっと変わっていきますよね。ダブがちょっと潜んで、メロディアスになっていって、「ダダダダダッ」と鳴っていたドラムも変わって、リズミックな感じへと変化していく。
SH:ダウンテンポな感じになりますよね。
■で、10分20秒あたりでその声のサンプリングが入って、レゲエのベースも入ってくる。
SH:あれもサンプリングですね。
■そして終盤はダンサブルになりますよね。
SH:そうですね。めっちゃ速いやつ。
■最後はスネアまで入ってきて、突然プツッという感じで曲が終わります。
SH:僕の作品はだいたいいつも、唐突に「もう無理!」って状況で終わりますね(笑)。15分くらいが僕のリスニング能力の限界というか、もうそれ以上は聴けないという。
■これまでの作品もそうなんですけど、10分を超えるサイズの曲が多いですよね。この曲も途中でいろいろと変化していくので、それぞれを切り取って1トラックにする、みたいなこともできるのかなと思ったんですけど。
SH:いいところだけギュッと集めたものを作りたいというか。普通だったらAメロ、Bメロみたいな展開になるところを、ぜんぶサビだけで作っちゃう。でも(サビが)1パターンだと飽きてしまうので、ダブやダウンテンポやテクノという違う形で、それぞれのサビだけを抜き取って合成していったら結局15分になったという。ミックス(CD)っぽいですよね。
■たしかにそういう印象は受けました。他方で、そういう風に移り変わっていく感じがサウンド・アートというか、コラージュっぽくもあり。レーベル名が〈SIGNAL DADA〉ですよね。「ダダイスムが好きだ」という発言を見たことがあります。
SH:僕の音楽はカットアップこそが命なんですよね。エディット、カットアップありきでぜんぶできている。ビートも繋がっているようにできていますが、あれはひとつひとつ配置していっているだけですからね。二度と同じ音は鳴らせないですよ。
■なるほど、そうなんですね。そういう「配置感」というのは……
SH:「配置感」って言葉、いいですね。じつはあれ、0.1秒ずつ音を作っているんですけど、15分作るのに1年半かかるんですよ。それくらいかけないと、好きな音を「これ!」っていう満足度まで持っていけない。
■マジですか!?
SH:だから60分作るとなったら何年もかかってしまうんです。あれを1テイクで実際に演奏していたら、たぶん何億回録ってもできないです。だったら最初から、時間はかかるけど0.1秒ずつ、ひとつずつ作ったほうがいいと思って。僕は「単音」って呼んでいるんですが、ひとつひとつすべてをちゃんと編集していますっていう。
[[SplitPage]]ダブ自体が使い回しの音楽ですからね。僕はその「使い回し」という概念がすごく好きなんです。断片的に採ってくるという手法は、コラージュにも、(ミュジーク・)コンクレートにも、カットアップにも使えるテクニックだなと。
![]() shotahirama Maybe Baby SIGNAL DADA |
■今回のアルバムとは違って、『Conceptual Crap』シリーズの方はもう少しビート寄りのサウンドになっていますよね。もしあるリスナーが、その両方に通じる「shotahirama性」みたいなものを感じているとしたら、それはどういうものだと思いますか?
