Home > Columns > 進化するクァンティックの“ラテン”- ──雑食的な魅力たっぷりの新作をめぐって
2000年代初頭より長い活動を続けるクァンティックことウィル・ホランド。当初はジャジーなブレイクビーツを操るDJ/ビートメイカー的なスタイルだったが、次第にソウルやファンクなど生音を重視したサウンドへと移り、さらにラテンやレゲエなど中南米音楽に傾倒していく。2007年には生まれ故郷のイギリスを離れて南米のコロンビアへ移住するが、それはクァンティックのラテン音楽への情熱が本物だったという証しだろう。
UK時代もラテンを取り入れたダンス・トラックはいろいろ作ってきたが、2008年にリリースしたクァンティック&ヒズ・コンボ・バルバロ名義の『トランディション・イン・トランジション』は、コロンビアのラテン音楽系ミュージシャンたちと作った本格的なラテン・アルバムであった。さらにブラジルが生んだレジェンドのアルトゥール・ヴェロカイと彼のオーケストラも参加するという非常にゴージャスな内容で、もちろんDJ的なセンスが注入された作品であるものの、クラブ・ミュージック・シーンにとどまらず一流の音楽家としてのクァンティックの名前を決定づけた傑作と言えるだろう。
その後2014年にアメリカへ移り、現在はニューヨークを拠点とするクァンティックだが、コロンビア時代から引き続いてラテン音楽への探求意欲は衰えていない。2019年にリリースした『アトランティック・オシリレイションズ』は、ニューヨークで久々にクラブ・イヴェントやパーティーなどをやっていく中で作られたこともあり、かなりダンサブルなテイストの強いアルバムとなったのだが、この度リースした新作の『アルマス・コネクタダス』は一転して伝統的なラテン音楽の作法に則ったものとなっている。
『アルマス・コネクタダス』はクァンティックとニディア・ゴンゴーラとの共作で、このコンビでは2017年の『クルラオ』に続く作品である。ニディアはコロンビア南西部のティンビキ出身のシンガーで、彼女がリード・ヴォーカルを務める伝統音楽集団のグルーピ・カナロンの作品をクァンティックが聴き、その歌の素晴らしさに感銘を受けたところからふたりの共演がはじまった。
ニディアについてクァンティックはこう評価する。
彼女の声は個性があって本当に素晴らしい。すごく美しい声だし、彼女はライターとしての力も持っている。両方が素晴らしいというそのコンビネーションは、彼女の武器だと思うね。彼女のライフ・ストーリーもすごくユニークだし、彼女のお母さんもパフォーマーだったから、彼女は多くの伝統的なシンガーのパフォーマンスも目にしてきた。彼女はかなりディープなヴォーカル文化の中で育ったからこそ、彼女の音楽は唯一無二になるんじゃないかな。コロンビアの伝統音楽であるクルラオやアフロ・コロンビアンの民謡なども理解しながら、彼女は常に新しいアイデアも取り入れている。それも素晴らしい部分だと思う。 (オフィシャル・インタヴューより。以下同)
ニディアは『トランディション・イン・トランジション』のほか、2014年の『マグネティカ』などクァンティックのいろいろなアルバムに参加し、そうしてふたりの関係性が強まっていく中で『クルラオ』は作られた。伝統的なクルラオとニディアの歌唱に対し、クァンティックのエレクトリックなアプローチが融合したとても画期的なアルバムと評価できるだろう。
そうした『クルラオ』に対し、『アルマス・コネクタダス』はオーセンティックなラテン音楽色がより強まっている。こうした作風の変化についてクァンティックはこう述べる。
前回のアルバムのサウンドは、もっとダンスっぽくエレクトロだった。コロンビアの、特に太平洋側の民族音楽の新しい解釈で、そういった音楽をエレクトロのサウンド・パレットの上で表現したものだったんだ。ほかにそれをやったことがある人があまりいなかったし、あれは新しい経験だった。一方、今回のアルバムはそれを既に一作目で成し遂げたから、これといって新しいアイデアはなかった。一緒に作品を作ることが一番の目的で、あまり特別なことは意識してなかったね。だから、ダンスフロアにとらわれることはなかったし、前ほどパーティー・レコードには仕上がっていないと思う。今回のアルバムでは色々なものが混ざっていて、軽快な曲もあれば、長い曲も、詩的な曲もあるんだ。どちらかというと、自由さがこのアルバムの方向性だったと思うね。ニディアに宿題として渡したのは、リズムのアイデアと曲の略図的なもの。そこから自由に曲を作っていったんだ。
