「S」と一致するもの

Smoke - ele-king

interview with YUKSTA-ILL - ele-king

 1982年生まれ、三重県鈴鹿市在住のラッパー、YUKSTA-ILL(ユークスタイル)を知らずして、東海地方のヒップホップとその歴史について語ることはできない。彼は00年代後半からいままでブレることなくコンスタントに作品を発表し、そのたびに全国をツアーで回っている。以下のインタヴューでは、東京、大阪、名古屋などの大都市ではない地域でアンダーグラウンドな音楽をつづけることの困難とそれを乗り越えてきた経験の一端が語られる。

 YUKSTA-ILLは00年代後半にはヒップホップとハードコアが独自に深くつながる名古屋、東海地方のストリート・カルチャーの土壌が生んだ突出したラップ・グループ、TYRANTの一員として活動。その後、15、16年に『WHO WANNA RAP』とそのリミックス盤『WHO WANNA RAP 2』という決定的な作品を発表した大所帯のクルー、SLUM RCに参加。個性豊かな面々が混じりけのないラップの魅力で競い合う美しさにおいて日本語ラップ史に残る2枚のアルバムだ。TYRANTとSLUM RCは、「日本語ラップ史」における重要度に比してあまりに評価が追いついていないと言わざるを得ない。が、YUKSTA-ILLについて語るべきことはそれだけではない。

 YUKSTA-ILLのラップの特異性は、「どんな奇妙で変則的なビートでもラップしてやろう」という好奇心と冒険心から生まれている。日本でこれだけラッパーが増えた現在でも、YUKSTA-ILLのような、ブーム・バップとトラップの二元論やトレンドに囚われない冒険心を持つラッパーというのは少数派だ。ダニー・ブラウンが風変わりとされ、唯一無二であるように。良くも悪くも、一般的にラッパーは、その時代のトレンドの形式や様式のなかで個性やスキル、人生経験を競い合うものだ。すでに約10年前、ビートメイカー、OWLBEATS『? LIFE』(12)におけるYUKSTA-ILLのラップは、まさにele-kingのレヴューにおいて、実験的なエレクトロニック・ミュージックの観点からも驚きをもって評されている。

 だから、YUKSTA-ILLが今年4月に発表した通算4枚目のアルバム『MONKEY OFF MY BACK』は、“オルタナティヴ・ヒップホップ” と言えよう。彼がこれまでリリースしたファースト『questionable thought』(11)、セカンド『NEO TOKAI ON THE LINE』(17)、サード『DEFY』(19)がそうであったように。彼はアルバム以外に、盟友=ATOSONEとの12分間の実験作品『ADDICTIONARY』(09)、KID FRESINOやPUNPEE、16FLIPら東京のビートメイカーとの共作EP『tokyo ill method』(13)、あるいは、『MINORITY POLICY OPERATED BY KOKIN BEATZ THE ILLEST』(15)や『ABYSSS MIX』といった自身の楽曲などを仲間のDJがミックスする作品を残している。後者のミックスは、YUKSTA-ILLの未発表曲、リミックスなどとアメリカのラップを混ぜてミックスしていくDJ BLOCKCHECKの手腕によって、YUKSTA-ILLの多彩なフロウがいかにグルーヴィーであることを伝えている。

 本作では、呪術的なムードが漂う “DOUGH RULES EVERYTHING”、ジャズのドラムロールの一部をループしたような騒々しいビートでCampanellaとスキルを競い合う “EXPERIMENTAL LABORATORY(その名も「実験室」)” の2曲が象徴的だ。両者ともOWLBEATSのビートだ。その他にMASS-HOLE、KOJOE、ISAZ、UCbeatsのビートがある。さらに、山口のラッパー、BUPPONとの “BLOOD, SWEAT & TEARS” はいわば “ローカルからの逆襲” である。このふたりが、あのtha boss(THA BLUE HERB)と共作した “HELL'S BELLS”(『IN THE NAME OF HIPHOP』)の続編としても聴ける。

 今年41歳になる彼は自主レーベル〈WAVELENGTH PLANT〉を立ち上げ、最新作をそこから出した。音楽を、表現をつづけることが闘いなのだと言わんばかりに。ライヴで渋谷にやってきたYUKSTA-ILLに話を訊いた。

YUKSTA-ILL - BLOOD, SWEAT & TEARS feat. BUPPON

工場が多くて、トラックもめちゃめちゃ多い。物流が産業の中心だから、東北や九州から来た出稼ぎの労働者の人も多くて、そういう人がお店やクラブに迷い込んでくることもあるんですよ。

4年ぶりのアルバムですね。この数年間はどう過ごしていました? コロナもあったじゃないですか。

YUKSTA-ILL:前のアルバム『DEFY』を2019年2月に発表してから約1年はツアーを回っていましたけど、2020年の年が明けてほどなくして世の中コロナになってしまって。ライヴが決まっていても、緊急事態宣言やまん防(新型コロナウイルス感染症まん延防止等重点措置)で延期か中止になるからライヴに向けてのモチベーションが保てなくて。そのころNYの街もロックダウン中で、当時はまだ現地にいたSCRATCH NICE、GRADIS NICEから届いたビートで、『BANNED FROM FLAG EP』(20)を作って。それからは、水面下で曲は作り続けていましたけど、三重からはあまり出なかったですね。近くの公園にバスケのゴールができたから、早朝にバスケして、散歩してるおじいちゃん、おばあちゃんと戯れて、帰って午前中からリリックスを書いたりしてました。

マイペースにやっていたと。

YUKSTA-ILL:アルバムを出したら、曲を引っ提げて全国を回りたいじゃないですか。『NEO TOKAI ON THE LINE』のときはOWLBEATSと、『DEFY』のときはMASS-HOLEといっしょに全国を回りました。俺は、フル・アルバムを出すというのはそういうことだと思っていますから。『BANNED FROM FLAG EP』を出したあとも、三重以外でも呼んでくれる土地には行きましたけど、中止や延期の可能性も高かったから自分からはアプローチはしなくて。心置きなくライヴをできるまではアルバムを出すタイミングじゃないと思っていましたね。

