「Low」と一致するもの

Various - ele-king

 この熱気。エナジー。爆発力。本誌26号で「またの機会」とした北アフリカのテクノからエジプトのフロントラインを凝縮したコンピレーションを。最初にレーベルについて説明しておくと、〈ナシャズフォン〉はこれまでアメリカのノイズ・ドローンやヨーロッパのサイケデリック・ロックなど、ダンス・ミュージックとは距離を置いたアヴァンギャルド・ミュージックをメインに手掛けてきたレーベルで、これがエレクトロ・シャアビと呼ばれるダンス・ミュージックのコンピレーションを企画するということは、ドイツの〈パン〉が辿った変化と同じ道を進み始めたことを意味している。アルジェリアやモロッコに起源を持つシャアビは70年代からエジプトに根付き、ユーモラスで極端に政治的なストリート・ミュージックとされ、これが「アラブの春」(と西側が称した政権交代)以降、エレクトロ・シャアビとして一気に先鋭化することになる。〈ナシャズフォン〉も2014年にE.E.K. のライヴ盤を世に送り出して打楽器の洪水がクラブの熱気を煽る一部始終を広くアナウンスし、エジプトのアンダーグラウンドがどうなっていくか大いに期待させたものの、それ以上シーンを追うことはなく、〈ナシャズフォン〉のリリースもラムレーやスカルフラワーといった昔のイメージに戻ってしまう。エレクトロ・シャアビをイギリスのDJでフォローしたのはマムダンスで、フィゴやサダトといった人気MCをフィーチャーしたミックステープがその熱気を伝えてくれた一方、エジプトからはヨーロッパのテクノを模倣するタイプも増え、ミコ・ヴァニアやサイクリック・バックウォッシュなど14の名義を使い分けるネリー・ファルーカ(Nelly Fulca)がパトリック・パルシンガーの〈チープ〉からねっとりとしたインダストリアル・テクノをリリースするなどエジプシャン・テクノのスキルと信用度も高めていく。そうした交点から、まずはズリ(Zuli)がリー・ギャンブルのレーベルからデビュー・アルバム『Terminal』をリリース。高橋勇人のレビューを引用すると「ここにあるのは、IDMの理念でもある、サウンドのカテゴライゼーションの魔の手からの逃避と、カイロという空間の激ローカルな視点からの再定義」(本誌23号)だという。一方的に外国に追随するわけでもなく、かといって自国でホームグロウンとして開き直るわけでもない環境が整ったということだろう。その上で3フェイズや1127が改めてエレクトロ・シャアビの新手として噴出し、〈ナシャズフォン〉もそれらを1枚にまとめたわけである。つーか、この熱気をまとめざるを得なかったほどシーンは沸騰していたのだろう。

 オープニングは実験音楽の要素を残したアバディール。このあたりはレーベルの意地であり、〈パン〉がそうであったように音楽的な脈絡を重視したのだろう。ガッツガッツと繰り出されるインダストリアル・パーカッションはしかし、ベース・ミュージックのそれであり、実験音楽の要素がダンス・ミュージックの価値を削ぐものではない。続いて〈ナシャズフォン〉から昨年、デビュー・アルバム『Tqaseem Mqamat El Haram』をリリースした1127。“gharbala 2020”はインダストリアル・ポリリズミック・ミニマルというのか、ダンスホールのリズムを一応のメインとしながら、あちこちからリズムが降ってきてぐちゃぐちゃになった1曲。といってもいわゆるでたらめとか、ヤケクソではない。誰かの名前を出したいけれど、誰も思い浮かばない。リズムの背後ではアラビックな旋律も乱れ飛んでいる。続いて本誌でも取り上げた3フェイズ。デビュー・アルバム『Three Phase』でもそうだったけれど、甲高い打楽器の叩き方がハンパなく、ぶっといベースとの落差は常軌を逸している。実際、3フェイズはランニングしながら聴いていて意識が飛びかけ、運動しながら聴くのはやめたほど。『Terminal』に続いてリリースされた2枚のアルバムがコンセプチュアルすぎて僕にはよくわからなかったズリもここではエレクトロ・シャアビに取り組み、ノイジーなイントロダクションから怒涛のパーカッション・ストームになだれ込む。『ジャジューカ』でおなじみガイタがループされ流というか、まさに『ジャジューカ』のパンク・ヴァージョンである。激しい。どこからこんなパッションを得ているのだろう。ズリはまたラマと共にIDM寄りのコンピレーション『did you mean: irish』も昨年、パンデミック下の記録としてリリースしている

