「UR」と一致するもの

Oneohtrix Point Never 『Tranquilizer』 - ele-king

OPN考

 気づけば、どんな話題にも「美学」という言葉が入り込んでいる。K-POPのファンダムでは「〇〇コア」という呼び方が定着し、ファッションでも、写真でも、何かしらの“感じ”に名前がついていく。
 いま、誰もが美学の話をしている。「Aesthetics Wiki」には既に千以上のページが生まれ、今やリミナルスペースは人気のフォト・スポットである。
 美学は孤独を説明するのだ、とぼくは思う。
 「Y2K」「Dreamcore」「Liminal Space」──それらの言葉は、あなたの指先にあるもの、足元に転がっているものをもってして、あなたが一人ではないことを示す。
 それはあなたの「コア」であり、私たちのものでもあるのだ。
 「コア」を所有すること。それは孤独を共同所有物へと変えることだ。
 しかし、Oneohtrix Point Never、このどこまでも加速し続ける音楽家はそうした戯れにほとんど興味を示していないように見える──決して誰の手にも収まらないまま、彼は進み続ける。
 メディウムを変え、声を変え、時には名義も変えながら、ただ残響だけが、その軌跡を指し示す。

Photo: Aidan Zamiri

Tranquilizer

 今作の創作のきっかけとなったとOPNが語る商業用オーディオ・キットは、単なる素材であるからして、鳥の鳴きも「悲しげな」ピアノの旋律も──そのままでは一切の意味を持っていない。
 いや、持たないように設計された「マテリアル」であった。
 それらは音楽家によって分解され、加工され、成形され、楽曲を構成するパーツとなる。
 そのときに初めて、鳥の鳴き声は鳥の鳴き声として機能し、悲しげなピアノの旋律は悲しげなピアノとしての役割を得るのだ。
 精神安定剤(Tranquilizer)。
 「安定させる」という言い方をするのなら、そこにあるものはひどく不安定であったということだ。
 大量のマテリアルを触っては投げ捨て、その果てにやっと完成した一応の形も、彼はやや大ぶりな身振りでどこかへ投げ捨て、また次のマテリアルへと手を伸ばしていく。
 安定と不安定の往復。トラックを作りながら次のサウンドを“ブラウジング”している音楽家の姿がぼくには見えてくる。
 彼は安定を捨て、均衡を崩し、もっともらしさを軋ませて……そうまでして、何かを探し求めている。
 山積みになったマテリアルをある瞬間旋律と和声で拾い上げて、その底に眠っている、ひどく重たく、歪なままのものに触れることを試みるのだ。
 安定などとうに失った世界で、誰かが夢見た別の未来の残響が、その奥からまだ微かに響いているのではないか。
 OPNが触れようとするそれは沈没船の宝箱か、固く閉ざされていた、地獄の蓋か。

その鳥が卵をひっくり返した。
卵は巣をひっくり返した。
巣は鳥かごをひっくり返した。
鳥かごは敷ものをひっくり返した。
ジョルジュ・ペレック『さまざまな空間』水声社

現在発表された以下の5曲の各曲レヴュー

“Lifeworld”

 クレーン車、どこかのレコードショップ、キーボードを叩く手……。
 アルバムから最も早く公開されたこの曲のビデオは、一見すると無関係なシーンが次々に移り変わる、落ち着きのない4分ちょっとの映像であった。
 ちかちかするシンセサイザーと環境音のなかで、繰り返されるハミング。それは何か主題めいたものを伝えようとしているようにも思えるが、実のところ、それ自体は何も語ろうとしてはいない。単なる「イメージ」の蓄積。データとして加工された音声ファイルがただ暫定的な居場所を与えられているにすぎない。
 しかし、私たちはつい聴き取ってしまう。何を?
 ビデオでは最後に、不明の撮影者が誰かに呼ばれて家を出ようとする。
 外は明るい。山を切り開き、そこに意味を持たせた農園風景。何度も現れる宇宙のモチーフ。表面温度という情報にのみ還元された私。

“For Residue”

 残ったもののために(For Residue)。
 サンプル・ライブラリの喪失を創作のインスピレーションとする本作のイントロであるこの曲は、柔らかなノイズから始まって、「For Residue」と楽曲名を呟く声が現れる。そしてその後に弦楽器とシンセサイザーの和声で幕が開く。……その身振りはやや大袈裟で演技じみているように思えてくる。
 だが、聴いていけばすぐに、そのハリボテめいた演出こそが、本作を理解するキーとなっていることがわかった。シンセサイザーのループは中途半端なところで繰り返し、それは明らかにメロディラインとしての佇まいではない。同じように、鳥の声は環境のレイヤーには配置されず、むしろハイハットやタムドラムのようにただ用いられている。
 いちどマテリアルとなった音声は、全てその機能のために並べ替えられる。

“Bumpy”

 この楽曲に「でこぼこしている」(Bumpy)というタイトルが付いていることが非常に重要だ。
 その動きは非常にスムースだ。こぼれ落ちそうなサンプルを次から次に和声と旋律をもってして拾い上げる。動き続けるメロディを組み合わせて見事なソフト・ランディングを見せる終盤の流れも素晴らしい。
 だが、完璧な滑らかさのなかでこそ、いかにこの楽曲が「でこぼこ」であるかを感じさせられる。整いすぎた表面を撫でながら、私たちは音の下にある微細な凹凸を確かに感じ取る。

“Measuring Ruins”

 落ち着きのない楽曲構成の中でぼくに見えてきたのは、彼が「ブラウジング」...何かを探し求めて、音声ファイルを次から次に配置していく姿であった。
 飛び回るドローンが世界を捕捉する。あらゆるマテリアルは管理可能な対象へと変わる。そして空間上に現れるのは「美しい」風景群だった。

“Cherry Blue”

 この楽曲の特殊なところは、明らかに作品の「進行方向」が強く意識されている点だ。
 トラックの再生開始地点から終了地点へという意味ではない、つまり「力の働く方向」が確かにそこにあるように感じられる。
 楽曲を通して使われているピアノリフがその最も顕著なところである。ダブの響きを思わせる深い音響効果のなかで、この旋律はフィルターのオープンとクローズでその身体を何度も引き裂かれようが、ループの中に引き込まれようが、そこからどうにか戻ってきてまた進み続ける。
 楽曲のヴィデオはとりわけ奇妙で、木々や家、街といったイメージがカットが変わるごとに姿を変えて、ついには現実と非現実ですらいくつものレイヤーに分解されたうえでないまぜになる。彼がクロッシュの中の何かを家へと運んでゆく、その力の「進行方向」だけは決して最初から最後まで変わらない。

パート2へと続く……

TESTSET - ele-king

 TESTSETのセカンド・アルバム『ALL HAZE』。これは本当に見事な作品だ。名盤といっていい。現代のニューウェイヴの理想形、あるいは理想郷と呼ぶべきアルバムである。私はアルバム・リリース以来、何度も聴き返しているが、いまだ飽きることがない。
 音色、音の質感、構造、緻密さ、リズム、メロディ、ノイズ、声。そのすべてが精巧に組み立てられ、バンドの有機的な推進力を生んでいる。1曲目 “Dry Action Pump” を再生すれば、気づけばラストの “Initiation” まで一気に聴き通してしまう。その構成の見事さと音の快楽。そのまま頭に戻り、再び再生してしまうほどだ。
 メンバーは言うまでもなく、LEO今井、砂原良徳、永井聖一、白根賢一の4人。METAFIVEからLEO今井と砂原が独立し、サポートだった永井と白根を正式に迎えて始動したバンドである。だが、いま彼らにMETAFIVEの影を重ねることに意味はない。TESTSETはすでに、完全に自律したバンドという有機体へと進化している。
 確かにファースト・アルバム『1STST』も秀逸だった。だが『ALL HAZE』は、さらにその上をいく。現在進行形のバンドとしての「逞しさ」を手にした作品といえよう。ここであらためて、このバンドの中核にいる砂原良徳という存在から、その到達点を見てみたい。
 砂原良徳は、YMOそのままの音を決してそのまま再現しない音楽家だ。世界有数のYMOマニア(YMOカルトキング!)であり、メンバーのソロ作品のリマスタリングも手がけてきた人物でありながら、彼自身の音は再現ではなく再構築である。電気グルーヴでもソロでも、影響を独自の濾過装置に通し、浄化し、別次元へと変換してきた。彼の音には確かなシグネチャーがある。聴けばすぐに「あ、砂原の音だ」とわかるが、その特徴を言語化することは難しい。明確でありながら不定形。ジャンルにもフォーマットにも収まらない。その不定形さこそ、彼のポップ・アート的な本質であり、モダン・ニューウェイヴの核心にある要素だ。