ライヴをやってナンボですからね。

YUKSTA-ILL:ホントそうなんですよ。だから、とりあえず曲を作り溜めてそれから考えようと。

たとえば、“JUST A THOUGHT” の冒頭の「時として なんなら飛び込みてぇ/脱ラッパー宣言 『例えば』とか『もし』の視点」っていうリリックはコロナ禍での鬱積した気持ちの表れなのかなと。

YUKSTA-ILL:田舎は人が落ち着くのが早くて、まだ若いのにクラブやライヴ・ハウス、遊ぶ場所に来なくなる人も多いんですよ。名古屋や東京のような都会では、年齢層高めでも遊んでいる人が多いじゃないですか。そういう都会に行くと、ずっとやってるヤツ、ギラついているヤツにも会って自分のマインドを保てるけど、田舎はそうじゃないから。それに追い打ちをかけるようにコロナも流行して、俺自身も三重にこもりっきりになって、プライヴェートでもいろいろあって、そういうなかから出てきたリリックスですね。ラップを辞めるつもりはないですよ(笑)。ただ、やっぱり人生についていろいろ考えるじゃないですか。だから、「『例えば』とか『もし』の視点」と書いているし、曲の最後は、「どこまで行こうとも根本 芯はDEFY」と締めている。『DEFY』は前のアルバムのタイトルで、「ブレない」「確固たる」という意味。そこに最後は戻るという構成になっている。アルバムのなかでいちばん早い段階ぐらいでできた曲ですね。

リリックで面白かったといえば、“DOUGH RULES EVERYTHING” の「金だ金だ金だ金だ金だ」っていうフックの反復ですね。

YUKSTA-ILL:これは、J・コールが金について歌った “ATM” っていう曲のオマージュなんですよ。J・コールとゴタゴタがあったリル・パンプへのアンサー・ソング(“1985”)があるじゃないですか。あの曲と同じく『KOD』に入っていますね。フックで「Count it up, Count it up」ってくり返す箇所が「金だ金だ」に聴こえるし、意味としても「金を数える」だからサンプリングしたんです。俺のフックの「あの世に持って行けんけど/ないと生きていけん」というリリックも、その曲の「Can't take it when you die, But you can't live without it」の和訳なんですよ。

J. Cole - ATM

なるほど、そうだったのか。ユークくんは、J・コールについて前回のインタヴューでも語っていましたね。やはり好きなラッパーのひとり?

YUKSTA-ILL:J・コールはカッコいいと思いますね。J・コールは、バスケへの愛があるし、プロのバスケ選手にもなったじゃないですか(バスケットボール・アフリカ・リーグのルワンダのチーム「Patriots」に一時所属、試合への出場も果たした)。ラップのリリックスにもそういうのを盛り込んでくるんですよね。だから、俺も無条件にフィールしている。『The Off-Season』(2021年)のアルバムのジャケでもバスケット・ゴールが燃えているし。それと、J・コールの出身地のノースカロライナ州はアメリカの田舎なんですよ。そういうローカルな感じも好きですね。

ユークくんはアメリカのどこに住んでいたんでしたっけ?

YUKSTA-ILL:ペンシルベニア州のポコノですね。フィラデルフィアやニューヨークに近い山地で避暑地みたいな場所です。子どものころに4年ぐらい住んで、現地の学校に通っていました。日本人は俺と妹しかいなかったですね。物価が安いからポコノに住んでNYに出稼ぎに行く労働者も多かったみたいだし、黒人の人も多くて、クール・G・ラップやDMXのリリックにもポコノの名前が出てくる。だから、なおさらヒップホップにのめり込みましたね。

ということは、ラップはアメリカで始めたんだ。

YUKSTA-ILL:高校生のころ、ポコノの地元のヤツらがラップをはじめて、俺もそこに交じった感じです。クルーとまでは言えないけど、集団になって。で、そのなかのひとりの父ちゃんがビートを作っていて、アメリカによくあるベースメント、要は地下室をスタジオにしていたんです。そこにみんなで集まってやっていましたね。

最初は英語でラップしていた?

YUKSTA-ILL:いや、それが日本語でやるんですよ(笑)。一時帰国したときに、ちょうど “Grateful Days”(1999年)がオリコンで1位になっていたんです。しかも当時、ヤンキーもFUBU(90年代のヒップホップ・ファッションを代表するブランド)とか着ていたじゃないですか。それで、「日本でもヒップホップが来てるのか! ヤベェ!」って興奮したんですけど、周りのヤツらに話をよくよく聞いてみると、音楽は浜崎あゆみを聴いていると。俺はそれぐらい日本の事情を何もわかっていなかったから。いまだから言えますけど、自分でリリックを書きはじめる前は、“Grateful Days” のZEEBRA氏のヴァースを向こうのヤツらの前でキックしたりしていました(笑)。すると向こうのヤツらも「こいつヤベエよ! ライムしてるぜ!」ってなって。

はははは。いい話。

YUKSTA-ILL:あと、『THE RHYME ANIMAL』(ZEEBRAのファースト・アルバム/98)の “I'M STILL NO.1” のヴァースもやりましたね。そうそう、フォースM.D.'Sっているじゃないですか。そのうちのひとりがポコノで服屋をやっていたんですよ。そこに遊びに行って、「俺、ラップするんだよ」ってラップをやってみせたりしていました(笑)。もちろん、その後はちゃんと自分で日本語でリリックを書くようになりますね。

ポコノには、日本人が他にいなかったということでしたけど、差別も厳しかったですか?

