暑中お見舞い申し上げます。
以下に掲載するのは、去る5月に初来日したマーク・マッガイアのインタヴューです。
簡単におさらいしましょう。マッガイアは、今日のアメリカの音楽シーンにおける新世代として、欧米ではもっとも評価の高いひとりです。ジム・オルークさんも評価しています。この5年のあいだにアメリカのアンダーグラウンドで起きていたこと、ノイズ/ドローンから美しいアンビエントが生まれてきたプロセスの体現者でもあります。海や水を題材にしたアルバムも多いので、この季節に向いているとも言えます。最近は、トラブル・ブックスとのコラボ作品を出していますが、これも涼しくて良いですよ。
彼はまだ20代なかばの青年ですが、エメラルズとして、またはソロ活動において、大量の作品を発表しています。カセットテープ作品にCDR作品......それらの人気作は数年後にヴァイナルとなって再発されています。つまり彼は、音楽の発表の仕方の新潮流の代表者でもあります。
取材をしたのは、翌日の帰国を控えた、日曜日の昼下がりでした。以下のインタヴューを読めば、彼がどんなところから来たのかわかると思います。
野田:日本での滞在はどうですか?
マーク:すごくリラックスして過ごしています。新宿で公園に行ったり、浅草では水辺を散策してとってもよかったです。あとはCDを買ったり、ボアダムスのライヴを観にいったり。
野田:『リヴィング・ユア・セルフ』のことを考えていたんですが、この作品まであなたは自然をテーマにしたりすることが多かったと思います。それが一変して、このアルバムで家族というテーマを扱うことにしたのはなぜですか?
マーク:いままで家族からいろんなサポートを受けてきました。母は毎回ライヴを観にきてくれたし、妹のために書いた曲もあるし、弟からもいろいろ学んできていて。そのみんなから音楽ってどういうものか、自分はどういう存在なのか、そんなことをいろいろ学びました。この作品は僕にとって初めてのメジャーなアルバムだったので、そういういろんなサポートに対して恩を返したかったんです。
あと、まわりのみんなは自分の家族について語るときに、それがどんなにいい家族かってふうに話すけど、実際はそうじゃないことも多い。たとえば「ごめんなさい」といういうような気持ちも表現して、それとともに「サンキュー」という気持ちも表したかったんです。このアルバム・タイトル自体もポジティヴなこととネガティヴなことの両方を示しているつもりです。
野田:理解のある家族なんですね。
マーク:そう思います。でもいつもそうだったわけじゃないですよ。最初僕はロック・バンドをやっていたんだけど、ノイズとかエレクトロニック・ミュージックをやるようになったときに、なんか、何をやってるのか理解できなかったみたいです(笑)。でもどうやって、どんなふうに僕が成長していったのかをちゃんと見ててくれたので、いまは理解があります(笑)。
野田:あなたのような20代なかばの若さで家族を自分の音楽のテーマにする人は多くはないですよね?
マーク:はははは。僕の家族はとても親密なんです。それはいい意味でも、悪い意味でも。それで、それまでたくさんのカセットなんかをリリースしてきたけど、ちゃんとした初めてのアルバムでは、次に進むためのひとつの区切りとして、家族というテーマを選ぶのがいいんじゃないかって思いました。
野田:しつこいようですが、たとえばロックンロール・ミュージックは、自分の両親やその世代に反抗することで熱量をあげていったようなところがありますよね。ロックの歴史という観点から考えると、『リヴィング・ユア・セルフ』のような実直な家族愛の表現は興味深いなと思ったんです。
マーク:そうですね、それはわかります。僕のまわりでも、父親のことは好きじゃないとか、子供の頃いやな経験をしたっていう人はいるし。でもそういうむかしのことについてとやかく言いすぎて、家族との関係を壊すことはしたくないなって思います。よくも悪くも、家族からのレスポンスのなかでとてもたくさんのことを学んだことには変わりないから、僕はとくに反抗はしなかったんです。
野田:50年前は、親の世代や古い価値観に対する反抗心が音楽のエネルギーとして働いていた。しかし、今日では必ずしもそこにはないってことでしょうかね。
マーク:僕はカソリックの家に育ったんです。教会に行くっていうようなこともいまはないし、カソリックとして生きてもいないんだけど、母がすごくオープン・マインドな人なので、むかしはよく話したんです。ぜんぜん話が通じなかったり、いまだに平行線なことも多いんだけど、そうやって実際に話してくれたってことに対してすごく感謝していますね。
橋元:"ブレイン・ストーム(フォー・エリン)"って、さっき妹さんへ捧げたと言っていた曲だと思うんですが、あなたの曲にはミニマルな構造のものが多いなかで、あんなにドラマチックな旋律を持った曲っていうのはめずらしいのではないですか?
