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RIP

R.I.P. 遠藤ミチロウ

R.I.P. 遠藤ミチロウ

野田努、松村正人 May 10,2019 UP

 最初に聴いたのは「スターリニズム」という7インチだった。報道では、「遠藤ミチロウはパンク・ロックのゴッドファーザーと呼ばれている」などと書かれているが、どうなんだろうか。
 というのも、スターリンが登場したときはUKではパンクはすでに過去のもので、「スターリニズム」がリリースされた1981年においてはポストパンクすらも過渡期を迎えようとしていた。この年PiLは『フラワーズ・オブ・ロマンス』を発表し、ジョイ・ディヴィジョンの残党がニュー・オーダーを始動させている。ザ・スペシャルズが最後の力を振り絞って「ゴーストタウン」を出して、ザ・レインコーツがセカンドを、ニュー・エイジ・ステッパーズが最初のアルバムを発表している。パンクが終わり、アンチ・ロックンロール主義的なポストパンクが沸点に達しているときに、「スターリニズム」の1曲目に収録された“豚に真珠”のパンクのクリシェ(常套句)というべきサウンドに、1977年に逆戻りしたかのような錯覚を覚えたのも致し方ない。が、と同時に、それが日本人が体験できなかった1977年のUKを追体験したいという憧れなどから来ているものではないことも、高校生だったぼくにもわかっていた。
 1982年にリリースされたスターリンの最初のアルバム『trash』は、いわばメタ・パンク・アルバムである。異様さのなかに喜びを見出そうとするパンク・ロックの一要素を拡大し、陳腐であることを逆手に取った作品で、しかもそれは素晴らしい反復によるドライヴ感と遠藤ミチロウにしか書けない独特の歌詞と、そしてある種独特の妖艶さをも有している。
 「全テノ革命的変態諸君!!/我々の日常ハ/ドブノ中デ御飯ヲブチマケル/食エナイモノヲ食アサル」
 60年代の政治的抵抗や70年代のパンクへの共振と嫌悪と自虐が混ざり合ったその言葉は、タブーに挑戦するというUKパンクからの影響の日本における実践でもあったし、日本のアングラ・フォーク(ないしはエログロナンセンス)とパンクとの接続でもあった。ファンの女の子たちが嬉しそうに「ブタのキンタマ/ウシのクソ/世界の便所」とリズミカルに歌っていた光景をいまでも覚えている。時代はバブル期に差し掛かろうとしていたが、自分たちが生きている場所が「便所」ぐらいに思っていたほうが気が楽だった。
 ぼくが最初にライヴを見れたのは、『Stop Jap』を出す直前ぐらいの横浜のライヴハウスでの演奏だった。高校の同級生といっしょに行って、ステージから何か飛んでくるぞとこわごわ後方で見ていたのだった(そして本当に飛んできた)。

 昨年の春、三鷹の喫茶店で初めて遠藤ミチロウさんにお会いする機会があった。すでに膠原病を患っており、片足が麻痺しているといって松葉杖で階段を上っていた。ぼくは戸川純さんのミチロウさんについて書いた原稿を渡し、なぜか宇川直宏の話になり、ほかにも1時間ほど話したと思う。
 「“メシ食わせろ”って、いまこの時代のなかで聴くとむちゃくちゃ切実に聴こえますよね」と言ったら、「本当にそうだよね」と静かにうなずかれていた。「“Stop Jap”とかもね」、ミチロウさんはすかさずそう付け加えた。  それからぼくは、自分の日本の音楽に対する関心は欧米からの影響と自らの土着性とをどう折り合いを付けるのかという点にあることを話したら、「そう、土着性なんだよ」とやや語気を強めて言った。その話しっぷりのなかには、さあいままさに自分がやらんとする挑戦への情熱が込められていたように感じられた。

 UKにおける重要なパンク・バンドと同様に、結局のところスターリンもまた自らが築き上げた破壊の美学に自らが縛られていくことなる。が、しかし先駆者とはそういうものだ。スターリンが登場する以前のパンク/ニューウェイヴ系のライヴハウスは、どちらかといえば文化系のにおいが強いところだったが、スターリンのライヴには街でぶいぶい言わせてそうな兄さんがたも多く集まるようになっていた。女の子にも人気があったし、Tシャツに黒いジーンズという安上がりのパンク・ファッションを普及させもした。そう考えると日本においてパンクをメジャーに引き上げたのはたしかに遠藤ミチロウとスターリンだったのだろう。それはしかしパンクが終わったあとのパンクの一形態であり、パンクが日本に土着化した第一歩でもあった。
 あー、ハラが減った。さあ、みんなで“メシ食わせろ”を合唱しよう。

野田努

野田努、松村正人

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