「CE」と一致するもの

Cosey Fanni Tutti - ele-king

 ポルノ産業とは男性によって男性の快楽のために作られた装置で——日本でそれは、ポルノ産業との無関係を装ったさまざまなジャンルにおいて広範囲に機能している——、そこでは女性は非現実的なものとして客体化される。コージー・ファニ・トゥッティがポルノ雑誌のモデルやヌードダンサーをやったことは、1970年代のフェミニズムからするとポルノ産業への従属と解され、1976年の悪名高き〈Prostitution(売春)〉展とともに、権威的なアート界からも女性解放からも、そして国会からも個人攻撃の対象となった。
 社会の規範に迎合しないこと、不寛容に対するあらんかぎりの存在証明、立ち入り禁止の領域を横断すること——それが彼女の生き方であって、彼女のアートであるという考えが、彼女の自伝『アート セックス ミュージック』で明かされている。コージーの挑発的でセクシャナルなヌード写真がギャラリーに飾られている21世紀では、ウィメンズ・ポリティクスとアートの関係も再調整されたようで、当初言われていたような、それが低俗なポルノと高級なアートとの階層を粉砕するものだというよくある解釈が、いまでは中産階級的に思えてくる。あくせく働く必要のなかった中産階級の子息たちによる“過激な集団”COUMトランスミッションズのなかで、唯一の労働者階級出身だったコージーが働きながらアート活動を続けた話も自伝にくわしい。先日、『ワイアー』の表紙を飾った彼女だが、そのカヴァースートリーを読んで思わず声が出てしまったのは、これだけ国際的な名声を得たいまでも、コージーは生活のために働くことから逃れられていないという現実だ。こうした日々の生活と彼女のアートが無関係になることはあり得ない。自伝にあるように、彼女にとっては「人生がアート」なのだ。

 『2t2』は、コージー・ファニ・トゥティにとって2019年の『TUTTI』に続くオリジナル・ソロ・アルバムに数えられるが、その前に1枚、デリア・ダービシャーのドキュメンタリー番組『The Myths And Legendary Tapes』のためのサウンドトラックを2022年に発表している。コージーにとって、これが重要だった。
 ダービシャーは1960年代、BBCラジオの電子音響プロジェクトで働き、電子音楽家の先駆者のひとりとしていまでは日本でもよく知られている。コージーはドキュメンタリー番組の音楽を依頼されたことで、ダービシャーについて調べた。マンチェスター大学に残された彼女の資料を読みあさり、そして手記や記録を読んでいくうちに彼女の人生への共感がどんどん膨らんでいったのである。
 第二次大戦開戦の2年前、労働者階級の娘として生まれたダービシャーだが、数学の成績が抜群に優秀だったがゆえに、当時の労働者階級の少女としては極めて稀なことにケンブリッジ大学の奨学金を獲得した。数学を学ぶにはもっとも権威ある場所だが、彼女が専攻を数学から音楽に変えたのは、学内における根深い女性蔑視によって入学した女性の多くが余儀なく中退するなか、ダービシャーには音楽だけが逃げ場であり、楽園に思えたからだった。就職のため、BBCに異常な枚数の手紙を送りつけていたのも、そこは当時、英国内で唯一音楽を流す機関だったからで、BBCに行く以外のことが彼女には考えられなかった。
 ダービシャーを音響工学に向かわせたのは、数学的で、未来を予感させるヤニス・クセナキスによる電子詩だった。願いかなってBBCの音響プロジェクトに就職できたダービシャーだが、最初に彼女がもっとも苦労したのは、誰もが上品な英語を話すBBCという職場のなかで、労働者階級のコヴェントリー訛りを矯正することだった。彼女の最初の「音響プロジェクト」は自分自身の声の強制的な変調だったのかもしれない、コージーはそう書いている。
 そのいっぽうでコージーは、ダービシャーについて調べている時期に、たまたま古本屋でマーガリー・ケンプの本を見つけて、なんとなく気になって買った。ケンプは幻視体験をもつ14世紀の女性神秘家で、裕福な家の出ではあったが、その型破りな言動ゆえに迫害され、国外への巡礼を繰り返し、異端の罪で七度も告発されながら自分を貫いた人物である。コージーの人生において宗教はまったく縁のないものだったが、教会から「とんでもない狂女」と非難されたケンプは、1976年に「文明の破壊者」と国会議員から名指しで非難された自分と似ている、コージーはケンプの人生についても研究した——そして、ダービシャー、ケンプ、そしてコージー自身、生きた時代の違う3人の女の人生の共通点を見出しながら描いたのが、2022年に刊行された2冊目の書籍『Re-Sisters』だった(先述したコージーのコメントは同書からの引用)。本作『2t2』は、その延長にある。

 アルバムの前半は躍動感のある曲が並んでいる。1曲目の “Curæ(キュレイ)”──ラテン語で「注意」や「配慮」の意──を聴いていると、コージーが「レイヴ・カルチャーに参加できなかったことを後悔している」と発言したことを思い出す。アルバムの中盤以降では、彼女のコルネット、そして今作における重要な楽器であるハーモニカをフィーチャーしたアンビエント風の曲が続いている。とくに “Threnody” と“Sonance”の2曲では、興味深いことにコージーの穏やかな境地を感じることもできるが、そう簡単に晴れ晴れとした気持ちにはなれないとでも言いたげに、アルバムには闇があり、低音がある。自伝『アートセックス ミュージック』の映画化が決まり制作がはじまろうとしたとき、ジェネシス・P・オリッジの遺産管理団体がTGの曲の使用の許可をしなかった(使用にはメンバー全員の許諾が必要)。インダストリアル・ミュージックの起源とスロッビング・グリッスルの結成を描く映画に対するその対応が、自伝のなかでオリッジからの虐待を書いたコージーへの報復であろうことは察しが付く。最初は「ふざけんな」だったコージーの反応は、しかし最後には、並外れた忍耐と交渉の果てに得た合意における勝利の「ありがとう」、そして「ふざけんな」を添えた感情へと変わっていた。その先に生まれたのが、『Re-Sisters』であり本作『2t2』である。

 コージー・ファニ・トゥッティという名前は、モーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」 (「女はこうするものだ」の意)をもじったものだというが、つくづくこの芸名は素晴らしいアイロニーだ。
 『Re-Sisters』には、最後に素晴らしい一文がある—— ‘WILL’ではなく ‘WON’T’。つまり「やらないこと」「拒絶すること」、彼女たちが男性優遇の社会のなかで自分の居場所を見出すためにやったことが「従属への拒絶」だったことは大きな意味があるように思う。「私たちがいまやっていること自体は、たぶん重要ではない。けれど、いつか誰かが関心を持って、この土台のうえに何か素晴らしいものを築いてくれるかもしれない」というアート活動にともなう宿望、男性アーティストからはなかなか出てこない言葉ではないだろうか。本作『2t2』を聴いた誰かが、いつかさらに素晴らしいものを作るだろう、そんな思いを抱かせるような音楽は決して多くないのだ。

〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉 - ele-king

BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025

 ele-kingで絶賛執筆中のデジさん(緊那羅:デジ・ラ)、音楽活動も精力的にやっています。7月20日に東京のアンダーグラウンドの牙城、幡ヶ谷 FORESTLIMITにて、〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉を主催します。とても面白そう。参院選の日、夜は幡ヶ谷に集合です!

〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉
Artists :
Heejin Jang
Taro Aiko from M.A.S.F.
Kinnara : Desi La
DJs : Moemiki
Deadfish Eyes 2025/07/20
幡ヶ谷 FORESTLIMIT
adv ¥2300 w/1D /// door ¥2500 w/1D
Open 18:00

2025/07/10迄——予約はaimaidebakuzen@yahoo.co.jp
2025/07/10以降——当日券(door)になります。

https://docs.google.com/forms/d/e/1FAIpQLSf7KdhsC8wMDdjymQtYj9MKyDc2ahmMig0ibbD8gwOy0jqVEw/viewform

 みなさん、こんにちは。お知らせがあります。7年ぶりにBEAUTIFUL MACHINEが帰ってき ます——その名も「BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE」。2013年に初開催し、6年間 続けてきましたが、様々な限界にぶつかり、沈黙していました。
 ノイズ・ミュージックとレイヴ・カルチャーの融合、そして「マシン」そのものへのオマー ジュという二重の意図から生まれたBEAUTIFUL MACHINEは、クラブ・シーンで活躍する DJたちと先鋭的な電子音楽アーティストたちをつなぎ、日本の2つの強力なアンダーグラ ウンド文化を11回以上にわたりクロスオーヴァーさせてきました。

 〈BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025〉では、韓国から電子音楽アーティストHeejin Jangをヘッドライナーとして迎えます。彼女の来日は2018年以来初となります。さらに、 ノイズペダルメーカーTaro Aiko (M.A.S.F.)、ジューク・シーンやGqom愛好家のMoemiki、そ してイベント〈Ximaira〉よりロマンティックなインダストリアルセレクションを届ける Deadfish Eyesが出演。そして最後に、緊那羅 : Desi Laが、新作「Demons to some, Angels to others」からの最新セットを披露します。

 After a 7 year absence, BEAUTIFUL MACHINE is back — this time as BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE. First launched in 2013, the event ran for 6 years straight before going dark. Inspired by the idea of fusing noise music and rave culture with the parallel dual intention of paying tribute to the "machine" itself, Beautiful Machine brought together DJs active in the club scene and seminal electronic artists, cross mixing two of the strongest underground cultures in Japan over 11 times.
BEAUTIFUL MACHINE RESURGENCE 2025 is bringing together headliner electronic artist Heejin Jang from Korea in her first visit to Japan since 2018 with noise pedal creator Taro Aiko of M.A.S.F., heavy hitting djs juke and Gqom enthusiast Moemiki and Deadfish Eyes of event Ximaira serving up a romantic industrial selection, and lastly Kinnara : Desi La, playing a brand new set from his upcoming release ”Demons to some, Angels to others”.

■Heejin Jang
 ヒジン・チャン(Heejin Jang)は、韓国・ソウルを拠点に活動する アーティストです。彼女のライブサウンドパフォーマンスでは、即 興のコンピュータ音楽を披露し、日常的で些細な音の要素から着想 を得て、それらを再構成し、瞑想的な体験やデジタルによって引き 起こされるパニックのような現象的な空間を創り出します。ヒジンは、ザ・ラボ(The Lab)、ヤーバ・ブエナ芸術センター (Yerba Buena Center for the Arts)、ムムック・ウィーン(mumok Vienna)、ハーベスト・ワークス(Harvestworks)、ライズームDC (Rhizome DC)、ハイ・ゼロ実験音楽フェスティヴァル(High Zero Experimental Music Festival)、センター・フォー・ニュー・ミュー ジック(Center for New Music)、ダブラブ(DubLab)などでライヴパフォーマンスや作品展示を行ってきました。彼女の音楽は、 『The Quietus』、『NPR』、『The Wire』などでも取り上げられて います。
Heejin Jang is an artist based in Seoul, South Korea. In her live sound performance, Heejin presents a set of improvised computer music. She arranges and synthesizes sonic spaces that draw from the everyday and the trivial, re-forming them into phenomenal situations of meditation or digitally induced panic.
Heejin played live and exhibited her pieces at The Lab, Yerba Buena center for the arts, mumok Vienna, Harvestworks, Rhizome DC, High Zero Experimental Music Festival, Center for New Music, DubLab, and many more. Her music has been reviewed on The Quietus, NPR, The Wire and more.
Music:Bandcamp: https://heejinjang.bandcamp.com/
Website: https://heejinjang.com/

■ Taro Aiko from M.A.S.F.
 ノイズ・シーンから圧倒的な支持を得る音響ブランドM.A.S.F.の開発者にしてエレクトロニクス奏者。自身が設計制作した発振器やエ フェクターを用いた独自のハードスタイルを追求・展開してきた。 近年はモジュラーシンセサイザーを用いた演奏を取り入れ、より過 剰な音響演出を試みる。節度や常識を一切考慮しないそのオリジナ ルな創作は、音を生成する瞬間に演奏者と聴き手の境界を溶解させ る、自己生成する生物としてのノイズである。
A developer of the highly acclaimed sound brand M.A.S.F., which has earned overwhelming support from the noise scene, and an electronics performer. He has pursued and developed a unique hardstyle using self-designed and built oscillators and effects units. In recent years, he has incorporated modular synthesizer performances, pushing toward even more excessive sonic presentations. His original creations, unconcerned with restraint or convention, generate noise as a self-generating organism that dissolves the boundaries between performer and listener in the very moment of sound creation.

■ Deadfish Eyes
 ポスト・パンクやニューウェイヴ等の音楽から強く影響を受け、インダストリアルミュージックやノイズを織り交ぜた、耽美主義的な表 現を得意とするDJ。 マイノリティのためのクィアパーティー「Ximaira」を主催し、レジデントも担当。
A DJ heavily influenced by post-punk, new wave, and known for their decadent expression that blends industrial music and noise. They are the organizer and resident of "Ximaira," a queer party for minorities.

■Moemiki
 トリップ・ホップからクラブ・ミュージックの世界に入り、フットワークの洗礼を浴びて2018年よりパーティオーガナイズと DJ活動を開始。エクスペリメンタル/ゴルジェ/フットワークを行き来す る呪術的なアプローチが持ち味。好きなBPMは160。
Entering the world of club music through trip-hop and baptized by juke/footwork, she began organizing parties and DJing in 2018. Her signature style is a shamanic approach that traverses experimental, gqom, and juke. Preferred BPM: 160.

