「Noton」と一致するもの

■ビリー・ホリデイ、死の真相

 2020年5月、アメリカ・ミネソタ州ミネアポリスで白人警官に殺害された黒人男性ジョージ・フロイドの死によって、1939年に録音されたビリー・ホリデイの名曲“奇妙な果実”が脚光を浴びている。「南部の木には奇妙な果実がなる。血が葉を濡らし、根にしたたる。黒い体が揺れている、南部のそよ風に」。リンチで殺害され木に吊るされた黒人の死体を描写したこのプロテスト・ソングは、ブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動の時代に新たな重要性を発揮し、2020年上半期には200万回以上ストリーミング再生されている。
 この曲は1965年にジャズ歌手で公民権運動の活動家でもあったニーナ・シモンがカヴァーした。シモンは「私がこれまでに聞いた中で最も醜い曲だ。白人がこの国の同胞にしてきた暴力的仕打ちとそこから生まれた涙という意味で、醜い」と語った。厳粛なピアノの音色に乗って深い悲しみを表現したシモンの曲は2013年にカニエ・ウエストが、2019年にはラプソディがサンプリングしている。ラプソディは「80年も経っているのに、あの曲は今の時代を物語っている」と振り返っているが、黒人がリンチで殺害されることが当たり前だった時代にビリーが歌った“奇妙な果実”は21世紀の人種問題や社会問題とも共鳴し続けているようだ。
 歴史学者の研究によると、1883年から1941年までの間にアメリカでは3000人以上の黒人がリンチを受け殺されているという。ボブ・ディランの“廃墟の町”は「やつらは吊るされた死体の絵葉書を売っている」という歌詞で始まるが、南部で普通に見られた〝奇妙な果実〟は当時、絵葉書として出回っていたというのだ。
 こんな時代に“奇妙な果実”を定番曲として歌ったビリーが一体どのような仕打ちを受けたのかはあまり知られていない。リー・ダニエルズ監督の最新作『ザ・ユナイテッド・ステイツVS.ビリー・ホリデイ』は、米連邦麻薬局が仕掛けた巧妙な罠によって死に追いやられたビリーの死の真相を描きだしている。
 映画の原作はヨハン・ハリの『麻薬と人間 100年の物語』(作品社)。ハリは、『ル・モンド・ディプロマティーク』紙や『ニューヨーク・タイムズ』紙などで健筆をふるう英国出身のジャーナリストだ。アムネスティ・インターナショナルの「ジャーナリズム・オブ・ザ・イヤー」に2度選ばれている。同書は、1930年に連邦麻薬局の初代局長に任命され、フーバーからケネディまで5代の大統領の下で32年間「麻薬局の帝王」として君臨したハリー・アンスリンガーに着目し、彼が書き残した記録などを基に、彼が麻薬と黒人ジャズ・ミュージシャンへの怒りをビリーに集中していった経緯を見事に暴いている。

■奴らを牢屋にぶち込め!

 禁酒法時代の取締官だったアンスリンガーはカリブやアフリカの響きが入り混じったジャズを「黒人にひそむ生来の衝動」と考え、「真夜中のジャングル」と評した。「ジャズの演奏家の多くはマリファナを吸っているおかげで素晴らしい演奏をしていると思い込んでいる」という部下の報告もあった。マリファナは時間感覚を損ねるので「(即興演奏の)ジャズが気まぐれな音楽に聞こえるのはそのせいだ」とも語っている。いずれにせよ、ハリによるとアンスリンガーは「チャーリー・パーカー、ルイ・アームストロング、セロニアス・モンクといった男たち全員を牢屋にぶち込みたくて仕方がなかった」というのだ。
 というのも、「(薬物依存症の)増加はほぼ100%、黒人によるもの」と考えたからだ。アンスリンガーが薬物戦争を遂行できたのはアメリカ人が感じていた恐怖に負うところが大きい。『ニューヨーク・タイムズ』紙は「黒人コカイン中毒者、南部の新しい脅威に」と書いた。「これまでおとなしかった黒人がコカイン中毒で暴れている。……署長は拳銃を抜いて銃口を黒人の心臓に向け、引き金を引いた。……射殺するつもりだったが、銃弾を受けても男はびくともしなかった」。コカインは黒人を超人的な存在に変えてしまい、銃弾を浴びても平気なのだと噂されていた。そのため南部の警察で使われる銃は口径が大きくなった。ある医療関係者は「コカイン依存症のニガーを殺すのは大変だよ」と語っている。
 「黒人が怒るのは白い粉が原因だ。白い粉を一掃すれば黒人はおとなしくなり、再び服従する」と考えたアンスリンガーは、部下を使ってミュージシャンを尾行させ、「ジャズをやるやつら」を一網打尽にしようとした。だが、ジャズメンには堅い団結があった。密告者をひとりとして見つけることができなかった。仲間がひとりでも逮捕されると彼らは資金を募って保釈させた。米財務省はアンスリンガーの連邦麻薬局が時間の無駄遣いをしていると批判しはじめた。やむなく、彼は当時、ニューヨーク・ダウンタウンの人種差別のないカフェ・ソサエティで“奇妙な果実”を歌い、人気上昇中だったジャズ・シンガーのビリーに狙いを定めることにした。
 アンスリンガーはビリーがヘロインを使っているという噂を聞きつけ、ジミー・フレッチャーという職員を「覆面警官」としてビリーの元に送り込み、監視させた。ジミーは薬物を売る許可を持っており、自分が警官ではないことを証明するために客と一緒にヘロインを打つことも認められていた。ビリーを逮捕するために送り込まれた捜査官を信用したビリーは、彼を部屋に招き入れ、麻薬所持で逮捕された。その時、身体検査した女性警官とジミーの目の前で、ビリーは真っ裸になり「見てごらん」と放尿した。