 そんな彼が例外的にYMOの遺伝子を強く意識したのがMETAFIVEだった。高橋幸宏のバンドであった以上、それは必然でもある。だがTESTSETは異なる。同じく多層的なサウンドでありながら、よりモダンで開かれた均衡を志向している。砂原のみならず、LEO今井、永井聖一、白根賢一、それぞれが「ズラす」ことを恐れず、ズレながらも一体化している。そこにバンドとしての統合がある。『1STST』がまだ名刺代わりだったとすれば、EP「EP2 TSTST」(2024)を経た今作では、完全に4人の共同体として結実した。LEO今井+砂原良徳という出発点から、永井と白根を含む有機的なユニットへと進化したのだ。
 『ALL HAZE』は、その進化の証だ。LEO今井の痙攣的なダンディズムと、権威への抵抗を孕んだ歌詞はさらに研ぎ澄まされ、その声がバンドの顔として機能している。永井聖一のギターは、令和の布袋寅泰(いや、本当にそう思うのだ)を思わせるような音色と存在感を放ち、白根賢一のドラムはニューウェイヴ的な硬質のグルーヴを描き出す。そして砂原良徳のシンセ・ベースが、バンドのもうひとつのアイコンのように鳴り響く。個々の演奏者としての力量が、ひとつの生命体のように融合している。
 加えてサウンド・デザイナーとしての砂原は、各メンバーの音を際立たせつつ全体を統制し、俯瞰的に構築している。YMOの系譜を継ぎながらも、METAFIVEの物語(あるいは呪縛)から自由になり、TESTSETとしてのモダン・ニューウェイヴを確立した作品、それが『ALL HAZE』である。もちろん、現代の音楽にアーカイヴ意識が皆無なわけではない。『ALL HAZE』にはウルトラヴォックス『Vienna』やデペッシュ・モード『Violator』の気配が漂う。80年代的な構築美と緊張感を、21世紀の音像でアップデートしている。これこそがモダン・ニューウェイヴの実践である。
 “Dry Action Pump” や “Deleter” ではLEO今井のヴォーカルが圧倒的な存在感を放ち、“Neuromancer” では永井聖一の透明な声が浮かび上がる。どこかニューウェイヴ/ニューロマンティックな気配を湛えたこの曲は、本作の象徴的な名曲だ。同じく永井作の “Rabbit Hole” ではデペッシュ・モード的な質感が広がり、永井の存在感がさらに強く響く。LEO今井、永井聖一、砂原良徳による共作 “Coptic Feet” は、90年代テクノ的トラックの上で三者の個性が交錯する佳曲だ。そして白根賢一作曲の “The Haze” は叙情的で胸に迫るエレクトロニックなネオアコ風味の曲。そしてラストを飾る砂原によるインスト “Initiation” は、彼なりのニューウェイヴ論として、わずかに不穏な余韻を残して幕を閉じる。
 現在のTESTSETの魅力は、この絶妙なバランス感覚にある。だから聴き飽きないのだ。個々の霧が拡散しながらも、どこかで結び合うような流動的な進化を遂げた。TESTSETは、その発生の経緯からしても特異なバンドであったが、今、真の意味でバンドになった。そしてその音は、唯一無二の現代的なニューウェイヴ・サウンドとして響いているのだ。

 砂原良徳は過去を継承しつつ、決して「そのまま」をやらない音楽家である。その精神はTESTSETでも貫かれている。彼は俯瞰しながら自らを霧のようにバンドに溶け込ませ、新しい音の未来を構築していく。彼は、そしてTESTSETは、ニューウェイヴを更新し、現代における最高の形で結実させたのである。

 2025年11月4日、200万人を超える有権者が、民主社会主義者ゾーハラン・マムダニをニューヨーク市の新市長に選出した。
 街の空気は歓喜に満ちていた。深夜を過ぎても人びとの歓声が響き、ブルックリンの自室からさえ聞こえたほどだ。おそらく、それはマムダニが多くの人にとって「消極的選択」ではなく、理想的な候補だったからだろう。
 じっさい彼の主な対立候補は、腐敗し、女癖が悪く、性的加害者でもあるアンドリュー・クオモだった。彼はCOVID政策によって1万5千人もの高齢者を死に追いやった人物である。クオモは「SAY NO TO ZO(ゾーにノーを)」という露骨なスローガンを掲げ、無所属として出馬した。言うまでもなく、この失墜した元州知事は9%の大差で敗れ、共和党の牙城であるスタテン島でのみ辛うじて過半数を得ただけだった。
 だが、そもそもなぜ共和党員たち──ドナルド・トランプ本人を含めて──は、じっさいの共和党候補(第三の奇策候補、カーティス・スリワ)を批判し、三代にわたってニューヨーク州民主党政治に深く関わってきた「無所属」候補クオモに投票するよう呼びかけたのだろうか?1
 ニューヨーク市において、民主党と共和党のあいだの従来の党派の境界線が正式に崩壊しつつあるいま、真の政治的分断が明らかになっている——それは、富裕層の利益を守る金権政治に深く根ざした候補者たち(クオモやトランプのような)と、労働者階級を守るためにアメリカの政治的体制そのものを真剣に脅かす候補者たち(マムダーニ、そして言うまでもなく2016年の大統領選におけるバーニー・サンダースのような)との対立である。