■Kinnara : Desi La(緊那羅:デジ・ラ)
 緊那羅:デジ・ラは、電子音楽家、3Dモーションアーティ スト、グラフィック・デザイナー、クリエイティヴコーダーとしてジャンルを 横断しながら活動する多才なクリエイティヴ・アーティストです。新たなテク ノロジーと建築的世界のリズムを芸術を通して表現することにフォーカスし た未来派のアーティストでもあります。緊那羅:デジ・ラは、ライヴ・パフォーマンス作品であるオーディオ・ヴィジュアルパフォーマンス《CHROMA》やアンビエントAV作品《SPHERE OBJEKTS》、漆黒の中で行われる没入型電子音響体験《DARK SET》、多層的なテーマを持つ音楽リリース、そしてWeb3上に構築された抽象的なミクス トメディアによる空間的ゲーム/ギャラリーなど、幅広いメディアと表現形 式を行き来しながら活動しています。
 彼のヴィジョンの核心にあるのは、「未来主義」であり、社会の進化を積極的 に受け入れること。それは、過去のすべてを再解釈・再構成・再構築し、現 在そして未来の世代のために進化させるという考えに基づいています。保存 ではなく、再構成こそが重要なのです。
緊那羅:デジ・ラのヴィジュアル作品は、渋谷や銀座のアンダーグラウンドな 空間で展示されたほか、シンガポール、マレーシア、インドネシアなど海外でも発表されています。彼の代表的イベント《BEAUTIFUL MACHINE》は 2013年に始まり、6年間で11回開催された後、いったん幕を閉じましたが、 現在《BM》は再び蘇りつつあります。
Kinnara : Desi La is a versatile Creative prolific as an electronic musician, 3D motion artist, graphic designer, and creative coder working across genres. A futurist focused on expressing the rhythms of the new technological and architectural world through his art. Kinnara : Desi La bridges his art between live performance works like his audiovisual performance CHROMA and ambient audiovisual SPHERE OBJEKTS, pitch black DARK SET explorations in intense electronic listening, multi-thematic music releases and his abstract mixed media spatial game / gallery in web3. Kinnara : Desi La`s total vision embraces futurism, the embrace of advancement in society as a cornerstone of his world view. All things of the past should be reinterpreted, remixed, reconstructed, and rebuilt for the advancement of our current and future generations. Reconfiguration versus preservation.
Kinnara : Desi La`s visuals have been shown in the depths of Shibuya and Ginza and internationally in Singapore, Malaysia, and Indonesia.
Kinnara : Desi La`s flagship event BEAUTIFUL MACHINE began in 2013 and continued for 6 years over 11 times before going dark. Now BM is resurrected.
https://kinnara-desila--afrovisionary-creations.bandcamp.com/

Theo Parrish - ele-king

 9月7日、福井市中央公園で開かれるONE PARK FESTIVALへの出演がアナウンスされていたセオ・パリッシュ。その前日にあたる9月6日、東京での公演が決定した。会場は渋谷のO-EASTで、オープンからラストまでのロング・セットを披露。しかもヴィジュアルは宇川直宏とREALROCKDESIGNが手がけるとのことで、これは行くしかないですね。

[8月15日追記]
 東京、福井につづいて大阪公演が決定しました! 9月9日(火)18:30~23:30@NOON、当地の方は駆けつけましょう。

9月9日(Thu)大阪 NOON
Theo Parrish open-close set

DJ: Theo Parrish
PA: Kabamix

Coffee: edenico
Food: Simba Curry

open 18:30 - close 23:30

Door 5,000yen+1drink
ADV 4,000+1drink

Ticket Info
Mail Reservation https://noon-cafe.com/events/theo-parrish-yoyaku/
RA https://ja.ra.co/events/2233023
e+ https://eplus.jp/sf/detail/4383230001

Info: NOON + CAFE http://noon-cafe.com
大阪市北区中崎西3-3-8 Tel 06-6373-4919
AHB Production http://ahbproduction.com

これまでいろんな活動をしてきた「VINYL GOES AROUND」ですが、昨年はレコードプレス工場を立ち上げ、そして年末にはレコード専用アプリもローンチしました。アプリはまだベータ版ではあるものの、すでにたくさんの方に使っていただいており、大変感謝しております。

さて、前回のコラムでも紹介しましたが、「どんなアプリなの?」という方のために、もう一度少し説明を。ざっくり言うと、“レコード版のInstagramとメルカリが合体したようなアプリ”です。
Instagramのように、自分のレコードジャケットの画像をきれいに並べて、コレクションを管理したり、ほかのユーザーと共有したり、交流したりできます。さらに、アプリ内でレコードの売買もできるようになる予定(こちらはまもなく公開予定!)です。
この、自分の持っているレコード・ジャケットをずらっと並べていく機能を、私たちは「ギャラリー」と呼んでいます。ただ並べているだけでも、けっこう楽しいツールです。自分のコレクションを眺めて優越感に浸りながら、酒が呑めるこの感じ。これにはレコード好きのロマンが反映されているなと自負しております。
そんな中で、この「ギャラリー」機能をとても活用してくれているユーザーさんを、こちらでピックアップしてインタビューさせていただくことにしました。
その第1弾として今回お話を伺ったのが、現在の投稿数トップ5に入っているであろう「Kamiroquai」さん。なんとその投稿数、1500枚超え!?私たち自身もコツコツ投稿していますが、1500枚という数字はなかなか到達できないボリューム。それをあっさりやってのけたKamiroquaiこと、神谷国俊さんに個別でコンタクトを取り、インタビューをお願いしたところ、なんと二つ返事で快諾してくれました。
岐阜にお住まいとのことで、今回はZoomでお話を聞かせていただきました。

VINYLVERSEチーム(以下、V):神谷さん、本日はお時間いただきありがとうございます。

神谷: こちらこそ、よろしくお願いします。

V:少しずつユーザー様が増えてきた中で、頻繁にお使いいただいているユーザー様の生のお声を聞いて、サービス改善に生かしたいなということと、私たちが考えた以上に様々なレコードコレクターの方が集まってくださっていて、そのコア・ユーザーの一人でもある神谷さんに、VINYLVERSEの使い方やレコードライフについて色々とお話を伺いたくて、お時間をいただきました。実はこのインタビュー企画、第1回目なんですよ。

神谷: そうなんですか。それは光栄です。

V:まず、VINYLVERSEを知ったきっかけを教えていただけますか?


神谷: えっと、Wooden GlassのPHYGITAL VINYLを購入した時に案内のフライヤーが入っていて、それでアクセスしてみたのが最初です。

V:ありがとうございます。その時にアプリの存在を知っていただいたんですね。

神谷: 登録してみたら面白そうだったので、ちょっとずつレコードをアップし始めた感じです。新譜を買ったり、中古のレコ屋で何か買ったらアップしてます。でもまだ全部はアップできてないので、まぁ、ちょっとずつアップしてますね。

V:そもそもレコードを集め始めたのはいつ頃からなんですか?

神谷: 高校の頃ですね。僕、1974年生まれなんですが、当時レコードって安くて。本屋の隅に段ボールで500円くらいで売っていて。お小遣いも限られてるし、いろんな音楽をたくさん聴きたかったので、自然とレコードに手が伸びたって感じです。

V:最初に買ったレコードって覚えてます?

神谷: たぶん、ディープ・パープルの『マシン・ヘッド』か『BURN』ですね。どちらも500円とかでした。

V:なるほど。結構長い年月レコードコレクションされてると思うんですけど、大体何年間ぐらいコレクションされているんですか?

神谷: 高校1年か2年の時に買ったので、かれこれ35年ぐらいですかね。

V:すごいですね。

神谷: いやいや、まあ、その頃はまだそんなにバンバン買ってなかったので。で、大学に入ったらフリーソウルのブームとかレアグルーヴの流れがあって、そういうものに影響を受けて、中古のレコード屋さんに行くような感じでした。まぁでもその頃もすでに高値がついてるレコードもたくさんありましたね。

V:岐阜にお住まいとのことですが、レコード屋さんってけっこうあったのですか?

神谷: 当時は5〜6軒くらいはあったかな。小さな個人店がほとんどでしたけど、今はもう1店舗くらいじゃないかな。名古屋まで足を運ぶことも多かったですね。バナナレコードの隣でバイトしてたんで、休憩時間によく覗いてました(笑)。店長さんはロック好きなんですけど、セレクトは幅広かったですね。僕は今はブラックミュージックやシティポップが好きなんで、今でもよく掘ります。

V:今はお店よりもオンラインで購入する方が多いという感じですか?

神谷: そうですね、オンラインが7割、リアル店舗3割って感じですかね。

V:なるほど。参考になります。ありがとうございます。ところで、アプリの使い方についてお伺いしたいのですが、今はどんなふうに使っていただいていますか?

神谷: 新譜や中古盤を買ったらアップしています。全コレクションはまだアップしきれていないですけど、時間を見つけて登録していますね。

V:今後、アプリにあったらうれしい機能はありますか?

神谷: 並び替え機能、特にアーティスト名順がほしいですね。あと、他のユーザーさんとの交流がもっとできたらいいなと思います。コメント機能とか。

V:ちょうど今後のアップデートで、レコード投稿へのコメント機能が入る予定なんです。1対1のダイレクトメッセージではないですが、他のユーザーとオープンなやり取りができるようになります。

神谷: それは面白そうですね。ちょっとした交流ができるだけでも、使い方が広がると思います。

V:ご家庭をお持ちとのことですが、レコード収集についてご家族から、レコードばかり買っていて怒られたりとかしないんですか?(笑)

神谷: めちゃくちゃ言われます(笑)。子どもは15歳と9歳なんですが、「またレコード届いてる」って言われますね。

V:それでも買い続けている原動力はどこにあるんですか?

神谷: 音楽が本当に好きなんですよね。あと、広告の仕事をしていたのでジャケットのデザインも好きで。CDのサイズじゃなくて、レコードの大きさで見るアートはやっぱり魅力です。サブスクも使いますけど、流し聴きになりがちで。レコードの「手間」がかかる感じがいいんですよ。

V:思い入れのある1枚ってありますか?

神谷: BUDDHA BRANDの『人間発電所』ですかね。日本語ラップの印象を変えた1枚でした。あとは、ナイキのCMで使われた、Dev Large、Zeebra、Twigyの『PLAYER'S DELIGHT』も。若野桂さんのジャケットで、それがきっかけで彼の作品も集めてました。

V:逆に「今欲しいけど持っていない」レコードは?

神谷: (ジャケットを手に取りながら)今ちょうど手元にあるんですけど、井上順の『プレイボーイ講座12章』っていうレコードで、語りと音楽が融合した企画盤ですごく昭和な雰囲気があって好きなんですよ。演奏もちゃんとしていて、ピチカート・ファイブの小西さんが関わっていて。
で、その元ネタがあって。円楽師匠の『プレイボーイ講座12章』っていうレコードなんですけど、これがめちゃくちゃ欲しいんです。昔から探していますが、これは本当にレアで見つからない。

V:これは珍しそうですね。知りませんでしたが前田憲男がやっているんですね。良さそうですね。

神谷: CDは出ているんですけどアナログの再発がないので。是非、Pヴァインさんでやってください(笑)

V:そうですね、ちょっと調べてみますね。ところでPHYGITAL VINYLについてはどう感じましたか?

神谷: ワクワクしました。特典で送ってもらった10インチもとても嬉しかったし、毎回あれは大変かもしれないけど、特典は楽しみですね。

V:特典として、例えば「制作中の別テイクを所有者にだけ配信」とか、「ライブ会場での限定アイテム」とかはどうでしょう?

神谷: 面白いと思います。あと以前、NasとMF Doomのアナログで「2枚そろえると完成する」みたいなパッケージがあったんです。そういうコレクション性もアリだなと。

V:今、1500枚ぐらいギャラリーにレコードをアップしていただいてますが、何かこだわりのポイントってありますか?

神谷: もう全然なくて、目に映って「あ、これあげてないな」ってのをあげてる感じですね。後から見返して、自分で「こんなにレコード持ってるんだな」って再認識するのはとても楽しいです。

V:今レコードがすごく高いじゃないですか。それについてどう思いますか? 不満とか、色々あるとは思うんですけど。

神谷: まあ、そもそも世の中の物価が上がってるから仕方がないかなとは思うんですけど、最近は無駄な買い物をしないように、「10年後に果たしてこれをまだ聴いてるかな」って常に自分に問いかけて選ぶようにしています。最近はあんまりたくさん買えないので、今、売れているからっていうだけのものにあまり飛びつかずに、本当に自分が聴くのかどうかってところで吟味しています。でも、もうちょっと安いと嬉しいですね。たまに新品で8000円のLPとかありますよね。5000円ぐらいまでだとありがたいなと思うんですけど。

V:神谷さんにとって、ズバリ、レコードの魅力は何でしょう?

神谷: ジャケットですかね。やっぱり“物”として見えることですね。あとはやっぱり封を開ける時のワクワク感。中学校時代、CDを買ってきた時にビニールを開けるのがすごくワクワクしてたんですよ。今はあの頃みたいなワクワク感はなくなってしまいましたけど、それは年を取ったのもあるかもしれない。でも、当時は限られたお小遣いの中で1ヶ月に1枚買うのが限度だったので、その1枚を悩んで悩んで買って、開ける時の喜びって、サブスクでは味わえないと思うんです。そういう意味では、開ける時にワクワクするし、盤をプレイヤーに載せる時も“儀式”みたいなもんじゃないですか?レコードって。

V:ふるまいが一つの作法みたいな部分はありますよね。

神谷: それがやっぱり魅力かな。「めんどくさい」って思っちゃうと、もうダメなんでしょうけど、でも見ても楽しめる。音楽が“見ても楽しめる”って、サブスクにはないですよね。針を落とすと、盤の溝に沿って進んでいくのが見られる。それってすごいなって思います。本当に、盤に刻まれた溝を針がなぞるだけで音が出るって、すごい発明だなと思います。

V:見て、触って、楽しめるっていうのはやっぱり大事な気がしますよね。

神谷: うん。そうですね。そこから生まれてくる音って、感動が違う気がしますね。

V:最後に、今レコードブームが来ていて、若い人がレコードを初めて買うということが増えていますが、何か若いコレクターにメッセージがあったら、ぜひ。

神谷: やっぱり、結婚して子どもが生まれると、レコードを買うのをやめてしまう方って多いですよね。でも、1ヶ月に2〜3枚でもいいので、買い続けてもらって、お子さんと一緒に親子でレコードを楽しんでほしいです。子どもは意外とレコードを楽しむので。

V:いいお話です。本当にそうですね。

神谷: やっぱり実際に触って、音がリンクするって、子どもにとってはすごく面白いんでしょうね。自分が触った手で、音が止まったり再生したりするって、こういうメディアはなかなかない。サブスクも僕は使いますけど、両方うまく使っていけたらいいなと思いますね。

神谷さんとの対談は、レコードに対する深い愛情とそして生活に根付いた音楽との向き合い方が伝わってくる貴重なお話しでした。PHYGITAL VINYLの企画を含め、私たちVINYLVERSEチームがレコードカルチャーを次のステージに進めていく上で、まさに理想のユーザー像を体現されているお一人だと感じました。

次回のアップデートやリリースにも、ぜひご期待ください。

神谷さん、本当にありがとうございました!