■パパを殺したものすべてが歌い出されている

 “奇妙な果実”はそのカフェ・ソサエティで生まれた。作詞作曲は共産党員の教師エイベル・ミーアポール(ペンネームはルイス・アレン)だが、ビリーは自伝(油井正一・大橋巨泉訳『奇妙な果実 ビリー・ホリデイ自伝』晶文社)の中で「彼(ミーアポール)は、私の伴奏者だったソニー・ホワイトと私に、曲をつけることをすすめ、三人は、ほぼ三週間を費やしてそれをつくりあげた」と書いている。これに対してミーアポールは沈黙を守った。「レイシストたちにビリーを攻撃する材料を与えたくなかった」というのがその理由だ。
 ビリーはこの歌詞に「パパを殺したものがすべて歌い出されているような気がした」と語っているが、ギタリストだった父クラレンスは巡業先のテキサス州で肺炎に罹り、黒人であるがゆえに病院をたらい回しにされた挙げ句、39歳で「白人専用病院」で亡くなった。ビリーは「テキサス州のダラスが父を殺した」と叫んだ。差別の激しい南部でリンチを受け、木に吊るされた黒人の姿を、自分の父親の死に重ね合わせたのだ。
 ビリーは自伝の中で、カフェ・ソサエティで初めてこの曲を歌った晩をこう書いている。「私は客がこの歌を嫌うのではないかと心配した。最初に私が歌った時、ああやっぱり歌ったのは間違いだった、心配していた通りのことが起った、と思った。歌い終わっても、一つの拍手さえ起らなかった。そのうち一人の人が気の狂ったような拍手をはじめた。次に、全部の人が手を叩いた」
 それからは毎晩、ステージの最後の曲として歌った。感情をすべて出し切って歌ったので、歌い終わると立つのがやっとになった。ビリーが歌い出す瞬間、ウェイターは仕事を中断し、クラブの照明は全て落とされた。こうして黒人へのリンチに対するプロテスト・ソングはビリーの十八番になった。この曲のレコーディングは大手の〈コロンビア〉には断られたが、インディー・レーベルの〈コモドア・レコード〉によって実現し、ビリー最大のベスト・セラーになった。
 ビリーが歌う“奇妙な果実”は多くの黒人の心を奮い立たせると同時に、レイシズムを嫌う白人の間にも感動の輪を広げた。黒人解放運動はカフェ・ソサエティの晩に始まったと数年後に言われるようになった。連邦麻薬局が「その歌を歌うな」と禁じたにも関わらず、ビリーが勇気を奮って歌い続けたからだ。

■あいつらはあたしを殺す気なのよ

 当時、連邦麻薬局は財務省の奥の薄暗い場所に置かれていた。かつては酒類取締局だったが、1933年に禁酒法が廃止されたため、即刻取りつぶしになっても仕方のないような弱小組織だった。それをアンスリンガーは「地上からすべての薬物を一掃する」ことを誓い、一大組織に育て上げた。アンスリンガーが残した記録によると、彼はジャズ界で唯一ビリーにこだわり、手を緩めなかった。
 薬物所持で逮捕され、女性刑務所で8ヶ月の服役を終えた後も、ビリーを執拗に追い回した。ビリーのヒモを脅して彼女のポケットにヘロインを忍ばせ、麻薬所持で現行犯逮捕したこともあった。ビリーを破滅に追い込むため、アンスリンガーはありとあらゆる罠を仕掛けた。
 最初に薬物所持でビリーを逮捕したジミーは「アンスリンガーに話をつけてやる」とビリーに約束し、その後もビリーに接近し続けた。母親から「あんな素晴らしい歌手はいない」と諭されてこともあった。それから、捜査官と麻薬依存者がクラブで一緒に踊る姿が見られるようになった。そのうち愛し合う関係になった。ビリーが薬物所持で再逮捕された時には裁判所でビリーに有利になる証言をしてアンスリンガーの怒りを買った。だが、アンスリンガーはビリーの情報を得るため捜査官としてジミーを使うことを厭わなかった。
 裁判が終わった後もビリーは“奇妙な果実”を歌い続けた。周囲の誰もが当局から睨まれるのを恐れて「歌わないように」とビリーを説得したが、「これは私の歌だ」と誰の忠告にも従わなかった。ビリーの友人は「彼女はどこまでも強い人だった。誰にも頭を下げなかった」と語っているが、その強さは黒人と麻薬を憎むアンスリンガーには通じなかった。
 その後もビリーは薬物とアルコールに溺れる生活を続け、1947年に解毒治療を受けるが失敗している。その数週間後にまたもや麻薬所持で逮捕され、懲役一年の刑に処せられた。度重なるスキャンダルのせいでニューヨークでの労働許可を取り消され、地方巡業に出るようになったビリーは経済的にも追い詰められ、麻薬とアルコールをやめることができなくなった。この間、カーネギーホールでのコンサートや欧州ツアーを一応は成功させたが、疲労や体重の減少による心身の衰えは隠しようがなかった。パリ公演を観たフランソワーズ・サガンは「(ビリーは)痩せほそり、年老い、腕は注射針の痕で覆われていた」「目を伏せて歌い、歌詞を飛ばした」と書いている。
 1959年、44歳になったビリーは、自宅で倒れ、病院に入院したが、既にヘロイン離脱症状と重度の肝硬変を患っており、心臓と呼吸器系にも問題があった。「長くは生きられない」と医者に言われた。それでもまだアンスリンガーはビリーを許そうとはしなかった。ビリーの方も友人に「見てなよ。あいつらは病室までやってきて、あたしを逮捕しようとするから」と吐き捨てるように言った。その言葉通り麻薬局の捜査官がやって来てアルミ箔に包まれたヘロインを見つけたと言って寝たきりのビリーを訴追した。ヘロインの包みはビリーの手の届かない病室の壁に貼ってあった。これも罠だった。
 警官2人が病室の入り口で警備に当たり、ビリーはベッドに手錠で拘束された。ビリーの友人らが「重病患者を逮捕するのは違法だ」と主張すると、警官はビリーの名前を重病人名簿から削除した。こうしてメタドン投与が打ち切られ、ビリーの体調は日に日に悪化した。ようやく面会を許された友人に向かってビリーは「あいつらはあたしを殺すつもりなのよ」と叫んだという。
 ビリーが病院のベッドで亡くなった時、警察は病室の入り口を封鎖し、彼女の死が公表されないようにした。手錠をかけられたビリーの足には50ドル札が15枚くくりつけてあった。ビリーを世話してくれた看護師たちにお礼として渡すはずだった。これが彼女の全財産だった。葬式の時に参列者が暴動を起こすことを恐れた警察はパトカーを数台出動させた。ビリーの親友は周囲の人たちに「ビリーは、彼女をめちゃくちゃにしてやろうという陰謀に殺された。麻薬局が組織をあげてそう画策したんだ」と怒りをぶつけた。

