「S」と一致するもの

D Smoke - ele-king

 昨年10月、Netflix にて配信されて話題を大きな呼んだラッパー・オーディション番組『Rhythm + Flow』にて見事、チャンピオンとなった D Smoke。LA・イングルウッドにて育ち、同番組出演時には地元の高校でスペイン語と音楽の先生を務めていたという彼は、同番組で終始圧倒的とも言える存在感を示し、コンテスト中に一部リリックを忘れるというミスを犯しても、審査員のひとりである T.I. に「最高のパフォーマンス」と言わしめるほどの実力の違いを見せた。特に最終回であるエピソード10にて披露した、Sounwave プロデュースによるオリジナル曲 “Last Supper” のパフォーマンスは非常に素晴らしい出来で、自らピアノを弾きながらラップする冒頭の部分から、ダンサーを交えたパワフルな後半のステージの流れまで全てが完璧であった。アーティストとしてのアティチュードや醸し出す雰囲気なども含めて、同じLAのゲットー出身である Kendrick Lamar と重なる部分もあるのだが、審査員からも高く評価されていた流暢なスペイン語を交えたバイリンガルでのラップなども彼の大きな魅力のひとつになっており、オリジナリティの高さは疑いようがない。ちなみに、番組中では伏せられていたが、Kendrick Lamar と同じ〈TDE〉の所属アーティストであるシンガーの SiR が彼の実弟であり、実兄もまた本名の Davion Farris 名義で2013年にメジャー・デビューを果たしている。そして、D Smoke 本人も20代前半のときに Jaheim のシングル「Never」(2007年リリース)のプロデュースを手がけるなど、実は10年以上に亘って音楽業界に携わっていたことが後に明らかになっている。現在、33歳という D Smoke であるが、『Rhythm + Flow』で掴んだ名声(と賞金25万ドル)を糧に、彼がこれまで積み重ねた経験とキャリアがこのファースト・アルバム『Black Habits』に込められている。

 『Rhythm + Flow』最終回の配信翌日にEP「Inglewood High」を発表した D Smoke であるが、タイトルにもある彼が務めていた高校での教師としての経験が反映されたこのEPと比べて、本作はより広い視点で描かれており、本人曰く「自らの家族の経験を通じたストーリー」がテーマになっているという。その証拠にアルバム冒頭の “Morning Prayer” での家族の会話であったり、あるいは曲間での刑務所に服役中の父親からの電話に母親が応答する場面など、彼の実体験と思われる描写が随所に見られる。一方で、『Black Habits』(=黒人の習慣)というタイトルが示す通り、本作で描かれているストーリーは家族という枠だけに留まらず、地元であるイングルウッドを含む、アフロ・アメリカン全体のヒストリーにも繋がっている。先行シングルとなった “No Commas” では、アフロ・アメリカンとしての不幸な宿命に対するある種の怒りが、ハードなウェストコースト・サウンドに乗せて強烈に放たれているが、そういったネガティヴな感情だけではなく、タイトル・チューンである “Black Habits I” などで表現されているように、そこにはアフロ・アメリカンとしての誇りと強いプライドがアルバム全体を覆っている。加えて、前述したスペイン語によるラップも本作にはスパイスとして効果的に盛り込まれ、知的なリリシストという彼の側面をより際立たせることにも成功している。

 アルバムのカバーは彼の幼少時代の家族写真だと思われるが、このうち父親以外の3名が本作に参加しており、これもまたアルバムのテーマに則している。母親である Jacki Gouche は『Rhythm + Flow』でも語られていたように Michael Jackson や Tina Turner のバックコーラスとしてのキャリアがあり、ゲスト参加した “Black Habits I” のフックでもしっかりと実力の高さを示している。タイトル通りの浮揚感漂う “Fly” での実兄 Davion Farris とのコンビネーションも見事であるが、やはり注目は SiR をフィーチャした2曲だ。オルガンのメロディが神々しい “Closer to God” も面白いが、個人的には〈TDE〉関連の作品にも多数関わっている J.LBS がプロデュースを手がけた “Lights On” に強く惹かれており、“The Look Of Love” のフレーズが絶妙に引用されたトラックに D Smoke の英語とスペイン語によるメロディアスなラップ、さらに SiR のコーラスも見事にハマって、ダンサブルでありながら、実に深く染み入る曲に仕上がっている。加えて、大物ゲストとして Jill Scott が参加した “Sunkissed Child” も Battlecat の手がけるウェストコースト・ヒップホップど真ん中なトラックも含めて最高に素晴らしいのだが、『Rhythm + Flow』にも審査員のひとりとして参加していた Snoop Dogg をフィーチャした “Gaspar Yanga” はさらにそれを上回る。日本人も含めてこれまでも複数のアーティストが使用してきたブルガリア民謡のサンプリングが実にインパクト大なこの曲であるが、Snoop Dogg、D Smoke それぞれがそのトラックを見事に乗りこなして、強烈なセッションを繰り広げる様は圧巻だ。

 ちなみに Spotify の再生回数などを見る限り、おそらく本作は期待していたほどの結果は残せていないと思われる。それは教師というキャリアを持つ彼ならではの真面目な部分がある種のマイナスに作用しているのかもしれないし、あるいは一部で言われているような Kendrick Lamar との類似性が足を引っ張っているかもしれない。とはいえ、その壁を超えるポテンシャルを D Smoke は確実に備えており、彼のさらなる魅力を次作でも披露してくれることを期待したい。

