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Home >  Features >  Interview > interview with Terry Farley - ロンドン少年“サマー・オブ・ラヴ”専科

Interview

interview with Terry Farley

interview with Terry Farley

ロンドン少年“サマー・オブ・ラヴ”専科

――テリー・ファーレイが半生を語る

取材:与田太郎   通訳:Kimura Moscow Kyoko    Jun 29,2011 UP

スペシャルズやクラッシュを聴くには、僕はもう年をとりすぎていた。20歳を超えていたからね。あれはティーンネイジャーのための音楽だったから。ほんとに熱心に聴いていたのは12~13歳のキッズだよ。1979年のロンドンはラヴァーズロックが大流行したから、デニス・ブラウンやグレゴリー・アイザックなんかだね。

それから1986年に〈ボーイズ・オウン〉のファンジンをスタートさせるんですね、その頃の話を聞かせてください。

テリー:僕たちはみんな同じクラブに行ってたんだ、〈ホワイト・クラブ〉や〈マッド〉みたいなね。スティーヴン(・ホール)は僕のすぐ近くに住んでいて、よくいっしょにチェルシーの試合を見に行ってたよ。アンドリュー(・ウェザオール)は僕らの地元から2マイル離れたウインザーに住んでいて、すごいポッシュ(豪華な)な住宅地なんだけど(笑)、彼はサイモン(・エケル)と友だちだった。彼らはいつもクラブで会うメンバーだったから、ある日クラブが終わってサイモンのフラットに集まって、アンドリューがレコードをプレイしていたとか、僕が「ファンジンをやらないか?」って言ったんだ。みんなとてもインテリジェントな仲間だし、このチームでなにかできそうだと思ってね。僕は『ジ・エンド』っていうリバプールのファンジンが好きだったんだ、この『ジ・エンド』のロンドン・ヴァージョンをやろうと思ったんだ。
 『ジ・エンド』はフットボールとファッションと音楽がテーマで、このすぐ後にファームというバンドを結成するピーター・フートンがやってたんだ。知ってるよね? "Groovy Train"や"All Together Now"の大ヒットを出した彼らだよ。はじめの2冊は500部作って、ほんとんどの記事は僕とアンドリューが書いたんだけど、それがまあまあ売れて、他のみんなも記事を書いてくれるようになった。当時はまだ手書きだったんだ。僕の母が秘書をやっていたからタイプしてもらって、それをコピーして切り貼りだよ、ほんとに手作りさ。それからだんだん人気が出てきて、簡単な印刷機を手に入れて、最高に売れたやつは2000部も作った。そうさ、1988年のアシッド・ハウスがはじまったときだよ。

どんなテーマでファンジンをつくったんですか?

テリー:はじめはほんとに『ジ・エンド』のコピーだったよ、どんなジャージがかっこいいとかね。自分たちがクールだと思うことは何か? っていうのが大事だった。当時の若者は雑誌の情報をありがたがってたからね、だから典型的なファッション・ピープルでもないし、典型的フーリガンでもない自分らのためのもので、まさにアンチ『The Face』、アンチ『ID MAGAZINE』、アンチ・ソーホー・ピープルだね。

ボーイズ・オウンというタイトルはどこから?

テリー:イギリスにとても古い子供向けの子供雑誌があって、それが『ボーイズ・オウン』*(3) っていうんだよ、これはコミックで、冒険や、そうだなー、海賊やインディアン、それにカーボーイなんかが出てくる男の子向けのものなんだ。それとフットボール・カジュアルズってわかるかな? デザイナーズ・ブランドを着たフーリガンのことなんだけど、彼らはチームのユニフォームやチームカラーの服を着ない熱狂的なフーリンガンで、彼らのことを「ボーイズ」って呼ぶんだよ、たとえばマンチェスター・ユナイテッド・ボーイズとかね。そのふたつの意味をこめて〈ボーイズ・オウン〉なんだ、ダブル・ミーニングだよ。いい名前だろ(笑)。
 オリジナルの『ボーイズ・オウン』のイメージも大きなヒントになっている。カヴァーで使っているむかしの子供たちの写真とか、オールド・ファッションなコックニーの子供たちの表情なんかでね。イラストはデイブ・リトル、彼は僕がピート・トンと1986年にやっていたパーティ〈ライド〉のフライヤーをデザインしてたんだ。

その頃のピート・トンはなにをしてたんですか?