■ビリーは真のヒーローだ

 この映画で歌も雰囲気もビリー・ホリデイになりきったアンドラ・デイはスティーヴィー・ワンダーに見出された黒人ジャズ・シンガーだ。BLM運動のデモ行進でも歌われた“ライズ・アップ”の曲でグラミー賞にノミネートされたことがあるが、演技の経験はなかった。心配したリー・ダニエルズ監督が彼女に演技指導をつけたところ、その変身ぶりに驚いたという。監督は「彼女は演じているのではなく、ビリーそのものだった。神の声を聞いたような気がした」と語っている。
 当初、監督はビリーの曲に合わせてデイに口パクで演じさせる意向だった。だが、予定を変更しデイにはライヴで歌わせることにした。映画の中で“奇妙な果実”をフル・ヴァージョンで歌うシーンは圧巻だ。ビリーの深い悲しみと怒りが臨場感を持って伝わってくる。聞く者の心の琴線を強く揺さぶるシーンだ。まるでビリーがデイに憑依しているようで鳥肌が立った。
 このシーンについてデイはこう語っている。「ビリーとして、そして私自身として“奇妙な果実”を生で歌うことは、痛みのある体験だった。同時に不思議なことだけれど、カタルシスでもあった」
 ダニエルズ監督は1980年代後半のニューヨーク・ハーレムを舞台にした映画『プレシャス』で、母親から虐待を受けた黒人の少女がフリースクールの女性教師との出会いで「学ぶことの喜び」を知り、成長していく姿を描いた。1919年にヴァージニア州の農場で生まれた黒人の人生を描いた『大統領の執事の涙』(2013年)では、公民権運動やブラックパンサーの活動などを通して黒人から見た歴史を見せてくれた。
 今回の映画について監督はこう語っている。「政府がビリーを止めるただ一つの方法は、彼女を死の床に追い込むことだけだった。だから、ビリーは真のヒーローだ」。ヨハン・ハリによると、同じ麻薬中毒者でも白人歌手のジュディー・ガーランドや、「赤狩り」で知られる共和党上院議員ジョセフ・マッカーシーはアンスリンガーから良質な麻薬を渡され、逮捕されることもなく擁護されていたという。黒人はもちろん、共産党員や密売ルートとして中国やタイを槍玉に上げたアンスリンガーのグローバルな「麻薬戦争」は、自らが麻薬の “売人” になるという汚い戦争でもあった。
 結局のところ、彼の政策は麻薬密売シンジケートのギャングと取締当局をお互いに持ちつ持たれつの関係にしただけだったともいえる。アンスリンガーは終生、黒人差別と「地上から麻薬を一掃する」というパラノイア(偏執狂)に取り憑かれていた。ビリーはその犠牲者だが、“奇妙な果実”の歌声はデイによって模倣(ミメーシス)され、社会変革を求める「神の声」として現代に蘇った。

予告編

Various Artists - ele-king

 1月のある週末、私用のため静岡に行く機会があり、せっかくだからとローカルなクラブに顔を出した。土曜日の夜なんだし、そう思ってドアを開けると、90年代初頭に流行ったヒップ・ハウスにエレクトロ、さもなければブレイクビーツ・ハウスが鳴り響いている。ちょと待って、いまいったい何年だ? DJブースにいるのは20代前半の若者たちで、フロアで激しく踊っているのもそう。DJミキサーの両隣にある2台のターンテーブルにはレコードが回っている。
 これはいったいどういうことかと店主に尋ねてみると、ここ数年、若い世代ほどレコードを使い、若い世代ほど90年代モノをスピンするという。続いてその理由を問えば、まずレコードに関してだが、USBをぶっこんで100%完璧にピッチを合わせた、曲のつなぎ目もわからないデジタルなミックスが近年の世界的な潮流としてあるのはわかっていると。しかしミックスが、必ずしもすべてばっちり100%キマるとは限らないレコードには、やはり、どうしてもヒューマンな面白さがあるのだと。早い話、こっちはこっちで楽しい。たしかに、プレイの最中にミックスが微妙にずれたりするそのアナログな感覚がいまはなんだか新鮮に感じられてしまう。
 なぜ90年代のヒップ・ハウスやエレクトロなのかというその理由も興味深い。今日、新譜の12インチは下手したら2千円以上するが、中古の12インチなら500円からあるというリアルな経済事情もここには絡んでいる。しかもそれら12インチは21世紀でも立派に通用している。もちろん新譜(たとえばDJスティングレーのエレクトロ!)と交えつつの話なのだが、こうした傾向は日本全国で起きていることなのか、静岡のdazzbarだけの珍事なのかは知らない。いまどき誰ひとりとしてブランドものの服を着ていないってところがもう時代からズレているし、90年代的過ぎる。そもそもヒップ・ハウスやブレイクビーツ・ハウスなんてものは汗をかいて踊りまくるための音楽で、到底スタイリッシュとは言えない。あ、でもそうか、この子たちの目的は汗をかいて踊ることなんだ……。
 思えば90年前後のレイヴの時代のUKは、現在の日本と重なるところがあった。サッチャー・チルドレンと呼ばれた一部の優等生ビジネスパーソンを除けば、経済的にはおしなべて厳しく、だからこそクラブやレイヴは金のない階級のいろんな人間にとっての貴重な、そして少々ラディカルな娯楽となりえた。dazzbarの若いDJたちが無意識にやっていることは、「新しさ」に対するひとつの問いかけに思える。入場料1000円(1ドリンク)の古いヒップ・ハウスやエレクトロをかけているパーティにだって価値はあるんじゃないかと。それはヘタしたら、今日の日本をより正確に反映しているのかもしれない。

 90年代のDJカルチャーの遺産のひとつに〝リミックス〟という表現形態がある。いちど完成した楽曲をパーツごとバラしてあらたに音を足しながら組み替えることだ。90年代はリミキサーの時代だった。アンドリュー・ウェザオールという、2年前に他界したUKクラブ史におけるもっとも重要なDJ/プロデューサーは、90年代前半、リミキサーとしてそれはそれもう絶大な人気を誇っていた。ウェザオールのリミックスが収録されたレコードを見つけたら、誰もがそれを無条件に、売り切れないうちにと買った。オリジナルは知らないけれどウェザオールのリミックスなら知ってるなんてこもザラにあった。そもそも彼の名前が知られることになったのも、プライマル・スクリームの“I'm Losing More Than I'll Ever Have”というバラードを解体し、ハウスに再構築した“Loaded”という傑出したリミックスによってだったのだから。パーツの組み替え、ただそれだけのことが素晴らしいアートになりうるし、曲にあらたな輝きを加えることだってできる。

 本作『Heavenly Remixes 3 & 4』は、〈Heavenly〉というUKインディ・ロック系の老舗レーベルの楽曲において、アンドリュー・ウェザオールのリミックスを集めたCDで、レコードでは『3』と『4』に分かれている。なぜ『3』と『4』かと言えば、その前の『1』と『2』が同レーベルのほかのいろんなリミックス集で、『3』と『4』がウェザオール・リミックス集といことになるからだ。ウェザオールと〈Heavenly〉は、本作のような特別編が作れるほど深い付き合いがあったということでもある。
 本作に収められている16曲のリミックスのうち半分以上はわりと近年のもので占められていて、ぼくにとっては初めて聴くリミックスばかりだった。1曲目のスライ&ラヴチャイルドの“The World According to Sly & Lovechild”は、それこそ誰もが「アシィィィィィィィド!」とわめていた時代の産物で(昨年、念願叶って刊行した『レイヴ・カルチャー』の、Shoomという伝説的なパーティのところ参照)、ほかにもセイント・エティエンヌやフラワード・アップなど“Loaded”世代にはお馴染みのクラシック・リミックスは当然ある。しかし、その大半がトイ、オーディオブック、コンフィデンス・マン、グウェンノ、ジ・オリエレス、アンラヴド……などといった2010年代のインディ系の日本ではあまり知られていないであろうアーティストやバンドの楽曲だったりする。この〈Heavenly〉というレーベルも、90年代前半は日本でも人気レーベルのひとつだったが、近年において同レーベルの新譜が日本で積極的に紹介されることはほとんどない。