SH:『post punk』というアルバム以降はすべて同じプログラムを使って作っているので、「グシャッ」とか「チャキチャキ」っていう音を聴いて「あ、shotahiramaだ」というのをわかってもらえたら嬉しいですけどね。音色は共通項としてあります。たとえばギターが鳴って、「ああ、ジョニー・マーが弾いてるわ」とか、そういう感じ。「あ、あの人が弾いてるギターだ」、みたいなことになったらいいかな。
■『post punk』というアルバム・タイトルからパウウェルを連想したんですが、彼が昨年出したアルバムは、いまのテクノの音色のなかでポストパンクをやったような感じなんですよね。
SH:へえー、おもしろい。ストロークスの時代に、ポストパンクのリヴァイヴァルがありましたよね。ザ・ラプチャーとか。
■ありました。〈DFA〉ですよね。
SH:あれをお店で流していると、上の世代の人が「こんなのポストパンクじゃないよ。もっと遡りなさい」って言ってきて。で、いわゆるホンモノを出してくれたという思い出があります。でも、なんでもいいんだと思います。僕がポストパンクだと思って作っても、聴いた人がどう思うかまではコントロールできないし。作ってる本人がそう思って楽しんでいるのであれば、あとちゃんと本気でやっているのであれば、解釈は自由なんですよね。どう思うかは自由だけど、僕は『post punk』をポストパンクだと思ってやっていました。
■今回の『Maybe Baby』というアルバム・タイトルは、どういう経緯で思いついたんでしょう? 60年代あたりのポップスにありそうな感じのタイトルですが。
SH:銀杏BOYZの“BABY BABY”から採りました(笑)。今回のタイトルに関しては、そんなに深い意味はないですね(笑)。響き、で。
■銀杏だったんですね(笑)。アルバム・タイトルは『Maybe Baby』ですが、収録曲のタイトルは“You Dub Me Crazy”ですよね。こういう1トラックのアルバムの場合って、たいていトラック名がそのままアルバム・タイトルになることが多いと思うんですが……
SH:先にアルバム・タイトルは『Maybe Baby』で行こうと決めていたんですが、曲を作っている過程で「ダブ」という言葉を入れたくなって。それで曲名が“You Dub Me Crazy”になりました。
■“You Dub Me Crazy”というタイトルから、マッド・プロフェッサーを思い浮かべました。
SH:そうですね。UKっぽいですよね。
■ダブはけっこう聴かれていたんですか?
SH:ユニオン時代によく俺の隣で一緒に働いていた人がレゲエ担当だったんですよね。そのとき勉強させてもらったし、いまだにずっと聴いてます。でもあんなのを掘り始めたらキリがないですよ。そもそも、ダブ自体が使い回しの音楽ですからね。僕はその「使い回し」という概念がすごく好きなんです。断片的に採ってくるという手法は、コラージュにも、(ミュジーク・)コンクレートにも、カットアップにも使えるテクニックだなと。ふだんからそこまで深く考えて聴いているわけではないですが、音質的な面ではすごく通ずるところがあるので、自分の曲を作るときに「ダブっぽいな」とは昔から思っていました。今回はそれがもっとわかりやすく出たというか、あからさまにレゲエの音が入ります。
■ちなみにダブだとどのあたりがお好きなんですか? ダブでも、ジャマイカのたとえばキング・タビーが好きだとか、いろいろあると思うのですが。
SH:もうまさにそこですよ。タビーとか、その弟子である(キング・)ジャミーとか。あとはグレゴリー・アイザックスも大好きだし、デニス・ボーヴェルみたいなUKの音も好きだし。ジャミー以降、ちょっとエレクトロニックな音が入ったダブが主流になっていきますよね。やっすい機材でピョンピョン音が飛んでいるみたいな、ああいう感覚ってもしかしたら僕の音楽のなかにもあるんじゃないかな。
■たしかに、言われてみるとそういう感じはしますね。
SH:オーガニックな土臭いダブも好きなんですけど、聴いている割合としてはジャミー以降のものが多い感じ。あとUKだと、〈On-U〉ってあんまり言いたくないんですけど、好きですね。ガッチガチに土臭いレゲエを知っている人からしたら異端な感じで、ハイプかもしれないんですが、でもカッコいいものはカッコいいし、「ダブかけてめっちゃ爆音で踊りたい」ってなったら〈On-U〉は無敵ですもんね。それと、〈ワッキーズ〉も好きですね。あれ、ニューヨークですよね。僕は生まれがニューヨークなんですよ。『African Roots Act』っていうシリーズはすごい好き。
■最高ですよね。じつは僕も小学生の頃、ニュージャージーのわりとマンハッタン寄りのところに住んでいたことがあるんですよ(笑)。
SH:え! ウソでしょ!? ヤオハンってわかります?