 多くのアメリカ人は、民主主義と資本主義を混同している。制限なく富を追求できることこそが民主社会における自由の証だと信じているのだ──たとえ自分たちの生活がつつましいものであっても。
 私はかつて父にこの混同を問いただしたことを覚えている。私はこう説明した。資本主義は必然的に独占に行き着く。独占は「選択」という民主主義の根本理念を狭めてしまうのだと。父は笑い、心を開いたようで、ただ一言こう返した。「A+だな」
 アメリカの政治もまた同じように独占されている。「よりマシな悪を選ぶ」というお決まりの構図だけでなく、共和党と民主党がじつは同じ企業支配のコインの表裏に過ぎない、というあまりに明白な現実によってもそれは表れている。両党は献金者やロビイストの利益を守り、その結果、アメリカ国民の大多数が犠牲になっている。
 たとえば、アンドリュー・クオモの選挙資金の多くは億万長者のスーパーPACから供給されていた。一方、マムダニの選挙運動は、彼のために戸別訪問を行った10万人以上の草の根ボランティア集団によって支えられていた。
 さらに、マムダニの掲げた「私たちが住める都市(A City We Can Afford)」というメッセージは、ニューヨークが直面するもっとも差し迫った問題──すなわち、800万人の住民のうち200万人が貧困ライン以下で暮らし、ワンルームアパートの平均家賃が月4,000ドル(約61万6千円)に達しているという「手の届かない都市」の危機──をまさに突いていた。これはまさしく「アフォーダビリティ・クライシス(生活費危機)」である。
 金持ちへの課税、保育の無償化、無料のバス運行──こうしたマムダニの主要な公約は、本来であれば「急進的」と見なされるべきではない(なぜなら、これらの施策は他の多くの国々ではすでに実現しているものだからだ)。
 だが、資本主義と民主主義をいまだに同一視し、「トリクルダウン経済」の約束にすがる多くのアメリカ人にとっては、マムダニの構想は「成功者への罰」のように映るかもしれない。じっさい、「悪しき政府が勤勉な民間市民の財産を奪う」という観念こそ、アメリカに長らく根づいてきた社会主義への恐怖の中核をなしている。
 選挙後、保守系メディアはすでに「富裕層のニューヨーカーたちはマムダニの課税案を避けるために街を脱出し、結果的に西洋世界の金融首都は壊滅的な経済的打撃を受けるだろう」と騒ぎ立てている。
 しかしマムダニ自身が人気番組『ザ・デイリー・ショー』の司会者でありコメディアンでもあるジョン・スチュワートに説明したところによれば、彼の意図はきわめて穏当だ。年収100万ドル以上の人たちに対してわずか2%の増税をおこない、法人税率を11.6%に引き上げるだけだという。そして彼は冗談めかしてこう指摘した──その税率は「社会主義共和国ニュージャージー(お隣の州)」とまったく同じだ、と。
 母の言葉を借りれば──「分かち合えない成功に、いったい何の意味があるの?」
 それに、あの億万長者たちは自分たちの労働者のおかげで金持ちになったんじゃないの?

 はぁ……悲しいことに、「富裕層の1%よりも労働者階級を優先する政治家」という発想は、現実にはいまもなお“急進的”な逸脱と見なされている──おそらくだからこそ、マムダニの構想は、(もちろんそのマスメディアは例によってあのうるさい億万長者たちの所有物なのだが)「せいぜい実現不可能な夢」「最悪の場合は危険思想」としてこき下ろされているのだ……。
 いや、そこに「古典的な人種差別」も加えておこう。
 率直に言って、イスラム教徒の移民が、政教分離の理念をほとんど忘れ去ったこの国で(マムダニがどの神を信仰していようと、そんなことどうでもいいはずだ)市長の座を勝ち取ったことを、私たちは祝うべきだ。
 しかもここは、自由の女神像を擁する都市なのだ。

 さて、ここで私は白状しよう。私は政治との関係に複雑な思いを抱いている。
 というのも、私がこれまで出会ったなかでもっとも不寛容な人びとの一部は、進歩主義者たちだった──これは誇張ではない。ほんの数か月前のことだ。私は敬愛する進歩派の友人に、97歳になる私の大叔母の話を嬉々として語った。彼女は生涯を通じて共和党支持者だったのだが、「トランプはアメリカに起こった最悪の出来事だ」と宣言したのだ。私は興奮していたし、これは良い兆候だと考えた。アメリカ(および資本主義社会全体)を蝕む問題が、もはや単純に「共和党」対「民主党」という二分法では整理できなくなっている証だと思ったのだ。だが、友人の反応はこうだった。「ふうん。でも彼女がそのほかの人生で共和党に投票し続けたなら、別に希望は感じないけどね」
 また別の「超」進歩派の(元)友人にはこう言われたこともある。
 「白人であるあなたは、奴隷制に対してカルマ的責任を負っているのよ。」
 ……それって、「進歩的」というよりも「懲罰的」じゃない?
 私はまた、進歩派の政策がしばしば、学歴的にも経済的にも恵まれた人びとの閉じた共鳴空間のなかで構想され、理論上は「正しいこと」を目指していても、現実的な実行への配慮が欠けているのではないか、とも恐れている。たとえば「警察予算を削減せよ(Defund the Police)」運動は、アメリカの都市部に住む有色人種のあいだで驚くほど物議を醸した。なぜなら、十分な社会改革が伴わないまま警察の役割を縮小すれば、犯罪が増加するのではという不安があったからだ。
 そして2023年の『ニューヨーク・タイムズ』によれば、まさにその懸念は現実となった(注目すべきは、マムダニ自身も選挙が近づくにつれて警察批判をやや穏健なトーンへと修正した点だ)。
 さらに言えば、マムダニは移民ではあるが、彼自身こう語っている──映画監督と大学教授の両親に支えられ、裕福で一流の教育を受けて育った、と。
 だから、正直に言おう。貧困ライン以下で育った私としては、「一生セーフティ・ネットのなかにいた裕福な子どもが労働者階級を代表する」と自任することに、どこか懐疑的で、あるいは反感すら覚える部分もある。
  だが、いっぽうで──少なくとも誰かが、ニューヨーク(そしてアメリカ)における富と権力の不均衡に真正面から取り組もうとしている。そのこと自体は、称賛すべきことではないだろうか。私自身の境遇はさておき、もっと大きな部分で、私はこの政治家を誇りに思っている。その名はゾーハラン・マムダニだ。
 ……いや、カーティス・スリワも、少しだけ。
 二人の候補はすべての点で意見が一致していたわけではないが、どちらの選挙運動も生活費の高騰を中心課題とし、どちらもドナルド・トランプから攻撃を受け、そしてどちらも「ホームレス問題など、地域社会の課題を警察が過剰に負担している」という認識で一致していた。
 ただし、スリワは「警察官を増やすことが解決策だ」と考えているのに対し、マムダニは彼の最良の政策だと私が思う構想を掲げている──すなわち、「行動的健康緊急支援課(Behavioral Health Emergency Assistance Response Division)」を新設し、精神衛生の危機に対処する専門チームを配置することで、十分な訓練を受けていない警察の負担を軽減するという計画だ。政策上の違いはあれど、この“昔ながらの共和党員”と“民主社会主義者”は、ニューヨークが直面する主要な問題について──とくに「いわゆる穏健派」アンドリュー・クオモへの共通の嫌悪──で一致している。

 それって、すごいことだ。

 マムダニの当選によって、「左」と「右」を分ける線は、これまでになく刺激的な形でぼやけはじめている。新しいニューヨークの夜明けにあたって、私はマムダニが、自らの歴史的勝利を正当に導いた理想を現実のものにしてくれることを願っている。また、進歩派が、これから拡大していく「二項対立を超えた政治的基盤」と真摯に結びつく機会を大切にしてほしい。
 そして──民主社会主義者として史上初めてニューヨーク市長に選ばれ、かつ前例のない草の根運動で勝利したこの人物が、「富豪支配は避けられない運命ではない」という事実を、他の民主主義国家にも示してくれることを願っている。

¹ トランプの公式な支持声明によれば:「私は、成功の実績を持つ民主党員が勝つ方がはるかに望ましい。あなたが個人的にアンドリュー・クオモを好きであろうとなかろうと、他に選択肢はない。彼に投票し、素晴らしい仕事をしてくれることを願うべきだ。彼にはそれができる。マムダニにはできない」


