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Various Artists

Deep HouseDowntempoElectroPost-PunkTechno

Various Artists

Heavenly Remixes 3 & 4 (Andrew Weatherall Volume 1 & 2)

Heavenly

野田努 Feb 14,2022 UP

 1月のある週末、私用のため静岡に行く機会があり、せっかくだからとローカルなクラブに顔を出した。土曜日の夜なんだし、そう思ってドアを開けると、90年代初頭に流行ったヒップ・ハウスにエレクトロ、さもなければブレイクビーツ・ハウスが鳴り響いている。ちょと待って、いまいったい何年だ? DJブースにいるのは20代前半の若者たちで、フロアで激しく踊っているのもそう。DJミキサーの両隣にある2台のターンテーブルにはレコードが回っている。
 これはいったいどういうことかと店主に尋ねてみると、ここ数年、若い世代ほどレコードを使い、若い世代ほど90年代モノをスピンするという。続いてその理由を問えば、まずレコードに関してだが、USBをぶっこんで100%完璧にピッチを合わせた、曲のつなぎ目もわからないデジタルなミックスが近年の世界的な潮流としてあるのはわかっていると。しかしミックスが、必ずしもすべてばっちり100%キマるとは限らないレコードには、やはり、どうしてもヒューマンな面白さがあるのだと。早い話、こっちはこっちで楽しい。たしかに、プレイの最中にミックスが微妙にずれたりするそのアナログな感覚がいまはなんだか新鮮に感じられてしまう。
 なぜ90年代のヒップ・ハウスやエレクトロなのかというその理由も興味深い。今日、新譜の12インチは下手したら2千円以上するが、中古の12インチなら500円からあるというリアルな経済事情もここには絡んでいる。しかもそれら12インチは21世紀でも立派に通用している。もちろん新譜(たとえばDJスティングレーのエレクトロ!)と交えつつの話なのだが、こうした傾向は日本全国で起きていることなのか、静岡のdazzbarだけの珍事なのかは知らない。いまどき誰ひとりとしてブランドものの服を着ていないってところがもう時代からズレているし、90年代的過ぎる。そもそもヒップ・ハウスやブレイクビーツ・ハウスなんてものは汗をかいて踊りまくるための音楽で、到底スタイリッシュとは言えない。あ、でもそうか、この子たちの目的は汗をかいて踊ることなんだ……。
 思えば90年前後のレイヴの時代のUKは、現在の日本と重なるところがあった。サッチャー・チルドレンと呼ばれた一部の優等生ビジネスパーソンを除けば、経済的にはおしなべて厳しく、だからこそクラブやレイヴは金のない階級のいろんな人間にとっての貴重な、そして少々ラディカルな娯楽となりえた。dazzbarの若いDJたちが無意識にやっていることは、「新しさ」に対するひとつの問いかけに思える。入場料1000円(1ドリンク)の古いヒップ・ハウスやエレクトロをかけているパーティにだって価値はあるんじゃないかと。それはヘタしたら、今日の日本をより正確に反映しているのかもしれない。

 90年代のDJカルチャーの遺産のひとつに〝リミックス〟という表現形態がある。いちど完成した楽曲をパーツごとバラしてあらたに音を足しながら組み替えることだ。90年代はリミキサーの時代だった。アンドリュー・ウェザオールという、2年前に他界したUKクラブ史におけるもっとも重要なDJ/プロデューサーは、90年代前半、リミキサーとしてそれはそれもう絶大な人気を誇っていた。ウェザオールのリミックスが収録されたレコードを見つけたら、誰もがそれを無条件に、売り切れないうちにと買った。オリジナルは知らないけれどウェザオールのリミックスなら知ってるなんてこもザラにあった。そもそも彼の名前が知られることになったのも、プライマル・スクリームの“I'm Losing More Than I'll Ever Have”というバラードを解体し、ハウスに再構築した“Loaded”という傑出したリミックスによってだったのだから。パーツの組み替え、ただそれだけのことが素晴らしいアートになりうるし、曲にあらたな輝きを加えることだってできる。

 本作『Heavenly Remixes 3 & 4』は、〈Heavenly〉というUKインディ・ロック系の老舗レーベルの楽曲において、アンドリュー・ウェザオールのリミックスを集めたCDで、レコードでは『3』と『4』に分かれている。なぜ『3』と『4』かと言えば、その前の『1』と『2』が同レーベルのほかのいろんなリミックス集で、『3』と『4』がウェザオール・リミックス集といことになるからだ。ウェザオールと〈Heavenly〉は、本作のような特別編が作れるほど深い付き合いがあったということでもある。
 本作に収められている16曲のリミックスのうち半分以上はわりと近年のもので占められていて、ぼくにとっては初めて聴くリミックスばかりだった。1曲目のスライ&ラヴチャイルドの“The World According to Sly & Lovechild”は、それこそ誰もが「アシィィィィィィィド!」とわめていた時代の産物で(昨年、念願叶って刊行した『レイヴ・カルチャー』の、Shoomという伝説的なパーティのところ参照)、ほかにもセイント・エティエンヌやフラワード・アップなど“Loaded”世代にはお馴染みのクラシック・リミックスは当然ある。しかし、その大半がトイ、オーディオブック、コンフィデンス・マン、グウェンノ、ジ・オリエレス、アンラヴド……などといった2010年代のインディ系の日本ではあまり知られていないであろうアーティストやバンドの楽曲だったりする。この〈Heavenly〉というレーベルも、90年代前半は日本でも人気レーベルのひとつだったが、近年において同レーベルの新譜が日本で積極的に紹介されることはほとんどない。

 90年代の音楽業界がリミックスという新たな価値に気が付くと、猫も杓子もリミックス・ヴァージョンを出すようになって、巷にはリミックスが氾濫した。雑誌の名称にもなった。リミックスはトレンドでハイプで、クールでファッショナブルだった。金のためにやったリミックスもさぞかし多かったことだろう。商売なんだから、それが悪いとは思わない。ジェフ・ミルズのように、そんなハイプを嫌ってどんな大物から依頼されても引き受けなかった人だっている。売れっ子中の売れっ子だったアンドリュー・ウェザオールのもとには、相当数のオファーがあったことだろう。なにせ彼がリミックスをしたら売れるから。しかしウェザオールもまた、商業的な理由によってそれを引き受けるタイプではなかった。自分が好きだったらやる、そういう人だった。

 本作は彼のベスト・リミックス集ではない。とはいえ、当たり前のことだが、本作に収録されたどのリミックスにもウェザオールらしさ──ポスト・パンク、クラウトロック、ダブ、テクノ、ファンク、エレクトロ──がある。そして、これも〈Heavenly〉なのだから当たり前のことだが、どのリミックスもインディ・ロックをダンス・ミュージックへと変換している。この人はUKのインディ・シーンを愛していたし、愛されてもいたとあらためて思う。だいたいウェザオールは、90年代に定着した〝リミックス〟という表現形態および付加価値が(おそらくフィジカルの売り上げが減少したことも手伝って)すっかり廃れてしまった今世紀においても、ずっとコツコツそれをやり続けていたのだ。そう、ずっと同じことを。
 アンドリュー・ウェザオールという人は、このリミックスをやったら人からどう見られるかなどというくだらないことを、考えたことすらなかっただろう。やりたいからやる、好きだからやる、愛がなければやらない、それだけだった。静岡のdazzbarでヒップ・ハウスをスピンしている若者たちも同じだ。君たちはまったく間違っていない。

野田努