 90年代の音楽業界がリミックスという新たな価値に気が付くと、猫も杓子もリミックス・ヴァージョンを出すようになって、巷にはリミックスが氾濫した。雑誌の名称にもなった。リミックスはトレンドでハイプで、クールでファッショナブルだった。金のためにやったリミックスもさぞかし多かったことだろう。商売なんだから、それが悪いとは思わない。ジェフ・ミルズのように、そんなハイプを嫌ってどんな大物から依頼されても引き受けなかった人だっている。売れっ子中の売れっ子だったアンドリュー・ウェザオールのもとには、相当数のオファーがあったことだろう。なにせ彼がリミックスをしたら売れるから。しかしウェザオールもまた、商業的な理由によってそれを引き受けるタイプではなかった。自分が好きだったらやる、そういう人だった。

 本作は彼のベスト・リミックス集ではない。とはいえ、当たり前のことだが、本作に収録されたどのリミックスにもウェザオールらしさ──ポスト・パンク、クラウトロック、ダブ、テクノ、ファンク、エレクトロ──がある。そして、これも〈Heavenly〉なのだから当たり前のことだが、どのリミックスもインディ・ロックをダンス・ミュージックへと変換している。この人はUKのインディ・シーンを愛していたし、愛されてもいたとあらためて思う。だいたいウェザオールは、90年代に定着した〝リミックス〟という表現形態および付加価値が(おそらくフィジカルの売り上げが減少したことも手伝って)すっかり廃れてしまった今世紀においても、ずっとコツコツそれをやり続けていたのだ。そう、ずっと同じことを。
 アンドリュー・ウェザオールという人は、このリミックスをやったら人からどう見られるかなどというくだらないことを、考えたことすらなかっただろう。やりたいからやる、好きだからやる、愛がなければやらない、それだけだった。静岡のdazzbarでヒップ・ハウスをスピンしている若者たちも同じだ。君たちはまったく間違っていない。

Soichi Terada - ele-king

 寺田創一。90年代の日本における偉大なハウサー、または相撲のジャングリスト、あるいはヴィデオ・ゲームのコンポーザー……。いや、僕にとっては寺田創一というより、むしろソウイチ・テラダと言ったほうがしっくりくる。「『サルゲッチュ』のひとで、ハウスもやってるよ」なんて不思議な文句に焚きつけられ、はじめて手に取った『Sound from the Far East』のことを思い出す。あるいは、ディスク・ユニオンで偶然見つけた『The Far East Transcript』はいまでも僕のお気に入りの一枚だ。前者はアムスの〈Rush Hour〉、後者はロンドンの〈Hhatri〉、すべて海外から再発されたものだ。また他方では、パリは〈My Love Is Underground〉からのリリースでも知られるブラウザー。『ele-king』にもたびたび登場するDJのアリックスクン。彼らジャパニーズ・ハウスへの愛とリスペクトをむんむんと匂わせる愛すべきオタクなフランス人らによっても、これら90年代における日本のレガシーに光を当てるきっかけが作られていたのであった。オランダ、イギリス、フランス……。ソウイチ・テラダと遭遇したとき、僕はそれが外からきた音楽だとばかり思っていた。

 このたび18ヶ月にも及ぶ期間を経て完成させたアルバムは、いままでのような過去のアーカイヴないし再発ではない。先述した『Sound from the Far East』は〈Rush Hour〉のハニー(Hunee)によって編まれた、ジャパニーズ・ハウスの再燃を示す決定的なコンピレーションだったが、今作もある意味では決定的な一枚と言える。なぜならジャパニーズ・ハウスのヴェテランによる25年ぶりのフルレングス作品。そして、アルバムの11曲すべてが完全に新しいマテリアルをもって作られている。例によってオランダの〈Rush Hour〉から。ソウイチ・テラダによるファースト・アルバム、『Asakusa Light』がやってきた。

 オープナーの “Silent Chord” におけるフィルターのかけられたシンセ、ハイハットやベースでじりじりと展開を付けていくさま、そしてキック……は登場しない。ああ、ソウイチ・テラダはやはりハウスのマエストロだ。ハウスの最も単純かつ重要な四つ打ちという要素をあえて消す。しかしその “静寂な和音” とは対照的に、僕の鼓動は緊張感とともにじょじょに高まる。否応無しに次の展開を期待させられる。早くキックをくれ! とでも言わんばかりに。でもそのあとは安心。低音の効いたキックがしっかりと作品の足場を固めている。やがてベースも絡みついてくる。背後を覆うディープなシンセのパッド。あるいはチープでかわいらしいメロディ。たまに日本めいた何某かの具体音も聴こえてくる。そして何よりも、90年代ハウスのあの特徴的なピアノのコード弾きがいたるところにある。いやはや、2022年においてあの鍵盤を聴けるだけでもう満足だ。

 アルバムは概してベーシックなハウスの要素で敷き詰められており、それらはテラダによる完璧な操作と配置によって見事なハウス・トラックへと昇華されている。ここまでストレートで純度の高いハウス・アルバムを1時間にも及ぶ長さで完成させたのは、さすがというほかない。

 ソウイチ・テラダはアルバムを作るにあたって、30年まえのフィーリングを思い出すことからはじめたという。古いMIDIデータを掘り起こし過去の経験を思い出しながらコンポージングしたこと。それらのプロセスは〈Rush Hour〉の助けも借りつつ進められたという。また、最終的にロジックに統合したものの、機材面でもソフトウェア・プラグインではなく、当時のローランドやヤマハの実機を使用しているという。つまり過去に立ち戻り、見つめることなくしてこのアルバムは完成し得なかった。そして、その過程において自分のなかに見出した「心の光」を、彼は『Asakusa Light(浅草の光)』と呼んだのだった。

