「ゴッド・セイヴ・ザ・クイーン」のように、たった1枚のレコードが世界の見方を変えてしまうことがポップ・ミュージックの世界では起こりうるが、プライマル・スクリームの「ローデッド」もそんな1枚だった。世界の見方、見えはじめた景色、考え方、これから聴きたい音楽、これから着たい服、そして行きたい場所、そういったものすべてを変えてしまった。イギリスだけの話ではない。日本においてもまったくそうだった。若者文化を決定的に変えてしまった、これほどパワフルな曲はそうあるものではない。そして、それに続いた壮大な「カム・トゥギャザー」は、いまが変革の季節であることを、念を押すかのように言い聞かせた。ソウルフルな「ドント・ファイト・イット・フィール・イット」は同じようにアンセムとなり、「ハイヤー・ザン・ザ・サン」のサイケデリアに誰もが昇天した。こうした一連の奇跡的なシングルのリリースを経て、『スクリーマデリカ』は1991年9月にリリースされた。レイヴ・カルチャーの時代のまったく新しいサイケデリア、いわば90年代の『ペット・サウンズ』、つまり時代の金字塔である。
しかしながら、そのデモトラック集が出ると聴いて、正直なところとくに気持ちが上がったわけではなかった。なにせ、まあデモ集なのだ。収録されているアンドリュー・ウェザオールによる“シャイン・ライク・スターズ”のふたつのリミックス(ひとつはまったくの未発表)は聴いてみたいけどねと、そんなようなたいした期待もなく『デモデリカ』を聴きはじめたわけだが、ひとことで言えば、もうすっかり感動してしまった。ここにあるのは『スクリーマデリカ』に収録された曲のいわば青写真であり、それらの多くは、あのアルバムの高揚感を思えば意外なほどメランコリックで、内省的だったことがよくわかる。『スクリーマデリカ』の中心部にあるのは、決して単純な多幸感でもわかりやすい連帯感でもなかった。また、バンド演奏によるそれらの最初の姿からは、それぞれの曲に込められた元のアイデア(ゴスペルだったり、カーティス・メイフィールドだったり、Pファンクだったり、シーズだったり、ビーチ・ボーイズだったり)がよくわかる点も面白い。こうした聴き方は『スクリーマデリカ』をすでに愛聴した経験があるから可能なわけで、この時期のプライマル・スクリームに思い入れがある人には声を大にして推薦したい。完成品はもちろん逸品だけれど、ウェザオールたちに加工される前の生々しいその姿もまた魅力的だった。
ブックレットにはジョン・サヴェージによる長いライナーノーツ(日本語訳)があり、また、メンバーによる詳細な全曲解説(ボーナストラックは除く)もある。これらも充分一読に値します。

Primal Scream
Demodelica
Columbia/ソニー
※日本盤は10月27日発売
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環境のための音楽か。環境についての音楽か。前者はブライアン・イーノが定義した最初期のアンビエント・ミュージック、対して後者はフィールド・レコーディングやさざまなサウンドのマテリアルを駆使したサウンドスケープを展開する現代的な音響作品であると仮定してみたい。
スウェーデン出身でアムステルダムを拠点とするサウンド・アーティストのBJ・ニルセン(BJ Nilsen)は後者にあたるといってよい。彼は90年代〜00年代以降、いくつかの名義を駆使して、さまざまな音響作品を作り続けてきたアーティストである。 ニルセンは環境音をベースに、細やかかつ大胆な電子音響ノイズをレイヤーさせる手法によって、都市空間とノイズの関係を考察/再考するようなサウンドスケープを創出してきた。近年はノルウェーとロシアの北極圏などにおける都市の音響領域と産業地理の問題を音響の側面から追及しているという(ニルセンには『The Acoustic City』という著作もあり、音とテキストの両面から活動をしているアーティストでもある)。
フィールド・レコーディングの手法による空間意識の自覚化・聴取という意味で、フランシスコ・ロペスの系譜にもあるともいえるが、とうぜん作風は違う。ニルセンはサウンドの融解を実践しているように思う。その意味ではロペスの次の世代のサウンドアートの発展に大きく尽力してきたアーティストのひとりといえる。
BJ・ニルセン、本名をベニー・ジョナス・ニルセン(Benny Jonas Nilsen)という。1975年生まれの彼は90年代はMorthound名義で活動を行い、インダストリル・ノイズ・レーベルの〈Cold Meat Industry〉などからアルバムをリリースした。00年代初頭はヘイザード(Hazard)を名乗り、〈Malignant Records〉、〈Ash International〉などからいくつかのアルバムをリリースする。
BJ・ニルセン名義としては、2004年に〈Touch〉から『Fade To White』をリリースして以降、多くのアルバムをソロ、コラボレーション問わず、コンスタントに発表してきた。ニルセンのアルバムは、いわば彼の音響研究の報告書、著作といった側面もある。聴取するたびに、世界と音響に関する思考に触れるような感覚を得ることができた。そして何より音響作品としてサウンドの質感や構成など、非常に美しい仕上がりでもある。
ニルセンの作品数は非常に多いのだが、それでもあえて代表作を選ぶとすれば2007年の『The Short Night』、2009年の『The Invisible City』、2013年の『Eye Of The Microphone』だろうか。個人的にはアートワークも含めて『The Invisible City』をおすすめしたい。見知らぬ街への旅先、その夜の空気のような音響空間がとにかく素晴らしいのだ。ちなみにこれらのアルバムはすべて〈Touch〉からリリースされた。
コラボレーション作品も充実している。2006年に〈Touch〉から発表したクリス・ワトソンとの『Storm』、2007年に〈iDEAL Recordings〉から出たZ'EVとの『22' 22"』あたりがよく知られている。私としては2014年に発表されたヨハン・ヨハンソンとの共作『I Am Here』をお奨めしたい。
ともあれ彼は多作である。ゆえにそのアルバムは00年代以降の電子音響作品を考える意味で重要な指針となってもいる。特に〈Touch〉というエクスペリメンタル・ミュージックの牙城ともいえるレーベルを中心にリリース活動をしたことの意味は大きい(もちろん〈Touch〉以外からのリリースも多くあるのは前提だが)。00年代中期以降の環境音と電子音響のレイヤーという〈Touch〉のレーベル・カラーをとてもよく象徴していたからだ。
そのBJ・ニルセンがもうひとつのエクスペリメンタル・ミュージックの老舗であり牙城ともいえる〈Editions Mego〉からアルバム『Massif Trophies』をリリースしたのが今から4年前の2017年である。思えばこのアルバムのリリースが今作『Irreal』の布石になっていた。今回取り上げる『Irreal』もまた〈Editions Mego〉からの作品である。
『Massif Trophies』はイタリアの高山であるグラン・パラディゾ山の登山時の環境音が用いられていたアルバムだったが、『Irreal』はオーストリア、ロシア、韓国、ベルギー、オランダ、ルクセンブルクなど世界各国で録音された環境音がベースになっている音響作品である。世界各国の音の記憶が旅の記憶のように展開し、そこに高密度の電子音響がレイヤーされていく。
『Irreal』には長尺の曲が全3曲が収録されている。1曲め“Short circuit of the conscious thought”が15分20秒、2曲め“Motif mekanik”が12分50秒、3曲め“Beyond pebbles, rubble and dust”に至っては38分28秒にも及ぶ。どのトラックもじっくりとその音響空間に浸れる構成・構造となっている。
サウンドも環境音と電子ノイズやドローンのレイヤーが強靭かつ大胆に展開し、これまでのBJ・ニルセンの集大成ともいえる仕上がりだ。硬質な響きには聴覚の遠近法を変えるような「強さ」がある。しかもときにベースラインらしき音が低音部になるというこれまでにない試みも実践されていた。いわばエクスペリメンタルな音響作品のむこうにかすかに鳴るテクノの痕跡のような聴取感を得ることもできるのである。
アルバムを代表するトラックは38分を超える“Beyond pebbles, rubble and dust”だろう。この長い時間のサウンドを聴きいっていると、まるで洞窟の中に迷い込むような、もしくは氷河の音響を聴くような感覚になってくる。都市のサウンドスケープがやがて自然の極限のような状態へと変化する感覚とでもいうべきか。
都市と自然、空間と世界。満ちる音の波と音の集積、交錯と接続、融解と持続。『Irreal』の音響空間は、われわれに「環境」と「音」の関係性を意識させてくれる。ここにある音とそこにある音。聴こえる音と消える音。ニルセンは音をつなぎとめて、つないで、加工して、還元して、長い音響の持続を作る。
この『Irreal』は彼の最高傑作だろう。おそらくはレーベルである〈Editions Mego〉もそれを承知していた。マスタリングをシュテファン・マシュー、アートワークをスティーブン・オマリーが手がけるという最高の布陣で送り出された。そして今作がレーベル・オーナーのピタとBJ ニルセンとのおそらくは最後の仕事になった。
〈Editions Mego〉を主宰する電子音響作家ピタことピーター・レーバーグは、2021年7月23日に他界した。悲しい出来事である。「追悼」するには若すぎる年齢だ。彼が電子音響、グリッチ、エレクトロニカに残した功績の大きさを痛感することにもなってしまった。
レーベル側のアナウンスによると、ピタがリリースを手がけていたアルバムまでは確実に送り出されるとのこと。そしてピタがレーベル・オーナーとして関わっていた最後のアルバムのリリースをもって、レーベル最後のリリースになるという。とはいえ〈Ideologic Organ〉、〈Recollection GRM〉、〈Portraits GRM〉などの充実したサブ・レーベルは存続し、フランスの〈Shelter Press〉がリリースを担っていくという。ピタと〈Editions Mego〉の功績の大きさはこれからもより深く継承され、考察され、ピタ/メゴの意志や遺伝子は受け継がれていくに違いない。
この BJ・ニルセン『Irreal』は、レーベル・オーナーとしてのピタが早すぎた晩年に送り出した電子音響作品の傑作になってしまったわけだが、今は、この研ぎ澄まされた音響空間に没入しつつ、〈Editions Mego〉によって牽引されてきた90年代以降、00年代、10年代、20年代の電子音響/グリッチ/エレクトロニカなどのエクスペリメンタル・ミュージックの進化=深化に思いを馳せたい。
2000年代初頭より長い活動を続けるクァンティックことウィル・ホランド。当初はジャジーなブレイクビーツを操るDJ/ビートメイカー的なスタイルだったが、次第にソウルやファンクなど生音を重視したサウンドへと移り、さらにラテンやレゲエなど中南米音楽に傾倒していく。2007年には生まれ故郷のイギリスを離れて南米のコロンビアへ移住するが、それはクァンティックのラテン音楽への情熱が本物だったという証しだろう。