Bridging the Political Divide: On Zohran Mamdani Winning New York’s Mayoral Election


by Jillian Marshall, PhD

On November 4th, 2025, over two million voters elected Zohran Mamdani — a Democratic Socialist — as the new mayor of the New York.
The mood in the city was ebullient: I heard people cheering well past midnight, even from inside my Brooklyn apartment. Perhaps this is because Mamdani was many people’s ideal choice, rather than the mere “lesser of two evils.” Indeed, his primary opposition — the corrupt, philandering sexual predator Andrew Cuomo, who sent fifteen thousand seniors to their deaths with his covid policies — ran as an Independent, and with the explicit campaign slogan of “SAY NO TO ZO.” Needless to say, the disgraced former governor lost by a hefty 9% margin, and only gained a majority of votes in Staten Island: New York’s Republican stronghold.
But why did Republicans, including Donald Trump himself, denounce an actual Republican (the wild card third candidate of Curtis Sliwa), and urge people to vote for an “Independent” candidate who’s actually steeped in three generations of Democratic New York State politics?1
With the traditional party lines between Democrats and Republicans in New York City officially crumbling, the real political divide is revealed: candidates entrenched in the plutocracy who protect the interests of the rich (like Cuomo and Trump), and those who seriously threaten the American political establishment to protect the working class (like Mamdani— and Bernie Sanders before him in the 2016 presidential election, for that matter).
Many Americans confuse democracy with capitalism, believing that the ability to pursue wealth without restriction represents the freedom afforded by a democratic society— even if they themselves live modest lifestyles. I remember challenging my father on this conflation. I explained that capitalism inevitably leads to monopoly, which limits the principles of “choice” on which democratic ideals hinge. He laughed and, with his mind successfully opened, said just one thing in response: “A+.”
American politics are similarly monopolized, as expressed not only with the “lesser of two evils” conundrum, but also with the increasingly obvious truth that the Republican and Democratic parties are two sides of the same corporate coin that protect donor and lobbyist interests, at the (literal) expense of the American majority. For instance, Andrew Cuomo’s campaign received much of its funding from billionaire super PACS, while Mamdani’s campaign was defined by its grassroots troupe over 100,000 volunteers who canvassed on his behalf. What’s more, Mamdani’s message of making this “A City We Can Afford” addresses arguably the most pressing issue facing New York: two of its eight million residents live in poverty, and the average rent for a one bedroom apartment is $4000 (about 616,000 JPY) a month. This is nothing short of an
1 As per Trump’s official endorsement: “I would much rather see a Democrat, who has had a Record of Success, WIN. Whether you personally like Andrew Cuomo or not, you really have no choice. You must vote for him, and hope he does a fantastic job. He is capable of it, Mamdani is not.”

affordability crisis.
Taxing the rich, offering universal childcare, and providing free bus services — among Mamdani’s biggest promises — shouldn’t be considered radical proposals (especially when such amenities exist in many other countries). Yet for the many Americans who still equate capitalism with democracy (and cling to the promises of “trickle down economics”), Mamdani’s ideas may seem like punishing the successful. In fact, the notion that an evil government will steal hard- working private citizens’ riches defines the US’s long-standing fear of socialism. Post-election, conservative media outlets are already claiming that wealthy New Yorkers will flee the city to avoid Mamdani’s proposed tax hikes, which they predict will economically devastate the financial capital of the Western World. But as Mamdani explained to Jon Stewart — a comedian news anchor who hosts a popular program called The Daily Show — he only wants to raise taxes 2% for people making over a million dollars a year, and raise the corporate tax rate to 11.6%— which, he jokingly points out, is identical to those in “the socialist republic of New Jersey,” New York’s neighboring state.
To quote my mother: what’s success if you can’t share it? And didn’t those billionaires get rich off their workers?
Sigh... the sad truth is that it IS a radical departure for a politician to prioritize the working class above the 1%— and maybe that’s why media outlets (owned by those pesky billionaires, naturally) are smearing Mamdani’s vision as unattainable at best, and dangerous at worst ... well, alongside the media’s ol’ fashioned racism. Full stop: we should celebrate that a Muslim immigrant won the mayoral seat in a country that’s all but forgotten about the separation of church and state (who cares what God Mamdani worships?), and in a city home to the Statue of Liberty.
Now, I’ll admit that I have a complicated relationship with politics. I’ve found progressives to be some of the most intolerant people I’ve ever met— and that’s not an exaggeration. Just a few months ago, I shared with a dear progressive friend of mine how proud I was that my 97 year- old, lifelong Republican great aunt declared Trump the worst thing to ever happen to America. I was excited, and considered this a positive sign that the issues plaguing the US (and capitalistic societies more generally) are no longer neatly divided into “Republican” and “Democrat”. But my friend simply remarked, “Well, since she voted Republican for the rest of her life, I’m not exactly encouraged.” Another time, an ultra-progressive (former) friend told me that, as a white person, I’m “karmically responsible for slavery.”
This is more punitive than progressive, no?
I also fear that progressive policies, so often conceived in an echo chamber of the academically and socioeconomically privileged, strive to do the right thing in theory, but have limited regard with practice. The Defund the Police movement, for example, was surprisingly controversial amongst people of color in American cities because of the fear that crime would spike without adequate social reform to take policing’s place— and according to the New York Times in 2023, that’s exactly what happened (worth noting is Mamdani adopted a more moderate critique of police closer to the election). And while Mamdani is an immigrant, he openly admits that, with

supportive filmmaker/professor parents, he was raised with money and access to first-class education. So, I won’t lie: as someone who grew up below the poverty line, a part of me is skeptical or even resentful of a rich kid with a life-long safety net taking it upon himself to represent the working class.
But on the other hand... at least someone’s committed to taking on the imbalance of wealth and power in New York (and the US) in a meaningful, direct, way. My personal background aside, an even bigger part of me proudly recognizes that politician as Zohran Mamdani.
Well, him and Curtis Sliwa, in a weird way. While the two candidates didn’t see eye-to-eye on everything, both centered their campaigns around the cost of living, both were attacked by Donald Trump, and both agree that police are overburdened with tackling homelessness and other community issues. But whereas Sliwa believes that more police are the solution, Mamdani plans to implement what I think is his best policy: creating a Behavioral Health Emergency Assistance Response Division to address mental health crises and take the burden off woefully unequipped police officers. Their policy differences aside, the old school Republican and the Democratic Socialist agree on key issues facing New York — starting with their mutual disdain for the so-called “moderate” Andrew Cuomo.
And that is amazing.
With Mamdani’s election, the lines between Left and Right are beginning to blur in an exciting new way. In the dawn of a new New York City, I hope Mamdani can bring to life the visions that rightfully earned him his historic win. I also hope that progressives embrace opportunities to connect with a growing, post-binary political base— regardless of what, hopefully, are increasingly irrelevant party lines. And I hope that the incumbent Democratic Socialist mayor of New York City, who won with his unprecedented grassroots campaign, inspires other democracies that plutocracy need not be inevitable.

『マザーシップ・コネクション』50周年記念号
Pファンク研究の第一人者、河地依子監修による永久保存版

パーラメント/ファンカデリックのほぼ全ディスクをはじめ、メンバーのソロ作品もほとんど網羅。総数200枚近くのPファンクの宇宙を大紹介!