VINYLVERSE アプリ

interview with GoGo Penguin - ele-king

 UKの新世代ジャズを代表するゴーゴー・ペンギン。クリス・イリングワース(ピアノ)、ニック・ブラッカ(ベース)、ロブ・ターナー(ドラムス)というピアノ・トリオ形式の彼らは、通常のジャズの枠では括り切れない存在だ。「アコースティック・エレクトロニカ・トリオ」とも評される彼らは、これまでのピアノ・トリオの概念を変えるスタイルで、クラシックや現代音楽はもとより、テクノ、ドラムンベース、ダブステップ、エレクトロニカといったクラブ・ミュージックの要素や概念を演奏や作曲に取り入れており、アプローチとしてはエレクトロニック・サウンドをアコースティックな生演奏で表現しているとも言える。2018年に『A Humdrum Star』リリース後の来日ツアー時に取材した際は、「あくまで演奏の軸となるのはアコースティック楽器。僕らのスタイルであるアコースティック楽器で演奏するエレクトロニック・ミュージックというのに変わりはない」と発言していた。

 そんなゴーゴー・ペンギンだが、2020年に自身の名を冠した『GoGo Penguin』を発表した後、世界はコロナ禍に見舞われる。そして、2021年にドラマーがロブ・ターナーからジョン・スコットへと交替し、2015年から契約を結んできた〈ブルーノート〉から離れることになった。そうして2023年に新生ゴーゴー・ペンギンは、〈ソニー・マスターワークス〉傘下の新レーベル〈XXIM〉から第1弾アルバム『Everything Is Going To Be OK』を発表し、コロナのために長らく封印されてきたワールド・ツアーも再開する。精力的にツアーをおこなうなか、2023年のフジ・ロック・フェスティバル出演をはじめ、日本でも何度か公演をおこなってきた。2024年には地元マンチェスターでのスタジオ・ライヴを収めた『From the North: Live in Manchester』をリリースし、スタジオ録音による音源がライヴでさらに変化や進化を遂げているところも見せてくれた。そして、このたびスタジオ録音盤としては2年ぶりのニュー・アルバム『Necessary Fictions』が発表された。あくまでアコースティック楽器によるトリオ演奏にこだわってきた彼らだが、今回はシンガーなどゲスト・ミュージシャンとの共演があるなど、いろいろと変化が見られる。もちろん3人の演奏という核となる部分はそのままに、新たに挑戦しているところも見られるアルバムだ。そんなところを含め、マンチェスターの自宅にいるクリス・イリングワースとニック・ブラッカに話を訊いた。

ゴーゴー・ペンギンはピアノ・トリオというとらえ方をされることもあるんだけど、実際にはそんなことはなくて、3人が平等な関係にあるグループなんだ。(クリス・イリングワース)

今回のele-kingのインタヴューは、2018年の『A Humdrum Star』リリース後の来日ツアー時に取材して以来となりますが、この7年間でバンドにはいろいろと変化がありました。2021年から2023年にかけてとなりますが、ドラマーがオリジナル・メンバーのロブ・ターナーからジョン・スコットへ交替し、〈ブルーノート〉から〈XXIM〉へ移籍しました。コロナ禍やパンデミックによる社会の変化にも重なっていたと思いますが、この頃バンドには何らかの変革があったのでしょうか?

ニック・ブラッカ(以下、NB):確かに、そのとき起こっていることは人間わからないものだし、バンドに限らず人って日々ゆっくり成長したり、変化しているじゃないか。だから後で振り返ったとき、こんなにも変わったんだなって思うんであって、その真っただ中にいるときは変化に気づかないものだったりする。でも、言われたとおりに『A Humdrum Star』の後にコロナになって、コロナ以前と以降で世界が変わったし、個人的にも変わったところがあったと思う。それはドラマーが新しくなったりとかもあるけれど、いま変化を経た後、とってもいい場所に自分たちはいるなと思っている。

レーベルの移籍について掘り下げると、〈ブルーノート〉はジャズ専門レーベルで、一方〈XXIM〉はもっと幅広く音楽全般を扱うなかで、特にポスト・クラシカルなどに強いレーベルというイメージがあります。そうしたレーベル・カラー的なものがバンドの方向性に繋がったところはあったりするのでしょうか?

クリス・イリングワース(以下、CI):う~ん、それはどうかな……最初〈ブルーノート〉と契約したときはすごく誇らしいことだったし、大きなレーベルだったから自分たちにとって大事件だったけど、でも音楽的にはこういったものを作れというようなプレッシャーをかけられることは一切なくて、自分たちのやりたいようにさせてくれた。ただ、確かに〈ブルーノート〉と言えば世界を代表するジャズ・レーベルだから、自分たちのなかで知らず知らずのうちにそれに見合ったものを作らなきゃというようなプレッシャーをかけてしまっていたのかもしれないけどね。そして、〈XXIM〉に移ったからといって、自分たちがポスト・クラシカルなものをやっているかといえば、そうじゃないと思う。自分たちにはロックとか、ドラムンベースとか、もっとエレクトロニックなサウンドとか、そういった影響もあったりするわけで。何をするにしても、レーベルは100パーセントの力で我々をサポートしてくれて、やりたいことをやっていいと言ってくれてるから、本当に自由にできているんだ。バンドって僕ら3人だけじゃなく、マネージャーやレーベルなどを含めたチームだと思っているから、そのチームの全員がそれぞれの役割を果たしているんだ。日本だとレーベルは〈ソニー・ミュージック〉になるんだけど、世界中をツアーとかで回るときも、そうした各国のレーベルが僕らをサポートしてくれているからね。

ロブからジョンへのドラマーの交代は、バンドのサウンド面での変化をもたらしましたか?

CI:人間関係ってつねに動いたり、変化したりするものだと思うんだ。音楽に対する考え方だったり、もしくは仕事への取り組み方だったりとかに変化や違いが出てくることがあるんだけど、バンドを続けていくなかで僕とニックはより絆が深まっていって、一方ロブは離れることになってしまった。ゴーゴー・ペンギンは僕とニックによってある程度できあがっていた部分があるけど、そこに新たにジョンという個人が入ってきた。彼は僕らと音楽への考えや向き合い方をシェアできる人物だと思う。ゴーゴー・ペンギンは僕がピアニストということもあって、ピアノ・トリオというとらえ方をされることもあるんだけど、実際にはそんなことはなくて、3人が平等な関係にあるグループなんだ。グループによっては、メインがいて自分はサポート的な立場でいいと満足するミュージシャンがいたりする場合もあるけど、ジョンは決してそうではなくて、バンドの同じ3分の1を担うミュージシャンなんだという意識で挑んでくれる。一緒にやり始めて4年が経つけれど、もっとそれ以上に長くやっているような気にさせてくれるんだ。僕とニックの間には阿吽の呼吸みたいなものがあるけど、ジョンはそれを理解しようと努めるだけじゃなく、その上に新たなアイデアを出してくれることもあって楽しいんだ。僕ら3人は兄弟とか家族のように一緒にいて居心地のいい関係を築けていて、今後もさらにいいものになっていくんじゃないか楽しみだよ。

年をとるとこれまで辿ってきた道を振り返ることが増える。それは感傷的になってノスタルジーに浸るのではなくて、自分がこれまでやってきたことは一体何だったのだろう? 不要なものがあったのではないか? それは捨ててしまうべきではないだろうか? そんなことを考える時期で。(ニック・ブラッカ)

ここからは新作についていろいろ話を伺います。まず抽象的なタイトルの『Necessary Fictions』について、ニックのセルフ・ライナーでは「私たちができる限りオープンで正真正銘の人間であろうと努力し、幼少期に身につけた保護マスクを脱ぎ捨てることを意味している」と述べていますが、今回のアルバムには自身の振り返りや客観視があったということでしょうか? “Umbra” や “The Truth Within” など、自我や自身の内面を探求するような楽曲が多く見られるわけですが。

NB:直接的には『Middle Passage』という本を読んだことがヒントになっている。人が年をとって中年に差し掛かってきたころに感じることが書かれていて、たとえば若いときは先のこと、次のことばかり考えるものだけれど、年をとるとこれまで辿ってきた道を振り返ることが増える。それは感傷的になってノスタルジーに浸るのではなくて、自分がこれまでやってきたことは一体何だったのだろう? 不要なものがあったのではないか? それは捨ててしまうべきではないだろうか? ……などと自分も含めてそんなことを考える時期にきていて、それを『Necessary Fictions』という言葉に託した。そしてバンドに当てはめると、ある曲を書いて、これまでとは全然異なるタイプの曲ができたときに、周りのオーディエンスはそれを一体どう考えるだろうか? いままでと違い過ぎて受け入れられないんじゃないか? と頭に過ることがあるかもしれない。でもそうではなくて、いま自分たちが本当にやりたいこと、進むべき道を歩むことこそが大切だと思っていて、それが『Necessary Fictions』なのだと。

『Middle Passage』は誰かのエッセイ、もしくは何か心理学に関する本ですか?

NB:ジェイムス・ホリスという心理療法士の本だ。僕の妻も心理療法士で、彼女にもこの本をリコメンドしてあげたよ。僕はいろいろなことに興味があって、心理学もそのひとつなんだけど、毎週いろいろな本を推薦してくれるニュースレターに登録していて、そこからこの本を見つけたんだ。こうした具合に頭の中、心の中をいろいろな角度から読み解いていくことがとても好きなんだ。

いままでにない新しいタイプの曲によって人々が混乱するんじゃないかと仰いましたが、『Necessary Fictions』は “What We are and What We Are Meant to Be” という曲が象徴するように、過去のゴーゴー・ペンギンと現在の自分たちを対比させ、新たな世界を生み出していく姿勢が見られるのではないかと思います。その最たる例が “Forgive the Damages” で、ゴーゴー・ペンギンにとって初めてシンガーとコラボした楽曲となっています。フォーキーなムードの素晴らしい作品となっていて、これまでのゴーゴー・ペンギンのイメージを覆すものとなっていますが、どのような意図でこの曲を作りましたか?

CI:ヴォーカルを入れたり、シンガーとコラボすることは、ずっと昔から考えてはいたんだ。実際に他の人やシンガーの側からオファーを受けたこともある。そうした際には、僕らの音楽にとってそれが必要なものなら、必然性のあることなら考えるよと返事はしてきた。そうして、その必要がないままいまに至っていたんだ。今回 “Forgive the Dameges” の原型となる曲を書いたときには、ヴォーカル曲を作ろうと思ってスタートしたのではないんだ。ただオープンでまっさらの状態から始めたんだけど、作っていくなかで強く感情を揺さぶられるものが芽生えてきて、インストのままだと何かひとつ物足りないなと思うようになった。じゃあ何を入れようかってなったとき、最初はフィールド・レコーディング的に人の声や会話、ノイズを入れようとした。でも何か違う。次にスポークンワードを入れてみたけど、これもちょっと違う。じゃあ、ヴォーカルを試してみようかということで、やってみたんだ。だから、最初からヴォーカル曲を作ろうとしたんではなくて、いろいろと紆余曲折を経てできた曲なんだ。

NB:ヴォーカルのダウディは昔からの友人で、いまはスロヴァキアに住んでいるんだけど、昨年たまたまマンチェスターに来る用事があったから、そのタイミングでレコーディングに呼んだんだ。その日はマンチェスターにしては珍しく天気が良くて、スタジオにある庭でお茶を飲んで、アルバムの話とか、さっき言った心理学の本の話をしてあげた。曲のデモを彼に聴いてもらったら、歌詞を作って歌ってくれて、そうやってレコーディングしたんだ。

人間が住む場所や環境は人間にとってとても大事なものだし、僕らもツアーなどから家族や友人のいるマンチェスターに戻ってきて、いまの自分がいるのはこのホームあってのものなんだということを実感する。(ニック・ブラッカ)

ダウディ・マツィコはウガンダ人の両親を持つシンガー・ソングライターで、あなたたちとマネージャーが共通するポルティコ・カルテットのサポート・アクトを彼が務めていたときに知り合ったそうですね。彼が持つダークなムードは、ロンドンのアルファ・ミストが作るヴォーカル作品にも通じるイメージがあります。

NB:うん、わかるよ。

『Necessary Fictions』にはほかのアーティストとのコラボがいくつかあって、室内音楽楽団のマンチェスター・コレクティヴやヴァイオリン奏者のラーキ・シンと共演しています。その “Louminous Giants” や “State of Flux” では、彼らの奏でるストリングスがこれまた新たな化学反応を起こしているわけですが、こうしたストリングスとの共演はいかがでしたか?