「ホッサム・サイド」から「イブラヒム・サイド」に移ってKZLKは誰よりも混沌としたインダストリアル・シャアビをオファー。1127と同じくダンスホールを思わせるリズム・パターンを一応の柱としながら、これもポリリズミック過ぎて頭では処理が追いつかない……体に任せるしかない(このサウンドを形容するのに「メルツバウィアン」という単語を初めて見た)。なお、KZLKはは〈ニゲ・ニゲ・テープス〉が年末ギリギリにリリースしたダンスホールのコンピレーション『L'Esprit De Nyege 2020』(48曲入り)にも参加している。ナダ・エル・シャザリはまったくの新人だろうか。ナース・ウイズ・ウーントのようなサウンド・コラージュを導入に古代を思わせる勇壮としたコンポジションで、これもエナジーを隅々まで漲らせている。そして、最後にウォール・オブ・ガイタからブレイクコアともつれ込むユセフ・アブゼイド。ポスト・ロックやシューゲイズのアルバムをリリースしてきた人なので、少し毛色が異なるが、あらゆる種類の混沌を並べた後にさらに異質の混沌が配置されることで、これはこれで一気に異次元へと連れ去られる。エジプトでは、しかし、いったい何が起こっているのだろう……と思ってしまうほど、とにかく全体の熱気が凄まじい。ユーチューブにはヒドい音で全曲のライヴ・ヴァージョンが上がっていて、映像を見る限りはみんな楽しそうにクラブで踊っているだけなんだけれど……。

 安倍政権はまるで70年代のインドネシア政府みたいだと思っていたけれど、年明け早々、アメリカの議事堂襲撃を見てドナルド・トランプはアフリカの大統領にしか見えなくなってしまった。大規模なデモによってムバーラク大統領が退いた後もエジプトの政治は混乱を極め、通貨の暴落に加えてエチオピアとの紛争が持ち上がったりしたことを思うと、アメリカでもこれからアンダーグラウンド・ミュージックが盛り上がるのかなあなどと思ってしまう。

Pa Salieu - ele-king

 UKにおけるラップ・ミュージックはアフロビーツ、ドリルがシーンを牽引し、もっとも影響力のあるポップ・カルチャーのひとつとなった。コロナの影響でストリーミングに軸足を移したメジャー・レーベルもその勢いを見逃すことはなく、多くのラッパーがメジャー・レーベルと契約し、リリースを行なっている。
 その結果、歌詞の内容のみで頭ひとつ出ることはかなり難しくなってきているように思う。簡単に言えば似たような音楽が増えすぎてきているのだ。ラッパーは以前より音楽性を追求し、他にない「音」を創作するフェーズに入ってきている。とくに象徴的に感じたのはヘディー・ワンが昨年リリースしたミックステープ「GANG」で、Fred Again.. がプロデュースを手がけ、UKドリルを発展させた新たなエレクトロニック・ミュージックを追求していたことだ。
 そして今回紹介する Pa Salieu も、ガンビアのルーツ、そして自らの「ブラックネス」に自覚的でありながら、それをトラックとラップの双方に落とし込むプロデュース能力が光る新たな才能だ。

 ガンビアの両親のもとに生まれ、幼少期の一時期を親族の暮らすナイジェリアで過ごした Pa Salieu。その後UKに戻り、コヴェントリーで過ごしたギャングスタ・ライフが彼をラップの道へと導いた。彼自身、あまり過去のストーリーを押し出さないタイプなので詳しくはわからないものの、過去には頭と首に20発の銃撃を受けたこともあるという。その後まもなくロンドンに移住した彼が音楽制作を開始し、多くの目に触れたのは YouTube チャンネルの Mixtape Madness に公開された “Frontline” (アルバム3曲目収録)であった。

 不穏すぎるトラックと宣言するように力強くラップするスタイルはこの時点ですでに確立していた。ガンビアとガーナのルーツを持つ「先輩」ともいえる J Hus をパクっていると揶揄されることもあったが、本デビュー作はむしろ J Hus と肩を並べる存在であることを証明している。

 トラックはどれもフレッシュだ。スロータイの右腕である Kwes Darko が手がけた 1. “Block Boy” はシンセの質感・リズム共にジャンル分け不能な全く新しいギャングスタ・ラップであるし、“Frontline” をプロデュースした Jevon が手がけた 6. “Over There” もUKガラージとグライムのビート・パターンを拝借しながら、ドラムの音色を変えたり、グルーヴをずらしたり、コーラスを入れたりすることでアフロの感覚を滲ませている。分析的に書けば難しく聞こえるかもしれないが、シャッフルしたビートをさらりと乗りこなす Pa Salieu のスキルは素晴らしい。先行シングルであった 7. “Betty” も実験的なアフロビーツで攻めているし、全く出自が不明なラッパー4名を迎えたギャングスタ賛歌 10. “Active” はどこかオールドスクールで、ラップの肉体性を改めて感じさせる素晴らしい一曲だ。

 BackRoad Gee を迎えた 13. “My Family” は温度の低く不穏なダンスホール・トラックで、ジャマイカと全く異なるノリでダンスホール・レゲエを更新している。14. “B***K” ではラップの方でアフロなノリを体得している。「この音楽は黒、肌の色は黒、ライフスタイルは黒、でもあいつらはその事実を恐れる」、と歌い上げUKの人種差別を間接的に揶揄しながら、ガンビアの叔母の歌唱がサンプリングとアフロ・グルーヴを染み込ませ、一貫した表現として提示している。

 制作陣としては、UKラップのプロデューサーの他にも、カマール・ウィリアムスとのコラボで知られるジャズドラマー、ユセフ・デイズが参加していることからも、彼の耳の広さがうかがえる。

