Home > Reviews > Album Reviews > Mary Lattimore- Hundreds Of Days
まるで現代の音響型フォーク・ミュージックだ。まるで木漏れ日のアシッド・フォークのような音楽/演奏は、インストものという範疇や領域を超えて聴き手の耳と心に、優しく語りかけてくる。ひたひたと時が進み、ゆっくりと時間が逆行するような感覚。もしくは穏やかな陽光のなか不意に時が止まってしまうような感覚。メアリー・ラティモアは、前作『At The Dam』(2016)以来、2年ぶりとなるオリジナル・アルバム『Hundreds of Days』によって、これまで以上に「音楽の本質」を見出した。それは音/時の持続による「幸福」の発見である。
そもそもフィラデルフィア出身にして現LA在住のアンビエント・ハーピストであるメアリー・ラティモアの奏でるハープは、2013年に〈Desire Path Recordings〉から発表した傑作ファースト・アルバム『The Withdrawing Room』からすでに不思議な存在感を持っていた。心地良い肌触りの絹のような感触であっても、その透明な響きの芯には確かな存在感があったのだ。空気の層に溶け合ってしまうような音とでもいうべきか。ジュリア・ホルターからサーストン・ムーア、カート・ヴァイルまでも魅了し(人気バンドのリアル・エステートと共にツアーを回ってもいたらしい)、2014年には「Pew Center for Arts & Heritage」のフェロー賞を受賞したことも納得である。
本作では、その瀟洒な響きの美しさに加えて、楽曲それ自体の魅力もさらに深まった。2017年にヘッドランズ・アートセンターの音楽アワードを授与されたメアリー・ラティモアは、サンフランシスコ沿岸のビクトリア朝の古い建物で、何人もの芸術家たちと共に2か月の夏を過ごした。そこで彼女は、ゴールデン・ゲート・ブリッジの丘にある広い納屋を与えられ、自由にハープを演奏し、本作を録音したという。ハープだけではなく、グランド・ピアノ、ギター、キーボード、テルミンまで多彩な楽器が用いている。
そんな心からリラックスできる空間での録音は、本作の楽曲にこれまで以上に豊穣な音楽性をもたらしたようだ。楽器は、いっそうまろやかな響きに、楽曲は、さらに心に染み入るような素朴な美しさを獲得した。まるで伝統的なフォーク・ミュージックのように。
全7曲、冒頭の“It Feels Like Floating”からして、まるで米国と英国の国境を融解するような音響フォークを展開している。なかでも9分に及ぶ6曲め“On the Day You Saw the Dead Whale”は筆舌に尽くしがたい。フォーキーなコード進行のなかで、ハープの爪弾き、やわらかなピアノ、きれいな空気のようなアンビエント/ドローンが交錯する。光の結晶のなかに、いくつもの音楽が、いくつもの時間が、いくつもの記憶が、うっすらと溶け合っていくのだ。クラシカルも、エレクトロニカも、アンビエントも、フォークも、すべてが「音楽」という奇跡の中に、色彩が溶けるように融解する。
本作をもってして(現時点における)メアリー・ラティモアの「最高傑作」として称しても過言ではない。聴くことで得られる穏やかな幸福、そして時間が、音楽の波のように息づいている。
デンシノオト