マーク:この曲には時間をかけました。たしかに僕の曲の作りかたって、基本的にはディレイを使って音を重ねていくものだけど、これはループをベースにするんじゃなくてもっとしっかりメロディを作っていったんです。こういうのはこれから深めていきたいなって思う。これ、じつはこのアルバムをリリースする予定だった別のレーベルの人に、初め送った曲だったんですね。そしたら「ギター・ソロっぽすぎるんじゃない?」とか言われて......。何がやりたいんだ? みたいなこと言われて却下されたんですよね(笑)。
野田:はははは!
橋元:ええ、なんてことを! 私この曲を聴くと「エリン」って人はひょっとしたら死んじゃったかとても遠いところに行ってしまった人なんじゃないかって。そのくらい情感ふかい曲で、そこがいいと思うんですけどね。
マーク:このアルバムにはとてもたくさんのアイディアとストーリーが入っていて、いろんなことについて語ってるんです。ファミリーって、家族だけじゃなくて職場や友だちをさしたりもする言葉だし。そこにはいいことだけじゃなくて、いろんなストーリーがあって、たとえば後悔とか怒りとか。それからあなたが言ったような距離ということも。距離って地理的なものもあるけど、心のディスタンスっていうものもあるんじゃないかと思う。そういうテーマはこの作品のなかにはたしかにあります。
橋元:"ブラザー(フォー・マット)"という曲も弟さんへの献辞があります。これもドラムがすごくエモーショナルで作品中では異質な曲です。誰かに捧げることで、あなたはより素直にリリカルな曲を生めるんじゃないでしょうか。
マーク:弟とはよく音楽をやってて、高校のときはいっしょにロックをやってたんです。彼はロックが好きで。で、ドラマーだから、あの曲でたたいてもらったってわけなんですけどね。
野田:アルバムには家族の会話が入ってますよね。会話ではじまって、会話で終わってる。先日の東京のライヴも最初は日常会話からはじまってましたね。こういう、会話からやるっていうのはどういう意図があるんですか?
マーク:その録音は弟の5歳の誕生日のときのもので、たとえばその録音のなかで嵐について話したりしていて、そのことがまたべつの曲になったりしているんです。音源自体はタイム・カプセルみたいなもので、それがこのアルバムの起源になっているとも言えます。あと、ここには彼らはいないけど、音のなかにはずっといっしょにいるんだよっていうことでもあります。
野田:ライヴでああやって声を用いるっていうのは、そのまま受け止めると、その日常的な会話からあなたの音楽によっていろいろなところにオーディエンスをトリップさせる、そしてまたもとの日常にもどってくる、というような意図があったのかなって思ったのですが。
マーク:僕にとっては音楽は毎日やっていることだし、それが日常です。でもそういう会話のサンプリングによって、そのほかの、友だちとか家族っていう日常もひとつにする感覚でやっています。
野田:音楽が日常ってことですが、エメラルズのジョン・エリオットさんとはリリース量を競いあってるんですか?
マーク:はははは(笑)ノー、ノー。ずっと音楽をやっていて、パーティに行ったりとかお酒をのんだりとかってことに集中しなかったから、結果としてリリース量が多くなったという感じで。高校のときの友だちとかは、パーティーとかお酒とか好きで、ちょっとちがうなって思ってたんです。そこでジョンと会ったときに意気投合して。彼は音楽、音楽ってずっと集中してる人だったから。それでバンドになっていったんです。リリース量がとても多いって結果にも、かな。
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野田:『リヴィング・ユア・セルフ』以降にもたくさんリリースされていますが、そのなかで大きなものってなると『ゲット・ロスト』かなって思います。抽象的なアルバム・タイトルが多かったなかで、これは「失せろ」って意味じゃないですか。そういう直情的なタイトルにしたのはなぜですか?