 このデビュー作品で Pa Salieu が証明したのは、自身がUKの伝統に深く根を下ろしているアフロビーツ、ダンスホール・レゲエ、ジャングル、ガラージ、UKラップ、ジャズのブラックネスを吸収し、それを現在に更新する存在であるということだ。

Madlib × Four Tet - ele-king

 これは2021年、最初のビッグなコラボとなるだろう。先月ちょびっとだけ報じられていたマッドリブとフォー・テットによるアルバム『Sound Ancestors』の詳細が、本日公開されている(ちなみにふたりの関係がはじまったのは、先日その死が明らかになったばかりのMFドゥームとマッドリブが組んだユニット=マッドヴィランのリミックスがきっかけだったそう)。
 マッドリブが作曲を、フォー・テットがエディットおよびアレンジを担当した同作は1月29日にリリース、それに先がけ BBC6 のメアリー・アン・ホッブズの番組で放送される予定。ほぼ同時期に頭角を現してきたLAアンダーグラウンド・ヒップホップの立役者と、UKエレクトロニック・ミュージックの奇才、両雄が引き起こす未知の化学反応に注目だ。

Moor Mother & Billy Woods - ele-king

 いったい何枚あるんだ? 昨年怒濤の勢いで作品を発表しつづけたムーア・マザーが去る12月、さらなる新作『BRASS』を送り出している。
 今回はNYのヒップホップ・デュオ、アーマンド・ハマーの片割れたるビリー・ウッズとの共作で、ポエトリー・リーディングとラップの絡み合いが聴きどころだ(アーマンド・ハマーのもう片方、エリュシッドも参加)。さらに、アルバム冒頭の “Furies” では、なんとサンズ・オブ・ケメットの “My Queen Is Nanny Of The Maroons” をサンプリング! 世界がつながっていきますね(プロデューサーはウィリー・グリーン)。

 ちなみに、ピンク・シーフも参加したアーマンド・ハマーの昨年のアルバム『Shrines』でムーア・マザーは、“ラムセスII世” という曲でアール・スウェットシャツとも共演しています。

Nothing - ele-king

 シューゲイザーの現在形とは何か。私はその回答としてナッシングの新作『The Great Dismal』を挙げてみたい。なぜか。ここには「陶酔のシューゲイザー」から「覚醒のシューゲイザー」という変化がうごめいているからである。

 サイケデリック・ロック/ノイズ・ロックの極限とでもいうべきシューゲイザーという音楽形式は、伝説的な存在マイ・ブラッディ・ヴァレンタイン、そしてスロウダイヴ、ライドなどのシューゲイズ御三家の圧倒的な影響力のもと、2020年に至るまで世界各地で有名無名問わず幾多のインディ・ロック・バンド(さらにはるシーフィールのテクノ系譜の電子音楽、フェネスなどの電子音響、M83 などエレクトロニカと融合したニューゲイザーなども)によってサウンドの生成と変化を繰り返してきた。
 くわえてブラックゲイズやハードコアなどのへヴィー・ロックからの参入によって、さらなる変化を遂げつつある。つまり陶酔のサイケデリアであったシューゲイザー・サウンドが、覚醒のノイズ・ロックに変貌していったわけだ。例えば米国のデフヘヴン、フランスのアルセストなどはその代表的な存在といえよう。
 その中にあってアメリカ、ペンシルバニア州フィラデルフィアのノイズ・ロック・バンド、ナッシングはハードコアやブラックゲイズ由来のシューゲイザー・バンドという意味で非常に特異な存在である。2020年にリリースされた新作『The Great Dismal』もまた一聴するとシューゲイザーの正当な後継に聴こえるが、そのサウンドにははっきりと「陶酔」から「覚醒」という変化を聴きとることができるのだ。

