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Home >  Features >  Interview > interview with Terry Farley - ロンドン少年“サマー・オブ・ラヴ”専科

Interview

interview with Terry Farley

interview with Terry Farley

ロンドン少年“サマー・オブ・ラヴ”専科

――テリー・ファーレイが半生を語る

取材:与田太郎   通訳:Kimura Moscow Kyoko    Jun 29,2011 UP

よくいっしょにチェルシーの試合を見に行ってたよ。アンドリューは僕らの地元から2マイル離れたウインザーに住んでいて、すごいポッシュな住宅地なんだけど、彼はサイモンと友だちだった。ある日クラブが終わってサイモンのフラットに集まって、アンドリューがレコードをプレイしていたとか、僕が「ファンジンをやらないか?」って言ったんだ。

1989年にはシーンが大きくなりますね、ロンドンにはどんなパーティがありましたか?

テリー:ダニー・ランプリングの〈シューム〉は、最初は100人ぐらいの小さいところでスタートしたけど、すぐに2フロアある会場に移って、僕とアンドリューがサブフロアのレジデントになった。バレアリックなパーティだった。それからオークンフォルドの〈フューチャー〉、彼とナンシーっていうDJがレジデントをしていた。こっちはもっとインディよりでハッピー・マンデーズやプライマル・スクリームが盛り上がっていた。僕はそこでもたまにDJをやっていたんだけど、ある日、アンドリューが出来上がったばかりのアセテート盤を持って来て「これをプレイしてくれ」っていうんだ。それがプライマル・スクリームの「Loaded」だったよ! 「ほんとにこれおまえが作ったの?ってきくと「そうだよ!」っていうから驚いたよ、僕の友だちがこんなにすごい曲をつくたんだ! 信じられない! ってね。
 〈シューム〉はよりハッピーなパーティだったけど〈フューチャー〉と〈スペクトラム〉はよりシリアスな雰囲気だった。とくに〈スペクトラム〉はポール・オークンフォルドがメインルームでベルギーのニュービートをよくプレイしていたね。それからニッツァー・エブ、フィニ・トライブやウッデントップス、僕は10シティやマーシャル・ジェファーソンなんかの、よりソウルフルなハウスをプレイしていた。

はじめてイビザに行ったのはいつですか?

テリー:1981年だよ、友だちといっしょにね。クラブは〈クー〉が流行っていたけど、まだ若い僕たちはどうもなじめなくてね、あれはたぶん〈スタジオ54〉とかの影響なんだろうけどお、金持ちがいっぱい来てるって感じだった。もう行かないと思ったよ、でも1989年には〈アムネシア〉がオープンしたときに、また行ったんだ。

あなたもプライマル・スクリームの"ローデット"をリッミクスしてますね、当時のスタジオワークはどんなやり方だったんですか?

テリー:あの頃僕にはレコーディングに詳しいスタッフとかもいなかったから、スタジオでどうしていいかわからず、ほんとに大変だったよ。僕は15歳からDJをやっているから、どんなサウンドが必要かはわかっていたんだ。でもそれをうまくエンジニアに説明できなくてね。素材は24チャンネルのマルチテープでコントロール卓はSSLだった。それをテープで切り貼りしながらエディットするんだ。そこでテープを聴きながら、「この部分!」とかフレーズを歌ったりしながら編集して、ドラムサンプルを入れたりするんだけど、エンジニアが全然わかってくれないんだ。彼らはロックのエンジニアで、僕らDJのことがあまり好きじゃなかった。もっとベースをヘヴィにとか、リズムを大きくとか言ってもなかなか素直にやってくれなくて、ようやくいい感じになって、ちょっと食事に行って帰ってくると元通りになってたりしてね。キックを上げるとこんなサウンドは良くないとかね、みんな自分たちのスタイルから外に出ようとしなくて困ったよ。当時エンジニアはロックやポップスしか知らなかったからね。アンドリューと僕がやった""ローデット"のときのエンジニアは、辛抱強くやってくれて、とても助かったのを覚えてる。

あの時期にあなたがリミックスしたハッピー・マンデーズ、ファーム、スープ・ドラゴンズなんかのリミックスも同じような方法でやってましたか?