CI:ゴーゴー・ペンギンのパートの録音は全て終わって、その録音素材を持ってストリングス用の録音スタジオへ行ったんだ。これまではつねに自分たちはスタジオで演奏して、録音していたけれど、こうした別録音は初めてのことだったよ。スタジオで自分たちの演奏が流れ、それを別のミュージシャンたちが聴いてストリングスをアレンジし、演奏していく光景を見るのはとても奇妙な感覚で面白かったよ。マンチェスター・コレクティヴはヴァイオリン4本、ヴィオラ2本、チェロ2本の8名で、ストリングス・セクションとしては小ぶりなんだけど、スタジオではとても大がかりに演奏していて、僕らの音楽がどんどん大きなものへ変化していくのが感じられた。ラーキも素晴らしいミュージシャンで、彼女ならではの個性を持つ人だよ。彼女のアンサンブルのリードの仕方がとても上手で、ゴーゴー・ペンギンにおける3人のコミュニケーションの取り方と、彼女やマンチェスター・コレクティヴのコミュニケーションの取り方はある種似ているところがあるなと感じられた。そして、僕たちの音楽を彼女たちが楽しんで演奏してくれていたこともとても嬉しかったね。音楽を通じて僕らと彼女たちが何かコネクトできた瞬間だったと思う。今回のコラボは僕たちにとってとても有益なもので、新たな可能性を示してくれた。今後もまたやるかもしれないけど、3人でやるスタイルに戻るかもしれない。いずれにしても選択肢はいろいろあって、自由なんだ。

アルバムのアートワークに用いられた写真はマンチェスターのファロウフィールドにあるトーストラックと呼ばれるビルで、ニックが撮影した写真をもとにクリスがデザインしているそうですね。このアートワークは楽曲の “Fallowfield Loops” にも繋がっていて、この曲はいまでは廃線となってサイクリングロードに用いられるマンチェスターの古い鉄道線路跡を示しています。極めてダンサブルな仕上がりとなったこの曲は、アルバム制作における最初期に作られたということですが、あなたたちがここに込めた思いを教えてもらえますか?

NB:僕とクリスはマンチェスターに近いヨークシャー出身だけど、10代のときにマンチェスターに来て以来ずっと住んでいて、もう生まれ故郷より長く住んでいるから親しみがある。もちろん市政などいろいろ問題があるのも事実だけど、大好きな町であることに変わりはない。だからアルバムを作る際に、ちょっとした敬意を表する意味でマンチェスターについて触れるのは悪いことじゃない。人間が住む場所や環境は人間にとってとても大事なものだし、僕らもツアーなどから家族や友人のいるマンチェスターに戻ってきて、いまの自分がいるのはこのホームあってのものなんだということを実感する。トーストラックは1950年代末から1960年に建てられた古いビルで、いまは廃墟となって使われていないけれど、いまもそこにそのまま残されている。マンチェスターの町並みはいろいろ変わってきているけど、トーストラックはずっと変わらずにあり続けているんだ。見た目もちょっとユニークな感じで、一種のランドマークと言えるかな。僕も日課のランニングでその前を走るんだけど、いつも面白いしいいなと思うんだ。

クリス、ニック、ジョンという3人の組み合わせがゴーゴー・ペンギンで、たまたまそれがピアノ、ベース、ドラムをやっているということ。だから、あるときその楽器が変わることがあるかもしれない。(クリス・イリングワース)

今回のアルバムはエレクトロニクスの比重がさらに増した印象です。たとえば電子的なノイズを背景とした “Background Hiss Reminds Me of Rain”、アコースティックに始まりながら、中盤以降はシンセを多用して大きく変貌する “Naga Ghost”、その逆のパターンの “Silence Speaks” などがその代表ですが、こうした方向性の楽曲には新生ゴーゴー・ペンギンの姿が表われているのでしょうか?

CI:今後こうしたエレクトリックな作品が多くなるのかどうかは、もしかしたらそうなるのかもしれないけど、いまはオプションのひとつだとしか言えないかな。アルバムは発売されたばかりで、実際のライヴでは一度も演奏していないからね。今年の末くらいからアメリカ、カナダ、ヨーロッパ、そしてできれば日本、中国、オーストラリアなどをツアーしていくことになるけど、そこで演奏していくことで曲はどんどんとまた変わっていくと思うから、いまの段階で今後の方向性について言及することはできない。ひとつ言えるのは、これらの楽曲が自分たちの新しい扉を開けてくれたことは間違いないことだし、エレクトロニクスを使うことを自分たちはとても楽しんでできた。でも次のアルバムを作るときには、ひょっとしたらアコースティックに戻ってるかもしれないし、全く違う新たな楽器を使っているかもしれない。極論するならゴーゴー・ペンギンの本質はピアノ、ベース、ドラムという楽器の編成じゃないと思うんだ。クリス、ニック、ジョンという3人の組み合わせがゴーゴー・ペンギンで、たまたまそれがピアノ、ベース、ドラムをやっているということ。だから、あるときその楽器が変わることがあるかもしれない。僕はもともとクラシックを学んできたから言うけど、クラシックの作曲家はオーケストラのために曲を書くことがあれば、小さな弦楽アンサンブルのために書くこともある。でも、そうした異なる用途の楽曲でも、その作曲家の色や個性は同じなんだ。ゴーゴー・ペンギンもそうだと思っていて、アウトプットは違っても、その根底にあるものは変わらないと思うんだ。

“Background Hiss Reminds Me of Rain” に関してですが、東京都現代美術館で開催された坂本龍一の展覧会に行って、そこで受けたインスピレーションを絡めながらコメントしていますね。坂本龍一から受けた感銘や影響についてお聞かせください。

CI:僕らは坂本龍一の大ファンで、残念ながら生のライヴを観る機会はなかったんだけど、展覧会では教授が実際にピアノを弾いているかのようなインスタレーション展示もされていて、本当のライヴに近い体験もできた。“Background Hiss Reminds Me of Rain” については僕が家でシンセをいじりながら書いた曲で、それを携帯で録音してニックに聴かせたところ、音質があまりよくなかったから「まるでヒス音(シューッというような人工的な雑音)が雨音みたいだね」と彼が言って、それがタイトルになっているんだ。そのヒス音が音楽へと生成されていくというのは、ある種教授の作品に通じるところもあるんじゃないかなと僕は思っている。教授は水とか雨など自然の音を作品に効果的に取り入れて、彼の音楽からは自然そのものを感じられることがいろいろとある。彼のドキュメンタリー・フィルムでも、「耳を澄ませば世の中にはいろいろな音があることを感じられる」というようなことを言っていて、自分にとってとても腑に落ちる言葉だった。そうしたセンスは僕たちにも通じるものだと思う。

“Float” はニックが学校卒業後に海外旅行をしているなか、1年ほど滞在したタイのバンコクで見た祭りの風景がモチーフになっているそうですね。タイでは現地のミュージシャンたちとセッションし、ジャズを演奏していたとも聞きますが、文化や生活様式などいろいろ影響を受けたところもあるのでしょうか?

NB:僕の年齢がわかっちゃうかもしれないけど(笑)、大昔にガールフレンドと、いまの妻のことだけど、タイに住んでいて、本当に大好きな国だったね……食べ物もおいしかったし。“Float” のモチーフになったのはローイクラトンという水の神に捧げるお祭りで、バナナの葉で作った船にお供え物を乗せて、灯篭流しのように川へ流してお祈りをするんだ。“Float” を作曲しているころ、ちょうどこのローイクラトンについてのドキュメンタリー映像を観ることがあって、タイで暮らしているころを思い出しながら作ったんだ。僕自身は昔を振り返って曲を作ることはあまり多くはないんだけれど、この曲に関してはそうしたノスタルジーがいい具合にかみ合ったと思うよ。

タイに関連してですが、“Naga Ghosts” という言葉もタイでは蛇や龍の神々を指しているようですが、そうしたものをイメージしているのですか?

CI:いや、チリペッパーソースのことを指しているんだ。僕らは辛いもの好きだからね(笑)。

ええ、そうなんですか? “Naga Ghosts” の意味がわからなくていろいろ調べたところ、いま話したタイの神々の意味が出てきたので、てっきりそうかと。

CI:それは面白いね(笑)。

NB:うん、そうした意味があることは知っていたけれどね。僕らの曲はどちらかと言えばユングとかそうした心理学に関連するシリアスなタイトルをつけることもあるけれど、人生はそればかりじゃなくて、楽しいこともいっぱいあるわけだから(笑)。今回は深く考えずに好きなものをタイトルにしたんだよ。

7g classic’s - ele-king

 山梨と長野の高原地帯から、またしても透明感があって、しかも洒脱なポップスの詰め物が届いた。7g classic’s(ななぐらむくらしっくす)は、八ヶ岳南麓に暮らすナナマリ、長野市で暮らすgee2wo(RCサクセションの第二期におけるキーボード)のふたりからなるユニットで、2022年に『くろすけ』でアルバム・デビュー。ボサノヴァを吸収したナナマリのギターと歌、gee2woによるメロウなピアノ演奏による7g classic’sは、音楽リスニングを生活になかに取り入れている大人たちのあいだで評判を呼んで、2023年にリリースされたセカンド・アルバム『みそしる』によって、さらにその評判は広がったようだ。いま、この穏やかな音楽は多くの人たちに必要とされているのだろう。
 そんなわけで、早くもサード・アルバム『タイムマシン』が登場した。ブラジル、ジャズ、ポップス、ファンク、そしてダブまで……さまざまな音楽を咀嚼しながら、かんぜんに独自な空間を創出している。表題曲“タイムマシン”をはじめ、“Dub & Peace”や“The Treasures”、アンビエント・ボサ“Moon”、ジャジーな“長い夢”、ブルージーな“My Birthday”など創意工夫ある曲が7g classic’sの新境地を見せている。。
 聴いてみよう。この暑い夏の夜を涼しくしてくれること請け合いです。

〈アーティストからのコメント〉
 いろんなジャンルの良いとこ取りといったコンビニ弁当のような楽曲作品は世の中に腐るほどあります。我々の楽曲制作は多種多様なジャンルに存在する独自の論理に基づいた制作方法です。
あふれる情報やAi などにより人間に備わっていた第六感はほぼ消滅し、五感も退化を始めています。特に聴覚にそれを感じます。インターネット上の情報なんて殆ど嘘ばかり、どんどん思考停止が進行しています。これは現代人への警告です。情報に惑わされず純粋に音楽を聴けているか、はなはだ疑問を感じます。
 当たり前の事ですが演奏時間が1時間の楽曲を聴くのに最低でも1時間、何度も聴くのならそれ以上の時間が必要です。そういう大切な時間は自分自身で作り出すものです。それはお金で買えない貴重な財産です。時短なんて貧しい考え方です。我々の作り出す音楽は、決して通勤通学時や、スポーツ、ダンス、などのB.G.M.ではありません。できれば1人で心を落ちつかせてお聴きください。
 ってこと〜!

7g classic's
3rd アルバム『タイムマシン』CD版

2025年6月4日発売
販売元 Forest Group
FOGP-0003 定価¥3000(税込)
購入は通販サイト各種またはライヴ会場にて
Amazon購入サイト
https://www.amazon.co.jp/dp/B0F4R6VVPP

『タイムマシン』試聴動画

【サブスク配信情報】
7g classic's
3rdミニアルバム『プチタイムマシン』配信版
2025年6月28日配信開始
https://big-up.style/mA2U2Mtwhr

【ライヴ情報】
7g classic's Tour 2025
6/27(金)Apple Jump(東京)
6/28(土)カフェシングス(東京)
7/4(金)Booze Shelter(長野)
7/6(日)月下草舎(山梨)
7/13(日)open house(名古屋)
7/14(月)もっきりや(金沢)

詳細は7g classic’sウェブサイトで
https://nanamari.com/7g

【プロフィール】
ナナマリ (Vocal, Guitar, Composer etc.)
高校生の時にギターと出会い、ロックやポップスバンドを組んで音楽活動をスタート。独学で音楽理論を学び、TV番組や舞台、メジャーアーティストなどへの楽曲提供を行う。2004年に八ヶ岳へ移住後は、ブラジル音楽に傾倒し、ギター弾き語りスタイルでのライヴ活動を開始。2008年1st Album「雨粒」をはじめ、カヴァー作品を含む計5枚のCDをリリース。

gee2wo (Piano, Keyboard, Composer etc.)
1980年代ロックバンドRCサクセションのメンバー(キーボード担当)として活躍。RC退団後は世界(主に中東)を旅し、のちに自然豊かな信州に移住。ジャズ、ブラジル、ロック、レゲエなど様々なジャンルの音楽を追求し、新たなスタイルの確立を目指す。2020年長野市内に念願のプライベートスタジオが完成し、制作に没頭する日々を送る。

Nazar - ele-king

 ナザールはこの7年間で、もっとも躍動的な新世代ブラック・エレクトロニック・ミュージックのプロデューサーのひとりとなった。彼は、インダストリアル・ノイズとアフリカン・ビートの神学とが直感的に衝突することに熱烈な愛を抱いている——それは、論理、政治、宗教、そしてアフリカ大陸の歴史の深層に根を持つものだ。ナザールの音楽的探求は、1980年代にアンゴラで生まれた大衆ダンス音楽クドゥーロの土壌から芽吹いている。アンゴラ発のクドゥーロはこの数十年のあいだ、地元アンゴラの無数のプロデューサーたち、あるいは欧州へと渡った移民、またはナザールやDJナルシソのような第一世代の息子や娘たちによって、鮮やかに再構築され、変容を遂げてきた。
 ナザールの眼を通して見れば、彼のクドゥーロは混成的なものだ。それは独自の領域にあり、伝統的なプロデューサーならば恐れて足を踏み入れぬような新たな環境のなかを、彼は自由に歩んでいる。「Enclave」EPと初のフルアルバム『Guerrilla』は、ヨーロッパ各地のダンス・ミュージック・プロデューサーのなかにおいて、彼独自の声を確固たるものとして示した。彼のアイデンティティにおいて決定的だったのは、アンゴラの戦争、そしてその戦争における家族の関与と、それに対する音楽を通じた内省だった。彼のデビュー作では、そのテーマ性と鋭利なビートが健康的に融合していた。

 あれから5年が過ぎ、ナザールは『Demilitarize』で再び姿を現した。これは明らかに、彼の出世作『Guerrilla』への「呼応」であり、前作同様にタイトルは声明である。ただし今回は、目の前の風景を予見するのではなく、むしろ内なる精神の解放を指し示している。ナザール自身もこれはより「個人的な」アルバムだと述べており、サウンドスケープはまさにそれを裏づけている。