UK時代もラテンを取り入れたダンス・トラックはいろいろ作ってきたが、2008年にリリースしたクァンティック&ヒズ・コンボ・バルバロ名義の『トランディション・イン・トランジション』は、コロンビアのラテン音楽系ミュージシャンたちと作った本格的なラテン・アルバムであった。さらにブラジルが生んだレジェンドのアルトゥール・ヴェロカイと彼のオーケストラも参加するという非常にゴージャスな内容で、もちろんDJ的なセンスが注入された作品であるものの、クラブ・ミュージック・シーンにとどまらず一流の音楽家としてのクァンティックの名前を決定づけた傑作と言えるだろう。
その後2014年にアメリカへ移り、現在はニューヨークを拠点とするクァンティックだが、コロンビア時代から引き続いてラテン音楽への探求意欲は衰えていない。2019年にリリースした『アトランティック・オシリレイションズ』は、ニューヨークで久々にクラブ・イヴェントやパーティーなどをやっていく中で作られたこともあり、かなりダンサブルなテイストの強いアルバムとなったのだが、この度リースした新作の『アルマス・コネクタダス』は一転して伝統的なラテン音楽の作法に則ったものとなっている。
『アルマス・コネクタダス』はクァンティックとニディア・ゴンゴーラとの共作で、このコンビでは2017年の『クルラオ』に続く作品である。ニディアはコロンビア南西部のティンビキ出身のシンガーで、彼女がリード・ヴォーカルを務める伝統音楽集団のグルーピ・カナロンの作品をクァンティックが聴き、その歌の素晴らしさに感銘を受けたところからふたりの共演がはじまった。
ニディアについてクァンティックはこう評価する。
彼女の声は個性があって本当に素晴らしい。すごく美しい声だし、彼女はライターとしての力も持っている。両方が素晴らしいというそのコンビネーションは、彼女の武器だと思うね。彼女のライフ・ストーリーもすごくユニークだし、彼女のお母さんもパフォーマーだったから、彼女は多くの伝統的なシンガーのパフォーマンスも目にしてきた。彼女はかなりディープなヴォーカル文化の中で育ったからこそ、彼女の音楽は唯一無二になるんじゃないかな。コロンビアの伝統音楽であるクルラオやアフロ・コロンビアンの民謡なども理解しながら、彼女は常に新しいアイデアも取り入れている。それも素晴らしい部分だと思う。 (オフィシャル・インタヴューより。以下同)
ニディアは『トランディション・イン・トランジション』のほか、2014年の『マグネティカ』などクァンティックのいろいろなアルバムに参加し、そうしてふたりの関係性が強まっていく中で『クルラオ』は作られた。伝統的なクルラオとニディアの歌唱に対し、クァンティックのエレクトリックなアプローチが融合したとても画期的なアルバムと評価できるだろう。
そうした『クルラオ』に対し、『アルマス・コネクタダス』はオーセンティックなラテン音楽色がより強まっている。こうした作風の変化についてクァンティックはこう述べる。
前回のアルバムのサウンドは、もっとダンスっぽくエレクトロだった。コロンビアの、特に太平洋側の民族音楽の新しい解釈で、そういった音楽をエレクトロのサウンド・パレットの上で表現したものだったんだ。ほかにそれをやったことがある人があまりいなかったし、あれは新しい経験だった。一方、今回のアルバムはそれを既に一作目で成し遂げたから、これといって新しいアイデアはなかった。一緒に作品を作ることが一番の目的で、あまり特別なことは意識してなかったね。だから、ダンスフロアにとらわれることはなかったし、前ほどパーティー・レコードには仕上がっていないと思う。今回のアルバムでは色々なものが混ざっていて、軽快な曲もあれば、長い曲も、詩的な曲もあるんだ。どちらかというと、自由さがこのアルバムの方向性だったと思うね。ニディアに宿題として渡したのは、リズムのアイデアと曲の略図的なもの。そこから自由に曲を作っていったんだ。
ニディアへの宿題とのことだが、基本的にニューヨークにあるクァンティックのスタジオ〈セルヴァ〉でレコーディングはおこなわれている(ちなみにクァンティックは〈セルヴァ・レコーディングス〉も主宰するが、『アルマス・コネクタダス』については長年クァンティックの作品を発表する〈トゥルー・ソウツ〉からのリリースとなる)。事前にコロンビアにいるニディアへデモ音源やいろいろな資料を送って聴いてもらい、彼女がニューヨークに来た際にヴォーカルを録音した。2年ほど前からアルバム制作ははじめられ、コロナによるパンデミック前にレコーディングは完了した。
ニディアとは新しいレコードをまた作りたいとずっと思っていたんだけれど、僕がコロンビアからニューヨークに引っ越してしまったから、実現するのが難しかったんだ。でもあるとき彼女がニューヨークに来ることになったから、そのために材料を集めることにした。それを彼女に送って、ニューヨークに来るときまでにやってもらう “宿題” を渡したんだ。で、彼女は5日間ニューヨークに滞在したんだけど、そのうちの2、3日で超特急でレコーディングしたんだよ。レコーディングはパンデミックの前だった。彼女のヴォーカルをその数日間で録音して、そこから僕がアレンジや他の作業を進めて行ったんだ。ニディアは曲を作るのが本当に早くて、歌詞に関しても素晴らしい歌詞をサッと書ける。ニューヨークに来る前に彼女が前もって書いていた曲もあったし、ニューヨークに来てから一緒に書いた曲もあるんだ。
楽曲の制作プロセスからも、今回のアルバムが持つ方向性が見て取れる。いわゆるビートメイカー的なアプローチでトラックを作るのではなく、メロディやハーモニーを作っていく昔ながらの作曲方法によるもので、そこからオーセンティックなラテン音楽が生み出されていく。
曲の多くがギターとベースでデモを録音したものからはじまった。コード重視で、曲のヴァイブを捉えたもの。ニディアに送ったのは、多分10~15曲だったと思う。そこから彼女がお気に入りのものを選んで曲にしていったんだ。そこに彼女が声をのせたものを送ってきて、大体こんな感じになる、というイメージがわかった。そして、そこからまた二人で曲を作っていったんだ。遠距離だから、ライティングはリモートだった。で、ニディアがニューヨークに来たときには、僕が既にいくつかの曲をパーカッショニストとレコーディングしていたから、それに彼女が声を乗せて出来上がったものもあるし、二人でまた作業をして納得がいくまで仕上げていったものもある。曲は全てアナログでレコーディングしたんだ。コンピューターは一切使わず、全部テープ・マシンで録音したんだよ。今回は、前回の時よりもお互いのことをよく知っていたからそれが良かったと思う。お互いをもっと信頼できていたから、より作業がスムーズだったと思うね。
ほかの録音メンバーはニューヨーク在住のラテン系ミュージシャンたちで、コロンビア、パナマ、ブラジル出身のプレイヤーたちが集まっている。これまでもクァンティックの作品に参加してきた馴染みのメンバーもいる。さらに、以前のアルトゥール・ヴェロカイのオーケストラとの共演が蘇るように、大幅なストリングスの導入が『アルマス・コネクタダス』のポイントに上げられる。
ストリングスは今回のアルバムの中の一つのテーマだったと思う。シンフォニックなサウンドというか、ストリングをより使ったサウンド。アルトゥール・ヴェロカイと一緒に作業をした経験などを通して、ストリングスのことを以前より学んだからね。ブラジルのミュージシャンのストリングスは本当に美しい。ミルトン・ナシメントもそうだし、1960年代のブラジル音楽にはヴォーカルにオーケストラのサポートがついていて、美しいハーモニーがヴォーカルを包んでいるのが特徴だと思うんだけど、今回のレコードではそれをやってみたかったんだ。
ニューヨークにも独自のラテン・ミュージックの文化があり、サルサなどは現代にアップデートしながら進化してきた音楽である。『アルマス・コネクタダス』のストリングスやオーケストレーションの使い方などをみると、そうしたニューヨーク・ラテンの影響を受けた部分も見られる。たとえばホーン・セクションがゴージャスな “エル・アヴィオン” は1950年代のティト・プエンテ楽団あたりを聴いているようだ。そうしてみると、『アルマス・コネクタダス』はコロンビアとニョーヨークのラテン・カルチャーが融合したものという見方もできる。
そのほかコロンビアでお馴染みのクンビアに基づく “バラダ・ボラーチャ”、スペイン移民によりキューバから広まったグアヒーラの “エル・チクラン”、キューバ発祥のダンス音楽であるチャチャチャの “アディオス・チャコン” などがあり、“マクンバ・デ・マレア” ではアフロ・ブラジリアンのリズムであるマクンバを用いている。マクンバはアフリカを起源とする南米諸国に根づく民間信仰で、その宗教儀式の際に用いられる音楽のリズムのことも指す。ニディアが生まれ育ったコロンビア南西部の太平洋岸沿いは特にこうした文化背景が強いところでもあり、“マクンバ・デ・マレーナ” はそうした文化、宗教、音楽がバックボーンとなっている。つまりコロンビアやキューバ、さらにブラジルなどアフリカを源流とする幅広いラテン・カルチャーのエッセンスを詰め込んだのが『アルマス・コネクタダス』である。
今回のレコードには大まかに二つのリズムが存在している。その一つがマクンバ。ブラジルのアフロ・ブラジリアンの宗教のリズム。マクンバは僕が好きなリズムで、それをニディアに聴かせて、ブラジル出身のパーカッショニストであるメイア・ノイテと一緒にレコーディングしたんだ。ニディアに勧めたのは、マクンバはニディアの出身のブラジルの太平洋側のクルラオに近いから。だから、それをやってみたらクールだなと思ったんだ。あと、コロンビアではマクンバというのは「クール!」という意味でも使われる言葉でもあるし(笑)。僕はあのリズムが大好きなんだけど、ポップ・ミュージックやヴォーカル曲で使われることがほとんどないから、それをやってみたら面白いんじゃないかと思ったんだ。僕はマクンバのリズムはヴォーカル曲にもすごく合うと思うよ。
『アルマス・コネクタダス』では様々な風景や世界観が描かれる。ニディアが亡くなったいとこに捧げた “バラダ・ボラーチャ” は、いとことニディアの弟がティンビキの酒場で飲んだくれ歌ったり、踊ったりしている姿を綴ったもので、下町に暮らす人びとの日常的な風景が描かれている。それに対して “アドラル・ラ・サングレ” は、西欧社会のカトリックから植え付けられた宗教とアフリカからコロンビアへ継承された文化の関係性についての曲で、テーマに沿ってサウンドもコロンビア太平洋岸沿いのアフロ・ラテン音楽とアメリカ南部のブルースやゴスペルがミックスしたものとなっている。
ほかにもティンビキの川で少年が溺れた水難事故を描いた “アディオス・チャコン” などがあり、『アルマス・コネクタダス』には宗教や哲学的なテーマもあれば現実社会の風景や事件が並列されて描かれていて、とてもユニークなものとなっている。これに関してはニディアの歌詞の世界が作り出す部分が大きい。ニディアがティンビキで育んできた精神性や宗教観がいままで以上に色濃く反映されたアルバムであるが、彼女の持つスピリチュアリティについてクァンティックはこう述べる。