Kaoliang Brothers - ele-king

 台湾・台北の住宅街の一角にある「先行一車」は、一見すると民家のような外観をした、しかしながらディープな音楽スポットとして知られるレコード・ショップ/イベント・スペースである。主にいわゆる実験的な音楽のレコードやカセット、あるいはインディー雑誌などが置かれているのだが、店名に友川カズキの楽曲名が引用されていることからうかがえるように、日本の作品も数多く取り揃えられており、筆者が訪れた際には副島輝人の名著『日本フリージャズ史』の中国語版抄訳を目にして驚いたものだった。ライヴ・イベントを開催することもあるこの場所は、台北のローカルな実験音楽シーンの拠点であるとともに、国境を越えてミュージシャンやリスナーが集い交流する稀有な場所となっている。さらに「先行一車」はレコード・レーベルとしても活動しており、同スペースでの録音をはじめとして、大友良英の未発表音源集や北京の新世代トゥ・ウェンボウらの作品など、これまで台湾内外のさまざまな音源を発表してきた。その最新作として2019年末に、台北のエレクトロニクス奏者ディーノとクアラルンプールのサックス奏者ヨン・ヤンセンによるKLEXフェスティバル2018での共演の模様が、「Kaoliang Brothers」名義で同名タイトルのカセット作品としてリリースされることとなった。

 台湾ノイズ・シーンのパイオニアとしても知られるディーノは、ミキシング・ボードに音源をインプットせず、ボード自体をフィードバックさせることによりノイズを発生させるという、中村としまるを彷彿させる「ノー・インプット・ミキシング・ボード」の使い手である。対してヨン・ヤンセンは特殊奏法や高音の軋り、あるいは力強い咆哮などを駆使するフリー・ジャズ的なサックスを披露する演奏家だ。ふたりのデュオ・インプロヴィゼーションは、まるで高柳昌行と阿部薫による『集団投射』を強烈にアップデートしたかのような凄まじいノイズを轟かせる一方で、ときに演奏の手を止めて無音に近づき、しかし沈黙をいまにも突き破りそうな激しい緊張感を湛えた一音一音を鍔迫り合いのように繰り出していく。文字通り耳を劈く爆音のノイズから一触即発の雰囲気を漲らせた静寂まで、緊密なインプロヴィゼーションによってダイナミックな相互作用を繰り広げていく様は壮観だ。ユニット名に付されたKaoliang=高粱酒は、台湾で広く知られたアルコール度数60度近くにものぼる中国酒なのだが、大酒家でもあるディーノとヤンセンがリスナーをノイズの酩酊状態へと誘うような音楽とでも言えばいいだろうか。一心同体となったふたりの演奏の緊密さは、たとえばカセットB面の中盤でディーノがパルスの反復からビートを形成するなかで、そのリズムを伴奏にヤンセンがサックスを吹き荒び、しばらくするとこんどは電子音響ノイズのビートを浮かび上がらせるように管を通る空気の響きを強調していくといった演奏からもうかがえるだろう。

 緊密に反応し合う即興演奏は、フリー・インプロヴィゼーションの世界ではときに敬遠されることもある。というのも、共演者のサウンドに対処することにばかり注意が向いてしまうと、ある種の機械的な反応の応酬となり、予定調和のやり取りへと陥ってしまうことがあるからだ。しかし、激しいノイズの快楽や途切れることのない緊張感がもたらす興奮といったサウンドの凄みはもとより、一体となったデュオがダイナミックな相互作用を示しつつ次から次へと変転していく様は、反応の応酬というよりも音が演奏家のコントロールを外れる瞬間を劇的に連ねていくといったほうが近く、すこぶるスリリングである。そして演奏内容に加えて、「先行一車」というローカルなスペース/レーベルから、国境を越えてこの音源が世界各地のリスナーへと届けられている点にも着目しておきたい。レコーディングが行われたKLEXフェスティバルは、クアラルンプールを舞台に主にアジア圏のミュージシャンや映像作家らが集う祭典だが、ふたりがかつて出演したアジアン・ミーティング・フェスティバルも含めて、一方でトランスナショナルな交流をフェスティバルというかたちで促進しつつ、他方ではその拠点となるようなローカルなスペースと関わり、録音作品を全世界へと向けて発信していくということが、インディペンデントで実験的な音楽シーンをサステナブルに活性化していくうえで必要なことのように思うのである。

Gil Scott-Heron - ele-king

 「黒いボブ・ディラン」「闘う詩人」などの異名を持ち、1970年のデビュー・アルバム以来、一貫して社会や政治に対する痛烈なメッセージを乗せた歌を歌い続けてきたギル・スコット・ヘロン。2010年にリリースされた『アイム・ニュー・ヒア』は、彼が2011年5月27日に亡くなる前の遺作であり、晩年の残された力を振り絞り(2008年に彼はHIV陽性であることを告知している)、往年の輝きを最後に放ったアルバムである。リリース元の〈XLレコーディングス〉は、ギルに敬意を表す意味も含めてこの『アイム・ニュー・ヒア』をリサイクルしてきた。ジェイミー・エックスエックスが録音素材を使ってリコンストラクトした2011年の『ウィ・アー・ニュー・ヒア』(結果的にこのアルバムがリリースされた数か月後にギルは亡くなっている)、『アイム・ニュー・ヒア』と同時期に録音された未発表作品集の『ナッシング・ニュー』(2014年)と、ことあるごとにギル・スコット・ヘロンにまつわる作品をリリースしている。そして、『アイム・ニュー・ヒア』のリリース10周年となる企画が本作『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』である。