 『Guerrilla』をパンデミック初期に発表し、続いてCOVIDの合併症により1年近く死の淵を彷徨うような病に苦しんだナザールは、すべてを経て自ずと別の視座に至った。オープニング・トラック“Core”は、彼の新たな美学への温かく誘うような導入部である。かつてのような耳を刺す粗さは影を潜め、厚みのある音像はなおも跳ねるが、より空気のように、スピーカー越しに漂い出る異質さが、アルバムの最後まで全曲を貫いている。『Demilitarize』は、非常に統一感のある、一貫したアルバムである。
 大きく異なるのは、ナザールが「個人的な」方向へと向かうなかで、アルバムの大半において自ら歌うという選択をした点だ。この選択こそが、『Demilitarize』の印象を大きく変えている。とりわけ印象的なのは、その歌声のほとんどが意味を捉えがたく、にもかかわらず前面に出て美しいアレンジを背景へと押しやることで、音像が平坦に感じられる点だ。楽曲の構造は主にヴォーカルを支えるものとなり、ビート・アルバムとは異なる時間感覚——より速く過ぎていくような印象——をもたらす。全体の尺が短く感じられるのはそのためだろう。

 これは、現在の「男性の感情の脆さを表現する」ソーシャルな波に対する、ひとつの参与とも読める。ビートは引っかかり、途切れ、また唐突に現れては消える——まるで時間自体が不安定になっているかのように。だからこれは、ダンス・レコードではない(踊りたくなる瞬間はあるとしても)。これはヘッドフォンで聴く音楽であり、よりポップへの希求に傾いた作品だ。歌詞はしばしば時間を攪乱する——旋律だけではなしえない方法で。歌詞、あるいは歌声の感触は、時間そのものを変容させる。このアルバムがインストゥルメンタルのみで構成されていたならば、印象はまったく異なっていたに違いない。
 そして、それが聴き手の求めるものであるならば、この作品はすばらしいだろう。ただし全体の尺は36分30秒。この簡潔さは、音のなかを浮遊したり、潜り込んだりする快楽に逆らう——というのも、身体がようやくその中に安住しかけた頃には、すでに音は過ぎ去っているからだ。『Demilitarize』は繰り返し聴くに値する作品だが、同時に、より大きな作品へと至るための「通過点」としてのアルバムでもあるのではないかと私は考えてしまう。デジタル的な音響の美しさは豊潤だが、2曲目以降、アルバムの流れは容赦なく突き進み、ほとんど呼吸の余地を与えない。36分30秒の終盤、9曲目“Heal”においてようやく、それまでの圧力から抜け出すように音楽は水面へと浮上する。海の底から現れるクジラのように——ここでようやく、楽器そのものが主導権を握る。アルバムのラストは、音楽のなかでの苛立ちと不確かさに対する、意図された吐息のようだ。

 けれど、私はまだ問いを抱えている。というのも、5年ものあいだ大きなリリースがなく、ようやく届けられた作品がEP程度の分量であることが、やはり気になるのだ。そんなふうに思いを巡らせていたら、ふと1920年へと思いが跳んだ。
 『春の祭典』が初演された年だ。あの伝説的な上演——新しい音響に対して聴衆が激しく反発したあの出来事。ストラヴィンスキーがこの全楽曲を書き上げるのにかかったのは、わずか1年半である。コンピュータなどなかった時代、すべての楽器パートの譜面を手書きしなければならなかった。しかも、まったく未知の楽曲の力学を、オーケストラに教え込まねばならなかった。そして、その演奏時間は33分だった。


Nazar has become one of the best producers of kinetic new black electronic music in the last 7 years. Fervently in love with intuitive clashes of industrial noises and African beat theology rooted deeply in the core of the continent`s history, logic, politics, and religion, Nazar grows his musical explorations from the soil of Kuduro, an Angolan popular dance music that began in the 1980`s. The music of Kuduro from the country of Angola has been over the last couple of decades vibrantly recalibrated and mutated by the numerous local Angolan producers and those who immigrated to Europe or were first generation sons and daughters such Nazar or Dj Narciso. Through Nazar`s eyes, his Kuduro is a hybridity, in its own realm, surrounded by new environments that free him to walk down new roads traditional producers would fear. The “Enclave” ep and his first full album “GUERRILLA” firmly established his voice among other producers of dance music across Europe. Key to his identity at this time, was the back drop of the war in Angola, his family`s participation in it, and reflections on it through his music. The subject and constant sharp beat merged healthily together with his debut.
5 years have passed and Nazar has re-emerged with Demilitarize. An obvious “response” to the “call” of his breakthrough album Guerrilla, the title is again a statement like his last but this time pointing toward the release of the inner psyche rather than forecasting the landscape before the eye. He has stated that this is more of a personal album and the soundscape of the release proves that true.
Nazar, having released Guerrilla directly at the start of the pandemic, having survived an almost year long near death sickness due to COVID complications, came out of all that naturally out with a different perspective. “Core”, the first track, is an inviting warm introduction to his new aesthetic. Previous abrasion lacking, soundscapes are still thick bouncing but more ethereal through your speakers emitting an otherness that connects all the tracks til the very end. Demilitarize is a very united consistent album.

What is different is that in turning toward the “personal” Nazar made the choice to sing throughout the majority of the album. This choice makes Demilitarize feel different. Namely cause most of the vocals are mostly unintelligible, the vocals take centerstage and end up pushing the beautiful arrangements to the background, and feel monotone. The music mainly supports the vocals and time itself feels different, faster than a beat album. It feels remarkably shorter. This is a push toward inclusion in the current social wave of expressing male vulnerability while beats jerk and stop, jerk and stop. Sometimes disappearing totally before they mysteriously reappear.
So to be clear, this isn`t a dance record (though you may be inclined to do so at times), it`s a headphone listen. And a lean toward more pop yearnings. Lyrics often disrupt time in ways pure melodies cannot. Lyrics or the feel of lyrical vocals changes time. This album would be viewed vastly differently if only instrumental.
And all this is good if that is what you are looking for. But the whole album is 36:30 minutes. The brevity works against the beauty of the floating and diving that you do when surfing on all the sounds cause they are over before you can relax within them. Demilitarize is worthy definitely of many listens but I also wonder if it is a stepping stone album, an album that is needed for an artist to reach an even greater work. The digital sonic beauty is luscious but from the 2nd track, the flow of the album plows right ahead not allowing for much breathing room. The tail end of the 36:30 feels more like a whale arising to the air. This emerging from the depths of the ocean in the 9th track “Heal” lets the instrumentation take charge. The end of the album a purposeful exhale for the frustration and uncertainty in the midst of the music.
But I still have questions. Because fives years of no major releases is a long time to only get a ep`s worth of music. Because in wondering many things, I have to ponder back to 1920 when

“The Rite of Spring” was performed. A quite legendary performance. Fierce discontent by the audience from the new sonorities. It`s a fact that it only took Stravinsky a year and a half to write all the music for the composition. There were no computers so all the sheet music for each instrument had to be painstakingly written to perform. And the orchestra had to be taught the dynamics of the unknown composition. And it was also 33:00 minutes.

Lucy Railton - ele-king

 ルーシー・レイルトンの新作『Blue Veil』は、レイルトンにとって初となるチェロ独奏によるアルバムだ。ドローンというよりも、一定の周期で反復される持続音によって構築された音響・音楽作品と表現すべきだろう。聴き進めるうちに、次第に意識は内側へと向かい、心が静かに鎮まっていく。センチメンタルな要素を排した硬質な音響でありながら、不思議な安らぎをもたらすのは、その響きが備えるシンプルでありながらも豊かな音の質感ゆえかもしれない。

 アルバム『Blue Veil』について語る前に、まずはルーシー・レイルトンの経歴について簡単に述べていこう。レイルトンは、イギリス出身のチェロ奏者/作曲家である。ボストンのニューイングランド音楽院、そしてロンドンの王立音楽院で研鑽を積み、2008年に卒業した。クラシックを基礎に持ちながら、彼女のキャリアはジャンルを越境し、実験音楽シーンでの重要人物として知られるようになる。
 その実力は折り紙付きで、ジャンル横断的なコラボレーションが非常に多いのが特徴だ。ドローン/エクスペリメンタル界隈では、カリ・マローン、ラッセル・ハズウェル、スティーヴン・オマリーベアトリス・ディロン、キャサリン・ラムといった先鋭たちと共演。また、ポーリン・オリヴェロスやマトモスのプロジェクトにも関与してきた。また、2023年にリリースされ大きな話題を呼んだローレル・ヘイローによるクラシカル・アンビエント・ドローンの傑作『Atlas』でも印象的なチェロを披露していた。
 活動の拠点であるロンドンでは、先進的な音楽空間カフェ・OTOにおいて「カマークラン・シリーズ」を立ち上げ、10年間にわたり運営。さらに2013年から2016年には「ロンドン・コンテンポラリー・ミュージック・フェスティヴァル」を共同設立し、共同監督も務めた。クラシックの分野でも着実に歩みを進めており、〈ECM〉のバッハ・アルバム『Three Or One』(2021年)への参加も話題となった。加えてボノボミカ・リーヴィとの共演歴もあるなど、その活動領域は極めて広い。近年では、パティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴによる「コレスポンデンス」の日本公演に出演していたのも記憶に新しい。

 そんなルーシー・レイルトンが自身名義のアルバムを初めて発表したのは、2018年にUKのレーベル〈Modern Love〉からリリースされた『Paradise 94』だった。ドローンを基調としつつも、ミュジーク・コンクレート的手法で多様な音響要素をコラージュした鋭利な作品であり、現代音楽とエクスペリメンタル・ミュージックを越境するような内容だった。
 〈Modern Love〉といえば、ポスト・ダブステップやポスト・インダストリアルの色が濃かったレーベルだが、そこからこのようなアヴァンな音響作品がリリースされたことに、当時シーンはざわめいたものだ。振り返れば、2018年頃からエクスペリメンタル・ミュージックの地殻変動が始まっていたようにも思える。現代音楽との交錯、それも権威的なアカデミズムではなく、純粋な音への探究が交差しはじめた時期だった。
 2020年には、ベルリンの〈PAN〉より電子音楽の先駆者ピーター・ジノヴィエフと共作した『RFG Inventions for Cello and Computer』を発表。同年、フランスの〈Portraits GRM〉からはEP「Forma」をリリース。翌2021年にはUKの〈SN Variations〉よりキット・ダウンズとの共作にしてクラシカル・ドローンの『Subaerial』を発表、ヤイル・エラザール・グロットマンとのサウンドトラック作品『False Positive』をリリースしている。
 そして2023年には、スティーヴン・オマリー主宰の〈Ideologic Organ〉より、盟友カリ・マローンによる長編傑作ドローン作品『Does Spring Hide Its Joy』に参加した。同年、〈Another Timbre〉からは日本の作曲家・小川道子との共作『Fragments of Reincarnation』を発表。さらに久々に〈Modern Love〉からはソロ・アルバム『Corner Dancer』をリリースする。こうして彼女の歩みを振り返ってると、2021年以降は、ほぼ2年ごとのペースで作品をリリースしていたことがわかる。

 そして2025年、ルーシー・レイルトンはついに〈Ideologic Organ〉から初の完全ソロ・アルバム『Blue Veil』をリリースした。はじめに書いたように本作『Blue Veil』は、ルーシーにとって本格的な「チェロ・アルバム」であり、ドローン作品としても極めて硬質かつミニマリズムを極めたハードコアな音楽性となっている。その響きは冷徹で美しく、センチメントとは無縁の構築美がある。むしろそれは「音の原理」への徹底した探求から導かれたものだ。
 プロデュースとレコーディングはティーヴン・オマリーとカリ・マローンが担当。録音はパリのサン・テスプリ教会で2024年6月におこなわれた。サウンド・アーティストのジョシュア・サビンによるプレミックスが同年8月、マルタ・サローニによるミックスが同年9月、名匠ラシャド・ベッカーによるマスタリングが同年11月に行われた。

 全7曲から構成される本作『Blue Veil』では、「微分音と和声の知覚」を主題とし、和声が生まれる直前の揺らぎ、あるいは弦が震える微細なノイズが、音の存在そのものを問い直すような響きをもたらしている。硬質なチェロの音が、微細な揺らぎとともに交錯し、やがて一体化していく。そのサウンドは単なるドローンではなく、一定の周期で持続音が反復される構造的なコンポジションで構成されていた。
 “Phase I” から “Phase VII” まで全7曲にかけて、チェロはゆるやかにトーンを変えながら持続と反復を繰り返し、聴く者を深い瞑想の領域へと導く。時間感覚を曖昧にするような音の連なりが、静かに精神を包み込む。それは「音楽」になる直前の濃密な状態であり、まるで世界を包み込む青いベールのようである。それは自身と世界を隔てる「ベール」でもあるのかもしれない。タイトル『Blue Veil』は、その象徴のように感じられる。
 もっとも、その響きに身を委ねていると、青だけではなく、どこか赤い鋭さ、緊張感すらも感じられる。おそらくこの作品の核心は、その色彩のグラデーションのような中間感覚にあるのだろう。聴覚の感覚が拡張されていくような体験は、モートン・フェルドマンの後期弦楽作品に通じるミニマリズムに通じる。

 『Blue Veil』──チェロという古典的な楽器を通じ、ここまで硬派で緻密なドローン/音響を成立させた作品は稀だ。その意味でも2020年代以降のドローン/エクスペリメンタル・シーンにおいて、間違いなくひとつの金字塔といえよう。ルーシー・レイルトンはいま、実験音楽と現代音楽の最前線で、「音そのもの」の探求を続けている。

interview with Rafael Toral - ele-king

 Bandcampに掲載されたラファエル・トラルのプロフィールによると、彼はそのキャリアを通して、‶サウンドのなかの音楽と、音楽を超越したサウンドのあいだを行ったり来たりしている〟という。このポルトガル出身の音楽家は、実験音楽の世界でもう30年以上も極めて重要な存在であり続けているが、目下のところ、昨年のアルバム『Spectral Evolution』をきっかけに再評価の波に乗っている。このアルバムは、トラルの尽きることのない探求心の溢れる実践のさまざまな要素——初期の『Wave Field』(1995)などで聴かれた液化したようなギターの音色や、2004年から2017年に取り組んだ「Space Program」時代に収集した、規則にしばられない自由なDIYの電子楽器の数々など――が融合された、記念碑的な作品なのだ。なかでも、鍵となる構成要素は、伝統的なジャズのハーモニーで、“アイ・ガット・リズム”や“A列車で行こう”の即座に認識可能な(ただし、氷河の形成のごとくゆっくりとした)コード進行が、アルバムに意外な情感の重みを与えている。
『Spectral Evolution』は、3年がかりの骨の折れる緻密な制作プロセスの結果であり、その間トラルは作品の56ものヴァージョンを制作した。アドヴァイスを求めて友人のジム・オルークに聴かせると、感銘を受けたオルークは、長年休止状態にしていた自身のレーベル〈Moikai〉を再始動させ、アルバムを発売するために動き出したのだった。
 2008年以来となる日本ツアーでオルークと石橋英子と共演する前に、トラルはEメールでのやりとりを通じて、音楽家としてのジャズとの関わり、ますます醜くなっていく世界のなかでの美の重要性、そして、『Spectral Evolution』をライヴで演奏した際に経験した‶愛のフィードバック〟について語ってくれた。
 この会話は明確さの保持と長さを考慮して編集されている。

ますます醜くなっている世界において、私たちは美しいもの、広い意味での美しさ、単に綺麗というだけではなく高潔さをそなえたもの、たとえば、誠実さなどから手を離すべきではないんだ。

『Spectral Evolution』についての昨年のトーン・グロウとのインタヴューで、あなたは「このレコードを作るために多くのことを学んで研究し、開拓する必要があった」と語っていました。これについて、もう少し教えていただけますか?