 結論へと先を急ぐ前にナッシングの変遷について簡単にメモをしておきたい。ナッシングは、ホラー・ショウのメンバーであったドメニク・パレルモを中心とするバンドである。2014年にファースト・アルバム『Guilty Of Everything』をエクストリーム・ミュージックの老舗〈Relapse〉からリリースした。2016年にはセカンド・アルバム『Tired Of Tomorrow』、2018年にはサード・アルバム『Dance On The Blacktop』も同レーベルから送り出した。『Tired Of Tomorrow』はピッチフォークで8.0という高得点を獲得し、インディ音楽ファンにも認知が広がった。
 いっぽうメンバーは、いくつかの変遷を経てきたバンドでもある。バンドの影の首謀者ともいえる人物はデフヘヴンの元ベーシスト、ニック・バセットだが、しかし彼はサード・アルバム『Dance On The Blacktop』で脱退し、変わってベーシストとしてフィラデルフィアのハードコア・バンドであるジーザス・ピースのフロントマン、アーロン・ハード(Aaron Heard)が加入した。
 ギタリストのブランドン・セッタもまた『Dance On The Blacktop』を最後に脱退し、USインディアナのポストロック/シューゲイズ・バンドのクロークルームのドイル・マーティンがギタリストとなった。つまりポストロック、へヴィー・ロック系譜のUSハードコア・インディの混沌としたメンバー変遷・構成となっているのだ。
 ここで注目したいのが、本作『The Great Dismal』に、フィラデルフィア出身のハープ奏者メアリー・ラティモアが参加している点である。メアリーはアンビエント的な穏やかな作風で知られる音楽家である。意外な人選に感じられる。フィラデルフィアつながりであろうか。ともあれ彼女の参加はナッシングの音楽性の広さを象徴している。
 バンド発足当時はレーベルのカラー、さらにデフヘヴンの元ベーシストであるニック・バセットがバンドの発足において重要人物であったため、そのシューゲイズ/ドリーム・ポップ的なサウンドながらもいわゆるブラックゲイズに分類されていた。しかしじっさいはパレルモの波乱に満ちた人生(乱闘の末に彼が人を刺してしまい2000年初頭に刑務所で二年間の服役をする。パレルモは正当防衛を主張)に対する音楽療法が主な目的でもあった。つまりシューゲイザー的なノイズ・ギターは、自己/他者への暴力と治癒を表現しているとすべきだろうか。
 他罰と自傷。そのネガティヴな状況の認識と表現をするために、彼らは90年代のインディ/オルタナティヴ・ロックの形式を起用し、00年代以降のドリーム・ポップ的なサウンドも援用したのだろう。まるで現実から夢うつつで浮遊し、いまここの自己を見つめるために。その意味でナッシングは、ハードコア・へヴィ・ミュージックを出発点としつつもジャンルにとらわれない折衷的な音楽表現の場であった。
 ちなみに2019年にリリースされたレア・トラック集『Spirit Of The Stairs - B-Sides & Rarities』にはロウのカヴァー曲 “In Metal”、ライドのカヴァー曲 “Vapour Trail”、グルーパーのカヴァー曲 “Heavy Water / I'd Rather Be Sleeping”、ニュー・オーダーのカヴァー曲 “Leave Me Alone” なども収録されており、彼らがインディ音楽全般を参照にしていることもわかってくる。

 とはいえその音楽の基本的な形式は90年代のシューゲイザーやオルタナティヴ・ロックであることに間違いはない。『The Great Dismal』もまたサウンド面では、モダンな録音によるシューゲイズ・サウンドの追求にこそあるように思える。楽器とサウンドの分離は明晰で、曲によっては弦楽器のオーケストレーションも取り入れた豪華なプロダクションとなっている。90年代以降のインディ・ロックとヘヴィー・ロックが交錯し、モダンなノイズ・ロック/ドリーム・ポップへと至ったとでもすべきだろうか。
 もちろん根底に流れるのはパレルモの無慈悲な暴力への恐怖なのだ。“Famine Asylum” のMVでバットを振り下ろす血まみれの男は、その象徴だろう。ドリーミーな音に、このような映像の組み合わせはショッキングだが、そのようなショックを積極的に表現することがナッシングにおける自己治癒のミッションでないか。このバンドの根底にあるオブセッションは自己/他者に巣食う暴力への恐怖だ。

 『The Great Dismal』の各曲をざっくりと述べていきたい。まず1曲目 “A Fabricated Life” は意外にもアコースティック・ギターとヴォーカルによるフォーキーな楽曲。次第に霧のようなオーケストレーションが折り重なっていく。メアリー・ラティモアのハープも不穏で美しい。
 2曲目 “Say Less” では古い女性の歌声のサンプルが曲のカウントのようにしてドラムが炸裂する。剃刀のようなギター・ノイズの向こうに、ゆらめくヴォーカル、ダンサンブルなビート。90年代のマイブラからの影響が濃厚な曲だが、インディ・ロック系譜のシューゲイザー・バンドが陶酔的なサイケデリックな音を目指していることに対して、ナッシングはハードコア経由の覚醒的なサウンドに仕上げている。
 アレックス・G(!)が参加した3曲目 “April Ha Ha” も出だしのスネアの連打からしてマイブラ『Loveless』の “Only Shallow” を思わせもする曲だが、やはりサウンド全体にキリキリとした切迫感が強く流れている。
90年代のインディ・ロックのようなはじまりの4曲目 “Catch a Fade” も途中から硬めのノイズ・ギターが投入される。5曲目 “Famine Asylum” では、メタリックな響きのノイズ・ギターと硬質なビートのアンサンブルにより、覚醒へと導くような硬質なシューゲイザー・サウンドを展開する。
 以降、6曲目 “Bernie Sanders”、7曲目 “In Blueberry Memories”、8曲目 “Blue Mecca”、9曲目 “Just a Story”、10曲目 “Ask The Rust” まで、ハードコア経由のピリピリとした緊張感に満ちたシューゲイザー・サウンドを展開し、まさに至福とでもいうべき時間が流れていく。中でも10曲め “Ask The Rust” はアルバム屈指の名曲。硬質なシューゲイザー・サウンドのむこうから悪夢から立ち直るようなヴォーカルのコントラストが絶妙だ。
 全10曲(日本盤CDはボーナストラック1曲を追加収録)、本アルバム『The Great Dismal』もまたパレルモの実存的な不安を表象しているアルバムだ。この無慈悲な世界への恐怖と生きることの恐怖を巡る実存的な問いかけと、その恐怖と絶望の記述とでもいうべきか。それは先行きの見えない状況を生きるわれわれにとっても切実な問題でもあるはず。