ニディアは本当にスピリチュアルな女性で、多くの彼女のアイデアや歌詞にもそれが映し出されていると思う。それが音に出ているときは、他の人たちはそれに触れてはいけない(笑)。ニディアが生み出すその要素は素晴らしいものだし、それを自分の手を加えることで台無しにしてはいけないんだ(笑)。彼女の歌声だけでその素晴らしさが成り立っているから、それを汚さないようにしないと。今回は長い曲もいくつかあり、曲により大きな空間が存在し、彼女の声もより深く楽しめるようになっていると思う。リスナーにも彼女の声が誘う素敵な旅を楽しんで欲しいね。歳を重ね、より多く経験を積んでいることで、彼女の声はよりディープになったとも思うしね。
アルバム・タイトルの『アルマス・コネクタダス』とは『コネクティッド・ソウルズ』、すなわち『魂の繋がり』を意味する。宇宙のエネルギーの相互関係を示す言葉であり、非常にスピリチュアルなテーマを持つ言葉だ。同時に離れた場所にいる人たちの繋がりを示す。
このタイトルはニディアのアイデア。遠距離で曲を作っていたニディアと僕とか、曲のアイデアを繋げることとか、バラバラの場所に住んでいる人たちが繋がっていることとか、そういったコネクションを意味しているんだと思う。
コロナによって以前よりも距離をおいた関係性が求められるいま、そんな我々に対する言葉でもある。
Shade=物陰、リズ・ハリスらしいタイトルだ。彼女の音楽はつねに、太陽より月光、月光より月影、そして石よりも水、外的ではなく内的な動きにおけるさまざまなヴァリエーションだった。ハリスの作品は、ぼくがこの10年、ずっと追いかけている音楽のひとつで、今朝、待ち焦がれていたその新作がようやく届いた。先行発表されていた2曲を何度も聴いていたので、いつものこととはいえ今回のアルバムもきっと素晴らしいだろうと思っていた。で、いざじっさい聴いてみるとやはり間違いなかった。
2005年の自主リリースされたCDrがリズ・ハリスの最初の作品だった。タイトルの「Grouper」とは、彼女が育ったサンフランシスコの、ゲオルギー・グルジェフに影響されたカルト・コミューンの名前から取られている。突然両親が変わることさえあったという「Grouper」では、子供はいわば実験対象だった。カルト内では虐待や抑圧も多々あったというが、こうした特殊な生い立ちがハリスの音楽にまったく影響していないと考えるほうが不自然だろう。
ハリスは、彼女の自我に深く傷を残したであろうそのコミューン名をしかし自らのプロジェクト名とし、2008年にUKの〈Type〉からリリースされた『死せる鹿を丘に引きずりながら(Dragging a Dead Deer Up a Hill)』によって一躍脚光を浴びた。これは彼女の出自がまだ知られていなかった頃の話で、エーテル状の音楽性からコクトー・ツインズと比較されたそのアルバムのスリーヴには、魔女めいた服装をした少女時代のハリスがいる(ぼくは長年別の人物と思っていたのだが、どうやら本人らしい。本当かな?)。それはともかく、音楽はいわゆるゴシックでもシューゲイザーでもない。フォークがその基盤にあることはたしかだが、それは人間の攻撃性をいっきに解除するかのような、繊細でどこまでも静的なフォークなのだ。
それからハリスは、2011年に自身のレーベル〈Yellow Electric〉から連作『 A I A : Alien Observer』と『 A I A : Dream Loss 』をリリースする。これらはより実験色が強く、歌としての輪郭は滲むようにぼやけ、洞窟の奥深くで演奏しているかのようなその独特な響きゆえにドローン・フォーク/アンビエント・フォークなどと形容された作品だった。ぼくがグルーパーのファンになったのもこの2枚から。
繰り返そう。グルーパーの音楽は、どんな作品であれ、極めて静的で、言葉が主張するものではない(彼女は言っている。「歌は、言葉がわからなくても伝えることができる」と)。が、これほど強く、みごとと言っていいほど「ひとり」を感じる音楽をぼくはほかに知らない。たとえ夕刻時の銀座線のホームの人混みのなかであろうと、イヤフォンを通じてこの音楽がぼくの鼓膜を振動させた途端に、ぼくは瞬く間に「孤独」になる。それは不快ではないが快感でもない。憂鬱でも不幸でもない。ただただ、そうなることを知覚する。2013年の『ボートで死んだ男(The Man Who Died In His Boat)』、そして「政治的な怒りと感情的な残骸のドキュメント」と彼女自身が説明した2014年『Ruins』にも、ハリスにしか表現できないその独特な感覚から広がる音響工作のヴァリエーションが試みられている。
こうした流れとは異なる路線を見せたのが、2018年の『Grid Of Points』だった。ここでは、それまで頻繁に採用していたフィールド・レコーディングや抽象的なエレクトリック・ノイズなどの音響実験を排して、シンプルにピアノをバックに歌っている。最新作の『Shade』もその延長にあるわけだが、作品でフィーチャーされている楽器はピアノではなくギターで、前作以上に飛び抜けてシンプルなフォーク・アルバムとなっている。グルーパー史上、もっともポップな作品と言ってもいい。
オレゴン州のポートランドで長年暮らしてきたハリスは、昨年は同地のブラック・ライヴズ・マターに積極的に関わっていたが、いろんな事情があって引っ越したようだ。最近のWireに掲載されたインタヴューによれば、彼女が精神不安を抱えているとき、いまもポートランドに住んでいる友人のマリサ・アンダーソンから言われた「水を探しなさい」という言葉を頼りに、ハリスは太平洋沿いの海の近くに移住した。録音の半分はカリフォルニアのタマルパイス山という海から離れた場所でおこなわれているが、作品は、ハリスの説明によれば、いま住んでいる土地の海岸の風景と繋がっている。たしかに、アルバムの冒頭は“海を追って(Followed The Ocean)”とある。それはホワイト・ノイズがミックスされ、過剰にエフェクト処理された昔ながらのグルーパー・サウンドで、この曲が終わって2曲目の“Unclean Mind”がはじまると、どこか別の世界に瞬間移動したかのように場面はいっきに変わる。以降の曲のほとんどは、おおよそアコースティック・ギターと歌だけで構成されている。しかもメロディや歌よりもギター演奏の運指の音量のほうが大きいという、いままで以上に静的な瞬間がたびたびある。また、10年前の作品からにじみ出ていたような不安と悲しみは、この新作のどこかにはあるのかもしれないけれど、しかし『Shade』には、なにかしら清々しさが混ざっているように感じるのだ。もちろん、いまこの作品を聴いているぼくは「ひとり」だ。しかし同時に、心のざわめきには風通しのよい、そう、たしかに水を見つけたときのささやかな喜びがある。
アンビエントめいた音響実験に関しては、2019年から着手したNivhek名義にて、今後も継続されていくのだろう。
ニューヨークのアーティストとは、「生き延びるために創造しないといけない必要性」があるひとたちなんだと思う。競争が激しいし、物価や生活費も高い。だから生き延びるために精力的に活動しないといけない。ニューヨークでアーティストとしてやっていくのは昔から非常に困難なことだった。たくさんの血と汗と涙を流さないとやっていけない。
都市の喧騒が聞こえる。行き交う人びとの姿が見える。彼らはそのテンポを「ダウンタウンのペース」と呼んでいるが、これは、街から生まれたノイズを使って身体を揺らそうとする者たちの音楽だ。
ニューヨークのブルックリンからイキのいいガレージ・バンドとして2010年代初頭に登場し、ぶっきらぼうだがオリジナル・パンク~ポスト・パンクへのたしかな敬意を感じさせた3作目『Sunbathing Animal』で世に知られたパーケイ・コーツは、00年代なかばのディスコ・パンク/ポスト・パンク・リヴァイヴァルにも、00年代後半のブルックリン・シーンにも間に合わなかったからこそ、特定のシーンに絡め取られることなくマイペースに自分たちの音楽を拡張してきた。その間ノイズをやったりヴェルヴェット・アンダーグラウンドっぽいことをやったりハードコアのルーツを意識したことをやったりしているのだが、バンドとしてのまとまりとパフォーマンス性を一段引き上げたのが、いくらかダンス寄りになった前作『Wide Awake!』だった。初期から持っていた猥雑な音の感触は残しつつも、パーカッションや電子音を整頓して配置することでデザイン性を高めたのである。
そして、その路線を推し進めたのが、(変名バンドParkay Quartsやダニエル・ルッピとのコラボレーション作を除いて)通算6作目となる『Sympathy for Life』だ。バンド・メンバーたちはアルバムを作りながら、COVID-19によるロックダウンをまだ知らないニューヨークのインディ・パーティで踊っていたという。ストンプ・ビートとワイルドなベースラインが痛快な “Walking at a Downtown Pace”、ポスト・パンク・バンドがサーフ・ロックをカヴァーしたような “Black Widow Spider”、パルスめいた電子音がユニゾン・コーラスとゆったり絡み合う “Marathon of Anger” と、テンポを変えつつも足腰を動かすロック・チューンが続く。同じくニューヨークのLCDサウンドシステムや!!!のように、ハードコア・パンク育ちのキッズがテクノやハウスに触発されて生み出した音楽の系譜を受け継いでもいるだろう。
アルバムは本格的なパンデミック以前に完成していたというが、ある意味、ロックダウンによってニューヨークが(一時期)失っていたものを封じこめた作品だと言える。人びとが狭い地下やビルに一室や路上に集まって踊ること、そこで交わした社会的/政治的議論を生かし、ともに声を上げること。パーケイ・コーツは以前から歌詞に都市で生きることのジレンマや苛立ちをミックスしてきたが、パンデミックを経たことでその個性がよりクリアに見えることになった。彼らはこのアルバムで、踊って考え、考えて踊っている。以下のインタヴューでヴォーカル/ギターのアンドリュー・サヴェージはパーティ文化をコミュニティと表現しているが、パーティは都市に生きる人間たちにとって考えや価値観をシェアする場としても機能しているのだ。また、ロックダウンによって人びとの集まる機会が失われた2020年のニューヨークにとって、ブラック・ライヴズ・マターが再集結のきっかけだったという証言も興味深い。パーティに通っていたひとたちが、デモの現場で久しぶりに再会するなんてこともあっただろう。
パーケイ・コーツによる「ダンサブルなロック」は、ロック・リスナーがただ気持ち良く踊れるように設計されて提供されたものではない。異なるジャンルの音楽を聴いていたはずの人間たちが一堂に会して同じリズムで踊り、そこにこめられた問題提起と向き合うものとして、『Sympathy for Life』は野性的なグルーヴを展開している。
ブラック・ライヴズ・マターの抗議活動は、人びとを再び集結させる上で非常に重要な出来事だったと思う。怒りが昂っていたし、とても感情的な雰囲気ではあったけれど、同時にポジティヴな空気も感じられた。ニューヨーカーたちの間では「みんないっしょに乗り切ろう」という意気込みがあった。このような団結力は、俺がこの街に10年以上住んでいていままで見たことがないようなものだった。
■いま、海外のミュージシャンのライヴが観られない状況なのでもはや懐かしい気持ちになるのですが、2018年わたしはフジロックであなたたちのステージを観て、すごく踊って最高の気分になりました。『WIDE AWAKE!』、そして本作『Sympathy for Life』とダンサブルなロック・アルバムが続きますが、これはあなたたちにとって自然な流れだったのでしょうか?