 『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』も『ウィ・アー・ニュー・ヒア』同様に『アイム・ニュー・ヒア』のリミックス/リコンストラクト・アルバムで、手掛けるのはジャズ・ドラマーのマカヤ・マクレイヴンである。マカヤはミュージシャンでありながらビート・プログラミングやサウンド・メイクも行うプロデューサーであり、『ハイリー・レア』(2017年)のように生演奏やライヴ録音にDJミックスを交えて編集するようなアルバムを作ってきた。〈XLレコーディングス〉の総帥のリチャード・ラッセルはこの『ハイリー・レア』を聴き、マカヤの才能に惚れ込んで『ウィ・アー・ニュー・アゲイン』の制作を依頼したそうだ。今回のレコーディングはシカゴにあるマカヤのホーム・スタジオでおこなわれ、ギル・スコット・ヘロンのヴォーカル・パートや元々の演奏などのテープ素材をもとに、サンプリングやエレクトロニック処理と自身によるインプロヴィゼイションを交えて再構築していった。

 『アイム・ニュー・ヒア』はリチャード・ラッセルのプロデュースによって、アブストラクトなダブやダブステップ的なトラックを持つものとなっており、ギル・スコット・ヘロンにとって異色作であると共に、新たなチャレンジをしたアルバムでもあった。一方、『ウィ・アー・ニュー・ヒア』ではジェイミー・エックスエックスが、あくまで素材としてそれらを用いることにより、ダンス・トラックとしての軽やかさを持つポスト・ダブステップ~エレクトロニック・サウンドへと導いていた。確かにジェイミーの試みはフレッシュで面白いものであったが、しかしながらギルの言葉が持つ毒気や生々しさ、怒りや重みといったものは薄れてしまっており、ギル・スコット・ヘロンとしてのアルバムとして見た場合に果たしてどうなのかな、という作品でもあった。リミックスやリコンストラクトの場合、サウンドを作り変えたり更新する面白みは出せても、元のアーティストの精神性や世界観にまでなかなか立ち入っていけないものだが、今回のマカヤ・マクレイヴンの場合は、むしろギル・スコット・ヘロンの精神性を軸にリコンストラクトした作品のように感じる。ビートにヴォーカル・サンプルを乗せるのではなく、言葉に合わせたビートを作り出していくというやり方をしているように感じるのだ。それはマカヤがギルと同じジャズを演奏するドラマーであり、ジェイミーとは違うブラック・アメリカンの言語を持つからだろう。

 都市生活での暗部を歌った “ニューヨーク・イズ・キリング・ミー” は、アフリカン・リズムを用いたブードゥー的な演奏で、まるで生前のギルがキップ・ハンラハンと共演したかのようなダークでアンダーグラウンドなジャズとなっている。ジャズ・ファンクの “ピープル・オブ・ザ・ライト” は、ある意味でギル本人よりもギル・スコット・ヘロンらしい曲ではないだろうか。ヘヴィーなベースのリフでヒプノティックに進行していく “ザ・クラッチ” は、ギルとマカヤの両者の共通項となるゲットー・サウンドを浮かび上がらせる。フルートとギルのポエトリー・リーディングを交互にシンクロさせた “ホエア・ディッド・ザ・ナイト・ゴー” のミステリアスさは、あくまでギルの言葉を主体に作っているからこそ生み出せるものである。“ミー・アンド・ザ・デヴィル” (もともとはブルース・ギタリストのロバート・ジョンソンの “ミー・アンド・ザ・デヴィル・ブルース” のカヴァー)のジミ・ヘンドリックスにようにささくれたギター・リフは、原曲が持つ悪魔伝説の逸話とアフロ・アメリカンの置かれた荒廃した状況に繋がる。そして “アイル・テイク・ケア・オブ・ユー” はマカヤからギルへのレクイエム的な1曲となっている。


ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ - ele-king

 けだるいギターのループが耳から離れない。メランコリックでビター・スゥイートなメロディ。「開場 Opening」と題された主題はアレンジを変えて何度も繰り返される(「穿過黑暗的漫長旅途 貳 Long Day's Journey Into Night (II)」)。人には必ず思い出せないことがある。そして、思い出せないことの集積によって押しつぶされていく人もいる。ギターのループは催眠術のようであり、自分にはコントロールできない領域があると何度も言い聞かせられているかのよう。映画の始まりはまるで精神分析の始まりである。ホアン・ジェ演じるルオ・ホンウはベッドに仰向けになって横たわっている。父の死をきっかけに彼は故郷に還ろうと起き上がるものの、もしかすると彼は最後までベッドから一歩も動かずに記憶の断片を遡行していただけなのかもしれない。それこそこの作品はストーリーが中心にあるというより自由連想のようにしてシークエンスが連なり、12年ぶりに戻った故郷で昔の「女に会う」という目的がいつしか本当になっていく。映画の前半は努力すれば意識化できる記憶。いわゆるフロイトの「前意識」を本人に都合のいいストーリーとして組み立て直し、捏造記憶にすり替えているだけなのかもしれない。話が展開しているのに同じメロディが繰り返されることによって元の場所に引き戻されたように感じるのはそのせいではないだろうか。「女に会う」前も「会っている」時もルオ・ホンウは常に憂鬱げで、心に揺れが感じられず、感情の主体はどこかほかにあるとでもいうように。唐突に差し挟まれるナレーション(独白)では「映画と記憶の違いは、映画は常にニセモノで、記憶は真実と嘘のミックスだということ」だと告げられる。

