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Album Reviews

Schoolboy Q

Hip Hop

Schoolboy Q

Blank Face LP

Top Dawg Entertainment/Interscope

Amazon

吉田雅史   Aug 25,2016 UP
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 MCの多くが直面するであろう、ポジショニング≒キャラ立ちの問題。ワン・アンド・オンリーの個性とは、一体何か。Schoolboy Qもまた、この問題に意識的であるように見える。

 本アルバムのタイトルとなっている「Blank Face」。これは一体何を意味しているのだろうか。それは「うつろな顔」「無表情」といった意味を持つが、ファースト・シングルの“Groovy Tony”のMVやバージョン違いのアルバムのアートワークに登場するQ(もしくはジョーダンやトランプ)の顔面は、無表情といった生易しいものではない。その鼻や口はグロテスクなほどに平面に加工されており、サングラスをかけた「顔なし」のごとし。同曲の「Groovy Tony / no face killer」というラインからは、ウータン・クランのゴーストフェイス・キラーを連想させられる(ゴーストフェイスの別名はトニー・スタークスでもある)。思えばゴーストフェイスはウータン・クランが世に現れた当初、ストッキングを被り顔の露出を避けていた(Qも前作『Oxymoron』のジャケットで顔を隠している)。理由として、警察に追われているからといった憶測が囁かれたが、真相は定かではない。いずれにせよ、顔を見せられないという特殊な条件が彼の個性を際立たせ、僕たちの想像力を大いに煽ったのは間違いのない事実だった。

 いくつかに区切られたブロックから成るヴァースは、冒頭のかなり低いテンションで無表情に発音される「blank face」から始まり、徐々にテンションを上げ、その語り口を荒げてゆく。怒りと自己顕示欲が大部分を支配する声色が行き着く先は、MVのラストシーンで描かれる。そう、そこでは「顔なし」が首を吊る。まるでそのことによって逆に「顔」を取り戻すかのように。前作『Oxymoron』収録の“Prescription / Oxymoron”を思い出してみれば、彼の愛娘のJoyは、ドラッグによって「表情を失った=blank faceの」父親であるQを「どうしたの? 疲れてるの?」と気遣い「オーケー、愛してる」と声をかけ続けることで彼をこの世界に繋ぎ留めた。Qは現世で唯一の真正な「喜び=Joy」のためにドラッグを楽しむことからも、それを売り捌くことからも足を洗おうとするが、一方で、Joyとの生活のためにそれを売り捌いた金が必要なのも事実だった。この矛盾に引き裂かれながらも、「blank」でない「顔=表情」を取り戻すために彼はラップしているのだった。

 もうひとつ、“Groovy”が暗示するのは、Qの生まれ育ったカリフォルニアのHooverに1960年代から根差すギャングであるHoover Criminal Gangの前身である「Hoover Groovers」である。Hoover Criminal GangはQの生まれ育ったカリフォルニアのHooverに1960年代から根差すギャングであり、彼は12歳のときにその小集団のHoover Crips(52 Hoover Gangster Crips)に加入している。Hooverで「Schoolboy」としてコミュニティ・カレッジに通い、アメフトをプレイしていたQはしかし、フッドの現実に回収されてゆく。2009年にリリースした最初のミックステープのタイトルである『Schoolboy Turned Hustla』の文字通り、ごくごく自然に彼は先輩たちに従うままアメリカの二大ギャング組織のCrips(もう一方はBloods)の一員として、ドラッグ・ディーラーとしてハスリングするようになるのだ。

 Qの挑戦のひとつは、従来の硬直化した(=無表情な)ギャングスタ・ラップに新たな表情を付与することである。彼が従来の方法論を越え出ようとする理由のひとつは、やはりレーベルメイトでありQと共にBlack Hippyのメンバーであるケンドリック・ラマーの存在だろう。ケンドリックの大成功により、彼が描き直したコンプトンはスポットライトを浴びることになったが、Qはケンドリックが描く物語の登場人物のひとりであることを全く望んでいない。「Good Kid」だったケンドリックに対して、Qは純粋無垢な「Schoolboy」から「Hustla」に否応無しに転身した独特のポジショニングを強調する。彼はギャングスタとして、ハスラーとして、しかしオリジナルな立ち位置を模索する。

 アルバム収録曲のサウンド面を見ても、そのことは明らかだ。ゴールデンエイジを彷彿とさせるサンプリング・ライクな上モノとブレイクビーツが地を這うビート(“Kno Ya Wrong”前半や“Neva CHange”など)、トラップ以降の現在進行形のビート(カニエ・ウエストとの“THat Part”、“Overtime”など)、ケンドリックのアルバムのサウンド作りを牽引するSounwaveを迎え、その世界観を引き継ぐサウンド(“How Ya Deal”など)、ドッグ・パウンドとともにGファンクを更新すべく前作から引き続きのコラボとなるタイラー・ザ・クリエイターによる露悪的なユーモアを伴ったビート(“Big Body”)、そしてフライング・ロータス以降のLAビートと生楽器の融合(“TorcH”や“Kno Ya Wrong”後半など)、それら多種多様なビート群を乗りこなしながら、ギャングスタ・ラップの多様な表現の可能性を追求している。ビートのヴァリエーションが拡張されることで、ギャングスタ・ラップが描く世界観も転調を迫られる。個性的なビートの上で描かれるのは、少しだけ地軸が傾いているような世界であり、様々な色のセロファンを貼った眼鏡越しに観察される世界である。