 「心の光」とは果たして何だろうか? CDの解説でも触れられているが、それは内なる感覚の話であってやはり抽象的な回答に留まっている。真意は本人のみぞ知るところであろう。しかしひとつ確かなのは、『Asakusa Light』には間違いなく彼の「光」が息づいているということだ。それは当時の──芝浦GOLDでハウスに出会い、ニューヨークにまで飛び込んだ彼が持っていた「光」だ。それは情熱、興奮や喜びという言葉に言い換えられるのかもしれない。あるいは彼のシグネチャーともいえるあの素敵な満面の笑み、そこに醸し出される楽しげな雰囲気。もしくはそれは僕たちがクラブに行った夜に感じる刹那の幸せと似ているかもしれない。後ろを振り返り過去を見つめることをもって作られたこのハウスには、僕を前へと向かわせるポジティヴな感情で満ち溢れている。

audiobooks - ele-king

 長い白髪に白い髭、ハリー・ポッターに出てきそうな風貌の男とファーのついたフードを被った眼光の鋭い若い女、パイ&マッシュの店でふたり並んで何かを見ている。オーディオブックスの新しいアーティスト写真を見ればすぐさまに何か異質なことが起きているということがわかる。大事なのはいつだってバンド名とそのたたずまいで、音楽はその後からついて来る。期待に胸を膨らまして再生ボタンを押す。ほうらやっぱり。そうして僕はぶっ飛ばされる。
 オーディオブックスの2ndアルバム『Astro Tough』は1stアルバム『Now!(in a minute)』よりも洗練されていて、攻撃的で、不機嫌で、悪態と叫び声が響き、踊り出したくなるような瞬間が現れて、メロドラマみたいな音が聞こえて来る。その瞬間ごとに表情を変えて複雑でどんなアルバムかと一言で言い表すことは難しいけれど、とにかく何かおかしなことが起きているっていうのは明白だった。このアルバムは尖りまくっている。

 それはオーディオブックスの結成にいたるまでの話にしても同じだった。カリブーの “Odessa” をミックスしたことで知られ、FKAツイッグスフランク・オーシャン、グラス・アニマルズ、最近ではレッツ・イート・グランマやコートニー・バーネットと仕事をしているベテラン・プロデューサー/ミキサーのデヴィッド・レンチはとあるパーティでゴールドスミスに通う美大生エヴァジェリン・リンと出会う。翌日、彼女はなんの連絡もなくレンチの仕事場にやって来て無数の質問を投げかけとあと、彼のモジュラーシンセサイザーを一日中いじっていた。その翌日も彼女はやって来てスタジオの中で遊んでいた。彼女曰くレンチのスタジオに来ると美術学校で描いた絵からインスピレーションを得てクリエイティヴなエネルギーがあふれ出てるとかなんとか。リンにとっては絵と音楽は同じもので、互いに影響しあい頭の中の同じ場所を使って違う材料から生み出されるものなのだという。そして彼女は言う、絵を描いていないときは、ある意味、歌詞が苦しんでいるように見えると(この2ndアルバムのアートワークもリンが描いたものだ)。そんな風にしてインスピレーションを活性化させる彼の仕事場が彼女の遊び場になった。漂うインスピレーションから歌詞をつかんで、シンセサイザーの音色からそこに潜むムードを盗む、そうやって彼女と彼は遊びで15曲ほど作ったのちにこれをプロジェクトにしようと決めた。

 2018年の1stアルバムの『Now! (in a minute)』においてオーディオブックスは「極力最初のテイクを使うこと」と自らに縛りを課して、インディ・ミュージックがかかるダンスフロアで髪を振り乱して踊るビョークのようなエキゾチックでポップ、ときおりスポークン・ワードが飛び交う、奇妙で優れたアルバムを作り上げた。そうしてこの『Astro Tough』はそこから一歩進みルールを変えて、今度はより作り込んだアルバムを制作しようと決めた。その結果、混乱したビョークは消え去り、よりクールで洗練された社会やそこでの出来事に対して意見を持った鋭い眼光の女性が現れた。1stアルバムにあり同時に魅力でもあった四方にまき散らされた乱雑なエネルギーが方向性を持ち、集約され、的を定めて放たれているような感じだ。同じようにスポークン・ワードが飛び交い奇妙でインディのダンスフロアをイメージさせるところもあるけれど、2ndアルバムは1stアルバムと比べてずっとシリアスでそうして同じくらい複雑な色味を帯びている。
 かってマーク・E・スミスがおこなったような攻撃的なテクノ・サウンドに載せたスポークン・ワードで小さな女の子がなくしてしまった人形(それは彼女の唯一の友達だった)を探しているうちに深みにはまり込んでしまったと歌われる “The Dall”。かと思えば続く “LaLaLa It’s The Good Life” では陽気なシンセに誘われるまま、皮肉まじりに都会のグッド・ライフが歌い上げられる。“He Called Me Bambi” ではムードを一転エスニック調に変え、アコースティック・ギター、生のドラムにストリングスを添えて、ディーン・ブラントの物語あるいはミカ・リーヴィの世界に出てきそうな雰囲気を醸し出している。「この男はマネとモネの違いもわからない」 “The English Manipulator” で唄われるような若干のスノッブっぽさもありもするけれど、それも曲に乗ってしまえば素敵なワン・エピソードに早変わりだ。ブラック・サバスの “Planet Caravan” を下敷きにしたという “Trouble in Business Class” にはディオール・オムのリッチマンやいにしえのビル・サイクスが登場し、ロンドンのオリンピック・パークの周辺地域がかつてペストの死者の集団埋葬場所だったということが示唆される。方向性を欠き、出口を見失い、闇の中で徘徊を続けるようなこの曲には重さがあって、ひょっとしたら制作時期の世界の空気が影響しているのではないかと思わず考えてしまう(しかしこの時期に作られた音楽に暗く影を落とした世界の影響がないものなどあるのだろうか?)。

 結局のところオーディオブックスが優れているところはその奇妙な複雑さなのかもしれない。同世代の人間ではない男女二人、経歴もバラバラで見てきたものも違っていて、それをひとつの方向にまとめるのではなく、違ったまま混乱と差異を形にする、それこそがオーディオブックスの魅力なのだ。年齢が倍ほど違うふたりの、どちらかのための音楽ではなく、それぞれの持ち味を発揮してそのあとでバランスを取る。だから結局は尖っていくしかないのかもしれない。バランスを取ろうと思うのならば自身も相手と同じくらいの意識を持たなければならないのだから。そしてその結果として奇妙に尖ったアルバムが出来あがる。人工芝、「アストロターフ」を言い違えたことからタイトルがつけられたというこのアルバム『Astro Tough』の持つ空気はなんとも奇妙で尖っていて、そしてそれがとても魅力的に映るのだ。

Livwutang - ele-king

 おなじみのファッション・ブランド、〈C.E〉が展開するカセットテープ・シリーズ。記念すべき30本目が発売されている。
 今回のアーティストは Livwutang。デンバーで育ち、2014年にシアトルへと移住、現在はニューヨークを拠点に活動している新進のDJだ。

https://soundcloud.com/livwutang

 もともと海賊ラジオでDJをやっていた彼女は、日本では無名だがシアトルのアンダーグラウンド・コミュニティにおける重要な存在で、数々のパーティのオーガナイズに協力、レーベル〈Truants〉へミックスを提供したりもしている。
 試聴は〈C.E〉のサイトより(右上の再生ボタンをクリック)。