 他の映画監督の名前を上げることはあまりしたくないのだけれど、水浸しの部屋や錆びた鉄の塀、あるいはテーブルの振動でコップが落ちるシークエンスなど『ノスタルジア』(83)から借りたイメージが表面的には横溢するにもかかわらず、タルコフスキーが権力や制度疲労を暗喩として作品に忍ばせていたのとは違い、全体を覆っているのはむしろデヴィッド・リンチの「思わせぶり」に近いものがある。ヒッチコックなどを過剰に引用したデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督『アンダー・ザ・シルバーレイク』(18)と同じく、伏線を撒き散らしてどれも回収せず、主人公があたかも「ストーリーの牢獄」から抜け出していくように行動する展開は誰よりもデヴィッド・リンチに通じ、毒々しい色使いや見世物文化を前景化する姿勢にもそれは感じられる。このところ「based on a true story(この話は事実に基づく)」というクレジットが作品の品質を保証するキャッチフレーズのように多発されていることに対して反発を感じる映画の作り手が現れてもおかしくはない状況にあったことを思うと、『ロングデイズ・ジャーニー』や『アンダー・ザ・シルバーレイク』がデヴィッド・リンチを召喚することになんの疑問もないわけだけれど(つーか、本人が『ツイン・ピークス』でカムバックしたばかりでした)。そして、何よりも『ロングデイズ・ジャーニー』がデヴィッド・リンチを想起させるのは音楽の使い方である。映画自体にリズム感がなく、映像とまったく関係がない音楽を流すことでそれなりに長いシーンを持続させてきたデヴィッド・リンチの手法はまさにMTV時代の申し子といえ、異様なほどのミスマッチを恐れない『ロングデイズ・ジャーニー』にも音楽に対する過信は増幅して感じられる。リン・チャンとポイント・スーによる多幸感あふれるドローン(「監獄訴說 Confession from Prison」)が延々と流れる刑務所での面会シーンは特に異様で、印象深かった。

 ルオ・ホンウが再会を果たす女、ワン・チーウェンには山口百恵という役名が当初は考えられていたらしい。ワン・チーウェンを演じるタン・ウェイは、そして、アン・リー監督『ラスト、コーション』(07)でデビューした際、あまりにもセックス・シーンが多く、しかも日本軍のスパイという役柄だったせいで中国では批判の的となり、以後の作品も放送禁止や出演シーンがカットされるなど波乱含みのスタートを切った女優である(彼女を起用したことについて後悔しているというアン・リー監督とハリウッド進出に当たって性器を露出する役だった菊地凛子は対談をしたことがあるそうです)。タン・ウェイはその後、香港の市民権を取得するなど、それなりに時間をかけて復活を果たしたものの、言ってみれば名前ばかりが有名な女優といえ、虚構に足を取られた人生がそのまま『ロングデイズ・ジャーニー』における「ヤクザから逃げられない女」という設定に重ねられている。ルオ・ホンウがワン・チーウェンを自由にしようとするトライアルと絶望感の上塗りがイメージの洪水を呼び起こす中盤はかなり見応えがあり、象徴を読み解きたい人たちの議論が尽きないパートにもなっている。また、日本軍のスパイ役を汚点とせず、ケータイの着メロなどで中島みゆきの「アザミ嬢のララバイ」が流れるなど、もしかするとビー・ガン監督は中国で「精日(=精神日本人)」と呼ばれるタイプの人なのだろうか。「精日」というのは単純な「日本かぶれ」から「反政府的」とされる傾向まで解釈に幅のある言葉で、どのあたりということは簡単に言えないけれど。

『ロングデイズ・ジャーニー』の白眉と言われるのは後半である。チェン・ヨンゾン演じるヤクザの親分を撃ち殺すために映画館に入ったルオ・ホンウがサングラスをかけるタイミングで観客はあらかじめ3Dメガネをかけるように指示されている。ここからの64分はワン・カットで撮影されていて、『トゥモロー・ワールド』(06)に始まり、『アバター』(09)や最近では『バードマン』(14)に『1917 命をかけた伝令』(19)といった流行りと同じ手法を用いることで「意識の流れ」を追跡してみたということになるのだろう。ここでは前半にあったような話の整合性はまったくなくなってしまう。流れや脈絡といったことはあっても論理や法則といったことからはどんどん離れていく。僕の解釈ではここからは「前意識」から「無意識」に分け入り、村上春樹『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』でいえば「世界の終り」の章だけを凝縮したようなものになっている(『ロングデイズ・ジャーニー』の中国原題は『地球最後の夜』)。実際、観客が3Dメガネをかけるとルオ・ホンウは洞窟の中にすとんと落ちている。そして、少年と卓球をしなければそこから出られないという条件を押し付けられ、以後も境界線を意識させるエピソードが繰り返される。前半には曲がりなりにも行動に目的のあったルオ・ホンウは「閉じ込められて脱出する」というパターンを反復してから(以下、ネタバレ)一気に夜空へと飛び上がり、いわば虚構による虚構の解放が試みられる。ルオ・ホンウが一緒に空を飛ぶカイチンはタン・ウェイが二役を演じている女性で、いかにも身分を変えてヤクザから逃げられたかのようでもあるし、着地地点で開かれている歌謡ショーはヤクザの親分のカラオケと対をなしていると見做すことで、音楽と権力の結びつきが解かれたかのようにも感じられるけれど、すべてがどうとでも解釈できることであり、そもそも解釈の必要さえないのかもしれない。そして、この映画は現実には戻ってこない。

『ロングデイズ・ジャーニー』の原型となる『凱里ブルース』も追って4月18日から公開予定。


『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』WEB限定版予告編

Joy Orbison, Beatrice Dillon & Will Bankhead - ele-king

 きたきたきたー! ファッション・ブランドの C.E がまたもやってくれます。彼らが仕掛ける2020年最初のパーティは〈Hinge Finger〉および〈The Trilogy Tapes〉との共催で、両レーベルからおなじみジョイ・オービソンとウィル・バンクヘッドが出演、さらに、先月〈PAN〉よりすばらしいアルバム『Workaround』をリリースしたばかりのビアトリス・ディロンが加わります。前売りチケットは出血大サーヴィスの1500円。これは行かない理由がありません。4月10日は VENT に集合。

C.E、〈Hinge Finger〉、〈The Trilogy Tapes〉共催によるパーティが VENT で開催に。Joy Orbison、Beatrice Dillon、Will Bankhead が出演

