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RIP

R.I.P. Cecil Taylor

R.I.P. Cecil Taylor

すべての棺桶をこじ開けろ

セシル・テイラー追悼

平井玄 Apr 16,2018 UP

 セシル・テイラーが亡くなった。

 4月5日にブルックリンの自宅でピアニストにして詩人は息を引き取る。89歳だった。最高気温は7度くらいだろう。寒くて雨がちだったこの日、家族のほかに彼を見送ったのは、サキソフォン奏者のエヴァン・パーカーと〈Cadence〉レーベルの主宰者ロバート・ラッシュだという(『ガーディアン』紙電子版)。巨漢のパーカーが共演したライヴは数え切れないし、ラッシュは最後のアルバムを作った人だ。1956年に出された最初の作品『Jazz Advance』から62年の時間が流れたのである。

 少し暖かくなったニューヨークの街では今ごろ、彼の音楽に励まされた人たちが記憶を紡ぐ催しを準備していることだろう。私もここでその試みに加わりたいと思う。

 3年前に彼がオーネット・コールマンの葬儀で演奏した音を聴きながら、これを書いている。2015年6月27日、場所はマンハッタンの西ハーレムにあるリバーサイド教会である。シャルトルの大聖堂を模したゴシック教会の高いドームに響くのは金属的なハイトーンだ。これが倍音を含んでちょっとハープシコードみたいに聞こえる。年を追うごとに南方に向かい、カーニヴァル的になっていったオーネットを送るセシルのピアノは、対照的に大都会の森厳な杜で鳴っているのである。ある種の「同志的」な共感が伝わってくるのと同時に、大きく距離をとった天空の眼を思わせる。骨に響き、脳幹を貫くすばらしい演奏だった。そう感じるのは、決して同じ時代を生きた者たちだけではないだろう。

 1929年のクイーンズ生まれ。この地区でニューヨーク万博が開かれたのは10歳の時である。セシルは根っからのニューヨーク人なのである。モンクやローチ、それにロリンズもそうだった。音楽は「街の気流」だ。どれほど孤独な音楽実験も、「自然」を志向するサウンドも、人びとの間で生まれる。実はモンクが産声を上げた1917年から1930年のロリンズまで13年間しかない。意外なのはロリンズの方がセシルより1歳若いこと。そしてオーネットはテキサス州フォートワースで生を享けたが、ロリンズと同い年だということだ。マイルスはセシルの3つ年上なだけ。何が言いたいのかって? つまりバップからフリーまで、すべてがこの街の蒸気と暗がりの中で一気に群がり起こったのである。

 訃報を伝える内外のどんな記事も「フリージャズの先覚者」という。オーネットの時もそうだった。そんな見出しを眼にすると「ああ、人はそうやって棺桶に蓋をされるのか」と思う。「棺桶」にもいろいろある。藝術の棺桶、ジャズの棺桶、フリーの棺桶、現代音楽の棺桶。そして立派な墓が立つ。20世紀の殿堂という墓穴に入れられて、それで一丁上がりである。

 セシルは、移民の缶詰のようなクイーンズ区の北東部で黒人ミドルクラス家庭の一人っ子として生まれた。「イミグラントでいないのは日本人くらいかな」と友人はいう。6歳でピアノを始め、後にボストンのニューイングランド音楽院に学んでいる。ボストンは批評家のナット・ヘントフが多民族エリアの縁でジャズに酔い痴れた街である。これはバイオグラフィーじゃない。エリントン、ミンガス、マイルスと続く自意識が絡み合うその足跡だ。そして「主流派のジャズクラブから追放された彼は」と『ガーディアン』紙でローラ・スネイプスは書いている。皿洗いやクリーニング屋(!)でどうにか喰いつないだという。民族混淆の下水道のような新宿2丁目の洗濯屋稼業で凌いだ身としては、実になんとも汚水が眼に染みてしょうがないのである。

 『Jazz Advance』の“You’d be so nice to come home to”には、セシルの自意識が辿ったこういう泥道が伺える。「ニューヨークの溜め息」ヘレン・メリルが歌うメロディーを弾くピアノはギクシャクと路地を曲がりくねって即興に突入していくのである。こういう捻れを振り払うように『Conquistador!』や『Unit Structures』の構造的土石流が押し寄せただろう。私には1980年代のFMPに残された稠密な集団即興が今でも耳に轟いている。

 オーネットへの葬送曲が、セシル・テイラー自身によるセシルへの挽歌のように聞こえないか。カテドラルの空間を昇っていくその何本もの音の線が、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタが秘めた爆発的な繊細さを思わせるのである。そこから洩れてくる声は弔いの儀式にふさわしくない。「すべての棺桶をこじ開けろ」と私に囁くのである。

平井玄

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