 『The Great Dismal』は「実存的」不安によって、90年代以降のシューゲイザー・サウンドを深化させた。陶酔から覚醒へ。不安から実存へ。まさに「いまここ」に満ちる不安を強く表現してみせた稀有なアルバムである。

The KLF──ストリーミング開始 - ele-king

 1992年の活動休止宣言以来、すべての音源を廃盤としていたザ・KLF(ザ・JAMs、ザ・タイムローズ、ジャスティファイド・エンシェンツ・オブ・ムー・ムー)が、ついにストリーミング・サーヴィスを開始すると、これが2021年元旦のニュースとして世界に流れたことは、すでにご存じの方も多いことと思います。遅ればせながら、ele-kingでも取り上げておきます。

 ちなみにこのニュースは、最初はロンドンの鉄道橋下に貼られたポスターや落書きによってアナウンスされたようです。まあ、俺たちは俺たちのやり方をいまでもやっているんだぜってことでしょう。大晦日にはジミー・コーティのガールフレンドがその落書き現場の写真をインスタにアップしたことも話題になっているし。……しかし、いい歳なのにすごいなぁ。。。

 ストリーミングのシリーズ名は、「 Solid State Logik」。まずは「1」なので、この後、いろいろ続くのでしょうな。
 なお、懐かしのヴィデオはこちらまで(https://www.youtube.com/channel/UCbsEHtpoQxyWVibIPerXhug)。


Time Cow - ele-king

 ダンスホールに新時代を切り開いたイキノックスからタイム・カウことジョーダン・チャンによるソロ1作目。これがまたダンスホールをさらに未来へと、それもかなり遠く未来へ突き進めるものになっている。アルバム・タイトルの「Live Prog」はリアルタイムでプログラミングを行なったという方法論と「生成発展し続けている」という意味を掛け合わせたものなのだろう。「From Home」はもちろんジャマイカのこと。この変化はイギリスではなく、ジャマイカで起きたことだとタイム・カウは告げ知らせている。レゲエ文化はそのすべてをイギリスに奪われてしまったわけではないと彼は言いたいのだろう。ラヴァーズ・ロックもドラムン・ベースもイギリスで生まれた。しかし、ダンスホールはあくまでもジャマイカで「生成発展」しているレゲエの本流なのだと。

 このアルバムには前日譚がある。イキノックスの2人がバーミンガムのMC、RTカル(RTKal)にジャマイカの首都キングストンで人気のエアーBnBに招かれた時のこと。カルが街の騒音をシャット・アウトしようとしていたのを見て、改装中で使えなかったスタジオの代わりにバーに機材を設置させてもらおうと2人は考えた。3人は2018年にフォックスらを加えて総勢6人で“Jump To The Bar”というオールド・スタイルのダンスホールをリリースしていたこともあり(これはブルージーなフォックスのデビュー・アルバム『Juice Flow』として結実)、夜になるとバーでダンスホールの話で盛り上がり、とりわけ2000年代初めに活躍したエレファント・マンの話になると勢いは増した。3人はエレファント・マンがパロディ文化を広めたことに最も意義があるという点で考えが一致し、言ってみれば彼はグレース・ジョーンズとリー・ペリーがバスタ・ライムスと出会ったジギー(イケてる)なミクスチャーだと。その時に勢いで録音したのが、以下の“Elephant Man”。

 最初はたしかにバーで行われたディスカッションの延長上にある曲に思える。しかし、早々にエレファント・マンがどうしたというMCが途切れ、簡素なビートとひらひらとしたメロディだけになってからは僕はむしろホーリーな気分に満たされ、どちらかというとプランク&メビウス『Rastakraut Pasta』を思い出していた。彼ら自身が「ゴースト」と表現するシンセサイザーの雰囲気も桃源郷を思わせる恍惚としたそれであり、クラウトロックに特有の鉱物的なムードが強い。正直なところ、エレファント・マン云々というエピソードはこの曲のリスナーを限定してしまう気がしてもったいないと思うほどである。『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』も明らかに“Elephant Man”のそうした側面を拡大してできたアルバムで、もしかすると、勢いでできてしまった“Elephant Man”をもう一度再現しようとしてつくり始めた側面があるのかもしれない。いずれにしろ同作はアルバム・タイトルに「Dancehall」と入っていなければミニマル・ミュージックとして認識するリスナーの方が多いかもしれず、ダンスホールとの連続性は作家性の内面に大きく依存するものではある。ダンスホールとは思えないほど抽象化したビートに「ひらひらとしたメロディ」は同じフレーズの繰り返しに置き換えられ、全体的にはアカデミックな印象もなくはない。聴けば聴くほどタイム・カウというプロデューサーのバックボーンが謎めいていく。

 『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』に収められているのは“Part1”と”Part2”の2パターン。淀みなく伸び伸びとした“Part1”に対して”Part2”は少しダークな変奏が加えられ、イキノックスの作品では大きな比重を占めるダブ・テクノとの境界も取り払われていく。“Elephant Man”が醸し出していたホーリーなムードが抑制されているのはちょっと残念だけれど、ダンスホールの可能性をここまで押し広げたものに文句を言うのはさすがにおこがましい。名義もタイム・カウだし、丑年というだけですべてを受け入れてしまおう。