YUKSTA-ILL:まあ、どこ行っても差別みたいのありましたね。車でモールに行って買い物して帰って来たらタイヤの空気が抜かれていたり。アジア人だからってそういうことはありましたよ。俺、中学生のころはバスケ部だったし、向こうにはコンビニ感覚でゴールがあるからとうぜんやっていたんです。ちょうど(アレン・)アイバーソンが登場して活躍しはじめる時代です。そのアイバーソンの必殺技にクロスオーバー・ドリブルっていうのがあって。俺はそのドリブルを中学生のころに習得していたから、アメリカでもそれをかましたら、向こうのヤツらがぶち上がっていましたね(笑)。

それでリスペクトをゲットしたと。

YUKSTA-ILL:そうそう。それでリスペクトを得て打ち解けていったのはありましたね。そもそも俺は、バスケからヒップホップに入ったんです。アイバーソンが出てきて、バスケとヒップホップがリンクしているのを知ってヒップホップに興味を抱いた。今回のアルバム・タイトルの『MONKEY OFF MY BACK』もよくスポーツ選手が使う諺みたいな言葉で、「肩の荷を下ろす」とか「苦境を脱する」みたいな意味合いで、“FOREGONE CONCLUSION” の最後で、この言葉を使うコービー(・ブライアント)のインタヴューをサンプリングしているんですよ。

なるほど。

YUKSTA-ILL:当時、日本のバスケ雑誌にも、毎月1ページだけ、ヒップホップのアーティストが紹介されるコーナーがあって。アメリカにいるときに、日本から雑誌を取り寄せてもらって、そのコーナーを隅から隅まで読み込みましたね。1回目がZEEBRA氏、2回目がDEV LARGE氏、3回目がK DUB SHINE氏で、4回目がYOU THE ROCK★氏でした。その雑誌を読んで、日本にもヒップホップがあるのを知ったぐらいですから。

00年に、ナイキのキャンペーンで、ZEEBRA、DEV-LARGE、TWIGYの3人がバスケットをテーマにした “PLAYER'S DELIGHT” を作っていますよね。

YUKSTA-ILL:ありましたね。

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DJをやるようになって、ライヴに行った先々の土地でレコードを買う楽しみができて、ヒップホップの新譜のLPをDJでかけたいから買うようになりました。

ところで、今回の作品は、自身の自主レーベル〈WAVELENGTH PLANT〉の第一弾リリースじゃないですか。このタイミングで自分のレーベルを作ろうと思ったのはなぜですか?

YUKSTA-ILL:自分の地元の三重の鈴鹿・四日市を色濃く形作るためにはやっぱりレーベルを立ち上げてやった方がいいと思ったんですよね。

ピッチダウンさせたソウル・ヴォーカルをループしているような “TBA” を作っているUCbeatsさんはユークくんの地元・鈴鹿のビートメイカーなんですよね。

YUKSTA-ILL:そうっすね。地元の鈴鹿・四日市の現場にも20代前半ぐらいの若いヤツらも増えましたけど、UCbeatsは、俺とその若いヤツらのあいだぐらいの世代ですね。UCbeatsは、鈴鹿にあるゑびすビルという複合ビルに〈MAGIC RUMB ROOM〉というスタジオを持っていて、自分もそこにいたりしますね。〈KICKBACK〉(三重県のハードコア・バンド、FACECARZのヴォーカルのTOMOKIが営む洋服屋)もあって、2階が〈ANSWER〉っていうライヴ・ハウスです。もともとヤマハ楽器のビルだから防音の扉もしっかりしているんです。

YUKSTA-ILL - TBA

〈WAVELENGTH PLANT〉というレーベル名はどこから?

YUKSTA-ILL:WAVELENGTHには「波長」とともに「個人の考え方」という意味があり、さらに、鈴鹿・四日市は工業地帯だからPLANTと付けました。ロゴは四日市コンビナートと、波形データをイメージしてデザインしてもらいました。

鈴鹿や四日市はどんな町なんですか。やはり労働者の町?

YUKSTA-ILL:そうですね。工場が多くて、トラックもめちゃめちゃ多い。物流が産業の中心だから、東北や九州から来た出稼ぎの労働者の人も多くて、そういう人がお店やクラブに迷い込んでくることもあるんですよ。だから、仕事を選ばなければ仕事はあって職には困らない地域とも言えます。で、鈴鹿の隣町の四日市が三重ではいちばん栄えている町で、そこに〈SUBWAY BAR〉というクラブがあるんです。

そこが、地元の活動の拠点なんですね。

YUKSTA-ILL:そうですね。今日バックDJとして(渋谷に)来てくれてるキヨシローっていうヤツが〈TRUST〉ってパーティをやっていて。俺がライヴをやるときもあれば、「レコード持って行っていい?」ってDJやりに行く回とかもあるんですよ。コロナ前に1982S(YUKSTA-ILL 、ISSUGI、仙人掌、Mr PUG、YAHIKO、MASS-HOLEの1982年の6人から成るヒップホップ・グループ)が中目黒の〈SOLFA〉でDJオンリーのパーティをやるときに、MASSくんから「DJできる?」って声かけられて、そこで初めてDJしました。

ああ、そうだったんですか。

YUKSTA-ILL:今回のアルバムのCDの特典に、DJ 2SHANの『BLUE COLOR STATE OF MIND』ってミックスCDを付けているんですけど、そのDJ 2SHANは四日市で〈RED HOUSE〉っていうレコ屋をやっている。レコードでDJする彼にDJを教えてもらって、本番に臨みましたね。MASSくんも悪い男だから、俺は初めてのDJなのにメインフロアの1時ぐらい、しかも16FLIPのDJの前に組まれて(笑)。この世のDJの皆さんには謝りたいぐらいですけど、つなぐだけで盛り上がってくれてほっとしました(笑)。DJをやるようになって、ライヴに行った先々の土地でレコードを買う楽しみができて、ヒップホップの新譜のLPをDJでかけたいから買うようになりました。和歌山にラッパーのSURRYくんがやっている〈Banguard〉っていうお店があるじゃないですか。

おお~、SURRYくん! わかります。

YUKSTA-ILL:嫁の地元が和歌山で、〈Banguard〉にも行く機会が増えて。あのお店はヒップホップのみならずレコードの品ぞろえがいいんですよ。それで行くとテンションが上がって、行くたびに何かを買って帰るようになりましたね。DJをやるようになってから新しい視点が加わりましたね。“JUST A THOUGHT” の「まるでレコードの溝 はみ出るニードル 対応には全神経集中する肉眼を駆使」とかは前の俺からは出てこないリリックスですし。DJをちゃんとやっている人にたいして、俺なんかが大それたことは言えないですけど、楽しみが増えたって感じです。ソウタ(ATOSONE/RC SLUM主宰/ブランド「Comma Violeta」のオーナー)もたまに「〈COMMON〉(ATOSONEが名古屋にオープンしたGallery&Bar)でDJしないか?」って誘ってくれますし。