C.E (シーイー)による2020年度初となるパーティが、2020年4月10日金曜日に表参道の VENT を会場に、Joy Orbison (ジョイ・オービソン)、Beatrice Dillon (ビアトリス・ディロン)、Will Bankhead (ウィル・バンクヘッド)の3名をゲストに迎え開催となります。

洋服ブランド C.E が〈Hinge Finger〉(ヒンジ・フィンガー)、〈The Trilogy Tapes〉(ザ・トリロジー・テープス)の2レーベルと共催する本パーティのラインナップは、音楽プロデューサーDJ、英国の音楽レーベル〈Hinge Finger〉主宰の Joy Orbison、今年2月に初のソロアルバムをベルリン拠点の音楽レーベル〈PAN〉(パン)よりリリースしたばかりの Beatrice Dillon、そして Joy Orbison と共同で音楽レーベル〈Hinge Finger〉、個人として〈The Trilogy Tapes〉を運営する Will Bankhead の3名です。

Joy Orbison は昨年19年の9月にデビュー10周年を迎えた、英国を拠点とする音楽プロデューサー、DJ、そして音楽レーベル〈Hinge Finger〉の主宰です。昨年19年には Joy O 名義で、〈Hinge Finger〉から「Slipping」を、〈Poly Kicks〉から「50 Locked Grooves」をリリースした他、Overmono (Truss&Tessela) とのユニット Joy Overmono として「Bromley / Still Moving」をリリースし、Off The Meds の楽曲のリミックス「Belter (Joy O Belly Mix)」をてがけました。

Beatrice Dillon は、UKはロンドンを拠点とするアーティスト、ミュージシャン、DJです。前述した〈The Trilogy Tapes〉や〈The Vinyl Factory〉、〈Where To Now?〉、〈Boomkat Editions〉などより楽曲をリリースするほか、Call Super や Kassem Mosse、Rupert Clervaux との共作、多種多様なアーティストの楽曲のリミックスも行っている。今年20年2月には、Kuljit Bhamra や Laurel Halo、Batu、Untold、Kadialy Kouyaté、Jonny Lam、Verity Susman、Lucy Railton, Petter Eldh、James Rand、Morgan Buckley らが参加し、マスタリングを Rashad Becker がてがけた、自身のキャリア初となるソロアルバム『Workaround』を〈PAN〉から発表しました。

Will Bankhead はダンスミュージックのファンだけでなく多くの音楽愛好家が信頼をおく英国の音楽レーベル〈The Trilogy Tapes〉の主宰で、前述した Hinge Finger の運営を Joy Orbison と共同でおこなっています。イギリスのインターネットラジオ局、NTSではマンスリープログラムを担当しています。

C.E, Hinge Finger, The Trilogy Tapes present

JOY ORBISON
BEATRICE DILLON
WILL BANKHEAD

開催日:2020年4月10日金曜日
開催時間:午後11時〜
開催場所:VENT (https://vent-tokyo.net/
当日料金:2,500円
前売り料金:1,500円 (https://jp.residentadvisor.net/events/1402254

※20歳未満の方のご入場はお断り致します。年齢確認のため顔写真付きの公的身分証明書をご持参願います。(Over 20's Only. Photo I.D. Required.)

Matsuo Ohno × 3RENSA - ele-king

 待ってました! 去る1月18日に決行された大野松雄と 3RENSA (メルツバウduennニャントラ)による公開ライヴ・レコーディングが、ついに音盤化を果たす。発売は4月29日。永久保存されることになった歴史的瞬間、驚異のコラボレイションを思うぞんぶん堪能すべし。

伝説的な音響デザイナー、大野松雄と、エクスペリメンタル・ユニット、3RENSA (Merzbow、duenn、Nyantora)による公開ライヴ・レコーディングをパッケージ化!

2019年2月16日、Nyantora と duenn によるアンビエント・イヴェント、Hardcore Ambience が恵比寿映像祭で「Another World」として実現。テレビ・アニメ『鉄腕アトム』の音楽の生みの親として知られる伝説的な音響デザイナー、大野松雄、エクスペリメンタル・ユニット、3RENSA (Merzbow、duenn、Nyantora)、写真家・金村修の最新映像とともに究極の視聴覚体験のトランスポジションとなるスペシャル上映とライヴを開催した。チケットはソールドアウト。その時のパフォーマンスをさらにアップデートする形で、“HARDCORE AMBIENCE presents 大野松雄×3RENSA_Space Echo_Public recording” と題し、大野松雄と 3RENSA の録音をパッケージングすることを目的とした公開ライヴ・レコーディングが、2020年1月18日にサウンド・デザイナーの金森祥之氏がプロデュースする天王洲アイルの KIWA にて行われた。その歴史的とも言えるレコーディングを音盤として永久保存する。スリリングでありながらもどこかユーモラスでもある極上の音響体験をお届けする。

[商品情報]
アーティスト:大野松雄 × 3RENSA
タイトル:space_echo by HardcoreAmbience
レーベル:Pヴァイン
商品番号:PCD-25293
フォーマット:CD
価格:定価:¥2,500+税
発売日:2020年4月29日(水)

収録曲
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2. space_echo02
3. space_echo03

大野松雄
1930年東京・神田生まれ。府立六中(現・都立新宿高校)を経て旧制富山高等学校(現・富山大学)中退。文学座、NHK東京放送効果団を経て、1953年フリーの音響マンとなり独立プロの映画などの録音・効果の仕事を開始。多くの映像作家の作品に関わる。同時にまだシンセサイザーがない時代に発振器とテープ・レコーダーを駆使し、エコー等さまざまなテープ編集技術を工夫して電子音や電子的加工音による「この世ならざる音」の探求へと向かう。
1963~66年テレビアニメ『鉄腕アトム』の音響デザイン。小杉武久がアシスタントとして参加。以後、自ら「音響デザイナー」を名乗る。
1968年以来、滋賀県の知的障害者施設で演劇活動に協力し、障害者と施設の記録映画を制作。つくばEXPO'85、未来の東北博覧会(1987)、アジア太平洋博覧会福岡(1989)等、大規模博覧会におけるパビリオンの空間音響システム・デザイナーとしても活躍。
1993年から2001年京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)講師。
アルバムに「大野松雄の音響世界」3タイトル(キングレコード)ほか。
2009年3月、「東京国際アニメフェア2009 第5回功労賞」受賞。
https://www.af-plan.com/oto