アーティスト:Livwutang
タイトル:Unburiedness
フォーマット:カセットテープ
収録音源時間:約60分(片面約30分)
価格:1,100円(税込)

発売日:2022年1月26日水曜日
販売場所:C.E
〒107-0062 東京都港区南青山5-3-10 From 1st 201
#201 From 1st Building, 5-3-10 Minami-Aoyama, Minato-ku, Tokyo, Japan 107-0062

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Àbáse - ele-king

 アベイスの作品を聴くと、かつて1990年代半ばから2000年代初頭頃に流行していたクラブ・ジャズを思い起こさせる。当時はブラジリアンやラテン、アフロなどの生音とハウスやブロークンビーツなどのクラブ・サウンドを融合したアーティストが多くいて、ジャズ方面ではジャザノヴァやトゥルービー・トリオなどのドイツ勢がその代表で、UKでもダ・ラータなどさまざまなアーティストが活躍していた。ジョー・クラウゼル、ルイ・ヴェガ、アンソニー・ニコルソン、ロン・トレント、オスンラデなどのハウス方面のアーティストも、生音を取り入れたブラジリアン・ハウスやアフロ・ハウスなどを多く作っていた頃だ。現在はこうした作品を作っているアーティストはあまり多くないだけに、アベイスに初めて触れた人は逆に新鮮に感じるかもしれない。

 アベイスはハンガリーのブダペスト出身のサボルチ・ビグナールによるプロジェクトで、現在はドイツのベルリンを拠点に活動している。ベルリンと言えばテクノの街だが、ジャザノヴァのように様々な音楽に対して造詣の深いアーティストも生んでいるので、アベイスがラテンやアフリカ音楽を取り入れていったのも決して不思議ではない。実際、ドイツにはアフリカやブラジルから移住してきたアーティストも多く、日本で考える以上にそれら民族音楽が広まっている。サボルチはキーボード奏者で、彼の演奏を軸にドラム、パーカッション、ベース、ギター、サックス、フルート、トランペット、マリンバなどのプレイヤーやシンガーが集まってアベイスは形成される。

 2019年にリリースされたファースト・アルバムの『インヴォケーション』を見ると、録音はブダペストとベルリンのほかにブラジルのリオデジャネイロとアフリカのガーナでも録音されていて、それぞれ現地のミュージシャンが参加している。あとはFKJやダリウス、マックス・グラーフなどとの共演で知られるウェイン・スノウも参加していて(彼もナイジェリア出身である)、ほかもだいたいアフリカ音楽やブラジル音楽などに精通した面々が集まっているようだ。そして完全な民族音楽をやっているわけではなく、そうしたエッセンスを取り入れながらダンス・ビートとうまく融合させているのがアベイスで、DJ/プロデューサーでヒップホップからハウスなどさまざまなクラブ・サウンドにも慣れ親しんできたサボルチの才覚が表われている。もともと彼はブダペストでBBPというヒップホップDJをやっていて、ミュージシャンやDJ集団のソウルクラップ・ブダペストの一員でもあった。フルート奏者のファニ・ザハール、パーカッション奏者のバリント・ジグリ、ドラマーのレヴェンテ・ボロスなど、『インヴォケーション』に参加する多くのミュージシャンはこのソウルクラップ・ブダペスト出身である。

 新作の『ラロイ』はファニ・ザハールなど『インヴォケーション』の参加者が引き続き加わるが、リオデジャネイロとサルヴァドールでの録音ということもあって、現地ブラジル人ミュージシャンとのセッションが前作以上に収められている。参加者には現代ジャズの分野とも交わりながら世界的に注目を集めるシンガー・ソングライター/マルチ奏者のアントニオ・ロウレイロはじめ、アフロ・ブラジリアン伝承のバイーア音楽のオーケストラを率いるレティエレス・レイテ、ブラジルの黒人音楽研究家にして若手シンガー・ソングライターのルチアーネ・ドムなどブラジル音楽界の鬼才や重鎮から新鋭も参加している。

 ルチアーネ・ドムが歌う “オヤ” はアフロ・サンバをモチーフとしたダンサブルなナンバーで、かつてのダ・ラータあたりを彷彿とさせる。アコースティックなナンバーではあるが、ダンス・ミュージックとしてのグルーヴを持っているところがアベイスの真骨頂である。“イレ・イェ” はブロークンビーツ調となってエレクトリックな度合いが増しているものの、基本にあるのはアフロ・ブラジリアンのリズム。ブラジル音楽の中でもバイーアやサルヴァドールのアフリカをルーツとする土着的な音楽が『ラロイ』の軸となる。アントニオ・ロウレイロのヴィブラフォンとファニ・ザハールのミステリアスなフルートがフィーチャーされた “アガンガトル” はさらにアフリカ色が強く、バイーアやリオデジャネイロの黒人密教であるカンドンブレにインスパイアされたもの。

 ミナス音楽風のフォークロアな “エラ” やフォーキーなSSW調の “アヴェンディア7” などの歌曲を挟み、躍動的なアフロビートの “アウォ・オッサニン” はバイーアのアフリカ系ブラジリアンの伝承音楽団体であるオロドゥンのパフォーマンスをイメージしている。ダブステップやベース・ミュージックを取り入れた “イフェ・ラヨ” やディープ・ハウス調の “オニレ” はアルバムの中ではエレクトリック色が強いものだが、たとえば “イフェ・ラヨ” のパーカッションを有機的に用いたアプローチなどはアベイス独特のものだ。ポルトガル語のラップがフィーチャーされる “グエット” はフューチャリスティックなブラジリアンR&Bで、伝統的なブラジル音楽だけでなく現在のブラジル音楽も反映した作品。一方、ラストの “サラシアノ” ではレティエレス・レイテがフィーチャーされ、土着性の高いブラジリアン・ジャズを展開する。ときに本場ブラジル人顔負けのパフォーマンスを披露し、ときにクラブ・サウンドと融合した独自のアプローチも見せる『ラロイ』には、アベイスによる新旧に渡るさまざまなブラジル音楽の研究の成果が表れている。

History of Fishmans - ele-king

 ドキュメンタリー映画が異例の大ヒットとなったフィッシュマンズ、20代の若者たちがフィッシュマンズのトートバックを持って歩いている姿を渋谷で見たときは、ちょっと上がりました。まさに「永遠のフィッシュマンズ」ですね。
 待っていた方も多いことでしょう。パンデミックの影響で、しばらくライヴのなかったフィッシュマンズですが、3月1日‏2日と恵比寿のリキッドルームにて2日間ライヴをやります。
 1日目は1991年〜1994年、2日目は1995年〜1998年と、歴史に即したライヴになるようです(要するに、『空中キャンプ』以前と以後ですね)。配信もあるので、お見逃しのないように。