アンドリュー・サヴェージ(以下AS):そう思うね。いままでのバンドの進化というものはすべて、自然な流れだったと思う。変化や進化というものを無理に起こそうとしても、それは見え透いたようになるだろうし、もしかしたら気取っていると思われるかもしれない。でも俺たちはそれには当てはまらないと思う。バンドの11年の活動を見れば、バンドの重要な進化に気づいてもらえると思う。俺たちはいま、サウンドもヴィジュアルもファースト・アルバムのときと違うし、5枚目のアルバムのときとも違う。それはつまり俺たちが人間として進化し、俺たちの志向や音楽に対する考え方が進化し、ニューヨーク・シティという俺たちが住んでいる世界で生活していることの意味や、地政学に対する考え方が進化していることが反映されているからだと思う。そういうものの影響は受けているし、世界も進化しているからね。そういう意味で自然な流れだったと思う。それに、バンドとして同じことを繰り返したくないという思いもある。だから意識的に、バンドとしてのコアなアイデンティティを変えずに、どうやったらいままでとは違うことができるかと考えている部分はあるね。
■アルバムはパンデミック前にニューヨークのパーティに通ったことに影響されているとのことですが、どのような音楽がかかるパーティに行っていたのでしょうか?
AS:ロックダウンになる前の話になるけど、俺はレイヴ・カルチャーに興味を持ちはじめた。だからおもにテクノ・ミュージックだ。オースティンは何年も前からディスコ寄りの音楽のDJをしていて、〈ザ・ロフト〉という昔からあるディスコのパーティに行っていたよ。
■あなたたちの音楽は、たとえば70年代のニューヨークのアート・ロックからの影響もありますが、もともと自分たちはニューヨークのバンドだというアイデンティティ意識は強い方ですか?
AS:強いほうだと思う。ただ、「ニューヨークのアーティスト」というものが何なのかということが明確ではないから答えにくい質問ではあるね。たとえば、「70年代のニューヨークのアート・ロック・シーン」など人びとが強いこだわりを持つ分野もあるように、ニューヨークは文化的な文脈で定義されることが多いと思う。つまり、あるひとが想像するニューヨークとは、感情的・文化的な経験がもとになって定義されることが多いと思うんだ。だけど、ニューヨークという街を定義するのは難しい。この街はつねに変化しているという性質を持っていて、静止しているということがない。だから「ニューヨークのアーティスト」が何であるのかを定義することが難しい場合もある。俺が思うにニューヨークのアーティストとは、「生き延びるために創造しないといけない必要性」があるひとたちなんだと思う。ニューヨークは競争が激しいし、物価や生活費も高い。だから生き延びるために精力的に活動しないといけない。それはどんな時代でも、どんな文化的要素に紐つけようとしても共通していることで、ニューヨークでアーティストとしてやっていくのは昔から非常に困難なことだった。たくさんの血と汗と涙を流さないとやっていけない。俺たちには昔からそのメンタルが備わっているからニューヨークのアーティストだと言えると思う。
■ニューヨークはパンデミックの影響をとくに大きく受けた街だと思うのですが、あなたたちの音楽制作やこのアルバムに対して、パンデミックはどのような影響を与えましたか?
AS:パンデミックがはじまる直前のほんの数日前にアルバムの制作を終えていたから、音楽制作には影響を与えなかった。でもアルバムのリリースには影響を与えた。理想としては2020年9月にアルバムをリリースするはずだったんだけど、それは実現されなかった。その代わり、というかそのおかげで、どうやってアルバムをリリースしていくかという方法について考える時間が増えたから、それについてじっくり考えることができた。たとえば、アルバムのすべての曲でミュージック・ヴィデオを作ることにしたから11のミュージック・ヴィデオが公開されるし、アルバムのプロモーション企画として11のイヴェントが予定されている。それから俺はアルバムのアートワークをすべて担当しているんだけど、今回のアルバム・アートワークには制作に手掛けられる時間に1年間の猶予が生まれた。2020年9月にアルバムをリリースしていたら、これらのことはすべて不可能だった。ツアーができなくなってしまったから、従来の方法でアルバム・プロモーションができなくなってしまったから、こういう流れになったんだけれど、このタイミングでアルバムをリリースできたことは良かったとじつは思っている。パンデミック当時、ニューヨークは俺がいままでに見たことのないような状況だった。最初はものすごく静かだった。
そして去年の夏にブラック・ライヴズ・マターの抗議活動が起こり、それは、人びとを再び集結させる上で非常に重要な出来事だったと思う。そのときに人びとは再び外に出るようになった。人びとの怒りが昂っていたし、とても感情的な雰囲気ではあったけれど、同時にポジティヴな空気も感じられた。ニューヨーカーたちの間では「みんないっしょに乗り切ろう」という意気込みがあった。このような団結力は、俺がこの街に10年以上住んでいていままで見たことがないようなものだった。だからパンデミックの影響で世界は大きく変わってしまったけれど、そこからポジティヴなものも生まれたと思う。
■あなたたちのこれまでの楽曲はよくデザインされたものだったように思います。本作では長時間の即興演奏がもとになったそうですが、それはこれまでの方法論とかなり異なるものだったのでしょうか? そして、その方法はこのアルバムにどんな影響を与えましたか?
AS:まったく異なるものだったよ。アルバムの曲のなかでも、従来の作曲方法で作られたものはいくつかある。“Walking at a Downtown Pace”、“Pulcinella”、“Sympathy for Life” などがそうだ。だけど、今回の新しい方法は40分の音源──おもに俺たちが即興演奏をしているもの──をテープに録音して、ロデイド・マクドナルドの協力を得て、それをひとつの曲にエディットしてまとめていくという方法だった。コラージュを作ることをイメージしてもらえればわかりやすいと思う。
■『WIDE AWAKE!』はデンジャー・マウスがプロデュースでしたが、本作でプロデュースに関わったロデイド・マクドナルドとジョン・パリッシュはどのような役割を果たしたのでしょうか?
AS:ロディ(ロデイド)は先ほど話したように、エディットをするというプロセスで重要な役割を担っていた。彼はその方向性にバンドを向かせていってくれた。彼はアルバムの音を操作して様々なテクスチャーを加えてくれた。ギターの音をシンセに通して、アルバムで聴こえるグリッチーでザラザラとしたテクスチャーを表現してくれたんだ。彼は四六時中でも作業したいというひとで、俺たちと作業したときもノンストップでやっていた。そのいっぽうで、ジョンは音の操作や音に介入するということをほとんどしないひとで、とてもクリーンなサウンドを好むんだ。彼はピュアなサウンドを表現する才能に長けていて、マイクを楽器などに近づけて、その音をそっくりそのままテープ・マシーンに直で伝えることが非常に上手い。完璧にそれをやってくれる。素晴らしいよ。非常にプロ意識の強いひとで、ミュージシャンとしても素晴らしい腕の持ち主だ。彼といっしょに録音したものでは、彼はシンセとピアノを弾いてくれている。このふたりの協力がなければ、アルバムはこのような仕上がりにはなっていなかったと思う。
[[SplitPage]]ニューヨークという街はつねに変化している。だからこそ、現状を表現するということが非常に重要だと思うんだ。アルバムとは、どこでレコーディングされて、どこで制作されて、アーティストがどんなマインドでいたのかという、そのときと場所のスナップショットだと俺は考えている。
■本作においてグルーヴが何より重要だったとのことですが、あなたたちの音楽にとって、グルーヴを生み出すためにもっとも重要な要素は何でしょうか?
AS:何だろうな。(考えて)わからない(笑)、良いリズムセクションがあるのに越したことはないね。
Walk at a downtown pace and
Treasure the crowds that once made me act so annoyed
ダウンタウンのペースで歩いて、
イラつかされたこともある群衆を大切にするんだ
(“Walking at a Downtown Pace”)
■リード・シングル “Walking at a Downtown Pace” はワイルドなパーティ・チューンで、街の息使いが伝わってくるミュージック・ヴィデオも印象的です。あなたたちにとって、ダウンタウンはどんなものを象徴する場所なのでしょうか?
AS:それは、ニューヨークのダウンタウンのことかい? それとも曲で歌っているダウンタウンのことかい?
■曲で歌っているダウンタウンは、ニューヨークのダウンタウンではないのでしょうか?