ジョージ・クリントンの貴重なインタヴューも2本再録

執筆:河地依子、春日正信、新田晋平、野田努、二木信、ニール・オリヴィエラ、小林拓音
写真:石田昌隆、ほか

菊判/224ページ

刊行に寄せて

目次

【ディスクガイド・ヒストリーほか】
文:河地依子・新田晋平・春日正信・野田努・二木信・小林拓音

Chapter 1 前史 1955~
Chapter 2 ファンカデリック始動 1970~
Chapter 3 黄金時代 1974~
Chapter 4 ジョージのソロ活動 1981~
Chapter 5 Pファンクの復活 1989~
Chapter 6 再評価の波 1996~
Chapter 7 新世代との融合 2009~
Chapter 8 主要メンバーたちのソロ活動

【コラム】
楽しいPファンク(河地依子)
Pファンクとデトロイト・テクノ、あるいはメタ化されたファンク(野田努)
ヒップホップ世代に継承されるPファンク(二木信)
ジョージの自宅訪問記(河地依子)
Pファンクが解放したもの、身をもって変革したこと(ニール・オリヴィエラ)

【インタヴュー】
ジョージ・クリントン 1992(河地依子)
ジョージ・クリントン 1994(河地依子)

人物紹介(河地依子)

著者プロフィール

オンラインにてお買い求めいただける店舗一覧
amazon
Rakuten ブックス
7net(セブンネットショッピング)
ヨドバシ・ドット・コム
Yahoo!ショッピング
HMV
TOWER RECORDS
disk union
紀伊國屋書店
MARUZEN JUNKUDO
e-hon
Honya Club

全国実店舗の在庫状況
紀伊國屋書店
三省堂書店
丸善/ジュンク堂書店/戸田書店、ほか
有隣堂
くまざわ書店
TSUTAYA
大垣書店
未来屋書店/アシーネ

¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U - ele-king

 2026年にはコーチェラ・フェスティヴァルへの出演も決定し、いまや世界からもっとも注目される日本人DJとなった¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U(行松陽介)。インターネット上でのヴァイラルによってプレイ・スタイルへのイメージは変化したかもしれないが、その本質が実験的でエッジーな音楽を求めつづける生粋の好事家であることに変わりはない。

 そんな¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$Uがかつてのホームであった大阪を拠点に主催していたパーティ・シリーズ〈Zone Unknown〉が、渋谷・WWWの15周年公演シリーズとして開催。これまでイキノックスやKamixloなどアヴァンギャルドなアーティストたちを招聘したのち、活動の変化にともない一時休止。今年ベルリンにて再始動した同シリーズが、初の東京編としてデイ・タイムで開催される。

 出演者にはUKよりマーク・フェルライアン・トレイナー親子を招聘し、ローカル・アクトとして盟友YPY(日野浩志郎)、京都のエクスペリメンタル・セレクターAkaneが出演。ライトニング演出は現代美術とクラブ・カルチャーを行き来するデュオ・MESが担当。メインストリームとアンダーグラウンドの両極に立つ彼の、いまの真意に触れられる一夜となるか。

Congo Natty - ele-king

 ジャングルのパイオニア、レベルMCことコンゴ・ナッティがひさびさに来日を果たす。コンゴ・ナッティとしての活動30周年を記念するツアーで、大阪が12月5日、東京が6日と8日の2公演。重要人物の希少な来日公演、これは目撃しておきたい。

 なぜレディオヘッドはこんなにも音楽偏執狂を惹きつけるのか。筆者にとって、彼らはずっと気になる存在だ。筆者とレディオヘッドとの出会いは『OK Computer』にさかのぼる。このアルバムを1997年の発売当時に聴いて以来、ロックに限らず、音楽全体の潮目が確実に変わったのだと感じた。このアルバムの各曲は基本的にロックのフォーマットを維持しつつも、一度聴いただけでは全体を把握できない複雑さを秘めている。そして、この傾向は、その後の『Kid A』(2000)、『Amnesiac』(2001)のなかでますます顕著になっていく。以来、レディオヘッドは筆者にとって常に注意を払うべき存在となった。曖昧な調性、微分音の使用、複雑に聴こえるリズムと拍子、次々と新たな部分へと進むので何度も聴かないと覚えられない構成など、彼らの音楽はロックのセオリーを易々と逸脱し続ける。そのたびに聴き手は驚き、戸惑いながらも、一緒に歌ったり、手拍子を打ったり、音楽を身体に染み込ませる。
『OK Computer』がリリースされた1997年は、コーネリアス『Fantasma』、ビョーク『Homogenic』、プロディジー『The Fat of The Land』、ステレオラブ『Dots and Loops』といった、1990年代後半を代表するアルバムがいくつもリリースされた年だ。それは同時に、「オルタナティヴ」とされていたものが音楽的にも商業的にもメインストリームになったことを意味する。
 1990年代後半の「オルタナティヴ」の回想はさておき、レディオヘッドはロックと他のジャンルとの距離を縮めるどころか、その境界さえも曖昧にしてしまった。ポップあるいはロックと他のジャンル、とりわけ現代音楽との接近について、音楽批評家のアレックス・ロスは次のように記している。

二一世紀が始まったいま、クラシック音楽とポップ文化を対立させようという欲求は、もはや知的にも感情的にも意味を持たない。若い作曲家たちは、ポップ・ミュージックを耳にしながら育っていて、その場の求めに従って、それを利用したり無視したりする。彼らは知性の活動と街のノイズの中間地点を求めている。それと同じように、二〇世紀音楽、現代のクラシック音楽にたいする活発な反応は、大雑把な言い方だが、ポップ界から起こっている。ソニック・ユースの微分音調律、レディオヘッドの豊かな和声的手法、マスロックとインテリジェント・ダンス・ミュージックの崩れて急速に変化する拍子記号、スフィアン・スティーヴンズとジョアンナ・ニューサムの歌を支える哀愁に満ちたオーケストラの編曲。これらすべてが、クラシックとポピュラーの伝統のあいだで長いあいだ交わされてきた対話を引き継いでいる。(アレックス・ロス『20世紀を語る音楽』第2巻、柿沼敏江訳、みすず書房、2010年、570頁。原書はThe Rest Is Noise: Listening to the Twentieth Centuryとして2007年出版。)

「大融合」を目的の1つとする20世紀音楽(ロス、同前、571頁)以降、クラシックもポップも同じ言語で対話できるようになった。ここでいう「対話」を体現しているのがジョニー・グリーンウッドの活動である。グリーンウッドの映画音楽を高く評価する作曲家スティーヴ・ライヒは、彼との対談で、「あなたには、少なくとも二つの音楽的な人生があるように感じます。」(スティーヴ・ライヒ『スティーヴ・ライヒ対談集』大西穣訳、左右社、2025年、208頁)と述べた。自身もクラシック音楽と他の様々な音楽のバックグランドを持つ彼は、グリーンウッドに強いシンパシーを抱いているのだろう。2011年にグリーンウッドは、生演奏のギターのパートと、事前に録音したギター10パートとベース2パートによる、ライヒの“Electric Counterpoint”(1987)を演奏した。かたやライヒはレディオヘッドの“Everything In Its Right Place”と“Jigsaw Falling Into Place”を選び、この2曲をいったん更地に戻して彼の様式で再構築したアンサンブル曲“Radio Rewrite”(2012)を作曲した。
 ライヒの他にも、グリーンウッドは現代音楽との対話を続けている。ポーランドの作曲家クシシュトフ・ペンデレツキとの共同作業(2012年に2人の名義でアルバムがリリースされた)や、彼が敬愛する作曲家オリヴィエ・メシアンの楽曲で知られる電子楽器、オンド・マルトノ(1)をレディオヘッドで使用している様子から、彼ひとりの活動をとってみるだけでも、たとえ熱心なファンに限らずとも、このバンドに惹きつけられてしまう。その証拠として、レディオヘッドの音楽を極めてまじめに学術的な方法と態度でとりあげた論考や研究が既に存在している。ライターや研究者を名乗る人々が、このバンドの音源を何度も聴き、それを楽譜に書き起こして分析し、日々、謎解きを行っている(2)。リリース当時はあんなに議論された謎多き“Pyramid Song”だが、色々な説が飛び交った拍子の数え方どころか、今やその元ネタさえも解明されているのだ。聴いて楽しむ以外の享受方法をもたらしてくれるレディオヘッドは、音楽について何か言いたい人にとって、非常に「やりがいのある」バンドだともいえる。
 思考や分析の沼に誘うレディオヘッドだが、もちろん彼らの音楽にも直感的、身体的な側面がある。その一役を担うのがトム・ヨークだ。去年、筆者は彼のソロのステージを観た。彼は、そこで出す音すべての責任をひとりで担い、全力で私たちに音楽を聴かせてくれた。かつて、ブライアン・イーノは録音スタジオを作曲の道具とみなして音楽制作に勤しんでいた。トム・ヨークの場合は、彼の手に触れる楽器、声、身体全体が音楽を生み出す有機体に見えてくる。このたびリリースされたライヴ・アルバム『Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009』からも音楽の身体性や躍動を聴くことができる。いうまでもなく、この動的な側面がバンドの音の醍醐味なのだ。