■ヤオハンわかります(笑)。
SH:僕は生まれて6才までは向こうにいて。小学校に上がるタイミングで日本に引っ越して、小学6年くらいにまたニューヨークに引っ越しているんですよ。だからリアルタイムでは同じ地にはいなかったかもしれない。
(しばらくニューヨーク話で盛り上がる)
■さきほど仰っていたように、そもそもダブが使い回しとか組み替えの音楽なんですが、この“You Dub Me Crazy”は、さらにそのダブ自体も組み替えているような感じがしました。
SH:既存のものから逸脱していく、というのが僕のテーマなんです。だから「ダブってこういうものだよね」ということじゃなくて、こういう(自分が作ったような)ものもあっていいんじゃないかなと。「オルタナティヴ」って「逸脱」という感じだと思うんです。だからオルタナとか、もしかしたらノイズだってそういう既存のものからはみ出ていく音楽かもしれない。「アウトサイダー」というふうに考えれば、メインストリートからズレていくルー・リード的な感じもする。でもそれも、突き詰めていったら自然とそうなっているというだけで、自分からすすんで裏道に入っていくタイプではないんです。そんな怖いところ、行きたくないし(笑)。だから突き詰めていくとそうなっているというだけ。気づいたらひとりぼっち(笑)。
■己の信じるものを追求していったら、いつのまにかひとりぼっちに。
SH:誰も賛同してくれない(笑)。
既存のものから逸脱していく、というのが僕のテーマなんです。
■「ぼっち」とのことですが、僕もヒラマさんの音を聴いていて、大枠としてはグリッチ/ノイズのジャンルに収まると思うのですが、なにかのシーンに位置づけるのがすごく難しい音楽だなと思いました。いい意味で一匹狼というか、「孤高の存在」のような印象を抱いたんですけれど、どこかのシーンとリンクしているというような意識はあるんですか?
SH:ないです。「孤高」って言ったら超カッコいいですけど(笑)。たぶん相手にされていないだけだと思います。
■ライナーノーツを空間現代の野口順哉さんが書かれていますよね。どういう経緯で彼にお願いすることになったのですか?
SH:空間現代の音楽は、簡単に言うとバンバンと音が飛んでいって、まともに聴けない感じなんです。ビートが始まったと思ったら「これ絶対CD飛んでるでしょ」みたいな(笑)。僕の音楽にもそういった側面がありますよね。グリッチしたり、スキップしたり。昔ロックが好きだったりヒップホップが好きだったりしたのと同じように、そういうスキップな感じがすごく好きなんですね。で、それを彼らは人力でやってしまっている。これまで何度かイベントで共演してきましたが、ヤバいです。カッコいいんですよね。中原昌也さんの誕生日会でライヴをやったとき、空間現代とも一緒になって、その後も打ち上げで、今回ライナーを書いてくれた野口さんと一緒になったりしていて。そういう感じでけっこう近い場所でライヴもやっているのに、ちゃんと喋ったことがなかったんです。でも当然僕のことは知っているだろうし、じゃあ僕のことをどう思っているんだろうと。僕だけ片想いな感じだったので、いい加減告白してみようと。ちょっとライナーを書いてください、というのをダメもとで言ったら、「全然いいっすよ」と言ってくれて。けっこう現実的な内容で、すごくおもしろいライナーができあがりました。僕がこのインタヴューで喋っているふわふわな感じとは違う(笑)。かなりシリアスです。愛を受け取りました。
■両想いになったということですね(笑)。
SH:「好きです」って言って、「ありがとう」って言われた感じ(笑)。今度ライヴでデートします(笑)。
■なるほど(笑)。中原さんの名前が出ましが、Ametsub(アメツブ)さんもコメントを寄せていますよね。
SH:Ametsubさんもよくしていただいていて。いわゆるエレクトロニカの世界ではスーパースターですよね。
■そうですよね。ヒラマさんは一見「孤高」なんですが、いくつかそういう他の方たちとの接点はありますよね。イクエ・モリさんとも一緒にツアーをされて。
SH:好きなアーティストと一緒にライヴをしたい、というのはありますよね。その気持ちが実ってそういうお話になっているというだけで、「繋がっていたい」なんて畏れ多いです。そもそも中原さんにしろ、イクエさんにしろ、Ametsubさんにしろ、空間現代にしろ、基本はそれぞれ個であって。でも、彼らも「どこかに属している」という感じはあまりないですよね。
■そうなんですよね。ピンポイントで繋がる人はいるんだけども、みんなそれぞれが「孤高の存在」のような感じがしますね。オヴァルとも一緒にツアーを回っていましたよね?