3RENSA
Merzbow、Duenn、Nyantora (ナカコー)によるバンド「3RENSA」。バンド名は2017 年にベルギーのサウンド・レーベル、〈Entr’acte〉よりリリースした初の共演盤アルバム『3RENSA』から由来。ノイズ、アンビエント、ドローン、エクスペリメンタル、ロックなど流体的なバンドの在り方を提示しています。

yukifurukawa - ele-king

 成熟したプロダクションになんとも色鮮やかな詩情──ギター/キイボード/ヴォーカルの古川悠木を中心に、ソロでも活動するコルネリ、サラダマイカル富岡製糸場グループのサラダらが集合した東京のバンド、その名も yukifurukawa が、4月1日にファースト・アルバム『金貨』をリリースする。どこかテニスコーツやマヘル・シャラル・ハシュ・バズを想起させつつも、よりクリアな音響がそっとやさしくリスナーの耳を包みこんでいく……まずは先行公開された “ハイキングコース” を聴いてみてほしい。これはチェックしておくべきでしょう。

[3月24日追記]
 まもなくリリースされるアルバム『金貨』より、もう1曲 “サマー” が現在公開中です。とても軽快で元気のわいてくる曲ですね。なお、4月4日には SCOOL にてレコ初ライヴも予定されています。ヒップホップ・グループの E.S.V が共演。詳細はこちらから。

yukifurukawa
『金貨』
WEATHER 80 / HEADZ 245

「yukifurukawa」は古川悠木の曲を無為に演奏すべく2019年5月に活動を開始したが、コルネリ(Maher Shalal Hash Baz / のっぽのグーニーBad medicines)の加入をきっかけに、当初から参加するサラダ(サラダマイカル富岡製糸場グループ)と共に元々シンガーソングライターとしても活動している二人の曲も持ち寄ってライヴ演奏をしていくこととなった。その後、突き進む勢いで完成したのがこの『金貨』と題されたファースト・アルバムである。

『金貨』は古川悠木、サラダ、コルネリという、三人の作曲家によるそれぞれテイストの異なる楽曲が併存して収録されており(“ムーン” が唯一の共作曲)、ワクワクさせられたり、寂しさや諦めを感じたり、それでいてどこかに望みがあるかのような、さまざまな心象世界が描かれている。
古川悠木による丁寧なサウンド・プロダクション、ベース森田哲朗とドラム久間木達朗による渋く手堅いリズム隊の演奏、サラダとコルネリによる美しいコーラス・アレンジが全編に渡って施され、非常に効果的なアクセントになっており、さらに三人のカラーの違う個性的なヴォーカルが見事に調和することで新たな化学反応が起き、予想以上に熟達した作品となった。
ゲストとして、シンガーソングライターの mmm がエレキベースで参加しており(過去に一度、yukifurukawa のライブにサポートとして参加している)、素晴らしいグルーヴを醸し出している。

マスタリングは折坂悠太、入江陽、さとうもか、Taiko Super Kicks、TAMTAM、本日休演などの作品のエンジニアリングも行なっている中村公輔が担当。

フロント・カヴァーのドローイングは若き画家・森ひなたが描き下ろし、デザインはグラフィックデザイナーの浅田農が担当(彼が手掛けた、おさないひかり詩集『わたしの虹色の手足、わたしの虹色の楽器』は東京TDC賞 2020のブックデザイン部門に入選)し、yukifurukawa の世界観をより引き立たせるようなアルバム・ジャケットに仕上がっている

アーティスト:yukifurukawa
アルバム・タイトル:『金貨』
規格番号:WEATHER 80 / HEADZ 245
価格:[税抜価格 ¥2,000]+税
発売日:2020年4月1日(水)
レーベル:WEATHER / HEADZ

01. ハイキングコース
02. どこかの窓
03. 遡行不良
04. サマー
05. 海と犯人
06. 庭
07. 話したくない
08. 蟹の思い出
09. Les méchants
10. ムーン

yukifurukawa
古川悠木:ボーカル(M2,3,5,8,9)、ギター(M1,2,3,5,6,9,10)、ピアノ(M1,2,4,7,8)、オルガン(M3,4)、口笛(M3,5)
サラダ:ボーカル(M4,5,8,10)、ギター(M1,4)
コルネリ:ボーカル、ギター(M7,8)
森田哲朗:コントラバス(M1,2,5,6,8)
久間木達朗:ドラム(M1,2,4,5,6,8)

mmm:ベース(M4)

編曲:古川悠木
コーラスアレンジ:サラダ(M4,10)、コルネリ(M2,3,5,8,9,10)

録音:古川悠木、西村曜(StudioCrusoe)
ミックス:古川悠木
マスタリング:中村公輔
録音場所:StudioCrusoe、七針、柳瀬川、阿佐ヶ谷、天沼、池袋、高田馬場

絵:森ひなた
写真:梨乃
デザイン:浅田農

ブルース百歌一望 - ele-king

こんな不条理な時代は、
人生の不条理から生まれた素晴らしい音楽を聴け!
ブルース研究の草分けが書き下ろす
極上のブルース・プレイリスト100曲100話の物語

半世紀におよんで、日本にブルースを紹介しつづけてきた日暮泰文が
これからブルースを聴く人のために
いまでもブルースを好きな人のために
「変わってゆく同じもの」の原点を知るために
アメリカのもうひとつの歴史を知りたい人のために
そして、この厳しい時代を生き抜くために
100曲を選び、その100曲について語る。
ことブラック・ミュージックが好きであれば必読の、最新ブルース・ガイド!

