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一人盆踊り

一人盆踊り

友川カズキ

筑摩書房(ちくま文庫)

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松村正人   Dec 19,2019 UP

 友川カズキにはいくつかの肩書きがある。「歌手、画家、詩人、競輪愛好家、俳優、コメンテイターと八面六臂の活動を続ける友川カズキさんは、根っからの自由人だ」と『一人盆踊り』の解説を加藤正人さんは書き出している。それらいくつかの遊動する肩書きにふさわしく、友川カズキは傾向のことなる著作をあらわしている。詩集、エセー、絵本から競輪生活をおくるなかの雑感や心得まで、その数は両の手にあまるが版元はかならずしも大規模出版ではないので、店頭にみあたらず手にとろうにもとれなくてざんねんだった。ことにここ数年で友川を発見した新しい聴き手のなかには、音盤のなかや舞台のうえのあの表現の何割をかたちづくることばにふれたい方もすくなくなかった。ことばとは詩であり、語りであり、作品の静寂や行間に息づく理路というよりは生きる態度としての考えであり、それらは意味をなさぬほど飛躍ぶくみであってもあくまでことばでなければならなかった。

 2015年初頭刊行の『友川カズキ独白録』(白水社)は静かに広がりつつあったそのような要望に応えるべく、少年期から現在まで、書名のとおりひとり語りで語り尽くした好著である。十代のころ熱中したバスケットボールから上京のころ、都市と故郷、歌手としての来し方、多彩な交流とそれがもたらした逸話の数々を惜しげもなく披露する文章は友川さんの口吻を彷彿させるもので、心持ち耳を澄ませながら読みすすめた記憶がある。私はとりわけ、友川さんが好きな本や絵や映画の話をするのを聞くのが好きで、友川さんがいいというものはなんでもふれてみたくなるのだが、そのような性分のものにも『独白録』はうってつけだった。つまるところファンにすぎないのかもしれないが、友川カズキの表現には浮き身をやつす価値がある、と死んだオヤジの遺言で賭けごとをやらない私でさえ身を乗り出してしまうのは、こちらの想像の歩幅を超える友川の行為の跳躍力ゆえである。ことばはそのとき触媒となる、このことについては『独白録』に以下のような一節がある。

「やはり言葉ってね、もちろん「単なる言葉」である場合も少なからずあるんですけど、いい意味でも悪い意味でも、危険なものではあるんですよ。そういう一触即発の言葉を足掛かりにしてね、非日常──まぼろしの世界に飛び込んでいくんですから」

 そう述べる本書からしてまぼろしへの手引きみたいなものだが、あらかじめ肉声の転写としてかたちをなした『独白録』の一方で、友川がみずから綴ったことばを読みたくなったのは、おそらくそこには声とはちがう身体の運動が宿っていて、それはどこか絵を描くのに似ている。散文であればなおのこと。韻文とはちがう絵柄なのは詩人、俳人、歌人の散文の独特の味わいでわかる。だれというのでなく、私は詩人の散文は蕪雑なのがいい。抒情とはその裏面であり、そのようなことばにふれたくなったとき、彼らの書物を繙く、私の書棚の一画に今年からそこに友川カズキの『一人盆踊り』が加わった。

 『一人盆踊り』は友川カズキの過去の文業を編んだ選集で、古くは1977年刊行の『死にぞこないの唄』(無明舎出版)から代表曲と同名で展転社から85年に出た『生きてるって言ってみろ』などのエセー集、詩集では『朝の骨』(無明舎出版、1982年)や『地の独奏』(矢立出版、1985年)など、90年代に入ってからの競輪関係の著書からの再録もあれば、雑誌や他の著者の本に寄せた単行本未収録分の原稿もある。全8章とふたつの詩篇。友川カズキの来歴をふりかえる構成(ただし最後の1章は近況に的を絞った語りおろし)の起点になるのは、祖父母、父母、バスケ部の恩師加藤先生、故郷秋田にまつわる記憶と情景で、その原風景に中原中也をはじめとする著者に向かうひとびとがまぎれこむ。赤塚不二夫の映画出演時に面識を得た畏友たこ八郎とののんびりひとを食った交流の日々は出会いの達人=友川カズキの真骨頂だろうし、それは中上健次に洲之内徹、深沢七郎など、やがて著者の表現の血肉となるひとたちとの、ときに緊張感をはらむ向き合い方とともにその世界の深まりを物語ってもいる。『月山』を書いた森敦宅を、中上健次とともに訪れたくだりはたしか『独白録』でもふれていたが、三竦み状態の気まずさやおかしさはこっちのがよりなまなましい。気まずくなったら飲み直すしかない。私はさきほど書き漏らしたが、出会いの達人とは酒宴の名人と同義である。

 とはいえ本書は酒の席の怪しい来客簿や昭和、平成の畸人伝にかまけるものではない。
 たとえば若くしてみずから命を絶った実弟覚氏のありし日を綴った「「覚」オメデトウ」にみえる凄絶さ。このときの体験はその後「無残の美」として歌に昇華したが、文中で覚氏について述べた「自分の裡にある魔物のように蠢くやりきれない闇」をまなざす人物像は兄とも大いにかさなりあう。すくなくとも、そのようなひとのうえにしか「私に私が殺される」のような出来事はおこりえない。この一文は自作の絵(のモチーフ)にとり殺されそうになった顛末を描いた、物語風の味わいさえ感じさせる長文だが、その不気味な読後感が抜け去らないままに、『一人盆踊り』は文頭に詩を掲げた名もなきひとたちとの交流の記からさらに詩篇へとつづいていく。この雑多な、それでいてズ太い芯が貫くようなあり方はまったくもって文は人なりというほかない。

 その人となりをさして加藤氏は「何ものにもまつろわぬ、自由人」と呼ぶのだが、ここでいう自由は会社とか部とか課とか、学校とかクラスとかチームとかバイト先とかバンドとかグループとかに属さない自由である以上に、特定のジャンルの形式という名の制約からの自由も含意する。すなわち歌も絵も文も車券の買い方も、どこを切っても友川カズキという全身性の謂だが、この時代にそうあることは、いうまでもなく、ときによるべなく、つねに厳しい。ここ数年友川カズキの存在が静かな注目を集めているのだとしたら、苛烈さを増す世界にあってそうありつづけることの尊さとも無縁ではない。私は先日、某誌の取材で友川さんに久方ぶりにお会いし、そのひと月後、映画の試写で再会したとき、その思いをあらたにした。本書所収の「病気ジマンもいいかげんにします」でも言及するとおり、このごろは身体の方々がたいへんだとぼやいておられたが、それがゆえに魂の踊りの止む気配とてない。『一人盆踊り』はいままさに暮れようとしている2019年の時点における表現者=友川カズキの見取り図であり、それを文庫版という簡便なかたちで手にできることがうれしい。

 いくつもの気になることばがある。絵を描くさい白い紙に向かうときのエロティックな緊張、きつい現場仕事を終えたときの解放感とはほど遠い汚れた布っ切れのような気持ち──言い回しでも形容でもなく、これらことばの事物性が思考のながれにアクセントをつけ、文体はリズムとなり踊り出す。むろんそれはたった一人による踊りであり、祝祭である。

 待つことも行くこともまたなく
 ただ在れ…
 ジングルベル 新年あけましておめでとう
 なあに 日々とこしえよ
 日々一人盆踊りです
(「一人盆踊り」)

 本書と同名の楽曲で友川カズキは上のように歌っている。日々とこしえであれば、エヴリデイ盆暮れ正月。『一人盆踊り』で、みなさま毎日よいお歳を。

松村正人