- ele-king

 あけましておめでとうございます。今月からコラムを書かせていただくことになりました、小山田米呂です。普段は学生の身分を利用して得た時間で音楽を作ったり、たまに頼まれたら文章を書いたりしています。
 ここ3年くらい海外の学校に行ってたのですが、なぜかはわからないのですが、オンライン授業に移行したこともあり、久しぶりに東京で生活しております。僕は自己紹介が苦手なので僕のことは追々、少しずつ書いてみたいと思います。
 僕が最近聴いた音楽、買ったレコードのなかからにとくによかったもの、皆さんとシェアしたいものを紹介します(予定)。
 せっかくの機会なので、ele-king読者の聴かなそうなものもを紹介していければと思います。

1. Shitkid - 20/20 Shitkid

 スウェーデンはストックホルム、PNKSLM Recordingsから、ガレージ・ポップ?バンド、Shitkidのアルバムです。Shitkidは Åsa Söderqvistという女性のプロジェクト。僕が彼女を知ったのは2019年の『DENENTION』というアルバムからですが、2016年から活動していて’17年にファースト・アルバムを出していてコンスタントにリリースしています。'17年リリースのデビュー・アルバム『Fish』は割れたボーカル、歪んだギターとディケイのかかった乾いたドラムとシンプルでDIYなサウンド。

ShitKid - "Sugar Town" (Official Video)

みんな大好き長い黒髪と赤リップ
ShitKid - "RoMaNcE" (OFFICIAL VIDEO)

 ミュージック・ヴィデオの手作り感がフロントマンの Åsaをものすごく映えさせている。お金かけてヴィジュアル作ったり外注しても、ここまで彼女を強く、セクシーに写せない、それを自覚しているであろう眼力。ミュージック・ヴィデオはRoMaNcEにも出演したりライヴではベースやシンセを担当したり、かつてはÅsaのルームメイトでもあった相方的存在、Linda Hedströmが作っているそう。 何より星条旗のビキニとライフルがよく似合ってる!!
 過去のインタヴューで彼女はエレクトロニック・ミュージックに対してあまり興味がないようなことを言っていたが、今作は割とエレクトロニカ・テイストを凝らしていて、格段に音質が良くなり、いままでの荒削りな雰囲気より安定感のある印象の曲が多く、Shitkid第二章とでもいうような洗練を感じる。でもローテンションで割れたヴォーカルは相変わらず。自分のいいとこわかってる。
 こういう音楽が好きだと、時を経るごと上手になってきたり、露出が増えて注目されはじめると“普通”になっていっちゃって曲は良いんだけどなんだか寂しいな〜……なんて思いを何度もしているのですが、今作『20/20 Shitkid』はまだまだ僕のなかに巣食うShitkid(クソガキ)を唸らせる。
 パンクでもロックでも、才能でたまたま生まれちゃう名盤よりも、自分の才能に自覚的だったり、もしくは自分に才能がないのがわかっていながらもストラテジックに、少し無理して作られた物のほうが僕はグッとくるのかも。


 2020年、僕もほとんどの人と同じくいつもと変わった1年を過ごしたわけですが、多くの人と違ったのは僕が今年20歳になったということ。いままで何度行きたいイヴェントの会場の前でセキュリティにごねたことか。このご時世、未成年は深夜イヴェントやクラブに出ているアーティストの一番のファンであったとしてもヴェニューは入れられないのです。
 そしてようやっと20歳になったと思ったら誰も来ないし何もやってないじゃないか! 話が違う!
 とはいえ悪いのはヴェニューでもなく、インターネットの余計なお世話でも相互監視社会でもなくコロナウイルスなのです。多くの人から奪われた掛け替えのない時間の代わりに僕らに与えられたのは美しい孤独。

2. Skullcrusher - Skullcrusher

 アメリカインディレーベル〈Secretly Canadian〉からHelen Ballentineのソロプロジェクト、Skullcrusherのデビュー・シングル。アメリカの田舎の湖畔の情景が浮かびます。ニューヨーク北部出身でロサンゼルス在住でこの曲は長い失業中の孤独の中で書いたそう。だいぶノスタルジーとホームシックにやられてるな。しかし僕らも今年家にいる孤独のなかで少年少女時代の豊かな記憶に思いを馳せ現状を憂いたのは一度や二度ではないはず。ただ目まぐるしく世界が動く慌ただしいこの世のなかに飽き飽きしていた人にとってコロナが与えた孤独はなんと優雅で慈悲深く美しい時間であったことでしょうか。このEPはおそらく去年作られたのでしょうが、きっと彼女はその孤独のなかでこの儚いEPを作り上げたのでしょう。目新しく独創的なでは無いけど、繊細で柔らかな声と胸の痛くなるような問いかけをする歌詞は涙ものです。