テリー:ピート・トンはもうロンドン・レコーズで働いていて、初期のシカゴ・ハウスなんかを出していたよ。彼は70年代や80年代にソウル・マフィアというソウル、ファンクの大きなパーティで若手DJとしてやっていた。彼はソウルやファンクにヒップホップを混ぜてプレイしていたよ、ポール・オークンフォルドもヒップホップをプレイしていた。〈ライド〉では僕がウォームアップで、ピートが出てきて、最後がオークンフォルドだった。
 オークンフォルドはこの時期にレーベルをスタートして、初期の〈デフ・ジャム〉のスタッフをリリースしていた。彼がロンドンではじめての〈デフ・ジャム〉のパーティを、ランDMCとビースティ・ボーイズを招いてやったんだ。その時のアフター・パーティで僕がDJしたとき、レゲエやソウルしか持ってなかったから、彼にどうしたらいいか訊いたら、「ドラムブレイクをえんえん続ければいいんだ」っていわれて、で、それをやってたら客からブーイングがきたよ(笑)。

初期の『ボーイズ・オウン』ファンジンではヒップホップが大きなトピックになってますよね?

テリー:ロンドン中のクラブがヒップホップで盛り上がっていたよ、それにレアグルーヴ、ブレイクビーツ、それとゴーゴー、とくにトラブル・ファンクとチャック・ブラウンがすごい人気だった。もちろんハウスもあったけど、まだアメリカからの輸入盤ばかりで、情報がそんなにないからDJもあまりプレイしなかったね。フランキー・ナックルズは人気あったよ。
 とにかく、アシッド・ハウスが出てきてすべてが変わったんだよ。それまではみんな古いソウルやファンク、レアグルーヴを探し回っていたのに、一夜にして新しいトラックばかりになったよ。

1986年あたりといえば、ザ・スミスに代表されるインディ・ロックがまだ人気がありましたよね、それについてはどう思ってました?

テリー:僕はまったく好きじゃなかった、僕はブラック・ミュージックが好きだからね。でもイギリス中で大流行りだったし、ロンドン中にモリッシーみたいなやつが大勢いて、下を向いてたよ(笑)。
 アシッド・ハウスがはじまって、それからアンドリューもダニー・ランプリングもよくポップ・ソングをプレイするようになったんだ、ABCとかクリス・アンド・コージーの"October Love Song"とかね。これは完全にエクスタシーの影響なんだよ。それまでくだらないポップ・ソングだと思っていた曲がパーティで突然別の意味を持ってしまうんだ。エクスタシーがものすごくクリエイティヴに働いて、音楽が別の聴こえ方をする、1988年のシーンにはなにかスピリチュアルな雰囲気があってね。