三重のヤツらは才能があるのに発信しようとしないヤツらも多いんですよ。だから、〈WAVELENGTH PLANT〉では、若くてやる気はあるけど、右も左もわからないヤツをサポートしたい。

DJは楽しいですよね。音楽との関わり方のチャンネルがひとつ増えますよね。ユークくんの周りにはお手本になる良いDJがたくさんいるんじゃないですか。今回のアルバムでもビートを2曲手掛けているISAZもミックスCDをコンスタントに出していますし、ぼくは彼のミックスCDがすごく好きで。

YUKSTA-ILL:ISAZのビートは軽やかですよね。あと瞬発力がある。じつは今回のアルバムは作り溜めてきたものをいろいろ調整して作り上げたんです。KOJOEくんが大阪にいたときにいっしょに作品を作っていたんですけど、その途中で沖縄に行っちゃったんで(笑)。

KOJOEさんは、東京、大阪に〈J.STUDIO〉という音楽スタジオを作って、東京はMONJUに、大阪はTha Jointzに任せて、さらにスタジオを作るために沖縄の那覇に移住したんですよね。

YUKSTA-ILL:そうなんです。KOJOEくんもいろいろプロジェクトを抱えている人なので、俺の考えるペースではアルバムが出ないと判断してスウィッチを切り替えて。KOJOEくんとのプロジェクトはいずれなんらかの形で発表するとして、俺のフル・アルバムをまず出そうと。それで、KOJOEくんに了承を得て、KOJOEくんと作った曲からピックアップして、今回のアルバムに収録した。ただ、KOJOEくんのビートをそのまま使っているのは2曲だけで、ほとんどビートは差し替えました。すでにREC済みのアカペラをビートメイカーに送ってビートを作ってもらって、送り返してもらって、さらにラップを録り直してブラッシュアップしていった。だから、けっこう迷走した時期もあって。俺はフル・アルバムを出すときにはやい段階でタイトルやコンセプトを決めて作っていくんですけど、今回は溜まった曲を並べていった。そうしたら、ぜんぜんまとまりがなくて、ISAZの2曲は、アルバムがじょじょに肉付けされていくなかで、アルバムに足りない部分を加えた曲だった。いままでと違う作り方をして完成させることができたのは新しい経験でしたね。

そもそもユークくんとKOJOEさんとの出会いっていつですか?

YUKSTA-ILL:KOJOEくんが2009年にアメリカから帰国してからの付き合いなんで長いんですよ。KOJOEくんが帰国して最初のライヴは〈MURDER THEY FALL〉(1998年に第1回が開催された東海地方のハードコア、ヒップホップ、ストリート・カルチャーを象徴する重要イヴェント)で、自分はそこにTYRANTとして出演していたんです。それからじょじょに親しくなっていった。仲が良いからこそ、KOJOEくんからは厳しく言われますね(笑)。

“TIME-LAG” はKOJOEさんのビートですが、ベースラインがカッコいいですね。

YUKSTA-ILL:いいですよね。WELL-DONE(大阪を中心に活動するクルー、Tha Jointzのラッパー) との “GRIND IT OUT” は、俺がTha Jointzのみんなも出てる大阪のイヴェントに行ったときにやることになった曲です。まだKOJOEくんも大阪にいました。ただ、KOJOEくんのビートをOWLBEATSのものに差し替えていますね。

OWLBEATSさんも精力的に活動していますよね。〈OILWORKS〉から出した『ON-SHOCK』も今年出した『BAN-ZOK-HEADZ』も素晴らしかった。

YUKSTA-ILL:鹿児島出身のOWLBEATSとも古いです。OWLBEATSはファースト・アルバム『? LIFE』を〈RC SLUM〉からリリースしていますけど、その前から、鹿児島や沖縄にはよくライヴで行っていましたし、名古屋や地元以外で、いちばんライヴで行っている土地が鹿児島ですね。というのも、自分たちの周りは昔からハードコアとヒップホップのつながりは強くて、OWLBEATSはLIFESTYLEという鹿児島のハードコア・バンドと仲が良くて、名古屋にいっしょに来ていたんですよ。WELL-DONE も元々ハードコア・バンドをやっていましたしね。OWLBEATSが2015年にOTAI RECORDが主催して〈club JB'S〉で開催したビートメイカーのバトル・イヴェント〈BEAT GRAND PRIX 2015〉で優勝したときは、俺らは誇らしかったですよ。ブレずに自分のスタイルでやり続けていますよね。

“SPIT EASY” にはALCIとGIMENが参加していますけど、すこし前に東京で観たALCIのライヴがめちゃくちゃパワフルでした。

YUKSTA-ILL:ALCIと兄貴のBRUNOの日系兄弟のライヴもすごいですよ。ぜひ観てほしいですね。兄弟だから出せるグルーヴがあって、あれは他のヤツらには真似できないっすね。ALCIはいまは名古屋にいますけど、四日市に2年ぐらい住んでいた。ヤツは、〈SUBWAY BAR〉で「AMAZON JUNGLE PARADISE」ってずっとやっているオープンマイクのイヴェントに三重に住む前から来ていて、ラッパーとしてそこで培ったものは大きいと思います。ALCIのソロ・アルバム『TOKAI KENBUNROKU』でも1曲やっています。でも、三重のヤツらは才能があるのに発信しようとしないヤツらも多いんですよ。だから、〈WAVELENGTH PLANT〉では、若くてやる気はあるけど、右も左もわからないヤツをサポートしたい。今回は自分のアルバムだけど、俺だけのレーベルじゃなくて、地元の他のヤツらにもみんなのレーベルと思ってほしいんです。

Hakushi Hasegawa - ele-king

 長谷川白紙がフライング・ロータス主宰のレーベル〈Brainfeeder〉と契約を交わしたことがアナウンスされている。発表に合わせ、シングル曲 “口の花火” が公開。2年前のインタヴューでフライング・ロータスが長谷川白紙の名を挙げていたのは、この布石だったのかもしれない。詳細は下記より。