『Hail to the Thief Live Recordings 2003-2009』はレディオヘッドの6枚目のスタジオ・アルバム『Hail to the Thief』全14曲のうち“Backdrifts”と“A Punch Up at Wedding“を除いた12曲のライヴ音源で構成されている。タイトルの“Hail to the Thief(盗人万歳)”は、2000年のアメリカ大統領選挙の際のジョージ・ブッシュのスローガン「Hail to the Chief(大統領万歳)」を揶揄した言い回しに由来する。このことから、このアルバムを政治的な作品とする見方もあるが、特定の出来事というよりは、デジタル監視主義やグローバル・ファシズムが世界を覆い始めた空気のなかで『Hail to the Thief』は生まれたのだと考えられる。パンデミックを経た2025年現在、2003年当時は予兆や空気だったものが、どんどん現実化している。
 1曲目“2 +2=5”は、オーウェルの『1984』に繰り返し出てくる、事実の改竄と洗脳と服従を象徴するスローガン「2+2=5」のことだ。フェイク・ニュースやAIに翻弄されている私たちが「2+2がいつだって5になる場所(where two and two always makes up five)」の住民になりかけている今、この曲はリリース当時の2003年よりも切実な訴えとして聴こえてきてしまう。曲の構成はやや複雑で、A(イントロ)-B(are you such a dreamer?)-C(It’s the devil’s way)-D(Because you have not been)-E(短い間奏)-F(I try to sing)の6つの異なる部分からできていて、聴き覚えのあるAやBの部分に戻るのではなく、ひたすらまっすぐ突き進んで曲が終わる。最後のEの部分から荒れ狂った演奏が始まり、ここにロック・バンドとしてのレディオヘッドを再確認できる。
 「2 +2=5」をはじめとして、スタジオ・アルバム盤とライヴ盤のアレンジの間に大きな違いはあまり見られない。むしろ、この再現性の高さがライヴ・バンドとしてのレディオヘッドの高い技量を裏付けているともいえる。だが、彼らはアルバムの曲をただなぞっているわけではない。たとえば5曲目の“Where I End You Begin”では、グリーンウッドがギターのリフとそう変わらないテンションでオンド・マルトノを荒々しく弾いている。この激しさはスタジオ・アルバム盤とは明らかに異なる。6曲目の“We Suck Young Blood”前半のヴォーカルのメロディは8拍でひとまとまりのゆっくりとしたフレーズでできている。スタジオ・アルバム盤では7拍目という、なんとも数えにくいタイミングで手拍子が入るのだが、このライヴ盤では観客がこのやりにくい手拍子を打っているではないか。これは普通のロックのコンサートの基準に照らし合わせても、かなり特殊な現象だ。ある程度、意識的に拍を数えていないと、このタイミングで手を打つことはできないからだ。
観客の反応も含めて、レディオヘッドが規格外の演奏をステージで展開できるのは、エフェクトのかかったギターをじっと聴かせるエド・オブライエン、忍耐強いリズム・セクションのコリン・グリーンウッドとフィル・セルウェイによる3人の磐石な体制のおかげだろう。このようなバンド内の力学も考えると、やはりレディオヘッドはいつまでも興味深い存在である。日本でライヴを観られる日は来るのだろうか。

脚注

(1) オンド・マルトノ(Ondes Martenot)はフランスの電気技師でチェリストでもあったモリス・マルトノが1928年に発明した電子楽器。ピアノのように鍵盤を使って弾く方法と、鍵盤の前に張られたワイヤーのついた指輪をスライドさせて音高やダイナミクスを自分で操作しながら音を作る方法がある。この楽器を用いた楽曲として、メシアンの「トゥランガリーラ交響曲」(1946-48)が挙げられる。楽器の歴史と仕組みについては、ジョニー・グリーンウッドとも親交のあるオンド・マルトノ奏者、原田節が東京フィルハーモニー交響楽団のウェブサイトで詳しく解説している。「オンディスト、原田節が語る メシアン『トゥランガリーラ交響曲』に寄せて」2024年3月29日 参照。
 原田節「音大生にエール 連載60 其の六〈ジョニーが来たから伝えたい〉」2022年12月 で描かれている原田氏とグリーンウッドの交流の様子は非常に興味深い。ぜひとも一読されたい。

(2) 一例を挙げると、カンザス大学で教鞭を執るブラッド・オズボーン(Brad Osborn)によるEverything In Its Right Place: Analyzing Radiohead (Oxford University Press, 2017)は音楽理論や心理学を援用しながらレディオヘッドの楽曲を、形式、リズム、音色、和声の4つの視点から分析している。最終章の第6章は1章まるごと“Pyramid Song”の分析に充てられており、よい意味での狂気さえ感じられる。


[追記]
この原稿を書き終えた直後に、レディオヘッドとしては7年ぶりとなるインタヴューがThe Timesに公開された
インタヴューでは、2017年のテルアビブ公演をめぐってレディオヘッドに対して起きた、BDSこと「ボイコット・投資撤退、制裁運動(Boycott, Divestment and Sanctions)」問題についてのメンバーそれぞれの考えが語られている。また、まもなく始まる英国とヨーロッパ・ツアーに関して、彼らが65曲ほどを準備中で、セットリストは固定されたものではなく公演ごとに変わること、観客が舞台を取り囲むようなかたちでショーが行われる予定であることも明らかにされている。インタヴューについては以下のウェブサイト参照。

Daniel Kreps, 「レディオヘッドが語る活動休止と再始動の背景、イスラエル・パレスチナ問題との向き合い方」、『Rolling Stone Japan』2025年10月27日

Damian Jones, “Thom Yorke says Radiohead will “absolutely not” return to Israel and he wouldn’t want to be 5,000 miles anywhere near the Netanyahu regime,” NME, 26th October

Mac Pilley, “Radiohead reveal they’ll be playing in the round on UK and European tour and talk setlists: “We have too many songs,” NME, 26th October 2025.

Whatever The Weather - ele-king

 今年も嬉しいお知らせです。ロレイン・ジェイムズ、3年連続となる来日公演が決定しました。今回はワットエヴァー・ザ・ウェザー名義のみでのツアー、東京と大阪のCIRCUSをまわります。新作がリリースされたその年にパフォーマンスを体験できるのは……いやこれはかなり嬉しいですね。
 そして、共演者たちにも注目しておきましょう。東京では、先日ソロ・デビュー作を発表し新たな一歩を踏み出した篠田ミルがライヴを披露。大阪ではヴェテランのAOKI takamasaがDJを担当します。相乗効果、起こりますねこれはきっと。

Whatever The Weather Japan Tour 2025 | Loraine JamesのWhatever The Weather名義での来日ツアー決定

現代のエレクトロニック・ミュージック・シーンにおいて中核を担う才人Loraine Jamesのアンビエント志向のエイリアス、Whatever The Weather名義の来日ツアーが決定!
今年3月にGhostly Internationalから待望のセカンド・アルバム『Whatever The Weather II』を祝しての東京・大阪公演となります。
東京公演にはyahyelのメンバーで先日ソロ・デビューEP『Pressure Field』をリリースしたばかりの篠田ミルがライヴ・セットで、大阪公演にはLoraineが予てからリスペクトしているAOKI takamasaがDJとして出演致します。
今回の来日はWhatever The Weather名義でのみの来日となります。