AS:ああ、確かにそうだよ。その両方について話せばいいか。曲のヴィデオは、ニューヨークの現状を非常にうまく切り取っていると思う。先ほども話したようにニューヨークという街はつねに変化している。だからこそ、現状を表現するということが非常に重要だと思うんだ。ニューヨーク出身のアーティストとして俺たちは、そのときの瞬間を定義しようという狙いがある。アルバムとは、どこでレコーディングされて、どこで制作されて、アーティストがどんなマインドでいたのかという、そのときと場所のスナップショットだと俺は考えている。このヴィデオは、制作された2021年夏のニューヨークがどんな感じだというのを非常にうまく伝えている。ニューヨークがかっこよく描かれていると思うし、曲にすごく合っていると思う。ある意味、ニューヨーク・シティに宛てたラヴ・ソングだと言えるね。
■現在のニューヨークのもっとも好きなところと嫌いなところを教えてください。
AS:いまのニューヨークのもっとも嫌いなところは何もかもが高すぎるということ。物価がどんどん上がっているから、ニューヨークで暮らすことが難しくなっていっている。でも(好きなところとして)通常の生活では、ニューヨークでは素晴らしいイヴェントや体験が可能だ。それもじょじょに戻りつつある。音楽イヴェントも再開したし、美術館も再開した。もう少しで通常に戻ると思う。本当にいまの話で答えると、今日はニューヨークでは初めて秋らしい日で、外はすこし肌寒かった。それが良かった。俺は秋が一年で一番好きだから。だから今日のニューヨークにはとても満足している。
■『WIDE AWAKE!』ではジェントリフィケーションで変わる街が一部モチーフになっていましたし、パーケイ・コーツは「考えるバンド(thinking band)」だとしばしば言われてきました。本作において、あなたたちがとくに考えてバンド内で話していたことは何でしょう? 政治でも社会でも哲学でも、はたまたバカバカしいことでも何でも教えてください。
AS:資本主義というテーマが引き続き探求されている。このテーマはパーケイ・コーツの歌詞にかなり頻繁に登場する。“Black Widow Spider”、“Homo Sapien”、“Application/Apparatus”、“Just Shadows” といった曲は資本主義がテーマになっている。資本主義を批判する視点で歌詞を書いていると同時に、資本主義に加担している身として書いているんだ。俺たちはプロのミュージシャンとして資本主義制度の一部になっているし、資本主義の恩恵を受けている身でもある。だけどそれに批判的になりたいという欲求もある。世界の大都市や世界の大部分が資本主義の恩恵を受けていると言える。パーケイ・コーツは、資本主義から逃れられないことや、資本主義が俺たちに与える影響について歌っていることが多い。それから、このアルバムの強いメッセージとして「コミュニティ」というものもあって、それはパーティなどに遊びにいってそこにいるひとたちといっしょに踊るというような一体感や、ひととひとの間にある空間やエネルギーという概念を表している。人びとが集まっている一体感というものがアルバムで感じられるから、今作は、楽しくてダンサブルなアルバムになったんだと思う。それに素敵なラヴ・ソングもアルバムには入っているよ。それにしても「考えるバンド(thinking band)」と言われるのは嬉しいね。
Young people enjoying urban habitation
Headlights beaming with western potential
都市での居住を楽しむ若者たち
西洋文化の可能性とともに輝くヘッドライト
(“Application/Apparatus”)
What a time to be alive
A TV set in the fridge
A voice that recites the news and leaves out the gloomy bits
こんな時代に生きられて最高だ
テレビ画面が埋めこまれた冷蔵庫
憂鬱な部分を避けながら、ニュースを読み上げる声
(“Homo Sapien”)
■“Application/Apparatus” や “Homo Sapien” ではとくに、テクノロジーに対するアイロニカルな視点が提示されているように思います。このアルバムにおいて、現代の都市のライフスタイルはテーマのひとつだと言えますか?
AS:それはバンドにとってのテーマのひとつだと言えると思うよ。でもアイロニカルな視点と言えるかはわからないな。“Homo Sapien” は辛辣な冗談(サーカスティック)と言えるかもしれないけど、“Application/Apparatus” はアイロニーでも辛辣な冗談でもない。そしてどちらともテクノロジーに対する批判ではないんだ。“Application/Apparatus” はテクノロジーに関与することによって生まれる孤立感について歌っている。それは批判と言うよりはむしろ観察だと思う。“Homo Sapien” は批判ではあるんだけど、多少、からかい半分な感じで批判している。
俺たちはプロのミュージシャンとして資本主義制度の一部になっているし、資本主義の恩恵を受けている身でもある。だけどそれに批判的になりたいという欲求もある。世界の大都市や世界の大部分が資本主義の恩恵を受けていると言える。パーケイ・コーツは、資本主義から逃れられないことや、資本主義が俺たちに与える影響について歌っていることが多い。
■“Zoom Out” というタイトルからはどうしてもヴィデオ通話サービスのZoomを連想してしまいますが、歌われていること自体は、かなりぶっ飛んだ無限の可能性が提示されていますよね。これはパーカッションとベースが効いたワイルドなダンス・チューンですが、どういった精神状態を表したものなのでしょうか?
AS:この曲の歌詞を書いたのは俺じゃないんだ。でも俺の予想では、先ほども話した「コミュニティ」という概念に行き着くんだと思う。けど、わからないな、俺たちは自分たちが書いた歌詞の内容についてあまり話さないんだよ。だから俺の予想でしかないんだけどね。いま、歌詞を思い出しているけど、「When you zoom out, the power is now / When you zoom out, together is now」と歌っている。だから一体感(togetherness)についての歌で、ズームアウトするということは、自己という個人のアイデンティティから、コミュニティという、より大きな規模で俯瞰して物事を見るということなんじゃないかなと俺は思う。
■先ほども少し話に出ましたが、本作に併せた企画「The Power of Eleven」が面白いですね(アルバム収録曲に合わせて世界各地で開催されるイヴェント。その第1弾として、Gay & Lesbian Big Apple Corpというマーチングバンドが “Walking at a Downtown Pace” をマンハッタンで演奏した)。これはどのような目的意識で生まれたアイデアだったのでしょうか?
AS:(ロックダウンの最中は)この先、コンサートなどのライヴ・ミュージックが可能かどうかがわからないという状況だった。そこでコンサートなどがなくても人びとが集まることのできるイヴェントを企画することにしたんだ。この企画をしたとき、世界が今後どのようになっていくのかは不明だったけれど、世界がどんな状況になっても、拡張や縮小が可能な企画にしたんだ。何かのファンであると言うことは、コミュニティの一部であることを意味する。長い間、コミュニティから外れていたひとたちを、バンドの宣伝になるようなクールな体験を通して、再びコミュニティ内に戻してあげるというのがこの企画の狙いだった。
■日本ではまだまだ、パンデミック以前のようにライヴでひとが集まって踊ったり歌ったりするのが難しい状況なのですが、このダンサブルなアルバムをどのようなシチュエーションでリスナーに楽しむことを薦めますか?
AS:自分の家に友人を招いたりすればいいんじゃない(笑)? ひとりで踊ってもいいし。わからないよ、日本の状況がよくわからないからね。自分の家に友人を招いたりしているのなら、自分の家で小規模なダンス・パーティをするのがいいと思う。
■最後に遊びの質問です。パーケイ・コーツにとって最高にダンサブルなロック・アルバムを3枚教えてください。
AS:トーキング・ヘッズの『サイコ・キラー'77』。このアルバムを聴いてたくさん踊った覚えがある。ロック・アルバムだよな? それから、ロキシー・ミュージックのファースト・アルバム。セルフ・タイトルだ。あとはなんだろうな……(しばらく考えている)。シルヴァー・アップルズのセルフ・タイトルのアルバム。
2010年代後半に興ったサウス・ロンドン・シーンにはふたつの道がある。ひとつはシェイムやゴート・ガールなど広く一般的に知られた道で、そこから派生し現在のサウス・ロンドン・シーンと呼ばれているものができあがった。もうひとつの道はその祖ファット・ホワイト・ファミリーからの影響を色濃く残したバンドたちが選んだ道だ。暗く、しっとりとした色気があって、危険な匂いのするそれ、ミートラッフルやワームダッシャーのようなファット・ホワイト・ファミリーの同志とも言えるような年長のバンドから闇鍋を囲む魔女の集団のようなマドンナトロンまで直轄の〈Trashmouth Records〉のバンドはもちろん、ヨークシャーの若きワーキング・メンズ・クラブはシェフィールドに駆けつけてファット・ホワイト・ファミリーの教えを仰ぎ、素晴らしいデビュー・アルバムを作りあげそして噛みつく牙を磨き上げた。クラッシュ・パピーズ(Krush Puppies)もこの流れの中におそらく含まれているだろうし、ホンキーズ(Honkies)なんかもきっとそう、プレゴブリンは言わずもがな、元バット‐バイクのジョシュ・ロフティンが結成したティーニャ(Tiña)もこの流れに入るのかもしれない。
そしてそう、フォボフォブス(Phobophobes)はもちろんだ。音を聞いてもらえば一発でわかる、ここにはファット・ホワイト・ファミリーの匂いが染みついていると。ぼんやりとしたランプの灯、薄暗く煙の充満する地下室に入った瞬間に感じる匂い、そもそもなんでこんなところにやってきたのか? そう後悔してももう遅い、逃れられない運命のようにダウナービートの渦の中に飲まれていく。ファット・ホワイト・ファミリーの、特に 3rd アルバム『Serfs Up!』のゆったりとした陶酔感のある曲たちをかみ砕いて消化して血肉となったそれ、1st アルバムからファット・ホワイト印の音楽を奏でていたがこの 2nd アルバムはその純度があがってヤバさを感じる空気の濃度が一気にあがった。チンピラとギャングの違いと言うか一目見てこいつはただ者ではないとわかる感じだ。余裕すら感じられる。
漆黒の世界へいざなうオルガンの音、低くささやくような歌声、“Hollow Body Boy” (この曲はプレゴブリンのジェシカ・ウィンターとの共作でもある)で幕を開け、2曲目の “Blind Muscle” で軽快に進むかと思えばそうではなく益々深みにはまり込み、3曲目の “Moustache Mike” に入るあたりでもうどっぷりと浸かり込んでいる。ゆったりとしたビートは気持ちをせき立てることなく、鳴り響くオルガンの音色と歪んだギターの音が空気を作る。そこにスリルはなく、危険な世界に生きているのが当たり前といった感じの緊張感があるのと同時にまたリラックスもしているという雰囲気。小粋なジョークが飛ばされて、その後に銃声が鳴り響くようなギャング映画のあの雰囲気だ。“I Mean It All” は喪失感を優しい響きで包みこみ映画終盤に流れていそうな匂いを醸し出している。タイトル・トラックの “Modern Medicine” も同様に素晴らしく、諦め達観したようなヴォーカルとオルガンの音が突き抜けた悲しみを癒やすような効果を発揮している。ファット・ホワイト・ファミリーはもちろん、時折クランプスやイギー・ポップの姿も見え隠れする。そこに目新しさはないのかもしれないけれど、極上の雰囲気にどっぷり浸かれるだけの質がある。