ブルース衝動という言葉がある、近頃はほとんど耳にもしないので、あった、といったほうがいいのかもしれない。しかし21世紀の今、この男が持っているものこそブルース衝動だと捉えるしかなかった。そして、それは形となって体から噴き出し、幸いなことに記録媒体上にも捉えられることになった。それは、この世の中でさまざまな辛くてキツイ経験をし、体にため込んだものを外へ吐き出そうという衝動、そうしないことにはどうにもならない、といった気分状態であり、またそうすることによって過去のハードシップをなんとか乗り越えようとするものである。黒人の置かれた状況からそれは経験されることになり、そこからブルース衝動、ブルース・インパルスという言葉が使われるようになった。(本文より)

日暮泰文
1948年東京生まれ、神奈川県育ち。ブルースを始めとするブラック・ミュージック逍遥に生きる。慶応義塾大卒。ブルース愛好会設立、雑誌、ライナーノーツ等への寄稿を続けながら、ブルース・インターアクションズ(Pヴァイン・レコード)を1975年に創業。2007年のリタイアまでLP、CD、雑誌、書籍等、多数のリリースを続ける。著書に『ブルース心の旅』、『RL──ロバート・ジョンスンを読む』、『のめりこみ音楽起業』、訳書に『ブルースと話し込む』等。

RC SUCCESSION - ele-king

 RCサクセションとはコンセプトではない。それが良いか悪いかでもない、それはただ基本だった。ゴールにボールが入れば1点、フィールドプレイヤーが手を使ったら反則、RCとはそういう次元のものだった。
 あらゆるものが詰まっていた。初期のロックやポップ・ミュージックといったもので見られる夢の、その後否定されるべきものも含むおおよそすべて。エゴ、愛、セックス、ドラッグ、反抗、自由、怒り、疎外感、虚無、別れ、悲しみ、反体制、理想、成長……そういったもの。
 また、日本も嫌だしアメリカも嫌だしという、はっぴいえんど以降の日本のロック/ポップスが無意識にせよ模索し独創したアイデンティティの更新を、このバンドはたったひと言の「イエー」や「ベイビー」などという、じつにバカっぽい言葉の威力でやってしまった。痛快という言葉は彼らのためにあった。
 世の中に疑問を持った若者がいる。性欲も好奇心もギラギラしている。そういう中高生にとってRCは福音でありマントラだった。ぼくたちはライヴに行って、いつも爆笑した。この人たち、おもしれぇー。振り切れている。きっと、デトロイトにおけるPファンクもこうだったに違いない。

 ここに紹介するのは、今年はバンド結成から50年ということで発売されたシングル集である。CD3枚組、もっとも初期の「宝くじは買わない」(1970)から最後の「I LIKE YOU」(1990)までの、公式にリリースされた全21枚の7インチ・シングルA面/B面、計42曲がオリジナルマスターからリマスタリングされて収録されている。言うまでもないことだが、シングルでしか聴けない名曲が聴ける。“よごれた顔でこんにちは”とか、“君が僕を知ってる”とか、“窓の外は雪”とか。いま聴くと意外によかった“どろだらけの海”とか。それから、これはいまさら言っても仕方がないことだけれど、チャート狙いの曲をA面、野心作をB面に擁した2曲入り7インチというフォーマットをポップ産業は手放すべきではなかったとあらためて思う。こんなキラキラしたベスト盤は、いまのアーティストには作りたくても作れないのだ。

 年齢に関係なく、音楽を詳しく知れば知るほど狭量かつ教条的になってしまう人がいる。これはホンモノかどうか、これはジャズかどうか、……俗に言う権威主義だ。RCサクセションというバンドは、その見かけはエキセントリックで、音楽スタイルは決してオーセンティック(ホンモノ)なリズム&ブルースではなかったが、しかしその感情はホンモノだった。RCサクセションにはフォーク時代の70年代から隆盛を極める80年代にいたるまで、一貫して妙なハイブリッド感があった。ローリング・ストーンズほどにはブルースという確固たる音楽的土台がなかったかわりに、日本特有の私小説的なフォークをブルースやロックが表す心の痛みや悦びに近づけ、あるいはそこに甘い理想と毅然とした反抗心をたたき込んだ。 
 おそらく彼らが最初からマニアックな音楽集団だったら、あんなに雑多なオーディエンスを得られなかったのだろう。「バカな頭で考えた/これはいいアイデアだ」と歌ったように、敷居の低いところで敷居の高い連中にはできないことをやったのが彼らだった。ぼくはすっかり夢中になって、初めて見にいった16歳の夏から子どもを連れていった忌野清志郎の最後となってしまった武道館ライヴまで、ただのひとりのファンとして接した。
 出来の悪い子どもたちの側であることを貫いた彼らのようなバンドが、エリート層と貧困層に二分される格差社会が定着したいまの日本にいてくれたらどんなに良いことだろうか。“トランジスタ・ラジオ”(電気グルーヴもカヴァーした曲)はいま聴いても、ますます不思議な曲だ。ハードロック調のギターからはじまって、しかし柔らかい綿で包みこむように、あの曲はつねにぼくを基本に立ち戻らせる。それはコンセプトではない。良いか悪いかでもない。ただの基本であり、つまりボールは足で蹴るという次元の話なのだから。

drøne - ele-king

 ドローン(drøne)は、マイク・ハーディング(Mike Harding)とマーク・ヴァン・ホーエン(Mark Van Hoen)によるエクスペリメンタル・サウンド・アート・ユニットである。今年頭、彼らの4作目のアルバム『The Stilling』がリリースされた。この特異な作品にについて語る前に、まず、ふたりのメンバーについての簡単な紹介からはじめたい。とてもスペシャルなユニットなのだ。

