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Low

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木津毅   Oct 05,2018 UP
E王

 ひとつの否定では足りない。そういうことだろうか。ふつう「二重否定」というと打ち消しを重ねることによって肯定に転じる意味で用いられるが、しかし、ミネソタ出身のヴェテラン・バンド、ロウの12作目のアルバム『ダブル・ネガティヴ』はあらゆる肯定的な感情を拒絶するかのように、重く、冷たく、じつにゆっくりと下のほうへ沈んでいく。慌てて過去作を聴き返してみたが、やはりここまでの透徹したダークさには至っていない。結成25年にして、ロウの暗黒は臨界点に達してしまった。すでにバンド史上もっともチャレンジングな作品として称賛を集めている。

 スロウコア、サッドコアの始祖と知られるロウだが、本作はロック・アクトの領域をゆうにはみ出し、比較としてウィリアム・バシンスキ、ミカ・ヴァイニオ、トマス・クーナーといった名前と並べられている。音の要素は恐ろしくミニマルで、ごく少ないドローン音の上にいくらか甘いメロディが重ねられ、もしくはノイズに埋めつくされていく。インダストリアルを思わせるリズムの打音が物悲しい調べを導いてくるばかりの“Dancing And Blood”はアンディ・ストットのトラックのようで、ビージーズ風のディスコ歌謡がどんよりとしたアンビエントの音響のなかに消えていく“Fly”はティム・ヘッカーの作風を思わせる。サッドコアの精神はまさにその「コア」を保ったまま、音を更新して解像度を上げている。

 前作『ワンズ・アンド・シックシーズ』に引き続きボン・イヴェール周りのBJバートンがプロデュースを務めているのだが、前作からの連続性よりも細かいノイズやヴォイスの細かいエフェクト処理などに『22、ア・ミリオン』以降を嗅ぎ取ることができる。通底しているのはデジタルによるザラついた質感であり、オーガニックな音がそうでないものとぶつかり合い消耗するような感覚である。重たいものを引きずるようなループにすさまじく音の割れた声が乗る“Tempest”、メランコリックなメロディがエフェクト・ヴォイスの断片とフィードバック・ノイズの海に飲みこまれていく“Always Trying To Work It Out”と、彼らが長年培ってきたダウナーながらもスウィートな旋律や透き通ったファルセット・ヴォーカルはあるのだが、それらはほとんど痛めつけられるように執拗に、微細に加工される。生の感情を曝け出すことを恐れるように、拒絶するように。緊張感が絶えることのない“The Son, The Sun”のドローンを通過したあとのアンビエント・フォーク“Dancing And Fire”のみが生音の柔らかさを前面に出しており、ここでアルバムはそれまでとのコントラストゆえある種壮絶な美しさを見せる。が、“Poor Sucker”で再びザリザリとした肌触りへと音を変え、“Rome (Always In The Dark)”では重苦しいビートと叫びに似た悲痛なヴォーカルが切り刻まれる。簡単に聴き手を慰めない。クロージングの“Disarray”の透き通っていたはずのコーラスもまた、意図的に汚されている。だが、だからこそいまの耳に染み入るものがある。

 このヘヴィなアンビエント/ドローン・アルバムはトランプ・エラの精神そのものだと評されているが、しかし、トランプなどという具体的かつわかりやすいモチーフに回収されることはない。ひどく抽象的で、ひどく不定形の憂鬱。アルバムにはAlwaysという単語が3度も曲タイトルで出てくるが、「いつも上がっている」というのは反語に違いないし、「いつだって上手くいくように頑張っている」というのはすなわち「いつも上手くいかない」ということであり、“Rome (Always in the Dark)”が言うように、わたしたちはいつも真っ暗闇にいることを思い出させてくれる。メランコリーが聴き手の期待する癒しに呼応するようにあらかじめ準備された音楽が溢れるなかで、『ダブル・ネガティヴ』はそれすらも否定するように意図的に心地よさに違和感を挿しこみ、すっかり常態(Always)となったこの時代の形のない悲しみを見事に描き出す。無理をして肯定に転じなくてもいい。ここには否定に否定を重ね続ける、ぞっとするが奇妙な安らぎがある。

木津毅