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ダンスホールに新時代を切り開いたイキノックスからタイム・カウことジョーダン・チャンによるソロ1作目。これがまたダンスホールをさらに未来へと、それもかなり遠く未来へ突き進めるものになっている。アルバム・タイトルの「Live Prog」はリアルタイムでプログラミングを行なったという方法論と「生成発展し続けている」という意味を掛け合わせたものなのだろう。「From Home」はもちろんジャマイカのこと。この変化はイギリスではなく、ジャマイカで起きたことだとタイム・カウは告げ知らせている。レゲエ文化はそのすべてをイギリスに奪われてしまったわけではないと彼は言いたいのだろう。ラヴァーズ・ロックもドラムン・ベースもイギリスで生まれた。しかし、ダンスホールはあくまでもジャマイカで「生成発展」しているレゲエの本流なのだと。
このアルバムには前日譚がある。イキノックスの2人がバーミンガムのMC、RTカル(RTKal)にジャマイカの首都キングストンで人気のエアーBnBに招かれた時のこと。カルが街の騒音をシャット・アウトしようとしていたのを見て、改装中で使えなかったスタジオの代わりにバーに機材を設置させてもらおうと2人は考えた。3人は2018年にフォックスらを加えて総勢6人で“Jump To The Bar”というオールド・スタイルのダンスホールをリリースしていたこともあり(これはブルージーなフォックスのデビュー・アルバム『Juice Flow』として結実)、夜になるとバーでダンスホールの話で盛り上がり、とりわけ2000年代初めに活躍したエレファント・マンの話になると勢いは増した。3人はエレファント・マンがパロディ文化を広めたことに最も意義があるという点で考えが一致し、言ってみれば彼はグレース・ジョーンズとリー・ペリーがバスタ・ライムスと出会ったジギー(イケてる)なミクスチャーだと。その時に勢いで録音したのが、以下の“Elephant Man”。
最初はたしかにバーで行われたディスカッションの延長上にある曲に思える。しかし、早々にエレファント・マンがどうしたというMCが途切れ、簡素なビートとひらひらとしたメロディだけになってからは僕はむしろホーリーな気分に満たされ、どちらかというとプランク&メビウス『Rastakraut Pasta』を思い出していた。彼ら自身が「ゴースト」と表現するシンセサイザーの雰囲気も桃源郷を思わせる恍惚としたそれであり、クラウトロックに特有の鉱物的なムードが強い。正直なところ、エレファント・マン云々というエピソードはこの曲のリスナーを限定してしまう気がしてもったいないと思うほどである。『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』も明らかに“Elephant Man”のそうした側面を拡大してできたアルバムで、もしかすると、勢いでできてしまった“Elephant Man”をもう一度再現しようとしてつくり始めた側面があるのかもしれない。いずれにしろ同作はアルバム・タイトルに「Dancehall」と入っていなければミニマル・ミュージックとして認識するリスナーの方が多いかもしれず、ダンスホールとの連続性は作家性の内面に大きく依存するものではある。ダンスホールとは思えないほど抽象化したビートに「ひらひらとしたメロディ」は同じフレーズの繰り返しに置き換えられ、全体的にはアカデミックな印象もなくはない。聴けば聴くほどタイム・カウというプロデューサーのバックボーンが謎めいていく。
『Time Cow’s Live Prog Dancehall From Home』に収められているのは“Part1”と”Part2”の2パターン。淀みなく伸び伸びとした“Part1”に対して”Part2”は少しダークな変奏が加えられ、イキノックスの作品では大きな比重を占めるダブ・テクノとの境界も取り払われていく。“Elephant Man”が醸し出していたホーリーなムードが抑制されているのはちょっと残念だけれど、ダンスホールの可能性をここまで押し広げたものに文句を言うのはさすがにおこがましい。名義もタイム・カウだし、丑年というだけですべてを受け入れてしまおう。
三田格