その時期の状況をもっとくわしく教えてください。

テリー:僕はよくジ・オーブのアレックス・パターソンといっしょにオークンフォルドの〈スペクトラム〉というパーティのサブフロアでDJをやっていた、そこで昔からの歌ものの曲を良くプレイしていた、たとえばジャッキー・ウィルソンの"Sweetest Feeling"とか、60年代の曲なんだけど、その曲を全員がエクスタシーをやっているアシッド・ハウスのパーティでプレイするとみんながブースにやってきて「ワ~ォ! この曲ってこんな曲なの! これだよ!」って口々に言うんだよ(笑)。もちろん有名な曲だから、聴いたことはあるはずなんだけど、まったく別の意味で聴こえてたんだ。
 同じような意味で、僕もプライマル・スクリームやハッピー・マンデーズが理解できたんだ。それまでソウルやファンクばっかりだった人がインディやハウスを聴きはじめ、インディしか聴かないキッズがハウスやソウルを聴きはじた。エクスタシーがそれまで閉じていた僕の心の扉を開いたんだね。そしてパーティに来ているすべての人がオープンマインドになっていった。ほんとに奇跡のようにマジカルな時期だった。クリエイティヴでね!
 クラブにいるみんながもし同じヴァイブでポジティヴだったら、DJはどんな曲をプレイしてもオーディエンスは受け止めてくれるし、それぞれに意味を見つけるんだ。そしていちどその意味を知ってしまったら、もう戻らないんだよ。あの時期そうやってどんどんシーンが大きくなっていったんだ。

誰が1988年のロンドンのシーンにアシッドやエクスタシーを持ち込んだんですか?

テリー:1985年からエクスタシーはあったんだよ、当時はアメリカではまだ合法だったし、夫婦のカウンセリングで使われていたらしいよ。すごいよね(笑)。1988年以前にパーティには持ち込まれていなくて、一部のファッション・デザイナーやカメラマンとかモデルがVIPルームでやってたよ。
 〈タブー〉*(4) ってクラブ知ってる? そことかね。そのあとハウスが出てきて、ハウスとエクスタシーの相性がすごいってことがわかってきて、だんだんお互いが近づいていって、それでブレイクした。
 それともうひとつハウスとエクスタシーが結びついたのがイビサだよ、ダニー・ランプリングやポール・オークンフォルド、ニッキー・ホロウェイだ。でも、音楽はもうロンドンにあったから、彼らがドラッグとハウスが最高だっていう情報を持って帰ってきたんだよ(笑)。ものすごいぞ! って言いながらね(笑)。それまでは別々にハウスもエクスタシーも存在してたんだ。そしてなによりも大事なのはクラブにいる全員がやってると、ものすごいエネルギーになるってことなんだ、そこにいる全員がエンジンとなってパーティを動かすのさ。

はじめてのエクスタシー体験はどうでした?

テリー:はじめては1986年のブライトンだった、クラブから帰る途中で効いてきたけど、まだよくわからなかったよ。これ効いてるのか? っていう感じで。実際に実感したのは〈ソウル・ウィークエンダー〉というニッキー・ホロウェイのパーティだった。ジョニー・ウォーカーがDJで、ジョージ・クランツの"Din Da Da"がかかっていて、ダニー・ランプリングがイビサから帰ってきてすぐだったと思うけど、彼が突然イビサ・ダンスをはじめたんだよ。それを見ていきなりはじけたんだ(笑)。いっしょに行っていたエクスプレス2のマネージャーのクリスがスピーカーに頭を突っ込んでね! あの頃のパーティにはかならずそういうやつがいたよ。みんながアシッド・ハウス・ダンスをしていた(笑)。
 これはサーフィンといっしょで、立つまでが難しいけど、いちど立ってしまえばあとは自然にわかるものなんだ。それとエクスタシーのすごいところはみんなと共有したくなるだろう、コークだとひとりでトイレに籠ってしまうし、みんなに分けるってこともないけど、エクスタシーはその状態を知らない人に教えたくなるんだよ。

脚注
(3)ボーイズオウン(Boy's Own Paper)
日本でいうところの『少年クラブ』や『冒険王』などのコミック誌
http://en.wikipedia.org/wiki/Boy's_Own_Paper

(4)タブー(Taboo)
リー・バウリー(http://en.wikipedia.org/wiki/Leigh_Bowery)のクラブ、ゲイやデザイナー、ドラァグ・クイーンなどの集まってた店、戯曲風の映画にもなってる。

取材:与田太郎(2011年6月29日)

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