ファット・ホワイト・ファミリーの初代ドラマーであるダン・ライオンズが初期のメンバー(現在は脱退)、その同志たるミートラッフルのオルガン奏者クリス OC が参加しファット・ホワイト・ファミリー本隊やゴート・ガールと練習スタジオを共にする、その出自からもフォボフォブスがどのようなバンドかわかるが、この 2nd アルバムを聞いているとここに漂う空気こそ伝統的に受け継がれてきたロンドンのアンダーグラウンドの空気なのではないかという気がしてくる。パブに通い詰める人から人へ年月を重ね代を経て伝わっていったような物語、いまを生きそして唄うヴォーカルのジェイミー・バードルフ・テイラーの歌声はしかしどこか失われてしまった過去を思わせノスタルジックに響く。かつて素晴らしかったものがいまはもうそうではない、それを自分は知っている、アルバム全体にそんな喪失感と哀愁が漂っている。
シェイムやソーリー、ブラック・ミディにブラック・カントリー・ニューロード、最新の音楽を取り入れて貪欲に変化するバンドに対して、フォボフォブスはどこか不器用にそれに抗う。品行方正のメインストリートから離れたような薄暗い裏道、危険が漂うアンダーグラウンドの匂い、こうした音楽がずっと残り続けているからこそ厚みが生まれる。何代にも渡りその血を更新してきたサラブレッドの歴史のように、シーンは枝分かれし広がっていき、そして再びどこかでクロスする。フォボフォブスは60年代から続くブリティッシュの伝統を受け継いでアンダーグラウンドの空気を未来へと運ぶ。残り続けているからこその特色がいつか色濃くなって顔を出す。フォボフォブスのこの 2nd アルバムには節々に刻まれた歴史のロマンが詰まっている。音楽やポップ・カルチャーは受け継がれ枝分かれし変化しながら続いていく、だからこそきっと素晴らしいのだ。
ツアー先の英国で手渡された一枚のメモをきっかけに生まれた『Vertigo KO』は既発の電子音楽作品を編んだ、いわば単独者=Phewの集成ともいえるものだった。そこにはアンビエントな風情のエレクトロニック・ミュージックの傍らに本家を漂白したかのようなレインコーツのカヴァーがあるかと思えば、幽玄の境地にあそぶ電子音とヴォイスによる山水画のごとき作品もあった。この多彩さは2014年の『A New World』を皮切りに、2017年の『Voice Hardcore』、翌年のレインコーツのアナとの共演による『Islands』とつづくPhewのソロ時代が、いかにひろがりをもつかの証でもある。あるはいその起点を、小林エリカ、ディーター・メビウスとのProject Undark名義の『Radium Girls 2011』にみるなら、東日本大震災の翌年にリリースのしたこのアルバムからそろそろ10年の月日がたとうとしている。
十年紀をひとつのサイクルとして、そこに意味をみいだすことに私たちはなれきっている。とはいえ体感をもって俯瞰可能な時間の厚みは事後的な気づきをうながしもする。『Vertigo KO』から間を置かずとどいたPhewの新作のタイトルが『New Decade』と知ったとき、私は来たるべき十年紀への無根拠な楽観より、いままさに終わろうとする時代への透徹したまなざしを感じたのだった。むろんこのことは『New Decade』が後ろ向きだということではない。電子音楽という、いささかクラシカルな用語が、テクノロジーをさすばかりか、私たちの身体のかかわりを問い直すことで新たな展開をみせてきたように、Phewはこの新作で最初のいち音が導く過程をたどってエレクトロ-アコースティックの新領域に達している。電子音だけでなく、そこには声があり、ギターとノイズがあり、リズムがあり、言語と意味の切断線が走っている。聴覚的な快楽とも観念的自足ともちがう、Phewの新十年紀を問うた。
まず構想とかコンセプトから離れるということがおおきかったです。ひとつの音を出してその音に導かれて次の音が出てくるみたいなつくり方でみんな録音しています。最初に構想を立てるのではなく、なにもないところでまず音を出し最初の音が次の音を呼んでく。
■『New Decade』の制作は去年の秋口にははじまっていましたよね。
Phew:自主制作でね。松村さんに、音源ができてもいないのにライナーをお願いしましたよね。
■それもあってトラフィックの中村さんにご連絡いただいてちょっとおどろきました。
Phew:今年に入ってから、1月あたりに中村さんからご連絡をいただき、私もびっくりしたというか、それはすごくうれしいおどろきだったんですけど。
■偶然ですか。
Phew:偶然です。私は自主で出すつもりでいろいろすすめていたので。
■そもそも自主で出そうと思ったのはいつで、きっかけはなんだったんですか。私が拝聴したのは『Vertigo KO』が出てまもない時期だったと記憶しています。
Phew:このアルバムはそもそも『Voice Hardcore』を録音し終えたあと、次のステップのつもりで、ずっと温めていました。家で録音はしていたんですが、一昨年録りためたものはこれはダメだということ全部捨てたんです。
■どこがダメだったんですか。
Phew:聴いてこれはダメだと(笑)。アルバムにつながるものではないということですよね。(『Voice Hardcore』と)同じところで足踏みしている作品だと思ったといいますか、これはいっぺんゼロにしてイチからはじめたのが2019年です。その年は海外のツアーが多かったです。
■『Vertigo KO』は海外ツアーの結果生まれたアルバムともいえますよね。
Phew:レーベル(Disciples)に未発表音源をおくって、曲を選んだのが2019年の暮れでした。そこから選曲が終わった時点で次のアルバムということで、制作、録音を再開したときは2020年になっていました。
■『Voice Hardcore』の続編の位置づけとなると、その要素は――
Phew:電子音とヴォイスということですね。
■じっさい『New Decade』はその感触ですよね。途中で制作を断念したものの『Voice Hardcore』のながれは生きていたんですね。
Phew:ながれは継続しているんですけど、いっぺん録りためたものを2019年で全部チャラにして、新たにつくろうと思ったのは2019年のツアーから帰ってきた12月、もしくは2020年あけた直後ですね。
■2020年の秋口に私は1曲だけ、いま“Into the Stream”になっている楽曲の音源を拝聴しましたが、最初に手がけられた楽曲でしょうか?
Phew:そうです。『Vertigo KO』の最後の曲、ヴォイスだけの短い曲(“Hearts And Flowers”)のつづきからできた感じです。キーも同じだと思います。
■“Hearts And Flowers”から“Into The Strom”ができた、と?
Phew:そうです。
■ということは『Voice Hardcore』だけでなく『Vertigo KO』からのながれをふまえていた?
Phew:はい。
ギターは弾いたというよりは鳴らした――がちかいかな(笑)。ギターの音は好きでね、ここにギターの音があれば、と思って、やむをえず自分で弾いたんですが、こうしたい、でもできないというギャップは楽しかったですよ(笑)。
■よくある質問ですが、『New Decade』を制作するにあたっての構想はなんだったんですか?
Phew:そうね、まず構想とかコンセプトから離れるということがおおきかったです。ひとつの音を出してその音に導かれて次の音が出てくるみたいなつくり方でみんな録音しています。最初に構想を立てるのではなく、なにもないところでまず音を出し最初の音が次の音を呼んでく。そのうえで“Into The Stream”などは途中にハイチのヴードゥっぽいリズムがほしい、と頭のなかでそれが鳴りはじめるようなことがあった、でも最初から決めていたわけじゃない。
■電子音と声という枠組みはあっても内実は出たこと勝負だったということですか?
Phew:自分が出した音がどこに連れて行ってくれるかなということですよね。だけど、それを1枚のアルバムにするときに、ちょっと行き詰まったといいますか。とくに2020年にパンデミックになったじゃないですか。ずっと家にいて、出てくる音が閉所恐怖症的なものになると、自分で聴いていてもしんどいんですよ(笑)。中村さんにご連絡をいただいたのが2020年の1月で、その時点でアルバムにするだけの長さはあったんですけど、それで1枚にするのは私はいいとしても、聴くほうはヌケ感がなくてしんどいかもしれない。そんなことを考えていた今年1月、アルバムの制作も終盤にさしかかっていたころ、rokapenisこと斉藤洋平さんがANTIBODIES Collectiveの東野祥子さんの映像を撮るということで音楽の依頼があったんです。映像作品の場合、音楽をつけてはみたものの、うまくいかなくてボツテイクになるトラックがあるじゃないですか。それをアルバムにあてはめてみるとすごく解放感をおぼえた。その結果できたのが2曲目の“Days Nights”です。第三者の視点といいますか、あれはおおきかったですよ。第三者の依頼がなければ、ああいうリズムボックスの曲はできなかったですよ。
■リズムのニュアンスから次の“Into The Stream”の露払い的なイメージでしたが、関連はなかったんですね。
Phew:後から並べてみた結果でした。
■東野祥子さんは京都ですよね。
Phew:そう聞いています。
■お会いして相談されたわけではなさそうですね。
Phew:全部メールとZoomです。斉藤さんはライヴのVJをやってもらったり、これまでご一緒させてもらったこともあるんですけど、東野さんはANTIBODIESの公演はみたことはありますけど、お話したことはなくて、いまはみんなそういう感じですすんでいくから実感がないですよね。
■たしかに私も『Vertigo KO』のときもオンラインで、今回もそうですから、Phewさんとお話はしてもお会いしてないですもんね。
Phew:誰とも会ってないですよ。2日ぐらい前にひさしぶりに録音があって、そこに生きている人間がいるだけでベタベタさわりたくなっちゃいました(笑)。
■わからなくもないですけど、では生活はたんたんと変わらず、といった感じでしょうか?
Phew:もともと積極的に外に出て行くほうではないので、ずっとうちにいるのは苦にはならないんですけど、それって選択じゃないですか。どこにでも行けるけど私は家にいるというのと、家に居ざるをえないというのはぜんぜんちがいますよ。
■作品を音楽的な要素に分解して分類するのが正しいかはわかりませんが、『New Decade』を聴くと、電子音と声のほかに打楽器音が耳につきます。それとギターがあります。今回Phewはギターを弾かれたとうかがいました。
Phew:弾いたというよりは鳴らした――がちかいかな(笑)。ギターの音は好きでね、ここにギターの音があれば、と思って、やむをえず自分で弾いたんですが、こうしたい、でもできないというギャップは楽しかったですよ(笑)。
■2000年代以降のアナログシンセのリヴァイヴァルはギター・サウンドの退潮とパラレルだったと思うんですね。アンチギター・ミュージックとして電子音といいますか。
Phew:だってギターは弾けなきゃはじまらないですか。電子音楽は(鍵盤楽器が)弾けなくてもできてしまう。パンクのとき、みんな楽器をもったことなくてバンドをはじめたということになっていますよね。でもやっぱり弾いているんですよ。スリーコードであってもコードを押さえているしドラムも稚拙とはいえエイトビートを叩いている、その点でパンクのなかでいちばんパンクだったのはモリ・イクエさんですよね。
■私もDNAを思い出していました。
Phew:なにがもっともパンクかといえばDNAのモリさんのドラムですよ。だってね、パンクといってもみんなリズムを刻んで、どんなにズレていてもフィルインを入れたりしますよね。だけど、モリさん、DNAは曲の途中でドラムが止まったんですよ。これはすごいと強烈に思いました。ドラムはリズムを刻む楽器だという役割からこのひとは自由なのだと。『No New York』では、私は圧倒的にモリ・イクエさんのドラムとマーズですね。DNAはギターで語られることが多いじゃないですか。
■アートさんのギターの革新性はよく話題になりますよね。
Phew:ちがいます(笑)。新しかったのはモリ・イクエさんのドラムです。ギターも好きですけど、新しいとか新鮮というのはちょっとちがう。ご本人はとくに意識していなくて、やりたいようにやった結果だと思いますが。逆説的にいうと、ほとんどのパンク・バンドは制度から自由じゃなかった。最低限のことはできるように練習はしましたから。
■Phewさんも当時練習されました?