Whatever The Weather Japan Tour 2025

◆Whatever The Weather 東京公演
日程:11/28(金)
会場:CIRCUS Tokyo
時間:OPEN 18:30 / START 19:30
料金:ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000 *別途1ドリンク代金800円必要

出演:
Whatever The Weather (Live)
篠田ミル (Live)

◆Whatever Ther Weather 大阪公演
日程:11/29(土)
会場:CIRCUS Osaka
時間:OPEN 18:30 START 19:30
料金:ADV ¥4,500 / DOOR ¥5,000 *別途1ドリンク代金800円必要

出演:
Loraine James (Live)
AOKI takamasa (DJ)

主催・企画制作:CIRCUS / PLANCHA

Jonny Nash & Tomo Katsurada - ele-king

 オランダ拠点の音楽家、ジョニー・ナッシュによる9年ぶりの来日が決定。同じくオランダを拠点とし、昨年ナッシュも参加したソロ・デビュー作『Dream of the Egg』をリリースしているTomo Katsurada(ex. Kikagaku Moyo)が帯同。ダブル・ヘッドラインでのジャパン・ツアーとなる。互いの楽曲を演奏するという、役割を交代しながらのパフォーマンスが披露されるようだ。
 なお、ツアー前日の11月14日(金)には赤坂・草月ホールにて開催されるmaya ongakuのワンマン・ライヴにもTomo Katsurada with Jonny Nash & Kotsuguyとしてゲスト出演予定。
 今夏リリースされた7枚目の新作アルバム『Once Was Ours Forever』はフォークとアンビエント・ジャズ、そしてドリーム・ポップの境界をまたぐような作品であり、サトミマガエや池田抄英(maya ongaku)なども参加している。日本の音楽家たちとも接近したこの新作を引っ提げ、群馬・山梨・大阪・兵庫・愛知・東京を巡ります。

BAYON PRODUCTION presents
Jonny Nash & Tomo Katsurada Co-Headline Japan Tour 2025

[ACT] Jonny Nash / Tomo Katsurada (Kikagaku Moyo)

11月15日(土) 群馬 高崎・新島学園短期大学講堂
11月16日(日) 山梨 甲府・こうふ亀屋座
11月18日(火) 大阪・旧桜宮公会堂
11月21日(金) 兵庫 神戸・KOBE QUILT
11月22日(土) 愛知 名古屋・秀葉院
11月23日(日) 東京 渋谷・7th Floor
11月24日(月/祝) 東京 青山・青山月見ル君想フ

群馬公演

日程:2025年11月15日(土)
会場:新島学園短期大学 講堂(群馬県高崎市昭和町53番地)
アクセス:北高崎駅から徒歩5分
時間:開場14:00 / 開演15:00
料金:前売5,000円 / 当日5,500円

出演:Jonny Nash / Tomo Katsurada

[ご予約&お問い合わせ]
cowandmouse489@gmail.com / 080-3136-2673

※件名に【Jonny & Tomo’s 群馬公演】と明記の上、お名前(フルネーム)・お電話番号・チケット枚数をご記入いただき、上記メールアドレスにお申し込み下さい。確認後、ご購入方法などを折り返しご返信致します。

注意事項:
※開場時間前の会場のご入場はご遠慮ください。
※会場内飲食禁止です。
※大学の駐車場(西門駐車場または正門駐車場)をご利用いただけます。
※駐車場利用の場合は必ずご予約の際にお申込みください。


山梨公演

日程:2025年11月16日(日)
会場:こうふ亀屋座(山梨県甲府市丸の内1丁目11-5)
アクセス: 甲府駅から徒歩10分
時間:開場17:00 / 開演18:00
料金:前売5,000円 / 当日5,500円

出演:Jonny Nash / Tomo Katsurada

[ご予約&お問い合わせ]
cowandmouse489@gmail.com / 080-3136-2673

※件名に【Jonny & Tomo’s 山梨公演】と明記の上、お名前(フルネーム)・お電話番号・チケット枚数をご記入いただき、上記メールアドレスにお申し込み下さい。確認後、ご購入方法などを折り返しご返信致します。

注意事項:
※開場時間前の会場のご入場はご遠慮ください。


大阪公演

日程:2025年11月18日(火)
会場:旧桜宮公会堂 (大阪市北区天満橋1丁目1-1)
アクセス: https://produce.novarese.jp/kyusakuranomiya-kokaido/access/
時間:開場19:00 / 開演19:30
料金:前売5,000円 / 当日5,500円(別途ドリンク代)

出演:Jonny Nash / Tomo Katsurada

[ご予約&お問い合わせ]
cowandmouse489@gmail.com / 080-3136-2673

※件名に【Jonny & Tomo’s 大阪公演】と明記の上、お名前(フルネーム)・お電話番号・チケット枚数をご記入いただき、上記メールアドレスにお申し込み下さい。確認後、ご購入方法などを折り返しご返信致します。

注意事項:
※開場時間前の会場のご入場はご遠慮ください。
※入場時にドリンク代別途800円を現金でお支払いください。


神戸公演

日程:2025年11月21日(金)
会場:KOBE QUILT(神戸市中央区山本通1丁目7-21 B1)
アクセス: 三宮駅から徒歩 約10分 / 新神戸駅から徒歩 約15分
時間:開場18:00 / 開演19:00
料金:前売5,000円 / 当日5,500円(別途ドリンク代)

[ご予約&お問い合わせ]
cowandmouse489@gmail.com / 080-3136-2673

※件名に【Jonny & Tomo’s 神戸公演】と明記の上、お名前(フルネーム)・お電話番号・チケット枚数をご記入いただき、上記メールアドレスにお申し込み下さい。確認後、ご購入方法などを折り返しご返信致します。

注意事項:
※開場時間前の会場のご入場はご遠慮ください。
※入場時にドリンク代別途700円を現金でお支払いください。


名古屋公演

日程:2025年11月22日(土)
会場:秀葉院(名古屋市港区作倉町2-46)
アクセス: 地下鉄名港線「港区役所」より東へ徒歩8分
時間:開場17:00 / 開演18:00
料金:前売5,000円 / 当日5,500円

出演:Jonny Nash / Tomo Katsurada

[ご予約&お問い合わせ]
cowandmouse489@gmail.com / 080-3136-2673

※件名に【Jonny & Tomo’s 名古屋公演】と明記の上、お名前(フルネーム)・お電話番号・チケット枚数をご記入いただき、上記メールアドレスにお申し込み下さい。確認後、ご購入方法などを折り返しご返信致します。

注意事項:
※開場時間前の会場のご入場はご遠慮ください。
※ドリンクや軽食の出店を予定しております。1オーダーのご協力お願いします。
※会場無料駐車場あり。


東京公演 DAY1

日程:2025年11月23日(日)
会場:渋谷 7th FLOOR(渋谷区円山町2−3 O-WESTビル 7F)
時間:開場18:00 / 開演18:30
料金:前売5,000円 / 当日5,500円 共に+1drink別途 (座席自由)

出演:Jonny Nash / Tomo Katsurada

[お問い合わせ]
7th FLOOR 03-3462-4466

<TICKET INFO>
ぴあ
イープラス
ZAIKO


東京公演 DAY2

日程:2025年11月24日(月・祝)
会場:青山 月見ル君想フ(港区南青山4丁目9−1 シンプル青山ビル 地下1階)
時間:開場18:00 / 開演18:30
料金:前売5,000円 / 当日5,500円 共に+1drink代別途 (座席自由)