ラファエル・トラル(Rafael Toral、以下RT):まず、このアルバムにはたくさんのジャズ・コードが含まれているんだけど、それらを繋ぎ合わせるためには、自分が何をやっているのかを明確に知らなければならなかった。ひとつの音符が本来あるべき所からずれるだけで、和音が違う色調に変化する仕組みを理解する必要があったんだ。私にはその準備ができていなかったから、正しい形に仕上げるために説得力を持たせて、最終的に美しく仕上げるまでに相当な努力を要した。その過程でジム・オルークに助言を求めたら、彼がリリースを決断してくれたという経緯がある。

あなたとジムとの関係について教えてください。ふだんから、制作途中の作品を共有することはあるのでしょうか? それとも、今回だけが特別だった?

RT:ジムとは1995年頃からの大の仲良しで、最初に出会ったのはシカゴでだった。彼は常に忙し過ぎるぐらいだったから、私のことで煩わせようなんて思ったことはなかったんだ。でも、今回だけは違った。アルバムでやろうとしたことが自分の能力を超えてしまい、私はアレンジやハーモニーのことで苦慮していた。だから背に腹は代えられないと思った。ジムが私よりも音楽の多くの分野で知識が豊富だと知っていたから、友人として音を聴いてほしいと頼んだんだ。

ご自分の能力の限界を突破するのは、あなたの仕事では日常的なことのように思うのですが、このような挑戦を続けるための意欲はどこから得ているのでしょう?

RT:私はただ、自分がすべきことを理解しようと思っているだけかな。自分の力をどこに注ぐべきなのか、やりたいことの中核はどこにあるのか、その時の前向きな動きとは何か、何が言われているのか、そしてそれが私の名を冠してやる価値のあることなのかどうか。多くの場合、それは私が土台から築き上げなければならないもので、約束とヴィジョンを伴うものでもある。私はたとえそれで自分を追い込むことになっても、実行するしか選択肢がないことが多いんだ。もっと言えば、私たちはまだ進化が終わっていないことを忘れがちだけど、人間には進化する義務があると思っているんだよ。

あなたの仕事において、美の役割があるとすれば、それは何ですか?

RT:(考えながら)うーん、役割ではないかもしれないけれど……私は一方では、20世紀の文化に浸って育ってきた。つまり、大雑把にいえば、キュビズムからパンク、セリエリズムからグリッチまで、構造の解体や脱構築、破壊することで忙しかった。私が若い頃には、美しいものを真っ当な芸術として見なすべきではないとする風潮があったんだ。これは当然、ものすごく粗雑な一般論だけど、私はそういった束縛から自分を解放して、美を現代の芸術には不可欠な要素として受け入れる必要があると思った。これは延々と議論することができる話で、要約するのは難しい。もう一方で、美というのは、単なる文化的で美学的な話でもなくて、個人の好みを超えたところにあるものだ。好みと、私たちが目で見て、耳で聴くことへの生物学的、そして神経学的反応には、多くの重複する部分がある。例をあげると、完全5度の響きを美しく感じるのは、実は単純な数学的な比率の3対2の隔たりに基づく音程で、自然な振動現象だ。その振動が人の身体の細胞を共鳴させ、背筋が寒くなるぐらい良い音だと感じると、もう何が起きているのかわからなくなる。美とはそれほど深いところにまで届くんだ。最後にもうひとつ、ますます醜くなっている世界において、私たちは美しいもの、広い意味での美しさ、単に綺麗というだけではなく高潔さをそなえたもの、たとえば、誠実さなどから手を離すべきではないんだ。

ピタゴラスは正しかったというわけですね! この科学的な側面について、深く掘り下げたことはありますか?

RT:私は科学にはあまり入こんでいないかな。科学は文明の柱のひとつではあるけれど、測定できないものや、説明できないことを欠いている側面もある。むしろ私は、頭でそういったことを‶知る〟ことを避けている。私は直感で自分の動きを確認するようにしているんだけど、それは直感が脳よりも身体に根差した知識からくることが多いからだ。そして、何よりもその辺はリスナーが音楽を自分なりに取り込むことができるように、オープンにしておきたい思いがある。

あなたが言及された‶高潔さ〟という資質は、優れた芸術と凡庸な芸術を差別化する要素のひとつでもある気がします。美しさについての考えを再考することになった特定のきっかけはあったのですか?

RT:今日、醜さが飛躍的に増加していることや、文明の衰退……なんかであることはたしかだね。不思議なことに、美を守り続けるのは、生存戦略となりつつあり、精神の健全さを保つための意識的な努力にほかならない。それは、広義に理解された美しさのことだ。たとえば、嘘を広めるよりも、事実を認識する方が美しい。あるいは、対立する世界を結んで、対話を促すような美しさ。それが『Spectral Evolution』の核心なんだ。

『Spectral Evolution』に収録された最終ヴァージョンを制作するのに、それだけの労力がかかっていることを踏まえると、それをライヴで演奏したときの感覚はどのようなものだったのでしょうか?

RT:コンサートは、アルバムから構造的な恩恵を受けているので、非常に隙の無い構成になっていて、ライヴで聴く音の響きは、まるで物理的にサウンドフィールド(音場)に没入しているような感覚になる。ハーモニーの情感的な側面と、振動の物理的な体験が結びつけられているんだ。オーディエンスにとっては、とても強烈な体験になっているようで、たまに「泣きそうになった」と打ち明けてくれる人もいる。私にとって、リスナーを音に引き込むことが重要で、それによって愛のフィードバックが生まれるんだよ。

‶愛のフィードバック〟とは、素晴らしい表現ですね! これはあなたとオーディエンスの関係性についての多くを物語っていると思います。

RT:一部のコンサートでは、その感覚が非常にクリアに感じられるんだ。このアルバムとすべての音は愛を込めて制作され、オーディエンスもまた、愛を込めた聴き方で受け入れてくれ、彼らの積極的な関与と、感情の質がステージに送り返されてくるんだよ。

私は常にオーディエンスを敬愛してきたし、彼らの人生で活用できる何かを提供できることにすごく感謝している。何かを捧げて、それが良い受け取り方をされると、それ自体が自分にまた贈り物として戻ってくるんだ。私はいつも、彼らが自宅を出てチケットを購入し、私が演奏するどんな音をも聴くために時間を費やしてくれることを思うと、それに値するものを提供しなければいけないと、心に誓っている。

あなたのキャリアを通じて、オーディエンスとの関係性は、どのように発展してきたのでしょうか?

RT:私は常にオーディエンスを敬愛してきたし、彼らの人生で活用できる何かを提供できることにすごく感謝している。何かを捧げて、それが良い受け取り方をされると、それ自体が自分にまた贈り物として戻ってくるんだ。私はいつも、彼らが自宅を出てチケットを購入し、私が演奏するどんな音をも聴くために時間を費やしてくれることを思うと、それに値するものを提供しなければいけないと、心に誓っている。

『Spectrum Evolution』をライヴで演奏す際に経験されたという激しい感情的な反応は、
新しいことなのでしょうか? 過去の他のプロジェクトからも同じような反応を引き出したことはありますか?

RT:これは新しい体験なんだ。過去にやってきたことよりもずっと情感のこもった作品だし、ライヴではそれを激しい形で表現しているから。

アーティストのなかには、‶感情的(ルビ:エモーショナル)〟な音楽を、あなたが先ほど美しさについて述べたような、疑いの目で見る人もいると思います。あなたもおっしゃったように、これはあなたにとって新しい領域だと思いますが、どうやってここに辿り着いたのでしょう?

RT:はっきりとした感情を扱うのは、私にとっては新しいことだけど、決して意図的なものではなかった。私としては、感情をオープンにしながらも、抽象性を保つことで、リスナーが自分自身の感情を投影できるようにしたいと考えているんだ。これらのハーモニーには感情が組み込まれていて、そこから逃れることはできないと思う。でも、実は、私はそのサウンド自体により興味があるんだけど。

『Spectral Evolution』のライヴは、パフォーマンスごとにどれほど違うものなのでしょうか?

RT:ライヴ版は、拡張されていて、一部の移行部はよりゆったりとしたテンポで演奏している。当初、このアルバムは、ライヴ演奏をする前提で作ったものではなかった。だから、可能な限りライヴでは多くのギター・パートを実際に演奏し、そのいくつかでは即興している。それでも、全体的にはすごく一貫性を保っているよ。細部のヴァリエーションはあるけどね。会場の響きとPAの設定が決定的な影響を与えるから、毎回良い音にするために、何時間もサウンドチェックに費やしている。

あなたのサウンドチェックにはどういったことが含まれますか? その一連の流れを効率化するためのメソッドをお持ちですか? それとも毎回が新しい挑戦のようなものなのでしょうか?

RT:その両方だね! 良い会場で良いPAシステムがあれば作業は楽になることもあるけど、普通は、課題が見つかるものだ。もちろん順序立ったやり方をしていて、強烈でありながらも人びとを誘い込むような、サラウンドな、コクのある音を作るのを目標にしている。誰かを無理に押すようなサウンドではなく、引き込むような音。支配するのではなく、包み込むようなサウンドをね。会場ごとに全然違うから、綿密なチューニングが必要なんだ。

昨年末にあなたが『The Wire』誌で発表した「Wire Mix」を聴いていたのですが、あれはアルバムの素晴らしい補完物となっていますね。ケニー・バレルは本来、私の好みではないのですが、この文脈では完璧に理に適っています。興味本位でお聞きしますが、あなたと伝統的なジャズとの関係はどのようなものなのでしょうか?

RT:常に軌道上の衛星になったような感覚だね。ものすごく注目しているけど、自分は別の場所に立っているような。以前、フリージャズに影響を受けた私のエレクトロニクスのプロジェクト「Space Program」について、こう言及したことがある。‶音楽以外の、すべてがジャズだ〟と。それとはまったく異なる理由から、同じことが『Spectral Evolution』にも当てはまるんだ。ジャズにおける高い人間性には心からの敬意を抱いている。学ぶべきことも、感じるべきことも多い。(ジャズには)知性と心のための深い層が存在するんだ。

あなたのジャズへの理解と、先ほど挙げていただいたような特徴は、歳を重ねるごとに深まっていると思いますか?

RT:ああ、それは確かだね! 私が15歳だった頃、ジャズは理解できなかったし、興味も持てなかった。たまには良いと思えるものに出会うことはあったけれど、それを理解するための知識や経験がなくて、5年か10年経ってから、ようやくその真価を認められるようになった。それらの意味や価値は、それをどのように採り入れるかによって変化していく。例えば、初めてケニー・バレルを聴いたときには、彼がもっとも刺激的なジャズ・ギタリストだとは思えなかったけど(なんとも二〇世紀らしい考え方だね)、自分が演奏するようになってからは、彼をより尊敬するようになった。

あなたはジャズのギタリストとしての技術を持っていると思いますか?

RT:えーっ? いや、まったく! できるだけ学んで吸収したいと思ってやってはいるけど、それはジャズ・ギタリストを目指してやっていることではないし。私は実際の‶音楽〟ではなく、演奏される音に興味を持っているんだ。

「Space Program」時代には、完全にギターから離れていたのですか?

RT:15年間ギターに触っていなかったね。より多くを要求されるギター文化を受け入れるようになった今、まるで一から始めるような気持ちになる。学ぶべきこと、練習すべきことが多くてハードルも高いから、8歳ぐらいの子どもに戻ったような感じだ。困ったことに、自分はほとんどのギター特有の表現法に興味がないのに、それでも演奏はしたいから、どうやったらいいのかと考え中だ……。

あなたは最近、「Layers」という新作からの抜粋を発表しましたね。それについて何か教えていただけることはありますか?

