Home > Reviews > Album Reviews > Phobophobes- Modern Medicine
2010年代後半に興ったサウス・ロンドン・シーンにはふたつの道がある。ひとつはシェイムやゴート・ガールなど広く一般的に知られた道で、そこから派生し現在のサウス・ロンドン・シーンと呼ばれているものができあがった。もうひとつの道はその祖ファット・ホワイト・ファミリーからの影響を色濃く残したバンドたちが選んだ道だ。暗く、しっとりとした色気があって、危険な匂いのするそれ、ミートラッフルやワームダッシャーのようなファット・ホワイト・ファミリーの同志とも言えるような年長のバンドから闇鍋を囲む魔女の集団のようなマドンナトロンまで直轄の〈Trashmouth Records〉のバンドはもちろん、ヨークシャーの若きワーキング・メンズ・クラブはシェフィールドに駆けつけてファット・ホワイト・ファミリーの教えを仰ぎ、素晴らしいデビュー・アルバムを作りあげそして噛みつく牙を磨き上げた。クラッシュ・パピーズ(Krush Puppies)もこの流れの中におそらく含まれているだろうし、ホンキーズ(Honkies)なんかもきっとそう、プレゴブリンは言わずもがな、元バット‐バイクのジョシュ・ロフティンが結成したティーニャ(Tiña)もこの流れに入るのかもしれない。
そしてそう、フォボフォブス(Phobophobes)はもちろんだ。音を聞いてもらえば一発でわかる、ここにはファット・ホワイト・ファミリーの匂いが染みついていると。ぼんやりとしたランプの灯、薄暗く煙の充満する地下室に入った瞬間に感じる匂い、そもそもなんでこんなところにやってきたのか? そう後悔してももう遅い、逃れられない運命のようにダウナービートの渦の中に飲まれていく。ファット・ホワイト・ファミリーの、特に 3rd アルバム『Serfs Up!』のゆったりとした陶酔感のある曲たちをかみ砕いて消化して血肉となったそれ、1st アルバムからファット・ホワイト印の音楽を奏でていたがこの 2nd アルバムはその純度があがってヤバさを感じる空気の濃度が一気にあがった。チンピラとギャングの違いと言うか一目見てこいつはただ者ではないとわかる感じだ。余裕すら感じられる。
漆黒の世界へいざなうオルガンの音、低くささやくような歌声、“Hollow Body Boy” (この曲はプレゴブリンのジェシカ・ウィンターとの共作でもある)で幕を開け、2曲目の “Blind Muscle” で軽快に進むかと思えばそうではなく益々深みにはまり込み、3曲目の “Moustache Mike” に入るあたりでもうどっぷりと浸かり込んでいる。ゆったりとしたビートは気持ちをせき立てることなく、鳴り響くオルガンの音色と歪んだギターの音が空気を作る。そこにスリルはなく、危険な世界に生きているのが当たり前といった感じの緊張感があるのと同時にまたリラックスもしているという雰囲気。小粋なジョークが飛ばされて、その後に銃声が鳴り響くようなギャング映画のあの雰囲気だ。“I Mean It All” は喪失感を優しい響きで包みこみ映画終盤に流れていそうな匂いを醸し出している。タイトル・トラックの “Modern Medicine” も同様に素晴らしく、諦め達観したようなヴォーカルとオルガンの音が突き抜けた悲しみを癒やすような効果を発揮している。ファット・ホワイト・ファミリーはもちろん、時折クランプスやイギー・ポップの姿も見え隠れする。そこに目新しさはないのかもしれないけれど、極上の雰囲気にどっぷり浸かれるだけの質がある。
ファット・ホワイト・ファミリーの初代ドラマーであるダン・ライオンズが初期のメンバー(現在は脱退)、その同志たるミートラッフルのオルガン奏者クリス OC が参加しファット・ホワイト・ファミリー本隊やゴート・ガールと練習スタジオを共にする、その出自からもフォボフォブスがどのようなバンドかわかるが、この 2nd アルバムを聞いているとここに漂う空気こそ伝統的に受け継がれてきたロンドンのアンダーグラウンドの空気なのではないかという気がしてくる。パブに通い詰める人から人へ年月を重ね代を経て伝わっていったような物語、いまを生きそして唄うヴォーカルのジェイミー・バードルフ・テイラーの歌声はしかしどこか失われてしまった過去を思わせノスタルジックに響く。かつて素晴らしかったものがいまはもうそうではない、それを自分は知っている、アルバム全体にそんな喪失感と哀愁が漂っている。
シェイムやソーリー、ブラック・ミディにブラック・カントリー・ニューロード、最新の音楽を取り入れて貪欲に変化するバンドに対して、フォボフォブスはどこか不器用にそれに抗う。品行方正のメインストリートから離れたような薄暗い裏道、危険が漂うアンダーグラウンドの匂い、こうした音楽がずっと残り続けているからこそ厚みが生まれる。何代にも渡りその血を更新してきたサラブレッドの歴史のように、シーンは枝分かれし広がっていき、そして再びどこかでクロスする。フォボフォブスは60年代から続くブリティッシュの伝統を受け継いでアンダーグラウンドの空気を未来へと運ぶ。残り続けているからこその特色がいつか色濃くなって顔を出す。フォボフォブスのこの 2nd アルバムには節々に刻まれた歴史のロマンが詰まっている。音楽やポップ・カルチャーは受け継がれ枝分かれし変化しながら続いていく、だからこそきっと素晴らしいのだ。
Casanova.S