ニディアへの宿題とのことだが、基本的にニューヨークにあるクァンティックのスタジオ〈セルヴァ〉でレコーディングはおこなわれている(ちなみにクァンティックは〈セルヴァ・レコーディングス〉も主宰するが、『アルマス・コネクタダス』については長年クァンティックの作品を発表する〈トゥルー・ソウツ〉からのリリースとなる)。事前にコロンビアにいるニディアへデモ音源やいろいろな資料を送って聴いてもらい、彼女がニューヨークに来た際にヴォーカルを録音した。2年ほど前からアルバム制作ははじめられ、コロナによるパンデミック前にレコーディングは完了した。
ニディアとは新しいレコードをまた作りたいとずっと思っていたんだけれど、僕がコロンビアからニューヨークに引っ越してしまったから、実現するのが難しかったんだ。でもあるとき彼女がニューヨークに来ることになったから、そのために材料を集めることにした。それを彼女に送って、ニューヨークに来るときまでにやってもらう “宿題” を渡したんだ。で、彼女は5日間ニューヨークに滞在したんだけど、そのうちの2、3日で超特急でレコーディングしたんだよ。レコーディングはパンデミックの前だった。彼女のヴォーカルをその数日間で録音して、そこから僕がアレンジや他の作業を進めて行ったんだ。ニディアは曲を作るのが本当に早くて、歌詞に関しても素晴らしい歌詞をサッと書ける。ニューヨークに来る前に彼女が前もって書いていた曲もあったし、ニューヨークに来てから一緒に書いた曲もあるんだ。
楽曲の制作プロセスからも、今回のアルバムが持つ方向性が見て取れる。いわゆるビートメイカー的なアプローチでトラックを作るのではなく、メロディやハーモニーを作っていく昔ながらの作曲方法によるもので、そこからオーセンティックなラテン音楽が生み出されていく。
曲の多くがギターとベースでデモを録音したものからはじまった。コード重視で、曲のヴァイブを捉えたもの。ニディアに送ったのは、多分10~15曲だったと思う。そこから彼女がお気に入りのものを選んで曲にしていったんだ。そこに彼女が声をのせたものを送ってきて、大体こんな感じになる、というイメージがわかった。そして、そこからまた二人で曲を作っていったんだ。遠距離だから、ライティングはリモートだった。で、ニディアがニューヨークに来たときには、僕が既にいくつかの曲をパーカッショニストとレコーディングしていたから、それに彼女が声を乗せて出来上がったものもあるし、二人でまた作業をして納得がいくまで仕上げていったものもある。曲は全てアナログでレコーディングしたんだ。コンピューターは一切使わず、全部テープ・マシンで録音したんだよ。今回は、前回の時よりもお互いのことをよく知っていたからそれが良かったと思う。お互いをもっと信頼できていたから、より作業がスムーズだったと思うね。
ほかの録音メンバーはニューヨーク在住のラテン系ミュージシャンたちで、コロンビア、パナマ、ブラジル出身のプレイヤーたちが集まっている。これまでもクァンティックの作品に参加してきた馴染みのメンバーもいる。さらに、以前のアルトゥール・ヴェロカイのオーケストラとの共演が蘇るように、大幅なストリングスの導入が『アルマス・コネクタダス』のポイントに上げられる。
ストリングスは今回のアルバムの中の一つのテーマだったと思う。シンフォニックなサウンドというか、ストリングをより使ったサウンド。アルトゥール・ヴェロカイと一緒に作業をした経験などを通して、ストリングスのことを以前より学んだからね。ブラジルのミュージシャンのストリングスは本当に美しい。ミルトン・ナシメントもそうだし、1960年代のブラジル音楽にはヴォーカルにオーケストラのサポートがついていて、美しいハーモニーがヴォーカルを包んでいるのが特徴だと思うんだけど、今回のレコードではそれをやってみたかったんだ。
ニューヨークにも独自のラテン・ミュージックの文化があり、サルサなどは現代にアップデートしながら進化してきた音楽である。『アルマス・コネクタダス』のストリングスやオーケストレーションの使い方などをみると、そうしたニューヨーク・ラテンの影響を受けた部分も見られる。たとえばホーン・セクションがゴージャスな “エル・アヴィオン” は1950年代のティト・プエンテ楽団あたりを聴いているようだ。そうしてみると、『アルマス・コネクタダス』はコロンビアとニョーヨークのラテン・カルチャーが融合したものという見方もできる。