 マイク・ハーディングは英国のエクスペリメンタル・ミュージックの老舗〈touch〉の創設者である。彼はレーベル運営の傍、自身の音源をいくつかをリリースしている。1998年に、彼はフェネス、ハーディング、レーバーグ(Fennesz Harding Rehberg)『Dĩ-n』を〈Ash International〉からリリースした。20分ほどの音響作品だ。ちなみに〈Ash International〉は、マイク・ハーディングと音響作家のスキャナーことロビン・リンボー(Robin Rimbaud)が1993年に設立したレーベルである。
 2011年、〈touch〉から7インチ・レコードでマイク・ハーディング「Repaired/Replaced」をリリースした。ジョン・ヴォゼンクロフトによる美麗なアートワークによるこの作品は、短いながらも秀逸な環境録音作品である。さらに〈touch〉から2001年に発表されたコンピレーションアルバム『Ringtones』に MSCHarding 名義の楽曲を収録し、〈Cabinet〉から2001年にリリースされたコンピレーション・アルバム『Cabinet #3: Squall』に MSC Harding 名義で楽曲を提供している。

 マーク・ヴァン・ホーエン(Mark Van Hoen)は、ポストロック・バンド~エレクロトロニック・ミュージックの草分け的存在シーフィールの初期メンバーで、ロカスト(Locust)やソロ名義でも活動するアーティストである。
 マーク・ヴァン・ホーエン名義では1995年に同じく元シーフィールのメンバーである ダレン・シーモア(Daren Seymour)と『Aurobindo: Involution』を〈Ash International〉から送り出した。2年後の1997年には〈touch〉から2枚組『The Last Flowers From The Darkness』をリリースする。翌1998年は〈R&S Records〉傘下のアンビエント・レーベル 〈Apollo〉から『Playing With Time』を発表し、2004年には英国〈Cargo Records〉傘下の〈Very Friendly〉から『The Warmth Inside You』を発表した。2010年代以降は「Boomkat」のオーナーでもある Shlom Sviri と〈Morr Music〉からリリースしたアルバムでも知られる Herrmann&Kleineの Thaddeus Herrmann が運営する〈City Centre Offices〉から『Where Is The Truth』をリリースした。2012年には〈Editions Mego〉から『The Revenant Diary』、2018年には〈touch〉から『Invisible Threads』を発表する。
 ロカスト名義でも、94年に〈Apollo〉から『Weathered Well』を発表して以降も活動を継続している。00年代以降も2001年に〈touch〉から『Wrong』、2013年に〈Editions Mego〉から『You’ll Be Safe Forever』、2014年に同レーベルから『After The Rain』を送り出す。2019年にはアンビエント作家の Min-Y-Llan = Martin Boulton 主宰〈Touched - Music For Macmillan Cancer Support〉から『The Plaintive』をデータ配信で発表した。

 そんな経験豊富なふたりによるドローンは、2016年に、カール・マイケル・フォン・オスウルフ(Carl Michael Von Hausswolff)の娘であり、アーティストとしても知られるアンナ・フォン・オスウルフ(Anna von Hausswolff)主宰のレーベル〈Pomperipossa Records〉から最初のアルバム『Reversing Into The Future』をリリースした。翌2017年には同レーベルから『A Perfect Blind』と自主リリースでCD作品『Mappa Mundi』を発表する。そして2020年、約3年の歳月を経て、〈Pomperipossa Records〉から新作『The Stilling』がリリースされたわけである。

 本作『The Stilling』もこれまでの作品同様に夢のような幻想的なサウンドスケープを形成しているが、より成熟した技法によって実験的な短編映画のようなサウンドへと変貌を遂げた。世界各国(なんと日本も)で録音された環境音が溶けるような1め “Mumming” から引き込まれる。環境録音とそのむこうに鳴るドローンの交錯は刺激的であり麗しくもある。そのサウンド空間は、けっして穏やかなだけではなく、ある種の不穏さや性急さがレイヤーされている点にも注目したい。続く2曲め “Influence Machines” も上空から世界の雑音を高速スキャンするような音響を展開する。音響と音楽の境界線を溶かすような3曲め “Vitula” は、アルバム中でも特に重要な曲だ。ヴァイオリンを、2019年に〈touch〉からアルバムをリリースしたばかりのザッカリー・ポール(Zachary Paul)が、チェロを前作『A Perfect Blind』や〈touch〉より発売されたサイモン・スコット(Simon Scott)の『Soundings』にも参加していたチャーリー・カンパーニャ(Charlie Campagna)が演奏している。人の息吹を折り重ねた4曲め “Sunder” では人のよりパーソナルな領域へと音響が接近する。そしてラスト3曲 “In The Eye”、“The Stilling”、“Hyper Sun (Including Every Day Comes And Goes)” では、環境音とドローンが高密度に交錯・融解し、まるで聴き手の耳と記憶に急速に浸透するようなサウンドスケープを展開する。次第に壮大な音響が生成されていくさまは、まさに圧巻というほかない。そのほかゲストとして Smegma の Nour Mobarak や Bana Haffar らも参加している。

 以上、全7曲、どのトラックも成層圏から地上、そしてヒトへと高速ズームアップするようなサウンドであった。そのうえまるで記憶が溶けていくような不思議なノスタルジアを放っている。彼らの最高傑作であるばかりでなく、近年のエクスペリメンタル/ドローン作品の中でも出色の出来といえよう。

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