出演:Jonny Nash / Tomo Katsurada

[お問い合わせ]
月見ル君想フ 03-5474-8115

<TICKET INFO>
店舗メール予約
ぴあ
イープラス
ZAIKO

主催:BAYON PRODUCTION
企画・制作:BAYON PRODUCTION / Cow and Mouce
協力:PLANCHA / BRIDGE INC.

maya ongaku “Maybe Psychic” Japan Tour 2025 -Final-

日程:2025年11月14日(金)
会場:東京・赤坂 草月ホール
時間:開場17:30 / 開演18:20
料金:¥5,000
チケット(※座席指定):https://t.pia.jp/pia/ticketInformation.do?eventCd=2532271&rlsCd=001

出演:
maya ongaku

[GUEST ACT]
Tomo Katsurada with Jonny Nash & Kotsuguy
※Jonny NashはTomo Katsuradaのバック・メンバーで出演

主催:SMASH
企画/制作:BAYON PRODUCTION / BIAS & RELAX adv.
INFO:SMASH

Blawan - ele-king

 コロナ禍に入ってからのシングルがほぼすべて当たりだったベース系インダストリアル・テクノのブラワンことジェイミー・ロバーツによるセカンド・アルバム。タイトルは「病気になるための秘薬」とでも解すればいいのか、ボルヘスやトム・ロビンズの魔術的な小説みたいで、作品に迷い込む気を満々にさせる。ブラワンのダンス・ミュージックはいつも人間性のダークな面に焦点が当てられる。ファニーな側面はもちろんあるけれど、不必要にハッピーであった試しはない。13年前に彼の名を一躍有名にした“どうして僕のガレージに死体を隠すんだよ?(Why They Hide Their Bodies Under My Garage?)”も、母親のフェイヴァリットだったというフージーズの“How Many Mics”から「部隊を殲滅させて死体をガレージの下に隠すんだ」と軽くトーンを上げてラップされる歌詞に愚直なアンサーを返したもので、人間の不可解な行動を誇張して示すことに成功し、ジェフ・ミルズからスキルレックスまでノン・ジャンルでヘヴィープレイされる結果となった。くだらないベースラインの氾濫で多幸感に支配されたダンスフロアに異質な感触を持ち込むのがブラワンであり、『SickElixir』には“心配しないで、僕たちは幸せだよ(Don’t Worry We Happy)”と、ダークサイドに興味を持つ人々を否定しようとする動きにもあらかじめ楔は打たれている。ブラワンという名義はちなみにジャワ・コーヒーの銘柄で、ダンフロアに苦味を注ぎ込むのがロバーツの役割ということだろう。

 7年前に闇の中を突っ走っていくようなデビュー・アルバム『Wet Will Always Dry』でシンプルな力強さを見せたロバーツは(最近だと“Caterpillar”が素晴らしかった)パーリア(Pariah)ことアーサー・ケイザーと組んだカレン(Karenn)名義のジョイント・アルバム『Grapefruit Regret』(19)でテクノ以外の要素をすべて削ぎ落としたことが裏目に出たとしか思えず、無限に思えたポテンシャルももはや尽きたかと思われたものの、ソロでは再びダブステップやウォンキーのようなテクノ以外の要素も回復させ、『SickElixir』ではついに別人のような風格を伴って堂々たるリターンを果たしている。ケイザーとはその後も〈Thrill Jockey〉からパーシャー(Persher)名義でメタル系のアルバムを立て続けにリリースしていて、『SickElixir』にはあからさまにそのフィードバックも感じ取れる。最も特徴的なのはハード・ドラムの多用で、バーミンガム・サウンドと称されるイギリス流のポスト・インダストリアルがベース・ミュージックに埋め込まれた様は、それこそバーミンガム・サウンドを代表するサージョンがヒップホップをやっているように聞こえたりと、アグレッシヴな破壊衝動がダンス・ミュージックのフォーマットにがっちりと畳み込まれている。この4年間にリリースされた「Soft Waahls EP」「Woke Up Right Handed」「Dismantled Into Juice」といったEPはいずれも野心的で発想も多岐に渡っているのはさすがで、とくに「Bou Q」は素晴らしいのひと言だけれど、『SickElixir』に詰め込まれた曲の数々はそれらとも一線を画す強度があり、それこそリスナーを病気にしてやるという熱量が全編に漲っている。ここ数年、批評に熱量を求める声が高まっていて、論破を忌避する人たちがよりにもよって精神論に回帰していく感じはなんだかなーと思うのだけれど、音楽自体に熱量が宿ることはもちろん素晴らしいことである。

 基本的にはイーブン・キックだった『Wet Will Always Dry』とは異なり、『SickElixir』の基調をなしているのは広義のブレイクビーツ。全体にザ・バグがキャバレー・ヴォルテールをブラッシュ・アップさせたような響きに満ち、ディスコやハウスと出会ったインダストリアル・ミュージックがダンスフロアに感じた可能性や初期衝動を再燃させているかのよう。曲の長さも平均で3分ちょいと『Wet will always dry』の半分ぐらいになり、酩酊感よりもイメージの喚起が優先されている。BPM90~110に収まる曲が多く、これに80や130で緩急をつけ、アルバム全体の展開も迷宮的な構成を助長している(“Birf Song”はヘン過ぎてBPMがとれない)。何度聴いても頭にスヌープの“Drop It Like It's Hot”が浮かんでくる“NOS”や、空中分解したUKガラージを無理やり曲として成立させている“Creature Brigade”など、多種多様な曲のどれもが印象的で、好きな曲は人それぞれに異なることだろう。ノイズがねっとりと絡みつく“Sonkind”もクセになるし、アシッドヘッドには“Rabbit Hole”がたまらないことでしょう。今年はエレクトロが奇妙な変化を遂げた年で、その動きに反応したらしき“Style Teef”はシェレルばりにBPM160で展開される高速エレクトロ。リック・ジェイムズやMCハマーがてんてこ舞いで回転している姿が目に浮かぶ。

 実は、この夏に〈Planet Mu〉からリリースされたスリックバックのデビュー・アルバムに多大な期待を寄せていた。オフィシャルでは初となるアルバムであり、なによりも〈Planet Mu〉にレーベルを定めたという安心感もあったのだけれど、この5年間にアンフィシャルで8枚ものアルバムをリリースしてきたことが裏目に出たとしか思えず、皮肉なことに『Attrition(消耗)』と題されたアルバムは確かに疲れを感じさせるものがあり、〈Nyege Nyege〉から頭角を現してきた時のスリリングな響きには遠く及ばないものを感じてしまった。『消耗』というタイトルは、実際にはケニアからポーランドへ移住する際に、1年間にわたって国境付近で待機させられたことに由来し、音楽性と直接結びつくことではないらしいのだけれど、どうしてもこの5年間にやってきたことが悪い意味で投影されているタイトルだという印象を受けざるを得なかった。そこに、等しくデコンストラクテッド・クラブの要素としてハードコアやポスト・インダストリアルを取り入れた『SickElixir』が届けられたことで、肩透かしに終わってしまったスリックバックに対する期待感は見事なほどレスキューされてしまった。しかも、UKベースの文脈にポスト・インダストリアルを取り入れる手際がより巧みであり、ハードコアやポスト・インダストリアルといった荒々しいモードを現在の文脈で活性化させるにはこれ以上はないと思うほど『SickElixir』はよくできていると思う(もちろん、スリックバックにもまだまだ期待はしたい。それにしてもケニアからポーランドへと、どうして2次大戦中にナチスが支配していた国を渡り歩こうと思ったのだろう?)。

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448 449 450 451 452 453 454 455 456 457 458 459 460 461 462 463 464 465 466 467 468 469 470 471 472 473 474 475 476 477 478 479 480 481 482 483 484 485 486 487 488 489 490 491 492 493 494 495