Skullcrusher - Places/Plans

3. caroline - Dark blue

〈Rough Trade Records〉からロンドンの8人組バンドcaroline。全くやる気の感じられない名前。ほぼインストのバンドで曲もだらだらと長いのですが8人もいるから手数豊富で飽きない。いまの段階ではギター、パーカッション、ヴァイオリンにベースとドラムという編成ですが、元々3人で出入りを繰り返して8人で落ち着いたらしい。派手ではないけどセンス抜群で気持ちの良いタイミングで聞きたい音が入ってくる。さすが天下の〈RoughTrade〉、Black MidiやSOAKなど話題性のあるアーティストも輩出しつつこういうバンドももれなく拾う懐の深さ。

caroline | Pool #1 - Dark blue

4. Daniel Lopatin - Uncut Gems-Original Motion Picture Soundtrack

〈Warp Records〉から言わずと知れた巨人、OPNことダニエル・ロパティン。OPNのニュー・アルバムはすでにele-kingでもその他多くのメディアでも取り上げられていますがこちらも聴いて欲しい……。映画『Good Time』でもダニエルとタッグを組んでいたJoshua and Benjamin Safdie兄弟監督の映画『Uncut Gems』(邦題:アンカット・ダイヤモンド)のサントラです。アダム・サンドラー演じる主人公、宝石商のハワードはギャンブルにより多額の借金を背負っており、ある日手に入れた超デカイオパールを使って一攫千金を狙い、家族に愛人、借金取り果てにはNBA選手も巻き込みどんどんドツボに嵌っていくという映画だが、アダム・サンドラーがいつもの調子のマシンガントークで借金取りをケムに巻こうと幕しているので状況は切迫し、悪化する一方なのにどこか笑っちゃう。だが音楽はどんどんテンポが上がり不安を掻き立て、ハワードの借金は増えて後がなくなっていく。
 なんだか映画のレヴューみたいになっちゃったけど、サフディー兄弟の写す宝石とダニエルのシンセは双方壮大でギラッギラで最高なので映画もサントラもぜひ。

『アンカット・ダイヤモンド』予告編 - Netflix

Behind the Soundtrack: 'Uncut Gems' with Daniel Lopatin (DOCUMENTARY)

5. 坂本慎太郎 - 好きっていう気持ち/おぼろげナイトクラブ

〈zelone recordsから坂本慎太郎のシングル。僕は日本のアーティストってあまり聴かないのですが、その理由のひとつは歌詞が直接入ってきすぎて嫌なんです。僕は音楽は歌詞よりも音色が心地よかったりよくなかったり、リズムが気持ち良かったり悪かったりが優先されるべきで、音自体がより本質的だと思っているのですが、坂本慎太郎の歌詞は言葉や詩というよりも楽器的で言葉遊びの延長に感じてファニーだしとにかく気持がいい。

The Feeling Of Love / Shintaro Sakamoto (Official Audio)


 ele-king読者の知らなそうなと冒頭に書いておきながら割とみんなすでに聴いていそうな曲ばっか紹介しております。レヴューという形をとっているので仕方ないですが僕がとやかく言っているのを読む前に一度聴いて欲しい……聴いてから読んで欲しい……
 年末に書き出したのにダラダラしてたら年が明けちゃった。今年から、今年も、よろしくお願いします。
 音楽も作っているのでで自己紹介代わりに僕の曲も是非聴いてください。

filifjonkan by milo - Listen to music

Shades Of Blue by milo - Listen to music

Theo Parrish - ele-king

 セオ・パリッシュが6年ぶりにアルバムをリリースした。6年という月日は随分と待たせたなと思うかもしれないが、個人的にはあまりそう待った感覚はしなかった。前作『American Intelligence』もなかなかの衝撃的な内容だったし、何より曲数も多かったのもあって……消化するのにかなり時間がかかった記憶がある。
 14年以降は自身が追求していたライヴ・バンド「The Unit」のプロジェクトも一段落したが、拠点であるデトロイトのアーティストをフィーチャーした「Gentrified Love」シリーズで彼のミュージシャンやプロデューサーとのいわゆる「コラボレーション熱」がより一層加速しているように思えたし、レーベルも個人のリリースよりも後輩や仲間のリリースが目立った印象だ。ジオロジー「Moon Circuitry」やバイロン・ジ・アクエリアス「High Life EP」は彼らのキャリア出世作になったし、UKのベテラン、ディーゴ&カイディ、そしてシカゴの同胞スペクターのアルバムも手がける姿を見ると、自身が先陣を切ってシーンの成長を後押ししているような動きも感じられるくらいだった。

 さて、満を辞してリリースされたアルバム『Wuddaji』。とにかく目を引くのはこの不思議なアートワークだろう。何か等高線のようなものが切り貼りされたアートワークはセオ・パリッシュ自身がコラージュしたもの。LPの中に1枚のインサートが入っておりアートワークについても脚注があるのだが、どうやら「Idlewild(アイドルワイルド)」という地図を用いているのだ。
 脚注の中でこの場所はデトロイトから北西部に300キロほど、シカゴからは北東に450キロほど離れたミシガン湖に近い避暑地のような場所で、1912年以降「アフリカ系アメリカ人(African Americans)」の憩いの場として親しまれ、自然観察やスポーツ・レジャーだけでなく、アレサ・フランクリンやフォー・トップスらがライヴを行なったとも記されている。1964年にアメリカで起きた「公民権運動」の影響で一時利用が禁止される時期があったなどしたが、先祖代々この場所での思い出や記憶を語り継ぐ事で第五、第六世代になった家族たちが現在もこの地でヴァケーションを楽しんでいると綴られている。
 おそらくインサートに記されたアイドルワイルドはまさしくハウス・ミュージックのメタファー(比喩表現)だと推測できる。多くの「アフリカ系アメリカ人」にとって精神的、肉体的な癒しの存在であったり、そこで行なわれてきた様々なクリエイション、そして世代を超えても忘れ去られることなく脈々と紡がれる文脈も非常にシンパシーを感じるところがある。「歴史」とは? 「伝承」とは? 過去から現在まで続くストーリーをセオ・パリッシュ自身はこのアルバムを通してとても丁寧に伝えている。