マーク:このタイトルもさっきのようにいろんな意味にとれるものだと思うんですけど、英語だと「失せろ」というほかに「迷う」という意味もあるんですね。『リヴィング・ウィズ・ユアセルフ』が家から出ていくものだったとしたら、『ゲット・ロスト』は世界の広さに圧倒されてまよってしまった、そういうものだったんじゃないかって考えられます。世界はとてもクレイジーでいろんなものがうごめいている場所ですからね。でもその「迷う」っていうこと自体いはすごく大事なことだとも思ってます。スリーヴに書いてあるんですけど、「迷う」ことでなにかを発見したり、次につながっていくのはほんとに大事なことです。
野田:それは、クリーヴランドを離れたり、アメリカを離れてツアーをまわったりとか、そういう経験からきた言葉なんですか?
マーク:もちろんそこにはたくさんのできごとがあります。自分を強く持って、ここだって決めて進んでいったとしても、とてもたくさんの筋道ってものがありますよね。そういう、こうしたい、こうしたほうが良かったというたくさんの選択肢のなかで、自分に対して正直にいよう、そうしたことを強く持とうって思ったところからきています。あとは、クリーヴランドからポートランドへ引っ越したっていうのも大きいかな。そんな規模の引っ越しは初めてだったから。ひとりになった気持ち、とてもさびしい気持ちはあらわれているかもしれません。
野田:エメラルズのほかのふたりのメンバーもいっしょに引っ越したんですか?
マーク:彼らはクリーヴランドにいますね。
野田:ポートランドっていうと、いまとてもアーティストが集まる街でもあり、なおかつアメリカでもっとも銃声が鳴り響く街でもあるっていう噂を聞いたんですが。
マーク:銃声? クールですね(笑)。
(一同笑)
マーク:銃については最近考えをあらためて......、まあ、いいや。
野田:ええ、なんです?
マーク:もちろん銃は持たないほうがいいって思ってるんですけど、最近はハンティングのためとか自分を守るためというよりも、政府についてちょっといろいろ、嫌なことがあったものだから、それで銃を持ったほうがいいんじゃないかって思うようになって。
野田:ええ(笑)! それは聞き捨てならないですね!
マーク:いやいやそれは......
野田:ポートランドは治安が悪いっていうのはほんとなんですか?
マーク:僕はいちばんいいとこに住んでるわけじゃないけど、とくに問題ないですよ。住んでる人っていうより、警察のほうが危ない、こわい感じです(笑)。前の警察署長っていうのが、ちょっと獰猛な人だったみたいです。
野田:日本も似ています。
マーク:まあ、でも、これは気にしないでください。なんでもないです。なんでもない(笑)! 僕はいちども銃を撃ったことないですからね。でもそういった人たちや政府に対してアンチを唱える意味で銃を持つのもいいんじゃないかって、最近は思ったりします。
野田:それはすごいなあ。
マーク:でも......、これはほんと、なんでもないから(笑)!
橋元:(笑)『ゲット・ロスト』で声を入れようと思ったのはなぜです?
マーク:歌ってる曲は2007年の曲なんです。いつもは自分の曲に歌が必要だとは思わないんだけど、ときどき音だけじゃ表現できないから言葉で言わなきゃっていうことがあって。この曲はそんなふうにできたものです。シンガー・ソングライターみたいに歌うんじゃなくて、人間の声っていうものはとても面白い楽器にもなるとも思ってるので、もっといろんな可能性を拡張していきたいですけどね。
野田:あなたのライヴを観て、あんなに踊れるっていうか、ダンサブルな演奏に驚きました。いつもあのスタイルでやっているんですか?