Rudeboy The Story of Trojan Records - ele-king

 ジャングル、ダブステップ、グライム……UK音楽を特徴づける要素のひとつにベースがあることはよく知られた話で、そのベースがジャマイカから来ていることも言わずもがなであるが、では、具体的にはそれがどうやってとなると、意外とよくわかっていなかったりするし、レゲエの白人層への拡大に白人労働者階級のスキンヘッズが一役買っている話も、その詳細までは知らなかったりする。
 映画『ルードボーイ』と言われれば、多くのパンク・ファンは「おお、ザ・クラッシュの映画ね」と来るのだろうが、今回上映される『ルードボーイ』は、それとは決して無関係ではない別の映画。1960年末にUKで生まれたレゲエ・レーベル〈トロージャン〉の物語であり、同時にジャマイカの音楽がいかにしてUKに伝わり広がったのかという物語である。これ、最高に面白いです。
 
 まず、以下の言葉のなかで3つ以上に反応する人は必見。
 スキンヘッズ、モッズ、パンク、2トーン、スカ、ロックステディ、レゲエ、サウンドシステム、UKサブカルチャー。
 あるいは以下の曲のなかで3つ以上、好きな曲がある人も必見。
 Desmond Dekker & the Aces “007 (Shanty Town)” 、Ken Boothe “Everything I Own” 、The Maytals “Pressure Drop” 、Bob & Marcia “Young Gifted & Black” 、The Upsetters “Return Of Django”、Desmond Dekker “You Can Get It if You Really Want” 、John Holt “Ali Baba” 、Dandy Livingstone “Rudy, a Message to You” 。
 あるいは、以下の人物の現在の生身の姿を見たい人も。
 マーシャ・グリフィス、バニー・リー、ポーリーン・ブラック(ザ・セレクター)、ケン・ブース、ダンディ・リヴィングストーン、デリック・モーガン、ネヴィル・ステープル(ザ・スペシャルズ)、ロイ・エリス……。リー・ペリーも颯爽と登場しております。(グライム・ラッパーのケイノも出演しています)
 
 以上です。今週末からロードショー。

『ルードボーイ:トロージャン・レコーズの物語』

監督:ニコラス・ジャック・デイヴィス
撮影:ジョナス・モーテンセン 編集:クリス・デュベーン

出演:ロイ・エリス、リー・スクラッチ・ペリー、デリック・モーガン、ポーリーン・ブラック、ドン・レッツ、ケン・ブース、トゥーツ・ヒバート、ザ・パイオニアーズ、マルシア・グリフィス、バニー・リー、キング・エドワース、ダンディ・リヴィングストン、ロイド・コクソン、ネヴィル・ステイプル、デイヴ・バーカー


2018/イギリス/英語/85分/DCP
原題:Rudeboy The Story of Trojan Records
日本語字幕:上條葉月
配給:ダゲレオ出版(イメージフォーラム・フィルム・シリーズ)
http://www.imageforum.co.jp/rudeboy

2023年7月29日より
シアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

Various - ele-king

 IDMというジャンルは明らかに白人男ばかり、それでも私は自分の音楽をIDMだと思っている、とロレイン・ジェイムスは言った。ジャンル名には暗になんとなく、いつの間にか人種的な区分けがある。とくにそれがハイブローなジャンルになってくると、やはり暗になんとなく、いつの間にか白人色が強まる傾向にあるようだ。たとえば、およそ50年を経てようやくまともに評価されたジュリアス・イーストマンではないが、前衛音楽/実験音楽とはクラシック音楽の延長なのだから、すなわちそれは白人史だと無意識ながら決めてかかっている排除の声、すなわちある種の権力がいまもないとは限らない。

 『破壊的な周波数』と題され、UKの〈ノンクラシカル(非古典)〉なるレーベルからリリースされたこのコピレーションは、エレクトロニック・ミュージック、それも実験的かつ学際的でハイブローな一群において非西欧的なるものの台頭を待ち望むユートピアンにお薦めの1枚だ。実験だの前衛だのノイズだのといった音楽のサークルやシーンにおける“白さ”を文化的かつ制度的に問題視したアミット・ディネシュ・パテル(Amit Dinesh Patel)博士が、「実験音楽における黒人と褐色アーティストの明らかな知名度の欠如」に対処することを目的に、ロンドンのグリニッジ大学の支援のもと、UK在住の非白人の作品に絞ってコンパイルしたアルバムである。パテルはDushume名義で2曲提供し、ほか、 5人の黒人/褐色のアーティスト(Poulomi Desai、Nikki Sheth、NikNak、Dhangsha、Bantu)が参加。言うなれば現代のジュリアス・イーストマンたちをどうぞ、と。彼ら・彼女らは制約のないカンバスを広げ、創造性をもって文化の格子をぶち壊さんと、文字通り“破壊的な周波数”を発信する。これが素晴らしいのだ。
 
 アルバムの出だしと結びには、プーロミ・デサイ(Poulomi Desai)の曲が配置されている。サウンド・コラージュを駆使し、声とシタールをノイズ発信器とする彼女の音楽は驚異的で、最初期のKlusterにも似たアナーキーな音の渦をまき散らす。オープニング曲の冒頭で、彼女はインドの音階の歌を歌い上げているが、歌詞は「詩的テロリスト・アート」についてのマニフェストになっているそうだ。実験的な瞬間のムーア・マザーとも共振するであろう、写真家およびマルチメディア・アーティスト、活動家でありコミュニティ・ワーカーでもあるこのUKエイジアンのことを、ぼくは本作で初めて知った。いやはや、すごい人がいるものだ。
 が、すごいのは彼女だけではない。バントゥ(Bantu)は抽象化されたエレクトロニック・ノイズの複雑なうねりを紡ぎ出し、コンパイラーであるドゥシューム(Dushume)ことパテル博士もまた、ざわめく電子の粒子たちを地獄のサブベースを道連れに創出し、動かし、羽ばたきさせる。ニッキー・シェス(Nikki Sheth)はいま密かにブーム(?)となっているフィールド・レコーディング作品を提供、水しぶきや鳥の囀りのリアルな再現をともなって極彩色による音の風景画を描いている。元エイジアン・ダブ・ファインデーションであるダンシャ(Dhangsha)は、ダンスフロアを揺り動かしながら、もこもこしたベースと鋭い宇宙線を交錯させ、テクノの更新をはかっている。ニックナック(Nicole Raymondで知られる)は声のコラージュとグリッチを実験とユーモアの表裏一体のなかで推し進めている。ターンテーブリストである彼女の音響作品はときに漫画的で、ローリー・アンダーソンの領域にもリーチしていることは言うまでもない。ダビーな曲だが、言うなればこのコンピレーション・アルバム全体が空間的で遠近法の効いた奥行きもっているので、ヘッドフォンか、なるべく音量の出せる再生装置で聴くことを推奨したい。
 