RT:「Layers」は、持続音が蓄積されて、少しずつ互いを置き換えていくという作品で、調性音楽から無調に変化させながら演奏される。その後、とんでもなく複雑に変化し続けるハーモニクスを生み出す装置に通されるんだ。これは、完全にライヴで演奏するための新作だ。「Layers」は、創作過程としてのパフォーマンスを指向した、単一の作品であるのに対し、『Spectral Evolution』は、作曲における繋がりの広い領域を表している。「Layers」はすでに未来の一部であり、自分が愛することを実践している。未知と対峙するということを。


■ラファエル・トラル公演概要
Scaffold #1

2025.06.26
京都 Club METRO | OPEN 19:00 / START 20:00  
早割¥4,000 ドリンク代別途 [受付期間:5/19 17:00〜5/23 23:59迄]
前売¥5,000 ドリンク代別途
https://www.metro.ne.jp/schedule/250626/

2025.06.28
鳥取 jig theater | OPEN 18:00 / START 19:00  
前売 \ 5,500 (定員80名)
https://x.gd/WLRbt

2025.07.01
渋谷クラブクアトロ| OPEN 18:00 / START 19:00
前売 ¥6,000 ドリンク代別途
https://www.club-quattro.com/shibuya/schedule/detail/?cd=017126
出演者: Rafael Toral / Jim O‘Rourke×石橋英子

お問い合わせ:
京都Club METRO: ticket@metro.ne.jp
鳥取jig theater:mail@jigtheater.com
渋谷クラブクアトロ:03-3477-8750

主催 (Organize):PARCO
制作(Produce):DOiT / CLUB QUATTRO
協力(Cooperation):Club METRO / jig theater

[[SplitPage]]

interview with Rafael Toral

Written by James Hadfield

As Rafael Toral’s Bandcamp profile puts it, he’s spent his career “bouncing between the music within sounds and the sounds beyond music.” The Portuguese musician has been a vital presence in the world of experimental music for over three decades, but he’s currently enjoying a renaissance on the back of last year’s “Spectral Evolution.” A landmark work, the album unites different strands of Toral’s endlessly inquisitive practice: the liquefied guitar tones heard on early releases like “Wave Field” (1995); the menagerie of unruly DIY electronic instruments he assembled during his “Space Program” period, which ran from 2004-2017. The key ingredient is classic jazz harmony, including the instantly recognisable (if glacially slow) chord progressions of “I Got Rhythm” and “Take the ‘A’ Train,” which give the album a surprising emotional heft.
“Spectral Evolution” was the result of a painstaking three-year process, during which Toral produced 56 versions of the piece. When he turned to his friend Jim O’Rourke for advice, the latter was so taken by what he heard, he revived his long-dormant Moikai label in order to release it.
In an email exchange with Toral ahead of his first tour of Japan since 2008 – where he’ll be sharing a bill with O’Rourke and Eiko Ishibashi – the musician discussed his relationship with jazz, the importance of beauty in an increasingly ugly world, and the “feedback of love” he’s experienced while performing “Spectral Evolution” live. The conversation has been edited for clarity and length.

Speaking about “Spectral Evolution” in an interview with Tone Glow last year, you said you “had to learn and study and develop a lot in order to make this record.” Can you expand on this?

Well, the album has lots of jazz chords and to connect these chords together you need to know what you’re doing. I had to understand why and how a single note out of place steers a chord into a different colour. I wasn’t prepared for that, so a lot of work went into having it done correctly, then convincingly, then beautifully. As I was struggling with that, I asked Jim for advice, and that’s how he decided to release it.

Can you tell me about your relationship with Jim? Do you often share your works-in-progress with him, or was this a special case?

Jim and I have been great friends since 1995 or so; we first met in Chicago. He’s always been way too busy, so it doesn’t occur to me to distract him with stuff. But this case was different: I was struggling with the harmonies and arrangements, because the album was beyond my capacities and I knew I didn’t have a choice but to climb up to that bar. I knew Jim has much more knowledge in many fields of music than myself, so I asked him to listen, as a friend.

Reaching beyond your capacities seems to be a regular thing in your work. Where do you find the motivation to keep pushing yourself like this?

Well, I just try to make sense of what I am supposed to do: Where should my energy go, and where is the nexus of what I want to do; what is a positive move in its time, what is being said, and whether it should bear my name. Very often, it turns out to be something I must build from the ground up and it entails a promise, a vision. I don’t really have a choice but to fulfil it, even if that means I’ll be pushing myself. Besides, I guess it’s easy to forget we’re not done with evolution: I think we actually have the obligation to evolve.

What role does beauty have in your work?

[Thinking] Well, maybe not a role, but… on the one hand, I’ve grown up immersed in 20th century culture, which, broadly speaking, was mostly busy with dismantling/deconstructing/destroying structures, from cubism to punk, from serialism to glitch. When I was young, anything that was “beautiful” was not to be considered seriously as legitimate art. This is a very gross generalisation, of course. But I felt I needed to claim freedom from that and embrace beauty as something integral to today’s art. We could discuss this forever – I can’t really put it in a nutshell. On the other hand, beauty is not simply cultural/aesthetic; it goes beyond one’s likes and dislikes. There’s a lot of overlap between preferences and our biological and neurological response to what we see and hear. Like, a perfect fifth sounds great and is beautiful, but it’s an interval from a simple mathematical proportion, 3/2, and is a natural vibrating phenomena that has the cells in your body resonating, and who knows what else is happening, when a sound gives you chills down the spine because it’s so good – beauty does go that deep. And lastly, the world is getting so ugly that we better hold on to what is beautiful – in a broad sense, not just pretty, but anything that contains elevated qualities, like integrity, etc.

Pythagoras was right! Have you delved much into the science of this?

I haven’t gotten into the science much. Science is a pillar of civilisation but also lacks everything it can’t measure and explain. I also try to keep away from “knowing” that sort of thing with my head. I try to validate my movements with intuition, often from a kind of knowledge that pertains more to the body and not so much to the brain. And besides, I always prefer to leave that open, for the listener to have their own way to integrate the music.

I think the elevated qualities you’re talking about are also often what separates great art from the mediocre. Was there any particular impetus that made you reconsider your thoughts about beauty?

Definitely today’s exponential increase of ugliness, the decline of civilisation… holding on to beauty is strangely becoming a survival strategy, a conscious effort towards sanity. And yes, beauty understood broadly. Like, acknowledging facts is beautiful, as opposed to spreading lies. Or the beauty of bringing opposite worlds together and having them talk to each other: That’s what “Spectral Evolution” is all about.

Given how much work was involved in producing the final version of “Spectral Evolution” heard on the album, what’s it been like performing it live?

The concert benefits from the album’s structure, which makes it very solid, and the way it sounds live is like being physically immersed in a sound field. It connects the emotional aspects of harmony with the physical experience of vibration. It seems to be intense for the audience; sometimes people tell me they almost cried. For me, it’s important to draw listeners into the sound and that creates a feedback of love.

“Feedback of love” is a great image – I think it says a lot about the relationship you have with your audience.

In some concerts, it can be felt very clearly. These sounds and this whole album have been made with love and it’s been met with a loving way of listening by the audience, and that engagement, that quality of feeling, beams back to the stage.

How has your relationship with your audience developed over your career?

I’ve always respected the audience very much and I’m grateful for how I’m able to contribute something they use in their lives. When you give something and it’s well received, that receiving is in turn a gift back to you. I always commit myself to deliver something that justifies their getting out of their homes and buying a ticket and spending their time listening to whatever I play.

Are the intense emotional reactions you’ve encountered when performing “Spectral Evolution” something new, or have you elicited similar responses with other projects in the past?

This is new, as it’s much more emotional than anything I’ve done before, and it’s delivered with intensity.

I think there are artists who'd view "emotional" music with the same suspicion you talked about earlier, in relation to beauty. As you said, this is new territory for you, but how did you arrive here?

Dealing with clearer emotions is new to me and is unintentional. I like to keep emotions open and abstract so that the listener can project their own. These harmonies have emotions built-in and it’s almost impossible to escape them. I’m more interested in their sound, however.

How much does “Spectral Evolution” vary from one performance to the next?

The live version is expanded; some transitions take a more relaxed time. The album was not originally conceived to be played live, so I play as many live guitar parts as possible, and a few of those are improvised. But it’s very consistent: The variation is in the details. The room acoustics and the PA configuration have a decisive effect, and that’s why I spend hours of soundcheck making it sound good every time.

What does your soundcheck involve? Have you found any ways to streamline the process, or is it always a challenge?

Both! I mean, sometimes a fine PA in a good venue makes things easier, but it’s usually a challenge. I do have a sequenced method and the goal is to create a surround body of sound that is intense but invites people in. A sound that doesn’t push you, but pulls you instead. A sound that isn’t there to dominate, but to embrace you. Every room is different, so the tuning has to be very precise.

I was listening to the mix you did for The Wire at the end of last year, and it’s a fascinating complement to the album – Kenny Burrell isn't normally my thing, but he makes perfect sense in this context. Out of interest, what’s your relationship like with the jazz tradition?

It’s always been like a satellite in orbit. Totally focused in but standing elsewhere. Once I said about the Space Program (my previous free-jazz inspired project of electronics), “It’s all jazz, except the music.” For entirely different reasons, the same applies to “Spectral Evolution.” I have a lot of admiration for the heightened humanity of jazz. There’s a lot to learn and a lot to feel. Layers of depth for the mind and heart.

Do you think your appreciation of jazz, and the qualities you mentioned, has deepened as you get older?

Oh yes, indeed! When I was 15, jazz just didn’t make sense to me and I didn’t have any interest in it. Sometimes, I’d come across something that I could acknowledge was good but I didn’t have the references or experience to process it, eventually becoming able to appreciate it only 5 or 10 years later. The meanings and values change with respect to how you integrate them. For example, when I first heard Kenny Burrell, I thought he wasn’t the most exciting jazz guitarist (there goes the typical 20th-century thinking). But when I started playing, now I’ve come to respect him a lot more.

Do you have jazz chops as a guitarist?

Gosh, no! I do try to learn and absorb everything I can, but it’s definitely not towards becoming a jazz guitarist. I’m interested in the sound of the guitar as it’s played, more than the actual “music”.

Did you completely step away from the guitar during your Space Program period?

I didn’t touch a guitar for 15 years. As I’ve embraced a much more demanding guitar culture, I feel like starting from scratch. There’s so much to learn and practice, because the stakes are so much higher, so it’s almost like I’m 8 years old or so. To make it more difficult, I find myself uninterested in most guitar idioms, but I still want to play – so I’m figuring out what…

You recently released an extract of a new piece called “Layers.” What can you tell me about it?

“Layers” is an accumulation of sustained notes, gradually replacing themselves, played with varying degrees of tonal intention. Then it goes through some gear that brings out incredibly complex and shifting harmonics. It’s a new piece to be played fully live. “Layers” is just one specific thing, more simple and completely oriented to performance as a creative process, as opposed to “Spectral Evolution” which is a broad field of connections in composition. “Layers” is already part of the future and doing what I love: engaging with the unknown.

対抗文化の本 - ele-king

 長く続いた店が閉まるのは、いつだって悲しい。ましてや、自らが主体的に関わってきた場所であれば、なおさらである。

 下北沢の路地裏にあったブックカフェ「気流舎」は、2007年の開店以来、実に17年間にわたり存在し続けた。オープン当初から掲げられていたのは、当時すでに古風とも言える「対抗文化(カウンター・カルチャー)」という言葉。この理念を軸に、独立系の古書店兼ブックカフェ・バーとして歩みを始めた。

 原発事故を境に、創業店主による個人経営から、常連客たちによる共同運営(有限責任事業組合)に体制を移行し、筆者も「非組合員」ながら運営に関わるようになった。そして2024年末、ついに気流舎は店舗としての役割を終えた。残務処理を担う「組合員」を除けば、メンバーたちはそれぞれの旅路へと散っていった。

 シュタイナー建築を学び、「あけぼの子どもの森公園」のムーミン屋敷の設計でも知られる建築家の故・村山雄一氏による空間は、幸いにも居抜きで残ったが、長年店頭を彩ってきた植物たちはすべて撤去され、庭先の土もコンクリートで覆われてしまった。近隣に住んでいることもあり、跡地の前を通るたび、アスワドが1981年に発表した曲の一節「African Children, Living in a Concrete Situation」が、しばしば頭をよぎった。どうやら下北沢におけるジェントリフィケーションも、いよいよ完成の域に達したようだ。

 そもそも「気流舎」とは何だったのか。どのような役割を果たしていたのか。その答えは共同運営という性格上、関わった人の数だけあったはずだ。書店であり、カフェであり、酒場であり、小規模なイヴェントスペースでもあり——そしてなにより、「対抗文化の本」に関心をもつ人々が集う場所だった。

 そこでは、公の場では語りにくいようなテーマ——ポリティカルな議論やサイケデリックな体験談——が自然に交わされた。本を読むつもりで立ち寄ったのに、いつの間にか話し込んでしまうような、密度の濃い空間だった。

 形式上は店舗でありながら、店長は存在せず、雇われたスタッフもいなかった。メンバーは誰ひとり報酬を受け取らず、店番は希望すれば基本的に誰でもできたし、途中でフェードアウトすることも許された(貴重本の紛失といった課題も生じた)。過去には運営費を確保するために賛助会員を募り、ドネーションを集めたこともあった。

 「気流舎」という名称は、社会学者・見田宗介が「真木悠介」名義で1977年に著した『気流の鳴る音』に由来する。共同運営が始まってしばらくすると、この本を読むことが唯一のメンバー加入条件となった。そういう意味でも、気流舎は本を媒介としたコミュニティだった。

 『気流の鳴る音』は、ペルー生まれのアメリカの作家・人類学者のカルロス・カスタネダの『ドン・ファンの教え』シリーズの解説書としても読めるものであり、人類学、比較社会学、シャーマニズム、マルクスの思想、インディアンの詩、インドやメキシコの旅のエッセイといった諸要素が交錯するユニークな本だ。副題の「交響するコミューン」が示すように、融合を目指す「ニルヴァーナ原理」ではなく、多様な個が響き合う「エロス的原理」がコミューンのあり方として志向された。

 そんな本の影響もあってか、サイケデリック(文化)、アナキズム(思想)、ニューエイジ(運動)といった、一見交わりづらく対立しがちな要素が、あの小さな空間のなかでは、絶妙なバランスで共存していたように思う。ある時期までは、確かにそんな空気があった。

 2000年代中頃から、東京各地にはインフォショップ、オルタナティヴスペースと呼ばれるような自主管理型の空間が点在するようになった。そうした場は、大学キャンパスが自治的な機能を急速に失っていくなかで、代替的な議論と実践の場になり、文化的・政治的運動を支える関係性の温床となっていた。本書に収録された『ストリートの思想 増補新版』刊行記念イヴェントでは、著者の社会学者・毛利嘉孝氏と、アジアの自主管理空間を研究する江上賢一郎氏による対談が行われ、気流舎もまさにその時代の、その界隈の、ピースのひとつだったことを改めて強く実感することになった。