マーク:僕はとてもいろいろなことをやっています。だけどあのときのライヴはお客さんとの一体感がほしかったので、音楽とリズムでそれをやろうって思いました。お客さんに身体を動かして観てもらいたかったんです。僕自身もボアダムスのライヴでそんなふうに観ていました。僕自身はドローンとかアンビエントとかもっとメディテーティヴなものとか、いろいろなスタイルでやります。バランスのとりかたに悩むこともありますけど......。
たとえば流行の音楽がありますよね。そういうものも好きで、やりたいなって思ったりもするんですけど、そういうものを取り入れることで自分のスタイルを失ってしまうんじゃないかって思ったりもして、そういうバランスがむずかしいんです。
野田:流行っている音楽っていうのは?
マーク:レトロなインディ・ダンスとかですね。
野田:〈100%シルク〉とか?
マーク:別に悪く言ってるんじゃないんですよ! ローレル・ヘイローやフォード&ロパーティンみたいな人たちのことです。いろんな人がいるってことです。たとえばドラムマシンとギターを使ったような曲もありますけど、そっちの方向に自分が進むべきかっていうとちょっと違うかな、とも思います。
野田:ローレル・ヘイローとは交流があるんですか?
マーク:フォード&ロパーティンとは、特別親しいわけじゃないけど知り合いです。ゾーラ・ジーザスとも知り合いです(笑)。
野田:ちょっと意外ですね! あのー、5~6年前、アメリカのインディ・ミュージック・シーンの若い世代たちがドローンをやってたじゃないですか。あれはなんでなんでしょうね。
マーク:2000年くらいにスケーターとかダブル・レオパード、サンルーフの影響を受けたんですけど、僕はその当時ノイズのコミュニティにいたんです。あの頃は、そんなことをしているのは自分たちだけだと思ってたんだけど、気づいたらほかのノイズの人も同じようなことをやってました。
それが何故か......、たとえばシンセサイズな音楽がダンス・ミュージックになってって、その次の展開ってわからないけど、また90年代にもどるって展開もあるかもしれないですね。ひとつのジャンルにそういうシフトがあるように、それもなにかシフトしていったものなんじゃないでしょうか。僕らにとってはそれはとてもナチュラルでオーガニックな流れなんです。こういうバンドのように、こういうジャンルのようにやりたいって思ってたわけではなくて、自分たちにとって正直に音をつくっていった結果こうなったという感じです。
野田:テリー・ライリーやラ・モンテ・ヤングのような人たちのドローンというのは、現代音楽の発展型で、ある意味論理的で、専門的でマニアックな音楽だったんですけど、それがいまではより感覚的で身近なものになったっていうことでしょうか?
マーク:彼らはニューエイジのドローンの人たちに対して影響があったような作家で、僕らはどうかわからないけど、そういう人たちもいますよね。僕にとってはパンクとハードコアが初めにありました。それはクレイジーなものでしたが、ドローンをはじめたとき、とてもコントロールが効いた音楽だと思いました。とてもミニマルなもので、それが新鮮に思えたんですね。それはとてもリラックスできるものなんだけど、その奥底にパンクやハードコアのようなタフな要素があるんじゃないかって思います。あと、ドラッグなんかをやるときにはパンクみたいにハードなものはやめたほうがいいんじゃないかとも思いますよ(笑)。
橋元:そういう、ドローンとか瞑想的な、アトモスフェリックな音っていうのは、あなたのなかでサーフ・カルチャーと結びついていたりしますか? インナー・チューブ名義での作品はサーフ・カルチャーの影響から生まれたということですが。
マーク:インナー・チューブというのは、スケーターのスペンサー・クラークとのプロジェクトなんですけど、彼ととてもよく遊んでいたことがありました。『ストーム・ライダーズ』というサーフィンについての映画があって、その映画はサーフィンの精神性に関する映画だったんです。そのなかで、「波の力は地球上でいちばん大きな力の源だ」っていうことが語られているんです。