 アンビエントとサウンド・アートの境界線がいま溶解し、曖昧になっていることは先日の坂本龍一の追悼アルバムを聴いてもわかる話で、かつてアンビエントと呼ばれた音楽が未来においてはイージー・リスニングに括られてしまうんじゃないかと思えるほど、近年はその茫漠たる地平において興味深い音楽作品がたくさん生まれている。こうした〈現在〉に非白人からのアプローチをこのように見せることは、未来を諦めていない人たちの仕業であって、しかも疎外された声がいかに独創的で、そして圧倒的であるのかを証明もする。なるほどこれはたしかに〈クラシカル〉などではない。音の海に連なるあたらな一群。ニューエイジ的な快適さが皆無であるばかりか、むしろその手の飼い慣らされた快適さとは徹底的に抗しようという腹づもりだ。ぼくが夢見る御仁たちにお薦めするのも、わかってもらえただろうか?

JAMES MASON - ele-king

BILL SPOON - ele-king

Marcus Belgrave - ele-king

Squid - ele-king

 高い評価を得たファースト・アルバム『Bright Green Field』(以下『BGF』)から2年。ブラック・ミディBCNR など、同世代のバンドたちが順調にリリースを重ね、それぞれ異なる道を歩みはじめるなか、はたしてスクイッドはどんなオリジナリティを目指したのか。
 セカンド・アルバム『O Monolith』でまず注目すべきなのは、ジョン・マッケンタイアがミックスを手がけている点だろう。ひとつひとつの音の粒立ちが上品になっているのは、まさに彼のなせるわざにほかなるまい。冒頭 “Swing (In A Dream)” に代表されるように、電子音の存在感が増しているのも新鮮だ。
 突然の静と動の切り替え、激しいディストーションなど、これまでのスクイッドを特徴づけていた冒険心は本作にもしっかり引き継がれている。けれども耳を奪われるのはやはりそうした新しい試みのほうで、管楽器を導入する曲が増えたことも見逃せない。メンバーのローリー・ナンカイヴェルによるトランペットもしくはコルネット、ゲスト奏者たちによる木管は、多くの曲に深みのある陰影をもたらしている。
 歌い方の変化も大きい。あの叫ぶような発声法こそドラマー兼シンガーたるオリー・ジャッジのトレードマークだったわけだけれど、ゆえにスクイッドの音楽はリスナーを選ぶものになってしまってもいた。シングル曲 “The Blades” にあらわれているように、今回のヴォーカリゼイションはだいぶ「歌」に寄っている。彼らがこれまで以上にメロディに意識的になっていることは、前作から引きつづいての参加となったマーサ・スカイ・マーフィーとのデュエット曲 “After The Flash” からもうかがえる。不穏な空気を呼びこむハープ、終盤で不気味に重なり合う複数の歌声──この声のぞっとする使い方もまた『O Monolith』の肝だ。

 本作はもともと、『BGF』リリース後のツアーでお試し的に披露されたいくつかの曲からはじまっている。その後ブリストルへと移動した彼らはそこで作曲に専念、最終的には南西部ウィルトシャーのボックス村に位置するピーター・ゲイブリエルのリアル・ワールド・スタジオで録音をすることになった。ここがまたかなりの田舎だったようで、同地で過ごした経験が本作に大きな影を落としている。たとえば切れ味鋭いギターが炸裂する “Green Light”。フィールドレコーディングされた鳥の鳴き声は、非産業的なものの象徴だ。『BGF』で描かれていたのが「コンクリでがっちり固められたランドスケープ」(紙エレ28号)、すなわち現代の大都市、資本主義の恐るべき強大さだったのにたいし、新作は田舎や田園の風景を立ち上げようと試みている。
 より古の時代への想像力がそれを補完する。ボックス村から40kmほど離れているとはいえ、ウィルトシャーはかのストーンヘンジを擁する区域でもある。迫りくる新石器時代の気配──『O Monolith(おお一枚岩よ)』のタイトルは、まさにこの「石」のイメージに由来している。あまりに長大な人類史の、タイムトラヴェル。
 フォークとノイズ・ロックを接ぎ木したような “Devil's Den” は、やはりウィルトシャーに存する新石器時代の遺跡を曲名に頂戴する一方で、劇作家キャリル・チャーチルの目を借りつつ中世に端を発する魔女狩りを眺めてもいる。聴き手をどきっとさせる「浮かんでも死ぬ、沈んでも死ぬ」のフレーズは、今日の社会にたいする優れた批評でもあるだろう。
 こうした時間旅行、過去と現在のアクロバティックな接合は随所で試みられている。魅惑的なファンクのリズムのうえで、亡霊の唸り声のごときノイズとサックスが駆けめぐる “Undergrowth”。この曲でジャッジは家具に生まれ変わった人間を演じている。アニミズムのアイディアを援用した歌詞だが、無生物にも魂が宿るという日本ではおなじみのその発想は原始社会を想起させもする。他方アクティヴィストたちを鎮圧する警察の暴力を歌った “The Blades” は最近のフランスにおける蜂起を連想させるし、加工された音声が耳に残る “Siphon Song” はネット・ニュースに浸りつづけることの疲労感を表現している。太古に引き寄せられながらも、彼らが見つめているのはあくまで現代なのだ。