 こうした場がひとつ消えることは、都市における共有財産=文化的拠点がまたひとつ減ることを意味する。再開発によって家賃が高騰した現在の下北沢において、若い世代が新たにスペースを借り、非営利で維持することは極めて困難である。リアルな場所での集まりがむしろ必要とされている今、運営(組合)体制を刷新し、次世代にバトンを渡すという道はなかったのか。閉店が正式に決定した後も、イヴェントの終わりにゲストや来場者と共に、そんな未練を語り合った。皆が口を揃えて言っていたのが、「もったいない」だった。

 ただ、場所が消えても、残るものはあるはずだ。「気流舎」という名のもとに続いた17年間が熟成だったのか、発酵だったのか、あるいは腐敗だったのか—— その答えは風のなかだが、ただひとつ言えるのは、そこには確かに、空間に沈殿したひとつの文化のスタイル、あるいは集合的な表象のようなものが存在していた、ということだ。それを自分なりにすくい取り、記録したかった。

 特に昨年8月の運営会議で年内閉店が正式に決まってからは、まるでダブプレートを切るサウンドマンのような勢いで、自分が考える「対抗文化」のイヴェントを次々と企画し、空間に響かせ、録音し、文字に起こしていった。とりわけ、長年あやかってきた『気流の鳴る音』の思想的影響については、しっかりと文字で残しておきたかった。そうして気流舎を通り過ぎていった77名の「旅人」たち——その名の通り有名無名を問わぬ語り手たち——の言葉のモザイクを一冊に結晶させることにひとり没頭した。完成した書籍『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』は個人出版というかたちをとり、出版レーベル名を「文借社(あやかりしゃ)」とした(草森紳一『あやかり富士』にあやかった)。

 本書には、60年代に本場アメリカでサイケデリック・レヴォリューションの渦中を体験し、帰国後は「いのちの祭り’88」で実行委員長を務めたおおえまさのり氏、ヒッピー・コミューン運動「部族」の中心メンバーであり、「部族宣言」を書き、トカラ列島の諏訪之瀬島に長らく暮らした詩人・長沢哲夫(ナーガ)氏、そして、60年代に日本各地に存在した土着コミューンを歩き記録した『不可視のコミューン』の著者・野本三吉氏など、いわばヒッピー世代のレジェンドとも呼べる80歳超えの「長老」たちも登場する。

 さらに、西荻窪「ほびっと村」界隈を中心とした70年代ヒッピー・カルチャーにまつわる記録も、本書では重層的に収録されており、貴重な証言集となっている。マジックマッシュルームが合法だった時代にレイヴ・カルチャーに出会った世代としては、こうしたヒッピーの先達たちの軌跡と、自分たちの文化との連なりをしっかりと記録しておきたいという目論見があった。

 とはいえ、「カウンター・カルチャー」という語を使うと、どうしても60年代欧米発祥のヒッピー・ムーヴメントやサイケデリック・カルチャーの系譜に限定されてしまう印象があり、本書では、より広く複雑な文脈を見渡すために、あえて「対抗文化」という表現を選ぶことにした。

 個人的な趣味を言ってしまえば、ぼくにとって「対抗文化」とは、ブルースを源流とするブラック・ミュージック、あるいは世界中の「大衆前衛」のなかに潜む〈抵抗の力〉を感じ取り、引き受けることにある。それはまた、被抑圧者の声に耳を澄ませ、その声に動かされて、自らも行動を起こしていくことを意味する。本書も微力ながら、そうした文化実践の一端を担おうとする試みでもある。

 たとえば、現代的な手法で「ルーツ」を再構築しつづけるジャマイカの新世代ラスタたちによる闘い〈レゲエ・リヴァイヴァル〉運動、英国ラヴァーズロックの甘くやわらかな響きの奥に秘められたポリティカルなメッセージ、貧困や苦悩を歌いながらも、そこに自己解放の希望を託すブルースの表現力、さらにはブルースのしゃがれ声に宿る屈折したエネルギーを、澄んだ音色のアドリブによって昇華するビーバップの革命—— 音楽に宿る感情の複雑さと、その背後に折り重なる歴史や社会の文脈を掘り起こすこと。そこにこそ、ぼくが「対抗文化」として捉える核心がある。

 評論家であり、革命思想家であり、そして何より日本におけるブラック・ミュージック理解の先駆者でもあった平岡正明の没後十五年を記念し、気流舎の終わりにイヴェントを開催できたことは、ぼくにとって大きな意味をもつ出来事だった。

 思い返せば、人生で初めて企画したイヴェントが、平岡正明氏を迎え、音楽や芸能について縦横無尽に語り尽くしてもらうというものだった。そこから20年。原点とも言える人物を再び軸に据えたイヴェントで「対抗文化」の空間を締め括ったのは、ぼくにとっての「ルーツ回帰」だったとも言えよう。

 「変わりゆく同じもの(the changing same)」——アメリカの批評家アミリ・バラカのこの言葉は、ブラックミュージックを貫く特徴としてあまりに有名だが、これからの自分の活動を見定めていくための指標にもなっていくだろう。

 気流舎の終焉は、ある意味でコミューン志向の場の宿命だったかもしれないが、この小さな社会実験(ブック・コミューン!)から得たものは計り知れない。挫折の果てにこそ〈解放〉があり、場所や立場を失うことで初めて〈自由〉になれる—— そのことを実は真木悠介からすでに教わっていたのだ。長らく沈没していた宿舎(サライ)に別れを告げ、あとは自分のやり方で旅を続けていくだけだ。

『本のコミューン 対抗文化のイヴェント記録と通り過ぎた旅人たちの風』刊行の集い

本のコミューンVol.7 
南阿佐ヶ谷編

チャイ・ブック・サロン ——火曜舎でチャイと本に出会う
https://ayacari.base.shop/blog/2025/06/04/155359

火曜舎のマサラチャイの特徴である「ここではない何処か遠くへ飛べる」「脳天に響く」「良薬のような」「ワインのように余韻の長い」本を各自一冊持ち寄って、紹介し合いましょう。

日時:2025年6月28日(土) 16時〜19時  
場所:火曜舎(東京都杉並区成田東5-35-7)
会費:1,500円(マサラチャイ付き)


本のコミューンVol.8 
チェンマイ(タイ)編

Vision of Chiang mai with CCC
チェンマイ・チル・クラブと見るヴィジョン

https://ayacari.base.shop/blog/2025/06/08/120817

チェンマイ旧市街にあるバックパッカーホステルの庭で持ち寄ったチルなモノと時間を分かち合い、チェンマイ・チル・クラブで一緒にヴィジョンを語りましょう。

日時:2025年7月5日(土) 17時〜20時  
場所:Deejai backpackers (ディージャイバックパッカーズ)チェンマイ旧市街
入場:無料(カンパ歓迎)
ゲスト:
CHIE(SuperChill タイ伝統療法・トークセン、CCC)
Grace Okamoto(フォトグラファー、CCC)
Yuki Makino (NEO食堂 Aeeen Japanese Vegan ) 

CCC - Chiangmai Chill Club

「大人の部活」をコンセプトに、Chill好き女子たちが本気で遊ぶ実験的コミュニティ。テクノパーティー主催、森でのピクニック撮影会、オリジナルハーブ試飲会、ボディワーク交換会などジャンルにとらわれず“やってみたい”を形にしていく場。旅人を含む、一期一会のメンバーで遊びをCreateしています。

▼書籍詳細&購入先
https://ayacari.base.shop/items/104200844

本のコミューン
対抗文化のイヴェント記録
と通り過ぎた旅人たちの風

企画・編著 ハーポ部長
デザイン 戸塚泰雄(nu)
発行所 文借社
2025年4月20日発行
四六判334ページ
定価 2,000円(税別)


目次

Ⅰ 浮遊するコミューン

〈レゲエ・リヴァイヴァル〉とアーバンラスタの闘い 
鈴木孝弥 

オーガニックにしときなさい ージャー9との対話 
ハーポ部長(翻訳 竹内嘉次郎) 

都市型コミューンの誕生
ー 砂川共同体・石神井村コミューン・ミルキーウェイキャラバン 
大友映男(やさい村) 

コミューン暮らしとその終わり
ー ポンちゃんと無我利道場の思い出 
蝦名宇摩

無謀なるものたちのコミューン ー下北沢コミューン研究部の記録 
ハーポ部長

ひとつのコミューンがなくなるとき 
中西淳貴(笹塚コミューン)

Ⅱ 路上と抵抗

ストリート以降/都市 
毛利嘉孝 × 江上賢一郎

ラヴァーズロックと抵抗の音楽 
石田昌隆

交流無限大 ーだめ連 ぺぺ長谷川の文化遺産 
神長恒一(だめ連) × いか(ぬけ組) × 原島康晴(編集者)

はみ出す言葉、Fuzzyな存在 
石丸元章(企画・聞き手:銀色夏実 発言:北沢夏音、大田 ステファニー 歓人、『さいばーひっぴー』編集部すずき&うみこ)

Ⅲ ヒッピーやらパンクやら ータンタンに捧ぐ

梵! ヴォヤージュ! 
ハーポ部長

クール・レジスタンスの時代 
北沢夏音 × 青野利光(『スペクテイター』)

チャンマイ薬草ライフ 
ことり薬草えこインタビュー

 
暴力と尊厳の考古学 ー『死なないための暴力論』刊行記念 
森元斎 × 成瀬正憲

生涯一パンク 
中沢新一 

Ⅳ 風に吹かれて ー気流の鳴る音をきく

メキシコの真木悠介 
今福龍太 × 上野俊哉

『気流の鳴る音』を気流舎で 
鶴見済

自分の内に絶えることなく歌があること ー真木悠介輪読部の記録 
椋本湧也 

ぼくの人生と真木悠介 ー気流舎での出会い 
野本三吉 

Ⅴ ブック、マジック、ミュージック

カウンターカルチャーの印刷物はどのように作られたか? 
槇田 きこり 但人(プラサード書店)
(校閲 石塚幸太郎)

わたしの知ってる最近のZINE事情 
野中モモ

没後一五年 平岡正明は「笑う革命思想家」だった 
阿部晴政 × 向井徹(平岡正明著作集委員会)

民俗音楽の彼方へ 湯立て神楽編 
ものいみやなかの会(齋藤真文&宮嶋隆輔&中西レモン&すー&斎藤ぽん&ハズミ)

気流舎と旅 
ハーポ部長

坂部の冬祭りレポート 
アクセル長尾

鬼とパンク 天龍村坂部冬祭りについて 
石倉敏明 

インドネシアの呪術師に弟子入りしたタオイストの話 
中原勇一(やわらぎ気功クリニック)

気流舎から始まった本の旅 
汽水空港モリテツヤ インタビュー 

エッセイ 旅のノートから(38人の旅話&本の紹介&気流舎への一言)

ハーポ部長 ELIJAH-FAR-I  鍵谷開 高橋ペコ 桝田屋昭子 Yusuke Suzuki 高岡謙太郎 ありい 大槻洋治 根岸恵子 すずき 銀色夏実 茂田龍揮 花崎草 くるみ 橋本勝洋(サンガインセンス) 川上幸之介 タンタン(長谷川浩) 翔太郎 内田翼 石崎詩織 川崎光克 さおり 平田博満 おおえまさのり ケロッピー前田 円香(現代魔女) わたなべみお 関口直人 猫村あや 馬場綾(アマゾン屋) リサ 長澤靖浩 宮脇慎太郎(ブックカフェソロー)  諫山三武(未知の駅) 吉澤順正 おぼけん(『新百姓』) 長沢哲夫(ナーガ)

  
虹より高く ーロバート DE ピーコとブルース共同体 
ハーポ部長

ロバート DE ピーコ音源QR「ライヴ・アット・気流舎」

      
編集後記 
僕らには儀式が必要だった
気流舎から寄留者へ

  1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 32 33 34 35 36 37 38 39 40 41 42 43 44 45 46 47 48 49 50 51 52 53 54 55 56 57 58 59 60 61 62 63 64 65 66 67 68 69 70 71 72 73 74 75 76 77 78 79 80 81 82 83 84 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 100 101 102 103 104 105 106 107 108 109 110 111 112 113 114 115 116 117 118 119 120 121 122 123 124 125 126 127 128 129 130 131 132 133 134 135 136 137 138 139 140 141 142 143 144 145 146 147 148 149 150 151 152 153 154 155 156 157 158 159 160 161 162 163 164 165 166 167 168 169 170 171 172 173 174 175 176 177 178 179 180 181 182 183 184 185 186 187 188 189 190 191 192 193 194 195 196 197 198 199 200 201 202 203 204 205 206 207 208 209 210 211 212 213 214 215 216 217 218 219 220 221 222 223 224 225 226 227 228 229 230 231 232 233 234 235 236 237 238 239 240 241 242 243 244 245 246 247 248 249 250 251 252 253 254 255 256 257 258 259 260 261 262 263 264 265 266 267 268 269 270 271 272 273 274 275 276 277 278 279 280 281 282 283 284 285 286 287 288 289 290 291 292 293 294 295 296 297 298 299 300 301 302 303 304 305 306 307 308 309 310 311 312 313 314 315 316 317 318 319 320 321 322 323 324 325 326 327 328 329 330 331 332 333 334 335 336 337 338 339 340 341 342 343 344 345 346 347 348 349 350 351 352 353 354 355 356 357 358 359 360 361 362 363 364 365 366 367 368 369 370 371 372 373 374 375 376 377 378 379 380 381 382 383 384 385 386 387 388 389 390 391 392 393 394 395 396 397 398 399 400 401 402 403 404 405 406 407 408 409 410 411 412 413 414 415 416 417 418 419 420 421 422 423 424 425 426 427 428 429 430 431 432 433 434 435 436 437 438 439 440 441 442 443 444 445 446 447 448