このプロジェクトはシンセサイザーを使ったメディテーション音楽なんですが、とっても楽しかったです。決められたテーマがあったので、むしろいろんなアイディアがふくらんでいきましたね。でもすごいたくさんあるなかで、海のなかにいること、それはサーフィンでも泳ぐことでもいいんだけど、そこに人生のすべての感覚があるんじゃないかって。その海のなかにいる感覚から、世界をどう見るか、人生の経験をそこにどうやってつなげていくかってことをテーマにしました。
野田:レコードにはポスターが入っているんですよね。
マーク:それは映画からきてますね(笑)。
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野田:ちなみにクラウトロックからの影響もすごくあると思うんですけど、同時代のエレクトロニック・ミュージックからの影響っていうのはないんですか? ベーシック・チャンネルみたいな、ベルリンのミニマル・テクノであるとか。
マーク:もちろんあります。初期のデトロイト・テクノとか。さっき言ってたパンクの話ではないですが、とてもコントロールされていて、とても凝縮されている、そういうタフさのようなものがあるっていうところに惹かれます。すごく正直にいうと、僕は80年代のソウルも好きで、それとデトロイト・テクノには似たようなところがあると思ってます。
野田:デトロイト・テクノが好きなのに、ライヴではドラムマシンを使わないってとこがすごいと思いますよね(笑)。
マーク:ふふふ。ギターでテクノをつくります。
橋元:さっき言ってたようなローレル・ヘイローとかゲームス、フォード&ロパーティンも入るかもしれませんけど、いまチルウェイヴと呼ばれているような音楽が現実逃避的だっていうような批判を受けたりしていますけど、現実逃避っていうこと自体は音楽や文化にとってすごく大きな役割を果たしてきたものだと思うんですね。あなたの音楽には現実逃避的な部分があると思いますか?
マーク:デフィニトリー! もちろんそれはあります。でも、たとえば、チルすることで「人生はいいよね」と言ってしまうことは正しくないと思います。ネガティヴなことも言うべきだと思います。本当の人生のなかでは人はそれでリラックスすることはできないじゃないですか。もっとたくさんのむずかしいことがあります。僕がアルバムで表現したかったように、いいこと悪いことの両面について触れるべきです。けど、もちろん自分の音楽に現実逃避的な部分はあるな、とは思っています。
橋元:そういう部分が逆に自分の音楽をふくらませることはないですか?
マーク:そうですね。それはあります。僕の音楽にはエクスタシーのような、いい気分に満たされるようなものがあるとは思いますけど、それは人びとに必要なものじゃないかっていう気持ちから生まれてるんです。みんな学校とか仕事やなんかがあって毎日とても忙しいから、そういう感情がないと生きていけないんじゃないかと思っています。生きていくのに必要なものなんじゃないかって思います。ただ、くりかえしになるけど、ものごとのふたつの面については考えなきゃいけない。
橋元:なるほど。実際あなたにとって音楽をつくることとギターを弾くこととはどのくらい分離したものなんでしょう? 即興的な部分が大きいのですか?
マーク:それはほんとにいろいろなんですけど、はじめにたくさんのアイディアがあることも多いです。実際ギターを弾きながら何かを発見していって、それをコンポーズドさせていったりもするんですけどね。あとはたくさんのレコーディングを作っておいて、あとで聴きながら「あ、ここいいな」って思った部分をつなげていくようなやりかたもします。だから、けっこういろんなやり方が組み合わさっているかなあ。でもいずれにせよすごく時間をかけることが大事だと思ってます。10年じっと座って考えるっていう意味ではないんですけど、やってみたことをあとからじっくり考えなおしてみてみることですね。
橋元:最後にエメラルズについて訊きたいと思います。エメラルズをやることで自分の音楽にフィードバックがあるとすれば、それはどのようなことなんでしょう。そしてメンバーの性格分析や音楽上の役割分担について教えてください。
野田:そもそもエメラルズの次のアルバムって用意されてるの?