Makaya McCraven - ele-king

 〈ブルーノート〉はジャズの名門レーベルであるが、まだサンプリングが社会的に認知の薄かった時代からサンプリングを認め、またそれを自社音源のPRにも積極的に利用してきたレーベルだ。最初に〈ブルーノート〉が音源の使用を許可してアルバム制作をおこなったのがUs3(アス・スリー)の『ハンド・オン・ザ・トーチ』(1993年)で、当時は『ブルー・ブレイク・ビーツ』などDJ向けのサンプリングに特化したコンピも多数リリースしていた。その後もいろいろなアーティストたちによって〈ブルーノート〉音源のリミックスも作られ、その中でも傑作に挙げられるのがマッドリブの『シェイズ・オブ・ブルー』(2003年)である。これなどはまさに『ブルー・ブレイク・ビーツ』に収められた楽曲が多数使われているのだが、マッドリブの場合は単にビートなどをサンプリングするのではなく、そこに自身で演奏した素材をミックスし、一種のカヴァーやリメイクのようにしていたことも評価を高めた要因である。また、その中にはアンドリュー・ヒルの “イルージョン” を用いた “アンドリュー・ヒル・ブレイクス” という楽曲があって、そこでは〈ブルーノート〉創始者であるアルフレッド・ライオンの夫人のルースのインタヴューも交えていた。マッドリブはたびたびこうした試みをおこなっているが、それはサンプリングに込められた彼のジャズに対する造詣の深さや愛情を物語る。

 マカヤ・マクレイヴンによる『ディサイファリング・ザ・メッセージ』も、マッドリブの『シェイズ・オブ・ブルー』に近い形でのリミックス/カヴァー・アルバムだ。『メッセージの解読』というタイトルどおりマカヤ・マクレイヴンが〈ブルーノート〉音源を読み解いたもので、単純に素材としてサンプリングするのではなく、自身で過去の〈ブルーノート〉の楽曲を研究し、それを自身の解釈を交えながら現在に再構築したものとなっている。
 マカヤと言えばギル・スコット・ヘロンをリミックス/リコンストラクトした『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』(2020年)があるが、これはギル・スコット・ヘロンのヴォーカル・パートや元々の演奏などのテープ素材をもとに、サンプリングやエレクトロニック処理と自身によるインプロヴィゼイションを交えて再構築していったもので、ある意味でギル・スコット・ヘロン以上にギル・スコット・ヘロンらしい楽曲もあった。単なる楽曲のカヴァーやサンプリングを超え、ギル・スコット・ヘロンの精神性や世界観を表現した素晴らしい作品集であったが、『ディサイファリング・ザ・メッセージ』はそれを〈ブルーノート〉に置き換えたものとなっている。
 今回はマカヤひとりではなく、ジェフ・パーカー(ギター)を筆頭にジョエル・ロス(ビブラフォン)、マーキス・ヒル(トランペット)、グレッグ・ワード(アルト・サックス)、マット・ゴールド(ギター)、ジュニアス・ポール(ベース)、デシーン・ジョーンズ(テナー・サックス、フルート)が参加し、ときにバンド演奏に近い形で新たに弾き直したパートも交えている。マカヤはドラムのほかキーボード、ギター、ベース、パーカッションを演奏し、そしてサンプリングやビート・メイクをおこなう。

 タイトルにメッセージがあるように、アート・ブレイキーとジャズ・メッセンジャーズの作品もやっていて、それに代表されるように1950年代後半から1960年代半ばくらいまでのハード・バップが中心となる構成だ。この時代はジャズ、そして〈ブルーノート〉にとっても黄金時代で、ホレス・シルヴァー、クリフォード・ブラウン、ケニー・ドーハム、ハンク・モブレー、デクスター・ゴードンといったスター・プレーヤーが活躍し、彼らの楽曲をマカヤは再構築している。主に1970年代のジャズ・ファンクが中心となっていたマッドリブの『シェイズ・オブ・ブルー』に対し、マカヤの『ディサイファリング・ザ・メッセージ』の相違性はこのあたりにあるだろう。ジャズ・ファンクはグルーヴ感のあるファンク・ビートを軸に、楽曲そのものが既にサンプリング向けの素材であるのだが、ハード・バップはプレイヤーのアドリブがより多く、インプロヴィゼイションやインタープレイに演奏の焦点があり、どちらかと言えばサンプリング向けの素材ではない。こうしたところからも、マカヤがありきたりの〈ブルーノート〉のカヴァー/リミックス・アルバムを作ろうとするのではなく、1950年代後半から1960年代半ば頃のジャズ・ミュージシャンの立場となり、当時彼らが何を想い、どのように感じて演奏していたか、それを自身に置き換えて表現したアルバムになっていると言える。

 たとえばアルバムの冒頭を飾る “ア・スライス・オブ・ザ・トップ” はもともとハンク・モブレーの音源なのだが、サンプリングや演奏そのものは比較的原曲に忠実で、音のバランスやミキシングを変えてエッジを際立たせている。そして、カフェ・ボヘミアでのアート・ブレイキーのMCをピッチを上げてサンプリングし、ライヴ感を創出している。マカヤならではの現代ジャズ的なセンスが感じられると共に、ハンク・モブレーやアート・ブレイキーの息吹がそのまま伝わってくるような楽曲で、そしてハード・バップの時代のジャズが持つライヴ感が込められている。観客の拍手が交えられたケニー・ドーハムの “サンセット” にしてもそうだが、当時のジャズの主流な鑑賞はジャズ・クラブで聴くもので、実際にレコードもそのライヴを実況録音したものが多かった。時代は変わって、いまのジャズのアルバムはスタジオに入って録音することが主流となっているが、こうしたライヴ仕立ての仕掛けも当時の時代背景を反映しており、細かなところも練り込んで作られていることがわかる。

vol. 131 : 2022年1月、ニューヨークの現在 - ele-king

 前回のコラムを書いてから半年経った。以前のような、毎日バンドを見て、いろんな人にあって、旅をして、ショーをして、というエキサイティングな日々はなくなった。1年半続いた、失業保険もなくなった。かといって、仕事にすぐ戻る気もない。少し日本に行き、その後は、パンデミック以降にじょじょに増えだしたポップアップをやっている。毎日のようにいろんなバーや会場で、たこ焼きを焼きながら、そこで自分の作ったプロダクト、たこ焼きイヤリング、クロシェマスク、ヘッドバンド、ハット、フルーツ・ディッシュクロスから、酒粕を使ったスイーツやおかず系のもの、ハードコンブチャ、ジンジャービアなどを売っているのだ。パンデミックがはじまった頃、クオモ州知事の命令で、ドリンクを頼むときはフードもオーダーしなければならない、というルールができた。そのときに、私はいろんなバーからオファーを貰い、たこ焼きを焼きだしたのだが、そのルールがなくなったいまでもバーはこころよくポップアップをさせてくれている。