 たとえば5曲目の“Kno Ya Wrong”を見てみよう。冒頭のチョップされたピアノ・フレーズの連打からスタートし、ピアノ、ベース、ドラムのサウンドがそれぞれ現代的ながらも全体として90年代のゴールデンエイジのイースト・コースト・サウンドを彷彿とさせる。当時多用されたディレイなどで飛ばされるホーンのサウンドは、ここでは生演奏されるが、それがもたらすビートへの彩色の効果は良く似ている。そしてQによる「oh……」という鼻歌のルーズ感は、まさに90年代的である(たとえばメソッドマン&レッドマンの“How High”の冒頭のような)。

 そしてビートの多様性にQのフロウも追従する。同曲の前半はケンドリックの“The Art of Peer Pressure”の冒頭のようなインタールードといった趣の小曲であるが、やがてエレピに導かれて後半のメイン・パートへ突入する。ここではダブリング処理した抑揚の大きなフロウを披露し、フリースタイル・フェローシップのMyka9やP.E.A.C.Eらを想起させられる(ケンドリックとフリースタイル・フェローシップの楽曲の間にも、しばしば見えざる影響関係を感じることがある。たとえばフリースタイル・フェローシップの目下の最新作『The Promise』(2011年)のオープニングを飾るギャラクティック・ジェット・ファンク“We Are”や、サンダーキャットも参加するラストチューン“Promise”とケンドリックの『To Pimp A Butterfly』の親和性!)。

 フリースタイル・フェローシップの母体ともいえるプロジェクト・ブロウドは、LAアンダーグラウンドを支配したオープンマイク集団だが、彼らが擁する多様なメンバーの中には、Ellay Khuleのようなギャングスタ・ラッパーも存在する。ギャングスタ・ラップとスキルの蜜月関係。90年代からこのプロジェクト・ブロウド周辺やボーン・サグスン・ハーモニー、ミスティカルらによって研磨されて来たスキルのサイエンスは、ここにも息づいている。Qは明らかなオンビートで速射フロウを誇示するタイプではないが、多様な声色のコントロールに基づく表現スキルは、これらの延長線上で語るに値するものだろう。そしてそのような多彩な語り口を持つフロウでギャングスタ・ライフが語られるとき、そのドラマの持つ抑揚はブーストされる。

 そして何よりも、Qはギャングスタ・ラップを、そしてギャングスタ・ラップを歌う自己をメタ視点から俯瞰している。そのことは「わたしのパパはギャングスタなの」という彼の愛娘Joyのセリフで幕を開ける前作『Oxymoron』のオープニング曲“Gangsta”を見れば明らかだ。同曲でQは、ギャングスタを称揚しながらも、あえてステレオタイプな紋切型のフレーズを連発することで、ギャングスタ・ラップをある種露悪的に提示している。彼がギャングスタ然としてガナリ声で自身の強さを誇示すればするほど、そこには空虚=blankが滲む。

 彼が前作でやったことは何だったのだろう。つまり、ギャングスタ・ラッパーとしてのアルバムを制作し、その冒頭に“Gangsta”という曲を配置するという意図がそこにはあったのだ。これがリアルなのかと問うならば、本物のギャングスタの所作ではない、という応答があるだろうし、そうかと言ってもちろんすべてがフィクションなわけでもない。アルバムで描かれている出来事は「本当のこと」に基づいているだろう。しかし「あえて」ギャングスタを前景化しているすべてのラインは、エンターテインメントとして回収されうる。そこでQにとってリアルであり、彼特有の立ち位置を担保するのは「blank face」を浮かべる彼を見守り支えとなって来たJoyの存在だろう。彼は愛娘Joyの視点を獲得したことで、ギャングスタのポジショニングを外側から眺め、あえて典型的なギャングスタ・ラップのクリシェを連発することで、その空虚さを浮き彫りにする。

 このような前作での試みを踏まえた上で、アルバム終盤の“Black THougHts”のメッセージ性に着目したい。同曲のフックで歌われるのは「黒い思想(=black thoughts)とマリファナ/それはカルマ」というラインだ。「CripsとBloodsの新旧の奴隷」として「名前を変えて」まで尽くすギャングのバイオレンス、Qのフッドが直面する貧困や犯罪にまつわる黒い思想と、それを癒すためのドラッグ。この決してポジティブとは言えないループをQとケンドリックは「カルマ」であると指摘するのだ。

 しかしこの「カルマ」から脱するルートが全く示されない訳ではない。同曲のヴァースではJoyとの関係性を最重視する彼ならではの想いが歌われる。「バンダナ(Cripsが青、Bloodsが赤をシンボルとする)を下ろして 俺たちの子供たちを育てよう/銃を下ろして スプリフ(≒ブラント)を掲げよう/今すぐにだ/「でも」や「もし」は無しだ」ここへ来てようやくQの本音が覗けたのだろうか。2パックのかつての言葉をも想起させるライン。ギャングスタ・ラッパーとしてポジショニングを固めつつある彼が、ある種の切実さを持ってこのような言葉に行き着いたことの意味は、決して小さなものではないだろう。

 さらにこの後に続くラインも印象的だ。「マジな話、すべての生命は大切だ(all lives matter)、両方とも(both sides)」。「both sides」とは黒人と白人を指し示し、またCripsとBloodsを指し示してもいる。一連の悲劇によってBlack Lives Matter運動がその切実さを増す一方に見える中、7月にはザ・ゲームとスヌープ・ドッグによって、各々が代表するCripsとBloodsの団結を表明するイベントが開催された。Qの無表情な「blank face」に、一瞬浮かぶ何とも言えない素の表情を、そしてその視線の先にあるものを、僕たちは見逃してはならない。

吉田雅史