SH:DOMMUNEもやって、京都でツアーもやって、寿司居酒屋みたいなところで一緒に飯食いましたね。彼もそんなにコミュニケーションがうまくないというか(笑)、人とワイワイやっている感じじゃないですよね。
■ですね。マーク・フェルとも一緒にやっているんでしたっけ?
SH:大阪でツアーに参加させてもらったというだけで、直接的にはぜんぜん。その日僕は酔っぱらってたし、ちゃんとライヴも観られていないくらいだったと思います。
■(NHK)コーヘイさんも出ていたイベントですよね?
SH:そうですね。あれはたぶんコーヘイさんとマーク・フェルのユニットなのかな? ぜんぜん覚えていないですけど。僕はそれに付随しただけです。
■なるほど(笑)。でもこうしていろいろ名前を並べていくと、ますます「shotahiramaって誰?」という感じになっていくようなところがおもしろくもあり……やはり「孤高の存在」ですよ。
SH:それ絶対叩かれそう(笑)。ぼっち。「ひとりぼっちのなんとか」的なことを書いたら、銀杏っぽいんじゃないですか?(笑)
■見事にタイトル回収ですね(笑)。

『桐島、部活やめるってよ』や『紙の月』の吉田大八監督が三島由紀夫唯一のSF小説『美しい星』(1962)を映画化。
舞台は東北大震災、福島原発事故後の現代に替えてあるものの、想像以上に原作に忠実であり、三島由紀夫が当時発したメッセージを現代に移し替えることに成功していた。
1月というのに夏日が続くある日、中年気象予報士の重一郎(リリー・フランキー)は自分が火星人であると気づく。時を同じくして、彼の息子(亀梨和也)は水星人、娘(橋本愛)は金星人だとそれぞれ目覚め、つまり、地球人の妻(中嶋朋子)を含め、4人家族が違う星を故郷とする宇宙人となってしまうのだ。こうした設定のすべてはドタバタコメディだ。リリー・フランキーの貧弱な身体を駆使した素晴らしい演技に何度も唸ってしまう。ちなみに原作では妻は木星人だが、これを地球人にしたことは、何も彼女だけは汚れない正気で、異変に揺らぐ家族を癒しに導くため、などと言う最近ありがちな設定ではまったくない。地球人の彼女は、遥か上空の宇宙を偲ぶ家族同様、この水の星の数千キロの深海から汲み出した特別な「美しい水」に魅せられる。それはありふれたマルチ商法で、UFOにはまる夫や「金星人の子を宿す」娘と共に、(観客からは見える)本当の故郷を見失っている。そして、偶然知り合った宇宙人同士で、異常気象の続く地球、化石文明が破壊した地球環境を見て、人類は滅びてもいいのではないかと議論するのだ。

愛国、憂国の徒として知られるミシマのこの、「わが星」への視座は興味深く示唆的だ。わが星にいながら、異星人の目で「ここ」を見る。「宇宙連合」の複数の星が地球の近隣にはあることが、地球の条件なのだ。
こうした文明批評は、原作が書かれた62年には米ソの核戦争前夜の危機感があったが、この映画では福島原発事故後、解決不可能な放射能への危機感がある。人類・文明の危機を叫ぶ重一郎は初めはテレビスターとなってもてはやされるが、発言が過激になってくると職を失い、孤立し、癌に侵される。これはまるっきり、3.11後の反原発運動そのままだ。あるいは避難先で謂れないいじめに遭う被災者の孤独も連想させられる。
「この星の美しさとは何か?」と問われ、重一郎は「すべての自然だ」と答える。その自然を破壊してきた人類は地球の敵であり、いま滅んでも100万年もすれば違う地球人が違う文明を作るのだから、いまの人類はこのまま滅んでもいいではないか、などという議論がある。「すべての自然」が美しいのだ、地球人は生活を変えなければなれないと力説していた重一郎が、意識朦朧とする中、ネオンの光が溢れる景色を「美しい」とつぶやくシーンが私は好きだ。そして、そこから続く原始の森=原子の森への強行突破、野生化した家畜に乗せられて火星に還って行くまでの幻想的なシーンは忘れがたい。