テリー:そう、いつもベースをあげてリズムのエッジを立てて、リズム・サンプルを加えて。それとよくエディットしていて失敗すると以外に面白いフレーズになったりするんだけど、そういうのをよく使っていた、それがうまいライヴ感を出すんだ。ドラムマシンはE-MU SP 1200を使ってたよ、トッド・テリーとおなじやつで、アメリカン・サウンドだね。

"ローデット"のリミックスはアラン・マッギーからの依頼だったんですか?

テリー:う~ん、よく覚えてないんだけど、たぶんボビーから直接たのまれたよ。アンドリューといっしょに〈ボーイズ・オウン〉のパーティをやっているときに、ボビーはいつも来ていて、ほんとにエクスタシーでフラフラになっててね。それで僕のDJを聴いて、頼んできたんだと思う、でもアランもいつもいっしょに来てたな。

ハッピー・マンデーズのはトニー・ウィルソンからの依頼ですか?

テリー:いや、マンデーズはショーンからだよ、彼もいつもパーティに来てたからね。でも僕とアンドリューがマンチェスターに行ったときは、トニー・ウィルソンがインタヴューしてくれたよ。彼は地元のテレビでインタヴュー番組をやっていたからね! いまでもユーチューブで見れるよ。そうだ、マンデーズのリミックスは彼らのアメリカのレーベルだったワーナーからの依頼だったよ。

ストーン・ローゼスについてはどう思ってました?

テリー:"フールズ・ゴールド"は最高だったよ。僕も〈フューチャー〉でDJをしているときは毎週プレイしてた。でもバンドがスパイク・アイランドのコンサートをやる頃、僕はもうイタロ・ハウスやピアノ・ハウスに夢中だったから、あんまり興味がなかったんだ。

1992年に〈ボーイズ・オウン〉のファンジンが終わってしまうのはなぜですか?

テリー:アンドリューがこう言ったんだよ、「俺もう30歳こえてるから、もうキッズみたいなことやめたいんだ(笑)。まあこれは冗談だけど。実際のところはある記事で「キッカーズのブーツがクールだ」って書いたんだ、しかも冗談でね。それでその号が出たあとの〈スペクトラム〉で、もうその頃はオープン前に長い列がクラブの前にできてたんだけど。そこでみんながキッカーズをはいてるんだよ! 400人以上のオーディエンスがバギー・ジーンズにキッカーズだよ。みんな本気に取り過ぎだと思ったね、僕らは『ザ・フェイス』や『ID』じゃないものを作ろうとしたのに、ロンドンでは僕らがまさに『ザ・フェイス』や『ID』と同じような存在になってしまったんだよ。それでもう止めようってことにしたんだ。

その頃からレーベルとしての〈ボーイズ・オウン〉がスタートするんですか?

テリー:そうだね、ちょうど1990年から1991年のファンジンの終わる前ぐらいに、ボカ・ジュニアズのリリースをするんだ。それが〈ボーイズ・オウン〉レコードだよね。でもその時期は、ロンドン・レコードと契約してリリースしたから、正確にはどれぐらい売れたから覚えてない。7枚ぐらいリリースしたけど、そんなに大きく成功することはできなかった。僕らはある意味オリジネイターだったから、いろんなことを自分たちで切り開いていかないといけなかったんだ。
 金銭的に成功したのはそのオリジネイターが道をつけたその後にくる人達だったね。彼らは楽に成功できたよ。それで僕と後にアンダーワールドのマネージャーをやることになるスティーヴンでもういちどいちからレーベルをスタートさせることにした、それが〈ジュニア・ボーイズ・オウン〉だよ。〈ジュニア・ボーイズ・オウン〉はソニーと配給の契約をすることができた、それでアンダーワールドと契約するんだ。オリジナルの〈ボーイズ・オウン〉レーベルは僕とスティーヴン、アンドリューとサイモン、みんなでやっていたけど〈ジュニア・ボーイズ・オウン〉は僕とスティーヴンのふたりなんだ。

取材:与田太郎(2011年6月29日)

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yasusii「まわり中のソウル・ボーイがセックス・ピストルズの出現とともにあっという間にパンクになった、それからみんな自分の音楽を作りはじめたよ。うまいとかへたとかをまったく気にしないでね。スティーヴィー・ワンダーのようにうまくなくてもいいんだ」 http://t.co/DiS608yYZq@yasusii 11.30 11:45

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