 その “Siphon Song” でも招かれていた〈Erased Tapes〉の合唱アンサンブル=シャーズ(Shards)は、旋律やハーモニーへの関心を高めた本作における、もしかしたら最大の功労者かもしれない。最終曲 “もし牡牛が泳ごうとしているのを見ていたならきみは近寄らなかっただろう” における大胆なコーラスの導入は、間違いなくスクイッドの新基軸だ。ギターのアントン・ピアソンが作詞を担当したこの曲では、タイトルとは裏腹に、ネズミとの暮らしが描かれている。貧困の隠喩にちがいない。
 もうひとりのギター奏者ルイス・ボアレスによれば、本作に影響を与えた作品のひとつにガゼル・ツイン&NYXの『Deep England』があるという(https://northerntransmissions.com/squid-arent-resting-on-their-laurels/)。前作収録曲 “Paddling” はマーク・フィッシャーからインスパイアされた楽曲だったけれど、そのフィッシャーが「21世紀のアート・ポップの女王」と賛辞を送ったのがブライトンの電子音楽家、ガゼル・ツインだ。代表作『Pastoral』は一見のどかな田園をテーマにしながら、不安を煽る電子音や民謡、貧者やレイシストのことばを衝突させることで田舎の残虐さをほのめかす、一大電子音響ホラー絵巻だった。今回ボアレスが言及している『Deep England』でもどこかペイガニックで神秘的な音声がつぎつぎと重ね合わせられており、その実験精神はたしかにこの最終曲における合唱と響きあっている。

 現代都市からの離脱をほのめかす『O Monolith』は、一方でその複雑な展開や音響、数々の創意工夫のおかげでなまなましい現代性を携えてもいる。ここではないどこかの想像が、むしろ「いま、ここ」を診断する手段になることを、スクイッドの新作は証明しているのだ。豊かな音楽性によってもたらされたこの遠近法こそ、今回彼らが獲得したオリジナリティにほかならない。

 『ロブスター』(恋愛禁止)や『ロニートとエスティ』(レズビアン)、あるいは『女王陛下のお気に入り』(死産)と、人口増加に寄与しないテーマの作品に出演が続いたからか、この4月にレイチェル・ワイズが10代の頃に見て衝撃を受けたデヴィッド・クローネンバーグのクラシック『戦慄の絆』をアリス・バーチとともにリメイクし、代理出産や人工授精、不妊治療やリモート出産など産科が直面しているイノヴェーションを軸に(出産というよりはもはや)「人間をつくる」というアメリカの生命観が色濃く反映されたTVドラマにアップデートさせた。同じ産科を扱っていてもヒューマン・ドラマとして感動的だったNHK『透明なゆりかご』とは様相が異なり、資本主義がビジネスとして生命の誕生に示す価値観が恐ろしいまでに強調され、「資本主義はそんなに悪い?」「朝から『共産党宣言」でも読んできた?」と、出産を自然現象よりは生産性を高めることができる産業のひとつとして推進していく感覚はこのところ右派によって後退ぶりを印象づけてきたアメリカが久しぶりに「先進国」だったことをがっつりと思い出させてくれた(少子化でオタついている東アジア諸国とは「産めよ増やせよ」の気迫が根底から違うというか)。昨年、アメリカの最高裁で覆された中絶禁止を違憲とするロー対ウェイド判決についての議論こそストレートには扱われなかったものの、ドラマ版には平和的な出産シーンなど皆無で、過剰に性的で血まみれ、ドラッグによる錯乱や投資家たちとの舌戦など全編にわたって暴力的な描写が続き、時間軸は乱れに乱れ、アートと結びつけていく演出などクローネンバーグのヴィジョンを愚直なほど継承・発展させた傑作といえる。オリジナルの設定ではジェレミー・アイアンズ演じる男の双子役をTV版ではレイチェル・ワイズが女の双子に変更しつつも役名はエリオット&ビヴァリー・マントルと男性名がそのまま使われ、オリジナルに登場するクレア・ニヴォーを演じたジュヌヴィエーヴ・ビュジョルドの名前がTV版では役名のジュヌヴィエーヴ・コタード(演じたのはブリトニー・オールドフォード)に援用されるなど形式的な移譲にもしっかりと気が配られ、兄弟(姉妹)の相克がアイデンティティの崩壊に発展していくというメイン・テーマもオリジナルに引けを取らないインパクトを維持した。冷静に考えてみると背景と主題は巧妙に結び付けられているとはいえ、不可分の関係にあるわけではないということも見失ってしまうほどの力技で、主要人物がほとんど女と黒人で占められていたのも現代的。非情な投資家を演じたジェニファー・イーリーがプロモーション・トークで2話まで観たらもう一度最初から観た方がいいとアドヴァイスしていたけれど、確かに2話まで観ると何が起きているのか混乱し始め、よくぞ全6話で話がまとまったと思う。

 異端の独走状態を突っ走ってきたデヴィッド・クローネンバーグは前作の『マップ・トゥ・ザ・スターズ』があまりいい出来とは思えなかったので、天才のインスピレーションもついに枯れ果て(https://www.youtube.com/watch?v=ZpvNuH420W8)、このまま息子のブランドン・クローネンバーグにカルトスター的な地位を奪われてしまうのかなとも思っていたのだけれど、『戦慄の絆』のリメイクで改めてオリジナルの評価が急上昇しただけでなく、『戦慄の絆』でもとくに印象に残った「体内の美しさのコンテスト」という視点を骨子とした新作を完成させたことで、その地位はやはり磐石だと思わせる。80歳とは思えない想像力と時代に対する皮肉が『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』には迸り、揺るがないオリジナリティの強度が改めて印象づけられていく。脚本が書かれたのは20年前で、マイクロプラスティックが人類の80%で血液中に見つかったとされる現在、クローネンバーグはいまが映画化のタイミングだと判断したという。クローネンバーグ作品には「体内に何かいる」というテーマのものが多く、『シーバーズ』では寄生虫(性欲の象徴)、『ヴィデオドローム』では銃(暴力の象徴)、『ザ・フライ』ではハエの遺伝子(科学技術の象徴)、『イグジステンズ』ではゲームの端末(仮想現実の象徴)がそれぞれに人体を変形させていくというプロセスを追っていて(『戦慄の絆』もリメイクによって「体内に何かいる」シリーズに加わった)、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』もオープニングから「現代文明」の断片が人間の体内に入り込んでいる状況を描いたものだということが推察できる。物語は海辺に横倒しになっている大きな船の遠景から始まり、船は明らかにタイタニック=文明の比喩で、人間のつくり出した技術がコントロールできなくなっている状態を表している。船からカメラが手前に移動してくると少年ブレッケンが海岸で遊んでいる。ブレッケンは母親ジュナに呼ばれて家に帰り、その夜、バスルームでポリバケツをバリバリと食べ始める。ジュナはブレッケンが寝たのを確認すると寝顔に枕を押しつけて我が子を殺す。場面は変わってヴィゴ・モーテンセン演じるソール・テンサーとレア・セドゥ(!)演じるカプリースが共に暮らす家。ソールは病人で、カプリースが看護をしているのかと思いきや、しばらく観ているとソールは体内で新たな臓器をつくり出すことができる人間に進化しており(加速進化症候群)、カプリースはそれを体外に取り出すショーを人前で繰り広げる芸術家だということがわかってくる。