3.11の災害後、多くの作品が作られてきた。直接的な言及はなくても「癒し」や「家族」をテーマにした日本映画はかつてなく増えているように感じる。そんな中、成島出監督『草原の椅子』('13)や廣木隆監督『さよなら歌舞伎町』('14)のように「絆」の押し付けへの違和感を振り返るような作品、あるいは堤幸彦監督『天空の蜂』('15)のような原発へのハードなアプローチのものも出てきている。そしてこの『美しい星』は、未だ置き去りにされたままの被災者に寄り添った視線で作られている。科学的知識はなく、頼りない情報にいつだって翻弄され、家族の「絆」は普通に脆弱な、最もカッコ悪い普通の人たちだ。あの原発事故は、そうした人たちを国会前に引きずり出したのだ。国会に、マスコミに、学者やジャーナリストが手招きするまま、不安を訴えていた。より良い生き方について、どれほど考えてきただろう。それなのに、避難先ではいじめられ、故郷を捨てるなど簡単なはずだと大臣に喝破される。初めは寄ってきていたジャーナリストたちも少しずつ減り始め、当時と同様に放射能の恐怖を訴えることはもはや愚かな変人なのだと言われてしまう。なんという事態だ。リリー・フランキーが演じる重一郎は、或る日突然、火星人になる。その火星人の目で見える景色こそ、復興大臣に厄介者扱いされる一人の被災者からのものなのだ。その行動は突飛、発言は極端でまともに話はできないと、美しい地球の人たちは感じるだろう。未だ恐怖を感じている被災者とそうでないものたちは、もはや異星人同士のように違うものを見ている。このすれ違いによって起こる悲喜劇は、現実の日本そのもの。母=妻を唯一の地球人にしたことは、見終えてから次第に大きな意味を想像させている。
ミシマの原作は、地球の未来について宇宙人たちの率直な議論が続くことで、当時、議論小説とも称されたそうだ。「議論」はこの映画にもあるが、小説よりはずっと簡略化されている。その部分も含め、後を引く作品だ。
予告編
ナイト・ジュエルことラモーナ・ゴンザレスの2016年の活動を見ると、まず彼女の名を一躍広めた傑作アルバム『ワン・セカンド・オブ・ラヴ』(2012年)から4年ぶりの通算3作目『リキッド・クール』があったわけだが、そのリリースを挟む形でラッパーのドループ・E(US西海岸のラッパーの始祖的存在であるE-40ことアール・スティーヴンスの息子)とAMTHSというヒップホップ・ユニットをやっていたかと思うと、長年に渡って協力関係にあるデイム・ファンクと、ナイト・ファンクというシンセ・ファンク~モダン・ブギーのユニットでEPをリリースし、とても充実した1年だったと言える。2017年に入っても、ヒップホップのビートメイカーであるエルーシヴがジャズに挑戦した『フュージョン・スウィング』に参加し、オマー・Sのディープ・ハウス“コンフェス・トゥ・U”にフィーチャーされるなど、ますますレンジの広い活動をおこなっている。そうした中、『リキッド・クール』から1年という比較的短いインターヴァルで新作『リアル・ハイ』がリリースされた。