Phew:私はヴォーカルだから(笑)。ギターがヘタだとかいわれつつも、ちゃんと練習はしていたし巧い。今回ギターを演奏してみてギターをやっているひとはみんなすごいなと思った。Fがね。
■何年音楽をやっているひとと話しているかわからなくなりますが、家にギターがあってもPhewさんはふだんギターを手にとることはなかったわけですね。
Phew:定期的にさわってはいたんですけど、コードという時点で止めちゃうんですね。かといってデタラメに弾いておもしろいことってそんなにないというか、すぐあきてしまう。弾けないと自由にあつかえないというかおもしろいことができるようになかなかならない。
■そこまでわかっていてもギターの音がほしかったからつかってみたということですね。
Phew:頭のなかでピーンっという音、単音なんですが弦を弾いて出る音が鳴ったんですね。その弦の感じがほしかったんです。
■“Into the Stream”にもその音がありますね。
Phew:ギターのノイズっぽい音がはいっていますね。
■最初にとりかかった“Into the Stream”にギターがはいっているということは、ギターも音色のパレットの上に最初からあったということですね。
Phew:極一部ですけどね。それとB面の1曲目。CDだと4曲目の“Feedback Tuning”です。
■最初につくったのが“Into the Stream”で最後“Days And Nights”だと、のこりの順番はボーナストラックの“In The Waiting Room”をのぞくとどうなりますか?
Phew:2作目が“Snow and Pollen”。3月で雪が降っていて花粉症と雪が一緒に来たということを歌っていたんですけど――
■私はライナーで東日本大震災をひきあいに出しましたが、ひとつの考えということでおゆるしいただくとして、では3作目に手がけた楽曲は?
Phew:“Feedback Tuning”ですね。それから“Doing Nothing”~“Flash Forward”とつづきます。
■そして最後が“Days And Nights”がくるわけですね。曲が出そろって最後に曲順を考えたということですか?
Phew:録りためた曲を並べつつ確認していたので、“Flash Forward”も最後のほうで撮ったんですよ。今年にはいってすぐくらいかな。全体的にあまりにも声がうるさいというかね(笑)。情報量のない曲が必要だと判断したんですね。
■『Voice Hardcore』や『Vertigo KO』でも声はそれなりの比重を占めていたと思いますが、それらとはちがうんですか?
Phew:活字の情報をいっぱい調べていて、情報つかれが去年、今年とあると思うんですね。
■「意味」ということですよね。
Phew:「ひとのことば」ですね。「意味」のないことをいっていても、人間の声はそこにあるだけで耳をそばだたせてしまう。私たちは意味があろうとなかろうと、声から情報をとろうとするが習慣になっている。それは自分の声だけじゃなくてひとの声もそうです。それがしんどい。どうしてもしゃべっているひと、声を出したひとのなにかが伝わってしまう。
■私などは習性的にそこに意味を読もうとする傾向がつよいのかもしれません。Phewさんのおっしゃるとおり、2曲目や5曲目に疎らな空間があることでくりかえし聴けるポイントになったと思います。
Phew:この感覚っていまが最初ではなくて、震災後は歌を聴くのがしんどかったですよね。どうしようもないことが起こっていて、現にひとが進行形で死んでいて、それはどうすることもできない状況で、そんなときに音楽、歌って……というのと似ている気がしますよね。
■それもあって震災から10年目にあたる今年世に問わなきゃいけないと考えたのではないか、とライナーで述べた気がします。
Phew:世に問うつもりはなかったですが、つながった気がしてすごく助かりました。でも自主制作じゃなくて中村さんから声をかけてもらって、外の世界とつながりができたのが、生き延びさせられてもらった感じがします。
[[SplitPage]]人間の声はそこにあるだけで耳をそばだたせてしまう。私たちは意味があろうとなかろうと、声から情報をとろうとするが習慣になっている。それは自分の声だけじゃなくてひとの声もそうです。それがしんどい。どうしてもしゃべっているひと、声を出したひとのなにかが伝わってしまう。
■外の世界とのつながりであるとともに、『New Decade』のリリース元に〈Mute〉が名を連ねていることを考えると、過去とのつながりでもあると思います。
Phew:たしか92年だったと思いますが、『Our Likeness』というアルバムが〈Mute〉から出たのは来日した元DAFのクリスロ・ハースが私を探しあててくれたからなんです。
■そうなんですか!?
Phew:はい。彼が私を捜しあててアルバムをつくりたいといってくれたんです。クリスロがドイツのコニーズ・スタジオでのレコーディングも〈Mute〉のダニエル・ミラーとのあいだもつなげてくれたんです。ダニエル・ミラーはクリスロをすごく買っていたというかファンだったんですね。クリスロがダニエル・ミラーに話して〈Mute〉からのリリースにこぎつけた。クリスロは80年代だったかな。コニーズ・スタジオに行ったときに見学に来ていたんです。クリスロは80年にコニーズ・スタジオに行ったときに見学に来ていたんです。
■ああPhewさんのファーストのときですね。
Phew:当時私は彼のことは知らなかったんですけど、その直後にDAFの2枚目『Die Kleinen Und Die Bösen』(1980年)が〈Mute〉から出て、再会のときはなんとなく憶えていました。結局はコニーズ・スタジオでの録音がずっと尾を引いているということですよね。
■クリスロ・ハースはなにかの仕事で来日していたんですか?
Phew:当時のパートナーが日本人だったんです。プライベートにちかかったと思います。
■92年あたりだとPhewさんも東京にいらっしゃいましたよね。
Phew:そうですね。
■知り合いつてでたどりついたということでしょうか?
Phew:前後の経緯は憶えていないんですけど、パートナーのひととクリスロと会って話がどんどんすすんでいきました。クリスロのパートナーはエツコさんというんですけど、ノイバウテンのメンバーとも親しくて、それでアレクサンダー・ハッケも参加することになったんですよ。
■ということは『Our Likeness』ではクリスロさんがバンマス的な役割をはたしていたということになりますね。
Phew:そうですね。それとコニーズ・スタジオのクリスタ・ファスト、コニーのパートナーのクリスタと私はずっと友だちだったんですけど、彼女の尽力も大きかった。ふたりとも故人ですけどね。
■クリスロさんは2004年に他界されました。
Phew:眠るように亡くなったと、クリスタから連絡をもらいました。『Our Likeness』はクリスロのおかげですよ。たしかそのときにダニエル・ミラーともロンドンで会いました。日本ではアルファ・レコードから出たのかな。
■Phewさんのファーストと『Our Likeness』はディス・ヒートのファーストとセカンドの関係にちかい気がしますけどね。
Phew:そんな(笑)、ありがとうございます。ジャケットとかもぜんぜん知らなくて、ドイツのほうでみんなつくってくれました。
■縁があったんですね。
Phew:さいきんアレクサンダー・ハッケとダニエレ・ド・ピシェット(Danielle de Picciotto)というハッケのパートナーから連絡があって、いまコラボレーションしているんですよ。ダニエレはラヴ・パレードのファウンダーのひとりで、ハッケ・ド・ピチェットというバンドもやっていて〈Mute〉から11月に出る予定です。
■当時Phewさんは初期のDAFとかリエゾン・ダンジェルーズとかがお好きだったんですよね。
Phew:DAFの最初の2枚は大好き。ヴァージンに移ってからも好きですけどね。
■Phewさんの音楽にクリスロさんからの影響があるとしたら、どういったところでしょう。
Phew:ヴァージンがアイドルとしてDAFを売り出すにあたってクリスロはDAFを追い出されましたよね。余計なメンバーを排除したわけです。そのときコニー・プランクがクリスロにはものすごく才能があるといって、Korgのシンセをあげたんですよ。これをやるから音楽をやれ、と。そのシンセを、『Our Likeness』の録音のとき遊びで弾いているのをみてびっくりしました。私はクリスロの演奏している場面はコニーズ・スタジオのレコーディングではじめて目にしたんですが、およそシンセで出そうにもない音を出している。音楽的な影響というのではないかもしれないですけど、音楽家はこうあるべきだという姿勢を、私はクリスロから学んだのはたしかです。影響というよりお手本かもしれないですね。彼のことはいつも頭にありますよ。当時彼に未発表音源を聴かせてもらったんですけど、すばらしかった。世には出ていないですけど、ほんとうにすごい。それはまわりにいたひと、アレクサンダー・ハッケなんかは口をそろえていうことです。でも彼は出さなかった。レコーディングでもすごく的確でした。なにかの音が足りないと思ったら、クリスロのアイデアで、コントラバスのちょっとした音をくわえてみる、すると途端に曲がよくなったりするんです。ミュージシャンが誰かのソロ・アルバムに参加する場合、いわゆる「演奏者」になりがちですが、クリスロはおおきな視点でみられる、捉えられるひとでした。リエゾン・ダンジェルーズなどは彼の才能のほんの一部で、あれだけのひとが自分の力を発揮できなかった音楽業界に対する不信感――みたいなものはやっぱりありますよね。
■たしかに『New Decade』制作時のお話をうかがうと共通する構えのようなものを感じますね。ところで『New Decade』の全部のレコーディングが手離れしたのはいつだったんですか?
Phew:今年の3月の頭ぐらいだったかな。2月終わりか3月頭ですね。
即興といえば即興なのかもしれないですけど、いわゆる即興演奏ではないですよね。私は絵は描けませんが、絵を描いていると次はこういう色というのが描いていると出てくると思う、それにちかいんじゃないかな。
■ボーナス・トラックの“In The Waiting Room”は未発表音源ですか、それとも新録ですか。
Phew:これは新たにつくりました。ちょうど〈Longform Editions〉というデジタル・レーベルから20分以上のトラックを提供してくれという依頼をずいぶん昔にうけていて、ずっととりかかれなれないでいたんですが、そのための作品としてつくっていた音源で、CDの最後にいれるのにふさわしい曲という両面から考えてあの曲になりました。
■“In The Waiting Room”の曲名が次作への布石を思わせますが、すでになにか構想されているんですか?