マーク:とってもいいレコーディング・スタジオを借りたみたいです。6月は1カ月まるまるそのクリーヴランドのスタジオで作業することになりそうです。それでポートランドに結果を持って帰っていろいろ作業して、また8月にクリーヴランドに戻って作ります。
レーベルは〈エディションズ・メゴ〉です。でも、アルバムを作るために集まるんじゃなくて、みんなで音を出すのが楽しいから集まるわけで、アルバムはほんとに、あくまでその結果ですね。音を出すのが目的です。でも、そのスタジオは〈エディションズ・メゴ〉が借りてくれてるから、もちろんまあ、出るんでしょうね(笑)、アルバムが。とってもいい条件だったみたいです(笑)。
で、最初の質問ですけど、僕らは実際エメラルズがこんなに成功するとは思ってなかったんです。ジョンとはもう13年くらい音楽をやっているんですけど、ぜんぜん誰にも、見向きもされなかったんです(笑)。だからいまの状況に圧倒されてるところもありますけど、ジョンからもみんなからもすごくたくさんのインスピレーションをもらっています。
野田:ヨーロッパからの反応はどうなんですか?
マーク:とてもいいです。アメリカよりいいです。ウォッカも飲めます(笑)。
ふたつめの質問については、そうですね、僕ら3人は、とっても性格がちがうんです。違っているからこそ、音楽がいっしょにやれる、集まれば音楽が生まれてくるんだと思ってます。僕ら3人のパートははっきりと決まっているわけではないんですけど、バランスをとても大事にしているんですね。アルバムを船だとすると、いつも、その船がまっすぐ進んでいるかな、ということをつねに気にしています。とても大きなところでは、僕らはジョン・コルトレーンに影響を受けてるんです。彼らの演奏はいつもタイト、そしてどの部分を見てもコントロールされているし、音のバランスもとてもいい。大きな影響を受けてます。ひとりじゃなくて複数の人で演奏しなきゃいけないときに、お互いのことを気にしなきゃいけない、そういったときにジャズからとても大きな示唆を受けます。
僕はエメラルズの3人を世界でいちばん大事な友だちだと思っているし、3人で音楽ができることをほんとうに素晴らしいことだと思います。音楽というのは自分のなかから生まれてくるもので、音楽がさきにあるんじゃなくて、自分がさきにあるものだと思うから、もしそれを誰かとやる場合は、フレンドシップがすごく重要になります。だから6月の録音にはそのフレンドシップという原点に立ち返ろうってことも思ってます。エメラルズの音楽ファンのために作るというより、僕らメンバーがお互いのことが好きなんだというそういう原点にもどって作りたい。そう思ってます。
野田:みんなほんとはエメラルズに来てほしいと思ってるんですが、聞いたところによると機材がすごいんですよね。それでなかなか持ってこれないっていう。
マーク:僕もすごくたくさんペダルを持っていて、ほかのふたりも機材はたくさんあるので、その点でたしかにツアーは難しいかもしれないです。やるときはほんとにベストを尽くしたいので......
野田:なんか、すごい古い機材を使うんですよね?
マーク:ジョンはすごい大きなモジュラーのシステムを組んでいます。メロトロンも持っているけど、さすがに1回もライヴに持ち込んだことはないですね(笑)。スティーヴも10個くらいのシンセサイザーを持ってるので、まあピンク・フロイドみたいに予算がガンガン使える人たちじゃないと、ちょっとむずかしいですね(笑)。彼らはボートを使ったみたいけど、たしかにボートじゃなきゃ無理かもです。エメラルズの機材は、飛行機には載りきらないでしょう(笑)。
野田:そんなに......、ところでさっき、あなたはノイズ・シーンにいたと言っていましたが、そのノイズ・シーンについて詳しく教えてください。次の紙ele-kingでは「ノイズ」を特集しようと思っているんです。
マーク:僕たちが2005年に演奏をはじめたとき、エメラルズの前にフランスライオンズというバンドをやっていました。その秋、僕たちはクリーヴランドでスリーピータイム・ゴリラ・ミュージアムという本当にひどいバンドの前座をやって、とても変なセットをその晩演奏したのですが、そのライヴでジョージ・ヴィーブランツ(Viebranz)という人に出会いました。