〈イタリアンズ・ドゥ・イット・ベター〉、〈セクレタリー・カナディアン〉、〈メキシカン・サマー〉など、さまざまなレーベルから作品を出すナイト・ジュエルだが、今回は『リキッド・クール』に引き続いて自身のレーベルである〈グロリエッテ〉からのリリースである。ラモーナの夫でデビュー以降一貫して共同制作をおこなうコール・M.G.N.がプロデュース、作曲、ミックスなどでサポートするほか、デイム・ファンク、ジュリア・ホルター、ドループ・Eなど彼女のコラボレーターたちが揃って参加している。アリエル・ピンク、サンプスからベックの作品にまで関わるコールは、デイム・ファンクとスヌープ・ドッグのコラボから、ナイト・ファンク、ジュリア・ホルターの作品にもプロデューサーとして関与しており、そんな関係の深い面々が集まったアルバムである。『ワン・セカンド・オブ・ラヴ』の頃はチルウェイヴの一種とも見なされ、シンセ・ポップ系からアコースティック系作品までやっていたのだが、『リキッド・クール』ではそのシンセ・ポップにグッと寄った作風となっており、またデイム・ファンクとの交流からシンセ・ファンク調の作品も増えていた。『リアル・ハイ』はそうした路線をさらに推し進め、またポップ・センスにさらに磨きを掛けている。
デイム・ファンクがギター・シンセで参加した“ハドゥ・トゥ・レット・ミー・ゴー”は、AOR風味のメロウなシンセ・ブギーで、ラモーナのソフトで優しい歌声をうまく生かした作品である。現在であればライやインクなどに通じる作品であり、シャーデーからの影響も伺えるだろう。“2・グッド・2・ビー・トゥルー”も同系の80sタッチのシンセ・ブギーながら、よりダンサブルな曲となっている。こうしたダンス・トラックは、やはりナイト・ジュエルでの経験が反映されているのだろう。“ジ・アンサー”は〈イタリアンズ・ドゥ・イット・ベター〉での仲間にあたるクロマティックスに近いシンセ・ディスコで、“アイ・ドント・ノウ”も1980年代のシンセ・ポップの雰囲気を落とし込んだ作品。ジュリア・ホルターがバック・コーラスをとる“ホエン・アイ・ディサイド(イッツ・オールイト)”は、両者の共通の持ち味である浮遊感を感じさせる仕上がりとなっている。そして、“フー・U・R”、“パート・オブ・ミー”、“オブセッション”といったスローなオルタナ系R&Bナンバーでの憂いに満ちた歌、タイトル曲“リアル・ハイ”における幻想的な歌は、ラモーナがシンガーとしてひと回りもふた回りも成長したことを告げている。ナイト・ジュエルの魅力は、やはり何と言ってもラモーナの透明で情感豊かな歌なのである。『ワン・セカンド・オブ・ラヴ』や『リキッド・クール』の内容もさらに超えた、現時点でナイト・ジュエルの最高傑作と呼ぶにふさわしい作品と言える。
デトロイト・テクノ/エレクトロ・ファンクの牙城、UNDERGROUND RESISTANCE/Submerge関連の久しぶりの新作ヴァイナルがまずは3枚リリースされることが明らかになった。
先に発表されたのは、今週末の来日が楽しみなMark Flash(G2G、Timelineのメンバー)による「Audiofluid Ep」(UR-093)だが、つい先日Vintage Futureよる「Dookie Machine」(UR-088)とサブマージ傘下の新レーベル〈Yaxteq〉からはNomadico(DJ DEX)による「Gentefication EP」の2枚も日本に入荷するとの情報が神戸のUnderground Galleryのサイトで明らかになった……Timelineの新作は、デトロイト内で売り切れてしまったとのことだが……。
デトロイト・テクノとはファンクであること。アンダーグラウンドから届けられたパワフルなダンス・ミュージック、ヴァイナル1枚1枚に込められたヤツらのソウルを聴き逃すな!