Phew:次はね、考えてはいるんですけど、1枚のアルバムはひとの時間を奪うということじゃないですか。
■はい、ひじょうにPhewさんらしいご意見だと思います(笑)。
Phew:出す側は1枚とおして聴いていただくことを念頭に置いていているんですね。じっさいそういう聴き方はあまりされないのでしょうけど、1枚分、40分なりの時間を奪わないアルバムということを考えています(笑)。まだぼんやりとした段階ですけど。だってね、3分や4分のMVが動画共有サイトにあげても、平均視聴時間を調べると全部みているひとってほとんどいないんですよ。何十秒、長くて1分。みんな時間を奪われたくないんだと思ったんですね。それでも音楽は時間にかかわってしまう。それを考えていて“In The Waiting Room”という曲ができたんです。20分以上の時間のなかでも、たとえば絵の展示ならひとが好きなように視線をめぐらせることができますよね。あのトラックは音のそういうあり方を考えてつくりました。次につながるかもしれないし、そうならないかもしれない。まあでももうつくっていますよ、いろいろ。4、5曲ありますよ。
■どんなスタイルですか?
Phew:電子音です。わりといまはだた音を出しているのが楽しいですね。
■それこそ10年という周期のなかで、Phewさんの純粋なソロの作品でも、最初は電子音だったものがちょっと変わってきていると思うんですね。ギターも、もちろん声もあります。だんだん変わっている、その総括としての「New Decade」の表題かなとも思ったんですけどね。
Phew:それはちょっと大袈裟かもしれないですけど(笑)、そういう部分もあるかもしれない。
■アナログシンセを中心とした音づくりというよりは、ご自分のほしい音を追求するスタンスに変わったということでしょうか?
Phew:(作品が)完成するまでの段階に作為は必要ですが、つくる前にそういうことを考えるのはいっさいよそうと思っているんですよね。
■“Feedback Tuning”などではひとの声をふくめた具体音を使用されています。それらの音も電子音やギターの弦を弾く音と同列ということになりますか?
Phew:あれはフリー素材なんですけど、なんとなくああいう音、ウッという声がほしいけど、それは自分のウッではないということで素材をつかったんですよね(笑)。それこそプロセスが導くんですね、そしてそれがおもしろい。
■とはいえ即興ともまたちがう思考方法ですね。
Phew:即興といえば即興なのかもしれないですけど、いわゆる即興演奏ではないですよね。私は絵は描けませんが、絵を描いていると次はこういう色というのが描いていると出てくると思う、それにちかいんじゃないかな。
■その喩えはわかりやすいです。
Phew:“In The Waiting Room”はそういう感じだったんです。待合室にいろんな退屈なものが並んでいる。お医者さんの尾待合室はすごく退屈じゃないですか。そのさい時計やかかっている絵なんかに視線をめぐらせる、そんな感じ。
■ただ現代は退屈をことのほか敵視しますからね。待合室でもきっとスマホみていると思うんですよ。
Phew:よいわるいじゃなくて、でもそういうふうに変わってきているともいえるわけですよね。
■現状を追認するばかりでも仕方ないとも思いますし、無視をきめこむと理解をえられないのかもしれないですね。その点でPhewさんの次作以降もすごく楽しみなんですが、MVについてもうかがっておきたいです。“Into The Stream”のMVはそれこそスマホでも視聴できますが、どういういきさつで撮影することになったのでしょう。
Phew:“Into The Stream”は青木理沙さんという『Vertigo KO』のときも映像を制作してくれた方にやっていただいたんですね。『Vertigo KO』のときはロケーションなどを私が提案したんですが、今回は青木さんにおまかせしました。
■「Feedback Tuning」など、今回のアルバムには映像喚起的な楽曲もありますよね。Phewさんご自身がこんご映像を手がけられる予定はありますか?
Phew:7~8年前にやりかけていたんですけどね。
■いまはなきスーデラ(SuperDelux)で拝見したことがあります。よかったですよね。
Phew:やりたいんですよ。映像って機材の問題があるんですよ。
■いつも機材の話をされている気がしますね(笑)。
Phew:(笑)映像はデータが重いんですよ。自分のもっているパソコンだと編集ソフトが動かなくて、放ったらかしになっているんですけどね。
■スーデラのときPhewさんのつくった映像がすごく印象にのこっていて、『Voice Hardcore』を聴いたとき、Phewさんのあの映像が頭で再生した憶えがあります。
Phew:今回は「Days Nights」のMVも塩田さんにつくっていただいたんですよ。はじめての映像作品みたいですよ。
■ジャケットも塩田さんですよね。ジャケットのヴィジュアルのコンセプトを教えてください。
Phew:表1の写真は塩田さんが〈目から〉というタイトルで撮りためているなかから選ばせてもらいました。カーブミラーの写真です。
■選んだポイントは?
Phew:まなざしですね。自分以外のまなざし、それが全部みている。そういうイメージです。抽象的ですけど、音に導かれて次の音が出て来て一枚のアルバムができた、そこに自分以外のまなざしというか、自分以外のものがあることが大切だったんですね。またこのジャケットがね、CDもLPも、こんな凝ったことムリだろうと思うくらい、とても贅沢なスペシャルな仕様なんですよ。実現できてすごくうれしかった、ぜひ実物を手にとってもらいたいです。
さまざまなライヴ、パーティ、イヴェントを開催してきた渋谷のヴェニュー、WWW および WWW X が「センキョ割」を実施することを発表している。来る衆院選で投票を済ませた方限定で、ドリンクチケットを配布するとのこと。期日前投票も対象で、また、実施期間外の公演のチケットを持っている場合でも対応してくれるそうだ。
飲食店などが投票へ行った人びとになんらかの割引を実施するのは海外ではよくおこなわれていることだが、これまで日本の音楽業界でも故・飯島直樹氏のレコード・ショップ「Disc Shop Zero」などが取り入れてきた。規模の大きい WWW および WWW X の今回の決断は、まさに英断と言えるだろう。
ちなみに、先週末にはコムアイをはじめ、俳優などの著名人14名が投票を呼びかける動画「VOICE PROJECT 投票はあなたの声」がユーチューブで公開されている。ようやく日本でもアーティストなどによる態度表明が定着していきつつある。
第49回衆議院議員総選挙の投票日は10月31日(日)、期日前投票は10月20日(水)~10月30日(土)。
2021年 第49回衆議院総選挙での「センキョ割」実施について
WWW、WWW Xでは衆議院総選挙の投票証明をお持ちの方へ、「センキョ割」としてドリンクチケットをプレゼントします。
[投票日]
2021年10月31日(日)
[センキョ割 実施期間]
2021年10月20日(水)〜11月7日(日)
[センキョ割 参加方法]
・お一人様一回まで参加可能です。
・「投票証明」として投票済証、もしくは投票所の看板前でご自身(or学生証や免許証などのID)を撮影した写真をお持ちください。
・期日前投票も対象となります。
・実施期間中の公演チケットをお持ちでない方も、WWW、WWW X受付にて対応いたします。
・ドリンクチケットは2022年2月末まで有効です。有効期間内にWWW、WWW Xで行われる公演にてご利用頂けます。
[ご来場の際の注意事項]
・公演の開場時間付近は、お客様誘導のため対応ができかねる場合がございます。事前にWWW HPにてスケジュールをご確認の上、開場時間を避けたご来場をお願い致します。
・10/26(火)、11/1(月)は休館日となります。
・必ずマスクをご着用の上、ご来場をお願い致します。公演へ参加される方は、WWWの「新型コロナウィルス感染拡大予防に関する注意事項」のご確認と遵守をお願い致します。
WWW:03-5458-7685
WWW X:03-5458-7688
※当社は一般社団法人選挙割協会の規則を遵守しております。特定政党、候補者を応援する形で拡散などする行為を固く禁じます。
なんとなんと、モダン・クラシカルとエクスペリメンタルあるいはアンビエントを自由に往復する音楽家・渡邊琢磨の楽曲をダブ・テクノの騎手ヴラディスラヴ・ディレイがリミックスするというのは、良いニュースです。しかもただのリミックスではありません。最新作『ラストアフターヌーン』に収録の2曲を1曲に再構築するという、これが2ヴァージョン(つまり4曲が2曲に再構築されている)、かなりの迫力ある音響に仕上がっています。デジタル配信は11月5日、来年の1月にはUKの〈Constructive〉から12インチとしてリリースされる。
野党も共闘していることだし、音楽もジャンルの壁を越えています……なんてね。
Delay x Takuma
Constructive
※ヴァイナルは2022年1月7日発売
11月19日に『Chiastic Slide』と『LP5』がヴァイナルでリイシューされることになっているオウテカ。彼らがヒューマノイドのレイヴ・アンセムをリミックスしている。
より正確を期せば、ヒューマノイドが1988年に発表した “Stakker Humanoid” を本人がアップデイトした “sT8818r” という2019年の曲があり、今回オウテカがリミックスしたのは後者のほう。12月3日にベルギーの〈De:tuned〉からリリースされるEP「sT8818r Humanoid」に収録される。
ヒューマイノドは、後にフューチャー・サウンド・オブ・ロンドンを結成するブライアン・ドーガンズによるプロジェクトで、〈Rephlex〉からも編集盤が出ている。“Stakker Humanoid” は多くのひとから愛され続けているレイヴ・アンセムだ(88年当時UKのシングル・チャートで17位をマーク、その後何度もリイシューされている)。
なお「sT8818r Humanoid」にはオウテカのリミックス以外にも、原曲 “Stakker Humanoid” のリマスター・ヴァージョンと、ルーク・ヴァイバートおよびマイク・ドレッドそれぞれによる “sT8818r” のリミックスが収録される。アートワークはデザイナーズ・リパブリックのイアン・アンダーソン。すぐになくなりそうなので、早めに予約しておこう。
しかし、こういう盤が出るということは、もしかしたらイギリスの一部の人びとはレイヴ・モードなのかもしれない。感染者数はえらいことになっているものの、日常的な検査は続いており、死者数が増えないようなら政府はこのまま行くようだ。もうバンドはがんがんツアーに出ているし、なんだか日本とはえらい違いですな……
いまや「レイヴ」という言葉はいろんなところで目にするようになっているが、実際に90年代のイギリスでなにが起きていたのかを知るためにも、ぜひ『レイヴ・カルチャー』を手にとっていただけると嬉しい。