 最初はなかなか理解が追いつかないけれど、人類は痛みの感覚というものを失っており、体の不調を自覚しづらい世界で痛みをどう認識するかが人々の価値観をなし、観客はその世界観に慣れていくしかない。ソールはいつも苦しそうにしていて、進化という概念とはどうにも結びつかず、そのような違和感を残したまま作品の世界観に馴染んでいくと、加速進化症候群というのはマリリン・チェンバース演じるローズが『ラビッド』で与えられた設定と同じだということがわかってくる。ローズが体内でつくられた新たな臓器を生かすために人の血を欲したのに対し、ソールはその臓器を摘出して人に見せることで生計を立てられるという変化がある。加速進化症候群という病名がついているぐらいで体内に新しい臓器ができるのはソールに限った話ではなく、人類にはポツポツと認められる事態となっており、ソールのような人間は体内で新たな臓器がつくられると政府の秘密機関である臓器登録所に登録することが義務づけられている。臓器登録所のラング所長をスコット・スピードマン、助手のティムリンをクリステン・ステュワート(!)が演じていて、臓器登録所はそのようにして生まれた臓器が遺伝的に次の世代に継承されないことを目的としている。いわば「進化」を監視し、抑制する機関なのである。『イグジステンズ』や『クラッシュ』は制御できなくなった文明に人間が振り回されていく一方だったけれど、人類はもう少し文明をコントロールできるように設定されていて、むしろ人間の身体能力をここまで過大評価できるのかという強い視点にはたじろぐしかない。ダーウィン研究家のスティーヴン・ジェイ・グールドはダーウィンはあくまでも「適応論」を説いたのであって、生命は環境に合わせるために進化したり退化するとしたにもかかわらず、人類はこの150年、「進化」だけに過剰反応を示していると嘆いていた。クローネンバーグもそういった意味では「環境の変化」に対して人類が「進化」するという考えしか持たないようで、『スキャナー』や『デッドゾーン』など超能力に目覚めた例や『ザ・フライ』ではハエの遺伝子を獲得したセス・ブランドルがその能力を面白がるシーンは彼にとって至福のヴィジョンと思えなくもない。「体内に何かいる」というのは、それが外に出てくる痛みと引き換えに高い能力を得ることを意味し、処女受胎のイメージにも重なっていく。過去には『フランケンシュタイン』を撮る企画もあったようだし、クローネンバーグはこれまでの作品群を通じて何度も新たな人類を創造してきたということなのだろう(ちなみにクローネンバーグは無神論者)。

 クローネンバーグの作品がすべてセックスの比喩だというのはフロイディアンに指摘されるまでもなく、クローネンバーグ自身が『シーバーズ』で商業デビューを果たす以前にソフトコア・ポルノを撮ろうとしていたこともあるので、リビドーが様々にトランスフォームした結果が後々の作品に結実していくというのはそうだろうし、それはわかりきっていることだから、「臓器の摘出ショー」を見ながらティムリンが言う「手術は新たなセックスよ」というセリフにもはや新鮮味はなく、交通事故を起こすことにエクスタシーを感じる『クラッシュ』と同じ価値観が繰り返されているのはやや時代遅れに感じられるところもあった。プラスチック可塑剤として使われるフタル酸ジエチルヘキチルがヒトの精子形成を妨げる要因となり、結果、この40年でマイクロプラスティックがヒトの精子を半減させてきたことはジ・オーブがサウンドトラックを務めたドキュメンタリー映画『Plastic Planet(https://www.youtube.com/watch?v=a7X-J1DhfjE)』(OST盤タイトルは『Baghdad Batteries』)でも言及されていたように、そのことを考えると、むしろ「人間をつくる」産科を構想したドラマ版『戦慄の絆』の方が『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』を取り巻く「環境」には対応していると僕には感じられた面もある。ヒトの精子が半減していることと子どもをつくらないセックスは直結する問題ではないはずなので、ティムリンが「手術は新たなセックスよ」と興奮する感覚がもうひとつ共有できず、「体内の美しさのコンテスト」というものが重視される世界観が僕にはまだわかっていないというだけかもしれないけれど。ドラマ版『戦慄の絆』が時にキューブリックを思わせる現代性をデザイン面でも強調した(真上からのショットも多め)のとは対照的に『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』は終末というよりもはや場末といった雰囲気の未来像を美術的には構築している。いつものチームとともにつくりあげた陰のあるマニエリスティックな色調は世界が停滞し、失望の底にあることを告げ知らせるには充分で、テクノロジーだけが見たこともないものに入れ替わっているという対比を際立たせる。ドラマ版『戦慄の絆』は後半で中絶禁止法を復活させたアトランタに乗り込むというアグレッシヴな「場所の移動」を経験するのに対し、『クライムズ・オブ・ザ・フューチャー』はアテネをロケ地に選び、背景に歴史をにじみ出させたかったといい、起源とその終焉を意識させるというのか、それこそ新たなものが生まれることを待っているという雰囲気を充満させていく。話が少し進むと冒頭で母親に殺された少年の遺体が冷凍保存されていたことが明らかにされる。(以下、ネタバレ)少年はプラスティックを食べることが可能な臓器を生み出していたのに、これを気味悪がった母親が殺してしまったのである。そう、冒頭の短いシークエンスは人類にとっての大きな悲劇だった……のかどうかは観た人が考えるところ。ソールとカプリースは少年の遺体を使って新たな人類が生まれていたことを公に広く知らせるショーをやらないかと持ちかけられ、どうしようか迷っていると、全身に耳を植えつけたイアー・マンのダンス・ショーを観たことに刺激され、ショーを開くことにソールとカプリースの気持ちは傾いていく。

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