そのほかコロンビアでお馴染みのクンビアに基づく “バラダ・ボラーチャ”、スペイン移民によりキューバから広まったグアヒーラの “エル・チクラン”、キューバ発祥のダンス音楽であるチャチャチャの “アディオス・チャコン” などがあり、“マクンバ・デ・マレア” ではアフロ・ブラジリアンのリズムであるマクンバを用いている。マクンバはアフリカを起源とする南米諸国に根づく民間信仰で、その宗教儀式の際に用いられる音楽のリズムのことも指す。ニディアが生まれ育ったコロンビア南西部の太平洋岸沿いは特にこうした文化背景が強いところでもあり、“マクンバ・デ・マレーナ” はそうした文化、宗教、音楽がバックボーンとなっている。つまりコロンビアやキューバ、さらにブラジルなどアフリカを源流とする幅広いラテン・カルチャーのエッセンスを詰め込んだのが『アルマス・コネクタダス』である。
今回のレコードには大まかに二つのリズムが存在している。その一つがマクンバ。ブラジルのアフロ・ブラジリアンの宗教のリズム。マクンバは僕が好きなリズムで、それをニディアに聴かせて、ブラジル出身のパーカッショニストであるメイア・ノイテと一緒にレコーディングしたんだ。ニディアに勧めたのは、マクンバはニディアの出身のブラジルの太平洋側のクルラオに近いから。だから、それをやってみたらクールだなと思ったんだ。あと、コロンビアではマクンバというのは「クール!」という意味でも使われる言葉でもあるし(笑)。僕はあのリズムが大好きなんだけど、ポップ・ミュージックやヴォーカル曲で使われることがほとんどないから、それをやってみたら面白いんじゃないかと思ったんだ。僕はマクンバのリズムはヴォーカル曲にもすごく合うと思うよ。
『アルマス・コネクタダス』では様々な風景や世界観が描かれる。ニディアが亡くなったいとこに捧げた “バラダ・ボラーチャ” は、いとことニディアの弟がティンビキの酒場で飲んだくれ歌ったり、踊ったりしている姿を綴ったもので、下町に暮らす人びとの日常的な風景が描かれている。それに対して “アドラル・ラ・サングレ” は、西欧社会のカトリックから植え付けられた宗教とアフリカからコロンビアへ継承された文化の関係性についての曲で、テーマに沿ってサウンドもコロンビア太平洋岸沿いのアフロ・ラテン音楽とアメリカ南部のブルースやゴスペルがミックスしたものとなっている。
ほかにもティンビキの川で少年が溺れた水難事故を描いた “アディオス・チャコン” などがあり、『アルマス・コネクタダス』には宗教や哲学的なテーマもあれば現実社会の風景や事件が並列されて描かれていて、とてもユニークなものとなっている。これに関してはニディアの歌詞の世界が作り出す部分が大きい。ニディアがティンビキで育んできた精神性や宗教観がいままで以上に色濃く反映されたアルバムであるが、彼女の持つスピリチュアリティについてクァンティックはこう述べる。
ニディアは本当にスピリチュアルな女性で、多くの彼女のアイデアや歌詞にもそれが映し出されていると思う。それが音に出ているときは、他の人たちはそれに触れてはいけない(笑)。ニディアが生み出すその要素は素晴らしいものだし、それを自分の手を加えることで台無しにしてはいけないんだ(笑)。彼女の歌声だけでその素晴らしさが成り立っているから、それを汚さないようにしないと。今回は長い曲もいくつかあり、曲により大きな空間が存在し、彼女の声もより深く楽しめるようになっていると思う。リスナーにも彼女の声が誘う素敵な旅を楽しんで欲しいね。歳を重ね、より多く経験を積んでいることで、彼女の声はよりディープになったとも思うしね。
アルバム・タイトルの『アルマス・コネクタダス』とは『コネクティッド・ソウルズ』、すなわち『魂の繋がり』を意味する。宇宙のエネルギーの相互関係を示す言葉であり、非常にスピリチュアルなテーマを持つ言葉だ。同時に離れた場所にいる人たちの繋がりを示す。
このタイトルはニディアのアイデア。遠距離で曲を作っていたニディアと僕とか、曲のアイデアを繋げることとか、バラバラの場所に住んでいる人たちが繋がっていることとか、そういったコネクションを意味しているんだと思う。
コロナによって以前よりも距離をおいた関係性が求められるいま、そんな我々に対する言葉でもある。