私は朝起きるとコーヒーを淹れて、ベランダでタバコをふかしたのち、四十の声を聞き、だいぶガタがきた身体をほぐすために運動するときめているが、そのときかけるBGM選びは慎重を要するうえに困難をきわめる。なんとなれば、その日一日の気分を左右するからであるが、一日の気分なぞ起き抜けの頭にきめられてはたまったものではない。いきおいレコード棚とCD棚の前をうすのろのようにうろうろするハメになる。5分、10分はザラで半時間とはいかないまでもそれくらいかかることもあり、しぶしぶきめた音楽のせいで午前中がムダになることもしばしば、世の勤めびとにくらべるとおかなりお気楽な部類にはいるのである。
今朝はたまたま、CD棚の南向きの面の右端上から3段目に目がいった。水谷さん、灰野さん、ボアダムス、ザッパとかクレイオラ、アイラーやベイリーやマイルスのジャズ関係にまじって、ケージやサティやフルクサス系がごっちゃになった私の音楽体験の原点にあたるひとたちのコーナーである。私はそこからなんの気なしに『ソングX』を抜いた。パット・メセニーとオーネット・コールマンとの双頭作で、リリースから20年経ったのを記念した2005年のこのデラックス・エディションには未発表曲を数曲おさめている、しかも冒頭に。これがカリプソを思わせる千鳥足の軽快なナンバーで、萎びた身体でする運動にはもってこいだったのである。オーネット、チャーリー・ヘイデンとメセニー、ディジョネットの相性もわるくない。デナードはいらない気がするが、それは本作にかぎったことではない。ところがオーネットとデナードの関係を、湯浅さんは『音楽談義』で、『The Empty Foxhole』から親子の会話として読み解かれ、目から鱗が落ちた。坂田明さんは『ジム・オルーク完全読本』で、ニューヨークでオーネットに会ったときの逸話とともに「どんなことも3年やれば世の中に認めてもらえる場合がある」下積み時代、オーネットのこのことばに賭けた、とことばあらたに語った。『ソングX』の未発表テイクはこのアルバムがメセニー主導であり、オーネットすぎたのではぶいたのだろう。そこにはフォルムはあるものの外郭は軟体化しているが、恣意性によるものではなく、内在するものが、自生するように増殖し、かたちを変える。私は運動を終えたてつづけに聴いた『Dancing In Your Head』『Body Meta』『Virgin Beauty』でもその印象は変わらなかった。おそらく『ジャズ、来るべきもの』からジャズの十月革命の季節をはさみ、ブルーノートのゴールデン・サークルのライヴ盤をいま聴き直しても変わらないだろう。フリー・ジャズといいながらデタラメでもきまりきった型でもない。おそらくオーネットしか出せない音列とニュアンスがあり、彼はそれをハーモロディックと呼び、作曲と即興の体系におとしこもうとしたが、むしろそれは両者の中間領域の階調のようなものであり、この複雑なグラデーションは理論化にそぐわない、オーネット・コールマンの身体そのものであり、彼と彼の身体の重力の圏域にとらわれた共演者たちのもたらすものであり、根源的にジャズだった。その身体は喪われた。
ムシのしらせなどというものがあるなら、これがそうだったのだろう。深夜、仕事のためにキング・クリムゾンのライヴ音源を聴きかえしながら、即興ならオーネットのほうが、いやベイリーは――とむつむつ考えていたら、ケータイが光った。着信を告げる点滅で、開くと「24通の未読メール」とある。すわ迷惑メールか、いかがわしいサイトをみた憶えもないのに、と焦って確認したら、保坂さんと湯浅さんとのやりとりが同報されていた。そこでオーネット・コールマンが死んだのを知った。私信なので引用しないが、ひとつだけ。「死ぬことと遠すぎる」と湯浅さんは書いた。そのとおりです。
6月11日、オーネット・コールマンはニューヨークでこの世を去った。「85歳。テキサス州出身のアルトサックス奏者。伝統的な音楽技法にとらわれず、より自由な表現形式を可能にした「フリー・ジャズ」をリードした」とAFP時事は報じている。くりかえす。その身体は喪われた。しかし自由は死せず、と私は板垣退助みたいことをいいたいのではない。というか、ほんとうに音楽の自由は死んでいないのか? 目がさめたらもう一度考えてみようか、音楽そのものとなり、ついに死ぬことと遠くなったオーネット・コールマンの音楽を聴きながら。
2015年6月12日払暁