ジョージはクリーヴランドの小さなクラブやDIYスペースでたくさんのライヴを企画していて、僕たちにオハイオのアクロンにあるダイアモンド・シャイナーズに翌週末に演奏しにおいでよと言ってくれました。ダイアモンド・シャイナーズはタスコ・テラーというバンドが運営していた小さなDIYハウス・スペースです。そこで僕たちは同じ好みを持ったたくさんの楽しい人たちに出会って友だちになり、また彼らが紹介してくれたバンドとのネットワークを築きました。そしてそれと同じ時期に、僕たちが夢中になっていたノイズやエクスペリメンタル・ミュージックのたくさんの音楽がオハイオやミシガン周辺で生まれているということを知りはじめました。とりわけコスモス・ファームという場所、ラムズブレッドというバンドが運営していたオハイオのデラウェアにあるザ・ラムズデンという場所で、そういった音楽のライヴ演奏がおこなわれていました。
僕たちはそこで演奏しようと何度か試みたのですが、彼らから詳細をもらうのはすこし難しくて......、でもあるとき、ようやくそこで演奏することができたんです。そこでは僕らが好きなバーニング・スター・コア、ヘア・ポリス、ウルフ・アイズ、クリス・コルサーノといったバンドのライブを見ることができて、とても興奮しました。それから僕たちはラムズブレッドとすぐに仲よくなったんです。ラムズブレッドはとても愉快でパーティ好きで、信じられないほどいいレコードを持っていました。それから当時の彼らは僕たちと同じくらいの量のウィードを吸っているバンドでもありました。
エメラルズをはじめたすぐあとでした。クリーヴランドであったマジック・マーカーズ/ラムズブレッドのライヴでラムズブレッドと仲よくなって、ヴァンパイア・ベルト、デッド・マシーンズ、バーニング・スター・コアなど僕たちが賞賛するバンドも出演するデラウェアの彼らのハウス・パーティで演奏してよと誘ってくれたのです。そのライブは僕にとっていちばん緊張したライブとなりました。僕らは5~6分しか演奏しなくて、ほとんどサウンドが作れなかったと思います。そこにいた人たちは楽しんでくれたみたいでしたけど。それから僕たちはその場所やミシガンでタスコ・テラー、レズリー・ケッファー、グレイヴヤーズ、ラムズブレッド、バーニング・スター・コア、シック・ラマ、ハイヴ・マインド、アーロン・ディロウェイなどたくさんのバンドとライヴをやりました。
野田:ソニック・ユースからの影響はありましたか?
マーク:僕たちの音楽は前に言ったようなのバンドを通して、サーストン・ムーアに紹介されました。サーストンは僕らが2006年にタスコ・テラーとスプリット作ったカセット『クリスマス・テープ』を聴いて、僕たちにとっては最初のヴァイナルとなるその再発をリリースしたいとオファーしてくれたのです。その当時サーストンはオハイオのノイズ・シーンによく顔を出していて、タスコ・テラーの子どものころからの友だちであるレズリー・ケッファーや、ラムズブレッド、そして僕たちとタスコ・テラーのスプリットLPをリリースしました。
サーストンはとてもいい人で、すばらしい人たちとのネットワークを持っています。でも個人的にはソニック・ユースに夢中になったことはありません。僕が彼らにいちばん興味をもったのは、図書館で『ウォッシング・マシン』を借りて聴いたときでしたが、そのとき僕は8歳でした......。それ以外はあまり自分にひっかかったことはありませんでした。彼らはたくさんのバンドに影響を与えていると思いますが、正直、僕はそのうちのひとりではありません。
僕たちがバンドをはじめたときにとても大きな影響を受けたのはラムズブレッドでした。自由でサイケデリックな要素を持つ彼らの音楽や、彼らとの個人的なつながりは、初期の僕らに助けや助言をあたえてくれました。彼らがもう演奏しないことや、彼らのことを語ることを誰もしないのは悲しいことですが、彼らは僕が音楽を通して出会ったなかでももっともディープな人たちで、彼らのことが大好きです。
※次号の紙ele-kingでは、ゼロ年代のノイズ/ドローンのシーンについて特集します。こうご期待!

























