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Fly Anakin

Hip Hop

Fly Anakin

Frank

Lex Records

Bandcamp Amazon

野田努   May 02,2022 UP

  フライ・アナキンは……というか、どうしてぼくが二回も続けてUSラップものをレヴューすることになったのかを話すのが先だろう。ある意味個人的な事情ではあるのだが、ひとりの音楽好きとして言っておく必要がある。
  自分の信条と反するカタチで、すっかりストリーミングやbandcamp、ときにはyoutubeなど、いかにもな21世紀のリスニング・スタイルで聴いていると、アルゴリズムによってぼくの好きそうな音源を推薦され続ける。誰に? いや、だからその、ハイテック産業がまんまと波及させた便利なプログラムに、だ。周知のように、スマホで性的なニュースを見てしまうと、その後、あれよあれよと性的な見出しが多数並ぶ、あれと同じことが音楽リスニングでもここ何年もあいだ起きている。そうすると、あたかも世界は好色な方向に向かっているという虚構がひとつの現実になる、というほどではないが、ハイテック産業に管理されている気分は避けられない。ましてや、こうしたアルゴリズムは作為的に操作できるという説もあるので、ぼくは反旗を翻すべく、アルゴリズムが自分に薦めてはこないであろう音楽作品を探索し、壁の外側から面白いモノを選んでいるのだ。
  ハイテック産業が旧来のリスニング文化のエコシステムを破壊するまでは、クソのようなことはたくさんあったにせよ、基本的に音楽産業は音楽好きの連中によって成り立っていた。spotifyやハイテック産業でむかつくのは、彼らにとって重要なのは必ずしも音楽でないということだ。ゆえに、たとえそれが巨大戦艦に竹槍で挑むようなものだとしても、自分のスマホやコンピュータの画面を信用しないことにしているという、自分で言うのもなんだが化石のような態度でいる。
 リスニング文化紀元前においては、 話は簡単だった。レコード店に行けば、そのときイケているテクノもヒップホップもロックもみんな目に入ったし、並んでいるレコードはそういった音楽を愛好しているスタッフの耳によって推薦されていた。アンダーグラウンドの才人フライ・アナキンと、アンダーグラウンドの奇人ピンク・シーフとの共作に共感を覚えた理由のひとつもそこだ。あのアルバムのコンセプトはレコ屋で、レコ屋好きにはたまらない内容で、レコ屋はいまやディズニーが配給する映画に出てきても不自然ではないファンタジーなのだ。
 しかし、ピンクとアナキンは3Dのコンピュータ・グラフィックで描かれた人畜無害な黒人ではなかった。つまり虚構ではなかった。その証拠に、ピンク・シーフはムーア・マザーのラップ・アルバム『Black Encyclopedia Of The Air』にフィーチャーされたし、フライ・アナキンはこんなにも良いアルバムを完成させている。
 
 ラップをずっと熱心に聴き続けている人からすると、なにをいまさら言ってやがんだ、という感じもあるらしい。俺らはずっと前から、ヒップホップ不毛の地バージニア州リッチモンドで、アナキンがミュータント・アカデミー(という地元のヒップホップ集団かつレーベル)の一員として活動していた頃からチェックしているんだぞ、と。じっさい27歳のアナキンにはすでに10年のキャリアがある。「彼こそアンダーグラウンド・ヒップホップの新しいヒーローだ」とピッチフォークが讃えたりしたことも、彼らの自尊心を刺激したかもしれないが、どうか許して欲しい。アルゴリズムがなければ、ピッチフォーク(いわく「アンダーグラウンドの新ヒーロー」)もWIRE(いわく「アナキンは絶好調」)もクワイエタス(いわく「今年もっとも重要なヒップホップのレコード」)も、そしてエレキングもこんなに遠回りをすることはなかったのだ……と思いたい。
 
 フライ・アナキンのソロ・アルバム『フランク』は、言うまでもなくエイミー・ワインハウスのデビュー・アルバムと同名である。わかっていて、そうしたらしい。なるほど、ワインハウスとアナキンをつなげるキーワードはたしかにある。古いソウル、古いジャズだ。ぼくがよく聴いていた頃のヒップホップでは当たり前のサウンドを、ハイテック産業以降ではブーンバップと呼んでいるが、この名称にいまだ抵抗を覚えるのは、ぼくが紀元前の化石だからだろう。ま、それが長い年月を生きるってことなのだから仕方ないとして、とにかくぼくはこういうサウンドが好きだったし、いまでも好きだ。ソウルやファンクやジャズをサンプリングしてループしたこれが。ウータン・クランやスラム・ヴィレッジ、ムーディーマンやアンドレスなんかとも共通する、大胆で、洗練されたソウルフルなグルーヴ。昔のソウルのヴォーカルのパートをルーピングしている曲なんかはとくに格好良くて、泣けてくる。
 マッドリブが1曲提供している。アンダーグランド・ヒップホップの巨匠の参加は、アンダーグラウンド・ヒップホップのニュー・ヒーローにとっての初の単独名義のアルバムにサウンド以上の意味、この音楽の血統を示しているが、アナキンの剃刀のようなラップは、間違っても後ろ向きではない。(ぼくにはリリックのことはわからない。わかる人のなかには、アール・スウェットシャート並の実験性があるということを書いている人もいる)

 アナキンは自分を変人のように見せているが、じつは数年前まで働きながら音楽を続けてきた苦労人で、ケンドリック・ラマーの『good kid, m.A.A.d. city』を6ヶ月間毎日車のなかで聴きこんでいたような過去を持っている。「俺はずっとリッチモンドでドラマとドラッグに囲まれて生きてきた」とアナキンはあるインタヴューで語っている。「売ろうが吸おうが、俺はその隣の部屋で韻を踏んできたんだ」。そして「地球上でみんなを楽しませる」ためにミュータント・アカデミーが生まれ、いま『フランク』が生まれた。街のイカつい不良の風情ではないし、内省的な詩人な感じでもない、ぼくはラップの専門家ではないけれど、普通にすごく良いラッパーのように思える。
 それにしても〈Warp〉傘下にはじまった〈Lex〉レーベル、愛のある良い仕事をしているなぁ。

(*)なお、本稿でアルゴリズムの観点からストリーミング系と並列されているbandcampだが、言うまでもなくそれは現状ではDIYアーティストたちにとっての良きプラットフォームであり、また、アナログ盤文化再燃の一助にもなっている。ミュージシャンたちからの度々の苦悩の叫びを浴びているspotifyと一緒にすべできはないだろう。
(**)渡部君の話によれば、Rainbow Disco Clubで来日したムーディーマンがア・トライブ・コールド・クエストやギャング・スターをかけたそうだが、つまり、そこにフライ・アナキンが混ざっていてもなんら不思議はない、ということ。

野田努