 アルバム全9曲(E1. “Who Knew Kung Fu” はアナログのみ)を通して基本的に全曲「四つ打ち」をベースとした5分から10分のストイックで全く隙のないロング・トラックがびっしりと並んでいる。アートワークのコンセプトに引っ張られてか少し開放的でオーガニックな雰囲気を随所に感じつつも、相変わらずのセオ・パリッシュ節が随所で炸裂している。
 エレクトリック・ピアノの美しい旋律と共に淡々とトラックが進むA1. “Hambone Cappuccino”にはじまり、アルバムに先駆けて先行でリリースされたB. “This Is For You” ではアルバム唯一のヴォーカル・トラックとしてデトロイトのソウル・シンガー、モーリサ・ローズが力強くもどこか妖艶に歌い上げている。

 タイトル・トラックにもなっているC1. “Wuddaji” では激しいリズム・セッションを披露したかと思えば、続くC2. “Hennyweed Buckdance” ではジャジーなギターリフのようなサウンドがアルバムの音楽性をグッと高めているなど、どの曲も非常にミニマルで渋さもありつつも、サンプリング主体のトラックメイクから本格的なバンド制作や数多くのプロデューサーとのコラボレーションを経て進化~深化したセオ・パリッシュがプロデューサーとして新たなステージに到達した証拠だろう。

 アナログから、CD、カセットテープ、ストリーミングまで全てのフォーマットで積極的にリスナーに届ける気概も含め、アルバム全体のコンセプトやパッケージングまでディテールに拘っている部分はさすがの完成度。ハウスの偉大な先生が2020年に見せてくれた「プライド」に背筋がピンと伸びる。

Common - ele-king

 4年前、2016年のアメリカ大統領選挙直前に通算11枚目となるアルバム『Black America Again』を発表した Common だが、今回の選挙でも投票の4日前に本作『A Beautiful Revolution (Pt 1)』をリリースした。本作はアルバムではなくEP、あるいはミニ・アルバムという位置付けのようであるが、『Black America Again』および昨年(2019年)リリースのアルバム『Let Love』と同じく Karriem Riggins がメイン・プロデューサーを務めており、さらに Common、Karriem Riggins とのスーパーユニット=August Greene の一員でもある Robert Glasper も参加するなど、ここ数年の Common 作品と同じ流れにある。ヒップホップとジャズを軸にしながら、優れたミュージシャンたちと共に高い音楽性を実現すると同時に、人種差別など様々な社会的な問題に対して自らの姿勢を表明し、そして聞く人々を励まし、気持ちを鼓舞する。

 アルバムの核となっているのが先行シングルでもある “Say Peace” だ。エッジの効いたアフロビートのトラックに乗った Common と Black Thought によるマイクリレーが凄まじい格好良さで、平和を勝ち取るための彼らの「美しき革命」がポエティックな表現によって綴られている。Common 自ら「黒いダライ・ラマ」をラップしているように、彼らの戦い方はあくまでも平和的な姿勢が貫かれていて、それは女性シンガー、PJ(Paris Jones)のコーラスにある「Say peace, we don't really want no trouble」という一節にも表れている。その一方で Capleton、Super Cat、Shabba Ranks といったレゲエ・アーティストの声がスクラッチで挿入されるパートは実に戦闘的でもあり、アフロビートの本質が強く引き出された一曲となっている。

 Black Thought 以外にも、デトロイトの詩人 Jessica Care Moore など、多数のゲスト・アーティストが参加している。たとえば Lenny Kravitz が参加した “A Riot In My Mind” は、ロックの要素が強いこの曲のテイストに Lenny Kravitz のコーラスが見事にマッチしている。さらにインパクトが強いのが、Stevie Wonder が参加した “Courageous” だろう。タイトルが示す通り、「勇気とは何か?」ということを問うこの曲であるが、最初のヴァースで「It's like a lyric by Stevie Wonder」という一節を挟んだ上で、曲の最後の最後で Stevie Wonder の吹くハーモニカが登場するという構成が実に見事で、ハーモニカを手にした Stevie Wonder の姿が見えてくるような生々しく美しいメロディに心打たれる。

 『A Beautiful Revolution (Pt 1)』というタイトルから察するに、本作はシリーズとして今後も続いていく可能性が高いが、この「美しき革命」という言葉は今現在の Common が行なっている表現活動そのものとも非常にマッチするし、本作の示す方向性を見事に表している。Common による「美しき革命」がアメリカ社会はもちろんのこと、音楽シーンに対しても少なからず影響を与えることを期待したい。

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