 2ヶ月前ぐらいまでは、ニューヨークはワクチン、ブースター接種も進み、感染者数も低いままで、そろそろ普通に戻れるのか、と淡い期待を抱いていた。が、1ヶ月前あたりからコロナ感染者が一気に急上昇。記録をどんどん更新し、気がつけば私の周りはほとんどがコロナに感染、5人に1人、ぐらいの状況である。昨日一緒にいた人が今日いきなり陽性だったと伝えられ、毎週のようにテストを受ける日々が続いている。
 私は去年の8月に、コロナに感染した(デルタ株だと思われる)。熱が39度ほど出て、それが4日ぐらい続き、ベッドから出ることができず、味覚も2、3日なくなった。ワクチンを2回受けた後で、まわりは誰も感染しなかったのに、という謎の感染だったのだが、抗体はできているようで、いまのところテストは毎回陰性である。
 そして、今回のコロナ急上昇。オミクロン株だが、コロナはじまって以来の感染者数を記録し、テストサイトは毎日行列。新年明けたいまは少し緩和したが、ホリディ前は、予約を取っていっても2時間寒いなかで待たされる始末。1日で出るはずの結果も3、4日かかり、その間はモヤモヤするばかり。コロナ感染が急上昇しはじめたのが12月上旬なので、そこからバラバラと、バーや会場も一時クローズ。ニューイヤーイヴのショーもほとんどがキャンセルか延期だった。私がポップアップをしているバーや会場はほとんどがクローズしなかった。お客さんは少なかったが、それでもやっぱりレストランやバーに来たい人はいるし、その人たちがプロダクトを買ってくれた。NYEはライヴショーでポップアップしたが、その日はラッキーなことに暖かく、外にステージやバーを作って、すべてを外で催した。いまならきっと無理だっただろう(現在マイナス)。

 今回の株の症状はマイルドで、そこまで心配ないということだが、やはりかかりたくはない。私も迷っていたブースターを年末に受けた。去年、レストランやバーは外のみだったが、現在、内側もワクチン証明を見せれば座れるのである。ただ、まわりでコロナにかかっている人はほとんどがブースターも受けている。ワクチン証明をレストランやバーで提示するのは意味があるのかな、と最近思う。なかで感染する可能性があっても、外で凍えながら座りたくはない。それが嫌な人はまずレストランに来ない。






編集後記(2021年12月31日) - ele-king

 ブラック・ミディブラック・カントリー、ニュー・ロードスクウィッドなど多くのインディ・バンドがエネルギッシュなアルバムを送り出す一方、ロレイン・ジェイムズアヤヤナ・ラッシュなど、エレクトロニック・ミュージックの側も負けじと数々の野心作を生み落とした2021年、個人的には「挑戦」の一年だった。
 ひとつは、夏の紙エレで日本のラップ/ヒップホップ特集号をつくったこと。ふだんその手の音楽ばかりを聴いているわけではないぼくにとって、これまで深くは考えてこなかった表現形態と向き合う良き機会となった。もうひとつは、臨増でメタヴァース特集号をつくったこと。これまたふだんテック系のイシューをメインに追いかけているわけではないぼくにとって、ヴァーチャル概念や身体性の再考など、新鮮な驚きの連続だった。
 と振り返ってみて気づいたのだが、ラップにせよメタヴァースにせよ、それら大部の背後には共通して「勝ち上がる/稼ぐ」というネオリベ的な価値観が横たわっている。その点にどう対峙するかにかんしてもまた試行錯誤の繰り返しだった。制作に協力してくださった方々、執筆陣、取材に応じてくださった皆さま、あらためてありがとうございました。
 とまれ、人間ってやつは得意なこと・好きなことばかりやっていても成長しない……いや、いかんな、これは「脱成長」と合わない考え方だ。2021年の大きなテーマのひとつは成長ではなく「持続可能性」だった。サステナビリティというやつである。わかる。続けられるか否かはとてもたいせつなことだ。

 後者の特集号をつくる過程で映画『竜とそばかすの姫』を観た。歌うことが好きだった主人公のすずは、じぶんを助けようとして母親が死んでしまったことがトラウマになり、うまく歌えなくなってしまっていた。過去と現在、田舎(リアル)とネットの対比、『美女と野獣』『時をかける少女』への(セルフ)オマージュなど、いろんな要素が盛りこまれた重層的な作品なのだけれど、メタヴァースという今日的な枷を外してみても、2021年のムードをみごとにとらえた映画だったように思う。
 劇中には「ジャスティス」なる集団が登場する。彼らは仮想世界の秩序を守るべく活動している組織で、同世界内で暴れまわる「竜」を追っている。リーダーの人物は相手のアヴァターを強制解除し「中の人」を白日のもとにさらすことのできるアイテムを持っている。いわゆる特定厨とSJWをかけあわせたような存在だ。マッチョな白人男性を想起させるいかにも「ヒーロー」なアヴァターを身にまとった彼には、「警察が必要だ」とのセリフが与えられている。
 ポイントは、彼が仮想世界=プラットフォームの運営者ではないところだろう。主人公や「竜」同様、いちユーザーにすぎない彼が(多数のスポンサーをバックにつけているとはいえ)独自に警察=国家の意志を内面化し、他人を追いこみ、狩ろうとするのだ。数年前話題になった、相模原殺傷事件の実行犯とおなじである。
 なぜひとは警察になりたがるのか? 『竜とそばかすの姫』が公開される四日前には、オリンピック開会式の音楽担当者が公表されている。ネットが普及する以前からあった問題とはいえ、2021年はあらためてその欲望の奇妙さについて考えさせられることになった。
 対照的なのが主人公のすずだ。彼女は告発もしなければ晒すこともせず、断罪もしない。物語の終盤、ある衝撃的な事実を突きとめたすずは、ふつうなら警察に通報しそうなものをそうはせず、わざわざみずからの足を使ってある人物に会いにいく。直接行動である。彼女を促したのは友情でもなければ恋でもない。ただたまたま出会うことになった気になる他人を助けたいという(無償の)行為が、結果的にじぶんを助けることにもなる──そんな相互扶助的な発想が『竜とそばかすの姫』の根幹を成しているのではないかと思う。
 もちろん、年末号で水越真紀さんが指摘しているように、そういうアクションは国家によって都合よく利用される可能性だってある。それでもぼくは、ミャンマーやらアフガニスタンやらオリンピックやら、とかく殺伐とした空気に覆われた2021年のなかにあって、すずの行動に素朴に勇気づけられたのだった。

 2021年、ele-king books は23冊の本を刊行した。2022年も多くの企画が控えている。引き続き時代を見すえた本をつくっていきたいと思っているので、楽しみに待っていてほしい。すずの気持ちを忘れず、がんばります。
 それでは、良いお年を。

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